説明

被覆切削工具

【課題】耐摩耗性、耐熱亀裂性、靭性に優れる被覆切削工具及びその製造方法を提供する。
【解決手段】被覆切削工具は、微粒のWC粒子10pを硬質相とするWC基超硬合金からなる微粒層1pと粗粒のWC粒子10gを硬質相とするWC基超硬合金からなる粗粒層1gとが積層された基材1と、基材1表面に形成された被覆膜2とを具える。微粒層1pのWC粒子10pは、平均粒径1μm超3μm以下、粗粒層1gのWC粒子10gは、平均粒径が3μm超である。微粒層1pが基材表面側に配され、この上に被覆膜2が物理蒸着法により形成される。被覆膜2を構成する結晶粒20の中には、微粒層1pのWC粒子10pに直接接して成長した結晶粒20pが存在し、この結晶粒20pの粒径は、微粒層1pのWC粒子10pと同程度の大きさである。この被覆切削工具は、希ガスのイオンを用いたボンバードメント処理を基材1表面に施した後、被覆膜2を形成することで製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超硬合金からなる基材表面に被覆膜を具える被覆切削工具、及びこの切削工具の製造方法に関する。特に、耐摩耗性、耐熱亀裂性及び靭性に優れる被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
WC(炭化タングステン)を主成分とし、Co(コバルト)といった鉄族元素を結合相とした超硬合金を基材とし、基材表面に被覆膜を具える被覆切削工具が開発されてきている(例えば、特許文献1,2参照)。
【0003】
切削工具に求められる代表的な特性として、耐摩耗性(例えば、耐逃げ面摩耗性、耐クレーター摩耗性)、強度(例えば、抗折力)、靭性(例えば、耐欠損性、耐チッピング性)がある。特許文献1に記載の切削工具は、組成が異なる超硬合金で表面層と内部層とを構成し、二つの表面層で内部層を挟む積層構造の基材とすることで、耐クレーター摩耗性の向上を図っている。特許文献2に記載の切削工具は、平均粒径が異なるWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金で表面層と内部層とを構成し、二つの表面層で内部層を挟む積層構造の基材とすることで、強度及び靭性の向上を図っている。その他、耐熱亀裂性を向上することで、加工時の熱による工具寿命の低下を低減することができる。
【0004】
【特許文献1】特開昭58-52003号公報
【特許文献2】特開平7-197265号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来は、基材と被覆膜との双方について十分な検討がなされておらず、従来の被覆切削工具は、全体としての特性を向上させることが難しい。
【0006】
特許文献1,2に記載の技術は、被覆膜が無くなってもある程度使用できるように基材の特性の向上を図っている。しかし、基材だけでなく被覆膜をも合わせた被覆切削工具全体としての特性の向上を図ることは考慮されていない。従って、被覆膜は、単に存在させているだけであり、十分に活用しているとは言えない。
【0007】
被覆膜の特性を向上するには、例えば、被覆膜の組成や成膜条件を調整することが考えられる。しかし、被覆膜の組成は数多の種類が考えられ、所望の特性を得るための最適な組成を選択するには、多大な研究が必要である。従って、組成に依らず優れた特性を有する被覆膜を具える被覆切削工具の開発が望まれる。
【0008】
本発明は、上記事情を鑑みて成されたものであり、その目的の一つは、耐摩耗性、耐熱亀裂性、及び靭性に優れる被覆切削工具を提供することにある。また、本発明の他の目的は、上記被覆切削工具の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、WC基超硬合金からなる基材表面に被覆膜を具える被覆切削工具を開発するに当たり、以下の知見を得た。
【0010】
平均粒径が異なるWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金で基材を構成することで、耐摩耗性及び靭性の双方に優れた基材が得られる。
【0011】
一方、被覆膜の形成方法として、化学蒸着法(CVD法)と物理蒸着法(PVD法)とが知られている。CVD法は、成膜時の基材温度が比較的高いため、基材との密着性に優れる膜が得られるものの、成膜時の熱応力により引張応力が残留して膜表面に亀裂が発生し易く、切削加工時にこの亀裂が基材にまで伝搬して、工具の耐欠損性を低下させる。また、成膜時の加熱により基材自体も損傷する恐れがある。これに対してPVD法は、成膜時の基材温度が比較的低いため、上記膜の亀裂による欠損や成膜時の基材の損傷の恐れが少なく、かつ得られた膜は、圧縮残留応力が付与されるため、耐欠損性に優れると共に、高硬度で耐摩耗性に優れる。しかし、PVD法は基材温度が低いことから、得られた膜は、CVD法による膜と比較して基材との密着性に劣る。
【0012】
これらのことから、本発明者らは、基材と被覆膜との双方が優れた特性を発揮できる被覆切削工具を開発するにあたり、基材として、微粒のWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金からなる微粒層と、粗粒のWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金からなる粗粒層とを積層した積層部を有するものを採用した。また、本発明者らは、研究開発の結果、CVD法では、Coといった結合相上に膜の核生成がなされるのに対し、PVD法では、WCといった硬質相上に膜の核生成がなされることを見出し、基材直上に形成する被覆膜の形成方法として、PVD法を採用した。そして、PVD法で成膜するにあたり、PVD法で形成された膜(以下、PVD膜と呼ぶ)と基材との密着性の向上を検討した。
【0013】
その結果、積層部の微粒層を基材の表面側とし、この積層部表面にPVD法で成膜すると、微粒のWC粒子上に微細な結晶粒が形成され、膜において基材側の結晶粒が微細に分散されることから、基材と膜との密着性が向上するとの知見を得た。但し、焼結したままの超硬合金基材の表面は、焼結中に液相となったCoなどの結合相が局部的に浸み出し、結合相がWC粒子を覆っている場合がある。従って、上述のように基材とPVD膜との密着性を良好にするには、特定の前処理(クリーニング)を施してから成膜することが好ましいとの知見を得た。具体的には、希ガスのイオンを用いたボンバードメント処理を基材表面に施すと、基材表面側に存在する結合相が除去され、基材表面側に配置された微粒層中のWC粒子が露出された状態となり易い。この状態でPVD法により成膜すると、基材表面に存在する上記微粒層のWC粒子に接してPVD膜の結晶粒が形成され成長する。即ち、被覆膜を構成する結晶粒において基材直上に存在するPVD膜の結晶粒の中には、微粒層のWC粒子に直接接して成長するものが多数存在するようになる。このように被覆膜において基材直上部分を構成する結晶粒の中に、基材表面側のWC粒子(特に微粒層中のWC粒子)と連続的に形成された結晶粒が存在することで、基材と被覆膜(特に、PVD膜)との間で十分な密着性を得ることができる。
【0014】
ここで、基材に被覆膜を形成する前の前処理として、メタルイオン(例えば、Tiイオン)を用いるボンバードメント処理がある。この処理は、エッチングレートが高く、クリーニング作業性に優れる。しかし、この処理は、Tiなどのクリーニングに使用した不純物が基材表面に残留し易い。そして、不純物が基材表面に存在すると、基材のWC粒子に連続してPVD膜の結晶粒が実質的に形成できないため、基材とPVD膜との密着性が低下する。
【0015】
上述のように基材のWC粒子に連続してPVD膜の結晶粒が形成され成長することで、被覆膜において基材直上に存在するPVD膜の結晶粒と、基材表面に存在するWC粒子とが概ね同等の大きさとなる。即ち、被覆膜において基材との境界近傍に存在する結晶粒は、微粒層中のWC粒子同様に微細化される。この微細化により、被覆膜自体も耐チッピング性や耐摩耗性を向上することができる。更に、PVD膜の結晶粒を柱状に成長させると、基材に対して優れた密着性を維持し易いことに加えて、微細なWC粒子上に形成された微細なPVD膜の結晶粒の細かさが膜の基材側から表面側に向かって維持され易い。
【0016】
このように特定の構造の基材に、特定の前処理を施してから、PVD法により成膜すると、基材との密着性に優れる被覆膜とすることができる上に、膜自体の特性をも向上することができる。即ち、膜自体を単に微細化した以上の効果が得られる。従って、得られた被覆切削工具は、優れた特性を有する被覆膜を十分に活用することができ、かつ被覆膜が無くなっても優れた特性を有する基材を十分に活用することができる。本発明は、これらの知見に基づくものである。
【0017】
本発明被覆切削工具の製造方法は、WC基超硬合金からなる基材表面の少なくとも一部に被覆膜を形成して被覆切削工具を製造するものであり、以下の工程を具える。
1. 平均粒径1μm超3μm以下のWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金からなる微粒層と、平均粒径3μm超のWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金からなる粗粒層とが積層された積層部を有する基材を用意する工程。
2. 上記積層部の微粒層を基材の表面側とし、この積層部の表面の少なくとも一部に希ガスのイオンを用いてボンバードメント処理を施す工程。
3. 上記ボンバードメント処理が施された微粒層上に物理蒸着法により成膜する工程。
【0018】
上記本発明製造方法により、基材と被覆膜とが十分に密着し、かつ耐摩耗性、耐熱亀裂性及び靭性に優れる本発明被覆切削工具が得られる。本発明被覆切削工具は、微粒のWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金からなる微粒層と粗粒のWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金からなる粗粒層とが積層された積層部を有する基材と、基材表面の少なくとも一部に形成された被覆膜とを具える。微粒層は、平均粒径1μm超3μm以下のWC粒子を硬質相とし、粗粒層は、平均粒径3μm超のWC粒子を硬質相とする。被覆膜は、基材の表面側に配された上記積層部の微粒層上に物理蒸着法により形成された膜(以下、PVD膜と呼ぶ)を含む。このPVD膜は、微粒層の表面側に存在するWC粒子に直接接して成長した結晶粒を具える。そして、本発明被覆切削工具は、微粒層のWC粒子の平均粒径をd1、上記PVD膜の結晶粒の平均粒径をd2とするとき、d1/d2が0.7以上1.3以下を満たす。以下、本発明を詳細に説明する。
【0019】
<基材>
《組成》
基材は、WCを主成分とする硬質相と、CoやNiといった鉄族金属を主成分とする結合相とからなるWC基超硬合金で構成される。基材は、更に、周期律表IVa,Va,VIa族の金属元素群から選択される1種以上の元素や、同金属元素群から選択される1種以上の元素と、炭素、窒素、酸素及び硼素からなる群から選択される1種以上の元素とからなる化合物(固溶体)を含有していてもよい。具体的には、元素:Cr,Ta,V,Ti、化合物:(Ta,Nb)C,VC,Cr2C3,NbC,TiCNなどが挙げられ、これらの元素や化合物は、焼結中においてWC粒子の粒成長を抑制する働きを有するものが多い。WC粒子が少な過ぎると、耐摩耗性や靭性が低下したり、PVD膜を構成する結晶粒がWC粒子に倣って形成され難くなるため、微粒層及び粗粒層のWC粒子の含有量はいずれも、70〜98質量%が好ましい。公知の組成の超硬合金を利用してもよい。微粒層の組成と粗粒層の組成とは同じでも異なっていてもよい。
【0020】
《構造》
基材は、WC粒子の平均粒径が異なる複数種の超硬合金を積層してなる積層部を有するものとする。基材の少なくとも一部、特に、刃先及びその近傍は積層部からなり、すくい面側に微粒層が配された構造が好ましい。基材全体が積層構造でもよいし、刃先及びその近傍のみが積層部で構成され、ブレーカ部などの刃先及びその近傍以外の箇所が粗粒層又は微粒層のみで構成されていてもよい。基材全体を積層構造とすると、基材の製造性がよい。具体的な積層構造としては、例えば、微粒のWC粒子を硬質相とする微粒層と粗粒のWC粒子を硬質相とする粗粒層とが積層された断面二層構造や、二つの微粒層で一つの粗粒層を挟んだ断面三層構造が挙げられる。また、粗粒層を直方体状といった多角柱状とする場合、粗粒層を構成する面において隣接する少なくとも二面側に微粒層が配された構造や、粗粒層を構成する全面を覆うように微粒層が配された内包構造が挙げられる。基材の表面側、即ち被覆膜が形成される側に積層部の微粒層が配される。
【0021】
《微粒層》
[WC粒子の大きさ]
微粒層のWC粒子は、平均粒径1μm超3μm以下とする。微粒層のWC粒子をこの範囲とすることで、基材表面側を高硬度で耐摩耗性に優れると共に、耐熱亀裂性に優れる基材とすることができる。1μm以下では、十分な耐熱亀裂性が得られ難く、3μm超では、耐摩耗性が低下する。より好ましい平均粒径は、1μm超2.5μm以下である。微粒層のWC粒子の平均粒径を1μm超3μm以下とするには、原料として、平均粒径1μm超3μm以下の微細なWC粒子を利用することが挙げられる。原料となる微細なWC粒子は、市販のものでも、市販のものを粉砕して細かくして利用してもよい。
【0022】
[微粒層の厚さ]
微粒層は、基材自体の高硬度化や耐摩耗性の向上に寄与すると共に、基材の表面側に配されて、基材と被覆膜(特に、PVD膜)との密着性を高め、かつ被覆膜の特性を向上させることにも寄与する。このような効果を十分に得るためには、微粒層の厚さは比較的薄いことが好ましい。また、微粒層が厚過ぎると、耐クレーター摩耗性や靭性が低下する傾向にある。従って、微粒層の厚さは、100μm以下、特に10μm以下が好ましい。耐クレーター摩耗性の低下を抑制するために究極的には、微粒層のWC粒子が厚さ方向に一つ存在する構成、即ち、微粒層の厚さがWC粒子の最大径と同等な構成が好ましい。
【0023】
《粗粒層》
粗粒層のWC粒子は、平均粒径3μm超とする。平均粒径が大きいほど基材が高靭性になり易く、3μm以下では靭性向上効果が十分に得られない。より好ましい平均粒径は、3μm超10μm以下である。粗粒層のWC粒子の原料は、市販のものや、市販のものを所定の大きさとなるように粉砕したものを利用できる。
【0024】
《基材の形成》
微粒層と粗粒層とを積層した積層部を有する基材は、例えば、微粒層用のプレス成形体と粗粒層用のプレス成形体とをそれぞれ別個に形成し、所望の箇所が積層部となるようにこれらを重ね合わせて焼結して一体にしたり、微粒層用の原料と粗粒層用の原料とを用意し、所望の箇所が積層部となるように両原料を成形型に積層配置して一体のプレス成形体を形成して焼結することで製造できる。特に、一体のプレス成形体を形成すると、微粒層と粗粒層とを十分に接合させ易く好ましい。
【0025】
<被覆膜>
《前処理》
上記基材の少なくとも一部に被覆膜を形成する。被覆膜の形成箇所は適宜選択することができ、基材表面の一部、特に刃先及びその近傍にのみ被覆膜を形成してもよいし、基材表面の全面に亘って被覆膜を形成してもよい。そして、基材に被覆膜を形成する前に、希ガスのイオンを用いたボンバードメント処理を基材表面の少なくとも被覆膜を形成する箇所、特に基材表面側に配された積層部の微粒層に施して基材表面を清浄にすると共に、微粒層の表面側に存在する複数のWC粒子のうち、少なくとも一部のWC粒子は、その基材表面側部分が露出されるようにする。希ガスは、Ar,Kr,Xeなどの種々のものが利用できる。特に、この処理は、希ガスに対して電子源から熱電子を放出しながら希ガスのイオンを発生させて行うと、WC粒子表面の清浄化を高品位に行うことができ、WC粒子と膜の密着力を高めることができる上、エッチングレートを向上することができ、生産性に優れる。電子源は、タングステンフィラメントといった熱電子を放出可能な熱フィラメントが利用できる。なお、処理時間を長くしたり、バイアス電圧を大きくすると、WC粒子の基材表面側部分が露出されたWC粒子の数を多くすることができ、WC粒子に直接接して形成された結晶粒の数を多くすることができる。
【0026】
《形成方法》
被覆膜は、PVD法にて形成された膜(PVD膜)を含むものとする。少なくとも基材直上、特に基材表面側に配置された微粒層上にPVD膜が存在することが好ましく、基材側から表面側に亘って全てPVD膜でもよいし、基材側をPVD膜、表面側をCVD法にて形成された膜(CVD膜)というようにCVD膜を組み合わせてもよい。具体的なPVD法としては、バランスドマグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法、イオンプレーティング法などが挙げられる。特に、原料元素のイオン化率が高いアーク式イオンプレーティング(カソードアークイオンプレーティング)法が好適である。なお、成膜時の基材温度が高過ぎたり低過ぎると、PVD膜の結晶粒が大きくなったり小さくなることで、基材のWC粒子に倣って結晶粒が形成され難くなる。基材において被覆膜を形成しない箇所は、マスキングなどを施してから成膜する。
【0027】
《組成》
被覆膜の組成は、特に問わない。PVD膜は、PVD法で形成可能なあらゆる組成が適用できる。特に、被覆膜は、周期律表IVa、Va、VIa族の金属元素,Al,Si及びBからなる群から選択される1種以上の元素と、炭素、窒素、酸素及び硼素からなる群から選択される1種以上の元素との化合物からなる化合物膜を少なくとも一つを有することが好ましい。具体的には、TiCN,Al2O3,TiAlN,TiN,AlCrNなどが挙げられる。被覆膜は、一つの組成からなる膜だけでも、組成の異なる複数種の膜からなる多層構造でもよい。厚さ(多層構造の場合合計厚さ)は、1〜10μmが好ましい。厚さは、成膜時間を調整することで変化させることができる。
【0028】
《組織》
上述のように特定の前処理後にPVD法で成膜することで、被覆膜を構成する結晶粒のうち、基材直上に存在するPVD膜の結晶粒(以下、直上結晶粒と呼ぶ)の中には、微粒層の表面側に存在するWC粒子(以下、表面WC粒子と呼ぶ)に直接接して形成され成長したもの(以下、連続結晶粒と呼ぶ)が存在する。特に、表面WC粒子が基材表面側に密に分散している場合、直上結晶粒は、主として連続結晶粒により構成される。そして、連続結晶粒は、概ね表面WC粒子と同程度の大きさである。具体的には、微粒層のWC粒子(表面WC粒子を含む)の平均粒径をd1とし、被覆膜の連続結晶粒の平均粒径をd2とするとき、d1/d2が0.7以上1.3以下を満たす。
【0029】
上述のように前処理により基材表面に不純物が存在すると、基材直上のPVD膜の結晶粒は、表面WC粒子に直接接して形成できないため、密着性が低下する。また、基材直上のPVD膜の結晶粒が表面WC粒子よりも大きく、d1/d2が0.7未満であると、膜が剥離し易く、表面WC粒子よりも小さく、d1/d2が1.3超となると、耐摩耗性が低下する。特に、d1/d2は、0.8以上1.2以下が好ましい。d1/d2の大きさは、クリーニング条件や成膜条件などにより変化させることができる。d1/d2を0.7以上1.3以下とするには、クリーニングの処理時間:10〜60分、処理時のバイアス電圧:-500〜-1500V、成膜時の基材温度:400〜600℃、成膜時のバイアス電圧:-10〜-200V、成膜時の雰囲気の圧力:0.5〜5Paとすることが好ましい。
【0030】
基材表面側に配された微粒層に表面WC粒子が密に分散している場合、直上結晶粒のうち、表面WC粒子に連続して形成されていない結晶粒は、連続結晶粒に挟まれることで、連続結晶粒と同程度の大きさとなり得る。このとき、d2として、実質的に直上結晶粒の平均粒径を採り得る。
【0031】
PVD膜を構成する結晶粒は、柱状であることが好ましい。特に、直上結晶粒を表面WC粒子に倣って形成させ成長させて微粒化し、アスペクト比が大きい、具体的には3以上の柱状組織であると、高硬度化による耐摩耗性の向上や靭性の向上を更に図ることができて好ましい。柱状組織は、成膜条件を調整することで形成することができる。具体的には、基材温度:400〜600℃、バイアス電圧:-10〜-200V、雰囲気の圧力:0.5〜5Paにすることで得られる。また、上記成膜条件に加えて、成膜速度を大きくする、具体的には0.6〜3μm/hとすると柱状組織が得られ易い。アスペクト比は、例えば、バイアス電圧を変化させることで変化させることができ、アスペクト比を3以上にするには、バイアス電圧を大きくする(-200V側にする)ことが挙げられる。
【0032】
《面粗さ》
PVD膜を構成する直上結晶粒が表面WC粒子に倣って形成されることで、膜成長が安定し、PVD膜の表面が滑らかになる。具体的には、面粗さがRaで0.1μm以下を満たす。このような平滑なPVD膜を工具表面に具えることで、本発明被覆切削工具は、加工精度を向上することができる。面粗さRaは、微粒層のWC粒子の平均粒径d1が小さくなると、小さくなる傾向にある。
【0033】
<用途>
上記構成を具える本発明被覆切削工具は、耐摩耗性、耐熱亀裂性に優れることから、切削時の温度が高くなり易い加工、例えば、鋼の高速切削(フライス加工、旋削加工)に適する。また、本発明工具は、断続切削に耐え得る高靭性を具えることから、チッピングが生じ易い断続切削にも適する。従って、本発明工具は、例えば、鋼の高速断続切削加工用工具に好適である。なお、ここでは、高速切削とは、速度が150m/min超の加工を言う。
【発明の効果】
【0034】
本発明被覆切削工具は、耐摩耗性、耐熱亀裂性及び靭性に優れ、かつ基材と被覆膜とが十分に密着しており、基材と被覆膜との双方を十分に活用することができる。本発明被覆切削工具の製造方法は、上記本発明被覆切削工具を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
(試験例1)
微粒のWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金からなる微粒層と粗粒のWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金からなる粗粒層とを積層してなる基材表面にPVD法で被覆膜を形成した被覆切削工具を作製し、耐摩耗性と被覆膜の耐剥離性とを調べた。
【0036】
基材は、以下のように作製する。表1に示す組成(質量%)の原料粉末をそれぞれ用意して湿式混合粉砕し、粉末種I,IIを作製する。粗粒のWC粒子(平均粒径3.5μm)を含む粉末種Iを成形型に給粉して、0.5t/cm2の圧力でプレス成形した後、微粒のWC粒子(同1.2μm)を含む粉末種IIを更に成形型に給粉し、1.5t/cm2の圧力でプレス成形し、積層プレス成形体を作製する。原料粉末は、市販のものを用いた。
【0037】
【表1】

【0038】
上記積層プレス成形体を1400℃で真空焼結することにより、粗粒層と微粒層とが断面二層構造となるように積層されたJIS規格形状SNGN120408の基材(スローアウェイチップ)が得られる。なお、焼結後の粗粒層の厚さが4750μm、微粒層の厚さが10μmとなるように粉末種I,IIを用いた。
【0039】
上記基材にガスボンバードメント処理によりクリーニングを行ってから、アークイオンプレーティング法により成膜を行う。例えば、試料No.1-2は、以下のように作製する。成膜装置のチャンバ内に微粒層が基材表面側となるように基材を配置し、チャンバ内を真空引きして減圧した後、基材を加熱する。次に、チャンバ内にアルゴンガスを導入して、チャンバ内の圧力を3.0Paに保持し、基材バイアス電圧を徐々に上げていって-1000Vとし、タングステン(W)フィラメントを用いて熱電子を放出しながら、アルゴンイオンを発生させて基材表面のクリーニングを30分行う。その後、チャンバ内からアルゴンガスを排気し、引き続いて成膜を行う。成膜は、基材温度を所定の温度とし、真空状態、或いは反応ガスとして窒素、メタン及び酸素のいずれか1種以上のガスを導入させながら、蒸発源とチャンバとの間のアーク放電により、蒸発源を部分的に融解させてカソード物質を蒸発させて行う。この試験では、被覆膜としてTiAlN膜(厚さ4μm)を形成した。成膜は、基材温度:450℃、バイアス電圧:-150V、雰囲気の圧力:4Paとして行った。この工程により、被覆切削工具(被覆チップ)が得られる。
【0040】
この試験では、クリーニング条件や成膜条件を変えることで、被覆膜を構成する結晶粒の平均粒径を異ならせた複数の被覆チップを作製した(試料No.1-1〜1-5)。試料No.1-3,1-4は、クリーニングの処理時間:10〜60分、処理時のバイアス電圧:-500〜-1500V、成膜時の基材温度:450〜550℃、成膜時のバイアス電圧:-10〜-200V、成膜時の雰囲気の圧力:0.5〜5Paとして、クリーニング及び成膜を行った。
【0041】
得られた被覆チップについて切断面を顕微鏡観察したところ、図1に示すように基材1の表面は、結合相11の一部が除去されて、微粒層1pの表面側に存在するWC粒子10pの中に、基材表面側部分が露出した状態のWC粒子10pが存在する。このような基材1の表面にPVD法によって形成された被覆膜2は、微粒層1pの表面側に存在するWC粒子10pに直接接して成長した結晶粒20pが多数存在している。結晶粒20pの大きさは、被覆チップによって異なっており、接触しているWC粒子10pと同程度の大きさのもの、WC粒子10pよりも小さい或いは大きいものがある。なお、図1に示す被覆膜は、基材側から表面側に向かって一つの結晶粒が連続した柱状形状となっているが、成膜条件を変化させることで、基材側の結晶粒と表面側の結晶粒とを連続しない別の粒子としたり、粒状の結晶粒と柱状の結晶粒との混合組織としたり、粒状の結晶粒のみとすることができる。試料No.1-2〜1-4はいずれも柱状組織を有しており、例えば、試料No.1-2の結晶粒のアスペクト比は3以上であった。また、上述のようにプレス成形体を形成する際に十分に加圧することで、微粒層1pと粗粒層1gとの境界において、粗粒層1gのWC粒子10g間に微粒層1pのWC粒子10pと思われる微粒のWC粒子が存在する基材とすることができる。
【0042】
各被覆チップについて、微粒層1pのWC粒子10pの平均粒径d1(μm)と、被覆膜2において微粒層1pのWC粒子10pに直接接して成長している結晶粒20pの平均粒径d2(μm)とを測定し、d1/d2を求めた。また、粗粒層1gのWC粒子10gの平均粒径d3(μm)を求めた。その結果、いずれの試料も、微粒層のWC粒子の平均粒径d1は、1.2μm、粗粒層のWC粒子の平均粒径d3は、3.5μmであった。
【0043】
平均粒径d1,d2は、以下のように測定した。被覆チップを切断し、切断面をラッピングしてSEM(走査電子顕微鏡)による結晶解析を行い、解析画像を画像解析装置に取り込んで解析して、切断面におけるWC粒子や被覆膜(PVD膜)の結晶粒の粒径(μm)を測定して、これらの平均値を平均粒径とする。WC粒子の平均粒径d1は、基材において被覆膜との境界近傍に存在する任意のWC粒子を複数(ここでは30個)測定して、その平均値とする。被覆膜の結晶粒の平均粒径d2は、WC粒子に直接接して成長している結晶粒を任意に複数(ここでは30個)測定して、その平均値とする。結晶解析は、例えば、ECP(Electron channeling pattern)法、より微細な領域の解析が行えるEBSD(Electron Back
Scatter Diffraction Patterns)法が挙げられる。ここではEBSD法により解析した。
【0044】
平均粒径d3は、上記切断面の一定の範囲(ここでは微粒層から十分に離れた基材内部における100μm角内)に存在する全てのWC粒子の粒径を測定し、その平均値とする。平均粒径d1,d3は、上記平均値をフルマンの式により適宜修正してもよい。
【0045】
得られた被覆チップを用いて以下の切削条件で切削試験を行った。表2に切削条件及び評価方法を示す。また、切削試験の結果を表3に示す。
【0046】
【表2】

【0047】
【表3】

【0048】
表3に示すように、微粒層の表面側に存在するWC粒子と、被覆膜において基材との境界近傍に存在する結晶粒とが同程度である、即ちd1/d2が0.7〜1.3であると、被覆膜の密着性が向上できることが分かる。また、d1/d2が0.7〜1.3である試料は、高速切削でありながら耐摩耗性にも優れている。これは、被覆膜が十分に密着していることで被覆膜を十分に活用することができ、被覆切削工具全体として耐摩耗性を向上することができたためであると考えられる。更に、d1/d2が0.7〜1.3である試料について被覆膜の面粗さを調べたところ、いずれの試料もRaで0.1μm以下であり、被覆膜表面が非常に平滑であった。
【0049】
(試験例2)
試験例1で作製した基材に代えて、微粒層のWC粒子の大きさと粗粒層のWC粒子の大きさを変化させた基材を作製し、この基材を具える被覆切削工具について耐摩耗性、耐欠損性、耐熱亀裂性を調べた。
【0050】
基材は、WC粒子の平均粒径が異なる以外は試験例1と同様の組成の原料粉末を用いて、実施例1と同様の条件で作製した(微粒層の厚さ:10μm、粗粒層の厚さ:4750μm)。
【0051】
得られた基材に試験例1の試料No.1-2と同様の条件でクリーニングを行った後、試料No.1-2と同様の条件でアークイオンプレーティング法により、TiAlN膜(厚さ4μm)を形成した。この工程により、被覆チップが得られる。
【0052】
得られた被覆チップについて、試験例1と同様にしてWC粒子の平均粒径d1,d3(μm)、被覆膜の結晶粒の平均粒径d2(μm)を測定すると共に、d1/d2を求めた。その結果、試料No.2-1〜2-16は、d1/d2=0.7〜1.3を満たしており(例えば、試料No.2-7はd1/d2=0.9である)、これらの試料は、被覆膜が基材に十分に密着していると考えられる。
【0053】
得られた被覆チップを用いて以下の切削条件で切削試験を行った。表4に切削条件及び評価方法を示す。また、切削試験の結果を表5に示す。更に、被覆膜の表面粗さRa(μm)も測定した。その結果を表5に示す。また、耐熱亀裂性の評価は、切削時に生じた亀裂(刃先に対して垂直に入ったもの)の本数で行い、0本:二重丸、1〜2本:○、3〜5本:△、6本以上:×で示す。
【0054】
【表4】

【0055】
【表5】

【0056】
表5に示すように、微粒層のWC粒子の平均粒径d1が1μm超3μm以下であると、耐摩耗性と耐熱亀裂性との双方に優れることが分かる。また、粗粒層のWC粒子の平均粒径d3が大きいほど、耐欠損性に優れることが分かる。これらのことから、d1を1μm超3μm以下、かつd3を3μm超とすることで、熱特性に優れ、高硬度で高靭性となり、耐摩耗性、耐欠損性、耐熱亀裂性をバランスよく具える被覆切削工具が得られることが分かる。特に、この被覆切削工具は、150m/min超といった高速切削において、耐摩耗性と靭性との双方に優れる。従って、この被覆切削工具は、鋼の高速切削や断続切削、特に、鋼の高速断続切削に有用であると期待される。
【0057】
(試験例3)
試験例1で作製した基材に代えて、微粒層の厚さを変化させた基材を作製し、この基材を具える被覆切削工具について、耐摩耗性と耐欠損性とを調べた。
【0058】
基材は、微粒層の厚さが異なるように粉末種IIの給粉量を変化させた以外は、試験例1と同様の組成の原料粉末を用いて、実施例1と同様の条件で作製した。なお、微粒層の厚さに応じて、成形時の圧力を変化させてもよい。また、粗粒の粉末種Iのみを用いた基材(試料No.3-1)、及び微粒の粉末種IIのみを用いた基材(試料No.3-9)も作製した。成形時の圧力は、試料No.3-1,3-9のいずれとも1.5t/cm2とし、焼結条件は、試験例1と同様とした。
【0059】
得られた基材に試験例1の試料No.1-2と同様の条件でクリーニングを行った後、試料No.1-2と同様の条件でアークイオンプレーティング法により、TiAlN膜(厚さ4μm)を形成した。この工程により、被覆チップが得られる。
【0060】
得られた被覆チップについて、試験例1と同様にしてWC粒子の平均粒径d1,d3(μm)、被覆膜の結晶粒の平均粒径d2(μm)を測定すると共に、d1/d2を求めた。その結果、微粒層及び粗粒層の双方を有する試料はいずれも、d1が1.2μm、d3が3.5μmであり、d1/d2=0.7〜1.3を満たしており(例えば、試料No.3-3はd1/d2=0.9である)、被覆膜が基材に十分に密着していると考えられる。また、微粒層及び粗粒層の双方を有する試料について被覆膜の面粗さを調べたところ、いずれの試料もRaで0.1μm以下であった。
【0061】
得られた被覆チップを用いて以下の切削条件で切削試験を行った。表6に切削条件及び評価方法を示す。また、切削試験の結果を表7に示す。
【0062】
【表6】

【0063】
【表7】

【0064】
表7に示すように、粗粒層のみの場合と比較して、粗粒層と微粒層を具えると逃げ面摩耗量を低減できると共に、靭性(耐欠損性)を高められるが、微粒層が厚くなると、クレーター摩耗量が多くなる。しかし、微粒層の厚さが100μm以下であると、クレーター摩耗量を低減でき、特に10μm以下とすると、微粒層を有していない場合と同程度のクレーター摩耗量にすることができる。
【0065】
(試験例4)
被覆膜を柱状組織とする場合、被覆膜の成膜条件を変化させて結晶粒のアスペクト比を異ならせ、この被覆膜を具える被覆切削工具について、耐摩耗性を調べた。
【0066】
試験例1と同様に作製した基材に試験例1の試料No.1-2と同様の条件でクリーニングを行った後、アークイオンプレーティング法により、TiAlN膜(厚さ4μm)を形成した。成膜の際、試験例1の試料No.1-2の成膜条件に対して、基材バイアス電圧を変化させ、r1(後述)を変化させることで、アスペクト比が異なる被覆膜を形成した(例えば、試料No.4-3の基材バイアス電圧:-180Vである)。この工程により、被覆チップが得られる。
【0067】
得られた被覆チップについて、試験例1と同様にしてWC粒子の平均粒径d1,d3(μm)、被覆膜の結晶粒の平均粒径d2(μm)を測定すると共に、d1/d2を求めた。その結果、いずれの試料もd1が1.2μm、d3が3.5μmであり、d1/d2=0.9であった。また、いずれの試料も被覆膜の面粗さは、Raで0.1μm以下であった。
【0068】
アスペクト比の測定は、以下のようにして行う。被覆チップの縦断面(被覆膜の厚さ方向の断面)に対して、平行或いは角度をつけて(10°以下が好ましい)研磨し、沸酸と硝酸と蒸留水の混合溶液などの腐食液を用いて結晶粒界を浮かび上がらせた後、SEMで観察して高倍率(5000〜20000倍が好ましい)で撮影した写真を用いる。図1に示すように被覆膜2においてその表面から被覆膜2の厚さW2の15%(0.15×W2)の地点を通る直線L1を引き、基材1との境界から被覆膜2の厚さW2の15%(0.15×W2)の地点を通る直線L2を引く。直線L1,L2は、被覆膜の厚さ方向に直交する直線、端的に言うと被覆膜2の表面に平行な直線とする。各結晶粒20において直線L1,L2上の粒径r1,r2を測定し、粒径の平均値((r1+r2)/2)を求める。複数(ここでは10個)の結晶粒20について粒径の平均値((r1+r2)/2)を求め、複数の粒径の平均値についての平均値ave.CS(ここでは{Σ((r1+r2)/2)}/10)と、厚さW2との比(W2/ave.CS)をアスペクト比とする。ここでは、柱状の結晶粒20が基材側から被覆膜の表面側にまで連続する場合を考える。柱状の結晶粒が基材側から被覆膜の中間部までしか連続しない場合、即ち、基材側の結晶粒と膜表面側の結晶粒とが連続しない別の粒子である場合、基材側に存在する柱状の結晶粒の平均粒径と、基材側から連続する地点の平均厚さとの比をアスペクト比とする。
【0069】
得られた被覆チップを用いて表6に示す切削条件(耐摩耗性(逃げ面摩耗量))で切削試験を行った。切削試験の結果を表8に示す。
【0070】
【表8】

【0071】
表8に示すように、アスペクト比が大きいと耐摩耗性に優れることが分かる。これは、被覆膜の硬度が向上したためであると考えられる。
【0072】
(試験例5)
試験例1で作製した基材に対し、被覆膜形成前のクリーニング条件を変化させた被覆切削工具を作製し、クリーニング条件と被覆膜の面粗さとの関係を調べた。
【0073】
試料No.5-1,5-2は、試験例1と同様に作製した基材に試験例1の試料No.1-2と同様の条件でガスボンバードメント処理によりクリーニングを行った後、試料No.1-2と同様の条件でアークイオンプレーティング法により、TiAlN膜(厚さ4μm)を形成した。但し、クリーニング時間は、表9に示す時間とした。この工程により、被覆チップが得られる。
【0074】
試料No.5-3は、試験例1と同様に作製した基材にメタルイオンを用いたボンバードメント処理(メタルボンバードメント処理)によりクリーニングを行った後、試料No.1-2と同様の条件でアークイオンプレーティング法により、TiAlN膜(厚さ4μm)を形成した。この処理は、アルゴン雰囲気中でTiイオンを発生させて行った(クリーニング時間:10分)。この工程により、被覆チップが得られる。
【0075】
得られた被覆チップについて、試験例1と同様にしてWC粒子の平均粒径d1,d3(μm)、被覆膜の結晶粒の平均粒径d2(μm)を測定すると共に、d1/d2を求めた。その結果、いずれの試料もd1が1.2μm、d3が3.5μmであった。また、試料No.5-1,5-2は、d1/d2=0.7〜1.3を満たしており(例えば、試料No.5-1はd1/d2=0.9である)、被覆膜が基材に十分に密着していると考えられる。一方、試料No.5-3は、切断面を顕微鏡観察したところ、被覆膜において基材のWC粒子に直接接して形成され成長し、同WC粒子と同程度の大きさの結晶粒が実質的に存在しなかった。
【0076】
得られた被覆チップを用いて表6に示す切削条件(耐摩耗性(逃げ面摩耗量))で切削試験を行った。切削試験の結果を表9に示す。また、被覆膜の面粗さRa、及び被削材の加工面の面粗さRaを測定した。その結果も表9に示す。加工面の面粗さRaは、切削初期に測定した。
【0077】
【表9】

【0078】
表9に示すように、ガスボンバードメント処理を行うことで被覆膜表面を平滑にでき、良好な加工面が得られることが分かる。特に、ガスボンバードメント処理の時間を長くして十分にクリーニングを行うことで、更に被覆膜の平滑化、加工面の精度の向上を図ることができる。更に、ガスボンバードメント処理を行うことで耐摩耗性にも優れる被覆切削工具が得られることが分かる。これは、クリーニングに伴う不純物が基材表面に存在しないことで、被覆膜と基材とが十分に密着できて、被覆膜の特性を向上することができたためであると考えられる。
【0079】
(試験例6)
更に、ガスボンバードメント処理の効果を確認するために、ガスボンバードメント処理を行った場合、メタルボンバードメント処理を行った場合、ボンバードメント処理を行わない場合を比較した。
【0080】
試験例1で作製した微粒層と粗粒層とを有する基材と、試験例3で作製した粗粒層のみの基材、即ち微粒層を有していない基材とを用意し、被覆膜形成前のクリーニング条件を変化させて前処理を行った後、試料No.1-2と同様の条件でアークイオンプレーティング法により、TiAlN膜(厚さ4μm)を形成した。この工程により、被覆チップが得られる。
【0081】
試料No.6-1,6-2は、試験例1の試料No.1-2と同様の条件でガスボンバードメント処理によりクリーニングを行った。試料No.6-3,6-4は、試験例5の試料No.5-3に施したメタルボンバードメント処理と同様の条件でクリーニングを行った。試料No.6-5,6-6は、いずれの処理も施さず、クリーニングを行っていない。
【0082】
得られた被覆チップのうち、微粒層と粗粒層との双方を具える試料No.6-2について、試験例1と同様にしてWC粒子の平均粒径d1,d3(μm)、被覆膜の結晶粒の平均粒径d2(μm)を測定すると共に、d1/d2を求めた。その結果、d1が1.2μm、d3が3.5μm、d1/d2=0.9であり、被覆膜が基材に十分に密着していると考えられる。また、試料No.6-2の被覆膜の面粗さは、Raで0.1μm以下であった。
【0083】
得られた被覆チップを用いて表6に示す切削条件(耐摩耗性(逃げ面摩耗量))で切削試験を行った。切削試験の結果を表10に示す。
【0084】
【表10】

【0085】
表10に示すように、微粒層を有する試料の方が微粒層を有していない試料よりも逃げ面摩耗量が少ない。しかし、ガスボンバードメント処理を行っていない試料は、耐摩耗性の向上度合いが小さい。従って、粗粒層と微粒層とを有する基材にガスボンバードメント処理を行ってから成膜すると、耐摩耗性の向上度合いが大きく、耐摩耗性に優れる被覆切削工具が得られると考えられる。
【0086】
(試験例7)
試験例1で作製した基材に対し、被覆膜の組成や形成方法を変化させた被覆切削工具を作製し、耐摩耗性を調べた。
【0087】
試験例1で作製した微粒層と粗粒層とを有する基材と、試験例3で作製した粗粒層のみの基材、即ち微粒層を有していない基材とを用意し、いずれの基材も試験例1の試料No.1-2と同様の条件でクリーニングを行った後、表11に示す組成の被覆膜を表11に示す形成方法で形成した。表11のPVD法の成膜条件は、試験例1の試料No.1-3と同様の成膜条件とし、CVD法の成膜条件は、公知の条件とした。被覆膜の組成の横に付した括弧内の数字は、各組成の被覆膜の厚さ(μm)である。
【0088】
得られた被覆チップのうち、粗粒層と微粒層との双方を具え、PVD法により被覆膜を形成した試料No.7-2,7-4について、試験例1と同様にしてWC粒子の平均粒径d1,d3(μm)、被覆膜の結晶粒の平均粒径d2(μm)を測定すると共に、d1/d2を求めた。その結果、いずれの試料もd1:1.2μm、d3:3.5μm、d1/d2=0.9であり、被覆膜が基材に十分に密着していると考えられる。また、試料No.7-2,7-4の被覆膜の面粗さはいずれも、Raで0.1μm以下であった。
【0089】
得られた被覆チップを表6に示す切削条件(耐摩耗性(逃げ面摩耗量))で切削試験を行った。切削試験の結果を表11に示す。
【0090】
【表11】

【0091】
表11に示すように、基材に粗粒層と微粒層とを具え、かつガスボンバードメント処理を施した後、PVD法により被覆膜を形成した試料は、被覆膜の組成に依らず、耐摩耗性に優れることが分かる。特に、PVD法により被覆膜を形成した試料は、同じ組成の被覆膜をCVD法により形成した試料と比較して、微粒層を有することによる耐摩耗性の向上度合いが大きい。従って、粗粒層と微粒層とを具える基材とし、この基材にガスボンバードメント処理によるクリーニング後にPVD法により被覆膜を形成することで、耐摩耗性に優れる被覆切削工具が得られると考えられ、特に、高速切削加工であっても、耐摩耗性に優れると考えられる。
【0092】
なお、上述した被覆切削工具は、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であり、上述した構成に限定されるものではない。例えば、基材の組成や積層部の配置、被覆膜の組成や厚さを適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明被覆切削工具は、鋼の高速断続切削に好適に利用することができる。本発明被覆切削工具の製造方法は、上記本発明被覆切削工具の製造に好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】本発明被覆切削工具の断面を模式的に示す部分説明図である。
【符号の説明】
【0095】
1 基材 1p 微粒層 1g 粗粒層 10p,10g WC粒子 11 結合相
2 被覆膜 20 被覆膜の結晶粒 20p WC粒子に直接接して成長した結晶粒

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微粒のWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金からなる微粒層と粗粒のWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金からなる粗粒層とが積層された積層部を有する基材と、この基材表面の少なくとも一部に形成された被覆膜とを具える被覆切削工具であって、
前記微粒層は、平均粒径1μm超3μm以下のWC粒子を硬質相とし、
前記粗粒層は、平均粒径3μm超のWC粒子を硬質相とし、
前記被覆膜は、基材の表面側に配された前記積層部の微粒層上に物理蒸着法により形成された膜を含み、この膜は、微粒層の表面側に存在するWC粒子に直接接して成長した結晶粒を具え、
前記微粒層のWC粒子の平均粒径をd1、前記結晶粒の平均粒径をd2とするとき、d1/d2が0.7以上1.3以下であることを特徴とする被覆切削工具。
【請求項2】
前記微粒層は、その厚さが100μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記微粒層は、その厚さが10μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記物理蒸着法により形成された膜を構成する結晶粒のうち、基材直上の結晶粒が柱状組織であることを特徴とする請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記柱状組織を構成する結晶粒は、そのアスペクト比が3以上であることを特徴とする請求項4に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記物理蒸着法により形成された膜表面の面粗さがRaで0.1μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
被覆切削工具は、鋼の高速断続切削加工用工具であることを特徴とする請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
WC基超硬合金からなる基材表面の少なくとも一部に被覆膜を形成して被覆切削工具を製造する被覆切削工具の製造方法であって、
平均粒径1μm超3μm以下のWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金からなる微粒層と、平均粒径3μm超のWC粒子を硬質相とするWC基超硬合金からなる粗粒層とが積層された積層部を有する基材を用意する工程と、
前記積層部の微粒層を基材の表面側とし、この積層部の表面の少なくとも一部に希ガスのイオンを用いてボンバードメント処理を施す工程と、
前記ボンバードメント処理が施された微粒層上に物理蒸着法により成膜する工程とを具えることを特徴とする被覆切削工具の製造方法。
【請求項9】
前記ボンバードメント処理は、前記希ガスに対して電子源から熱電子を放出しながら希ガスのイオンを発生させて行うことを特徴とする請求項8に記載の被覆切削工具の製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2008−284639(P2008−284639A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−130954(P2007−130954)
【出願日】平成19年5月16日(2007.5.16)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(503212652)住友電工ハードメタル株式会社 (390)
【Fターム(参考)】