回転センサレス制御装置
【課題】同期電動機の回転センサレス制御であって、インバータの直流側の電圧よりも無負荷誘起電圧が大きい領域を含めた全領域で、フリーランからの再起動を実現する。
【解決手段】一実施例に係る回転センサレス制御装置は、同期機を駆動するインバータを制御する回転センサレス制御装置において、前記同期機のインダクタンス及び誘起電圧の両方を使用して回転子の位相角及び角速度を推定する位相角・角速度推定手段と、前記インバータ及び電動機のフリーランからの起動時に、非零電圧ベクトルのみを選択するPWMを用いて、電圧指令値を生成すると共に前記インバータの出力電流を制御する制御手段とを具備し、前記位相角・角速度推定手段は、前記電圧指令値及びインバータ出力電流を用いて、前記回転位相角・角速度を推定する。
【解決手段】一実施例に係る回転センサレス制御装置は、同期機を駆動するインバータを制御する回転センサレス制御装置において、前記同期機のインダクタンス及び誘起電圧の両方を使用して回転子の位相角及び角速度を推定する位相角・角速度推定手段と、前記インバータ及び電動機のフリーランからの起動時に、非零電圧ベクトルのみを選択するPWMを用いて、電圧指令値を生成すると共に前記インバータの出力電流を制御する制御手段とを具備し、前記位相角・角速度推定手段は、前記電圧指令値及びインバータ出力電流を用いて、前記回転位相角・角速度を推定する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、同期電動機の回転センサレス制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
同期電動機の回転センサレス制御装置において、フリーラン状態からの再起動方法として、多くの方法が提案されている。フリーラン状態とは、運転台からのノッチ指令がニュートラル(0)で、モータを駆動するインバータのスイッチング素子ゲート指令が全てオフの状態で惰性走行している状態をいう。車両速度が高速域の場合に用いられる方法としては誘起電圧を利用した方法、すなわち零電流制御による方法、短絡電流を用いる方法などが提案されている。あるいは、低速域で用いられる方法として、インダクタンスを利用する方法が提案されている。さらに、その両方からモータ角速度に応じて適切な手法を選択する方法も提案されている。これらの方法により、フリーランの状態から起動することは可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−017690号公報
【特許文献2】特許3636340号公報
【特許文献3】特開平7−177788号公報
【特許文献4】特許3486326号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前述の手法によりフリーランの状態から起動することは可能であるが、いずれも単一の手法だけでは全速度域において起動することはできず、複数の手法にて起動を試みるために、最悪ケースでは再起動に要する時間(トルク(電流)指令が発生してからモータ回転子の実角度と推定角度が一致してモータにトルクが発生するまでの時間)が著しく長くなる、あるいは複数の手法を用いるため起動シーケンスが複雑になる等の問題がある。特に、再起動に要する時間は、トルク指令を与えてからの応答性に大きく影響するため、最悪ケースに合わせて電流指令の立ち上げを行うのが普通であり、最悪ケースでの時間を短縮することが、応答性の向上につながる。
【0005】
又、インバータと同期電動機の間に負荷接触器があるシステムでは、負荷接触器を開放することで無負荷誘起電圧がインバータの直流側の電圧以上の領域(以降、この領域を高電圧領域と呼ぶ)でもフリーランをすることが可能であるが、この状態からの再起動の際には無負荷誘起電圧によってインバータの直流側の電圧が過電圧になる可能性がある。従って、高電圧領域で安定した起動を可能にする必要がある。
【0006】
従って本発明は、同期電動機の回転センサレス制御であって、インバータの直流側の電圧よりも無負荷誘起電圧が大きい領域を含めた全領域で、フリーランからの再起動を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施形態は同期機を駆動するインバータを制御する回転センサレス制御装置であって、前記同期機のインダクタンス及び誘起電圧の両方を使用して回転子の位相角及び角速度を推定する位相角・角速度推定手段と、前記インバータ及び電動機のフリーランからの起動時に、非零電圧ベクトルのみを選択するPWMを用いて、電圧指令値を生成すると共に前記インバータの出力電流を制御する制御手段とを具備し、前記位相角・角速度推定手段は、前記電圧指令値及びインバータ出力電流を用いて、前記回転位相角・角速度を推定する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の第1実施例のシステム構成を示すブロック図。
【図2】一実施例に係る電圧ベクトル選択方法を示すベクトル図。
【図3】一実施例に係る電圧ベクトル選択方法を示すブロック図。
【図4】本発明の第2実施例のシステム構成を示すブロック図。
【図5】起動時制御手段21の構成を示すブロック図。
【図6】通常時制御手段23の構成を示すブロック図。
【図7】第2実施例の動作を示すフローチャートである。
【図8】第3実施例の動作を示すフローチャートである。
【図9】第2のNS判別法を採用するシステムのブロック構成図。
【図10】PLL9の構成を示すブロック図。
【図11】無負荷誘起電圧を示すベクトル図。
【図12】他のNS判別方法を説明するためのベクトル図。
【図13】NS判別の必要性を判断する構成を示すブロック図。
【図14】NS判別の動作を示すフローチャート。
【図15】第4実施例の構成を示すブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の実施例は、回転センサレス制御におけるフリーランからの再起動法に関するものである。以下、本発明に係る回転センサレス制御装置及びフリーランからの再起動法の実施例について、図面を参照して説明する。
【実施例1】
【0010】
図1は、本発明による回転センサレス制御装置の第1実施例の構成を示すブロック図である。
【0011】
インバータ1は、インバータ1を駆動するためのゲート指令を入力とし、インバータ1に内蔵される主回路スイッチング素子のON/OFFを切替えることによって交流/直流電力を相互に変換する。モータ2はPMSM(永久磁石同期電動機)であって、各励磁相に流れる3相交流電流によって磁界が発生し、回転子との磁気的相互作用によりトルクを発生する。電流検出手段3は、PMSMに流れる3相交流電流のうち2相もしくは3相の電流応答値を検出する。図1では2相の電流を検出する構成を示している。
【0012】
座標変換手段4は、モータ3のu、v、w三相固定座標系とαβ軸固定座標系の座標変換を行う。α軸はモータ3のu相巻線軸を示し、β軸はα軸に直交する軸である。回転位相推定手段5は、前記電流検出手段において検出された電流応答値iα、iβから、モータ3の回転位相角を推定する(詳細は後述する)。
【0013】
角速度推定手段6は、回転位相推定手段5によって推定した位相θestから角速度ωestを推定する。例えば、推定位相θestの時間微分に基づき算出する手段、推定位相θestと演算している位相との差を入力としてPLL(Phase Locked Loop)によって角速度ωestを推定する手段などがある。
【0014】
電圧指令生成手段7は、電流検出手段3から座標変換手段4を介して得られる電流応答値iα、iβと電流指令値idref、iqrefを用いてゲート信号を決定し、出力する(詳細は後述する)。ここでは固定座標系によって位相・角速度を推定しているが、回転座標系で推定しても良い。
【0015】
次に、回転位相推定手段5の位相推定方法について詳細に説明する。
【0016】
モータ2のような突極型PMSMのd−q軸上の一般的な電圧方程式を式(1)に示す。ただし、回転子の磁束方向をd軸、d軸から90度進んだ方向をq軸とする。
【数1】
【0017】
ここで、vd、vqはd−q軸電機子電圧、id、iqはd−q軸電機子電流、Rmは巻線抵抗、Ld、Lqはd−q軸インダクタンス、ωはd−q軸回転子角速度、Φfは磁石磁束係数、p(=d/dt)は微分演算子である。このインダクタンスLd、Lqはモータ固有の値である。
【0018】
ここで、式(1)の右辺第1項の行列の対角成分と逆対角成分のインダクタンスが同じになるように誘起電圧を拡張することで、位置情報を誘起電圧成分に集中させ、位相θを計算できるようにする。誘起電圧を拡張すると、式(1)の電圧方程式は式(2)で示される。
【数2】
【0019】
式(2)をα−β座標に座標変換すると式(3)になる。
【数3】
【0020】
ここで、vα、vβはα−β軸電機子電圧、iα、iβはα−β軸電機子電流である。又、拡張した誘起電圧(拡張誘起電圧E0x)は式(4)で表される。
【数4】
【0021】
式(3)より、位相θは式(5)で計算することができる。
【数5】
【0022】
又、このような位相推定は、誘起電圧とインダクタンスの両方を利用する方法であれば、他の推定方法でも良い。
【0023】
式(4)で示されるように、E0xは角速度ωが小さい時には、q軸電流の微分項のみとなる。E0xが小さくなると式(5)で位相θを計算する際に誤差が大きくなってしまい精度良く推定することができないが、電流微分項を大きくすれば、低速から高速まで精度良く位相が推定できるようになる。つまり、例えば式(4)の第1式において、電流微分項piqが大きいとE0xが大きくなり、式(5)で示される位相θの推定精度が上がり、低速から高速まで精度良く位相が推定できるようになる。
【0024】
次に、本発明の1実施例に係る電圧指令生成手段7について説明する。
【0025】
電圧指令生成手段7としては、例えば、インバータ出力電流の瞬時値が基準値に追従するようにPWM信号を直接発生させる電流追従型PWMを用いる。電流追従型PWMの制御動作の一例は、例えば特許3267528に記載されている。電流追従型PWMにおいて、精度良く位相が推定できるよう、前述したように電流微分項を大きくするために、本実施例では電圧ベクトルとして非零電圧ベクトルのみを選択する。
【0026】
具体的な選択方法を図2に示す。図2はインバータ1の出力電圧ベクトルV1〜V6(電圧ベクトル指令)を示している。インバータ1は出力電圧ベクトルしてこの他にV0、V7を取り得る。電圧ベクトルV1はuvwのゲート信号で表わすと、(001)に対応する。同様にV2〜V7及びV0は、(010)、(011)、(100)、(101)、(110)、(111)、(000)である。このうち、V0及びV7はuvwの相間電圧は0Vであるから、零電圧ベクトルという。一方、電圧ベクトルV1〜V6を非零電圧ベクトルという。インバータ1が零電圧ベクトルV0又はV7を出力している時、電流は回転子の誘起電圧のみにより変化し、その変化量は小さい。従って本実施例では、フリーランからの起動時に電流微分項を大きくするため、電圧ベクトルとして非零電圧ベクトルのみを選択する。
【0027】
図2において、先ず電流指令ベクトルirefと検出電流ベクトルirealの差Δiを計算する。電流指令ベクトルirefは、dq軸電流指令値idref、iqrefを推定位相θestに基づいて座標変換したαβ軸電流指令値iαref、iβrefの電流ベクトルである。又検出電流ベクトルirealは、αβ軸検出電流iα、iβの電流ベクトルである。
【0028】
次に、Δiの角度θiを図3の左側に示すように求めて、その方向に最も近い電圧ベクトルを選択する(図2ではV6)。なぜなら、差電流Δiが流れるように電圧ベクトル(図ではV6)を選択すれば、検出電流ベクトルirealが電流指令ベクトルirefに近づくからである。このシーケンスを図3の右側に示す。
【0029】
このように本実施例では、フリーランからの起動時に、零電圧ベクトルV0及びV7は選択されず、非零電圧ベクトルV1〜V6の1つが各制御サイクルにおいて選択される。図3に示した表を用いて、最終的なゲート指令を演算する。ここでは、非零電圧ベクトルとして、Δiの方向と最も近い電圧ベクトルを選択したが、非零電圧ベクトルのみを選択すれば、他の選択方法でも良い。又、完全に非零電圧ベクトルのみを選択しなくても、非零電圧ベクトルを選択する割合を大きくすれば同様の効果が得られる。
【0030】
以上のように本実施例では、零電圧ベクトルを選択しないので、電流微分項を大きくすることができ、式(4)を用いて拡張誘起電圧E0xを計算し、式(5)を用いて位相θを求めることで、停止から高速まで全ての速度域において、1つの方法で位相・角速度の推定が可能である。式(4)、式(5)から判るように本実施例では、回転位相推定手段5は、同期機のインダクタンスLd、Lq及び誘起電圧ωΦfの両方を使用して回転子の位相角を推定する。
【0031】
次に、本発明の1実施例に係る電流指令値に関して説明する。
【0032】
式(4)において、Ld−Lqは負の値になる。従って、電流微分項を無視すれば、d軸(回転子の磁束方向)に負の電流を流すと、拡張誘起電圧E0xは大きくなる。従って、式(5)より位相θの推定精度が向上する。さらに、電流微分項は零を中心に正負の値になり得るため、d軸に負の電流を流すと拡張誘起電圧E0xの平均値は大きくなり、全体として位相θの推定精度が向上する。又フリーランからの起動時に、高電圧領域ではd軸に負の電流を流さないと、永久磁石回転子による無負荷誘起電圧によって回生電流が流れ、インバータの直流側の電圧が過電圧になる可能性がある。従って、起動時からd軸に負の電流を流した方が良い。同様の理由で、インバータ1の直流側の電圧が急変した場合などでも回生電流が流れないように、高電圧領域に近い領域ではd軸に負の電流を流した方が良い。以上のように本実施例では、推定精度向上、過電圧防止のために、起動時からd軸に負の電流指令を与える。
【0033】
又、上記位相推定手段においては、全領域でd軸に負の電流を流した方が良いが、低速域ではd軸に正の電流を流すことで、回転子のd軸方向インダクタンスにより、電圧指令ベクトルの位相は変わらず振幅が大きくなる。従って、電圧指令ベクトルの位相から位相を推定する手法などでは、位相推定精度が向上すると期待できる。このような場合には、角速度あるいは無負荷誘起電圧などを基に速度域を判定し、低速域ではd軸に正の電流を流し推定精度を向上し、高速域ではd軸に負の電流を流し過電圧を防止するというように正負を選択すれば良い。あるいは、このような角速度ではなく電圧で使い分けることも可能である。例えば、後述の第4実施例のように、負荷接触器投入時に電流が流れるか否かで概略速度を推定することもできる。
【0034】
あるいは過電圧を防止するという目的のみであれば、角速度あるいは無負荷誘起電圧などを基に速度域を判定し、高速域であればd軸に負の電流を流し過電圧を防止するというようにすれば良い。
【0035】
以上において、d軸方向は実際には不明であるため、短時間で推定できる方法と一緒に使用しないと、q軸方向に電流が流れてトルクが発生する恐れがある。その意味で、全速度域において短時間で推定できる前述の零電圧ベクトルを選択しない方法と組み合わせることで、その効果が十分に得られるようになる。ただし、前述の零電圧ベクトルを選択しない方法と組み合わせなくとも本例の効果は得られる。
【0036】
本実施例ではPMSMについて記載したが、回転子に電磁石を使用した同期機であっても同様の効果が得られる。ただし、本実施例のように永久磁石同期電動機の場合には、磁束を調整することができないため、特にフリーランからの再起動の際に生じる上記磁束の問題が顕著になることから、本発明を適用する効果は大きい。
【実施例2】
【0037】
次に、本発明によるモータ制御装置の第2実施例を説明する。図4は第2実施例の構成を示すブロック図である。
【0038】
インバータ1、モータ2、電流検出手段3は、上記第1実施例と同様な構成要素であるから、詳細な説明は割愛する。モードスイッチ20は、フリーランからの起動時に起動時制御手段21側に設定され、起動が完了した後又は所定時間後に通常時制御手段23側に切り替わる切替手段である。起動時制御手段21は、フリーランからの起動時にインバータを制御する電流追従型PWM方式制御回路である。通常時制御手段23は、起動完了後又は所定時間後の通常制御時にインバータ1を制御する電圧変調型PWM方式制御回路である。初期値設定部22は、起動時制御手段21にて決定された推定位相θest及び推定速度ωestを設定するための記憶部である。主制御部26は、起動時制御手段21、通常時制御手段23、モードスイッチ20等に接続され、このモータ制御装置を総合的に制御する。
【0039】
本実施例では、フリーランからの起動時のみ、起動時制御手段21によりインバータ1を制御してモータ2の推定位相θest及び推定速度ωestを決定し、その値を初期値として通常時制御手段23にてインバータ1を制御し通常運転を行う。
【0040】
図5は起動時制御手段21の構成を示すブロック図である。起動時制御手段21は図1のインバータ制御部と同様な構成であるから、詳細な説明は割愛する。
【0041】
図6は通常時制御手段23の構成を示すブロック図である。
【0042】
回転位相誤差推定手段5は、前記電流検出手段3において検出され座標変換手段8を介して入力される電流応答値から、同期機の回転位相角とγδ軸回転座標系の位相差Δθを推定する。γ軸は回転子d軸の推定軸であり、δ軸はγ軸に直交する推定軸である。PLL(Phase Locked Loop)は、前記回転位相推定手段5によって推定された位相差Δθを用いて例えばPI制御を行い、回転子の角速度ωestを演算する。積分手段25はこの角速度ωestを初期推定位相θest0を初期値として積分し、推定位相θestを出力する。
【0043】
座標変換手段8は推定位相θestを用いて、三相固定座標系とγδ軸回転座標系の座標変換を行う。電流制御手段10は、前記電流検出手段において検出された電流応答値iγ、iδと電流指令値iγref、iδrefを比較し、電圧指令値vγ、vδを決定する。
【0044】
座標変換手段11は、γδ軸回転座標系と三相固定座標系の座標変換を行う。三角波PWM変調手段12は、同期機2を駆動するための電圧指令値(変調率指令値)を、三角波PWMによって変調し、インバータ1の各相スイッチング素子のON/OFF指令であるゲート信号を出力する。
【0045】
ここでは、回転座標系で位相角を推定しているが、実施例1で示した固定座標系で位相角を推定する方式を用いても良い。
【0046】
図7は本実施例の動作を示すフローチャートである。この動作は制御部24の制御の下に行われる。
【0047】
ステップ01では、主制御部26はモータ起動指令が運転台等(図示されず)から入力されたか否か判断し、モータ起動の場合にはステップ02に進む。ステップ02では、起動時制御手段(電流追従型PWM)21で電流制御を行ってモータ2を起動する。電流追従型PWMとはインバータ出力電流の瞬時値が基準値に追従するようにPWM信号を直接発生させる手法である。この電流追従型PWMは電流応答が非常に速いことが特徴であり、起動時の電流を押さえ込むのに適しており、前述したようにインバータ1のDC側が過電圧になるのを防止できる。
【0048】
ステップ03では、ステップ02によって発生した電流あるいは電圧指令(ゲート指令)を用いて回転位相角・角速度を推定する。推定に用いる方法は例えば、第1実施例で説明した拡張誘起電圧方式である。
【0049】
ステップ04では、通常時制御手段(電圧変調型PWM)23に切り替えるか否かを判定する。この切り替えは、時間によって決めても良いし、位相推定が落ち着いたらとしても良いし、トルクが立ち上がったらとしても良いし、あるいはトルクが立ち上がって落ち着いたらとしても良い。
【0050】
ステップ05では、起動時制御手段21により決定された推定位相θestおよび推定速度ωestが初期設定部22に設定され、モードスイッチ20が通常時制御手段23側に切り替わる。通常時制御手段23は、それら設定値を用いて電圧変調型PWMにて電流制御を行う。電圧変調型PWMとは、例えばdq軸電流制御と三角波比較PWM等の組合わせ方式のように、電流制御によって電圧指令(変調率指令)を演算しそれを基にPWMを行う方式である。
【0051】
ステップ06では、ステップ05によって発生した電流あるいは電圧指令(ゲート指令)を用いて回転位相角・角速度を推定する。推定に用いる方法はステップ03と同じ方式でも別の方式でもどちらでも良い。別の方式として、誘起電圧を用いる方法やインダクタンスを用いる方法でもよい。ステップ07はモータの停止指令が入力されたか否か判断し、モータ停止指令の場合には制御を終了する。
【0052】
以下、本発明の第2実施例による効果を説明する。
【0053】
車両がフリーランの状態から起動する際に位相が一般に判らないため、フィードフォワードでは、無負荷誘起電圧を抑えることができない。従って、流れる電流が指令電流に追従するようにすることで、無負荷誘起電圧を押さえ込めばよい。そのために、最も効果的な方法としては、電流制御応答性を上げるということである。これによって、電流が過電流になるのを防ぐことができる。このための方法としては、例えば、本実施例のように起動時に電流追従型PWMを用いる。
【0054】
又、フリーランの状態から起動する際に電圧変調型PWMを用いると、位相が判らないためフィードフォワードによって電圧指令を与えることができず、回転子磁束による誘起電圧を電流制御のフィードバック制御で抑えるしかない。一方、電流追従型PWMでは、電流の応答性が高いことが特徴であり、特に電流指令(図5のidref、iqref)が零の場合には位相情報を用いずに制御することができる。従って、起動の際に電流追従型PWMを使用することで、起動の際のトルクショック(振幅が大きく単発的な振動)や過電流を抑えることができる。一方、電流追従型PWMでセンサレス制御を行う方法としては、実施例1に示した方法などが挙げられるが、全速度域での安定性に関しては、電流追従型PWMより電圧変調型PWMの方が優れている。以上を踏まえると、本第2実施例のように起動時のみ電流追従型PWMを用いてトルクショックを抑え、起動後には安定したセンサレス制御が実現できる電圧変調型PWMに切り替える方法が、センサレス制御におけるフリーラン状態からの再起動方法として適しており、安定した再起動が実現できるといえる。
【0055】
あるいは、電流制御応答を上げる手段として、例えば図6に示す電圧変調型PWMのみを用いる場合だと、起動時のみ電流制御ゲインを大きくするか、又はスイッチング周波数を上げて、電圧ベクトルの更新を早くすることで電流制御応答性を上げることができる。起動時に通常よりスイッチング周波数を上げる実施例では、電圧変調型PWM、電流追従型PWMのどちらでも可能である。例えば、起動時のみに電流追従型PWMを用いる実施例と起動時にスイッチング周波数を上げる実施例を組み合わせたり、起動時にスイッチング周波数を上げる実施例と起動時に電流制御ゲインを上げる実施例を組み合わせることでより、電流制御応答を上げることができ、起動時のトルクショックを抑えることができる。
【0056】
本実施例ではPMSMについて記載したが、回転子に電磁石を使用した同期機であっても同様の効果が得られる。ただし、本実施例のように永久磁石同期電動機の場合には、磁束を調整することができないため、特にフリーランからの再起動の際に生じる上記磁束の問題が顕著になることから、本発明を適用する効果が大きい。
【実施例3】
【0057】
次に、本発明によるモータ制御装置の第3実施例を説明する。本実施例は、永久磁石同期電動機の回転子のNS判別方法に関する実施例である。
【0058】
図8は第3実施例の動作を示すフローチャートである。
【0059】
ステップ11では角速度に応じて複数のNS判別方法から1つを選択する。図8では2つの判別方法が示されるが、角速度によって3つ以上のNS判別方法から1つを選択してもよい。ステップ12では第1のNS判別方法でNS判別を実施する。第1のNS判別法については後述する。ステップ13では第2のNS判別方法でNS判別を実施する。第2のNS判別法についても後述する。
【0060】
ステップ14ではステップ12、13で判別した結果、位相の反転が必要か否かを判断する。ステップ15ではステップ14で反転が必要と判断された場合に、推定位相を180度進めて位相を反転する(当然180度遅らせても良い)。以上でNS判別ルーチンは終了である。
【0061】
先ず、第1のNS判別法について説明する。第1のNS判別法としては一般的な磁気飽和を利用する方式である。推定座標系のd軸方向に正負の電圧を掛け、流れる電流の振幅が磁気飽和によってN極とS極で差が生じることを利用してNS判別を行う。
【0062】
次に、第2のNS判別法は本実施例にかかる誘起電圧を利用する方式である。以下で効果を含めて詳細を説明する。
【0063】
第2のNS判別法を採用するシステムの構成を図9に示す。基本的な構成は実施例1と同様であるが、座標変換手段8、NS判定手段13、PLL9が追加されている。
【0064】
図10はPLL9の構成を示すブロック図である。位相差演算手段27は回転位相推定手段5から入力される推定位相θe0と自回路の出力信号である推定位相θest0との位相差Δθを演算する。PI制御部28は位相差Δθに基づいてPI制御を行い、推定各速度ωestを提供する。推定各速度ωestは積分手段29にて積分され、推定位相θest0が出力される。加算器30は推定位相θest0にπを加算する。スイッチ31はNS反転指令に基づいて推定位相θest0とπを加算した推定位相θest0の一方を選択し、推定位相θestを出力する。主制御部26は、上記した各ブロックに接続され、このモータ制御装置を総合的に制御する。
【0065】
次に本実施例に係るNS判別について説明する。このNS判別は、dq座標系のq軸電流に相当する推定座標系のδ軸電流からNSを判別している。
【0066】
先ず、第1実施例の式(4)、(5)を再掲する。
【数6】
【0067】
【数7】
【0068】
式(5)を用いて位相を推定する場合、式(4)のように電流微分項の符号によってE0xの符号も変化する可能性があり、推定位相θは180度反対の値で計算されることがある。従って、図10に示したように、PLLの際にはPLLで保持している位相も180度反対の値になる可能性があり、角速度によらずNS判別が必要である。
【0069】
通常、NS判別を用いるのは低速域であり、誘起電圧が小さいために磁気飽和を利用する方式が広く利用されているが、磁気飽和を利用する方法では、NS判別に磁気飽和を起こすための時間が必要となる。前述の高電圧領域(無負荷誘起電圧がインバータの直流側の電圧以上の領域)では磁束を弱めて電圧を下げるように、d軸に負の電流を流す必要があるが、位相が180度反対の値に推定されているとd軸に正の電流が流れ、逆に電圧を上げてしまうことになる。すなわち、NS判別を早く行わなければ、過電圧になってしまう可能性がある。
【0070】
ここで、前述の高電圧領域のように電圧が大きい(角速度が高速である)領域では、誘起電圧が利用できるのでそれを利用することで、NS判別を短時間で行うことができる。しかし、誘起電圧は低速では非常に小さいため、十分な精度を期待できない。従って、低速域に適したNS判別方法と高速域に適したNS判別方法の2つを持ち、高速域では短時間でNS判別ができるようにするのが良い。これが第3実施例の主な内容である。
【0071】
以下、第3実施例におけるNS判別法を説明する。
【0072】
誘起電圧が大きい領域で電流追従型PWMを用いた場合、無負荷誘起電圧を打ち消す方向に電圧が選択されることになる。従って、例えば電圧ベクトルが最も多く選択される方向が無負荷誘起電圧を打ち消す方向となるので、そこから無負荷誘起電圧の方向を推定することができる(図11参照)。この場合の方向は、精度良く推定することはできないが、NS判別には十分な精度が得られる。あるいは、制御上でq軸に対応するδ軸に最も近い電圧ベクトルと180度反対の電圧ベクトルとで、どちらが多く選択されるかを判断することでもNS判別をすることができる(図12参照)。
【0073】
次に、他のNS判別を説明する。電流追従型PWMでは、ある程度の角速度以上では無負荷誘起電圧によって電流が流れて、それを電圧ベクトルによって抑えることになる。そのため、電流の平均ベクトルとしては、無負荷誘起電圧によって流れる電流の方向である−q軸方向となる。従って、例えば図13のように、制御上でq軸に対応するδ軸電流の積分を取り、それが、ある閾値以上になったら、NS判別が必要であると判断することができる。あるいはδ軸電流の平均値を用いて判別することもできる。
【0074】
ここで、NS判別のフローチャートは図8だけに限らず例えば図14とすることも可能である。
【0075】
図14において、ステップ21では第2のNS判別方法でNS判別を実施する。これはステップ13と同様である。ステップ22ではステップ21でNS判別が確定できたかを判断する。「反転が必要であると確定した」あるいは「正しい位置であるために反転は行わないと確定した」のいずれかでNS判別が確定できたか判断する。
【0076】
ステップ23では一定時間が経過したか判断する。一定時間を経過しても第2のNS判別法で判別ができていなければ、ステップ24に移行する。ステップ24では第1のNS判別方法でNS判別を実施する。これはステップ12と同様である。
【0077】
ステップ25ではステップ21、24で判別した結果、位相の反転が必要か否かを判断する。これはステップ14と同様である。ステップ26ではステップ25で反転が必要と判断された場合に、推定位相を180度進めて位相を反転する。(当然180度遅らせても良い)これはステップ15と同様である。以上でNS判別ルーチンは終了である。
【0078】
本実施例ではPMSMについて記載したが、回転子に電磁石を使用した同期機であっても同様の効果が得られる。ただし、本実施例のように永久磁石同期電動機の場合には、磁束を調整することができないため、特にフリーランからの再起動の際に生じる上記磁束の問題が顕著になることから、本発明を適用する効果が大きい。
【実施例4】
【0079】
次に、本発明によるモータ制御装置の第4実施例を説明する。図15は第4実施例の構成を示すブロック図である。
【0080】
基本的なシステムの構成は図9の第3実施例と同様であるが、モータ2とインバータ1の間に負荷接触器があり、負荷接触器によって、モータ2とインバータ1を開放することが可能な構造となっている。図15では負荷接触器が電流検出器とPMSMの間にあるが、負荷接触器は電流検出器とインバータ1の間にあっても良い。
【0081】
上記高電圧領域において再起動する場合には、無負荷誘起電圧がインバータ1の直流側の電圧よりも大きい。ここで、高電圧領域では、インバータ1がOFFの状態でも負荷接触器を閉じた瞬間に巻線電流が流れてくる。あるいは、インバータ1の直流電流が流れる。又は、インバータ1の直流側の電圧が変動する。従って、これらのいずれかを検知することで、高電圧領域と判断することができる。
【0082】
ここで高電圧領域と判定した場合には、無負荷誘起電圧を抑制するように磁石磁束方向に負の電流を流す必要があるが、特に、負荷接触器を閉じて再起動する際には、無負荷誘起電圧がインバータ1の直流側の電圧よりも非常に大きい可能性も想定される。従って、最高速度時の無負荷誘起電圧でも抑えられるように弱め電流を大きく流さなければならない。特に、次式のように設定することで最高速においても電圧上昇抑制が可能となる。
【数8】
【0083】
ただし、Ldは磁石磁束方向のインダクタンス、ωmaxは最高角速度、Vdcは前記直流電圧検出手段によって得られたインバータ1の直流側の電圧、Φfは永久磁石をそれぞれ表すものとする。
【0084】
以上の説明はこの発明の実施の形態であって、この発明の装置及び方法を限定するものではなく、様々な変形例を容易に実施することができるものである。
【符号の説明】
【0085】
1…インバータ、2…PMSM、3…電流検出手段、4…座標変換手段(UVW→αβ)、5…回転位相角推定手段、6…角速度推定手段、7…電圧指令生成手段、8…座標変換手段(UVW→αβ)、9…PLL(Phase Locked Loop)、10…電流制御手段、11…座標変換手段(αβ→UVW)、12…三角波PWM変調手段、13…NS判別手段、14…負荷接触器。
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、同期電動機の回転センサレス制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
同期電動機の回転センサレス制御装置において、フリーラン状態からの再起動方法として、多くの方法が提案されている。フリーラン状態とは、運転台からのノッチ指令がニュートラル(0)で、モータを駆動するインバータのスイッチング素子ゲート指令が全てオフの状態で惰性走行している状態をいう。車両速度が高速域の場合に用いられる方法としては誘起電圧を利用した方法、すなわち零電流制御による方法、短絡電流を用いる方法などが提案されている。あるいは、低速域で用いられる方法として、インダクタンスを利用する方法が提案されている。さらに、その両方からモータ角速度に応じて適切な手法を選択する方法も提案されている。これらの方法により、フリーランの状態から起動することは可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−017690号公報
【特許文献2】特許3636340号公報
【特許文献3】特開平7−177788号公報
【特許文献4】特許3486326号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前述の手法によりフリーランの状態から起動することは可能であるが、いずれも単一の手法だけでは全速度域において起動することはできず、複数の手法にて起動を試みるために、最悪ケースでは再起動に要する時間(トルク(電流)指令が発生してからモータ回転子の実角度と推定角度が一致してモータにトルクが発生するまでの時間)が著しく長くなる、あるいは複数の手法を用いるため起動シーケンスが複雑になる等の問題がある。特に、再起動に要する時間は、トルク指令を与えてからの応答性に大きく影響するため、最悪ケースに合わせて電流指令の立ち上げを行うのが普通であり、最悪ケースでの時間を短縮することが、応答性の向上につながる。
【0005】
又、インバータと同期電動機の間に負荷接触器があるシステムでは、負荷接触器を開放することで無負荷誘起電圧がインバータの直流側の電圧以上の領域(以降、この領域を高電圧領域と呼ぶ)でもフリーランをすることが可能であるが、この状態からの再起動の際には無負荷誘起電圧によってインバータの直流側の電圧が過電圧になる可能性がある。従って、高電圧領域で安定した起動を可能にする必要がある。
【0006】
従って本発明は、同期電動機の回転センサレス制御であって、インバータの直流側の電圧よりも無負荷誘起電圧が大きい領域を含めた全領域で、フリーランからの再起動を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施形態は同期機を駆動するインバータを制御する回転センサレス制御装置であって、前記同期機のインダクタンス及び誘起電圧の両方を使用して回転子の位相角及び角速度を推定する位相角・角速度推定手段と、前記インバータ及び電動機のフリーランからの起動時に、非零電圧ベクトルのみを選択するPWMを用いて、電圧指令値を生成すると共に前記インバータの出力電流を制御する制御手段とを具備し、前記位相角・角速度推定手段は、前記電圧指令値及びインバータ出力電流を用いて、前記回転位相角・角速度を推定する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の第1実施例のシステム構成を示すブロック図。
【図2】一実施例に係る電圧ベクトル選択方法を示すベクトル図。
【図3】一実施例に係る電圧ベクトル選択方法を示すブロック図。
【図4】本発明の第2実施例のシステム構成を示すブロック図。
【図5】起動時制御手段21の構成を示すブロック図。
【図6】通常時制御手段23の構成を示すブロック図。
【図7】第2実施例の動作を示すフローチャートである。
【図8】第3実施例の動作を示すフローチャートである。
【図9】第2のNS判別法を採用するシステムのブロック構成図。
【図10】PLL9の構成を示すブロック図。
【図11】無負荷誘起電圧を示すベクトル図。
【図12】他のNS判別方法を説明するためのベクトル図。
【図13】NS判別の必要性を判断する構成を示すブロック図。
【図14】NS判別の動作を示すフローチャート。
【図15】第4実施例の構成を示すブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の実施例は、回転センサレス制御におけるフリーランからの再起動法に関するものである。以下、本発明に係る回転センサレス制御装置及びフリーランからの再起動法の実施例について、図面を参照して説明する。
【実施例1】
【0010】
図1は、本発明による回転センサレス制御装置の第1実施例の構成を示すブロック図である。
【0011】
インバータ1は、インバータ1を駆動するためのゲート指令を入力とし、インバータ1に内蔵される主回路スイッチング素子のON/OFFを切替えることによって交流/直流電力を相互に変換する。モータ2はPMSM(永久磁石同期電動機)であって、各励磁相に流れる3相交流電流によって磁界が発生し、回転子との磁気的相互作用によりトルクを発生する。電流検出手段3は、PMSMに流れる3相交流電流のうち2相もしくは3相の電流応答値を検出する。図1では2相の電流を検出する構成を示している。
【0012】
座標変換手段4は、モータ3のu、v、w三相固定座標系とαβ軸固定座標系の座標変換を行う。α軸はモータ3のu相巻線軸を示し、β軸はα軸に直交する軸である。回転位相推定手段5は、前記電流検出手段において検出された電流応答値iα、iβから、モータ3の回転位相角を推定する(詳細は後述する)。
【0013】
角速度推定手段6は、回転位相推定手段5によって推定した位相θestから角速度ωestを推定する。例えば、推定位相θestの時間微分に基づき算出する手段、推定位相θestと演算している位相との差を入力としてPLL(Phase Locked Loop)によって角速度ωestを推定する手段などがある。
【0014】
電圧指令生成手段7は、電流検出手段3から座標変換手段4を介して得られる電流応答値iα、iβと電流指令値idref、iqrefを用いてゲート信号を決定し、出力する(詳細は後述する)。ここでは固定座標系によって位相・角速度を推定しているが、回転座標系で推定しても良い。
【0015】
次に、回転位相推定手段5の位相推定方法について詳細に説明する。
【0016】
モータ2のような突極型PMSMのd−q軸上の一般的な電圧方程式を式(1)に示す。ただし、回転子の磁束方向をd軸、d軸から90度進んだ方向をq軸とする。
【数1】
【0017】
ここで、vd、vqはd−q軸電機子電圧、id、iqはd−q軸電機子電流、Rmは巻線抵抗、Ld、Lqはd−q軸インダクタンス、ωはd−q軸回転子角速度、Φfは磁石磁束係数、p(=d/dt)は微分演算子である。このインダクタンスLd、Lqはモータ固有の値である。
【0018】
ここで、式(1)の右辺第1項の行列の対角成分と逆対角成分のインダクタンスが同じになるように誘起電圧を拡張することで、位置情報を誘起電圧成分に集中させ、位相θを計算できるようにする。誘起電圧を拡張すると、式(1)の電圧方程式は式(2)で示される。
【数2】
【0019】
式(2)をα−β座標に座標変換すると式(3)になる。
【数3】
【0020】
ここで、vα、vβはα−β軸電機子電圧、iα、iβはα−β軸電機子電流である。又、拡張した誘起電圧(拡張誘起電圧E0x)は式(4)で表される。
【数4】
【0021】
式(3)より、位相θは式(5)で計算することができる。
【数5】
【0022】
又、このような位相推定は、誘起電圧とインダクタンスの両方を利用する方法であれば、他の推定方法でも良い。
【0023】
式(4)で示されるように、E0xは角速度ωが小さい時には、q軸電流の微分項のみとなる。E0xが小さくなると式(5)で位相θを計算する際に誤差が大きくなってしまい精度良く推定することができないが、電流微分項を大きくすれば、低速から高速まで精度良く位相が推定できるようになる。つまり、例えば式(4)の第1式において、電流微分項piqが大きいとE0xが大きくなり、式(5)で示される位相θの推定精度が上がり、低速から高速まで精度良く位相が推定できるようになる。
【0024】
次に、本発明の1実施例に係る電圧指令生成手段7について説明する。
【0025】
電圧指令生成手段7としては、例えば、インバータ出力電流の瞬時値が基準値に追従するようにPWM信号を直接発生させる電流追従型PWMを用いる。電流追従型PWMの制御動作の一例は、例えば特許3267528に記載されている。電流追従型PWMにおいて、精度良く位相が推定できるよう、前述したように電流微分項を大きくするために、本実施例では電圧ベクトルとして非零電圧ベクトルのみを選択する。
【0026】
具体的な選択方法を図2に示す。図2はインバータ1の出力電圧ベクトルV1〜V6(電圧ベクトル指令)を示している。インバータ1は出力電圧ベクトルしてこの他にV0、V7を取り得る。電圧ベクトルV1はuvwのゲート信号で表わすと、(001)に対応する。同様にV2〜V7及びV0は、(010)、(011)、(100)、(101)、(110)、(111)、(000)である。このうち、V0及びV7はuvwの相間電圧は0Vであるから、零電圧ベクトルという。一方、電圧ベクトルV1〜V6を非零電圧ベクトルという。インバータ1が零電圧ベクトルV0又はV7を出力している時、電流は回転子の誘起電圧のみにより変化し、その変化量は小さい。従って本実施例では、フリーランからの起動時に電流微分項を大きくするため、電圧ベクトルとして非零電圧ベクトルのみを選択する。
【0027】
図2において、先ず電流指令ベクトルirefと検出電流ベクトルirealの差Δiを計算する。電流指令ベクトルirefは、dq軸電流指令値idref、iqrefを推定位相θestに基づいて座標変換したαβ軸電流指令値iαref、iβrefの電流ベクトルである。又検出電流ベクトルirealは、αβ軸検出電流iα、iβの電流ベクトルである。
【0028】
次に、Δiの角度θiを図3の左側に示すように求めて、その方向に最も近い電圧ベクトルを選択する(図2ではV6)。なぜなら、差電流Δiが流れるように電圧ベクトル(図ではV6)を選択すれば、検出電流ベクトルirealが電流指令ベクトルirefに近づくからである。このシーケンスを図3の右側に示す。
【0029】
このように本実施例では、フリーランからの起動時に、零電圧ベクトルV0及びV7は選択されず、非零電圧ベクトルV1〜V6の1つが各制御サイクルにおいて選択される。図3に示した表を用いて、最終的なゲート指令を演算する。ここでは、非零電圧ベクトルとして、Δiの方向と最も近い電圧ベクトルを選択したが、非零電圧ベクトルのみを選択すれば、他の選択方法でも良い。又、完全に非零電圧ベクトルのみを選択しなくても、非零電圧ベクトルを選択する割合を大きくすれば同様の効果が得られる。
【0030】
以上のように本実施例では、零電圧ベクトルを選択しないので、電流微分項を大きくすることができ、式(4)を用いて拡張誘起電圧E0xを計算し、式(5)を用いて位相θを求めることで、停止から高速まで全ての速度域において、1つの方法で位相・角速度の推定が可能である。式(4)、式(5)から判るように本実施例では、回転位相推定手段5は、同期機のインダクタンスLd、Lq及び誘起電圧ωΦfの両方を使用して回転子の位相角を推定する。
【0031】
次に、本発明の1実施例に係る電流指令値に関して説明する。
【0032】
式(4)において、Ld−Lqは負の値になる。従って、電流微分項を無視すれば、d軸(回転子の磁束方向)に負の電流を流すと、拡張誘起電圧E0xは大きくなる。従って、式(5)より位相θの推定精度が向上する。さらに、電流微分項は零を中心に正負の値になり得るため、d軸に負の電流を流すと拡張誘起電圧E0xの平均値は大きくなり、全体として位相θの推定精度が向上する。又フリーランからの起動時に、高電圧領域ではd軸に負の電流を流さないと、永久磁石回転子による無負荷誘起電圧によって回生電流が流れ、インバータの直流側の電圧が過電圧になる可能性がある。従って、起動時からd軸に負の電流を流した方が良い。同様の理由で、インバータ1の直流側の電圧が急変した場合などでも回生電流が流れないように、高電圧領域に近い領域ではd軸に負の電流を流した方が良い。以上のように本実施例では、推定精度向上、過電圧防止のために、起動時からd軸に負の電流指令を与える。
【0033】
又、上記位相推定手段においては、全領域でd軸に負の電流を流した方が良いが、低速域ではd軸に正の電流を流すことで、回転子のd軸方向インダクタンスにより、電圧指令ベクトルの位相は変わらず振幅が大きくなる。従って、電圧指令ベクトルの位相から位相を推定する手法などでは、位相推定精度が向上すると期待できる。このような場合には、角速度あるいは無負荷誘起電圧などを基に速度域を判定し、低速域ではd軸に正の電流を流し推定精度を向上し、高速域ではd軸に負の電流を流し過電圧を防止するというように正負を選択すれば良い。あるいは、このような角速度ではなく電圧で使い分けることも可能である。例えば、後述の第4実施例のように、負荷接触器投入時に電流が流れるか否かで概略速度を推定することもできる。
【0034】
あるいは過電圧を防止するという目的のみであれば、角速度あるいは無負荷誘起電圧などを基に速度域を判定し、高速域であればd軸に負の電流を流し過電圧を防止するというようにすれば良い。
【0035】
以上において、d軸方向は実際には不明であるため、短時間で推定できる方法と一緒に使用しないと、q軸方向に電流が流れてトルクが発生する恐れがある。その意味で、全速度域において短時間で推定できる前述の零電圧ベクトルを選択しない方法と組み合わせることで、その効果が十分に得られるようになる。ただし、前述の零電圧ベクトルを選択しない方法と組み合わせなくとも本例の効果は得られる。
【0036】
本実施例ではPMSMについて記載したが、回転子に電磁石を使用した同期機であっても同様の効果が得られる。ただし、本実施例のように永久磁石同期電動機の場合には、磁束を調整することができないため、特にフリーランからの再起動の際に生じる上記磁束の問題が顕著になることから、本発明を適用する効果は大きい。
【実施例2】
【0037】
次に、本発明によるモータ制御装置の第2実施例を説明する。図4は第2実施例の構成を示すブロック図である。
【0038】
インバータ1、モータ2、電流検出手段3は、上記第1実施例と同様な構成要素であるから、詳細な説明は割愛する。モードスイッチ20は、フリーランからの起動時に起動時制御手段21側に設定され、起動が完了した後又は所定時間後に通常時制御手段23側に切り替わる切替手段である。起動時制御手段21は、フリーランからの起動時にインバータを制御する電流追従型PWM方式制御回路である。通常時制御手段23は、起動完了後又は所定時間後の通常制御時にインバータ1を制御する電圧変調型PWM方式制御回路である。初期値設定部22は、起動時制御手段21にて決定された推定位相θest及び推定速度ωestを設定するための記憶部である。主制御部26は、起動時制御手段21、通常時制御手段23、モードスイッチ20等に接続され、このモータ制御装置を総合的に制御する。
【0039】
本実施例では、フリーランからの起動時のみ、起動時制御手段21によりインバータ1を制御してモータ2の推定位相θest及び推定速度ωestを決定し、その値を初期値として通常時制御手段23にてインバータ1を制御し通常運転を行う。
【0040】
図5は起動時制御手段21の構成を示すブロック図である。起動時制御手段21は図1のインバータ制御部と同様な構成であるから、詳細な説明は割愛する。
【0041】
図6は通常時制御手段23の構成を示すブロック図である。
【0042】
回転位相誤差推定手段5は、前記電流検出手段3において検出され座標変換手段8を介して入力される電流応答値から、同期機の回転位相角とγδ軸回転座標系の位相差Δθを推定する。γ軸は回転子d軸の推定軸であり、δ軸はγ軸に直交する推定軸である。PLL(Phase Locked Loop)は、前記回転位相推定手段5によって推定された位相差Δθを用いて例えばPI制御を行い、回転子の角速度ωestを演算する。積分手段25はこの角速度ωestを初期推定位相θest0を初期値として積分し、推定位相θestを出力する。
【0043】
座標変換手段8は推定位相θestを用いて、三相固定座標系とγδ軸回転座標系の座標変換を行う。電流制御手段10は、前記電流検出手段において検出された電流応答値iγ、iδと電流指令値iγref、iδrefを比較し、電圧指令値vγ、vδを決定する。
【0044】
座標変換手段11は、γδ軸回転座標系と三相固定座標系の座標変換を行う。三角波PWM変調手段12は、同期機2を駆動するための電圧指令値(変調率指令値)を、三角波PWMによって変調し、インバータ1の各相スイッチング素子のON/OFF指令であるゲート信号を出力する。
【0045】
ここでは、回転座標系で位相角を推定しているが、実施例1で示した固定座標系で位相角を推定する方式を用いても良い。
【0046】
図7は本実施例の動作を示すフローチャートである。この動作は制御部24の制御の下に行われる。
【0047】
ステップ01では、主制御部26はモータ起動指令が運転台等(図示されず)から入力されたか否か判断し、モータ起動の場合にはステップ02に進む。ステップ02では、起動時制御手段(電流追従型PWM)21で電流制御を行ってモータ2を起動する。電流追従型PWMとはインバータ出力電流の瞬時値が基準値に追従するようにPWM信号を直接発生させる手法である。この電流追従型PWMは電流応答が非常に速いことが特徴であり、起動時の電流を押さえ込むのに適しており、前述したようにインバータ1のDC側が過電圧になるのを防止できる。
【0048】
ステップ03では、ステップ02によって発生した電流あるいは電圧指令(ゲート指令)を用いて回転位相角・角速度を推定する。推定に用いる方法は例えば、第1実施例で説明した拡張誘起電圧方式である。
【0049】
ステップ04では、通常時制御手段(電圧変調型PWM)23に切り替えるか否かを判定する。この切り替えは、時間によって決めても良いし、位相推定が落ち着いたらとしても良いし、トルクが立ち上がったらとしても良いし、あるいはトルクが立ち上がって落ち着いたらとしても良い。
【0050】
ステップ05では、起動時制御手段21により決定された推定位相θestおよび推定速度ωestが初期設定部22に設定され、モードスイッチ20が通常時制御手段23側に切り替わる。通常時制御手段23は、それら設定値を用いて電圧変調型PWMにて電流制御を行う。電圧変調型PWMとは、例えばdq軸電流制御と三角波比較PWM等の組合わせ方式のように、電流制御によって電圧指令(変調率指令)を演算しそれを基にPWMを行う方式である。
【0051】
ステップ06では、ステップ05によって発生した電流あるいは電圧指令(ゲート指令)を用いて回転位相角・角速度を推定する。推定に用いる方法はステップ03と同じ方式でも別の方式でもどちらでも良い。別の方式として、誘起電圧を用いる方法やインダクタンスを用いる方法でもよい。ステップ07はモータの停止指令が入力されたか否か判断し、モータ停止指令の場合には制御を終了する。
【0052】
以下、本発明の第2実施例による効果を説明する。
【0053】
車両がフリーランの状態から起動する際に位相が一般に判らないため、フィードフォワードでは、無負荷誘起電圧を抑えることができない。従って、流れる電流が指令電流に追従するようにすることで、無負荷誘起電圧を押さえ込めばよい。そのために、最も効果的な方法としては、電流制御応答性を上げるということである。これによって、電流が過電流になるのを防ぐことができる。このための方法としては、例えば、本実施例のように起動時に電流追従型PWMを用いる。
【0054】
又、フリーランの状態から起動する際に電圧変調型PWMを用いると、位相が判らないためフィードフォワードによって電圧指令を与えることができず、回転子磁束による誘起電圧を電流制御のフィードバック制御で抑えるしかない。一方、電流追従型PWMでは、電流の応答性が高いことが特徴であり、特に電流指令(図5のidref、iqref)が零の場合には位相情報を用いずに制御することができる。従って、起動の際に電流追従型PWMを使用することで、起動の際のトルクショック(振幅が大きく単発的な振動)や過電流を抑えることができる。一方、電流追従型PWMでセンサレス制御を行う方法としては、実施例1に示した方法などが挙げられるが、全速度域での安定性に関しては、電流追従型PWMより電圧変調型PWMの方が優れている。以上を踏まえると、本第2実施例のように起動時のみ電流追従型PWMを用いてトルクショックを抑え、起動後には安定したセンサレス制御が実現できる電圧変調型PWMに切り替える方法が、センサレス制御におけるフリーラン状態からの再起動方法として適しており、安定した再起動が実現できるといえる。
【0055】
あるいは、電流制御応答を上げる手段として、例えば図6に示す電圧変調型PWMのみを用いる場合だと、起動時のみ電流制御ゲインを大きくするか、又はスイッチング周波数を上げて、電圧ベクトルの更新を早くすることで電流制御応答性を上げることができる。起動時に通常よりスイッチング周波数を上げる実施例では、電圧変調型PWM、電流追従型PWMのどちらでも可能である。例えば、起動時のみに電流追従型PWMを用いる実施例と起動時にスイッチング周波数を上げる実施例を組み合わせたり、起動時にスイッチング周波数を上げる実施例と起動時に電流制御ゲインを上げる実施例を組み合わせることでより、電流制御応答を上げることができ、起動時のトルクショックを抑えることができる。
【0056】
本実施例ではPMSMについて記載したが、回転子に電磁石を使用した同期機であっても同様の効果が得られる。ただし、本実施例のように永久磁石同期電動機の場合には、磁束を調整することができないため、特にフリーランからの再起動の際に生じる上記磁束の問題が顕著になることから、本発明を適用する効果が大きい。
【実施例3】
【0057】
次に、本発明によるモータ制御装置の第3実施例を説明する。本実施例は、永久磁石同期電動機の回転子のNS判別方法に関する実施例である。
【0058】
図8は第3実施例の動作を示すフローチャートである。
【0059】
ステップ11では角速度に応じて複数のNS判別方法から1つを選択する。図8では2つの判別方法が示されるが、角速度によって3つ以上のNS判別方法から1つを選択してもよい。ステップ12では第1のNS判別方法でNS判別を実施する。第1のNS判別法については後述する。ステップ13では第2のNS判別方法でNS判別を実施する。第2のNS判別法についても後述する。
【0060】
ステップ14ではステップ12、13で判別した結果、位相の反転が必要か否かを判断する。ステップ15ではステップ14で反転が必要と判断された場合に、推定位相を180度進めて位相を反転する(当然180度遅らせても良い)。以上でNS判別ルーチンは終了である。
【0061】
先ず、第1のNS判別法について説明する。第1のNS判別法としては一般的な磁気飽和を利用する方式である。推定座標系のd軸方向に正負の電圧を掛け、流れる電流の振幅が磁気飽和によってN極とS極で差が生じることを利用してNS判別を行う。
【0062】
次に、第2のNS判別法は本実施例にかかる誘起電圧を利用する方式である。以下で効果を含めて詳細を説明する。
【0063】
第2のNS判別法を採用するシステムの構成を図9に示す。基本的な構成は実施例1と同様であるが、座標変換手段8、NS判定手段13、PLL9が追加されている。
【0064】
図10はPLL9の構成を示すブロック図である。位相差演算手段27は回転位相推定手段5から入力される推定位相θe0と自回路の出力信号である推定位相θest0との位相差Δθを演算する。PI制御部28は位相差Δθに基づいてPI制御を行い、推定各速度ωestを提供する。推定各速度ωestは積分手段29にて積分され、推定位相θest0が出力される。加算器30は推定位相θest0にπを加算する。スイッチ31はNS反転指令に基づいて推定位相θest0とπを加算した推定位相θest0の一方を選択し、推定位相θestを出力する。主制御部26は、上記した各ブロックに接続され、このモータ制御装置を総合的に制御する。
【0065】
次に本実施例に係るNS判別について説明する。このNS判別は、dq座標系のq軸電流に相当する推定座標系のδ軸電流からNSを判別している。
【0066】
先ず、第1実施例の式(4)、(5)を再掲する。
【数6】
【0067】
【数7】
【0068】
式(5)を用いて位相を推定する場合、式(4)のように電流微分項の符号によってE0xの符号も変化する可能性があり、推定位相θは180度反対の値で計算されることがある。従って、図10に示したように、PLLの際にはPLLで保持している位相も180度反対の値になる可能性があり、角速度によらずNS判別が必要である。
【0069】
通常、NS判別を用いるのは低速域であり、誘起電圧が小さいために磁気飽和を利用する方式が広く利用されているが、磁気飽和を利用する方法では、NS判別に磁気飽和を起こすための時間が必要となる。前述の高電圧領域(無負荷誘起電圧がインバータの直流側の電圧以上の領域)では磁束を弱めて電圧を下げるように、d軸に負の電流を流す必要があるが、位相が180度反対の値に推定されているとd軸に正の電流が流れ、逆に電圧を上げてしまうことになる。すなわち、NS判別を早く行わなければ、過電圧になってしまう可能性がある。
【0070】
ここで、前述の高電圧領域のように電圧が大きい(角速度が高速である)領域では、誘起電圧が利用できるのでそれを利用することで、NS判別を短時間で行うことができる。しかし、誘起電圧は低速では非常に小さいため、十分な精度を期待できない。従って、低速域に適したNS判別方法と高速域に適したNS判別方法の2つを持ち、高速域では短時間でNS判別ができるようにするのが良い。これが第3実施例の主な内容である。
【0071】
以下、第3実施例におけるNS判別法を説明する。
【0072】
誘起電圧が大きい領域で電流追従型PWMを用いた場合、無負荷誘起電圧を打ち消す方向に電圧が選択されることになる。従って、例えば電圧ベクトルが最も多く選択される方向が無負荷誘起電圧を打ち消す方向となるので、そこから無負荷誘起電圧の方向を推定することができる(図11参照)。この場合の方向は、精度良く推定することはできないが、NS判別には十分な精度が得られる。あるいは、制御上でq軸に対応するδ軸に最も近い電圧ベクトルと180度反対の電圧ベクトルとで、どちらが多く選択されるかを判断することでもNS判別をすることができる(図12参照)。
【0073】
次に、他のNS判別を説明する。電流追従型PWMでは、ある程度の角速度以上では無負荷誘起電圧によって電流が流れて、それを電圧ベクトルによって抑えることになる。そのため、電流の平均ベクトルとしては、無負荷誘起電圧によって流れる電流の方向である−q軸方向となる。従って、例えば図13のように、制御上でq軸に対応するδ軸電流の積分を取り、それが、ある閾値以上になったら、NS判別が必要であると判断することができる。あるいはδ軸電流の平均値を用いて判別することもできる。
【0074】
ここで、NS判別のフローチャートは図8だけに限らず例えば図14とすることも可能である。
【0075】
図14において、ステップ21では第2のNS判別方法でNS判別を実施する。これはステップ13と同様である。ステップ22ではステップ21でNS判別が確定できたかを判断する。「反転が必要であると確定した」あるいは「正しい位置であるために反転は行わないと確定した」のいずれかでNS判別が確定できたか判断する。
【0076】
ステップ23では一定時間が経過したか判断する。一定時間を経過しても第2のNS判別法で判別ができていなければ、ステップ24に移行する。ステップ24では第1のNS判別方法でNS判別を実施する。これはステップ12と同様である。
【0077】
ステップ25ではステップ21、24で判別した結果、位相の反転が必要か否かを判断する。これはステップ14と同様である。ステップ26ではステップ25で反転が必要と判断された場合に、推定位相を180度進めて位相を反転する。(当然180度遅らせても良い)これはステップ15と同様である。以上でNS判別ルーチンは終了である。
【0078】
本実施例ではPMSMについて記載したが、回転子に電磁石を使用した同期機であっても同様の効果が得られる。ただし、本実施例のように永久磁石同期電動機の場合には、磁束を調整することができないため、特にフリーランからの再起動の際に生じる上記磁束の問題が顕著になることから、本発明を適用する効果が大きい。
【実施例4】
【0079】
次に、本発明によるモータ制御装置の第4実施例を説明する。図15は第4実施例の構成を示すブロック図である。
【0080】
基本的なシステムの構成は図9の第3実施例と同様であるが、モータ2とインバータ1の間に負荷接触器があり、負荷接触器によって、モータ2とインバータ1を開放することが可能な構造となっている。図15では負荷接触器が電流検出器とPMSMの間にあるが、負荷接触器は電流検出器とインバータ1の間にあっても良い。
【0081】
上記高電圧領域において再起動する場合には、無負荷誘起電圧がインバータ1の直流側の電圧よりも大きい。ここで、高電圧領域では、インバータ1がOFFの状態でも負荷接触器を閉じた瞬間に巻線電流が流れてくる。あるいは、インバータ1の直流電流が流れる。又は、インバータ1の直流側の電圧が変動する。従って、これらのいずれかを検知することで、高電圧領域と判断することができる。
【0082】
ここで高電圧領域と判定した場合には、無負荷誘起電圧を抑制するように磁石磁束方向に負の電流を流す必要があるが、特に、負荷接触器を閉じて再起動する際には、無負荷誘起電圧がインバータ1の直流側の電圧よりも非常に大きい可能性も想定される。従って、最高速度時の無負荷誘起電圧でも抑えられるように弱め電流を大きく流さなければならない。特に、次式のように設定することで最高速においても電圧上昇抑制が可能となる。
【数8】
【0083】
ただし、Ldは磁石磁束方向のインダクタンス、ωmaxは最高角速度、Vdcは前記直流電圧検出手段によって得られたインバータ1の直流側の電圧、Φfは永久磁石をそれぞれ表すものとする。
【0084】
以上の説明はこの発明の実施の形態であって、この発明の装置及び方法を限定するものではなく、様々な変形例を容易に実施することができるものである。
【符号の説明】
【0085】
1…インバータ、2…PMSM、3…電流検出手段、4…座標変換手段(UVW→αβ)、5…回転位相角推定手段、6…角速度推定手段、7…電圧指令生成手段、8…座標変換手段(UVW→αβ)、9…PLL(Phase Locked Loop)、10…電流制御手段、11…座標変換手段(αβ→UVW)、12…三角波PWM変調手段、13…NS判別手段、14…負荷接触器。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
同期機を駆動するインバータを制御する回転センサレス制御装置において、
前記同期機のインダクタンス及び誘起電圧の両方を使用して回転子の位相角及び角速度を推定する位相角・角速度推定手段と、
前記インバータ及び電動機のフリーランからの起動時に、非零電圧ベクトルのみを選択するPWMを用いて、電圧指令値を算出すると共に前記インバータの出力電流を制御する制御手段とを具備し、
前記位相角・角速度推定手段は、前記電圧指令値及びインバータ出力電流を用いて、前記回転位相角・角速度を推定することを特徴とする回転センサレス制御装置。
【請求項2】
同期機を駆動するインバータを制御する回転センサレス制御装置において、
前記同期機の回転子の位相角及び角速度を推定する位相角・角速度推定手段と、
PWMを用いて前記インバータの出力電流を制御する制御手段とを具備し、
前記制御手段は、前記インバータ及び電動機のフリーランからの起動時に、トルク指令がゼロの状態で前記回転子の磁束方向に電流が流れるよう前記インバータを制御することを特徴とする回転センサレス制御装置。
【請求項3】
同期機を駆動するインバータを制御する回転センサレス制御装置において、
前記同期機の回転子の位相角及び角速度を推定する位相角・角速度推定手段と、
PWMを用いて前記インバータの出力電流を制御する制御手段とを具備し、
前記制御手段は、前記インバータ及び電動機のフリーランからの起動時に、通常時と比較して電流制御応答性を上げて前記インバータを制御することを特徴とする回転センサレス制御装置。
【請求項4】
前記制御手段は、電流追従型PWM方式制御部と、電圧変調型PWM方式制御部とを具備し、前記起動時に電流追従型PWM制御部を用いて前記インバータの出力電流を制御し、起動後に電圧変調型PWM制御部を用いて前記インバータの出力電流を制御することを特徴とする請求項3記載の回転センサレス制御装置。
【請求項5】
前記電動機の回転子磁束の方向がN極かS極か判定するNS判定手段を複数備えたことを特徴とする請求項1乃至4のうち1項記載の回転センサレス制御装置。
【請求項6】
前記電動機の無負荷誘起電圧と前記インバータの直流側電圧との大小を判定する電圧判定手段を具備し、
前記制御手段は、前記フリーランからの起動時に、前記電圧判定手段によって前記無負荷誘起電圧がインバータの直流側の電圧よりも大きいと判定された場合、同期機の回転子磁束方向に負の電流が流れるよう前記インバータを制御することを特徴とする請求項2記載の回転センサレス制御装置。
【請求項7】
前記インバータと前記同期機の間に負荷接触器を具備し、
前記制御手段は、前記負荷接触器が開放している状態から閉じた際に、前記電圧判定手段によって無負荷誘起電圧が直流電圧よりも大きいと判定された場合、前記インバータの電流絶対値が大きくなるように前記インバータを制御することを特徴とする請求項6記載の回転センサレス制御装置。
【請求項1】
同期機を駆動するインバータを制御する回転センサレス制御装置において、
前記同期機のインダクタンス及び誘起電圧の両方を使用して回転子の位相角及び角速度を推定する位相角・角速度推定手段と、
前記インバータ及び電動機のフリーランからの起動時に、非零電圧ベクトルのみを選択するPWMを用いて、電圧指令値を算出すると共に前記インバータの出力電流を制御する制御手段とを具備し、
前記位相角・角速度推定手段は、前記電圧指令値及びインバータ出力電流を用いて、前記回転位相角・角速度を推定することを特徴とする回転センサレス制御装置。
【請求項2】
同期機を駆動するインバータを制御する回転センサレス制御装置において、
前記同期機の回転子の位相角及び角速度を推定する位相角・角速度推定手段と、
PWMを用いて前記インバータの出力電流を制御する制御手段とを具備し、
前記制御手段は、前記インバータ及び電動機のフリーランからの起動時に、トルク指令がゼロの状態で前記回転子の磁束方向に電流が流れるよう前記インバータを制御することを特徴とする回転センサレス制御装置。
【請求項3】
同期機を駆動するインバータを制御する回転センサレス制御装置において、
前記同期機の回転子の位相角及び角速度を推定する位相角・角速度推定手段と、
PWMを用いて前記インバータの出力電流を制御する制御手段とを具備し、
前記制御手段は、前記インバータ及び電動機のフリーランからの起動時に、通常時と比較して電流制御応答性を上げて前記インバータを制御することを特徴とする回転センサレス制御装置。
【請求項4】
前記制御手段は、電流追従型PWM方式制御部と、電圧変調型PWM方式制御部とを具備し、前記起動時に電流追従型PWM制御部を用いて前記インバータの出力電流を制御し、起動後に電圧変調型PWM制御部を用いて前記インバータの出力電流を制御することを特徴とする請求項3記載の回転センサレス制御装置。
【請求項5】
前記電動機の回転子磁束の方向がN極かS極か判定するNS判定手段を複数備えたことを特徴とする請求項1乃至4のうち1項記載の回転センサレス制御装置。
【請求項6】
前記電動機の無負荷誘起電圧と前記インバータの直流側電圧との大小を判定する電圧判定手段を具備し、
前記制御手段は、前記フリーランからの起動時に、前記電圧判定手段によって前記無負荷誘起電圧がインバータの直流側の電圧よりも大きいと判定された場合、同期機の回転子磁束方向に負の電流が流れるよう前記インバータを制御することを特徴とする請求項2記載の回転センサレス制御装置。
【請求項7】
前記インバータと前記同期機の間に負荷接触器を具備し、
前記制御手段は、前記負荷接触器が開放している状態から閉じた際に、前記電圧判定手段によって無負荷誘起電圧が直流電圧よりも大きいと判定された場合、前記インバータの電流絶対値が大きくなるように前記インバータを制御することを特徴とする請求項6記載の回転センサレス制御装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2011−244655(P2011−244655A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−116601(P2010−116601)
【出願日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]