説明

ダイヤモンド単結晶及びその製造方法

【課題】切削工具、耐磨工具等の機械的用途、及び半導体材料、電子部品、光学部品等の機能品用途に適したダイヤモンド単結晶及びその製造方法を提供する。
【解決手段】結晶全体にわたり、波数1332cm−1(波長7.5μm)のピーク吸収係数が0.05cm−1以上10cm−1以下である化学気相合成法により得られたダイヤモンド単結晶であり、この単結晶は化学気相合成時の気相における元素の組成比率を、水素原子に対する炭素原子濃度が2%以上10%以下かつ、炭素原子に対する窒素原子濃度が0.1%以上6%以下かつ、炭素原子に対する酸素原子濃度が0.1%以上5%以下とすることによって得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はダイヤモンド単結晶及びその製造方法に関し、特に切削工具、耐磨工具等の機械的用途、及び半導体材料、電子部品、光学部品等の機能品用途に用いられるダイヤモンド単結晶及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドは実在する物質中最高の硬度を有し、古来より天然ダイヤモンドを用いた研磨剤や、非鉄系難削材料向けの切削工具として利用されてきた。近年では高温高圧法による人工ダイヤモンド単結晶が安定的に生産可能となり、超精密切削工具等の新たな用途が開拓されている。
【0003】
一方、ダイヤモンドは高熱伝導率、高い電子・正孔移動度、高い絶縁破壊電界強度、低誘電損失、そして広いバンドギャップといった、半導体材料として他に類を見ない、優れた特性を数多く備えている。また、紫外から赤外領域にわたり透明であることから、光学部品材料としても有望である。
【0004】
上記用途における性能を決める主な要因の一つに結晶中の不純物窒素がある。不純物窒素は硬度、靱性、半導体特性等、多くの物性に影響を与えることが分かっており、その制御が問題となる。天然産ダイヤモンド単結晶では、不純物窒素の含有量は結晶ごとに大きく異なることから、工業的に安定的に使用するには人工のダイヤモンド単結晶が望ましい。高温高圧ダイヤモンド単結晶は、合成時の窒素ゲッタや成長条件の調整により、不純物窒素の制御が可能であることから、これまでの人工ダイヤモンド単結晶は高温高圧法による製造が主であった。
【0005】
一方で高温高圧法は設備上の制約のため、得られる結晶のサイズや製造コストの低減に限界があり、また、成長セクタにより不純物の取り込み量が異なるので硬度等を全面均質に成長するのは困難である。そこで、近年では化学気相合成(CVD)法で大型、均質なダイヤモンド単結晶を得る試みが進んでいる(特許文献1)。
特許文献1におけるCVDダイヤモンド単結晶は、50〜90GPaの硬度と11〜20MPa m1/2の破壊靱性値を有し、これはある特定の成長条件で得られることが示されている。
【0006】
【特許文献1】米国特許出願公開第2005/0011433号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、成長時の気相中に窒素を添加することで、従来問題となっていたCVD法によるダイヤモンド単結晶の成長速度を高速化し、かつ結晶中に窒素を取り込むことで比較的高い破壊靱性が得られるとしている。一方で例示された硬度は110GPa以下であり、窒素の少ない天然IIa型よりも相対的に「柔らかい」単結晶であることから、高硬度を求められる切削・耐磨用途に用いることは困難である。また、硬度はビッカース法で測定されているが、これは破壊試験で、かつ誤差が大きいことから、非破壊で硬度を予測できる単結晶が求められている。
本発明は、前記課題を克服すべくなされたもので、切削工具、耐磨工具等の機械的用途、及び半導体材料、電子部品、光学部品等の機能品用途に用いられるダイヤモンド単結晶及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、本発明は次の(1)〜(6)の態様を有する。
(1)化学気相合成法により得られたダイヤモンド単結晶であって、結晶全体にわたり、波数1332cm−1(波長7.5μm)のピーク吸収係数が0.05cm−1以上10cm−1以下であることを特徴とするダイヤモンド単結晶。
(2)炭素原子に対する窒素原子の数が3ppm以上80ppm以下であることを特徴とする、前記(1)に記載のダイヤモンド単結晶。
(3)炭素原子に対する水素原子の数が5ppm以上100ppm以下であることを特徴とする、前記(1)または(2)に記載のダイヤモンド単結晶。
(4)前記ダイヤモンド単結晶において、{100}面における<100>方向の硬度が、110GPa以上130GPa以下であることを特徴とする、前記(1)〜(3)のいずれかに記載のダイヤモンド単結晶。
(5)前記ダイヤモンド単結晶において、破壊靱性値が10MPa m1/2以上16MPa m1/2以下であることを特徴とする、前記(4)に記載のダイヤモンド単結晶。
(6)化学気相合成法により、ダイヤモンド単結晶を製造する方法であって、合成時の気相における元素の組成比率が、水素原子に対する炭素原子濃度が2%以上10%以下かつ、炭素原子に対する窒素原子濃度が0.1%以上6%以下かつ、炭素原子に対する酸素原子濃度が0.1%以上5%以下であることを特徴とする、ダイヤモンド単結晶の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のダイヤモンド単結晶は、硬度と破壊靱性のバランスが良いので耐久性のある切削工具、耐磨工具等の応用に好適である他、半導体材料、電子部品、光学部品等の機能品用途にも用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、上記の本発明について説明する。
本発明者らはダイヤモンド単結晶の気相成長条件と、得られた単結晶の赤外光学吸収特性、不純物濃度、硬度、及び破壊靱性の関係について鋭意調査した結果、波数1332cm−1(波長7.5μm)のピーク吸収係数とその硬度に明確な相関があり、かつ、特定の成長条件では従来のCVDダイヤモンド単結晶よりも高硬度なものが得られることを見出した。波数1332cm−1の吸収ピークはダイヤモンドのラマン吸収に相当するが、窒素等の不純物が特定の形態で導入された際にのみ発生するため、通常の高温高圧ダイヤモンド単結晶やCVDダイヤモンド単結晶では計測されず、一部の天然産ダイヤモンド単結晶のみに計測されていた。本発明者らは特定の気相成長条件でダイヤモンド単結晶を成長させると1332cm−1に吸収ピークが現れ、これが硬度との相関があることを発見し、本発明を想起するに至った。
【0011】
すなわち、本発明のダイヤモンド単結晶は化学気相合成法で得られたものであり、結晶全体にわたり、波数1332cm−1(波長7.5μm)のピーク吸収係数が0.05cm−1以上10cm−1以下であることを特徴とする。この吸収係数μは、典型的にはフーリエ変換赤外吸収分光器で容易に求めることができ、ピーク透過率I、ピークのバックグラウンド透過率I、結晶の厚さtとすると下記式(1)で求められる。
【0012】
【数1】

【0013】
吸収係数μが前記範囲内にあることにより、後述する方法で得られるダイヤモンドの硬度が高くなり、非破壊でダイヤモンドの硬度を予測することが可能となる。このダイヤモンド単結晶は、耐摩耗性が要求される精密工具用途等の機械的用途や、半導体・光学用途として利用可能な、高品質のダイヤモンド単結晶として利用できる。
【0014】
前記吸収係数は、0.05cm−1以上10cm−1以下であればよいが、好ましくは0.1cm−1以上2cm−1以下、より好ましくは0.2cm−1以上1cm−1以下であることが望ましい。吸収係数がこの範囲にあることにより、単結晶の硬度と破壊靱性のバランスを取ることが可能となり、耐久性のある切削工具用等への応用が可能となる。
【0015】
本発明のダイヤモンド単結晶は、炭素原子に対する窒素原子の数が3ppm以上80ppm以下であり、また炭素原子に対する水素原子の数が5ppm以上100ppm以下であることが望ましい。窒素原子及び水素原子について、より好ましい範囲はそれぞれ、5ppm以上50ppm以下、10ppm以上60ppm以下である。さらに、特に好ましい範囲はそれぞれ8ppm以上20ppm以下、15ppm以上30ppm以下となる。気相合成ダイヤモンド単結晶における不純物元素である窒素や水素が前記範囲内にあることにより、望ましい硬度・靱性・光学特性を有するダイヤモンド単結晶が得られ、機械的用途や光学用途に、より有用となる。これらの窒素・水素原子数(濃度)は、2次イオン質量分析(SIMS)や紫外・赤外吸収分光からの定量(例えば非特許文献1)等、公知の手法で測定可能である。
【0016】
本発明のダイヤモンド単結晶は、{100}面における<100>方向の硬度が、110GPa以上130GPa以下であることを特徴としてもよい。この硬度は、ヌープ型の圧子を5〜10Nでダイヤモンド表面に押しつけた際の圧痕の大きさから求められる(非特許文献2)。硬度が前記範囲内にある気相合成ダイヤモンド単結晶は、従来用いられてきた天然産あるいは高温高圧ダイヤモンド単結晶よりも硬度が高く、耐久性の高い工具用部品として有用である。
【0017】
本発明のダイヤモンド単結晶は、その破壊靱性値が10MPa m1/2以上16MPa m1/2以下であることを特徴としてもよい。この破壊靱性値は、例えば特許文献1に記載の方法と同様の方法で測定することができる。破壊靱性値が前記範囲内にあることで、硬度と靱性のバランスが取れ、耐久性の高い工具用部品として有用となる。
【0018】
本発明のダイヤモンド単結晶は、マイクロ波プラズマCVD法、直流プラズマCVD法、熱フィラメントCVDなど、公知の成長法で得ることができる。種基板として天然産あるいは人工のダイヤモンド単結晶基板を用い、この上に化学気相合成法でホモエピタキシャル成長することで得られるが、珪素や炭化珪素など異種基板上へのヘテロエピタキシャル成長によっても得ることができる。
【0019】
波数1332cm−1の吸収を得るためには、成長の際の導入ガスは水素、メタンに加えて、微量の窒素を添加するのが望ましい。さらに望ましくは、極微量の酸素を加えることで本発明のダイヤモンド単結晶を得ることができる。この内、炭素源であるメタン、及び、窒素、酸素は、気相中で実質的に同等の元素比となるように調整した別種のガスでも問題ない。望ましい元素の組成比率は、合成時の気相における水素原子に対する炭素原子濃度が2%以上10%以下かつ、炭素原子に対する窒素原子濃度が0.1%以上6以下%かつ、炭素原子に対する酸素原子濃度が0.1%以上5%以下である。好ましい水素原子に対する炭素原子濃度は3〜8%、炭素原子に対する窒素原子濃度が0.15〜4%、炭素原子に対する酸素原子濃度が0.2〜3.5%であり、特に好ましい条件はそれぞれ4〜7%、0.2〜2%、0.5〜2%である。上記のような、極微量の酸素を添加することで、ダイヤモンドの結晶性を維持したまま、硬度と靱性のバランスを取ることが可能となる。
【0020】
【非特許文献1】K.J. Gray, SPIE Vol. 1759 Diamond Optics V, 203 (1992)
【非特許文献2】C. A. Brookes: Nature, 228, 660 (1970)
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例に基づき詳細に説明する。
[実施例1]
本実施例では、天然産ダイヤモンド単結晶から気相成長させ、ダイヤモンド単結晶を得た例について述べる。種基板は天然産ダイヤモンド単結晶で、凝集型の窒素を不純物として含むIa型である。サイズは縦横4mm、厚さ0.5mmの平板状で、主面・側面は機械的に研磨済みである。主面・側面の面方位はいずれも{100}とした。
この種基板を公知のマイクロ波プラズマCVD装置内に配置して、ダイヤモンド単結晶をホモエピタキシャル成長させた。成長条件を表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
成長の結果、気相合成単結晶層の厚さが1.2mmのダイヤモンド単結晶が得られた。
次に、この単結晶の種基板部分と気相合成部分とをレーザーで切断・分離し、気相合成単結晶のレーザー切断面と、成長面をそれぞれ機械的に研磨した。この結果、厚さ1mmで上下面が鏡面の気相合成ダイヤモンド単結晶が得られた。
【0024】
この気相合成ダイヤモンド単結晶について、フーリエ変換赤外吸収分光器(FTIR)で赤外吸収スペクトルを測定した。測定結果を図1に示す。
図1から、波数1332cm−1のダイヤモンドラマン吸収と、2925cm−1及び3123cm−1付近のC−H関連吸収を読み取ることができる。これから計算した1332cm−1の吸収係数は0.51cm−1であった。さらに2925cm−1及び3123cm−1付近のC−H関連吸収から計算された結晶中の炭素原子に対する水素原子の数(水素濃度)は28ppmであった。また、2次イオン質量分析で不純物窒素量を定量した結果、炭素原子に対する窒素原子の数(窒素濃度)は7.5ppmであった。
【0025】
ダイヤモンド単結晶のヌープ硬度について、非特許文献2に基づき、(001)面の<100>方向に荷重5Nで5点圧痕をつけ、得られた圧痕幅の最大と最小を除いた3点の平均値を、あらかじめ硬度の分かっている標準サンプル(高温高圧IIa型単結晶)の結果と比較することで求めた。得られたヌープ硬度は121GPaであった。また、破壊靱性値は11MPa m1/2であった。
【0026】
[実施例2、3及び比較例1、2]
実施例1におけるCH、N及びOの流量を変更すると共に、成長厚さを揃えるために成長時間を変更することによって、結晶性を変化させた実施例2、3及び比較例1、2の単結晶を得た。
種基板は全て高温高圧合成のIb型ダイヤモンド単結晶基板とし、種基板、ガス組成及び成長時間以外の諸条件は実施例1と同様とした。それぞれのガス条件と、波数1332cm−1のピーク吸収係数、窒素、水素濃度、硬度及び破壊靱性値について、表2に示す。
【0027】
表2における実施例2はCH、N及びOの相対流量を高めて合成した例である。気相窒素濃度が高く、結晶中に取り込まれた窒素不純物も実施例1に比べて増加した。この結果、1332cm−1のピーク吸収係数は9.8cm−1と大きくなり、硬度は111GPaで実施例1より柔らかくなったが、高温高圧Ib型単結晶より硬く、高温高圧IIa型単結晶相当の硬さを示した。また、破壊靱性値は15MPa m1/2で高温高圧IIa型単結晶よりも高い値を示した。
【0028】
実施例3は、CHの流量を実施例1より増やし、逆にN及びOの流量を減らして相対的なN,Oの気相濃度を減らした例である。結晶中の窒素、水素不純物は実施例1よりも減り、1332cm−1のピーク吸収係数は0.06と小さな値となった。硬度は128GPaとなり、高温高圧IIa型単結晶と比較しても十分硬い部類に入る単結晶となった。また、破壊靱性値は10MPa m1/2で高温高圧IIa型単結晶相当の値を示した。
【0029】
比較例1は気相中にN及びOを添加せずに成長させた例である。1332cm−1の吸収ピークは観測されず、結晶中の窒素濃度は2次イオン質量分析の検出限界(1ppm)以下であった。硬さは135GPaと硬い単結晶となったが、硬すぎるために単結晶の機械加工性が実施例1から3よりも劣り、精密切削工具用の利用には適さないことが分かった。
【0030】
比較例2はN及びOの相対流量を高め、実施例2よりも多くの窒素を添加した例である。結晶中の窒素濃度が100ppmと高く、硬度は高温高圧Ib型相当で、実施例1から3ほどの優位性は示されなかった。
以上の結果から、実施例に代表されるダイヤモンド単結晶は、工具等の機械的用途や機能品用途に利用できる高品質な単結晶であることが示された。
【0031】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0032】
以上説明したように、本発明に関するダイヤモンド単結晶を用いれば、切削工具、耐磨工具等の機械的用途、及び半導体材料、電子部品、光学部品等の機能品用途などに利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明における実施例1で得た単結晶ダイヤモンドの赤外吸収スペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学気相合成法により得られたダイヤモンド単結晶であって、結晶全体にわたり、波数1332cm−1(波長7.5μm)のピーク吸収係数が0.05cm−1以上10cm−1以下であることを特徴とするダイヤモンド単結晶。
【請求項2】
炭素原子に対する窒素原子の数が3ppm以上80ppm以下であることを特徴とする、
請求項1に記載のダイヤモンド単結晶。
【請求項3】
炭素原子に対する水素原子の数が5ppm以上100ppm以下であることを特徴とする、請求項1または2に記載のダイヤモンド単結晶。
【請求項4】
前記ダイヤモンド単結晶において、{100}面における<100>方向の硬度が、110GPa以上130GPa以下であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のダイヤモンド単結晶。
【請求項5】
破壊靱性値が10MPa m1/2以上16MPa m1/2以下であることを特徴とする、請求項4に記載のダイヤモンド単結晶。
【請求項6】
化学気相合成法により、ダイヤモンド単結晶を製造する方法であって、合成時の気相における元素の組成比率が、水素原子に対する炭素原子濃度が2%以上10%以下かつ、炭素原子に対する窒素原子濃度が0.1%以上6%以下かつ、炭素原子に対する酸素原子濃度が0.1%以上5%以下であることを特徴とする、ダイヤモンド単結晶の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−110891(P2008−110891A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−295052(P2006−295052)
【出願日】平成18年10月31日(2006.10.31)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】