説明

移動体用測位装置

【課題】擬似距離の誤差の大きい場合でも精度の良い測位演算を行う。
【解決手段】擬似距離を算出するPSR算出手段と、ADRを算出するADR算出手段と、擬似距離に基づいて移動体の位置を測位する測位手段と、衛星位置を算出する衛星位置算出手段と、前回周期における移動体の位置の測位結果と、前回周期における衛星位置の算出結果との差分ベクトルの大きさに基づいて、前回周期における擬似距離の推定値を算出する前回値PSR推定手段と、推定前回値に、前回周期と今回周期において算出された各ADRの差を足し合わせて、今回周期における擬似距離の推定値を算出するPSR推定手段と、擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたか否かを判定するPSR誤差判定手段とを備え、測位手段は、今回周期において擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたと判定された場合に、該擬似距離に代えて、推定擬似距離に基づいて、今回周期における移動体の位置を測位する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、衛星からの衛星電波を移動体で受信して、該移動体の位置を測位する移動体用測位装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、衛星の信号を受信するGPSアンテナと、受信された信号からドップラーシフト周波数および擬似距離を算出する検波部と、前記ドップラーシフト周波数より擬似距離の変化率を算出し擬似距離の推定を行う擬似距離推定部と、前記算出された擬似距離または前記推定された擬似距離を選択的に使用して測位演算を行う測位部とを備えたことを特徴とするGPS受信機が知られている(例えば、特許文献1参照)。このGPS受信機では、測位部は、衛星の電波を受信できているときは検波部が算出した擬似距離を使用し、電波が遮断されて擬似距離を算出できないときは擬似距離推定部が推定した擬似距離を使用して測位を行う。また、このGPS受信機では、擬似距離推定部は、前回測位時のドップラーシフト周波数より、衛星とGPS受信機との間の相対速度を算出し、この相対速度と前回測位時の擬似距離とより現在の擬似距離を推定する。
【特許文献1】特開2001−4734号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、新規の衛星の捕捉直後において算出(計測)される当該衛星に係る擬似距離は、一般的に、フィルタが未だ収束していないこと等に起因して、誤差が大きく、それ故に、新規の衛星からの情報を測位演算に直ちに使用することができないという問題があった。これは、捕捉されていた衛星が一時的に捕捉不能となりその後再び捕捉可能となった直後においても同様である。
【0004】
そこで、本発明は、計測される擬似距離の誤差の大きい場合でも精度の良い測位演算を行うことができる移動体用測位装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、第1の発明は、衛星からの衛星電波を移動体で受信して、該移動体の位置を測位する移動体用測位装置において、
衛星電波に乗せられた擬似雑音コードのコード位相の観測結果に基づいて、衛星と移動体との間の擬似距離を所定周期毎に算出するPSR算出手段と、
衛星電波のドップラ周波数の観測結果に基づいて、ドップラレンジの積算値(ADR)を所定周期毎に算出するADR算出手段と、
前記PSR算出手段により算出される擬似距離に基づいて移動体の位置を所定周期毎に測位する測位手段と、
衛星位置を表す情報を取得し、衛星位置を所定周期毎に算出する衛星位置算出手段と、
前記測位手段による前回周期における移動体の位置の測位結果と、前記衛星位置算出手段による前回周期における衛星位置の算出結果との差分ベクトルの大きさに基づいて、前回周期における擬似距離の推定値(推定前回値)を算出する前回値PSR推定手段と、
前記前回値PSR推定手段により算出された推定前回値に、前回周期と今回周期において前記ADR算出手段により算出された各ADRの差を足し合わせて、今回周期における擬似距離の推定値(推定擬似距離)を算出するPSR推定手段と、
前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたか否かを判定するPSR誤差判定手段とを備え、
前記測位手段は、今回周期において前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたと前記PSR誤差判定手段により判定された場合に、該擬似距離に代えて、前記PSR推定手段により算出された推定擬似距離に基づいて、今回周期における移動体の位置を測位することを特徴とする。
【0006】
尚、本第1の発明において、ADR算出手段及びPSR算出手段の算出周期は、測位手段の測位周期及び衛星位置算出手段の算出周期と、必ずしも一致している必要はなく、例えば、測位手段の測位周期及び衛星位置算出手段の算出周期は、ADR算出手段及びPSR算出手段の算出周期の整数倍と同期してもよい。この場合、ADR算出手段及びPSR算出手段に関する前回周期と今回周期は、測位手段の測位周期及び衛星位置算出手段の算出周期と同期した前回周期と今回周期をそれぞれ意味する。また、PSR誤差判定手段の判定は、典型的には、PSR算出手段の算出周期に同期して実行されるが、測位手段の測位周期及び衛星位置算出手段の算出周期が、ADR算出手段及びPSR算出手段の算出周期の整数倍と同期する場合には、測位手段の測位周期及び衛星位置算出手段の算出周期に同期したPSR算出手段の算出周期のみ実行されてもよい。また、PSR誤差判定手段の判定は、測位手段の測位周期及び衛星位置算出手段の算出周期の全ての各周期で実行される必要はなく、所定数の周期毎に実行されてもよいし、ランダム的な周期で実行されてもよい。
【0007】
第2の発明は、第1の発明に係る移動体用測位装置において、
前記測位手段は、今回周期において前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたと前記PSR誤差判定手段により判定され、且つ、該擬似距離に係る衛星が、その捕捉時間が所定時間に満たない捕捉直後の衛星である場合に、該擬似距離に代えて、前記PSR推定手段により算出された推定擬似距離に基づいて、今回周期における移動体の位置を測位することを特徴とする。
【0008】
第3の発明は、第1の発明に係る移動体用測位装置において、
前記測位手段は、衛星電波の受信結果に基づく衛星航法による測位が不能な場合に、INSセンサからの情報を用いて慣性航法により測位を行い、
前記前回値PSR推定手段により用いられる前記測位手段による前回周期における移動体の位置の測位結果は、慣性航法による測位結果を含むことを特徴とする。
【0009】
第4の発明は、第1の発明に係る移動体用測位装置において、
前記PSR誤差判定手段は、同一の衛星に関して、前回周期と今回周期において前記PSR算出手段により算出された各擬似距離の差ΔPSRと、前回周期と今回周期において前記ADR算出手段により算出された各ADRの差ΔADRとを比較し、該比較結果に基づいて、前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたか否かを判定することを特徴とする。
【0010】
第5の発明は、第4の発明に係る移動体用測位装置において、
前記PSR誤差判定手段は、前記差ΔPSRと前記差ΔADRの差の絶対値|ΔPSR−ΔADR|が所定閾値を超えた場合に、前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたと判定することを特徴とする。
【0011】
第6の発明は、第1の発明に係る移動体用測位装置において、
前記測位手段は、今回周期において前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えていないと前記PSR誤差判定手段により判定された場合には、今回周期において前記PSR算出手段により算出される擬似距離に基づいて、今回周期における移動体の位置を測位することを特徴とする。
【0012】
第7の発明は、第1の発明に係る移動体用測位装置において、
前記前回値PSR推定手段は、前記差分ベクトルの大きさに、前記擬似距離に含まれる時計誤差の推定値を足し合わせて、前記推定前回値を算出することを特徴とする。
【0013】
第8の発明は、第7の発明に係る移動体用測位装置において、
前記時計誤差の推定値は、前記測位手段の測位結果から逆算して算出されることを特徴とする。
【0014】
第9の発明は、第1の発明に係る移動体用測位装置において、
連続した2以上の周期において前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたと前記PSR誤差判定手段により判定された場合に、前記PSR推定手段は、該2以上の周期のうちの最初の周期では、前記推定前回値に、前回周期と今回周期において前記ADR算出手段により算出された各ADRの差を足し合わせて、前記推定擬似距離を算出する一方、その後の周期では、前回周期において算出した前記推定擬似距離に、前回周期と今回周期において前記ADR算出手段により算出された各ADRの差を足し合わせて、前記推定擬似距離を算出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、計測される擬似距離の誤差の大きい場合でも精度の良い測位演算を行うことができる移動体用測位装置が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、図面を参照して、本発明を実施するための最良の形態の説明を行う。
【実施例1】
【0017】
図1は、本発明に係る移動体用測位装置が適用されるGPS(Global Positioning System)の全体的な構成を示すシステム構成図である。図1に示すように、GPSは、地球周りを周回するGPS衛星10と、地球上に位置し地球上を移動しうる車両90とから構成される。尚、車両90は、あくまで移動体の一例であり、その他の移動体としては、自動二輪車、鉄道、船舶、航空機、ホークリフト、ロボットや、人の移動に伴い移動する携帯電話等の情報端末等がありうる。
【0018】
GPS衛星10は、航法メッセージ(衛星信号)を地球に向けて常時放送する。航法メッセージには、対応するGPS衛星10に関する衛星軌道情報(エフェメリスやアルマナク)、時計の補正値、電離層の補正係数が含まれている。航法メッセージは、C/Aコードにより拡散されL1波(周波数:1575.42MHz)に乗せられて、地球に向けて常時放送されている。尚、L1波は、C/Aコードで変調されたSin波とPコード(Precision Code)で変調されたCos波の合成波であり、直交変調されている。C/Aコード及びPコードは、擬似雑音(Pseudo Noise)符号であり、−1と1が不規則に周期的に並ぶ符号列である。
【0019】
尚、現在、24個のGPS衛星10が高度約20,000kmの上空で地球を一周しており、各4個のGPS衛星10が55度ずつ傾いた6つの地球周回軌道面に均等に配置されている。従って、天空が開けている場所であれば、地球上のどの場所にいても、常時、少なくとも5個以上のGPS衛星10が観測可能である。
【0020】
車両90には、移動体用測位装置としてのGPS受信機20が搭載される。
【0021】
図2は、GPS受信機20の主要構成の一例を示すブロック図である。図3は、GPS受信機20のDLL203の主要構成の一例を示すブロック図である。
【0022】
ここでは、主に、観測可能な複数のGPS衛星10のうちのGPS衛星10からの衛星信号に関するGPS受信機20の信号処理について代表して説明する。GPS衛星10からの衛星信号に関する信号処理は、他のGPS衛星10からの衛星信号に関する信号処理と実質的に同じである。実際には、以下で説明する衛星信号に関する信号処理は、観測可能な各GPS衛星からの衛星信号に対して並列的(同時)に実行されることになる。
【0023】
GPS受信機20は、図2に示すように、高周波回路201と、A/D(analog-to-digital)変換回路202と、DLL(Delay―Locked
Loop)203と、PLL(Phase−Locked Loop)204と、フィルタ205と、PSR誤差判定部206と、ADR算出部208と、衛星位置算出部209と、PSR推定部212と、測位演算部214と、演算値記憶部216と、PSR前回値推定部218とを備える。
【0024】
A/D変換回路202は、高周波回路201から供給されるIF信号(アナログ信号)を、デジタル信号処理ができるようにデジタルIF信号に変換する。
【0025】
DLL203は、L1波のC/Aコードに対して、内部で発生させたレプリカC/AコードによりC/Aコード同期を行い、擬似距離(PSR:Pseudo Range)(以下、「PSR’」という)を算出するように構成されている。尚、符号の意味として、PSRに付された「’」は、後述のフィルタ処理が実行されていないことを示し、下付き文字「」は、GPS衛星10に関する値(PSR’以外の値についても同様。)であることを示す。また、デジタルIF信号は、実際には、図示しないミキサにより、PLL204から供給されるレプリカキャリアが乗算されてから、DLL203に入力される。
【0026】
具体的には、DLL203は、図3に示すように、相互相関演算部111,112、位相進め部113、位相遅れ部114、位相ずれ計算部115、位相補正量計算部116、レプリカC/Aコード生成部117、及び、擬似距離算出部118を含む。
【0027】
レプリカC/Aコード生成部117では、レプリカC/Aコードが生成される。レプリカC/Aコードとは、GPS衛星10からの衛星信号に乗せられるC/Aコードに対して、+1、−1の並びが同一のコードである。
【0028】
相互相関演算部111には、レプリカC/Aコード生成部117で生成されるレプリカC/Aコードが、位相進め部113を介して入力される。即ち、相互相関演算部111には、Earlyレプリカ符号が入力される。位相進め部113では、レプリカC/Aコードが所定の位相だけ進められる。位相進め部113で進められる位相進み量をθとする。
【0029】
相互相関演算部111には、また、デジタルIF信号が、図示しないミキサにより、PLL204で生成されるレプリカキャリアが乗算されてから入力される。
【0030】
相互相関演算部111では、入力されるデジタルIF信号と、位相進み量θのEarlyレプリカ符号を用いて、相関値(Early相関値ECA)が演算される。Early相関値ECAは、例えば以下の式で演算される。
Early相関値ECA=Σ{(デジタルIF)×(Earlyレプリカ符号)}
相互相関演算部112には、レプリカC/Aコード生成部117で生成されるレプリカC/Aコードが、位相遅れ部114を介して入力される。即ち、相互相関演算部112には、Lateレプリカ符号が入力される。位相遅れ部114では、レプリカC/Aコードが所定の位相だけ遅らされる。位相遅れ部114で遅らされる位相遅れ量は、位相進み量θと大きさ同一で符号が異なる。
【0031】
相互相関演算部112には、また、デジタルIF信号が、図示しないミキサにより、PLL204で生成されるレプリカキャリアが乗算されてから入力される。
【0032】
相互相関演算部112では、入力されるデジタルIF信号と、位相遅れ量−θのLateレプリカ符号を用いて、相関値(Late相関値LCA)が演算される。Late相関値LCAは、例えば以下の式で演算される。
Late相関値LCA=Σ{(デジタルIF)×(Lateレプリカ符号)}
このようにして、相互相関演算部111、112では、コリレータ間隔L(“スペーシング”とも称される)を2θとした相関値演算が実行される。相互相関演算部111、112にてそれぞれ演算されたEarly相関値ECA及びLate相関値LCAは、位相ずれ計算部115に入力される。
【0033】
位相ずれ計算部115では、デジタルIF信号と、レプリカC/Aコード生成部117で生成されるレプリカC/Aコードとの間に、どの程度位相のずれがあるかが算出される。即ち、位相ずれ計算部115では、受信したC/Aコードに対するレプリカC/Aコードの位相ずれ量Δφが算出(推定)される。レプリカC/Aコードの位相ずれ量Δφは、例えば以下の式で演算される。
(位相ずれ量Δφ)=(ECA−LCA)/2(ECA+LCA
このようにして算出された位相ずれ量Δφは、位相補正量計算部116に入力される。
【0034】
位相補正量計算部116では、位相ずれ量Δφを無くすべく、適切な位相補正量が算出される。適切な位相補正量が、例えば以下の演算式に従って、算出される。
(位相補正量)=(Pゲイン)×(位相ずれ量Δφ)+(Iゲイン)×Σ(位相ずれ量Δφ)
この式は、PI制御を利用したフィードバック制御を表す式であり、Pゲイン及びIゲインは、それぞれバラツキと応答性の兼ね合いから実験的に決定される。このようにして算出された位相補正量は、レプリカC/Aコード生成部117に入力される。
【0035】
レプリカC/Aコード生成部117では、生成されるレプリカC/Aコードの位相が、位相補正量計算部116により算出された位相補正量だけ補正される。即ち、レプリカC/Aコードの追尾点が補正される。かくして生成されたレプリカC/Aコードは、上述の如く位相進め部113及び位相遅れ部114を介して相互相関演算部111、112に入力されると共に、擬似距離算出部118に入力される。尚、相互相関演算部111、112では、このようにして生成されたレプリカC/Aコードは、次回の観測周期で入力されるIFデジタル信号に対する相関値演算に用いられることになる。
【0036】
擬似距離算出部118では、レプリカC/Aコード生成部117で生成されるレプリカC/Aコードに基づいて、PSR’が、例えば以下の式により演算される。
PSR’=NCA×300
ここで、NCAは、GPS衛星10と車両90との間のC/Aコードのビット数に相当し、レプリカC/Aコード生成部117で生成されるレプリカC/Aコードの位相及びGPS受信機20内部の受信機時計に基づいて算出される。尚、数値300は、C/Aコードが、1ビットの長さが1μsであり、1ビットに相当する長さが約300m(1μs×光速)であることに由来する。このようにして算出されたPSR’を表す信号は、DLL203からフィルタ205に入力される。
【0037】
図2に戻る。PLL204は、内部で発生させたキャリアレプリカ信号を用いて、受信搬送波(受信キャリア)との相関値演算を行うことにより、ドップラシフトした受信キャリアのドップラ周波数(ドップラーシフト周波数)Δfを測定するように構成されている。尚、実際には、デジタルIF信号は、図示しないミキサにより、DLL203から供給されるレプリカC/Aコードが乗算されてから、PLL204に入力される。PLL204は、レプリカキャリアの周波数frと既知の搬送波周波数f(1575.42MHz)に基づいて、ドップラ周波数Δf(=fr−f)を演算する。PLL204により演算されたドップラ周波数Δfを表す信号は、フィルタ205及びADR算出部208に入力される。
【0038】
フィルタ205では、例えば以下の演算式に従って、フィルタ処理後のPSRが計算される。
【0039】
【数1】

ここで、(i)は今回値を表し、(i−1)は前回値を表す(以下、他の記号に付与される場合も同様)。Mは、重み係数である。Mの値は、精度と応答性を考慮しつつ適切に決定される。また、ΔVは、GPS衛星10と車両90との間の相対速度を表し、PLL204から得られるドップラ周波数Δfを用いて、例えば以下の関係式により算出されてよい。
Δf=ΔV・f/(c−ΔV)
尚、上述のフィルタ205のフィルタ処理は、本分野で知られているキャリアスムージングと呼ばれる処理であり、上述のハッチフィルタを用いたフィルタ処理以外にも、例えばカルマンフィルタを用いても実現可能である。このようにして算出されたフィルタ処理後のPSRを表す信号は、PSR誤差判定部206及び測位演算部214に入力される。
【0040】
PSR誤差判定部206は、フィルタ処理後のPSRの誤差の大きさを評価し、誤差が所定許容範囲を超えたか否かを判定する。この判定方法は、多種多様であるが、その一例については後述する。PSR誤差判定部206による判定結果は測位演算部214に入力される。
【0041】
ADR算出部208は、PLL204から得られるドップラ周波数Δfを用いて、ADR(Accumulated Doppler Range)を算出する。ADRは、ドップラ周波数Δfから算出されるドップラレンジdρを積算した値であり、初期値は任意であってよい。ADRは、例えば以下の式で算出されてもよい。
【0042】
【数2】

ここで、ADRは、任意の初期値であり、ドップラレンジdρ(k)は、周期kで得られるドップラレンジdρを表す。ドップラレンジdρ(k)は、搬送波の波長λ(既知)と、周期(k)で得られるGPS衛星10に関するドップラ周波数Δf(k)を用いて、例えばdρ(k)=λ・Δf(k)により、算出されてよい。このようにして算出されたADRを表す信号は、PSR誤差判定部206及びPSR推定部212に入力される。
【0043】
衛星位置算出部209は、航法メッセージの衛星軌道情報に基づいて、GPS衛星10の、ワールド座標系での現在位置S(i)=(X(i),Y(i),Z(i))を計算する。或いは、衛星位置算出部209は、予め外部から取得した衛星軌道情報(例えば、国際GPS機関(IGS)等の機関により提供される精密暦データ)に基づいて、GPS衛星10の、ワールド座標系での現在位置S(i)=(X(i),Y(i),Z(i))を計算してもよい。後者の場合、GPS衛星10の捕捉直後から当該GPS衛星10の衛星位置Sを導出することができる。このようにして衛星位置算出部209にて導出される衛星位置Sは、測位演算部214に入力される。
【0044】
PSR推定部212は、上述の擬似距離算出部118にて算出される擬似距離の今回値PSR’(i)に対する推定値(i)を算出する。以下、この推定値(i)を、区別のため、「EPSR(i)」(EPSR:Estimated Pseudo Range)という。EPSR(i)は、後述のPSR前回値推定部218から得られるPSR前回値の推定値PSRj0と、ADR算出部208から得られる今回値のADR(i)と、後述の演算値記憶部216から得られる前回値のADR(i−1)とを用いて、例えば、以下の式で算出される。
EPSR(i)=EPSR(i−1)+ADR(i)−ADR(i−1)
ここで、前回値のEPSR(i−1)の初期値は、後述のPSR前回値推定部218から得られるPSR前回値の推定値PSRj0が用いられる。即ち、PSR推定部212がEPSRを算出する初回の周期では、PSR前回値の推定値PSRj0に、今回値のADR(i)と前回値のADR(i−1)の差を足し算することで、当該初回の周期に係るEPSRを算出する。このようにしてPSR推定部212にて導出されるEPSRを表す信号は、測位演算部214に入力される。
【0045】
測位演算部214は、フィルタ205からのフィルタ処理後のPSR(i)、又は、PSR推定部212からのEPSR(i)と、衛星位置算出部209からのGPS衛星10に係る衛星位置S(i)=(X(i),Y(i),Z(i))とに基づいて、今回周期(i)での車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))を測位演算する。車両90の位置の測位は、例えば以下のような関係式に基づいて、最小二乗法等を用いて実行されてよい。
【0046】
【数3】

尚、c・ΔTは、GPS受信機20における時計誤差を表わす。この場合、例えば測位に用いるGPS衛星10の数が4つである場合には、数3の式が4つ立つので、時計誤差c・ΔTを除去した測位が実現される。尚、この際、各GPS衛星10の観測量に含まれる誤差を推定し、当該推定した誤差レベルを表す指標値(例えば分散)を重み付け行列の対角成分に用いて、重み付け測位演算が実行されてもよい。
ここで、上記の数3の左辺の観測量に関して、PSR(i)及びEPSR(i)のいずれが用いられるかは、今回周期(i)におけるPSR誤差判定部206の判定結果、即ちPSR(i)の誤差に依存する。即ち、今回周期(i)のPSR(i)の誤差が所定許容範囲内であると判定された場合、PSRが用いられ、今回周期(i)のPSR(i)の誤差が所定許容範囲を超えたと判定された場合、EPSR(i)が用いられる。したがって、測位演算部214は、PSR(i)の誤差が所定許容範囲内である各周期(i)では、PSRを観測量として用いて測位演算を行う一方、PSR(i)の誤差が所定許容範囲を超えた各周期(i)では、EPSR(i)を観測量として用いて測位演算を行う。このようにして測位演算部214により演算された測位結果は、ナビゲーション装置(図示せず)に供給され、例えば地図上の自車位置表示等に用いられてよい。尚、測位演算部214は、車両90の位置のみならず、ドップラレンジdρを用いて車両90の速度を測位するものであってもよい。
【0047】
演算値記憶部216は、各周期(i)で演算された所定の値を記憶する。これらの値は、次回周期(i+1)において前回値として利用される。この利用態様は後述する。具体的には、演算値記憶部216には、測位演算部214により算出された車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))、衛星位置S(i)=(X(i),Y(i),Z(i))、及び、ADR算出部208より算出されたADR(i)等が記憶される。また、演算値記憶部216には、測位演算部214による測位結果から逆算的に導出されるGPS受信機20内の時計誤差c・ΔT(数3参照)が記憶される。尚、時計誤差c・ΔTは、測位演算部214により各周期(i)で演算されてもよいが、コード追尾が完了した時点で一回だけ演算されてもよい。
【0048】
PSR前回値推定部218は、上述の擬似距離算出部118にて算出される擬似距離の前回値PSR’(i−1)に対する推定値PSRj0(以下、「推定前回値PSRj0」という)を算出する。推定前回値PSRj0は、例えば、演算値記憶部216に記憶された車両90の位置の測位結果の前回値(X(i−1),Y(i−1),Z(i−1))と、演算値記憶部216に記憶された衛星位置の前回値(X(i−1),Y(i−1),Z(i−1))と、演算値記憶部216に記憶されたGPS受信機20内の時計誤差c・ΔTとを用いて、以下の式により算出される。
【0049】
【数4】

このようにしてPSR前回値推定部218にて導出される推定前回値PSRj0を表す信号は、PSR推定部212に入力され、上述の如くEPSRの初期値として利用される。
【0050】
図4は、本実施例1のGPS受信機20により実行される主要処理の流れを示すフローチャートである。図4の処理ルーチンにおいて、ループ1は、所定の周期(測位演算部214の測位周期)毎に繰り返し実行され、ここでは、説明上、今回周期を周期(i)とする。尚、測位演算部214の測位周期は、例えばPPS信号で同期が取られ、例えば1sであってよく、PSRやADRの算出周期は、測位周期と同一であってもよいが、測位周期の分数倍の周期(例えば10ms)であってよい。ループ2は、ループ1内に設定され、一回の周期で、観測可能な複数のGPS衛星10のそれぞれについて実行される。以下では、ループ2に関しては、主に、代表として、GPS衛星10に関する処理について説明する。
【0051】
ステップ400では、DLL203及びフィルタ205において今回周期のPSR(i)が導出され、ADR算出部208において今回周期のADR(i)が算出される。
【0052】
ステップ402では、衛星位置算出部209において、衛星位置S(i)=(X(i),Y(i),Z(i))が算出される。
【0053】
ステップ404では、PSR誤差判定部206において、GPS衛星10が捕捉後間もない衛星であるか否かが判定されると共に、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えたか否かが判定される。GPS衛星10が捕捉後間もない衛星であるか否かは、初めて捕捉された周期からの周期数(捕捉時間)に基づいて判定されてよく、例えば捕捉時間が所定時間未満であるか否かに基づいて判定されてもよい。この場合、所定時間は、例えばフィルタ205の収束に要する時間ΔT1(図5参照)に対応してもよく、試験結果等を用いて適合される。
【0054】
また、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えたか否かは、好ましくは、所定時間におけるPSRの変化量ΔPSRと、同所定時間におけるADRの変化量ΔADRの差の絶対値(=|ΔPSR−ΔADR|)が所定閾値を超えたか否かで判定される。ここで、ΔPSRは、今回周期のPSR(i)と前回周期のPSR(i−1)を用いて、ΔPSR=PSR(i)−PSR(i−1)により算出されてよい。同様、ΔADRは、今回周期のADR(i)と前回周期のADR(i−1)を用いて、ΔADR=ADR(i)−ADR(i−1)により算出されてよい。所定閾値は、適合値であるが、例えば、電波受信状態が良好で且つマルチパスが無い条件下においてフィルタ205の収束後に取りうる絶対値|ΔPSR−ΔADR|の最大値を試験等により導出し、当該最大値よりも僅かに大きい値に設定されてよい。
【0055】
尚、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えたか否かは、他の方法で判定されてもよい。例えば、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えたことは、GPS衛星10に係る電波の受信強度が所定基準値よりも小さい場合に判定されてもよいし、コード追尾時に演算される相関ピーク値が所定基準値よりも小さい場合に判定されてもよいし、GPS衛星10に係る電波のマルチパスが検出された場合に判定されてもよい。
【0056】
本ステップ404において、GPS衛星10が捕捉後間もない衛星であり、且つ、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えた場合には、ステップ406に進み、いずれかが満たされない場合には、ステップ410に進む。尚、代替例として、GPS衛星10が捕捉後間もない衛星である場合、又は、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えた場合に、ステップ406に進むこととしてもよい。この代替例では、GPS衛星10が捕捉後間もない衛星でなく、且つ、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えない場合には、ステップ410に進む。或いは、更なる代替例として、GPS衛星10の捕捉時間を考慮せず、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えた場合には、ステップ406に進み、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えない場合には、ステップ410に進むこととしてもよい。
【0057】
ステップ406では、PSR前回値推定部218において、PSRの前回値PSR(i−1)に対する推定値、即ち推定前回値PSRj0が算出される。推定前回値PSRj0の算出方法は上述の通りであってよい。即ち、演算値記憶部216に記憶された車両90の位置の測位結果の前回値(X(i−1),Y(i−1),Z(i−1))と、演算値記憶部216に記憶された衛星位置の前回値(X(i−1),Y(i−1),Z(i−1))と、演算値記憶部216に記憶されたGPS受信機20内の時計誤差c・ΔTとを用いて、上記数4の式により算出されてよい。
【0058】
ここで、本ステップ406の処理は、上記ステップ404で初めて肯定判定された周期だけ実行される。或いは、本ステップ406の処理は、上記ステップ404で連続した周期で肯定判定される場合に、そのうちの最初の所定数の周期だけ実行されてもよい。
【0059】
ステップ408では、PSR推定部212において、PSRの今回値PSR(i)に対する推定値、即ちEPSR(i)が算出される。EPSR(i)の算出方法は上述の通りであってよい。即ち、EPSR(i)は、ADR算出部208から得られる今回値のADR(i)と、演算値記憶部216から得られる前回値のADR(i−1)とを用いて、例えば、以下の式で算出される。
EPSR(i)=EPSR(i−1)+ADR(i)−ADR(i−1)
ここで、EPSR(i−1)は、前回値であり、上記ステップ406が実行された周期では、当該ステップ406で得られる推定前回値PSRj0が用いられる。
【0060】
本ステップ408において、EPSR(i)が算出されると、当該EPSR(i)が、上記ステップ400で取得されたPSR(i)に置換される。即ち、上記ステップ400で取得されたPSR(i)は、上記ステップ404で肯定判定された場合に実質的に破棄され、その代わりとして、EPSR(i)が採用されることになる。他方、上記ステップ404で否定判定された場合には、PSR(i)が採用されることになる。
【0061】
ステップ410では、観測可能な複数のGPS衛星10のうちの全てのGPS衛星10についてPSR(i)又はEPSR(i)が算出されたか否かが判定され、肯定判定の場合には、ループ2から抜けて、ステップ412に進む。他方、未だPSR(i)又はEPSR(i)が算出されていないGPS衛星10が存在する場合には、当該GPS衛星10に対してループ2の処理(ステップ400以降の処理)が実行される。
【0062】
ステップ412では、測位演算部214において、今回周期(i)のループ2で得られた各GPS衛星10に係るPSR(i)又はEPSR(i)を用いて、今回周期(i)での車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))が測位演算される。車両90の位置の測位方法は上述の通りであってよい。但し、測位演算に必要な衛星数より多い数のGPS衛星10が観測されている場合には、EPSR(i)よりもPSR(i)を優先的に用いて測位演算が実行されてよい。即ち、PSR(i)が算出されたGPS衛星10の数が不十分な場合に限り、EPSR(i)が算出されたGPS衛星10を追加的に用いた測位演算が実行されてもよい。
【0063】
ステップ414では、上記ステップ412で得られた測位結果や、ADR、衛星位置の各今回値が演算値記憶部216に記憶される。これらの演算値は、次回周期において“前回値”として利用されることになる。
【0064】
ステップ416では、今回周期の測位が終了し、次回周期において再びループ1が繰り返される。
【0065】
図5は、上述の如く算出されるPSR、EPSR及びADRの時系列を示す。図5では、代表として、GPS衛星10に係るPSR、EPSR及びADRの時系列が示されている。また、図5には、PSRの真値の時系列が概略的に示されている。ここでは、GPS衛星10が時刻t0にて初めて捕捉された場合を示す。図5に示すように、GPS衛星10が捕捉されて間もない時間ΔT1(時刻t0〜t1)では、フィルタ205が収束していないこと等に起因して、PSRの誤差(真値に対する誤差)が大きくなる。他方、ADRは、相対値であるものの、GPS衛星10が捕捉されて間もない時間ΔT1でも比較的高い精度を保つ。従って、衛星位置及び測位結果の前回値及びADRから算出されるEPSRは、GPS衛星10が捕捉されて間もない時間ΔT1でも、PSRに比して誤差が小さく、測位に利用が可能であることが分かる。即ち、PSRに代えてEPSRを用いることにより、GPS衛星10が捕捉されて間もない時間ΔT1内から、精度の高い測位を開始することができる。尚、図5に示す例では、例えば時刻t1になると、PSRの誤差が小さくなるので、時刻t1以後はPSRを用いた測位が実行される。
【0066】
以上説明した本実施例1によれば、とりわけ、以下のような優れた効果が奏される。
【0067】
本実施例1によれば、上述の如く、GPS衛星10が捕捉されて間もない時間帯や、GPS衛星10に係るPSRの精度が良好でない時間帯においても、PSRに代えて、適切に推定したEPSRを用いることで、精度の高い測位を開始・維持することができる。これにより、例えば新規のGPS衛星10が捕捉されて間もない時間から、精度の高い測位を開始することができ、また、マルチパス等の影響でGPS衛星10に係るPSRの精度が一時的に悪化した場合でも、精度の高い測位を維持することができる。
【実施例2】
【0068】
実施例2は、上述の衛星航法による測位演算に対して、INSセンサを用いた慣性航法による測位演算が選択的に実行される点が主に異なる。以下では、実施例2に特有の構成を重点的に説明し、その他の構成は上述の実施例1と同様であってよい。
【0069】
図6は、実施例2におけるGPS受信機20’の主要構成の一例を示すブロック図である。GPS受信機20’は、車両90に搭載されるINSセンサ(図示せず)からINSセンサデータを取得するINSセンサデータ取得部220を有する。INSセンサは、例えば3軸加速度センサ及び3軸角速度センサから構成されてもよい。
【0070】
測位演算部214’は、INSセンサからの情報に基づいて、慣性航法により車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))を測位する。慣性航法による車両位置の測位方法は、多種多様であり、如何なる方法であってもよい。例えば車両位置は、加速度センサの出力値に、姿勢変換、重力補正、コリオリ力補正を行って2回積分し、当該2回積分により得られる移動距離を、車両位置の前回値(X(i−1),Y(i−1),Z(i−1))に積算することで導出されてよい。測位演算部214’により慣性航法により測位される車両位置及び車両速度(INS測位結果)は、測位周期毎に、上述の衛星航法による測位演算による車両位置及び車両速度(GPS測位結果)との差分値が取られ、当該差分値がカルマンフィルタに入力され、各種の補正量が決定されてもよい。
【0071】
図7は、本実施例2のGPS受信機20’により実行される主要処理の流れを示すフローチャートである。
【0072】
ステップ700では、INSセンサデータ取得部220において、INSセンサデータが取得される。
【0073】
ステップ702では、DLL203及びフィルタ205において今回周期のPSR(i)が導出され、ADR算出部208において今回周期のADR(i)が算出される。
【0074】
ステップ704では、衛星位置算出部209において、衛星位置S(i)=(X(i),Y(i),Z(i))が算出される。
【0075】
ステップ706では、PSR誤差判定部206において、GPS衛星10が捕捉後間もない衛星であるか否かが判定されると共に、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えたか否かが判定される。尚、判定方法は、上述の実施例1における図4のステップ404と同様であってよい。
【0076】
本ステップ706において、GPS衛星10が捕捉後間もない衛星であり、且つ、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えた場合には、ステップ708に進み、いずれかが満たされない場合には、ステップ712に進む。尚、代替例として、GPS衛星10が捕捉後間もない衛星である場合、又は、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えた場合に、ステップ708に進むこととしてもよい。この代替例では、GPS衛星10が捕捉後間もない衛星でなく、且つ、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えない場合には、ステップ712に進む。或いは、更なる代替例として、GPS衛星10の捕捉時間を考慮せず、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えた場合には、ステップ708に進み、今回周期のPSR(i)の誤差の大きさが所定許容範囲を超えない場合には、ステップ712に進むこととしてもよい。
【0077】
ステップ708では、SR前回値推定部218において、PSRの前回値PSR(i−1)に対する推定値、即ち推定前回値PSRj0が算出される。推定前回値PSRj0の算出方法は上述の通りであってよい。ここで、本ステップ708の処理は、上記ステップ706で初めて肯定判定された周期だけ実行される。或いは、本ステップ708の処理は、上記ステップ706で連続した周期で肯定判定される場合に、そのうちの最初の所定数の周期だけ実行されてもよい。
【0078】
ステップ710では、PSR推定部212において、PSRの今回値PSR(i)に対する推定値、即ちEPSR(i)が算出される。EPSR(i)の算出方法は上述の通りであってよい。即ち、EPSR(i)は、ADR算出部208から得られる今回値のADR(i)と、演算値記憶部216から得られる前回値のADR(i−1)とを用いて、例えば、以下の式で算出される。
EPSR(i)=EPSR(i−1)+ADR(i)−ADR(i−1)
ここで、EPSR(i−1)は、前回値であり、上記ステップ708が実行された周期では、当該ステップ708で得られる推定前回値PSRj0が用いられる。
【0079】
本ステップ710において、EPSR(i)が算出されると、当該EPSR(i)が、上記ステップ702で取得されたPSR(i)に置換される。即ち、上記ステップ702で取得されたPSR(i)は、上記ステップ706で肯定判定された場合に実質的に破棄され、その代わりとして、EPSR(i)が算出されることになる。
【0080】
ステップ712では、観測可能な複数のGPS衛星10のうちの全てのGPS衛星10についてPSR(i)又はEPSR(i)が算出されたか否かが判定され、肯定判定の場合には、ループ2から抜けて、ステップ714に進む。他方、未だPSR(i)又はEPSR(i)が算出されていないGPS衛星10が存在する場合には、当該GPS衛星10に対してループ2の処理(ステップ702以降の処理)が実行される。
【0081】
ステップ714では、測位演算部214’において、GPS測位演算が可能か否かが判定される。即ち、上述の実施例1において説明した衛星航法による測位(数3の式による測位)が可能か否かが判定される。例えば、PSR(i)又はEPSR(i)が算出されたGPS衛星10の数が所定数以上の場合に、GPS測位演算が可能と判定してもよい。所定数は、3であってもよいが、好ましくは、時計誤差を除去すべく、4以上である。或いは、PSR(i)又はEPSR(i)が算出されたGPS衛星10の数が所定数Th1以上であり、且つ、PSR(i)が算出されたGPS衛星10の数が所定数Th2以上である場合に、GPS測位演算が可能と判定してもよい。この場合、所定数Th1は、4以上の適切な数であってよく、所定数Th2は、所定数Th1よりも小さい数(例えば2)に設定される。本ステップ714において、GPS測位演算が可能と判定された場合には、ステップ716に進み、GPS測位演算が可能でないと判定された場合には、ステップ718に進む。
【0082】
ステップ716では、測位演算部214’において、今回周期(i)のループ2で得られた各GPS衛星10に係るPSR(i)又はEPSR(i)を用いて、今回周期(i)での車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))が測位演算される。車両90の位置の測位方法は上述の通りであってよい。但し、測位演算に必要な衛星数より多いGPS衛星10が観測されている場合には、EPSR(i)よりもPSR(i)を優先的に用いて測位演算が実行されてよい。
【0083】
ステップ718では、測位演算部214’において、慣性航法により車両90の位置(X(i),Y(i),Z(i))が測位演算される。尚、慣性航法による車両90の位置の測位方法は上述の通りであってよい。
【0084】
ステップ720では、上記ステップ716又は718で得られた測位結果や、ADR、衛星位置の各今回値が演算値記憶部216に記憶される。これらの演算値は、次回周期において“前回値”として利用されることになる。
【0085】
ステップ722では、今回周期の測位が終了し、次回周期において再びループ1が繰り返される。
【0086】
以上説明した本実施例2によれば、とりわけ、以下のような優れた効果が奏される。
【0087】
本実施例2によれば、上述の如く、GPS衛星10が捕捉されて間もない時間帯や、GPS衛星10に係るPSRの精度が良好でない時間帯においても、PSRに代えて、適切に推定したEPSRを用いることで、精度の高い測位を開始・維持することができる。これにより、例えば新規のGPS衛星10が捕捉されて間もない時間から、精度の高い測位を開始することができ、また、マルチパス等の影響でGPS衛星10に係るPSRの精度が一時的に悪化した場合でも、精度の高い測位を維持することができる。
【0088】
また、特に強調すべきこととして、本実施例2によれば、例えば観測可能なGPS衛星10の数が不十分であることに起因して、前回周期で車両90の位置の衛星航法による測位が不能であった場合であっても、前回周期で慣性航法による車両90の位置の測位結果が得られているので、当該測位結果(前回値)を用いて、推定前回値PSRj0を算出することができる。即ち、本実施例2によれば、衛星航法による測位結果及び慣性航法による測位結果のいずれかが出力されるので、任意の周期で推定前回値PSRj0(ひいてはそれに基づくEPSR)を算出することができる。
【0089】
以上、本発明の好ましい実施例について詳説したが、本発明は、上述した実施例に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、上述した実施例に種々の変形及び置換を加えることができる。
【0090】
例えば、上述した実施例において、PSR推定部212及びPSR前回値推定部218は、上述のPSR誤差判定部206の判定結果が否定判定である場合のみ、即ちフィルタ処理後のPSRの誤差が所定許容範囲を超えた周期だけ、動作することとしてもよい。
【0091】
また、上述した実施例において、GPS受信機20により実現される各種機能の一部は、GPS受信機20に接続される外部のコンピューターにより実現されてもよいし、GPS受信機20に接続される外部のコンピューターと協動して実現されてもよい。
【0092】
また、上述した実施例では、好ましい実施例として、フィルタ205が用いられていたが、フィルタ205が省略されてもよい。
【0093】
また、上述した実施例では、好ましい実施例として、PSR誤差判定部206の判定処理は、測位周期毎に実行されているが、複数の測位周期毎に実行されてもよいし、ランダム的な周期(測位周期と同期した任意の周期)で実行されてもよい。また、PSR誤差判定部206の判定処理は、新規のGPS衛星10が捕捉された後の所定時間のみ実行されてもよい。同様の観点から、図4及び図7に示した処理は、新規のGPS衛星10が捕捉された後の所定時間のみ実行されてもよい。
【0094】
また、上述の実施例では、C/Aコードを用いてPSRを導出しているが、PSRは、L2波のPコードのような他の擬似雑音コードに基づいて計測されてもよい。尚、Pコードの場合、Wコードで暗号化されているので、Pコード同期を行う際に、クロス相関方式を利用したDLLにより、Pコードを取り出すこととしてよい。Pコードに基づくPSRは、GPS衛星10でPコードが0ビット目であるとしてPコードのMビット目が車両90にて受信されているかを計測することで、PSR=M×30として求めることができる。
【0095】
また、上述の実施例では、GPSに本発明が適用された例を示したが、本発明は、GPS以外の衛星システム、例えばガリレオ等の他のGNSS (Global Navigation Satellite System)にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0096】
【図1】本発明に係る移動体用測位装置が適用されるGPSの全体的な構成を示すシステム構成図である。
【図2】GPS受信機20の主要構成の一例を示すブロック図である。
【図3】GPS受信機20のDLL203の主要構成の一例を示すブロック図である。
【図4】実施例1のGPS受信機20により実行される主要処理の流れを示すフローチャートである。
【図5】GPS衛星10が捕捉された後のPSR、EPSR及びADRの時系列を示す図である。
【図6】実施例2におけるGPS受信機20’の主要構成の一例を示すブロック図である。
【図7】実施例2のGPS受信機20’により実行される主要処理の流れを示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0097】
20 GPS受信機
90 車両
201 高周波回路
202 A/D変換回路
203 DLL
204 PLL
205 フィルタ
206 PSR誤差判定部
208 ADR算出部
209 衛星位置算出部
212 PSR推定部
214 測位演算部
216 演算値記憶部
218 PSR前回値推定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
衛星からの衛星電波を移動体で受信して、該移動体の位置を測位する移動体用測位装置において、
衛星電波に乗せられた擬似雑音コードのコード位相の観測結果に基づいて、衛星と移動体との間の擬似距離を所定周期毎に算出するPSR算出手段と、
衛星電波のドップラ周波数の観測結果に基づいて、ドップラレンジの積算値(以下、「ADR」という)を所定周期毎に算出するADR算出手段と、
前記PSR算出手段により算出される擬似距離に基づいて移動体の位置を所定周期毎に測位する測位手段と、
衛星位置を表す情報を取得し、衛星位置を所定周期毎に算出する衛星位置算出手段と、
前記測位手段による前回周期における移動体の位置の測位結果と、前記衛星位置算出手段による前回周期における衛星位置の算出結果との差分ベクトルの大きさに基づいて、前回周期における擬似距離の推定値(以下、「推定前回値」という)を算出する前回値PSR推定手段と、
前記前回値PSR推定手段により算出された推定前回値に、前回周期と今回周期において前記ADR算出手段により算出された各ADRの差を足し合わせて、今回周期における擬似距離の推定値(以下、「推定擬似距離」という)を算出するPSR推定手段と、
前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたか否かを判定するPSR誤差判定手段とを備え、
前記測位手段は、今回周期において前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたと前記PSR誤差判定手段により判定された場合に、該擬似距離に代えて、前記PSR推定手段により算出された推定擬似距離に基づいて、今回周期における移動体の位置を測位することを特徴とする、移動体用測位装置。
【請求項2】
前記測位手段は、今回周期において前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたと前記PSR誤差判定手段により判定され、且つ、該擬似距離に係る衛星が、その捕捉時間が所定時間に満たない捕捉直後の衛星である場合に、該擬似距離に代えて、前記PSR推定手段により算出された推定擬似距離に基づいて、今回周期における移動体の位置を測位することを特徴とする、請求項1に記載の移動体用測位装置。
【請求項3】
前記測位手段は、衛星電波の受信結果に基づく衛星航法による測位が不能な場合に、INSセンサからの情報を用いて慣性航法により測位を行い、
前記前回値PSR推定手段により用いられる前記測位手段による前回周期における移動体の位置の測位結果は、慣性航法による測位結果を含むことを特徴とする、請求項1に記載の移動体用測位装置。
【請求項4】
前記PSR誤差判定手段は、同一の衛星に関して、前回周期と今回周期において前記PSR算出手段により算出された各擬似距離の差ΔPSRと、前回周期と今回周期において前記ADR算出手段により算出された各ADRの差ΔADRとを比較し、該比較結果に基づいて、前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたか否かを判定することを特徴とする、請求項1に記載の移動体用測位装置。
【請求項5】
前記PSR誤差判定手段は、前記差ΔPSRと前記差ΔADRの差の絶対値|ΔPSR−ΔADR|が所定閾値を超えた場合に、前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたと判定することを特徴とする、請求項4に記載の移動体用測位装置。
【請求項6】
前記測位手段は、今回周期において前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えていないと前記PSR誤差判定手段により判定された場合には、今回周期において前記PSR算出手段により算出される擬似距離に基づいて、今回周期における移動体の位置を測位することを特徴とする、請求項1に記載の移動体用測位装置。
【請求項7】
前記前回値PSR推定手段は、前記差分ベクトルの大きさに、前記擬似距離に含まれる時計誤差の推定値を足し合わせて、前記推定前回値を算出することを特徴とする、請求項1に記載の移動体用測位装置。
【請求項8】
前記時計誤差の推定値は、前記測位手段の測位結果から逆算して算出されることを特徴とする、請求項7に記載の移動体用測位装置。
【請求項9】
連続した2以上の周期において前記PSR算出手段により算出される擬似距離の誤差が所定許容範囲を超えたと前記PSR誤差判定手段により判定された場合に、前記PSR推定手段は、該2以上の周期のうちの最初の周期では、前記推定前回値に、前回周期と今回周期において前記ADR算出手段により算出された各ADRの差を足し合わせて、前記推定擬似距離を算出する一方、その後の周期では、前回周期において算出した前記推定擬似距離に、前回周期と今回周期において前記ADR算出手段により算出された各ADRの差を足し合わせて、前記推定擬似距離を算出することを特徴とする、請求項1に記載の移動体用測位装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−229065(P2009−229065A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−70908(P2008−70908)
【出願日】平成20年3月19日(2008.3.19)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】