説明

車両運動制御装置及びプログラム

【課題】ドライバに与える違和感を少なくし、かつ、障害物を回避した自動運転を実現することができる
【解決手段】障害物回避ポテンシャル関数演算手段24によって、現在の目標到達点と障害物との相対位置に基づいて、障害物回避のためのポテンシャル関数を演算する。目標車両運動演算手段30によって、目標追従のためのポテンシャル関数、及び演算された障害物回避のためのポテンシャル関数の和である車両制御ポテンシャル関数に基づいて、現在の車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角及び現在の車両の位置と目標到達点との相対位置における車両制御ポテンシャル関数の勾配を演算し、車両制御ポテンシャル関数の勾配に基づいて、目標車両運動を演算する。車両運動制御手段32によって、演算された目標車両運動を実現するように、操舵装置及び加減速装置を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両運動制御装置及びプログラムに係り、特に、障害物を回避するように車両運動を制御する車両運動制御装置及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、障害物を自動回避するための技術が知られている。例えば、障害物と自車の相対的な動きから演算される危険度マップの時間変化と自車が回避操作によって取りうる最適軌跡の関係から最適な回避経路を決定し、この経路に沿って走行させる回避制御装置が知られている(特許文献1)。この回避制御装置で導出される回避経路は、路面とタイヤの摩擦力を最大限利用した場合の物理的に最適な経路となる。
【0003】
また、ポテンシャル関数を用いて、障害物の動きに応じて移動体の移動経路を生成して、回避行動をとる方法が知られている(特許文献2)。
【特許文献1】特開2007−331458号公報
【特許文献2】特開2003−241836号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記の特許文献1、2に記載の技術では、人間の回避操作とは必ずしも親和性の良い操作とはなっていないため、ドライバに違和感を与えてしまう、という問題がある。
【0005】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたもので、ドライバに与える違和感を少なくし、かつ、障害物を回避した自動運転を実現することができる車両運動制御装置及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために本発明に係る車両運動制御装置は、車両の走行する目標コース上の目標到達点、及び該目標到達点と障害物との相対位置を検出する検出手段と、現在の該目標到達点と障害物との相対位置に基づいて、車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び前記車両と前記目標到達点との相対位置の2つを変数とする関数であって、かつ、前記障害物から離れるほどポテンシャルが低くなるように定義された、障害物回避のためのポテンシャル関数を演算する障害物回避ポテンシャル関数演算手段と、前記車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び前記車両と前記目標到達点との相対位置の2つを変数とする関数であって、かつ、前記目標到達点へ向かうほどポテンシャルが低くなるように定義された目標追従のためのポテンシャル関数、及び前記演算された前記障害物回避のためのポテンシャル関数の和である車両制御ポテンシャル関数に基づいて、現在の前記車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び現在の前記車両の位置と前記目標到達点との相対位置における前記車両制御ポテンシャル関数の勾配を演算し、前記車両制御ポテンシャル関数の勾配に基づいて、目標車両運動を演算する目標車両運動演算手段と、前記演算された目標車両運動を実現するように、前記車両に設けられた操舵装置及び加減速装置の少なくとも一方を制御する車両運動制御手段と、を含んで構成されている。
【0007】
本発明に係るプログラムは、コンピュータを、現在の車両の走行する目標コース上の目標到達点と障害物との相対位置に基づいて、車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び前記車両と前記目標到達点との相対位置の2つを変数とする関数であって、かつ、前記障害物から離れるほどポテンシャルが低くなるように定義された、障害物回避のためのポテンシャル関数を演算する障害物回避ポテンシャル関数演算手段、前記車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び前記車両と前記目標到達点との相対位置の2つを変数とする関数であって、かつ、前記目標到達点へ向かうほどポテンシャルが低くなるように定義された目標追従のためのポテンシャル関数、及び前記演算された前記障害物回避のためのポテンシャル関数の和である車両制御ポテンシャル関数に基づいて、現在の前記車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び現在の前記車両の位置と前記目標到達点との相対位置における前記車両制御ポテンシャル関数の勾配を演算し、前記車両制御ポテンシャル関数の勾配に基づいて、目標車両運動を演算する目標車両運動演算手段、及び前記演算された目標車両運動を実現するように、前記車両に設けられた操舵装置及び加減速装置の少なくとも一方を制御する車両運動制御手段として機能させるためのプログラムである。
【0008】
本発明によれば、検出手段によって、車両の走行する目標コース上の目標到達点、及び該目標到達点と障害物との相対位置を検出する。障害物回避ポテンシャル関数演算手段によって、現在の該目標到達点と障害物との相対位置に基づいて、車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び車両と目標到達点との相対位置の2つを変数とする関数であって、かつ、障害物から離れるほどポテンシャルが低くなるように定義された、障害物回避のためのポテンシャル関数を演算する。
【0009】
そして、目標車両運動演算手段によって、車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角及び車両と目標到達点との相対位置の2つを変数とする関数であって、かつ、目標到達点へ向かうほどポテンシャルが低くなるように定義された目標追従のためのポテンシャル関数、及び演算された障害物回避のためのポテンシャル関数の和である車両制御ポテンシャル関数に基づいて、現在の前記車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角及び現在の車両の位置と目標到達点との相対位置における車両制御ポテンシャル関数の勾配を演算し、車両制御ポテンシャル関数の勾配に基づいて、目標車両運動を演算する。車両運動制御手段によって、演算された目標車両運動を実現するように、車両に設けられた操舵装置及び加減速装置の少なくとも一方を制御する。
【0010】
このように、車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角及び車両と目標到達点との相対位置の2つを変数とした、目標追従のためのポテンシャル関数及び障害物回避のためのポテンシャル関数の和である車両制御ポテンシャル関数に基づいて目標車両運動を演算することにより、ドライバの前方注視モデルと等価な構成のモデルに従って、目標車両運動を演算することができるため、ドライバに与える違和感を少なくし、かつ、障害物を回避した自動運転を実現することができる。
【0011】
本発明に係る目標追従のためのポテンシャル関数を、ゲインk及び車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角θgazeを用いて表わされるk・θgaze/2を項として含んで定義し、障害物回避のためのポテンシャル関数を、目標追従のためのポテンシャル関数に対して、2つの変数を、車両の進行方向と障害物へ向かう方向との偏角、及び車両と障害物との相対位置の2つの変数に置き換えると共に、k・θgaze/2の項を、ゲインk及び車両の進行方向と障害物へ向かう方向との偏角θgaze’を用いて表わされる−k・θgaze/2の項に置き換え、更に置き換えられた2つの変数を、車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角、及び車両と目標到達点との相対位置に変換した関数とすることができる。これによって、目標追従のためのポテンシャル関数と同様の構造を持つ障害物回避のためのポテンシャル関数を用いることができるため、ドライバの操作との親和性が高い障害物回避を実現することができる。
【0012】
本発明の目標追従のためのポテンシャル関数を、ポテンシャル関数に対する、車両と目標到達点との相対位置の偏微分が所定値を越えないように定義することができる。これによって、目標到達点までの距離が大きい場合であっても、ドライバに与える違和感を少なくした自動運転を実現することができる。
【0013】
本発明の障害物回避のためのポテンシャル関数を、障害物までの距離が第1所定値以上、又は車両の進行方向と障害物へ向かう方向との偏角の絶対値が第2所定値以上となる範囲では、ポテンシャルが一定値になるように定義することができる。これによって、障害物までの距離が大きい場合や車両の進行方向と障害物へ向かう方向とが大きく異なる場合であっても、ドライバに与える違和感を少なくした自動運転を実現することができる。
【発明の効果】
【0014】
以上説明したように、本発明の車両運動制御装置及びプログラムによれば、車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角及び車両と目標到達点との相対位置の2つを変数とした、目標追従のためのポテンシャル関数及び障害物回避のためのポテンシャル関数の和である車両制御ポテンシャル関数に基づいて目標車両運動を演算することにより、ドライバの前方注視モデルと等価な構成のモデルに従って、目標車両運動を演算することができるため、ドライバに与える違和感を少なくし、かつ、障害物を回避した自動運転を実現することができる、という効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0016】
図1に示すように、本発明の実施の形態に係る車両運動制御装置10は、自車両の前方を撮像する撮像装置12と、自車両の操舵輪の転舵を行う操舵装置14と、自車両の車速の加減速を行う加減速装置16と、撮像装置12によって撮像された前方画像に基づいて、操舵装置14及び加減速装置16を制御するコンピュータ18とを備えている。
【0017】
コンピュータ18は、CPUと、RAMと、後述する車両運動制御処理ルーチンを実行するためのプログラムを記憶したROMとを備え、機能的には次に示すように構成されている。コンピュータ18は、撮像装置12から出力された前方画像から、自車両の走行する目標コース上の目標到達点を検出すると共に、自車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角、及び自車両と目標到達点との相対位置としての相対距離を検出する目標コース検出手段20と、撮像装置12から出力された前方画像から、障害物を検出すると共に、検出された目標到達点と障害物との相対位置を検出する障害物検出手段22と、検出された現在の目標到達点と障害物との相対位置に基づいて、後述する障害物回避のためのポテンシャル関数を演算する障害物回避ポテンシャル関数演算手段24と、後述する目標追従のためのポテンシャル関数を記憶した目標追従ポテンシャル関数記憶手段26と、障害物回避のためのポテンシャル関数と目標追従のためのポテンシャル関数とを加算することにより、車両制御ポテンシャル関数を演算する加算手段28と、検出された自車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角及び自車両と目標到達点との相対距離と、車両制御ポテンシャル関数とに基づいて、目標車両運動を演算する目標車両運動演算手段30と、演算された目標車両運動を実現するように、操舵装置14及び加減速装置16を制御する車両運動制御手段32とを備えている。
【0018】
目標コース検出手段20は、前方画像から画像認識処理により目標コースを認識し、目標コース上であって、かつ、予め設定された注視距離L[m]前方にある点を、目標到達点として検出する。また、目標コース検出手段20は、検出された目標到達点の位置に基づいて、自車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角、及び自車両と目標到達点との相対距離を検出する。なお、自車両の進行方向については、予め求められた車両前後方向と、車両運動センサ(図示省略)のセンサ値から測定されるスリップ角とに基づいて算出すればよい。なお、目標到達点について、ナビゲーションシステムなどから自車両の目標コースを取得して、目標到達点の位置を検出するようにしてもよい。
【0019】
また、障害物検出手段22は、前方画像から画像認識処理により障害物の存在を認識して、障害物の位置を検出する。また、障害物検出手段22は、目標コース検出手段20によって検出された目標到達点の位置を用いて、目標到達点と障害物との相対位置を検出する。なお、障害物について、レーザレーダなどの他の検出手段によって検出してもよい。
【0020】
次に、目標追従のためのポテンシャル関数について説明する。
【0021】
まず、前方注視モデルについて説明する。人間は、図2に示すような車両の前方(進行方向)L[m]を注視し、現在の車両の姿勢のまま現在の進行方向にL[m]進んだときの車両の横位置と目標コースのずれε、あるいは車両の進行方向と目標コース上の目標到達点へ向かう方向との偏角θgazeを検知し、フィードバック制御を行っていることが知られている(非特許文献:安部、「自動車の運動と制御」、P212−213、山海堂、1992)。
【0022】
ここで、上記図2に示した前方注視モデルを簡単化し、「ドライバが偏角θgazeに応じて車両のヨー角速度θのドットを制御する」という以下の(1)で記述されるモデルを提案する。
【0023】
【数1】

【0024】
ただし、θは、基準方向(例えば、車両横方向)に対する自動車の進行方向を示し、x、yを自動車の位置とすると、進行方向θは以下の(2)式で表される。
【0025】
【数2】

【0026】
また、上記(1)式のθgazeは、進行方向(前方注視方向)に対する目標到達点への方向の偏角(前方注視角)であり、ゲインkは正の定数とする。
【0027】
ここでは、ドライバの行動がポテンシャル関数に基づいて行動すると仮定のもとで、上記(1)式をポテンシャル勾配系によって表現するためのポテンシャル関数を導出する。
【0028】

到達すべき目標位置(目標到達点)が任意の点(x、y)にあるときの前方注視角θgazeは、以下の(3)式で与えられる。
【0029】
【数3】

【0030】
上記(3)式を上記(1)式に代入することにより、以下の(4)式が得られる。
【0031】
【数4】

【0032】
上記(4)式のみでは走行軌跡を決定することができないため、車速を表わす関数α(t)を導入すると、以下の(5)式、(6)式が得られる。
【0033】
【数5】

【0034】
また、車両の位置(x,y)から目標位置(目標到達点)までの距離rgazeは、以下の(7)で表わされる。
【0035】
【数6】

【0036】
上記(3)式、(7)式を微分して、上記(4)式〜(6)式を代入すると、以下の(8)式、(9)式が得られ、rgaze、θgaze空間におけるドライバ閉ループ車両運動モデルを記述することができる。
【0037】
【数7】

【0038】
ここで、上記(8)、(9)式をポテンシャル関数Vの勾配系として表すための必要十分条件は、以下の(10)式で表される条件である。
【0039】
【数8】

【0040】
上記(10)式の偏微分方程式を速度関数について解くことで、ポテンシャル関数Vと関数α(t)が求められる。
【0041】
よって上記(10)式より、速度関数α(t)は、以下の(11)式で与えられる。
【0042】
【数9】

【0043】
また、上記(11)式で与えられる速度関数を持つとき、上記(8)式、(9)式は、以下の(12)式で表されるポテンシャル関数Vの勾配系として、以下の(13)式、(14)式で表現される。
【0044】
【数10】

【0045】
ただし、上記(12)式において、C、μは定数であり、μ≠1とする。また、sgnは符号関数である。また、上記(13)式、(14)式は、rgaze、θgazeがポテンシャル関数V(rgaze,θgaze)の最急勾配に沿って変化するポテンシャル勾配系として表現できることを表している。
【0046】
次に、上記で説明したように導出したポテンシャル関数を用いて、目標位置を固定したときのドライバ閉ループ車両運動モデルの目標位置への到達性を示す。
【0047】
モデルのパラメータkは常に正の値をとる。このとき、上記(12)式で与えられるポテンシャル関数は、図3(A)に示すような形状となる。上記図3(A)から明らかなように、ポテンシャル関数は、rgaze=0、θgaze=0の点において局所的に最小値となり、さらにその勾配は常に正となることがわかる。すなわち、上記(12)式で与えられるポテンシャル関数は、目標到達点へ向かうほどポテンシャルが低くなるように定義されている。
【0048】
よって、上記(13)式、(14)式で与えられるドライバ閉ループ車両運動モデルは、t→∞において、rgaze→0、θgaze→0となることがわかる。このため、上記(11)式の車速および正のパラメータkを用いたドライバ閉ループ車両運動モデル(4)式〜(6)式によって、目標位置へ到達することが示される。
【0049】
上記の(13)式、(14)式で与えられるドライバ閉ループ車両運動モデルは、ドライバの行動をポテンシャル勾配系でモデル化したものであるが、ドライバを自動運転に置き換えることによって、自動運転時の車両運動モデルと解釈することもできる。この場合、コントローラが、車両が(13)式、(14)式に従うように制御することによって、目標コースの追従が可能となる。この自動運転アルゴリズムは、ドライバの前方注視モデルと等価な構成となっており、ドライバに違和感を与えない自動運転を実現することができる。
【0050】
目標追従ポテンシャル関数記憶手段26には、車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角θgaze及び車両と目標到達点との相対距離rgazeの2つを変数とする関数であって、かつ、目標到達点へ向かうほどポテンシャルが低くなるように定義された上記(12)式で表される目標追従のためのポテンシャル関数が記憶されている。
【0051】
次に、障害物回避のためのポテンシャル関数について説明する。
【0052】
本実施の形態では、上記で提案した目標コースの追従の制御を障害物回避に拡張する。ドライバは障害物回避の際にもコース追従時と大きく制御則を切り替えていないと考えられる。このため、自動制御によって障害物回避を行う際にも、コース追従と同じ構造を持つ制御系で構成することが望ましく、ドライバの違和感を低減できると考えられる。ここでは、上記(1)式の代わりに、障害物に対して単純に反対の作用を持つ以下の(15)式で表されるモデルを用いる。
【0053】
【数11】

【0054】
このとき、対応するポテンシャル関数は、上記(12)式で表される目標追従のためのポテンシャル関数に対して、θgazeを進行方向に対する障害物へ向かう方向の偏角である前方注視角θ’gazeに置き換え、rgazeを、車両と障害物との相対位置としての相対距離r’gazeに置き換えると共に、パラメータkを−kに置き換えた(k・θgaze/2の項を、−k・θ’gaze/2の項に置き換えた)、以下の(16)で与えられる。
【0055】
【数12】

【0056】
また、α(t)は上記(11)式のままとする。
【0057】
図3(B)に、上記(16)式のポテンシャル関数の形状を示す。上記図3(B)から明らかなように、ポテンシャル関数はr’gaze=0、θ’gaze=0の点において不安定な鞍点となることがわかる。すなわち、上記(16)式のポテンシャル関数は、障害物から離れるほどポテンシャルが低くなるように定義されている。このため、上記(11)式の車速および車両運動モデル(5)、(6)、(15)式は、(x,y)に配置した障害物を避けて走行することがわかる。
【0058】
次に、目標位置と障害物(複数個)が同時に存在する場合への拡張を考える。まず、この場合の車両制御ポテンシャル関数を、以下の(17)式で定義する。
【0059】
【数13】

【0060】
ただし、rgazei,θgazeiは、それぞれ、進行方向(前方注視方向)とi番目の障害物への方向との偏角(前方注視角度)および車両と障害物との相対距離を表す。上記(17)式のポテンシャル関数の解釈は以下のとおりである。
【0061】
右辺の第1項は上記(12)式で与えられたものに等しい。第2項のVobsについて、その変数rgazei,θgazeiは、rgaze,θgazeの関数であると考える。具体的には、図4(A)、(B)を参照すると、rgazei,θgazeiは、以下の(18)式、(19)式で与えられる。
【0062】
【数14】

【0063】
ただし、(xobi,yobi)は、i番目の障害物の位置を表わし、(x,y)は、目標到達点の位置を表わす。
【0064】
ここで、目標対象(目標到達点)と障害物との相対位置は変化しないことから、上記(17)式に上記(18)式、(19)式を代入して、変数rgazei,θgazeiを、変数rgaze,θgazeに変換することにより、ポテンシャル関数は変数rgaze,θgazeのみの関数Vobsのハットとなり、上記(16)式は、以下の(20)式で記述できる。
【0065】
【数15】

【0066】
障害物回避ポテンシャル関数演算手段24は、障害物検出手段22によって検出された、目標到達点と障害物との相対位置に基づいて、上記(20)式の右辺第2項で表される、障害物回避のためのポテンシャル関数を演算する。
【0067】
加算手段28は、上記(20)式に従って、目標追従ポテンシャル関数記憶手段26に記憶されたポテンシャル関数と、障害物回避ポテンシャル関数演算手段24によって演算されたポテンシャル関数とを加算することにより、車両制御ポテンシャル関数Vbatを演算する。
【0068】
次に、車両制御ポテンシャル関数を用いて目標車両運動を演算する方法について説明する。
【0069】
まず、障害物が存在する場合、以下の(21)式により、上記(20)式で表される車両制御ポテンシャル関数の勾配を演算する。
【0070】
【数16】

【0071】
また、上記図4(A)、(B)を参照すると、上記(22)式の右辺のベクトルは、以下の(23)式で表される。
【0072】
【数17】

【0073】
ここで、上記(21)式は、rgaze、θgazeの時間変化で与えられるため、以下のように、一般的な制御則である車速及びθの時間変化の式に変換を行う。
【0074】
まず、図5に示すような、注視距離及び位置(r=x+y、θ’=tan−1(y/x))に関する幾何学関係より、以下の(24)式が得られる。
【0075】
【数18】

【0076】
次に、注視角度、注視方向と飛行方向の幾何学的な関係より、以下の(25)式が成り立ち、その時間微分により、以下の(26)式、(27)式が得られる。
【0077】
【数19】

【0078】
上記(26)式、(27)式をまとめてβを取り除くと、以下の(28)式が得られる。
【0079】
【数20】

【0080】
したがって、上記(21)式、(24)式、(28)式より、走行制御則は、以下の(29)式、(30)式で表される。
【0081】
【数21】

【0082】
上記(29)式、(30)式は、(rgaze,θgaze)および(rgazei,θgazei)という局所座標系のみの変数となるため、絶対座標系による変数を用いないという利点が挙げられる。また、本発明では、上記(21)式のように、制御目標である車両運動が、障害物に応じたポテンシャルの重ね合わせで記述されるという特徴がある。このため、障害物が増えた場合には、ポテンシャルの更なる重ね合わせによって対応することができ、複雑な障害物に対しても容易に回避制御則を導出できる、という優れた特徴を有している。さらに、ここで導出された障害物回避制御は、ドライバの前方注視モデルに基づく目標追従のためのポテンシャル関数と同じ構造を持つ制御系となっていることから、ドライバの操作との親和性が高く、ドライバの違和感が少ない障害物回避を実現することができる。
【0083】
目標車両運動演算手段30は、上記(21)式に従って、目標コース検出手段20によって検出された、車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角θgaze、及び車両と目標到達点との相対距離rgazeにおける車両制御ポテンシャル関数の勾配を演算し、演算された車両制御ポテンシャル関数の勾配と、上記(29)式、(30)式の走行制御則とに基づいて、目標車両運動としてのヨー角速度及び車速を演算する。
【0084】
また、車両運動制御手段32は、目標車両運動としてのヨー角速度及び車速を実現するように、操舵装置14及び加減速装置16を制御する。
【0085】
次に、第1の実施の形態に係る車両運動制御装置10の作用について説明する。車両運動制御装置10を搭載した車両の走行中に、コンピュータ18において、図6に示す車両運動制御処理ルーチンが実行される。
【0086】
まず、ステップ100において、撮像装置12から前方画像を取得する。そして、ステップ102では、上記ステップ100で取得した前方画像から、現在の目標コース上の目標到達点を検出すると共に、現在の自車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角、及び現在の自車両と目標到達点との相対距離を検出する。
【0087】
次に、ステップ104では、上記ステップ100で取得した前方画像から障害物を検出すると共に、検出された障害物の各々について、上記ステップ102で検出された目標到達点と障害物との現在の相対位置を検出する。
【0088】
そして、ステップ106では、上記ステップ104で検出された各障害物に対する目標到達点と障害物との相対位置を用いて、上記(20)式の右辺第二項で表される障害物回避のためのポテンシャル関数を演算する。
【0089】
次のステップ108では、目標追従ポテンシャル関数記憶手段26から目標追従のためのポテンシャル関数を読み込み、ステップ110において、上記ステップ106で演算された障害物回避のためのポテンシャル関数と、上記ステップ108で読み込まれた目標追従のためのポテンシャル関数とを加算して、上記(20)式で表される車両制御ポテンシャル関数を演算する。
【0090】
そして、ステップ112において、上記ステップ102で検出された自車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角、及び自車両と目標到達点との相対距離における、上記ステップ110で演算された車両制御ポテンシャル関数の勾配を演算し、車両制御ポテンシャル関数の勾配に基づいて、上記(29)式、(30)式に従って、目標車両運動としてのヨー角速度及び車速を演算する。
【0091】
次のステップ114では、上記ステップ112で演算された目標車両運動としてのヨー角速度及び車速を実現するように操舵装置14及び加減速装置16を制御して、上記ステップ100へ戻る。
【0092】
以上説明したように、第1の実施の形態に係る車両運動制御装置によれば、車両の進行方向と目標到達点へ向かう方向との偏角及び車両と目標到達点との相対位置の2つを変数とした、目標追従のためのポテンシャル関数及び障害物回避のためのポテンシャル関数の和である車両制御ポテンシャル関数に基づいて目標車両運動を演算することにより、ドライバの前方注視モデルと等価な構成のモデルに従って、目標車両運動を演算することができるため、ドライバに与える違和感を少なくし、かつ、障害物を回避した自動運転を実現することができる。
【0093】
また、目標追従のためのポテンシャル関数と同様の構造を持つ障害物回避のためのポテンシャル関数を用いているため、ドライバの操作との親和性が高い障害物回避を実現することができる。
【0094】
次に、第2の実施の形態について説明する。なお、第2の実施の形態に係る車両運動制御装置の構成は、第1の実施の形態と同様の構成となっているため、同一符号を付して説明を省略する。
【0095】
第2の実施の形態では、目標追従のためのポテンシャル関数及び障害物回避のためのポテンシャル関数の各々に対して打ち切りの修正を行っている点が、第1の実施の形態と異なっている。
【0096】
上記第1の実施の形態で説明したポテンシャル関数(12)式、(16)式は、目標到達点までの相対距離や障害物までの相対距離に対して単調増加するため、距離が大きくなるほど作用力が強くなる。一方、現実問題としては、障害物から十分離れた場合、回避のためのポテンシャル場は必要なくなる。このため、本実施の形態では、目標追従のためのポテンシャル関数に対して、以下の(31)式、(32)式に示すように打ち切りの修正を行う。
【0097】
【数22】

【0098】
また、障害物回避のためのポテンシャル関数に対して、以下の(33)式、(34)式に示すように打ち切りの修正を行う。
【0099】
【数23】

【0100】
上記(31)式で与えられる関数は,0≦rgaze≦hでは、元のポテンシャル関数と等しく、h<rgazeでは、傾き{(1−μ)h×eの((1−μ)h/2)乗}で、目標到達点までの相対距離に対して線形的に増加する関数となる。すなわち、ポテンシャル関数に対する、目標到達点までの距離位置の偏微分が所定値(上記の傾きの値)を越えないように打ち切られる。上記(31)式、(32)式で与えられるポテンシャル関数は、図7(A)に示すように変化し、上記図3(A)に示される上記(12)式と比較して、十分大きな注視距離においてもrgaze=0,θgaze=0が最小値となり、さらにその勾配は常に正となることがわかる。
【0101】
一方、上記(34)式は滑らかな打ち切りを行う関数であるため、上記(33)式で与えられるポテンシャル関数は、図7(B)に示すように、rgazei≧r、又は|θgazei|>π/2の範囲において、ポテンシャルが一定値になるように打ち切られることとなる。
【0102】
このとき、車両制御ポテンシャル関数Vbatのチルダは、以下の(35)式で記述される。
【0103】
【数24】

【0104】
ただし、Vobsのチルダのハットは、上記(17)式のΣcobsiobs(rgazei,θgazei)に上記(18)式、(19)式、(33)式を代入することにより得られる変数rgaze,θgazeのみのポテンシャル関数である。
【0105】
第2の実施の形態では、目標追従ポテンシャル関数記憶手段26に、上記(31)式に示すポテンシャル関数が記憶されており、障害物回避ポテンシャル関数演算手段は、上記(16)式を上記(33)式に置き換えて得られる、上記(35)式の右辺第二項で表される障害物回避のためのポテンシャル関数を演算する。
【0106】
また、加算手段28は、上記(35)式に従って、車両制御ポテンシャル関数を演算する。
【0107】
なお、第2の実施の形態に係る車両運動制御装置の他の構成及び作用については、第1の実施の形態と同様であるため、説明を省略する。
【0108】
次に、導出した車両制御ポテンシャル関数を用いて、障害物回避を含めた目標位置到達に関する数値計算を行った結果について説明する。計算例として、(i)目標到達点を原点に設定した場合、(ii)目標到達点を原点に設定し、点としての2つの障害物を設定した場合、(iii)目標到達点を原点に設定し、点としての4つの障害物を設定した場合の各々について、上記(35)式のポテンシャル関数を用いた数値計算を行った。
【0109】
図8に、各計算例(i)〜(iii)における車両の位置x、yおよび目標到達点までの距離rgazeの計算結果を示す。上記図8より、障害物を回避した走行軌跡が生成されることがわかった。
【0110】
なお、上記の数値計算では、目標到達点を固定としているが、本発明は目標到達点を固定とする場合に限定されるものではなく、目標コース上において目標到達点を時々刻々と変化させることによって、障害物回避と目標コース追従とを同時に達成することもできる。
【0111】
以上説明したように、第2の実施の形態に係る車両運動制御装置によれば、目標追従のためのポテンシャル関数に対して、打ち切りの修正を行うことにより、目標到達点までの距離が大きい場合であっても、ドライバに与える違和感を少なくした自動運転を実現することができる。また、障害物回避のためのポテンシャル関数に対して、打ち切りの修正を行うことにより、障害物までの距離が大きい場合や車両の進行方向と障害物へ向かう方向とが大きく異なる場合であっても、ドライバに与える違和感を少なくした自動運転を実現することができる。
【0112】
なお、上記の第1の実施の形態及び第2の実施の形態では、目標車両運動を実現するように操舵装置及び加減速装置を制御する場合を例に説明したが、これに限定されるものではなく、操舵装置及び加減速装置の何れか一方を制御するようにしてもよい。この場合には、目標車両運動として、ヨー角速度及び車速の何れか一方を演算するようにすればよい。
【0113】
また、本発明のプログラムを記憶媒体に格納して提供してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0114】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る車両運動制御装置の構成を示す概略図である。
【図2】前方注視モデルを示すイメージ図である。
【図3】(A)目標追従のためのポテンシャル関数を示すグラフ、及び(B)障害物回避のためのポテンシャル関数を示すグラフである。
【図4】車両の位置が変化したときの目標到達点及び障害物の各々との位置関係を示すイメージ図である。
【図5】注視距離及び位置に関する幾何学関係を示す図である。
【図6】本発明の第1の実施の形態に係る車両運動制御装置の車両運動制御処理ルーチンの内容を示すフローチャートである。
【図7】(A)打ち切り修正を行った目標追従のためのポテンシャル関数を示すグラフ、及び(B)打ち切り修正を行った障害物回避のためのポテンシャル関数を示すグラフである。
【図8】(A)計算例における車両の走行軌跡を示すグラフ、及び(B)計算例における目標到達点までの距離の変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0115】
10 車両運動制御装置
12 撮像装置
14 操舵装置
16 加減速装置
18 コンピュータ
20 目標コース検出手段
22 障害物検出手段
24 障害物回避ポテンシャル関数演算手段
26 目標追従ポテンシャル関数記憶手段
28 加算手段
30 目標車両運動演算手段
32 車両運動制御手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の走行する目標コース上の目標到達点、及び該目標到達点と障害物との相対位置を検出する検出手段と、
現在の該目標到達点と障害物との相対位置に基づいて、車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び前記車両と前記目標到達点との相対位置の2つを変数とする関数であって、かつ、前記障害物から離れるほどポテンシャルが低くなるように定義された、障害物回避のためのポテンシャル関数を演算する障害物回避ポテンシャル関数演算手段と、
前記車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び前記車両と前記目標到達点との相対位置の2つを変数とする関数であって、かつ、前記目標到達点へ向かうほどポテンシャルが低くなるように定義された目標追従のためのポテンシャル関数、及び前記演算された前記障害物回避のためのポテンシャル関数の和である車両制御ポテンシャル関数に基づいて、現在の前記車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び現在の前記車両の位置と前記目標到達点との相対位置における前記車両制御ポテンシャル関数の勾配を演算し、前記車両制御ポテンシャル関数の勾配に基づいて、目標車両運動を演算する目標車両運動演算手段と、
前記演算された目標車両運動を実現するように、前記車両に設けられた操舵装置及び加減速装置の少なくとも一方を制御する車両運動制御手段と、
を含む車両運動制御装置。
【請求項2】
前記目標追従のためのポテンシャル関数を、ゲインk及び前記車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角θgazeを用いて表わされるk・θgaze/2を項として含んで定義し、
前記障害物回避のためのポテンシャル関数を、前記目標追従のためのポテンシャル関数に対して、前記2つの変数を、前記車両の進行方向と前記障害物へ向かう方向との偏角、及び前記車両と前記障害物との相対位置の2つの変数に置き換えると共に、k・θgaze/2の項を、前記ゲインk及び前記車両の進行方向と前記障害物へ向かう方向との偏角θgaze’を用いて表わされる−k・θ’gaze/2の項に置き換え、更に前記置き換えられた2つの変数を、前記車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角、及び前記車両と前記目標到達点との相対位置に変換した関数とした請求項1記載の車両運動制御装置。
【請求項3】
前記目標追従のためのポテンシャル関数を、前記ポテンシャル関数に対する、前記車両と前記目標到達点との相対位置の偏微分が所定値を越えないように定義した請求項1又は2記載の車両運動制御装置。
【請求項4】
前記障害物回避のためのポテンシャル関数を、前記障害物までの距離が第1所定値以上、又は前記車両の進行方向と前記障害物へ向かう方向との偏角の絶対値が第2所定値以上となる範囲では、ポテンシャルが一定値になるように定義した請求項1〜請求項3の何れか1項記載の車両運動制御装置。
【請求項5】
コンピュータを、
現在の車両の走行する目標コース上の目標到達点と障害物との相対位置に基づいて、車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び前記車両と前記目標到達点との相対位置の2つを変数とする関数であって、かつ、前記障害物から離れるほどポテンシャルが低くなるように定義された、障害物回避のためのポテンシャル関数を演算する障害物回避ポテンシャル関数演算手段、
前記車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び前記車両と前記目標到達点との相対位置の2つを変数とする関数であって、かつ、前記目標到達点へ向かうほどポテンシャルが低くなるように定義された目標追従のためのポテンシャル関数、及び前記演算された前記障害物回避のためのポテンシャル関数の和である車両制御ポテンシャル関数に基づいて、現在の前記車両の進行方向と前記目標到達点へ向かう方向との偏角及び現在の前記車両の位置と前記目標到達点との相対位置における前記車両制御ポテンシャル関数の勾配を演算し、前記車両制御ポテンシャル関数の勾配に基づいて、目標車両運動を演算する目標車両運動演算手段、及び
前記演算された目標車両運動を実現するように、前記車両に設けられた操舵装置及び加減速装置の少なくとも一方を制御する車両運動制御手段
として機能させるためのプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−100123(P2010−100123A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−272113(P2008−272113)
【出願日】平成20年10月22日(2008.10.22)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】