説明

自動変速機及びその保護方法

【課題】極低温時であってもATFの昇温を適切に行い、自動変速機を保護する。
【解決手段】ATCU32は、ATF温度の初期値が低温度域にあって昇温促進処理(例えば、ロックアップ禁止、高速段への変速禁止)が開始された場合は、ATF温度の現在値に基づき昇温促進処理を終了するか否かを判定し、ATF温度の初期値が極低温度域にあって昇温促進処理が開始された場合は、昇温促進処理の継続時間に基づき昇温促進処理を終了するか否かを判定し、昇温促進処理を終了すると判定した場合に昇温促進処理を終了する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動変速機の制御に関し、特に、極低温時の自動変速機の保護制御に関する。
【背景技術】
【0002】
外気温が低く自動変速機の作動油(以下、「ATF」という。)の温度が低いと、その粘度が高くなり、変速に関与するクラッチ、ブレーキ等の摩擦締結要素の締結・解放が遅れ、変速ショックや変速遅延が発生する。
【0003】
これを防止するため、特許文献1は、低温時には最高速段への変速を禁止し、エンジンの始動から所定時間が経過するのを待って最高速段への変速禁止を解除する技術を開示している。この技術によれば、最高速段への変速が禁止されることによりエンジンの回転速度が禁止しない場合に比べ高めに維持されるので、トルクコンバータ内でのATFの撹拌量が多くなり、かつ、ATFを循環させるためのポンプの回転速度も高くなるため、ATFの温度上昇を促進することができる。
【0004】
また、特許文献2は、同様の目的で、低温時はエンジンの回転速度の累積値が所定値を超えるまでトルクコンバータのロックアップクラッチ(ダンパークラッチともいう。)の締結を禁止する技術を開示している。この技術によれば、ATFはトルクコンバータ内で撹拌され続けるので、ATFの温度上昇を促進することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】実開平2−96068号公報
【特許文献2】特開平7−174223号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ATFの温度がさらに低くなり極低温度域に入ると、ATFクーラと自動変速機を接続するクーラホース内にATFが滞留し、ATFクーラから自動変速機にATFを十分供給することができなくなる。これは、温度低下によりクーラホース内にあるATFの流動性が極度に低下することや、クーラホースが凍結して収縮すること等が原因であると考えられる。自動変速機へのATF供給量不足は、摩擦締結要素や回転要素の焼付き、破損の原因となり、好ましくない。
【0007】
しかしながら、上記従来技術におけるATFの昇温促進処理は、いずれも上記低温時の摩擦締結要素の作動遅れを回避することを目的としている。昇温促進処理の終了判定に用いる所定時間や所定値はこの目的を達成するのに必要な値に設定されるため、この昇温促進処理をそのまま極低温時に適用すると、ATFの温度が十分に上昇しないうちに昇温促進処理が終了してしまう可能性がある。
【0008】
また、ATFの温度に基づき昇温促進処理の終了を判定する方法であっても、ATFクーラから自動変速機にATFが供給されなくなる極低温時は自動変速機内のATFの温度のみが上昇するため、適切な終了判定ができない。
【0009】
本発明は、このような従来技術の技術的課題に鑑みてなされたもので、極低温時であっても自動変速機の作動油の昇温を適切に行い、自動変速機を保護することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のある態様によれば、作動油冷却用の熱交換器を有し前記熱交換器から作動油が供給される自動変速機であって、前記自動変速機内の前記作動油の温度を取得する作動油温度取得手段と、前記作動油温度取得手段により取得される前記作動油の温度の初期値が、前記作動油の粘度上昇により前記自動変速機内の摩擦締結要素の作動遅れを生じる低温度域、あるいは、前記低温度域よりも低い温度域であって前記作動油のさらなる粘度上昇により前記熱交換器から前記自動変速機への前記作動油の供給不足を生じる極低温度域にある場合に、前記作動油の温度上昇を促進する昇温促進処理を開始する昇温促進処理開始手段と、前記作動油の温度の初期値が前記低温度域にあって前記昇温促進処理が開始された場合は、前記作動油温度取得手段により新たに取得される前記作動油の温度に基づき前記昇温促進処理を終了するか否かを判定し、前記作動油の温度の初期値が前記極低温度域にあって前記昇温促進処理が開始された場合は、前記昇温促進処理の継続時間に基づき前記昇温促進処理を終了するか否かを判定し、前記昇温促進処理を終了すると判定した場合に前記昇温促進処理を終了する、昇温促進処理終了手段と、を備えたことを特徴とする自動変速機が提供される。
【0011】
本発明の別の態様によれば、作動油冷却用の熱交換器を有し前記熱交換器から作動油が供給される自動変速機の保護方法であって、前記作動油の温度の初期値が、前記作動油の粘度上昇により前記自動変速機内の摩擦締結要素の作動遅れを生じる低温度域、あるいは、前記低温度域よりも低い温度域であって前記作動油のさらなる粘度上昇により前記熱交換器から前記自動変速機への前記作動油の供給不足を生じる極低温度域にある場合に、前記作動油の温度上昇を促進する昇温促進処理を開始し、前記作動油の温度の初期値が前記低温度域にあって前記昇温促進処理が開始された場合は、前記作動油の温度の現在値に基づき前記昇温促進処理を終了するか否かを判定し、前記作動油の温度の初期値が前記極低温度域にあって前記昇温促進処理が開始された場合は、前記昇温促進処理の継続時間に基づき前記昇温促進処理を終了するか否かを判定し、前記昇温促進処理を終了すると判定した場合に前記昇温促進処理を終了する、ことを特徴とする自動変速機の保護方法が提供される。
【発明の効果】
【0012】
これらの態様によれば、極低温時であっても作動油の昇温促進処理が必要な時間行われ、自動変速機の潤滑不良に起因する摩擦締結要素や回転要素の焼き付き、破損を防止し、自動変速機を保護することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態に係る自動変速機を備えた車両の概略構成図である。
【図2A】ロックアップ解除状態を説明するための説明図である。
【図2B】ロックアップ状態を説明するための説明図である。
【図3】変速機コントロールユニットが行う自動変速機の保護制御のプログラムの内容を示したフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0015】
図1は本発明の実施形態に係る自動変速機を備えた車両の概略構成を示している。車両は、エンジン10と自動変速機20を備える。エンジン10の出力回転は自動変速機20で変速された後、図示しない駆動輪へと伝達される。
【0016】
自動変速機20は、変速機構21とトルクコンバータ22を備える。変速機構21は、複数の遊星歯車、摩擦締結要素(クラッチ、ブレーキ)等を含んで構成される有段変速機構であり、例えば、1速〜7速の前進用変速段と後進用変速段とを有する。自動変速機20は、摩擦締結要素を選択的に締結することで所望の変速段を実現する。
【0017】
また、自動変速機20はATFクーラ23を備えている。ATFクーラ23は、自動変速機20の作動油であるATF(オートマチックトランスミッションフルード)と外気との間の熱交換によりATFを冷却する熱交換器であり、後述する油圧回路24とクーラホース25aで接続されるとともに、自動変速機20とクーラホース25bで接続される。ATFクーラ23から自動変速機20には、冷却後のATFが供給される。
【0018】
トルクコンバータ22は、エンジン10の出力軸に連結されるケーシング22cと、ケーシング22cに連結されるポンプインペラ22pと、変速機構21の入力軸に連結されるタービンランナ22tと、ポンプインペラ22pとタービンランナ22tの間に配置されるステータ22sと、タービンランナ22tに連結されるロックアップクラッチ22lと、を備える。ロックアップクラッチ22lは、「ダンパークラッチ」とも呼ばれ、ケーシング22cとロックアップクラッチ22lの間に形成される油室22rにリリース圧Prを供給すると解放され、ロックアップクラッチ22lとタービンランナ22tの間に形成される油室22aにアプライ圧Paを供給すると締結される。なお、以下の説明では、ロックアップクラッチ22lを締結することを適宜、「ロックアップする」、解放することを「ロックアップ解除する」と表現する。
【0019】
ロックアップ解除すると、トルクコンバータ22はトルク増幅作用を発生し、エンジン10から入力されるトルクを増幅して変速機構21へと出力する。また、ロックアップすると、ポンプインペラ22pとタービンランナ22tが直結状態となり、トルクコンバータ22の滑りに起因する損失がなくなる。
【0020】
ロックアップクラッチ22lの締結・解放、及び、変速機構21を構成する摩擦締結要素の締結・解放は、複数のスプール弁、複数のソレノイド弁からなる油圧回路24からの供給油圧を切り換えることにより行われる。
【0021】
本車両の制御系は、エンジン10を制御するエンジンコントロールユニット(以下、「ECU」という。)31と、自動変速機20を制御する変速機コントロールユニット(以下、「ATCU」という。)32とで構成される。ECU31、ATCU32はいずれもCPU、メモリ、入出力インターフェースを含んで構成される。ECU31とATCU32は相互に接続され、必要な情報をやりとりする。
【0022】
ECU31には、エンジン回転速度センサ41で検出されるエンジン10の回転速度Ne、アクセル操作量センサ42で検出されるアクセルペダルの操作量APO等が入力される。ECU31は、これら入力信号に基づきエンジン10を制御する。例えば、ECU31は、エンジン10の回転速度Neとアクセルペダルの操作量APOに基づき目標エンジントルクを演算し、演算された目標エンジントルクが実現されるよう、エンジン10のスロットル開度、燃料噴射量、燃料噴射時期、点火時期を制御する。
【0023】
ATCU32には、車速センサ43で検出される車速VSP、入力回転速度センサ44で検出される自動変速機20の入力回転速度Ni(=トルクコンバータ22の出力回転速度)、ATF温度センサ45で検出される自動変速機20内のATF(より具体的にはオイルポンプがオイルパンから吸い上げるATF)の温度Tatf、アクセル操作量センサ42で検出されるアクセルペダルの操作量APOが入力される。ATCU32は、図示しない変速マップを参照し、車速VSPと変速マップ上に設定されるロックアップ車速との比較結果に基づきロックアップの可否を判定し(例えば、車速VSPがロックアップ車速5km/h以上のときにロックアップ許可と判定)、判定結果に応じてロックアップないしロックアップ解除を行う。ATCU32は、また、変速マップを参照して、車速VSPとアクセルペダル操作量APOに基づき目標とする変速段を決定し、目標とする変速段が実現されるように変速機構21の摩擦締結要素を選択的に締結する。
【0024】
ロックアップについてさらに説明する。
【0025】
図2Aはロックアップクラッチ解除状態、図2Bはロックアップ状態を示している。ロックアップクラッチ22lには油圧回路24内のロックアップ油圧回路24lを介してアプライ圧Paないしリリース圧Prが供給される。
【0026】
まず、図2Aを参照しながらロックアップ解除状態について説明する。ロックアップクラッチ22lを解放しロックアップ解除状態とするには、ATCU32からロックアップソレノイド24sに送られるデューティ比Dutyをゼロとして、ロックアップソレノイド24sからロックアップ油圧回路24lに供給されるソレノイド圧Psolをゼロにすればよい。この結果、ポンプ圧Ppがリリース圧Prとして油室22rに導入され、ロックアップクラッチ22lが解放される。そして、導入されたリリース圧Prは油室22aを経由してトルクコンバータ22の外に排出され、さらにロックアップ油圧回路24lを経由してATFクーラ23へと送られる。
【0027】
次に、図2Bを参照しながらロックアップ状態について説明する。ロックアップクラッチ22lを締結してロックアップ状態とするには、ATCU32からロックアップソレノイド24sに送られるデューティ比Dutyを増大させ、ソレノイド圧Psolを所定圧まで上昇させる。この結果、ロックアップ油圧回路24l内の流路が切り換わり、ソレノイド圧Psolがアプライ圧Paとして油室22aに導入され、ロックアップクラッチ22lが締結される。
【0028】
ところで、ロックアップクラッチ22lの締結・解放は、上記の通り変速マップに従い行われるのであるが、ATFの温度Tatfが低く、その粘度が高いときは、摩擦締結要素の締結・解放が遅れ、変速ショックや変速遅延の原因となる。このため、ATCU32は、ATF温度Tatfを監視し、ATF温度Tatfが摩擦締結要素の作動遅れがなくなる所定温度TC(例えば、35℃〜45℃の間の値)まで上昇するまでは、ロックアップを禁止し、ATFの昇温を促進する(ATFの昇温促進処理)。ロックアップを禁止すると、トルクコンバータ22内でのATFが撹拌され続けるので、ATFの昇温を促進することができる。
【0029】
しかしながら、このような低温時を想定した昇温促進処理のみだけでは、ATFの温度Tatfがさらに低くなる極低温時に十分に対応できない。これは次の理由による。
【0030】
極低温時は、クーラホース25a、25b内のATFの流動性の極端な低下や、凍結によるクーラホース25a、25bの収縮等により、ATFクーラ23と自動変速機20の間でATFが循環しなくなり、自動変速機20内のATFの温度のみが上昇する。このため、ATF温度Tatfが十分に上昇していても、ATFクーラ23内やクーラホース25a、25b内には依然として極低温のATFが残っている場合があり、ATF温度Tatfに基づき昇温促進処理の終了を判定する方法では昇温促進処理を終了する時期を正しく判定することができない。そして、ATFクーラ23内等に極低温のATFが残ったまま昇温促進処理を終了してしまうと、ATFクーラ23と自動変速機20との間のATFの循環が回復するまでの時間が長くなり、摩擦締結要素や回転要素の焼付き、破損の原因となる。
【0031】
そこで、ATCU32は、低温時と極低温時とで昇温促進処理の終了条件を異ならせ、極低温時においてもATFの昇温促進処理が必要な時間行われるようにする。さらに、極低温時は、ロックアップ禁止に加え、高速段への変速も禁止するようにする。これにより、禁止しない場合に比べエンジン10の回転速度Neが高く維持され、トルクコンバータ22内でのATFの撹拌量が多くなるとともにATFを循環させるためのポンプ回転速度も高くなり、ATFの温度上昇をさらに促進することができる。
【0032】
図3は、ATCU32が行う低温時及び極低温時における自動変速機20の保護制御のプログラムの内容を示したフローチャートである。本プログラムは、ATCU32のメモリに格納されており、エンジン10のイグニッションキーがONにされたときにATCU32により実行される。以下、これを参照しながら低温時及び極低温時における自動変速機20の保護制御について説明する。
【0033】
まず、S1では、ATCU32は、イグニッションキーがONにされてからの経過時間がATF温度判定開始時間を経過しているか判定する。ATF温度判定開始時間は、イグニッションキーがOFFからONにされATF温度センサ45に通電が開始されてから、ATF温度センサ45の出力信号が安定するまでの時間、例えば、1秒前後に設定される。肯定的な判定がなされた場合は処理がS2に進み、そうでない場合はS1の判定を繰り返す。
【0034】
S2では、ATCU32は、ATF温度センサ45により検出されるATF温度Tatfを取得する。ATCU32は、このとき取得したATF温度TatfをATF初期温度Tatf_iniとしてメモリに記憶する。
【0035】
S3〜S5では、ATCU32は、ATF初期温度Tatf_iniがどの温度域にあるかを判定する。この実施形態では温度域として次の4つの温度域(a)〜(d):
(a) 第1の極低温度域(Tatf_ini≦TA)
(b) 第1の極低温度域よりも温度の高い第2の極低温度域(TA<Tatf_ini≦TB)
(c) 低温度域(TB<Tatf_ini≦TC)
(d) 常用域(Tatf_ini>TC)
を想定し、ATF初期温度Tatf_iniが温度域(a)〜(c)のいずれかにある場合には、ATCU32は、ATFの昇温促進処理を行う。
【0036】
所定温度TA、TBは、ATFクーラ23と自動変速機20との間のATFの循環に支障を来す温度、すなわち、温度低下により粘度の高くなったATFがクーラホース25a、25b内に滞留し、自動変速機20の潤滑に必要なATF量をATFクーラ23から自動変速機20に供給できなくなる粘度までATFの粘度が高くなる温度に設定される。ATFが凝固した場合はもちろんのこと、ATF温度Tatfが凝固点に近づきATFの流動性が極度に低下した場合もATFの循環不良が生じるので、所定温度TA、TBは、ATFの凝固点よりも高めの値となる。自動変速機20で使用するATFの低温特性、ATFを循環させるためのポンプの能力にもよるが、例えば、TAは−35℃〜−40℃の間の値、TBはTAよりも高い−30℃〜−35℃の間の値に設定される。
【0037】
所定温度TCは、摩擦締結要素の締結・解放を遅れなく行えるATF温度Tatfの下限値に対し、余裕を持たせた値に設定される。自動変速機20で使用するATFの低温特性、ATFを循環させるためのポンプの能力にもよるが、例えば、TCは35℃〜45℃の間の値に設定される。
【0038】
S3〜S5の判定の結果、ATF初期温度Tatf_iniが、第1の極低温度域にある場合は処理がS6に進み、第2の極低温度域にある場合は処理がS12に進み、低温度域にある場合は処理がS21に進み、常用域にある場合は処理がS30に進む。
【0039】
(a) 第1の極低温度域での昇温制御
S6〜S11では、ATCU32は、極低温対応の保護制御を行う。
【0040】
まず、S6では、ATCU32はATFの昇温促進処理を開始する。ATCU32は、昇温促進処理としてロックアップ及び高速段への変速を禁止する。ここでいう高速段とは、所定の変速段以上の高速走行用の変速段であり、その変速段を使用した場合にエンジン10の回転速度が下がりATFの昇温が妨げられる変速段を指す。ロックアップを禁止するとトルクコンバータ22内でATFが撹拌され続け、また、高速段への変速を禁止するとエンジン10の回転速度Neが高めに維持され、トルクコンバータ22内でのATFの撹拌量が多くなるとともにATFを循環させるためのポンプの回転速度も高くなるので、ATFの昇温を促進することができる。
【0041】
S7では、ATCU32は、ATF温度センサ45により検出される最新のATF温度Tatfを取得し、これをATF現在温度Tatf_crrとしてメモリに記憶する。
【0042】
S8では、ATCU32は、ATF現在温度Tatf_crrがATFの上限温度THを超えているか判定する。ATFの上限温度THは、摩擦締結要素のフェーシング(摩擦材)の劣化を引き起こす温度の下限値に余裕を持たせた値に設定され、例えば、THは90℃〜100℃の間の値に設定される。ATF現在温度Tatf_crrがATFの上限温度THを超えている場合は処理がS30に進み、ATFの昇温促進処理を終了する、すなわち、ロックアップ及び高速段への変速を許可する。
【0043】
ATF現在温度Tatf_crrがATFの上限温度THを超えていない場合は処理がS9、S10に進み、所定車速VSPL以上での走行時間を積算し、累積走行時間TMrunを演算する。所定車速VSPLは、外気温が極低温であってもATFを昇温させることのできる車速に設定され、例えば、15km/h〜20km/hに設定される。S10では、ATCU32は、車速VSPが所定車速VSPLを超える時間のみを累積走行時間TMrunに加算する。
【0044】
S11では、ATCU32は、累積走行時間TMrunが所定時間TM1を超えているか判定する。所定時間TM1は、ATF初期温度Tatf_iniが第1の極低温度域にある場合に、自動変速機20とATFクーラ23の間のATFの循環を回復するとともに、摩擦締結要素の締結・解放に遅れを生じない温度までATF温度Tatfが上昇するのに要する時間、例えば、40分〜50分の間の値に設定される。
【0045】
累積走行時間TMrunが所定時間TM1を超えている場合は、処理がS30に進み、ATCU32は、昇温促進処理を終了する、すなわち、ロックアップ及び高速段への変速を許可する。これに対し、累積走行時間TMrunが所定時間TM1を超えていない場合は、処理がS7に戻り、ATCU32は、ATFの昇温促進処理を継続する。
【0046】
したがって、ATF初期温度Tatf_iniが第1の極低温度域にある場合は、ロックアップ及び高速段への変速を禁止する昇温促進処理が開始される。そして、この昇温促進処理は、所定車速VSPL以上での累積走行時間TMrunが所定時間TM1を超えるまで、あるいは、ATF現在温度Tatf_crrがATFの上限温度THを超えるまで、継続される。
【0047】
昇温促進処理終了後は、変速マップに従い、ロックアップ、及び、高速段も含めた全変速段への変速が行われる。
【0048】
(b) 第2の極低温度域での昇温制御
S12〜S17では、ATCU32は、S6〜S11と同様に極低温対応の保護制御を行うが、ATF初期温度Tatf_iniが第1の極低温度域よりも高い第2の極低温度域にあり、第1の極低温度域よりも短期間の昇温促進処理でATFを常用域まで昇温させることができることから、S17での昇温促進処理の終了判定に用いるしきい値である所定時間TM2が、ATF温度Tatfが第1の極低温度域にあるときの所定時間TM1よりも短く設定され、例えば、30分〜40分の間の値に設定される。それ以外の処理はS6〜S11と共通であるので、ここでは詳しい説明を省略する。
【0049】
なお、ATF初期温度Tatf_iniが第2の極低温度域にあるときは、第1の極低温度域にあるときよりも低い車速VSPでもATFを昇温させることができると考えられるので、S15で用いる所定車速VSPLをS9で用いる所定車速VSPLよりも低く設定するようにしても良い。
【0050】
したがって、ATF初期温度Tatf_iniが第2の極低温度域にある場合は、ロックアップ及び高速段への変速を禁止する昇温促進処理が開始され、所定車速VSPL以上での累積走行時間TMrunが所定時間TM2(<TM1)を超えるまで、あるいは、ATF現在温度Tatf_crrがATFの上限温度THを超えるまで、昇温促進処理が継続される。
【0051】
昇温促進処理終了後は、変速マップに従い、ロックアップ、及び、高速段も含めた全変速段への変速が行われる。
【0052】
(c) 低温度域での昇温制御
ATF温度Tatfが第2の極低温度域よりも高いが所定温度TCよりも低い場合は、処理がS21に進む。S21では、ATCU32は、昇温促進処理を開始し、昇温促進処理としてロックアップを禁止する。
【0053】
S22では、ATCU32は、ATF現在温度Tatf_crrをATF温度センサ45から取得する。S23では、ATCU32は、ATF現在温度Tatf_crrが所定温度TCを超え常用域に入っているか判定する。常用域に入っている場合には処理がS30に進み、ATCU32は、昇温促進処理を終了する、すなわち、ロックアップを許可する。これに対し、ATF現在温度Tatf_crrが所定温度TCを超えていない場合は、処理がS22に戻り、ATCU32は、ATFの昇温促進処理を継続する。
【0054】
したがって、ATF初期温度Tatf_iniが低温度域にある場合は、ロックアップを禁止するATFの昇温促進処理が開始され、ATF現在温度Tatf_crrが所定温度TCよりも高くなるまで昇温促進処理が継続される。
【0055】
昇温促進処理終了後は、変速マップに従い、ロックアップが行われる。
【0056】
続いて、上記保護制御を行うことによる作用効果について説明する。
【0057】
上記保護制御は、大きく分けて、ATFクーラ23と自動変速機20とを接続するクーラホース25a、25b内に極低温で流動性が極度に低下したATFが滞留し、ATFクーラ23から自動変速機20へのATF供給量が不足する極低温時の保護制御(S6〜S17)と、極低温時ほど温度は低くないもののATFの温度が低いために自動変速機20内の摩擦締結要素の作動遅れが生じる低温時の保護制御(S21〜S23)に大きく分けることができる。極低温時の保護制御は、さらに、第1の極低温時の保護制御(S6〜S11)と第2の極低温時の保護制御(S12〜S17)とに分かれており、ATF初期温度Tatf_iniに応じていずれかの制御が行われる。
【0058】
いずれの保護制御もATFの昇温促進処理としてロックアップを禁止することによりATFの昇温を促進する点では共通する(S6、S12、S21)。しかしながら、昇温促進処理の終了条件が温度域によって異なっており、低温時の保護制御では、ATF現在温度Tatf_crrが所定温度TCを超えるまで昇温促進処理が行われるのに対し(S23)、第1あるいは第2の極低温時の保護制御では、昇温促進処理が所定時間継続するまで行われる(S11、S17)。
【0059】
これは、極低温時は、ATFクーラ23と自動変速機20との間でATFが循環せず自動変速機20内のATFの温度のみが上昇するので、ATF温度センサ45により検出されるATF現在温度Tatf_crrに基づき昇温促進処理の終了を判定すると、ATFクーラ23やクーラホース25a、25b内のATFの温度が上昇していないにも関わらず昇温促進処理を終了すると判定してしまい、自動変速機20の潤滑不良、ひいては摩擦締結要素や回転要素の焼き付き、破損を招く可能性があるからである。
【0060】
上記保護制御では、極低温時は、昇温促進処理の継続時間に基づき昇温促進処理の終了判定を行うようにしたことにより、極低温時であっても、昇温促進処理を必要な時間行うことができ、自動変速機20の潤滑不良、これに起因する摩擦締結要素や回転要素の焼き付き、破損を防止することができる(請求項1、7に記載の発明の効果)。
【0061】
また、上記保護制御では、極低温時、昇温促進処理の継続時間として、自動変速機20を搭載した車両がATFを昇温させることのできる所定車速VSPL以上で走行した時間の累積時間を用い、これが所定時間TM1、TM2に達した場合に昇温促進処理が終了するようにしている(S9〜S11、S15〜S17)。これにより、昇温促進処理によるATFの昇温の程度を精度良く把握し、昇温促進処理の終了判定をより適切に行うことができる(請求項2に記載の発明の効果)。なお、ここでは車速VSPが所定車速VSPL以上での走行時間の累積時間を終了判定に用いているが、車速VSPに代えてエンジン10の回転速度Neや自動変速機20の入力回転速度Niが所定回転速度以上の時間を累積し、これを終了判定に用いてもよい。
【0062】
極低温時の制御を第1の極低温時の保護制御(S6〜S11)と第2の極低温時の保護制御(S12〜S17)とに分け、終了判定に用いる所定時間TM1、TM2を異ならせているのは、同じ極低温であってもATF初期温度Tatf_iniが低いほどATFの昇温に時間に要することを考慮したものである。ATF初期温度Tatf_iniが低いほど昇温促進処理の終了判定に用いる所定時間を長くすることで(TM1>TM2)、昇温促進処理の終了判定をより適切に行うことができる(請求項3に記載の発明の効果)。なお、ここでは、極低温領域を2つに分けて、領域に応じて終了判定に用いる所定時間としてTM1、TM2を設定しているが、極低温領域を3つ以上に分け、終了判定に用いる所定時間をより細かく設定しても良い。あるいは、極低温領域を分けることに代え、計算式やテーブル等を用いてATF初期温度Tatf_iniから所定時間を演算するようにしてもよい。
【0063】
昇温促進処理としては、本実施形態のように自動変速機20がロックアップクラッチ22lを有するトルクコンバータ22を備える場合は、上記保護制御のようにロックアップの禁止を行うのが好適である(S6、S12、S21)。これにより、トルクコンバータ22内でATFが撹拌され続け、ATFの昇温を促進することができる(請求項4に記載の発明の効果)。また、極低温時は、昇温促進処理として高速段への変速禁止も併せて行うのが好適である(S6、S12)。これにより、高速段への変速を禁止しない場合に比べエンジン10の回転速度Neが高めに維持されるので、ATFの撹拌量が多くなるとともにATFを循環させるためのポンプの回転速度も高くなり、ATFの昇温を促進することができる(請求項5に記載の発明の効果)。なお、この実施形態では極低温時はロックアップ禁止及び高速段への変速禁止の両方を行うが、いずれか一方を行うようにしてもよい。また、低温時はロックアップ禁止のみを行うが、高速段への変速禁止を併せて行ってもよいし、ロックアップ禁止に代えて高速段への変速禁止を行ってもよい。
【0064】
また、極低温時はATFクーラ23と自動変速機20の間でATFが循環せず、ATFの温度のみが上昇するので、ATFの温度が自動変速機20内の摩擦締結要素のフェーシング(摩擦材)の劣化を引き起こす上限温度THまで上昇する可能性がある。上記保護制御では、このような場合は、昇温促進処理中であっても昇温促進処理を終了するようにしたので(S8→S30、S14→S30)、ATFの温度が上限温度THを超えて上昇し続けることがなく、摩擦締結要素のフェーシングの劣化を防止することができる(請求項6に記載の発明の効果)。
【0065】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一つを示したものに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0066】
例えば、上記実施形態では、自動変速機20が有段変速機であるとして説明したが、自動変速機20は有段変速機に限定されず、ベルト式、チェーン式、トロイダル式等の無段変速機であってもよい。この場合、ATFの昇温促進処理として高速段への変速禁止に代えて、所定のハイ側変速比以下の変速比への変速を禁止すればよい。
【符号の説明】
【0067】
10 エンジン
20 自動変速機
21 変速機構
22 トルクコンバータ
22l ロックアップクラッチ
23 ATFクーラ(熱交換器)
25a クーラホース
25b クーラホース
32 変速機コントロールユニット(ATCU、昇温促進処理開始手段、昇温促進処理終了手段)
43 車速センサ
45 ATF温度センサ(作動油温取得手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
作動油冷却用の熱交換器を有し前記熱交換器から作動油が供給される自動変速機であって、
前記自動変速機内の前記作動油の温度を取得する作動油温度取得手段と、
前記作動油温度取得手段により取得される前記作動油の温度の初期値が、前記作動油の粘度上昇により前記自動変速機内の摩擦締結要素の作動遅れを生じる低温度域、あるいは、前記低温度域よりも低い温度域であって前記作動油のさらなる粘度上昇により前記熱交換器から前記自動変速機への前記作動油の供給不足を生じる極低温度域にある場合に、前記作動油の温度上昇を促進する昇温促進処理を開始する昇温促進処理開始手段と、
前記作動油の温度の初期値が前記低温度域にあって前記昇温促進処理が開始された場合は、前記作動油温度取得手段により新たに取得される前記作動油の温度に基づき前記昇温促進処理を終了するか否かを判定し、前記作動油の温度の初期値が前記極低温度域にあって前記昇温促進処理が開始された場合は、前記昇温促進処理の継続時間に基づき前記昇温促進処理を終了するか否かを判定し、前記昇温促進処理を終了すると判定した場合に前記昇温促進処理を終了する、昇温促進処理終了手段と、
を備えたことを特徴とする自動変速機。
【請求項2】
請求項1に記載の自動変速機であって、
前記昇温促進処理の継続時間とは、前記作動油を昇温させることのできる車速以上の車速で前記自動変速機を搭載した車両が走行した時間の累積時間である、
ことを特徴とする自動変速機。
【請求項3】
請求項1または2に記載の自動変速機であって、
前記昇温促進処理終了手段は、前記作動油の温度の初期値が前記極低温度域にあって前記昇温促進処理が開始された場合は、前記昇温促進処理の継続時間が所定時間を超えたときに前記昇温促進処理を終了すると判定し、前記作動油の温度の初期値が低いほど前記所定時間を長く設定する、
ことを特徴とする自動変速機。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一つに記載の自動変速機であって、
前記自動変速機は、ロックアップクラッチを有するトルクコンバータを備え、
前記昇温促進処理は、前記ロックアップクラッチの締結を禁止することである、
ことを特徴とする自動変速機。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一つに記載の自動変速機であって、
前記自動変速機は、複数の変速段を有する有段変速機であり、
前記昇温促進処理は、前記自動変速機の所定変速段以上への変速を禁止することである、
ことを特徴とする自動変速機。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一つに記載の自動変速機であって、
前記昇温促進処理終了手段は、前記昇温促進処理中、前記作動油温度取得手段により新たに取得される前記作動油の温度が前記作動油の上限温度を超えると前記昇温促進制御を終了する、
ことを特徴とする自動変速機。
【請求項7】
作動油冷却用の熱交換器を有し前記熱交換器から作動油が供給される自動変速機の保護方法であって、
前記作動油の温度の初期値が、前記作動油の粘度上昇により前記自動変速機内の摩擦締結要素の作動遅れを生じる低温度域、あるいは、前記低温度域よりも低い温度域であって前記作動油のさらなる粘度上昇により前記熱交換器から前記自動変速機への前記作動油の供給不足を生じる極低温度域にある場合に、前記作動油の温度上昇を促進する昇温促進処理を開始し、
前記作動油の温度の初期値が前記低温度域にあって前記昇温促進処理が開始された場合は、前記作動油の温度の現在値に基づき前記昇温促進処理を終了するか否かを判定し、前記作動油の温度の初期値が前記極低温度域にあって前記昇温促進処理が開始された場合は、前記昇温促進処理の継続時間に基づき前記昇温促進処理を終了するか否かを判定し、前記昇温促進処理を終了すると判定した場合に前記昇温促進処理を終了する、
ことを特徴とする自動変速機の保護方法。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−94643(P2011−94643A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−246484(P2009−246484)
【出願日】平成21年10月27日(2009.10.27)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】