説明

薄膜多層構造体、該構造体を含む構成要素、および該構造体の堆積方法

本発明は、一つの反復単位が、炭素、ケイ素および水素を主成分とする2〜100層(A、B)からなる1〜1000の反復単位と、任意に機能性表面層(FSL)を含む、低摩耗率かつ低摩擦係数の耐食性薄膜多層構造体に係わる。本発明は、そのような薄膜多層構造体を含む構成要素、およびそのような薄膜多層構造体を堆積する方法にも係わる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低摩耗率かつ低摩擦係数の耐食性薄膜多層構造体、そのような構造体を含む構成要素、およびそのような構造体の堆積方法に係わる。
【背景技術】
【0002】
低摩耗率をもつ、特に低摩耗率かつ低摩擦係数をもつ硬質膜は、数十年にわたって、切削工具、機械部品、圧延部材および歯車など多くの熱機械的応用分野で極めて有利に用いられている。現在では、例えば航空機または航空宇宙機産業用のチタン合金などの合金上にそのような膜を作製することへの関心が高まりつつある。
【0003】
薄膜は、通常、PVD(物理蒸着)によって作製される。特に薄膜の摩擦摩耗が想定される場合は、薄膜を、例えばTiN、TiCN、TiCrN、CrCまたはTiAlNなどの窒化物および/または炭化物系とし、そのような薄膜をチタン系基板上にPVDによって作製するかまたは、PACVD(プラズマ援用化学蒸着)によって形成される、堅牢なカーボンもしくはDLC(ダイヤモンド様炭素)タイプ、すなわち水素化または非水素化非晶質炭素から成るタイプの薄膜とすることもできる。
【0004】
DLCという語は、水素化の程度が小さいかまたは大きい様々な材料を意味する。それらは、通常、例えば15〜30GPaの高硬度および200〜280GPaの高弾性率が必要とされる用途に用いられる。そのため、使用条件下で前記材料の摩擦係数(μ)は小さく、また摩耗率は10−6〜10−7mm・N・m−1のオーダーに限られる。摩擦係数は、特に鋼、アルミニウム合金およびチタン合金について、0.2を下回る。後者の2種の合金の場合、そのような低レベルの摩擦は稀である。DLC被膜は、弾性率が高く、同等硬度の窒化物系材料よりはるかに高い研磨・摩耗耐性をその主要な一特性として具えているため、技術産業界におけるこのタイプの被膜に対する需要は高まる一方である。
【0005】
しかし、この被膜には耐食性が不十分であるという欠点が有り、
(i)乾燥媒質中、DLCは、約400℃より高温で酸化し、その結果約400℃より高温で分解(黒鉛化)し、
(ii)湿潤媒質中、成長の欠陥が孔食を引き起す。
【0006】
加えて、DLCは歪みが大きく、そのため被覆された構成材と上層との間で歪みまたは弾性率プロファイルを整合させるのに複雑な副層群が必要となる。数ミクロンまでの様々な厚みを有するそれらの調整層もしくは副層の存在は、基板への膜の付着に関連する機械特性、負荷時の機械的強度、重なり合う様々な材料の物理化学的相互作用、およびアセンブリ全体の耐熱性を予測することを困難にする。このような多層システムは、所望機能のために被膜の挙動を最適化することも付加的に困難にする。
【0007】
特許文献1は、炭素、ケイ素および水素を含有する薄膜であって、後者の元素が30at%未満の量で存在し、C/Si比が約1.4〜約3.3である薄膜を記載している。この膜はPACVDによって作製され、その摩擦係数は小さい。
【0008】
【特許文献1】仏国特許出願公開第2736361号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、従来技術の被膜は、金属基板上にトライボロジー目的(従来技術で説明されるとおり摩耗および摩擦を制限)のために設けられる被膜の工業的要求を満足しない。
【0010】
従って、
−腐食性雰囲気中、および/または高温において金属表面について、ドライ状態(すなわち、その上に潤滑剤無添加)での低摩耗率および低摩擦係数などのトライボロジー特性と、
−金属基板上で高い機械的強度を示すような付着特性と、
−例えば400℃を越える高温においてトライボロジー特性および金属基板への付着性に変化が生じないという高い耐性と
を併せ持つ被膜が必要とされている。
【0011】
本願出願人は、ケイ素、炭素および水素を主成分とする幾つかの層が会合することによる層であって、5nmから5μmまでの厚みを有し、かつトライボロジー特性において相違する層の少なくとも2層が1反復単位を構成し、各反復単位がn回(ここで、nは1〜1000である)繰り返されることによって得られる或る特定の多層構造体が、予想外に上記のような諸特性の組み合わせをもたらすことを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0012】
従って、本発明の主題の一つは、低摩耗率かつ低摩擦係数の耐食性の薄膜多層構造体であって、該構造体は、
炭素、ケイ素および水素を主成分とする層を2〜100層、好ましくは2〜10層含む反復単位を1〜1000、好ましくは1〜500を含み、
付加的に、機能性表面層を含む。
【0013】
「低摩擦係数の」という表現は本発明においては、摩擦係数μが、例えば
−回転式トライボメーターを用い、3Nの垂直荷重の負荷下、移動距離100m、移動速度0.02m・s−1、ドライ状態すなわち潤滑剤無添加で、25℃実験環境雰囲気中で、100C6鋼から成る直径6mmの球を相手金属体として用いて行なわれるトライボロジー試験の条件下に、または
−3Nの垂直荷重負荷下、移動距離20m、移動速度0.00017m・s−1、ドライ状態すなわち潤滑剤無添加で、25℃実験環境雰囲気中で、100C6鋼から成る直径6mmの球を相手金属体として用い、往復運動での往復動摩擦試験の条件下に、
0.2未満であることを意味すると理解される。
【0014】
本発明の構造体は低摩擦係数のため、接触し合った構成要素を連続的にであれ断続的にであれ相対移動させることが求められる多くの産業分野での利用が考えられる。
【0015】
「摩耗率が低い」という表現は本発明においては、上記のトライボロジー試験条件下に膜を擦って生じた摩耗痕の表面形状測定によって求められる摩耗率が10−5mm・N・m−1未満であることを意味すると理解される。
【0016】
「耐食性」という語は本発明においては、pH5.5、温度25℃の5% NaCl水溶液中で飽和カロメル参照電極を用いて電気化学的に測定される溶解電位が100時間後に基板の溶解電位に達することを意味すると理解される。
【0017】
上記多層構造体は、その全厚が10μm未満であることが好ましく、より好ましくは1〜6μmの全厚を有する。
【0018】
反復単位を構成する各層は炭素、ケイ素および水素から成り、そのSi/C原子比は特に0.3〜1.5である。水素の比率は好ましくは10〜30at%である。
【0019】
反復単位の各層の厚みは好ましくは5nmから5μmまでであり、10mmから1μmまでであればなお好ましく、10〜500nmであれば一層好ましい。
【0020】
各層は1反復単位内で互いに独立に特定の機械特性、すなわち同じであるかまたは異なる機械特性を有し、そのような特性は例えば、1〜100GPa、好ましくは5〜80GPaの硬度、および10〜600GPa、好ましくは80〜400GPaのヤング率などである。これらの物理特性は、Berkovich圧子を用いて0.5〜200mNの荷重を付与し、押込み深さを10nmから1.5μmとするナノ押し込み法で測定する。
【0021】
付着特性は耐引掻き性試験によって測定する。試験条件は次のとおりである。半径200μmの球状の外形寸法を有するRockwellダイヤモンドスタイラスを薄膜の表面に当て、垂直荷重を0から30Nまで徐々に増すことにより5mm/分の一定速度で深さ5mmまで押し下げる。良好な付着性は、臨界荷重(Lc2)が15Nを上回り、好ましくは20Nを上回ることに相当する。
【0022】
「機能性層」という語は本発明においては、顕著な耐食性、耐引掻き性、または、例えば摩擦係数が小さく、摩耗率が低いといったトライボロジー特性を示す層を意味すると理解される。
【0023】
任意に設けられる機能性表面層は、該層の下方に位置する反復単位の層とは異なる特性をもたらす。
【0024】
機能性層は実質的に炭素を含み、すなわち30〜100at%、好ましくは40〜90at%の炭素を含む。機能性層はケイ素、水素、硫黄、フッ素、チタンまたはタングステンといった付加的な元素を含んでいてもよく、その際付加的な元素は好ましくは0〜70at%、より好ましくは10〜60at%の比率で存在する。
【0025】
好ましくは、機能性層の厚みは3μmを越えず、より具体的には1nmから2μmまでである。
【0026】
上記機能性表面層も、1〜100GPa、好ましくは5〜80GPaの硬度、および10〜600GPa、好ましくは80〜400GPaのヤング率などの機械特性を有する。
【0027】
低摩耗率かつ低摩擦係数の耐食性の構成要素であって、
−600℃より低温、好ましくは200〜600℃の温度での加熱では劣化しない材料から成る金属基板、
−接合層、および
−接合層上に設けられる、先に規定した本発明による薄膜多層構造体である表面被膜
を含む構成要素も本発明の主題である。
【0028】
金属基板は好ましくは、チタンもしくはTA6VやTi10.2.3といったいずれかのチタン合金、HS18−0−1鋼およびHS6−5−2−5鋼などの高速度鋼、ステンレス鋼、またはWC+Co K10およびWC+TiC+Ta(Nb)C+Co P10 K10などの炭化物から成る。
【0029】
基板と表面被膜との間に配置される接合層は、窒化、浸炭、浸炭窒化またはシリサイド化により得られ、好ましくは窒化により得られる。窒化物の例として、基板がチタンを主成分とする場合の窒化チタンを特に挙げることができる。
【0030】
接合層はアルゴン/水素/窒素の混合物から作製され得、この層は金属基板の表面を、特に多層構造体の基板への付着を促進するべく官能化し、同時に基板の負荷時変形を制限する。表面窒素濃度は好ましくは20〜80at%である。
【0031】
接合層の厚みは、好ましくは0.1〜100μm、より好ましくは0.2〜10μmである。
【0032】
本発明の構成要素は、
−被膜がトライボロジー特性に優れる、すなわち、周囲大気および/または腐食性雰囲気および/または高温雰囲気中で金属表面に対し、無潤滑環境下でも低い摩耗率および小さい摩擦係数を示す;
−被膜が、特に550℃までその付着性およびトライボロジー特性、例えば低い摩耗率および小さい摩擦係数が変化しないという優れた耐熱性を示し、かつ耐食性である;
−多層から成る複合構造によってシステムの機械的亀裂抵抗挙動が改善される;および
−実質的に窒素および水素から成る任意の接合層が金属基板の表面を官能化すると共に、基板の負荷時変形を制限する
という諸特徴を併せ持つ点で有利である。
【0033】
本発明は、低摩耗率かつ低摩擦係数の耐食性薄膜多層構造体の形態の表面被膜を、600℃より低温での加熱では劣化しない材料から成る金属基板上に、マイクロ波プラズマおよび/または低周波プラズマで活性化する化学蒸着によって堆積する方法にも係わり、この方法は、
i) 基板を、導入/排出ゾーン(エアロックと呼称)および最大密度のプラズマを収容し得る活性ゾーンを有するチャンバ内の支持体上に設置する工程と、これに続く、
ii) チャンバ内に一次真空、次いで二次真空を創出する工程、
iii) 一次真空下にエッチングガスを注入し、(活性ゾーン内の)放電ゾーンにおいてこのガスのプラズマを発生させ、かつ別途基板を200〜600℃の一定温度に加熱することにより、活性ゾーンにおいて基板をエッチングする工程、
iv) 基板を前記一定温度に加熱しつつ、チャンバの活性ゾーンに前処理ガスを注入してエッチングガスプラズマを前処理ガスプラズマで置換することにより、上述のような接合層を形成する工程、
v) 基板を前記一定温度に加熱しつつ、四面体状ケイ素環境を有する単一化合物かまたはケイ素含有混合物を含む反応性ガスを活性ゾーンに注入して前処理ガスプラズマを反応性ガスで置換し、マイクロ波発生機の出力および/または低周波発生機の周波数および/または電圧を変更することによって様々な層を得ることにより、上述のような多層構造体を形成する工程、
vi) 場合によっては、前記一定温度への加熱を継続しながら別の反応性ガスを注入し、このガスのプラズマで多層構造体形成用ガスのプラズマを置換することにより、活性ゾーンにおいて機能性表面層を堆積する工程、および
vii) 機能性表面層の所望の厚みに対応する所定の注入時間後に工程v)または工程vi)の反応性ガス注入を中止して基板を冷却する工程
という表面処理の諸工程とを含む。チャンバ内に創出される一次真空は0.13〜133.3Pa(10−3〜1torr)、好ましくは0.13〜66.7Pa(10−3〜0.5torr)、さらに好ましくは0.13〜13.3Pa(10−3〜10−1torr)の圧力に相当する。
【0034】
二次真空は、例えば6.5×10−2mPa(6.5×10−7mbar)前後であり得、ゾーン内の雰囲気の清浄化を可能にする。
【0035】
活性ゾーンに注入されたガスは特に、ガスプラズマを得るために、周波数2.45GHzまたは915MHzで作動する、その出力を0〜1500Wに設定されたマイクロ波発生機と接続されたマイクロ波源からの放電、および/または周波数が50〜460kHzで電圧が0〜300Vであり、またその表面出力密度は10W/cmのオーダーである低周波発生機からの放電によって励起され得る。
【0036】
マイクロ波発生機の出力、および/または特に低周波発生機の電圧を変更することにより、同じ反応性ガスを用いて得られる、C、SiおよびHを主成分とする層のトライボロジー特性を相違させることができる。
【0037】
工程iii)で用いるエッチングガスはアルゴンが有利であり、これに水素を添加してもよく、また基板をエッチングする際の該ガスの注入量は0.1〜10Sl/h(1時間当たりの標準リットル)であることが好ましい。
【0038】
工程iv)で用いる前処理ガスは窒素元素および/または炭素元素および/または水素元素および/またはケイ素元素を含有する。これらの元素の例として、特に窒素、メタン、エタン、アセチレン、エチレン、水素、シランおよびジシラン、ならびにこれらの混合物を挙げることができる。本発明の方法の好ましい実施において、前処理ガスは、アルゴンと混合された約20%以下の窒素および/またはメタンおよび/またはシランおよび/または水素を含む。
【0039】
エッチングおよび接合層の形成が被膜堆積用のチャンバ内で、特に中断を伴わずに実施され得ることを指摘することは重要である。
【0040】
工程v)で用いる反応性ガスは、テトラメチルシラン(TMS)もしくはテトラエチルシラン(TES)を単独で、または混合物として含むか、またはメタン、エタン、アセチレンもしくはエチレンといった炭化水素の前駆物質の混合物、および/またはシランやジシランといったケイ素含有化合物の混合物を含むことが有利である。
【0041】
工程v)の反応性ガスは、さらにアルゴンおよび/または水素を含有してもよい。このガスの注入量は、好ましくは2Sl/hである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
実施例および添付図面を参照して、本発明の好ましい具体例を以下に非限定的に詳述する。
【0043】
図1に、本発明による構成要素の第1の具体例を示す。この構成要素は、
−金属基板S、
−厚みdTLの接合層TL、
−総数nの反復単位、および
−例えば式XC〔式中XはS、Si、W、TiまたはFといった付加元素である〕を満足する炭化物の水素化物から成る、厚みdFSLの機能性表面層FSL
を含み、各反復単位は厚みdおよびdをそれぞれ有する2個の個別層AおよびBを含むので、反復単位の厚みΛは個別層の厚みdおよびdの和に等しく、Λ=d+dとなり、多層体の厚みdMLはnΛに等しい。
【0044】
基板はチタン合金Ta6Vなどのチタン合金から成り得る。
中間層TLは、例えば基板Sの表面を窒化することにより得られる。
個別層AおよびBは好ましくは水素化非晶質炭化ケイ素から成り、層Aの水素化非晶質炭化ケイ素は層Bの水素化非晶質炭化ケイ素より硬度が低い。
機能性表面層は、例えば非晶質の水素化炭化ケイ素から成る。
【0045】
図2に、特に図1に示したような本発明による構成要素を得るための装置を示す。
この装置は、実質的に鉛直な軸線を有する管状の反応器1を含む。この反応器は小型構成要素の製造に特に好適である。比較的嵩張る構成要素の場合、反応器1は別の形状を有してもよい。
【0046】
反応器1は二つの必須部分、すなわち試料装入用のエアロック2、および処理室3から成る。これらの部分は空気式滑り弁4によって互いに隔てられ、この弁は、新たに試料を装入するべく装入エアロック2が排気される際に処理室3を分離する。
装入エアロック2は試料の導入および排出を可能にする。
【0047】
例えばシリカ管の形態の水平導波管5が処理室3を領域6において貫通しており、この領域で2.45GHzのマイクロ波放電が創出される。導波管5はその一端において、出力0〜1500Wのマイクロ波発生機MWと接続されている。
【0048】
導波管5は、処理室3内で安定な放電を創出および維持するのに必要なエネルギーを表面波の形態で処理室3内にもたらす。
上記安定な放電はマイクロ波放電が創出される領域6の両側へ広がり、その到達する高さは、マイクロ波発生機MWの出力、処理室内の圧力、注入ガスの流量等、幾つかのパラメーターに依存する。
【0049】
放電は、移動管7に接続された低周波発生機LFからのものであってもよい。低周波発生機LFは、50〜400kHzの周波数および0〜300Vの電圧を印加し、それに
よって別の特性を有するプラズマを発生させることを可能にする。
この放電も、マイクロ波放電が創出される領域6に達する。
【0050】
上述のような安定放電によって、その広がりを図2中灰色で示したガスプラズマの維持が可能となる。
【0051】
反応器1は該容器内の圧力を調節するための二重排気システム(図2に示さず)を具備している。このシステムは出力240m/h前後の二段排気ユニット、およびハイブリッドターボ分子ユニット(250l/s)(図2に示さず)から成り、二段排気ユニットは、堆積時に一次真空下でガス流を用いて作業すること、または二次真空への切替え前に反応器を予備排気することを可能にし、ハイブリッドターボ分子ユニットは反応器の汚染を制限するための、約6.5×10−2mPa(6.5×10−7mbar)を限界とする二次真空をもたらす。後者のユニットはまた、圧力10Pa(0.1mbar)未満の低圧ガス流で作業することを可能にする。これら二つのユニットは共に装入エアロック2および処理室3に、電空式弁(図2に示さず)を介して接続されている。この接続を矢印Pによって表わす。
【0052】
堆積の際、反応器内の全圧は静電容量計と結合された絞り弁によって制御される。
【0053】
モーターによって駆動される移動管7は装置全体を貫通しており、前駆物質注入管8と基板ホルダー9との間隔dを変化させることができる。基板に入射した種の滞留時間は間隔dの選択によって規定される。基板は独立に600℃まで加熱され得、また同調装置を介して低周波発生機LFと、容量結合によって接続される。
【0054】
上述の様々な構成部材に加え、図2に示した装置は、本発明の方法の実施に必要な、具体的には基板S上に所望の薄膜多層構造体を形成するのに必要な様々なガスを反応器1内へ注入する手段も含む。
【0055】
図示の具体例において、上記ガス注入手段は主として注入管8を含み、この注入管は反応器1の底部を貫通し、かつ該管自体の鉛直軸線に沿って伸長して処理室3の、基板Sとマイクロ波放電が創出される領域6との間に位置する第2の領域、もしくは基板Sに対向する領域6の隣接部分に進入している。反応器1の外部において管8は、注入ガスの流量を随意に調節するための流量計システム10と接続されている。流量計システム10自体はエッチングガス供給管11、前処理ガス供給管12、および反応性ガスもしくは前駆物質ガス供給管13と接続されている。
別の具体例では、流量計システム10を6本の独立したガスラインと接続することも可能である。
【0056】
管11から供給されるエッチングガスはアルゴンであることが有利であり、管12から供給される前処理ガスは特に水素または窒素であり得る。
【0057】
供給管13を介して供給される反応性ガスもしくは前駆物質ガスは、ケイ素四面体環境を有する単一の有機ケイ素化合物である。この化合物として好ましいのはテトラメチルシランSi(CH(通常TMSと略記)である。テトラエチルシランSi(C(通常TESと略記)や、1個または2個のエチル基もしくはメチル基を、例えば水素または塩素で置換して得られるTMSまたはTESの誘導体を用いることも可能である。
【0058】
特に被覆するべき基板が比較的大型である場合は注入管8を、数個の注入ノズルを含む環状または格子状システムなど、いずれか他の注入手段に置き換えてもよいことに留意するべきである。ただし、他の注入手段であっても先に規定した処理室3の第2の領域内に配置し、基板Sの周囲で放電を遮らないようにする。
【0059】
また、被覆するべき基板が比較的大型であると、注入管8などの反応性ガス注入システムと基板ホルダー9とを相対移動させなければならない場合もある。この相対移動のために、基板ホルダー9を支持する機構が図2に概略的に示したものより複雑な形状を有し、かつ基板ホルダー9を並進および/または回転させるためのモーターを少なくとも1個具備していてもよい。このような構成は当業者に良く知られており、従ってこれ以上詳述しない。
【0060】
1個以上の基板Sが反応器1の基板ホルダー9上に配置されるやいなや、一次真空用の二段排気ユニット、次いで二次真空用の第2の排気ユニットを用いて真空が創出される。
【0061】
試料の配置後、次の表1に示す手順で堆積が施される。
【0062】
【表1】

【実施例】
【0063】
図2に基づき先に説明した装置を用いて、本発明による多層構造体を含む構成要素を製造した。この製造ではTA6Vチタン合金から成る基板の表面を、上掲の表1に規定した堆積手順を適用して処理した。用いた特定の温度、圧力、ガス流比率および電圧条件を次の表2に示す。
【0064】
【表2】

【0065】
このようにして、
−プラズマでエッチングされたTA6Vチタン合金基板、
−窒化接合層、
−いずれも厚みが140nmである2層から成る反復単位を10有する、本発明による複合多層体、および
−機能性表面層
を有する構成要素を得た。
【0066】
得られた構成要素は図1のように表わすことができ、その際、
−接合層の厚み:dTL=700nm;
−多層体の個別層の厚み:d=140nmおよびd=140nm;
−反復単位の厚み:Λ=d+d=140+140=280nm;
−反復単位の数:n=10、従って多層体の全厚:dML=nΛ=10×280=2800nm;および
−炭素を主成分とする機能性表面層の厚み:dFSL=200nm
である。
【0067】
この構成要素の様々な層の組成および諸特性を表3および表4に示す。
【0068】
【表3】

【0069】
上記のようにして得た試料の機械特性、すなわち摩耗率および摩擦係数、ならびに耐食性および付着力を測定した。結果を表4に示す。
【0070】
【表4】

【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】図1は本発明による多層構造体を含む構成要素の一具体例の概略図である。
【図2】図2は本発明による方法を実施するためのPACVD堆積反応器型装置の概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一つの反復単位が、炭素、ケイ素および水素を主成分とする2〜100層(A、B)、好ましくは2〜10層からなる、1〜1000の反復単位、好ましくは1〜500の反復単位、および
任意に機能性表面層(FSL)
を含むことを特徴とする低摩耗率かつ低摩擦係数の耐食性薄膜多層構造体。
【請求項2】
全厚が10μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の薄膜多層構造体。
【請求項3】
全厚が1〜6μm以下であることを特徴とする請求項2に記載の薄膜多層構造体。
【請求項4】
反復単位の各層(A、B)が炭素、ケイ素および水素から成り、Si/C原子比が0.3〜1.5であり、かつ10〜30at%の水素を含有することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の薄膜多層構造体。
【請求項5】
各層の厚み(d、d)が5nmから5μmまでであることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の薄膜多層構造体。
【請求項6】
反復単位の各層(A、B)が1反復単位内で互いに独立に1〜100GPaの硬度および10〜600GPaのヤング率を有することを特徴とする請求項1または2に記載の薄膜多層構造体。
【請求項7】
機能性表面層(FSL)が本質的に炭素を含むことを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の薄膜多層構造体。
【請求項8】
機能性表面層(FSL)が30〜100at%の炭素を含有することを特徴とする請求項7に記載の薄膜多層構造体。
【請求項9】
機能性表面層(FSL)がケイ素、水素、硫黄、フッ素、チタンおよびタングステンの中から選択される付加的な元素を0〜70at%の比率で含むことを特徴とする請求項7または8に記載の薄膜多層構造体。
【請求項10】
機能性表面層の厚み(dFSL)が3μm以下であることを特徴とする請求項1から9のいずれかに記載の薄膜多層構造体。
【請求項11】
機能性表面層の厚み(dFSL)が1nmから2μmまでの範囲内に有ることを特徴とする請求項10に記載の薄膜多層構造体。
【請求項12】
−600℃までの温度の加熱では劣化しない材料から成る金属基板、
−該基板と表面被膜との間に配置される接合層、および
−該接合層を被覆する、請求項1から11のいずれかに記載の薄膜多層構造体である表面被膜
を含むことを特徴とする低摩耗率かつ低摩擦係数の耐食性構成要素。
【請求項13】
前記金属基板が、チタンもしくはそのチタン合金の1つ、高速度鋼、ステンレス鋼、または炭化物から成ることを特徴とする請求項12に記載の構成要素。
【請求項14】
接合層が窒化、浸炭、浸炭窒化、またはシリサイド化されていることを特徴とする請求項12または13に記載の構成要素。
【請求項15】
接合層の厚みが0.1〜100μmであることを特徴とする請求項12から14のいずれかに記載の構成要素。
【請求項16】
以下の連続的工程を含む、低摩耗率かつ低摩擦係数の耐食性薄膜多層構造体の形態の表面被膜を、600℃より低温の加熱では劣化しない材料から成る金属基板上に、マイクロ波プラズマおよび/または低周波プラズマ活性化化学蒸着によって堆積する方法:
i)前記基板を、導入/排出ゾーンおよび最大密度のプラズマを収容し得る活性ゾーンを有するチャンバ内で、支持体に取り付ける工程、この取り付け工程は以下の表面処理工程に続く:
ii)チャンバ内に一次真空、次いで二次真空を創出する工程、
iii)一次真空においてエッチングガスを注入することにより、放電ゾーン内にこのガスのプラズマを発生させ、かつ別途に、前記基板を200〜600℃の一定温度に加熱することにより、活性ゾーン内で前記基板をエッチングする工程、
iv)前記基板を前記一定温度に加熱しつつ、チャンバの活性ゾーン内に前処理ガスを注入してエッチングガスプラズマを前処理ガスプラズマで置換することにより接合層を形成する工程、
v)前記基板を前記一定温度に加熱しつつ、四面体状ケイ素環境を有する単一化合物かまたはケイ素含有混合物を含む反応性ガスを活性ゾーンに注入して前処理ガスプラズマを反応性ガスで置換し、マイクロ波発生機の出力および/または低周波発生機の周波数および/または電圧を変更することによって様々な層を得ることにより、請求項1から11のいずれかに記載の多層構造体を形成する工程、
vi)場合によっては、前記一定温度への加熱を継続しながら別の反応性ガスを注入し、このガスのプラズマで多層構造体形成用ガスのプラズマを置換することにより、活性ゾーンにおいて機能性表面層を堆積する工程、および
vii)前記機能性表面層の所望の厚みに対応する所定の注入時間後、工程v)または工程vi)の反応性ガス注入を中止して基板を冷却する工程、
前記チャンバ内に創出される前記一次真空は、0.13〜133.3Pa(10−3〜1torr)、好ましくは0.13〜66.7Pa(10−3〜0.5torr)の圧力に相当する。
【請求項17】
前記前処理ガスが、窒素元素および/または炭素元素および/または水素元素および/またはケイ素元素を含有することを特徴とする請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記前処理ガスが、アルゴンと混合された約20%以下の窒素および/またはメタンを含むことを特徴とする請求項17に記載の方法。
【請求項19】
工程v)の反応性ガスが、テトラメチルシラン(TMS)もしくはテトラエチルシラン(TES)を単独で、または混合物として含むか、または炭化水素前駆物質および/またはケイ素含有化合物の混合物を含むことを特徴とする請求項16から18のいずれかに記載の方法。
【請求項20】
反応性ガスが水素および/またはアルゴンをも含有することを特徴とする請求項19に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2009−525397(P2009−525397A)
【公表日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−551733(P2008−551733)
【出願日】平成19年1月30日(2007.1.30)
【国際出願番号】PCT/EP2007/000779
【国際公開番号】WO2007/085494
【国際公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【出願人】(508228164)ユーロピアン エアロノティック ディフェンス アンド スペース カンパニー イーエーディーエス フランス (5)
【Fターム(参考)】