説明

トルク立上り予測方法およびエンジン始動方法

【課題】油浴状態で配設される油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの立上り変化を高い精度で予測できるようにする。
【解決手段】K0クラッチを係合させてエンジンをクランキングする際に、そのK0クラッチの伝達トルクTK0が立ち上がる前の所定の積分時間TiA内に油圧シリンダに加えられるK0クラッチ油圧PK0の積分値Ipk0を算出し、そのK0クラッチ油圧積分値Ipk0および油温Toに基づいて伝達トルクTK0の立上り変化(応答時間tdおよび立上り勾配φ)を予測する。これにより、ピストンの動作遅れや油膜圧の存在に拘らず伝達トルクTK0の立上り変化を高い精度で予測でき、その伝達トルクTK0の立上り変化に伴う駆動力変動をモータジェネレータによって適切に抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は油圧式摩擦係合装置のトルク立上り予測方法に係り、特に、油浴状態で使用される油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの立上り変化を高い精度で予測する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エンジンと回転機との間の動力伝達を油圧式摩擦係合装置によって断接(接続遮断)するハイブリッド車両において、前記油圧式摩擦係合装置を係合させることにより前記エンジンをクランキングして始動する際に、該油圧式摩擦係合装置の伝達トルクによる駆動力変動を前記回転機によって抑制(補償)するエンジン始動方法が知られている。特許文献1に記載の装置はその一例で、回転機として用いられているモータジェネレータとエンジンとの間が摩擦クラッチにより断接されるようになっている。また、特許文献2には、油圧式摩擦係合装置の油圧シリンダのピストンストロークと伝達トルクとの関係を予め求めておき、油圧式摩擦係合装置を係合させる際の伝達トルクの変化をピストンストロークに基づいて推定する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−227277号公報
【特許文献2】特開2010−30428号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、未だ公知ではないが、エンジンと回転機との間の油圧式摩擦係合装置を、コストや耐久性等の観点からトルクコンバータ内に油浴状態で配設することが考えられる。その場合、作動油を押し退けながらピストンを前進させる必要があることから、伝達トルクの立上りが遅くなるとともに、摩擦材の表面に生じる油膜によって伝達トルクの立上り勾配が緩やかになるため、ピストンストロークに基づいて伝達トルクの変化を適切に推定することが困難であった。
【0005】
図7は、油浴状態で使用される摩擦クラッチ(油圧式摩擦係合装置)のクラッチ油圧、油膜圧、および伝達トルクの変化を模式的に示すタイムチャートの一例で、伝達トルクの欄の一点鎖線は比較のために示した乾式クラッチの場合である。乾式クラッチ、油浴式クラッチの何れの場合も、時間t1のクラッチ油圧の立上りからピストン動作時間分だけ遅れて伝達トルクが立ち上がるが、油浴式クラッチの場合は、作動油を押し退けて前進させる必要があることから乾式クラッチよりも立上りが遅くなる。また、ピストンによって摩擦材が押圧される段階になると油膜圧が発生し、その油膜を押し退けて摩擦材が摩擦係合させられるようになると伝達トルクが立ち上がるが、油膜は徐々に排出されるため、伝達トルクの立上りも緩やかになる。油膜圧のグラフは、ピストンの前端面に油圧センサを埋め込んでピストンと摩擦材との間の油膜圧を実際に測定した実測値に基づいて示したものである。図7の時間t2は、ピストンが摩擦材を押圧する前進端に略到達した時間で、時間t3は、油膜圧が最大となった時間であり、その後摩擦材の表面から徐々に油膜が排出されることによって伝達トルクが緩やかに上昇し、時間t4で、クラッチ油圧に対応する目的とする伝達トルクに到達する。時間t1からt4までは、油温等のクラッチ作動条件によって異なるが、例えば百m秒〜数百m秒程度である。
【0006】
そして、上記クラッチ油圧の油圧制御(ファーストフィルの時間や油圧値など)は、作動油の油温や回転速度などのクラッチ作動条件をパラメータとして行われ、それに伴って伝達トルクの立上り応答時間や立上り勾配も変化するため、その油圧制御の相違に拘らず伝達トルクの立上り変化(応答時間や勾配など)を適切に予測することは、従来の技術では困難であった。すなわち、クラッチ油圧の変化はピストンストロークに対応するが、図7から明らかなように、伝達トルクはクラッチ油圧よりも遅れて立ち上がるとともに、その応答時間や立上り勾配は一定でないため、クラッチ油圧やピストンストロークから伝達トルクの立上り変化を予測することは困難なのである。
【0007】
なお、このような課題は、トルクコンバータ内の油圧式摩擦係合装置に限らず、油浴状態の油圧式摩擦係合装置を短時間で係合させる場合には同様に生じるものであり、油圧式摩擦係合装置を油浴状態で使用する場合に特有の新規な課題である。
【0008】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、油浴状態で配設される油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの立上り変化を高い精度で予測できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる目的を達成するために、第1発明は、油浴状態で使用される油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの立上り変化を予測する方法であって、前記油圧式摩擦係合装置を係合させるための油圧制御開始時からその油圧式摩擦係合装置の伝達トルクが立ち上がる前までの間の予め定められた所定の積分時間内にその油圧式摩擦係合装置に加えられる実際の作動油圧の積分値を算出し、その積分値に基づいてその油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの立上り変化を予測することを特徴とする。
【0010】
第2発明は、エンジンと回転機との間の動力伝達を断接する油圧式摩擦係合装置がトルクコンバータ内に油浴状態で配設されているハイブリッド車両において、前記油圧式摩擦係合装置を係合させることにより前記エンジンをクランキングして始動する際に、その油圧式摩擦係合装置の伝達トルクによる駆動力変動を前記回転機によって抑制するエンジン始動方法であって、(a) 前記油圧式摩擦係合装置を係合させるための油圧制御開始時からその油圧式摩擦係合装置の伝達トルクが立ち上がる前までの間の予め定められた所定の積分時間内にその油圧式摩擦係合装置に加えられる実際の作動油圧の積分値を算出し、その積分値に基づいてその油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの立上り変化を予測するトルク立上り予測工程と、(b) そのトルク立上り予測工程で予測された伝達トルクの立上り変化に対応して前記回転機のトルクを制御する駆動力変動抑制工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
第1発明のトルク立上り予測方法によれば、伝達トルクが立ち上がる前の所定の積分時間内に油圧式摩擦係合装置に加えられる実際の作動油圧の積分値を算出し、その積分値に基づいて伝達トルクの立上り変化(応答時間や立上り勾配など)を予測するため、ピストンの動作遅れや油膜圧の存在に拘らず伝達トルクの立上り変化を高い精度で予測できるようになる。すなわち、本願発明者等が、油圧制御を種々変更しつつ積分時間内の油圧積分値と伝達トルクの立上り応答時間との関係を調べたところ、相関係数Rが0.95以上の高い相関が得られる近似線を設定できることを見出したのである。また、その立上り応答時間と立上り勾配との関係を調べたところ、これについても高い相関が得られる近似線を設定することが可能で、結局、油圧積分値に基づいて伝達トルクの立上り応答時間や立上り勾配を高い精度で予測できることが分かったのである。これは、作動油圧の積分値は積分時間内の平均油圧で、その後の油圧変化に関係し、残りのピストン動作時間やピストン動作後の油膜排出時間、更には油膜の排出に伴う伝達トルクの立上りに影響するためと考えられる。
【0012】
第2発明のエンジン始動方法では、油圧式摩擦係合装置を係合させることによりエンジンをクランキングして始動する際に、その油圧式摩擦係合装置の伝達トルクによる駆動力変動を回転機によって抑制(補償)するのであるが、第1発明と同様にして油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの立上り変化を予測し、その予測された伝達トルクの立上り変化に対応して回転機のトルクを制御する。したがって、第1発明と同様にピストンの動作遅れや油膜圧の存在に拘らず伝達トルクの立上り変化を高い精度で予測でき、その伝達トルクの立上り変化に伴う駆動力変動を回転機によって適切に抑制することができる。また、油浴状態ではピストンの動作(移動速度)が遅くなってトルク立上りまでの応答時間が長くなるため、このように伝達トルクが立ち上がる前の所定の積分時間内の油圧積分値に基づいて伝達トルクの立上り変化を予測し、その立上り変化に対応して回転機のトルクを制御することが、時間的にも可能なのである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明方法が好適に適用されるハイブリッド車両の骨子図に、制御系統の要部を併せて示した概略構成図である。
【図2】図1の油圧制御装置が備えているK0クラッチに関する油圧回路のブロック線図である。
【図3】図1の電子制御装置が機能的に備えているK0クラッチ係合手段およびトルク立上り予測手段の作動を具体的に説明するフローチャートである。
【図4】図3のステップS7で伝達トルクの立上り変化を予測する際に用いられるデータマップを説明する図で、(a) は油圧積分値から立上り応答時間を求めるマップ、(b) は立上り応答時間から立上り勾配を求めるマップである。
【図5】K0クラッチを係合させる際に、油圧指令値の相違に伴って変化するK0クラッチ油圧PK0および伝達トルクTK0の変化特性を模式的に示すタイムチャートである。
【図6】K0クラッチ油圧の積分値Ipk0 が略同じ場合でもK0クラッチ油圧PK0の履歴によって伝達トルクTK0の立上り変化が異なる場合の一例を説明するタイムチャートである。
【図7】油浴状態で使用される油圧式摩擦クラッチを係合させる際のクラッチ油圧、油膜圧、および伝達トルクの変化の一例を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
第1発明のトルク立上り予測方法は、車両のトルクコンバータ内に油浴状態で配設された油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの立上り変化を予測する場合に好適に適用されるが、トルクコンバータ以外や車両以外で油浴状態で配設される油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの立上り変化を予測する場合にも同様に適用され得る。また、ハイブリッド車両において、油圧式摩擦係合装置を係合させることによりエンジンをクランキングして始動する際の駆動力変動を回転機によって抑制する場合に限らず、油圧式摩擦係合装置を係合させる際には同様にして伝達トルクの立上り変化を予測することができるし、エンジン駆動車両等のハイブリッド車両以外の車両においてトルクコンバータ内等に油浴状態で配置された油圧式摩擦係合装置を係合させる際の伝達トルクの立上り変化を予測する場合にも適用できる。油圧式摩擦係合装置は、油圧シリンダによって摩擦係合させられる単板式或いは多板式の摩擦クラッチや摩擦ブレーキである。
【0015】
作動油圧の積分値を求める所定の積分時間は、例えば油圧制御の開始時から一定時間(例えば数十m秒〜百数十m秒程度)が油圧制御パターン等に応じて予め定められるが、油圧制御が開始された後の一定時間を定めることもできるなど、油圧制御の内容に応じて適宜設定される。油圧制御は、例えば通常の乾式クラッチ等の油圧制御のようにファーストフィルに続いて定圧待機してから漸増させるものでも良いが、油浴状態では作動油を押し退けてピストンを前進させる必要があるため、ファーストフィルに続いて直ちに目標伝達トルクに対応する目標油圧となるようにフィードフォワード的に油圧指令を出力することが望ましい。その場合は、ファーストフィルの油圧値や継続時間を、油温や回転速度等のクラッチ作動条件に応じて変化させることにより、油圧式摩擦係合装置を所定の時間で適切に係合制御することができる。
【0016】
作動油圧の積分値に基づいて予測する伝達トルクの立上り変化は、伝達トルクが立ち上がるまでの応答時間や立上り勾配などで、目的に応じてその何れか一方でも良いが、第2発明のように駆動力変動を抑制する場合にはその両方を予測することが望ましい。応答時間は、伝達トルクの立上り開始時までの時間でも良いし、所定の伝達トルク(目標伝達トルクなど)に到達するまでの時間でも良い。
【0017】
実際の作動油圧は、例えばバルブボディに油圧センサを設けて測定することができるが、できるだけ油圧式摩擦係合装置の油圧シリンダの近傍の油圧を用いることが望ましく、油路による圧損や回転による遠心力等を考慮して補正することもできる。可能であれば、油圧シリンダの近傍に油圧センサを配設するようにしても良い。
【0018】
第1発明のトルク立上り予測方法は、例えば(a) 予め定められた所定の積分時間内の実際の作動油圧の積分値を算出する積分工程と、(b) その油圧積分値に基づいて油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの応答時間および立上り勾配の少なくとも一方を求める立上り変化算出工程とを有して構成される。立上り変化算出工程は、油圧積分値をパラメータとして予め定められた演算式やマップ等の相関関係から応答時間や立上り勾配を算出するように構成される。この相関関係は、作動油の油温の影響を受けるため、油温に応じて補正したり、或いは油温をパラメータとして相関関係を設定したりすることが望ましい。目標油圧や目標伝達トルクが変化する場合は、その目標油圧や目標伝達トルクをパラメータとして相関関係を設定するようにしても良い。少なくとも油圧積分値を用いて伝達トルクの立上り変化を予測するようになっておれば良い。また、油圧シリンダのピストンストロークのバラツキ等の個体差によっても変化し、作動油の経時変化(劣化)などによっても変化するため、例えば伝達トルクの立上りに伴って回転駆動されるエンジン等の回転速度変化を検出するなどして、油圧積分値と立上り応答時間との相関関係を学習補正することも可能である。
【0019】
また、油圧積分値が略同じであっても、その油圧値の履歴が異なると、その後の油圧変化が相違し、伝達トルクの立上り変化に影響することがあるため、その積分値を算出した時の油圧履歴を考慮して立上り変化が求められるようにすることもできる。例えば積分値を算出する積分時間が経過した時の油圧値が高い場合は、その油圧値が低い場合に比較して、その後もしばらくは油圧が高い状態で推移し、立上り応答時間が短くなったり立上り勾配が大きくなったりする可能性があるため、その積分時間が経過した時の油圧値に応じて補正したり、その油圧値をパラメータとして前記相関関係を設定したりすることが考えられる。
【0020】
第2発明の駆動力変動抑制工程では、例えば伝達トルクの立上り変化による駆動力変動が完全に相殺されるように、予測された伝達トルクの立上り変化と同じ変化パターンで回転機のトルクを変化させれば良いが、少なくとも伝達トルクの立上り変化による駆動力変動が抑制されるように回転機のトルクを制御すれば良い。この駆動力変動はエンジンの回転抵抗に基づくものであるため、予め定められたエンジンの回転抵抗を上限として回転機トルクは制御される。また、点火等によりエンジンが始動して自力回転するようになったら、そのエンジントルクの変動による駆動力変動が抑制されるように、同じく回転機のトルクを制御することが望ましい。
【0021】
第2発明ではエンジンと回転機との間の動力伝達が油圧式摩擦係合装置によって断接されるが、これは、油圧式摩擦係合装置によってエンジンと回転機とを一体的に直結、遮断する場合だけでなく、3つの回転要素を有する遊星歯車装置の2つの回転要素にエンジンおよび回転機が連結され、残りの一つの回転要素が油圧式摩擦係合装置(ブレーキ)を介してケース等に連結されて回転停止させられるようになっており、油圧式摩擦係合装置を係合制御して回転停止させることによりエンジンをクランキングして始動する場合でも良いなど、油圧式摩擦係合装置の係合でエンジンをクランキングできる種々の態様が可能である。
【0022】
第2発明では、トルク立上り予測工程で予測された伝達トルクの立上りに対応して回転機のトルクが制御されるが、この時の回転機のトルクは、電動モータとして機能する力行トルクでも良いし、発電機として機能する回生トルク(発電トルクともいう)であっても良い。回転機は、回転電気機械のことで、電動モータだけでなく発電機であっても良いのであり、或いはその両方の機能が択一的に得られるモータジェネレータでも良い。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明が好適に適用されるハイブリッド車両10の駆動系統の骨子図を含む概略構成図である。このハイブリッド車両10は、例えばガソリンエンジンやディーゼルエンジン等の内燃機関であるエンジン12と、電動モータおよび発電機として機能するモータジェネレータMGとを駆動力源として備えている。そして、それ等のエンジン12およびモータジェネレータMGの出力は、流体式伝動装置であるトルクコンバータ14からタービン軸16、C1クラッチ18を経て変速機20に伝達され、更に出力軸22、差動歯車装置24を介して左右の駆動輪26に伝達される。トルクコンバータ14は、ポンプ翼車とタービン翼車とを直結するロックアップクラッチ30を備えているとともに、ポンプ翼車にはオイルポンプ32が一体的に接続されており、エンジン12やモータジェネレータMGによって機械的に回転駆動されるようになっている。変速機20は、油圧によって変速される有段式或いは無段式の自動変速機で、油圧制御装置28に設けられた電磁式の油圧制御弁や切換弁等によって変速制御が行われる。C1クラッチ18は変速機20の入力クラッチとして機能するもので、同じく油圧制御装置28によって係合解放制御される。
【0024】
上記エンジン12とモータジェネレータMGとの間には、ダンパ38を介してそれ等を一体的に直結するK0クラッチ34が設けられている。このK0クラッチ34は、油圧シリンダ36(図2参照)によって摩擦係合させられる単板式或いは多板式の摩擦クラッチで、コストや耐久性等の観点からトルクコンバータ14の油室40内に油浴状態で配設されており、請求項1、2に記載の油圧式摩擦係合装置に相当する。また、モータジェネレータMGは、請求項2に記載の回転機に相当し、インバータ42を介してバッテリー44に接続されている。
【0025】
前記油圧制御装置28は、上記K0クラッチ34の制御に関して図2の油圧回路50を備えており、前記オイルポンプ32等を有する油圧供給源52から出力された油圧が電磁式の油圧制御弁54によって調圧されることにより、油圧シリンダ36に供給されるK0クラッチ油圧PK0が制御され、このK0クラッチ油圧PK0に応じてK0クラッチ34の係合トルクTK0が制御される。油圧シリンダ36にはK0油圧センサ56が接続されており、K0クラッチ油圧PK0が検出されるようになっている。このK0クラッチ油圧PK0の検出値は電子制御装置60に供給されるとともに、上記油圧制御弁54は、電子制御装置60から出力されるK0クラッチ油圧PK0の油圧指令値に従って制御される。K0油圧センサ56は、例えば油圧制御弁54等が配設される図示しないバルブボディに設けられるが、可能であれば油圧シリンダ36の近傍に設けることが望ましい。
【0026】
電子制御装置60は、CPU、ROM、RAM、及び入出力インターフェースなどを有する所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、RAMの一時記憶機能を利用しつつROMに予め記憶されたプログラムに従って信号処理を行う。この電子制御装置60は、機能的にハイブリッド制御手段62および変速制御手段64を備えており、ハイブリッド制御手段62は、エンジン12およびモータジェネレータMGの作動を制御することにより、例えばエンジン12のみを駆動力源として走行するエンジン走行モードや、モータジェネレータMGのみを駆動力源として走行するモータ走行モード、それ等の両方を用いて走行するエンジン+モータ走行モード、車両減速時等にモータジェネレータMGを発電制御(回生制御ともいう)してバッテリー44を充電する充電走行モード等の予め定められた複数の走行モードを、アクセル操作量(運転者の要求駆動力)や車速等の運転状態に応じて切り換えて走行する。変速制御手段64は、油圧制御装置28に設けられた電磁式の油圧制御弁や切換弁等を制御することにより、変速機20の変速比やギヤ段を、アクセル操作量や車速等の運転状態をパラメータとして予め定められた変速マップに従って制御する。
【0027】
電子制御装置60はまた、エンジン始動手段70を機能的に備えている。エンジン始動手段70は、例えばモータ走行モードからエンジン走行モード或いはエンジン+モータ走行モード等へ切り換える際に、前記ハイブリッド制御手段62からエンジン始動要求が供給された場合に、前記K0クラッチ34を係合させてエンジン12をクランキングするとともに、燃料供給や点火を行ってエンジン12を始動するものである。具体的には、K0クラッチ油圧PK0の油圧指令値を出力してK0クラッチ34を係合させるK0クラッチ係合手段72、K0クラッチ34の伝達トルクTK0の立上り変化を予測するトルク立上り予測手段74、K0クラッチ34の伝達トルクTK0による駆動力変動を抑制する駆動力変動抑制手段76、および燃料供給や点火を行ってエンジン12を始動する点火手段78を機能的に備えている。本実施例では、トルク立上り予測手段74によって伝達トルクTK0の立上り変化を予測する信号処理がトルク立上り予測工程で、駆動力変動抑制手段76によって伝達トルクTK0による駆動力変動を抑制する信号処理が駆動力変動抑制工程である。
【0028】
図3は、K0クラッチ係合手段72およびトルク立上り予測手段74による信号処理(作動)を具体的に説明するフローチャートで、ステップS2はK0クラッチ係合手段72に相当し、ステップS3〜S7はトルク立上り予測手段74に相当する。また、トルク立上り予測手段74による一連の信号処理のうち、ステップS3〜S6は積分工程で積分手段として機能し、ステップS7は立上り変化算出工程で立上り変化算出手段として機能する。これ等のK0クラッチ係合手段72およびトルク立上り予測手段74による信号処理に関連して、電子制御装置60には、前記K0油圧センサ56からK0クラッチ油圧PK0を表す信号が供給される他、油温センサ46やMG回転速度センサ48等から作動油の油温To、モータジェネレータMGの回転速度(MG回転速度)NMGを表す信号等が供給されるようになっている。
【0029】
図3のステップS1では、前記ハイブリッド制御手段62からエンジン始動要求が供給されたか否かを判断し、エンジン始動要求が供給された場合にはステップS2以下を実行する。ステップS2では、K0クラッチ34を係合させるためにK0クラッチ油圧PK0の油圧指令値を予め定められた変化パターンに従って出力する。この油圧指令値は、例えば図5のタイムチャートの上段に示すように、高圧のファーストフィルに続いて直ちに目標伝達トルクに対応する目標クラッチ油圧に制御するもので、実際のK0クラッチ油圧PK0は図5の中段に示すように変化させられる。また、そのK0クラッチ油圧PK0に応じて発生する伝達トルクTK0は、図5の下段に示すようにK0クラッチ油圧PK0よりも遅れて変化させられる。
【0030】
ここで、本実施例のK0クラッチ34は、トルクコンバータ14の油室40内に油浴状態で配設されているため、油圧シリンダ36のピストンの移動が遅いとともに摩擦材の表面に油膜が発生し、伝達トルクTK0の立上り変化が乾式の場合よりも遅くなる。また、前記油圧指令値のファーストフィルの継続時間や油圧値(何れか一方または両方)は、油温ToやMG回転速度NMG等のクラッチ作動条件に応じて設定され、そのファーストフィルの相違に伴ってK0クラッチ油圧PK0の変化特性が変化し、伝達トルクTK0の立上り応答時間tdおよび立上り勾配φも変化する。図5の各グラフの実線、一点鎖線、破線は互いに対応するもので、ファーストフィルの油圧値が低いとともに継続時間が短い破線の場合は、立上り応答時間td3が長くなるとともに立上り勾配φ3が小さくなる。また、ファーストフィルの油圧値が高いとともに継続時間が長い一点鎖線の場合は、立上り応答時間td1が短くなるとともに立上り勾配φ1が大きくなる。図5の時間t1は、油圧指令値の出力開始時間すなわちK0クラッチ34の係合制御の開始時間で、時間t3は一点鎖線の場合に伝達トルクTK0が目標伝達トルクに到達した時間、時間t4は実線の場合に伝達トルクTK0が目標伝達トルクに到達した時間、時間t5は破線の場合に伝達トルクTK0が目標伝達トルクに到達した時間である。なお、この図5は、ファーストフィルの相違に伴って変化するK0クラッチ油圧PK0および伝達トルクTK0の変化特性を比較のために模式的に示した図であり、必ずしも正確なものではない。
【0031】
図3に戻って、次のステップS3では積分タイマーTiをリセットし、ステップS4では前記K0油圧センサ56から供給される実際のK0クラッチ油圧PK0を積分する。このステップS4の積分処理は、例えば所定のサイクルタイムで繰り返し実行される毎にその時のK0クラッチ油圧PK0を逐次加算する。K0クラッチ油圧PK0を検出するK0油圧センサ56は、油圧シリンダ36から離れたバルブボディに設けられているため、その間の油路による油圧の圧損や回転に伴う遠心力等に基づいてK0クラッチ油圧PK0を補正することもできる。ステップS5では、積分タイマーTiの計時内容すなわちステップS2でK0クラッチ34を係合させるための油圧制御が開始(図5における時間t1)されてからの経過時間が、予め定められた積分時間TiAに達したか否かを判断する。そして、積分時間TiAに達するまではステップS4の積分処理を繰り返し実行する一方、積分時間TiAに達したらステップS6以下を実行し、それまでにステップS4で算出されたK0クラッチ油圧PK0の積分値をK0クラッチ油圧積分値Ipk0 として確定する。図5の時間t2は、積分時間TiAに達した時間で、K0クラッチ油圧PK0の欄に示す斜線領域は、実線の場合のK0クラッチ油圧積分値Ipk0 に相当する。
【0032】
上記積分時間TiAは、伝達トルクTK0の立上り開始時までの応答時間よりも短く、且つ、K0クラッチ油圧積分値Ipk0 に基づいて立上り応答時間tdや勾配φを算出するとともに、その伝達トルクTK0の立上り変化に起因する駆動力変動が抑制されるようにモータジェネレータMGのトルクを制御することができるように設定される。すなわち、このK0クラッチ油圧積分値Ipk0 に基づいて伝達トルクTK0の立上り応答時間tdや勾配φを算出することからできるだけ長い時間が望ましいが、その伝達トルクTK0の立上り変化に対応してモータジェネレータMGのトルク制御を行う必要があることから、油圧制御によって異なる立上り応答時間tdの最短時間よりも短い所定時間、例えば数十m秒〜百数十m秒程度の時間が設定され、本実施例ではTiA≒百m秒とされている。
【0033】
このようにしてK0クラッチ油圧積分値Ipk0 を求めたら、次にステップS7を実行し、K0クラッチ34の伝達トルクTK0が立ち上がるまでの応答時間tdおよび立上り勾配φを、上記K0クラッチ油圧積分値Ipk0 に基づいて予測する。具体的には、ROM等に予め記憶された図4の(a) に示す応答時間−油圧積分値マップを用いて、実際のK0クラッチ油圧積分値Ipk0 に対応する立上り応答時間tdを算出するとともに、同じくROM等に予め記憶された図4の(b) に示す勾配−応答時間マップを用いて、実際の立上り応答時間tdに対応する立上り勾配φを算出する。上記図4の(a) 、(b) に示すマップ(太い実線)は、K0クラッチ34を係合させる際の油圧制御(前記ファーストフィルの油圧値や継続時間)を種々変更しつつK0クラッチ油圧積分値Ipk0 を算出するとともに、伝達トルクTK0が目標伝達トルクに達するまでの応答時間tdおよび立上り勾配φを測定し、そのK0クラッチ油圧積分値Ipk0 と応答時間tdとの相関関係、応答時間tdと立上り勾配φとの相関関係として求めたものである。図4の(a) 、(b) に示す「○」印は実際の測定値で、それ等の測定値に対して高い相関が得られる近似線(マップ)を設定することができた。特に、図4(a) の応答時間−油圧積分値の相関関係については、測定値に対して相関係数Rが0.95以上(実施例ではR≒0.972)の高い相関が得られる。この図4(a) におけるマップと実測値との誤差は±数十m秒以下であり、伝達トルクTK0の立上りによる駆動力変動(ショック)をモータジェネレータMGのトルク制御で抑制する上で十分な精度である。
【0034】
上記図4(a) の応答時間−油圧積分値マップは、作動油の油温Toの影響を受けるため、その油温Toをパラメータとして設定される。また、油圧シリンダ36のピストンストロークのバラツキ等の個体差によっても変化し、作動油の経時変化(劣化)などによっても変化するため、例えば伝達トルクTK0の立上りに伴って回転駆動されるエンジン12の回転速度変化等を検出するなどして、応答時間−油圧積分値マップを学習補正することも可能である。
【0035】
図1に戻って、前記駆動力変動抑制手段76は、エンジン12をクランキングするためにK0クラッチ34が係合させられる際に、その伝達トルクTK0の立上り変化に起因する駆動力変動を相殺するために、前記トルク立上り予測手段74によって求められた応答時間tdおよび勾配φから定まる伝達トルクTK0の立上り変化に対応して前記モータジェネレータMGの力行トルクを増加させる。伝達トルクTK0の立上り開始時間は、目標伝達トルクに到達する応答時間tdから、目標伝達トルクを立上り勾配φで割り算して得られる立上り所要時間を引き算することによって求めることができ、その立上り開始に対応してモータジェネレータMGの力行トルクを立上り勾配φで増大させれば良い。その場合に、上記駆動力変動はエンジン12の回転抵抗に基づくものであるため、予め定められたエンジン12の回転抵抗を上限として力行トルクの増大幅は設定される。また、このようにK0クラッチ34の係合制御でエンジン12がクランキングされると、前記点火手段78により燃料供給や点火を行ってエンジン12を始動させるが、エンジン12の始動に伴ってエンジントルクが発生し、このエンジントルクによっても駆動力変動を生じる。このため、上記駆動力変動抑制手段76は、K0クラッチ34の伝達トルクTK0の立上りによる駆動力変動の抑制制御に連続して、エンジン始動に起因する駆動力変動の抑制制御を実行する。具体的には、エンジン始動時のエンジントルク変動に応じて予め定められた相殺パターンに従ってモータジェネレータMGの力行トルクを低下させる。
【0036】
このように、本実施例のハイブリッド車両10においては、K0クラッチ34を係合させてエンジン12をクランキングする際に、そのK0クラッチ34の伝達トルクTK0が立ち上がる前の所定の積分時間TiA内に油圧シリンダ36に加えられるK0クラッチ油圧PK0の積分値Ipk0 を算出し、そのK0クラッチ油圧積分値Ipk0 および油温Toに基づいて伝達トルクTK0の立上り変化(応答時間tdおよび立上り勾配φ)を予測するため、ピストンの動作遅れや油膜圧の存在に拘らず伝達トルクTK0の立上り変化を高い精度で予測できる。そして、その予測された伝達トルクTK0の立上り変化に対応してモータジェネレータMGの力行トルクを増大させるため、その伝達トルクTK0の立上り変化に伴う駆動力変動をモータジェネレータMGによって適切に抑制することができる。その場合に、油浴状態ではピストンの動作が遅くなってトルク立上りまでの応答時間tdが長くなるため、このように伝達トルクTK0が立ち上がる前の所定の積分時間TiA内のK0クラッチ油圧積分値Ipk0 に基づいて伝達トルクTK0の立上り変化を予測し、その立上り変化に対応してモータジェネレータMGのトルクを制御することが、時間的にも可能である。
【0037】
なお、上記実施例では、K0クラッチ油圧積分値Ipk0 および油温Toに基づいて伝達トルクTK0の立上り変化(応答時間tdおよび立上り勾配φ)を予測していたが、K0クラッチ油圧積分値Ipk0 および油温Toが略同じであっても、そのK0クラッチ油圧PK0の履歴が異なると、その後の油圧変化が相違し、伝達トルクTK0の立上り変化に影響することがある。例えば、図6の実線および一点鎖線は、K0クラッチ34の係合制御開始時(時間t1)から積分時間TiAだけ経過した時間t2までのK0クラッチ油圧PK0の積分値Ipk0 は略同じであるが、一点鎖線で示すようにファーストフィルの油圧指令値が高くて継続時間が短い場合、油圧制御の開始当初は実線に比べてK0クラッチ油圧PK0が高いものの、短時間で低下し始め、積分時間TiAが経過した時(時間t2)のK0クラッチ油圧PK02は実線の場合よりも低い。このため、その後のK0クラッチ油圧PK0も実線の場合より低圧で推移し、立上り応答時間td2が長くなるとともに立上り勾配φ2が小さくなる。したがって、その積分時間TiA内のK0クラッチ油圧PK0の変化(履歴)を考慮して立上り変化(応答時間tdおよび立上り勾配φ)を予測することが望ましく、例えばその積分時間TiAが経過した時(時間t2)のK0クラッチ油圧PK0A1、PK0A2に応じて補正したり、その時間t2のK0クラッチ油圧PK0Aをパラメータとして前記図4(a) の応答時間−油圧積分値マップを設定したりすれば良い。図6の時間t3は、実線の場合に伝達トルクTK0が目標伝達トルクに到達した時間で、時間t4は、一点鎖線の場合に伝達トルクTK0が目標伝達トルクに到達した時間である。また、この図6は前記図5と同様にファーストフィルの相違に伴って変化するK0クラッチ油圧PK0および伝達トルクTK0の変化特性を比較のために模式的に示した図である。
【0038】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0039】
10:ハイブリッド車両 12:エンジン 14:トルクコンバータ 34:K0クラッチ(油圧式摩擦係合装置) 56:K0油圧センサ 60:電子制御装置 70:エンジン始動手段 72:KOクラッチ係合手段 74:トルク立上り予測手段(トルク立上り予測工程) 76:駆動力変動抑制手段(駆動力変動抑制工程) MG:モータジェネレータ(回転機) TiA:積分時間 Ipk0 :K0クラッチ油圧積分値(積分値) td:立上り応答時間 φ:立上り勾配

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油浴状態で使用される油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの立上り変化を予測する方法であって、
前記油圧式摩擦係合装置を係合させるための油圧制御開始時から該油圧式摩擦係合装置の伝達トルクが立ち上がる前までの間の予め定められた所定の積分時間内に該油圧式摩擦係合装置に加えられる実際の作動油圧の積分値を算出し、該積分値に基づいて該油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの立上り変化を予測する
ことを特徴とする油圧式摩擦係合装置のトルク立上り予測方法。
【請求項2】
エンジンと回転機との間の動力伝達を断接する油圧式摩擦係合装置がトルクコンバータ内に油浴状態で配設されているハイブリッド車両において、前記油圧式摩擦係合装置を係合させることにより前記エンジンをクランキングして始動する際に、該油圧式摩擦係合装置の伝達トルクによる駆動力変動を前記回転機によって抑制するエンジン始動方法であって、
前記油圧式摩擦係合装置を係合させるための油圧制御開始時から該油圧式摩擦係合装置の伝達トルクが立ち上がる前までの間の予め定められた所定の積分時間内に該油圧式摩擦係合装置に加えられる実際の作動油圧の積分値を算出し、該積分値に基づいて該油圧式摩擦係合装置の伝達トルクの立上り変化を予測するトルク立上り予測工程と、
該トルク立上り予測工程で予測された伝達トルクの立上り変化に対応して前記回転機のトルクを制御する駆動力変動抑制工程と、
を有することを特徴とするハイブリッド車両のエンジン始動方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−154452(P2012−154452A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−15711(P2011−15711)
【出願日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】