説明

モータ駆動制御装置とモータ駆動方法

【課題】三相モータを高速且つ高トルクで駆動可能とする。
【解決手段】三相モータ30の各相の電流から、マグネットトルク電流iqrとリラクタンストルク電流idrとを求めてフィードバック制御を行う。この際、回転角センサ109の測定した回転角θに、制御システムの遅れに相当する回転角を所定の角度deg分加算することにより、遅れ補償制御を行い、モータの応答性を高める。さらに、弱め磁束制御を行って、モータの応答性を高める。制御系の遅れは、無駄時間と一次遅れ系の時定数とで近似する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータをベクトル制御により駆動するモータ駆動制御装置とモータ駆動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モータは、種々の機械装置に使用されている。近時のモータには、小型で且つ高トルクの特性が求められており、この要求を満たすため、種々の改善が施されている。
例えば、特許文献1には、ブラシレス電動機において、誘起電圧と電機子電流の位相差を0に近づけることにより、大負荷時及び高速回転時における発生トルクの低下を抑える制御方法が開示されている。
また、特許文献2は、回転角センサによる回転子の回転角の検出の遅れ分を補償するように実際の電気角に補正値を加算し、補正値に基づいて制御を行うことにより、検出の遅れによる出力の低下を抑える。
また、特許文献3は、電流指令に進角を与えることにより、モータ電流に遅れを補償し、モータのトルクリプル及び動作ノイズを抑える技術を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭60−82088号公報
【特許文献2】特開2004−336913号公報
【特許文献3】特開2005−199735号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
モータに流す電流をトルク生成電流成分と磁束生成電流に分離し、それぞれを独立に制御するというベクトル制御の手法が知られている。ベクトル制御により、モータの制御モデルが簡略化され、トルクの制御に関し、応答性に優れた特性を得ることができる。しかし、ベクトル制御を用いた場合でも、モータ電流の遅れによる問題は発生する。
しかし、特許文献1に記載された制御方法は、ベクトル制御に対応できていない。
【0005】
また、特許文献2に開示された制御手法は、回転子の回転角の検出の遅れ分に対する補償は可能であるが、他の原因によるモータ電流の遅れには対応できない。
また、特許文献3に開示された制御方法では、角速度に応じた位相遅れに対する補償は可能であるが、他の原因による遅れには対応できない。このため、従来のベクトル制御においては、大トルクで且つ高速化が困難であるという問題があった。
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、モータを高速且つ高トルクで駆動可能なモータ駆動制御装置と方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明に係るモータ駆動制御装置は、
三相モータをベクトル制御するモータ駆動制御装置であって、
トルク指令に基づいて、リラクタント電流指令とマグネット電流指令とを出力するトルク電流変換部と、
前記三相モータに流れる電流を測定する電流測定部と、
前記三相モータの回転角を測定する回転角センサと、
前記電流測定部が測定した電流から、前記三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求める三相二相変換部と、
前記トルク電流変換部から出力されたリラクタント電流指令とマグネット電流指令と、前記三相二相変換部が求めたマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流との差分をそれぞれ求める減算回路と、
前記減算回路が求めたリラクタント電流の差分及びマグネット電流の差分から、前記三相モータの各相に流す相電流を生成する駆動制御回路と、
を備え、
前記三相二相変換部は、前記回転角センサの測定した回転角に所定の角度を加算し、加算後の回転角を用いて前記三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求める、
ことを特徴とする。
【0008】
例えば、前記減算回路は、前記トルク電流変換部から出力されたリラクタント電流指令とマグネット電流指令と、前記三相二相変換部が求めたリラクタンストルク電流とマグネットトルク電流との差分を求めることにより、前記三相モータの制御にフィーバックをかけ、前記三相二相変換部は、このモータ駆動制御装置における時間遅れによる回転角の遅れを補償するように、前記回転角センサの測定した回転角に所定の角度を加算する。
【0009】
例えば、前記三相二相変換部は、このモータ駆動制御装置における時間遅れを、無駄時間と一次遅れ系における時定数に基づく遅れ時間の和とで近似し、近似した遅れ時間の和に基づいて定まる角度を前記回転角センサの測定した回転角に加算する。
【0010】
前記トルク電流変換部は、例えば、前記三相モータの弱め磁化制御を行うために、モータの回転速度の増加に伴って、極性が負で絶対値が増加する領域を有するリラクタント電流指令を出力する。
【0011】
前記トルク電流変換部は、例えば、前記三相モータを流れるリラクタント電流の位相が限界進み角以上にならない範囲で、前記リラクタント電流指令を制御する。
【0012】
前記三相モータを正逆回転させ、前記回転角センサの0点補正を行う手段を配置してもよい。この場合、前記三相二相変換部は、前記回転角センサの補正中は、前記回転角センサの測定した回転角に前記所定の角度を加算する処理を停止することが望ましい。
【0013】
上記目的を達成するため、本発明に係るモータ駆動方法は、
トルク指令に基づいて、リラクタント電流指令とマグネット電流指令とを出力する工程、
三相モータに流れる電流を測定する工程、
前記三相モータの回転角を測定する工程、
測定した電流から、前記三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求める工程、
出力された前記リラクタント電流指令とマグネット電流指令と、求められたマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流と、の差分をそれぞれ求める工程、
求めた差分から、前記三相モータの各相に流す相電流を生成する工程、
測定した回転角に所定の角度を加算し、加算後の回転角を用いて前記三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求める工程、
を備える。
【0014】
上記目的を達成するため、本発明に係るコンピュータプログラムは、
コンピュータに、
トルク指令に基づいて、リラクタント電流指令とマグネット電流指令とを出力する処理、
三相モータに流れる電流を測定する処理、
前記三相モータの回転角を測定する処理、
測定した電流から、前記三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求める処理、
出力された前記リラクタント電流指令とマグネット電流指令と、求められたマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流と、の差分をそれぞれ求める処理、
求めた差分から、前記三相モータの各相に流す相電流を生成する処理、
測定した回転角に所定の角度を加算し、加算後の回転角を用いて前記三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求める処理、
を実行させる。
【発明の効果】
【0015】
この発明によれば、測定された三相モータの回転角に所定の角度を加算し、加算後の回転角を用いて三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求めている。従って、様々な要因で生ずる制御系の遅れを補償して、正しい回転角により近い回転角でマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流を求めることができる。これにより、三相モータの応答性を高め、高速且つ高トルクで駆動可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態に係るモータ駆動制御装置の全体回路図である。
【図2】(a)〜(c)は、弱め磁束制御を説明する図である。
【図3】(a)〜(c)は、PI変換回路の構成と動作を説明するための図である。
【図4】遅れ時間を構成する無駄時間と時定数を説明する図である。
【図5】遅れ要因と無駄時間と時定数との関係を示す図である。
【図6】遅れ補償時間を求めるマップ例を示す図である。
【図7】遅れ補償処理及び弱め磁束制御を、回転角センサの補正中は実行しないという実施例を説明するためのフローチャートである。
【図8】角度センサの補正動作を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施の形態にかかるモータ駆動制御装置及びモータ駆動方法を、図面を参照して説明する。
【0018】
図1に示すように、本実施形態のモータ駆動制御装置10は、外部装置20から供給されるトルク指令に従って三相モータ30を駆動する装置であり、トルク電流変換部101と、減算回路102と、PI変換回路103と、減算回路104と、二相/三相変換部105と、変調回路106と、PWM出力部107と、Hブリッジ回路108と、回転角センサ109と、ω(角速度)演算部110と、遅れ補償演算部111と、三相/二相変換部112と、非干渉制御部113と、から構成される。
【0019】
外部装置20は、例えば、車両に設置された電子制御ユニット(ECU)等から構成され、センサの検出値等に基づいて、三相モータ30の出力トルク(出力トルクの目標値)Trefを指示する。
【0020】
三相モータ30は、三相SPM(Surface Permanent Magnet)モータから構成される。
【0021】
モータ駆動制御装置10を構成するトルク/電流変換部101は、外部装置20から指示トルクTreqを入力し、ω演算部110から三相モータ30の角速度(電気角)ωを入力し、角速度ωにおいて、指示トルクTrefにより指示されたトルクを出力するために必要なリラクタント電流値を示すリラクタント電流指令idtとマグネット電流値を示すマグネットトルク電流iqtを生成し、生成した電流指令idtとiqtを減算回路102に出力する。
【0022】
本実施形態において、三相モータ30はSPMモータであり、通常は、リラクタント電流idt=0である。しかし、本実施の形態においては、三相モータ30の応答性を高めるため、三相モータ30の回転速度の高い領域では、負の方向にリラクタント電流idtを流し、三相モータ30の磁束を弱める制御(弱め磁束制御)を実行する。
【0023】
具体的には、トルク/電流変換部101は、図2(a)に示すように、ω演算部110から出力された三相モータ30の角速度(電気角)ωが所定の値ω1以上となると、ωの増加に伴って線形に小さくなり(符号が負で、絶対値が大きくなる)、所定の値ω2以上となると負の値で一定値(idmax)となる指数idrefを出力する。
【0024】
このようにして得られたidrefには、d相とq相の電流の総和が上限値を超えない観点からリミッタが設定される。本実施形態では、q相の電流iqtを優先する観点から、図2(b)に示すように、idrefの上限値を√(imax−iq)に制限する。なお、imaxは、予め設定された最大電流値である。imaxは、例えば、制御、ECU、モータ等の電流上限値のうちの小さい値に設定される。
【0025】
従って、例えば、0≧idref≧−√(imax−iqt)であれば、idrefがidtとしてそのまま出力される。一方、−√(imax−iq)≧idrefであれば、−√(imax−iq)がidtとして出力される。
【0026】
また、idmaxは、モータの永久磁石の減磁が起きない範囲内の値に設定される。具体的には、idmaxは次式に基づいて設定される。
idmax=iq*tan[(θlimit−deg)/kθ]
θlimit≧kθ*β+deg
β=arctan(idt/qdt)
deg:後述する遅れ補償電気角
θlimit:限界進み角
kθ:所定の係数(通常1)
【0027】
減算回路102は、トルク/電流変換部101から入力したリラクタント電流指令idtと、三相/二相変換部112から入力した二相電流値(測定値)idrとの偏差(電流偏差)Δid(=idt−idr)を求め、電流偏差ΔidをPI変換回路103に出力する。同様に、減算回路102は、トルク/電流変換部101から入力したマグネットトルク電流指令iqtと、三相/二相電流変換部114から入力した二相電流値iqrとの電流偏差Δiq(=iqt−iqr)を求め、電流偏差ΔiqをPI変換回路103に出力する。これにより、フィードバック制御が実現されている。
【0028】
PI変換回路103は、比例積分回路と電流・電圧変換回路から構成され、電流偏差ΔidとΔiqをそれぞれ比例積分し、これを電流・電圧変換することにより、d軸電圧指令値vd及びq軸電圧指令値vqを生成して出力する。PI変換回路103からHブリッジ回路108は、フィードバック制御に従って、三相モータ30を駆動制御する構成に相当する。
【0029】
Δiqを例に説明すると、図3(a)に示すように、比例積分回路1031は、Pゲイン回路1032、積分不感体回路1033、Iゲイン回路1034と、加算器1035から構成される。
【0030】
Pゲイン回路1032は、入力ΔiqにPゲインを乗算する。Pゲインは、図3(b)に示すように、入力Δiqの絶対値が大きくなるに従って大きくなる可変ゲインであり、リミットが設定されている。
【0031】
積分不感体回路1033は、Δiq=0近傍の所定範囲の値を0に設定する。
Iゲイン回路1034は、入力ΔiqにIゲインを乗算するものであり、図3(c)に示すように、選択回路10311と、Kゲイン回路10312と、Σ(累算器)回路10313と、Inゲイン回路10314と、リミッタ10315と、から構成される。
【0032】
選択回路10311は、P項、即ち、Pゲイン回路1032の出力と、I項、即ち、Σ回路10313回路の出力とが同一極性のときにオンするスイッチSW1と、逆極性の時にオンするスイッチSW2とを備える。
Kゲイン回路10312は、スイッチSW2がオンしたとき、即ち、P項とI項とが逆極性のときに、入力Δiqに負のゲインKを乗算する。
【0033】
Σ回路10313は、入力信号を累算(積分)する。
Inゲイン回路10314は、積分値にゲインInを乗算する。
リミッタ10315は、Inゲイン回路10314の出力に上限値を設定する。
【0034】
加算回路104は、PI変換回路103から入力した電圧指令VdとVqに、非干渉制御部113から出力された補正値vd’、vq’を加算することにより、電圧指令VdとVqを、二次磁束と二次電流とを非干渉に制御する一次電圧VdaとVdaとに補正する。
【0035】
二相/三相変換部105は、加算回路104から補正された一次電圧VdaとVqaとを入力し、回転角センサ109から回転角(電気角)θを入力し、数式1に従って、逆パーク変換を行って、vα、vβを求め、さらに、数式2に従って逆クラーク変換を行い、三相指示電圧Vu、Vv、Vwを算出し、算出した指示電圧Vu、Vv、Vwを変調回路106に供給する。
【数1】

【数2】

【0036】
さらに、二相/三相変換部105は、得られた三相指示電圧vu、vv、vwに進み角制御を施す。即ち、電圧と電流の位相差を補償するため、各相電圧の位相を進める制御を行って、変調回路106に出力する。
【0037】
変調回路106は、正弦波奇数高調波加算変調部を有する。
【0038】
正弦波奇数高調波加算変調部は、二相/三相変換部105から供給される進角制御済の三相指示電圧vu、vv、vwに正弦波奇数高調波加算変調相当の包絡線中心シフト変調を施す。
【0039】
具体的には、正弦波奇数高調波加算変調部は、三相指示電圧vu、vv、vwを互いに比較し、そのうちから最大値と最小値を除去した中間値を求め、求めた中間値の1/2の信号を補正値とする。
例えば、ある時点で、vu>vv>vwの関係が成立しているとすると、vvが中間値となる。補正値sh=vv/2となる。
【0040】
正弦波奇数高調波加算変調部は、vu,vv,vwを、vu=vu−sh、vv=vv−sh、vw=vw−sh に補正する。なお、vu+vv+vw=0の関係が成立するため、vm=(vu+vw)/2であり、最大値と最少値の和の1/2を補正値shとしてもよい。
【0041】
PWM出力部107は、PWM制御信号pwmu、pwmv、pwmwをうけ、オンディレイによる電圧降下を補償するためのデッドタイム補償を行い、Hブリッジ回路108を構成する各スイッチング素子の駆動するためのPWM駆動信号pwmu、pwmv、pwmwを出力する。
【0042】
Hブリッジ回路(フルブリッジ回路)108は、ブルブリッジ接続された6ヶのIGBT等のスイッチング素子から構成される。Hブリッジ回路108は、PWM駆動信号pwmu、pwmv、pwmwに従って、各相の上流側と下流側の対となるトランジスタをオンし、三相モータ30のU相、V相、W相巻き線に相電流を供給し、三相モータ30を回転させる。
【0043】
また、Hブリッジ回路108は、電流計108u,108v,108wを備える。電流計108u,108v,108wは、それぞれ、三相モータ30のUVW各相の相電流を測定し、測定値Iu、Iv、Iwを出力する(Iu+Iv+Iw=0であるため、2相分の測定値でもよい)。
【0044】
回転角センサ109は、レゾルバ等から構成され三相モータ30の回転角θを電気角で検出する。
【0045】
ω演算部110は、回転角センサ109が検出した回転角θを受信し、これを微分することにより、三相モータ30のロータの角速度(電気角速度)ωを求める。
【0046】
遅れ補償演算部111は、三相モータ30の回転遅れを補償し、応答性能を向上するための遅れ補償演算を行って、回転角θを補正するための演算装置である。
【0047】
一般に、モータの回転遅れの要因としては、ソフトウエアの演算処理に要する時間、電気角θの読み込みに要する時間、三相モータ30の各相の電流の電流値Iu、Iv、Iwの読み込みに要する時間、三相モータ30の自信の応答の遅れ等がある。
【0048】
本来、これらの要因を分離し、それぞれ補償量を求めることが理想であるが、演算量が増大し、処理負担が大きくなってしまう。そこで、本実施形態では、遅れ時間の総量を、無駄時間Δtsと一次遅れ系による遅延時間(時定数)kτ・τtとの和(Δts+kτ・τt)によって近似する。
【0049】
遅れ時間の総量(Δts+kτ・τt)に相当するモータの回転角度(電気角)deg(°)、即ち、補償の対象となる角度(遅れ補償電気角)は、次式で表される。
deg=360・(RPM/60)・(P/2)・(Δts+kτ・τt)
deg:遅れ補償電気角(°)
RPM:三相モータ30の分当たりの回転数
P:モータ極数
Δts:無駄時間
kτ:時定数一次遅れ時間変換時間係数
τt:等価トータル一次遅れ時定数
【0050】
無駄時間Δtsは、ソフトウエア処理に要する時間であり、三相/二相変換部112がデータ(ここでは、電気角θと相電流iu、iv,iw)を取り込んでから、三相二相変換演算(クラーク変換、パーク変換)を実行するのに要する時間に相当する。これは、入力データのサイズ(ビット数等)、プロセッサの処理能力(クロック数を含む)、プログラムのステップ数などに依存する、そこで、実際にデータを入力してベクトル制御演算を実行し、測定することにより、求めることができる。また、ステップ数から予想することも可能である。
【0051】
等価トータル一次遅れ時定数τtは、三相モータ30及び制御系統全体を一次遅れ系とみなしたときの一次遅れに相当する時定数を表す。また、時定数一次遅れ時間変換時間係数kτは、等価トータル一次遅れ時定数τtを遅れ時間に変換するための係数である。従って、kτ・τtが系の一次遅れに起因する遅れ時間となる。
【0052】
具体的に説明すると、例えば、三相/二相変換部112が、三相電流iu,iv,iwをハードウエアで読み込み、三相電流の読み込み完了後、電気角θをA/D変換して入力し、所定の演算処理を行って制御出力vu、vv、vwを出力し、その後、三相モータ30がこれに応答するという系を想定する。
この場合の時間の経過は、図4に示すような関係となる。
【0053】
ここで、三相電流値を読み込むのに要する時間をτi、三相電流値を読み込んでから演算を開始するまでの時間をΔts0とすると、三相の電流値を読み込んで演算を開始するまでに要する時間は、τi+Δts0となる。また、これらの動作と平行して、電気角の読み込みの動作が行われ、要する時間はτrdである。
このような場合、実質的にデータの入力に要する時間τinは、(τi+Δts0)と、τrdのいずれか大きい方(τin=max(τi+Δts0,τrd))になる。
【0054】
また、三相モータ30を、一次遅れ系で表すとすると、モータの時定数τmは、L/Rで表される。ここでLは、例えば、モータ3の各相の巻き線のインダクタンスLaと配線などのインダクタンスLeの和である。また、Rは、モータ3の各相の巻き線の抵抗RaとECUの抵抗と配線及び電源の電気抵抗Rwの和で表される。
ベクトル制御の場合、τmは計算値の1/2程度とし、位置制御の場合、計算値程度とすることが制御上望ましい。
【0055】
図5に遅れ要因と、無駄時間と時定数の組み合わせの一覧を示す。なお、数値自体は説明する上での仮想上のものである。
【0056】
図5において、遅れ要因の「ソフトウエア演算」は、ソフトウエア演算に要する時間であり、無駄時間に相当し、図4では記号Δtsで表され、表では10秒である。
遅れ要因の「電気角読み込み」は、電気角の読み込みに要する時間を表し、例では、無駄時間相当分が1秒、時定数相当分は図4では記号τrdで表され、表では、20秒である。通常、無駄時間相当分は非常に小さく、図4では無視されている。
「電流検出」は、電流検出値の読み込みに要する時間のうちソフトウエア処理部分を除いたハードウエア処理に依存する分を表し、図4では記号τiで表され、表では、30秒である。
「モータ」は、励磁回路等の時定数の計算値に相当し、図4では記号τmで表され、表では、40秒である。
【0057】
図5の例の場合、データの入力に要する時間Τinは次のように表される。
τin==max(τi+Δts0,τrd)=max(10+Δts0,20)、即ち、(10+Δts0)秒と20秒のうち大きい方となる。通常、Δts0は、プロセッサの動作クロック周期レベルとなり、Δts,τrdと比較して十分に小さく、無視可能である。このため、この例では、τin==max(10,20)=20秒となる。
トータルの一次遅れ時間kτ・τtは、ほぼ、τinとモータ時定数τmの和となる。また、上述のように、モータ時定数tmの実際値は計算値のほぼ1/2である。
すると、kτ・τt=τm/2+τin=40/2+20=40秒となる。
これを、degの式に代入すると、
deg=360・(RPM/60)・(P/2)・(Δts+kτ・τt)
=360・(1000/60)・(10/2)・(10+40)
=360・(1000/60)・(10/2)・50
となる。
【0058】
なお、逐一の計算によらず、無駄時間と時定数をモータ毎、ソフトウエア処理の内容等に応じて予め求めておき、ω−角度のマップを求めておき、モータ3の角速度ωに応じて、マップから補正値を求めるように構成することも可能である。
【0059】
遅れ補償演算部111は、回転角センサ109の出力する回転角(電気角)θにdeg(°)を加算することにより、回転角をθ=θ+degに補正する。
【0060】
なお、遅れ補償値一杯の制御では振動的になるため、一定量(例えば、60%〜80%)に遅れ補償量を抑制し、モータの速度アップを弱め磁束制御で対応するようにしてもよい。
【0061】
三相/二相変換部112は、三相モータ30の各相の電流値Iu、iv、iwと、遅れ補償が施された電気角θとを入力し、クラーク変換及びパーク変換を行って、次式で表されるd相とq相の二相電流値idr、iqrを求めて、出力する。
【0062】
【数3】

【0063】
非干渉制御部113は、角速度ωと三相2相変換部の出力とに基づいて、次式に非干渉演算を行い、補正値vd‘とvq’を出力する。
【数4】

ここで、Raは、三相モータ30の各相の巻き線抵抗、
Kh0は、実質的に0であり、Kh0*s*Ld=0、Kh0*s*Lq=0である。
ωmは、モータ軸の角速度、
Keは、定数。
なお、補正値Vd,Vqについては、リミッタを設けることが望ましい。
【0064】
次に、上記構成のモータ制御装置10の動作を説明する。
まず、制御の必要に応じて、外部装置20、例えば、ECUは、必要なトルクを指示するトルク指示Trefを出力する。
【0065】
トルク/電流変換部101は、トルク指示Trefに応答し、トルク指示Trefが指示が指示するトルクを得るために必要となるマグネットトルク電流iqtを求めて出力する。
また、トルク/電流変換部101は、制御対象のモータ3がSPMであるため、通常であれば、リラクタントトルク電流idtを0とする。ただし、本実施形態では、三相モータ30の高速応答性を高めるため、弱め磁束制御を行うように、図2(a)に示すマップに従って、指数idrefを求め、さらに、図2(b)のリミッタをかけて得られた値idtを、負の電流を指示するリラクタントトルク電流idtとして出力する。
【0066】
減算回路102は、リラクタント電流指令idtと三相/二相変換部112からの二相電流値idrとの偏差ΔId(=Idt−Idr)を求め、電流偏差ΔIdをPI変換回路103に出力する。この電流偏差ΔIdは、目的とするトルクを得るために、三相モータ30に供給する電流のd成分の増減分を表す。
同様に、減算回路102は、マグネットトルク電流指令iqtと、三相/二相変換部112から入力した二相電流値iqrとの電流偏差ΔIq(=Iqt−Iqr)を求め、電流偏差ΔIqをPI変換回路103に出力する。この電流偏差ΔIdは、目的とするトルクを得るために、モータ3に供給する電流のq成分の増減分を表す。
【0067】
PI変換回路103は、電流偏差ΔIdとΔIqを比例積分することにより、トルクTrefを得るためにモータ3に印加すべき電圧のd軸電圧指令値Vd及びq軸電圧指令値Vqを生成して出力する。
【0068】
減算回路104は、電圧指令VdとVqに、非干渉制御部113から出力された補正値vd’、vq’を加算することにより、電圧指令VdとVqを、二次磁束と二次電流とを非干渉に制御する一次電圧VdaとVdaとに補正する。
【0069】
二相/三相変換部105は、補正された一次電圧VdaとVqaとを入力し、回転角センサ109から回転角(電気角)θを入力し、数式1に従って、逆パーク変換を行って、vα、vβを求め、さらに、数式2に従って逆クラーク変換を行い、三相指示電圧Vu、Vv、Vwを算出し、得られた三相指示電圧vu、vv、vwに進み角制御を施し、算出した指示電圧Vu、Vv、Vwを変調回路106に供給する。
【0070】
変調回路106の正弦波奇数高調波加算変調部は、進角制御済の三相指示電圧vu、vv、vwに正弦波奇数高調波加算変調(崩落線中心シフト変調)を施す。続いて、空間ベクトル変調部は、正弦波奇数高調波加算変調された三相指示電圧vu、vv、vwを受信し、また、二相/三相変換部105から静止座標系αβに変換された指示電圧vαとvβとを受け、空間ベクトル変調を行って、UVW各相電流のオン・オフを示すPWM制御信号pwmu、pwmv、pwmwをPWM出力部107に出力する。
【0071】
PWM出力部107は、PWM制御信号pwmu、pwmv、pwmwをうけ、デッドタイム補償を行い、さらに、Hブリッジ回路108を構成する各スイッチング素子の駆動するためのPWM駆動信号pwmu、pwmv、pwmwを出力する。
【0072】
Hブリッジ回路(フルブリッジ回路)108は、PWM駆動信号pwmu、pwmv、pwmwに従って、三相モータ30のU相、V相、W相巻き線に相電流を供給し、三相モータ30を回転させる。
【0073】
また、Hブリッジ回路108の電流計108u,108v,108wは、それぞれ、三相モータ30のUVW各相の相電流を測定し、測定値Iu、Iv、Iwを出力する。
【0074】
回転角センサ109は、三相モータ30の回転角(電気角)θを検出する。
【0075】
ω演算部110は、回転角センサ109が検出した回転角θから、三相モータ30のロータの角速度(電気角)ωを求める。
【0076】
遅れ補償演算部111は、三相モータ30及びこの制御系の無駄時間と時定数、及び刻々と提供される角速度ωとに基づいて、遅れ時間を求め、この遅れ時間に相当する遅れ補償角degを求める。遅れ補償演算部111は、供給されたθに求めた遅れ補償角degを加算して、回転角θを補正する。補正された回転角θは、この系の無駄時間と時定数による遅れ分が補償されているので、三相モータ30の現時点での実際の回転角θにより近い値となっている。
【0077】
三相/二相変換部112は、三相モータ30の各相の電流値Iu、iv、iwと、遅れ補償が施された電気角θとを入力し、d相とq相の実際の二相電流値idr、iqrを求めて、加算器102に出力する。
この二相電流値idr、iqrが、電流指令idt、iqtと加算されて、以後の制御が進行される。従って、上述の動作を連続的に実行することにより、遅れ補償を行わない従来の制御システムと比較して、三相モータ30の応答性が向上する。
【0078】
また、トルク/電流変換部101で、弱め磁束制御が実行されているので、その点でも三相モータ30の応答性が向上する。
また、遅れ補償制御を優先し、弱め磁束指令値に、電流idが限界進み角以上にならないように磁束指令値に制限をかけているので、遅れ補償制御と弱め磁束制御とが干渉しない。
【0079】
なお、この発明は上記実施の形態に限定されず、種々の変形及び応用が可能である。
例えば、上記実施の形態においては、演算により遅れ補償角degを求めたが、例えば、図6に示すように、遅れ補償角−ωを予め求めておき、これを予めマップ化してメモリに記憶しており、マップを参照することにより、遅れ補償角を求めるようにしてもよい。
【0080】
上記実施の形態においては、系の遅れを無駄時間と時定数とで近似したが、遅れの要因と遅れ時間とを個別に求め、これらを積み上げることにより、補償すべき遅れを正確に求めることも可能である。
【0081】
上記実施の形態においては、正確に遅れ補償処理を実行するためには、回転角センサ109で正確に回転角を測定する必要がある。このため、回転角センサ109の0点学習は重要である。0点学習を行う際には、三相モータ30を正逆に回転電気角を少しずつ代えながら正逆に回転させ、回転数最大又は電流値の測定が必要である。
この際に、遅れ補償、弱め磁束制御を実施していると、正確な測定が困難となる場合がある。
【0082】
このため、図7に示すように、回転角センサの補正中であるか否かを判別し、補正中であれば、遅れ補償処理及び弱め磁束制御をスキップするようにすればよい。
【0083】
なお、回転角センサの補正処理は、例えば、図8に示すように、順方向に回転させたときの0点がθf、逆転させたときの0点がθrの角度で検出されたとすると、原点θ0=(θf−θr)/2とし、以後、測定値θからθ0を減算した値を真の角度として使用すればよい。
【0084】
なお、上記実施の形態で説明したフローチャートは実施形態の一例であり、これらの処理ルーチンに限定されるものではないことは勿論である。
モータ駆動制御装置10の全部又は一部を位置又は複数のコンピュータで構成し、これらのコンピュータに実行させるプログラムを作成、配布、インストール等してもよい
【符号の説明】
【0085】
10 モータ駆動制御装置
20 外部装置
30 三相モータ
101 トルク/電流変換部
102 減算回路
103 PI変換回路
104 減算回路
105 二相/三相変換部
106 変調回路
107 PWM出力部
108 Hブリッジ回路
109 回転角(電気角)センサ
110 ω演算部
111 遅れ補償演算部
112 三相/二相変換部
113 非干渉制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
三相モータをベクトル制御するモータ駆動制御装置であって、
トルク指令に基づいて、リラクタント電流指令とマグネット電流指令とを出力するトルク電流変換部と、
前記三相モータに流れる電流を測定する電流測定部と、
前記三相モータの回転角を測定する回転角センサと、
前記電流測定部が測定した電流から、前記三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求める三相二相変換部と、
前記トルク電流変換部から出力されたリラクタント電流指令とマグネット電流指令と、前記三相二相変換部が求めたマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流との差分をそれぞれ求める減算回路と、
前記減算回路が求めたリラクタント電流の差分及びマグネット電流の差分から、前記三相モータの各相に流す相電流を生成する駆動制御回路と、
を備え、
前記三相二相変換部は、前記回転角センサの測定した回転角に所定の角度を加算し、加算後の回転角を用いて前記三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求める、
ことを特徴とするモータ駆動制御装置。
【請求項2】
前記減算回路は、前記トルク電流変換部から出力されたリラクタント電流指令とマグネット電流指令と、前記三相二相変換部が求めたリラクタンストルク電流とマグネットトルク電流との差分を求めることにより、前記三相モータの制御にフィーバックをかけ、
前記三相二相変換部は、このモータ駆動制御装置における時間遅れによる回転角の遅れを補償するように、前記回転角センサの測定した回転角に所定の角度を加算する、
ことを特徴とする請求項1に記載のモータ駆動制御装置。
【請求項3】
前記三相二相変換部は、このモータ駆動制御装置における時間遅れを、無駄時間と一次遅れ系における時定数に基づく遅れ時間の和とで近似し、近似した遅れ時間の和に基づいて定まる角度を前記回転角センサの測定した回転角に加算する、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のモータ駆動制御装置。
【請求項4】
前記トルク電流変換部は、前記三相モータの弱め磁化制御を行うために、モータの回転速度の増加に伴って、極性が負で絶対値が増加する領域を有するリラクタント電流指令を出力する、
ことを特徴とする請求項1、2又は3に記載のモータ駆動制御装置。
【請求項5】
前記トルク電流変換部は、前記三相モータを流れるリラクタント電流の位相が限界進み角以上にならない範囲で、前記リラクタント電流指令を制御する、
ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載のモータ駆動制御装置。
【請求項6】
前記三相モータを正逆回転させ、前記回転角センサの0点補正を行う手段を備え、
前記三相二相変換部は、前記回転角センサの補正中は、前記回転角センサの測定した回転角に前記所定の角度を加算する処理を停止する、
ことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のモータ駆動制御装置。
【請求項7】
トルク指令に基づいて、リラクタント電流指令とマグネット電流指令とを出力する工程、
三相モータに流れる電流を測定する工程、
前記三相モータの回転角を測定する工程、
測定した電流から、前記三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求める工程、
出力された前記リラクタント電流指令とマグネット電流指令と、求められたマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流と、の差分をそれぞれ求める工程、
求めた差分から、前記三相モータの各相に流す相電流を生成する工程、
測定した回転角に所定の角度を加算し、加算後の回転角を用いて前記三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求める工程、
を備えるモータ駆動方法。
【請求項8】
コンピュータに、
トルク指令に基づいて、リラクタント電流指令とマグネット電流指令とを出力する処理、
三相モータに流れる電流を測定する処理、
前記三相モータの回転角を測定する処理、
測定した電流から、前記三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求める処理、
出力された前記リラクタント電流指令とマグネット電流指令と、求められたマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流と、の差分をそれぞれ求める処理、
求めた差分から、前記三相モータの各相に流す相電流を生成する処理、
測定した回転角に所定の角度を加算し、加算後の回転角を用いて前記三相モータのマグネットトルク電流とリラクタンストルク電流とを求める処理、
を実行させるコンピュータプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−231615(P2012−231615A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−98826(P2011−98826)
【出願日】平成23年4月26日(2011.4.26)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】