説明

磁気スイッチング素子

【課題】低消費電力でありながら、磁化方向の高速スイッチングが可能な磁気スイッチング素子を提供する。
【解決手段】この磁気スイッチング素子100は、磁性酸化物層30と、上記磁性酸化物層30の一方面側に位置する非磁性電極層40と、上記磁性酸化物層30の他方面側に位置する磁性金属層20と、上記非磁性電極層40と上記磁性金属層20との間に正逆電圧を印加するための電極と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気スイッチング素子に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の磁気スイッチング素子は、たとえば、MRAMの書き込み駆動素子として利用される。たとえば、特許文献1に開示された従来のスイッチング素子は、電圧印加により磁性半導体層が常磁性から強磁性に転移し、磁性的に近接して設けられた強磁性層の固定された磁化方向に応じて磁性半導体層の磁化方向が決まるものである。
【0003】
この従来の磁気スイッチング素子は、上記から明らかなように、磁性半導体層の磁化方向は強磁性層に応じるため、磁性半導体層の磁性状態を比較的高速で切り換えることはできても、磁性半導体層の磁化方向を切り換えることはできない。
【0004】
一方、MRAMにおいて、フリー層の磁化方向を反転させることが望ましいが、一般的なMRAMにおいては、フリー層の磁化方向を反転させるために大きな電流密度が必要であるため、消費電力が大きくなるという難点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3583102号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の目的は、低消費電力でありながら、磁化方向の高速スイッチングが可能な磁気スイッチング素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、磁性酸化物層と、上記磁性酸化物層の一方面側に位置する非磁性電極層と、上記磁性酸化物層の他方面側に位置する磁性金属層と、上記非磁性電極層と上記磁性金属層との間に正逆電圧を印加するための電極と、を備える磁気スイッチング素子が提供される。上記非磁性電極層は酸化性であることが好ましく、上記磁性金属層は非酸化性であることが好ましい。
【0008】
たとえば、磁性酸化物層と磁性金属層の磁気結合状態が反平行結合状態(静磁気結合エネルギが支配的な状態)である場合、非磁性電極層に正電圧を印加することにより磁性酸化物層中の酸素イオンが非磁性電極層に引き寄せられる。この酸素イオンが非磁性電極層における磁性酸化物層との境界を酸化させ、この反応に由来する電子が外部回路を介して磁性金属層に注入される。この電子は、磁性酸化物層と磁性金属層との境界における磁性酸化物層中の磁性の発現に寄与するイオンの価数を変化させる。このようなイオンの価数の変化により、磁性酸化物層と磁性金属層との磁気的結合状態を反平行結合から平行結合に切り換えることができる。逆に、磁性金属層に正電圧を印加すると、上記のように価数が変化したイオンから電子が引き抜かれ、イオンの価数が元にもどり、上記のように切り換えられていた磁性酸化物層と磁性金属層との磁気結合状態がもとに戻る。
【発明の効果】
【0009】
このように、本発明に係る磁気スイッチング素子によれば、これにより、電圧駆動により、磁性酸化物層もしくは磁性金属層の磁化方向を高速で切り換えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明に係る磁気スイッチング素子の第1の実施形態の模式的断面図である。
【図2】図1に示す磁気スイッチング素子の作動状態説明図である。
【図3】本発明に係る磁気スイッチング素子の第2の実施形態の模式的断面図である。
【図4】図3に示す磁気スイッチング素子の作動状態説明図である。
【図5】本発明に係る磁気スイッチング素子を利用した磁気ヘッドの模式的断面図である。
【図6】図5に示した磁気ヘッドの作動状態説明図である。
【図7】本発明に係る磁気スイッチング素子を利用したMRAMの模式的断面図である。
【図8】図7に示したMRAMの作動状態説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の好ましい実施の形態として、図面を参照して具体的に説明する。
【0012】
図1、図2は、本発明の第1の実施形態に係る磁気スイッチング素子100を示している。図中、10はMgO単結晶や熱酸化膜が形成されたSiウエハなどからなる基板を、20は基板10上に形成された磁性金属層を、30は磁性金属層20上に形成された磁性酸化物層を、40は磁性酸化物層30上に形成された非磁性電極層を、それぞれ示す。
【0013】
非磁性電極層40は、常温で非磁性を示し、かつ、酸化性であることが好ましく、たとえば、Ta、Ti、Al、Cu、Zn、Cr、W、V、Mn、Zr、Nb、Mo、In、Sn、もしくはこれらの合金が用いられる。
【0014】
磁性酸化物層30は、常温で強磁性を示し、導電性をもつ酸化物層であり、結晶であると非結晶であるとは問われず、たとえば、Fe34などの鉄酸化物、LaSrMnO3やLaNiMnO3などのMn酸化物が用いられ、P型伝導性の磁性材料であることが好ましい。
【0015】
磁性金属層20は、常温で強磁性を示し、導電性をもつ層であり、非酸化性であることが望ましく、たとえば、Co、Fe、Ni、もしくはこれらの合金が用いられる。
【0016】
磁性金属層20、磁性酸化物層30および非磁性電極層40は、スパッタリング等の薄膜形成プロセスによって基板10上に順次積層して形成され、これらの各層20,30,40の厚みは、数nm〜数十nmとされる。なお、磁性酸化物層30と非磁性電極層40とは、ともに磁性を示す層であるため、これらは磁気的に結合することになる。これらの層の界面における磁性金属層20の酸化を防止するため、磁気的結合に影響を及ぼさない範囲で、たとえば、Pt極薄膜やC極薄膜などの非酸化性・非磁性膜を介在させてもよい。
【0017】
この磁気スイッチング素子100においては、電極20a,40aを介して、非磁性電極層40と磁性金属層20との間にたとえば3V程度の正逆の電圧を印加しうる外部回路50が接続される。
【0018】
次に、図1、図2を参照し、この磁気スイッチング素子100の作動メカニズムを説明する。
【0019】
磁性酸化物層30と磁性金属層20とは、ともに磁性を示すことから、反平行結合状態(静磁気結合エネルギが支配的な状態)もしくは平行結合状態(交換結合エネルギが支配的な状態)にある。反平行に結合するか、平行に結合するかは、両層20,30を構成する物質の物性や膜厚等により、両層20,30間に静磁気エネルギが支配的に作用するか、交換結合エネルギが支配的に作用するかに依る。
【0020】
この実施形態の場合、図1に示す初期状態においては、磁性酸化物層30と磁性金属層20とは反平行に結合している。すなわち、この状態において、磁性酸化物層30と磁性金属層20間には、交換結合エネルギよりも静磁気エネルギが支配的に作用していることになる。
【0021】
図2(a)に示すように、非磁性電極層40に正電圧を印加すると、磁性酸化物層30中の酸素イオン(陰イオン)が非磁性電極層40に引き寄せられ、この酸素イオンが非磁性電極層40との界面部30aにおいて、非磁性電極層40を酸化させる。このときに放出される電子は、外部回路50を介して磁性金属層20に注入される。磁性酸化物層30がP型伝導性の磁性体であると、この磁性酸化物層30に電子が入り込みにくい。また、磁性酸化物層30がP型伝導性の磁性体ではないにせよ、酸化物層であるがゆえにインピーダンスが磁性金属層20よりも大きい。このようなことから、上記の電子は、磁性酸化物層30と磁性金属層20との界面部30bに滞留し、この電子により、磁性酸化物層30において磁性の発現に寄与するイオンの価数を変化させる。
【0022】
より具体的には、磁性酸化物層30が、Mn酸化物で構成されているとすると、界面部30bには、Mn4+とMn3+とが混在するが、上記のように界面部30bに滞留する電子の作用により、Mn4+の一部がMn3+ に変化する。これにより、上記界面部30bにおける磁性酸化物層30の強磁性が弱められ、すなわち、静磁気エネルギが弱められ、交換結合エネルギが支配的に作用する状態に変化する。その結果、磁性酸化物層30の磁化方向が反転させられる。こうしていったん磁性酸化物層30の磁化方向が反転させられると、非磁性電極層40への正電圧の印加を停止しても、その状態が維持される。
【0023】
次に、図2(a)の状態から、図2(b)の状態のように、電圧の印加状態を磁性金属層20に正電圧を印加するように切り換えると、界面部30bから電子が引き抜かれ、Mn3+がMn4+に戻り、界面部30bの静磁気エネルギが強められて支配的となる状態に戻る。これにより、磁性酸化物層30の磁化方向が再び反転させられる。外部回路50を介して非磁性電極層40に流入した電子は、非磁性電極層40と磁性酸化膜層30との界面部30aにおける酸化を還元する。こうして、元の状態に戻り、この状態は、磁性金属層20への正電圧の印加を停止しても、維持される。
【0024】
このようにして、この実施形態の磁気スイッチング素子は、電圧駆動により、磁性酸化物層30の磁化方向を高速で切り換えることができる。
【0025】
図3、4は、本発明の第2の実施形態に係る磁気スイッチング素子100Aを示している。この磁気スイッチング素子100Aにおいても、基板10、磁性金属層20、磁性酸化物層30および非磁性電極層40を図1、2に示した実施形態と同様に備えており、各層20,30,40を構成するべき材質もまた、図1、2を参照して上記したのと同様である。ただし、この磁気スイッチング素子100Aにおいては、初期状態における磁性酸化物層30と磁性金属層20との磁気結合状態は、平行結合となっている。すなわち、この実施形態では、磁性酸化物層30と磁性金属層20の間には、静磁気エネルギよりも交換結合エネルギが支配的に作用している。なお、このような静磁気エネルギよりも交換結合エネルギが支配的に作用する状態は、代表的には、磁性酸化物層30の静磁気エネルギが磁性金属層20の静磁気エネルギよりも大きい場合に出現する。
【0026】
次に、図3、図4を参照し、この磁気スイッチング素子100Aの作動メカニズムを説明する。
【0027】
図4(a)に示すように、非磁性電極層40に正電圧を印加すると、磁性酸化物層30中の酸素イオン(陰イオン)が非磁性電極層40に引き寄せられ、この酸素イオンが非磁性電極層40との界面部30aにおいて、非磁性電極層30を酸化させる。このときに放出される電子は、外部回路50を介して磁性金属層20に注入される。磁性酸化物層30がP型伝導性の磁性体であると、この磁性酸化物層30に電子が入り込みにくい。あるいは、磁性酸化物層30がP型伝導性の磁性体ではないにせよ、酸化物層であるがゆえにインピーダンスが磁性金属層20よりも大きい。このようなことから、上記の電子は、磁性酸化物層30と磁性金属層20との界面部30bに滞留し、この電子により、磁性酸化物層30において磁性の発現に寄与するイオンの価数を変化させる。
【0028】
より具体的には、磁性酸化物層30が、Mn酸化物で構成されているとすると、界面部30bには、Mn4+とMn3+とが混在するが、上記のように界面部30bに滞留する電子の作用により、Mn4+の一部がMn3+ に変化する。これにより、上記界面部30bにおける磁性酸化物層30の強磁性が弱められ、すなわち、静磁気エネルギが弱められる結果、磁性酸化物層30の静磁気エネルギと磁性金属層20の静磁気エネルギとが同等となり、界面部30bでの静磁気エネルギの利得が大きくなる。その結果、磁性金属層20の磁化方向が反転させられる。こうしていったん磁性金属層20の磁化方向が反転させられると、非磁性電極層40への正電圧の印加を停止しても、その状態が維持される。
【0029】
次に、図4(a)の状態から、図4(b)の状態のように、電圧の印加状態を磁性金属層20に正電圧を印加するように切り換えると、界面部30bから電子が引き抜かれ、Mn3+がMn4+に戻り、磁性酸化物層30の静磁気エネルギが磁性金属層20の静磁気エネルギよりも大きくなる。その結果、交換結合エネルギが支配的となり、磁性金属層20の磁化方向が再び反転させられる。外部回路50を介して非磁性電極層40に流入した電子は、非磁性電極層40と磁性酸化膜層30との界面部30aにおける酸化を還元する。こうして、元の状態に戻り、この状態は、磁性金属層20への正電圧の印加を停止しても、維持される。
【0030】
このようにして、この実施形態の磁気スイッチング素子100Aにおいても、電圧駆動により、磁性金属層20の磁化方向を高速で切り換えることができる。
【0031】
図5、図6は、本発明に係る磁気スイッチング素子100Aを磁気媒体に対する書き込みヘッド200として応用した例を示す。この書き込みヘッド200を構成するスイッチング素子100Aは、たとえば、CoFeBからなる磁性金属層20と、その上に積層されたFe34からなる磁性酸化物層30と、さらにその上に積層されたTaからなる非磁性電極層40を有しており、磁性金属層20の端部を突出させている。
【0032】
このスイッチング素子100Aは、図3、4を参照して説明したものと同様、初期状態において磁性酸化物層30と磁性金属層20とが平行に結合したものである。このスイッチング素子100Aは、非磁性金属層40に正電圧を印加すると磁性金属層20の磁化が反転し(図6(a))、磁性金属層20に正電圧を印加すると磁性金属層20の磁化が再反転して元の状態に戻る(図6(b))、という作動をする。
【0033】
上記から理解できるように、この磁気スイッチング素子100Aを応用した書き込みヘッド200によれば、電圧駆動により、磁性金属層20の磁化を高速で反転させることができる。したがって、磁性金属層20の端部からの漏れ磁界により、とりわけ、熱アシスト磁気記録方式を用いる適当な磁気媒体に対し、磁性体の垂直磁化を反転させることによる書き込みを高速・高密度で行うことが可能となる。
【0034】
図7、図8は、本発明に係る磁気スイッチング素子100AをMRAM300の駆動手段として応用した例を示す。
【0035】
このMRAM300は、CoFeBからなる固定層60と、その上に積層されたMgOからなる極薄絶縁層70と、その上に積層されたCoFeBからなるフリー層兼磁性金属層20Aと、その上に積層されたFe34からなる磁性酸化物層30と、その上に積層されたTaからなる非磁性電極層40とを有する。
【0036】
固定層60、極薄絶縁層70およびフリー層兼磁性金属層20AがMRAM300の本体300Aを構成し、フリー層兼磁性金属層20A、磁性酸化物層30および非磁性電極層40が本発明に係る磁気スイッチング素子100A、とりわけ、図3、4に示した構成の磁気スイッチング素子100Aを構成する。また、このMRAM300には、非磁性電極層40とフリー層兼磁性金属層20Aとの間に正逆の電圧を印加するとともに、フリー層兼磁性金属層20Aと固定層60との間の抵抗を検知するための外部回路50Aが付設されている。
【0037】
初期状態においては、磁性酸化物層30とフリー層兼磁性金属層20Aとは、平行結合している。非磁性電極層40に正電圧を印加すると、上記したのと同様にして、フリー層兼磁性金属層20Aの磁化が反転する(図8(a))。逆に、フリー層兼磁性金属層20Aに正電圧を印加すると、フリー層兼磁性金属層20Aの磁化が再反転して元の状態にもどる(図8(b))。
【0038】
図8(a)の状態と図8(b)の状態では、フリー層兼磁性金属層20Aと固定層60との間の抵抗値が異なるので、図8(a)の状態と図8(b)の状態の相違を読み出すことができる。
【0039】
このようなことから、図7、8に示すMRAM300が、書き込み、読み出し、消去可能なメモリとして機能することを意味する。また、非磁性電極層40とフリー層兼磁性金属層20A間に正逆の電圧を印加しないかぎり、フリー層兼磁性金属層20Aの磁化が変化しないので、このメモリは、不揮発性メモリとして機能する。さらには、このMRAM300は、電圧駆動によって書き込み、消去することができるので、消費電力を劇的に低減することができるとともに、高速書き込み、消去が可能となる。
【符号の説明】
【0040】
100,100A 磁気スイッチング素子
10 基板
20 磁性金属層
20A フリー層兼磁性金属層
30 磁性酸化物層
40 非磁性電極層
50,50A 外部回路
60 固定層
70 極薄絶縁層
200 磁気ヘッド
300 MRAM
300A MRAM本体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性酸化物層と、
上記磁性酸化物層の一方面側に位置する非磁性電極層と、
上記磁性酸化物層の他方面側に位置する磁性金属層と、
上記非磁性電極層と上記磁性金属層との間に正逆電圧を印加するための電極と、
を備える、磁気スイッチング素子。
【請求項2】
基板の一面に、上記磁性金属層、上記磁性酸化物層、および上記非磁性電極層がこの順に積層されている、請求項1に記載の磁気スイッチング素子。
【請求項3】
上記非磁性電極層は、酸化性である、請求項1または2に記載の磁気スイッチング素子。
【請求項4】
上記磁性金属層は、非酸化性である、請求項1ないし3のいずれかに記載の磁気スイッチング素子。
【請求項5】
磁性酸化物層と、
上記磁性酸化物層の一方面側に位置する非磁性電極層と、
上記磁性酸化物層の他方面側に位置する磁性金属層と、
上記非磁性電極層と上記磁性金属層との間に正逆電圧を印加する電源と、
を備える、磁気印加装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−124462(P2011−124462A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−282456(P2009−282456)
【出願日】平成21年12月14日(2009.12.14)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】