説明

差動制限機構の制御装置

【課題】要求されるLSD(差動制限機構)の作動と、LSDの作動により生じる操舵反力変化に起因して発生する操舵違和感の抑制とをバランスさせることができるようにした、差動制限機構の制御装置を提供する。
【解決手段】車両の左右輪の差動を制限する差動制限機構5と、差動制限機構5を制御する制御手段10とを有する車両において、車両の操舵角を検出する操舵角検出手段8aと、車両の操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段9と、を有し、制御手段10は、操舵角検出手段8aにより検出した操舵角の方向と、操舵トルク検出手段9により検出した操舵トルクの方向とが異なった際に、差動制限機構5の制御量を減少させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の差動制限機構の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両(自動車)には、左右輪の差動を許容する差動機構(Differential)に、差動を制限する差動制限機構(LSD:Limited Slip Differential)を備えたものがあり、このような車両では、LSDにより、左右輪の一方の車輪が無負荷になった際の空転を防止し、他方の車輪へ駆動力を伝達することができる。
このようなLSDには、トルク感応式、回転感応式、電子制御式の3つの種類がある。トルク感応式はエンジンからのトルクに応じてLSDが作動し、回転感応式は左右輪の回転速度差に応じてLSDが作動する。そして、電子制御式はLSDの制御器により任意のタイミングでLSDを作動させることができる。
【0003】
いずれのLSDにおいても、クラッチやギア、オイルなどの摩擦力により、左右輪の回転速度の速い方から遅い方へ駆動力を移動させることで、車輪の空転(左右の回転速度の著しい差)を抑えることができ、悪路などの加速性の向上が期待できる。
また、車輪が空転していない状態でのLSDの作動においては、回転速度の速い旋回外輪から、回転速度の遅い旋回内輪へ駆動力が移動する、即ち、旋回を抑える方向に駆動力が移動するため、直進安定性の向上が期待できる。
【0004】
しかし、フロントデフにLSDを備える車両では、LSDの作動による左右輪の駆動力の違いからトルクステアが発生し、ドライバの感じる操舵トルクが変化する。例えば、LSDの作動により、旋回外輪から旋回内輪へ駆動力が移動する場合(旋回外輪が空転した場合)は、操舵トルクが増加しステアリング操作が重くなる。また、LSDの作動により、旋回内輪から旋回外輪へ駆動力が移動する場合(旋回内輪が空転した場合)は、操舵トルクが減少し、ステアリング操作が軽くなる。よって、フロントデフにLSDを備える車両においては、LSDの作動によってステアリング操作が重くなったり、軽くなったりするために、操縦性が悪化するという課題もある。
【0005】
この点、特許文献1には、かかる課題に着目して、フロントデフにLSDを備える車両において、旋回走行中やスプリット路走行中等にLSDが作動した場合のステアリング操舵力の増加を車両の走行条件に応じて適宜抑制し、運転者のステアリング操作時の違和感の解消を図る技術が提案されている。この技術では、LSDの作動を検知する手段と、車両の左右の前輪の路面への接地状態を検知する手段と、両検知手段からの検知結果に基づいて操舵補助力を制御する制御手段とを備え、制御手段は、LSDの作動中に旋回内側の前輪が一旦空転し、その後再度路面に接地したことを検知したら、操舵補助力を接地前に比べて大きく設定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3401336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、左右輪に回転数差が生じているときに、LSDを作動させると、高速回転していた車輪側から低速回転していた車輪側に駆動力が移動し、左右輪の駆動力差によるトルクステアが発生するため、これに起因して操舵反力変化が発生し、操舵トルクに違和感が生じてしまう。
特に、旋回内輪の空転時にLSDを強く作動させた場合、旋回外輪のトルクが増加して旋回方向へのトルクステアが発生するため、ドライバに要求される旋回方向への操舵トルクが大きく減少し、むしろ、旋回方向と逆向きの操舵トルクがドライバに要求される。つまり、旋回方向に勝手に回るステアリングホイールを、ドライバは抑える方向に操舵トルクを発生しなければならず、ドライバに対する違和感が大きくなってしまう。そのため、LSDの作動量を任意に制御できる電子制御式LSDにおいて、操舵性の悪化を防ぐために、電子制御式LSDの制御量を大きくすることができないのが現状である。
【0008】
特許文献1の技術によって、これを抑制することも考えられるが、LSDを強く作動させて生じた大きな操舵反力変化に対応するには、大きな操舵補助力を精度よく付加することのできる高出力な操舵補助装置が必要になる。このため、特許文献1の操舵補助装置だけで操舵反力変化を抑制することは困難であると考えられる。
本発明は、かかる課題に鑑みて、電子制御式LSDの制御の観点から創案されたもので、要求されるLSD作動と、LSDの作動により生じる操舵反力変化に起因して発生する操舵違和感の抑制とをバランスさせることができるようにした、差動制限機構の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の差動制限機構の制御装置は、車両の左右輪の差動を制限する差動制限機構と、前記差動制限機構を制御する制御手段とを有する車両において、前記車両の操舵角を検出する操舵角検出手段と、前記車両の操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段と、を有し、前記制御手段は、前記操舵角検出手段により検出した操舵角の方向と、前記操舵トルク検出手段により検出した操舵トルクの方向とが異なった際に、前記差動制限機構の制御量(差動制限量)を減少させることを特徴としている。
【0010】
また、もう1つの本発明の差動制限機構の制御装置は、車両の左右輪の差動を制限する差動制限機構と、前記差動制限機構を制御する制御手段とを有する車両において、前記車両の操舵角速度を検出する操舵角速度検出手段と、前記車両の操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段と、を有し、前記制御手段は、前記操舵角速度検出手段により検出した操舵角速度の方向と、前記操舵トルク検出手段により検出した操舵トルクの方向とが異なった際に、前記差動制限機構の制御量(差動制限量)を減少させることを特徴としている。
【0011】
また、前記操舵角の中立領域又は前記操舵角速度のゼロ近傍の領域に、前記制御量(駆動力差)の減少を行なわない不感帯領域が設けられていることが好ましい。
また、前記車両の各輪制動力に差を付ける制動力調整機構と、前記車両の各輪の空転を検出する各輪空転検出手段と、をさらに有し、前記制御手段は、前記差動制限機構の制御量を減少した際に、前記各輪空転検出手段により前記車両のいずれかの車輪の空転を検出すると、空転した車輪に対し前記制動力調整機構により制動力を付加させることが好ましい。
【0012】
また、前記制御手段は、前記空転した車輪に対し前記制動力調整機構により制動力を付加させる際に、前記空転車輪の空転状態に応じた大きさの制動力を付加させることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一つ目の差動制限機構の制御装置によれば、制御手段は、操舵角検出手段により検出した操舵角の方向と、操舵トルク検出手段により検出した操舵トルクの方向とが異なった際に、差動制限機構の制御量(差動制限量)を減少させる。このため、差動制限機構の作動により生じる操舵角方向と操舵トルク方向との不一致を抑制することができる。例えば、定常旋回中に旋回内輪が空転し差動制限機構が作動した場合、旋回外輪の駆動トルクが増加し、車両の旋回を促す方向にトルクステアが発生する。この時、ドライバはステアリングホイールを保舵するために、旋回方向と逆向きの操舵トルクを発生させる必要がある。これに対し、差動制限機構の制御量を減少させることで、操舵角方向とドライバにより入力される操舵トルク方向との不一致を抑制し、操舵フィーリングを良好に維持することができる。
【0014】
また、もう一つの本発明の差動制限機構の制御装置によれば、制御手段は、操舵角速度検出手段により検出した操舵角速度の方向と、操舵トルク検出手段により検出した操舵トルクの方向とが異なった際に、差動制限機構の制御量(差動制限量)を減少させる。このため、差動制限機構の作動により生じる操舵角速度方向と操舵トルク方向との不一致を抑制することができる。例えば、スラローム走行中に差動制限機構が作動し、操舵角速度の方向と、ドライバにより入力される操舵トルクの方向とが異なる場合に、差動制限機構の動作制限によりトルクステアの発生を抑え、操舵フィーリングを良好に維持することができる。
【0015】
また、操舵角の中立領域又は操舵角速度のゼロ近傍の領域に、制御量(駆動力差)の減少を行なわない不感帯領域が設けられているため、中立保舵感又は舵角保舵感を持たせることができる。また、制御の安定性を向上することができる。
また、制御手段は、差動制限機構の制御量を減少した際に、車両のいずれかの車輪の空転を検出すると、空転した車輪に対し制動力調整機構により制動力を付加させることにより、差動制限の不足分を補うことができる。
【0016】
また、空転車輪の空転状態に応じた大きさの制動力を付加させることにより、空転車輪の回転を適正に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の第1実施形態にかかる車両の駆動系の構成図である。
【図2】本発明の第1実施形態にかかる操舵角θと操舵トルクτとをパラメータにした差動制限機構の制限制御領域を説明する図である。
【図3】本発明の第1実施形態にかかる差動制限機構の制御装置の制御ブロック図である。
【図4】本発明の第1実施形態にかかる差動制限機構の制御装置による制御を説明するフローチャートである。
【図5】本発明の第2実施形態にかかる操舵角速度dθと操舵トルクτとをパラメータにした差動制限機構の制限制御領域を説明する図である。
【図6】本発明の第2実施形態にかかる差動制限機構の制御装置の制御ブロック図である。
【図7】本発明の第2実施形態にかかる差動制限機構の制御装置による制御を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を用いて本発明の実施形態について説明する。
〈第1実施形態〉
図1〜図4は、本発明の第1実施形態にかかる差動制限機構の制御装置を示すもので、図1はその車両の駆動系の構成図、図2はその差動制限機構の制限制御領域を説明する図、図3はその制御ブロック図、図4はその制御を説明するフローチャートである。これらの図を参照して説明する。
〔車両の駆動系の構成〕
図1に示すように、本実施形態にかかる車両は、車両の前部にエンジン(内燃機関)1を備えると共に、前輪4FR,4FLを駆動輪として構成された前輪駆動車(FF車)として構成されている。エンジン1の出力軸1aには、変速機(トランスミッション)2が接続され、変速機2の出力軸2aに差動制限制御付きの差動機構(Differential)3を介して前輪4FR,4FLが接続されている。
【0019】
この例では、差動機構3には、デフケース31に装備された入力ベベルギア32,32と、入力ベベルギア32,32と噛み合い右前輪4FR,左前輪4FLにそれぞれ結合された出力ベベルギア33R,33Lとからなるベベルギア式のものが使われている。また、変速機2の出力軸2aに装備されたベベルギア2bは、デフケース31に装備されたリングギア31aと噛合している。
【0020】
これにより、エンジン1の回転は、エンジン出力軸1aから変速機2に伝達され変速されて変速出力軸2aから、ギア2b,31aを通じてデフケース31に伝達され、デフケース31が回転する。このデフケース31の回転は、入力ベベルギア32,32及び出力ベベルギア33R,33Lを通じて左右の駆動輪である前輪4FR,4FLに差動を許容して伝達される。
【0021】
なお、この差動機構3には、例えば遊星ギア式のもの等を用い他の方式のものを用いても良い。
差動機構3に備えられる差動制限機構(LSD:Limited Slip Differential)5は、片輪(ここでは右前輪)4FRとデフケース31との間に介装され、本実施形態では電磁式の多板クラッチ51が用いられ、制御量(例えば制御電流)に応じて発生する磁力に応じて、多板クラッチ51を係合し、片輪(右前輪)4FRとデフケース31との間の差動を制限する。右前輪4FRとデフケース31との間の差動が制限されれば、当然ながら、左前輪4FLとデフケース31との間の差動も制限されることになる。
【0022】
LSD5を制御するためには、LSDコントローラ11が装備され、LSDコントローラ11は、左右の駆動輪4FR,4FLのうち何れかが空転状態になったら、LSD5を作動させ差動を制限する。すなわち、LSD5は、電子制御式LSDとして構成される。
LSDコントローラ11では、この駆動輪の空転の判定は、各車輪の車輪速を検出する車輪速センサ21FR〜21RLの検出結果に基づいて、従動輪である4RR,4RLから基準の車輪速(車体速)を得て、駆動輪4FR,4FLの車輪速とこの基準の車輪速とを比較して行なう。つまり、後輪4RR,4RLの車輪速の平均値等を基準車輪速とし、駆動輪4FR,4FLの何れかの車輪速が基準の車輪速よりも予め設定された車輪速差以上に大きくなったら空転状態であると判定する。ただし、旋回時には、旋回半径に応じて、旋回内輪の車輪速は小さくなり、旋回外輪の車輪速は大きくなるので、この点は補正して判定する。
【0023】
また、LSD5による差動制限は、車輪の空転状態の程度(例えば、空転車輪の車輪速/基準の車輪速)に応じた制御量で行なう。
LSD5を作動させる条件としては、空転状態の場合に替えて、左右駆動輪に所定以上のトルク差が発生した場合や、左右輪の回転数差が所定値以上になった場合としてもよい。或いは、空転状態,所定以上のトルク差,所定値以上の回転数差の各条件の中の複数を設けて、これらのいずれかが成立したらLSD5を作動させるものと設定しても良い。
【0024】
また、左右駆動輪のトルク差については、各車輪のトルクを検出して差分を算出して得るほか、ギアの歯面抵抗等のトルク差に応じて生じる機械的に特性の変化に応じて多板クラッチ51が係合するように構成することで実現できる。
左右駆動輪の回転数差については、各車輪の車輪速を検出して差分を算出して得ることができる。この場合も、旋回時には、旋回半径に応じて、旋回内輪の車輪速は小さくなり、旋回外輪の車輪速は大きくなるので、この点は補正して判定する。
【0025】
また、LSD5による差動制限は、上記の車輪の空転状態の程度に応じた制御量で行なう場合と同様に、左右駆動輪のトルク差の程度に応じた制御量で行なうこと、或いは、左右駆動輪の回転数差の程度に応じた制御量で行なうことも好ましい。
【0026】
〔車両の制動系の構成〕
前輪4FR,4FL及び後輪4RR,4RLの各ブレーキ機構6FR,6FL,6RR,6RLは、それぞれ独立して作動を制御できるようになっている。つまり、各ブレーキ機構6FR〜6RLは車輪と共に回転するブレーキロータ6aとブレーキロータ6aを挟み込み係止するブレーキキャリパ6bとを有し、ブレーキキャリパ6bが各車輪のブレーキ機構毎に独立して作動を制御される。なお、ブレーキ機構6FR〜6RLを統合して制動力調整機構とも呼ぶ。
各ブレーキ機構6FR〜6RLを制御するために、ブレーキコントローラ12が装備され、ブレーキコントローラ12は、通常は、ドライバの操作するブレーキペダルの踏み込み量に応じて、各車輪4FR〜4RLをブレーキペダル操作に応じて各輪同時に制動するが、車両の旋回時等に車体のヨー方向制御(ステア制御)が必要な場合には、各車輪4FR〜4RLを個別に制動し、車体のヨー運動を制御する。
【0027】
〔車両の操舵系の構成〕
前輪4FR,4FLは、ステアリングホイール(図示略)のシャフト(図示略)先端に接続されたラックアンドピニオン等の機構を通じて、ステアリングホイールの操舵角θに応じて転舵される。
また、ステアリングホイールの操舵角θを検出する操舵角検出手段としての操舵角センサ22を備え、操舵角センサ22により検出された操舵角θは、車両ECU10に入力される。同様に、ステアリングホイールを通じたシャフトの操舵トルクτを検出する操舵トルク検出手段としての操舵トルクセンサ23を備え、操舵トルクセンサ23により検出された操舵トルクτは、車両ECU10に入力される。
【0028】
〔LSD統合制御〕
ところで、図2は、操舵角θに対して、取りうるドライバの操舵トルクτと、その際のLSDの動作の是非を示している。
なお、図2に実線で示す曲線は、操舵角θに対応した操舵トルクτの基準相関関係を示している。この基準相関関係は、ある操舵角θを保舵するのに必要な操舵トルクτ(以下、基準保舵トルクという)の一般的な対応関係を示したものである。ドライバは、ステアリングホイールを通じて、操舵角θに応じたこの基準保舵トルクを操舵トルクτとして加えると、通常、操舵系が中立復帰しようとする力が操舵反力となり、この操舵反力と基準保舵トルクとが釣り合って舵角が維持される。操舵角θを増大させる切り増し時には、ドライバは基準保舵トルクよりも大きなトルクを加える必要があり、操舵角θを減少させる切り戻し時には、ドライバは基準保舵トルクよりも小さなトルクを加えることになる。後者の切り戻し時には、操舵角θの方向に加えるトルクを減少させるが、通常は、負のトルク、つまり、操舵角θの方向と逆向きのトルクを加えて速やかに切り戻しを行なう。基準相関関係は、操舵角θの大きさが大きくなるほど操舵トルクτの大きさも増大し、操舵角θの大きさがある程度大きくなると操舵トルクτの大きさは頭打ちになる。また、この相関関係は車速に依存しても変化する。
【0029】
ここで、操舵トルクτと操舵角θの方向が等しい状態から、LSD5の作動によりトルクステアが発生することで操舵反力が変化して、反力方向が反転する場合があり、この場合、ドライバに要求される操舵トルクの方向が反転して、図2のLSD低減領域の状態となり、ドライバはステアリングホイールに加えるトルクを通常とは逆向きにして加えなければならず(図2のLSDトルク低減領域)、操舵フィーリングが悪化する。
【0030】
そこで、本装置では、図3に示すように、制御手段としての車両ECU(車両電子制御ユニット)10が、操舵トルクτの方向と操舵角θの方向とが異なった運転領域では、LSD5の制御量を減少させるようにしている。ただし、図示するように、操舵トルクτの方向と操舵角θの方向とが異なった運転領域であっても、操舵角θが小さい領域では、中立保舵感を重視し、LSD5の制御量は制限されない。すなわち、操舵角θが一定以上であり、かつ、操舵トルクτの方向と操舵角θの方向とが異なった際にのみ、LSD5の制御量を減少させるようになっている。
【0031】
つまり、車両ECU10は、入力される操舵角センサ22により検出された操舵角θを
0と比較して符号(正負)を判定し、操舵トルクセンサ23により検出された操舵トルクτを0と比較して符号(正負)を判定し、操舵角θの符号と操舵トルクτの符号とが不一致であるかを判定する。これとともに、操舵角θの絶対値が閾値(θth)以上かどうかを判定する(つまり、LSDトルク低減領域であるか否かを判定する)。操舵角θの符号と操舵トルクτの符号とが不一致であり、且つ、操舵角θの絶対値が閾値(θth)以上であれば、LSD低減領域であると判定する。LSDトルク低減判定時には、LSD5の制御量(差動制御量)に制御ゲイン(<1)を乗算し減少させるようにしている。
【0032】
また、車両ECU10は、このLSD低減判定時のLSD5の制御量を抑制している際に、各車輪速センサ21FR〜21RLで検出した車輪速からいずれかの車輪速が空転していることが判明(各輪の空転を検出する機能を各輪空転検出手段とする)した場合には、空転した車輪に対して制動力調整機構(ブレーキ機構)6FR〜6RLにより制動力を付加させる。この制動力を付加させる際には、空転車輪の空転状態に応じた制動力を付加させる。
【0033】
〔作用及び効果〕
本発明の第1実施形態にかかる差動制限の制御装置は、上述のように構成されており、例えば、図4に示すような制御が車両ECU10により行なわれる。
まず、ドライバの入力する操舵角θ及び操舵トルクτを読み込む(ステップS10)。そして、操舵角θの符号と操舵トルクτの符号とが不一致かどうかを判定し(ステップS11)、且つ、操舵角θの絶対値が閾値(θth)よりも大きいかどうかを判定する(ステップS12)。操舵角θの符号と操舵トルクτの符号とが不一致であり、且つ、操舵角θの絶対値が閾値(θth)よりも大きい場合、LSD5を通常よりも制御量を低下させて動作させ(ステップS13)、操舵角θと操舵トルクτの符号が一致、または、操舵角θの絶対値が閾値(θth)よりも小さい場合、LSD5を通常の制御量で動作させる(ステップS14)。
【0034】
また、LSD5を動作制限した場合には、いずれかの車輪が空転しているかを判定し(ステップS15)、空転車輪があれば空転した車輪に対して制動力調整機構(ブレーキ機構)6FR〜6RLによりブレーキを作動させ(ステップS16)、制御フローを終了する(END)。
【0035】
本発明の第1実施形態にかかる差動制限の制御装置は、上述のように構成され、作用するため、以下のような効果を奏する。
車両ECU10は、操舵角センサ22により検出した操舵角θの方向と、操舵トルクセンサ23により検出した操舵トルクτの方向とが異なった際に、LSD5の制御量(差動制限量)を減少させるため、トルクステアによる極端な操舵反力変化を抑制することができ、操舵フィーリングを良好に維持することができる。
例えば、定常旋回中にLSD5の差動制限により、ドライバが操舵角θの方向と異なる方向に操舵トルクτを発生しなければならないトルクステアが発生した場合、ドライバに大きな違和感を与える。
【0036】
また、中立に戻る方向にトルクを加えるような切り戻し操舵を行なって、操舵角θの方向と操舵トルクτの方向との不一致が生じた際に、LSD5による差動制限を加えると、ドライバに違和感を与えることがある。つまり、ドライバは、切り増し操舵時の力を入れる操舵に対し、切り戻し操舵時には、操舵する力を抜くため、操舵トルクの変化に敏感であり、また、切り戻し操舵時には、加速を伴うこともあり、操舵トルクの変化に敏感である。
【0037】
これに対して、操舵角θの方向と操舵トルクτの方向とが異なる場合、LSD5の制御量(差動制限量)を減少させるので、上記の操舵反力変化を抑制することができ、操舵フィーリングを良好に維持することができる。
もちろん、切り戻し操舵時にも、操舵角θの方向と操舵トルクτの方向とが同じ場合がある。つまり、操舵トルクτを基準保舵トルクよりも減少させて、ゆっくりと切り戻しを行なう低周波数領域の切り戻し操舵がある。この時は、LSD5の動作制限は行なわないので、LSD5による差動制限を十分に利用して、高速走行時の安定性及び加速性等を向上することができる。
【0038】
また、操舵角θの中立領域に、LSD5の制御量(駆動力差)の減少を行なわない不感帯領域が設けられているため、中立保舵感を持たせることができる。また、本制御の安定性を向上することができる。
また、車両ECU10は、LSD5の制御量を減少した際に、車両のいずれかの車輪の空転を検出すると、空転した車輪に対し制動力調整機構(ブレーキ機構)6FR〜6RLにより制動力を付加させることにより、差動制限の不足分を補うことができる。
また、空転車輪の空転状態に応じた大きさの制動力を付加させることにより、空転車輪の回転を適正に制御することができる。
【0039】
〈第2実施形態〉
次に、本発明の第2実施形態について、図面を用いて説明する。
図5〜図7は、本発明の第2実施形態にかかる差動制限機構の制御装置を示すもので、図5はその差動制限機構の制限制御領域を説明する図、図6はその制御ブロック図、図7はその制御を説明するフローチャートである。これらの図を参照して説明する。なお、駆動系の構成については図1を流用して説明する。
【0040】
〔車両の操舵系の構成〕
図1において、操舵角センサ22に替えて、ステアリングホイールの操舵角速度dθを検出する操舵角速度検出手段としての操舵角速度センサ24(二点鎖線で示す)を備え、操舵角速度センサ24により検出された操舵角速度dθは、車両ECU10に入力される。なお、この操舵角速度dθは、車両ECU10に入力される操舵角センサ22により検出された操舵角θを時間微分することで算出する構成としてもよい。
また、ステアリングホイールを通じたシャフトの操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段としての操舵トルクセンサ23を備え、操舵トルクセンサ23により検出された操舵トルクτは、車両ECU10に入力される。
【0041】
〔LSD統合制御〕
ところで、図5は、操舵角速度dθに対して、取りうるドライバの操舵トルクτと、その際のLSDの動作の是非を示している。
なお、図5に実線で示す直線は、操舵角速度dθに対応した操舵トルクτの基準相関関係を示している。この基準相関関係は、ある操舵角速度dθで操舵するのに必要な操舵トルクτ(以下、基準トルクという)の対応関係の一例を示したものであり、ここでは簡略して直線で示すが、直線とは限らない。また、この基準相関関係は、中立(操舵角θ=0)を基準にした場合のものであり、所定の(0以外の)操舵角θを基準に考えた場合には、基準保舵トルク(図2参照)分だけ基準相関関係は(図5中の直線が上下に)シフトまたは変形する。基準相関関係は、操舵角速度dθの大きさが大きくなるほど操舵トルクτの大きさも増大する。また、この相関関係は車速に依存しても変化する。
【0042】
ここで、操舵トルクτの方向と操舵角速度dθの方向とが等しい状態から、LSD5の作動によりトルクステアが発生して操舵反力が変化して反転し、ドライバに要求される操舵トルクの方向が反転すると、ドライバはステアリングホイールに旋回方向と逆向きの操舵トルクを加えなければならない。このように、LSD5の作動により、操舵トルクτの方向と操舵角速度dθの方向とが異なるようになると(図5のLSDトルク低減領域)、操舵フィーリングが悪化する。
【0043】
そこで、本装置では、図6に示すように、制御手段としての車両ECU10が、操舵トルクτの方向と操舵角速度dθの方向とが異なった運転領域では、LSD5の制御量を減少させるようにしている。ただし、図示するように、操舵トルクτの方向と操舵角速度dθの方向とが異なった運転領域であっても、操舵角速度dθが小さい領域では、舵角保舵感を重視し、LSD5の制御量は制限されない。すなわち、操舵角速度dθが一定以上であり、かつ、操舵トルクτの方向と操舵速度角dθの方向とが異なった際にのみ、LSD5の制御量を減少させるようになっている。
【0044】
つまり、車両ECU10は、入力される操舵角速度センサ24により検出された操舵角速度dθを0と比較して符号(正負)を判定し、操舵トルクセンサ23により検出された操舵トルクτを0と比較して符号(正負)を判定し、操舵角速度dθの符号と操舵トルクτの符号とが不一致であるかを判定する。これとともに、操舵角速度dθの絶対値が閾値(dθth)以上かどうかを判定する(つまり、LSDトルク低減領域であるか否かを判定する)。操舵角速度dθの符号と操舵トルクτの符号とが不一致であり、且つ、操舵角速度dθの絶対値が閾値(dθth)以上であれば、LSD低減領域であると判定する。LSDトルク低減判定時には、LSD5の制御量(差動制御量)に制御ゲイン(<1)を乗算し減少させるようにしている。
これらの構成以外は、第1実施形態と同様の構成である。
【0045】
〔作用及び効果〕
本発明の第2実施形態にかかる差動制限機構の制御装置は、上述のように構成されるので、例えば、図7に示すような制御が車両ECU10により行なわれる。
まず、ドライバの入力する操舵角速度dθ及び操舵トルクτを読み込む(ステップS20)。そして、操舵角速度dθの符号と操舵トルクτの符号とが不一致かどうかを判定し(ステップS21)、且つ、操舵角速度dθの絶対値が閾値(dθth)よりも大きいかどうかを判定する(ステップS22)。操舵角速度dθと操舵トルクτの符号が不一致、且つ、操舵角速度dθの絶対値が閾値(dθth)よりも大きい場合、LSD5を通常よりも制御量を低下させて動作させ(ステップS23)、操舵角速度dθの符号と操舵トルクτの符号とが一致、または、操舵角速度dθの絶対値が閾値(dθth)よりも小さい場合、LSD5を通常の制御量で動作させる(ステップS24)。
また、LSD5を動作制限した場合には、いずれかの車輪が空転しているかを判定し(ステップS25)、空転車輪があれば空転した車輪に対して制動力調整機構(ブレーキ機構)6FR〜6RLによりブレーキを作動させ(ステップS26)、制御フローを終了する(END)。
【0046】
本発明の第2実施形態にかかる差動制限の制御装置は、上述のように構成され、作用するため、以下のような効果を奏する。
車両ECU10は、操舵角速度センサ24により検出した操舵角速度dθの方向と、操舵トルクセンサ23により検出した操舵トルクτの方向とが異なった際に、LSD5の制御量(差動制限量)を減少させるため、トルクステアによる極端な操舵反力変化を抑制することができ、操舵フィーリングを良好に維持することができる。
例えば、LSD5が作動して操舵反力変化が発生し、ステアリングホイールの操舵角速度dθの方向に対し、ドライバにより入力される操舵トルクτの方向が異なった場合、ドライバに違和感を与える。
【0047】
また、スラローム走行中のように、操舵トルクτを基準トルクよりも増加させて、基準トルクと反対方向に操舵トルクを加えるような素早い切り戻し操舵である高周波数領域の操舵を行なう際に、差動制限機構が作動して操舵反力変化が発生すると、ドライバに違和感を与えることがある。
これに対して、操舵角速度dθの方向と操舵トルクτの方向とが異なる場合、LSD5の制御量(差動制限量)を減少させるので、上記の操舵反力変化を抑制することができ、操舵フィーリングを良好に維持することができる。
【0048】
もちろん、操舵角速度dθの方向と、操舵トルクτの方向とが同じ場合は、LSD5の動作制限は行なわないので、LSD5による差動制限を十分に利用して、高速走行時の安定性及び加速性等を向上することができる。
【0049】
〔その他〕
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。
例えば、本実施形態では、FF車について説明したが、FR車(フロントエンジン・リヤドライブ車),RR車(リヤエンジン・リヤドライブ車)及び4WD車(4輪駆動)についても、LSDが装備されている車両であればいずれも本発明を適用することができる。
また、第1実施形態では、操舵角θの方向と操舵トルクτの方向とが異なった際に、LSD5の制御量を減少させ、第2実施形態では、操舵角速度dθの方向と操舵トルクτの方向とが異なった際に、LSD5の制御量を減少させるものを示したが、これらの制御を組み合わせて行なってもよい。
【0050】
すなわち、操舵角θの方向と操舵トルクτの方向とが異なった際にも、操舵角速度dθの方向と操舵トルクτの方向とが異なった際にも、車両ECU10は、LSD5の制御量を減少させることとしてもよい。
また、上記の実施形態では、LSD5の直接的な制御はLSDコントローラ11により、各車輪4FR〜4RLの直接的な制動制御はブレーキコントローラ12により、それぞれ行なっているが、車両ECU10にLSDコントローラ11の機能やブレーキコントローラ12の機能を持たせて何れの制御も車両ECU10により一括して行なうなど、制御装置(制御手段)の構成は種々考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、差動制限機構(LSD)を備えた車両に広く適用することができる。
【符号の説明】
【0052】
1 エンジン(内燃機関)
2 トランスミッション
2b ベベルギア
3 差動機構(Differential)
4FR,4FL 前輪
5 LSD(差動制限機構)
6FR〜6RL ブレーキ機構(制動力調整機構)
10 車両ECU(制御手段)
11 LSDコントローラ
12 ブレーキコントローラ
21FR〜21RL 車輪速センサ
22 操舵角センサ(操舵角検出手段)
23 操舵トルクセンサ(操舵トルク検出手段)
24 操舵角速度センサ(操舵角速度検出手段)
31 デフケース
51 多板クラッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の左右輪の差動を制限する差動制限機構と、前記差動制限機構を制御する制御手段とを有する車両において、
前記車両の操舵角を検出する操舵角検出手段と、
前記車両の操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段と、を有し、
前記制御手段は、前記操舵角検出手段により検出した操舵角の方向と、前記操舵トルク検出手段により検出した操舵トルクの方向とが異なった際に、前記差動制限機構の制御量を減少させる
ことを特徴とする、差動制限機構の制御装置。
【請求項2】
車両の左右輪の差動を制限する差動制限機構と、前記差動制限機構を制御する制御手段とを有する車両において、
前記車両の操舵角速度を検出する操舵角速度検出手段と、
前記車両の操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段と、を有し、
前記制御手段は、前記操舵角速度検出手段により検出した操舵角速度の方向と、前記操舵トルク検出手段により検出した操舵トルクの方向とが異なった際に、前記差動制限機構の制御量を減少させる
ことを特徴とする、差動制限機構の制御装置。
【請求項3】
前記操舵角の中立領域又は前記操舵角速度のゼロ近傍の領域に、前記制御量の減少を行なわない不感帯領域が設けられている
ことを特徴とする、請求項1又は2記載の差動制限機構の制御装置。
【請求項4】
前記車両の各輪制動力に差を付ける制動力調整機構と、
前記車両の各輪の空転を検出する各輪空転検出手段と、をさらに有し、
前記制御手段は、前記差動制限機構の制御量を減少した際に、前記各輪空転検出手段により前記車両のいずれかの車輪の空転を検出すると、空転した車輪に対し前記制動力調整機構により制動力を付加させる
ことを特徴とする、請求項1〜3の何れか1項に記載の差動制限機構の制御装置。
【請求項5】
前記制御手段は、前記空転した車輪に対し前記制動力調整機構により制動力を付加させる際に、前記空転車輪の空転状態に応じた大きさの制動力を付加させる
ことを特徴とする、請求項4記載の差動制限機構の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−57638(P2012−57638A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−198177(P2010−198177)
【出願日】平成22年9月3日(2010.9.3)
【出願人】(000006286)三菱自動車工業株式会社 (2,892)
【Fターム(参考)】