説明

光偏向器の製造方法

【課題】弾性支持部の破断を防止することができる光偏向器の製造方法を提供する。
【解決手段】反射膜11を有する可動板10を形成する工程と、可動板10とは異なる部材で、可動板10を取り付けるための取付部21と、取付部21に取り付けられた可動板10を所定の軸の周りに回動可能に支持する弾性支持部22とを有する軸部材20と、軸部材20と連結する支持部材30とを一体で形成する工程と、軸部材20と支持部材30に丸め処理を施す工程と、取付部21に可動板10を取り付ける工程とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MEMS(Micro Electro Mechanical System)技術を用いた光偏向器の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ光を用いて画像描画を行うディスプレイ、プリンタ等に応用することを目的とした光偏向器においては、画像の解像度を上げるため、光走査の更なる高速化が要求されている。しかし、現状で用いられているポリゴンミラーやガルバノミラーの性能向上には限界があり、これらに置き換わる光偏向器としてMEMS(Micro Electro Mechanical System)によってシリコン基板を加工して製作したミラーデバイスが期待されている。このようなMEMSミラーは、ポリゴンミラーやガルバノミラーよりも高い共振周波数で駆動させることができるため、より解像度の高い画像形成が可能となる。
【0003】
MEMSミラーは、入射光を反射するミラーと、ミラーを回動可能に支持するばね(弾性支持部)を有する。このミラーとばねを別個の構造体として形成し、後から両者を接着等の方法により一体化することによりミラーデバイスを形成する方法が知られている。
【0004】
例えば、特許文献1には、形状記憶合金ワイヤに揺動可能に支持された磁石付ミラーを備えた光走査装置において、磁石付ミラーを、予め別々に作成されたミラーと磁石とによって、形状記憶合金ワイヤを挟持しつつ接合固定して構成したものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−304721号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ミラーデバイスを駆動することにより、弾性支持部にはせん断応力が生じ、弾性支持部の破断や破損が起こる恐れがある。特に、特許文献1に記載された光走査装置のようにワイヤ(弾性支持部に相当)が固定部(ハウジング)とも別体で構成されていると、破断や破損の可能性が高くなる。
【0007】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、その目的の一つは、弾性支持部の破断を防止することができる光偏向器の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る光偏向器の製造方法は、反射部を有する可動板を形成する工程と、可動板とは異なる部材で、可動板を取り付けるための取付部と、取付部に取り付けられた可動板を所定の軸の周りに回動可能に支持する弾性支持部と、を有する軸部材と、軸部材と連結する支持部材とを一体で形成する工程と、軸部材と支持部材に丸め処理を施す工程と、取付部に可動板を取り付ける工程と、を備えたものである。
【0009】
軸部材と支持部材に丸め処理を施すことにより、弾性支持部の表面を平滑化し、角部の丸めを行うことができる。また、弾性支持部と取付部との連結部、及び軸部材と支持部材との連結部の丸めを行うことができる。表面を平滑化することにより、加工時に表面に生じた亀裂を無くすことができる。また、連結部の丸めを行うことにより応力集中を抑制することができる。これにより、亀裂部分や連結部などの応力集中部からの破断、破損を防止することができる。また、角部を丸めることにより、弾性支持部の回転軸に垂直な断面が曲面になる。弾性支持部の断面が曲面になることで、角部を有する場合に比べて、同じトルクで捩じったときに弾性支持部に生じるせん断応力が低減し、捩じりに対する強度が向上する。このため、大きな走査角に耐えられるようになる。また、可動板は異なる部材で形成されており、丸め処理は施さないので、丸め処理によって可動板の表面が粗くなって反射率が低下したり、可動板が変形して光走査の精度が低下したりすることを防止できる。
【0010】
本発明に係る光偏向器の製造方法は、反射部を有する可動板を形成する工程と、可動板とは異なる部材で、可動板を取り付けるための取付部と、取付部に取り付けられた可動板を所定の軸の周りに回動可能に支持する弾性支持部と、を有する軸部材を形成する工程と、軸部材に丸め処理を施す工程と、取付部に前記可動板を取り付ける工程と、を備えたものである。
【0011】
軸部材に丸め処理を施すことにより、弾性支持部の表面を平滑化し、角部の丸めを行うことができる。また、弾性支持部と取付部との連結部の丸めを行うことができる。表面を平滑化することにより、加工時に表面に生じた亀裂を無くすことができる。また、連結部の丸めを行うことにより応力集中を抑制することができる。これにより、亀裂部分や連結部などの応力集中部からの破断、破損を防止することができる。また、角部を丸めることにより、弾性支持部の回転軸に垂直な断面が曲面になる。弾性支持部の断面が曲面になることで、角部を有する場合に比べて、同じトルクで捩じったときに弾性支持部に生じるせん断応力が低減し、捩じりに対する強度が向上する。このため、大きな走査角に耐えられるようになる。また、可動板は異なる部材で形成されており、丸め処理は施さないので、丸め処理によって可動板の表面が粗くなって反射率が低下したり、可動板が変形して光走査の精度が低下したりすることを防止できる。
【0012】
また、丸め処理を施す工程では、フッ酸、硝酸、及び酢酸を含む混酸によるエッチングを行うようにしても良い。
これにより、簡易に短時間で丸め処理を行うことができる。なお、可動板にフッ酸、硝酸、及び酢酸を含む混酸によるエッチングを施すと、可動板の表面が粗くなって反射率が低下する場合があるが、可動板は異なる部材で形成されており、丸め処理は施さないので、このような問題は生じない。
【0013】
また、丸め処理を施す工程では、水素アニール処理を行うようにしても良い。
これにより、丸め処理を効率良く行うことができる。なお、可動板に水素アニール処理を施すと、可動板が熱により変形して光走査の精度が低下する場合があるが、可動板は異なる部材で形成されており、丸め処理は施さないので、このような問題は生じない。
【0014】
また、丸め処理を施す工程では、等方性ドライエッチングを行うようにしても良い。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施の形態1による光偏向器の概略構成を示す上面図である。
【図2】実施の形態1による軸部材及び支持部材を示す上面図である。
【図3】図3(a)は実施の形態1による可動板の上面図、図3(b)は実施の形態1による可動板の下面図である。
【図4】図1のI−I線における断面図である。
【図5】図5(a)〜(c)は、フッ酸、硝酸、及び酢酸を含む混酸のエッチング液の混合比と、エッチングの仕上がりの関係を説明する図である。
【図6】図6(a)、(b)は、実施の形態1による光偏向器の製造方法を説明する断面図である。
【図7】丸め処理を行った場合と行わなかった場合の、弾性支持部に破断が生じる偏向角を示したグラフである。
【図8】図8(a)は実施の形態2による可動板の上面図、図8(b)は実施の形態2による可動板の下面図である。
【図9】実施の形態2による光偏向器の概略構成を示す側方断面図である。
【図10】本発明に係る光偏向器を用いた表示装置の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
実施の形態1.
以下に、本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。
図1は、本発明の実施の形態1による、光偏向器1の概略構成を示す上面図である。
【0017】
図1に示すように、光偏向器1は、可動板10、軸部材20、支持部材30を備えている。可動板10と軸部材20は異なる部材として形成されており、可動板10は軸部材20上に取り付けられている。なお、軸部材20と支持部材30とは、略同一平面となるように一体形成されるのが好ましい。
【0018】
図2は、図1に示した軸部材20及び支持部材30を示す上面図である。図2に示すように、軸部材20は、略中央に配置される板状の取付部21と、支持部材30に対して取付部21を軸部材20の中心軸である軸A周りに回動可能に支持する一対の弾性支持部22とを有する。
【0019】
支持部材30は、軸部材20を支持し、一対の弾性支持部22にそれぞれ接続され、軸部材20の両端を固定する固定部31と、固定部31同士を連結する枠部(フレーム)32とを有する。本実施形態では、支持部材30は固定部31と枠部32とを有するように構成したが、これに限定されず、固定部31のみを有し、枠部32はない構成であってもよい。
【0020】
軸部材20における取付部21及び弾性支持部22は、例えばシリコン基板をエッチング加工することにより、一体形成することができる。また、軸部材20と支持部材30とを一体形成する場合も、同様にシリコン基板をエッチング加工することにより、一体形成することができる。
【0021】
軸部材20及び支持部材30は、丸め処理を施すことにより、表面が平滑化されている。また、取付部21と弾性支持部22の連結部、及び軸部材20と支持部材30の連結部や角部が丸められ曲率を有する形状になっている。
【0022】
図3(a)は、図1に示した可動板10の上面図、図3(b)は可動板10の下面図である。図3(a)に示すように、可動板10の上面には、入射した光を反射する反射膜(反射部)11が成膜されている。可動板10は、例えばシリコン基板をエッチング加工して所定の形状に成形することにより形成する。反射膜11は、可動板10の上面に、真空蒸着、スパッタリング、金属箔の接合などの成膜方法を施すことにより、成膜することができる。
【0023】
図3(b)に示すように、可動板10の下面の略中心部に凹部12が形成されている。凹部12は、例えばシリコン基板をエッチング加工することにより形成される。
【0024】
なお、本実施形態では、可動板10の平面形状として円形のものを示したが、これに限定されず、光偏向器1の可動板10として求められる役割を果たす限り、楕円形、矩形、多角形などの他の形状であってもよい。
【0025】
図4は、図1に示したI−I線における断面図である。なお、図1に示したI−I線は軸Aから所定距離ずらして配置している。図4に示すように、取付部21の一方の面(図4において上側の面)には、図示しない接着剤を介して磁石40が接合されている。このように、剛性の高い磁石40が取付部21に設けられるので、取付部21の剛性が高められる。なお、磁石40として永久磁石を用いるのが好ましい。
【0026】
磁石40の上部は、可動板10の凹部12に嵌合されており、図示しない接着剤を介して可動板10が接合されている。このようにして、可動板10が磁石40を介して取付部21に設けられる。ここで、取付部21と可動板10との間に磁石40の厚さ分だけ空間(スペース)が形成される。よって、磁石40の厚さを適切な値に設定することにより、光偏向器1は、取付部21とともに可動板10が軸A周りに揺動するときに、可動板10と枠部(フレーム)32とが接触しない構造にすることが可能となる。例えば、可動板10の直径が2mm、厚さが200μm、支持部材30の厚さが200μmの場合に、磁石40の厚さを400μmに設定すると、可動板10が軸A周りに揺動するときの振れ角を40度にしても、可動板10は枠部(フレーム)32に接触しない。なお、ここで厚さとは、図1のZ軸方向の長さを表している。
【0027】
なお、凹部12の形状は、平面視したときに磁石40と略同一の形状に成形されるのが好ましい。また、取付部21の形状も、平面視したときに磁石40と略同一の形状に成形されるのが好ましい。
【0028】
図1に示したように光偏向器1を平面視したときに、可動板10は、取付部21と取付部21の上面に設けられる磁石40とを覆い隠すように、取付部21及び磁石40より大きい面積を有する。ここで、弾性支持部22は取付部21に接続され、取付部21は可動板10より面積が小さいので、図4に示すように、光偏向器1は、弾性支持部22が可動板10の端部より部分Bだけ内側に入り込む構造になる。
【0029】
また、光偏向器1を平面視したときに、磁石40は、軸Aに直交する方向(図1におけるY軸方向)に磁化されている。すなわち、磁石40は、軸Aを介して対向する互いに極性の異なる一対の磁極を有している。本実施形態では、磁石40を、可動板10及び軸部材20と異なる部材として説明したが、これに限定されず、可動板10又は軸部材20と一体形成してもよい。この場合、磁石40は、可動板10又は取付部21の面にスパッタリングなどの成膜方法を施すことにより形成される。
【0030】
図4に示すように、支持部材30は、図示しない接着剤を介してホルダ50に接合されており、ホルダ50の底部51上には、取付部21を揺動させるためのコイル41が配置されている。コイル41は本発明の駆動手段に相当する。コイル41には、図示しない電源から所定周波数の交流電流が供給される。これにより、コイル41は上方(可動板11側)に向く磁界と、下方に向く磁界とを交互に発生させる。これにより、コイル41に対して磁石40の一対の磁極のうち一方の磁極が接近し他方の磁極が離間するようにして、弾性支持部22をねじれ変形させながら、取付部21と取付部21に設けられた可動板10及び磁石40が、軸A回りに揺動させられる。
【0031】
コイル41に供給される交流電流の所定周波数は、可動板10、軸部材20、及び磁石40から構成される振動系の振動数(ねじり共振周波数)とほぼ一致するように設定するのが好ましい。このように共振を利用することで、取付部21を軸A周りに揺動させるときに、少ない消費電力で振れ角を大きくすることができる。
【0032】
本実施形態では、磁石40とコイル41との間の電磁力を利用した駆動方式を示したが、これに限定されず、強磁性体に相当する磁石40と、磁界発生手段に相当するコイル41及び電源との間に駆動力を発生させるように構成されていればよい。また、光偏向器1は、取付部21に磁石40に代わる剛性部材が設けられていれば、静電引力を利用した方式や、圧電素子を駆動手段として利用した駆動方式を採用してもよい。例えば、静電引力を利用した方式の場合には、磁石40は不要であり、コイル41の代わりに、ホルダ50の底部51における取付部21に対向する位置に、1つ又は複数の電極が設置される。そして、取付部21と当該電極との間に所定周波数の交流電圧を印加することにより、取付部21と電極との間に静電引力を発生させ、弾性支持部22をねじれ変形させながら、取付部21と取付部21に設けられた可動板10及び磁石40とが、軸A周りに揺動させられる。
【0033】
次に、本実施形態による光偏向器1の製造方法について説明する。
上述のように、本実施形態では、可動板10と軸部材20は異なる部材として形成されており、可動板10は軸部材20上に取り付けられている。また、軸部材20と支持部材30は一体形成されている。
【0034】
可動板10は、例えばシリコン基板をエッチング加工することにより形成される。シリコン基板のエッチングには、ドライエッチング又はウェットエッチングのいずれも適用可能である。エッチングにより、可動板10の形状を形成した後、可動板10の表面に金属膜を成膜し、反射膜11を形成する。金属膜の成膜方法としては、真空蒸着、スパッタリング、電気メッキ、無電解メッキ、金属箔の接合等が挙げられる。また、エッチングにより可動板10を形成する際、同時に、可動板10の下面の略中心部に凹部12を形成することができる。このようにして、図3に示す可動板10が形成される。
【0035】
軸部材20及び支持部材30は、例えばシリコン基板をエッチング加工することにより形成される。シリコン基板のエッチングには、ドライエッチング又はウェットエッチングのいずれも適用可能である。エッチングにより、軸部材20及び支持部材30の形状を形成したら、形成した構造体に丸め処理を施す。丸め処理は、例えば、フッ酸、硝酸、及び酢酸を含む混酸によるエッチングを施すことにより行う。フッ酸、硝酸、及び酢酸を含む混酸によるエッチングの条件は、例えば、エッチング液の混合比を、HF(49%):HNO3(69.5%):CH3COOH=1:2:1とし、エッチングを行う時間は15から60秒とするのが望ましい。これにより、取付部21と弾性支持部22の連結部、及び軸部材20と支持部材30の連結部や角部を丸めると共に、表面を平滑化することができる。
【0036】
図5は、フッ酸、硝酸、及び酢酸を含む混酸のエッチング液の混合比と、エッチングの仕上がりの関係を説明する図である。図5(a)は、混合比と仕上がりの関係を示す図、図5(b)は、HF(49%):HNO3(69.5%):CH3COOH=12:1:2の時(A)のエッチングの仕上がりを説明する図、図5(c)は、HF(49%):HNO3(69.5%):CH3COOH=1:2:1の時(B)のエッチングの仕上がりを説明する図である。図5(b)、(c)では、実線がエッチング前の構造体の形状を表し、破線がエッチング後の構造体の形状を表している。
【0037】
図5(b)に示すように、HF(49%):HNO3(69.5%):CH3COOH=12:1:2の混合比のエッチング液では、エッチング対象の構造体の形状どおりにエッチングが進行する。このため、角部は角部として残る。一方、図5(c)に示すように、HF(49%):HNO3(69.5%):CH3COOH=1:2:1の混合比のエッチング液では、エッチング後の構造体の形状は角部が無くなり丸められる。このように、所定の条件でフッ酸、硝酸、及び酢酸を含む混酸によるエッチングを行うことにより、軸部材20及び支持部材30の表面は平滑化され、角部が丸められる。以上のようにして、図2に示す軸部材20及び支持部材30が形成される。
【0038】
図6(a)は、フッ酸、硝酸、及び酢酸を含む混酸によるエッチング処理前の弾性支持部22の断面を模式的示す図、図6(b)は、フッ酸、硝酸、及び酢酸を含む混酸によるエッチング処理後の弾性支持部22の断面を模式的に示す図である。図6(a)、(b)に示す断面は、回転軸Aに垂直な断面である。エッチングによる丸め処理を行うことにより、処理前には図6(a)に示すように角部を有していた断面形状が、処理後には図6(b)に示すように角部がとれた形状になる。
【0039】
なお、丸め処理は、軸部材20と支持部材30の全体に施しても良い。弾性支持部22に丸め処理を施すことにより、弾性支持部22の表面が平滑化され、弾性支持部22の構造の作製時に表面に生じた亀裂を無くすことができる。また、弾性支持部22と取付部21の連結部、軸部材20と支持部材30との連結部の丸めも同時に行われ応力集中を緩和することができる。これにより、亀裂部分および連結部の応力集中部からの破断、破損を防止することができる。
【0040】
また、回転軸Aに垂直な断面の角部が取れて曲面になることにより、角部を有する場合に比べて、同じトルクで捩じったときに弾性支持部22に生じるせん断応力が低減し、捩じりに対する強度が向上する。このため、大きな走査角に耐えられるようになる。
【0041】
ここで、直径aの円形断面を有する弾性支持部22をトルクτで捩じる時に生じる、単位長さ当りのねじれ角ω、最大せん断応力τ0は、下記の式(1)、(2)で表される。
【0042】
【数1】

(1)
【数2】

(2)
ここで、Gは横弾性係数、Ipは円形の断面二次極モーメントである。
【0043】
また、長辺の長さがa、短辺の長さがbの長方形断面を有する弾性支持部22をトルクτで捩じる時に生じる、単位長さ当りのねじれ角ω、長辺上のせん断応力τA、短辺上のせん断応力τBは、下記の式(3)、(4)、(5)で表される。
【数3】

(3)
【数4】

(4)
【数5】

(5)
ただし、
【数6】

(6)
a>bならば、τA>τBが成り立つので、最大せん断応力は、周辺上、中心に最も近い点で最大になる。
【0044】
a=bならば、
【数7】

(7)
【数8】

(8)
である。
【0045】
ここで、一辺の長さがaの正方形断面を有する弾性支持部22の断面形状を、断面積を保ったまま円形に変形させた場合を考える。この場合、円の直径は1.13aとなる。
この時、弾性支持部22をトルクτでねじる時に生じる、単位長さ当りのねじれ角ω1、最大せん断応力τmaxは、下記の式(9)、(10)で表される。
【数9】

(9)
【数10】

(10)
【0046】
式(8)と式(10)を比べれば分かるように、断面積を保ったまま断面形状を正方形から円形にすると、最大せん断応力は約27%低下する。
このように、弾性支持部22に丸め処理を施すことにより、同じ大きさのトルクで捩じった場合に生じる最大せん断応力を低減させることができる。このため、丸め処理を施した弾性支持部22は、より大きなトルクによる捩じり、すなわちより大きなねじれ角に耐えられる。
【0047】
また、円形断面の弾性支持部22のばね定数をK1、回転軸Aに沿う方向の長さをL1とし、正方形断面の弾性支持部22のばね定数をK2、回転軸Aに沿う方向の長さをL2とすると、
【数11】

(11)
【数12】

(12)
である。
【0048】
ここで、K1=K2とすると、L1=1.13L2となる。すなわち、K1=K2となるように、L1、L2を選び、断面積一定のもとで断面形状を正方形から円形にすると、円形断面の弾性支持部22のねじれ角θ1、正方形断面の弾性支持部22のねじれ角θ2は、式(13)、(14)で表される。
【数13】

(13)
【数14】

(14)
式(13)と式(14)を比較すれば分かるように、θ1とθ2はほとんど変わらない。
以上のことから、円形断面の弾性支持部22は方形断面の弾性支持部22に比べて、短い長さで同じ角変位を実現できることが分かる。すなわち、光偏向器1全体の回転軸Aに沿う方向の幅を短くすることができる。
【0049】
図7は、軸部材20と支持部材30に対して丸め処理を行った場合と行わなかった場合の、弾性支持部22に破断が生じる偏向角を示したグラフである。駆動電流を上げていくに従って、偏角θoptが大きくなり、グラフの線が途切れたところの偏角θoptで、破断が生じたことを示している。グラフに示すように、丸め処理を行った場合(◆)は、θopt=90°程度まで持ちこたえたが、丸め処理を行わなかった場合(●)は、θopt=50°程度で破断してしまった。このように、丸め処理を行うことで、大きな走査角に耐えられる弾性支持部22を得ることができる。
【0050】
軸部材20と支持部材30に丸め処理を施した後、取付部21に磁石40と可動板10を接合する。まず、磁石40を取付部21に接着剤を介して接合する。この時、磁石40の貼り合わせ面の形状と取付部21の貼り合わせ面の形状を同一にしておけば、位置あわせが容易になる。続いて、磁石40の取付部21に接着している面の反対側の面と、可動板10の裏面とを接着剤を介して貼り合わせる。この時、磁石40を可動板10の裏面の凹部12に嵌合するようにして接合させるため、容易に位置あわせを行うことができる。なお、可動板10と磁石40を接合してから、可動板10と磁石40からなる構造体を取付部21に取付けてもよい。
【0051】
さらに、可動板10、軸部材20、支持部材30、及び磁石40を含む構造体をホルダ50に取り付けることにより、図4に示す光偏向器1が製造される。
【0052】
なお、丸め処理には、フッ酸、硝酸、及び酢酸を含む混酸によるエッチング以外に、例えば水素アニール処理を用いても良い。水素アニールの場合は、例えば、1100℃、50Torr、毎分1リットルの水素雰囲気下で、キャリアガスとしてのアルゴンガスを毎分1リットル供給し、処理時間を5分とする。また、等方性ドライエッチングによって丸め処理を行うこともできる。
【0053】
以上のように、本実施形態によれば、軸部材20と支持部材30に丸め処理を施すことにより、弾性支持部22の表面を平滑化し、角部の丸めを行うことができる。また、弾性支持部22と取付部21の連結部、軸部材20と支持部材30との連結部の丸めも同時に行われ応力集中を緩和することができる。表面を平滑化することにより、加工時に表面に生じた亀裂を無くすことができる。これにより、亀裂部分からの破断、破損を防止することができる。また、角部および連結部を丸めることにより、弾性支持部22の回転軸Aに垂直な断面が曲面になる。弾性支持部22の断面が曲面になることで、角部を有する場合に比べて、同じトルクで捩じったときに弾性支持部22に生じるせん断応力が低減し、捩じりに対する強度が向上する。このため、大きな走査角に耐えられるようになる。
【0054】
また、可動板10は異なる部材で形成されており、丸め処理は施さないので、丸め処理によって可動板10の表面が粗くなって反射率が低下したり、可動板10が変形して光走査の精度が低下したりすることを防止できる。
【0055】
また、本実施形態によれば、可動板10と取付部21が磁石40を介して連結される。磁石40は剛性が高いので、取付部21の剛性が高められる。また、連結の際、可動板10の凹部12に磁石40が嵌合されるので、可動板10と磁石40とのアライメントが容易である。
【0056】
なお、本実施形態では、軸部材20と支持部材30を一体形成し、軸部材20と支持部材30に丸め処理を施すようにしたが、軸部材20と支持部材30を異なる部材で別体で形成してもよい。この場合、軸部材20に丸め処理を施した後で、別部材で形成した支持部材30と接合するようにしてもよい。
【0057】
実施の形態2.
図8(a)は、実施の形態2による可動板10の上面図、図8(b)は可動板10の下面図である。なお、実施の形態1による光偏向器1と同一または対応する構成は同一の符号をもって表し、その説明を省略する。
【0058】
図8(a)に示すように、可動板10の表面には、実施の形態1と同様に、入射した光を反射する反射膜11が成膜されている。また、図8(b)に示すように、可動板10の裏面には、略中心部に介在部材13が設けられている。介在部材13は、例えばシリコン基板をエッチング加工することにより、可動板10と一体形成されてもよいし、可動板10とは異なる部材として形成し、接着剤などで可動板10の裏面に接合されてもよい。なお、介在部材13の形状は、平面視したときに取付部21と略同一の形状に成形されるのが好ましい。
【0059】
図9は、実施の形態2による光偏向器1の概略構成を示す側方断面図である。図9は実施の形態1の図4と同様の断面を表している。図9に示すように、取付部21の一方の面(図9において下側の面)には、図示しない接着剤を介して磁石40が接合されている。また、取付部21の他方の面(図9において上側の面)には、図示しない接着剤を介して介在部材13が接合されている。これにより、可動板10が介在部材13を介して取付部21に連結される。ここで、取付部21と可動板10との間に介在部材13の厚さ分だけ空間(スペース)が形成される。よって、介在部材13の厚さを適切な値に設定することにより、光偏向器1は、取付部21とともに可動板10が軸A周りに揺動するときに、可動板10と枠部(フレーム)32とが接触しない構造にすることが可能となる。なお、本実施形態では、可動板10が介在部材13を介して取付部21に設けられるようにしたが、これに限定されず、可動板10を取付部21の他方の面に直接設けるようにしてもよい。
【0060】
実施の形態2による光偏向器1の製造方法は、実施の形態1と基本的に同様である。可動板10は、例えばシリコン基板をエッチング加工することにより形成し、表面に反射膜11を形成する。
【0061】
軸部材20及び支持部材30は、例えばシリコン基板をエッチング加工することにより形成される。エッチングにより軸部材20及び支持部材30の形状を形成した後、形成した構造体に丸め処理を施す。丸め処理は、実施の形態1と同様に、例えば、フッ酸、硝酸、及び酢酸を含む混酸によるエッチングを施すことにより行う。
【0062】
次に、取付部21に可動板10を接合する。取付部21に接着剤を介して介在部材13接合する。この時、介在部材13の形状を、平面視したときに取付部21と略同一の形状に成形しておくことにより、容易に位置あわせを行うことができる。
【0063】
また、取付部21の介在部材13を接合した面とは反対側の面に、接着剤を介して磁石40を接合する。
【0064】
さらに、可動板10、軸部材20、支持部材30、及び磁石40を含む構造体をホルダ50に取り付けることにより、図9に示す光偏向器1が製造される。
【0065】
以上のように、実施の形態2によれば、実施の形態1と同様に、軸部材20と支持部材30に丸め処理を施すことにより、弾性支持部22の表面を平滑化し、角部の丸めを行うことができる。表面を平滑化することにより、加工時に表面に生じた亀裂を無くすことができる。また、弾性支持部22と取付部21の連結部、軸部材20と支持部材30との連結部の丸めも同時に行われ応力集中を緩和することができる。これにより、亀裂部分からの破断、破損を防止することができる。また、角部および連結部を丸めることにより、弾性支持部22の回転軸Aに垂直な断面が曲面になる。弾性支持部22の断面が曲面になることで、角部を有する場合に比べて、同じトルクで捩じったときに弾性支持部22に生じるせん断応力が低減し、捩じりに対する強度が向上する。このため、大きな走査角に耐えられるようになる。
【0066】
また、可動板10は異なる部材で形成されており、丸め処理は施さないので、丸め処理によって可動板10の表面が粗くなって反射率が低下したり、可動板10が変形して光走査の精度が低下したりすることを防止できる。
【0067】
また、本実施形態によれば、可動板10と取付部21が介在部材13を介して連結される。介在部材13の形状は、平面視したときに取付部21と略同一の形状に成形されているので、可動板10と取付部21とのアライメントが容易である。
【0068】
なお、本実施形態では、軸部材20と支持部材30を一体形成し、軸部材20と支持部材30に丸め処理を施すようにしたが、軸部材20と支持部材30を異なる部材で別体で形成してもよい。この場合、軸部材20に丸め処理を施した後で、別部材で形成した支持部材30と接合するようにしてもよい。
【0069】
(表示装置)
本発明に係る光偏向器1の応用例として、投射型の表示装置を説明する。図10は、投射型の表示装置の概略構成を示す図である。図10に示す表示装置は、水平走査ミラーとして本発明に係る光偏向器1を用いている。
【0070】
図7に示す表示装置は、光偏向器1の他に、レーザ光源101と、ダイクロイックミラー102と、フォトダイオード103と、垂直ミラー104とを備える。
【0071】
レーザ光源101は、赤色レーザ光を出射する赤色レーザ光源101Rと、青色レーザ光を出射する青色レーザ光源101Bと、緑色レーザ光を出射する緑色レーザ光源101Gとを有する。ただし、2色以下又は4色以上のレーザ光源を用いてもよい。
【0072】
ダイクロイックミラー102は、赤色レーザ光源101Rからの赤色レーザ光を反射するダイクロイックミラー102Rと、青色レーザ光を反射し赤色レーザ光を透過させるダイクロイックミラー102Bと、緑色レーザ光を反射し青色レーザ光及び赤色レーザ光を透過させるダイクロイックミラー102Gとを有する。この3種のダイクロイックミラー102により、赤色レーザ光、青色レーザ光、及び緑色レーザ光の合成光が振動ミラー1に入射する。
【0073】
フォトダイオード103は、各ダイクロイックミラー102R,102G,102Bに反射されずに透過した赤色レーザ光、緑色レーザ光、青色レーザ光の光量を検出する。
【0074】
光偏向器1は、ダイクロイックミラー102から送られたレーザ光を水平方向(軸線Xの垂直方向)に走査する。光偏向器1は、上述したように、MEMSにより形成された、共振型ミラーである。
【0075】
垂直ミラー104は、光偏向器1により反射されたレーザ光を垂直方向に走査する。垂直ミラー104は、例えば、ガルバノミラーにより構成される。ガルバノミラーとはミラーに軸を付け、電気振動に応じてミラーの回動角を変えられるようにした偏向器である。光偏向器1によるレーザ光の水平走査、及び垂直ミラー104によるレーザ光の垂直走査により画像が表示される。
【0076】
本実施形態に係る表示装置は、上記のレーザ光源101、光偏向器1、垂直ミラー104の駆動制御系として、さらに、レーザ光源101を駆動するレーザ駆動手段110と、光偏向器1を駆動する水平ミラー駆動手段111と、垂直ミラー104を駆動する垂直ミラー駆動手段112と、全体の動作の制御を担う制御手段113と、記憶手段114とを有する。
【0077】
制御手段113は、パーソナルコンピュータや携帯電話等の各種の映像ソース115から送られた画像情報に基づいて、これらの画像を表示すべく、レーザ駆動手段110、水平ミラー駆動手段111、垂直ミラー駆動手段112の動作を制御する。
【0078】
記憶手段114は、例えば、各種のプログラムを収納するROMと、変数等を収納するRAMと、不揮発性メモリとにより構成される。
【0079】
本実施形態に係る光偏向器1を表示装置に適用することにより、表示性能の良好な表示装置を実現できる。
【0080】
本発明は、上記の実施形態の説明に限定されない。
例えば、可動板は円形以外の多角形でもよい。また、実施の形態1,2では、1次元1自由度で駆動するタイプの可動板を例示したが、2次元に駆動するタイプの可動板であってもよく、また、1次元2自由度で駆動するタイプの可動板であってもよい。2次元に駆動するタイプの振動ミラーを用いた場合には、垂直ミラー104は不要である。
また、光偏向器1は、表示装置以外にもレーザプリンタ等に適用可能である。
その他、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0081】
1 光偏向器、10 可動板、11 反射膜、12 凹部、13 介在部材、20 軸部材、21 取付部、22 弾性支持部、30 支持部材、31 固定部、32 枠部、40 磁石、41 コイル、50 ホルダ、51 底部、101 レーザ光源、101R 赤色レーザ光源、101B 青色レーザ光源、101G 緑色レーザ光源、102 ダイクロイックミラー、102R ダイクロイックミラー、102B ダイクロイックミラー、102G ダイクロイックミラー、103 フォトダイオード、103R フォトダイオード、103B フォトダイオード、103G フォトダイオード、104 垂直ミラー、110 レーザ駆動手段、111 水平ミラー駆動手段、112 垂直ミラー駆動手段、113 制御手段、114 記憶手段、115 映像ソース、A 軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反射部を有する可動板を形成する工程と、
前記可動板とは異なる部材で、前記可動板を取り付けるための取付部と、前記取付部に取り付けられた前記可動板を所定の軸の周りに回動可能に支持する弾性支持部と、を有する軸部材と、前記軸部材と連結する支持部材とを一体で形成する工程と、
前記軸部材と前記支持部材に丸め処理を施す工程と、
前記取付部に前記可動板を取り付ける工程と、を備えた光偏向器の製造方法。
【請求項2】
反射部を有する可動板を形成する工程と、
前記可動板とは異なる部材で、前記可動板を取り付けるための取付部と、前記取付部に取り付けられた前記可動板を所定の軸の周りに回動可能に支持する弾性支持部と、を有する軸部材を形成する工程と、
前記軸部材に丸め処理を施す工程と、
前記取付部に前記可動板を取り付ける工程と、を備えた光偏向器の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の光偏向器の製造方法であって、
前記丸め処理を施す工程では、フッ酸、硝酸、及び酢酸を含む混酸によるエッチングを行うことを特徴とする、光偏向器の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の光偏向器の製造方法であって、
前記丸め処理を施す工程では、水素アニール処理を行うことを特徴とする、光偏向器の製造方法。
【請求項5】
請求項1または2に記載の光偏向器の製造方法であって、
前記丸め処理を施す工程では、等方性ドライエッチングを行うことを特徴とする、光偏向器の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−48074(P2011−48074A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−195521(P2009−195521)
【出願日】平成21年8月26日(2009.8.26)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】