説明

車両の走行制御装置

【課題】ブレーキが不作動状態となった後に、クリープ走行のための駆動力を車両に与えても、ブレーキが不作動状態となった瞬間には、走行路の勾配によって、車両の進行方向とは逆の方向に加速度が発生することがある。
【解決手段】車両が停止状態に保持されている間に、乗員による発進操作が検出された場合には、走行路について取得された勾配に基づいて、該走行路上で車両の移動を抑制する目標駆動力を算出する。目標駆動力による車両の駆動が行われた後に、車両の停止状態の保持を解除するよう制動力を解除する。好ましくは、制動力の解除が終了するまで、目標駆動力による駆動状態を維持する。制動力の解除が終了したならば、駆動力を増加させて車両を発進させる。このような発進制御により、車両が進行方向とは逆方向に一時的に移動するのが防止され、スムーズな発進を実現することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、車両の走行を制御する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
下記の特許文献1には、車両のクリープ走行を制御する装置が開示されている。この装置によると、ブレーキの作動を検出する手段が、ブレーキの不作動を検出したときに、所定の目標車速で車両をクリープ走行させるクリープ制御を実行している。該クリープ制御においては、検出された路面の勾配に応じて、クリープ走行するための吸入空気量を吸入空気量制御手段にフィードフォワード制御している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3853447号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ブレーキが不作動状態となった後に、クリープ走行のための駆動力を車両に与えても、ブレーキが不作動状態となった瞬間には、走行路の勾配によって、車両の進行方向とは逆の方向に加速度が発生することがある。このような逆方向への加速度は、運転者のフィーリング(操縦安定性)を損ねるおそれがある。
【0005】
したがって、この発明は、勾配のある走行路上で停止して発進する際に、上記のようなフィーリングの低下を回避することのできる走行制御を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明の一つの側面によると、車両の制動力を制御する制動力制御手段と、前記制動力制御手段を介して、前記車両を停止状態に保持する停止保持制御手段と、前記車両の駆動力を制御する駆動力制御手段と、乗員の前記車両に対する発進操作を検出する発進操作検出手段と、走行路の勾配を取得する手段と、前記停止保持制御手段によって前記車両が停止状態に保持されている間に前記発進操作検出手段によって発進操作が検出された場合には、前記取得された勾配に基づいて、前記走行路上で前記車両の移動を抑制する目標駆動力を算出すると共に、前記駆動力制御手段を介して前記目標駆動力による車両の駆動が行われた後に、前記制動力制御手段を介して前記車両の停止状態の保持を解除するよう前記制動力を解除し、該制動力の解除に応じて、前記駆動力制御手段を介して駆動力を増加させて車両を発進させる制御手段と、を備える。
【0007】
この発明によれば、走行路上で車両の移動を抑制する目標駆動力によって該車両が駆動されたとき、車両の停止状態は、勾配と釣り合う駆動力によって保持されており、制動力によって該停止状態が保持されるのではない。したがって、目標駆動力で車両が駆動された状態で制動力を解除しても、車両が、進行方向とは逆の方向に移動するおそれはない。車両をスムーズに発進させることができ、運転者のフィーリングが損なわれるのを防止することができる。
【0008】
この発明の一実施形態によると、前記駆動力制御手段を介して前記車両が前記目標駆動力により駆動される状態を、前記制動力制御手段を介した前記制動力の解除が終了するまで維持する。この発明によれば、制動力が完全に解除されるまでは、車両は目標駆動力によって維持され続ける。したがって、制動力を解除している間にわたって運転者に車両の引き摺り感を感じさせたり、制動力が完全に解除したときに運転者に唐突感を感じさせたりするのを回避することができる。
【0009】
この発明の一実施形態によると、前記目標駆動力は、前記制動力の解除によって車両が移動しないように、前記勾配の大きさに応じて算出される。目標駆動力は、勾配の大きさに応じて算出されるので、いかなる勾配の走行路でも、車両の停止状態を保持するのに十分な目標駆動力を算出することができる。
【0010】
この発明の一実施形態によると、前記勾配の下り方向が、前記車両の進行方向と逆向きの場合に、前記発進制御手段は前記車両の発進を制御する。この発明によれば、走行路の勾配に起因して、車両が進行方向とは逆方向に移動するのを防止することができるので、車両のスムーズな発進を行うことができる。
【0011】
この発明の一実施形態によると、前記車両のアクセルペダルに対する乗員の操作量にかかわらず、前記駆動力制御手段を介した前記車両が前記目標駆動力により駆動される状態は、前記制動力制御手段を介した前記制動力の解除が終了するまで維持される。こうして、アクセルペダルの操作にかかわらず、車両をスムーズに発進させることができるので、安定した発進制御を実現することができる。
【0012】
本発明のその他の特徴及び利点については、以下の詳細な説明から明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】この発明の一実施例に従う、走行制御装置のブロック図。
【図2】前進して発進する形態と、従来の発進制御の概要を説明するための図。
【図3】この発明の一実施例に従う、発進制御の概要を説明するための図。
【図4】後退して発進する形態を示す図。
【図5】この発明の一実施例に従う、発進制御プロセスのフローチャート。
【図6】この発明の一実施例に従う、勾配に応じた目標駆動力示す図。
【図7】この発明の一実施例に従う、目標駆動力を算出するプロセスのフローチャート。
【図8】この発明の一実施例に従う、アクセルペダルの操作量にかかわらず発進制御を行うことを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に図面を参照してこの発明の実施の形態を説明する。
【0015】
図1は、この発明の一実施形態に従う、車両に搭載される、車両の走行を制御するための走行制御装置10の構成を示すブロック図である。走行制御装置10は、中央処理装置(CPU)およびメモリを備えるコンピュータである電子制御装置(ECU)に実現されることができ、図に示す各機能ブロックは、該CPUによって実現される。
【0016】
走行制御装置10は、停止保持制御部11、発進制御部13、および走行制御部15を備えると共に、制動力制御部21および駆動力制御部23を備える。
【0017】
停止保持制御部11は、車両の停止状態を保持するよう、制動力制御部21に指示を出す。制動力制御部21には、車両に対して制動力を印加する機械要素を制御するアクチュエータ(以下、制動アクチュエータと呼び、図示せず)が接続されている。制動力制御部21は、停止保持制御部11からの指示に応じて、車両の停止状態を保持するよう該制動アクチュエータを制御する。ここで、車両に対して制動力を印加する機械要素は、周知の任意のものでよく、たとえば、液圧ブレーキ装置や電動パーキングブレーキであることができる。
【0018】
発進制御部13は、停止保持制御部11によって車両の停止状態が保持されている間に、運転者によって行われた車両の発進操作を検出したならば、停止保持制御部11による車両の停止状態の保持を解除するために制動力を解除するよう制動力制御部21に指示を出すと共に、車両を発進させるための駆動力を出力するよう駆動力制御部23に指示を出す。制動力制御部21は、発進制御部13からの指示に応じて、車両の停止状態の保持するために印加していた制動力を解除するよう、制動アクチュエータを制御する。
【0019】
駆動力制御部23には、車両に対して駆動力を印加する機械要素を制御するアクチュエータ(以下、駆動アクチュエータと呼び、図示せず)が接続されている。駆動力制御部23は、発進制御部13からの指示に応じて、車両を駆動するよう駆動アクチュエータを制御する。ここで、車両に対して駆動力を印加する機械要素は、周知の任意のものでよく、たとえば、エンジンへの吸入空気量を制御するスロットル弁や吸気バルブであることができる。スロットル弁の開度を調整することにより、また吸気バルブのリフト量を調整することにより、吸入空気量を制御することができる。また、ハイブリッド車のように、エンジンによる駆動だけでなくモータを用いた駆動も行われる車両の場合には、上記機械要素は、該モータであってもよい。モータの制御を介して駆動力を制御することができる。
【0020】
走行制御部15は、発進制御部13による発進制御が完了した後、車両の走行を制御する。制動力制御部21および駆動力制御部23を介して、車両の定速走行、加速走行および減速走行等を実現することができる。
【0021】
また、運転者による発進操作は、任意の適切なものでよく、たとえば、車両に予め設けられた発進用のスイッチに対する操作でもよいし、アクセルペダルが踏まれる操作でもよい。
【0022】
上記に説明した停止保持制御部11、発進制御部13および走行制御部15の機能については、先行車に追従して自車両の停止および発進が可能な、相対的に低車速領域での追従制御(LSF:Low Speed Following)を実現する装置の機能を利用してもよい。この追従制御では、先行車を、たとえばレーダ装置によって検知し、先行車が停止したならば自車両を停止して停止状態を保持し、運転者の、たとえば発進用スイッチに対する操作に応じて、該停止状態の保持を解除すると共に車両を発進させ、先行車に追従するよう車両を走行させる。このような追従制御を実現するための装置は、たとえば、特開2006−56398号公報、特開2006−69420号公報、特開2006−151369号公報等に記載されている。
【0023】
図1に戻り、本願発明のこの実施形態に従う走行制御装置10は、さらに、勾配取得部17を備える。勾配取得部17は、車両が走行している走行路の勾配を取得する。勾配は、任意の適切な手法によって取得されることができる。一実施例では、車両に、走行路面の傾斜(車両のピッチ角)を検出するためのセンサを設け、勾配取得部17は、該センサの検出値から、走行路の勾配を取得する。他の実施例では、車両の前後方向の加速度を検出する前後Gセンサを車両に搭載し、勾配取得部17は、該前後Gセンサの検出値に基づいて、走行路の傾斜を推定するようにしてもよい。このような推定手法は、たとえば特開2002−162225号公報に記載されている。さらなる他の実施例では、勾配取得部17は、出力トルクやブレーキの制動力等に基づいて、走行路の傾斜(勾配)を推定することができ、このような手法は、たとえば特開2004−108589号公報、特開2007−283882号公報等に記載されている。
【0024】
発進制御部13は、前述したような発進制御を行うが、さらに、本願発明に従う発進制御は、勾配取得部17により取得された勾配を用いて、勾配のある走行路上で停止状態を保持している車両のよりスムーズな発進を実現するよう構成されている。ここで、図2および図3を参照して、本願発明の発進制御の基本的な考え方を述べる。
【0025】
図2の(a)には、所定の勾配の走行路上に車両が停止しており、該停止した状態から、矢印に示すように上り方向に発進しようとする様子が示されている。「リア」および「フロント」と表示しているように、発進は、車両の前進方向に行われる。(a)に示す勾配は、車両に作用する所定のクリープ力だけでは車両の停止状態を保持できない大きさであると仮定する。
【0026】
図2の(b)は、(a)に示すような状態から、従来の発進制御が行われた場合に生じうる、車速、制動力(破線で示される)、および駆動力(実線で示される)の推移が示されている。車速は、(a)の矢印で示すように車両が進行方向に進むときには正の値を取り、進行方向とは逆の方向に進むときには負の値を取る。
【0027】
(b)において、時間t0〜t1の間、車両の停止状態は、制動力によって保持されている。駆動力は、低い所定値(クリープ力)に維持されている。点線111は、勾配に釣り合うのに必要な駆動力の値を示している。すなわち、勾配のある走行路上で車両の停止保持状態を維持するためには、車両に作用する重力を打ち消すような力を車両に作用させる必要がある。点線111は、制動力が作用しない場合に車両を該勾配の走行路上で停止保持状態を維持するのに必要な駆動力の大きさを表す線である。
【0028】
時点t1において、乗員によって発進操作が行われたことに応じて、発進制御が開始する。この発進制御によると、制動力を解除し、時点t2において制動力が完全に解除された(ゼロになった)ときに、駆動力の上昇を開始する。駆動力が、点線111に示す勾配と釣り合う値に達したときに、車両は、進行方向に向かって発進する。
【0029】
このような形態の発進制御が行われると、符号101の領域に示されるように、一時的に、進行方向とは逆の方向に加速度が生じるため、車両は該逆の方向に一時的に移動する。運転者は、車両が坂道をずり落ちるような感覚を瞬間的に感じるおそれがあり、運転者のフィーリングが損なわれるおそれがある。
【0030】
図3の(a)は、図2の(a)に示すような状態において、本願発明の一実施形態に従う発進制御が行われた場合に生じうる、車速、制動力(破線で示される)、および駆動力(実線で示される)の推移が示されている。時間t0〜t1の間は、制動力によって車両は停止状態に保持されている。時間t1において、乗員によって発進操作が行われたことに応じて、発進制御が開始する。この発進制御によると、駆動力の増大を開始し(時点t1)、該駆動力が、符号111で示される勾配と釣り合う値に達したときに(時点t2)、制動力の解除を開始する。制動力が完全に解除されるまでの間にわたって(t2〜t3)、駆動力は増大し続ける。
【0031】
このような形態の発進制御によれば、駆動力を増大した後に制動力の解除が行われるので、図2の(b)の問題点、すなわち、進行方向とは逆の方向に車両が一時的に移動する現象を防止することができる。したがって、運転者のフィーリングを、(b)のものよりも改善することができる。
【0032】
しかしながら、この発進制御の場合、符号103の領域に示すように、車速の増加速度に変動が生じるおそれがある。すなわち、制動力の解除が始まる時点t2において、車速は徐々に増大し始め、制動力がゼロに達した時点t3において、車速は急増する。車速が徐々に増大している間は、運転者に、車両を引き摺っているような感覚を生じさせるおそれがあり、車速の急増は、運転者に唐突感を生じさせるおそれがある。
【0033】
そこで、本願発明のより好ましい実施形態では、図3の(b)に示すような発進制御を行う。図3の(b)には、図3の(a)と同様に、車速、制動力(破線で示される)、および駆動力(実線で示される)の推移が示されている。この発進制御も、図2の(a)に示すような状態に基づいている。時間t0〜t1の間は、制動力によって車両は停止状態に保持されている。時点t1において乗員による発進操作が行われたことに応じて、発進制御を開始する。この発進制御では、まず、制動力を維持したまま、駆動力の増大を開始する(時点t1)。この点は、図3の(a)と同じである。さらに、この発進制御では、駆動力が、点線111で示す勾配と釣り合う値に達したときに(時点t2)、制動力の解除を開始する。制動力が解除される間にわたって、駆動力は、該勾配と釣り合う値に維持される。時点t3において制動力が完全に解除された(ゼロになった)ときに、駆動力を該勾配と釣り合う値から増大させて発進させる。
【0034】
このような発進制御を行うことにより、駆動力増大と制動力減少とが同時に発生することが回避されるので、図3の(a)に生じうる問題を解決することができる。すなわち、時間t2〜t3において、駆動力が、勾配と釣り合う値に維持されている状態では、車両は、該駆動力の作用によって停止保持状態を維持することができ、該停止保持状態の維持に制動力は必要とされない。したがって、制動力が減少し始めても、車速はゼロのままであり、車両を引き摺るような感覚を運転者に与えることはない。制動力がゼロになった時に、駆動力の増大を開始するので、符号105の領域に示すように、車速をスムーズに増大させていくことができ、よって、スムーズな発進を実現することができる。
【0035】
なお、図3の(a)および(b)において、時間t0〜t1の間の停止保持状態は停止保持制御部11によって実現され、時間t1〜t3の間の発進制御は発進制御部13によって実現され、時間t3の発進以降の走行状態は、走行制御部15によって実現されることができる。
【0036】
図3では、坂の上り方向に、車両が前進しながら発進するケースを例に説明したが、図4に示すように、坂の上り方向に、車両が後退しながら発進するケースについても、同様の発進制御が行われる。この場合、点線111で示す勾配と釣り合う力は、前進の場合と後退の場合とは異なることがある。したがって、発進制御部13には、図1に示すように、シフト位置を検出するシフト位置センサによる検出信号が渡され、発進制御部13は、該検出信号が示すシフト位置が前進(D)を示すか後退(R)を示すかに応じて、点線111に示すような、勾配と釣り合う駆動力を算出する。
【0037】
図5は、図1に示す発進制御部13による詳細なプロセスのフローチャートである。このプロセスは、図3の(b)に示す発進制御の形態に基づいている。
【0038】
ステップS11において、乗員による発進操作が検出されたかどうかを判断する。前述したように、所定の発進スイッチが操作されたかどうか、またはアクセルペダルが踏み込まれたかどうかを検出することにより、この判断を行うことができる。発進操作が検出されなければ、当該プロセスを終了する。
【0039】
発進操作が検出されたならば、ステップS12において、シフト位置センサの検出信号を取得し、該検出信号によって示されるシフト位置が、車両の走行が可能なインギア状態を示しているかどうか、すなわち前進走行(D)および後退走行(R)のいずれかを示しているかどうかを判断する。該シフト位置が前進走行(D)および後退走行(R)のいずれかを示しているならば、ステップS13に進む。該シフト位置がインギア状態を示していなければ、すなわち該シフト位置がニュートラル(N)およびパーキング(P)のいずれかを示しているならば、当該プロセスを終了する。
【0040】
ステップS13において、前述したように、現在走行している走行路の勾配を、たとえば傾斜センサ等の検出信号に基づいて取得する。ステップS14において、図3の(b)の符号111で示すような該勾配と釣り合う駆動力を、目標駆動力として算出する。この算出プロセスの詳細は、後述される。
【0041】
ステップS15において、現在の駆動力が目標駆動力に達するように、駆動力制御部23に指示を出す。ステップS16において、現在の駆動力が目標駆動力に達したか否かを判断する。達していなければ、ステップS15に戻り、駆動力制御を継続する。達したならば、ステップS17に進み、制動力を解除するよう制動力制御部21に指示を出す。制動力の解除は、可能な限り最速で行うのが好ましい。こうすることにより、より速やかに車両を発進させることができる。
【0042】
ステップS18において、制動力がゼロになったかどうかを判断する。ゼロになっていなければ、ステップS17に戻り、制動力制御を継続する。ゼロになったならば、発進制御が完了したことを示す。その後、図1に示す走行制御部15によって、図3の(b)に示すように駆動力を上記目標駆動力の値(点線111で示す値)から徐々に増加していくことにより、車速を徐々に増大させて、車両をスムーズに発進させることができる。
【0043】
次に、図6を参照して、ステップS14における目標駆動力の算出の手法について説明する。
【0044】
図6の(a)は、車両の進行方向が前進である場合(シフト位置がDである場合)の、車両の駆動力と加速度との関係が、坂の勾配に応じてグラフで表されている。制動力はゼロとする。
【0045】
図において、「登坂」は、車両の後部(リア)から前部(フロント)に向かう方向が、上りとなっている坂を示し、勾配の値を正で表している。「降坂」は、車両の後部(リア)から前部(フロント)に向かう方向が、下りとなっている坂を示し、勾配の値を負で表している。C1は、車両に作用する所定のクリープ力と釣り合う勾配、すなわち、クリープ力を打ち消すような重力が作用する勾配の値を示す。
【0046】
図の上部のグラフのような駆動力を車両に作用させたときの加速度が、図の下部のグラフ(実線)に描かれている。加速度は、車両の前進方向を正の値で表し、車両の後退方向を負の値で表している。勾配がC1のとき、車両の加速度はゼロであり、車両は停止状態となる。
【0047】
実線201に示すように、勾配がC1より小さい場合、駆動力はゼロに制御される。これに応じて、実線301に示すように、加速度は、勾配の値が小さくなるほど(下り勾配の大きさが大きくなるほど)、増大する。
【0048】
実線203に示すように、勾配がC1以上の場合には、駆動力は、加速度がゼロになるよう、該勾配の値が増大するにつれて増大される。実線303に示すように、加速度はゼロに維持されている。
【0049】
点線305は、勾配がC1以上の場合に、駆動力をゼロにした場合の加速度を示しており、この場合、加速度は負の値を取っており、車両が後退してしまうことを表している(坂をずりおちることを表す)。実線203に示すような駆動力制御によって、このような車両の進行方向とは逆の方向への移動を防止することができる。
【0050】
このように、前進しながら発進しようとするときには、図5の(a)の上部のような駆動力マップに従って、目標駆動力を設定すればよい。これにより、上り勾配がC1以上であっても、該勾配と釣り合う駆動力が車両に作用するので、制動力がゼロであっても車両を停止状態に保持することができる。
【0051】
図6の(b)は、車両の進行方向が後退である場合(シフト位置がRである場合)の、車両の駆動力と加速度との関係が、坂の勾配に応じてグラフで表されている。図において、「登坂」および「降坂」は、(a)と同じ意味である。
【0052】
C2は、車両に作用する所定のクリープ力と釣り合う勾配、すなわち、クリープ力を打ち消すような重力が作用する勾配の値を示す。図の上部のグラフに示すような駆動力が車両に作用したときに加速度が、図の下部のグラフ(実線)に描かれている。加速度は、車両の後退方向を負の値で表し、車両の前進方向を正で表している。勾配がC2において、車両の加速度はゼロであり、車両は停止状態となる。
【0053】
実線211に示すように、勾配がC2より大きい場合、駆動力はゼロに制御される。これに応じて、実線311に示すように、加速度の大きさは、勾配の値が大きくなるほど(上り勾配の大きさが大きくなるほど)、増大する。
【0054】
実線213に示すように、勾配がC2以下の場合には、駆動力は、加速度がゼロになるよう、該勾配の値が減少するにつれて増大される。実線313に示すように、加速度はゼロに維持されている。
【0055】
点線315は、勾配がC2以下の場合に、駆動力をゼロにした場合の加速度を示しており、この場合、加速度は正の値を取っており、車両が前進してしまうことを表している(坂をずりおちることを表す)。実線213に示すような駆動力制御によって、このような車両の進行方向とは逆の方向への移動を防止することができる。
【0056】
このように、後退しながら発進しようとするときには、図5の(b)の上部のような駆動力マップに従って、目標駆動力を設定すればよい。これにより、下り勾配がC2以下であっても、該勾配と釣り合う駆動力が車両に作用するので、制動力がゼロであっても車両を停止状態に保持することができる。
【0057】
図7は、図6を参照して説明した手法に従う、図5のステップS13で実行される、目標駆動力を算出するプロセスのフローチャートである。
【0058】
ステップS31において、ステップS12(図5)で取得されたシフト位置が、前進走行(シフト位置がD)を表しているか、もしくは後退走行(シフト位置がR)を表しているかを判断する。シフト位置が前進走行を表していれば、ステップS32に進み、図5の(a)の上部のような前進用のマップを、ステップS12で取得した勾配に基づいて参照し、対応する駆動力を目標駆動力として求める。このようなマップは、走行制御装置10のメモリに予め記憶しておくことができる。
【0059】
他方、シフト位置が後退走行を表していれば、ステップS33に進み、図5の(b)の上部のような後退用のマップを、ステップS12で取得した勾配に基づいて参照し、対応する駆動力を目標駆動力として求める。このようなマップも、走行制御装置10のメモリに予め記憶しておくことができる。
【0060】
こうして、走行路の勾配の下り方向が、車両が発進しようとする方向とは逆向きの場合には、該勾配の大きさと釣り合う目標駆動力が算出される。このような目標駆動力が車両に作用するので、運転者は、車両が坂をずり落ちる感覚を知覚することなく、車両を発進させることができる。制動力が完全に解除するまで該目標駆動力で車両は停止状態を保持されるので、運転者は、違和感を感じることなく車両を発進させることができる。
【0061】
図8を参照して、上記のような本願発明に従う発進制御と、アクセルペダルに対する運転者の操作との関係を説明する。走行制御装置10によって発進制御が行われている最中にも、アクセルペダルが乗員によって操作されるおそれがある。通常では、アクセルペダルの操作量(開度)に応じて車両の駆動力は制御される。しかしながら、本願発明に従う発進制御では、アクセルペダルの操作量にかかわらず、図3の(a)、またはより好ましくは図3の(b)に示すような駆動力および制動力の制御が行われる。
【0062】
より具体的に説明すると、図8の(a)および(b)には、図3の(b)と同様の図が示されており、異なるのは、点線401および403に示すように、アクセルペダルの開度の推移(より正確には、通常の走行時における該開度に応じて生成されるべき駆動力)を表したものである。
【0063】
(a)においては、時間t1〜t2の間に、点線401で示すように、アクセルペダルが少し踏まれることによりアクセルペダル開度が増大した後、アクセルペダルの踏み込みが解除されたことが示されている。このようにアクセルペダルの開度が操作されているにもかかわらず、時間t1〜t3における発進制御では、駆動力は、勾配と釣り合うよう算出された目標駆動力(点線111)まで増大された後、制動力がゼロに解除されるまで該目標駆動力に維持されている。
【0064】
また、(b)においては、時間t〜t3にかけて、点線403で示すように、アクセルペダルが踏み込まれたことに応じてアクセルペダルの開度が増大し続けている。このようにアクセルペダルの開度が操作されているにもかかわらず、時間t1〜t3における発進制御では、駆動力は、勾配と釣り合うよう算出された目標駆動力(点線111)まで増大された後、制動力がゼロに解除されるまで該目標駆動力に維持されている。
【0065】
このように、時間t1〜t3の発進制御が行われている間、アクセルペダルが操作されたとしても、発進制御部13および駆動力制御部23は、アクセルペダルの操作には反応しないよう構成されている。発進制御を完了した時点t3以降は、走行制御部15により、アクセルペダルの開度に応じた駆動力が生成されるように駆動力制御部23が制御される。そのため、(a)の場合には、時間t3以降は、アクセルペダルが操作されていないため、所定の車速に向かって走行制御部15により駆動力の増大が行われている(たとえば、前述した追従制御を行う場合には、先行車に追従するよう車速が制御される)。(b)の場合には、時間t3以降は、増大されたアクセルペダル開度に応じた駆動力を目標駆動力とし、該目標駆動力に達するように駆動力が生成されている。
【0066】
以上のように、この発明の特定の実施形態について説明したが、本願発明は、これら実施形態に限定されるものではない。
【符号の説明】
【0067】
10 走行制御装置
11 停止保持制御部
13 発進制御部
17 勾配取得部
21 制動力制御部
23 駆動力制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の制動力を制御する制動力制御手段と、
前記制動力制御手段を介して、前記車両を停止状態に保持する停止保持制御手段と、
前記車両の駆動力を制御する駆動力制御手段と、
乗員の前記車両に対する発進操作を検出する発進操作検出手段と、
前記車両の走行路の勾配を取得する手段と、
前記停止保持制御手段によって前記車両が停止状態に保持されている間に前記発進操作検出手段によって発進操作が検出された場合には、前記取得された勾配に基づいて、前記走行路上で前記車両の移動を抑制する目標駆動力を算出すると共に、前記駆動力制御手段を介して前記目標駆動力による車両の駆動が行われた後に、前記制動力制御手段を介して前記車両の停止状態の保持を解除するよう前記制動力を解除し、該制動力の解除に応じて、前記駆動力制御手段を介して駆動力を増加させて車両を発進させる発進制御手段と、
を備える、走行制御装置。
【請求項2】
前記発進制御手段は、前記駆動力制御手段を介して前記車両が前記目標駆動力により駆動される状態を、前記制動力制御手段を介した前記制動力の解除が終了するまで維持する、
請求項1に記載の車両の走行制御装置。
【請求項3】
前記目標駆動力は、前記制動力の解除によって車両が移動しないように、前記勾配の大きさに応じて算出される、
請求項1または2に記載の車両の走行制御装置。
【請求項4】
前記勾配の下り方向が、前記車両の進行方向と逆向きの場合に、前記発進制御手段は前記車両の発進を制御する、
請求項1から3のいずれかに記載の車両の走行制御装置。
【請求項5】
前記車両のアクセルペダルに対する乗員の操作量にかかわらず、前記駆動力制御手段を介して前記車両が前記目標駆動力により駆動される状態は、前記制動力制御手段を介した前記制動力の解除が終了するまで維持される、
請求項1から4のいずれかに記載の車両の走行制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−269671(P2010−269671A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−122453(P2009−122453)
【出願日】平成21年5月20日(2009.5.20)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】