説明

レーザ加工法及び装置

【課題】半導体結晶などの脆性材料をチッピングやクラッキングの発生を抑制して除去加工するレーザ加工法及び装置を提供すること。
【解決手段】結晶性加工対象物6の表面にパルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射する低フルーエンス照射手段2と、低フルーエンス照射手段2で照射された加工対象物の照射領域にパルスレーザ光を加工対象物6の表面形状が変化する所定の高フルーエンスで照射する高フルーエンス照射手段2と、を有することを特徴とするレーザ加工装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ加工法及び装置に関し、詳しくは、半導体結晶などの脆性材料をチッピングやクラッキングの発生を抑制して除去加工(穴あけ、みぞ切り、スクライビング、等)するレーザ加工法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
パルス時間幅(以後単にパルス幅と記す)がナノ秒以上のパルスレーザ光、或いはcwレーザ光を加工対象物に集光照射することで、穴あけ加工、みぞ切り加工、切断加工が可能であることが古くから知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
最近、パルス幅がフェムト秒〜ピコ秒のオーダの短光パルスレーザ光を加工対象物に照射すると、フルーエンスが該加工対象物のアブレーション閾値以上の時、照射領域がアブレーションして除去されることが知られている(例えば、非特許文献2参照)。レーザ光を走査するか加工対象物を走査することで、みぞ切り、切断といった除去加工を行うことができる。
【0004】
また、半導体ウエハ上に形成された半導体素子を個々の半導体デバイスに組み立てるために、ウエハを分割して半導体チップにする必要があり、従来、ブレードによりウエハに切り込みを入れて割断していた。
【非特許文献1】稲場文男、他編「レーザーハンドブック」朝倉書店出版、1973年2月20日、p.695−699
【非特許文献2】J. Bovatsek, et. al. “Laser Ablation Threshold and Etch Rate Comparison Between the Ultrafast Yb Fiber-based FCPA Laser and a Ti:Sapphire Laser for Various Materials” Proceedings of the 5th International Symposium on Laser Precision Microfabrication, 2004.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来のレーザ光によるレーザ加工及びブレード等による機械加工では、加工対象物が結晶性脆性材料の場合、除去加工による熱的或いは/及び機械的応力によって、例えば、みぞ切りの場合、みぞの側壁や底部にクラックやチッピングが発生する。その結果、例えば、半導体チップ製造の場合、チップサイズが小さくなるにつれ、クラックやチッピングが半導体デバイスの性能低下をもたらし、不良率が増加する。
【0006】
本発明は、上記従来のレーザ加工法及び機械加工の問題に鑑みてなされたものであり、半導体結晶などの脆性材料をチッピングやクラッキングの発生を抑制して除去加工するレーザ加工法及び装置を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
課題を解決するためになされた請求項1に係る発明は、結晶性加工対象物の表面にパルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射して該照射領域をアモルファス化するアモルファス化工程と、前記アモルファス化工程でアモルファス化された前記照射領域に前記パルスレーザ光を所定の高フルーエンスで照射して該照射領域を除去する除去工程と、を有することを特徴とするレーザ加工法である。
【0008】
結晶性加工対象物をアモルファス化して脆性を低下させてから除去加工するので、チッピングやクラッキングの発生を抑制することができる。
【0009】
課題を解決するためになされた請求項2に係る発明は、結晶性加工対象物の表面にパルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射して該照射領域をアモルファス化するアモルファス化工程と、前記アモルファス化工程でアモルファス化された前記照射領域を機械加工する機械加工工程と、を有することを特徴とするレーザ加工法である。
【0010】
除去加工を機械加工で行うので、加工コストを下げることができる。
【0011】
課題を解決するためになされた請求項3に係る発明は、結晶性加工対象物の表面に第1パルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射して該照射領域をアモルファス化するアモルファス化工程と、前記アモルファス化工程でアモルファス化された前記照射領域に第2パルスレーザ光を所定の高フルーエンスで照射して該照射領域を除去する除去工程と、を有することを特徴とするレーザ加工法である。
【0012】
アモルファス化と除去に別々のパルスレーザ光を用いるので、アモルファス化に適したレーザ特性(パルス幅、波長)、除去に適したレーザ特性を選定することができる。
【0013】
また、請求項4に係る発明は、請求項1〜3のいずれかに記載のレーザ加工法であって、前記加工対象物が半導体で、前記パルスレーザ光或いは前記第1パルスレーザ光の光子エネルギが該半導体のバンドギャップより小さいことを特徴としている。
【0014】
アモルファス化を引き起こす低フルーエンスの範囲が広く、アモルファス化工程でのフルーエンスの設定が容易になる。
【0015】
課題を解決するためになされた請求項5に係る発明は、結晶性加工対象物の表面にパルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射する低フルーエンス照射手段と、前記低フルーエンス照射手段で照射された前記加工対象物の照射領域に前記パルスレーザ光を前記加工対象物の前記表面形状が変化する所定の高フルーエンスで照射する高フルーエンス照射手段と、を有することを特徴とするレーザ加工装置である。
【0016】
低フルーエンス照射手段で結晶性加工対象物がアモルファス化する所定の低フルーエンスでパルスレーザ光を照射することで、照射領域をアモルファス化することができ、高フルーエンス照射手段でそのアモルファス化した照射領域を除去加工するので、クラッキング及びチッピングの発生を抑制することができる。
【0017】
また、請求項6に係る発明は、請求項5に記載のレーザ加工装置であって、前記低フルーエンス照射手段と前記高フルーエンス照射手段とは、前記パルスレーザ光を前記加工対象物の前記表面に集光してできるスポット径を制御する集光光学系を共有することを特徴としている。
【0018】
低フルーエンス照射手段と高フルーエンス照射手段とが集光光学系を共有するので、レーザ加工装置を小型化できる。
【0019】
また、請求項7に係る発明は、請求項6に記載のレーザ加工装置であって、前記低フルーエンス照射手段と前記高フルーエンス照射手段とは、前記パルスレーザ光の時間軸パルス形状を制御するパルス形状制御手段を含むことを特徴としている。
【0020】
パルス形状制御手段でパルスの立ち上がり部、立ち下がり部の強度分布を所定の低フルーエンスに、山部の強度分布を所定の高フルーエンスにすることで、シングルショット(単一パルス照射)でアモルファス化と除去加工を行うことができる。
【0021】
課題を解決するためになされた請求項8に係る発明は、結晶性加工対象物の表面にパルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射する低フルーエンス照射手段と、前記低フルーエンス照射手段で照射された前記加工対象物の照射領域を機械加工する機械加工手段と、を有することを特徴とするレーザ加工装置である。
【0022】
除去加工を機械加工手段で行うので、加工コストを下げることができる。
【0023】
課題を解決するためになされた請求項9に係る発明は、結晶性加工対象物の表面に第1パルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射する低フルーエンス照射手段と、前記低フルーエンス照射手段で照射された前記加工対象物の照射領域に第2パルスレーザ光を前記加工対象物の前記表面形状が変化する所定の高フルーエンスで照射する高フルーエンス照射手段と、を有することを特徴とするレーザ加工装置である。
【0024】
低フルーエンス照射手段と高フルーエンス照射手段のパルスレーザ光が異なるので、アモルファス化に適したレーザ特性(パルス幅、波長)、除去に適したレーザ特性を選定することができる。
【0025】
また、請求項10に係る発明は、請求項5、8、9のいずれかに記載のレーザ加工装置であって、前記加工対象物が半導体で、前記パルスレーザ光或いは前記第1パルスレーザ光の光子エネルギが該半導体のバンドギャップより小さいことを特徴としている。
【0026】
アモルファス化を引き起こす低フルーエンスの範囲が広く、低フルーエンス照射手段でのフルーエンスの設定が容易になる。
【発明の効果】
【0027】
結晶性加工対象物をアモルファス化して脆性を低下させてから除去加工するので、チッピングやクラッキングの発生を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下に本発明を実施するための最良の形態を図面を参照して説明する。
【0029】
(実施形態1)
本実施形態のレーザ加工装置は、同一のパルスレーザ光を順次照射するタイプで、図1に示すように、パルスレーザ光源1と、フルーエンス制御手段2と、加工対象物6を移動させるxyz3軸移動ステージ5と、を備えている。
【0030】
パルスレーザ光源1としては、例えば、ファイバチャープパルス増幅(FCPA)光源を用いることができる。FCPA光源は、モードロックファイバレーザとチャープパルス増幅器を組み合わせた光源で、例えば、中心波長1558nm、典型的なパルス幅870fs、繰り返し周波数172.9kHzのレーザ光を出力する。空間的なビームプロファイルは、ガウシアンである。
【0031】
フルーエンス制御手段2は、パルスレーザ光のエネルギ調整器21と集光光学系22とを備えており、低フルーエンス照射手段及び高フルーエンス照射手段でもある。例えば、集光光学系22でレーザ光を集光したとき、ビームウエストの位置が加工対象物6の表面に一致するようにz軸方向の位置を調整して集光光学系22を固定する場合、エネルギ調整器21でエネルギを減少させると、低フルーエンス照射手段として機能する。一方、エネルギ調整器21でエネルギを増加させると高フルーエンス照射手段として機能する。エネルギ調整器21としては、例えば、NDフィルタ或いはλ/2板と偏光子を組み合わせたもの等を用いることができる。集光光学系22としては、単レンズ或いは顕微鏡対物レンズなどを用いることができる。因みに本実施形態では、エネルギ調整器21にλ/2板と偏光ビームスプリッタを組み合わせたものを、集光光学系23にNA0.8の100倍対物レンズを、それぞれ用いている。
【0032】
上記のように、低フルーエンス照射手段及び高フルーエンス照射手段でもあるフルーエンス制御手段2は、エネルギ調整器21と集光光学系22とを備えているが、エネルギ調整器21を省いて、集光光学系23だけにすることもできる。その結果、加工装置を小型化できる。集光光学系22を点線矢印Aのようにz軸方向に移動させるか或いは移動ステージ5で加工対象物6をz軸方向に移動させると、加工対象物6の表面での集光スポット径が変わるので、フルーエンスを変えることができる。すなわち、図2(A)に示すように、集光光学系22の集光点pを加工対象物6の表面6aから上方Dの位置に調節すると、表面6aでの集光スポット径が大きくなり、フルーエンスが低下する。集光スポット径は、Dに依存するので、Dを変えることで、フルーエンスを所定の低フルーエンスにすることができる。また、Dを小さく、すなわちD=0にすれば、集光スポット径が最小になり(図2(B)参照)、フルーエンスが最大になる。したがって、Dを小さくすることで、フルーエンスを所定の高フルーエンスにすることができる。
【0033】
なお、3は、偏光制御器で、例えばλ/4板であり、レーザ光が直線偏光の場合、円偏光に変えることで、偏光依存性をなくすことができる。4は、折り曲げミラーである。
【0034】
加工対象物が除去加工されずにアモルファス化するためには、フルーエンスを除去加工閾値以下にしなければならない。除去加工閾値(アブレーション閾値を含む)は、加工対象物の材料とレーザ光の波長、パルス幅などと関係があるので、アモルファス化する低フルーエンスの範囲は、加工対象物の材料、レーザ光の波長、レーザ光のパルス幅などによって決まり、実験的に決められる必要がある。
【0035】
そこで、まず、本実施形態のレーザ加工装置でアモルファス化する所定の低フルーエンス値を求めるために行った実験及び結果について説明する。加工対象物6を厚さ545μmのSi(100)ウエハとし、パルスレーザ光源1を、中心波長1558nm、パルス幅870fs、繰り返し周波数172.9kHzの前記FCPA光源とし、フルーエンス制御手段2でフルーエンスを変えて、フルーエンスとアモルファス化の関係を調べた。なお、繰り返し周波数が172.9kHzであるので、シングルショットになるように、加工対象物6を移動ステージ5でx軸方向に750mm/sの速度で走査した。シングルショットになるようにしたのは、本実施形態のレーザ加工装置ではフルーエンスを極端に小さくできないため、ダブルショットになると、フルーエンスが倍になり、アブレーションを起こすからである。
【0036】
D=0にして、エネルギ調整器21だけでフルーエンスを低から高に変えてSiウエハにパルスレーザ光を照射すると、フルーエンスが低すぎる場合、内部はもちろん表面にも変化がないが、フルーエンスが高くなってくると、図3(A)に示すように、集光スポット径に近い白っぽい円形パターンが観測される。さらにフルーエンスを高くすると、図3(B)に示すように、白っぽい円形パターンの中にアブレーションによるクレータが観測される。白く見えるのは、パルスレーザ照射領域の屈折率が変わるためと考えられる。図4は、図3(A)の円形パターンの断面TEM写真で、図4(A)から、白っぽい変質層の深さが約0.05μmであることがわかる。図4(B)は、図4(A)の中央付近を高倍率で観察したTEM写真である。白っぽい変質層の下の層には規則的な模様が観測されるのに対して、白っぽい変質層には観測されず、白っぽい変質層がアモルファス化していることがわかる。
【0037】
アモルファス化する所定の低フルーエンス値の範囲を求めるのに、上記のように、一々TEM観察すると、膨大な実験量になるので、TEM観察は適宜行うのに止めた。代わりに、以下のように、白っぽく変質する円形パターンの大きさとフルーエンスの関係から所定の低フルーエンスの下限を、アブレーション深さとフルーエンスの関係から所定の低フルーエンスの上限を、それぞれ求めた。
【0038】
白っぽく変質する円形パターンの径をD、集光スポット径を2ω、集光スポットにおけるピークフルーエンスをF0、白っぽく変質させるフルーエンスの下限、すなわちアモルファス化する所定の低フルーエンス値の下限をFth、とすると、次式の関係が成り立つ。
【0039】
=(2ω)ln(F/Fth) (1)
アブレーション深さをL、多光子吸収の次数をn、多光子吸収係数をα、アブレーション閾値、すなわちアモルファス化する所定の低フルーエンス値の上限をFuth、集光スポットのフルーエンスをF、パルス幅をτとすると、次式の関係が成り立つ。
【0040】
L={1/(n−1)α}{(Futh/τ)1−n−(F/τ)1−n} (2)
図5は、縦軸に白っぽく変質する円形パターンの径の2乗すなわちDをとり、横軸にピークフルーエンスFをとって実験値をプロットした図である。実験データを結ぶ直線は、(1)式をフィッティングしたもので、これから、アモルファス化する所定の低フルーエンス値の下限Fth=0.53J/cmであることがわかる。
【0041】
図6は、縦軸にアブレーション深さLをとり、横軸にフルーエンスFをとり、実験値をプロットした図である。実験データを結ぶ曲線は、(2)式をフィッティングしたもので、これから、アモルファス化する所定の低フルーエンス値の上限Futh=0.73J/cmであることがわかる。
【0042】
上記から、波長1558nmのFCPA光源の場合、アモルファス化する所定の低フルーエンス値の範囲は、0.53〜0.73J/cmである。
【0043】
一方、パルスレーザ光源1を波長だけが800nmと大きく異なるパルスレーザ光源にして、同様の実験を行ったところ、アモルファス化する所定の低フルーエンス値の範囲は、0.26〜0.29J/cmであった。したがって、Siの場合、波長1558nmのパルスレーザを照射してアモルファス化する所定の低フルーエンスの範囲が広く、制御が容易である。範囲が広いのは、Siのバンドギャップが1.15eVに対して、波長1558nmのパルスレーザの光子エネルギが0.79eVと小さいことによる。
【0044】
次に、本実施形態のレーザ加工装置でアモルファス化する所定の低フルーエンス値とそのレーザパルス幅依存性を求めるために行った実験及び結果について説明する。
【0045】
加工対象物6を厚さ545μmのSi(100)ウエハとし、パルスレーザ光源1を中心波長800nm、繰り返し周波数1kHzのチタンサファイアレーザ光源とし、レーザ光源内蔵のパルス圧縮器を調整してパルス幅を100fsから5psまで変化させ、フルーエンス制御手段2でフルーエンスを変えて、パルス幅とフルーエンスとアモルファス化の関係を調べた。
【0046】
パルス幅を設定した後にレーザ光を同一点に複数回照射し、レーザスポット内で白っぽく変質する領域を測定し、(1)式により所定の低フルーエンスの範囲を求めた。波長800nmのレーザ光を照射した場合、白っぽく変質する領域はリング状パターンとなった。したがって、白っぽく変質する領域がリング状となるか円になるかは、レーザ波長によって異なることがわかる。照射回数を増やすと、リングの幅が広くなり、アモルファス化する領域の成長が確認され、ある照射回数以上ではアブレーションが発生した。
【0047】
観測された最も幅が狭いリングをS−リング、アブレーションに至る直前の最も幅が広いリングをL−リングと名付けて、それぞれのリングの内径と外径を測定し、その内径と外径に対応する箇所での照射フルーエンスを(1)式により評価した。同様の実験をパルス幅100fs、400fs、1ps、4psと変化させて行った。なお、アブレーションに至る照射回数は、パルス幅によって異なる。
【0048】
図7は、縦軸にアモルファス化により白っぽく変質して生じたリング状パターンの内径と外径に対応する箇所のフルーエンスをとり、横軸にパルス幅をとって実験値をプロットした図である。図7は、両対数グラフ表示であるが、データ点を結ぶ直線は、パルス幅が8ps(8000fs)で交わる。
【0049】
したがって、アモルファス化する所定の低フルーエンス値の範囲は、パルス幅が長くなると狭くなり、パルス幅が8ps以上では安定なアモルファス化を実現できないことがわかる。このパルス幅の上限は、レーザ光の波長と加工対象物の物性値によって変化する。
【0050】
上記の実験から、レーザ光の波長としては、200〜2000nmの範囲が望ましい。加工対象物を半導体材料とすると、400〜1600nmの範囲がより望ましい。また、レーザ光のパルス幅としては、10fs〜8psの範囲が望ましい。したがって、アモルファス化するパルスレーザ光としては、短光パルスレーザ光が望ましい。
【0051】
次に、加工対象物6を厚さ545μmのSi(100)ウエハとし、パルスレーザ光源1を、中心波長1558nm、パルス幅870fs、繰り返し周波数172.9kHzの前記FCPA光源としたときの、各工程について説明する。
【0052】
<準備工程>
移動ステージ5に加工対象物6(Siウエハ)をセットして表面が、100倍の対物レンズ22のビームウエストの位置になるように調節する。
【0053】
<アモルファス化工程>
まず、対物レンズ22のビームウエスト(ウエスト径2ω)の位置でのフルーエンスをアモルファス化する所定の低フルーエンス、例えば、0.6J/cmになるようにエネルギ調整器21を調整し、図示しないシャッタをオフにする。次に、移動ステージ5を移動させながらシャッタをオンにしてパルスレーザ光を0.6J/cmのフルーエンスで照射することで、幅約2ω、長さh、深さδの細長い領域がアモルファス化される。長さhは、移動ステージ5の移動速度とシャッタをオンしている時間に依存する。深さδは、実験によれば、約0.05μmである。
【0054】
<除去工程>
まず、移動ステージ5をアモルファス化工程の初期段階に戻す。次に、対物レンズ22のビームウエストの位置でのフルーエンスをアブレーションする所定の高フルーエンス、例えば、0.9J/cm(この場合、所定の高フルーエンスは、アブレーション閾値以上である。)になるようにエネルギ調整器21を調整し、図示しないシャッタをオフにする。次に、移動ステージ5を移動させながらシャッタをオンにしてパルスレーザ光を0.9J/cmのフルーエンスでアモルファス化工程でアモルファス化された領域にオーバラップ照射することで、幅2ω’(ω>ω’)、長さh、深さδ’(δ>δ’)の細長いみぞがきられる。
【0055】
本実施形態では、結晶性加工対象物をアモルファス化して脆性を低下させてから除去加工するので、チッピングやクラッキングの発生を抑制することができる。
【0056】
なお、所定の高フルーエンスは、アブレーション閾値近くに設定することが好ましい。アブレーション閾値を大きくオーバすると、ω<ω’、δ<δ’となり、アモルファス化領域よりアブレーション領域が大きくなる。その結果、みぞの周辺にクラックやチッピングが発生し易くなる。
【0057】
クラックやチッピングを抑えて深いみぞを切るには、上記<アモルファス化工程>と<除去工程>とを繰り返せばよい。
【0058】
次に、図8を参照しながら本実施形態の変形態様について説明する。図8において、図1に示す実施形態1のレーザ加工装置と同じ構成要素には同一の符号を付し説明を省略する。23は、例えば、20%反射し、80%透過する部分反射鏡である。23′は、全反射鏡である。加工対象物6は、移動ステージ6で矢印C方向に移動させられ、最初、集光光学系22で所定の低フルーエンスでパルスレーザ光が照射される。次に加工対象物6が点線で示す位置まで移動すると、集光光学系22′で所定の高フルーエンスでパルスレーザ光が照射される。
【0059】
<準備工程>
集光光学系22、22′による加工対象物6表面での集光スポット面積をそれぞれS、S′とし、部分反射鏡23の反射率をR、透過率をT、部分反射鏡23に入射するパルスレーザ光のエネルギをEとすると、集光光学系22、22′による加工対象物6の集光照射領域のフルーエンスは、それぞれER/S、ET/S′である。したがって、まず、エネルギ調整器21と集光光学系22′の位置とを調整して、ET/S′が所定の高フルーエンス、すなわちSiのアブレーション閾値以上の例えば、0.9J/cmに等しくなるようにする。次に、集光光学系22を調整して、ER/Sが所定の低フルーエンス、例えば0.6J/cmに等しくなるようにする。
【0060】
<アモルファス化工程>
図8に示すように、実線で示す加工対象物6は、矢印C方向に移動しながら、先ず、集光光学系22で、パルスレーザ光が0.6J/cmのフルーエンスで照射され、照射された領域がアモルファス化される。
【0061】
<除去工程>
加工対象物6が矢印C方向に移動して、集光光学系22′の集光スポット領域に達すると、アモルファス化工程でアモルファス化された領域にパルスレーザ光が0.9J/cmのフルーエンスで照射され、みぞが切られる。
【0062】
本変形態様では、加工対象物が移動するだけで、アモルファス化と除去加工が順次行われるので、実施形態1のように、一々加工対象物を戻す必要がない。その結果、加工時間を短縮することができる。
【0063】
(実施形態2)
本実施形態のレーザ加工装置は、図1に示す実施形態1のレーザ加工装置と同じである。実施形態1で低フルーエンス照射手段及び高フルーエンス照射手段でもあるフルーエンス制御手段2が、実施形態2では、パルスレーザ光の時間軸パルス形状を制御するパルス形状制御手段となる。
【0064】
図1で矢印B方向に進むパルスは、加工対象物6に到達するが、図9は、その到達するパルスを、時間を横軸にし、強度を縦軸にして、模式的に示したものである。すなわち、最初、パルスの立ち上がり部Eが到達し、次いで山部Eが到達し、最後に立ち下がり部Eが到達する。EとEは、斜線部の面積であり、Eは、ハッチング部の面積であり、E、E、Eは、エネルギ(J)であるので、これらを集光スポットの面積S(cm)で除すと、フルーエンスになる。したがって、加工対象物6の集光スポットは、最初、E/Sのフルーエンスになり、次いで、E/S、E/Sのフルーエンスになる。エネルギ調整器21でエネルギを適当に調整することで、E/Sをアモルファス化する所定の低フルーエンスに、E/Sをアブレーションする所定の高フルーエンス(加工対象物のアブレーション閾値以上)に、することで、シングルショットでアモルファス化と、その後のアブレーション加工を連続して行うことができる。
【0065】
エネルギ調整器21だけで、E/Sをアモルファス化する所定の低フルーエンスに、E/Sをアブレーションする所定の高フルーエンスにすることには、限界がある。例えば、実施形態1で用いたFCPA光源は、平均出力をポンプパワーを変えることで可変であり、平均出力を変えることで、1パルスのエネルギを変えることができる。したがって、FCPA光源1の平均出力を変えて、エネルギ調整器21でエネルギを調整することで、限界を緩和することができる。ところで、FCPA光源は、モードロックファイバレーザからのレーザパルスを伸長器で伸長し、その後ファイバ増幅器で増幅し、圧縮器で圧縮する。ファイバ増幅器のポンプパワーを大きくすると、自己位相変調や誘導ラマン散乱などの非線形効果が顕著になり、図10に示すようにペデスタル成分が生成される。図10(イ)は、ポンピングパワーが最適な場合で、ペデスタルフリーのパルスであり、(ロ)はポンピングパワーを増大させてペデスタル成分をもつようにしたパルスである。したがって、ポンピングパワーを変えることで、前記限界をさらに緩和することができる。以上の説明からわかるように、請求項7のパルス形状制御手段は、例えば、FCPA光源1とエネルギ調整器21を含む。
【0066】
本実施形態では、パルス形状制御手段でパルスの立ち上がり部、立ち下がり部の強度分布を所定の低フルーエンスに、山部の強度分布を所定の高フルーエンスにすることで、シングルショット(単一パルス照射)でアモルファス化と除去加工を行うことができる。
【0067】
(実施形態3)
本実施形態のレーザ加工装置は、パルスレーザ光を照射してアモルファス化した後に機械加工するタイプで、図11に示すように、パルスレーザ光源1と、フルーエンス制御手段2と、加工対象物6を移動させるxyz3軸移動ステージ5と、ダイシングブレード7を備えている。
【0068】
次に、本実施形態の各工程を説明する。
【0069】
<アモルファス化工程>
アモルファス化工程は、実施形態1と同じであるので、省略する。
【0070】
<機械加工工程>
上記アモルファス化工程でアモルファス化された領域をダイシングブレードで切削することで、みぞが切られる。
【0071】
本実施形態では、除去加工を機械加工で行うので、加工コストを下げることができる。
【0072】
(実施形態4)
本実施形態のレーザ加工装置は、異なるパルスレーザ光を順次照射するタイプで、図12に示すように、結晶性加工対象物6の表面に第1パルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射する低フルーエンス照射手段2と、低フルーエンス照射手段で照射された加工対象物6の照射領域に第2パルスレーザ光を加工対象物6の表面形状が変化する所定の高フルーエンスで照射する高フルーエンス照射手段2′と、第1パルスレーザ光と第2パルスレーザ光を切り換える切り換えミラー4′と、を備えている。
【0073】
1は、第1パルスレーザ光を出力するパルスレーザ光源で、例えば、中心波長1558nm、典型的なパルス幅870fs、繰り返し周波数172.9kHzのレーザ光を出力する。低フルーエンス照射手段2は、エネルギ調整器21と集光光学系22とを備え、パルスレーザ光源1から出力される第1パルスレーザ光を所定の低フルーエンスに調節して加工対象物6に照射する。
【0074】
1′は、第2パルスレーザ光を出力するパルスレーザ光源で、例えば、QスイッチNd:YAGレーザの第3高調波発生器である。この光源1′は、例えば、波長355nm、パルス幅30ns、繰り返し周波数50kHzのレーザ光を出力する。高フルーエンス照射手段2′は、エネルギ調整器22′と集光光学系22′を備え、パルスレーザ光源1′から出力される第2パルスレーザ光を所定の高フルーエンスに調節して加工対象物6に照射する。
【0075】
本実施形態では、アモルファス化と除去に別々のパルスレーザ光を用いるので、アモルファス化に適したレーザ特性(パルス幅、波長)、除去に適したレーザ特性を選定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
特に、電気産業の半導体デバイス作製に利用される可能性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明の実施形態1に係るレーザ加工装置の構成図である。
【図2】集光光学系と加工対象物間の距離による集光スポット径の変化を説明する図である。
【図3】Siウエハにフルーエンスを変えてパルスレーザを照射した後の表面顕微鏡写真である。
【図4】図3(A)の円形パターンの断面TEM写真である。
【図5】白っぽく変質する円形パターンの径の2乗DとピークフルーエンスFの関係を示す図である。
【図6】アブレーション深さLとフルーエンスFの関係を示す図である。
【図7】リング状パターンの内径と外径に対応する箇所のフルーエンスとパルス幅の関係を示す図である。
【図8】実施形態1の変形態様に係るレーザ加工装置の構成図である。
【図9】レーザ光の時間軸パルス形状の模式図である。
【図10】ペデスタル成分を有するレーザパルス形状とペデスタルフリーのレーザパルス形状を示す図である。
【図11】本発明の実施形態3に係るレーザ加工装置の構成図である。
【図12】本発明の実施形態4に係るレーザ加工装置の構成図である。
【符号の説明】
【0078】
2・・・・・・・・・・低フルーエンス照射手段
2、2′・・・・・・・高フルーエンス照射手段
22、22′・・・・・集光光学系
2或いは1と21・・・パルス形状制御手段
7・・・・・・・・・・機械加工手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶性加工対象物の表面にパルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射して該照射領域をアモルファス化するアモルファス化工程と、
前記アモルファス化工程でアモルファス化された前記照射領域に前記パルスレーザ光を所定の高フルーエンスで照射して該照射領域を除去する除去工程と、を有することを特徴とするレーザ加工法。
【請求項2】
結晶性加工対象物の表面にパルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射して該照射領域をアモルファス化するアモルファス化工程と、
前記アモルファス化工程でアモルファス化された前記照射領域を機械加工する機械加工工程と、を有することを特徴とするレーザ加工法。
【請求項3】
結晶性加工対象物の表面に第1パルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射して該照射領域をアモルファス化するアモルファス化工程と、
前記アモルファス化工程でアモルファス化された前記照射領域に第2パルスレーザ光を所定の高フルーエンスで照射して該照射領域を除去する除去工程と、を有することを特徴とするレーザ加工法。
【請求項4】
前記加工対象物が半導体で、前記パルスレーザ光或いは前記第1パルスレーザ光の光子エネルギが該半導体のバンドギャップより小さいことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のレーザ加工法。
【請求項5】
結晶性加工対象物の表面にパルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射する低フルーエンス照射手段と、
前記低フルーエンス照射手段で照射された前記加工対象物の照射領域に前記パルスレーザ光を前記加工対象物の前記表面形状が変化する所定の高フルーエンスで照射する高フルーエンス照射手段と、を有することを特徴とするレーザ加工装置。
【請求項6】
前記低フルーエンス照射手段と前記高フルーエンス照射手段とは、前記パルスレーザ光を前記加工対象物の前記表面に集光してできるスポット径を制御する集光光学系を共有することを特徴とする請求項6に記載のレーザ加工装置。
【請求項7】
前記低フルーエンス照射手段と前記高フルーエンス照射手段とは、前記パルスレーザ光の時間軸パルス形状を制御するパルス形状制御手段を含むことを特徴とする請求項6に記載のレーザ加工装置。
【請求項8】
結晶性加工対象物の表面にパルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射する低フルーエンス照射手段と、
前記低フルーエンス照射手段で照射された前記加工対象物の照射領域を機械加工する機械加工手段と、を有することを特徴とするレーザ加工装置。
【請求項9】
結晶性加工対象物の表面に第1パルスレーザ光を所定の低フルーエンスで照射する低フルーエンス照射手段と、
前記低フルーエンス照射手段で照射された前記加工対象物の照射領域に第2パルスレーザ光を前記加工対象物の前記表面形状が変化する所定の高フルーエンスで照射する高フルーエンス照射手段と、を有することを特徴とするレーザ加工装置。
【請求項10】
前記加工対象物が半導体で、前記パルスレーザ光或いは前記第1パルスレーザ光の光子エネルギが該半導体のバンドギャップより小さいことを特徴とする請求項5、8、9のいずれかに記載のレーザ加工装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2007−237210(P2007−237210A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−61364(P2006−61364)
【出願日】平成18年3月7日(2006.3.7)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(591114803)財団法人レーザー技術総合研究所 (36)
【Fターム(参考)】