説明

マンガン酸化物、マンガン酸化物を備える強誘電体メモリ素子、および強誘電体メモリ装置

【課題】主成分として有害物質鉛元素を含まずに、強誘電性を示しかつ外部磁場によって分極の大きさを制御可能な新規なマンガン酸化物、およびそのメモリへの利用を提供する。
【解決手段】マンガン酸化物は、ペロブスカイト構造を有する、式(1)Sr1−xBaMnO(1≧x>0.4)・・・(1)で表されるマンガン酸化物である。単位格子1の対称中心には磁性イオンであるMnイオン3が存在する。単位格子1の対称中心をMnサイトとする。単位格子1が有する8個の頂点には、SrイオンおよびBaイオンのうちいずれか一方が存在している。単位格子1が有する頂点をSrサイト2とする。単位格子1が有する6面の面心には、Oイオン4が存在する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強誘電性を示しかつ外部磁場によって分極の大きさを制御可能な新規なマンガン酸化物、およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
ユビキタス情報社会の実現に向け、基盤となるメモリデバイスの高性能、高密度化が求められている。特に、動作速度が高速であること、消費電力が低いこと、および、不揮発であることを兼ね備えたメモリの開発は最重要視されている。上記の要件を兼ね備えたメモリとして、強誘電体メモリ(FeRAM)、磁気抵抗メモリ(MRAM)および抵抗変化メモリ(ReRAM)が多くの期待を集め盛んに研究開発が進められている。この中で、強誘電体メモリは、強誘電体が備える自発分極をメモリ担体とするため、省電力かつ高速動作が可能であり大変有望視されている。
【0003】
従来の強誘電体メモリの材料として一般的なBaTiO(チタン酸バリウム)およびPbZrTi1−x(PZT:チタン酸ジルコニウム酸鉛)に代表される変位型強誘電体は巨大な電気分極を有する。例えば特許文献1には、PZTが27〜33μC/cm程度のスイッチング電荷量を示すことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−278476号公報(2010年12月9日公開)
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】T. Kimura et. al.,Magnetic control of ferroelectric polarization.,Nature, 426, p.55, 2003.
【非特許文献2】N. A. Hill,Why are there so few magnetic ferroelectrics?,J. Phys. Chem. B, 104, p.6694,2000.
【非特許文献3】G. Catalan et. al.,Physics and Applications of Bismuth Ferrite.,Advanced Materials, 21, p.2463, 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、BaTiOは室温近傍の温度領域において、結晶構造が斜方晶や菱面体晶に逐次変形する。結晶構造が変形することにより、自発分極の方向が回転してしまい、結晶c軸方向の分極成分が減少する。さらに、自発分極自身も不安定になり、メモリ保持特性が著しく劣化する。
【0007】
PZTはTi濃度が58%以上であれば低温でも正方晶構造をとる。このことから、現在、工業的用途の強誘電体材料としては主としてPZTが用いられている。しかし、PZTは構成元素の一つとして鉛を含む有害な化合物である。国が指定しているPRTR(Pollutant Release and Transfer Registerの略称、環境汚染物質として排出量や移動量の登録が義務ずけられている物質)の第一種指定化学物質にPZTは指定されている。PZTの毒性は総合判定でA、人への発がん性判定でBとなっている(参考神奈川県PRTR情報;http://www.k-erc.pref.kanagawa.jp/prtr/)。この為に、鉛成分を含まずに、かつ、正方晶構造が広い温度範囲で安定である強誘電体を開発することが産業上の重要な課題となっている。また、ジルコニアやチタン元素が高価な元素であることからも、廉価な元素からなる強誘電体の開発が望まれる。
従来の強誘電体メモリは、変位型強誘電体物質に固有の自発分極をメモリ担体とする。変位型強誘電体では結晶中の電荷を担うイオンが、結晶構造の対称位置からシフトすることにより、自発分極が生じる。従来の変位型強誘電体において、自発分極値は物質の固有値であり外部パラメータによって制御できない。そのため、多値記録を可能とする強誘電体メモリは実現されていない。
【0008】
上記多値記録を実現するためには、強誘電体物質の分極値を外部パラメータによって制御することが必須である。分極値を外部パラメータによって制御する手法としては、電気磁気効果を利用することが提案されている。近年、磁気秩序誘起型の強誘電体であるTbMnOなどでは、電気分極の大きさおよび方向を磁場により制御できることが報告されている(非特許文献1参照)。しかしながら、磁気秩序誘起型強誘電体の自発分極の大きさは、変位型強誘電体の自発分極の大きさに比べて1000分の1程度である。このように自発分極の小さな物質を、強誘電体メモリに応用することは困難である。また、磁気秩序誘起型強誘電体の自発分極は磁気秩序によって誘起されるため、強誘電転移温度と磁気転移温度とが等しい。TbMnOの強誘電転移温度および磁気転移温度は約30K程度であるため、室温で強誘電体メモリとして動作させることは不可能である。
【0009】
電気磁気効果を利用して分極の大きさを制御するという観点から見ると、磁性イオンが結晶構造の対称位置からシフトすることにより自発分極が生じ強誘電性を発現する物質が、多値記録を実現する強誘電体メモリを構成する物質として最適と考えられる。しかし、現在までこのような物質の報告はない(非特許文献2参照)。例えば、BiFeO(非特許文献3参照)は、磁性イオンを含む強誘電体物質であるが、強誘電性はBiイオンの変位に起因し、磁性はFeイオンが有するスピンが担っている。したがって、外部磁場を印加することによって得られる電気磁気効果が極めて小さく、メモリの多値記録を実現するために十分な分極値の変化は得られていない。
【0010】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的の第一は、有害な鉛を含まない化合物を用いて、従来の変位型強誘電体と同等の強誘電体特性を示す強誘電体を提供することである。第二にはその主成分としてチタンなどの高価な原料を含まない強誘電体を提供することである。第三には磁性イオンの変位に起因した強誘電特性を示し、かつ外部磁場を印加することによって強誘電特性を変化させることが可能な磁気強誘電体およびその利用を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るマンガン酸化物は、ペロブスカイト構造を有する、下記式(1)
Sr1−xBaMnO(1≧x>0.4)・・・(1)
で表される物質であることを特徴とする。
【0012】
本発明に係るマンガン酸化物は、Mnサイトを、Al(アルミニウム)、Ga(ガリウム)、Fe(鉄)、およびCr(クロム)からなる群より選択される少なくとも1種の元素Aによって置換した、下記式(2)
Sr1−xBaMn1−y(0.5≧y>0)・・・(2)
で表される物質でもよい。
【0013】
本発明に係るマンガン酸化物は、上記yが0.05≧y>0の範囲内であることがより好ましい。
【0014】
本発明に係る強誘電体メモリ素子は、上記式(1)および(2)のいずれか1つのマンガン酸化物を強誘電体として備えていることがより好ましい。
【0015】
本発明に係る強誘電体メモリ素子は、上記マンガン酸化物の分極方向に対して垂直な面に、当該マンガン酸化物を挟むように設けられる第一電極および第二電極を備えることがより好ましい。
【0016】
本発明に係る強誘電体メモリ装置は、強誘電体メモリ素子を複数、マトリクス状に備えた強誘電体メモリ素子アレイと、上記第一電極および上記第二電極のいずれか一方と導通しており、かつ、行方向および列方向のいずれか一方の方向に上記強誘電体メモリ素子を電気的に接続する複数のワード線と、上記第一電極および上記第二電極のうち他方と導通しており、かつ、行方向および列方向のうち上記ワード線とは異なる方向に上記強誘電体メモリ素子を電気的に接続する複数のビット線と、上記マンガン酸化物の分極方向に対して平行および垂直のいずれか一方の方向に外部磁場を印加する外部磁場印加手段とを備えることがより好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るマンガン酸化物は、毒性材料である鉛を含まない、安全な強誘電体を実現するという効果を奏する。また、廉価な原料により構成されるために製造コストを抑制するという効果を奏する。さらに、印加磁場強度を制御することによって強誘電特性を制御するができるため、多値記録可能な強誘電体メモリ素子および強誘電体メモリ装置を実現するという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係るマンガン酸化物の結晶構造、および、Mnイオンが有するスピンが反強磁性的に秩序する様子を示す図である。
【図2】図中の(a)は、本発明の一実施例に係るマンガン酸化物における格子定数のBa濃度依存性を示し、(b)は、当該マンガン酸化物における正方晶度のBa濃度依存性を示す図である。
【図3】図中の(a)は、本発明の一実施例に係るマンガン酸化物における格子定数の温度依存性を示し、(b)は、当該マンガン酸化物における正方晶度の温度依存性を示す図である。
【図4】本発明の一実施例に係るマンガン酸化物における電気分極の電場依存性を示す図である。
【図5】本発明の他の実施例に係るAlまたはGaを添加したマンガン酸化物における電気分極の電場依存性を示す図である。
【図6】本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ素子の構成を示す概略図である。
【図7】本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ装置の構成を示す概略図である。
【図8】本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ素子の他の構成を示す概略図である。
【図9】本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ素子のさらに他の構成を示す概略図である。
【図10】本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ素子のさらに他の構成を示す概略図である。
【図11】本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ素子のさらに他の構成を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
〔実施形態1〕
本発明の一実施形態に係るマンガン酸化物Sr1−xBaMnO(1≧x>0.4)について、図1〜4を参照しながら説明する。
【0020】
(磁気強誘電体Sr1−xBaMnOの結晶構造)
Sr1−xBaMnO(1≧x>0.4)は、図1の(a)に示すようにペロブスカイト構造を有する。単位格子1の対称中心には磁性イオンであるMnイオン3が存在する。単位格子1の対称中心をMnサイトとする。単位格子1が有する8個の頂点には、SrイオンおよびBaイオンのうちいずれか一方が存在している。単位格子1が有する頂点をSrサイト2とする。単位格子1が有する6面の面心には、Oイオン4が存在する。なお、図1に示すようにa軸、b軸およびc軸からなる直交座標を定義する。本明細書においてSr1−xBaMnOと表記した場合、特に断りがない限りはペロブスカイト構造を有するSr1−xBaMnO(1≧x>0.4)のことを意味する。なお、Sr1−xBaMnOにおいて、xは、全Srサイトを1としたときのBaイオンで置換されたSrサイトの比率を表す。しかし、本明細書ではxのことをBa濃度と呼ぶ。
【0021】
Sr1−xBaMnOが有するペロブスカイト構造は、室温より充分に高い所定の温度(420Kの近傍:構造転移温度と称する)において構造転移を起こす。構造転移温度より高温側においてはペロブスカイト構造が立方晶であるのに対して、構造転移温度より低温側においてはペロブスカイト構造が正方晶となる。立方晶から正方晶への構造転移に伴って、Sr1−xBaMnOは誘電体から強誘電体へ転移する。したがって、Sr1−xBaMnOが有する構造転移温度は、強誘電転移温度でもある。
【0022】
Baイオンのイオン半径の方がSrイオンのイオン半径より大きい。よって、Ba濃度が大きくなるほどSr1−xBaMnOの格子定数は大きくなる。その結果、構造転移温度および強誘電転移温度が上昇すると考えられる。このことによって、室温付近における誘電率が大きくなると考えられる。
【0023】
構造転移温度より低温領域において、Sr1−xBaMnOが取り得る結晶構造は正方晶のみである。すなわち、斜方晶および菱面対称といった結晶構造に変形することがない。変位型強誘電体における自発分極の方向は結晶構造に大きく依存することが知られている。しかし、Sr1−xBaMnOが強誘電状態のとき、その結晶構造は常に正方晶である。そのため、自発分極の方向が回転することがない。
【0024】
Sr1−xBaMnOは、a軸、b軸およびc軸のいずれかの方向に外部電場を印加することによってMnイオン3およびOイオン4が変位する。その結果、Sr1−xBaMnOは強誘電性を示す。さらに、Mnイオン3のスピン5は反強磁性的な秩序を有する。Mnイオン3が有するスピン5が配列する様子を図1の(b)に示す。a軸方向に外部磁場を印加することによって、室温においてもMnイオン3のスピン5はa軸方向と平行、かつ、反強磁性的に配列する。このように、Sr1−xBaMnOは磁性イオン変位型強誘電体、別の言い方をすれば磁気強誘電体である。Mnイオン3が有するスピン5の間に磁気秩序が存在することによって、Sr1−xBaMnOにおいてスピン格子相互作用が生じる。その結果、強誘電性を発現させる正方晶構造が強固に保持される。Sr1−xBaMnOにおいて、構造転移温度より低温領域において正方晶以外の結晶構造に変形しないのは、Mnスピン間に反強磁性的なスピン秩序が存在するためである。このようにSr1−xBaMnOでは、従来の非磁性である変位型強誘電体において起こっていた正方晶から他の構造への逐次変形を完全に抑制している。
【0025】
Sr1−xBaMnOは、従来の変位型強誘電体であるPZTが含む毒性元素Pbを使用しない。したがって、環境および人体に安全な強誘電体である。また、BaTiOが含むTiを使用しない。Tiは比較的コストの高い物質である。したがって、Sr1−xBaMnOはその物理的特性だけでなく、工業的な観点からも重要な物質である。
【0026】
(結晶構造と強誘電性)
後述する実施例1で得たSr1−xBaMnOにおける、格子定数および正方晶度のBa濃度依存性を図2の(a)および(b)に示す。Sr1−xBaMnOが有するペロブスカイト構造において、x=0の場合、すなわちSrMnOの場合は、a軸とc軸との格子定数が等しく立方晶であることが分かる(図2中の(a)参照)。正方晶度は、a軸とc軸とにおける格子定数の比であり、c軸の格子定数/a軸の格子定数と定義する。したがって、x=0の場合、正方晶度は1となる。
【0027】
Ba濃度を増すに伴ってa軸およびc軸の格子定数は徐々に大きくなる。しかし、0.4≧x≧0の領域において、a軸およびc軸の格子定数が等しく正方晶度は1から変化しない。xが0.4を超えた場合、a軸およびc軸の格子定数に違いが生じる。例えば、x=0.45とした場合は、x=0.4の場合と比較して、c軸の格子定数は更に大きくなる。その一方、a軸の格子定数は小さくなる。したがって、正方晶度は1から大きくなる。x=0.5とするとc軸の格子定数は更に大きくなるため、正方晶度も更に大きくなる。このように、Sr1−xBaMnOの結晶構造は0.4≧x≧0の領域において立方晶であり、x>0.4の領域においては正方晶となる。Sr1−xBaMnOが強誘電性を示すのは結晶構造が正方晶の場合である。したがって、室温領域で強誘電体としてSr1−xBaMnOを用いるためには、x>0.4である必要がある。x>0.4の領域においてxを増加させる場合、Ba濃度と正方晶度と間には正の相関関係がある。したがって、x>0.4の領域であればSr1−xBaMnOは強誘電性を示す。なお、x=1となった時点でSrを完全にBaが置換することになるので、Sr1−xBaMnOにおけるBa濃度の範囲は1≧x>0.4である。また、強誘電体メモリ素子としての用途を考慮した場合、十分な強誘電性を確実に担保するため、より好ましいBa濃度の範囲は1≧x>0.45である。
【0028】
図3に、後述する実施例1で得たSr0.5Ba0.5MnOにおける格子定数(同図中の(a))および正方晶度(同図中の(b))の温度依存性を示す。図3の420K付近に図示する破線は、Sr0.5Ba0.5MnOが立方晶から正方晶へ構造転移する構造転移温度を示している。Sr1−xBaMnOは、結晶構造が正方晶になることによって強誘電性を示す。したがって、強誘電転移温度は構造転移温度と一致する。a軸およびc軸の格子定数は、図3中の(a)に示す温度依存性を示す。正方晶度の温度依存性は250K付近にピークを持ち、約150K以下の温度領域においてはほぼ一定となる(図3中の(b)参照)。約420K以下の温度領域において、Sr0.5Ba0.5MnOの正方晶度に変化はあるものの、構造相転移は存在しないことが分かる。したがって、室温を含む約420K以下の全温度領域において、Sr1−xBaMnOは安定した分極スイッチおよび自発分極の保持を実現する。
【0029】
図3の約190Kに図示する破線は、Sr0.5Ba0.5MnOの反強磁性磁気転移温度を示す。Mnイオン3が有するスピン5の間に反強磁性秩序が生じることに伴って、スピン5と結晶格子との間にはスピン格子相互作用が働く(図1も参照)。このために、正方晶度が著しく減少する(図3中の(b)参照)。正方晶度は試料が強誘電状態であることによって生じる格子歪を反映している。変位型強誘電体の場合、正方晶度は自発分極のほぼ2乗に比例することが知られている。従って、磁気転移温度を境に、Sr1−xBaMnOの自発分極は8〜9μC/cm程度変化していることになる。
【0030】
(電気分極の電場依存性)
後述する実施例1で得た、双晶状態のSr0.5Ba0.5MnOにおける強誘電分極ヒステリシス曲線を図4に示す。図中の破線および実線は、印加磁場がない状態および印加磁場がある状態における強誘電分極ヒステリシス曲線を示す。
【0031】
印加磁場がない状態における正の自発分極の値をPzeroとする。一方、外部磁場を印加した場合の正の自発分極の値をPとする。図4から明らかなように、外部磁場を印加することによって著しく自発分極の値を増大することが可能である。外部磁場を印加することによって増大する自発分極の値は、磁気転移温度において反強磁性的な磁気秩序が生じるに伴って変化する自発分極の値(8〜9μC/cm)と同程度になる。外部磁場によってスピン5が反強磁性的に配列した場合、電場を印加することによってMn−O−Mnの結合角度が180度からずれる方向にMnイオン3およびOイオン4が変位する(図1も参照)。したがって、電気分極値は増大する。
【0032】
磁気転移温度より高温側の温度領域において、Sr1−xBaMnOには弱い反強磁性的な秩序が存在している。弱い反強磁性的な秩序と熱エネルギーとが競合することで、Mnイオンが有するスピンは反強磁性的な秩序を持ちつつ揺らいだ状態として存在する(図1も参照)。揺らいでいるスピンを、外部磁場を印加することによって強制的に反強磁性的な秩序状態にすることにより、自発分極値を増大することを実現している。したがって、スピンを反強磁性的な秩序状態にするという意味で、温度を下げること、および、外部磁場を印加することは同様の効果を持つ。すなわち、外部磁場の強度を制御することによって、スピンの秩序状態を制御することが可能である。言い換えれば、外部磁場の強度を制御することによってSr1−xBaMnOの自発分極値を制御することが可能である。
【0033】
従来の変位型強誘電体において自発分極値は物質固有の値であり、外部パラメータによってその自発分極値を制御することは不可能であった。しかし、Sr1−xBaMnOは、スピンを有するMnイオンが変位することで強誘電性を生じるという特徴と、スピン同士が反強磁性的な秩序を有しているという特徴とを併せ持っている。誘電特性とスピンの秩序とが密接に関連していることを利用することによって、自発分極値を外部磁場によって制御することを実現している。すなわち電気磁気効果を利用して、強誘電体の自発分極値を制御することを実現している。
【0034】
(作製方法)
Sr1−xBaMnO(1≧x>0.4)の作製方法を以下に示す。
【0035】
Sr1−xBaMnOを作製する際の出発原料には、SrCO、BaCOおよびMnの粉末を用いる。所望するSr1−xBaMnOの組成比を得るために、それぞれの出発原料粉末を化学量論比で混合する。混合した粉末は、アルゴンガス雰囲気中またはアルゴンガスフロー中において焼成する。この際、焼成温度はたとえば1100℃、焼成時間は24〜36時間とすればよい。上記焼成は、管状炉および雰囲気を制御することのできる電気炉のうちいずれかの炉を用いればよい。焼成物をよくすりつぶした後、再びアルゴンガス雰囲気中またはアルゴンガスフロー中において焼成する。この際、焼成温度はたとえば1200℃、焼成時間は24〜36時間とすればよい。焼成物を再び良くすりつぶした後、直径5mm、長さ5〜10cmの棒状の形に押し固める。上記棒状の原料を、アルゴンガス雰囲気中またはアルゴンガスフロー中において焼成することによって、Sr1−xBaMnO3−δの棒状試料を得る。ここで、δは酸素の欠損量を表す。この際、焼成温度はたとえば1250℃、焼成時間は24〜36時間とすればよい。
【0036】
上記棒状試料を浮遊帯溶融(FZ)法によって溶融および結晶成長することによって、Sr1−xBaMnOの良質な単結晶を得る。FZ法を行うためのFZ炉には、たとえばキャノンマシナリ株式会社および株式会社クリスタルシステムなどが市販するFZ炉を用いることができる。棒状試料を良質な単結晶とするために用いる種結晶は、Sr1−xBaMnOの単結晶または多結晶であればよい。FZ法による結晶成長はアルゴン雰囲気中またはアルゴンガスフロー中にて行う。結晶成長速度は、毎時1.5〜10mmとする。
【0037】
ここで得られる単結晶は、酸素欠損を有するSr1−xBaMnO3−δである。上記酸素欠損部に酸素を充填するために、結晶作製の最終工程として酸素アニールを行う。FZ法にて作製したSr1−xBaMnO3−δの単結晶と、酸化剤(KClOまたはNaClO)とを一緒に金カプセル中に詰める。上記金カプセルを上記高圧合成装置にセットし、圧力5〜7GPa、アニール温度400〜600℃の条件下でアニールする。アニール時間は1週間程度である。
【0038】
酸素欠損の除去は、オゾン雰囲気中におけるアニールによっても除去することができる。この際のアニール条件は、アニール温度が200〜300℃、アニール時間は1〜2時間である。
【0039】
FZ法を用いた単結晶作製方法は、良質な単結晶を得るための方法である。良質な単結晶は、Sr1−xBaMnOの正確な物性評価を行うために必要である。その一方、工業的に利用する場合には結晶の質だけでなく、短い製造時間および安い製造コストなどの要件が求められる。そこで、Sr1−xBaMnOの別の作製方法を以下に説明する。
【0040】
SrCO、BaCOおよびMnの粉末原料を用いて、焼成および粉砕を繰り返すことによって、Sr1−xBaMnO3−δの焼成物を得る工程は、FZ法を用いた単結晶作製方法における工程と同様である。この焼成物をすりつぶすことによって、Sr1−xBaMnO3−δの粉末材料とする。Sr1−xBaMnO3−δの粉末材料を有機溶媒中に分散させた後、スピンコート法を用いて基板上に塗布する。この後、焼成することによって、Sr1−xBaMnO3−δの結晶薄膜を得ることができる。その後、酸素ガスフロー中において、アニール温度400〜600℃、アニール時間1週間程度の酸素アニールを行うことによって、酸素欠損部に酸素を充填したSr1−xBaMnOの薄膜結晶が得られる。
【0041】
Sr1−xBaMnO結晶薄膜のさらに別の作製方法としては、化学気相蒸着(CVD)法、スパッター法およびパルスレーザ蒸着(PLD)法などを用いても良い。成膜後の試料の組成はSr1−xBaMnO3−δであるが、酸素ガスフロー中において酸素アニールすることによって、酸素欠陥を除去したSr1−xBaMnOの薄膜結晶が得られる。
【0042】
(変形例1)
Sr1−xBaMnOの変形例であるSr1−xBaMn1−y(A=Al、Ga、FeおよびCr)について以下に説明する。
【0043】
Sr1−xBaMn1−yは、Sr1−xBaMnOにおけるMnサイトをAl、Ga、FeおよびCrからなる群より選択される少なくとも1種の元素Aで置換することで得られる、ペロブスカイト構造を示すマンガン酸化物である。なお、本明細書においてSr1−xBaMn1−yと表記した場合、特に断りがない限りはペロブスカイト構造を有するSr1−xBaMn1−yのことを意味する。
【0044】
上記のyは、全Mnサイトを1としたときの元素Aのイオン(三価イオンの形態)で置換されたMnサイトの比率を表し、0.5≧y>0である。Mnを置換するためにyは0より大きい数となる。MnサイトをAl、Ga、FeおよびCrのうちいずれかの元素で置換しても、yが0.5以下の範囲であればSr1−xBaMnOの誘電率特性が大きく損なわれることはない。すなわち、結晶構造がペロブスカイト構造から他の構造に転換することはない。
【0045】
図5に、母物質であるSr1−xBaMnO、全Mnサイトの1%をAlで置換したSr1−xBaMn0.99Al0.01(実施例2も参照)、および、全Mnサイトの1%をGaで置換したSr1−xBaMn0.99Ga0.01(実施例2も参照)の電気分極の電場依存性を示す。飽和分極値、自発分極値および強誘電分極ヒステリシス曲線の角形比は、Sr1−xBaMnO、Sr1−xBaMn0.99Al0.01およびSr1−xBaMn0.99Ga0.01のそれぞれで異なる。しかし、いずれの試料も良好な強誘電特性を示す。
【0046】
Sr1−xBaMnOの特徴として、比較的大きなリーク電流が流れることが挙げられる。このリーク電流は結晶中の高いキャリア密度に起因しており、キャリア密度はSr1−xBaMnO中に三価のMnイオンが混入することによって増大する。Al、Ga、FeおよびCr等の三価金属イオンを添加することにより三価のMnイオンの発生を抑制し、マンガン酸化物中の残留キャリア密度を減少させることができる。その結果、室温付近の温度領域においてスイッチ動作の安定化を図ることができる。なお、三価金属イオンを添加する効果は微量でも現れるため、Sr1−xBaMnOが元来有する諸特性を維持するという観点では、上記yは0.05≧y>0であることがより好ましい。
【0047】
以下、Sr1−xBaMn1−yの作製方法を説明する。出発原料としてSrCO、BaCO、Mnに加えて置換する元素Aの酸化物を用いることを除けば、結晶試料の作製方法はSr1−xBaMnOと同様である。たとえば、Alを用いてMnサイト3を置換する場合、所望する化学量論比となるようにSrCO、BaCO、MnおよびAlの粉末を混合すればよい。その後の作製方法は、Sr1−xBaMnOと同様なのでここでは省略する。
【0048】
(変形例2)
本発明の一実施形態に係るSr1−xBaMnOの変形例であるSr1−xBaMn1−z(D=Ti、ZrおよびHf)について以下に説明する。
【0049】
Sr1−xBaMn1−zは、Sr1−xBaMnOにおけるMnサイトをTi、ZrおよびHfからなる群より選択される少なくとも1種の元素Dで置換することで得られる、ペロブスカイト構造を示すマンガン酸化物である。なお、本明細書においてSr1−xBaMn1−zと表記した場合、特に断りがない限りはペロブスカイト構造を有するSr1−xBaMn1−zのことを意味する。
【0050】
上記のzは、全Mnサイトを1としたときの元素Dのイオン(四価イオンの形態)で置換されたMnサイトの比率を表し、0.5≧z>0である。Mnを置換するためにzは0より大きい数となる。MnサイトをTi、ZrおよびHfのうちいずれかの元素で置換しても、zが0.5以下の範囲であればSr1−xBaMnOの誘電率特性が大きく損なわれることはない。すなわち、結晶構造がペロブスカイト構造から他の構造に変形することもない。
【0051】
Sr1−xBaMnOのMnサイトをTi、ZrおよびHfのうちいずれかの元素で置換することによって、強誘電転移温度を変化させることなく、磁気転移温度のみを制御することが可能になる。このことは、外部印加磁界を用いてマンガン酸化物の電気分極を変化させる場合に、その変化の度合いを制御できることを意味する。300K付近の温度領域において、Sr1−xBaMn1−zに磁場を印加する。磁気転移温度が低い試料の場合、300Kにおける磁気秩序は弱く、その結果磁気揺らぎは大きくなる。そのため、外部磁場を印加することによって抑制される磁気揺らぎは大きくなり、電気分極の変化分も大きくなる。一方、磁気転移温度が高い試料の場合、300Kにおいてもある程度の磁気秩序が保たれている。すなわち、外部磁場を印加しない状態でも磁気揺らぎは相対的に小さいと考えられる。よって、外部磁場を印加することによる磁気揺らぎを抑制する効果は相対的に小さくなり、電気分極の変化分も小さくなる。
【0052】
以下、Sr1−xBaMn1−zの作製方法を説明する。出発原料としてSrCO、BaCO、Mnに加えて置換する元素Dの酸化物を用いることを除けば、結晶試料の作製方法はSr1−xBaMnOと同様である。たとえば、Tiを用いてMnを置換する場合、所望する化学量論比となるようにSrCO、BaCO、MnおよびTiOの粉末を混合すればよい。その後の作製方法は、Sr1−xBaMnOと同様なのでここでは省略する。
【0053】
〔実施形態2〕
(強誘電体メモリ素子)
強誘電体を用いた不揮発性メモリは、キャパシタ型と電界効果トランジスタ(FET)型の2つに大別できる。ここでは、キャパシタ型として用いる強誘電体メモリ素子について説明する。
【0054】
本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ素子10の構成の概略図を図6に示す。強誘電体メモリ素子10は、強誘電体層11、下部電極(第一電極)12および上部電極(第二電極)13からなる。強誘電体層11は、上記実施形態1で記載した何れかのマンガン酸化物を強誘電体として含んで構成される。マンガン酸化物の分極方向は、強誘電体層11の面内方向に垂直な方向である。
【0055】
下部電極12および上部電極13は、強誘電体層11を間に挟むように設けられる。下部電極12および上部電極13を構成する材料には、Cu、Al、Ti、PtおよびAuなどの導電性の高い物質を用いればよい。
【0056】
強誘電メモリ素子10に情報を記録する場合、下部電極12および上部電極13にパルス電圧を印加する。上記パルス電圧を印加することによって、強誘電体層11の両端の面(下部電極12および上部電極13が直接接している面)には外部電場が発生し、その結果、強誘電体層11は自発分極する。自発分極の分極方向105(図7参照)は印加するパルス電圧の極性によって決まる。たとえば、下部電極11にプラス電極、上部電極にマイナス電極とした場合(この場合を極性Iとする)の記録状態を”1”とする。一方、下部電極11にマイナス電極、上部電極にプラス電極とした場合(この場合を極性IIとする)の記録状態を”0”とする。これによって、従来の変位型強誘電体を用いた場合と同様に、二値を記録できる。
【0057】
さらに、本発明の実施形態に係る強誘電体メモリ素子10では、パルス電圧を印加して情報を記録する際に外部磁場を印加することによって強誘電体層11の自発分極値を制御することができる。極性Iおよび極性IIの選択に加えて、外部磁場の有無を選択することによって自発分極の値を制御する。この場合、四値を1つの強誘電体メモリ素子10に記録できる。すわなち、強誘電体メモリ10は多値記録を実現する。具体的には、極性Iかつ磁場有りにおける自発分極の値を記録状態”11”とする。極性Iかつ磁場無しにおける自発分極の値を記録状態”10”とする。極性IIかつ磁場有りにおける自発分極の値を記録状態”01”とする。極性IIかつ磁場無しにおける自発分極の値を記録状態”00”とする。
【0058】
印加磁場の強度を多段階に制御することによって、1つの強誘電体メモリ素子10に記録できる状態数は更に増やすことが可能である。したがって、本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ素子10は、強誘電体メモリの高密度化を図ることができる。
【0059】
(変形例1)
本発明の一実施形態に係るキャパシタ型の強誘電メモリ素子の変形例として、強誘電体メモリ素子20の構成の概略図を図8に示す。なお、強誘電体メモリ素子10と共通する部材については共通の部材番号を付し、その説明を省略する。
【0060】
強誘電体メモリ素子20は、強誘電体層11、下部電極12および上部電極13に加えて絶縁体層21を備えている。上部電極12は、絶縁体層21を介して強誘電体層11の上に形成されている。強誘電体メモリ素子20が上記の構成を備えることによって、強誘電体層11の経時劣化を抑制することができる。絶縁体層21は、強誘電体層11の上面および下面のいずれか一方、または、その両面に形成されていればよい。絶縁体層21には、たとえば酸化シリコンなどの酸化物を用いることができる。
【0061】
(変形例2)
本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ素子の他の変形例として、強誘電体メモリ素子30の構成の概略図を図9に示す。なお、強誘電体メモリ素子10と共通する部材については共通の部材番号を付し、その説明を省略する。
【0062】
強誘電体メモリ素子30は、FET型の強誘電体メモリ素子である。強誘電体メモリ素子30において、強誘電体層11は、シリコン基板31の表面に形成されたチャンネル領域32の上面に形成される。シリコン基板31の表面にはドレイン領域33およびソース領域35が設けられており、それぞれドレイン電極34およびソース電極36に接続されている。強誘電体層11の上面には上部電極13が形成されており、上部電極13はゲート電極37に接続されている。強誘電体メモリ素子30において、チャンネル領域32が下部電極(第一電極)として機能する。
【0063】
強誘電体メモリ素子30が上記の構成を備えることによって、CMOS構造とは別のキャパシター構造を設けることなく、シリコン基板上に強誘電体メモリ素子を形成することが可能となる。したがって、強誘電体メモリ素子の作製プロセスと、論理回路を構成するCMOS構造のトランジスタの作製プロセスとにおいて、プロセスフローの一体化を図ることができる。その結果、製造コストの削減が可能となる。
【0064】
強誘電体メモリ素子30に情報を記録する場合、ソース電極36およびゲート電極37にパルス電圧を印加する。パルス電圧を印加する際に、強誘電体メモリ素子30に印加する外部磁場の強度を制御することによって、強誘電体層11が生じる自発分極値を制御することができる。すなわち、チャンネル型の強誘電体メモリ素子30においても、強誘電体層11を用いることによって多値記録を実現する。
【0065】
(変形例3)
本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ素子のさらに他の変形例として、強誘電体メモリ素子40の構成の概略図を図10に示す。なお、強誘電体メモリ素子30と共通する部材については共通の部材番号を付し、その説明を省略する。
【0066】
強誘電体メモリ素子40は、強誘電体層11とチャンネル領域32との間に絶縁体層21を設けている点において強誘電体メモリ素子30と異なる。絶縁体層21は、酸化シリコンなどの酸化膜を用いることができる。強誘電体メモリ素子40が上記の構成を備えることによって、強誘電体層11の経時劣化を抑制することができる。
【0067】
(変形例4)
本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ素子の更に他の変形例として、強誘電体メモリ素子50の構成の概略図を図11に示す。なお、強誘電体メモリ素子30および40と共通する部材については共通の部材番号を付し、その説明を省略する。
【0068】
強誘電体メモリ素子50は、強誘電体層11とチャンネル領域32との間に金属バッファー層51を備える点において強誘電体メモリ素子30と異なる。別の言い方をすると、強誘電体メモリ素子50の構成は、強誘電体メモリ素子40が備える絶縁体層21を金属バッファー層51に置き換えた構成である。シリコン基板表面に形成されたドレイン領域34およびソース領域35と、金属バッファー層51とは直接接触しない構成とする。強誘電体メモリ素子50が金属バッファー層51を備えることによって、強誘電体層11の経時劣化を抑制することができる。同時に、強誘電体層11とチャンネル領域32との間に絶縁体層21を設ける必要がないため、自発分極値の低下を抑制することができる。したがって、強誘電体メモリ素子の信頼性向上が期待できる。
【0069】
〔実施形態3〕
(強誘電体メモリ装置)
本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ装置100について図7を参照しながら説明する。なお、上記実施の形態2と同一の構成を持つ部材については同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0070】
強誘電体メモリ装置100は、強誘電体メモリ素子10をマトリクス状に配置した強誘電体メモリ素子アレイと、複数のワード線101と、複数のビット線102とを備える。ワード線101は強誘電体メモリ素子アレイの行方向に配置された配線である。ワード線101と、行方向に配列している強誘電体メモリ素子10の下部電極12とは電気的に導通している。ビット線102は強誘電体メモリ素子アレイの列方向に配置された配線である。また、ビット線102と、列方向に配列している強誘電体メモリ素子10の上部電極13とは電気的に導通している。強誘電体メモリ装置100は、複数の強誘電体メモリ素子10の間に非磁性体固体材料(図7に図示せず)が埋め込まれたデバイス構造を有している。
【0071】
強誘電体メモリ装置100は、さらに、コイル103を備える。コイル103は、強誘電体メモリ素子10に情報を記録する際に用いる外部磁場印加手段である。具体的には、強誘電体メモリ素子アレイを取り囲むように配置される配線である。コイル103において図7に図示する矢印の方向に電流を流すことによって、コイル内部の領域にほぼ均一な強度の外部磁場104を印加する。コイル103に流す電流値を制御することによって、強誘電体メモリ素子10に印加する外部磁場104の強度を制御することができる。
【0072】
なお、強誘電体メモリ装置100は、強誘電体メモリ素子アレイ基板上にコイル103を設けた記録媒体として構成してもよいが(図7参照)、コイル103を強誘電体メモリ素子アレイ基板とは別体として設けてもよい。
【0073】
(情報記録の概略)
複数のワード線101のうちいずれか1本を選択する。同様に複数のビット線102のうちいずれか1本を選択する。上記選択したワード線101およびビット線102に電圧パルスを印加するとき、選択したワード線101とビット線102とが交差する強誘電体メモリ素子10のみに電場が生じる。すなわち、複数のワード線101および複数のビット線102からそれぞれ1本のワード線101およびビット線102を選択することによって、強誘電体メモリアレイから1つの強誘電体メモリ素子10を選択する。
【0074】
選択した強誘電体メモリ素子10に記録する状態(自発分極値)に応じて、コイル103に電流を流し外部磁場104を発生させる。たとえば、自発分極値Pを記録したい場合、Pに対応した強度Hの外部磁場104を発生させる。そのためには、コイル103に電流Iを流せばよい。強度Hの外部磁場を印加した状態において、それぞれ選択したワード線101およびビット線102に電圧パルスを印加することによって、選択した強誘電体メモリ素子10には自発分極値Pが記録される。なお、ワード線101およびビット線102に印加する電圧パルスの極性を制御することによって、分極方向105を制御することができる。
【0075】
とは異なる自発分極値であるPを強誘電体メモリ素子10に記録したい場合は、Pに対応した強度Hの外部磁場104を発生させる。そのためには、コイル103に電流Iを流せばよい。強度Hの外部磁場を印加した状態において、それぞれ選択したワード線101およびビット線102に電圧パルスを印加することによって、選択した強誘電体メモリ素子10には自発分極値Pが記録される。
【0076】
所望の自発分極値を記録するために必要な外部磁場104、そして、外部磁場104を印加するためにコイル103に流す電流値は、予備実験を行う、もしくは、あらかじめシミュレーションを行うなどしてそれぞれの対応関係を把握しておけばよい。上記対応関係をルックアップテーブルとして記録し、強誘電体メモリ装置100が備える構成の一部としてもよい。
【0077】
本発明の一実施形態に係る強誘電体メモリ装置100において、強誘電体メモリ素子アレイを構成する強誘電体メモリ素子10の個数は任意でよい。また、1つのコイル103が囲む強誘電体メモリ素子10の個数も任意でよい。
【0078】
本実施形態において、強誘電体メモリ素子10の分極方向と外部磁場104の方向とを平行なものとして説明した。しかし、強誘電体メモリ素子10の分極方向と外部磁場104の方向とは垂直であってもよい。
【0079】
(情報の読み出し)
情報記録の場合と同様に、情報を読み出したい強誘電体メモリ素子10に対応するワード線101およびビット線102を選択する。選択したワード線101およびビット線102の間に生じている自発分極値に起因する電圧値を特定することによって、強誘電体メモリ素子10に記録されている自発分極値を特定することができる。すなわち、記録された情報を読み出すことができる。自発分極値に起因する電圧値を特定する方法については、キャパシタ型の強誘電体メモリにおいて、従来用いられている方法を用いればよい。
【0080】
なお、強誘電体メモリ装置がFET型の強誘電体メモリ素子30、40および50を備えている場合も、FET型の強誘電体メモリにおいて、従来用いられている読み出し方法を用いればよい。
【実施例】
【0081】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこの例に限定されるものではない。
【0082】
〔実施例1〕
以下に記載の方法に従い、Ba濃度の範囲が0.5≧x≧0のSr1−xBaMnOの結晶を作製し、それぞれの結晶におけるa軸およびc軸の格子定数を測定した。さらに、x=0.5の結晶について格子定数および正方晶度の温度依存性と、電気分極の電場依存性とを測定した。
【0083】
(Sr1−xBaMnOの作製方法)
Sr1−xBaMnOにおいて、出発原料の混合比を変えることによってBa濃度が0.5≧x≧0の範囲の結晶を作製した。出発原料には、株式会社高純度化学研究所が市販しているSrCO、BaCOおよびMnの粉末を用いた。所望の化学量論比になるようにそれぞれの原料を秤量し混ぜ合わせた。
【0084】
その後、管状炉を用いてアルゴン雰囲気中において焼成した。焼成条件は、焼成温度を1100℃、焼成時間を36時間とした。焼成物をよくすりつぶした後、管状炉を用いてアルゴン雰囲気中において再び焼成した。2度目の焼成における条件は、焼成温度を1200℃、焼成時間を36時間とした。焼成物を再びよくすりつぶした後、直径5mm、長さ7.5cm程度の棒状の形に圧力を加えて押し固める。この際、加える圧力は10MPaとした。この棒状に押し固めた粉末試料を、アルゴン雰囲気中においてさらに焼成した。この際の焼成条件は、焼成温度を1250℃、焼成時間を36時間とした。この結果、Sr1−xBaMnO3−δ(0.5≧x≧0)の棒状試料を得た。
【0085】
上記棒状試料をFZ法を用いて融解および結晶成長を行いSr1−xBaMnO3−δ(0.5≧x≧0)の単結晶を得た。FZ法を行う際には、キャノンマシナリ株式会社が市販するFZ炉を用いた。FZ法による結晶成長は、アルゴンガス雰囲気中にて行った。結晶成長速度は毎時5mmとした。
【0086】
FZ法によって得られる単結晶は、酸素欠損を有するSr1−xBaMnO3−δである。酸素欠損を除去するために、結晶作製の最終工程として酸素アニールを行った。酸素アニールには、トライエンジニアリング社が市販する高圧合成装置を用いた。Sr1−xBaMnO3−δの単結晶と酸化剤として働くKClOとを一緒に詰めた金カプセルを高圧合成装置にセットした。そして、圧力6GPa、アニール温度600℃、アニール時間1時間の条件にて酸素アニールした。その結果、酸素が完全に充填された酸素欠損のないSr1−xBaMnO(0.5≧x≧0)の単結晶を得た。
【0087】
(結晶構造のBa濃度依存性)
FZ法にて結晶成長させたSr1−xBaMnO(0.5≧x≧0)の各試料について、リガク社製 RINT−III X線回折装置を用いてX線回折を測定した。その結果、Sr1−xBaMnO(0.5≧x≧0)のいずれの試料も、ペロブスカイト構造を有する単結晶であることを確認した。上記X線回折測定の結果より得られたa軸およびc軸の格子定数、および、正方晶度を得た。X線回折測定の測定条件は以下の通りである。
・サンプリング幅:0.02度
・スキャンスピード:毎分2度
・発散スリット:0.67度
・散乱スリット:0.67度
・受光スリット:0.3mm
・測定温度:室温
その結果は、図2に示す通りである。
【0088】
(結晶構造の温度依存性)
Sr1−xBaMnO(x=0.5)単結晶におけるa軸およびc軸の格子定数、および、正方晶度の温度依存性を図3に示す。格子定数の測定は、リガク社製 RINT−III X線回折装置にて測定した。測定条件は以下の通りである。
・サンプリング幅:0.02度
・スキャンスピード:毎分2度
・発散スリット:0.67度
・散乱スリット:0.67度
・受光スリット:0.3mm
・測定温度:4.2〜450K
(電気分極の電場依存性)
双晶状態のSr0.5Ba0.5MnOを用いて、電気分極の電場依存性を測定した結果を図4に示す。図4において、外部磁場を印加しない時の測定結果を破線で示し、外部磁場を印加した時の測定結果を実線で示した。電気分極の電場依存性測定には、ラジアントテクノロジー社製プレシジョンプレミアII装置を使用した。印加する電場の周波数は1kHzとし、印加方向はc軸方向とした。測定温度は室温である。
【0089】
外部磁場を印加しない場合、電場強度100kV/cmにおいて8〜9μC/cmの電気分極値を示した。その後、電場強度を0kV/cmにしても4.5μC/cmの自発分極値(Pzero)を示した。このことから、双晶状態のSr1−xBaMnO(x=0.5)は強誘電特性を有することを確認した。
【0090】
外部磁場をc軸方向に印加した場合、電場強度100kV/cmにおいて20μC/cmの電気分極値を示した。その後、電場強度を0kV/cmにしても約13μC/cmの自発分極値(P)を示した。このことより、双晶状態のSr0.5Ba0.5MnOにおいて、印加する外部磁場を制御することによって強誘電体特性を制御することが可能なことを確認した。
【0091】
なお、本実施例においては双晶状態のSr1−xBaMnO(x=0.5)を用いたために、Pzero=4.5μC/cmであった。しかし、単一ドメインのSr1−xBaMnO単結晶を用いることにより、Pzeroは13.5μC/cmとなる。この自発分極値は従来の変位型強誘電体であるBaTiOの自発分極値に匹敵する。したがって、従来の変位型強誘電体と同等の強誘電特性を有する磁気強誘電体を作製することが可能である。
【0092】
〔実施例2〕
双晶状態のSr0.5Ba0.5MnOに対して、Alイオンを1%添加したSr0.5Ba0.5Mn0.99Al0.01およびGaイオンを1%添加したSr0.5Ba0.5Mn0.99Ga0.01を作製し、電気分極の電場依存性を測定した。
【0093】
(Sr1−xBaMn1−y(A=AlおよびGa)の作製方法)
Sr0.5Ba0.5Mn0.99Al0.01およびSr0.5Ba0.5MnO、Sr0.5Ba0.5Mn0.99Ga0.01の作製方法は、基本的に実施例1に記載したSr1−xBaMnOの作製方法と同様である。Sr1−xBaMnOの作製方法と異なる点は、AlおよびGaを添加するための主発原料としてAlおよびGaを用いることである。
【0094】
Sr0.5Ba0.5Mn0.99Al0.01を作製するために、出発原料として株式会社高純度化学研究所が市販しているSrCO、BaCO、MnおよびAlの粉末を用いた。所望の化学量論比になるようにそれぞれの原料を秤量し混ぜ合わせたのち、実施例1に記載したSr1−xBaMnOの作製方法と同一の方法を用いてSr0.5Ba0.5Mn0.99Al0.01を作製した。
【0095】
Sr0.5Ba0.5Mn0.99Ga0.01を作製するために、出発原料として株式会社高純度化学研究所が市販しているSrCO、BaCO、MnおよびGaの粉末を用いた。所望の化学量論比になるようにそれぞれの原料を秤量し混ぜ合わせたのち、実施例1に記載したSr1−xBaMnOの作製方法と同一の方法を用いてSr0.5Ba0.5Mn0.99Ga0.01を作製した。
【0096】
(電気分極値の電場依存性)
Sr0.5Ba0.5MnO、Sr0.5Ba0.5Mn0.99Al0.01およびSr0.5Ba0.5Mn0.99Ga0.01について電気分極の電場依存性を測定した結果を図5に示す。電気分極の電場依存性は、ラジアントテクノロジー社製プレシジョンプレミアII装置を用いて測定した。測定温度は室温である。
【0097】
Sr0.5Ba0.5MnOに対して、Al1%添加およびGa1%添加することによって、電場強度100kV/cmを印加した際の電気分極値、自発分極値、および、強誘電分極ヒステリシス曲線の角形比が変化した。しかし、Sr0.5Ba0.5Mn0.99Al0.01およびSr0.5Ba0.5Mn0.99Ga0.01のいずれの結晶も良好な強誘電特性を有していることを確認した。
【0098】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明は、主原料として有害元素である鉛元素を含まずに、廉価な元素からなる多値記録を可能とする強誘電体メモリが備える強誘電体として利用することができる。
【符号の説明】
【0100】
1 単位格子
2 Srサイト
3 Mnイオン
4 Oイオン
5 スピン
10 強誘電体メモリ素子
11 強誘電体層
12 下部電極(第一電極)
13 上部電極(第二電極)
20 強誘電体メモリ素子
21 絶縁体層
30 強誘電体メモリ素子
31 シリコン基板
32 チャンネル領域(第一電極)
33 ドレイン領域
34 ドレイン電極
35 ソース領域
36 ソース電極
37 ゲート電極
40 強誘電体メモリ素子
50 強誘電体メモリ素子
51 金属バッファー層
100 強誘電体メモリ装置
101 ワード線
102 ビット線
103 コイル(外部磁場印加手段)
104 外部磁場
105 分極方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペロブスカイト構造を有する、下記式(1)
Sr1−xBaMnO(1≧x>0.4)・・・(1)
で表されるマンガン酸化物。
【請求項2】
請求項1に記載のマンガン酸化物において、Mnサイトを、Al(アルミニウム)、Ga(ガリウム)、Fe(鉄)、およびCr(クロム)からなる群より選択される少なくとも1種の元素Aによって置換した、下記式(2)
Sr1−xBaMn1−y(0.5≧y>0)・・・(2)
で表されるマンガン酸化物。
【請求項3】
上記yが0.05≧y>0の範囲内である請求項2に記載のマンガン酸化物。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1項に記載のマンガン酸化物を強誘電体として備える強誘電体メモリ素子。
【請求項5】
上記マンガン酸化物の分極方向に対して垂直な面に、当該マンガン酸化物を挟むように設けられる第一電極および第二電極を備える請求項4に記載の強誘電体メモリ素子。
【請求項6】
請求項5に記載の強誘電体メモリ素子を複数、マトリクス状に備えた強誘電体メモリ素子アレイと、
上記第一電極および上記第二電極のいずれか一方と導通しており、かつ、行方向および列方向のいずれか一方の方向に上記強誘電体メモリ素子を電気的に接続する複数のワード線と、
上記第一電極および上記第二電極のうち他方と導通しており、かつ、行方向および列方向のうち上記ワード線とは異なる方向に上記強誘電体メモリ素子を電気的に接続する複数のビット線と、
上記マンガン酸化物の分極方向に対して平行および垂直のいずれか一方の方向に外部磁場を印加する外部磁場印加手段とを備える強誘電体メモリ装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−26286(P2013−26286A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−157084(P2011−157084)
【出願日】平成23年7月15日(2011.7.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り ・刊行物名 日本物理学会講演概要集 第66回年次大会 発行日 2011年3月3日 発行所 社団法人日本物理学会 ・刊行物名 マルチフェロイクス物質に関する 第3回アジア太平洋理論物理学センターワークショップ/マルチフェロイクス物質及び密接関連物質に関する理化学研究所ワークショップ 講演要旨集 発行日 2011年1月17日 発行所 アジア太平洋理論物理学センター(APCTP)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】