説明

凸版印刷用版材及びその製造方法

【課題】印刷汚れ及び版面汚れが少なく、且つ印刷耐久性が高い凸版印刷用版材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】凸版印刷用版材10は、版材の凹部11及び凸部12側面がフッ化炭素基を含む膜物質の形成する撥水撥油性被膜13で被覆されている。凸版印刷用版材10は、(1)バック露光工程と、(2)凸部12を形成する部分を被覆するマスク材17を選択的に除去する工程と、(3)露光工程と、(4)マスク材17が除去された部分を水溶性樹脂の被膜20で被覆する工程と、(5)現像工程と、(6)仕上げ露光工程と、(7)凹部11及び凸部12の表面に撥水撥油処理液を接触させ、撥水撥油性被膜13を印刷面側の表面全体に形成する撥水撥油処理工程と、(8)樹脂の被膜が可溶な洗浄液で水溶性樹脂の被膜20を洗浄除去する洗浄工程とを有する方法により製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フレキソ印刷等に用いられる凸版印刷用版材とその製造方法に関するものである。更に詳しくは、印刷汚れ及び版面汚れが少なく、且つ印刷耐久性が高い凸版印刷用版材及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フレキソ印刷とは、凸版印刷の一形式であり、凹凸のある版材の凸部の上面(被印刷体と接触する面)に、インク供給ロール等でインクを供給し、次に、版材を被印刷物に接触させて、凸部の上面のインクを被印刷物に転写する印刷方式である。このようなフレキソ印刷においては、しばしば、長時間印刷中に、インクが版材の凸部のショルダー部分に付着したり(インク垂れ、インク残り)、凹部にインキが入り込んだり(版面汚れ)して、本来の絵柄でない部分にまで印刷され、印刷品質の低下の原因となる。また、このような場合には、印刷を中止し、アルコール等の洗浄液を用いて版面を洗浄する必要があるため、経済的に不利になる。
印刷に悪影響を与えることなく樹脂版の版面汚れを防止するための方法に関しては、種々の方法が提案されている。例えば、版材に付着したインクの印刷物への転写率を向上させて、印刷汚れやにじみを低減させるために、印刷前に、版材の印刷面側の全面にわたってシリコーン系化合物及び有機フッ素系化合物等の撥水性又は撥油性を有する化合物を塗布することがよく知られている(例えば、特許文献1〜3参照)。
【特許文献1】特開昭51−40206号公報
【特許文献2】特開2002−292985号公報
【特許文献3】特開2005−84418号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1〜3に記載のような、撥水性又は撥油性を有する化合物を版材の印刷面側の全面にわたって塗布する方法では、インクの印刷物への転写率は向上するが、凸部表面の表面エネルギーと凹部及び凸部側面の表面エネルギーは同じになるため、インク垂れ、インク残り及び版面汚れの問題は解決できないという大きな欠点があった。
また、特許文献1及び2に記載の方法においては、これらの化合物を仕上げ露光工程の後で塗布するため、耐久性に難があった。このような問題点に鑑み、特許文献3に記載の方法においては、仕上げ露光工程の前にシリコーン系化合物及び有機フッ素系化合物を塗布することにより特許文献1及び2に記載の方法に比べ耐久性を向上させている。しかしながら、いずれにせよ、塗膜は単に表面に付着しているだけであるため、耐久性が十分とはいえず、印刷を度々中断して塗布を繰り返す必要があった。
【0004】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、印刷汚れ及び版面汚れが少なく、且つ印刷耐久性が高い凸版印刷用版材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の第1の態様は、版材の凹部及び凸部側面がフッ化炭素基を含む膜物質の形成する撥水撥油性被膜で被覆されていることを特徴とする凸版印刷用版材を提供することにより上記課題を解決するものである。
撥水撥油性被膜で被覆することにより、凹部及び凸部側面のインクによる濡れ性が低下するため、凸部の上面のインクに対する親和性が相対的に向上し、凸部の上面から凹部及び凸部側面へのインクの移行が抑制される。そのため、インク垂れ、インク残り及び版面汚れを低減できる。
また、被印刷体と接触しない凹部及び凸部側面を撥水撥油性被膜で被覆することにより、被膜は摩耗を受けない。そのため、被膜の効果が長期間にわたって安定に保持される凸版印刷用版材を得るごとができる。
【0006】
本発明の第1の態様において、前記撥水撥油性被膜が前記版材の凹部及び凸部側面の表面に共有結合を介して固定されていることが好ましい。
撥水撥油性被膜が共有結合を介して固定されているので、単に塗布した場合よりも耐久性を向上できる。
【0007】
本発明の第1の態様において、前記撥水撥油性被膜が単分子膜であることが好ましい。
ナノメートルレベルの被膜は版材の凹凸のパターンに影響を与えないため、印刷品質を損なうことがない。
【0008】
本発明の第1の態様において、前記凸部の上面の表面エネルギーが前記凹部及び前記凸部側面の表面エネルギーより大きいことが好ましい。
凸部の上面の方が凹部及び凸部の側面よりもインクに対する濡れ性が高くなるため、凸部の上面に付着したインクが広がることがない。そのため、インク垂れ、インク残り及び版面汚れを抑制できる。
【0009】
本発明の第1の態様において、前記凸部の上面が、アルコキシシラン及び/又はアルコキシポリシロキサンから形成されたポリシロキサン分子を含み、前記撥水撥油性被膜よりも表面エネルギーの大きな第2の撥水撥油性被膜で選択的に被覆されていてもよい。
凹部及び凸部の側面を被覆する撥水撥油性被膜よりも表面エネルギーの大きな第2の撥水撥油性被膜で凸部の上部を被覆することにより、凸部の上部から凹部及び凸部側面へのインクの移行をより確実に抑制できる。また、被印刷体と接触する第2の撥水撥油性被膜にポリシロキサン分子を含ませることにより、被膜の強度すなわち耐刷性を向上でき、さらに撥水撥油性を制御できる。
【0010】
本発明の第2の態様は、(1)感光性樹脂板の背面側から光照射を行うバック露光工程と、(2)前記感光性樹脂板の印刷面側に密着した遮光性のマスク材のうち凸部を形成する部分を被覆するものを選択的に除去するフォトマスク形成工程と、(3)前記感光性樹脂板の印刷面側から光照射を行う露光工程と、(4)前記マスク材が除去された部分を現像液に不溶な樹脂の被膜で被覆する樹脂被覆工程と、(5)前記マスク材及び未硬化の感光性樹脂を除去する現像工程と、(6)前記感光性樹脂を完全に硬化させる仕上げ露光工程と、(7)前記印刷面側に形成された凸部及び凹部の表面に、フッ化炭素基を有する膜化合物を含む撥水撥油処理液を接触させ、撥水撥油性被膜を該印刷面側の表面全体に形成する撥水撥油処理工程と、(8)前記樹脂の被膜が可溶な洗浄液で該被膜を洗浄除去する洗浄工程とを有することを特徴とする凸版印刷用版材の製造方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
樹脂被覆工程(4)において、凸部の上面となる部位を樹脂の被膜で被覆した後に、撥水撥油処理工程(6)において印刷面側の表面全体に撥水撥油性被膜を形成し、次いで洗浄工程(7)において樹脂の被膜を除去することにより、凹部及び凸部側面のみが撥水撥油性被膜で被覆された凸版印刷用版材を比較的容易に得ることができる。
【0011】
本発明の第2の態様において、前記フッ化炭素基を含む膜化合物が、下記の化学式(I)で表されるアルコキシシラン化合物又はクロロシラン化合物であることが好ましい。
(I)RSiR(3−m)
なお、式(I)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、mは0以上2以下の整数を表し、Rはフルオロアルキルアルキル基を表し、Rはアルキル基を表す。
アルコキシシリル基又はクロロシリル基は、版材を構成する感光性樹脂板の表面に存在するヒドロキシル基等の表面官能基との縮合反応により共有結合を形成できる。そのため、凹部及び凸部側面に共有結合した耐久性の高い撥水撥油性被膜を形成できる。
【0012】
本発明の第2の態様において、前記洗浄工程の後、(9)第2の撥水撥油処理液を前記凸部の上部表面に接触させ、アルコキシシラン及び/又はアルコキシポリシロキサンから形成されたポリシロキサン分子を含み、前記撥水撥油性被膜よりも表面エネルギーの大きな第2の撥水撥油性被膜で選択的に被覆する第2の撥水撥油処理工程を更に有していてもよい。
すでに、前工程で撥水撥油性被膜が形成されている凹部は、化学吸着膜が形成されないので、凸部に選択的に第2の撥水撥油性被膜を選択的に形成できる。
【0013】
本発明の第2の態様において、前記第2の撥水撥油処理液が、前記化学式(I)で表されるフッ化炭素基を含む膜化合物及び下記の化学式(II)、(III)及び(IV)のいずれかで表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物のうち1又は複数を含んでいてもよい。
(II)SiH(4−m)
(III)XSi(OSiY
(IV)SiR(4−t)
なお、式(II)、(III)及び(IV)において、Xはアルコキシ基又はClを表し、Rはアルキル基を表し、mは0以上2以下の整数を表し、nは0以上15以下の整数を表し、tは1以上3以下の整数を表す。
第2の撥水撥油処理液に上記の化学式(II)、(III)及び(IV)のいずれかで表される化合物のうち1又は複数が含まれていると、形成される撥水撥油性被膜がポリシロキサン分子を含むため、配合比を調節することにより撥水撥油性被膜の強度を強化でき、さらに撥水撥油性も制御できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、インク垂れ、インク残り及び版面汚れ等に起因する印刷トラブルが少なく、汚れやにじみが少ない印刷物を低コストで提供できる凸版印刷用版材及びその製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照しつつ本発明を具体化した実施の形態について説明し、本発明の理解に供する。
なお、本明細書において、「膜化合物」及び「膜物質」という用語は、それぞれ、撥水撥油性の被膜を形成するための出発物質として使用される化合物、及び形成された撥水撥油性の被膜の構成成分を呼称するために使用される。
ここで、図1は本発明の第1の実施の形態に係る凸版印刷用版材の断面構造を模式的に表した説明図、図2は同実施の形態における撥水撥油性被膜の構造の一例を分子レベルまで拡大した説明図、図3は同実施の形態における第2の撥水撥油性被膜の構造の他の例を分子レベルまで拡大した説明図、図4は同実施の形態に係る凸版印刷用版材の製造方法におけるバック露光工程、フォトマスク形成工程及び露光工程を模式的に説明した説明図である。図5は同実施の形態に係る凸版印刷用版材の製造方法における樹脂被覆工程、現像工程、撥水撥油処理工程、洗浄工程及び仕上げ露光工程を模式的に説明した説明図、図6は、同実施の形態に係る凸版印刷用版材の製造方法における第2の被膜形成工程を模式的に説明した説明図である。
【0016】
図1に示すように、凸版印刷用版材10は、版材の凹部11及び凸部12の側面がフッ化炭素基を含む膜物質の形成する撥水撥油性被膜13で被覆されている。また、図2に示すように、撥水撥油性被膜13は、フッ化炭素基(図2では一例としてペンタデカフルオロデシル基を図示している。)を有する膜物質が版材の凹部11及び凸部12の側面の表面に共有結合を介して固定されている単分子膜である。表面エネルギーの小さなフッ化炭素基を有する撥水撥油性被膜13により被覆された凹部11及び凸部12の側面は、凸部12の上面よりも表面エネルギーが小さい。そのため、凸部12の上面に供給されたインク(図示しない)は、凸部12の上面を濡らしやすいが、凹部11及び凸部12の側面を濡らしにくくなるため、インク垂れ、インク残り及び版面汚れを抑制できる。
【0017】
図4及び5に示すように、凸版印刷用版材10は、(1)感光性樹脂板16の背面側から光照射を行うバック露光工程と、(2)感光性樹脂板16の印刷面側に密着した遮光性のマスク材17のうち凸部12を形成する部分を被覆するものを選択的に除去するフォトマスク形成工程と、(3)感光性樹脂板16の印刷面側から光照射を行い、露光された部分の感光性樹脂18を選択的に硬化させる露光工程と、(4)マスク材17が除去された部分を水溶性樹脂の被膜(現像液に不溶な樹脂の被膜の一例)20で被覆する樹脂被覆工程と、(5)マスク材17及び未硬化の感光性樹脂18を除去する現像工程と、(6)凹部11及び凸部12を完全に硬化させる仕上げ露光工程と、(7)印刷面側に形成された凹部11及び凸部12の表面に、フッ化炭素基を有する膜化合物を含む撥水撥油処理液を接触させ、撥水撥油性被膜13を印刷面側の表面全体に形成する撥水撥油処理工程と、(8)水(樹脂の被膜が可溶な洗浄液の一例)で水溶性樹脂の被膜20を洗浄除去する洗浄工程とを有する方法を用いて製造される。
以下、各工程について詳細に説明する。
【0018】
凸版印刷用版材10の製造に用いられる感光性樹脂板16は、ベースプレート14の上に感光性樹脂18の層が形成されており、その表面に密着するように、露光工程に用いられる照射光を透過しない遮光性のマスク材17の層が形成されている。感光性樹脂板16としては、フレキソ製版用の版材の作製に用いられる任意の感光性樹脂板を用いることができる。マスク材17としては、例えば、特開平8−305030号公報及び特開平9−166875号公報に記載の赤外線感受性を有するものが好ましく用いられる。
【0019】
(1)バック露光工程
まず、感光性樹脂板16の背面側(ベースプレート14側)又は側面から紫外光を照射し、ベースプレート14の上に所定の厚さを有するバック析出層19を形成する。バック露光に用いられる照射光の波長及び強度は、用いられる感光性樹脂板の種類及び厚さ等に応じて適宜調節される。また、バック析出層19の厚さは、感光性樹脂18の層の厚さ及び望ましい凸部12の高さ等に応じて適宜調節される。
バック露光工程は、フレキソ製版に通常用いられている任意の公知の方法及び装置を用いて行うことができる。
【0020】
(2)フォトマスク形成工程
次いで、凸部12が形成される部分の感光性樹脂18を被覆するマスク材17を選択的に除去する。マスク材17として、上述の赤外線感受性を有する材質のものを用いる場合には、マスク材17の上に赤外線レーザーで直接描画することにより、照射した部位のみを選択的に除去できる。フォトマスク形成工程は、フレキソ製版に通常用いられているCTPプレートセッター等の任意の公知の方法及び装置を用いて行うことができる。
【0021】
(3)露光工程
次に、凸部12が形成される部分が選択的に除去されたマスク材17からなるフォトマスクを介して感光性樹脂板16の印刷面側から光照射を行い、露光された部分の感光性樹脂18を選択的に硬化させ、凸部12を形成する。バック露光工程の場合と同様に、露光に用いられる照射光の波長及び強度は、用いられる感光性樹脂板の種類及び厚さ等に応じて適宜調節され、露光工程は、フレキソ製版に通常用いられている任意の公知の方法及び装置を用いて行うことができる。
【0022】
(4)樹脂被覆工程
その後、後述する撥水撥油処理工程において、露光工程により形成された凸部12の上面に撥水撥油性被膜13が形成されないようにするため、凸部12の上のマスク材17が除去された部分を水溶性樹脂の被膜20で被覆する。用いられる水溶性樹脂としては、後述する現像工程で用いられる現像液に不溶であり、キャスト法等により薄膜を容易に形成できるという条件を具備する任意のものを用いることができる。溶解性の観点からは多糖類が好ましく、成膜性を兼ね備えているものとしてはプルラン等が特に好ましい。或いは、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン等の合成水溶性高分子も用いることができる。水溶性樹脂の被膜20の形成には、キャスト法、スピンコーティング法等の任意の公知の方法を用いることができる。
【0023】
なお、本実施の形態ではプルラン等の水溶性樹脂を用いたが、現像液に不溶であり、硬化した感光性樹脂を溶解したり、膨潤により変形させたりしない溶媒に可溶な任意の樹脂を用いることもできる。
【0024】
(5)現像工程
次に、マスク材17及び未硬化の感光性樹脂18を除去する。現像工程は、フォトリソグラフィー及びフレキソ製版等において通常用いられる任意の公知の装置及び方法を用いて行うことができるが、水溶性樹脂の被膜20が除去されないように、機械的手段を用いずに、現像液により未硬化の感光性樹脂を溶解させて除去する方法により行うのが好ましい。現像液としては、未硬化の感光性樹脂を溶解できる任意の公知の有機溶媒を用いることができるが、価格、環境負荷及び揮発性等の観点から、乳酸エチル、エチレングリコールモノメチルエーテル(セロソルブ)等の溶媒が好ましく用いられる。現像液を用いて未硬化の感光性樹脂を除去すると、同時にマスク材も除去できるが、現像工程の前にマスク材の除去を行ってもよい。
なお、硬化した感光性樹脂が現像液により膨潤する場合があるため、現像工程を行った後で、温風等により乾燥させることが好ましい。
【0025】
(6)仕上げ露光工程
現像工程の後に再度光照射を行い、凹部11及び凸部12を完全に硬化させる。バック露光工程及び露光工程の場合と同様に、仕上げ露光に用いられる照射光の波長及び強度は、用いられる感光性樹脂板の種類及び厚さ等に応じて適宜調節され、仕上げ露光工程は、フレキソ製版に通常用いられている任意の公知の方法及び装置を用いて行うことができる。
【0026】
(7)撥水撥油処理工程
次いで、印刷面側に形成された凹部11及び凸部12の表面に、フッ化炭素基を有する膜化合物を含む撥水撥油処理液を接触させ、撥水撥油性被膜13を印刷面側の表面全体に形成する。なお、膜化合物の反応性基との反応により形成された結合を介して撥水撥油性被膜13を凹部11及び凸部12の側面上に固定させるためには、ヒドロキシル基等の表面官能基を有する感光性樹脂を用いることが好ましいが、処理、コロナ放電処理等の表面処理によって表面に親水性の官能基等の表面官能基を形成してもよい。
【0027】
フッ化炭素基を有する化合物としては、下記の化学式(I)で表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物を用いることができる。
【0028】
(I)RSiR(3−m)
なお、式(I)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、mは0以上2以下の整数を表し、Rはフルオロアルキルアルキル基を表し、Rはアルキル基を表す。
【0029】
フッ化炭素基を含むアルコキシシラン化合物の具体例としては、下記の化学式(I’)で表されるアルコキシシラン化合物が挙げられる。
【0030】
(I’)CF(CF−Y−Z−(CH−Si(OR)
式(I’)において、mは0〜20の整数を、nは0〜9の整数を、Rは炭素数1〜4のアルキル基をそれぞれ表す。
また、Yは、(CH(kは1〜3の整数を表す)及び単結合のいずれかを表し、Zは、O(エーテル酸素)、COO、Si(CH、及び単結合のいずれかを表す。
【0031】
フッ化炭素基を含むアルコキシシラン化合物の具体例としては、下記(1)〜(12)に示す化合物が挙げられる。或いは、これらの化合物においてアルコキシ基がClに置換されたクロロシラン化合物を用いてもよい。
【0032】
(1) CFCHO(CH15Si(OCH
(2) CF(CHSi(CH(CH15Si(OCH
(3) CF(CF(CHSi(CH(CHSi(OCH
(4) CF(CF(CHSi(CH(CHSi(OCH
(5) CFCOO(CH15Si(OCH
(6) CF(CF(CHSi(OCH
(7) CFCHO(CH15Si(OC
(8) CF(CHSi(CH(CH15Si(OC
(9) CF(CF(CHSi(CH(CHSi(OC
(10) CF(CF(CHSi(CH(CHSi(OC
(11) CFCOO(CH15Si(OC
(12) CF(CF(CHSi(OC
【0033】
撥水撥油処理液の調製に用いられる溶媒、アルコキシシラン化合物の濃度、撥水撥油処理工程を行う際の反応温度、反応時間、アルコキシシラン化合物を用いる場合に用いることができる縮合触媒等の反応条件については、例えば、特開2005−206790号公報に記載の条件を用いることができるが、溶媒としては、水溶性樹脂の被膜20及び硬化後の感光性樹脂を溶解させないものを選択する必要がある。
【0034】
(8)洗浄工程
最後に、水溶性樹脂の被膜20を水で洗浄除去すると、凸版印刷用版材10が得られる。水は、水溶性樹脂の被膜20のみを溶解し、版材及び撥水撥油性被膜13を溶解したり膨潤させたりしないため、洗浄液として好適に用いられる。
なお、樹脂被覆工程(4)において、現像液に不溶であれば、水に不溶性の樹脂を水溶性樹脂の代わりに用いることもできるが、洗浄液としては、被膜を形成する樹脂のみを溶解し、版材及び撥水撥油性被膜13を溶解したり膨潤させたりしないものを選択する必要がある。
【0035】
洗浄工程(8)の後、(9)第2の撥水撥油処理液を版材の凸部12の上部表面に接触させ、アルコキシシラン及び/又はアルコキシポリシロキサンから形成されたポリシロキサン分子を含み、撥水撥油性被膜14よりも表面エネルギーの大きな第2の撥水撥油性被膜21で選択的に被覆する第2の撥水撥油処理工程を更に行ってもよい。
上述の(1)〜(8)までの工程で、撥水撥油性被膜13がすでに形成されている凹部13及び凸部12の側面には、表面官能基が存在せず、化学吸着膜が形成されないので、凸部12の上部を選択的に第2の撥水撥油性被膜21で被覆できる。
【0036】
第2の撥水撥油処理工程(9)で使用する第2の撥水撥油処理液は、下記の化学式(II)又は(III)、(IV)で表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物のうち1又は複数を更に含んでいてもよい。
(II)SiH(4−m)
(III)XSi(OSiY
(IV)SiR(4−t)
なお、式(II)、(III)及び(IV)において、Xはアルコキシ基又はClを表し、Rはアルキル基を表し、mは0以上2以下の整数を表し、nは0以上15以下の整数を表し、tは1以上3以下の整数を表す。
撥水撥油処理液に式(II)及び(III)のいずれかで表される化合物が含まれていると、形成される撥水撥油性被膜がポリシロキサン分子を含むため、配合比を調節することにより撥水撥油性被膜の強度を強化でき、さらに撥水撥油性も制御できる。
【0037】
上記の一般式(I)、(II)、(III)及び(IV)のいずれかで表される化合物のうち1つを単独で用いてもよいが、それぞれの一般式で表される1種類又は複数種類の化合物を任意の割合で混合して用いてもよい。例えば、一般式(I)で表される化合物と、一般式(II)で表される化合物のそれぞれ1種類を、100:0〜20:80の割合で混合して用いることができる。
【0038】
上記の式(II)で表されるアルコキシシラン及び上記の式(III)で表されるアルコキシポリシロキサンの具体例としては、以下に示す化合物(21)〜(36)が挙げられる。或いは、これらの化合物においてアルコキシ基がClに置換されたクロロシラン化合物を用いてもよい。
【0039】
(21) Si(OCH
(22) SiH(OCH
(23) SiH(OCH
(24) (CHO)SiOSi(OCH
(25) Si(OC
(26) SiH(OC
(27) SiH(OC
(28) (HO)SiOSi(OC
(29) (CHO)SiOSi(OCHOCH
(30) (CO)Si(OSi(OCOC
(31) (CHO)Si(OSi(OCHOCH
(32) (CO)Si(OSi(OCOC
(33) (CHO)SiOSi(CHOCH
(34) (CO)Si(OSi(CHOC
(35) (CHO)Si(OSi(CHOCH
(36) (CO)Si(OSi(CHOC
【0040】
また、上記の式(IV)で表されるアルキルアルコキシシランの具体例としては、以下に示す化合物(41)〜(52)が挙げられる。或いは、これらの化合物においてアルコキシ基がClに置換されたクロロシラン化合物を用いてもよい。
【0041】
(41) CHCHO(CH15Si(OCH
(42) CH(CHSi(CH(CH15Si(OCH
(43) CH(CH(CHSi(CH(CHSi(OCH
(44) CH(CH(CHSi(CH(CHSi(OCH
(45) CHCOO(CH15Si(OCH
(46) CH(CH(CHSi(OCH
(47) CHCHO(CH15Si(OC
(48) CH(CHSi(CH(CH15Si(OC
(49) CH(CH(CHSi(CH(CHSi(OC
(50) CH(CH(CHSi(CH(CHSi(OC
(51) CHCOO(CH15Si(OC
(52) CH(CH(CHSi(OC
【0042】
これらは単独で用いてもよく、任意の2種類以上を任意の割合で混合して用いてもよい。耐久性に優れた凸版印刷用版材10を得るためには、フッ化炭素基を有するアルコキシシラン化合物と、アルコキシシラン及び/又はアルコキシポリシロキサン、アルキルアルコキシシランとの組成比(ケイ素原子数の比をいう)が1:10〜1:0であることが好ましく、1:3〜3:1であることがより好ましい。
【0043】
この場合において形成される第2の撥水撥油性被膜21の構造を図3に示す。フッ化炭素基を有する膜物質は、その一部は版材の凹部11及び凸部12の側面の表面に共有結合を介して固定されているが、残りは、凹部11及び凸部12の側面を網目状に被覆するポリシロキサン分子15上に結合している。
【実施例】
【0044】
以下、本発明の具体的な実施例を説明するが、以下の実施例においては、特に記載していない限り分子組成比はモル比を意味する。また、「%」は重量%を意味する。
【0045】
実施例1
湿度35%以下の乾燥雰囲気中(これ以上になると、膜物質の加水分解により撥水撥油性被膜が白濁した。)で、ペンタデカフルオロデシルトリクロロシランCF(CF(CHSiCl及びテトラクロロシランSiClを、乾燥した5%クロロホルム含有ジメチルシリコーン溶液に、それぞれ0.02mol/Lと0.01mol/Lの濃度(2:1)になるように溶解して、撥水撥油処理液を調製した。
【0046】
次に、市販のフレキソ製版用感光性樹脂板及びCTPプレートセッターを用いて、図4に記載の工程により、バック露光、フォトマスクの形成、メイン露光の各工程を行った。次いで、マスク材が除去された部分にプルラン水溶液を塗布後乾燥させ、プルランの被膜を形成した。その後、現像液としてセロソルブを用い、未硬化の感光性樹脂を洗い出し、乾燥後仕上げ露光を行った(図5参照)。
【0047】
その後、酸素を含む雰囲気中で版面全体をコロナ処理することにより、表面にヒドロキシル基を導入し親水化した後、乾燥雰囲気中で、上記の方法により調製した撥水撥油処理液を表面に塗布し、室温で1時間程度反応させた。このとき、版面の表面は、親水化処理してあるので、ヒドロキシル基を多数含み、且つ吸着水で被われているので、表面でSiCl基とヒドロキシル基又は吸着水とが脱塩酸反応して、ポリシロキサン分子及びフッ化炭素基を含む膜物質とが版材の表面に共有結合した撥水撥油性被膜が形成された。その後、未反応の膜化合物を洗浄除去し、乾操後、さらに室温で1〜2時間放置し完全に反応させた。それにより、略3nm程度の厚みの撥水撥油性被膜が版面の表面に形成できた。
【0048】
なお、洗浄せずに前記非水系有機溶媒を蒸発させる(この場合、60〜100℃で版材を加熱すると、溶媒の蒸発を早めることが可能であり、蒸発時間を短縮できた。)と、略30nm厚みの撥水撥油性被膜を版材の表面に形成できた。また、洗浄の代わりにふき取りにより未反応の膜化合物を除去した場合には、撥水撥油性被膜の厚さは略10nmとなった。
【0049】
最後に版材を水洗いし、プルランの被膜を除去すると、凹部及び凸部の側面が撥水撥油性被膜で被覆された凸版印刷用版材を製造できた。
【0050】
このような凸版では、凸部上面は親水性であり(したがって、表面エネルギーが大きい。)、凹部及び凸部側面が撥水撥油性被膜で被覆されている(したがって、表面エネルギーが小さい。)ので、インクを塗布した際、水性インクや油性にインクでも、凹部及び凸部側面からははじかれ、凸部上面には引きつけられるので、インク垂れ、インク残りが生じない。したがって、メンテナンスフリーで印刷面を汚すことなく大量に印刷出来る。
【0051】
なお、このとき、撥水撥油性被膜で被覆された部分の水に対する接触角は、洗浄の有無に関わらず、略107度であった。
【0052】
ここで、テトラトリクロロシランの代わりに、それぞれ、一般式RSi(OCH又はRSiCl(式中、Rはアルキル基を示す)で表されるアルキルアルコキシシラン化合物又はアルキルクロロシラン化合物、SiH(OCH、SiH(OCH若しくは(CHO)Si(OSi(OCHOCH(但し、mは整数を表す)、又はSiH(OC、SiH(OC若しくは(CO)Si(OSi(OCOC(但し、mは整数を表す)等のアルコキシシラン又はアルコキシポリシロキサン、或いはSiHCl、SiHCl又はClSi(OSiClCl(但し、mは整数を表す)等のクロロシラン又はクロロポリシロキサンを用いてもほぼ同様の結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の凸版印刷用版材は、フレキソ印刷等、高性能な凸版印刷に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る凸版印刷用版材の断面構造を模式的に表した説明図である。
【図2】同実施の形態における撥水撥油性被膜の構造の一例を分子レベルまで拡大した説明図である。
【図3】同実施の形態における第2の撥水撥油性被膜の構造の他の例を分子レベルまで拡大した説明図である。
【図4】同実施の形態に係る凸版印刷用版材の製造方法におけるバック露光工程、フォトマスク形成工程、及び露光工程を模式的に説明した説明図である。
【図5】同実施の形態に係る凸版印刷用版材の製造方法における樹脂被覆工程、現像工程、撥水撥油処理工程、洗浄工程及び仕上げ露光工程を模式的に説明した説明図である。
【図6】同実施の形態に係る凸版印刷用版材の製造方法における第2の撥水撥油性被膜の形成工程を説明した説明図である。
【符号の説明】
【0055】
10 凸版印刷用版材
11 凹部
12 凸部
13 撥水撥油性被膜
14 ベースプレート
15 ポリシロキサン分子
16 感光性樹脂板
17 マスク材
18 感光性樹脂
19 バック析出層
20 水溶性樹脂の被膜
21 第2の撥水撥油性被膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
版材の凹部及び凸部側面がフッ化炭素基を含む膜物質の形成する撥水撥油性被膜で被覆されていることを特徴とする凸版印刷用版材。
【請求項2】
前記撥水撥油性被膜が前記版材の凹部及び凸部側面の表面に共有結合を介して固定されていることを特徴とする請求項1記載の凸版印刷用版材。
【請求項3】
前記撥水撥油性被膜が単分子膜であることを特徴とする請求項1及び2のいずれか1項記載の凸版印刷用版材。
【請求項4】
前記凸部の上面の表面エネルギーが前記凹部及び前記凸部側面の表面エネルギーより大きいことを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の凸版印刷用版材。
【請求項5】
前記凸部の上面が、アルコキシシラン及び/又はアルコキシポリシロキサンから形成されたポリシロキサン分子を含み、前記撥水撥油性被膜よりも表面エネルギーの大きな第2の撥水撥油性被膜で選択的に被覆されていることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項記載の凸版印刷用版材。
【請求項6】
(1)感光性樹脂板の背面側から光照射を行うバック露光工程と、
(2)前記感光性樹脂板の印刷面側に密着した遮光性のマスク材のうち凸部を形成する部分を被覆するものを選択的に除去するフォトマスク形成工程と、
(3)前記感光性樹脂板の印刷面側から光照射を行う露光工程と、
(4)前記マスク材が除去された部分を現像液に不溶な樹脂の被膜で被覆する樹脂被覆工程と、
(5)前記マスク材及び未硬化の感光性樹脂を除去する現像工程と、
(6)前記感光性樹脂を完全に硬化させる仕上げ露光工程と、
(7)前記印刷面側に形成された凸部及び凹部の表面に、フッ化炭素基を有する膜化合物を含む撥水撥油処理液を接触させ、撥水撥油性被膜を該印刷面側の表面全体に形成する撥水撥油処理工程と、
(8)前記樹脂の被膜が可溶な洗浄液で該被膜を洗浄除去する洗浄工程とを有することを特徴とする凸版印刷用版材の製造方法。
【請求項7】
前記フッ化炭素基を含む膜化合物が、下記の化学式(I)で表されるアルコキシシラン化合物又はクロロシラン化合物であることを特徴とする請求項6記載の凸版印刷用版材の製造方法。
(I)RSiR(3−m)
なお、式(I)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、mは0以上2以下の整数を表し、Rはフルオロアルキルアルキル基を表し、Rはアルキル基を表す。
【請求項8】
前記洗浄工程の後、(9)第2の撥水撥油処理液を前記凸部の上部表面に接触させ、アルコキシシラン及び/又はアルコキシポリシロキサンから形成されたポリシロキサン分子を含み、前記撥水撥油性被膜よりも表面エネルギーの大きな第2の撥水撥油性被膜で選択的に被覆する第2の撥水撥油処理工程を更に有することを特徴とする請求項6及び7のいずれか1項記載の凸版印刷用版材の製造方法。
【請求項9】
前記第2の撥水撥油処理液が、前記化学式(I)で表されるフッ化炭素基を含む膜化合物及び下記の化学式(II)、(III)及び(IV)のいずれかで表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物のうち1又は複数を含むことを特徴とする請求項6から8のいずれか1項記載の凸版印刷用版材の製造方法。
(II)SiH(4−m)
(III)XSi(OSiY
(IV)SiR(4−t)
なお、式(II)、(III)及び(IV)において、Xはアルコキシ基又はClを表し、Rはアルキル基を表し、mは0以上2以下の整数を表し、nは0以上15以下の整数を表し、tは1以上3以下の整数を表す。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−113169(P2010−113169A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−286025(P2008−286025)
【出願日】平成20年11月7日(2008.11.7)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】