説明

プラズマ処理装置用部材およびその製造方法

【課題】 腐食作用による損傷が少なく、かつ、その腐食生成物が環境汚染原因となって、半導体加工装置の品質低下、生産コストの増大を招くことのないプラズマ処理装置用部材を得る。
【解決手段】 プラズマ処理装置用部材の表面に、Al23、Y23またはAl23−Y23複酸化物からなる溶射皮膜を、平均粗さRa3.30〜28.0μm、かつスキューネス値(Rsk)を正の値を示すような表面形状とすることによって、パーティクル等の付着、堆積特性に優れ、かつ再飛散防止特性に優れる他、耐プラズマエロージョン性に優れた部材とその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体加工プロセスにおけるプラズマ処理装置に用いられる各種の部材とその製造方法に関し、とくにハロゲン化合物を含む環境でプラズマ加工処理時に用いられる容器用部材、例えば、真空蒸着、イオンプレーティング、スパッタリング、化学蒸着、レーザ精密加工、プラズマスパッタリングなどに使用される真空容器用部材などとして用いられる溶射皮膜を被覆した部材とその製造方法に関するものである。
本発明に係る溶射皮膜被覆部材は、パーティクルの付着、堆積機能および再飛散防止機能に優れるほか、耐プラズマエロージョン性に優れる酸化物セラミック材料からなるものであるため、耐プラズマエロージョン性が要求される半導体加工処理装置用部材の他、昨今の特に重要視されている半導体の精密加工部材あるいはこれらの装置の構造部材(加工室の壁面)などの分野で利用が可能である。
【背景技術】
【0002】
半導体加工プロセスでは、金属や金属酸化物、窒化物、炭化物、硼化物、珪化物などの薄膜を形成する工程がある。これらの工程では、真空蒸着法、イオンプレーティング、スパッタリング、プラズマCVDなどの薄膜形成装置が使用されている(例えば、特許文献1)。
これらの装置によって薄膜を形成する場合、上記装置に用いられている各種の治具や部材の表面にも、薄膜材料の一部が微細な粉体(パーティクル)となって付着する。治具や装置部材への薄膜材料の付着は、その量が少ない場合には問題となることが少ない。しかし、最近、薄膜形成処理時間が長くなるに従って、治具や部材表面へのパーティクルの付着量が増加する一方、操業時の温度変化や治具や部材に対する機械的負荷が変動することが多くなってきた。その結果、薄膜形成処理中に治具や部材表面に付着していた薄膜の一部が、剥離して飛散し、それが半導体ウエハに付着して製品の品質を悪くするという問題がある。
【0003】
従来、上記のような装置に用いられている各種部材について、その表面に付着した薄膜形成用粒子の剥離を防止する技術として、以下に述べるような方法が提案されている。
例えば、特許文献2および3では、治具や部材の表面をサンドブラストし、ホーニングやニッティングなどを行って表面を粗面化し、このことによって、有効表面積を増加させて、付着した薄膜粒子が剥離飛散しないようにする技術が開示されている。
【0004】
特許文献4では、治具や部材の表面に、5mm以下の間隔で周期的にU溝やV溝を設けて、薄膜粒子の剥離を抑制する技術を開示している。
【0005】
特許文献5および6には、部材の表面にTiN皮膜を形成させるか、さらにAlまたはAl合金の溶融めっき被覆を形成する技術が開示され、また、特許文献7では、TiとCu材料を用いて溶射皮膜を形成した後、HNO3によってCuのみを溶解除去することによって、多孔質で比表面積の大きい表面構造として、付着した薄膜粒子の飛散を抑制する技術が開示されている。
【0006】
発明者の一人もまた、特許文献8において、金属部材の表面に金網を密着させた状態で金属を溶射するか、または金属を溶射した後、その上に金網を密着させた状態で再び金属を溶射し、その後、金網を引き剥がすことによって、溶射皮膜の表面に格子状の凹凸を形成することによって、比表面積の拡大を図り、薄膜粒子の多量付着を可能とする技術を提案した。
【0007】
しかしながら、最近の半導体の加工は、一段と高精度となり、それに伴なって加工環境の清浄度は従来以上に厳しくなっている。特に、半導体の加工を、ハロゲンガスやハロゲン化合物ガス中でプラズマスパッタリング処理することによって行う場合、この処理に用いる装置内に配設されている部材や治具の表面に生じる腐食生成物、あるいはスパッタリング現象によって部材表面から発生する微細なパーティクル対策が必要となってきた。
【0008】
すなわち、半導体の加工プロセスでは、薄膜の形成プロセルにおける薄膜粒子の再飛散が問題であり、また、プラズマエッチングプロセスでは、エッチングが半導体の加工のみならず、その周辺部材にも及んで微細なパーティクル発生させることから、これが半導体製品の品質に影響することが指摘されている。その対策としては、特許文献9に開示されているように、石英を基材とし、この表面粗さを3〜18μmとし、その上に直接Al23、TiO2の溶射皮膜を形成すると共に、この溶射皮膜表面を、粗さ曲線のスキューネス(Rsk)で0.1未満の負の値を示す粗面を推奨している。
【0009】
その他、特許文献10〜13には、パーティクルの付着や堆積容量の増大を図る技術が開示されており、また、付着物の膜を分割する凹部凸部を設けて飛散を少なくする技術が特許文献14に見られる。
【特許文献1】特開昭50−75370号公報
【特許文献2】特開昭58−202535号公報
【特許文献3】特公平7−35568号公報
【特許文献4】特開平3−247769号公報
【特許文献5】特開平4−202660号公報
【特許文献6】特開平7−102366号公報
【特許文献7】特開平6−220618号公報
【特許文献8】特許第3076768号
【特許文献9】特表2004−52281号公報
【特許文献10】特開2000−191370号公報
【特許文献11】特開平11−345780公報
【特許文献12】特開2000−72529号公報
【特許文献13】特公平10−330971号公報
【特許文献14】特開2000−228398号公報
【特許文献15】特開平10−4083号公報
【特許文献16】特開2001−164354号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
半導体加工プロセスにおける従来技術には、次に示すような課題がある。
(1)薄膜成形プロセスにおける課題
(a)薄膜形成プロセスにおける治具や装置部材に対する薄膜粒子の付着とその飛散現象を防止のため、先行の特許文献1〜8に開示された技術、すなわち、薄膜粒子の付着面積を各種の手段によって拡大する方法は、薄膜形成作業の長時間操業と、それによる生産効率の向上に一定の効果は認められるものの、最終的には付着堆積した薄膜粒子が再飛散するので、根本的な解決策にはなり得ない。
(b)多量の薄膜粒子が付着堆積した治具や装置部材の表面に形成または処理されている表面処理膜は、金属質の膜であるため、酸やアルカリによって薄膜粒子を除去する際に、同時に溶解し、そのため再生して使用できる回数が少なく、製品のコストアップ原因となっている。
(c)従来技術における薄膜粒子の付着堆積面積の拡大策は、単に面積の拡大のみを目的としており、付着堆積した薄膜粒子の飛散を防止する方法についての提案でない。
【0011】
(2)プラズマエッチングプロセスにおける課題
プラズマエッチングプロセスで使用される治具や装置部材における対策技術は、特許文献9に開示されているように、石英基材の表面にAl23、TiO2の溶射皮膜を形成するとともに、その溶射皮膜の表面粗さをRsk(粗さ曲線のスキューネス)の0.1未満の負の値に制御することによって、スパッタリング現象によって発生する微細なパーティクルを、この粗さ曲線を有する皮膜表面で受けとめることを提案している。しかし、この技術が開示しているTiO2は、ハロゲンガスを含むプラズマエッチング加工環境では、自らが腐食されたりエッチングされて、却って汚染源となってパーティクルを多量に発生する。一方、Al23の溶射皮膜は、TiO2皮膜に比較すると、耐食性、耐プラズマエッチング性に優れているものの、寿命が短く、また、Rsk:0.1未満の負の値を示す表面形状は、環境汚染物質の付着・堆積量が少なく、短時間内に飽和するため、その残りがパーティクルの発生源となる欠点がある。
【0012】
特許文献15に開示されているように、耐プラズマエロージョン材料として、Y23の単結晶を適用する技術は、これを皮膜化することが困難であるため用途が限定され、また、Y23の溶射皮膜を提案する特許文献16の技術は、耐プラズマエロージョン性には優れているものの、環境汚染パーティクルの付着・堆積に関しては検討していない。
【0013】
本発明の目的は、プラズマ処理時の雰囲気汚染原因となるパーティクル類の付着、堆積特性に優れ、かつ再飛散防止特性に優れるプラズマ処理装置用部材とその製造技術を提案することにある。
本発明の他の目的は、ハロゲンガスを含む腐食環境における半導体加工精度を高めると共に、長期に亘って安定して加工ができる他、半導体製品の品質の向上とコスト低減に効果のあるプラズマ処理装置用部材とその製造方法を提案するところにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、従来技術が抱えている上記した課題を次に示すような技術的手段によって解決するものである。
(1)基材の表面に、直接または該基材の表面に金属質のアンダーコートを施工した後、その上に、溶射法によって、Al23、Y23またはAl23−Y23複酸化物のうちから選ばれる酸化物セラミックの溶射皮膜を形成し、その溶射皮膜表面の算術平均粗さ(Ra)が3.30〜28.0μmを示すと同時に、高さ方向の粗さ曲線のスキューネス値(Rsk)が主として1.0以下の正の値を示す表面形状を有する酸化物セラミック溶射皮膜を設けてなることを特徴とするプラズマ処理装置用部材。
【0015】
(2)基材の表面に、直接または金属質アンダーコートを介して、Al23、Y23またはAl23−Y23複酸化物からなる粒径:5〜80μmの溶射粉末材料を溶射し、算術平均粗さ(Ra)が3.30〜28.0μmを示すと同時に、高さ方向の粗さ曲線のスキューネス値(Rsk)が1.0以下の正の値を示す表面形状を有する酸化セラミック皮膜を、膜厚50〜2000μmの厚さに形成することを特徴とするプラズマ処理装置用部材の製造方法。
【0016】
なお、本発明において、上記酸化物セラミック溶射皮膜は、スキューネス値(Rsk)が正の値を示す割合が80%以上であり、Al23、Y23またはAl23−Y23複酸化物のうちから選ばれる酸化物による厚さ50〜2000μmの溶射皮膜であることが有効な手段となり得る。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るプラズマ処理装置用部材は、表面形状(粗さ曲線形状)に由来して環境汚染の原因となるパーティクル類の付着や堆積量の増加を図ることができるだけでなく、付着、堆積したパーティクル類の再飛散を防ぐ作用に優れている。また、本発明に係る部材は、優れた耐プラズマエロージョン性を有することから、自らがパーティクルの発生源となることもない。
【0018】
さらに、本発明の部材を採用すると、高い環境清浄度が要求されると同時に、ハロゲン化合物を含む厳しい腐食環境で行われる半導体加工製品の加工精度を高めることができる。しかも、このような部材を用いると、長期間にわたる連続操業が可能となり、精密加工される半導体製品の品質の向上および製品コストの低減が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明の好適実施形態の一例として、以下に、薄膜形成プロセスやプラズマエッチングプロセスなどのプロセスにおいて用いられる装置の部材に対し、その表面に酸化物セラミック溶射皮膜を形成する例について説明する。
【0020】
(1)酸化物セラミック溶射皮膜の形成
基材の表面に直接、または該基材表面に形成した金属質アンダーコートの上に、Al23、Y23またはAl23−Y23複酸化物などの酸化物セラミックスの溶射皮膜を、50〜2000μmの厚さに形成する。この溶射皮膜の膜厚が50μmより薄いと、トップコートとしての寿命が短くなり、一方、2000μmより厚いと、溶射成膜時に発生する熱収縮に起因する残留応力が大きくなって、皮膜の耐衝撃性や基材との密着力が低下する。
【0021】
また、これらの酸化物セラミック溶射皮膜の形成に用いる溶射粉末材料は、5〜80μmの粒径のものがよく、粒径が5μmより小さいと、溶射ガンへの連続かつ均等な供給が困難であるため、皮膜の厚さが不均等になり易く、一方、粒径が80μmより大きいと、溶射熱源中で完全に溶融することなく、いわゆる未溶融状態で皮膜を形成することになるため、緻密な溶射皮膜の形成が困難となる。
【0022】
基材表面に、トップコート(Al23溶射皮膜等)の形成に先駆けて形成する金属質アンダーコートは、Niおよびその合金、Moおよびその合金、Alおよびその合金、Mgなどが好適であり、膜厚は50〜500μmの範囲がよい。その理由は、膜厚が50μmより薄いと、基材の保護が十分でなく、一方、膜厚が500μmよりも厚いと、アンダーコートとしての作用効果が飽和するので経済的でない。
【0023】
前記基材は、AlおよびAl合金、TiおよびTi合金、ステンレス鋼、Ni基合金などの金属のほか、石英、ガラス、プラスチック(高分子材料)、焼結部材(酸化物、炭化物、硼化物、珪化物、窒化物およびこれらの混合物)、またはこれたの基材表面にめっき膜や蒸着膜を形成したものが用いられる。
【0024】
本発明において、前記酸化物セラミック溶射皮膜(トップコート)として、Al23、Y23あるいはAl23−Y23複酸化物のいずれかの溶射皮膜を形成する理由は、これらの酸化物の耐食性や耐プラズマエロージョン性が、他の酸化物、例えば、TiO2、MgO、ZrO2、NiO2、Cr23などに比較して優れているからである。
【0025】
また、前記トップコートやアンダーコートは、大気プラズマ溶射法、減圧プラズマ溶射法、水プラズマ溶射法、高速および低速フレーム溶射法あるいは爆発溶射法を採用して形成する。
【0026】
(2)酸化物セラミック溶射皮膜の表面形状(最適粗さ)
本発明において、基材表面に直接、または金属質アンダーコートを施工した上に形成される前記酸化物セラミック溶射皮膜は、その表面形状、即ち、表面粗さ、とくに高さ方向の粗さ曲線を、以下に述べるようにする。
半導体加工装置、例えば、プラズマ処理装置に用いられる治具や部材等は、表面積の大きいものが用いられる。その理由は、薄膜粒子やプラズマエッチングによって発生するパーティクルなどの環境汚染物を、なるべく多く、この部材表面に付着(吸着)させると同時に、その堆積状態を永く維持させるためであり、この付着、堆積した環境汚染物質が基材表面から再飛散することを防止するためである。
【0027】
本発明では、このような目的の下で、基材表面にトップコートとして形成する溶射皮膜の表面形状、即ち、この皮膜の表面粗さ曲線について、算術平均粗さ(Ra)と皮膜厚み(高さ)方向のゆがみを示す粗さ曲線のスキューネス値(Rsk)で特定することにした。前者については、Ra=3.30〜28.0、後者についてはRsk>0を示す粗化面とすることによって、環境汚染物(含むプラズマエッチング時に発生するパーティクル)の付着量、堆積量の増加とともに、これらが再飛散して半導体加工製品の品質を低下させることがないようにした。
【0028】
本発明においては、まず、溶射法によって形成された酸化物セラミック皮膜の表面粗さを規定するために、JIS B0660に規定する算術平均粗さ(Ra)を用いる。
この平均粗さ(Ra)に着目した理由は、皮膜の品質管理上簡便であるほか、皮膜表面の形状、特に粗さ状態を定性的に把握するのに便利だからである。
【0029】
そして、Raの下限を3.30μm以上に限定する理由は、これが本発明に係る成膜用の溶射粉末材料の最小粒径が5μmを用いて安定的に得られる表面粗さの下限値になるからである。
また、Raの上限を28.0μm以下に限定する理由は、これが本発明に係る溶射粉末材料の最大粒径80μmで得られる表面粗さの上限値になるからである。
なお、Raの好ましい範囲は、5μm〜15μmである。
【0030】
次に、本発明において、酸化物セラミック溶射皮膜の表面形状を特定する手段として、JIS B0601(2001)の幾何特性仕様、表面性状:輪郭曲線方式、用語・定義および表面性状パラメータにおいて規定されているスキューネス値(Rsk)を用いる。
このスキューネス値は、図1に示すように、山に対して谷の部分が、広い粗さ曲線では、確率密度関数が谷の方へ偏った分布となる。この場合のスキューネス値Rskは正の値を示す。Rskが正側に大きいほど確率密度関数が谷側に片寄り、例えば、環境汚染物質が谷に付着しやすく、堆積しやすいものとなる。
一方、このスキューネス値が負の値を示す場合、図1に示すように、谷の部分が著しく狭い粗さ曲線となり、パーティクルなどの環境汚染物質が谷の部分に付着しにくく、堆積量も少ないものになる。
なお、このRskは、基準長(lr)における高さ(Z(x))の三乗平均を二乗平均率方根の三乗(Rq3)で割ったものと定義されている。

【0031】
ところで、特許文献9で開示されているような、Rsk<0の表面粗さでは、薄膜粒子やプラズマエッチング現象によって発生する環境汚染原因のパーティクルなどを付着、収納堆積する凹部面積が小さいうえ、凹部の間隔が狭いため、少し大き目のパーティクルなどがこの凹部の表面を覆うと、パーティクルの収納効率が著しく低下する一方、そのパーティクルの再飛散が容易となる欠点がある。
【0032】
これに対して、本発明のように、前記スキューネス値が係るRsk>0の場合は、図1(a)に示すとおり、表面粗さの凹部面積(三次元的には体積)が大きく、薄膜粒子やパーティクルの付着量や堆積量を大きくすることができる。また、凸部が比較的鋭角となっているので、パーティクル数の大部分を凹部内へ導入しやすい形状であることがわかる。しかも、一旦、凹凸内に収納したパーティクルが飛散しにくい形状となっている。
【0033】
ただ、Rsk>0で表示される表面粗さは凸部形状が鋭くなっているので、プラズマエッチング環境では凸部が優先的にスパッタリングされるおそれが生じる。そこで、本発明では、耐スパッタリング性に優れるAl23、Y23あるいはAl23−Y23複酸化物を溶射皮膜材料として用いることで対処した。
【0034】
上記のスキューネス値(Rsk)の正の値を示す割合と、負の値を示す割合とは、正の値を示す割合が80%以上になることが、上述した作用・効果を得る上で望ましい。それは、負の値を示す割合が多くなる程、薄膜粒子やパーティクルの付着量、体積量が少なくなるからである。一方で平均粗さ(Ra)の制御を行う上で、溶射粉末材料の粒径制御の観点から、これらの両方を満足させるには、このRsk値の正の値を示す割合は、少なくとも80%以上にすることが、表1に示す結果から明らかである。また、このような表面形状にするには、粒径制御の他、プラズマ発生用のガスとして、ArとH2の混合ガスを用い、溶射角度を基材に対して90°〜55°になるように施工することによって可能である。その他、電子ビーム照射処理やレーザー加工処理などの後処理によっても可能である。
【0035】
なお、被溶射体(基材)が円形、楕円形、その他、複雑な形状体の場合、ロボットや自動機を用いて溶射しても、その表面形状をRsk>0 100%にすることは困難である。発明者らの経験では、Rsk>0を示す溶射皮膜形状は、上記条件の採用によって、常に、80%以上を確保することができる。一方で、溶射皮膜表面の形状が、Rsk>0 80%以上確保できれば、他の部分がRsk<0であっても工業的には、Rsk>0表面粗さの効果を十分利用できる。
【0036】
上述した酸化物セラミック溶射皮膜は、溶射熱源中にセラミック粉末を供給して、これを加熱−溶融させつつ基材表面に吹き付け、多種の溶融粒子を堆積させて皮膜化して得られるものである。本発明において、上述した表面形状、即ち、所定の粗さ曲線をもつ粗化面を有する溶射皮膜にするために、粒径5〜80μmのセラミック粉末を数万個単位で、連続して熱源中へ供給する方法を用いる。この場合、すべての溶射粉末材料が温度の高い熱源(フレーム)の中心部に伝達するものだけでなく、比較的温度の低い熱源の周辺部(フレーム外)に分布するものも多い。また、溶射粉末粒子がたとえ熱源の中心部を飛行したとしても、粒径の大、小によって加熱溶融の度合いに差が生じる。
溶射皮膜は、このような熱履歴と溶射粉末材料の粒度の異なるセラミック粒子から構成されているため、結果的には扁平度の異なる粒子が無秩序に堆積することとなる。従って、溶射皮膜の表面粗さは、このような不均等な粒子が堆積した結果、形成されるものであり、一定の溶射条件の下で、溶射粉末材料として5〜80μmの粒径の酸化物セラミック溶射粉末材料を溶射して、RaとRskを上述した範囲内の値になるように制御することができる。
【0037】
例えば、発明者らは、ステンレス鋼(SUS304)、アルミニウム、石英の3種類の基材(寸法:幅50mm×長さ60mm×厚さ7mm)の表面に、Al23粉末(粒径5〜80μm)を用いて、次に示すような条件で、膜厚100μmの皮膜を形成し、その皮膜表面を(株)東京精密製のSURFCOM1400D−13粗さ計を用いて、RaとRsk値を測定した。なお、調査皮膜の試料数は、一種類の基材当り22枚とした。
【0038】
表1は、この結果をまとめたものである。この結果から、Al23溶射皮膜の表面粗さのRaは基材質の影響を受けることが少ないことがわかった。即ち、基材質とは関係なく粒径が小さいほど皮膜表面のRa値は小さく、粒度が大きい粉末ほどRa値が高いという結果となった。この原因は、粒径の小さい粉末ほど、溶射熱源でよく溶融して、基材の表面で扁平しやくなっているからと考えられる。これに対して粒径の大きい粉末は、熱源中で十分に溶融せず、半溶融状態あるいは未溶融状態で皮膜の一部を形成するためと考えられる。
【0039】
また、皮膜表面の高さ(厚み)方向の粗さ曲線のRsk値については、粉末の粒径の影響はRaほど大きくはないが、粒径が5〜35の方が、Rsk>0の確率が高くなる傾向があり、Rsk<0では−0.017〜−0.551の範囲で負の値を20%弱の割合になることがわかった。
【0040】
この結果は、溶射粉末材料としてAl23粒子を用いた場合のものであるが、この傾向はY23、Al23−Y23複酸化物溶射皮膜の場合でも、Al23と同様な皮膜形状特性を示す。
【0041】
【表1】

【実施例】
【0042】
(実施例1)
この実施例では、Al基材(寸法:幅30mm×長さ50mm×厚さ5mm)の表面に、溶射法によって、アンダーコート(80mass%Ni−20mass%Cr)を80μm、その上にトップコートとしてAl23、Y23またはAl33−Y23複酸化物の皮膜を250μmを形成した。その後、この皮膜表面を粗さ計を用いて、高さ方向の粗さ曲面のRsk値を測定し、Rsk>0、Rsk<0に区別して供試溶射皮膜試験片を準備した。
【0043】
次に、これらの試験片を下記の条件でプラズマエッチングを行い、エッチング作用によって削られて飛散するパーティクル粒子数を、同じチャンバー内に配設した直径3インチのシリコンウエハーの表面に付着する粒子数によって、耐プラズマエッチング性を調査した。なお、付着する粒子数は拡大鏡を用い、概ね0.2μm以上の粒子の合計が30個に達した時点まで要した時間を管理値として比較した。
(1)雰囲気ガス条件
CHF380:O2100:Ar160(数字は1分間当りの流量cm3
(2)プラズマ照射出力
高周波電力:1300W
圧力 :4Pa
温度 :60℃
この実験では、比較例のトップコートとして、TiO2および8mass%Y23−92mass%ZrO2の酸化物セラミック皮膜を同じ条件で試験した。
【0044】
表2は、この実験の結果を示すものである。比較例のTiO2(No.7、8)では、1.3〜1.8時間で管理値に達するパーティクルを発生し、8mass%Y23−92mass%ZrO2(No.9、10)では3.2〜3.5時間で発生パーティクルがそれぞれ30個を超え、耐プラズマエロージョン性に乏しいことが認められた。これに対し、本発明に適合するAl23、Y23あるいはAl23−Y23複酸化物のトップコートを形成したものでは、ともに優れた耐プラズマエロージョン性を発揮し、皮膜表面のRsk>0の皮膜でも、トップコートの膜成分を選択することによって、実用性を有することが確認された。
【0045】
【表2】

【0046】
(実施例2)
この実施例では、アルミニウム、ステンレス鋼(SUS304)、石英の3種類の基材(いずれも、幅20mm×長さ50mm×厚さ5mm)を用い、Al23のブラスト材(WA#80)を吹き込み粗面化した後、直接または80mass%Ni−20mass%Crのアンダコート(80μm厚)を施工したものの上に、Al23を大気プラズマ溶射法によって、厚さ120μmの皮膜を形成した。その後、形成された皮膜表面の粗さのRa(算術的平均高さ)とスキューネス値(Rsk)を測定するとともに、それぞれの溶射皮膜の気孔率、ミクロ硬さ、耐熱衝撃性の試験を実施した。
なお、気孔率は、皮膜断面を画像解析装置を用いて気孔部の面積と観察視野面積の割合から求め、熱衝撃試験は、500℃の電子炉中で15分間加熱した後、これを23℃の空気中で放空する操作を5回繰返すことによって実施した。
【0047】
表3は、この結果を要約したものである。この結果から明らかなように、基材の種類、アンダーコートの有無はもとより、皮膜表面の粗さ形状の相違によっても、溶射皮膜の気孔率、硬さ、耐熱衝撃性などの皮膜特性には全く変化がないことが確認できた。
【0048】
【表3】

【0049】
(実施例3)
この実施例は、Al23、Y23およびAl23−Y23複酸化物の大気プラズマ溶射皮膜の耐プラズマエッチング性について、それぞれの皮膜表面のRsk値との関係を調査した。試験片基材としてステンレス鋼(寸法:幅30mm×長さ50mm×厚さ3.5mm)を用い、この表面に酸化物セラミック皮膜を、直接120μmの厚さに形成した。その後、この皮膜表面のRsk値を求めてRsk>0のものと、Rsk<0を区別した試料を準備した。
試験装置として、反応性プラズマエッチング装置を用い、環境ガス成分としてCF4ガスを60ml/min、O2を2ml/min流通させながら、プラズマ出力80W、照射時間500分の連続試験を行い、その後、電子顕微鏡で皮膜表面を観察した。
【0050】
表4はこの結果を示したものである。この結果から明らかなようRsk>0を示す表面における凸部は、比較的鋭角を示しているため、この部分におけるエッチング量が凹部より、はるかに大きくなる傾向が認められた。しかし、Y23、Al23−Y23複酸化物の皮膜では、Al23皮膜に比較して緩やかであり、Rsk>0に起因する皮膜凸部の耐プラズマエッチング性の弱点は十分補えることが認められる。これに対し、Rsk<0の皮膜では凸部の形状が緩やかであるため、エッチング量は比較的軽微であったが、ここでもY23、Al23−Y23複酸化物皮膜の耐プラズマエッチング性はAl23皮膜に比較して優れていた。ただし、パーティクルの堆積状況についてみると、発明例の場合はいずれも凹部に付着−堆積物が多く認められ、多量のパーティクルの捕集性に優れていることが判明した。一方、Rsk<0の表面ではパーティクルの付着量が少なく、再飛散しやすい特徴が確認された。
【0051】
【表4】

【0052】
(実施例4)
この実施例では、アルミニウム基材(直径70mm×厚さ12mm)の片面に対して、直接、大気プラズマ溶射法によって、Al23およびY23の皮膜を120μm厚みに形成した。その後、この皮膜表面のRaとRsk値を10ヶ所測定して、Rsk>0とRsk<0の割合を区別した試験片を準備した。
この後、この試験片を実施例1と同じ条件でプラズマエッチングする一方、その周辺にも試験片を並べ(この試験片はプラズマエッチング作用を受けず、エッチングによって発生するパーティクルのみが付着する)、500分の連続エッチングによって発生するパーティクルを皮膜表面に付着させた。
次いで、以上のような条件で皮膜表面にパーティクルを付着させた試験片を、加熱機構を有する真空槽中で基材を300℃に15分間加熱した後、アルゴンガスを700hPaになるように、真空槽中に導入する操作を行い、皮膜表面に付着しているパーティクルの飛散状況を真空槽の底部に配設して、シリコンウエハー(直径5インチ)表面に落下する直径0.2μm以上の粒子数から判定した。
【0053】
表5は、この結果を要約したものである。この結果から明らかなように、皮膜表面の粗さ曲線のスキューネス値がRsk>0 80%を超える皮膜(No.1、2、5、6)は、Rsk<0の多い皮膜に対してパーティクルの飛散量が少なく、環境の汚染対策として有効であることが確認された。すなわち、Rsk>0の多い溶射皮膜表面では、たとえパーティクルが付着して、熱応力が負荷されてもパーティクルを飛散させることなく、その表面に確保している性能に優れていることが判明した。
【0054】
【表5】

【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の技術は、真空蒸着、イオンプレーティング、スパッタリング、化学蒸着、レーザ精密加工、プラズマスパッタリングなどに使用される真空容器用部材などの半導体加工装置、薄膜形成装置、あるいは一段と高度な環境の清浄度が要求される最先端の半導体加工用部材などの技術分野における部材としての適用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】溶射皮膜表面の高さ方向の粗さ曲線のスキューネス値(Rsk)を示す模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に、皮膜表面の算術平均粗さ(Ra)が3.30〜28.0μmを示すと同時に、粗さ曲線のスキューネス値(Rsk)が主として正の値を示す表面形状を有する酸化物セラミック溶射皮膜が形成されていることを特徴とするプラズマ処理装置用部材。
【請求項2】
基材の表面に、金属質アンダーコートが形成され、そのアンダーコートの上には、算術平均粗さ(Ra)が3.30〜28.0μmを示すと同時に、高さ方向の粗さ曲線のスキューネス値(Rsk)が主として正の値を示す表面形状を有する酸化物セラミック溶射皮膜が積層形成されていることを特徴とするプラズマ処理装置用部材。
【請求項3】
上記酸化物セラミック溶射皮膜は、スキューネス値(Rsk)が正の値を示す割合が80%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のプラズマ処理装置用部材。
【請求項4】
上記酸化物セラミック溶射皮膜は、Al23、Y23またはAl23−Y23複酸化物のうちから選ばれる酸化物による厚さ50〜2000μmの溶射皮膜であることを特徴とする請求項1または2に記載のプラズマ処理装置用部材。
【請求項5】
基材の表面に、直接または金属質アンダーコートを介して、Al23、Y23またはAl23−Y23複酸化物からなる粒径:5〜80μmの溶射粉末材料を溶射し、算術平均粗さ(Ra)が3.30〜28.0μmを示すと同時に、高さ方向の粗さ曲線のスキューネス値(Rsk)が正の値を示す表面形状を有する酸化セラミック皮膜を、膜厚50〜2000μmの厚さに形成することを特徴とするプラズマ処理装置用部材の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−77421(P2007−77421A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−263705(P2005−263705)
【出願日】平成17年9月12日(2005.9.12)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】