チップの製造方法
【課題】シリコンカーバイドからなるウェハの表面にアスペクト比の大きい損傷を高速に形成して分割することができるチップの製造方法を提供すること。
【解決手段】シリコンカーバイドからなるウェハに無偏光でかつ波長500nm以上のパルスレーザ光をウェハの切断予定ラインに沿って照射して、切断予定ラインに沿ってウェハの表面にパルスレーザ光の多光子吸収により損傷を形成する。次いで、損傷を形成されたウェハに機械的応力を印加して、切断予定ラインに沿ってウェハを分割する。
【解決手段】シリコンカーバイドからなるウェハに無偏光でかつ波長500nm以上のパルスレーザ光をウェハの切断予定ラインに沿って照射して、切断予定ラインに沿ってウェハの表面にパルスレーザ光の多光子吸収により損傷を形成する。次いで、損傷を形成されたウェハに機械的応力を印加して、切断予定ラインに沿ってウェハを分割する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコンカーバイドからなるウェハの表面にアスペクト比の大きい損傷を形成して分割するチップの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコンカーバイド(炭化ケイ素;以下「SiC」と略記する)は、シリコン(以下「Si」と略記する)に比べて耐電圧性および耐熱性に優れている。SiCは、Siに比べてデバイスの電力損失を約1/10に低減することができるため、パワーエレクトロニクスを支える半導体デバイス向けの材料として注目されている。しかしながら、SiCはSiに比べて非常に硬いため、従来から用いられているダイヤモンドブレードなどではSiCウェハを効率的に切断することはできなかった。
【0003】
一方、近年、ガラスウェハや半導体ウェハなどを切断する新たな技術として、レーザ加工方法が提案されている。レーザ加工方法では、レーザ光をウェハの表面または内部に照射することで、ウェハの表面または内部に切断の起点となる損傷を形成する。たとえば、特許文献1には、ガラスウェハまたはSiウェハの内部にレーザ光を照射することにより、切断予定ラインに沿って多光子吸収による改質領域を形成する方法が開示されている。この後、改質領域を形成したウェハに機械的応力を加えることで、改質領域を起点としてウェハを切断することができる。
【0004】
特許文献1に記載のレーザ加工方法のように、多光子吸収を利用するレーザ加工方法では直線偏光のレーザ光を照射するのが一般的である。また、サファイアなどの硬い材料を加工する場合は、ピコ秒パルスレーザ光やフェムト秒パルスレーザ光などのパルス幅が短いレーザ光を照射するのが一般的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−313237号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の通り、SiCウェハは、Siウェハなどに比べて非常に硬いため、従来から用いられているダイヤモンドブレードなどでは高精度かつ効率的に切断することはできなかった。
【0007】
そこで、本発明者らは、上述のレーザ加工方法によりSiCウェハを切断することを試みた。すなわち、直線偏光のフェムト秒パルスレーザ光をSiCウェハの表面または内部に照射して、SiCウェハに損傷を形成することを試みた。しかしながら、従来のレーザ加工方法では、形状が乱れておらず、かつデブリ(加工屑)が少ない高品質な加工を高速に行うことは容易ではなかった。
【0008】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、デブリの発生を抑制しつつ、SiCウェハの表面にアスペクト比の大きい損傷を高精度かつ高速に形成して、SiCウェハを分割することができるチップの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、レーザ加工の分野の技術常識に反し、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光をSiCに照射することで上記課題を解決できることを見出し、さらに検討を加えて本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、以下のチップの製造方法に関する。
[1]シリコンカーバイドからなるウェハに無偏光でかつ波長500nm以上のパルスレーザ光を前記ウェハの切断予定ラインに沿って照射して、前記切断予定ラインに沿って前記ウェハの表面に前記パルスレーザ光の多光子吸収により損傷を形成するステップと、前記損傷を形成された前記ウェハに機械的応力を印加して、前記切断予定ラインに沿って前記ウェハを分割する工程と、を含む、チップの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のチップの製造方法によれば、デブリの発生を抑制しつつ、SiCウェハの表面にアスペクト比の大きい損傷を高精度かつ高速に形成して、SiCウェハを分割することができる。本発明のチップの製造方法を利用すれば、SiCウェハを高精度かつ高速に切断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明のレーザ加工方法を用いたSiCの切断方法の一例を示す模式図である。図1Aは、レーザ光を照射する様子を示す模式図である。図1Bは、SiCに損傷を形成した様子を示す模式図である。図1Cは、SiCを切断した様子を示す模式図である。
【図2】本発明の一実施の形態に係るレーザ加工装置の構成を示す模式図である。
【図3】ショットピッチを説明するための模式図である。
【図4】パルスレーザ光の偏光状態と形成された損傷の深さとの関係を示すグラフである。
【図5】パルスレーザ光を照射した後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図5Aは、パルス幅30ナノ秒のパルスレーザ光で加工したSiCウェハの写真であり、図5Bは、パルス幅100ナノ秒のパルスレーザ光で加工したSiCウェハの写真であり、図5Cは、パルス幅200ナノ秒のパルスレーザ光で加工したSiCウェハの写真である。
【図6】連続発振レーザ光を照射した後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図6Aは、レーザ加工後のSiCウェハの表面の写真であり、図6Bは、レーザ加工後のSiCウェハの断面の写真であり、図6Cは、図6Bの写真の破線で囲まれた部分を拡大した写真である。
【図7】パルスレーザ光のパルス幅と形成された損傷の深さとの関係を示すグラフである。
【図8】レーザIを用いてレーザ加工を行った後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図8Aは、オフセット20μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図8Bは、オフセット40μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図8Cは、オフセット60μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図8Dは、オフセット80μmで加工したSiCウェハの断面の写真である。
【図9】レーザJを用いてレーザ加工を行った後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図9Aは、オフセット0μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Bは、オフセット20μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Cは、オフセット40μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Dは、オフセット60μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Eは、オフセット80μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Fは、オフセット100μmで加工したSiCウェハの断面の写真である。
【図10】レーザJを用いてレーザ加工を行った後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図10Aは、オフセット0μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Bは、オフセット20μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Cは、オフセット40μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Dは、オフセット60μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Eは、オフセット80μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Fは、オフセット100μmで加工したSiCウェハの表面の写真である。
【図11】パルスレーザ光の焦点位置(オフセット)と形成された損傷の深さとの関係を示すグラフである。
【図12】パルスレーザ光の繰り返し周波数およびショットピッチとデブリ発生の有無との関係を示すグラフである。
【図13】パルスレーザ光を照射した後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図13Aは、条件A(F:100kHz、S:0.1μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真であり、図13Bは、条件B(F:100kHz、S:0.3μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真であり、図13Cは、条件C(F:500kHz、S:0.1μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真であり、図13Dは、条件D(F:500kHz、S:0.4μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.本発明のレーザ加工方法
本発明のレーザ加工方法は、加工対象のシリコンカーバイド(SiC)にレーザ光を照射して、SiCの表面に損傷(例えば、溝)を形成するステップを含む。後述するように、本発明のレーザ加工方法は、SiCに照射するレーザ光の偏光状態が無偏光であり、かつレーザ光の波長が500nm以上であることを特徴とする。
【0014】
図1は、本発明のレーザ加工方法を用いてSiCを切断する例を示す模式図である。図1Aに示されるように、無偏光のレーザ光100をSiC110に照射しながら、レーザ光100とSiC110との相対的な位置を変える。このとき、レーザ光100の集光点は、SiC110の表面近傍に位置し、SiC110の切断予定ライン120に沿って移動する。このように無偏光のレーザ光100を走査することで、図1Bに示されるように、切断予定ライン120に沿ってアスペクト比の大きい損傷130を形成することができる。図1Cに示されるように、損傷130を形成されたSiC110に機械的応力を加えることにより、SiC110を切断予定ライン120に沿って容易に割断することができる。
【0015】
以下、本発明のレーザ加工方法におけるレーザ光の照射条件について詳細に説明する。
【0016】
[偏光状態]
本発明のレーザ加工方法は、SiCに照射するレーザ光の偏光状態が無偏光であることを一つの特徴とする。ここで、「無偏光のレーザ光」とは、光の電場ベクトルがすべての方向について略均一に分布しているレーザ光を意味する。無偏光のレーザ光は、偏光方向がそれぞれ異なる直線偏光のレーザ光の集合体であるともいえる。
【0017】
本発明のレーザ加工方法では、多光子吸収を利用して損傷を形成する。本発明のレーザ加工方法の加工メカニズムは、これに限定されるわけではないが、「熱効果による加工」であると推察される。すなわち、無偏光かつ波長500nm以上のレーザ光をSiCに照射すると、多光子吸収(実質的には2光子吸収または3光子吸収)によりSiCの電子のバンド間遷移が生じる。この励起電子が緩和する際に放出される熱により、照射部位の温度が局所的に上昇する。その結果、照射部位においてSiCの分解、溶融または体積爆発が生じ、損傷が形成されると考えられる。
【0018】
多光子吸収を利用してアスペクト比の大きい損傷を形成しようとする場合、SiCの表面から内部深くまでレーザ光を進入させる必要がある。そのためには、SiC内部において多光子吸収が生じる確率をある程度小さくすることが好ましい。多光子吸収が生じる確率を小さくためには、多光子吸収の吸収断面積が小さい波長のレーザ光を照射することが考えられる。しかしながら、多光子吸収の吸収断面積は、おおよその値しかわからない。また、多光子吸収の吸収断面積の波長依存性もよくわかっていない。さらに、レーザ光の波長を任意に調整することは容易ではない。以上の理由から、レーザ光の波長を制御することで多光子吸収が生じる確率を小さくすることは、現実的ではない。
【0019】
そこで、本発明者は、波長以外のパラメータを制御することで多光子吸収が生じる確率を小さくすることができないかを検討した。その結果、本発明者は、無偏光のレーザ光を使用することで、SiC内部において多光子吸収が生じる確率を小さくできることを見出した。ここでいう「多光子吸収」とは、仮想準位を介した連続的な同時多光子吸収を意味し、実質的には2光子吸収または3光子吸収である。
【0020】
たとえば、2光子吸収が生じる確率Wは、以下の式(1)のように表すことができる(参考:櫛田孝司著、「量子光学」、朝倉現代物理学講座8、朝倉書店、pp.134)。ここで、E1およびE2は、入射光の電場(偏光)ベクトルである。
【数1】
【0021】
上記式(1)からわかるように、2光子吸収が生じる確率は、入射光の偏光方向に大きく依存する。すなわち、入射光の2つの光子の電場ベクトルの向きが揃ったとき、2光子吸収が生じる確率は最大となる。一方、入射光の2つの光子の電場ベクトルの向きが直交したとき、2光子吸収が生じる確率はゼロとなる。したがって、入射光の電場ベクトルの向きが揃わないとき、すなわち無偏光のレーザ光を使用したとき、2光子吸収が生じる確率が小さくなる。その結果、レーザ光はSiCの内部深くまで進入することができ、アスペクト比の大きい損傷を形成することができる。
【0022】
実際に、無偏光のレーザ光を照射した場合と直線偏光のレーザ光を照射した場合とで形成される損傷の深さを比較した。その結果、無偏光のレーザ光を照射した場合の方が、直線偏光のレーザ光を照射した場合よりも深い損傷を形成することができた(実施例1参照)。
【0023】
以上のように、本発明のレーザ加工方法では、アスペクト比の大きい損傷を形成するために、無偏光のレーザ光をSiCに照射する。
【0024】
[波長]
本発明のレーザ加工方法は、SiCに照射するレーザ光の波長が500nm以上であることも一つの特徴とする。
【0025】
前述の通り、本発明のレーザ加工方法では、多光子吸収により損傷を形成する。したがって、所望の加工を実現するためには、1光子1吸収が生じることを回避しなければならない。SiCのバンドギャップ(Eg)は約3eVであり、これを波長に換算すると413nmである。よって、1光子1吸収が生じることを回避するためには、413nmを越える波長のレーザ光を照射すればよい。吸収裾や不純物準位などを考慮すると、1光子1吸収が生じることを確実に回避するためには、500nm以上の波長のレーザ光を照射することが好ましい。
【0026】
波長500nm以上の光をSiCに照射することで、電子遷移による吸収を回避することができる。一方、波長10μm以上の光をSiCに照射すると、振動遷移による吸収が生じてしまい、所望の加工を行うことができなくなるおそれがある。したがって、SiCに照射するレーザ光の波長は、10μm以下であることが好ましい。
【0027】
[発振方式]
SiCに照射するレーザ光は、パルスレーザ光であってもよいし、連続発振(CW)レーザ光であってもよい。デブリ(加工屑)の発生量を低減させる観点およびアスペクト比の大きい損傷を形成する観点からは、パルス幅が100ナノ秒以上のパルスレーザ光または連続発振レーザ光(パルス幅:無限大)を照射することが好ましい。
【0028】
パルス幅が100ナノ秒以上のパルスレーザ光または連続発振レーザ光を照射することで、加工時に発生するデブリの量を顕著に低減することができる。一方、パルス幅が100ナノ秒未満のパルスレーザ光を照射すると、大量のデブリが発生するおそれがある(実施例2,3参照)。
【0029】
また、パルス幅が100ナノ秒以上のパルスレーザ光または連続発振レーザ光を照射することで、形成される損傷のアスペクト比を大きくすることもできる。これは、パルス幅が長くなれば、尖頭出力が小さくなり、多光子吸収が生じる確率も小さくなるためだと考えられる。一方、パルス幅が100ナノ秒未満のパルスレーザ光を照射すると、形成される損傷のアスペクト比が小さくなるおそれがある(実施例4参照)。
【0030】
ここで、パルス幅が100ナノ秒以上のパルスレーザ光または連続発振レーザ光を照射することでデブリの発生量が低減する理由について、推察されるメカニズムを説明する。表1は、SiCおよびSiの物性を示す表である。
【0031】
【表1】
【0032】
表1に示されるように、SiCとSiとでは、比熱はほぼ同じである。したがって、同じ条件でレーザ光を照射すれば、集光点付近において同じように温度が上昇し、同じように熱応力が加わることになる。一方、SiCの破壊靭性値はSiの破壊靭性値よりも顕著に大きいため、加工に要するレーザ光エネルギは、SiよりもSiCの方が大きい。したがって、Siを加工した場合よりもSiCを加工した場合の方が、加工時の集光点付近において温度がより上昇し、熱応力がより大きくなる。
【0033】
ところが、SiCのヤング率は、Siのヤング率よりも顕著に大きい。すなわち、SiCは、Siに比べて膨張による熱応力に対して撓みにくい。したがって、SiCは、Siのように撓むことにより熱応力を逃がすことができない。また、SiCの融点はSiの融点よりも1000℃以上高い。したがって、SiCは、Siのように液化することにより熱応力を逃がすこともできない。その結果、SiCは、レーザ加工時に生じた熱応力を逃がすことができず、破壊されてしまう。以上の理由により、SiCは、Siに比べてレーザ加工時に破砕されやすいと考えられる。
【0034】
実際に、パルス幅が30ナノ秒のパルスレーザ光を照射してSiCに損傷を形成したところ、形成された損傷の周辺には大量のデブリが付着しているのが観察された(実施例2参照)。これは、30ナノ秒という短いパルス幅のパルスレーザ光で加工すると、温度上昇に伴う熱膨張および応力発生が急激に起こるため、急激な応力に耐え切れないSiCが破砕されてしまったと考えられる。また、SiCに対して加熱および冷却のサイクルを繰り返したため、SiCが破砕されやすくなったとも考えられる。
【0035】
本発明者は、この急激に発生した熱応力によるSiCの破砕を抑制する手段を検討した。その結果、本発明者は、パルスレーザ光のパルス幅を長くする(パルス間の時間を短くする)ことでSiCの破砕を抑制できると考えた。
【0036】
すなわち、パルスレーザ光のパルス幅を長くすることで、熱応力発生の速度を遅くすることができる。その結果、熱応力によるSiCの破砕が抑制されると考えられる。また、パルスレーザ光のパルス間の間隔を短くすることで、パルス間にSiCが冷却されることを防ぐことができる。その結果、加熱および冷却のサイクルによるSiCの破砕が抑制されると考えられる。
【0037】
実際に、パルス幅が100ナノ秒のパルスレーザ光を照射して損傷を形成したところ、デブリの発生量が顕著に低減した。さらに、パルス幅が200ナノ秒のパルスレーザ光を照射して損傷を形成したところ、デブリがほとんど観察されなかった(実施例2参照)。また、連続発振レーザ光(パルス幅:無限大)を照射して損傷を形成しても、デブリがほとんど観察されなかった(実施例3参照)。
【0038】
以上のように、デブリの発生量を低減させる観点からは、パルス幅が100ナノ秒以上のパルスレーザ光または連続発振レーザ光をSiCに照射することが好ましい。
【0039】
[その他]
本発明のレーザ加工方法において、レーザ光源として用いるレーザの種類は、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を出射することができれば特に限定されない。そのようなレーザの例には、HoレーザやErレーザ、各種半導体レーザなどが含まれる。
【0040】
レーザ光の集光点の位置は、SiCの表面近傍に位置することが好ましい。加工効率および損傷の幅の観点からは、レーザ光の集光点の位置は、SiCの表面から上方100μm〜表面から内部100μmの範囲内に位置することが好ましく、SiCの表面から上方20μm〜表面から内部80μmの範囲内に位置することがより好ましい。
【0041】
レーザ光がパルスレーザ光の場合、パルスレーザ光の集光位置における1パルスあたりの光強度密度は1〜5000J/cm2の範囲内であることが好ましい。1パルスあたりの光強度密度が1J/cm2未満の場合、損傷を十分に誘起できないおそれがある。一方、1パルスあたりの光強度密度が5000J/cm2超の場合、デブリが大量に発生して加工品質が低下するおそれがある。パルスレーザ光の繰り返し周波数は、特に限定されないが、1kHz〜10MHzの範囲内であることが好ましい。
【0042】
また、デブリの発生量を減少させる観点からは、レーザスポットの中心間距離(ショットピッチ;図3参照)はある程度短い方が好ましい。たとえば、パルスエネルギが10μJの場合、S<(2.5×10−4)F+0.225を満たすようにショットピッチを調整することで、デブリの発生量を顕著に低減させることができる。ここで、「S」は、パルスレーザ光のショットピッチ(μm)であり、「F」は、パルスレーザ光の繰り返し周波数(kHz)である。パルスエネルギが変わると数式の係数が変化するが、ショットピッチを適宜短くすることでデブリの発生量を顕著に低減できる点は同じである。
【0043】
一方、レーザ光が連続発振レーザ光の場合、レーザ光の集光位置における光強度密度は1×107〜5×109W/cm2の範囲内であることが好ましい。光強度密度が1×107W/cm2未満の場合、損傷を十分に誘起できないおそれがある。一方、光強度密度が5×109W/cm2超の場合、デブリが大量に発生して加工品質が低下するおそれがある。
【0044】
本発明のレーザ加工方法を実施する手段は、特に限定されない。たとえば、本発明のレーザ加工方法は、次に説明する本発明のレーザ加工装置を用いて実施されうる。
【0045】
2.本発明のレーザ加工装置
本発明のレーザ加工装置は、加工対象のSiCにレーザ光を照射して、SiCの表面に損傷を形成する装置である。本発明のレーザ加工装置は、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光をSiCに照射することを特徴とする。
【0046】
本発明のレーザ加工装置は、少なくとも、SiCに照射するレーザ光を出射するレーザ光源と、レーザ光源から出射されたレーザ光をSiCに照射する光学系とを有する。以下、各構成要素について説明する。
【0047】
レーザ光源は、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を出射する。前述の通り、レーザ光源として用いるレーザの種類は、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を出射することができれば特に限定されない。そのようなレーザの例には、HoレーザやErレーザ、各種半導体レーザなどが含まれる。
【0048】
光学系は、SiCの表面近傍の所望の位置に集光点が位置するように、レーザ光源から出射されたレーザ光をSiCに照射する。通常、光学系は、レーザ光のビーム径を最適化するテレスコープ光学系や、レーザ光を所望の位置に集光させる集光レンズなどを含む。前述の通り、本発明のレーザ加工装置は、無偏光のレーザ光をSiCに照射することを一つの特徴とする。したがって、従来のレーザ加工装置のように、光学系内に1/2波長板や偏光板などの偏光調整器を配置する必要はない。
【0049】
本発明のレーザ加工装置は、多くの場合、光学系(レーザ光)とSiCとを相対的に移動させる駆動部を有する。光学系(レーザ光)とSiCとを相対的に移動させることで、レーザ光をSiCの切断予定ラインに沿って照射することができる。その結果、SiCの切断予定ラインに沿って損傷を形成することができる。駆動部は、SiCを載置するステージを移動させてもよいし、光学系を移動させてもよいし、ステージおよび光学系の両方を移動させてもよい。
【0050】
その他、後述する実施の形態で説明するように、本発明のレーザ加工装置は、加工対象のSiCを載置するステージや、所望の位置に集光点を位置させるための自動照準システムなどを有していてもよい。
【0051】
以上の通り、本発明のレーザ加工方法およびレーザ加工装置は、加工対象のSiCに対して無偏光のレーザ光を照射することを一つの特徴とする。前述の通り、従来のレーザ加工方法およびレーザ加工装置では、直線偏光のレーザ光を照射するのが一般的であった。これに対し、本発明のレーザ加工方法およびレーザ加工装置では、従来の技術常識に反して、直線偏光ではなく無偏光のレーザ光を加工対象のSiCに照射する。無偏光のレーザ光がSiCの加工に適していることは、本発明者らにより初めて見出された知見である。
【0052】
本発明のレーザ加工方法およびレーザ加工装置は、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を照射して、ある程度小さい確率で多光子吸収を生じさせることで、SiCの表面に高アスペクト比の損傷を高精度かつ高速に形成することができる。したがって、本発明のレーザ加工方法およびレーザ加工装置を利用すれば、SiCウェハを高精度かつ高速に切断することができる。
【0053】
なお、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光をSiC以外の物質に照射しても、SiCに照射したときのように高アスペクト比の損傷を高精度かつ高速に形成することはできない。
【0054】
一例として、典型的な難加工性材料である石英やサファイアなどに無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を照射した場合について説明する。この場合、これらの透明誘電体材料のバンドギャップは5〜9eVと大きいため、波長500nm以上の光では3光子吸収または4光子吸収が生じてようやく電子のバンド間遷移を誘起できる。パルス幅の長い(ナノ秒〜マイクロ秒)レーザ光で3光子吸収または4光子吸収を誘起しようとすれば、尖頭出力が非常に大きい(GW/cm2以上)パルスレーザ光を照射する必要がある。しかしながら、このような強い光を集光照射すると、3光子吸収または4光子吸収が生じる前に他の非線形過程(絶縁破壊)が必ず誘起されてしまうため、損傷の形状が大きく乱れてしまう。したがって、石英やサファイアなどに無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を照射しても、非常に乱れた形状の損傷しか形成することができない。
【0055】
また、金属加工では、炭酸ガスレーザ(無偏光でかつ波長10μm)を照射することがあった。しかしながら、この方法でも高アスペクト比の損傷を高精度かつ高速に形成することはできない。すなわち、この方法は、金属の格子振動を直接励起して行う熱溶融加工であるため、高アスペクト比の損傷を形成したり、高精度の加工(空間分解能がμmレベル)をしたりすることはできない。
【0056】
3.実施の形態
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されない。
【0057】
図2は、本発明の一実施の形態に係るレーザ加工装置(SiCウェハのスクライビング装置)の構成を示す模式図である。
【0058】
図2に示されるように、本発明のレーザ加工装置200は、レーザ光源210、テレスコープ光学系220、集光レンズ230、ステージ240、AFカメラ250、XYステージコントローラ260、Zコントローラ270およびコンピュータ280を有する。
【0059】
レーザ光源210は、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を出射する。レーザ光源は、例えば、波長500nm〜10μm、パルス幅100ナノ秒以上、繰り返し周波数1kHz〜10MHz、1パルスあたりの光強度密度1〜5000J/cm2のパルスレーザ光、または波長500nm〜10μm、光強度密度1×107〜5×109W/cm2の連続発振レーザ光を出射する。
【0060】
テレスコープ光学系220は、好ましい加工形状を得るために、レーザ光源210から出射されたレーザ光のビーム径を最適化する。
【0061】
集光レンズ230は、テレスコープ光学系220を透過したレーザ光を集光する。たとえば、集光レンズ230は、顕微鏡用の対物レンズである。
【0062】
ステージ240は、加工対象のSiC(SiCウェハ)110が載置される載置台と、この載置台を移動させることができる駆動機構とを有する。駆動機構は、載置台をX軸またはY軸方向に移動させたり、X軸またはY軸を中心として回転させたりすることができる。ステージ240上のSiC110は、この駆動機構によって切断予定ラインに沿ってXY軸方向に移動される。
【0063】
AFカメラ250は、SiC110の加工部位の表面プロファイルを取得するためのカメラである。取得されたプロファイルは、コンピュータ280に出力される。
【0064】
XYステージコントローラ260は、コンピュータ280の指示に基づいて、レーザ光の集光位置がSiC110の切断予定ラインに沿うように、ステージ240をXY軸方向に移動させる。
【0065】
Zコントローラ270は、コンピュータ280の指示に基づいて、レーザ光の集光位置がSiC110の表面近傍の所望の位置に合うように、集光レンズ230をZ軸方向に移動させる。
【0066】
コンピュータ280は、レーザ光源210、AFカメラ250、XYステージコントローラ260およびZコントローラ270に接続されており、これら各部を総合的に制御する。たとえば、コンピュータ280は、AFカメラ250およびXYステージコントローラ260を制御して、SiC110の表面プロファイルを取得する。また、コンピュータ280は、XYステージコントローラ260およびZコントローラ270を制御して、SiC110の切断予定ラインに沿ってレーザ光を走査する。
【0067】
次に、上記構成を有するレーザ加工装置200を用いてSiC100を切断する手順を説明する。
【0068】
まず、SiC110をステージ240の載置台に載置して、AFカメラ250およびXYステージコントローラ260によりSiC110の表面プロファイルを取得する。次いで、レーザ光源210からレーザ光を出射して、レーザ光をSiC110の表面近傍に照射する。このとき、予め取得した表面プロファイルに基づき、ステージ240をXY軸方向(水平方向)に移動することで、レーザ光で切断予定ラインを走査する。これにより、SiC110の切断予定ラインに沿ってアスペクト比の大きい損傷を形成することができる。
【0069】
最後に、損傷を形成されたSiC110に機械的応力を印加して、切断予定ラインに沿ってSiC110を割断する。これにより、SiC(SiCウェハ)110は微小なチップに分割される。
【実施例】
【0070】
以下、本発明を実施例を参照して詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0071】
[実施例1]
実施例1では、パルスレーザ光を照射してSiCウェハの表面に損傷を形成した場合における、パルスレーザ光の偏光状態と損傷の深さとの関係を調べた実験結果を示す。
【0072】
加工対象物として、SiC単結晶ウェハを準備した。ウェハの表面から内部20μmの位置に集光点を合わせて、無偏光または直線偏光のパルスレーザ光をウェハに照射した。このとき、ステージをXY軸方向(水平方向)に移動させて、ウェハの切断予定ラインに沿ってパルスレーザ光をウェハに照射した。移動速度は、レーザスポットの中心間距離(ショットピッチ;図3参照)が0.05〜0.5μmとなるように調整した。パルスレーザ光の照射条件を表2に示す。
【0073】
【表2】
【0074】
表2に示されるように、偏光状態以外の照射条件はほぼ同じである。今回の実験では波長1064nmの光を照射しているので、3光子吸収により損傷が形成されていると考えられる。
【0075】
図4は、パルスレーザ光の偏光状態と形成された損傷の深さとの関係を示すグラフである。前述の通り、横軸の「ショットピッチ」とは、隣接するレーザスポット間の中心間距離を意味する。このグラフから、直線偏光のパルスレーザ光を照射した場合よりも無偏光のパルスレーザ光を照射した場合の方がより深い損傷を形成できることがわかる。また、ショットピッチが短いほど、損傷の深さの差が大きくなることもわかる。
【0076】
以上の結果から、SiCウェハをレーザ加工する場合は、直線偏光のレーザ光よりも無偏光のレーザ光の方が好ましいことがわかる。
【0077】
[実施例2]
実施例2では、パルスレーザ光を照射してSiCウェハに損傷を形成した場合における、パルスレーザ光のパルス幅とデブリの発生量との関係を調べた実験結果を示す。
【0078】
加工対象物として、実施例1と同じSiCウェハを準備した。ウェハの表面(表面から0μm)に集光点を合わせて、パルス幅が30ナノ秒、100ナノ秒または200ナノ秒のパルスレーザ光をウェハに照射した。このとき、ステージをXY軸方向(水平方向)に移動させて、ウェハの切断予定ラインに沿ってパルスレーザ光をウェハに照射した。パルスレーザ光の照射条件を表3に示す。
【0079】
【表3】
【0080】
表3に示されるように、パルス幅以外の照射条件はまったく同じである。今回の実験でも波長1064nmの光を照射しているので、3光子吸収により損傷が形成されていると考えられる。
【0081】
図5は、レーザ加工後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図5Aは、レーザC(パルス幅30ナノ秒)で加工したSiCウェハの写真であり、図5Bは、レーザD(パルス幅100ナノ秒)で加工したSiCウェハの写真であり、図5Cは、レーザE(パルス幅200ナノ秒)で加工したSiCウェハの写真である。いずれの写真もSiCウェハの表面を撮影したものである。形成された損傷の深さは、いずれも約100μmであった。
【0082】
図5Aに示されるように、パルス幅30ナノ秒のパルスレーザ光を照射した場合は、形成された損傷の周辺に大量のデブリが発生した。一方、図5Bおよび図5Cに示されるように、パルス幅100ナノ秒または200ナノ秒のパルスレーザ光を照射した場合は、形成された損傷の周辺にデブリはほとんど観察されなかった。また、図5Bと図5Cとを比較すると、パルス幅100ナノ秒のパルスレーザ光を照射した場合よりも、パルス幅200ナノ秒のパルスレーザ光を照射した場合の方がよりデブリが少なかった。
【0083】
以上の結果から、SiCウェハにパルスレーザ光を照射してレーザ加工する場合は、パルス幅が100ナノ秒未満のパルスレーザ光よりも、パルス幅が100ナノ秒以上のパルスレーザ光の方が好ましいことがわかる。
【0084】
[実施例3]
実施例3では、連続発振レーザ光を照射してSiCウェハに損傷を形成した実験結果を示す。
【0085】
加工対象物として、実施例1と同じSiCウェハを準備した。ウェハの表面から内部20μmの位置に集光点を合わせて、連続発振レーザ光をウェハに照射した。このとき、ステージをXY軸方向(水平方向)に移動させて、ウェハの切断予定ラインに沿って連続発振レーザ光をウェハに照射した。連続発振レーザ光の照射条件を表4に示す。今回の実験でも波長1064nmの光を照射しているので、3光子吸収により損傷が形成されていると考えられる。
【0086】
【表4】
【0087】
図6は、レーザ加工後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図6Aは、レーザ加工後のSiCウェハの表面の写真であり、図6Bは、レーザ加工後のSiCウェハの断面の写真であり、図6Cは、図6Bの写真の破線で囲まれた部分を拡大した写真である。
【0088】
図6Aに示されるように、連続発振レーザ光を照射した場合も、形成された損傷の周辺にデブリはほとんど観察されなかった。また、図6Bおよび図6Cに示されるように、連続発振レーザ光を照射した場合は、形成された損傷の深さが64μmであった。
【0089】
以上の結果から、SiCウェハに連続発振レーザ光を照射してレーザ加工することにより、極めて深い損傷を形成できることがわかる。
【0090】
[実施例4]
実施例4では、パルスレーザ光を照射してSiCウェハに損傷を形成した場合における、パルスレーザ光のパルス幅と形成された損傷の深さとの関係を調べた実験結果を示す。
【0091】
加工対象物として、実施例1と同じSiCウェハを準備した。ウェハの表面から内部20μmの位置に集光点を合わせて、パルス幅が30ナノ秒または200ナノ秒のパルスレーザ光をウェハに照射した。このとき、ステージをXY軸方向(水平方向)に移動させて、ウェハの切断予定ラインに沿ってパルスレーザ光をウェハに照射した。移動速度は、ショットピッチが0.01〜0.50μmとなるように調整した。パルスレーザ光の照射条件を表5に示す。
【0092】
【表5】
【0093】
表5に示されるように、パルス幅以外の照射条件はほぼ同じである。今回の実験でも波長1064nmの光を照射しているので、3光子吸収により損傷が形成されていると考えられる。
【0094】
図7は、パルスレーザ光のパルス幅と形成された損傷の深さとの関係を示すグラフである。このグラフから、パルス幅30ナノ秒のパルスレーザ光を照射した場合よりもパルス幅200ナノ秒のパルスレーザ光を照射した場合の方がより深い損傷を形成できることがわかる。
【0095】
以上の結果から、SiCウェハにパルスレーザ光を照射してレーザ加工する場合、デブリの発生量だけでなく形成される損傷の深さの観点からも、パルス幅が長い方が好ましいことがわかる。
【0096】
[実施例5]
実施例5では、パルスレーザ光を照射してSiCウェハに損傷を形成した場合における、集光点の位置と形成された損傷の深さとの関係を調べた実験結果を示す。
【0097】
本実施例では、加工対象のSiCウェハの表面と集光点との距離を「オフセット」と呼ぶ。集光点がSiCウェハの内部に位置する場合、オフセットは正の値をとり、集光点がSiCウェハの外部(上方)に位置する場合、オフセットは負の値をとる。具体的には、オフセットが0μmの場合は、集光点はSiCウェハの表面に位置する。また、オフセットが+xμmの場合は、集光点はSiCウェハの表面からxμm内部に位置する。一方、オフセットが−xμmの場合は、集光点はSiCウェハの表面からxμm外部(上方)に位置する。
【0098】
加工対象物として、実施例1と同じSiCウェハを準備した。ウェハの表面から上方20μm(オフセット−20μm)〜ウェハの表面から内部100μm(オフセット+100μm)の位置に集光点を合わせて、パルスレーザ光をウェハに照射した。このとき、ステージをXY軸方向(水平方向)に移動させて、ウェハの切断予定ラインに沿ってパルスレーザ光をウェハに照射した。パルスレーザ光の照射条件を表6に示す。
【0099】
【表6】
【0100】
表6に示されるように、レーザ光の焦点位置(オフセット)以外の照射条件はほぼ同じである。今回の実験でも波長1064nmの光を照射しているので、3光子吸収により損傷が形成されていると考えられる。
【0101】
図8は、レーザIを用いてレーザ加工を行った後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図8Aは、オフセット20μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図8Bは、オフセット40μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図8Cは、オフセット60μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図8Dは、オフセット80μmで加工したSiCウェハの断面の写真である。
【0102】
図9および図10は、レーザJを用いてレーザ加工を行った後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図9Aは、オフセット0μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Bは、オフセット20μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Cは、オフセット40μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Dは、オフセット60μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Eは、オフセット80μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Fは、オフセット100μmで加工したSiCウェハの断面の写真である。
【0103】
また、図10Aは、オフセット0μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Bは、オフセット20μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Cは、オフセット40μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Dは、オフセット60μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Eは、オフセット80μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Fは、オフセット100μmで加工したSiCウェハの表面の写真である。これらの写真から、オフセットが大きくなると(焦点位置がSiC内部に位置すると)、デブリの量が減少することがわかる。
【0104】
図11は、パルスレーザ光の焦点位置(オフセット)と形成された損傷の深さとの関係を示すグラフである。このグラフから、オフセットを−20〜+100μmの範囲内とすることで十分に深い損傷を形成できることがわかる。また、オフセットが−20〜+80μmの範囲内では、損傷の深さの変化が小さいこともわかる(Δ6μm以下)。
【0105】
以上の結果から、SiCウェハにパルスレーザ光を照射してレーザ加工する場合、少なくともパルスレーザ光の焦点位置がSiCの表面から上方20μm〜表面から内部100μmの範囲内であれば、十分な深さの損傷を形成できることがわかる。
【0106】
[実施例6]
実施例6では、パルスレーザ光を照射してSiCウェハに損傷を形成した場合における、レーザスポットの中心間距離(ショットピッチ)とデブリの発生量との関係を調べた実験結果を示す。
【0107】
加工対象物として、実施例1と同じSiCウェハを準備した。ウェハの表面(表面から0μm)に集光点を合わせて、繰り返し周波数100〜500kHzのパルスレーザ光をウェハに照射した。このとき、ステージをXY軸方向(水平方向)に移動させて、ウェハの切断予定ラインに沿ってパルスレーザ光をウェハに照射した。移動速度は、ショットピッチが0.1〜0.4μmとなるように調整した。パルスレーザ光の照射条件を表7に示す。
【0108】
【表7】
【0109】
上記条件において、パルスレーザ光の繰り返し周波数およびショットピッチを変化させて、デブリの発生の有無(多寡)の境界条件を詳細に調べた。その結果、繰り返し周波数が100kHzのときは、ショットピッチが0.25μm以上となるとデブリが発生するのが観察された。同様に、繰り返し周波数が300kHzのときは、ショットピッチが0.3μm以上となるとデブリが発生するのが観察された。繰り返し周波数が500kHzのときは、ショットピッチが0.35μm以上となるとデブリが発生するのが観察された。
【0110】
図12は、上記結果に基づき作成した、パルスレーザ光の繰り返し周波数およびショットピッチとデブリの発生との関係を示すグラフである。横軸はパルスレーザ光の繰り返し周波数F(kHz)であり、縦軸はパルスレーザ光のショットピッチS(μm)である。このグラフに示されるように、パルスエネルギが10μJの場合、デブリの発生の有無(多寡)の境界条件は、S=(2.5×10−4)F+0.225であった。すなわち、S≧(2.5×10−4)F+0.225ではデブリが発生したのに対し、S<(2.5×10−4)F+0.225ではデブリがほとんど発生しなかった。
【0111】
上記条件式が正しいことを確認するため、さらに図12にA〜Dで示される条件で加工屑が発生するかどうかを調べた。
【0112】
図13は、レーザ加工後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図13Aは、条件A(F:100kHz、S:0.1μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真であり、図13Bは、条件B(F:100kHz、S:0.3μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真であり、図13Cは、条件C(F:500kHz、S:0.1μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真であり、図13Dは、条件D(F:500kHz、S:0.4μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真である。
【0113】
図13Bおよび図13Dに示されるように、S≧(2.5×10−4)F+0.225で加工した場合、形成された損傷の周囲にデブリが発生していた。一方、図13Aおよび図13Cに示されるように、S<(2.5×10−4)F+0.225で加工した場合、形成された損傷の周囲にデブリはほとんど観察されなかった。
【0114】
以上の結果から、SiCウェハにパルスレーザ光を照射してレーザ加工する場合、所定の条件を満たすようにショットピッチを短くすることで、デブリの発生量を減少させうることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明のチップの製造方法は、これまで加工が困難であったSiCウェハにアスペクト比の大きい損傷を高精度かつ高速に形成して分割することができる。したがって、本発明のチップの製造方法は、SiCウェハのダイシング技術として有用である。
【符号の説明】
【0116】
100 レーザ光
110 シリコンカーバイド
120 切断予定ライン
130 損傷
200 レーザ加工装置
210 レーザ光源
220 テレスコープ光学系
230 集光レンズ
240 ステージ
250 AFカメラ
260 XYステージコントローラ
270 Zコントローラ
280 コンピュータ
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコンカーバイドからなるウェハの表面にアスペクト比の大きい損傷を形成して分割するチップの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコンカーバイド(炭化ケイ素;以下「SiC」と略記する)は、シリコン(以下「Si」と略記する)に比べて耐電圧性および耐熱性に優れている。SiCは、Siに比べてデバイスの電力損失を約1/10に低減することができるため、パワーエレクトロニクスを支える半導体デバイス向けの材料として注目されている。しかしながら、SiCはSiに比べて非常に硬いため、従来から用いられているダイヤモンドブレードなどではSiCウェハを効率的に切断することはできなかった。
【0003】
一方、近年、ガラスウェハや半導体ウェハなどを切断する新たな技術として、レーザ加工方法が提案されている。レーザ加工方法では、レーザ光をウェハの表面または内部に照射することで、ウェハの表面または内部に切断の起点となる損傷を形成する。たとえば、特許文献1には、ガラスウェハまたはSiウェハの内部にレーザ光を照射することにより、切断予定ラインに沿って多光子吸収による改質領域を形成する方法が開示されている。この後、改質領域を形成したウェハに機械的応力を加えることで、改質領域を起点としてウェハを切断することができる。
【0004】
特許文献1に記載のレーザ加工方法のように、多光子吸収を利用するレーザ加工方法では直線偏光のレーザ光を照射するのが一般的である。また、サファイアなどの硬い材料を加工する場合は、ピコ秒パルスレーザ光やフェムト秒パルスレーザ光などのパルス幅が短いレーザ光を照射するのが一般的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−313237号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の通り、SiCウェハは、Siウェハなどに比べて非常に硬いため、従来から用いられているダイヤモンドブレードなどでは高精度かつ効率的に切断することはできなかった。
【0007】
そこで、本発明者らは、上述のレーザ加工方法によりSiCウェハを切断することを試みた。すなわち、直線偏光のフェムト秒パルスレーザ光をSiCウェハの表面または内部に照射して、SiCウェハに損傷を形成することを試みた。しかしながら、従来のレーザ加工方法では、形状が乱れておらず、かつデブリ(加工屑)が少ない高品質な加工を高速に行うことは容易ではなかった。
【0008】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、デブリの発生を抑制しつつ、SiCウェハの表面にアスペクト比の大きい損傷を高精度かつ高速に形成して、SiCウェハを分割することができるチップの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、レーザ加工の分野の技術常識に反し、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光をSiCに照射することで上記課題を解決できることを見出し、さらに検討を加えて本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、以下のチップの製造方法に関する。
[1]シリコンカーバイドからなるウェハに無偏光でかつ波長500nm以上のパルスレーザ光を前記ウェハの切断予定ラインに沿って照射して、前記切断予定ラインに沿って前記ウェハの表面に前記パルスレーザ光の多光子吸収により損傷を形成するステップと、前記損傷を形成された前記ウェハに機械的応力を印加して、前記切断予定ラインに沿って前記ウェハを分割する工程と、を含む、チップの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のチップの製造方法によれば、デブリの発生を抑制しつつ、SiCウェハの表面にアスペクト比の大きい損傷を高精度かつ高速に形成して、SiCウェハを分割することができる。本発明のチップの製造方法を利用すれば、SiCウェハを高精度かつ高速に切断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明のレーザ加工方法を用いたSiCの切断方法の一例を示す模式図である。図1Aは、レーザ光を照射する様子を示す模式図である。図1Bは、SiCに損傷を形成した様子を示す模式図である。図1Cは、SiCを切断した様子を示す模式図である。
【図2】本発明の一実施の形態に係るレーザ加工装置の構成を示す模式図である。
【図3】ショットピッチを説明するための模式図である。
【図4】パルスレーザ光の偏光状態と形成された損傷の深さとの関係を示すグラフである。
【図5】パルスレーザ光を照射した後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図5Aは、パルス幅30ナノ秒のパルスレーザ光で加工したSiCウェハの写真であり、図5Bは、パルス幅100ナノ秒のパルスレーザ光で加工したSiCウェハの写真であり、図5Cは、パルス幅200ナノ秒のパルスレーザ光で加工したSiCウェハの写真である。
【図6】連続発振レーザ光を照射した後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図6Aは、レーザ加工後のSiCウェハの表面の写真であり、図6Bは、レーザ加工後のSiCウェハの断面の写真であり、図6Cは、図6Bの写真の破線で囲まれた部分を拡大した写真である。
【図7】パルスレーザ光のパルス幅と形成された損傷の深さとの関係を示すグラフである。
【図8】レーザIを用いてレーザ加工を行った後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図8Aは、オフセット20μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図8Bは、オフセット40μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図8Cは、オフセット60μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図8Dは、オフセット80μmで加工したSiCウェハの断面の写真である。
【図9】レーザJを用いてレーザ加工を行った後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図9Aは、オフセット0μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Bは、オフセット20μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Cは、オフセット40μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Dは、オフセット60μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Eは、オフセット80μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Fは、オフセット100μmで加工したSiCウェハの断面の写真である。
【図10】レーザJを用いてレーザ加工を行った後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図10Aは、オフセット0μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Bは、オフセット20μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Cは、オフセット40μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Dは、オフセット60μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Eは、オフセット80μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Fは、オフセット100μmで加工したSiCウェハの表面の写真である。
【図11】パルスレーザ光の焦点位置(オフセット)と形成された損傷の深さとの関係を示すグラフである。
【図12】パルスレーザ光の繰り返し周波数およびショットピッチとデブリ発生の有無との関係を示すグラフである。
【図13】パルスレーザ光を照射した後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図13Aは、条件A(F:100kHz、S:0.1μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真であり、図13Bは、条件B(F:100kHz、S:0.3μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真であり、図13Cは、条件C(F:500kHz、S:0.1μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真であり、図13Dは、条件D(F:500kHz、S:0.4μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.本発明のレーザ加工方法
本発明のレーザ加工方法は、加工対象のシリコンカーバイド(SiC)にレーザ光を照射して、SiCの表面に損傷(例えば、溝)を形成するステップを含む。後述するように、本発明のレーザ加工方法は、SiCに照射するレーザ光の偏光状態が無偏光であり、かつレーザ光の波長が500nm以上であることを特徴とする。
【0014】
図1は、本発明のレーザ加工方法を用いてSiCを切断する例を示す模式図である。図1Aに示されるように、無偏光のレーザ光100をSiC110に照射しながら、レーザ光100とSiC110との相対的な位置を変える。このとき、レーザ光100の集光点は、SiC110の表面近傍に位置し、SiC110の切断予定ライン120に沿って移動する。このように無偏光のレーザ光100を走査することで、図1Bに示されるように、切断予定ライン120に沿ってアスペクト比の大きい損傷130を形成することができる。図1Cに示されるように、損傷130を形成されたSiC110に機械的応力を加えることにより、SiC110を切断予定ライン120に沿って容易に割断することができる。
【0015】
以下、本発明のレーザ加工方法におけるレーザ光の照射条件について詳細に説明する。
【0016】
[偏光状態]
本発明のレーザ加工方法は、SiCに照射するレーザ光の偏光状態が無偏光であることを一つの特徴とする。ここで、「無偏光のレーザ光」とは、光の電場ベクトルがすべての方向について略均一に分布しているレーザ光を意味する。無偏光のレーザ光は、偏光方向がそれぞれ異なる直線偏光のレーザ光の集合体であるともいえる。
【0017】
本発明のレーザ加工方法では、多光子吸収を利用して損傷を形成する。本発明のレーザ加工方法の加工メカニズムは、これに限定されるわけではないが、「熱効果による加工」であると推察される。すなわち、無偏光かつ波長500nm以上のレーザ光をSiCに照射すると、多光子吸収(実質的には2光子吸収または3光子吸収)によりSiCの電子のバンド間遷移が生じる。この励起電子が緩和する際に放出される熱により、照射部位の温度が局所的に上昇する。その結果、照射部位においてSiCの分解、溶融または体積爆発が生じ、損傷が形成されると考えられる。
【0018】
多光子吸収を利用してアスペクト比の大きい損傷を形成しようとする場合、SiCの表面から内部深くまでレーザ光を進入させる必要がある。そのためには、SiC内部において多光子吸収が生じる確率をある程度小さくすることが好ましい。多光子吸収が生じる確率を小さくためには、多光子吸収の吸収断面積が小さい波長のレーザ光を照射することが考えられる。しかしながら、多光子吸収の吸収断面積は、おおよその値しかわからない。また、多光子吸収の吸収断面積の波長依存性もよくわかっていない。さらに、レーザ光の波長を任意に調整することは容易ではない。以上の理由から、レーザ光の波長を制御することで多光子吸収が生じる確率を小さくすることは、現実的ではない。
【0019】
そこで、本発明者は、波長以外のパラメータを制御することで多光子吸収が生じる確率を小さくすることができないかを検討した。その結果、本発明者は、無偏光のレーザ光を使用することで、SiC内部において多光子吸収が生じる確率を小さくできることを見出した。ここでいう「多光子吸収」とは、仮想準位を介した連続的な同時多光子吸収を意味し、実質的には2光子吸収または3光子吸収である。
【0020】
たとえば、2光子吸収が生じる確率Wは、以下の式(1)のように表すことができる(参考:櫛田孝司著、「量子光学」、朝倉現代物理学講座8、朝倉書店、pp.134)。ここで、E1およびE2は、入射光の電場(偏光)ベクトルである。
【数1】
【0021】
上記式(1)からわかるように、2光子吸収が生じる確率は、入射光の偏光方向に大きく依存する。すなわち、入射光の2つの光子の電場ベクトルの向きが揃ったとき、2光子吸収が生じる確率は最大となる。一方、入射光の2つの光子の電場ベクトルの向きが直交したとき、2光子吸収が生じる確率はゼロとなる。したがって、入射光の電場ベクトルの向きが揃わないとき、すなわち無偏光のレーザ光を使用したとき、2光子吸収が生じる確率が小さくなる。その結果、レーザ光はSiCの内部深くまで進入することができ、アスペクト比の大きい損傷を形成することができる。
【0022】
実際に、無偏光のレーザ光を照射した場合と直線偏光のレーザ光を照射した場合とで形成される損傷の深さを比較した。その結果、無偏光のレーザ光を照射した場合の方が、直線偏光のレーザ光を照射した場合よりも深い損傷を形成することができた(実施例1参照)。
【0023】
以上のように、本発明のレーザ加工方法では、アスペクト比の大きい損傷を形成するために、無偏光のレーザ光をSiCに照射する。
【0024】
[波長]
本発明のレーザ加工方法は、SiCに照射するレーザ光の波長が500nm以上であることも一つの特徴とする。
【0025】
前述の通り、本発明のレーザ加工方法では、多光子吸収により損傷を形成する。したがって、所望の加工を実現するためには、1光子1吸収が生じることを回避しなければならない。SiCのバンドギャップ(Eg)は約3eVであり、これを波長に換算すると413nmである。よって、1光子1吸収が生じることを回避するためには、413nmを越える波長のレーザ光を照射すればよい。吸収裾や不純物準位などを考慮すると、1光子1吸収が生じることを確実に回避するためには、500nm以上の波長のレーザ光を照射することが好ましい。
【0026】
波長500nm以上の光をSiCに照射することで、電子遷移による吸収を回避することができる。一方、波長10μm以上の光をSiCに照射すると、振動遷移による吸収が生じてしまい、所望の加工を行うことができなくなるおそれがある。したがって、SiCに照射するレーザ光の波長は、10μm以下であることが好ましい。
【0027】
[発振方式]
SiCに照射するレーザ光は、パルスレーザ光であってもよいし、連続発振(CW)レーザ光であってもよい。デブリ(加工屑)の発生量を低減させる観点およびアスペクト比の大きい損傷を形成する観点からは、パルス幅が100ナノ秒以上のパルスレーザ光または連続発振レーザ光(パルス幅:無限大)を照射することが好ましい。
【0028】
パルス幅が100ナノ秒以上のパルスレーザ光または連続発振レーザ光を照射することで、加工時に発生するデブリの量を顕著に低減することができる。一方、パルス幅が100ナノ秒未満のパルスレーザ光を照射すると、大量のデブリが発生するおそれがある(実施例2,3参照)。
【0029】
また、パルス幅が100ナノ秒以上のパルスレーザ光または連続発振レーザ光を照射することで、形成される損傷のアスペクト比を大きくすることもできる。これは、パルス幅が長くなれば、尖頭出力が小さくなり、多光子吸収が生じる確率も小さくなるためだと考えられる。一方、パルス幅が100ナノ秒未満のパルスレーザ光を照射すると、形成される損傷のアスペクト比が小さくなるおそれがある(実施例4参照)。
【0030】
ここで、パルス幅が100ナノ秒以上のパルスレーザ光または連続発振レーザ光を照射することでデブリの発生量が低減する理由について、推察されるメカニズムを説明する。表1は、SiCおよびSiの物性を示す表である。
【0031】
【表1】
【0032】
表1に示されるように、SiCとSiとでは、比熱はほぼ同じである。したがって、同じ条件でレーザ光を照射すれば、集光点付近において同じように温度が上昇し、同じように熱応力が加わることになる。一方、SiCの破壊靭性値はSiの破壊靭性値よりも顕著に大きいため、加工に要するレーザ光エネルギは、SiよりもSiCの方が大きい。したがって、Siを加工した場合よりもSiCを加工した場合の方が、加工時の集光点付近において温度がより上昇し、熱応力がより大きくなる。
【0033】
ところが、SiCのヤング率は、Siのヤング率よりも顕著に大きい。すなわち、SiCは、Siに比べて膨張による熱応力に対して撓みにくい。したがって、SiCは、Siのように撓むことにより熱応力を逃がすことができない。また、SiCの融点はSiの融点よりも1000℃以上高い。したがって、SiCは、Siのように液化することにより熱応力を逃がすこともできない。その結果、SiCは、レーザ加工時に生じた熱応力を逃がすことができず、破壊されてしまう。以上の理由により、SiCは、Siに比べてレーザ加工時に破砕されやすいと考えられる。
【0034】
実際に、パルス幅が30ナノ秒のパルスレーザ光を照射してSiCに損傷を形成したところ、形成された損傷の周辺には大量のデブリが付着しているのが観察された(実施例2参照)。これは、30ナノ秒という短いパルス幅のパルスレーザ光で加工すると、温度上昇に伴う熱膨張および応力発生が急激に起こるため、急激な応力に耐え切れないSiCが破砕されてしまったと考えられる。また、SiCに対して加熱および冷却のサイクルを繰り返したため、SiCが破砕されやすくなったとも考えられる。
【0035】
本発明者は、この急激に発生した熱応力によるSiCの破砕を抑制する手段を検討した。その結果、本発明者は、パルスレーザ光のパルス幅を長くする(パルス間の時間を短くする)ことでSiCの破砕を抑制できると考えた。
【0036】
すなわち、パルスレーザ光のパルス幅を長くすることで、熱応力発生の速度を遅くすることができる。その結果、熱応力によるSiCの破砕が抑制されると考えられる。また、パルスレーザ光のパルス間の間隔を短くすることで、パルス間にSiCが冷却されることを防ぐことができる。その結果、加熱および冷却のサイクルによるSiCの破砕が抑制されると考えられる。
【0037】
実際に、パルス幅が100ナノ秒のパルスレーザ光を照射して損傷を形成したところ、デブリの発生量が顕著に低減した。さらに、パルス幅が200ナノ秒のパルスレーザ光を照射して損傷を形成したところ、デブリがほとんど観察されなかった(実施例2参照)。また、連続発振レーザ光(パルス幅:無限大)を照射して損傷を形成しても、デブリがほとんど観察されなかった(実施例3参照)。
【0038】
以上のように、デブリの発生量を低減させる観点からは、パルス幅が100ナノ秒以上のパルスレーザ光または連続発振レーザ光をSiCに照射することが好ましい。
【0039】
[その他]
本発明のレーザ加工方法において、レーザ光源として用いるレーザの種類は、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を出射することができれば特に限定されない。そのようなレーザの例には、HoレーザやErレーザ、各種半導体レーザなどが含まれる。
【0040】
レーザ光の集光点の位置は、SiCの表面近傍に位置することが好ましい。加工効率および損傷の幅の観点からは、レーザ光の集光点の位置は、SiCの表面から上方100μm〜表面から内部100μmの範囲内に位置することが好ましく、SiCの表面から上方20μm〜表面から内部80μmの範囲内に位置することがより好ましい。
【0041】
レーザ光がパルスレーザ光の場合、パルスレーザ光の集光位置における1パルスあたりの光強度密度は1〜5000J/cm2の範囲内であることが好ましい。1パルスあたりの光強度密度が1J/cm2未満の場合、損傷を十分に誘起できないおそれがある。一方、1パルスあたりの光強度密度が5000J/cm2超の場合、デブリが大量に発生して加工品質が低下するおそれがある。パルスレーザ光の繰り返し周波数は、特に限定されないが、1kHz〜10MHzの範囲内であることが好ましい。
【0042】
また、デブリの発生量を減少させる観点からは、レーザスポットの中心間距離(ショットピッチ;図3参照)はある程度短い方が好ましい。たとえば、パルスエネルギが10μJの場合、S<(2.5×10−4)F+0.225を満たすようにショットピッチを調整することで、デブリの発生量を顕著に低減させることができる。ここで、「S」は、パルスレーザ光のショットピッチ(μm)であり、「F」は、パルスレーザ光の繰り返し周波数(kHz)である。パルスエネルギが変わると数式の係数が変化するが、ショットピッチを適宜短くすることでデブリの発生量を顕著に低減できる点は同じである。
【0043】
一方、レーザ光が連続発振レーザ光の場合、レーザ光の集光位置における光強度密度は1×107〜5×109W/cm2の範囲内であることが好ましい。光強度密度が1×107W/cm2未満の場合、損傷を十分に誘起できないおそれがある。一方、光強度密度が5×109W/cm2超の場合、デブリが大量に発生して加工品質が低下するおそれがある。
【0044】
本発明のレーザ加工方法を実施する手段は、特に限定されない。たとえば、本発明のレーザ加工方法は、次に説明する本発明のレーザ加工装置を用いて実施されうる。
【0045】
2.本発明のレーザ加工装置
本発明のレーザ加工装置は、加工対象のSiCにレーザ光を照射して、SiCの表面に損傷を形成する装置である。本発明のレーザ加工装置は、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光をSiCに照射することを特徴とする。
【0046】
本発明のレーザ加工装置は、少なくとも、SiCに照射するレーザ光を出射するレーザ光源と、レーザ光源から出射されたレーザ光をSiCに照射する光学系とを有する。以下、各構成要素について説明する。
【0047】
レーザ光源は、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を出射する。前述の通り、レーザ光源として用いるレーザの種類は、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を出射することができれば特に限定されない。そのようなレーザの例には、HoレーザやErレーザ、各種半導体レーザなどが含まれる。
【0048】
光学系は、SiCの表面近傍の所望の位置に集光点が位置するように、レーザ光源から出射されたレーザ光をSiCに照射する。通常、光学系は、レーザ光のビーム径を最適化するテレスコープ光学系や、レーザ光を所望の位置に集光させる集光レンズなどを含む。前述の通り、本発明のレーザ加工装置は、無偏光のレーザ光をSiCに照射することを一つの特徴とする。したがって、従来のレーザ加工装置のように、光学系内に1/2波長板や偏光板などの偏光調整器を配置する必要はない。
【0049】
本発明のレーザ加工装置は、多くの場合、光学系(レーザ光)とSiCとを相対的に移動させる駆動部を有する。光学系(レーザ光)とSiCとを相対的に移動させることで、レーザ光をSiCの切断予定ラインに沿って照射することができる。その結果、SiCの切断予定ラインに沿って損傷を形成することができる。駆動部は、SiCを載置するステージを移動させてもよいし、光学系を移動させてもよいし、ステージおよび光学系の両方を移動させてもよい。
【0050】
その他、後述する実施の形態で説明するように、本発明のレーザ加工装置は、加工対象のSiCを載置するステージや、所望の位置に集光点を位置させるための自動照準システムなどを有していてもよい。
【0051】
以上の通り、本発明のレーザ加工方法およびレーザ加工装置は、加工対象のSiCに対して無偏光のレーザ光を照射することを一つの特徴とする。前述の通り、従来のレーザ加工方法およびレーザ加工装置では、直線偏光のレーザ光を照射するのが一般的であった。これに対し、本発明のレーザ加工方法およびレーザ加工装置では、従来の技術常識に反して、直線偏光ではなく無偏光のレーザ光を加工対象のSiCに照射する。無偏光のレーザ光がSiCの加工に適していることは、本発明者らにより初めて見出された知見である。
【0052】
本発明のレーザ加工方法およびレーザ加工装置は、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を照射して、ある程度小さい確率で多光子吸収を生じさせることで、SiCの表面に高アスペクト比の損傷を高精度かつ高速に形成することができる。したがって、本発明のレーザ加工方法およびレーザ加工装置を利用すれば、SiCウェハを高精度かつ高速に切断することができる。
【0053】
なお、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光をSiC以外の物質に照射しても、SiCに照射したときのように高アスペクト比の損傷を高精度かつ高速に形成することはできない。
【0054】
一例として、典型的な難加工性材料である石英やサファイアなどに無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を照射した場合について説明する。この場合、これらの透明誘電体材料のバンドギャップは5〜9eVと大きいため、波長500nm以上の光では3光子吸収または4光子吸収が生じてようやく電子のバンド間遷移を誘起できる。パルス幅の長い(ナノ秒〜マイクロ秒)レーザ光で3光子吸収または4光子吸収を誘起しようとすれば、尖頭出力が非常に大きい(GW/cm2以上)パルスレーザ光を照射する必要がある。しかしながら、このような強い光を集光照射すると、3光子吸収または4光子吸収が生じる前に他の非線形過程(絶縁破壊)が必ず誘起されてしまうため、損傷の形状が大きく乱れてしまう。したがって、石英やサファイアなどに無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を照射しても、非常に乱れた形状の損傷しか形成することができない。
【0055】
また、金属加工では、炭酸ガスレーザ(無偏光でかつ波長10μm)を照射することがあった。しかしながら、この方法でも高アスペクト比の損傷を高精度かつ高速に形成することはできない。すなわち、この方法は、金属の格子振動を直接励起して行う熱溶融加工であるため、高アスペクト比の損傷を形成したり、高精度の加工(空間分解能がμmレベル)をしたりすることはできない。
【0056】
3.実施の形態
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されない。
【0057】
図2は、本発明の一実施の形態に係るレーザ加工装置(SiCウェハのスクライビング装置)の構成を示す模式図である。
【0058】
図2に示されるように、本発明のレーザ加工装置200は、レーザ光源210、テレスコープ光学系220、集光レンズ230、ステージ240、AFカメラ250、XYステージコントローラ260、Zコントローラ270およびコンピュータ280を有する。
【0059】
レーザ光源210は、無偏光でかつ波長500nm以上のレーザ光を出射する。レーザ光源は、例えば、波長500nm〜10μm、パルス幅100ナノ秒以上、繰り返し周波数1kHz〜10MHz、1パルスあたりの光強度密度1〜5000J/cm2のパルスレーザ光、または波長500nm〜10μm、光強度密度1×107〜5×109W/cm2の連続発振レーザ光を出射する。
【0060】
テレスコープ光学系220は、好ましい加工形状を得るために、レーザ光源210から出射されたレーザ光のビーム径を最適化する。
【0061】
集光レンズ230は、テレスコープ光学系220を透過したレーザ光を集光する。たとえば、集光レンズ230は、顕微鏡用の対物レンズである。
【0062】
ステージ240は、加工対象のSiC(SiCウェハ)110が載置される載置台と、この載置台を移動させることができる駆動機構とを有する。駆動機構は、載置台をX軸またはY軸方向に移動させたり、X軸またはY軸を中心として回転させたりすることができる。ステージ240上のSiC110は、この駆動機構によって切断予定ラインに沿ってXY軸方向に移動される。
【0063】
AFカメラ250は、SiC110の加工部位の表面プロファイルを取得するためのカメラである。取得されたプロファイルは、コンピュータ280に出力される。
【0064】
XYステージコントローラ260は、コンピュータ280の指示に基づいて、レーザ光の集光位置がSiC110の切断予定ラインに沿うように、ステージ240をXY軸方向に移動させる。
【0065】
Zコントローラ270は、コンピュータ280の指示に基づいて、レーザ光の集光位置がSiC110の表面近傍の所望の位置に合うように、集光レンズ230をZ軸方向に移動させる。
【0066】
コンピュータ280は、レーザ光源210、AFカメラ250、XYステージコントローラ260およびZコントローラ270に接続されており、これら各部を総合的に制御する。たとえば、コンピュータ280は、AFカメラ250およびXYステージコントローラ260を制御して、SiC110の表面プロファイルを取得する。また、コンピュータ280は、XYステージコントローラ260およびZコントローラ270を制御して、SiC110の切断予定ラインに沿ってレーザ光を走査する。
【0067】
次に、上記構成を有するレーザ加工装置200を用いてSiC100を切断する手順を説明する。
【0068】
まず、SiC110をステージ240の載置台に載置して、AFカメラ250およびXYステージコントローラ260によりSiC110の表面プロファイルを取得する。次いで、レーザ光源210からレーザ光を出射して、レーザ光をSiC110の表面近傍に照射する。このとき、予め取得した表面プロファイルに基づき、ステージ240をXY軸方向(水平方向)に移動することで、レーザ光で切断予定ラインを走査する。これにより、SiC110の切断予定ラインに沿ってアスペクト比の大きい損傷を形成することができる。
【0069】
最後に、損傷を形成されたSiC110に機械的応力を印加して、切断予定ラインに沿ってSiC110を割断する。これにより、SiC(SiCウェハ)110は微小なチップに分割される。
【実施例】
【0070】
以下、本発明を実施例を参照して詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0071】
[実施例1]
実施例1では、パルスレーザ光を照射してSiCウェハの表面に損傷を形成した場合における、パルスレーザ光の偏光状態と損傷の深さとの関係を調べた実験結果を示す。
【0072】
加工対象物として、SiC単結晶ウェハを準備した。ウェハの表面から内部20μmの位置に集光点を合わせて、無偏光または直線偏光のパルスレーザ光をウェハに照射した。このとき、ステージをXY軸方向(水平方向)に移動させて、ウェハの切断予定ラインに沿ってパルスレーザ光をウェハに照射した。移動速度は、レーザスポットの中心間距離(ショットピッチ;図3参照)が0.05〜0.5μmとなるように調整した。パルスレーザ光の照射条件を表2に示す。
【0073】
【表2】
【0074】
表2に示されるように、偏光状態以外の照射条件はほぼ同じである。今回の実験では波長1064nmの光を照射しているので、3光子吸収により損傷が形成されていると考えられる。
【0075】
図4は、パルスレーザ光の偏光状態と形成された損傷の深さとの関係を示すグラフである。前述の通り、横軸の「ショットピッチ」とは、隣接するレーザスポット間の中心間距離を意味する。このグラフから、直線偏光のパルスレーザ光を照射した場合よりも無偏光のパルスレーザ光を照射した場合の方がより深い損傷を形成できることがわかる。また、ショットピッチが短いほど、損傷の深さの差が大きくなることもわかる。
【0076】
以上の結果から、SiCウェハをレーザ加工する場合は、直線偏光のレーザ光よりも無偏光のレーザ光の方が好ましいことがわかる。
【0077】
[実施例2]
実施例2では、パルスレーザ光を照射してSiCウェハに損傷を形成した場合における、パルスレーザ光のパルス幅とデブリの発生量との関係を調べた実験結果を示す。
【0078】
加工対象物として、実施例1と同じSiCウェハを準備した。ウェハの表面(表面から0μm)に集光点を合わせて、パルス幅が30ナノ秒、100ナノ秒または200ナノ秒のパルスレーザ光をウェハに照射した。このとき、ステージをXY軸方向(水平方向)に移動させて、ウェハの切断予定ラインに沿ってパルスレーザ光をウェハに照射した。パルスレーザ光の照射条件を表3に示す。
【0079】
【表3】
【0080】
表3に示されるように、パルス幅以外の照射条件はまったく同じである。今回の実験でも波長1064nmの光を照射しているので、3光子吸収により損傷が形成されていると考えられる。
【0081】
図5は、レーザ加工後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図5Aは、レーザC(パルス幅30ナノ秒)で加工したSiCウェハの写真であり、図5Bは、レーザD(パルス幅100ナノ秒)で加工したSiCウェハの写真であり、図5Cは、レーザE(パルス幅200ナノ秒)で加工したSiCウェハの写真である。いずれの写真もSiCウェハの表面を撮影したものである。形成された損傷の深さは、いずれも約100μmであった。
【0082】
図5Aに示されるように、パルス幅30ナノ秒のパルスレーザ光を照射した場合は、形成された損傷の周辺に大量のデブリが発生した。一方、図5Bおよび図5Cに示されるように、パルス幅100ナノ秒または200ナノ秒のパルスレーザ光を照射した場合は、形成された損傷の周辺にデブリはほとんど観察されなかった。また、図5Bと図5Cとを比較すると、パルス幅100ナノ秒のパルスレーザ光を照射した場合よりも、パルス幅200ナノ秒のパルスレーザ光を照射した場合の方がよりデブリが少なかった。
【0083】
以上の結果から、SiCウェハにパルスレーザ光を照射してレーザ加工する場合は、パルス幅が100ナノ秒未満のパルスレーザ光よりも、パルス幅が100ナノ秒以上のパルスレーザ光の方が好ましいことがわかる。
【0084】
[実施例3]
実施例3では、連続発振レーザ光を照射してSiCウェハに損傷を形成した実験結果を示す。
【0085】
加工対象物として、実施例1と同じSiCウェハを準備した。ウェハの表面から内部20μmの位置に集光点を合わせて、連続発振レーザ光をウェハに照射した。このとき、ステージをXY軸方向(水平方向)に移動させて、ウェハの切断予定ラインに沿って連続発振レーザ光をウェハに照射した。連続発振レーザ光の照射条件を表4に示す。今回の実験でも波長1064nmの光を照射しているので、3光子吸収により損傷が形成されていると考えられる。
【0086】
【表4】
【0087】
図6は、レーザ加工後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図6Aは、レーザ加工後のSiCウェハの表面の写真であり、図6Bは、レーザ加工後のSiCウェハの断面の写真であり、図6Cは、図6Bの写真の破線で囲まれた部分を拡大した写真である。
【0088】
図6Aに示されるように、連続発振レーザ光を照射した場合も、形成された損傷の周辺にデブリはほとんど観察されなかった。また、図6Bおよび図6Cに示されるように、連続発振レーザ光を照射した場合は、形成された損傷の深さが64μmであった。
【0089】
以上の結果から、SiCウェハに連続発振レーザ光を照射してレーザ加工することにより、極めて深い損傷を形成できることがわかる。
【0090】
[実施例4]
実施例4では、パルスレーザ光を照射してSiCウェハに損傷を形成した場合における、パルスレーザ光のパルス幅と形成された損傷の深さとの関係を調べた実験結果を示す。
【0091】
加工対象物として、実施例1と同じSiCウェハを準備した。ウェハの表面から内部20μmの位置に集光点を合わせて、パルス幅が30ナノ秒または200ナノ秒のパルスレーザ光をウェハに照射した。このとき、ステージをXY軸方向(水平方向)に移動させて、ウェハの切断予定ラインに沿ってパルスレーザ光をウェハに照射した。移動速度は、ショットピッチが0.01〜0.50μmとなるように調整した。パルスレーザ光の照射条件を表5に示す。
【0092】
【表5】
【0093】
表5に示されるように、パルス幅以外の照射条件はほぼ同じである。今回の実験でも波長1064nmの光を照射しているので、3光子吸収により損傷が形成されていると考えられる。
【0094】
図7は、パルスレーザ光のパルス幅と形成された損傷の深さとの関係を示すグラフである。このグラフから、パルス幅30ナノ秒のパルスレーザ光を照射した場合よりもパルス幅200ナノ秒のパルスレーザ光を照射した場合の方がより深い損傷を形成できることがわかる。
【0095】
以上の結果から、SiCウェハにパルスレーザ光を照射してレーザ加工する場合、デブリの発生量だけでなく形成される損傷の深さの観点からも、パルス幅が長い方が好ましいことがわかる。
【0096】
[実施例5]
実施例5では、パルスレーザ光を照射してSiCウェハに損傷を形成した場合における、集光点の位置と形成された損傷の深さとの関係を調べた実験結果を示す。
【0097】
本実施例では、加工対象のSiCウェハの表面と集光点との距離を「オフセット」と呼ぶ。集光点がSiCウェハの内部に位置する場合、オフセットは正の値をとり、集光点がSiCウェハの外部(上方)に位置する場合、オフセットは負の値をとる。具体的には、オフセットが0μmの場合は、集光点はSiCウェハの表面に位置する。また、オフセットが+xμmの場合は、集光点はSiCウェハの表面からxμm内部に位置する。一方、オフセットが−xμmの場合は、集光点はSiCウェハの表面からxμm外部(上方)に位置する。
【0098】
加工対象物として、実施例1と同じSiCウェハを準備した。ウェハの表面から上方20μm(オフセット−20μm)〜ウェハの表面から内部100μm(オフセット+100μm)の位置に集光点を合わせて、パルスレーザ光をウェハに照射した。このとき、ステージをXY軸方向(水平方向)に移動させて、ウェハの切断予定ラインに沿ってパルスレーザ光をウェハに照射した。パルスレーザ光の照射条件を表6に示す。
【0099】
【表6】
【0100】
表6に示されるように、レーザ光の焦点位置(オフセット)以外の照射条件はほぼ同じである。今回の実験でも波長1064nmの光を照射しているので、3光子吸収により損傷が形成されていると考えられる。
【0101】
図8は、レーザIを用いてレーザ加工を行った後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図8Aは、オフセット20μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図8Bは、オフセット40μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図8Cは、オフセット60μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図8Dは、オフセット80μmで加工したSiCウェハの断面の写真である。
【0102】
図9および図10は、レーザJを用いてレーザ加工を行った後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図9Aは、オフセット0μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Bは、オフセット20μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Cは、オフセット40μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Dは、オフセット60μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Eは、オフセット80μmで加工したSiCウェハの断面の写真であり、図9Fは、オフセット100μmで加工したSiCウェハの断面の写真である。
【0103】
また、図10Aは、オフセット0μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Bは、オフセット20μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Cは、オフセット40μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Dは、オフセット60μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Eは、オフセット80μmで加工したSiCウェハの表面の写真であり、図10Fは、オフセット100μmで加工したSiCウェハの表面の写真である。これらの写真から、オフセットが大きくなると(焦点位置がSiC内部に位置すると)、デブリの量が減少することがわかる。
【0104】
図11は、パルスレーザ光の焦点位置(オフセット)と形成された損傷の深さとの関係を示すグラフである。このグラフから、オフセットを−20〜+100μmの範囲内とすることで十分に深い損傷を形成できることがわかる。また、オフセットが−20〜+80μmの範囲内では、損傷の深さの変化が小さいこともわかる(Δ6μm以下)。
【0105】
以上の結果から、SiCウェハにパルスレーザ光を照射してレーザ加工する場合、少なくともパルスレーザ光の焦点位置がSiCの表面から上方20μm〜表面から内部100μmの範囲内であれば、十分な深さの損傷を形成できることがわかる。
【0106】
[実施例6]
実施例6では、パルスレーザ光を照射してSiCウェハに損傷を形成した場合における、レーザスポットの中心間距離(ショットピッチ)とデブリの発生量との関係を調べた実験結果を示す。
【0107】
加工対象物として、実施例1と同じSiCウェハを準備した。ウェハの表面(表面から0μm)に集光点を合わせて、繰り返し周波数100〜500kHzのパルスレーザ光をウェハに照射した。このとき、ステージをXY軸方向(水平方向)に移動させて、ウェハの切断予定ラインに沿ってパルスレーザ光をウェハに照射した。移動速度は、ショットピッチが0.1〜0.4μmとなるように調整した。パルスレーザ光の照射条件を表7に示す。
【0108】
【表7】
【0109】
上記条件において、パルスレーザ光の繰り返し周波数およびショットピッチを変化させて、デブリの発生の有無(多寡)の境界条件を詳細に調べた。その結果、繰り返し周波数が100kHzのときは、ショットピッチが0.25μm以上となるとデブリが発生するのが観察された。同様に、繰り返し周波数が300kHzのときは、ショットピッチが0.3μm以上となるとデブリが発生するのが観察された。繰り返し周波数が500kHzのときは、ショットピッチが0.35μm以上となるとデブリが発生するのが観察された。
【0110】
図12は、上記結果に基づき作成した、パルスレーザ光の繰り返し周波数およびショットピッチとデブリの発生との関係を示すグラフである。横軸はパルスレーザ光の繰り返し周波数F(kHz)であり、縦軸はパルスレーザ光のショットピッチS(μm)である。このグラフに示されるように、パルスエネルギが10μJの場合、デブリの発生の有無(多寡)の境界条件は、S=(2.5×10−4)F+0.225であった。すなわち、S≧(2.5×10−4)F+0.225ではデブリが発生したのに対し、S<(2.5×10−4)F+0.225ではデブリがほとんど発生しなかった。
【0111】
上記条件式が正しいことを確認するため、さらに図12にA〜Dで示される条件で加工屑が発生するかどうかを調べた。
【0112】
図13は、レーザ加工後のSiCウェハの加工部周辺の写真である。図13Aは、条件A(F:100kHz、S:0.1μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真であり、図13Bは、条件B(F:100kHz、S:0.3μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真であり、図13Cは、条件C(F:500kHz、S:0.1μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真であり、図13Dは、条件D(F:500kHz、S:0.4μm)でレーザ加工した後のSiCウェハの表面の写真である。
【0113】
図13Bおよび図13Dに示されるように、S≧(2.5×10−4)F+0.225で加工した場合、形成された損傷の周囲にデブリが発生していた。一方、図13Aおよび図13Cに示されるように、S<(2.5×10−4)F+0.225で加工した場合、形成された損傷の周囲にデブリはほとんど観察されなかった。
【0114】
以上の結果から、SiCウェハにパルスレーザ光を照射してレーザ加工する場合、所定の条件を満たすようにショットピッチを短くすることで、デブリの発生量を減少させうることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明のチップの製造方法は、これまで加工が困難であったSiCウェハにアスペクト比の大きい損傷を高精度かつ高速に形成して分割することができる。したがって、本発明のチップの製造方法は、SiCウェハのダイシング技術として有用である。
【符号の説明】
【0116】
100 レーザ光
110 シリコンカーバイド
120 切断予定ライン
130 損傷
200 レーザ加工装置
210 レーザ光源
220 テレスコープ光学系
230 集光レンズ
240 ステージ
250 AFカメラ
260 XYステージコントローラ
270 Zコントローラ
280 コンピュータ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコンカーバイドからなるウェハに無偏光でかつ波長500nm以上のパルスレーザ光を前記ウェハの切断予定ラインに沿って照射して、前記切断予定ラインに沿って前記ウェハの表面に前記パルスレーザ光の多光子吸収により損傷を形成するステップと、
前記損傷を形成された前記ウェハに機械的応力を印加して、前記切断予定ラインに沿って前記ウェハを分割する工程と、
を含む、チップの製造方法。
【請求項1】
シリコンカーバイドからなるウェハに無偏光でかつ波長500nm以上のパルスレーザ光を前記ウェハの切断予定ラインに沿って照射して、前記切断予定ラインに沿って前記ウェハの表面に前記パルスレーザ光の多光子吸収により損傷を形成するステップと、
前記損傷を形成された前記ウェハに機械的応力を印加して、前記切断予定ラインに沿って前記ウェハを分割する工程と、
を含む、チップの製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図7】
【図11】
【図12】
【図5】
【図6】
【図8】
【図9】
【図10】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図7】
【図11】
【図12】
【図5】
【図6】
【図8】
【図9】
【図10】
【図13】
【公開番号】特開2013−62526(P2013−62526A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−253207(P2012−253207)
【出願日】平成24年11月19日(2012.11.19)
【分割の表示】特願2010−292609(P2010−292609)の分割
【原出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(504221107)株式会社レーザーシステム (10)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年11月19日(2012.11.19)
【分割の表示】特願2010−292609(P2010−292609)の分割
【原出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(504221107)株式会社レーザーシステム (10)
【Fターム(参考)】
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