説明

送液ポンプ用部材及びその製造方法

【課題】安価で製造でき、優れた耐食性及び密着性を有する硬質の膜を表面に有する送液ポンプ用用部材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】インペラー1は、略釣り鐘状の筒部と、その周囲に形成された羽根部とを備えている。そして、インペラー1の表面付近の一部拡大断面部分11は、金属製の基材12と、この基材12の表面に高周波プラズマCVD法によって形成されたアモルファス状膜13とを備えている。アモルファス状膜の厚さは1μm〜50μmであることが好ましい。その硬さは、HV700〜2800であることが好ましい。前記アモルファス状膜の表面の算術平均粗さRaは0.5μm以下、且つ、十点平均粗さRzは2.0μm以下であることが好ましい。また、アモルファス状膜13における水素原子の割合が10原子%〜50原子%の範囲、残りが炭素原子で組成されているものであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた耐食性と防汚性とを有する送液ポンプ用部材及びその製造方法に関するものである。特に、本発明は、各種の形式、構造及び性能を有するポンプが取り扱う液体(例えば、海水、工業用水(冷却水)、純水、上下水道水、酸、アルカリ、有機溶媒、化学プロセス及び医科学用の薬液、石油精製及び石油化学プロセス用石油系液体など)を送液するのに用いられる送液ポンプ用用部材及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に送液用のポンプは水力機会として分類すると概略次のように整理することができる。
(1)うず巻ポンプ(ボリュートポンプ、タービンポンプ、プロペラポンプ)
(2)軸流ポンプ(可動翼プロペラポンプ)
(3)往復ポンプ(ピストンポンプ、プランジャーポンプ)
(4)回転ポンプ(ギヤホンプ、ベーンポンプ)
(5)特殊ポンプ(摩擦ポンプ、気泡ポンプ、ジェットポンプ)
【0003】
一方これらのポンプ類は送液の種類と目的によって種々に呼称されているが、送液の種類によって分類すると下記のようになる。
(1)水および水溶液(純水、工業用水(冷却用)、上下水道水、海水、酸、アルカリ)
(2)各種プロセス用液(化学工業における無機および有機系液体)
(3)石油系液体(原油、精製油、精製残渣油)
(4)医科学、製薬用液体(生理的食塩水、合成薬液、点滴、注射用薬液など)
これらの送液はそれぞれ、物理化学的性質が異なるとともに送液量および揚程が相違するため大小さまざまなポンプが適用されている。
【0004】
送液の種類によるポンプ部材腐食損傷を材料別にみると、それぞれの目標に応じて、鋳鉄、鋳鋼、各種ステンレス鋼、TiおよびTi合金などが適用され、またこれらの部材の表面に各種の表面処理皮膜を形成して、耐食性および耐キャビテーション・エロージョン性を向上させることが行われている。例えば、下記特許文献1、2には、送液による腐食を防止するため、Niめっき、WCサーメットによる溶射皮膜の技術について開示されている。また、下記特許文献3においては、フッ化不動態処理の技術、下記特許文献4には、耐スラリーエロージョン用としての溶射被膜の技術、下記特許文献5には、キャビテーション・エロージョン防止のためのNi基、Co基溶接肉盛などの技術が開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開2004−036555号公報
【特許文献2】特開2004−019490号公報
【特許文献3】特開2001−288555号公報
【特許文献4】特開2004−010974号公報
【特許文献5】特開2003−247084号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1〜5に代表される現行の送液ポンプ用には、次に示すような腐食防食上の課題がある。
【0007】
(1) 送液によるポンプ部材の腐食を抑制するために、高級な耐食性材料を使用すると著しくコストアップとなり、経済的でない。
【0008】
(2) 従来技術による電気めっき皮膜や溶射皮膜の施工は無処理の基材に比較すると耐食性および耐エロージョン性は向上するものの、その性能は十分ではない。またこれらの表面処理皮膜の施工は、ポンプ部材の形状によっては施工が困難であるうえ、たとえ成膜できたとしても、皮膜の性能が十分でなく、期待したような成果は得られていない。具体的には、電気めっきではポンプ部材の凸部形状に過剰に積層される反面、狭隘な部分には成膜できない。また、溶射法でも電気めっきと同様な影響があるほか、溶射角度が45度以下のところには、たとえ成膜できたとしても密着力が低く、所期の目的を達成することができない。
【0009】
(3) 各種の表面処理皮膜を形成した部材を組み込んだポンプでは、ポンプ基材と表面処理皮膜の電位が異なるため、電位の卑な基材部が電気化学的に腐食が促進され、却って大きな腐食損傷を招くことがある(一般に電食と呼ばれている現象)。
【0010】
(4) 各種の表面処理皮膜を施工したポンプ部材では常に皮膜のはく離が問題となっており、用途によっては、はく離した皮膜によって次のような障害が発生することがある。
(a)はく離した皮膜が混入することによる医薬品用液の品質低下。
(b)比重の大きい金属皮膜のはく離による高速回転インペラー、ローター、などのバランス崩れによるポンプ運転の停止。
【0011】
(5) 送液中に大量の固形異物(例えばパルプ、オイルスラッジなど)が混入していると、これらの異物が、ポンプ部材であるインペラー、ローターなどの回転部に付着して回転運動を妨げ、長期間にわたる安定運転ができなくなることがある。
【0012】
(6) 医薬品、超純水を送液とするポンプではポンプ部材から溶出する僅かな金属成分によっても製品を著しく汚染するなどの品質上の問題がある。
【0013】
そこで、本発明は、安価で製造でき、優れた耐食性及び密着性を有する硬質の膜を表面に有する送液ポンプ用用部材及びその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の送液ポンプ用部材は、基材の表面に、直接または下塗り膜を介して、炭素と水素とを主成分とするアモルファス状膜を被覆したものである。
【0015】
本発明の送液ポンプ用部材においては、前記アモルファス状膜の厚さが1μm〜50μmの範囲にあることが好ましい。
【0016】
本発明の送液ポンプ用部材においては、前記アモルファス状膜の硬さがHV700〜2800の範囲にあることが好ましい。
【0017】
本発明の送液ポンプ用部材においては、前記アモルファス状膜の表面の算術平均粗さRaが0.5μm以下、且つ、十点平均粗さRzが2.0μm以下であることが好ましい。
【0018】
本発明の送液ポンプ用部材においては、前記アモルファス状膜における炭素原子の割合が90原子%〜50原子%、水素原子の割合が10原子%〜50原子%の範囲で組成されているものであるとともに、前記アモルファス状膜に対する該炭素原子及び該水素原子の組成割合が100原子%以下であることが好ましい。
【0019】
本発明の送液ポンプ用部材においては、前記基材が、鋳鉄、鋳鋼、Ti、Alの単体およびその合金、炭素を含み、クロムを必須成分とする構造用鋼、並びにNiとCrとを必須成分とするステンレス鋼およびNi基合金のうちから選ばれる1種の金属材料であることが好ましい。
【0020】
本発明の送液ポンプ用部材においては、前記下塗り膜が、Ti、W、Nb、Ta、Cr、Al、Siの単体またはそれらの合金から選ばれる1種以上の膜厚0.1μm〜3μmの膜であることが好ましい。
【0021】
本発明の送液ポンプ用部材においては、C、Ti、W、Nb、Ta、Cr、Al、Siの単体またはそれらの合金から選ばれる1種以上の元素を、前記基材の表面部に注入することによって形成された注入層をさらに有するこことが好ましい。
【0022】
本発明の送液ポンプ用部材においては、前記基材の表面の算術平均粗さRaが2.0μm以下、十点平均粗さRzが8.0μmであることが好ましい。
【0023】
本発明の送液ポンプ用部材の製造方法は、基材の表面の算術平均粗さRaが2.0μm以下、十点平均粗さRzが8.0μm以下となるように加工する基材表面加工工程と、前記基材上に、炭素と水素とを主成分とするアモルファス状膜を被覆形成するアモルファス状膜被覆工程とを有するものである。
【0024】
本発明の送液ポンプ用部材の製造方法においては、加工された前記基材の表面部に、C、Ti、W、Nb、Ta、Cr、Al、Siから選ばれる元素の注入層を形成する工程を、前記基材表面加工工程と前記アモルファス状膜被覆工程との間に有することが好ましい。
【0025】
別の観点として、本発明の送液ポンプ用部材の製造方法は、基材の表面の算術平均粗さRaが2.0μm以下、十点平均粗さRzが8.0μm以下となるように加工する基材表面加工工程と、加工された前記基材の表面上に、C、Ti、W、Nb、Ta、Cr、Al、Siから選ばれる単体またはそれらの合金からなる下塗り膜を被覆形成する下塗り膜被覆工程と、前記下塗り膜の表面上に、炭素と水素を主成分とするアモルファス状膜を被覆形成するアモルファス状膜被覆工程とを有する。
【発明の効果】
【0026】
本発明の送液ポンプ用部材に形成した炭素と水素を主成分とするアモルファス状膜は、緻密で化学的に安定な性質を有しているので、酸、アルカリ、各種のプロセス用無機及び有機質の液体に対して優れた耐食性を発揮する。また、上述のアモルファス状膜は硬質な膜であるため、送液に含まれている異物類と接触しても傷が発生しがたい。さらに、このアモルファス状膜は、表面が比較的平滑であるため、異物類の付着も困難であるなどの効果が期待できる。したがって、本発明の送液ポンプ用部材は、僅かな金属成分の混入を忌避する液状の医薬品や、超純水用ポンプとして安心して利用できることが期待され、ポンプの運転期間の延長に加え補修費、交換費の低減などによって工業生産の向上、生産コストの削減に大きく貢献することが期待できる。
【0027】
加えて、本発明の送液ポンプ用部材の製造方法によれば、複雑な形状のローター、ケーシングなどの送液ポンプ用部材に対しても均等な成膜が可能である。つまり、形状の異なる様々な送液ポンプ用部材に対して、均等な皮膜を形成させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下に、本発明の実施形態に係るインペラー(送液ポンプ用部材の1つ)及びその製造方法について説明する。
【0029】
<第1実施形態>
図1は、本発明の第1実施形態に係るインペラーを示す斜視図である。図2は、図1に係るインペラーの表面付近の一部拡大断面図である。
【0030】
インペラー1は、略釣り鐘状の筒部1aと、その周囲に形成された羽根部1b、1c、1dとを備えている。そして、インペラー1の表面付近の一部拡大断面部分11は、金属製の基材12と、この基材12の表面に形成されたアモルファス状膜13とを備えている。
【0031】
基材12としては、鋳鉄、鋳鋼、Ti、Alの単体およびその合金、炭素を含み、クロムを必須成分とする構造用鋼、NiとCrとを必須成分とするステンレス鋼およびNi基合金等が挙げられる。特に、鋳鉄、鋳鋼は、多量の炭素を含むとともに、ミクロ的には菊花状、片状、球状となって偏析するとともに、FeC(セメンタイト)と共存していることから、アモルファス状膜13とは良好な密着性をしめすので、ミクロ組織的視野からも綴密な状態のアモルファス状膜13とできる。また、基材12の表面の算術平均粗さRaは2.0μm以下、十点平均粗さRzは8.0μmである。
【0032】
アモルファス状膜13は、炭素と水素とを主成分とするものであり、厚さが1μm〜50μmの範囲にある。特に5〜20μmが好適である。1μmより薄い膜では耐食性、耐摩耗性が十分ではなく、また50μmより厚い皮膜では、成膜に長時間を要する一方、皮膜性能について格段の向上が認められないので、生産コストの上昇を招き、得策ではない。
【0033】
また、アモルファス状膜13の硬さは、マイクロビッカース硬さでHV700〜2800の範囲にある。鋳鉄・鋳鋼の硬さ(HV130〜200)に比較すると格段に硬く、優れたキャビテーション・エロージョン性を発揮する。
【0034】
さらに、アモルファス状膜13においては、炭素原子の割合が90原子%〜50原子%、水素原子の割合が10原子%〜50原子%の範囲で組成されているものであるとともに、アモルファス状膜13に対する該炭素原子及び該水素原子の組成割合が100原子%以下となるように調整されている。なお、アモルファス状膜13は、水素含有量10原子%〜50原子%で、残りが炭素から構成されるものが好適である。さらに、水素含有量が10原子%〜35原子%のアモルファス状膜13とすれば、送液ポンプ用部材の大部分は、大きな熱膨張や、機械的変形を受けることが少なく、人工ダイヤモンド膜に比較すると軟質ではあるものの、成膜時に発生する皮膜の残留応力が小さくなるため、より密着性、延性に優れるものとなる。なお、水素含有量10原子%未満のアモルファス状膜は、成膜時に大きな内部応力を発生するため、厚膜(10μm以上)の形成が困難であり、また、硬質であるものの、延性に乏しく、僅かな基材の変形によって剥離する傾向がみられる。一方、水素含有量が50原子%より大きくなると、アモルファス状膜13の硬さおよび機械的強度が低下するので好ましくない。
【0035】
また、アモルファス状膜13の表面の算術平均粗さRaは0.5μm以下、且つ、十点平均粗さRzは2.0μm以下である。したがって、平滑面であるので、固形の異物類は物理的に付着し難い状態となっている。
【0036】
このようなアモルファス状膜13は、緻密であるうえ、酸、アルカリ、などの水溶液中に浸漬してもまったく腐食されず、気孔が無いため、基材の気孔部分のみが優先的に腐食されて顕在化する孔食の発生がない。また、基材12表面に形成されるアモルファス状膜13は、400℃未満で使用される。なぜなら、400℃以上では、二酸化炭素や水に分解されてしまうことがあるからである。なお、比重が約1.7〜1.8程度であるため、高速回転するインペラー1に、例え、上述の分解や剥離が発生したとしても、その回転に影響を与えることがほとんどないので、バランスを崩すことがなく、安定したポンプの運転を続けることができる。また、炭素と水素とを主成分とするアモルファス状態の表面は、通常親油性(疎水性)を示すが、一変形例として、NやSiを注入させて親水性に変化させることで、送液の種類によって表面機能を制御して用いることができる。
【0037】
次に、インペラー1の製造方法について工程ごとに説明する。
【0038】
(1:基材表面の仕上げ工程)
アモルファス状膜13を形成するための基材12表面においては、機械的、化学的および電気化学的方法によって、算術平均粗さRaが2.0μm以下、十点平均粗さRzが8.0μm以下の状態となるように仕上げる。このような表面仕上げを行わないと、基材13表面は粗いので、突起物などが存在する場合がある。従って、基材12表面に形成するアモルファス状膜13の厚さが10μmと比較的薄い場合、突起物のある部分のアモルファス状膜13が早期に破壊されたり、腐食発生の起点となったりすることがある。
【0039】
機械的に研磨する場合は細粒の#600の研磨ベルトを用いて算術平均粗さRaを1〜3μm程度にしたあと、ラッピング加工やバフ研磨によって表面の突起物を除去し、十点平均粗さRzを1.5以下に仕上げることができる。また、細粒の研磨ベルト加工を終えた面を化学研磨法(例えば硝酸、塩酸、リン酸などの混合液)またはこれらの研磨液中で基材12を陽極として電解研磨法を適用すれば算術平均粗さRaが0.1μm、十点平均粗さRzが0.5μm以下の程度の鏡面が得られ、特に好適な前処理面を形成できる。ただし、アモルファス状膜13の厚さが10μm〜50μmの場合には、機械的研磨(Raが1μm〜3μm、Rzが4μm〜8μm)だけでも密着性および性能のよいアモルファス状膜13が形成されるとともに、アモルファス状膜の表面粗さが、基材の粗さの影響を受けがたくなって、平滑化する傾向があるので、このときは特に仕上げ程度を規定しなくともよい。
【0040】
(2:アモルファス状膜の形成工程)
次に、上述の仕上げ工程を経た基材12表面にアモルファス状膜を形成する工程について説明する。図3は、アモルファス状膜を形成するための装置の概略構成図である。この装置は、接地された反応容器2と、この反応容器2内部空間とそれぞれバルブ7a、バルブ7bを介して接続されている成膜用の有機系ガス導入装置(図示せず)及び反応容器を真空引きする真空装置(図示せず)と、反応容器2内の所定の位置に配設されるインペラー1の基材12に接続する導体3に、高周波電流などを印加する導入端子9を介して高電圧パルスを印加するための高電圧パルス発生電源4と、導入端子9を介して導体3に高周波を印加し、インペラー1の基材12周囲にプラズマを発生させるプラズマ発生用電源5と、パルスおよび高周波の印加を一つの導体3で共用するために、高電圧パルス発生電源4及びプラズマ発生用電源5との間に設けられるとともに、高電圧導入部9と電気的に接続されている重乗装置6と、反応容器2及び地表と電気的に接続されているアース線8とを備えている。
【0041】
上述の構成の装置を用いてアモルファス状膜13を基材12表面に形成するには、被処理体としての基材12を所定の位置に設置し、真空装置を稼動させ、バルブ7bを介して反応容器2中の空気を排出させたあと、ガス導入装置によってバルブ7aを介して有機系の炭化水素ガスを反応容器2に導入する。
【0042】
ここで、本実施形態において使用できる炭化水素ガスの種類について説明する。反応容器2内に導入するガスの種類は下記の通りであり、炭素と水素とからなる有機系の炭化水素およびこれにB、Si、O、Clなどが付加されたものである。
【0043】
(1)常温(18℃)で気相状態
CH、CHCH、C、CHCHCH、CHCHCHCH
(2)常温で液相状態
CH、CCHCH、C(CH、CH(CHCH、C12、CCl
(3)有機Si化合物(液相)
(CO)Si、(CHO)Si、(CHSi、[(CH)Si]
常温で気相状態のものは、そのままの状態で反応容器2に導入できるが、液相状態の化合物はこれを加熱してガス化させ、この蒸気を反応容器2中へ供給する。アモルファス状膜13中の炭素含有量を多くするには、炭化水素ガス中のC/H比を多くし、逆の場合には水素含有量の大きいガスを用いることによって、アモルファス状膜13のC/Hの比を制御することができる。なお、有機Si化合物を用いてアモルファス状膜を形成すると、この膜中にSiが混入することがあるが、Siは炭素と強く結合しているので本実施形態において使用するための妨げとはならない。
【0044】
上述のように炭化水素ガスを反応容器2に導入後、プラズマ発生用電源5からの高周波電力を基材12に印加する。反応容器2は、アース線8によって電気的に中性状態にあるため、基材12は、相対的に負の電位を有することとなる。このため印加によって発生する、導入ガスのプラズマ中の+イオンは負に帯電した基材12の形状に沿って発生する特徴がある。さらに高電圧パルス発生源4からの高電圧パルス(負の高電圧パルス)を基材12に印加し、プラズマ中の+イオンを基材12の表面に衝撃的に誘引させることができる。この操作によって基材12の表面に均等な厚さのアモルファス状膜13を形成することができる。このプラズマ中では下記(1)〜(4)に示すような現象が発生し、最終的には炭素と水素とを主成分とするアモルファス状膜13が、基材12表面に形成されるものと考えている。
【0045】
(1)導入されたガス(炭化水素)のイオン化(ラジカルと呼ばれる活性な中性粒子も存在する)。
(2)ガスから変化したイオンおよびラジカルは、負の電圧が印加された基材12表面に衝撃的に衝突する。
(3)衝突時の衝撃によって結合エネルギーの小さいC−H間が切断され、CとHとがスパッタ現象を伴いながら、重合反応をはじめ、高分子化する。
(4)基材12表面にCとHとを含んだアモルファス状膜13が形成される。
【0046】
なお、パルス幅を1μSec〜10mSec、パルス数を1〜複数回としたパルスの繰り返しも可能である。また、プラズマ発生用電源5の高周波電力の出力周波数は数十kHz〜数GHzの範囲で変化させることができる。以上のような方針でアモルファス状膜13を形成する方法を、ここでは高周波プラズマCVD法と呼ぶこととする。
【0047】
ここで、図3に示した構成の装置によって形成されたアモルファス状膜の膜厚の均等性について説明する。
【0048】
炭化水素ガスをプラズマによって励起させると、ガス分子が分解するとともに活性化し、最終的には炭素と水素を主成分とするアモルファス状の固形物が析出する。この固形物が多量に堆積するとやがて膜状となって基材の表面を被覆することとなる。しかし、プラズマエネルギーのみの作用で形成されるアモルファス状膜の形成は、炭化水素ガスの雰囲気濃度によって析出量が異なるため、複雑な形状の部材にアモルファス状膜を形成する場合にはその濃度を均等に保つことができず、したがって、形成されるアモルファス状膜の厚さもまた不均等な状態である。
【0049】
これに対して、本実施形態では、上記の成膜機構の欠点を解消するため、被処理皮膜を相対的に負の電位に設定(正の電位として処理容器を設定)して、電気化学的な環境を構成する一方、この機構を利用して、被処理基材に対して高周波電流を負荷することとした。このような状態で、炭化水素ガスを流通させると、プラズマの作用によって励起された炭化水素ガス分子は、原子やラジカルに解離するとともに、それぞれが正イオンに帯電して、負の電位の被処理基体の表面に対して、電気化学的に引きつけられ、アモルファス状の固形物を析出することとなる。この場合には従来法による炭化水素ガスの濃度の支配を受けないため、複雑形状の被処理体においても、負の電位を示すところには炭化水素ガスから励起された正イオンが移動できるので最終的には均等な膜厚のアモルファス膜の形成が可能となる。またポンプに接合するための配管類の内部に対しても成膜させることができる。例えば、図4に示すS字型やT字型をした被処理基材14の表面にアモルファス状膜15を形成することも可能である。つまり、大きく湾曲したS字型、直角部を有するT字型の被処理基材14に対しても均等なアモルファス状膜15の形成が可能であり、被処理基材14の全表面を腐食性の物質から保護することができる。
【0050】
本実施形態のインペラー1表面に形成されている炭素と水素とを主成分とするアモルファス状膜13は、緻密で化学的に安定な性質を有しているので、酸、アルカリ、各種のプロセス用無機及び有機質の液体に対して優れた耐食性を発揮する。また、アモルファス状膜13は基材12に比べ硬質な膜であるため、送液に含まれている異物類と接触しても傷が発生しがたい。さらに、このアモルファス状膜13は、表面が比較的平滑であるため、異物類の付着も困難であるなどの効果が期待できる。したがって、本実施形態のインペラー1は、僅かな金属成分の混入を忌避する液状の医薬品や、超純水用のポンプ部材として、安心して利用できることが期待され、ポンプの運転期間の延長に加え補修費、交換費の低減などによって工業生産の向上、生産コストの削減に大きく貢献することが期待できる。
【0051】
<第2実施形態>
次に、本発明の第2実施形態に係るインペラーについて説明する。なお、第1実施形態の符合11、13の部位と、本実施形態の符合21、23の部位とは順に対応しており、その説明を省略することがある。図5は、本発明の第2実施形態に係るインペラーの表面付近の一部拡大断面図である。
【0052】
本実施形態のインペラーの形状は、図示しないが、第1実施形態のインペラー1と同様のものである。本実施形態のインペラーにおける表面付近の一部拡大断面部分21は、基材22と、この基材22の表面に形成されたアモルファス状膜23とを備えてなる。
【0053】
基材22は、基材主部22aと、基材主部22aの表面上(基材22の表面部)に形成された注入層22bとを有する。注入層22bは、C、Ti、W、Nb、Ta、Cr、Al、Siから選ばれる1種以上の元素を、基材22の表面部に注入することによって形成されたものである。なお、一変形例として、注入層22bとアモルファス状膜23との間に金属薄膜を形成してもよい。
【0054】
次に、本実施形態に係るインペラーの製造方法について説明する。なお、基材22表面の仕上げ工程及びアモルファス状膜23の形成工程は、第1実施形態と同様であるので簡略化した説明とし、基材22の注入層22bの形成工程について詳細に説明する。
【0055】
まず、第1実施形態において説明した図3の装置を用いて、高電圧パルス発生源4の出力電圧を変化させることによって、基材22表面に対して金属をふくめたイオン注入を実施して注入層22bを形成する。そして、注入層22bの表面に第1実施形態と同様にしてアモルファス状膜23を形成する。
【0056】
なお、上述した一変形例において、注入層22bとアモルファス状膜23との間に金属薄膜を形成する場合にも、図3の装置は用いることができる。例えば、以下の(1)〜(4)の条件で、基材22表面部又は表面上の各層の形成に使用できる。
(1)基材22表面部にイオン注入を重点的に行う場合:10〜40kV
(2)イオン注入と金属薄膜形成とを行う場合:5〜20kV
(3)基材22上に金属薄膜形成を行う場合:数百V〜数kV
(4)基材22上にスパッタリングなどで金属薄膜形成を重点的に行う場合:数百V〜数kV
したがって基材22表面部又は表面上にCr、Si、Ta、Nb、Tiなどの炭素と化学的親和力の強い金属イオン注入や金属の薄膜を形成した後、その上にアモルファス状膜23を積層させることが可能である。
【0057】
上記構成によれば、第1実施形態と同様の効果を奏すると共に、注入層22bを介して基材22上にアモルファス状膜23が形成されているので、単に基材22表面に形成するよりもアモルファス状膜23の密着性が増す。したがって、より破壊されたり剥離したりしにくいアモルファス状膜23を有するインペラー及びその製造方法を提供できる。
【0058】
<第3実施形態>
次に、本発明の第3実施形態に係るインペラーについて説明する。なお、第1実施形態の符合11〜13の部位と、本実施形態の符合31〜33の部位とは順に対応しており、その説明を省略することがある。図6は、本発明の第3実施形態に係るインペラーの表面付近の一部拡大断面図である。
【0059】
本実施形態のインペラーの形状は、図示しないが、第1実施形態のインペラー1と同様のものである。本実施形態のインペラーにおける表面付近の一部拡大断面部分31は、金属製の基材32と、この基材32の表面に形成されたアンダーコート34(下塗り膜)と、このアンダーコート34の表面に形成されたアモルファス状膜33とを備えてなる。
【0060】
アンダーコート34は、Ti、W、Nb、Ta、Cr、Al、Siの単体またはそれらの合金から選ばれる1種以上の膜厚0.1〜3μmの膜である。
【0061】
次に、本実施形態に係るインペラーの製造方法について説明する。なお、基材32表面の仕上げ工程及びアモルファス状膜33の形成工程は、第1実施形態と同様であるので簡略化した説明とし、アンダーコート34の形成工程について詳細に説明する。
【0062】
まず、第1実施形態と同様にして基材32表面を仕上げ処理し、この基材32表面に、電気めっき法、CVD法またはPVD法から選ばれる1種以上の方法を用いて、アンダーコート34を形成する。そして、アンダーコート34の表面に第1実施形態と同様にしてアモルファス状膜33を形成する。
【0063】
上記構成によれば、第1実施形態と同様の効果を奏すると共に、アンダーコート34を介して基材32上にアモルファス状膜33が形成されているので、単に基材32表面に形成するよりもアモルファス状膜33の密着性が増す。したがって、より破壊されたり剥離したりしにくいアモルファス状膜33を有するインペラー及びその製造方法を提供できる。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を示しながら、本発明を具体的に説明する。
【0065】
(実施例1)
この実施例では下記Al基材の表面に形成したアモルファス状膜の水素含有量、基材の曲げ変形に対する抵抗及びその後の耐食性の変化について調査した。
・ 基材及び試験片
Al(JIS H 4000規定 1085)を基材とし、これから寸法:幅15mm×長さ70mm×厚さ1.8mmの試験片を作製した。
(2)アモルファス状膜の形成方法およびその性状
試験片の全面にわたってアモルファス状の膜を1.5μm厚さに形成したが、この際アモルファス状膜中の水素含有量を5原子%〜50原子%(残部は炭素)の範囲に制御したものを形成した。
(3)試験方法および条件
アモルファス状膜を形成した試験片を90°に曲げ、変形を与え、曲げ部のアモルファス状膜の外観状況を20倍の拡大鏡で観察した。その後、上述の試験片をJIS Z 2371規定の塩水噴霧試験において96時間曝露させた。
(4)試験結果
下記表1は以上の内容及び試験結果を要約したものである。この結果から明らかなように、アモルファス状膜中の水素含有量が少なく、炭素含有量の多いもの(No.1、No.2)では90°の曲げ変形を与えると、アモルファス状膜がはく離又は部分的にはく離した。これらのはく離試験片を塩水噴霧試験片に供すると基材のAlが腐食され、多量の白さびが発生し、耐食性を完全に消失していることが判明した。これに対して水素含有量が10原子%以上〜50原子%(No.3〜No.8)のアモルファス状膜は、曲げ変形によっても剥離せず、塩水噴霧試験にも耐え優れた耐食性を維持していることが確認された。
【0066】
【表1】

【0067】
(実施例2)
この実施例では本発明に係るアモルファス状膜の基本的な防食性能を調査するために、基材として汎用度の高いSS400鋼とAlとを用い、これにアモルファス状膜を下記表2に示したように直接膜厚0.5μm〜50μmの範囲内で形成させた。また腐食性の環境として、高湿度、塩水噴霧、5%HSO、5%NaOHなど腐蝕特性の異なる雰囲気中に曝露して耐食性を調査した。
(1)基材及び試験片
基材として、SS400鋼、Al(JIS H 4000規定 No.1070)の2種類を用い、それぞれから幅30mm×長さ50mm×厚さ2mmの試験片を作製した。
(2)アモルファス状膜の形成と厚さ
図3の装置を用い、アモルファス状膜を試験片の全面にわたって0.5μm〜50μmの範囲の厚さに形成したものを準備した。
(3)腐蝕試験条件
腐食試験条件として次に示す各条件を選択した。
(a) 高湿度雰囲気:恒温恒湿槽を用いて30℃、相対湿度90%の雰囲気中に試験片を曝露した。(200h)
(b) 塩水噴霧:JIS Z 2371規定の塩水噴霧試験方法によって96hの試験を行った。
(c) 5%HSO浸漬:5%HSO水溶液中(20〜25℃)に100h浸漬した。
(d) 5%NaOH浸漬:5%NaOH水溶液中(30〜35℃)に100h浸漬した。
(4)評価方法
腐食試験結果の評価は試験前後における試験片表面の変化及びHSO、NaOH水溶液の色調の変化を目視観察により実施した。なお、比較用の試験片として無処理状態のSS400鋼とAlとを同じ条件で腐食試験を供した。
(5)腐食試験結果
下記表2は以上の内容及び試験結果を要約したものである。この結果から無処理のSS400鋼試験片は5%NaCl浸漬を除く全ての試験雰囲気(No.1,3,5)において、赤さびを発生したり、溶解(No.5)したりした。また、Alの無処理試験片(No.2,4,6,8)では、高湿度雰囲気中以外の条件で白さびを発生(No.4)するとともに、酸(No.6)、アルカリ(No.8)によっても水素ガスを発生しながら溶解した。これに対して、アモルファス状膜を形成した試験片では、基材質の種類に関係なく、優れた耐食性を発揮し、膜厚1μm以上では全ての腐食環境において十分な耐食抵抗を示した。ただ、膜厚0.5μmでは高湿度雰囲気及びアルカリ水溶液浸漬では赤さびの発生を抑制するが、塩水噴霧、硫酸浸漬では僅かながら赤さびや白さびの発生が認められた。以上の結果から、アモルファス状膜の有効防食作用は膜厚0.5μm〜50μmの範囲において認められ、特に1μm〜50μmの範囲が好適であることが判明した。
【0068】
【表2】

【0069】
(実施例3)
この実施例では本発明にかかるアモルファス状膜の綴密性を調査するため、以下のように、JIS H 8645に規定されているフェロキシル試験を行って、アモルファス状膜の微細な貫通気孔の有無を調査した。
【0070】
(1)基材
FC200の基材(寸法幅50mm×長さ70mm×厚さ7mm)とした。
(2)アモルファス状膜の形成と厚さ
上記基材の全面に、アモルファス状膜を下記表3に示したように0.5μm〜8μmの範囲の厚さにそれぞれ施工して本実施例に係る各試験片を形成した。
(3)他の比較例の試験片
他の比較例として、FC200基材から製作した上述の基材と同寸法の試験片を用い、基材の表面に電気めっき法によって、Ni,Crをそれぞれ15μmの厚さに被覆した試験片、及び、溶射法によって50mass%Ni−50mass%Cr合金を100μm厚さに形成させた試験片を準備した。
(4)フェロキシル試験方法
フェロキシル試験として、具体的には、次に示すような方法を用いた。すなわち、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム10g及び塩化ナトリウム15gを1リットルの蒸留水に溶解し、これを分析用のろ紙に十分含浸させる。その後、このろ紙を試験片表面に貼付し、30分間静置した後、ろ紙を剥がして、ろ紙面での青色斑点の有無を目視判定した。これはアモルファス状膜に貫通気孔が存在するとフェロキシル試験液が浸透し、鉄基材界面に達して鉄イオンを生成させ、これにヘキサシアノ(皿)酸カリウム塩が反応して、ろ紙の表面に青色斑点を生成することによって判定することができるものである。
(5)フェロキシル試験結果
下記表3は以上の内容及び試験結果を要約したものである。この結果から明らかなように、比較例として示したアモルファス状膜の膜厚の薄い0.5μm、0.8μm(No.1、No.2)のもの、Niめっき膜(No.6〜8)、Crめっき膜(No.9〜11)および溶射皮膜試験片(No.12〜14)に、少数或いは多数の青色斑点の発生が認められた。これに対し、本発明に係るアモルファス状膜(膜厚が1.0μm以上のもの(No.3〜5))では、青色斑点の発生はまったく認められず、貫通気孔が無く、綴密性に富み、腐食成分の浸入を防ぐ作用に優れていることが確認された。
【0071】
【表3】

【0072】
(実施例4)
この実施例ではSS400鋼およびSUS304鋼基材を用い、アモルファス状膜の形成に先駆けて、基材表面に各種元素のイオンを注入した場合の耐食性と曲げ加工の影響とを調査した。
(1)基材
幅15mm×長さ60mm×厚さ1.5mmの大きさのSS400鋼を供試基材とした。
(2)イオン注入装置、注入イオン元素の種類とアモルファス状膜の厚さ
イオン注入装置としては、図1に開示した高周波プラズマCVD装置を用いた。注入イオン元素には、注入イオン濃度が1cmあたり1×1014〜1×1016の原子濃度C,Ti,W,Nb,Ta,Cr,Al,Siを用いた。上記基材に形成するアモルファス状膜の厚さは10μmとした。
(3)試験条件
下記(a)、(b)の試験を、本実施例の各試験片について行った。
(a) 5%HC1水溶液中に24h浸漬(20℃〜25℃)
(b) 10%NaOH水溶液中に96h浸漬(20℃〜25℃)
また、本実施例では、腐食試験後の試験片を90°に曲げ、曲げられた部分のアモルファス状膜のはく雛の有無を調査した。
(4)比較例の試験片
比較例の試験片として、SS400鋼を無処理の状態で腐食試験に供した。
(5)腐食試験結果
下記表4は以上の内容及び試験結果を要約したものである。この結果から明らかなように、比較例のSS400鋼(No.10)は、5%HCl水溶液浸漬試験において多量の赤錆を発生し、既に脱落している赤錆も観察された。ただし、10%NaOH浸漬試験(No.9)では、殆ど変化が認められなかった。これに対して、アモルファス状膜を形成させた試験片を90°に曲げ、曲げられた部分を拡大鏡で観察した結果、イオン注入を実施した試験片では、アモルファス状膜のはく離は認められなかったが、イオン注入をしない試験片(No.9)では、わずかながらアモルファス状膜のはく離がみとめられた。この結果から、本実施例で用いたような炭素との結合力の強い元素をイオン注入することによってアモルファス状膜の密着性が一段と向上することが判明した。
【0073】
【表4】

【0074】
(実施例5)
この実施例では、SS400銅およびSUS304鋼基材の表面にアモルファス状膜の形成に先駆けて、各種の金属薄膜を形成した場合の耐食性と、基材の曲げ加工時における膜の密着性を調査した。
(1)基材
幅15mm×長さ60mm×厚さ1.5mmのSS400鋼を基材とした。
(2)本実施例で用いた薄膜形成装置、薄膜の種類、及びアモルファス状膜の厚さ
薄膜形成装置として、図1に開示した高周波プラズマCVD装置を用いて、Ti,W,Nb,Ta,Cr,Al,Siのうちいずれか1つの薄膜(厚さ2μm)を基材の表面に形成し、その上に厚さ10μmのアモルファス状膜を形成し、試験片とした。
(3)腐食試験条件
実施例4と同じ条件で実施した。ただし、本実施例では、腐食試験後の試験片を90°曲げ、曲げられた部分のアモルファス状膜のはく雛の有無も調査した。
(4)比較例の試験片
比較例の試験として、無処理のSS400鋼を用いた。
(5)腐食試験結果
下記表5は以上の内容及び試験結果を要約したものである。この結果から明らかなように、比較例のSS400鋼(No.9)は耐食性に乏しい。5%HCl水溶液によって著しく腐食され、多量の赤さびを発生するとともに、赤さびの脱落も観察された。これに対して、アモルファス状膜を形成した試験片(No.1〜8)は金属薄膜の施工の有無に拘わらず、優れた耐食性を示した。なお、腐食試験後の試験片について90°曲げ加工をおこない、拡大鏡を用いて曲げられた部分のアモルファス状膜のはく離状況を確認した結果、薄膜のない試験片(No.8)ではわずかながらアモルファス状膜のはく離が認められたが、他の試験片にはまったく以上は認められなかった。以上のことから、供試したアンダーコート用の薄膜は、アモルファス状膜の密着性向上に効果を発揮することが判明した。
【0075】
【表5】

【0076】
(実施例6)
本実施例は、石油精製プラントの脱硫用装置に配設されている高揚程用高速回転ポンプの本発明に係るアモルファス状膜を適用したインペラーの効果を、無処理の部材とともに比較検討したものである。
【0077】
供試ポンプの名称:市販のサンダインポンプと呼ばれる高速多段遠心ポンプ
供試部材名:インデューサ、インペラー(いずれも材質はステンレス鋳鋼SCS13)
送液の種類:硫黄化合物、スラッジを含む重質油
アモルファス状膜の厚さ:20μm
【0078】
上記のポンプを実プラントで使用したところ、無処理のインペラーはいずれも1週間程度の運転においてキャビテーション、エロージョンの作用を受けて壊食現象を起こし、形状自体が変化し、ポンプ性能が20〜25%低下するとともにスラッジが多量に付着した。これに対して、本発明に係るアモルファス状膜を形成したインペラーは8週間の運転に耐え、またスラッジの付着も極めて少なくポンプ性能を長期間にわたって維持していることを確認した。尚、インペラーの材質をTi,Ti合金に変更しても最大稼働時間は約2週間であった。なお、インデューサと呼ばれる送液ポンプ用部材においても同様の結果であった。
【0079】
なお、本発明は、特許請求の範囲を逸脱しない範囲で設計変更できるものであり、上記実施形態や実施例に限定されるものではない。例えば、上記各実施形態においては、インペラーを示したが、他の送液ポンプ用部材(例えば、ローター、ケーシングなど)においても基材表面に同様の膜を形成でき、このような送液ポンプ用部材も送液ポンプの一部材として用いることができる。また、第3実施形態における基材32においては、第2実施形態における注入層22bと同様の層が、アンダーコート34との接触面側に形成されていてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明の第1実施形態に係るインペラーを示す斜視図である。
【図2】図1のインペラーの表面付近の一部拡大断面図である。
【図3】図1のインペラーの製造工程において使用する装置の概略構成図である。
【図4】本発明の第1実施形態に係る方法で、S字型およびT字型をした基材に対し、アモルファス状膜を形成した場合の膜厚分布状況を説明するために用いた模式図である。
【図5】本発明の第2実施形態に係るインペラーの表面付近の一部拡大断面図である。
【図6】本発明の第3実施形態に係るインペラーの表面付近の一部拡大断面図である。
【符号の説明】
【0081】
1 インペラー
1a 筒部
1b、1c、1d 羽根部
2 反応容器
3 導体
4 高電圧パルス発生源
5 プラズマ発生用電源
6 重乗装置
7a、7b バルブ
8 アース線
9 導入端子
12、14、22、32 基材
11、21、31 (インペラーの表面付近の)一部拡大部分
13、15、23、33 アモルファス状膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に、直接または下塗り膜を介して、炭素と水素とを主成分とするアモルファス状膜を被覆したことを特徴とする送液ポンプ用部材。
【請求項2】
前記アモルファス状膜の厚さが1μm〜50μmの範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の送液ポンプ用部材。
【請求項3】
前記アモルファス状膜の硬さがHV700〜2800の範囲にあることを特徴とする請求項1又は2に記載の送液ポンプ用部材。
【請求項4】
前記アモルファス状膜の表面の算術平均粗さRaが0.5μm以下、且つ、十点平均粗さRzが2.0μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の送液ポンプ用部材。
【請求項5】
前記アモルファス状膜における炭素原子の割合が90原子%〜50原子%、水素原子の割合が10原子%〜50原子%の範囲で組成されているものであるとともに、前記アモルファス状膜に対する該炭素原子及び該水素原子の組成割合が100原子%以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の送液ポンプ用部材。
【請求項6】
前記基材が、鋳鉄、鋳鋼、Ti、Alの単体およびその合金、炭素を含み、クロムを必須成分とする構造用鋼、並びにNiとCrとを必須成分とするステンレス鋼およびNi基合金のうちから選ばれる1種の金属材料であることを特徴とする請求項1〜5に記載の送液ポンプ用部材。
【請求項7】
前記下塗り膜が、Ti、W、Nb、Ta、Cr、Al、Siの単体またはそれらの合金から選ばれる1種以上の膜厚0.1μm〜3μmの膜であることを特徴とする請求項1〜6に記載の送液ポンプ用部材。
【請求項8】
C、Ti、W、Nb、Ta、Cr、Al、Siの単体またはそれらの合金から選ばれる1種以上の元素を、前記基材の表面部に注入することによって形成された注入層をさらに有することを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の送液ポンプ用部材。
【請求項9】
前記基材の表面の算術平均粗さRaが2.0μm以下、十点平均粗さRzが8.0μmであることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の送液ポンプ用部材。
【請求項10】
基材の表面の算術平均粗さRaが2.0μm以下、十点平均粗さRzが8.0μm以下となるように加工する基材表面加工工程と、
前記基材上に、炭素と水素とを主成分とするアモルファス状膜を被覆形成するアモルファス状膜被覆工程とを有することを特徴とする送液ポンプ用部材の製造方法。
【請求項11】
加工された前記基材の表面部に、C、Ti、W、Nb、Ta、Cr、Al、Siから選ばれる元素の注入層を形成する工程を、前記基材表面加工工程と前記アモルファス状膜被覆工程との間に有することを特徴とする請求項10記載の送液ポンプ用部材の製造方法。
【請求項12】
基材の表面の算術平均粗さRaが2.0μm以下、十点平均粗さRzが8.0μm以下となるように加工する基材表面加工工程と、
加工された前記基材の表面上に、C、Ti、W、Nb、Ta、Cr、Al、Siから選ばれる単体またはそれらの合金からなる下塗り膜を被覆形成する下塗り膜被覆工程と、
前記下塗り膜の表面上に、炭素と水素を主成分とするアモルファス状膜を被覆形成するアモルファス状膜被覆工程とを有することを特徴とする送液ポンプ用部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−327349(P2007−327349A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−157205(P2006−157205)
【出願日】平成18年6月6日(2006.6.6)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】