説明

流体軸受装置

【課題】軸部材の軸方向移動可能量を高精度かつ低コストに制御することのできる流体軸受装置を提供する。
【解決手段】軸部材2の肩面2cと軸方向で係合して軸部材2の抜け止めを行うシール部9と、軸部材2の大径部2aの外周面とスリーブ部8の内周面8aとの間のラジアル軸受隙間に生じる流体膜で軸部材2をラジアル方向に支持するラジアル軸受部R1,R2と、軸部材2をスラスト方向で支持するスラスト軸受部Tとを備えた流体軸受装置において、シール部9とスリーブ部8との間に第1の軸方向隙間L1を形成する。これにより、スリーブ部8等の部材精度によらずに軸部材2の軸方向移動可能量を高精度に設定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受隙間に生じる流体膜で軸部材を回転可能に支持する流体軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
流体軸受装置は、その高回転精度および静粛性から、情報機器、例えばHDD等の磁気ディスク駆動装置、CD−ROM、CD−R/RW、DVD−ROM/RAM等の光ディスク駆動装置、MD、MO等の光磁気ディスク駆動装置等のスピンドルモータ用、レーザビームプリンタ(LBP)のポリゴンスキャナモータ用、プロジェクタのカラーホイールモータ用、あるいは電気機器の冷却等に使用されるファンモータなどの小型モータ用として好適に使用可能である。
【0003】
例えば、特許文献1に示されている流体軸受装置は、軸部材の外周面とスリーブ部の内周面との間にラジアル軸受隙間を形成し、このラジアル軸受隙間に生じる流体膜で軸部材をラジアル方向に支持すると共に、軸部材の下端部に設けられた球面状凸部とハウジングの内底面に設けたスラストプレートとを接触摺動させることで、軸部材をスラスト方向に支持している。また、この流体軸受装置では、軸部材を小径部及び大径部を有する段付き状とすると共に、ハウジング開口部内周に環状のシール部を設け、このシール部を軸部材の肩面と軸方向で係合させることにより、軸部材の抜け止めを行っている。
【0004】
【特許文献1】特開2005−113987号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この流体軸受装置では、シール部と軸部材の肩面との間に形成された軸方向隙間の分だけ軸部材の軸方向の移動が許容される。この軸方向隙間が大きすぎると、軸部材の軸方向移動可能量が過大となり、軸部材に装着されるHDDのディスク等に軸方向のガタツキが生じ、ディスクの読み取り精度を悪化させたり、ディスクとヘッドとの干渉を招く恐れがある。従って、シール部と軸部材の肩面との間に形成される軸方向隙間は高精度に設定する必要がある。
【0006】
しかしながら、上記の流体軸受装置では、シール部をスリーブ部と当接させることによりシール部の位置決めを行っているため、シール部のハウジングへの固定精度はスリーブ部の軸方向寸法の加工精度に依存する。このため、軸部材の軸方向移動可能量を精度良く管理するためには、スリーブ部を高精度に加工する必要があり、加工コストの高騰を招くこととなる。
【0007】
本発明の課題は、軸部材の軸方向移動可能量を高精度かつ低コストに制御することのできる流体軸受装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明は、小径部、大径部、及びこれらの間に形成された肩面を有する軸部材と、内周に軸部材の大径部を挿入したスリーブ部と、軸部材の小径部の外周面との間に軸受内部の潤滑流体の外部への漏れ出しを防止するシール空間を形成すると共に、軸部材の肩面と軸方向で係合して軸部材の抜け止めを行うシール部と、軸部材の大径部の外周面とスリーブ部の内周面との間のラジアル軸受隙間に生じる流体膜で軸部材をラジアル方向に支持するラジアル軸受部と、軸部材をスラスト方向で支持するスラスト軸受部とを備えた流体軸受装置において、シール部とスリーブ部との間に第1の軸方向隙間を形成したことを特徴とする。
【0009】
このように、本発明の流体軸受装置は、シール部とスリーブ部との間に第1の軸方向隙間を形成し、シール部とスリーブ部とを非接触とすることにより、シール部の位置決め精度を決定付ける要因からスリーブ部の形状精度を排除することができる。従って、軸部材の軸方向移動可能量を、スリーブ部の加工精度によらず、シール部の位置精度によってのみ管理することができる。これにより、スリーブ部の加工精度を緩和することができるため、加工コストの低減が図られる。
【0010】
この流体軸受装置において、シール部と軸部材の肩面との間には第2の軸方向隙間が形成される。この第2の軸方向隙間は、シール空間の径方向隙間と同じかそれよりも小さくなるように設定することが好ましい。これにより、第2の軸方向隙間において、シール空間の毛細管力と同等、あるいはそれよりも大きな毛細管力による潤滑流体の引き込み作用が得られるため、軸受内部に満たされた潤滑流体の外部への漏れ出しを確実に防止することができる。
【0011】
例えばこの流体軸受装置をHDDのスピンドルモータ用として使用する場合、軸部材に取付けられるディスクがヘッドと干渉することを防止するため、軸部材の軸方向移動はできるだけ抑える必要がある。このとき、第2の軸方向隙間を30μm以下に設定しておけば、上記のような用途で使用する場合でも、ディスクとヘッドとの干渉を防止することができる。
【0012】
このような流体軸受装置の作動時において、軸受内部の潤滑流体、特に軸部材の下端部が面する空間に満たされた潤滑流体に局部的な負圧が発生することにより、ラジアル軸受隙間の流体膜に気泡が生成し、流体膜による軸部材の支持力が低下する恐れがある。そこで、スリーブ部と、スリーブ部を内周に収容したハウジングとの間に、一端を第1の軸方向隙間に開口し、他端を軸部材の下端部が面する空間に開口した連通経路を設けることにより、スラスト軸受部の空間を、連通経路、及び第1の軸方向隙間を介してシール空間と連通し、局部的な負圧の発生を防止することができ、軸受内部に満たされた潤滑流体の圧力バランスを良好に保ち、軸受性能の低下を回避することができる。
【0013】
このとき、スリーブ部の端面及び外周面に溝を形成し、この溝で上記の連通経路を構成すると、ハウジングの内底面や内周面は平面状あるいは円筒面状の単純な形状とすることができるため、ハウジングの形成を容易化して低コスト化を図ることができる。
【0014】
上記のような段付き状の軸部材は、一体に形成してもよいが、これに限らず、例えば軸部と、軸部の外周面に固定した中空材とで形成し、中空材の端面で軸部材の肩面を構成してもよい。この場合、段付き状の軸部材を単純な形状の軸部及び中空材で構成することができるため、軸部材の加工コストの低減を図ることができる。
【0015】
例えば、軸部材の端部に球面状凸部を形成し、この球面状凸部を相手材(例えばハウジングの内底面)と接触摺動させる、いわゆるピボット軸受でスラスト軸受部を構成する場合、軸部材の端部の球面状凸部とハウジングの内底面との間には空間が形成され(図2にPで示す)、この空間を含めた軸受内部の空間に潤滑剤が満たされる。このとき、軸部材を軸部と中空材とで構成し、中空材の端部を軸部の球面状凸部の外周まで延ばすと、軸部の球面状凸部が面する空間の一部を中空材で埋めることができる(図7参照)。これにより、軸受内部に満たされる潤滑剤の量を減じることができるため、潤滑剤の熱膨張を吸収するバッファ機能を果たすシール空間を縮小することが可能となり、軸受装置の薄型化、あるいはラジアル軸受部の軸受スパンの拡大による軸受剛性の向上を図ることができる。
【0016】
上記のような流体軸受装置は、軸部材の軸方向移動を高精度に制御することができるため、例えばHDD用スピンドルモータのような軸部材の軸方向移動可能量をできる限り高精度に管理したい用途に好適に使用することができる。
【発明の効果】
【0017】
以上のように、本発明によると、軸部材の軸方向移動可能量を高精度かつ低コストに制御することのできる流体軸受装置を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0019】
図1は、本発明の実施形態に係る流体軸受装置1を組込んだ情報機器用スピンドルモータの一構成例を概念的に示している。このスピンドルモータは、HDD等のディスク駆動装置に用いられるもので、ディスクハブ3を取付けた軸部材2を回転自在に支持する流体軸受装置1と、例えば半径方向のギャップを介して対向させたステータコイル4およびロータマグネット5と、モータブラケット6とを備えている。ステータコイル4はモータブラケット6の外周に取付けられ、ロータマグネット5はディスクハブ3の内周に取付けられている。流体軸受装置1のハウジング7は、モータブラケット6の内周に固定される。ディスクハブ3には、磁気ディスク等のディスク状情報記録媒体(以下、単にディスクという。)Dが1又は複数枚(図1では2枚)保持される。このように構成されたスピンドルモータにおいて、ステータコイル4に通電すると、ステータコイル4とロータマグネット5との間に発生する電磁力でロータマグネット5が回転し、これに伴って、ディスクハブ3およびディスクハブ3に保持されたディスクDが軸部材2と一体に回転する。
【0020】
流体軸受装置1は、図2に示すように、軸部材2と、内周に軸部材2を挿入したスリーブ部8と、スリーブ部8を外周から保持した有底筒状のハウジング7と、ハウジング7の開口部に設けられたシール部9とを主に備える。尚、以下の説明において、軸方向でハウジング7の開口側を上側、閉口側を下側とする。
【0021】
軸部材2は、例えばSUS鋼などの金属材料の旋削加工により形成され、スリーブ部8の内周に配された大径部2aと、大径部2aの上側に設けられた小径部2bとを一体に有する。大径部2aと小径部2bとの間には肩面2cが設けられると共に、軸部材2の下端部には球面状凸部2a2が設けられる。
【0022】
スリーブ部8は、例えば銅を主成分とする焼結金属の多孔質体で円筒状に形成される。この他、スリーブ部8を他の金属や樹脂、あるいはセラミック等で形成することも可能である。
【0023】
スリーブ部8の内周面8aの全面又は一部円筒領域には、ラジアル動圧発生部として、例えば図3に示すように、複数の動圧溝8a1、8a2をヘリングボーン形状に配列した領域が軸方向に離隔して2箇所形成される。この動圧溝8a1、8a2の形成領域は、ラジアル軸受面として軸部材2の大径部2aの外周面2a1と対向し、軸部材2の回転時には、外周面2a1との間にラジアル軸受隙間を形成し、後述するラジアル軸受部R1、R2を形成する(図2を参照)。また、上側の動圧溝8a1の形成領域では、動圧溝8a1が、上下の傾斜溝間に形成された環状の平滑部に対して軸方向非対称に形成されており、環状平滑部より上側領域の軸方向寸法X1が下側領域の軸方向寸法X2よりも大きくなっている(X1>X2)。
【0024】
スリーブ部8の外周面8dには、軸方向に延びる溝8d1が軸方向全長に亘って1又は複数本形成される。また、スリーブ部8の下側端面8cには、径方向に延びる溝8c1が1又は複数本形成される。これら軸方向溝8d1及び径方向溝8c1は、スリーブ部8をハウジング7の内周に固定した状態では、対向するハウジング7の内周面7a1及び内底面7b1との間に潤滑油の連通経路を構成する(図2を参照)。これら軸方向溝8d1及び径方向溝8c1は、例えばスリーブ部8本体をなす圧粉体の成形型に予め軸方向溝8d1及び径方向溝8c1に対応する箇所を設けておくことで、スリーブ部8本体の圧粉体成形と同時に成形することができる。
【0025】
ハウジング7は、液晶ポリマー(LCP)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)等の結晶性樹脂、あるいはポリフェニルサルフォン(PPSU)、ポリエーテルサルフォン(PES)、ポリエーテルイミド(PEI)等の非晶性樹脂をベース樹脂とする樹脂組成物で射出成形され、有底筒状に形成される。本実施形態では、図2に示すように、側部7aと、側部7aの下端部を閉塞する底部7bとが一体に成形される。ハウジング7を形成する上記樹脂組成物としては、例えば、ガラス繊維等の繊維状充填材、チタン酸カリウム等のウィスカ状充填材、マイカ等の鱗片状充填材、カーボン繊維、カーボンブラック、黒鉛、カーボンナノマテリアル、各種金属粉等の繊維状または粉末状の導電性充填材など、目的に応じて上記ベース樹脂に適量配合したものが使用可能である。
【0026】
ハウジング7の射出材料は上記に限らず、例えば、マグネシウム合金やアルミニウム合金等の低融点金属材料が使用可能である。また、金属紛とバインダーの混合物で射出成形した後、脱脂・焼結するいわゆるMIM成形や、金属材料、例えば真ちゅう等の軟質金属のプレス成形でハウジング7を形成することもできる。また、ハウジング底部7bは、必ずしも側部7bと一体にする必要はなく、側部7aと別体に形成することもできる。
【0027】
ハウジング7の内周面7a1には、スリーブ部8の外周面8dが、例えば接着(ルーズ接着や圧入接着を含む)、圧入、溶着等の適宜の手段で固定される。
【0028】
ハウジング7の内底面7b1は、軸部材2の下端部の球面状凸部2a2を接触支持するスラスト軸受部Tとして機能する。本実施形態では、このようにハウジング7に直接スラスト軸受部Tを形成しているが、これに限らず、例えば耐摩耗性、摺動特性が良好な樹脂材料や焼結材料等で別途形成したスラストワッシャをハウジング7の内底面に配し、このスラストワッシャにスラスト軸受部Tを形成しても良い。この場合、ハウジング7は軸部材2と接触摺動することがなくなるため、ハウジング7に耐摩耗性が不要となり、ハウジング7の材料選択の幅が広がる。
【0029】
シール部9は、金属材料や樹脂材料で環状に形成され、ハウジング7の側部7aの上端部内周に例えば圧入、圧入接着等により固定される。シール部9の内周面9aは、上方へ向けて漸次拡径したテーパ面状に形成される。シール部9をハウジング7の内周に固定した状態で、シール部9の内周面9aは軸部材2の小径部2bの外周面2b1と対向し、これらの間に下方へ向けて半径方向寸法が漸次縮小する環状のシール空間Sが形成される。シール部9で密封されたハウジング7の内部空間には、潤滑流体として例えば潤滑油が注油され、ハウジング7内が潤滑油で満たされる(図2中の散点領域)。この状態で、潤滑油の油面はシール空間Sの範囲内に維持される。このとき、図2の拡大図で示すように、シール部9の下側端面9bの内周チャンファ9b1と軸部材2の小径部2bの外周面2b1との間の空間や、スリーブ部8の上側端面8bの内周チャンファ8c1と軸部材2の大径部2aの外周面2a1との間の空間も潤滑油で満たされる。
【0030】
シール部9の下側端面9bとスリーブ部8の上側端面8bとの間には第1の軸方向隙間L1が形成される。また、シール部9の下側端面9bと軸部材2の肩面2cとの間には第2の軸方向隙間L2が形成され、この第2の軸方向隙間L2が軸部材2の軸方向移動可能量となる。このように、シール部9とスリーブ部8との間に第1の軸方向隙間L1を設け、両者を非接触とすることにより、軸部材2の軸方向移動可能量、すなわち第2の軸方向隙間L2を、スリーブ部の加工精度によらず、シール部9の位置精度によってのみ管理することができる。
【0031】
また、本実施形態のように、流体軸受装置1をHDDのスピンドルモータ用として使用する場合は、ディスクとヘッドとの干渉を防止するために、第2の軸方向隙間L2を30μm以下、好ましくは20μm以下に設定することが望ましい。さらに、第2の軸方向隙間L2は、シール空間Sのうち、最も小さい径方向寸法L3と同じかそれよりも小さく設定することが望ましい(L2≦L3)。これにより、第2の軸方向隙間L2において、シール空間Sと同等かそれよりも大きな毛細管力が得られるため、潤滑油の外部への漏れ出しをより確実に防止することができる。
【0032】
第2の軸方向隙間L2の設定は、例えば以下のようにして行うことができる。まず、図4(a)に示すように、スリーブ部8及び軸部材2をハウジング7の内周に収容する。具体的には、ハウジング7の内周にスリーブ部8を挿入し、スリーブ部8の下側端面8cをハウジング7の内底面7b1に当接させ、スリーブ部8をハウジング7の内周面7a1に固定する。このスリーブ部8の内周に軸部材2を挿入し、ハウジング7の内底面7b1に軸部材2の下端の球面状凸部2a2を当接させる。この状態で、軸部材2の肩面2cがスリーブ部8の上側端面8bよりも上方(ハウジング開口側)に位置するように、軸部材2の大径部2a及びスリーブ部8の軸方向寸法を予め設計しておく。
【0033】
次いで、図4(b)に示すように、シール部9をハウジング7の内周面7a1に上方から挿入し、下側端面9bを軸部材2の肩面2cに当接させる。その後、図4(b)に矢印で示すように軸部材2をハウジング7に対して引き上げることにより、軸部材2の肩面2cと係合したシール部9を、図2に示す第2の軸方向隙間L2の分だけハウジング7に対して上方へ移動させる。この状態で、シール部9をハウジング7の内周面7a1に固定することにより、第2の軸方向隙間L2が設定される。シール部9とハウジング7は、例えば圧入により固定され、この場合、軸部材2を所定量だけ引き上げた時点でシール部9の位置決め及び固定が完了する。このとき、両者の嵌合面に接着剤を介在させておくと、固定強度が高められると共に、ユニット内部からの油の漏れを確実に防止できる。また、シール部9をハウジング7に挿入する前に接着剤を塗布すれば、接着剤が潤滑剤として機能し、シール部9の挿入および移動を容易化することができる。
【0034】
この方法によると、軸部材2の軸方向移動可能量となる第2の軸方向隙間L2を、軸部材2の引き上げ量により高精度に設定することができる。すなわち、軸部材2の軸方向移動可能量を、スリーブ部8の加工精度ではなく、軸部材2の引き上げ量により直接的に管理することができる。従って、軸部材2の軸方向移動可能量を精度良く管理できると共に、スリーブ部8の加工精度が緩和され、製造コストを低減できる。
【0035】
上記構成の動圧軸受装置1において、軸部材2の回転時、スリーブ部8のラジアル軸受面(内周面8aの動圧溝8a1、8a2形成領域)は、軸部材2の大径部2aの外周面2a1とラジアル軸受隙間を介して対向する。軸部材2の回転に伴い、上記ラジアル軸受隙間の潤滑油が動圧溝8a1、8a2の軸方向中心の環状平滑部側に押し込まれ、その圧力が上昇する。このような動圧溝8a1、8a2の動圧作用によって、軸部材2をラジアル方向に非接触支持する第1ラジアル軸受部R1と第2ラジアル軸受部R2とが構成される。
【0036】
同時に、軸部材2の下端に設けられた球面状凸部2a2とスラスト軸受部Tとしてのハウジング7の内底面7b1とが接触摺動することにより、軸部材2がスラスト方向に接触支持される。
【0037】
また、スリーブ部8の外周面8dに形成された軸方向溝8d1、及び下側端面8cに形成された径方向溝8c1により、スリーブ部8とハウジング7との間に連通経路が形成される。この連通経路の一端は第1の軸方向隙間L1に開口し、他端は軸部材2の下端部が面する空間、詳しくは、ハウジング7の内底面7b1と軸部材2の球面状凸部2a2との間の空間Pに開口する。これにより、ハウジング閉塞側に形成された前記空間Pが、前記連通経路、第1の軸方向隙間L1、さらに第2の軸方向隙間L2を介して、シール空間Sと連通するため、前記空間Pに満たされた潤滑油に局部的な負圧が発生する事態が回避され、気泡の生成による軸受性能の低下を防止することができる。
【0038】
また、この実施形態では、第1ラジアル軸受部R1の動圧溝8a1は、軸方向中間部の環状平滑部に対して軸方向非対称(X1>X2)に形成されているため(図3参照)、軸部材2の回転時、動圧溝8a1による潤滑油の引き込み力(ポンピング力)は上側領域が下側領域に比べて相対的に大きくなる。そして、この引き込み力の差圧によって、スリーブ部8の内周面8aと軸部材2の大径部2aの外周面2a1との間の隙間に満たされた潤滑油が下方に流動し、ハウジング7の閉塞側の空間P→径方向溝8c1→軸方向溝8d1→第1の軸方向隙間L1という経路を循環して、第1ラジアル軸受部R1のラジアル軸受隙間に再び引き込まれる。このように、軸受内部の潤滑油を強制的に流動循環させることで、潤滑油に局部的な負圧が発生する事態をより効果的に防止することができる。尚、潤滑油を上記経路と逆向きに循環させたい場合は、例えば動圧溝8a1のアンバランスを図3に示す例とは反対向き、すなわちX1<X2となるように形成すればよい。また、上記のように軸受内部の潤滑油を強制的に循環させる必要がない場合は、動圧溝8a1、8a2の双方をそれぞれ軸方向対称に形成してもよい。
【0039】
本発明の実施形態は上記に限られない。尚、以下の説明において、上記の実施形態と同様の構成、機能を有する部位には同一の符号を付し、説明を省略する。
【0040】
図5に他の実施形態に係る動圧軸受装置1を示す。この動圧軸受装置1は、軸部材2の肩面2cと軸受スリーブ8の上側端面8bの軸方向位置が同じである点、また、軸受スリーブ8の下側端面8cとハウジング7の内底面7b1との間に軸方向隙間L4が形成されている点で、上記の実施形態と構成を異にする。軸方向隙間L4を適宜設定すれば、この軸方向隙間L4でハウジング閉塞側の空間Pとシール空間Sとを連通する連通経路の一部を構成することができる。この場合、図2の実施形態で軸受スリーブ8の下側端面8cに形成していた径方向溝8c1が不要となるため、軸受スリーブ8の形状を簡略化することができる。
【0041】
上記の動圧軸受装置1の組立方法を、図6に基づいて説明する。まず、軸部材2の小径部2bの外周面2b1とシール部材9の内周面9aとを嵌合し、シール部材9の端面9bと軸部材2の肩面2cとを当接させる。この軸部材2及びシール部材9を図5に示す状態と上下反対となるように倒立させ、円筒状の台10の端面10aの上に載置する(図6(a)参照)。次に、軸部材2の大径部2aの外周面2a1と軸受スリーブ8の内周面8aとを嵌合し、軸受スリーブ8の端面8bとシール部材9の端面9bを当接させる(図6(b)参照)。このとき、軸受スリーブ8の一方の端面8bと軸部材2の肩面2cとが同じ軸方向位置にあり、且つ、軸部材2の球面状凸部2a2が軸受スリーブ8の他方の端面8cから僅かに突出した状態となる。
【0042】
さらに、軸受スリーブ8の外周面8dとハウジング7の内周面7a1とを嵌合し、軸部材2の球面状凸部2a2とハウジング7の内底面7b1とを当接させる(図6(c)参照)。このとき、軸受スリーブ8の端面8cとハウジング7の内底面7b1との間には軸方向隙間L4が形成される。この状態でハウジング7と軸受スリーブ8とを固定し、このユニットを台10から外して図6(d)の状態とする。その後、軸部材2をハウジング開口側へ引っ張ってシール部材9を移動させることにより、シール部材9と軸受スリーブ8との間に第1の軸方向隙間L1を形成すると共に、シール部9と軸部材2の肩面2cとの間に第2の軸方向隙間L2を形成する。このとき、軸部材2の肩面2cと軸受スリーブ8の上側端面8bが同じ軸方向位置にあるため、第1の軸方向隙間L1と第2の軸方向隙間L2は等しくなる(L1=L2)。この位置でシール部材9をハウジング7に固定することにより、第1及び第2の軸方向隙間L1、L2が決定される。
【0043】
また、本発明の実施形態に係る流体軸受装置1の構成は上記に限られない。上記の実施形態では段付き状の軸部材2を一体に形成しているが、これに限らず、例えば図7に示すように、軸部材2をストレートの軸状の軸部21と中空材22とで構成してもよい。図示例では、軸部21の下端部に球面状凸部21bが形成され、軸部21の外周面21aに円筒状の中空材22の内周面22bが固定される。中空材22の外周面22aはラジアル軸受隙間に面し、中空材22の上側端面22cが軸部材2の肩面を構成する。中空材22の下端部は、軸部21の外周面21aの下端部を越えて下方へ延び、軸部21の球面状凸部21bの外周まで達している。これにより、軸部材2の下端部とハウジング7の内底面7b1との間の空間Pの一部が中空材22で埋められ、例えば図2に示す構成と比べて軸受内部に満たされる潤滑油の量を減じることができる。従って、軸受内部に満たされた潤滑油の体積変化を吸収するシール空間Sが縮小され、シール部材9の軸方向寸法の縮小が可能となり、これにより軸受性能を維持したまま軸受装置1の軸方向寸法を縮小することができる。あるいは、軸受装置1の軸方向寸法を拡大することなく、ラジアル軸受部R1とR2との間隔(軸受スパン)を拡大して軸受剛性の向上を図ることができる。
【0044】
この軸部21及び中空材22からなる軸部材2は、圧入や接着、溶接など任意の方法で固定される。例えば溶接で固定する場合、軸部21の下端の球面状凸部21bの外径端と中空材22の内周面22bとの境界部を溶接すれば、溶融した材料を球面状凸部21bと中空材22の内周面22bとで形成される凹部Qで捕捉することができる。また、溶融した材料で凹部Qを埋めることにより、軸受内部の潤滑油量をさらに減じることができるため、シール空間Sがさらに縮小され、上記の軸受装置の縮小、あるいは軸受剛性の向上効果をより一層高めることができる。
【0045】
また、図2や図5に示す軸部材2は、軸部材2を一体に加工した後、大径部2aの外周面2a1、小径部2bの外周面2b1、及び肩面2cに研削加工を施して仕上げられる。このとき、小径部2bの外周面2b1と肩面2cとの境界部にヌスミ2dを形成しておけば、小径部2bの外周面2b1及び肩面2cを端部まで確実に研削することが可能となる。一方、図7に示すように軸部材2を軸部21及び中空材22の2部材で構成すれば、予め高精度に加工した上で両者を固定することができるため、ヌスミを形成する必要はない。尚、この場合、軸部21と中空材22とを固定した後に、ラジアル軸受隙間に面する中空材22の外周面22aを研削すれば、軸部21と中空材22の組み付け誤差を考慮した上で外周面22aを高精度に仕上げることができる。
【0046】
ハウジング7とスリーブ部8とが別体に形成されているが、これらを一体に形成してもよい。例えば、ハウジング7及びスリーブ部8を射出成形により一体に形成すれば、製造工程を省くことができるため、低コスト化を図ることができる。
【0047】
また、上記の実施形態では、ラジアル軸受隙間の潤滑流体に動圧作用を発生させる動圧発生部として、スリーブ部8の内周面8aにヘリングボーン形状の動圧溝8a1、8a2が形成されているが、これに限らず、例えばスパイラル形状の動圧溝やステップ軸受、あるいは多円弧軸受を採用してもよい。あるいは、スリーブ部8の内周面8a及び軸部材2の大径部2aの外周面2a1を共に円筒面状に形成し、いわゆる真円軸受を構成してもよい。
【0048】
また、上記の実施形態では、スラスト軸受部Tで軸部材2を接触支持する構成を示しているが、これに限られない。例えば、軸部材2の下端面とハウジング7の内底面7b1との間にスラスト軸受隙間を形成し、このスラスト軸受隙間の潤滑油の動圧作用で軸部材2を非接触支持するスラスト軸受部Tを構成してもよい。
【0049】
また、上記の実施形態では、スリーブ部8の内周面8aに動圧溝8a1、8a2を形成しているが、この面と軸受隙間を介して対向する軸部材2の大径部2aの外周面2a1に動圧溝を形成してもよい。
【0050】
また、上記の実施形態では、ラジアル軸受部R1、R2が軸方向で離隔して設けられているが、これらを軸方向で連続的に設けてもよい。あるいは、これらの何れか一方のみを設けてもよい。
【0051】
また、上記の実施形態では、動圧軸受装置1の内部に充満し、ラジアル軸受隙間に動圧作用を生じる流体として潤滑油を例示したが、それ以外にも各軸受隙間に動圧作用を発生可能な流体、例えば空気等の気体や、磁性流体、あるいは潤滑グリース等を使用することもできる。
【0052】
また、本発明の動圧軸受装置は、上記のようにHDD等のディスク駆動装置に用いられるスピンドルモータに限らず、光ディスクの光磁気ディスク駆動用のスピンドルモータ等、高速回転下で使用される情報機器用の小型モータ、レーザビームプリンタのポリゴンスキャナモータ等における回転軸支持用、あるいは電気機器の冷却ファン用のファンモータとしても好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】流体軸受装置を組み込んだHDD用スピンドルモータを示す断面図である。
【図2】流体軸受装置の断面図である。
【図3】スリーブ部の断面図である。
【図4】(a)、(b)は、第2の軸方向隙間の設定方法を示す断面図である。
【図5】他の例の流体軸受装置の断面図である。
【図6】(a)〜(d)は、流体軸受装置の組立方法の他の例を示す断面図である。
【図7】他の例の流体軸受装置の断面図である。
【図8】軸部材の肩面付近を拡大して示す断面図である。
【符号の説明】
【0054】
1 流体軸受装置
2 軸部材
2a 大径部
2b 小径部
2c 肩面
7 ハウジング
8 スリーブ部
8c1 径方向溝
8d1 軸方向溝
9 シール部
L1 第1の軸方向隙間
L2 第2の軸方向隙間
L3 シール空間の径方向寸法
R1,R2 ラジアル軸受部
T スラスト軸受部
S シール空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小径部、大径部、及びこれらの間に形成された肩面を有する軸部材と、内周に軸部材の大径部を挿入したスリーブ部と、軸部材の小径部の外周面との間に軸受内部の潤滑流体の外部への漏れ出しを防止するシール空間を形成すると共に、軸部材の肩面と軸方向で係合して軸部材の抜け止めを行うシール部と、軸部材の大径部の外周面とスリーブ部の内周面との間のラジアル軸受隙間に生じる流体膜で軸部材をラジアル方向に支持するラジアル軸受部と、軸部材をスラスト方向で支持するスラスト軸受部とを備えた流体軸受装置において、
シール部とスリーブ部との間に第1の軸方向隙間を形成したことを特徴とする流体軸受装置。
【請求項2】
シール部と軸部材の肩面との間に形成された第2の軸方向隙間が、シール空間の径方向寸法と同じかそれよりも小さい請求項1記載の流体軸受装置。
【請求項3】
第2の軸方向隙間が30μm以下である請求項1記載の流体軸受装置。
【請求項4】
スリーブ部と、スリーブ部を内周に収容したハウジングとの間に、一端を第1の軸方向隙間に開口し、他端を軸部材の下端部が面する空間に開口した連通経路を設けた請求項1記載の流体軸受装置。
【請求項5】
スリーブ部の端面及び外周面に形成した溝により前記連通経路を構成した請求項4記載の流体軸受装置。
【請求項6】
軸部材を、軸部と、軸部の外周面に固定した中空材とで形成し、中空材の端面で軸部材の肩面を構成した請求項1記載の流体軸受装置。
【請求項7】
軸部の端部に球面状凸部を形成し、この球面状凸部を接触支持することでスラスト軸受部を構成し、中空材の端部を軸部の球面状凸部の外周まで延ばした請求項6記載の流体軸受装置。
【請求項8】
HDD用スピンドルモータに用いる請求項1〜7の何れかに記載の流体軸受装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−68691(P2009−68691A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−160592(P2008−160592)
【出願日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】