説明

溶射皮膜形成方法及び溶射皮膜形成装置

【課題】作業時間及び使用する溶射用材料の増加を抑制しつつ、円形の穴の軸方向端部の膜厚を他の部位と同等とする。
【解決手段】溶射ガン5をシリンダボア3に対し回転させつつ軸方向に移動させた状態で、ボア内面3aに溶射皮膜7を形成する。その際、吸引装置49によりシリンダボア3内の空気を吸引してシリンダボア3内に空気を流し、溶射皮膜7への異物の巻き込みを防止する。シリンダボア3内での空気流速は、吸引側の軸方向端部の所定領域Aで速くなる傾向にあり、この速い流速やボア形状などの影響により溶射皮膜7が薄くなりがちな所定領域Aでの溶射用材料であるワイヤ11の溶射ガン5への供給速度を、他の部位より速くする。これにより、所定領域Aでの溶射皮膜7の膜厚を厚くして全体の膜厚を均一化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、供給される溶射用材料を溶融させつつ噴射する溶射ガンを、円形の穴内にて軸方向に移動及び回転させて該円形の穴内面に溶射皮膜を形成する溶射皮膜形成方法及び溶射皮膜形成装置に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関の出力・燃費・排気性能向上あるいは小型・軽量化といった観点から、アルミシリンダブロックのシリンダボア部に適用しているシリンダライナを廃止することへの設計要求は極めて高く、その代替技術の一つとして、アルミシリンダボア内面に鉄系材料からなる溶射皮膜を形成する溶射技術の適用が進められている(例えば、下記特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2006−291336号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ここで、溶射皮膜を形成する際には、溶射ガンを回転させつつシリンダボアの軸方向に移動させて行うが、その際、溶射皮膜内への酸化物などの異物の巻き込みを防止するために、上記した特許文献1に記載されているように、シリンダボア内に気体を流しながら行うことがある。
【0004】
このとき、例えばシリンダボアの軸方向一方の端部からファンなどの吸引装置により空気を吸引することでシリンダボア内に空気を流して気流を発生させると、シリンダボアの形状なども影響して吸引側の端部付近の流速が他の部位に比較して速くなる傾向にある。
【0005】
このような状況下では、上記した空気流速の速い側の端部付近における溶射皮膜の膜厚が、噴射された溶射用材料が空気によって流されることから他の部位よりも薄くなる場合がある。
【0006】
そのため現状では、溶射皮膜形成後のホーニング加工などの仕上げ加工後に規定の膜厚が得られるように、上記膜厚が薄くなる部位をさらに厚くする必要が生じ、これに対応して他の部位については必要以上の厚さとなってしまい、薄くなる部位を厚くするために全体の膜厚をさらに厚くすることによる溶射時間の増加や、その後の仕上げ加工時間の増加及び、使用する溶射用材料の増大を招くものとなる。
【0007】
そこで、本発明は、作業時間及び使用する溶射用材料の増加を抑制しつつ、円形の穴の軸方向端部の膜厚を他の部位と同等とすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、供給される溶射用材料を溶融させつつ噴射する溶射ガンを、円形の穴内にて軸方向に移動及び回転させて該円形の穴内面に溶射皮膜を形成する際に、溶射ガンによる円形の穴内面に対する単位面積当たりの溶射用材料の噴射量を、円形の穴の軸方向端部で他の部位より多くすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、溶射皮膜の膜厚が薄くなりやすい円形の穴の軸方向端部で、溶射用材料の噴射量を他の部位より多くすることで、円形の穴内面に対する溶射皮膜が全体として均一化する。この際、溶射用材料の噴射量の増加を円形の穴の軸方向端部でのみ行っているので、薄くなりやすい部位を厚くするために全体の膜厚をさらに厚くすることによる溶射時間の増加や、仕上げ加工時間の増加及び、使用する溶射用材料の増加を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づき説明する。
【0011】
図1は、本発明の第1の実施形態に係わる溶射皮膜形成装置を示す簡略化した全体構成図であり、エンジンのアルミ合金製のシリンダブロック1におけるシリンダボア3のボア内面3aに、溶射ガン5を用いて溶射皮膜7を形成している。ここで、シリンダボア3は円形の穴を構成し、ボア内面3aは円形の穴内面を構成している。
【0012】
溶射ガン5は、図1中で下端側に対応する先端側に溶射ノズル部9を備えており、この溶射ガン5内に、鉄系金属からなる溶射用材料であるワイヤ11を、図1中の上端から挿入して溶射ノズル部9まで供給する。
【0013】
溶射ガン5は、溶射ノズル部9側から回転部12,ガス配管接続部13,材料供給手段としてのワイヤ送給部15をそれぞれ備えている。回転部12のガス配管接続部13近傍の外周には従動プーリ17を設ける一方、溶射ガン移動手段としての回転駆動モータ19には駆動プーリ21を連結し、これら各プーリ17,21を連結ベルト23によって互いに連結する。回転駆動モータ19は、溶射ガン移動制御手段を含むコントローラ25によって駆動制御され、回転部12をその先端の溶射ノズル部9とともに回転させる。
【0014】
これら回転部12および溶射ノズル部9は、溶射ガン5内のワイヤ11を中心軸線として回転し、その際ワイヤ11が回転することはない。
【0015】
また、ワイヤ送給部15の上部に設けたガンベース51の側部には、ラック53を上下方向に延長して設け、ラック53には、溶射ガン5を軸方向に移動させる溶射ガン移動手段としての上下駆動モータ55によって回転するピニオン57を連結する。すなわち、上下駆動モータ55の駆動によってガンベース51とともに前記した溶射ガン5が上下動する。この上下駆動モータ55は前記したコントローラ25によって駆動制御される。
【0016】
なお、ガンベース51及び回転駆動モータ19は、装置本体側の図示しない支持フレームなどに対して上下方向に移動可能に支持されているものとし、上下駆動モータ55は上記の装置本体に固定されているものとする。
【0017】
また、溶射ガン5が上下方向に移動する際には、ガイドローラ41が適宜上下動してワイヤ11の供給に支障を来さないように制御している。
【0018】
ガス配管接続部13には、ガス供給源27から、水素とアルゴンとの混合ガスを供給する混合ガス配管29と、アトマイズエア(空気)を供給するアトマイズエア配管31とをそれぞれ接続する。混合ガス配管29によってガス配管接続部13内に供給された混合ガは、その下部の回転部12内に形成してある図示しない混合ガス通路を通って溶射ノズル部9まで供給される。同様にして、アトマイズエア配管31によってガス配管接続部13内に供給されたアトマイズエアは、その下部の回転部12内に形成してある図示しないアトマイズエア通路を通って溶射ノズル部9まで供給される。
【0019】
ここで、ガス配管接続部13内の図示しない混合ガス通路およびアトマイズエア通路と、ガス配管接続部13に対して回転する回転部12内の図示しない混合ガス通路およびアマイズエア通路とをそれぞれ連通させる必要がある。この場合の連通構造としては、例えばガス配管接続部13内の混合ガス通路およびアトマイズエア通路の各下端部を環状通路とし、この環状通路に、回転部12内の上下に延びる混合ガス通路およびアトマイズエア通路の上端をそれぞれ連通させることが考えられる。これにより、回転部12がガス配管接続部13に対して回転しても、回転部12内の混合ガス通路およびアトマイズエア通路とガス配管接続部13内の混合ガス通路およびアトマイズエア通路とがそれぞれ常時連通することになる。
【0020】
ワイヤ送給部15は、コントローラ25から規定の回転数信号の入力を受けて回転してワイヤ11を溶射ノズル部9に向けて順次送給する一対の送りローラ33を備えている。また、ワイヤ11は、ワイヤ収納容器35に収納してあり、ワイヤ収納容器35の上部の引出口35aから引出したワイヤ11を、一対の送りローラ37を備える材料供給手段としての容器側ワイヤ送給部39により、ガイドローラ41を経て溶射ガン5に向けて送り込む。
【0021】
この容器側ワイヤ送給部39及び前記したワイヤ送給部15は、前記したコントローラ25によって駆動制御される。すなわち、このコントローラ25は、図示しないモータなどの駆動手段によって送りローラ33,37の回転数を制御してワイヤ11の供給速度を調整する材料供給量調整手段を含んでいる。
【0022】
溶射ノズル部9は、内部に図示しないカソード電極を備え、このカソード電極とアノード電極となるワイヤ11の先端11aとの間に電圧を印加するとともに、ガス供給源27から溶射ガン5に供給した混合ガスを図示しない混合ガス放出口から放出することで、図示しないアークを発生させて点火し、アークの熱によってワイヤ11の先端11aを溶融させる。
【0023】
この際ワイヤ11を、その溶融に伴って、容器側ワイヤ送給部39およびワイヤ送給部15を駆動して前方に順次送給する。これとともに、ガス供給源27から溶射ガン7に供給したアトマイズエアを、上記した混合ガス放出口の近傍にある図示しない開口からワイヤ11の先端11a付近に向けて放出し、上記したワイヤ11の溶融物、すなわち溶融材料を噴霧43として前方へ向けて移動させて付着させ、これによりシリンダボア3のボア内面3aに前記した溶射皮膜7を形成する。
【0024】
また、ワイヤ11は、図示していないが、回転部12の下端に設けてある円筒形状の上部ワイヤガイド内に移動可能に挿入されている。
【0025】
このように構成した溶射皮膜形成装置は、溶射ガン5を、シリンダボア3内に挿入して回転させつつシリンダボア3の中心軸線方向(軸方向)に移動させることで、ボア内面3aに向けて、噴霧43を噴射して溶射皮膜7を形成する。この際溶射ガン5は、溶射皮膜7が所定の膜厚となるよう、シリンダボア3のほぼ全長にわたる領域を軸方向に例えば5回程度往復移動させる。なお、この往復回数は5回に限定するものではなく、また往復させずに、一方向への1回の移動であってもよい。
【0026】
また、上記したシリンダブロック1は、支持台45上に設置固定してあり、支持台45は、シリンダボア3に連通する貫通孔45aを備えている。そして、支持台45の下部に接続したダクト47の途中にファンなどを備える吸引装置49を設け、前記した溶射皮膜形成時に、この吸引装置49を作動させることで、シリンダボア3内に気体である空気を流し、溶射皮膜7内への酸化物などの異物の巻き込みを防止している。
【0027】
ここで、本実施形態では、シリンダボア3内に流れる空気は、吸引側であるシリンダボア3の軸方向端部に相当する軸方向所定領域A(軸方向長さとして約20mm)が、通路面積が小さくなっている部位Bがその下部に形成されていることもあって、シリンダボア3内における他の部位(領域)に比較して流速が速くなっており、この軸方向所定領域Aにおいて、溶射ガン5による溶射用材料のボア内面3aに対する単位面積(長さ)当たりの噴射量を他の部位に比較して多くしている。
【0028】
具体的には、他の部位における溶射ガン5へのワイヤ11の供給(送り)速度をγ[cm/min]とすると、所定領域Aの供給(送り)速度を、γ×1.5[cm/min]程度と速くする。
【0029】
すなわち、溶射ガン5をシリンダボア3の中心位置にて回転させつつ適宜回数往復移動させて溶射皮膜7を形成する際に、溶射ノズル部9の先端(下端)が、シリンダボア3の例えば図1中で下端部の所定領域Aに対応する位置にあるときに、ワイヤ送給部15,39における送りローラ33,35の回転数を高めてワイヤ11の送り量(供給量)を増大させる。
【0030】
これにより、シリンダボア3内において空気流速が他の部位よりも速くなっている下端部の所定領域Aの溶射皮膜7の膜厚が、他の部位に比較して薄くなることを抑えることができる。図2は、上記のようにして形成した溶射皮膜7の周辺部位を拡大して示しており、所定領域Aの膜厚が他の部位とほぼ同等であり、全体として均一となっていることが分かる。
【0031】
なお、所定領域Aにおいて、溶射ガン5による溶射用材料の噴射量を他の部位に対して増大させずに同等とした場合には、図2の二点鎖線で示すように、所定領域Aの膜厚が他の部位に比較して薄くなってしまい、この薄くなる領域をさらに厚くすべくシリンダボア3の全長に対する溶射ガン5の往復移動回数を増加させると、それより上部の他の部位の膜厚が必要以上に厚くなって溶射用材料の使用量の増加及び溶射時間の延長を招く。
【0032】
そして、溶射皮膜形成後は、図示しないホーニング加工装置などによって、図2中の破線で示すような規定膜厚Cとなるように溶射皮膜7の表面を仕上げ加工する。
【0033】
なお、図2では、溶射皮膜7を形成する前には、ボア内面3aに凹凸部3bを形成して粗面化加工を施してあり、これにより溶射皮膜7の密着度を高めている。
【0034】
本実施形態では、溶射皮膜7の膜厚を全体として均一にできることから、上記した仕上げ加工では、規定の膜厚Cとなるまでの取り代を極力少なくすることが可能であり、したがって仕上げ加工時間を短縮できるとともに、溶射用材料の使用量についても全体として削減することができる。
【0035】
また、本実施形態では、所定領域Aのみにおいて溶射用材料の噴射量を増大させているので、薄くなりがちな所定領域Aの膜厚を厚くするために所定領域Aを含む全体の膜厚をさらに厚くすることによる溶射時間の増加も抑えることができる。
【0036】
この際、本実施形態では、所定領域Aでの溶射ガン5へのワイヤ11の供給(送り)速度を他の部位に比較して速くすることで噴射量を増加させており、溶射ガン5の移動速度は一定であるので、溶射時間としては現状と変わりなく、溶射時間の増加を回避している。
【0037】
本発明の第2の実施形態として、上記した第1の実施形態における所定領域Aでのワイヤ11の供給速度を速くする代わりに、所定領域Aでの溶射ガン5の移動速度を他の部位よりも遅くして溶射皮膜7を形成する。換言すれば、所定領域Aにおける溶射ガン5の移動方向の単位長さ当たりの滞留時間を、他の部位よりも長くしていることになる。
【0038】
例えば、他の部位における溶射ガン5の軸方向速度をβ[mm/min]とすると、所定領域Aの軸方向移動速度は最大でβ×0.9[mm/min]とする。
【0039】
この溶射ガン5の遅くする移動速度は、軸方向移動速度のみでもよく(このとき回転移動速度は一定)、回転移動速度のみでもよく(このとき軸方向移動速度は一定)、また軸方向移動速度と回転移動速度の双方でもよい。
【0040】
上記したように、所定領域Aでの溶射ガン5の移動速度を他の部位よりも遅くすることで、所定領域Aでの溶射ガン5による溶射用材料のボア内面3aに対する単位面積(長さ)当たりの噴射量が他の部位に比較して多くなり、シリンダボア3内において空気流速が他の部位よりも速くなっている所定領域Aの溶射皮膜7の膜厚が、他の部位に比較して薄くなることを抑えることができる。
【0041】
これにより、第1の実施形態と同様に、図2に示したように、所定領域Aの膜厚が他の部位とほぼ同等となって全体として均一化でき、第1の実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0042】
本発明の第3の実施形態として、上記した第1の実施形態における所定領域Aでのワイヤ11の供給速度を速くする代わりに、所定領域Aでの溶射ガン5の移動を一旦停止させる。この第3の実施形態にあっても、第2の実施形態と同様に、所定領域Aにおける溶射ガン5の移動方向の単位長さ当たりの滞留時間を他の部位よりも長くしていることになる。
【0043】
上記した溶射ガン9の移動の一旦停止動作としては、例えば溶射ガン5の回転移動は継続して行い、その過程で軸方向移動を一旦停止させる。一旦停止後は、再度軸方向移動を開始し、この一旦停止及び再開移動の動作を繰り返して行う。
【0044】
これにより、所定領域Aの溶射皮膜7の膜厚が、他の部位に比較して薄くなることを抑えることができる。
【0045】
これにより、第1,第2の各実施形態と同様に、前記図2に示したように、所定領域Aの膜厚が他の部位とほぼ同等となって全体として均一化することができ、第1,第2の実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0046】
なお、上記した第1,第2,第3の各実施形態によるシリンダボア3における所定領域Aでの溶射動作は、それぞれ単独で行ってもよいし、適宜組み合わせて行ってもよい。例えば、所定領域Aにおいて、溶射用材料であるワイヤ11の供給速度を速くする動作(第1の実施形態)と、溶射ガン5の移動速度を遅くする動作(第2の実施形態)とを同時に行ってもよい。
【0047】
次に、本発明の第4の実施形態について説明する。第4の実施形態は、前記したシリンダボア3の軸方向端部の所定領域Aにおいて、溶射ガン5の軸方向の移動回数を他の領域に比較して多くしている。
【0048】
具体的には、溶射ガン5を、前述したようにシリンダボア3内における軸方向全長にわたる領域に対して例えば5回往復移動させ、それぞれの1回の往復移動の際に、前記した所定領域Aにおいて、さらに3回往復移動させる。したがって、溶射ガン5をシリンダボア3の軸方向全長を5回往復移動させるとすると、所定領域Aにおいては15回往復移動することになる。
【0049】
図3(a)は、シリンダボア3の軸方向の全長をαとし、この全長αに対して溶射ガン5を1回往復移動させた際の移動形態を示している。
【0050】
すなわち、溶射ガン5を、シリンダボア3の軸方向一方の端部(図3中で上端部)Pから他方の端部(図3中で下端部)Qまでの領域を下方に向けて往路移動させた後、所定領域Aにおいて往復移動を3回行う。
【0051】
なお、所定領域Aでの往復移動においては、図3(a)中で上方の位置Rに向かう移動が往路であり、位置Rから下方に向かう移動が復路となる。この所定領域Aでの3回の往復移動後の下端部Qからは、全長αにおける上方に向かう復路移動を行って上端部Pまで移動する。
【0052】
このような図3(a)に示す溶射ガン5の移動動作が、シリンダボア3の軸方向の全長αに対する1回の往復移動に相当し、この往復移動を5回繰り返す。なお、この全長αの往復移動及び所定領域Aでの往復動作は、5回及び3回にそれぞれ限定するものではなく1回でもよい。
【0053】
また、全長αでの往復移動を1回とした場合、もしくは複数回往復移動させたときの最後の往復移動においては、下端部Qから上端部Pへ向かう復路移動を行わず、上端部Pから下端部Qに向かう一方向の移動を1回行うだけでもよい。このときの所定領域Aにおいても、下端部Qから上方の位置Rに向かう移動動作を1回行うだけでもよい。
【0054】
要するに、溶射ガン5のシリンダボア3内での軸方向の移動回数を、シリンダボア3の軸方向端部における所定領域Aで他の領域より多くすればよい。
【0055】
これにより、シリンダボア3内において空気流速が他の部位よりも速くなっている下端部における所定領域Aに対する噴霧43の単位面積当たりの噴射量が他の領域よりも多くなり、該所定領域Aの溶射皮膜7の膜厚が、他の領域に比較して薄くなることを回避することができる。この結果、前記図2に示したように、所定領域Aの膜厚が他の領域とほぼ同等となり、全体として均一とすることができる。
【0056】
この際、溶射ガン5の移動回数の増加を、シリンダボア3の軸方向端部における所定領域Aでのみ行っているので、溶射時間の増加及び使用する溶射用材料の増加を抑えることができるとともに、他の領域の膜厚が必要以上に厚くなることを防止して仕上げ加工時間の増加を抑えることができる。
【0057】
なお、所定領域Aでの溶射ガン5の移動回数を他の領域に対して増加させずに同等とした場合には、図2の二点鎖線で示すように、所定領域Aの膜厚が他の領域に比較して薄くなってしまい、この薄くなる領域をさらに厚くすべく全長αの領域に対する往復移動回数を増加させると、それより上部の他の領域の膜厚が必要以上に厚くなってワイヤ11の使用量の増加及び溶射時間の延長を招く。
【0058】
そして、溶射皮膜形成後は、図示しないホーニング加工装置などによって、図3中の破線で示すような規定膜厚Cとなるように溶射皮膜7の表面を仕上げ加工する。
【0059】
したがって、本実施形態においても、溶射皮膜7の膜厚を全体として均一にできることから、上記した仕上げ加工では、規定の膜厚Cとなるまでの取り代を極力少なくすることが可能であり、したがって仕上げ加工時間を短縮できるとともに、溶射用材料の使用量についても全体として削減することができる。
【0060】
また、本実施形態では、所定領域Aにおいてのみ溶射ガン5の移動回数を他の領域よりも多くしているので、薄くなりがちな所定領域Aの膜厚を厚くするために所定領域Aを含む全体の膜厚をさらに厚くすることによる溶射時間の増加も抑えることができる。
【0061】
図3(b)は、上記した図3(a)に対して所定領域Aでの溶射ガン5の往復動作を変更した例を示す。これは、所定領域Aでの3回の往復移動のうち2回目の往復移動のみを、位置Rを超えて位置Sまで移動させ、その前後の往復移動については、図3(a)と同様に位置Rと下端部Qとの間の移動とする。
【0062】
ところで、図2の二点鎖線で示す、所定領域Aでの溶射皮膜7の膜厚は、所定領域Aにおける上端部に相当する位置Rが概ね最も厚く、この位置Rから下端部Qに向けて徐々に薄くなる傾向にある。
【0063】
ここで、上記図3(a)の所定領域Aでの溶射ガン5の往復移動は、所定領域Aよりも上方の膜厚が充分となる領域がさらに厚くならないように、なるべく上記徐々に薄くなっている領域を重点的に噴射する必要があるので、この徐々に薄くなっている領域に対して行う必要がある。
【0064】
このため、膜厚が薄くなり始める所定領域Aの最上端部で部分的に噴射量が足りない場合が発生し、その部位に凹部が形成されることがある。したがって、この凹部を埋めるために、上記図3(b)のように所定領域Aでの2回目の往復移動の際には位置Rを越えて位置Sまで移動させている。これにより、所定領域Aでの膜厚がより均一化することになる。
【0065】
なお、図3(b)では、溶射ガン5を、所定領域Aでの3回の往復移動のうち2回目に位置Sまで移動させているが、2回目に代えて3回目もしくは1回目に位置Sまで移動させてもよい。
【0066】
また、図3(c)に示すように、溶射ガン5を、所定領域Aでの3回の往復移動のうち3回目に位置Sまで移動させ、それまでの2回の往復移動での上方への停止位置(上死点位置)を徐々に位置Sに近づくようにしてもよい。その際、図3(c)では1回目の上死点を位置Rまでとしているが、2回目の上死点を位置Rまでとしてもよい。
【0067】
以上のように、所定領域Aにおいて、溶射ガン5を複数回往復移動させる際のそれぞれの往路移動での軸方向の停止位置を互いに異ならせることで、所定領域Aの膜厚をより均一化することができる。
【0068】
なお、上記した第4の実施形態では、溶射ガン5の軸方向の移動速度及び回転移動速度は一定としているが、図3に示すような所定領域Aもしくはその付近での溶射ガン5の往復移動の際には、軸方向の移動速度と回転移動速度の少なくとも一方を他の領域に対して速くしてもよい。
【0069】
例えば、図3中でPとRとの間の移動速度V1に対し、RとQとの間の移動速度V2の速度を速くする。この際、PからRを経てQに到達する直前まで移動速度V1を維持し、その後Qに到達する直前から移動速度V2としてもよい。また、QからRを経てPに向けて移動するときの、QからRに向かう移動直後に移動速度V1としてもよい。
【0070】
上記したように、溶射ガン5の軸方向の移動速度と回転移動速度のいずれか一方もしくは両方を、所定領域Aで他の領域に比較して速くすることで、噴霧43のボア内面3aに対する塗布むらの発生を抑え、より均一化した溶射皮膜7を得ることができる。
【0071】
なお、上記した第4の実施形態と前記した第1〜第3の各実施形態を適宜組み合わせて実施することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】本発明の第1の実施形態に係わる溶射皮膜形成装置を示す簡略化した全体構成図である。
【図2】溶射皮膜の周辺部位を拡大して示す断面図である。
【図3】(a)はシリンダボアの軸方向全長に対して溶射ガンを1回往復させた際の軸方向の移動形態を示す動作説明図、(b)は(a)に対する他の例を示す動作説明図、(c)は(a)に対するさらに他の例を示す動作説明図である。
【符号の説明】
【0073】
A ボア内面の所定領域(円形の穴の軸方向端部)
3 シリンダボア(円形の穴)
3a ボア内面(円形の穴内面)
5 溶射ガン
7 溶射皮膜
11 ワイヤ(溶射用材料)
15 ワイヤ送給部(材料供給手段)
19 回転駆動モータ(溶射ガン移動手段)
25 コントローラ(材料供給量調整手段,溶射ガン移動制御手段)
39 容器側ワイヤ送給部(材料供給手段)
55 上下駆動モータ(溶射ガン移動手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
供給される溶射用材料を溶融させつつ噴射する溶射ガンを、円形の穴内にて軸方向に移動及び回転させて該円形の穴内面に溶射皮膜を形成する溶射皮膜形成方法において、前記溶射ガンによる前記円形の穴内面に対する単位面積当たりの溶射用材料の噴射量を、前記円形の穴の軸方向端部で他の部位より多くすることを特徴とする溶射皮膜形成方法。
【請求項2】
前記溶射ガンを前記円形の穴内にて軸方向に移動させる移動回数を、前記円形の穴の軸方向端部で他の部位より多くすることを特徴とする請求項1に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項3】
前記溶射ガンへの溶射用材料の供給速度を、前記円形の穴の軸方向端部で他の部位より速くすることで、前記円形の穴内面に対する単位面積当たりの溶射用材料の噴射量を、前記円形の穴の軸方向端部で他の部位より多くすることを特徴とする請求項1または2に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項4】
前記溶射ガンの軸方向の移動速度と回転速度との少なくともいずれか一方を、前記円形の穴の軸方向端部で他の部位より遅くすることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項5】
前記溶射ガンの軸方向の移動を、前記円形の穴の軸方向端部で一旦停止させることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項6】
前記溶射ガンの軸方向の移動速度と回転速度との少なくともいずれか一方を、前記円形の穴の軸方向端部で他の部位より速くすることを特徴とする請求項2または3に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項7】
前記溶射ガンの前記円形の穴の軸方向端部での移動として、前記軸方向端部から軸方向中央側に向かう往路と、該軸方向中央側から前記軸方向端部に向かう復路とからなる往復移動を複数回行い、これら複数回の往復移動のそれぞれの往路移動での軸方向の停止位置を互いに異ならせたことを特徴とする請求項2ないし6のいずれか1項に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項8】
前記溶射ガンの前記軸方向端部での往復移動を少なくとも2回行い、このうち2回目の往路移動の停止位置を1回目の往路移動の停止位置よりも軸方向中央側とすることを特徴とする請求項7に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項9】
前記溶射皮膜を形成する際に、前記円形の穴内に一方の軸方向端部から他方の軸方向端部に向けて気体を流し、この他方の軸方向端部の前記円形の穴内面に対する単位面積当たりの溶射用材料の噴射量を、他の部位より多くすることを特徴とする請求項1ないし8のいずれか1項に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項10】
供給される溶射用材料を溶融させつつ噴射する溶射ガンを、円形の穴内にて軸方向に移動及び回転させて該円形の穴内面に溶射皮膜を形成する溶射皮膜形成装置において、前記溶射ガンに溶射用材料を供給する材料供給手段を設け、この材料供給手段による材料供給量を、前記円形の穴の軸方向端部で他の部位より多くする材料供給量調整手段を設けたことを特徴とする溶射皮膜形成装置。
【請求項11】
供給される溶射用材料を溶融させつつ噴射する溶射ガンを、円形の穴内にて軸方向に移動及び回転させて該円形の穴内面に溶射皮膜を形成する溶射皮膜形成装置において、前記溶射ガンを移動させる溶射ガン移動手段を設け、この溶射ガン移動手段による溶射ガンの移動速度を、前記円形の穴の軸方向端部で他の部位より遅くする溶射ガン移動制御手段を設けたことを特徴とする溶射皮膜形成装置。
【請求項12】
溶射用材料を溶融させつつ噴射する溶射ガンを円形の穴内にて軸方向に移動及び回転させて該円形の穴内面に溶射皮膜を形成する溶射皮膜形成装置において、前記溶射ガンを軸方向に移動させる溶射ガン移動手段を設け、この溶射ガン移動手段による溶射ガンの前記円形の穴内での軸方向の移動回数を、前記円形の穴の軸方向端部における所定領域で他の領域より多くする溶射ガン移動制御手段を設けたことを特徴とする溶射皮膜形成装置。
【請求項13】
前記溶射ガン移動制御手段は、前記溶射ガンの移動を、前記円形の穴の軸方向端部で一旦停止させることを特徴とする請求項11または12に記載の溶射皮膜形成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−120941(P2009−120941A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−172160(P2008−172160)
【出願日】平成20年7月1日(2008.7.1)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】