説明

フロントサスペンション装置

【課題】 ダンパーの下端がロアアームに取り付けられるダブルウィッシュボーンタイプのフロントサスペンション装置に特化した問題点を解決し、ロアアームの車体側端部の上下動を抑制し、操縦安定性と乗り心地を両立できるフロントサスペンション装置を提供すること。
【解決手段】 フロントサスペンション装置1はA型ロアアーム6の後方の軸支部28において、車体の上下方向に軸心が設定されたブッシュ244を介してロアアーム6を軸支している。ブッシュ244はストッパ部2442bを有し、これが軸支部28に当接することでロアアーム6の端部6dの上下動を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車のフロントサスペンション装置に関するものであり、特に、ダブルウィッシュボーンタイプのフロントサスペンション装置におけるブッシュの構造に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のフロントサスペンション装置では、操縦安定性と乗り心地とを両立させるべく、サスペンションアームの車体側の取り付け部分にブッシュを介在させたものが知られている。ブッシュを介在させることにより、ダンパーが応答しない軽度の入力の緩衝に効果的であり、主に乗り心地の改善に効果的である。また、ブッシュの弾性体にいわゆるスグリ部を設けたものも知られている(例えば特許文献1)。スグリ部の位置により、弾性体に対する入力の方向に対してバネ特性が異なるものとすることができ、操縦安定性と乗り心地との微妙なチューニングを図ることができる。更に、ブッシュの軸方向の設定の仕方として特許文献1のようにサスペンションアームと車体との2つの取り付け部位のうち、その一方の取り付け部位におけるブッシュの軸心を車体の上下方向に設定するものも普及しつつある。このような構成とするとスグリ部との組合せにより、双方の取り付け部位においてブッシュの軸心を車体の前後方向に設定する場合と比べて、車体の前後方向の入力に対してはより軟らかく応答するが、車幅方向の入力に対してはより硬く応答するサスペンションとなる。車体の前後方向の応答性は乗り心地に影響し、車幅方向の応答性は操縦安定性に影響する。従って、一方の取り付け部位におけるブッシュの軸心を車体の上下方向に設定することで操縦安定性と乗り心地とを効果的に両立させることができる。
【0003】
【特許文献1】特開2000−71733号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、このようなブッシュを設けた場合であってもサスペンションの形式により、乗り心地の改善の度合いに差が生じており、特に、一方の取り付け部位におけるブッシュの軸心を車体の上下方向に設定した場合、ダンパーの下端がロアアームに取り付けられるダブルウィッシュボーンタイプのフロントサスペンション装置では、路面からの入力や制動時の初期段階において、特許文献1のようにダンパーの下端がホイールサポート部材に取り付けられるタイプのフロントサスペンション装置よりも乗り心地が劣る現象が見られた。
【0005】
その原因を探求したところ、ダンパーの下端がロアアームに取り付けられるダブルウィッシュボーンタイプのフロントサスペンション装置ではダンパーの下端部がロアアームの途中の部位に支持されている点に原因があると考えた。つまり、路面からの入力がロアアームのホイール側端部に作用すると、入力に追従していないダンパーの下端の支持位置が支点となって、テコの原理によりロアアームの車体側端部を上方又は下方へ移動させ、これが路面からの入力の初期段階において乗り心地を悪くするものと考えた。この点、特許文献1のようにダンパーの下端がホイールサポート部材に取り付けられるタイプのものでは、ダンパーの下端部がホイールサポート部材に接続されているため、ロアアームに対して上記のようなテコの原理は作用しない。
【0006】
このようなダンパーの下端がロアアームに取り付けられるダブルウィッシュボーンタイプ特有の課題を解決するものとしては、例えば、ブッシュの弾性体の硬度を硬くして、ロアアームの車体側の端部の上下動を抑制する方法が考えられる。しかし、この解決方法では乗り心地が悪化することは避けられない。
【0007】
従って、本発明の目的は、ダンパーの下端がロアアームに取り付けられるダブルウィッシュボーンタイプのフロントサスペンション装置に特化した問題点を解決し、ロアアームの車体側端部の上下動を抑制し、操縦安定性と乗り心地を両立できるフロントサスペンション装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、車体とホイールサポート部材との間に架設されたアッパアーム及びA型ロアアームと、上端が前記車体に、下端が前記A型ロアアームに、それぞれ取り付けられたダンパーと、を備えたダブルウィッシュボーンタイプのフロントサスペンション装置において、前記車体が、前記車体の前後方向に離間して設けられ、前記A型ロアアームの2つの車体側端部をそれぞれ軸支する前方軸支部及び後方軸支部を備え、前記前方軸支部は、車体の前後方向に軸心が設定された第1ブッシュを介して前記A型ロアアームを前記車体に揺動可能に軸支し、前記後方軸支部は、車体の上下方向に軸心が設定された第2ブッシュを介して前記A型ロアアームを前記車体に揺動可能に軸支し、前記第2ブッシュが、車体の上下方向に軸心が設定された内筒と、該内筒の周囲に設けられた弾性体と、を有し、前記弾性体は、前記内筒と前記A型ロアアームの端部との間に介在する本体部と、前記第2ブッシュの軸心とと平行な方向に前記本体部に穿設されたスグリ部と、前記本体部の上下端部においてそれぞれ突出し、前記後方軸支部に当接することで前記後方軸支部に対する前記A型ロアアームの端部の上下動を抑制するストッパ部と、を有することを特徴とするフロントサスペンション装置が提供される。
【0009】
本発明では、前記前方軸支部では車体の前後方向に軸心が設定された前記第1ブッシュが用いられ、前記後方軸支部では車体の上下方向に軸心が設定された前記第2ブッシュが用いられる。一方の軸支部のブッシュの軸心を車体の上下方向に設定することで、操縦安定性と乗り心地とを両立できる。ここで、前記後方軸支部の前記第2ブッシュは前記ストッパ部を備える。このため、前記後方軸支部では前記A型ロアアームの端部が上下に移動しようとすると、前記第2ブッシュの前記ストッパ部が前記後方軸支部に当接し、当該上下動が抑制される。前記ストッパ部を前記本体部の上下端部に設けることで、前記弾性体の硬度を硬くする必要もない。従って、本発明では、一方の軸支部のブッシュの軸心を車体の上下方向に設定することで、操縦安定性と乗り心地とを両立できることに加えて、ダンパーの下端がロアアームに取り付けられるダブルウィッシュボーンタイプのフロントサスペンション装置に特化した問題点を解決し、ロアアームの車体側端部の上下動を抑制し、操縦安定性と乗り心地をより効果的に両立できる。
【0010】
本発明においては、前記ストッパ部が、平面視で、前記前方軸支部における前記前記第1ブッシュの軸心線上を延びていることが望ましい。
【0011】
この構成によれば、車体の上下方向の前記A型ロアアームの揺動に対して、前記ストッパ部が抵抗しないようにすることができ、前記ストッパ部を設けても、フロントサスペンション装置の特性にほとんど影響を与えない。
【0012】
また、本発明において、前記フロントサスペンション装置は、前置き式のステアリングギアユニットと、車幅方向外方かつ斜め前方に延び、前記ステアリングギアユニットと前記ホイールサポート部材とを連結する一対のタイロッドと、を備えた自動車のフロントサスペンション装置であって、前記ストッパ部が前記車体の前後方向に延びており、前記スグリ部が前記ストッパ部の両側に2つ設けられ、かつ、車幅方向外方の前記スグリ部が車幅方向内方の前記スグリ部よりも後方に設けられると共に、2つの前記スグリ部が平面視で前記車体の前後方向と所定の角度をなす線上に設けられていることが望ましい。
【0013】
この構成によれば、ステアリングギアユニットを前置き式とすることでエンジン搭載位置を車室側に近づけたフロントミッドシップタイプの自動車において、制動時における車輪のトーアウトを抑制し、アッカーマンジオメトリを維持することができる。特に前記ストッパ部が車体の前後方向に延びており、かつ、前記スグリ部の配置により、制動時における前記A型ロアアームの車体後方への直線的な移動を抑制し、車体後方外方へ移動させる。このため、制動時における車輪のトーアウトを効果的に抑制し、アッカーマンジオメトリを維持することができる。
【0014】
この場合、前記所定の角度が、平面視で中立時の前記タイロッドと車幅方向とがなす角度と略一致していることが望ましい。
【0015】
この構成によれば、制動時における車輪のトーアウトをより効果的に抑制することができる。
【0016】
また、本発明においては、前記ストッパ部は前記後方軸支部に当接する当接面を有し、該当接面には摩擦を低減する処理がなされていることが望ましい。
【0017】
この構成によれば、前記ストッパ部と前記後方軸支部との間の摩擦を低減して前記弾性体の前後方向の変形が円滑に行われるようにすることができる。
【0018】
また、本発明においては、前記ストッパ部の端面が、前記内筒の端面と略面一に設定されていることが望ましい。
【0019】
この構成によれば、前記後方軸支部における前記第2ブッシュ及び前記A型ロアアームの端部の組み付けを容易化することができる。
【0020】
また、本発明においては、前記ストッパ部が前記本体部と別部材であってもよい。
【0021】
この構成によれば、前記本体部と前記ストッパ部とで異なる特性の弾性材料を採用することができる。
【0022】
また、本発明においては、前記ストッパ部と前記本体部との硬度が異なってもよい。
【0023】
この構成によれば、前記ストッパ部と前記本体部との硬度をそれぞれ設定でき、前記A型ロアアームの車体側端部の上下動を抑制しつつ、操縦安定性と乗り心地との両立をより効果的に実現できる。
【発明の効果】
【0024】
以上述べた通り、本発明によれば、ダンパーの下端がロアアームに取り付けられるダブルウィッシュボーンタイプのフロントサスペンション装置に特化した問題点を解決し、ロアアームの車体側端部の上下動を抑制し、操縦安定性と乗り心地を両立できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
図1は本発明の一実施形態に係る自動車のフロントサスペンション装置1を示す斜視図である。このフロントサスペンション装置1は車体側の構成であるサスペンションクロスメンバ2に取り付けられている。このサスペンションクロスメンバ2は車幅方向に延びると共にそのの両側から車体後方に向かって延びるコ字状の前側部材2aと、前側部材2aの車幅方向両端部にそれぞれ設けられ、上方に延びる上方部材2bと、前側部材2aの後方で車幅方向に延び、その両端部が前側部材2aに固定された後側部材2cと、を備える。
【0026】
フロントサスペンション装置1はダブルウィッシュボーンタイプのサスペンション装置であり、車体側の構成であるサスペンションクロスメンバ2と左右のホイールサポート部材8との間に架設されたアッパーアーム4とロアアーム6とを2組備える。ホイールサポート部材8は車輪17(図3参照)やブレーキディスク19等を回転自在に支持する部材である。
【0027】
フロントサスペンション装置1は、また、上端が車体の不図示の部位に、下端がロアアーム6にそれぞれ取り付けられたストラット10を2組備える。ストラット10はダンパー12とコイルスプリング14を同軸上に配設して構成されている。ストラット10の下端、つまりダンパー12の下端はロアアーム6の両端部間の途中の部位においてストラット10が車両前後方向を揺動中心として揺動自在となるように取り付けられている。
【0028】
本実施形態の場合、フロントサスペンション装置1は前置き式のステアリングギアユニット16を備えた自動車に搭載された場合を想定している。ステアリングギアユニットを前置き式とした場合、エンジン搭載位置を車室側に近づけたフロントミッドシップレイアウトが採用でき、自動車の運動性能特に操縦安定性を向上することができる。本実施形態のフロントサスペンション装置1は、このような運動性能が要求される自動車に特に好適である。
【0029】
ステアリングギアユニット16はサスペンションクロスメンバ2の前方側で車幅方向に延びるように前方部材2aに固定されている。ステアリングギアユニット16としては、ラックピニオン式或いはボールスクリュー式のいずれの操舵装置も採用可能である。ステアリングギアユニット16と各ホイールサポート部材8との間には車幅方向外方かつ斜め前方に延在してこれらを連結する一対のタイロッド18が設けられており、ステアリングギアユニット16によりタイロッド18を介して車輪を操舵するようになっている。
【0030】
次に、図2はフロントサスペンション装置1の右前輪側を車体上方から見た平面図であり、図3はフロントサスペンション装置1の右前輪側を車体前方から見た正面図である。なお、図2ではストラット10が省略されている。また、図2及び図3は右前輪側を図示しており、以下、右前輪側について説明するが左前輪側も同様の構成である。
【0031】
図2に示すように、アッパアーム4は前方アーム部4a及び後方アーム部4bを有するA型アームであり、その車体側の2つの端部4c、4dは、ブッシュ241及び242を介してサスペンションクロスメンバ2の上方部材2bに設けられた軸支部20及び22においてそれぞれ軸支されている。軸支部20及び22は車体の前後方向に離間して設けられており、ブッシュ241及び242の軸心は車体の前後方向に設定されている。このため、軸支部20及び22は実質的に
アッパアーム4を車体の上下方向に揺動可能に軸支している。各ブッシュ241及び242はサスペンション装置に用いられる一般的なブッシュを採用できる。アッパアーム4の車輪側の端部4eはホイールサポート部材8に取り付けられている。本実施形態では図3に示すようにホイールサポート部材8が上方に延びるアッパアーム連結用の延長部8a及び下方に延びるロアアーム連結用の延長部8bを備える。アッパアーム4の端部4eは延長部8aの上端部にボールジョイント30(図2参照)を介して取り付けられている。
【0032】
ロアアーム6はほぼ車幅方向に延びる前方アーム部6a及び車幅方向外方に斜め前方に延びる後方アーム部6bを有するA型アームであり、その車体側の2つの端部6c、6dは、ブッシュ243及び244を介してサスペンションクロスメンバ2の前方部材2aに設けられた軸支部26及び28においてそれぞれ軸支されている。軸支部26及び28は車体の前後方向に離間して設けられており、ブッシュ243の軸心は車体の前後方向に設定され、ブッシュ244の軸心は車体の上下方向に設定されている。このため、軸支部26は実質的にアッパーアーム4を車体の上下方向に揺動可能に、軸支部28は実質的にアッパーアーム4を車体の前後方向に揺動可能に、軸支している。2つの軸支部26と28のうち、一方の軸支部28のブッシュ244の軸心を車体の上下方向に設定することで、操縦安定性と乗り心地とを両立できる。
【0033】
ロアアーム6の車輪側の端部6eはホイールサポート部材8に取り付けられている。ロアアーム6の端部6eは延長部8bの下端部にボールジョイント30(図2参照)を介して取り付けられている。なお、図3では前方アーム部6aの図示を省略している。
【0034】
ブッシュ243はサスペンション装置に用いられる一般的なブッシュを採用できる。ブッシュ244については本実施形態では以下の構成のブッシュを採用する。図4(a)はブッシュ244の外観斜視図、図4(b)は図4(a)の線YYに沿う断面図、図4(c)は図4(a)の線ZZに沿う断面図である。
【0035】
ブッシュ244は全体として略円筒状をなしており、取付時に車体の上下方向に軸心が設定される内筒2441と、内筒2441の周囲に設けられた弾性体2442と、弾性体2442の周囲に設けられた外筒2443と、を備える。本実施形態では、内筒2441と外筒2443とは金属製の円筒体からなり、内筒2441は外筒2443よりも小径で、かつ、全長が長く設定されている。弾性体2442はゴム等からなり、内筒2442と外筒2443との間の隙間を埋めるように、両者に固着されている。
【0036】
弾性体2442は内筒2441と外筒2443を介してロアアーム6の端部との間に介在することになる本体部2442aと、本体部2442aの上下端部においてそれぞれ上下方向に突出したストッパ部2442bと、を一体に備える。本体部2442aには内筒2441の軸心(図3の線A)と平行な方向に穿設された貫通孔であるスグリ部2442cが設けられている。本実施形態の場合、このスグリ部2442cが2つ設けられている。
【0037】
図5は図2の線XXに沿う断面図であり、本実施形態におけるブッシュ244の取付部分の構造を示す図である。ロアアーム6の後方アーム部6bの車体側端部6dは車体上下方向の貫通孔が形成された円筒状に形成され、ここにブッシュ244が圧入される。軸支部28は上下に離間して空隙を形成していると共に車体上下方向に貫通孔が形成されている。そして、ブッシュ244が圧入された端部6dをこの空隙に挿入し、車体下側からボルト28aを軸支部28の貫通孔とブッシュ244の内筒2441とを貫通するように挿入して、軸支部28の車体上側においてナット28bと螺合せしめて締結する。
【0038】
この構成により、ロアアーム6はボルト28aの軸部分を揺動中心軸として車体の前後方向に揺動可能に軸支されることになる。なお、ブッシュ244の内筒2441の軸心は揺動中心線と同心に配設されていることは言うまでもない。また、軸支部28とロアアーム6の端部6dとの間には上下方向の隙間が形成されており、ロアアーム6の端部6dはブッシュ244の弾性体2442の弾性変形により軸支部28に対して相対的に上下に一定の範囲で移動することが許容される。更に、弾性体2442の弾性変形によりロアアーム6の端部6dは軸支部28に対して相対的に左右前後方向に一定の範囲で移動することが許容される。本実施形態ではスグリ部2442cを設けているので、ロアアーム6の端部6dは軸支部28に対して相対的に左右前後方向に移動するに際し、その移動方向により弾性体2442の弾性変形量が異なるものとなる。
【0039】
ここで、本実施形態ではブッシュ244が弾性体2442の本体部2442aの上下端部において突出したストッパ部2442bが設けられている。このため、ロアアーム6の端部6dが軸支部28に対して相対的に上下に移動しようとするとストッパ部2442bが軸支部28に当接し、弾性体2442の弾性変形が抑制され、その結果、ロアアーム6の端部6dの上下動が抑制されることになる。
【0040】
次に、本実施形態におけるストッパ部2442b及びスグリ部2442cのレイアウトについて図6を参照して説明する。図6はフロントサスペンション装置1のロアアーム6の周辺構造の平面視図である。まず、ストッパ部2442bのレイアウトについて説明する。ストッパ部2442bの形状は種々の形状を採用できるが、本実施形態では平面視で内筒2441を跨いで直線帯状に形成されており、かつ、平面視で軸支部26のブッシュ243の軸心線上(線B上)に延びている。
【0041】
このように構成することで、車体の上下方向のロアアーム6の揺動に対して、ストッパ部2442bが抵抗しないようにすることができ、ストッパ部2442bを設けても、フロントサスペンション装置1の特性にほとんど影響を与えない。つまり、ストッパ部2442bが揺動中心線Bと直交する方向等に延びていた場合、車体の上下方向のロアアーム6の揺動に対してストッパ部2442bが曲がるため、その曲げの抵抗力が生じるが、本実施形態のようにブッシュ243の軸心線上に延びていることで、ストッパ部2442bの曲げの抵抗力を最小限に抑えることができる。一方、ストッパ部2442bがブッシュ243の軸心線上に延びていることでロアアーム6の車体前後方向の移動が抑制される。このことは後述するように制動時における車輪のトーアウトを効果的に抑制し、アッカーマンジオメトリを維持することに寄与する。
【0042】
次に、スグリ部2442cのレイアウトについて説明する。図6に示すように本実施形態ではスグリ部2442cがストッパ部2442bの両側に2つ設けられ、かつ、車幅方向外方のスグリ部2442cが車幅方向内方のスグリ部2442cよりも後方に設けられている。また、2つのスグリ部2442cが平面視で車体の前後方向と所定の角度をなす線上に設けられている。詳細には図6に示すように2つのスグリ部2442cの中心が車体の前後方向(線B)と角度γをなし、内筒2441の軸心を通過する線C上に設定されている。これらのスグリ部2442cを設けた部分は、他の部分よりもたわみやすくなる。本実施形態では車幅方向外方のスグリ部2442cが車幅方向内方のスグリ部2442cよりも後方に設けられているので、ブッシュ244は車体後方外方へ変形し易くなる。更に、本実施形態では2つのスグリ部2442cが線C上に設定されているため、ブッシュ244がロアアーム6の端部6dから力を受けると線C方向に変形し易くなる。これらのことは後述するように制動時における車輪のトーアウトを効果的に抑制し、アッカーマンジオメトリを維持することに寄与する。
【0043】
次に、図2を参照してタイロッド18のレイアウト等について説明する。ホイールサポート部材8は車体前方に延びるタイロッド連結用のナックルアーム8cを備え、このナックルアーム8cの先端部8dに、タイロッド18の車幅方向外方端部が取り付けられている。タイロッド18の車幅方向内方端部はステアリングギアユニット16に取り付けられている。
【0044】
図2に示すようにタイロッド18は、平面視で、中立時(ステアリングがニュートラルの時)にタイロッド18と車幅方向とが角度α(以下、傾斜角という)となるように延在している。この傾斜角αにより、フロントサスペンション装置1のアッカーマンジオメトリを成立させて、操舵時に旋回内輪の切れ角が外輪側の切れ角より大きくなるようにしている。また、図3に示すように、タイロッド18は、正面視で車幅方向外方に斜め上方に延び、水平線に対し傾斜角βがつけられている。この傾斜角βにより、フロントサスペンション装置1がバンプトーイン特性を有するようにして、バンプしている旋回外輪がトーアウトに向くことを抑制している。
【0045】
次に、本実施形態のフロントサスペンション装置1の作用について説明する。上述した通り、本実施形態のようなダブルウィッシュボーンタイプのフロントサスペンション装置ではダンパー(ストラット10)の下端部がロアアーム6の途中の部位に支持されているため、路面からの入力がロアアーム6のホイール側端部に作用すると、入力に追従していないダンパーの支持位置が支点となって、テコの原理によりロアアーム6の車体側端部6dを上方又は下方へ移動させ、これが路面からの入力の初期段階において乗り心地を悪くするものと考えられる。
【0046】
この点、本実施形態では軸支部28においてロアアーム6の端部6dが軸支部28に対して相対的に上下に移動しようとすると、ブッシュ244のストッパ部2442bが軸支部28に当接し、その上下動が抑制される。ストッパ部2442bを本体部2442aの上下端部に設けることで、弾性体2442の硬度を硬くする必要もない。従って、本実施形態ではダンパーの下端がロアアームに取り付けられるダブルウィッシュボーンタイプのフロントサスペンション装置に特化した問題点を解決し、ロアアーム6の車体側端部の上下動を抑制し、操縦安定性と乗り心地をより効果的に両立できる。
【0047】
なお、ストッパ部2442bは図5に示すように必ずしも軸支部28に常時当接している必要は無く、ロアアーム6の端部6dが軸支部28に対して相対的に上下に移動する際に軸支部28に当接するように構成されていればロアアーム6の端部6dの上下動の抑制について一定の効果が得られる。
【0048】
尤も、軸支部28の上下方向の空隙は少なくともブッシュ244の高さ分だけ確保されるため、図4(b)に示すようにストッパ部2442bの端面2442b’は、内筒2441の端面2441’と略面一に設定されていることが望ましい。こうすることで、ブッシュ244が圧入されたロアアーム6の端部6dを軸支部28の空隙に挿入する際にストッパ部2442bを圧縮することなく挿入でき、これらの組み付けを容易化することができる。
【0049】
また、軸支部28に対する当接面となる、ストッパ部2442bの端面2442b’には軸支部28との摩擦を低減する処理がなされていることが望ましい。こうすることでストッパ部2442bと軸支部28との間の摩擦を低減して弾性体2442の前後方向の変形が円滑に行われるようにすることができ、軸支部28に対するロアアーム6の端部6dの相対的な前後の移動をストッパ部2442bの軸支部28に対する当接に起因して阻害することがない。摩擦を低減する処理としては、例えば、端面2442b’を平滑化する処理を行うこと、端面2442b’に各種塗料等の平滑化剤を塗布すること、が挙げられる。
【0050】
次に、フロントサスペンション装置1によるアッカーマンジオメトリ等の維持作用について説明する。図7は制動時に車輪17、サスペンションアーム4、6及びホイールサポート部材8に加わる力及び変位を説明するための説明図である。図8(a)及び(b)は制動時のホイールサポート部材8のトーアウト変位を説明するための説明図である。
【0051】
まず、図7に示すように、制動時には、車輪17に制動力Fが加わり、この制動力Fはホイールサポート部材8に伝達され、ホイールサポート部材8には回転モーメント力Mが加わる。この回転モーメント力Mは、アッパアーム4及びロアアーム6に伝達され、この伝達された力は、アーム4、6の車体側への各軸支部20、22、26、28のブッシュ241乃至244を変形させる。その結果、アッパアーム4は車体前方に向けて変位し(図中D1)、ロアアーム6は車体後方に向けて変位し(図中D2)、ホイールサポート部材8は、図中D3のような方向に回転する。
【0052】
ホイールサポート部材8にこのような回転変位D3が生じると、タイロッド連結用のナックルアーム8cの先端部8dは下方側且つ車体後方側に変位する。このため、図8(a)及び(b)に示すように、タイロッド18は先端部8dの変位によって、図中仮想線で示すように変位する。即ち、先端部8dが下方側且つ車体後方側に変位するので、タイロッド18の傾斜角(α)は減少し、一方、タイロッド18自体の長さは変化しないので、先端部8dは下方且つ車体後方側に変位すると共に、車幅方向外方にも変位することになる。つまり、タイロッド18がホイールサポート部材8の車体前方端部に取り付けられていること、及び、タイロッド18に傾斜角が付けられていることに起因して、制動時には、車輪17がトーアウト方向に向けて移動してしまうことになる。
【0053】
ここで、図8(a)に示すように、ロアアーム6が制動力F(図7参照)により、仮想線で示すように車体前後方向の車体後方に向かって真っ直ぐ変位する場合、ロアアーム6のホイールサポート部材8側の端部6eは、車体前後方向に向かって真っ直ぐ変位し、車幅方向には変位しない。従って、ホイールサポート部材8は図中仮想線で示すように変位し、その結果、車輪17はトーアウト方向に移動してしまう。
【0054】
一方、図6を参照して説明したように、本実施形態では車幅方向外方のスグリ部2442cが車幅方向内方のスグリ部2442cよりも後方に設けられているので、ブッシュ244が車体後方外方へ変形し易くなる。従って、制動時にロアアーム5の端部6eが車体後方に向かって真っ直ぐ変位することを抑制して車体後方外方へ移動させ、制動時のトーアウトを抑制することができる。
【0055】
更に、本実施形態では2つのスグリ部2442cの中心が車体の前後方向の揺動中心線Bと角度γをなし、内筒2441の軸線を通過する線C上に設定されている。従って、ロアアーム6の端部6dは図6の線Cの方向に変位しやすくなっている。しかも、図6を参照して説明したように、本実施形態ではストッパ部2442bが平面視で内筒2441を跨いで直線帯状に形成されており、かつ、揺動中心線Bと略平行な方向に延びているため、ブッシュ244は車体前後方向に変形しずらくなっており、その結果、車体前後方向の荷重の左右に対して、ロアアーム6の端部6dは図6の線Cの方向により一層変位しやすくなっている。
【0056】
このため、図8(b)に示すように、端部6dは車体後方側に変位すると共に車幅方向外方にも変位する。そして、ロアアーム6の車体前方側の端部6cも、このような端部6dの変位により車幅方向外方に引っ張られるように変位する。従って、ロアアーム6のホイールサポート部材8側の端部6eは、車体前後方向の車体後方に変位すると共に車幅方向外方にも変位する。
【0057】
そして、2つのスグリ部2442cの中心が車体の前後方向の揺動中心線Bとなす角度γと、中立時におけるタイロッド18の傾斜角αとを略一致させておくと、図中、仮想線で示すように、ホイールサポート部材8は全体的に車幅方向外方に移動する。このようにして、車輪17の制動時のトーアウトを抑制することが出来るのである。上記の角度γ、傾斜角αは、例えば、25度乃至35度に設定される。
【0058】
なお、車体前方側の軸支部26のブッシュ243の弾性体を車体後方側の軸支部28のブッシュ244の弾性体2442に対し、比較的小さなコンプライアンスとすることで、ロアアーム6が変位する際、車体前方側の軸支部26を略中心にするような回転も生じる。この回転により、ロアアーム6の車体後方への変位(図7参照)による端部6eの車体後方への変位が抑制され、ホイールサポート部材8の回転変位D3(図7参照)も抑制することができる。その結果、車輪17の制動時のトーアウトを抑制することもできるのである。
【0059】
更に、上記の角度γを25度乃至35度に設定した場合、0度近傍や90度近傍に設定した場合よりもブッシュ244の車体前後・左右方向の変形量が余り大きくならず、乗り心地と操縦安定性とを向上することができる。
【0060】
<他の実施形態>
上記実施形態ではブッシュ244の弾性体2442について、本体部2442aとストッパ部2442bとを同じ材質の一体成形品としたが、本体部2442aとストッパ部2442bとで、硬度が異なるようにしてもよい。これらの硬度を個別に設定することができればロアアーム6の車体側端部6dの上下動を抑制しつつ、操縦安定性と乗り心地との両立をより効果的に実現するチューニングが可能となる。
【0061】
本体部2442aとストッパ部2442bとで硬度が異なるようにするためには、例えば、これらを別部材とするのが最も簡易である。図9は本体部2442aとストッパ部2442bとを別部材で構成したブッシュの例を示す図であり、図9(a)は分解断面図、図9(b)は組み立て後の断面図を示す。同図のブッシュ244’は、内筒2441が3つのパーツ2441b、2441c、2441dからなり、それぞれストッパ部2442b、本体部2442a、ストッパ部2442bが固着されている。本体部2442aの外周には更に外筒2443が固着されている。
【0062】
図9(a)に示すようにパーツ2441bはパーツ2441cの上部に、パーツ2441dはパーツ2441cの下部に、それぞれ嵌合されて内筒2441が完成すると同時に、本体部2442aの上下端部にストッパ部2442bがそれぞれ形成されることになる。ストッパ部2442bの向きを簡易に整列させる場合には、パーツ2441bとパーツ2441cとの嵌合部、並びに、パーツ2441dとパーツ2441cとの嵌合部、にそれぞれ溝等を設けておくことで、嵌合時の嵌合位置が規定され、ストッパ部2442bの向きを簡易に整列させることができる。
【0063】
図9の例ではストッパ部2442bと本体部2442aとが別部材となっているため、個別に材料を選択でき、硬度を異なるものとすることができる。ストッパ部2442bと本体部2442aとの硬度をそれぞれ複数種類用意しておくことで、これらの組合せのバリエーションが増え、様々な弾性特性を有するブッシュを得られる。また、ストッパ部のない、既存のブッシュに対して、ストッパ部を追加することも可能である。なお、図9に示すように本体部2442aとストッパ部2442bとを別部材とする場合であっても、その硬度が同じものを使用してもよいことは言うまでも無い。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の一実施形態に係る自動車のフロントサスペンション装置1を示す斜視図である。
【図2】フロントサスペンション装置1の右前輪側を車体上方から見た平面図である。
【図3】フロントサスペンション装置1の右前輪側を車体前方から見た正面図である。
【図4】(a)はブッシュ244の外観斜視図、(b)は図4(a)の線YYに沿う断面図、(c)は図4(a)の線ZZに沿う断面図である。
【図5】図2の線XXに沿う断面図である。
【図6】フロントサスペンション装置1のロアアーム6の周辺構造の平面視図である。
【図7】制動時に車輪17、サスペンションアーム4、6及びホイールサポート部材8に加わる力及び変位を説明するための説明図である。
【図8】(a)及び(b)は制動時のホイールサポート部材8のトーアウト変位を説明するための説明図である。
【図9】ブッシュ244の他の実施形態を示す図である。
【符号の説明】
【0065】
1 フロントサスペンション装置
2 サスペンションクロスメンバ
4 アッパアーム
6 ロアアームと、
8 ホイールサポート部材
10 ストラット
12 ダンパー
14 コイルスプリング
16 ステアリングギアユニット
18 タイロッド
20、22、26、28 軸支部
241乃至244 ブッシュ
2411 内筒
2422 弾性体
2422a 本体部
2422b ストッパ部
2422b’ 端面(当接面)
2422c スグリ部
2423 外筒

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体とホイールサポート部材との間に架設されたアッパアーム及びA型ロアアームと、
上端が前記車体に、下端が前記A型ロアアームに、それぞれ取り付けられたダンパーと、
を備えたダブルウィッシュボーンタイプのフロントサスペンション装置において、
前記車体が、
前記車体の前後方向に離間して設けられ、前記A型ロアアームの2つの車体側端部をそれぞれ軸支する前方軸支部及び後方軸支部を備え、
前記前方軸支部は、車体の前後方向に軸心が設定された第1ブッシュを介して前記A型ロアアームを前記車体に揺動可能に軸支し、
前記後方軸支部は、車体の上下方向に軸心が設定された第2ブッシュを介して前記A型ロアアームを前記車体に揺動可能に軸支し、
前記第2ブッシュが、
車体の上下方向に軸心が設定された内筒と、該内筒の周囲に設けられた弾性体と、を有し、
前記弾性体は、
前記内筒と前記A型ロアアームの端部との間に介在する本体部と、
前記第2ブッシュの軸心と平行な方向に前記本体部に穿設されたスグリ部と、
前記本体部の上下端部においてそれぞれ突出し、前記後方軸支部に当接することで前記後方軸支部に対する前記A型ロアアームの端部の上下動を抑制するストッパ部と、
を有することを特徴とするフロントサスペンション装置。
【請求項2】
前記ストッパ部が、平面視で、前記前方軸支部における前記第1ブッシュの軸心線上を延びていることを特徴とする請求項1に記載のフロントサスペンション装置。
【請求項3】
前記フロントサスペンション装置は、
前置き式のステアリングギアユニットと、車幅方向外方かつ斜め前方に延び、前記ステアリングギアユニットと前記ホイールサポート部材とを連結する一対のタイロッドと、を備えた自動車のフロントサスペンション装置であって、
前記ストッパ部が前記車体の前後方向に延びており、
前記スグリ部が前記ストッパ部の両側に2つ設けられ、かつ、車幅方向外方の前記スグリ部が車幅方向内方の前記スグリ部よりも後方に設けられると共に、2つの前記スグリ部が平面視で前記車体の前後方向と所定の角度をなす線上に設けられていることを特徴とする請求項1に記載のフロントサスペンション装置。
【請求項4】
前記所定の角度が、
平面視で中立時の前記タイロッドと車幅方向とがなす角度と略一致していることを特徴とする請求項3に記載のフロントサスペンション装置。
【請求項5】
前記ストッパ部は前記後方軸支部に当接する当接面を有し、
該当接面には摩擦を低減する処理がなされていることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のフロントサスペンション装置。
【請求項6】
前記ストッパ部の端面が、前記内筒の端面と略面一に設定されていることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載のフロントサスペンション装置。
【請求項7】
前記ストッパ部が前記本体部と別部材であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載のフロントサスペンション装置。
【請求項8】
前記ストッパ部と前記本体部との硬度が異なることを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載のフロントサスペンション装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−182287(P2006−182287A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−380498(P2004−380498)
【出願日】平成16年12月28日(2004.12.28)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】