車両運動制御装置
【課題】ロール角がロール限界値に達する可能性をより低くでき、横転抑制効果をより高くできるようにする。
【解決手段】実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が大きい場合に、減圧モード時に設定される減圧デューティDDutyが制限されるようにする。これにより、W/C圧の減圧に伴う制動力の増加が抑制され、実スリップ率Saの減少が抑制されることになり、実スリップ率Saの低下に起因する横加速度Gyの増加、引いてはロール角の増加を抑制できる。したがって、ロール角がロール限界値を超えることを防止でき、横転抑制を効果的に行うことが可能となる。
【解決手段】実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が大きい場合に、減圧モード時に設定される減圧デューティDDutyが制限されるようにする。これにより、W/C圧の減圧に伴う制動力の増加が抑制され、実スリップ率Saの減少が抑制されることになり、実スリップ率Saの低下に起因する横加速度Gyの増加、引いてはロール角の増加を抑制できる。したがって、ロール角がロール限界値を超えることを防止でき、横転抑制を効果的に行うことが可能となる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の横方向の運動状態に基づいてホイールシリンダ(以下、W/Cという)に発生させる圧力(以下、W/C圧という)を制御し、車両の横転を抑制する車両運動制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1において、緊急回避操舵状態であると、旋回外輪前輪の目標スリップ率を通常よりも高い値に設定し、路面摩擦係数(以下、μという)が高い高μ時のスピン制御の場合よりも高い目標スリップ率に基づき、旋回外側前輪の制動力を制御することが開示されている。具体的には、車両の横方向の加速度(以下、横加速度という)に相当する慣性モーメントが大きくなるほど補正係数を大きくし、目標スリップ率が大きくなるように補正する。そして、緊急回避操舵状態における車輪制動力制御の開始後であるときには、通常よりW/C圧の増減速度が制限されたマップを用いて増圧および減圧のデューティ比を設定することで、W/C圧の変化を抑制し、ロール振動を防いでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4084248号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
図12は、旋回外側前輪におけるスリップ率と横加速度との関係を示したグラフである。また、図13は、横加速度とロール角との関係を示したグラフである。
【0005】
図12に示されるように、スリップ率が所定値(図12中では5%程度)の時に横加速度がピーク値を取り、それよりもスリップ率が大きくなると再び横加速度が低下する。横加速度とロール角は、図13に示されるように、車両が横転する可能性が発生する状態(以下、横転モードと言う)に至るまでは比例関係になるため、横加速度はロール角を示すパラメータとなり、図12において横加速度がピーク値を取るときには、ロール角も大きくなっていることを意味している。
【0006】
上記特許文献1のように、旋回外輪前輪の目標スリップ率を高くした場合、横加速度がピーク値を取るスリップ率よりも高い値に目標スリップ率が設定されることになるため、目標スリップ率となるように実スリップ率を制御できれば、横加速度も小さくできる。そして、W/C圧の増減圧に伴ってスリップ率が変化して横加速度が変化することになるため、W/C圧の増減圧を制限することで、横加速度の変化を小さくでき、ロール振動を防ぐことが可能となる。
【0007】
しかしながら、特許文献1では、緊急回避操舵状態において、常にW/C圧の増減圧が制限されることから、操舵性が低下する。
【0008】
本発明は上記点に鑑みて、車両の操舵性の低下を抑制しつつ、車両の横転を抑制する車両運動制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明では、運動状態取得手段(100)にて、車両の横転方向の運動状態を示す物理量(Gy)とその時に車輪に発生している実際のスリップ率である実スリップ率(Sa)を予め決められた演算周期の都度取得すると共に、モード設定手段(300)にて、運動状態取得手段により取得された物理量が所定の運動状態閾値(THg)以上であると、車両の横転を抑制する横転抑制モードを設定し、増加率取得手段(310)にて、実スリップ率の減少に対する物理量の増加の割合である増加率を取得する。そして、増加率判定手段(320)にて、増加率取得手段で取得された増加率が予め決められた増加率閾値以上であるか否かを判定し、モード設定手段にて横転抑制モードが設定され、かつ、増加率判定手段により増加率が増加率閾値以上であると判定されているとき、減圧速度制限手段(330)にて、増加率が増加率閾値以上であると判定されていないときと比較して、車輪に対して制動力を発生させるためのW/Cに発生させるW/C圧の減圧速度を制限することを特徴としている。
【0010】
車両の横転は、実スリップ率が、車両の横転方向の運動状態を示す物理量がそのピーク値に対応するスリップ率を超えて増加した後に、当該物理量のピーク値に対応するスリップ率の近傍まで減少した場合に発生することが考えられる。ここで、物理量のピーク値に対応するスリップ率の近傍では、実スリップ率の減少に対する物理量の増加の割合(増加率)が大きくなる(図12参照)。よって、物理量の増加率が所定値以上であると判定した場合に、減圧モード時に設定されるW/C圧の減圧速度を制限することにより、換言すれば、物理量の増加率が所定値以上でないと判定した場合に減圧速度を制限しないことにより、車両の操舵性の低下を抑制しつつ、車両の横転を抑制することができる。
【0011】
ここで、増加率取得手段における「取得」とは、増加率そのものを取得することに限らず、増加率の大小を取得することも含む概念である。
【0012】
請求項2に記載の発明では、減圧速度制限手段は、車両総重量が大きいほど減圧速度が小さくなるように、減圧速度の制限を車両総重量に応じて変更することを特徴としている。
【0013】
上述したスリップ率と横加速度との関係(図12参照)において、車両総重量が大きくなるほど、物理量のピーク値は大きくなり、物理量のピーク値に対応するスリップ率の近傍における物理量の増加率は大きくなる。すなわち、車両総重量が大きくなるほど、実スリップ率の減少に対する物理量の増加が大きくなる。よって、W/C圧の減圧速度を、車両総重量が大きいほど小さくなるように制限することにより、より好適に、車両の操舵性の低下を抑制しつつ、車両の横転を抑制することができる。
【0014】
例えば、請求項3に記載したように、増加率取得手段では、増加率が予め決められた増加率閾値以上とされる実スリップ率の範囲を設定しておき、運動状態取得手段で取得された実スリップ率が範囲内に含まれていれば増加率が増加率閾値以上であると設定すると共に、実スリップ率が範囲内に含まれていなければ増加率が増加率閾値以上ではないと設定することができる。このため、増加率判定手段は、増加率取得手段で設定された結果に基づいて、増加率が増加率閾値以上であるか否かを判定することができる。
【0015】
また、請求項4に記載したように、増加率取得手段に対して、モード設定手段により横転抑制モードが設定されているときに、当該横転抑制モードが設定されてから今回の演算周期までの期間中に取得された物理量の絶対値の最大値(Gmax)を取得すると共に、該最大値が取得されたときの実スリップ率を基準スリップ率(Sb)に設定する基準スリップ率設定手段(500、510)を備えておき、運動状態取得手段にて今回の演算周期に取得された実スリップ率が基準スリップ率設定手段にて設定された基準スリップ率から該基準スリップ率に対して予め決められた定数(ΔS)を加えた値(Sb+ΔS)の範囲内に含まれていれば増加率が増加率閾値以上であると設定すると共に、実スリップ率が範囲内に含まれていなければ増加率が増加率閾値以上ではないと設定することもできる。
【0016】
上述したスリップ率と横加速度との関係(図12参照)において、物理量の増加率が所定値以上となる実スリップ率は、タイヤの特性や操舵角や路面状態に応じて変化する。よって、実測した物理量のピーク値に基づいて減圧制御を行う領域(Sb〜Sb+ΔS)を設定することにより、路面状態等によらず、車両の操舵性の低下を抑制しつつ、車両の横転を確実に抑制することができる。
【0017】
さらに、この場合、請求項5に記載したように、減圧速度制限手段は、運動状態取得手段にて今回の演算周期に取得された実スリップ率と基準スリップ率設定手段にて設定された基準スリップ率との差が小さいほど、減圧速度が小さくなるように減圧速度の制限を変更すると好ましい。
【0018】
車両の横転方向の運動状態を示す物理量がピーク値となるスリップ率に近づくほど、スリップ率の減少に対する物理量の増加の割合は大きくなる。このため、横加速度がピーク値となるスリップ率もしくはこれに近い値に設定される基準スリップ率に実スリップ率が近いほど、よりロール角が増加し難くなるように減圧速度が制限されることになるため、より横転し易いときに横転抑制効果を高めることが可能となる。
【0019】
また、請求項6に記載したように、増加率取得手段にて、実スリップ率の減少に対する物理量の増加の割合である増加率(SGrate)を直接取得すると、正確に増加率を取得できるため、より正確に増加率が増加率閾値以上であるか否かを判定することができる。
【0020】
さらに、この場合、請求項7に記載したように、減圧速度制限手段は、増加率取得手段にて直接取得された増加率が大きいほど、減圧速度が小さくなるように減圧速度の制限を変更すると好ましい。このようにしても、車両の横転方向の運動状態を示す物理量がピーク値に近づくほど、ロール角が増加し難くなるように減圧速度が制限されることになるため、より横転し易いときに横転抑制効果を高めることが可能となる。
【0021】
請求項8に記載の発明では、モード設定手段にて横転抑制モードが設定され、かつ、増加率判定手段により増加率が増加率閾値以上であると判定されているとき、増加率が増加率閾値以上であると判定されていないときと比較して、車輪に対して制動力を発生させるためのW/Cに発生させるW/C圧の増圧速度を大きくする増圧速度上昇手段(730)を備えていることを特徴としている。
【0022】
このように、実スリップ率の減少に対する物理量の増加率が大きい場合に、増圧モード時に設定されるW/C圧の増圧速度を大きくするようにしている。これにより、実スリップ率を、より早く増加させ、より早く車両の横転方向の運動状態を示す物理量がピーク値となるスリップ率から離して、車両の横転方向の運動状態を示す物理量を低下させることができる。したがって、車両の横転方向の運動状態を示す物理量がピーク値に近づくことを更に抑制でき、車両が横転する可能性があるロール限界値にロール角が達することを抑制することができる。これにより、ロール角がロール限界値に達する可能性をより低くでき、横転抑制効果をより高くすることが可能となる。
【0023】
なお、上記各手段の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の第1実施形態にかかる車両運動制御を実現する車両用のブレーキ制御システム1の全体構成を示した図である。
【図2】ブレーキECU70の信号の入出力の関係を示すブロック図である。
【図3】ブレーキECU70がプログラムに従って実行する横転抑制制御処理のフローチャートである。
【図4】目標スリップ率設定処理の詳細を示したフローチャートである。
【図5】減圧デューティ設定処理の詳細を示したフローチャートである。
【図6】増加率取得処理の詳細を示したフローチャートである。
【図7】本発明の第2実施形態で説明する減圧デューティ設定処理で用いられる実スリップ率Saおよび車両総重量と減圧デューティDDutyとの関係の一例を示したマップである。
【図8】本発明の第3実施形態で説明する減圧デューティ設定処理における増加率取得処理の詳細を示したフローチャートである。
【図9】本発明の第4実施形態で説明する減圧デューティ設定処理における増加率取得処理の詳細を示したフローチャートである。
【図10】本発明の第5実施形態にかかる車両用のブレーキ制御システム1のブレーキECU70がプログラムに従って実行する横転抑制制御処理のフローチャートである。
【図11】増圧デューティ設定処理の詳細を示したフローチャートである。
【図12】旋回外側前輪におけるスリップ率と横加速度との関係を示したグラフである。
【図13】横加速度とロール角との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、図中、同一符号を付してある。
【0026】
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態について説明する。図1は、本発明の第1実施形態にかかる車両運動制御を実現する車両用のブレーキ制御システム1の全体構成を示したものである。本実施形態では、車両の運転制御として横転抑制制御を行う場合について説明する。
【0027】
図1において、ドライバがブレーキペダル11を踏み込むと、倍力装置12にて踏力が倍力され、M/C13に配設されたマスタピストン13a、13bを押圧する。これにより、これらマスタピストン13a、13bによって区画されるプライマリ室13cとセカンダリ室13dとに同圧のM/C圧が発生する。M/C圧は、ブレーキ液圧制御用アクチュエータ50を通じて各W/C14、15、34、35に伝えられる。
【0028】
ここで、M/C13は、プライマリ室13cおよびセカンダリ室13dそれぞれと連通する通路を有するマスタリザーバ13eを備える。
【0029】
ブレーキ液圧制御用アクチュエータ50は、第1配管系統50aと第2配管系統50bとを有している。第1配管系統50aは、左前輪FLと右後輪RRに加えられるブレーキ液圧を制御し、第2配管系統50bは、右前輪FRと左後輪RLに加えられるブレーキ液圧を制御する。
【0030】
第1配管系統50aと第2配管系統50bとは、同様の構成であるため、以下では第1配管系統50aについて説明し、第2配管系統50bについては説明を省略する。
【0031】
第1配管系統50aは、上述したM/C圧を左前輪FLに備えられたW/C14及び右後輪RRに備えられたW/C15に伝達し、W/C圧を発生させる主管路となる管路Aを備える。
【0032】
管路Aは、連通状態と差圧状態に制御できる第1差圧制御弁16を備えている。この第1差圧制御弁16は、ドライバがブレーキペダル11の操作を行う通常ブレーキ時(運動制御が実行されていない時)には連通状態となるように弁位置が調整されており、第1差圧制御弁16に備えられるソレノイドコイルに電流が流されると、この電流値が大きいほど大きな差圧状態となるように弁位置が調整される。
【0033】
この第1差圧制御弁16が差圧状態のときには、W/C14、15側のブレーキ液圧がM/C圧よりも所定以上高くなった際にのみ、W/C14、15側からM/C13側へのみブレーキ液の流動が許容される。このため、常時W/C14、15側がM/C13側よりも所定圧力以上高くならないように維持される。
【0034】
そして、管路Aは、この第1差圧制御弁16よりも下流になるW/C14、15側において、2つの管路A1、A2に分岐する。管路A1にはW/C14へのブレーキ液圧の増圧を制御する第1増圧制御弁17が備えられ、管路A2にはW/C15へのブレーキ液圧の増圧を制御する第2増圧制御弁18が備えられている。
【0035】
第1、第2増圧制御弁17、18は、連通・遮断状態を制御できる2位置電磁弁により構成されている。これら第1、第2増圧制御弁17、18は、第1、第2増圧制御弁17、18に備えられるソレノイドコイルへの制御電流がゼロとされる時(非通電時)には連通状態となり、ソレノイドコイルに制御電流が流される時(通電時)に遮断状態に制御されるノーマルオープン型となっている。
【0036】
管路Aにおける第1、第2増圧制御弁17、18及び各W/C14、15の間と調圧リザーバ20とを結ぶ減圧管路としての管路Bには、連通・遮断状態を制御できる2位置電磁弁により構成される第1減圧制御弁21と第2減圧制御弁22とがそれぞれ配設されている。そして、これら第1、第2減圧制御弁21、22はノーマルクローズ型となっている。
【0037】
調圧リザーバ20と主管路である管路Aとの間には還流管路となる管路Cが配設されている。この管路Cには調圧リザーバ20からM/C13側あるいはW/C14、15側に向けてブレーキ液を吸入吐出するモータ60によって駆動される自吸式のポンプ19が設けられている。モータ60はモータリレー61に備えられる半導体スイッチ61aのオンオフによってモータ60への電圧供給が制御される。
【0038】
そして、調圧リザーバ20とM/C13の間には補助管路となる管路Dが設けられている。この管路Dを通じ、ポンプ19にてM/C13からブレーキ液を吸入し、管路Aに吐出することで、横転抑制制御やトラクション(TCS)制御などの運動制御時において、W/C14、15側にブレーキ液を供給し、対象となる車輪のW/C圧を加圧する。
【0039】
また、ブレーキECU70は、ブレーキ制御システム1の制御系を司る本発明の車両運動制御装置に相当するもので、CPU、ROM、RAM、I/Oなどを備えた周知のマイクロコンピュータによって構成され、ROMなどに記憶されたプログラムに従って各種演算などの処理を実行する。図2は、ブレーキECU70の信号の入出力の関係を示すブロック図である。
【0040】
図2に示すように、ブレーキECU70は、各車輪FL〜RRに備えられた車輪速度センサ71〜74および横加速度センサ75からの検出信号を受け取り、各種物理量を求める。例えば、ブレーキECU70は、各検出信号に基づいて各車輪FL〜RRの車輪速度や車速(推定車体速度)、各車輪のスリップ率、横加速度を求めている。また、これらに基づいて横転抑制制御を実行するか否かを判定すると共に、横転抑制制御を実行する場合の制御対象輪を判別したり、制御量、すなわち制御対象輪のW/Cに発生させるW/C圧を求める。その結果に基づいて、ブレーキECU70が各制御弁16〜18、21、22、36〜38、41、42への電流供給制御およびポンプ19、39を駆動するためのモータ60の電流量制御を実行する。
【0041】
例えば、左前輪FLを制御対象輪としてW/C圧を発生させる場合には、第1差圧制御弁16を差圧状態にしてモータリレー61をオンさせてモータ60によってポンプ19を駆動する。これにより、第1差圧制御弁16の下流側(W/C側)のブレーキ液圧は第1差圧制御弁16で発生させられる差圧により高くなる。このとき、非制御対象輪となる右後輪RRに対応する第2増圧制御弁18を遮断状態とすることで、W/C15が加圧されないようにしつつ、制御対象輪となる左前輪FLに対応する第1増圧制御弁17と第1減圧制御弁21を制御することで、W/C14に所望のW/C圧を発生させる。
【0042】
具体的には、第1増圧制御弁17を遮断状態にしつつ第1減圧制御弁21の連通遮断をデューティ制御することでW/C圧の減圧を行う減圧モードと、第1増圧制御弁17および第1減圧制御弁21を共に遮断状態にしてW/C圧を保持する保持モードと、第1減圧制御得弁21を遮断状態にしつつ第1増圧制御弁17の連通遮断をデューティ制御することでW/C圧を増圧する増圧モードとを適宜切り替え、W/C圧を調整する。これにより、所望の目標スリップ率Strgが得られるように実スリップ率Saが制御される。
【0043】
なお、モータ60によりポンプ39も駆動されるが、第2差圧制御弁36を差圧状態にしていなければ、ブレーキ液が循環するだけでW/C34、35は加圧されない。
【0044】
以上のようにして、本実施形態のブレーキ制御システム1が構成されている。次に、このブレーキ制御システム1の具体的な作動について説明する。なお、本ブレーキ制御システム1では、通常ブレーキだけでなく、運動制御としてアンチスキッド(ABS)制御等も実行できるが、これらの基本的な作動に関しては従来と同様であるため、ここでは本発明の特徴に関わる横転抑制制御における作動について説明する。
【0045】
図3は、ブレーキECU70がプログラムに従って実行する横転抑制制御処理の全体を示したフローチャートである。横転抑制制御処理は、車両に備えられた図示しないイグニッションスイッチがオンされたとき、もしくは車両走行中において、所定の演算周期ごとに実行される。
【0046】
まず、ステップ100では、各種センサ信号読み込みの処理を行う。具体的には、車輪速度センサ71〜74、横加速度センサ75の検出信号等、横転抑制制御に必要な各種検出信号の読み込みを行い、それらから各物理値が求められる。これにより、各車輪FL〜RRそれぞれの車輪速度や横加速度Gyが求められると共に、各車輪速度から周知の手法によって車速(推定車体速度)が求められ、さらに車速と車輪速度の偏差(車速−車輪速度/車速)で表される実スリップ率Saが求められる。なお、横加速度Gyは、例えば右方向と左方向とで正負の符号が反転することになるが、いずれの方向を正としても良い。
【0047】
続く、ステップ110では、目標スリップ率設定処理を行う。図4は、この目標スリップ率設定処理の詳細を示したフローチャートである。この図を参照して説明する。
【0048】
目標スリップ率設定処理では、まず、ステップ200において、横転抑制モードであるか否かを判定する。具体的には、横転抑制制御を実行すべき基準値を閾値THgとし、ステップ100で検出した横加速度Gyがこの閾値THg以上であるか否かを判定している。ここで、肯定判定されれば横転抑制モードを設定してステップ210に進み、否定判定されれば横転抑制を行う必要が無い通常モードを設定してステップ240に進む。
【0049】
ステップ210では、横転抑制モードが開始されてから今回の演算周期の時点までの期間中に検出された横加速度Gyの絶対値の最大値Gmaxよりも今回の演算周期で検出された横加速度Gyが大きいか否かを判定する。そして、大きければステップ220に進んで最大値Gmaxを今回の演算周期で検出された横加速度Gyの絶対値に更新してステップ230に進み、大きくなければ現在の最大値Gmaxを更新することなくステップ230に進む。これらの処理により、横転抑制モードが開始されてから今回の演算周期の時点までに検出された最大値Gmaxを常に記憶することができる。
【0050】
ステップ230では、目標スリップ率Strgを設定する目標スリップ率設定処理を行う。目標スリップ率Strgは、最大値Gmaxに対応した値として求められる。本実施形態では、最大値Gmaxに対応する目標スリップ率Strgの関係を示したマップもしくは関数式Strg=f(Gmax)に基づいて目標スリップ率Strgを求めている。具体的には、最大値Gmaxが大きくなるほど目標スリップ率Strgが大きくなる関係とされている。ただし、本実施形態では、目標スリップ率Strgの下限値および上限値を設定してあり、最大値Gmaxが第1所定値よりも小さい場合には目標スリップ率Strgを下限値に設定し、最大値Gmaxが第1所定値よりも大きな第2所定値以上になると目標スリップ率Strgを上限値に設定する。
【0051】
このように、最大値Gmaxが大きいほど、目標スリップ率Strgが大きな値となるようにしている。このため、横転抑制モードが設定されているときには、積極的にスリップを発生させて横滑り状態を継続させることになる。
【0052】
一方、ステップ240では、横加速度Gyの最大値Gmaxを0に戻したのちステップ120に進む。
【0053】
ステップ120では、減圧デューティ設定処理を実行する。この減圧デューティ設定処理では、W/C圧の減圧モードが設定されたときのW/C圧の減圧速度(減圧勾配)が制限されるように、減圧デューティDDutyを設定する。ここでいう減圧デューティDDutyとは、減圧モード時に制御対象車輪の減圧制御弁をパルス的に遮断状態から連通状態に切り替えることでW/C圧を減圧する時の連通状態にする時間の割合ことを意味している。この減圧デューティDDutyが高いほど、より大きく減圧されることになるため、減圧速度が大きくなる。減圧モード時のW/C圧の減圧速度が大きいと制動力が大きく減少し、実スリップ率Saがさらに低下することになる。これにより、横加速度Gyが更に増加することになるため、横加速度Gyがピーク値に近づいている場合にはピーク値から離れている場合と比較して減圧デューティDDutyを低い値にして減圧速度を制限する。図5は、減圧デューティ設定処理の詳細を示したフローチャートである。
【0054】
減圧デューティ設定処理では、まず、ステップ300において、横転抑制モードであるか否かを判定する。この処理は、図4のステップ200と同様の手法により行われる。そして、ここで肯定判定されればステップ310に進み、否定判定されればそのまま処理を終了する。
【0055】
ステップ310では、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率(増加の割合)を取得する増加率取得処理を行う。図6は、この増加率取得処理の詳細を示したフローチャートである。
【0056】
増加率取得処理では、ステップ400において、今回の演算周期で検出された実スリップ率Saが第1閾値S1以上かつ第2閾値S2未満であるか否かを判定する。
【0057】
第1閾値S1は、スリップ率の変化に対して横加速度Gyがピーク値を取るときのスリップ率に設定してある。例えば、スリップ率の変化に対する横加速度Gyの変化は、上述したように、タイヤの特性や路面状態および車両総重量によって決まる図12のような特性になる。このため、実験などによって予め図12の特性を調べておくことによって、スリップ率の変化に対する横加速度Gyのピーク値、および、横加速度Gyがピーク値を取るときのスリップ率を求めることができる。これによって求めた横加速度Gyがピーク値を取るときのスリップ率を第1閾値S1に設定している。ここでは、第1閾値S1を所定値に固定しているが、可変設定しても良い。
【0058】
また、第2閾値S2とは、スリップ率の減少に対する横加速度Gyの増加率が増加率閾値以上になると想定されるスリップ率の上限値であり、第1閾値S1よりも所定値だけ大きな値に設定される。
【0059】
上述した目標スリップ率設定処理によって目標スリップ率Strgが大きな値に設定されるが、実スリップ率Saが正確に目標スリップ率Strgに追従できる訳ではないため、実際には目標スリップ率Strgよりも実スリップ率Saが小さくなる。このため、目標スリップ率Strgになったときに期待される横加速度Gyよりも実スリップ率Saのときに発生する横加速度Gyが大きな値となる。このとき、横加速度Gyが大きな値になると、横加速度Gyと対応する値を取るロール角がロール限界値に達する可能性があるため、実スリップ率Gaの更なる低下を制限することが必要になる。そして、これを実行するためには、横加速度Gyがピーク値に近づいていることを検出しなければならない。このため、横加速度Gyがピーク値に近づき始めるとき、ピーク値から離れている場合と比較して、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が大きくなることに着目し、その増加率が層化率閾値以上になると想定される上限値を第2閾値S2として設定している。この第2閾値S2に関しても、図12の特性を予め実験などで調べておくことにより設定することができる。
【0060】
このようにして、横加速度Gyのピーク値に近い範囲として第1閾値S1から第2閾値S2の範囲を設定し、検出した実スリップ率Saがこの範囲内であるか否かにより、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率の大小を判定している。
【0061】
そして、ステップ400で肯定判定されればステップ410に進み、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を「大」に設定し、処理を終了する。つまり、実スリップ率Saが第1閾値S1以上かつ第2閾値S2未満の場合、横加速度Gyがピーク値に近づいている状態であるため、実スリップ率Saが低下すると横加速度Gyの増加量が大きくなる(図12参照)。したがって、上記のように増加率を「大」に設定している。
【0062】
一方、ステップ400で否定判定されればステップ420に進み、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を「小」に設定し、処理を終了する。つまり、実スリップ率Saが第1閾値S1以上かつ第2閾値S2未満ではない場合、横加速度Gyがピーク値から離れている状態であるため、実スリップ率Saが低下しても横加速度Gyの増加量が小さい。したがって、上記のように増加率を「小」に設定している。
【0063】
このようにして増加率取得処理が完了すると、図5のステップ320に進む。そして、増加率取得処理の結果に基づいて、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「大」であるか否かを判定する。そして、肯定判定されればステップ330に進み、否定判定されればステップ340に進む。
【0064】
ステップ330、340では、実スリップ率Saに基づいて減圧デューティDDutyを設定する。減圧デューティDDutyは、今回の演算周期において検出された実スリップ率Saに対応した値として求められる。本実施形態では、実スリップ率Saに対応する減圧デューティDDutyの関係を示したマップもしくは関数式DDuty=f1(Sa)、DDuty=f2(Sa)に基づいて減圧デューティDDutyを求めている。
【0065】
具体的には、ステップ330では、実スリップ率Saが大きくなるほど減圧デューティDDutyが大きくなる関係に基づいて減圧デューティDDutyを設定する。この関係は、ステップ340で用いられる増加率が「小」の場合に比べて減圧デューティDDutyが小さな値となる関係にしてある。
【0066】
このように、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「大」のとき、つまり横加速度Gyがピーク値に近いときには、減圧デューティDDutyが小さな値となるようにしている。このため、W/C圧を減圧させる減圧モードにおいて、減圧速度が小さくなり、減圧を制限することが可能となる。
【0067】
また、ステップ340でも、実スリップ率Saが大きくなるほど減圧デューティDDutyが大きくなる関係に基づいて減圧デューティDDutyを設定するが、ステップ330で用いられた増加率が「大」の場合に比べて減圧デューティDDutyが大きな値となる関係にしてある。
【0068】
このように、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「小」のとき、つまり横加速度Gyがピーク値に近くないときには、減圧デューティDDutyが通常の値となるようにしている。このため、W/C圧を減圧させる減圧モードにおいて、減圧が制限されることなく、W/C圧を目標スリップ率Strgに応じた値に制御することができる。このようにして、減圧デューティ設定処理が完了すると、ステップ130に進む。
【0069】
ステップ130では、ステップ100で求めた横加速度Gyを用いて制御量の計算を行う。ここでいう制御量の計算とは、車両に発生している横転傾向を抑制するために制御対象輪に対して制動力を発生させ、実スリップ率Saが目標スリップ率Strgとなるようにするために必要な制御量、つまり制御弁16〜18、21、22、36〜38、41、42やモータ60に流す電流量(例えば単位時間当たりの通電時間割合を示すデューティ比)等を求めるものである。この制御量(電流量)は、横加速度Gyがロール角と比例していて横転の傾向を示していることから、横加速度Gyの大きさに応じて求められ、例えばブレーキECU70内に予め記憶してある横加速度Gyと各種制御量との関係を示すマップや関数式に基づいて求められる。
【0070】
また、制御対象輪については、検出された横加速度Gyの正負の符号から右旋回か左旋回かを区別できることから、その結果に基づいて旋回外側前輪を制御対象輪として設定する。なお、必要に応じて旋回外輪後輪も制御対象輪とすることができる。例えば、横加速度Gyの大きさによって、制御対象輪を前回外側前輪のみにするか旋回外側後輪も加えるかを決定することができる。
【0071】
その後、ステップ140に進み、アクチュエータ駆動処理を実行する。ここでいうアクチュエータ駆動処理は、横転抑制制御により制御対象輪に対して制動力を発生させるものであり、各制御弁16〜18、21、22、36〜38、41、42への電流供給制御およびポンプ19、39を駆動するためのモータ60への電流量制御を実行する。これにより、制御対象輪に対応するW/C14、15、34、35を自動加圧し、それにより制動力が発生させられる。そして、適宜減圧モード、保持モード、増圧モードの切替えによってW/C圧が調整されることで、実スリップ率Saが設定された目標スリップ率Strgとなるように制御され、横転抑制が為される。
【0072】
このとき、減圧モードの際には、上述した減圧デューティ設定処理において設定された減圧デューティに制限されることになるため、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「大」のときには、小さな値の減圧デューティDDutyに制限される。したがって、減圧速度が小さくなり、減圧が制限されることになる。
【0073】
以上説明したように、本実施形態では、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が大きい場合に、減圧モード時に設定される減圧デューティDDutyが制限されるようにしている。このため、W/C圧の減圧に伴う制動力の増加が抑制され、実スリップ率Saの減少が抑制されることになり、実スリップ率Saの低下に起因する横加速度Gyの増加、引いてはロール角の増加を抑制できる。これにより、ロール角がロール限界値を超えることを防止でき、横転抑制を効果的に行うことが可能となる。
【0074】
また、車両運動制御として横転抑制制御を実行する際に、目標スリップ率Strgを横転抑制モードが設定されている期間中における横加速度Gyの絶対値の最大値Gmaxに応じて設定している。このため、実スリップ率が目標スリップ率Strgに近づいて横加速度Gyが低下したとしても(図12参照)、低下した横加速度Gyによって目標スリップ率Strgが更新されず、実スリップ率を高いスリップ率に維持することができる。このため、積極的に横方向のスリップを発生させて、横滑り状態を継続させることが可能となる。
【0075】
したがって、実スリップ率の低下によって横加速度Gyがピーク値に近づくことを更に抑制でき、車両が横転する可能性があるロール限界値にロール角が達することを抑制することができる。これにより、ロール角がロール限界値に達する可能性をより低くでき、横転抑制効果をより高くすることが可能となる。
【0076】
(第2実施形態)
本発明の第2実施形態について説明する。本実施形態は、第1実施形態に対して減圧デューティDDutyの設定手法を変更したものであり、その他に関しては第1実施形態と同様であるため、第1実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0077】
本実施形態の車両用のブレーキ制御システム1でも、ブレーキECU70にて第1実施形態と同様の横転抑制制御処理を実行するが、横転抑制制御処理中の減圧デューティ設定処理において、減圧デューティDDutyを実スリップ率Saと車両総重量に応じて設定している。車両総重量については、例えば、図2中に示したように、サスペンション等に備えられる荷重センサ76の検出信号に基づいて検出している。
【0078】
図7は、本実施形態のブレーキECU70が実行する横転抑制制御処理中の減圧デューティ設定処理で用いられる実スリップ率Saおよび車両総重量と減圧デューティDDutyとの関係の一例を示したマップである。
【0079】
この図に示されるように、実スリップ率Saが大きくなるほど減圧デューティDDutyをを大きくすると言う点については第1実施形態と同様であるが、さらに、車両総重量が大きいほど減圧デューティDDutyを小さくしている。すなわち、車両総重量が大きくなるほど、図12に示した横加速度のピーク値がより大きな値となるため、車両総重量が小さい場合と比較して横転し易くなる。このため、車両総重量に応じて減圧デューティDDutyを変更し、車両総重量が大きくなるほど実スリップ率Saに対応する減圧デューティDDutyの関係が小さくなる関係のマップを用いて、減圧デューティDDutyを設定するようにしている。
【0080】
このように、車両総重量に応じて実スリップ率Saと減圧デューティDDutyとの関係を変更することにより、より車両総重量に対応した減圧デューティDDutyを設定することが可能となり、車両総重量が大きな車両についても横転抑制効果を十分に得ることができる。
【0081】
なお、ここでは、車両総重量が大きくなるほど実スリップ率Saに対応する減圧デューティDDutyの関係が小さくなる関係のマップを用いているが、このような関係となる関数DDuty=F3(Sa)を用いて減圧デューティDDutyを求めても良い。
【0082】
(第3実施形態)
本発明の第3実施形態について説明する。本実施形態も、第1実施形態に対して減圧デューティ設定処理における増加率取得処理を変更したものであり、その他に関しては第1実施形態と同様であるため、第1実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0083】
図8は、本実施形態の車両用のブレーキ制御システム1のブレーキECU70がプログラムに従って実行する横転抑制制御処理中の減圧デューティ設定処理における増加率取得処理の詳細を示したフローチャートである。この図に示される増加率取得処理は、第1実施形態で示した図6の代わりに実行される。
【0084】
図8に示すように、本実施形態の増加率取得処理では、まず、ステップ500において、実スリップ率Gyの絶対値の最大値Gmaxよりも今回の演算周期で検出された横加速度Gyの絶対値が大きいか否かを判定する。すなわち、今まで記憶された実スリップ率Gyよりも更にピーク値に近づいたかを判定する。そして、大きければステップ510に進んで今回の演算周期で検出された実スリップ率Saを基準スリップ率Sbに更新してステップ520に進み、大きくなければ現在の基準スリップ率Sbを更新することなくステップ520に進む。これらの処理により、横転抑制モードが開始されてから今回の演算周期の時点までに検出された最大値Gmaxとなったときの実スリップ率Saを基準スリップ率Sbとして記憶することができる。
【0085】
次に、ステップ520では、今回の演算周期で検出された実スリップ率Saが基準スリップ率Sb以上かつ基準スリップ率Sb+ΔS未満であるか否かを判定する。ここで、ΔSとは、第1実施形態でいう第2閾値S2と第1閾値S1との差に相当するもので、基準スリップ率Sbを基準として実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が大きいと想定される範囲を示す定数である。このΔSを第2閾値S2から第1閾値S1を差し引いた値と同じ値に設定するのが好ましいが、それよりも大きい又は小さい値とされていても良い。
【0086】
そして、ステップ520で肯定判定されればステップ530に進んで実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を「大」に設定すると共に、否定判定されればステップ540に進んで実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を「小」に設定し、処理を終了する。このようにして増加率取得処理を行うことができる。
【0087】
このように、横転抑制モードが開始されてから今回の演算周期の時点までに検出された最大値Gmaxとなったときの実スリップ率Saを基準スリップ率Sbとして記憶し、この基準スリップ率SbからΔSの範囲内に含まれるか否かによって、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を判定することもできる。
【0088】
このようにすれば、第1実施形態と同様の効果を得ることができるし、さらに次の効果を得ることもできる。すなわち、スリップ率に対する横加速度Gyの関係は、タイヤの特性や路面状態および車両総重量によって決まることから、これらが変化するとスリップ率に対する横加速度Gyの関係も変化する。しかしながら、本実施形態のように、実スリップ率Saに基づいて基準スリップ率Sbを設定すれば、実スリップ率Saがタイヤの特性や路面状態および車両総重量の変化に対応した値になっていることから、実スリップ率Saに基づいて設定される基準スリップ率Sbも、それらの変化に対応した値となる。したがって、タイヤの特性や路面状態および車両総重量が変化しても、それらに対応した基準スリップ率Sbを設定でき、より的確に実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を判定することが可能となる。
【0089】
(第4実施形態)
本発明の第4実施形態について説明する。本実施形態も、第1実施形態に対して減圧デューティ設定処理における増加率取得処理を変更したものであり、その他に関しては第1実施形態と同様であるため、第1実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0090】
図9は、本実施形態の車両用のブレーキ制御システム1のブレーキECU70がプログラムに従って実行する横転抑制制御処理中の減圧デューティ設定処理における増加率取得処理の詳細を示したフローチャートである。この図に示される増加率取得処理は、第1実施形態で示した図6の代わりに実行される。
【0091】
図9に示すように、本実施形態の増加率取得処理では、まず、ステップ600において、実スリップ率Saの減少幅を算出すると共に、ステップ610において、横加速度Gyの増加幅を算出する。これらの処理は、今回の演算周期と前回の演算周期で検出された実スリップ率Saの差や横加速度Gyの差を演算することにより行われる。
【0092】
続いて、ステップ620では、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率SGrateを算出する。具体的には、ステップ600で演算した実スリップ率Saの減少幅によりステップ610で演算した横加速度Gyの増加幅を割ることにより、増加率SGrateを算出することができる。
【0093】
この後、ステップ630に進んで増加率SGrateが所定の閾値THr以上であるか否かを判定する。ここで、肯定判定されればステップ640に進んで実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を「大」に設定すると共に、否定判定されればステップ650に進んで実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を「小」に設定し、処理を終了する。このようにして増加率取得処理を行うことができる。
【0094】
このように、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率SGrateを直接取得し、その増加率SGrateが閾値THrよりも大きいか否かで、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率の大小を設定することもできる。
【0095】
このようにしても、第1実施形態と同様の効果を得ることができる。また、実スリップ率Saがタイヤの特性や路面状態および車両総重量の変化に対応した値になっていることから、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率SGrateを直接検出することで、増加率SGrateをそれらの変化に対応した値として求めることができる。したがって、タイヤの特性や路面状態および車両総重量が変化しても、より的確に実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を判定することが可能となる。
【0096】
(第5実施形態)
本発明の第5実施形態について説明する。本実施形態は、第1〜第4実施形態に対して増圧デューティ設定処理を追加したものであり、その他に関しては第1〜第4実施形態と同様であるため、第1〜第4実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0097】
図10は、本実施形態の車両用のブレーキ制御システム1のブレーキECU70がプログラムに従って実行する横転抑制制御処理のフローチャートである。
【0098】
この図に示すように、ステップ120の減圧デューティ設定処理の後にステップ125として増圧デューティ設定処理を追加している。増圧デューティ設定処理では、W/C圧の増圧モードが設定されたときの増圧速度(増圧勾配)を調整するように、増圧デューティIDutyを設定する。ここでいう増圧デューティIDutyとは、増圧モード時に制御対象車輪の増圧制御弁をパルス的に遮断状態から連通状態に切り替えることでW/C圧を増圧する時の連通状態にする時間の割合ことを意味している。この増圧デューティIDutyが高いほど、より大きく増圧されることになるため、増圧速度が大きくなる。増圧モード時のW/C圧の増圧速度に応じて制動力が増加するため、増圧速度が大きいと、実スリップ率Saがより早く増加することになる。これにより、横加速度Gyがより早く低下することになるため、横加速度Gyがピーク値に近づいている場合にはピーク値から離れている場合と比較して積極的に増加デューティIDutyを高い値にして増加速度を大きくし、実スリップ率Saをより早く増加させることで、横加速度Gyを低下させる。図11は、増圧デューティ設定処理の詳細を示したフローチャートである。
【0099】
増圧デューティ設定処理では、まず、ステップ700において、横転抑制モードであるか否かを判定する。この処理は、図5のステップ300と同様の手法により行われる。そして、ここで肯定判定されればステップ710に進み、否定判定されればそのまま処理を終了する。
【0100】
ステップ710では、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を取得する増加率取得処理を行う。この処理は、図5のステップ310と同様の手法により行われる。そして、増加率取得処理が完了するとステップ720に進む。そして、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「大」であるか否かを判定する。そして、肯定判定されればステップ730に進み、否定判定されればステップ740に進む。
【0101】
ステップ730、740では、実スリップ率Saに基づいて増圧デューティIDutyを設定する。増圧デューティIDutyは、今回の演算周期において検出された実スリップ率Saに対応した値として求められる。本実施形態では、実スリップ率Saに対応する増圧デューティIDutyの関係を示したマップもしくは関数式IDuty=f4(Sa)、IDuty=f5(Sa)に基づいて増圧デューティIDutyを求めている。
【0102】
具体的には、ステップ730では、実スリップ率Saが大きくなるほど増圧デューティIDutyが大きくなる関係に基づいて増圧デューティIDutyを設定する。この関係は、ステップ740で用いられる増加率が「小」の場合に比べて増圧デューティIDutyが大きな値となる関係にしてある。
【0103】
このように、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「大」のとき、つまり横加速度Gyがピーク値に近いときには、増圧デューティIDutyが大きな値となるようにしている。このため、W/C圧を増圧させる増圧モードにおいて、増圧速度が大きくなり、積極的に増圧を進めることが可能となる。
【0104】
また、ステップ740でも、実スリップ率Saが大きくなるほど増圧デューティIDutyが大きくなる関係に基づいて増圧デューティIDutyを設定するが、ステップ730で用いられた増加率が「大」の場合に比べて増圧デューティIDutyが小さな値となる関係にしてある。
【0105】
このように、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「小」のとき、つまり横加速度Gyがピーク値に近くないときには、増圧デューティIDutyが通常の値となるようにしている。このため、W/C圧を増圧させる増圧モードにおいて、増圧が促進されることなく、W/C圧を目標スリップ率Strgに応じた値に制御することができる。このようにして、増圧デューティ設定処理が完了すると、図10のステップ130、ステップ140に進み、第1実施形態と同様の処理を行うことで、横転抑制制御が行われる。
【0106】
以上説明したように、増圧デューティ設定処理により、W/C圧の増圧モード時に、横加速度Gyがピーク値に近づいている場合にはピーク値から離れている場合と比較して積極的に増加デューティIDutyを高い値にして増加速度を大きくする。これにより、より実スリップ率Saを増加させることが可能となり、より早く横加速度Gyを低下させることができる。したがって、横加速度Gyがピーク値に近づくことを更に抑制でき、車両が横転する可能性があるロール限界値にロール角が達することを抑制することができる。これにより、ロール角がロール限界値に達する可能性をより低くでき、横転抑制効果をより高くすることが可能となる。
【0107】
(他の実施形態)
(1)上記各実施形態では、横加速度Gyを車両の横転方向の運動量として用いているが、車両の横転方向の運動量として他の成分を用いてもかまわない。例えば、ロール角センサを用いて、ロール角を直接検出し、横方向運動量としてロール角を用いるようにしても良い。また、車両の旋回方向や横転傾向についても、ドライバによるステアリングの操作量に応じた舵角や車両に実際に発生しているヨーレートを舵角センサやヨーレートセンサで検出し、これらいずれかに基づいて旋回方向を検出したり横転傾向の度合いを検出しても良い。例えば、旋回方向については舵角そのものから検出できるし、横転傾向については舵角と横加速度Gyとから周知の手法によって推定した目標ヨーレートとヨーレートセンサで検出される実ヨーレートとの差で表すことができる。
【0108】
(2)上記第2実施形態では、第1実施形態に対して車両総重量に応じて実スリップ率Saと減圧デューティDDutyとの関係を変更するようにしたが、勿論、第3、第4実施形態のように増加率取得処理を変更したものに対しても適用できる。また、第5実施形態のように、増圧デューティIDUTYの設定についても、車両総重量に応じて実スリップ率Saと増圧デューティIDutyとの関係を変更しても良い。この場合、車両総重量が大きくなるほど実スリップ率Saに対する増圧デューティIDutyが大きな値となるようにすれば、よりロール角がロール限界値を超え易い車両総重量の重い車両に対して積極的にスリップ率を大きくすることができる。
【0109】
(3)上記各実施形態では、減圧デューティDDutyの制限に加えて、目標スリップ率設定処理により、目標スリップ率Strgが大きな値となるようにしている。しかしながら、上記各実施形態で説明した目標スリップ率設定処理による目標スリップ率Strgの設定はより好ましい例を示したに過ぎず、必須のものではない。つまり、本発明は、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が大きい場合に、減圧モード時に設定される減圧デューティDDutyが制限されさえすれば、横加速度Gyの増加を抑制できるため、ロール角の増加を抑制でき、横転抑制の効果を得ることはできる。
【0110】
(4)上記第3実施形態では、基準スリップ率Sbを設定すると共に、実スリップ率Saが基準スリップ率Sbから基準スリップ率Sbに対して定数ΔSを足した値の範囲内に含まれるか否かにより増加率の大小を設定し、増加率の大小に基づいて減圧速度を設定している。これに加え、さらに、実スリップ率Saと基準スリップ率Sbとの差が小さいほど、減圧速度が小さくなるように減圧速度の制限を変更することも可能である。このようにすれば、実スリップ率Saが基準スリップ率Sbに近いほど、より横加速度Gyやロール角が増加し難くなるように減圧速度が制限されることになるため、より横転し易いときに横転抑制効果を高めることが可能となる。
【0111】
同様に、上記第4実施形態では、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率SGrateを直接検出し、その増加率SGrateが閾値THrよりも大きいか否かで、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率の大小を設定し、増加率の大小に基づいて減圧速度を設定している。これに加え、さらに、直接検出した増加率SGrateが大きいほど、減圧速度が小さくなるように減圧速度の制限を変更することも可能である。このようにしても、横加速度Gyがピーク値に近づくほど、横加速度Gyやロール角が増加し難くなるように減圧速度が制限されることになるため、より横転し易いときに横転抑制効果を高めることが可能となる。
【0112】
(5)上記第5実施形態では、図11に示した増圧デューティ設定処理を減圧デューティ設定処理と別々に行う例について示したが、増圧デューティ設定処理を減圧デューティ設定処理と同時に行うこともできる。この場合、図5のステップ300〜320と図11のステップ700〜720の処理を共通化させることができ、ステップ330の処理の後もしくは前にステップ730の処理を行い、ステップ340の処理の後もしくは前にステップ740の処理を行うようにすれば良い。
【0113】
(6)上記各実施形態では、ドライバによるブレーキペダル操作を油圧に代えてW/C圧を発生させるブレーキ制御システム1を例に挙げたが、ブレーキペダル操作の操作量に応じてモータ等を作動させることで電気的にW/C圧を発生させる形態であっても構わない。
【0114】
(7)なお、各図中に示したステップは、各種処理を実行する手段に対応するものである。例えば、図3〜図6および図8〜図11のうちステップ100の処理を実行する部分が運動状態取得手段、ステップ300の処理を実行する部分がモード設定手段、ステップ310の処理を実行する部分が増加率取得手段、ステップ320の処理を実行する部分が増加率判定手段、ステップ330の処理を実行する部分が減圧速度制限手段、ステップ500、510の処理を実行する部分が基準スリップ率設定手段、ステップ730の処理を実行する部分が増圧速度上昇手段に相当する。
【符号の説明】
【0115】
1…ブレーキ制御システム、13…M/C、14、15、34、35…W/C、16、36…差圧制御弁、17、18、37、38…第1〜第4増圧制御弁、19、39…ポンプ、20、40…調圧リザーバ、21、22、41、42…減圧制御弁、50…ブレーキ液圧制御用アクチュエータ、50a、50b…第1、第2配管系統、60…モータ、70…ブレーキECU、71〜74…車輪速度センサ、75…横加速度センサ、76…荷重センサ
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の横方向の運動状態に基づいてホイールシリンダ(以下、W/Cという)に発生させる圧力(以下、W/C圧という)を制御し、車両の横転を抑制する車両運動制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1において、緊急回避操舵状態であると、旋回外輪前輪の目標スリップ率を通常よりも高い値に設定し、路面摩擦係数(以下、μという)が高い高μ時のスピン制御の場合よりも高い目標スリップ率に基づき、旋回外側前輪の制動力を制御することが開示されている。具体的には、車両の横方向の加速度(以下、横加速度という)に相当する慣性モーメントが大きくなるほど補正係数を大きくし、目標スリップ率が大きくなるように補正する。そして、緊急回避操舵状態における車輪制動力制御の開始後であるときには、通常よりW/C圧の増減速度が制限されたマップを用いて増圧および減圧のデューティ比を設定することで、W/C圧の変化を抑制し、ロール振動を防いでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4084248号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
図12は、旋回外側前輪におけるスリップ率と横加速度との関係を示したグラフである。また、図13は、横加速度とロール角との関係を示したグラフである。
【0005】
図12に示されるように、スリップ率が所定値(図12中では5%程度)の時に横加速度がピーク値を取り、それよりもスリップ率が大きくなると再び横加速度が低下する。横加速度とロール角は、図13に示されるように、車両が横転する可能性が発生する状態(以下、横転モードと言う)に至るまでは比例関係になるため、横加速度はロール角を示すパラメータとなり、図12において横加速度がピーク値を取るときには、ロール角も大きくなっていることを意味している。
【0006】
上記特許文献1のように、旋回外輪前輪の目標スリップ率を高くした場合、横加速度がピーク値を取るスリップ率よりも高い値に目標スリップ率が設定されることになるため、目標スリップ率となるように実スリップ率を制御できれば、横加速度も小さくできる。そして、W/C圧の増減圧に伴ってスリップ率が変化して横加速度が変化することになるため、W/C圧の増減圧を制限することで、横加速度の変化を小さくでき、ロール振動を防ぐことが可能となる。
【0007】
しかしながら、特許文献1では、緊急回避操舵状態において、常にW/C圧の増減圧が制限されることから、操舵性が低下する。
【0008】
本発明は上記点に鑑みて、車両の操舵性の低下を抑制しつつ、車両の横転を抑制する車両運動制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明では、運動状態取得手段(100)にて、車両の横転方向の運動状態を示す物理量(Gy)とその時に車輪に発生している実際のスリップ率である実スリップ率(Sa)を予め決められた演算周期の都度取得すると共に、モード設定手段(300)にて、運動状態取得手段により取得された物理量が所定の運動状態閾値(THg)以上であると、車両の横転を抑制する横転抑制モードを設定し、増加率取得手段(310)にて、実スリップ率の減少に対する物理量の増加の割合である増加率を取得する。そして、増加率判定手段(320)にて、増加率取得手段で取得された増加率が予め決められた増加率閾値以上であるか否かを判定し、モード設定手段にて横転抑制モードが設定され、かつ、増加率判定手段により増加率が増加率閾値以上であると判定されているとき、減圧速度制限手段(330)にて、増加率が増加率閾値以上であると判定されていないときと比較して、車輪に対して制動力を発生させるためのW/Cに発生させるW/C圧の減圧速度を制限することを特徴としている。
【0010】
車両の横転は、実スリップ率が、車両の横転方向の運動状態を示す物理量がそのピーク値に対応するスリップ率を超えて増加した後に、当該物理量のピーク値に対応するスリップ率の近傍まで減少した場合に発生することが考えられる。ここで、物理量のピーク値に対応するスリップ率の近傍では、実スリップ率の減少に対する物理量の増加の割合(増加率)が大きくなる(図12参照)。よって、物理量の増加率が所定値以上であると判定した場合に、減圧モード時に設定されるW/C圧の減圧速度を制限することにより、換言すれば、物理量の増加率が所定値以上でないと判定した場合に減圧速度を制限しないことにより、車両の操舵性の低下を抑制しつつ、車両の横転を抑制することができる。
【0011】
ここで、増加率取得手段における「取得」とは、増加率そのものを取得することに限らず、増加率の大小を取得することも含む概念である。
【0012】
請求項2に記載の発明では、減圧速度制限手段は、車両総重量が大きいほど減圧速度が小さくなるように、減圧速度の制限を車両総重量に応じて変更することを特徴としている。
【0013】
上述したスリップ率と横加速度との関係(図12参照)において、車両総重量が大きくなるほど、物理量のピーク値は大きくなり、物理量のピーク値に対応するスリップ率の近傍における物理量の増加率は大きくなる。すなわち、車両総重量が大きくなるほど、実スリップ率の減少に対する物理量の増加が大きくなる。よって、W/C圧の減圧速度を、車両総重量が大きいほど小さくなるように制限することにより、より好適に、車両の操舵性の低下を抑制しつつ、車両の横転を抑制することができる。
【0014】
例えば、請求項3に記載したように、増加率取得手段では、増加率が予め決められた増加率閾値以上とされる実スリップ率の範囲を設定しておき、運動状態取得手段で取得された実スリップ率が範囲内に含まれていれば増加率が増加率閾値以上であると設定すると共に、実スリップ率が範囲内に含まれていなければ増加率が増加率閾値以上ではないと設定することができる。このため、増加率判定手段は、増加率取得手段で設定された結果に基づいて、増加率が増加率閾値以上であるか否かを判定することができる。
【0015】
また、請求項4に記載したように、増加率取得手段に対して、モード設定手段により横転抑制モードが設定されているときに、当該横転抑制モードが設定されてから今回の演算周期までの期間中に取得された物理量の絶対値の最大値(Gmax)を取得すると共に、該最大値が取得されたときの実スリップ率を基準スリップ率(Sb)に設定する基準スリップ率設定手段(500、510)を備えておき、運動状態取得手段にて今回の演算周期に取得された実スリップ率が基準スリップ率設定手段にて設定された基準スリップ率から該基準スリップ率に対して予め決められた定数(ΔS)を加えた値(Sb+ΔS)の範囲内に含まれていれば増加率が増加率閾値以上であると設定すると共に、実スリップ率が範囲内に含まれていなければ増加率が増加率閾値以上ではないと設定することもできる。
【0016】
上述したスリップ率と横加速度との関係(図12参照)において、物理量の増加率が所定値以上となる実スリップ率は、タイヤの特性や操舵角や路面状態に応じて変化する。よって、実測した物理量のピーク値に基づいて減圧制御を行う領域(Sb〜Sb+ΔS)を設定することにより、路面状態等によらず、車両の操舵性の低下を抑制しつつ、車両の横転を確実に抑制することができる。
【0017】
さらに、この場合、請求項5に記載したように、減圧速度制限手段は、運動状態取得手段にて今回の演算周期に取得された実スリップ率と基準スリップ率設定手段にて設定された基準スリップ率との差が小さいほど、減圧速度が小さくなるように減圧速度の制限を変更すると好ましい。
【0018】
車両の横転方向の運動状態を示す物理量がピーク値となるスリップ率に近づくほど、スリップ率の減少に対する物理量の増加の割合は大きくなる。このため、横加速度がピーク値となるスリップ率もしくはこれに近い値に設定される基準スリップ率に実スリップ率が近いほど、よりロール角が増加し難くなるように減圧速度が制限されることになるため、より横転し易いときに横転抑制効果を高めることが可能となる。
【0019】
また、請求項6に記載したように、増加率取得手段にて、実スリップ率の減少に対する物理量の増加の割合である増加率(SGrate)を直接取得すると、正確に増加率を取得できるため、より正確に増加率が増加率閾値以上であるか否かを判定することができる。
【0020】
さらに、この場合、請求項7に記載したように、減圧速度制限手段は、増加率取得手段にて直接取得された増加率が大きいほど、減圧速度が小さくなるように減圧速度の制限を変更すると好ましい。このようにしても、車両の横転方向の運動状態を示す物理量がピーク値に近づくほど、ロール角が増加し難くなるように減圧速度が制限されることになるため、より横転し易いときに横転抑制効果を高めることが可能となる。
【0021】
請求項8に記載の発明では、モード設定手段にて横転抑制モードが設定され、かつ、増加率判定手段により増加率が増加率閾値以上であると判定されているとき、増加率が増加率閾値以上であると判定されていないときと比較して、車輪に対して制動力を発生させるためのW/Cに発生させるW/C圧の増圧速度を大きくする増圧速度上昇手段(730)を備えていることを特徴としている。
【0022】
このように、実スリップ率の減少に対する物理量の増加率が大きい場合に、増圧モード時に設定されるW/C圧の増圧速度を大きくするようにしている。これにより、実スリップ率を、より早く増加させ、より早く車両の横転方向の運動状態を示す物理量がピーク値となるスリップ率から離して、車両の横転方向の運動状態を示す物理量を低下させることができる。したがって、車両の横転方向の運動状態を示す物理量がピーク値に近づくことを更に抑制でき、車両が横転する可能性があるロール限界値にロール角が達することを抑制することができる。これにより、ロール角がロール限界値に達する可能性をより低くでき、横転抑制効果をより高くすることが可能となる。
【0023】
なお、上記各手段の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の第1実施形態にかかる車両運動制御を実現する車両用のブレーキ制御システム1の全体構成を示した図である。
【図2】ブレーキECU70の信号の入出力の関係を示すブロック図である。
【図3】ブレーキECU70がプログラムに従って実行する横転抑制制御処理のフローチャートである。
【図4】目標スリップ率設定処理の詳細を示したフローチャートである。
【図5】減圧デューティ設定処理の詳細を示したフローチャートである。
【図6】増加率取得処理の詳細を示したフローチャートである。
【図7】本発明の第2実施形態で説明する減圧デューティ設定処理で用いられる実スリップ率Saおよび車両総重量と減圧デューティDDutyとの関係の一例を示したマップである。
【図8】本発明の第3実施形態で説明する減圧デューティ設定処理における増加率取得処理の詳細を示したフローチャートである。
【図9】本発明の第4実施形態で説明する減圧デューティ設定処理における増加率取得処理の詳細を示したフローチャートである。
【図10】本発明の第5実施形態にかかる車両用のブレーキ制御システム1のブレーキECU70がプログラムに従って実行する横転抑制制御処理のフローチャートである。
【図11】増圧デューティ設定処理の詳細を示したフローチャートである。
【図12】旋回外側前輪におけるスリップ率と横加速度との関係を示したグラフである。
【図13】横加速度とロール角との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、図中、同一符号を付してある。
【0026】
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態について説明する。図1は、本発明の第1実施形態にかかる車両運動制御を実現する車両用のブレーキ制御システム1の全体構成を示したものである。本実施形態では、車両の運転制御として横転抑制制御を行う場合について説明する。
【0027】
図1において、ドライバがブレーキペダル11を踏み込むと、倍力装置12にて踏力が倍力され、M/C13に配設されたマスタピストン13a、13bを押圧する。これにより、これらマスタピストン13a、13bによって区画されるプライマリ室13cとセカンダリ室13dとに同圧のM/C圧が発生する。M/C圧は、ブレーキ液圧制御用アクチュエータ50を通じて各W/C14、15、34、35に伝えられる。
【0028】
ここで、M/C13は、プライマリ室13cおよびセカンダリ室13dそれぞれと連通する通路を有するマスタリザーバ13eを備える。
【0029】
ブレーキ液圧制御用アクチュエータ50は、第1配管系統50aと第2配管系統50bとを有している。第1配管系統50aは、左前輪FLと右後輪RRに加えられるブレーキ液圧を制御し、第2配管系統50bは、右前輪FRと左後輪RLに加えられるブレーキ液圧を制御する。
【0030】
第1配管系統50aと第2配管系統50bとは、同様の構成であるため、以下では第1配管系統50aについて説明し、第2配管系統50bについては説明を省略する。
【0031】
第1配管系統50aは、上述したM/C圧を左前輪FLに備えられたW/C14及び右後輪RRに備えられたW/C15に伝達し、W/C圧を発生させる主管路となる管路Aを備える。
【0032】
管路Aは、連通状態と差圧状態に制御できる第1差圧制御弁16を備えている。この第1差圧制御弁16は、ドライバがブレーキペダル11の操作を行う通常ブレーキ時(運動制御が実行されていない時)には連通状態となるように弁位置が調整されており、第1差圧制御弁16に備えられるソレノイドコイルに電流が流されると、この電流値が大きいほど大きな差圧状態となるように弁位置が調整される。
【0033】
この第1差圧制御弁16が差圧状態のときには、W/C14、15側のブレーキ液圧がM/C圧よりも所定以上高くなった際にのみ、W/C14、15側からM/C13側へのみブレーキ液の流動が許容される。このため、常時W/C14、15側がM/C13側よりも所定圧力以上高くならないように維持される。
【0034】
そして、管路Aは、この第1差圧制御弁16よりも下流になるW/C14、15側において、2つの管路A1、A2に分岐する。管路A1にはW/C14へのブレーキ液圧の増圧を制御する第1増圧制御弁17が備えられ、管路A2にはW/C15へのブレーキ液圧の増圧を制御する第2増圧制御弁18が備えられている。
【0035】
第1、第2増圧制御弁17、18は、連通・遮断状態を制御できる2位置電磁弁により構成されている。これら第1、第2増圧制御弁17、18は、第1、第2増圧制御弁17、18に備えられるソレノイドコイルへの制御電流がゼロとされる時(非通電時)には連通状態となり、ソレノイドコイルに制御電流が流される時(通電時)に遮断状態に制御されるノーマルオープン型となっている。
【0036】
管路Aにおける第1、第2増圧制御弁17、18及び各W/C14、15の間と調圧リザーバ20とを結ぶ減圧管路としての管路Bには、連通・遮断状態を制御できる2位置電磁弁により構成される第1減圧制御弁21と第2減圧制御弁22とがそれぞれ配設されている。そして、これら第1、第2減圧制御弁21、22はノーマルクローズ型となっている。
【0037】
調圧リザーバ20と主管路である管路Aとの間には還流管路となる管路Cが配設されている。この管路Cには調圧リザーバ20からM/C13側あるいはW/C14、15側に向けてブレーキ液を吸入吐出するモータ60によって駆動される自吸式のポンプ19が設けられている。モータ60はモータリレー61に備えられる半導体スイッチ61aのオンオフによってモータ60への電圧供給が制御される。
【0038】
そして、調圧リザーバ20とM/C13の間には補助管路となる管路Dが設けられている。この管路Dを通じ、ポンプ19にてM/C13からブレーキ液を吸入し、管路Aに吐出することで、横転抑制制御やトラクション(TCS)制御などの運動制御時において、W/C14、15側にブレーキ液を供給し、対象となる車輪のW/C圧を加圧する。
【0039】
また、ブレーキECU70は、ブレーキ制御システム1の制御系を司る本発明の車両運動制御装置に相当するもので、CPU、ROM、RAM、I/Oなどを備えた周知のマイクロコンピュータによって構成され、ROMなどに記憶されたプログラムに従って各種演算などの処理を実行する。図2は、ブレーキECU70の信号の入出力の関係を示すブロック図である。
【0040】
図2に示すように、ブレーキECU70は、各車輪FL〜RRに備えられた車輪速度センサ71〜74および横加速度センサ75からの検出信号を受け取り、各種物理量を求める。例えば、ブレーキECU70は、各検出信号に基づいて各車輪FL〜RRの車輪速度や車速(推定車体速度)、各車輪のスリップ率、横加速度を求めている。また、これらに基づいて横転抑制制御を実行するか否かを判定すると共に、横転抑制制御を実行する場合の制御対象輪を判別したり、制御量、すなわち制御対象輪のW/Cに発生させるW/C圧を求める。その結果に基づいて、ブレーキECU70が各制御弁16〜18、21、22、36〜38、41、42への電流供給制御およびポンプ19、39を駆動するためのモータ60の電流量制御を実行する。
【0041】
例えば、左前輪FLを制御対象輪としてW/C圧を発生させる場合には、第1差圧制御弁16を差圧状態にしてモータリレー61をオンさせてモータ60によってポンプ19を駆動する。これにより、第1差圧制御弁16の下流側(W/C側)のブレーキ液圧は第1差圧制御弁16で発生させられる差圧により高くなる。このとき、非制御対象輪となる右後輪RRに対応する第2増圧制御弁18を遮断状態とすることで、W/C15が加圧されないようにしつつ、制御対象輪となる左前輪FLに対応する第1増圧制御弁17と第1減圧制御弁21を制御することで、W/C14に所望のW/C圧を発生させる。
【0042】
具体的には、第1増圧制御弁17を遮断状態にしつつ第1減圧制御弁21の連通遮断をデューティ制御することでW/C圧の減圧を行う減圧モードと、第1増圧制御弁17および第1減圧制御弁21を共に遮断状態にしてW/C圧を保持する保持モードと、第1減圧制御得弁21を遮断状態にしつつ第1増圧制御弁17の連通遮断をデューティ制御することでW/C圧を増圧する増圧モードとを適宜切り替え、W/C圧を調整する。これにより、所望の目標スリップ率Strgが得られるように実スリップ率Saが制御される。
【0043】
なお、モータ60によりポンプ39も駆動されるが、第2差圧制御弁36を差圧状態にしていなければ、ブレーキ液が循環するだけでW/C34、35は加圧されない。
【0044】
以上のようにして、本実施形態のブレーキ制御システム1が構成されている。次に、このブレーキ制御システム1の具体的な作動について説明する。なお、本ブレーキ制御システム1では、通常ブレーキだけでなく、運動制御としてアンチスキッド(ABS)制御等も実行できるが、これらの基本的な作動に関しては従来と同様であるため、ここでは本発明の特徴に関わる横転抑制制御における作動について説明する。
【0045】
図3は、ブレーキECU70がプログラムに従って実行する横転抑制制御処理の全体を示したフローチャートである。横転抑制制御処理は、車両に備えられた図示しないイグニッションスイッチがオンされたとき、もしくは車両走行中において、所定の演算周期ごとに実行される。
【0046】
まず、ステップ100では、各種センサ信号読み込みの処理を行う。具体的には、車輪速度センサ71〜74、横加速度センサ75の検出信号等、横転抑制制御に必要な各種検出信号の読み込みを行い、それらから各物理値が求められる。これにより、各車輪FL〜RRそれぞれの車輪速度や横加速度Gyが求められると共に、各車輪速度から周知の手法によって車速(推定車体速度)が求められ、さらに車速と車輪速度の偏差(車速−車輪速度/車速)で表される実スリップ率Saが求められる。なお、横加速度Gyは、例えば右方向と左方向とで正負の符号が反転することになるが、いずれの方向を正としても良い。
【0047】
続く、ステップ110では、目標スリップ率設定処理を行う。図4は、この目標スリップ率設定処理の詳細を示したフローチャートである。この図を参照して説明する。
【0048】
目標スリップ率設定処理では、まず、ステップ200において、横転抑制モードであるか否かを判定する。具体的には、横転抑制制御を実行すべき基準値を閾値THgとし、ステップ100で検出した横加速度Gyがこの閾値THg以上であるか否かを判定している。ここで、肯定判定されれば横転抑制モードを設定してステップ210に進み、否定判定されれば横転抑制を行う必要が無い通常モードを設定してステップ240に進む。
【0049】
ステップ210では、横転抑制モードが開始されてから今回の演算周期の時点までの期間中に検出された横加速度Gyの絶対値の最大値Gmaxよりも今回の演算周期で検出された横加速度Gyが大きいか否かを判定する。そして、大きければステップ220に進んで最大値Gmaxを今回の演算周期で検出された横加速度Gyの絶対値に更新してステップ230に進み、大きくなければ現在の最大値Gmaxを更新することなくステップ230に進む。これらの処理により、横転抑制モードが開始されてから今回の演算周期の時点までに検出された最大値Gmaxを常に記憶することができる。
【0050】
ステップ230では、目標スリップ率Strgを設定する目標スリップ率設定処理を行う。目標スリップ率Strgは、最大値Gmaxに対応した値として求められる。本実施形態では、最大値Gmaxに対応する目標スリップ率Strgの関係を示したマップもしくは関数式Strg=f(Gmax)に基づいて目標スリップ率Strgを求めている。具体的には、最大値Gmaxが大きくなるほど目標スリップ率Strgが大きくなる関係とされている。ただし、本実施形態では、目標スリップ率Strgの下限値および上限値を設定してあり、最大値Gmaxが第1所定値よりも小さい場合には目標スリップ率Strgを下限値に設定し、最大値Gmaxが第1所定値よりも大きな第2所定値以上になると目標スリップ率Strgを上限値に設定する。
【0051】
このように、最大値Gmaxが大きいほど、目標スリップ率Strgが大きな値となるようにしている。このため、横転抑制モードが設定されているときには、積極的にスリップを発生させて横滑り状態を継続させることになる。
【0052】
一方、ステップ240では、横加速度Gyの最大値Gmaxを0に戻したのちステップ120に進む。
【0053】
ステップ120では、減圧デューティ設定処理を実行する。この減圧デューティ設定処理では、W/C圧の減圧モードが設定されたときのW/C圧の減圧速度(減圧勾配)が制限されるように、減圧デューティDDutyを設定する。ここでいう減圧デューティDDutyとは、減圧モード時に制御対象車輪の減圧制御弁をパルス的に遮断状態から連通状態に切り替えることでW/C圧を減圧する時の連通状態にする時間の割合ことを意味している。この減圧デューティDDutyが高いほど、より大きく減圧されることになるため、減圧速度が大きくなる。減圧モード時のW/C圧の減圧速度が大きいと制動力が大きく減少し、実スリップ率Saがさらに低下することになる。これにより、横加速度Gyが更に増加することになるため、横加速度Gyがピーク値に近づいている場合にはピーク値から離れている場合と比較して減圧デューティDDutyを低い値にして減圧速度を制限する。図5は、減圧デューティ設定処理の詳細を示したフローチャートである。
【0054】
減圧デューティ設定処理では、まず、ステップ300において、横転抑制モードであるか否かを判定する。この処理は、図4のステップ200と同様の手法により行われる。そして、ここで肯定判定されればステップ310に進み、否定判定されればそのまま処理を終了する。
【0055】
ステップ310では、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率(増加の割合)を取得する増加率取得処理を行う。図6は、この増加率取得処理の詳細を示したフローチャートである。
【0056】
増加率取得処理では、ステップ400において、今回の演算周期で検出された実スリップ率Saが第1閾値S1以上かつ第2閾値S2未満であるか否かを判定する。
【0057】
第1閾値S1は、スリップ率の変化に対して横加速度Gyがピーク値を取るときのスリップ率に設定してある。例えば、スリップ率の変化に対する横加速度Gyの変化は、上述したように、タイヤの特性や路面状態および車両総重量によって決まる図12のような特性になる。このため、実験などによって予め図12の特性を調べておくことによって、スリップ率の変化に対する横加速度Gyのピーク値、および、横加速度Gyがピーク値を取るときのスリップ率を求めることができる。これによって求めた横加速度Gyがピーク値を取るときのスリップ率を第1閾値S1に設定している。ここでは、第1閾値S1を所定値に固定しているが、可変設定しても良い。
【0058】
また、第2閾値S2とは、スリップ率の減少に対する横加速度Gyの増加率が増加率閾値以上になると想定されるスリップ率の上限値であり、第1閾値S1よりも所定値だけ大きな値に設定される。
【0059】
上述した目標スリップ率設定処理によって目標スリップ率Strgが大きな値に設定されるが、実スリップ率Saが正確に目標スリップ率Strgに追従できる訳ではないため、実際には目標スリップ率Strgよりも実スリップ率Saが小さくなる。このため、目標スリップ率Strgになったときに期待される横加速度Gyよりも実スリップ率Saのときに発生する横加速度Gyが大きな値となる。このとき、横加速度Gyが大きな値になると、横加速度Gyと対応する値を取るロール角がロール限界値に達する可能性があるため、実スリップ率Gaの更なる低下を制限することが必要になる。そして、これを実行するためには、横加速度Gyがピーク値に近づいていることを検出しなければならない。このため、横加速度Gyがピーク値に近づき始めるとき、ピーク値から離れている場合と比較して、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が大きくなることに着目し、その増加率が層化率閾値以上になると想定される上限値を第2閾値S2として設定している。この第2閾値S2に関しても、図12の特性を予め実験などで調べておくことにより設定することができる。
【0060】
このようにして、横加速度Gyのピーク値に近い範囲として第1閾値S1から第2閾値S2の範囲を設定し、検出した実スリップ率Saがこの範囲内であるか否かにより、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率の大小を判定している。
【0061】
そして、ステップ400で肯定判定されればステップ410に進み、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を「大」に設定し、処理を終了する。つまり、実スリップ率Saが第1閾値S1以上かつ第2閾値S2未満の場合、横加速度Gyがピーク値に近づいている状態であるため、実スリップ率Saが低下すると横加速度Gyの増加量が大きくなる(図12参照)。したがって、上記のように増加率を「大」に設定している。
【0062】
一方、ステップ400で否定判定されればステップ420に進み、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を「小」に設定し、処理を終了する。つまり、実スリップ率Saが第1閾値S1以上かつ第2閾値S2未満ではない場合、横加速度Gyがピーク値から離れている状態であるため、実スリップ率Saが低下しても横加速度Gyの増加量が小さい。したがって、上記のように増加率を「小」に設定している。
【0063】
このようにして増加率取得処理が完了すると、図5のステップ320に進む。そして、増加率取得処理の結果に基づいて、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「大」であるか否かを判定する。そして、肯定判定されればステップ330に進み、否定判定されればステップ340に進む。
【0064】
ステップ330、340では、実スリップ率Saに基づいて減圧デューティDDutyを設定する。減圧デューティDDutyは、今回の演算周期において検出された実スリップ率Saに対応した値として求められる。本実施形態では、実スリップ率Saに対応する減圧デューティDDutyの関係を示したマップもしくは関数式DDuty=f1(Sa)、DDuty=f2(Sa)に基づいて減圧デューティDDutyを求めている。
【0065】
具体的には、ステップ330では、実スリップ率Saが大きくなるほど減圧デューティDDutyが大きくなる関係に基づいて減圧デューティDDutyを設定する。この関係は、ステップ340で用いられる増加率が「小」の場合に比べて減圧デューティDDutyが小さな値となる関係にしてある。
【0066】
このように、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「大」のとき、つまり横加速度Gyがピーク値に近いときには、減圧デューティDDutyが小さな値となるようにしている。このため、W/C圧を減圧させる減圧モードにおいて、減圧速度が小さくなり、減圧を制限することが可能となる。
【0067】
また、ステップ340でも、実スリップ率Saが大きくなるほど減圧デューティDDutyが大きくなる関係に基づいて減圧デューティDDutyを設定するが、ステップ330で用いられた増加率が「大」の場合に比べて減圧デューティDDutyが大きな値となる関係にしてある。
【0068】
このように、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「小」のとき、つまり横加速度Gyがピーク値に近くないときには、減圧デューティDDutyが通常の値となるようにしている。このため、W/C圧を減圧させる減圧モードにおいて、減圧が制限されることなく、W/C圧を目標スリップ率Strgに応じた値に制御することができる。このようにして、減圧デューティ設定処理が完了すると、ステップ130に進む。
【0069】
ステップ130では、ステップ100で求めた横加速度Gyを用いて制御量の計算を行う。ここでいう制御量の計算とは、車両に発生している横転傾向を抑制するために制御対象輪に対して制動力を発生させ、実スリップ率Saが目標スリップ率Strgとなるようにするために必要な制御量、つまり制御弁16〜18、21、22、36〜38、41、42やモータ60に流す電流量(例えば単位時間当たりの通電時間割合を示すデューティ比)等を求めるものである。この制御量(電流量)は、横加速度Gyがロール角と比例していて横転の傾向を示していることから、横加速度Gyの大きさに応じて求められ、例えばブレーキECU70内に予め記憶してある横加速度Gyと各種制御量との関係を示すマップや関数式に基づいて求められる。
【0070】
また、制御対象輪については、検出された横加速度Gyの正負の符号から右旋回か左旋回かを区別できることから、その結果に基づいて旋回外側前輪を制御対象輪として設定する。なお、必要に応じて旋回外輪後輪も制御対象輪とすることができる。例えば、横加速度Gyの大きさによって、制御対象輪を前回外側前輪のみにするか旋回外側後輪も加えるかを決定することができる。
【0071】
その後、ステップ140に進み、アクチュエータ駆動処理を実行する。ここでいうアクチュエータ駆動処理は、横転抑制制御により制御対象輪に対して制動力を発生させるものであり、各制御弁16〜18、21、22、36〜38、41、42への電流供給制御およびポンプ19、39を駆動するためのモータ60への電流量制御を実行する。これにより、制御対象輪に対応するW/C14、15、34、35を自動加圧し、それにより制動力が発生させられる。そして、適宜減圧モード、保持モード、増圧モードの切替えによってW/C圧が調整されることで、実スリップ率Saが設定された目標スリップ率Strgとなるように制御され、横転抑制が為される。
【0072】
このとき、減圧モードの際には、上述した減圧デューティ設定処理において設定された減圧デューティに制限されることになるため、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「大」のときには、小さな値の減圧デューティDDutyに制限される。したがって、減圧速度が小さくなり、減圧が制限されることになる。
【0073】
以上説明したように、本実施形態では、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が大きい場合に、減圧モード時に設定される減圧デューティDDutyが制限されるようにしている。このため、W/C圧の減圧に伴う制動力の増加が抑制され、実スリップ率Saの減少が抑制されることになり、実スリップ率Saの低下に起因する横加速度Gyの増加、引いてはロール角の増加を抑制できる。これにより、ロール角がロール限界値を超えることを防止でき、横転抑制を効果的に行うことが可能となる。
【0074】
また、車両運動制御として横転抑制制御を実行する際に、目標スリップ率Strgを横転抑制モードが設定されている期間中における横加速度Gyの絶対値の最大値Gmaxに応じて設定している。このため、実スリップ率が目標スリップ率Strgに近づいて横加速度Gyが低下したとしても(図12参照)、低下した横加速度Gyによって目標スリップ率Strgが更新されず、実スリップ率を高いスリップ率に維持することができる。このため、積極的に横方向のスリップを発生させて、横滑り状態を継続させることが可能となる。
【0075】
したがって、実スリップ率の低下によって横加速度Gyがピーク値に近づくことを更に抑制でき、車両が横転する可能性があるロール限界値にロール角が達することを抑制することができる。これにより、ロール角がロール限界値に達する可能性をより低くでき、横転抑制効果をより高くすることが可能となる。
【0076】
(第2実施形態)
本発明の第2実施形態について説明する。本実施形態は、第1実施形態に対して減圧デューティDDutyの設定手法を変更したものであり、その他に関しては第1実施形態と同様であるため、第1実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0077】
本実施形態の車両用のブレーキ制御システム1でも、ブレーキECU70にて第1実施形態と同様の横転抑制制御処理を実行するが、横転抑制制御処理中の減圧デューティ設定処理において、減圧デューティDDutyを実スリップ率Saと車両総重量に応じて設定している。車両総重量については、例えば、図2中に示したように、サスペンション等に備えられる荷重センサ76の検出信号に基づいて検出している。
【0078】
図7は、本実施形態のブレーキECU70が実行する横転抑制制御処理中の減圧デューティ設定処理で用いられる実スリップ率Saおよび車両総重量と減圧デューティDDutyとの関係の一例を示したマップである。
【0079】
この図に示されるように、実スリップ率Saが大きくなるほど減圧デューティDDutyをを大きくすると言う点については第1実施形態と同様であるが、さらに、車両総重量が大きいほど減圧デューティDDutyを小さくしている。すなわち、車両総重量が大きくなるほど、図12に示した横加速度のピーク値がより大きな値となるため、車両総重量が小さい場合と比較して横転し易くなる。このため、車両総重量に応じて減圧デューティDDutyを変更し、車両総重量が大きくなるほど実スリップ率Saに対応する減圧デューティDDutyの関係が小さくなる関係のマップを用いて、減圧デューティDDutyを設定するようにしている。
【0080】
このように、車両総重量に応じて実スリップ率Saと減圧デューティDDutyとの関係を変更することにより、より車両総重量に対応した減圧デューティDDutyを設定することが可能となり、車両総重量が大きな車両についても横転抑制効果を十分に得ることができる。
【0081】
なお、ここでは、車両総重量が大きくなるほど実スリップ率Saに対応する減圧デューティDDutyの関係が小さくなる関係のマップを用いているが、このような関係となる関数DDuty=F3(Sa)を用いて減圧デューティDDutyを求めても良い。
【0082】
(第3実施形態)
本発明の第3実施形態について説明する。本実施形態も、第1実施形態に対して減圧デューティ設定処理における増加率取得処理を変更したものであり、その他に関しては第1実施形態と同様であるため、第1実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0083】
図8は、本実施形態の車両用のブレーキ制御システム1のブレーキECU70がプログラムに従って実行する横転抑制制御処理中の減圧デューティ設定処理における増加率取得処理の詳細を示したフローチャートである。この図に示される増加率取得処理は、第1実施形態で示した図6の代わりに実行される。
【0084】
図8に示すように、本実施形態の増加率取得処理では、まず、ステップ500において、実スリップ率Gyの絶対値の最大値Gmaxよりも今回の演算周期で検出された横加速度Gyの絶対値が大きいか否かを判定する。すなわち、今まで記憶された実スリップ率Gyよりも更にピーク値に近づいたかを判定する。そして、大きければステップ510に進んで今回の演算周期で検出された実スリップ率Saを基準スリップ率Sbに更新してステップ520に進み、大きくなければ現在の基準スリップ率Sbを更新することなくステップ520に進む。これらの処理により、横転抑制モードが開始されてから今回の演算周期の時点までに検出された最大値Gmaxとなったときの実スリップ率Saを基準スリップ率Sbとして記憶することができる。
【0085】
次に、ステップ520では、今回の演算周期で検出された実スリップ率Saが基準スリップ率Sb以上かつ基準スリップ率Sb+ΔS未満であるか否かを判定する。ここで、ΔSとは、第1実施形態でいう第2閾値S2と第1閾値S1との差に相当するもので、基準スリップ率Sbを基準として実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が大きいと想定される範囲を示す定数である。このΔSを第2閾値S2から第1閾値S1を差し引いた値と同じ値に設定するのが好ましいが、それよりも大きい又は小さい値とされていても良い。
【0086】
そして、ステップ520で肯定判定されればステップ530に進んで実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を「大」に設定すると共に、否定判定されればステップ540に進んで実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を「小」に設定し、処理を終了する。このようにして増加率取得処理を行うことができる。
【0087】
このように、横転抑制モードが開始されてから今回の演算周期の時点までに検出された最大値Gmaxとなったときの実スリップ率Saを基準スリップ率Sbとして記憶し、この基準スリップ率SbからΔSの範囲内に含まれるか否かによって、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を判定することもできる。
【0088】
このようにすれば、第1実施形態と同様の効果を得ることができるし、さらに次の効果を得ることもできる。すなわち、スリップ率に対する横加速度Gyの関係は、タイヤの特性や路面状態および車両総重量によって決まることから、これらが変化するとスリップ率に対する横加速度Gyの関係も変化する。しかしながら、本実施形態のように、実スリップ率Saに基づいて基準スリップ率Sbを設定すれば、実スリップ率Saがタイヤの特性や路面状態および車両総重量の変化に対応した値になっていることから、実スリップ率Saに基づいて設定される基準スリップ率Sbも、それらの変化に対応した値となる。したがって、タイヤの特性や路面状態および車両総重量が変化しても、それらに対応した基準スリップ率Sbを設定でき、より的確に実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を判定することが可能となる。
【0089】
(第4実施形態)
本発明の第4実施形態について説明する。本実施形態も、第1実施形態に対して減圧デューティ設定処理における増加率取得処理を変更したものであり、その他に関しては第1実施形態と同様であるため、第1実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0090】
図9は、本実施形態の車両用のブレーキ制御システム1のブレーキECU70がプログラムに従って実行する横転抑制制御処理中の減圧デューティ設定処理における増加率取得処理の詳細を示したフローチャートである。この図に示される増加率取得処理は、第1実施形態で示した図6の代わりに実行される。
【0091】
図9に示すように、本実施形態の増加率取得処理では、まず、ステップ600において、実スリップ率Saの減少幅を算出すると共に、ステップ610において、横加速度Gyの増加幅を算出する。これらの処理は、今回の演算周期と前回の演算周期で検出された実スリップ率Saの差や横加速度Gyの差を演算することにより行われる。
【0092】
続いて、ステップ620では、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率SGrateを算出する。具体的には、ステップ600で演算した実スリップ率Saの減少幅によりステップ610で演算した横加速度Gyの増加幅を割ることにより、増加率SGrateを算出することができる。
【0093】
この後、ステップ630に進んで増加率SGrateが所定の閾値THr以上であるか否かを判定する。ここで、肯定判定されればステップ640に進んで実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を「大」に設定すると共に、否定判定されればステップ650に進んで実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を「小」に設定し、処理を終了する。このようにして増加率取得処理を行うことができる。
【0094】
このように、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率SGrateを直接取得し、その増加率SGrateが閾値THrよりも大きいか否かで、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率の大小を設定することもできる。
【0095】
このようにしても、第1実施形態と同様の効果を得ることができる。また、実スリップ率Saがタイヤの特性や路面状態および車両総重量の変化に対応した値になっていることから、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率SGrateを直接検出することで、増加率SGrateをそれらの変化に対応した値として求めることができる。したがって、タイヤの特性や路面状態および車両総重量が変化しても、より的確に実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を判定することが可能となる。
【0096】
(第5実施形態)
本発明の第5実施形態について説明する。本実施形態は、第1〜第4実施形態に対して増圧デューティ設定処理を追加したものであり、その他に関しては第1〜第4実施形態と同様であるため、第1〜第4実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0097】
図10は、本実施形態の車両用のブレーキ制御システム1のブレーキECU70がプログラムに従って実行する横転抑制制御処理のフローチャートである。
【0098】
この図に示すように、ステップ120の減圧デューティ設定処理の後にステップ125として増圧デューティ設定処理を追加している。増圧デューティ設定処理では、W/C圧の増圧モードが設定されたときの増圧速度(増圧勾配)を調整するように、増圧デューティIDutyを設定する。ここでいう増圧デューティIDutyとは、増圧モード時に制御対象車輪の増圧制御弁をパルス的に遮断状態から連通状態に切り替えることでW/C圧を増圧する時の連通状態にする時間の割合ことを意味している。この増圧デューティIDutyが高いほど、より大きく増圧されることになるため、増圧速度が大きくなる。増圧モード時のW/C圧の増圧速度に応じて制動力が増加するため、増圧速度が大きいと、実スリップ率Saがより早く増加することになる。これにより、横加速度Gyがより早く低下することになるため、横加速度Gyがピーク値に近づいている場合にはピーク値から離れている場合と比較して積極的に増加デューティIDutyを高い値にして増加速度を大きくし、実スリップ率Saをより早く増加させることで、横加速度Gyを低下させる。図11は、増圧デューティ設定処理の詳細を示したフローチャートである。
【0099】
増圧デューティ設定処理では、まず、ステップ700において、横転抑制モードであるか否かを判定する。この処理は、図5のステップ300と同様の手法により行われる。そして、ここで肯定判定されればステップ710に進み、否定判定されればそのまま処理を終了する。
【0100】
ステップ710では、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率を取得する増加率取得処理を行う。この処理は、図5のステップ310と同様の手法により行われる。そして、増加率取得処理が完了するとステップ720に進む。そして、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「大」であるか否かを判定する。そして、肯定判定されればステップ730に進み、否定判定されればステップ740に進む。
【0101】
ステップ730、740では、実スリップ率Saに基づいて増圧デューティIDutyを設定する。増圧デューティIDutyは、今回の演算周期において検出された実スリップ率Saに対応した値として求められる。本実施形態では、実スリップ率Saに対応する増圧デューティIDutyの関係を示したマップもしくは関数式IDuty=f4(Sa)、IDuty=f5(Sa)に基づいて増圧デューティIDutyを求めている。
【0102】
具体的には、ステップ730では、実スリップ率Saが大きくなるほど増圧デューティIDutyが大きくなる関係に基づいて増圧デューティIDutyを設定する。この関係は、ステップ740で用いられる増加率が「小」の場合に比べて増圧デューティIDutyが大きな値となる関係にしてある。
【0103】
このように、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「大」のとき、つまり横加速度Gyがピーク値に近いときには、増圧デューティIDutyが大きな値となるようにしている。このため、W/C圧を増圧させる増圧モードにおいて、増圧速度が大きくなり、積極的に増圧を進めることが可能となる。
【0104】
また、ステップ740でも、実スリップ率Saが大きくなるほど増圧デューティIDutyが大きくなる関係に基づいて増圧デューティIDutyを設定するが、ステップ730で用いられた増加率が「大」の場合に比べて増圧デューティIDutyが小さな値となる関係にしてある。
【0105】
このように、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が「小」のとき、つまり横加速度Gyがピーク値に近くないときには、増圧デューティIDutyが通常の値となるようにしている。このため、W/C圧を増圧させる増圧モードにおいて、増圧が促進されることなく、W/C圧を目標スリップ率Strgに応じた値に制御することができる。このようにして、増圧デューティ設定処理が完了すると、図10のステップ130、ステップ140に進み、第1実施形態と同様の処理を行うことで、横転抑制制御が行われる。
【0106】
以上説明したように、増圧デューティ設定処理により、W/C圧の増圧モード時に、横加速度Gyがピーク値に近づいている場合にはピーク値から離れている場合と比較して積極的に増加デューティIDutyを高い値にして増加速度を大きくする。これにより、より実スリップ率Saを増加させることが可能となり、より早く横加速度Gyを低下させることができる。したがって、横加速度Gyがピーク値に近づくことを更に抑制でき、車両が横転する可能性があるロール限界値にロール角が達することを抑制することができる。これにより、ロール角がロール限界値に達する可能性をより低くでき、横転抑制効果をより高くすることが可能となる。
【0107】
(他の実施形態)
(1)上記各実施形態では、横加速度Gyを車両の横転方向の運動量として用いているが、車両の横転方向の運動量として他の成分を用いてもかまわない。例えば、ロール角センサを用いて、ロール角を直接検出し、横方向運動量としてロール角を用いるようにしても良い。また、車両の旋回方向や横転傾向についても、ドライバによるステアリングの操作量に応じた舵角や車両に実際に発生しているヨーレートを舵角センサやヨーレートセンサで検出し、これらいずれかに基づいて旋回方向を検出したり横転傾向の度合いを検出しても良い。例えば、旋回方向については舵角そのものから検出できるし、横転傾向については舵角と横加速度Gyとから周知の手法によって推定した目標ヨーレートとヨーレートセンサで検出される実ヨーレートとの差で表すことができる。
【0108】
(2)上記第2実施形態では、第1実施形態に対して車両総重量に応じて実スリップ率Saと減圧デューティDDutyとの関係を変更するようにしたが、勿論、第3、第4実施形態のように増加率取得処理を変更したものに対しても適用できる。また、第5実施形態のように、増圧デューティIDUTYの設定についても、車両総重量に応じて実スリップ率Saと増圧デューティIDutyとの関係を変更しても良い。この場合、車両総重量が大きくなるほど実スリップ率Saに対する増圧デューティIDutyが大きな値となるようにすれば、よりロール角がロール限界値を超え易い車両総重量の重い車両に対して積極的にスリップ率を大きくすることができる。
【0109】
(3)上記各実施形態では、減圧デューティDDutyの制限に加えて、目標スリップ率設定処理により、目標スリップ率Strgが大きな値となるようにしている。しかしながら、上記各実施形態で説明した目標スリップ率設定処理による目標スリップ率Strgの設定はより好ましい例を示したに過ぎず、必須のものではない。つまり、本発明は、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率が大きい場合に、減圧モード時に設定される減圧デューティDDutyが制限されさえすれば、横加速度Gyの増加を抑制できるため、ロール角の増加を抑制でき、横転抑制の効果を得ることはできる。
【0110】
(4)上記第3実施形態では、基準スリップ率Sbを設定すると共に、実スリップ率Saが基準スリップ率Sbから基準スリップ率Sbに対して定数ΔSを足した値の範囲内に含まれるか否かにより増加率の大小を設定し、増加率の大小に基づいて減圧速度を設定している。これに加え、さらに、実スリップ率Saと基準スリップ率Sbとの差が小さいほど、減圧速度が小さくなるように減圧速度の制限を変更することも可能である。このようにすれば、実スリップ率Saが基準スリップ率Sbに近いほど、より横加速度Gyやロール角が増加し難くなるように減圧速度が制限されることになるため、より横転し易いときに横転抑制効果を高めることが可能となる。
【0111】
同様に、上記第4実施形態では、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率SGrateを直接検出し、その増加率SGrateが閾値THrよりも大きいか否かで、実スリップ率Saの減少に対する横加速度Gyの増加率の大小を設定し、増加率の大小に基づいて減圧速度を設定している。これに加え、さらに、直接検出した増加率SGrateが大きいほど、減圧速度が小さくなるように減圧速度の制限を変更することも可能である。このようにしても、横加速度Gyがピーク値に近づくほど、横加速度Gyやロール角が増加し難くなるように減圧速度が制限されることになるため、より横転し易いときに横転抑制効果を高めることが可能となる。
【0112】
(5)上記第5実施形態では、図11に示した増圧デューティ設定処理を減圧デューティ設定処理と別々に行う例について示したが、増圧デューティ設定処理を減圧デューティ設定処理と同時に行うこともできる。この場合、図5のステップ300〜320と図11のステップ700〜720の処理を共通化させることができ、ステップ330の処理の後もしくは前にステップ730の処理を行い、ステップ340の処理の後もしくは前にステップ740の処理を行うようにすれば良い。
【0113】
(6)上記各実施形態では、ドライバによるブレーキペダル操作を油圧に代えてW/C圧を発生させるブレーキ制御システム1を例に挙げたが、ブレーキペダル操作の操作量に応じてモータ等を作動させることで電気的にW/C圧を発生させる形態であっても構わない。
【0114】
(7)なお、各図中に示したステップは、各種処理を実行する手段に対応するものである。例えば、図3〜図6および図8〜図11のうちステップ100の処理を実行する部分が運動状態取得手段、ステップ300の処理を実行する部分がモード設定手段、ステップ310の処理を実行する部分が増加率取得手段、ステップ320の処理を実行する部分が増加率判定手段、ステップ330の処理を実行する部分が減圧速度制限手段、ステップ500、510の処理を実行する部分が基準スリップ率設定手段、ステップ730の処理を実行する部分が増圧速度上昇手段に相当する。
【符号の説明】
【0115】
1…ブレーキ制御システム、13…M/C、14、15、34、35…W/C、16、36…差圧制御弁、17、18、37、38…第1〜第4増圧制御弁、19、39…ポンプ、20、40…調圧リザーバ、21、22、41、42…減圧制御弁、50…ブレーキ液圧制御用アクチュエータ、50a、50b…第1、第2配管系統、60…モータ、70…ブレーキECU、71〜74…車輪速度センサ、75…横加速度センサ、76…荷重センサ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の横転方向の運動状態を示す物理量(Gy)とその時に車輪に発生している実際のスリップ率である実スリップ率(Sa)を予め決められた演算周期の都度取得する運動状態取得手段(100)と、
前記運動状態取得手段により取得された前記物理量が所定の運動状態閾値(THg)以上であると、前記車両の横転を抑制する横転抑制モードを設定するモード設定手段(300)と、
前記実スリップ率の減少に対する前記物理量の増加の割合である増加率を取得する増加率取得手段(310)と、
前記増加率取得手段で取得された前記増加率が予め決められた増加率閾値以上であるか否かを判定する増加率判定手段(320)と、
前記モード設定手段にて前記横転抑制モードが設定され、かつ、前記増加率判定手段により前記増加率が前記増加率閾値以上であると判定されているとき、前記増加率が前記増加率閾値以上であると判定されていないときと比較して、前記車輪に対して制動力を発生させるためのホイールシリンダに発生させるホイールシリンダ圧の減圧速度を制限する減圧速度制限手段(330)と、を備えていることを特徴とする車両運動制御装置。
【請求項2】
前記減圧速度制限手段は、車両総重量が大きいほど前記減圧速度が小さくなるように、前記減圧速度の制限を前記車両総重量に応じて変更することを特徴とする請求項1に記載の車両運動制御装置。
【請求項3】
前記増加率取得手段は、前記増加率が予め決められた増加率閾値以上とされる前記実スリップ率の範囲を設定しており、前記運動状態取得手段で取得された前記実スリップ率が前記範囲内に含まれていれば前記増加率が前記増加率閾値以上であると設定すると共に、前記実スリップ率が前記範囲内に含まれていなければ前記増加率が前記増加率閾値以上ではないと設定し、
前記増加率判定手段は、前記増加率取得手段で設定された結果に基づいて、前記増加率が前記増加率閾値以上であるか否かを判定することを特徴とする請求項1または2に記載の車両運動制御装置。
【請求項4】
前記増加率取得手段は、
前記モード設定手段により前記横転抑制モードが設定されているときに、当該横転抑制モードが設定されてから今回の演算周期までの期間中に取得された前記物理量の絶対値の最大値(Gmax)を取得すると共に、該最大値が取得されたときの前記実スリップ率を基準スリップ率(Sb)に設定する基準スリップ率設定手段(500、510)を備え、
前記運動状態取得手段にて今回の演算周期に取得された前記実スリップ率が前記基準スリップ率設定手段にて設定された前記基準スリップ率から該基準スリップ率に対して予め決められた定数(ΔS)を加えた値(Sb+ΔS)の範囲内に含まれていれば前記増加率が前記増加率閾値以上であると設定すると共に、前記実スリップ率が前記範囲内に含まれていなければ前記増加率が前記増加率閾値以上ではないと設定し、
前記増加率判定手段は、前記増加率取得手段で設定された結果に基づいて、前記増加率が前記増加率閾値以上であるか否かを判定することを特徴とする請求項1または2に記載の車両運動制御装置。
【請求項5】
前記減圧速度制限手段は、前記運動状態取得手段にて今回の演算周期に取得された前記実スリップ率と前記基準スリップ率設定手段にて設定された前記基準スリップ率との差が小さいほど、前記減圧速度が小さくなるように前記減圧速度の制限を変更することを特徴とする請求項4に記載の車両運動制御装置。
【請求項6】
前記増加率取得手段は、
前記実スリップ率の減少に対する前記物理量の増加の割合である増加率(SGrate)を直接取得していることを特徴とする請求項1または2に記載の車両運動制御装置。
【請求項7】
前記減圧速度制限手段は、前記増加率取得手段にて直接取得された前記増加率が大きいほど、前記減圧速度が小さくなるように前記減圧速度の制限を変更することを特徴とする請求項6に記載の車両運動制御装置。
【請求項8】
前記モード設定手段にて前記横転抑制モードが設定され、かつ、前記増加率判定手段により前記増加率が前記増加率閾値以上であると判定されているとき、前記増加率が前記増加率閾値以上であると判定されていないときと比較して、前記車輪に対して制動力を発生させるためのホイールシリンダに発生させるホイールシリンダ圧の増圧速度を大きくする増圧速度上昇手段(730)を備えていることを特徴とする請求項1ないし7のいずれか1つに記載の車両運動制御装置。
【請求項1】
車両の横転方向の運動状態を示す物理量(Gy)とその時に車輪に発生している実際のスリップ率である実スリップ率(Sa)を予め決められた演算周期の都度取得する運動状態取得手段(100)と、
前記運動状態取得手段により取得された前記物理量が所定の運動状態閾値(THg)以上であると、前記車両の横転を抑制する横転抑制モードを設定するモード設定手段(300)と、
前記実スリップ率の減少に対する前記物理量の増加の割合である増加率を取得する増加率取得手段(310)と、
前記増加率取得手段で取得された前記増加率が予め決められた増加率閾値以上であるか否かを判定する増加率判定手段(320)と、
前記モード設定手段にて前記横転抑制モードが設定され、かつ、前記増加率判定手段により前記増加率が前記増加率閾値以上であると判定されているとき、前記増加率が前記増加率閾値以上であると判定されていないときと比較して、前記車輪に対して制動力を発生させるためのホイールシリンダに発生させるホイールシリンダ圧の減圧速度を制限する減圧速度制限手段(330)と、を備えていることを特徴とする車両運動制御装置。
【請求項2】
前記減圧速度制限手段は、車両総重量が大きいほど前記減圧速度が小さくなるように、前記減圧速度の制限を前記車両総重量に応じて変更することを特徴とする請求項1に記載の車両運動制御装置。
【請求項3】
前記増加率取得手段は、前記増加率が予め決められた増加率閾値以上とされる前記実スリップ率の範囲を設定しており、前記運動状態取得手段で取得された前記実スリップ率が前記範囲内に含まれていれば前記増加率が前記増加率閾値以上であると設定すると共に、前記実スリップ率が前記範囲内に含まれていなければ前記増加率が前記増加率閾値以上ではないと設定し、
前記増加率判定手段は、前記増加率取得手段で設定された結果に基づいて、前記増加率が前記増加率閾値以上であるか否かを判定することを特徴とする請求項1または2に記載の車両運動制御装置。
【請求項4】
前記増加率取得手段は、
前記モード設定手段により前記横転抑制モードが設定されているときに、当該横転抑制モードが設定されてから今回の演算周期までの期間中に取得された前記物理量の絶対値の最大値(Gmax)を取得すると共に、該最大値が取得されたときの前記実スリップ率を基準スリップ率(Sb)に設定する基準スリップ率設定手段(500、510)を備え、
前記運動状態取得手段にて今回の演算周期に取得された前記実スリップ率が前記基準スリップ率設定手段にて設定された前記基準スリップ率から該基準スリップ率に対して予め決められた定数(ΔS)を加えた値(Sb+ΔS)の範囲内に含まれていれば前記増加率が前記増加率閾値以上であると設定すると共に、前記実スリップ率が前記範囲内に含まれていなければ前記増加率が前記増加率閾値以上ではないと設定し、
前記増加率判定手段は、前記増加率取得手段で設定された結果に基づいて、前記増加率が前記増加率閾値以上であるか否かを判定することを特徴とする請求項1または2に記載の車両運動制御装置。
【請求項5】
前記減圧速度制限手段は、前記運動状態取得手段にて今回の演算周期に取得された前記実スリップ率と前記基準スリップ率設定手段にて設定された前記基準スリップ率との差が小さいほど、前記減圧速度が小さくなるように前記減圧速度の制限を変更することを特徴とする請求項4に記載の車両運動制御装置。
【請求項6】
前記増加率取得手段は、
前記実スリップ率の減少に対する前記物理量の増加の割合である増加率(SGrate)を直接取得していることを特徴とする請求項1または2に記載の車両運動制御装置。
【請求項7】
前記減圧速度制限手段は、前記増加率取得手段にて直接取得された前記増加率が大きいほど、前記減圧速度が小さくなるように前記減圧速度の制限を変更することを特徴とする請求項6に記載の車両運動制御装置。
【請求項8】
前記モード設定手段にて前記横転抑制モードが設定され、かつ、前記増加率判定手段により前記増加率が前記増加率閾値以上であると判定されているとき、前記増加率が前記増加率閾値以上であると判定されていないときと比較して、前記車輪に対して制動力を発生させるためのホイールシリンダに発生させるホイールシリンダ圧の増圧速度を大きくする増圧速度上昇手段(730)を備えていることを特徴とする請求項1ないし7のいずれか1つに記載の車両運動制御装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2011−11588(P2011−11588A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−155804(P2009−155804)
【出願日】平成21年6月30日(2009.6.30)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年6月30日(2009.6.30)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】
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