説明

光90度ハイブリッド回路

【課題】本発明は、波長無依存化を実現する光90度ハイブリッド回路を提供する。
【解決手段】本発明に係る光90度ハイブリッド回路は、第1の光スプリッタと接続された第1のアーム導波路及び第2のアーム導波路と、第2の光スプリッタと接続された第3のアーム導波路及び第4のアーム導波路と、第1のアーム導波路と前記第3のアーム導波路とに接続された第1の光結合器と、第2のアーム導波路と前記第4のアーム導波路とに接続された第2の光結合器と、第1のアーム導波路及び第2のアーム導波路から伝送された光の位相差と、第3のアーム導波路及び第4のアーム導波路から伝送された光の位相差との和θの絶対値が、使用する波長帯域内のある波長λ=λCにおいて、mを整数として90+360m度となり、λ=λCにおけるdθ/dλの絶対値が最小となるように構成された位相シフト機構とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光伝送システムにおけるコヒーレント受信方式に用いられる光受信器を構成する光90度ハイブリッド回路に関する。より詳細には、本発明は、In-phase出力とQuadrature出力との間の位相差の波長無依存化を実現する光90度ハイブリッド回路に関する。
【背景技術】
【0002】
100Gbit/s以上の超高速光伝送システムの実現に向けて、光多値変調方式が注目されている。特に、光雑音耐力向上、及び光電変換後の電気信号処理による波長分散歪み補償能力の優位性から、DP−QPSK(Dual Polarization Quadrature Phase-Shift Keying)などのコヒーレント受信方式が注目を集め、伝送システム適用への検討が活発化している。コヒーレント受信方式に用いられる光受信器は、局部発振光を発生する局部発振光発生装置と、信号光及び局部発振光を偏波状態に応じて異なる出力ポートに分離する偏波スプリッタと、信号光と局部発振光とを合波する光90度ハイブリッド回路と、光90度ハイブリッド回路からの出力信号を電気信号に変換する光電変換部と、光電変換部から出力される電気信号をデジタル信号に変換するAD変換器と、デジタル信号を演算するデジタル演算(DSP:Digital Signal Processing)回路から構成される。入力した信号光と局部発振光との干渉光のIn-phase成分とQuadrature成分とを分離して検出することにより、入力信号光が有する情報を得ることができる。
【0003】
コヒーレント受信方式で用いられる光受信器の構成部品の中で、光90度ハイブリッド回路に関しては、バルク型光学部品を組み合わせた空間光学系で構成される製品が既に開発、商品化されている。これに対して、平面基板上に作製された光導波路から構成される平面光波回路(PLC:planar lightwave circuit)は、量産性、信頼性の点において前述の空間光学系よりも優れている。また、PLC型光90度ハイブリッド回路の採用により、空間光学系と比較して、例えば偏波ビームスプリッタ及び光電変換部の集積化の実現可能性が高くなり、より小型な光受信器の提供が可能となる。このような背景から、PLC型光90度ハイブリッド回路の実用化が期待されている。
【0004】
図1は、従来のPLC型光90度ハイブリッド回路を示す構成図である。この従来のPLC型光90度ハイブリッド回路は、特許文献1に示されている。特許文献1は、DQPSK(Differential Quadrature Phase-Shift Keying)信号の復調に用いられる光遅延干渉回路に関するものである。これ自体はコヒーレント受信方式に用いられる光受信器を構成する部品には該当しないが、2つの光波を合波し、In-phase成分とQuadrature成分とに分離する光90度ハイブリッド回路としての機能を回路の一部に含んでいる。以下、In-phase成分を「I成分」と表記し、Quadrature成分を「Q成分」と表記する。図1には、特許文献1に記載された光回路の中で、光90度ハイブリッド機能を実現するために必要な回路部分のみの構成を抽出して示している。
【0005】
ここで、図1の従来のPLC型光90度ハイブリッド回路に入力された光の伝播過程を説明する。PLC外部から入力された信号光は、入力導波路1aを介して光スプリッタ2aによって2つに分岐される。PLC外部から入力された局部発振光は、入力導波路1bを介して光スプリッタ2bによって2つに分岐される。光スプリッタ2aによって2つに分岐された光は、アーム導波路10a、10bを介して2つの光結合器3a、3bに入力される。光スプリッタ2bによって2つに分岐された光は、アーム導波路11a、11bを介して2つの光結合器3a、3bに入力される。光結合器3a及び光結合器3bに入力された信号光及び局部発振光は、各々、合波されて干渉し、その干渉光の位相差が180度になるように2つに分岐され、出力される。光結合器3aから出力される信号光と局部発振光との干渉光は、出力導波路4a、5aを経由して、外部回路として形成され、光電変換部として機能する差動受光部6aに出力される。光結合器3bから出力される信号光と局部発振光との干渉光は、出力導波路4b、5bを経由して、外部回路として形成され、光電変換部として機能する差動受光部6bに出力される。
【0006】
4本のアーム導波路10a、10b、11a、11bのいずれかに90度位相シフト部7を設ける。それにより、光結合器3a及び光結合器3bの各々から出力導波路4a、4b、5a、5bを介して出力される干渉光を差動受光器6a及び6bで差分検波することにより、入力された変調信号のI成分とQ成分とを分離することが可能となる。ここで、変調信号のI成分及びQ成分を同時に検出するために、光スプリッタ2aで分岐された信号光を伝送する2つのアーム導波路10a、10bの導波路長を等しくし、光スプリッタ2bで分岐された局部発振光を伝送する2つのアーム導波路11a、11bの導波路長を、90度位相シフト部7を除いて、等しくする必要がある。さらに、4本のアーム導波路10a、10b、11a、11bの導波路長を、90度位相シフト部7を除いて、等しくすることにより、DQPSK等の差動位相変調信号を受信するための光遅延干渉回路を構成する光90度ハイブリッド回路としても利用することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第WO2003/063515号パンフレット
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】S. H. Chang, H. S. Chung and K. Kim, "Impact of quadrature imbalance in optical coherent QPSK receiver", IEEE Photonics Technology Letters, vol. 21, no. 11, pp. 709-711, June 1, 2009
【非特許文献2】岡本勝就「光導波路の基礎」コロナ社、1992年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、90度位相シフト部7の構成により、以下に説明する問題が生じる。90度位相シフト部7は、伝搬光が通過する光路長を、λ×(±1/4+m)だけ変化させることを目的として設置されている。ここで、λは信号光又は局部発振光の波長、mは整数を表す。非特許文献1に示されるように、90度位相シフト部7における伝搬光の位相シフト量θが90度からずれると、受信特性は劣化する。例えば、デジタル演算処理において、位相シフト量θの90度からのずれを補正しない場合、BER(Bit Error Rate)=10-3においてOSNR(光信号対雑音比)ペナルティを0.5dB以下に抑制するためには、位相シフト量θの90度からのずれを5度以内に抑える必要がある。
【0010】
90度位相シフト部7の構成として、PLC上面に薄膜ヒータを装荷して電力を印加し、導波路を構成するコア周辺を加熱することにより、コアの実効屈折率を調整する方法がある。コアの加熱による屈折率変化量をΔN、ヒータ長をLとすると次式が成立する。
L×ΔN=(±1/4+m)λ (1)
【0011】
この構成の場合、印加電力の調整により位相シフト量θを正確に90度に調整することが可能となる。一方で、光90度ハイブリッド回路として機能させるためには常に一定の電力を印加する必要があり、光受信器の消費電力増大につながるという問題を生じる。また、ヒータ及び配線部分の経年変化の影響を考慮すると、位相シフト量θのモニタ機能を付加する必要もあり、光受信器及びその制御機構が複雑化することも懸念される。
【0012】
前述とは別の90度位相シフト部7の構成として、導波路の長さを調整する方法がある。この場合、4本のアーム導波路10a、10b、11a、11bのうち、90度位相シフト部7を設置する光導波路についてのみ、次式を満たすように導波路の長さをΔLだけ変化させればよい。
ΔL×N(λ)=(±1/4+m)λ (2)
【0013】
ここで、Nは導波路を構成するコアの実効屈折率を示しており、波長λの関数で表される。この構成の場合、電力を全く消費せず、位相シフト量θのモニタ機能も不要であるという利点がある。しかしながら、ΔLはある一意の値にしか設定できないため、位相シフト量θが伝搬光の波長λに依存することになる。例えば、ある波長λ1が式(2)を満たすように90度位相シフト部7のΔLを設計した場合(θ=90度)、異なる波長λ2における位相シフト量θ2は次式で表される。
【0014】
【数1】

【0015】
光90度ハイブリッド回路として使用する波長帯域が拡大することに伴い、位相シフト量θの90度からのずれは大きくなり、受信特性劣化に及ぼす影響も大きくなる。
【0016】
ここで、従来技術に係る90度位相シフト部7について詳細に説明する。図2は、従来技術に係る90度位相シフト部7の構成を説明するための図1の拡大図である。ここでは、アーム導波路10a、10b、11a、11bのうち、アーム導波路11bに90度位相シフト部7を設置した例を示している。本例は、光スプリッタ2bで2つに分岐された局部発振光のうち、光結合器3bに結合する光の位相を、光結合器3aに結合する光の位相と比較して、90度ずらすことを目的とした構成である。
【0017】
光結合器3aに結合する局部発振光と光結合器3bに結合する局部発振光との位相差の絶対値を90度にした場合、IQ位相差は90度となるので、90度位相シフト部7における位相シフト量θの符号は問われない。従って、本例で示した90度位相シフト部7と同一の構成の90度位相シフト部を、アーム導波路11aに設置した構成であっても、図2に示す構成と全く同一の機能を実現することができる。
【0018】
従来技術の90度位相シフト部7における位相シフト量θの90度からのずれの波長依存性を、波長の一次関数で表し、β×Δλで表記する。ここで、βは単位[度/nm]の定数である。また、Δλは、位相シフト量θが90度となる波長λ1と、90度位相シフト部7を伝搬する光の波長λの差を表している。表1に、出力導波路4aから出力される光の位相を基準とした場合の、出力導波路4b、5a、5bから出力される光の相対的な位相関係を示す。
【0019】
【表1】

【0020】
ここでは、アーム導波路10a、10b、11a、11bの長さはそれぞれ互いに等しいと想定している。ここで、アーム導波路11bの長さとは、光スプリッタ2bと光結合器3bとを結ぶ導波路のうち、90度位相シフト部7を構成する導波路の長さは含まれない。光90度ハイブリッド回路のIQ位相差としては、出力導波路4a及び4b、4b及び5a、5a及び5b、5b及び4aから出力される光の位相差を評価する必要がある。表2に、出力導波路4a及び4b、4b及び5a、5a及び5b、5b及び4aから出力される光の位相差を示す。
【0021】
【表2】

【0022】
ここで、−270度及び90度は光の位相差の絶対値としては等価なので、表中の各位相差が正数となるように換算した。従来技術の構成では、IQ位相差が90度から±β×Δλだけずれることが分かる。
【0023】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、その目的は、波長無依存化を実現する光90度ハイブリッド回路を提供するところにある。より詳細には、In-phase出力とQuadrature出力との間の位相差(以下、「IQ位相差」と表記する)の波長無依存化を実現する光90度ハイブリッド回路を提供するところにある。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明は、このような目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、第1の光を入力して2つに分岐する第1の光スプリッタと、第2の光を入力して2つに分岐する第2の光スプリッタと、第1の光スプリッタによって分岐された光の一方を伝送する第1のアーム導波路と、第1の光スプリッタによって分岐された光の他方を伝送する第2のアーム導波路と、第2の光スプリッタによって分岐された光の一方を伝送する第3のアーム導波路と、第2の光スプリッタによって分岐された光の他方を伝送する第4のアーム導波路と、第1のアーム導波路によって伝送された光と第3のアーム導波路によって伝送された光とを合波して干渉光を生成する第1の光結合器と、第2のアーム導波路によって伝送された光と第4のアーム導波路によって伝送された光とを合波して干渉光を生成する第2の光結合器と、第1のアーム導波路から伝送された光及び第2のアーム導波路から伝送された光の位相差と、第3のアーム導波路から伝送された光及び第4のアーム導波路から伝送された光の位相差との和θの絶対値が、使用する波長帯域内のある波長λ=λCにおいて、mを整数として90+360m度となり、λ=λCにおけるdθ/dλの絶対値が最小となるように構成された位相シフト機構とを備えることを特徴とする光90度ハイブリッド回路である。
【0025】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の光90度ハイブリッド回路において、位相シフト機構は、第1のアーム導波路及び第2のアーム導波路に設けられることを特徴とする光90度ハイブリッド回路である。
【0026】
請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の光90度ハイブリッド回路において、位相シフト機構は、第3のアーム導波路及び第4のアーム導波路にさらに設けられることを特徴とする光90度ハイブリッド回路である。
【0027】
請求項4に記載の発明は、請求項1ないし3に記載の光90度ハイブリッド回路において、位相シフト機構は、長さ又は幅が互いに異なる導波路であることを特徴とする光90度ハイブリッド回路である。
【0028】
請求項5に記載の発明は、請求項1ないし3に記載の光90度ハイブリッド回路において、位相シフト機構は、長さ及び幅が互いに異なる導波路であることを特徴とする光90度ハイブリッド回路である。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、光90度ハイブリッド回路のIQ位相差の波長無依存化を実現することが可能となる。第1の位相シフト導波路及び第2の位相シフト導波路から構成される位相シフト機構を採用し、且つ第1の位相シフト導波路及び第2の位相シフト導波路から出力される光の位相差の波長無依存化を実現する設計を導入することにより、IQ位相差の波長無依存化を実現することに適した回路構成が提供される。したがって、受信特性が劣化することを防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】従来技術の光90度ハイブリッド回路を示す構成図である。
【図2】従来技術に係る90度位相シフト部の構成を説明するための図1の拡大図である。
【図3】本発明に係る光90度ハイブリッド回路を示す模式図である。
【図4】本発明に係る位相シフト機構の構成を説明するための図3の拡大図である。
【図5】本発明の実施例1に係る光90度ハイブリッド回路を示す模式図である。
【図6】本発明の実施例1及び従来技術に係る光90度ハイブリッド回路の透過スペクトル測定結果を示す図である。
【図7】本発明の実施例1及び従来技術に係る光90度ハイブリッド回路のIQ位相差の評価結果を示す図である。
【図8】本発明の実施例2に係る光90度ハイブリッド回路を示す模式図である。
【図9】本発明の実施例2に係る位相シフト機構の構成を説明するための図8の拡大図である。
【図10】本発明の実施例2及び従来技術に係る光90度ハイブリッド回路のIQ位相差の評価結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明は、90度位相シフト部7における位相シフト量θの波長依存性に起因するIQ位相差の波長無依存化を実現する光90度ハイブリッド回路を提供する。
【0032】
図3は本発明の実施形態に係る光90度ハイブリッド回路の構成図である。本発明にかかる光90度ハイブリッド回路は、入力導波路1aと結合された光スプリッタ2aと、入力導波路1bと結合された光スプリッタ2bと、光スプリッタ2aと結合されたアーム導波路10a、10bと、光スプリッタ2bと結合されたアーム導波路11a、11bと、アーム導波路11a中に形成された第1の位相シフト導波路121と、アーム導波路11b中に形成された第2の位相シフト導波路122と、アーム導波路10a、11aと結合された光結合器3aと、アーム導波路10b、11bと結合された光結合器3bと、光結合器3aと結合された出力導波路4a、5aと、光結合器3bと結合された出力導波路4b、5bとを備える。
【0033】
ここで、各構成要素について説明する。PLC外部から入力された信号光は、入力導波路1aを介して光スプリッタ2aによって2つに分岐される。PLC外部から入力された局部発振光は、入力導波路1bを介して光スプリッタ2bによって2つに分岐される。光スプリッタ2aによって2つに分岐された光の一方は、アーム導波路10aを介して光結合器3aに入力され、他方は、アーム導波路10bを介して光結合器3bに入力される。光スプリッタ2bによって2つに分岐された光の一方は、アーム導波路11aを介して、アーム導波路11a中に形成された第1の位相シフト導波路121によって位相をシフトされて、光結合器3aに入力される。光スプリッタ2bによって2つに分岐された光の他方は、アーム導波路11bを介して、アーム導波路11b中に形成された第2の位相シフト導波路122によって位相をシフトされて、光結合器3bに入力される。光結合器3aに入力された2つの光は、合波されて干渉光となる。光結合器3bに入力された2つの光は、合波されて干渉光となる。光結合器3aから出力される干渉光は、出力導波路4a、5aを経由して、差動受光部6aに出力される。光結合器3bから出力される干渉光は、出力導波路4b、5bを経由して、差動受光部6bに出力される。
【0034】
差動受光部6a、6bは、外部回路として形成され、光電変換部として機能し、光結合器3a及び光結合器3bのそれぞれから出力される干渉光を差分検波して、入力された変調信号のI成分とQ成分とを分離する。
【0035】
第1の位相シフト導波路121及び第2の位相シフト導波路122から、位相シフト機構12が構成される。位相シフト機構12を通る光は、位相をシフトされる。位相シフト機構12を適切に設計することにより、IQ位相差の波長無依存化を実現することが可能となる。その設計に関しては、以下に説明する。
【0036】
本発明の効果を発現するための手段について説明する。図3の光ハイブリッド回路8と従来技術の光90度ハイブリッド回路(図1)とを比較すると、90度位相シフト部7は除かれ、位相シフト機構12が配置されている点で異なる。
【0037】
図4は本発明に係る位相シフト機構12の構成を説明するための図3の拡大図である。90度位相シフト部7に替えて位相シフト機構12を設置することにより、IQ位相差の波長無依存化を実現することが可能となる。
【0038】
図4に示すように、位相シフト機構12は、第1の位相シフト導波路121及び第2の位相シフト導波路122から構成されている。位相シフト機構12において、第2の位相シフト導波路122から出力される光の位相に対する第1の位相シフト導波路121から出力される光の相対的な位相差、すなわち位相シフト機構12で発生する位相シフト量θは、次式で表される。
【0039】
【数2】

【0040】
iを自然数とすると、ni(λ)は第iの位相シフト導波路における実効屈折率であり、波長λの関数である。Liは第iの位相シフト導波路の長さである。ここで、位相シフト量θの波長無依存化に必要な条件を説明する。位相シフト量θの波長依存性は次式で表される。
【0041】
【数3】

【0042】
本発明の効果を発現するために重要な点は、光90度ハイブリッド回路を使用する波長帯域の中心波長λcにおいて、式(4)におけるθ(λc)を90度に一致させ、且つ、式(5)におけるdθ(λc)/dλの絶対値を最小にすることである。具体的には、
【0043】
【数4】

【0044】
を満たし、且つ、
【0045】
【数5】

【0046】
で定義するδθを最小にする第1の位相シフト導波路及び第2の位相シフト導波路によって位相シフト機構12を構成した場合に、本発明の効果が最大となる。ここで、mは整数であり、β1=dn1c)/dλ、β2=dn2c)/dλである。
【0047】
次に、式(6)を満たし、且つ式(7)で表されるδθを最小にするための、第1の位相シフト導波路及び第2の位相シフト導波路の設計方法について説明する。導波路の長さL1及びL2に関しては、PLC作製工程において導波路パターン形成を目的に用いられるフォトマスクにおいて、その描画パターンの調整により容易に制御することが可能である。実効屈折率n1c)及びn2c)は、PLC作製工程においてコア層を形成する際の屈折率調整用添加剤の濃度を調整することにより、制御可能である。ただし、第1の位相シフト導波路及び第2の位相シフト導波路が同一の作製工程で同一の基板上に形成されることを考慮すると、屈折率調整用添加剤の濃度調整により、実効屈折率n1c)及びn2c)をそれぞれ個別に制御することは困難である。
【0048】
一方で、非特許文献2に示されるように、実効屈折率が導波路構造に依存することが広く知られている。したがって、導波路コアの厚さ又は幅を調整することにより、実効屈折率n1c)及びn2c)の制御が可能となる。ただし、第1の位相シフト導波路及び第2の位相シフト導波路が同一の作製工程で同一の基板上に形成されることを考慮すると、導波路コア層の厚さの調整により、実効屈折率n1c)及びn2c)をそれぞれ個別に制御することは困難である。
【0049】
それに対し、導波路の幅W1及びW2に関しては、PLC作製工程において導波路パターン形成を目的に用いられるフォトマスクにおいて、その描画パターンの調整により容易に制御することが可能である。ここで、Wiは第iの位相シフト導波路のコア幅を表している。また、屈折率の波長分散の要因として、材料分散及び構造分散が挙げられる。このうち、非特許文献2に示されるように、構造分散は導波路構造に依存することが知られている。したがって、導波路コアの厚さ、又は幅を調整することにより、実効屈折率n1c)及びn2c)の波長依存性、すなわち、β1及びβ2の制御が可能となる。ただし、第1の位相シフト導波路及び第2の位相シフト導波路が同一の作製工程で同一の基板上に形成されることを考慮すると、導波路コア層の厚さの調整により、β1及びβ2をそれぞれ個別に制御することは困難である。
【0050】
それに対し、導波路の幅W1及びW2に関しては、PLC作製工程において導波路パターン形成を目的に用いられるフォトマスクにおいて、その描画パターンの調整により容易に制御することが可能である。以上の説明をまとめる。式(6)を満たし、且つ、式(7)で表されるδθを最小にするためには、L1及びL2、n1c)及びn2c)、β1及びβ2を調整すれば良い。それらの調整方法としては、第1の位相シフト導波路及び第2の位相シフト導波路の長さ及び幅を調整することが、最も簡便な方法である。実際の設計例については、以降で記載する本発明に係る実施例において詳細を説明する。
【実施例1】
【0051】
図5は、実際に作製した実施例1に係る光90度ハイブリッド回路の模式図を示す。光90度ハイブリッド回路の作製にはPLC技術が使用された。具体的には、火炎堆積法及び反応性イオンエッチングを使用して、シリコン基板上に石英系ガラス導波路を作製した。コアの断面形状は4.5μm四方角であり、比屈折率差は1.5%である。コアを厚さ30μmのオーバークラッドガラスにより埋め込んだ。IQ位相差を実験的に評価することを目的として、光スプリッタ13及び遅延線14から構成される光遅延回路部15を本発明の光90度ハイブリッドの入力導波路1a、1bに結合した。これは、図3における信号光及び局部発振光の代わりに、同一光源から出力された光を分岐し、分岐した光の一方を遅延線14に通して遅延を与え、光90度ハイブリッド回路の入力導波路1a、1bに入力することにより、光遅延干渉回路を構成することを目的としている。光遅延干渉回路とすることで、出力導波路4a、4b、5a、5bから出力される透過スペクトルに基づいて、出力導波路4a、4b、5a、5bから出力される光の相対的な位相差を算出することが可能となる。IQ位相差評価後に、光遅延回路部15を取り除くことにより、光90度ハイブリッド回路として機能し、且つ、本発明の効果が損なわれないのは明らかである。
【0052】
本実施例1では、第1の位相シフト導波路121の長さL1を574μm、幅W1を10.6μmと設計し、第2の位相シフト導波路122の長さL2を574μm、幅W2を12.6μmと設計することにより、式(6)を満たし、且つ、式(7)で表されるδθが0になることが期待される。ここで、λc=1550nmとして設計した。また、光スプリッタ2a、2bとしてY分岐導波路を利用し、光結合器3a、3bとしては方向性結合器を採用した。
【0053】
ここで、第1の位相シフト導波路121及び第2の位相シフト導波路122の幅が、アーム導波路11a、11bの幅とそれぞれ異なることに注意が必要である。このような場合は、第1の位相シフト導波路121とアーム導波路11a及び第2の位相シフト導波路122とアーム導波路11bとの接続部分に、テーパ導波路を導入することにより、伝搬光のモード変換損失を低減することが可能となる。
【0054】
図6は作製した光90度ハイブリッド回路の透過スペクトル測定結果である。なお、従来技術と比較するため、従来技術の光90度ハイブリッド回路を本発明の実施例1と同一の作製プロセスで作製し、各出力間の位相差を評価した。その結果も併せて図6に示す。
【0055】
図7は、図6に示した透過スペクトル測定結果から算出した、各出力間の位相差を入力光波長の関数としてプロットした図である。従来技術の構成において、90度位相シフト部7の位相シフト量θの90度からのずれの波長依存性の係数βは、β=0.04[度/nm]であった。それに対し、本実施例の光90度ハイブリッド回路のIQ位相差は波長に依らず0であり、IQ位相差の90度からのずれの波長依存性が解消されたことを実験的にも確認した。
【実施例2】
【0056】
図8は、実際に作製した実施例2に係る光90度ハイブリッド回路の模式図を示す。光90度ハイブリッド回路の作製には、実施例1と同様のPLC技術が使用された。コアの断面形状は4.5μm四方角であり、比屈折率差は1.5%である。コアを厚さ30μmのオーバークラッドガラスにより埋め込んだ。IQ位相差を実験的に評価することを目的として、実施例1と同様に、光スプリッタ13と遅延線14とで構成される光遅延回路部15を本発明の光90度ハイブリッドの入力導波路1a、1bに結合した。
【0057】
IQ位相差評価後に、光遅延回路部15を取り除くことにより、光90度ハイブリッド回路として機能し、且つ、本発明の効果が損なわれないのは明らかである。実施例1との相違点は、位相シフト機構12とともに、第3の位相シフト導波路161及び第4の位相シフト導波路162から構成される位相シフト機構16が設置されている点である。
【0058】
図9は、本実施例2に係る位相シフト機構12及び位相シフト機構16の構成を説明するための図8の拡大図である。アーム導波路11aから光結合器3aに入力する光に対するアーム導波路11bから光結合器3bに入力する光の相対位相差をθ<11a−11b>とし、アーム導波路10bから光結合器3bに入力する光に対する第1アーム導波路10aから光結合器3aに入力する光の相対位相差をθ<10b−10a>とする。本実施例2に係る位相シフト機構12及び位相シフト機構16の配置は、θ<11a−11b>とθ<10b−10a>との和の絶対値が90+360m度となるように設計されている。このように、|θ<11a−11b>+θ<10b−10a>|=90+360m度とすることで、IQ位相差は90+360m度となり、光90度ハイブリッド回路としての機能が実現される。本実施例2においては、θ<11a−11b>=θ<10b−10a>=45度となるように位相シフト機構12及び位相シフト機構16を設計した。
【0059】
具体的には、第1の位相シフト導波路121の長さL1を287μm、幅W1を12.6μmとし、第2の位相シフト導波路122の長さL2を287μm、幅W2を10.6μmとし、第3の位相シフト導波路161の長さL1を287μm、幅W1を10.6μmとし、第4の位相シフト導波路162の長さL2を287μm、幅W2を12.6μmとした。これにより、本発明の効果の発現が期待される。ここで、λc=1550nmとして設計した。また、光スプリッタ2a、2bとしてY分岐導波路を採用し、光結合器3a、3bとして方向性結合器を採用した。
【0060】
図10は、透過スペクトル測定結果から算出した、各出力間の位相差を入力光波長の関数としてプロットした図である。従来技術の構成において、90度位相シフト部7の位相シフト量θの90度からのずれの波長依存性の係数βは、β=0.04[度/nm]であった。それに対して、本実施例の光90度ハイブリッド回路のIQ位相差は波長に依らず0であり、IQ位相差の90度からのずれの波長依存性が解消されたことを実験的にも確認した。
【0061】
以上で説明したように本発明の構成によりIQ位相差は波長に依らず90度となる、すなわち、IQ位相差の90度からのずれが波長に依らず常に0になることが分かる。これは、本発明の構成において、従来技術では90度位相シフト部7における位相シフト量θの波長依存性が不可避であったことに対し、位相シフト機構12及び位相シフト機構16を採用し、且つ位相シフト機構12及び位相シフト機構16から出力される各々の光の位相差の波長無依存化を実現する設計を導入した効果である。
【0062】
本発明は、光伝送システムにおけるコヒーレント受信方式に用いられる光受信器の構成部品である光90度ハイブリッド回路として利用することができる。
【符号の説明】
【0063】
1a、1b 入力導波路
2a、2b、13 光スプリッタ
3a、3b 光結合器
4a、4b、5a、5b 出力導波路
6a、6b 差動受光部
7 90度位相シフト部
8 光90度ハイブリッド回路
9 分波用光結合器
10a、10b、11a、11b アーム導波路
12、16 位相シフト機構
121 第1の位相シフト導波路
122 第2の位相シフト導波路
161 第3の位相シフト導波路
162 第4の位相シフト導波路
14 遅延線
15 光遅延回路部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の光を入力して2つに分岐する第1の光スプリッタと、
第2の光を入力して2つに分岐する第2の光スプリッタと、
前記第1の光スプリッタによって分岐された光の一方を伝送する第1のアーム導波路と、
前記第1の光スプリッタによって分岐された光の他方を伝送する第2のアーム導波路と、
前記第2の光スプリッタによって分岐された光の一方を伝送する第3のアーム導波路と、
前記第2の光スプリッタによって分岐された光の他方を伝送する第4のアーム導波路と、
前記第1のアーム導波路によって伝送された光と前記第3のアーム導波路によって伝送された光とを合波して干渉光を生成する第1の光結合器と、
前記第2のアーム導波路によって伝送された光と前記第4のアーム導波路によって伝送された光とを合波して干渉光を生成する第2の光結合器と、
前記第1のアーム導波路から伝送された光及び前記第2のアーム導波路から伝送された光の位相差と、前記第3のアーム導波路から伝送された光及び前記第4のアーム導波路から伝送された光の位相差との和θの絶対値が、使用する波長帯域内のある波長λ=λCにおいて、mを整数として90+360m度となり、λ=λCにおけるdθ/dλの絶対値が最小となるように構成された位相シフト機構とを備えることを特徴とする光90度ハイブリッド回路。
【請求項2】
前記位相シフト機構は、前記第1のアーム導波路及び前記第2のアーム導波路に設けられることを特徴とする請求項1に記載の光90度ハイブリッド回路。
【請求項3】
前記位相シフト機構は、前記第3のアーム導波路及び前記第4のアーム導波路にさらに設けられることを特徴とする請求項2に記載の光90度ハイブリッド回路。
【請求項4】
前記位相シフト機構は、長さ又は幅が互いに異なる導波路であることを特徴とする請求項1ないし3に記載の光90度ハイブリッド回路。
【請求項5】
前記位相シフト機構は、長さ及び幅が互いに異なる導波路であることを特徴とする請求項1ないし3に記載の光90度ハイブリッド回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−18002(P2011−18002A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−164175(P2009−164175)
【出願日】平成21年7月10日(2009.7.10)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】