マルチフェロイック電子装置
【課題】 交流磁場で電流を誘起でき、または電気分極の強度と方向を制御できるマルチフェロイック電子装置を提供する。
【解決手段】 マルチフェロイックナノ発電機は、金属電極2に挟まれたマルチフェロイック固体材料1からなる構造を有し、金属電極2に平行に交流磁界5を印加するように配置し、金属電極2間に誘起される電流を利用する。
【解決手段】 マルチフェロイックナノ発電機は、金属電極2に挟まれたマルチフェロイック固体材料1からなる構造を有し、金属電極2に平行に交流磁界5を印加するように配置し、金属電極2間に誘起される電流を利用する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強誘電性と強磁性を併せもつ新機能素子としてのマルチフェロイック素子に係り、反復的な磁化反転により変位電流を発生させることが可能なことからナノメートルサイズのナノ発電装置を提供する。また、外部磁場により電気分極を生成、その強度や方向の制御可能な素子を提供する。さらに、磁化によって記憶された情報を読み出すのに必要な磁気センサーに利用される。さらに、この素子はメモリ素子に関する技術に応用できる。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、強誘電性と強磁性とを合わせもつマルチフェロイック固体材料で、MCr2 O4 (M=Mn,Fe,Co,Ni)化合物(下記特許文献1参照)、または、Y型フェライト化合物において、外部磁場により電気分極を発生することを用いたマルチフェロイック素子を提案した(非特許文献1参照)。
【特許文献1】国際公開第07/135817号公報
【非特許文献1】S.Ishiwata et al.,Science,Vol.319,No.5870,pp.1643(2008)
【非特許文献2】Z.Somogyvari et al.,Jounal of Magnetism and Magnetic Materials ,Vol.304,pp.e775−e777(2006)
【非特許文献3】H.Katsura et al.,Phys.Rev. Lett.Vol.95,057205(2005)
【非特許文献4】L.Kalvoda et al.,Journal of Magnetism and Magnetic Materials,Vol.87,pp.243−249(1990)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記した既に提案されたMCr2 O4 (M=Mn,Fe,Co,Ni)化合物またはBa2 Mg2 Fe12O22などのY型フェライト材料は、飽和磁気分極が小さいなどの問題があり、永久磁石としての応用に関しては実用には供していない。したがって、既に永久磁石として実用化されている永久磁石の固体材料と同じか同種の原料でマルチフェロイックの機能が得られれば、主な出発原料が同じであり、その後の生産プロセスの焼成条件も同一条件にできるので、生産性の観点から大変望ましい。
【0004】
本発明は、上記状況に鑑みて、既に市場で大量に生産されているM(マグネトプラムバイト)型フェライト化合物で、外部磁場で電流を誘起でき、電気分極の強度や方向を制御できるマルチフェロイック電子装置を提供することを目的とする。特にAがBa,Srからなる元素であることを特徴とするAFe12O19もしくはAO・6(Fe2 O3 )と表記されるM(マグネトプラムバイト)型フェライトは、現在世界で広く使われている永久磁石の中で最大の生産量をもつ磁石である。実際、2004年の永久磁石の生産量はM型フェライト焼結磁石、M型フェライトボンド磁石を合わせて実に年間69万トンであり、希土類元素に対して、圧倒的に原料が安価でありコスト的に有利であることから、強力な磁化率をもつ希土類磁石開発後においても、年々増加の一途をたどっている。
【0005】
本発明は、このM型フェライト永久磁石に関わるマルチフェロイック電子装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕マルチフェロイック電子装置において、M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料からなり、このマルチフェロイック固体材料に外部磁場を作用させることにより電流を誘起させることを特徴とする。
【0007】
〔2〕マルチフェロイック電子装置において、M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料からなり、このマルチフェロイック固体材料に外部磁場を作用させることにより電気分極の強度及び方向を制御可能にしたことを特徴とする。
【0008】
〔3〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなる元素であることを特徴とする。
【0009】
〔4〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-xBx O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはSc,Y,Ac,Ce,Prなどの希土類からなる3価元素であり、xの範囲は0<x≦2であることを特徴とする。
【0010】
〔5〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-2x Bx Cx O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはTi,Zrなどの4価元素であり、CはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、xの範囲は0<x≦3であることを特徴とする。
【0011】
〔6〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-x-yBx Cy O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはSc,Y,Ac,Ce,Prなどの希土類からなる3価元素であり、CはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、xの範囲は0<x≦2,yの範囲は0<y≦1であることを特徴とする。
【0012】
〔7〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-2x-y Bx Cx Dy O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはTi,Zrなどの4価元素であり、CはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、DもMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、xの範囲は0<x≦3,yの範囲は0<y≦1であることを特徴とする。
【0013】
〔8〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料を、酸素ガス雰囲気2気圧以上の高圧ガス雰囲気中で、光ランプによる浮遊溶融帯単結晶育成方法により、単結晶育成したことを特徴とする。
【0014】
〔9〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料を、酸素中で400℃から1000℃の範囲で、100から400時間の範囲で熱処理を追加し、らせん磁性転移温度を400Kまで高温化させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、以下のような効果を奏することができる。
【0016】
(1)反復的な交流磁場(磁場反転) によって配線に変位電流が流れ続けることから、ナノメートルサイズの発電コイルが組み込まれたナノサイズの発電機として機能する。例えば、人体外から反復的な磁場を与えることによって、人体の血管中のミクロのモータに駆動電力を与えることができる。
【0017】
(2)磁気センサー部と電気分極発生部が同一固体材料で構成できることから、特殊な形状を有することなく機能するデータ読み出し用磁気センサーとして利用することができる。その結果、磁気センサー素子の構造が単純となり、大幅なコストメリットが発生する。この磁気センサー素子はナノサイズまで微細化も可能であることから情報の記憶を担う磁化領域の微細化に対応可能な磁気センサーとなる。この磁気センサーは外部磁場で電気分極を制御できることから高感度な磁気センサーとなる。
【0018】
(3)マルチフェロイックメモリ素子(MFM素子)は、電流誘起磁界と異なり電界誘起なので電流消費を大幅に抑えることができる。さらに誘起された磁化はヒステリシスを有することから、メモリ効果を持ち不揮発性メモリ素子となる。素子構造も簡単であることから微小メモリを構成することができ、高密度メモリが可能となる。少ない層構成はプロセスコストを飛躍的に低減する。低消費電力、高集積、低製造コストの新しいマルチフェロイック不揮発性メモリ素子(MFM素子)を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明のマルチフェロイック電子装置は、M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料からなり、このマルチフェロイック固体材料に外部磁場を印加することにより電流を誘起させる。
【0020】
また、マルチフェロイックナノ発電機は、金属電極に挟まれたマルチフェロイック固体材料からなる構造を有し、この電極に平行に交流磁場を印加するように配置し、電極間に流れる電流を利用する。
【0021】
マルチフェロイック磁気センサー素子は、金属電極に挟まれたマルチフェロイック固体材料からなる構造を有し、情報に対応した磁化の漏れ磁場により発生した磁場により、その磁場にほぼ垂直な方向に発生した電気分極を電圧計にて検知する構造とすればよい。
【0022】
また、マルチフェロイックメモリ素子は、二つの金属電極に挟まれたマルチフェロイック固体材料からなり、特定の選択されたビット線とワード線との間に電圧を印加することにより、この選択されたビット線とワード線に挟まれたマルチフェロイックメモリ素子に特定方向に磁化を発生させる。発生した磁化はメモリ機能を有する。メモリ素子間は非磁性体固体材料が埋め込まれた構造とする。データの読み出しは、特定の選択されたビット線とワード線の間に発生した電気分極に起因する電圧強度で0もしくは1を判定すればよい。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0024】
図1は本発明にかかる電子装置としてのマルチフェロイックナノ発電機の基本構成を示す模式図である。
【0025】
この図において、1はマルチフェロイック固体材料、2はそのマルチフェロイック固体材料1の両側に形成される金属電極、3は金属電極2に接続される配線、4は配線3に接続される電気機器、5はマルチフェロイック固体材料1に作用する交流磁場である。
【0026】
図1に示すように、マルチフェロイックナノ発電機は、金属電極2に挟まれたマルチフェロイック固体材料1からなる構造を有し、金属電極2に平行に交流磁場5を印加するように配置し、金属電極2間に流れる電流を電気機器4の稼働に用いればよい。このマルチフェロイックナノ発電機では、反復的な交流磁場(磁場反転) 5によって配線3に変位電流6が流れ続けることから、ナノメートルサイズの発電コイルが組み込まれたナノサイズの発電機として機能する。これは例えば、人体外から反復的な磁場を与えることによって、人体の血管中のミクロのモータに駆動電力を与えることができる。
【0027】
図2は本発明にかかる電子装置としてのマルチフェロイック磁気センサーの基本構成を示す模式図である。
【0028】
この図において、11はマルチフェロイック固体材料、12はそのマルチフェロイック固体材料11の両側に形成される金属電極、13は金属電極12に接続される配線、14は配線13に接続される電圧計、15はマルチフェロイック固体材料11に作用するデータが記憶された垂直磁気記録材料である。
【0029】
図2に示すように、マルチフェロイック磁気センサー素子は、金属電極12に挟まれたマルチフェロイック固体材料11からなる構造を有し、垂直磁気記録材料15の情報に対応した磁化の漏れ磁場により発生した磁場により、その磁場にほぼ垂直な方向に発生した電気分極を電圧計14にて計測する構造とすればよい。
【0030】
このマルチフェロイック磁気センサー素子は、データが記憶された垂直磁気記録材料15からの磁場により電気分極を発生することができることから、データ読み出し用磁気センサーとして働く。
【0031】
この場合、磁気センサー部と電気分極発生部が同一固体材料で構成できることから、特殊な形状を有することなく機能する。その結果、磁気センサー素子の構造が単純となり、大幅なコストメリットが発生する。また、この磁気センサー素子はナノサイズまで微細化も可能であることから、情報の記憶を担う磁化領域の微細化に対応可能な磁気センサーとなる。
【0032】
図3は本発明にかかる電子装置としてのマルチフェロイックメモリの基本構成を示す模式図である。
【0033】
この図において、21はマルチフェロイック固体材料、22は上下の金属電極、23はマルチフェロイックメモリセル、24はビット線、25はワード線である。
【0034】
図3に示すように、マルチフェロイックメモリ素子は、二つの金属電極22に挟まれたマルチフェロイック固体材料からなる平面的に並べられたマルチフェロイックメモリセル23で構成される。特定の選択されたビット線24とワード線25との間に直流電源又は交流電源から配線を介して電圧を印加することにより、この選択されたビット線24とワード線25に挟まれたマルチフェロイックメモリセル23に特定方向の磁化を発生させる。発生した磁化はメモリ機能を有する。メモリ素子間はマルチフェロイック固体材料が埋め込まれた構造とする。一方、データの読み出しは、特定の選択されたビット線24とワード線25の間に発生した電気分極に起因する電圧強度で0もしくは1を判定するようにしている。
【0035】
図4は本発明にかかるマルチフェロイック素子の磁場誘起電流発生の確認実験を示す実験配置図、図5は結晶方位と外部磁場との相関関係を示す図である。
【0036】
これらの図において、31はマルチフェロイック固体材料、32はそのマルチフェロイック固体材料31を挟むように上下に形成される金属電極、33は外部から印加した磁場、34は発生した電気分極の方向である。また、35は誘起された電気分極により発生したマルチフェロイック固体材料31の上下金属電極32間の電流を計測する電流計である。電極材料は銀ペーストを用いたが、その他アルミニウム、金などの金属であっても問題はない。
【0037】
マルチフェロイック固体材料31としてM型フェライト構造を持つ化合物のうち、BaFe10.4Sc1.6 O19を用いた場合の結晶方位と外部磁場、電極配置との相関関係が図5に示されている。この図から明らかなように、外部磁場の方向はBaFe10.4Sc1.6 O19の六方晶構造の結晶軸[100]から45°の方向であり、発生する電気分極は[120]方向である。
【0038】
図6は本発明のマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)結晶材料に外部磁場を与えた場合の電気分極の外部磁場依存性を示す図、図7は図6で用いたマルチフェロイック固体材料の六方晶構造の結晶方位と外部磁場と発生する電荷の関係を示す図である。
【0039】
これらの図に示すように、あらかじめ、10Kエルステッドの磁場を[100]方向から[001]方向に45度の角度で与えて、[120]方向に電場を数百V/cm程度印加する(ポーリング)。その後、外部磁場をゼロからプラスに[100]方向から[001]方向に45度の角度で印加すると、[120]方向電気分極(実線)がプラスの方向に発生する。外部磁場をゼロからマイナスにすると、電気分極はマイナスに変化する。ポーリング条件を上記と同じ磁場方向で、マイナス電場を[120]方向に印加した場合は、発生する電気分極は上記と逆になる(破線)。測定温度は−263℃である。
【0040】
図8は本発明のマルチフェロイック固体材料に電流または電気分極を行わせた場合の特性図であり、図8(a)は経過時間(sec)に対する変位電流(pA/mm2 )、図8(b)は経過時間(sec)に対する電気分極(μC/m2 )、図8(c)は経過時間(sec)に対する交流磁場(kOe)を示している。
【0041】
BaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)結晶材料に正負に振動する交流磁場を与えた場合〔図8(c)〕、交流磁場に相応して正負の変位電流が流れ〔図8(a)〕、また電気分極も正負に交互に発生している〔図8(b)〕ことが分かる。この結果は、交流磁化により交流電流と電位が生成されることを示している。
【0042】
図9にBaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)結晶と同じ結晶構造であるBaFe12O19の結晶構造と磁気構造を示す(スピンの方向を矢印で示す)。結晶構造は六方晶構造である。図に示したようにABAB……の配列のhcp構造のRブロックとABCABC……のfcc構造のSブロックがc 軸を共有して1分子をつくり、この軸に関し180度回転したR* S* ブロックとあわせて2分子で1単位胞となる。SとRにまたがって上方向のスピンが6個(a),Rブロックの下向きスピンが2個(b),Sブロックの上向きスピンが1個(c),Sブロックの下向きスピンが2個(d),Rブロックの上向きスピンが1個(e)で、1分子当りの磁気モーメントは(8−4)*5μB =20μB となる。その磁気構造は[001]方向に磁化容易軸をもつフェリ型のスピン構造である。これらのM型フェライトが優れた永久磁石材料である大きな要因は、c軸方向を磁化容易方向とする大きな一軸結晶異方性エネルギーの存在にある。室温ではフェリ磁性(強磁性の一種)である。
【0043】
なお、BaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)結晶の磁気構造は、BaFe12O19の磁気構造とは低温では異なり、円錐型螺旋スピン構造になる(図10参照)。
【0044】
図11は本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19結晶材料の磁化の温度依存性を示す図である。
【0045】
この図に示すように、c軸方向の磁化M//[001]は250K(−23℃) 付近から減少する。これはc軸方向のスピンが[001]方向からずれて円錐型螺旋スピン構造になることにより、c軸成分が減少することによる。このことはメスバウアーの実験から確かめられている〔上記非特許文献2〕。このような円錐型螺旋スピン構造をもつ場合、外部磁場を[001]方向から紙面内に、ずれた方位に印加した場合、紙面に垂直に電気分極を発生することが予測される〔上記非特許文献3〕。ここで、Mgを0.05ドープしたのは、鉄の2価が微量試料作製中に混入してしまうので、これによる電気抵抗の低抵抗化を防止するためである。
【0046】
以上、マルチフェロイック材料M型フェライト構造をもつBaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)の場合、外部磁場でその電流や電気分極を生成し、電気分極の強度を制御することが可能であることを初めて実証した。与えた磁場強度はこの例では4000ガウス程度の磁場である。さらに材料を選択すれば弱磁場で誘起することができ、さらなる電流密度の向上を図ることができる。
【0047】
このような磁場誘起電流生成や電荷生成は−23℃以下で起こるが、円錐型螺旋スピン磁性を示すスピン状態でこのような現象が起こることから、円錐型螺旋スピン磁性転移を高温までもってくればよい。酸素中で400℃から1000℃の範囲で、100から400時間の範囲の熱処理を追加することにより、らせん磁性転移温度をさらに高温化させることが可能である。さらに、温度プロセスの最適化により常温化の可能性は高い。
【0048】
また、BaFe10.8Ti0.6 Mg0.6 O19やBaFe8 Ti2 Co2 O19においても、そのスピン構造が円錐型螺旋スピン構造を持つ〔上記非特許文献4〕ことから、同様な効果が発生することは明らかである。
【0049】
図12は本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19の単結晶を示す図面代用の写真である。
【0050】
BaFe10.4Sc1.6 O19は、高圧ガス雰囲気下でハロゲンランプなどの光源を用いた浮遊溶融帯製造法で作製した単結晶である。印加するガス種は、酸素ガスの場合、2 気圧以上の圧力であれば単相の六方晶構造を得ることが可能である。
【0051】
このように、強磁性と強誘電性を併せもつマルチフェロイック固体材料BaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)で、外部磁場により電流や電気分極を制御できることが示されたことから、逆の過程である電場により電気分極を形成し、磁化を発生させることが可能であることがわかる。強誘電体において電気分極の正負の方向は電場で制御できる。この時電気分極の反転が起きれば、スピンの螺旋構造をもつマルチフェロイック材料においては、同時に磁化の反転がおきることは自明である。
【0052】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明のマルチフェロイック素子は、ナノサイズ発電装置、磁化により記憶された素子の情報を読み出す磁気センサー、または、低コストのメモリ素子に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明にかかる電子装置としてのマルチフェロイックナノ発電機の基本構成を示す模式図である。
【図2】本発明にかかる電子装置としてのマルチフェロイック磁気センサーの基本構成を示す模式図である。
【図3】本発明にかかる電子装置としてのマルチフェロイックメモリの基本構成を示す模式図である。
【図4】本発明にかかるマルチフェロイック素子の磁場誘起電流発生の確認実験を示す実験配置図である。
【図5】図4におけるマルチフェロイック固体材料としてM型フェライト構造を持つ化合物のうち、BaFe10.4Sc1.6 O19を用いた場合の結晶方位と外部磁場との相関関係を示す図である。
【図6】本発明のマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)結晶材料に外部磁場を与えた場合の電気分極の外部磁場依存性を示す図である。
【図7】図6で用いたマルチフェロイック固体材料の六方晶構造の結晶方位と外部磁場と発生する電荷の関係を示す図である。
【図8】本発明のマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19において、交流外部磁場を印加した場合に発生する電流と電気分極を示す図である。
【図9】本発明のマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19の結晶構造と磁気構造を示す図である。
【図10】本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19の−23℃以下のスピンの円錐型螺旋構造図である。
【図11】本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19磁化の温度依存性を示す図である。
【図12】本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19の単結晶を示す図面代用の写真である。
【符号の説明】
【0055】
1,11,21,31 マルチフェロイック固体材料
2,12,22,32 金属電極
3,13 配線
4 電気機器
5 交流磁場
6 変位電流
14 電圧計
15 垂直磁気記録材料
23 マルチフェロイックメモリセル
24 ビット線
25 ワード線
33 外部から印加した磁場
34 発生した電気分極の方向
35 電流計
【技術分野】
【0001】
本発明は、強誘電性と強磁性を併せもつ新機能素子としてのマルチフェロイック素子に係り、反復的な磁化反転により変位電流を発生させることが可能なことからナノメートルサイズのナノ発電装置を提供する。また、外部磁場により電気分極を生成、その強度や方向の制御可能な素子を提供する。さらに、磁化によって記憶された情報を読み出すのに必要な磁気センサーに利用される。さらに、この素子はメモリ素子に関する技術に応用できる。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、強誘電性と強磁性とを合わせもつマルチフェロイック固体材料で、MCr2 O4 (M=Mn,Fe,Co,Ni)化合物(下記特許文献1参照)、または、Y型フェライト化合物において、外部磁場により電気分極を発生することを用いたマルチフェロイック素子を提案した(非特許文献1参照)。
【特許文献1】国際公開第07/135817号公報
【非特許文献1】S.Ishiwata et al.,Science,Vol.319,No.5870,pp.1643(2008)
【非特許文献2】Z.Somogyvari et al.,Jounal of Magnetism and Magnetic Materials ,Vol.304,pp.e775−e777(2006)
【非特許文献3】H.Katsura et al.,Phys.Rev. Lett.Vol.95,057205(2005)
【非特許文献4】L.Kalvoda et al.,Journal of Magnetism and Magnetic Materials,Vol.87,pp.243−249(1990)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記した既に提案されたMCr2 O4 (M=Mn,Fe,Co,Ni)化合物またはBa2 Mg2 Fe12O22などのY型フェライト材料は、飽和磁気分極が小さいなどの問題があり、永久磁石としての応用に関しては実用には供していない。したがって、既に永久磁石として実用化されている永久磁石の固体材料と同じか同種の原料でマルチフェロイックの機能が得られれば、主な出発原料が同じであり、その後の生産プロセスの焼成条件も同一条件にできるので、生産性の観点から大変望ましい。
【0004】
本発明は、上記状況に鑑みて、既に市場で大量に生産されているM(マグネトプラムバイト)型フェライト化合物で、外部磁場で電流を誘起でき、電気分極の強度や方向を制御できるマルチフェロイック電子装置を提供することを目的とする。特にAがBa,Srからなる元素であることを特徴とするAFe12O19もしくはAO・6(Fe2 O3 )と表記されるM(マグネトプラムバイト)型フェライトは、現在世界で広く使われている永久磁石の中で最大の生産量をもつ磁石である。実際、2004年の永久磁石の生産量はM型フェライト焼結磁石、M型フェライトボンド磁石を合わせて実に年間69万トンであり、希土類元素に対して、圧倒的に原料が安価でありコスト的に有利であることから、強力な磁化率をもつ希土類磁石開発後においても、年々増加の一途をたどっている。
【0005】
本発明は、このM型フェライト永久磁石に関わるマルチフェロイック電子装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕マルチフェロイック電子装置において、M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料からなり、このマルチフェロイック固体材料に外部磁場を作用させることにより電流を誘起させることを特徴とする。
【0007】
〔2〕マルチフェロイック電子装置において、M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料からなり、このマルチフェロイック固体材料に外部磁場を作用させることにより電気分極の強度及び方向を制御可能にしたことを特徴とする。
【0008】
〔3〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなる元素であることを特徴とする。
【0009】
〔4〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-xBx O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはSc,Y,Ac,Ce,Prなどの希土類からなる3価元素であり、xの範囲は0<x≦2であることを特徴とする。
【0010】
〔5〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-2x Bx Cx O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはTi,Zrなどの4価元素であり、CはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、xの範囲は0<x≦3であることを特徴とする。
【0011】
〔6〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-x-yBx Cy O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはSc,Y,Ac,Ce,Prなどの希土類からなる3価元素であり、CはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、xの範囲は0<x≦2,yの範囲は0<y≦1であることを特徴とする。
【0012】
〔7〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-2x-y Bx Cx Dy O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはTi,Zrなどの4価元素であり、CはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、DもMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、xの範囲は0<x≦3,yの範囲は0<y≦1であることを特徴とする。
【0013】
〔8〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料を、酸素ガス雰囲気2気圧以上の高圧ガス雰囲気中で、光ランプによる浮遊溶融帯単結晶育成方法により、単結晶育成したことを特徴とする。
【0014】
〔9〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料を、酸素中で400℃から1000℃の範囲で、100から400時間の範囲で熱処理を追加し、らせん磁性転移温度を400Kまで高温化させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、以下のような効果を奏することができる。
【0016】
(1)反復的な交流磁場(磁場反転) によって配線に変位電流が流れ続けることから、ナノメートルサイズの発電コイルが組み込まれたナノサイズの発電機として機能する。例えば、人体外から反復的な磁場を与えることによって、人体の血管中のミクロのモータに駆動電力を与えることができる。
【0017】
(2)磁気センサー部と電気分極発生部が同一固体材料で構成できることから、特殊な形状を有することなく機能するデータ読み出し用磁気センサーとして利用することができる。その結果、磁気センサー素子の構造が単純となり、大幅なコストメリットが発生する。この磁気センサー素子はナノサイズまで微細化も可能であることから情報の記憶を担う磁化領域の微細化に対応可能な磁気センサーとなる。この磁気センサーは外部磁場で電気分極を制御できることから高感度な磁気センサーとなる。
【0018】
(3)マルチフェロイックメモリ素子(MFM素子)は、電流誘起磁界と異なり電界誘起なので電流消費を大幅に抑えることができる。さらに誘起された磁化はヒステリシスを有することから、メモリ効果を持ち不揮発性メモリ素子となる。素子構造も簡単であることから微小メモリを構成することができ、高密度メモリが可能となる。少ない層構成はプロセスコストを飛躍的に低減する。低消費電力、高集積、低製造コストの新しいマルチフェロイック不揮発性メモリ素子(MFM素子)を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明のマルチフェロイック電子装置は、M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料からなり、このマルチフェロイック固体材料に外部磁場を印加することにより電流を誘起させる。
【0020】
また、マルチフェロイックナノ発電機は、金属電極に挟まれたマルチフェロイック固体材料からなる構造を有し、この電極に平行に交流磁場を印加するように配置し、電極間に流れる電流を利用する。
【0021】
マルチフェロイック磁気センサー素子は、金属電極に挟まれたマルチフェロイック固体材料からなる構造を有し、情報に対応した磁化の漏れ磁場により発生した磁場により、その磁場にほぼ垂直な方向に発生した電気分極を電圧計にて検知する構造とすればよい。
【0022】
また、マルチフェロイックメモリ素子は、二つの金属電極に挟まれたマルチフェロイック固体材料からなり、特定の選択されたビット線とワード線との間に電圧を印加することにより、この選択されたビット線とワード線に挟まれたマルチフェロイックメモリ素子に特定方向に磁化を発生させる。発生した磁化はメモリ機能を有する。メモリ素子間は非磁性体固体材料が埋め込まれた構造とする。データの読み出しは、特定の選択されたビット線とワード線の間に発生した電気分極に起因する電圧強度で0もしくは1を判定すればよい。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0024】
図1は本発明にかかる電子装置としてのマルチフェロイックナノ発電機の基本構成を示す模式図である。
【0025】
この図において、1はマルチフェロイック固体材料、2はそのマルチフェロイック固体材料1の両側に形成される金属電極、3は金属電極2に接続される配線、4は配線3に接続される電気機器、5はマルチフェロイック固体材料1に作用する交流磁場である。
【0026】
図1に示すように、マルチフェロイックナノ発電機は、金属電極2に挟まれたマルチフェロイック固体材料1からなる構造を有し、金属電極2に平行に交流磁場5を印加するように配置し、金属電極2間に流れる電流を電気機器4の稼働に用いればよい。このマルチフェロイックナノ発電機では、反復的な交流磁場(磁場反転) 5によって配線3に変位電流6が流れ続けることから、ナノメートルサイズの発電コイルが組み込まれたナノサイズの発電機として機能する。これは例えば、人体外から反復的な磁場を与えることによって、人体の血管中のミクロのモータに駆動電力を与えることができる。
【0027】
図2は本発明にかかる電子装置としてのマルチフェロイック磁気センサーの基本構成を示す模式図である。
【0028】
この図において、11はマルチフェロイック固体材料、12はそのマルチフェロイック固体材料11の両側に形成される金属電極、13は金属電極12に接続される配線、14は配線13に接続される電圧計、15はマルチフェロイック固体材料11に作用するデータが記憶された垂直磁気記録材料である。
【0029】
図2に示すように、マルチフェロイック磁気センサー素子は、金属電極12に挟まれたマルチフェロイック固体材料11からなる構造を有し、垂直磁気記録材料15の情報に対応した磁化の漏れ磁場により発生した磁場により、その磁場にほぼ垂直な方向に発生した電気分極を電圧計14にて計測する構造とすればよい。
【0030】
このマルチフェロイック磁気センサー素子は、データが記憶された垂直磁気記録材料15からの磁場により電気分極を発生することができることから、データ読み出し用磁気センサーとして働く。
【0031】
この場合、磁気センサー部と電気分極発生部が同一固体材料で構成できることから、特殊な形状を有することなく機能する。その結果、磁気センサー素子の構造が単純となり、大幅なコストメリットが発生する。また、この磁気センサー素子はナノサイズまで微細化も可能であることから、情報の記憶を担う磁化領域の微細化に対応可能な磁気センサーとなる。
【0032】
図3は本発明にかかる電子装置としてのマルチフェロイックメモリの基本構成を示す模式図である。
【0033】
この図において、21はマルチフェロイック固体材料、22は上下の金属電極、23はマルチフェロイックメモリセル、24はビット線、25はワード線である。
【0034】
図3に示すように、マルチフェロイックメモリ素子は、二つの金属電極22に挟まれたマルチフェロイック固体材料からなる平面的に並べられたマルチフェロイックメモリセル23で構成される。特定の選択されたビット線24とワード線25との間に直流電源又は交流電源から配線を介して電圧を印加することにより、この選択されたビット線24とワード線25に挟まれたマルチフェロイックメモリセル23に特定方向の磁化を発生させる。発生した磁化はメモリ機能を有する。メモリ素子間はマルチフェロイック固体材料が埋め込まれた構造とする。一方、データの読み出しは、特定の選択されたビット線24とワード線25の間に発生した電気分極に起因する電圧強度で0もしくは1を判定するようにしている。
【0035】
図4は本発明にかかるマルチフェロイック素子の磁場誘起電流発生の確認実験を示す実験配置図、図5は結晶方位と外部磁場との相関関係を示す図である。
【0036】
これらの図において、31はマルチフェロイック固体材料、32はそのマルチフェロイック固体材料31を挟むように上下に形成される金属電極、33は外部から印加した磁場、34は発生した電気分極の方向である。また、35は誘起された電気分極により発生したマルチフェロイック固体材料31の上下金属電極32間の電流を計測する電流計である。電極材料は銀ペーストを用いたが、その他アルミニウム、金などの金属であっても問題はない。
【0037】
マルチフェロイック固体材料31としてM型フェライト構造を持つ化合物のうち、BaFe10.4Sc1.6 O19を用いた場合の結晶方位と外部磁場、電極配置との相関関係が図5に示されている。この図から明らかなように、外部磁場の方向はBaFe10.4Sc1.6 O19の六方晶構造の結晶軸[100]から45°の方向であり、発生する電気分極は[120]方向である。
【0038】
図6は本発明のマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)結晶材料に外部磁場を与えた場合の電気分極の外部磁場依存性を示す図、図7は図6で用いたマルチフェロイック固体材料の六方晶構造の結晶方位と外部磁場と発生する電荷の関係を示す図である。
【0039】
これらの図に示すように、あらかじめ、10Kエルステッドの磁場を[100]方向から[001]方向に45度の角度で与えて、[120]方向に電場を数百V/cm程度印加する(ポーリング)。その後、外部磁場をゼロからプラスに[100]方向から[001]方向に45度の角度で印加すると、[120]方向電気分極(実線)がプラスの方向に発生する。外部磁場をゼロからマイナスにすると、電気分極はマイナスに変化する。ポーリング条件を上記と同じ磁場方向で、マイナス電場を[120]方向に印加した場合は、発生する電気分極は上記と逆になる(破線)。測定温度は−263℃である。
【0040】
図8は本発明のマルチフェロイック固体材料に電流または電気分極を行わせた場合の特性図であり、図8(a)は経過時間(sec)に対する変位電流(pA/mm2 )、図8(b)は経過時間(sec)に対する電気分極(μC/m2 )、図8(c)は経過時間(sec)に対する交流磁場(kOe)を示している。
【0041】
BaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)結晶材料に正負に振動する交流磁場を与えた場合〔図8(c)〕、交流磁場に相応して正負の変位電流が流れ〔図8(a)〕、また電気分極も正負に交互に発生している〔図8(b)〕ことが分かる。この結果は、交流磁化により交流電流と電位が生成されることを示している。
【0042】
図9にBaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)結晶と同じ結晶構造であるBaFe12O19の結晶構造と磁気構造を示す(スピンの方向を矢印で示す)。結晶構造は六方晶構造である。図に示したようにABAB……の配列のhcp構造のRブロックとABCABC……のfcc構造のSブロックがc 軸を共有して1分子をつくり、この軸に関し180度回転したR* S* ブロックとあわせて2分子で1単位胞となる。SとRにまたがって上方向のスピンが6個(a),Rブロックの下向きスピンが2個(b),Sブロックの上向きスピンが1個(c),Sブロックの下向きスピンが2個(d),Rブロックの上向きスピンが1個(e)で、1分子当りの磁気モーメントは(8−4)*5μB =20μB となる。その磁気構造は[001]方向に磁化容易軸をもつフェリ型のスピン構造である。これらのM型フェライトが優れた永久磁石材料である大きな要因は、c軸方向を磁化容易方向とする大きな一軸結晶異方性エネルギーの存在にある。室温ではフェリ磁性(強磁性の一種)である。
【0043】
なお、BaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)結晶の磁気構造は、BaFe12O19の磁気構造とは低温では異なり、円錐型螺旋スピン構造になる(図10参照)。
【0044】
図11は本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19結晶材料の磁化の温度依存性を示す図である。
【0045】
この図に示すように、c軸方向の磁化M//[001]は250K(−23℃) 付近から減少する。これはc軸方向のスピンが[001]方向からずれて円錐型螺旋スピン構造になることにより、c軸成分が減少することによる。このことはメスバウアーの実験から確かめられている〔上記非特許文献2〕。このような円錐型螺旋スピン構造をもつ場合、外部磁場を[001]方向から紙面内に、ずれた方位に印加した場合、紙面に垂直に電気分極を発生することが予測される〔上記非特許文献3〕。ここで、Mgを0.05ドープしたのは、鉄の2価が微量試料作製中に混入してしまうので、これによる電気抵抗の低抵抗化を防止するためである。
【0046】
以上、マルチフェロイック材料M型フェライト構造をもつBaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)の場合、外部磁場でその電流や電気分極を生成し、電気分極の強度を制御することが可能であることを初めて実証した。与えた磁場強度はこの例では4000ガウス程度の磁場である。さらに材料を選択すれば弱磁場で誘起することができ、さらなる電流密度の向上を図ることができる。
【0047】
このような磁場誘起電流生成や電荷生成は−23℃以下で起こるが、円錐型螺旋スピン磁性を示すスピン状態でこのような現象が起こることから、円錐型螺旋スピン磁性転移を高温までもってくればよい。酸素中で400℃から1000℃の範囲で、100から400時間の範囲の熱処理を追加することにより、らせん磁性転移温度をさらに高温化させることが可能である。さらに、温度プロセスの最適化により常温化の可能性は高い。
【0048】
また、BaFe10.8Ti0.6 Mg0.6 O19やBaFe8 Ti2 Co2 O19においても、そのスピン構造が円錐型螺旋スピン構造を持つ〔上記非特許文献4〕ことから、同様な効果が発生することは明らかである。
【0049】
図12は本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19の単結晶を示す図面代用の写真である。
【0050】
BaFe10.4Sc1.6 O19は、高圧ガス雰囲気下でハロゲンランプなどの光源を用いた浮遊溶融帯製造法で作製した単結晶である。印加するガス種は、酸素ガスの場合、2 気圧以上の圧力であれば単相の六方晶構造を得ることが可能である。
【0051】
このように、強磁性と強誘電性を併せもつマルチフェロイック固体材料BaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)で、外部磁場により電流や電気分極を制御できることが示されたことから、逆の過程である電場により電気分極を形成し、磁化を発生させることが可能であることがわかる。強誘電体において電気分極の正負の方向は電場で制御できる。この時電気分極の反転が起きれば、スピンの螺旋構造をもつマルチフェロイック材料においては、同時に磁化の反転がおきることは自明である。
【0052】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明のマルチフェロイック素子は、ナノサイズ発電装置、磁化により記憶された素子の情報を読み出す磁気センサー、または、低コストのメモリ素子に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明にかかる電子装置としてのマルチフェロイックナノ発電機の基本構成を示す模式図である。
【図2】本発明にかかる電子装置としてのマルチフェロイック磁気センサーの基本構成を示す模式図である。
【図3】本発明にかかる電子装置としてのマルチフェロイックメモリの基本構成を示す模式図である。
【図4】本発明にかかるマルチフェロイック素子の磁場誘起電流発生の確認実験を示す実験配置図である。
【図5】図4におけるマルチフェロイック固体材料としてM型フェライト構造を持つ化合物のうち、BaFe10.4Sc1.6 O19を用いた場合の結晶方位と外部磁場との相関関係を示す図である。
【図6】本発明のマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4- δSc1.6 MgδO19(δ=0.05)結晶材料に外部磁場を与えた場合の電気分極の外部磁場依存性を示す図である。
【図7】図6で用いたマルチフェロイック固体材料の六方晶構造の結晶方位と外部磁場と発生する電荷の関係を示す図である。
【図8】本発明のマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19において、交流外部磁場を印加した場合に発生する電流と電気分極を示す図である。
【図9】本発明のマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19の結晶構造と磁気構造を示す図である。
【図10】本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19の−23℃以下のスピンの円錐型螺旋構造図である。
【図11】本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19磁化の温度依存性を示す図である。
【図12】本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBaFe10.4Sc1.6 O19の単結晶を示す図面代用の写真である。
【符号の説明】
【0055】
1,11,21,31 マルチフェロイック固体材料
2,12,22,32 金属電極
3,13 配線
4 電気機器
5 交流磁場
6 変位電流
14 電圧計
15 垂直磁気記録材料
23 マルチフェロイックメモリセル
24 ビット線
25 ワード線
33 外部から印加した磁場
34 発生した電気分極の方向
35 電流計
【特許請求の範囲】
【請求項1】
M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料からなり、該マルチフェロイック固体材料に外部磁場を作用させることにより電流を誘起させることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項2】
M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料からなり、該マルチフェロイック固体材料に外部磁場を作用させることにより電気分極の強度及び方向を制御可能にしたことを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項3】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなる元素であることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項4】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料はAFe12-xBx O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはSc,Y,Ac,Ce,Prなどの希土類からなる3価元素であり、xの範囲は0<x≦2であることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項5】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-2x Bx Cx O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはTi,Zrなどの4価元素であり、CはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、xの範囲は0<x≦3であることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項6】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-x-yBx Cy O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはSc,Y,Ac,Ce,Prなどの希土類からなる3価元素であり、CはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、xの範囲は0<x≦2,yの範囲は0<y≦1であることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項7】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-2x-y Bx Cx Dy O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはTi,Zrなどの4価元素であり、CはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、DもMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、xの範囲は0<x≦3,yの範囲は0<y≦1であることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項8】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料を、酸素ガス雰囲気2気圧以上の高圧ガス雰囲気中で、光ランプによる浮遊溶融帯単結晶育成方法により、単結晶育成したことを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項9】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料を、酸素中で400℃から1000℃の範囲で、100から400時間の範囲で熱処理を追加し、らせん磁性転移温度を400Kまで高温化させることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項1】
M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料からなり、該マルチフェロイック固体材料に外部磁場を作用させることにより電流を誘起させることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項2】
M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料からなり、該マルチフェロイック固体材料に外部磁場を作用させることにより電気分極の強度及び方向を制御可能にしたことを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項3】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなる元素であることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項4】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料はAFe12-xBx O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはSc,Y,Ac,Ce,Prなどの希土類からなる3価元素であり、xの範囲は0<x≦2であることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項5】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-2x Bx Cx O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはTi,Zrなどの4価元素であり、CはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、xの範囲は0<x≦3であることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項6】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-x-yBx Cy O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはSc,Y,Ac,Ce,Prなどの希土類からなる3価元素であり、CはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、xの範囲は0<x≦2,yの範囲は0<y≦1であることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項7】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料は、AFe12-2x-y Bx Cx Dy O19のM型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはTi,Zrなどの4価元素であり、CはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、DもMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる2価元素であり、xの範囲は0<x≦3,yの範囲は0<y≦1であることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項8】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料を、酸素ガス雰囲気2気圧以上の高圧ガス雰囲気中で、光ランプによる浮遊溶融帯単結晶育成方法により、単結晶育成したことを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【請求項9】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック電子装置において、前記マルチフェロイック固体材料を、酸素中で400℃から1000℃の範囲で、100から400時間の範囲で熱処理を追加し、らせん磁性転移温度を400Kまで高温化させることを特徴とするマルチフェロイック電子装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図8】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図8】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2010−109021(P2010−109021A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−277553(P2008−277553)
【出願日】平成20年10月29日(2008.10.29)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年10月29日(2008.10.29)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】
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