説明

鋼の熱処理方法、転がり支持装置の構成部品の製造方法、および転がり支持装置

【課題】 寿命の長い転がり支持装置を得るための構成部品の製造方法および鋼の熱処理方法を提供する。
【解決手段】 高炭素クロム軸受鋼二種(SUJ2)からなる素材を、オーステナイト単相となる温度域にて加熱保持した後に油冷する第1工程と、AC1変態点以上に加熱保持した後に油冷する第2工程と、AC1変態点未満に加熱保持した後に放冷し、所定形状に加工する第3工程と、再度AC1変態点以上に加熱して、焼入れおよび焼戻しを行う第4工程と、をこの順で行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の熱処理方法、転がり支持装置(転がり軸受、ボールねじ、リニアガイド等)の構成部品の製造方法、および転がり支持装置に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受の構成部品(内輪、外輪、および転動体等)は、高炭素クロム軸受鋼で形成されるのが一般的である。この高炭素クロム軸受鋼は、高硬度を有するため、切削性が良好ではない。
このため、高炭素クロム軸受鋼からなる素材を用いて構成部品を形成する場合には、まず、前処理として、高炭素クロム軸受鋼からなる素材に対して、700〜780℃程度の温度で10時間程度保持した後に徐冷する球状化焼鈍処理を施すことにより、この素材をHv180〜250程度に軟化させる。次に、軟化させた後の素材に対して、各構成部品の形状に成形する切削加工を施した後、焼入れおよび焼戻し処理等を施すことにより、転がり軸受の構成部品として必要な強度を付与するようにしている。
【0003】
特許文献1には、高炭素クロム軸受鋼からなる素材に球状化焼鈍処理を施す際に、鋼の表層部に脱酸層を形成し難くする方法が提案されている。
近年、自動車、一般産業機械、工作機械、鉄鋼機械等に使用される玉軸受、アンギュラ軸受、円筒ころ軸受、円錐ころ軸受、および自動調心ころ軸受等の転がり軸受の使用環境が過酷になるにつれて、転がり軸受のさらなる長寿命化が要求されてきている。
【0004】
転がり軸受の寿命を長くするためには、その構成部品を形成する鋼の強化を図る必要がある。鋼の構成成分を変えずに鋼を強化する手段としては、鋼の熱処理後の金属組織を微細に且つ均一にする手段が挙げられる。一般に、転がり軸受の構成部品をなす鋼の熱処理後の金属組織は、炭化物が分散したマルテンサイト組織からなり、このような金属組織を微細に且つ均一にするためには、マルテンサイト組織を構成する旧オーステナイト粒径やパケットサイズ等の下部組織サイズを微細化すればよいことが知られている。すなわち、マルテンサイト組織を構成する旧オーステナイト粒径を微細化することで、転がり軸受の寿命を長くすることができる。
【0005】
ところで、一般的な焼入れ温度である800℃程度の温度域では原子の拡散が容易であるため、焼入れ後の旧オーステナイト粒径は、マルテンサイト組織に分散している第二相粒子(例えば、セメンタイト等の炭化物)の分散状態に依存することが知られている。
一般に、高炭素クロム軸受鋼の場合には、旧オーステナイト粒径Dと、セメンタイトの体積率fおよび平均粒子直径dとの間に、下記式(1)の関係が成り立つ。但し、下記式(1)中に示すAは材料定数である。
D=A(d/f) ・・・(1)
したがって、マルテンサイト組織を構成する旧オーステナイト粒径を微細化するためには、鋼中にセメンタイトを微細に分散させる必要がある。
【0006】
【特許文献1】特開平4−136117号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、高炭素クロム軸受鋼の切削性を向上させるために球状化焼鈍処理を施すと、鋼中に存在する炭化物が数μm程度にまで粗大化する。この粗大な炭化物は焼入れ工程まで残存するため、球状化焼鈍処理が施された鋼の旧オーステナイト粒径は、10〜20μm程度となっている。
このため、上述した特許文献1に記載のように、球状化焼鈍処理が施された鋼を構成部品として用いた転がり軸受には、寿命を長くするという点でさらなる改善の余地がある。
そこで、本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、寿命の長い転がり支持装置(転がり軸受、ボールねじ、およびリニアガイド等)を得るための構成部品の製造方法および鋼の熱処理方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このような課題を解決するために、本発明は、素材をなすC含有率が0.5質量%以上の鋼、または、表層部のC含有率が0.5質量%以上の鋼からなる素材を、オーステナイト単相となる温度域にて加熱保持した後に急冷する工程(以下、「第1工程」と記す。)と、前記素材を、AC1変態点以上に加熱保持した後に急冷する工程(以下、「第2工程」と記す。)と、前記素材を、AC1変態点未満に加熱保持した後に冷却し、所定形状に加工する工程(以下、「第3工程」と記す。)と、前記素材を、再度AC1変態点以上に加熱して、焼入れおよび焼戻しを行う工程(以下、「第4工程」と記す。)と、をこの順で備えた鋼の熱処理方法を提供する。
【0009】
以下、本発明に係る鋼の熱処理方法について詳細に説明する。
〔第1工程について〕
第1工程では、炭化物を完全に消失させる溶体化処理を行う。
まず、上述した特定の鋼からなる素材を、オーステナイト単相となる温度域、つまり亜共析鋼の場合にはAC3変態点で過共析鋼の場合にはAcm変態点以上の温度(例えば、730〜1200℃、より好ましくは900〜1200℃)に加熱して所定時間(例えば、30〜300分)保持することにより、鋼中に存在する炭化物を完全に消失させる。
次に、加熱保持した後の素材を急冷して、鋼の金属組織をマルテンサイト組織にする。これにより、後工程において鋼中に炭化物を均一且つ微細に分散させることが可能となる。なお、第1工程は、例えば、凝固偏析を除去するために通常行われる均質化処理を行った後に、油冷することで実現できる。
【0010】
〔第2工程について〕
第2工程では、炭化物を部分的に析出させる部分溶体化処理を行う。
まず、上述した第1工程を経た後の素材を、AC1変態点(730℃)以上の温度(例えば、730〜850℃、より好ましくは750〜850℃)に加熱して所定時間(例えば、30〜120分)保持する。この際、昇温過程において、第1工程で得られたマルテンサイト組織内に炭化物(セメンタイト)が析出する。ここで、第1工程で炭化物を完全に消失させておいたため、第2工程では炭化物が均一に且つ微細に析出し、高温保持中のオーステナイト粒を微細に維持できる。
次に、加熱保持した後の素材を急冷して、鋼の金属組織を再度マルテンサイト組織にする。これにより、オーステナイト粒内に微細に分散した炭化物が、マルテンサイト組織を構成するブロックやパケット等の下部組織を微細化する効果も得られる。
【0011】
〔第3工程について〕
第3工程では、高温焼戻し後に成形する処理を行う。
まず、上述した第2工程を経た後の素材を、AC1変態点未満の温度(例えば、500〜700℃、より好ましくは550〜700℃)に加熱して所定時間(例えば、15〜60分)保持することにより、第2工程で得られたマルテンサイト組織を焼戻して、炭化物を析出させる。ここで、炭化物の一部は、第2工程で残存した炭化物を核生成サイトとして析出するが、基地組織がマルテンサイトであり、第2工程に比べて加熱温度が低いため、炭化物の大部分は第2工程で残存した炭化物とは無関係に均一に析出する。また、高温保持中に基地組織が回復し、フェライト同士の界面での大角化が進行するとともに、フェライト中の炭素濃度が低下する。これにより、後工程でのオーステナイトの核生成サイトを増加させるとともに、素材を軟化できる。
【0012】
次に、加熱保持した後の素材を冷却する。この冷却は、フェライト中の炭素濃度を出来る限り低減させて素材をより軟化させるために、空冷または徐冷が好ましい。
次に、軟化後の素材を鍛造や切削によって各構成部品の所定形状に加工する。ここで、所定形状に加工する際の素材は、Hv240〜300程度であり、従来の球状化焼鈍処理が施された鋼と比べて若干高い。
【0013】
しかし、上述した熱処理を経た後の素材は、マルテンサイト組織中に炭化物が均一に且つ微細に分散しているため、塑性変形能が高く、鍛造による成形加工中に割れが生じ難い。また、マルテンサイト組織の焼戻しによってフェライト粒界は大角化しており、その結晶方位はランダムであるため、成型加工による異方性が少ない。さらに、フェライトとセメンタイトの粒径は、いずれも1μm以下であるため、焼戻し温度域において超塑性現象が発現することが知られている。これにより、大型転がり支持装置の構成部品に用いられる素材のように、一般に熱間鍛造で成形加工を行う鋼からなる素材では、超塑性現象を利用したニアネットシェイプ成形(最終形状に近い成形)も可能となる。
なお、第1工程〜第3工程は、上述した従来の球状化焼鈍処理と同様に、鋼の切削加工性を向上させるための工程であるが、従来の球状化焼鈍処理と比べて約1/3の処理時間で行える。
【0014】
〔第4工程について〕
第4工程では、焼入れおよび焼戻し処理を行う。
まず、第3工程を経た後の素材を、再度AC1変態点以上の温度(例えば、750〜860℃)に加熱して所定時間(例えば、30〜200分)保持した後急冷することにより、焼入れを行う。
この焼入れでは、第1工程〜第3工程で炭化物を均一に且つ微細に分散させておいたことによって、オーステナイト化処理中の粒成長が抑制されるため、焼入れ後のマルテンサイト組織に存在する旧オーステナイト粒を3.0〜8.0μm程度に微細化できる。これは、球状化焼鈍処理を含む熱処理方法で得られる鋼のマルテンサイト組織に存在する旧オーステナイト粒よりも微細である。
【0015】
また、上述した第1工程〜第3工程で炭化物を均一に且つ微細に分散させておいたことによって、その炭化物粒子間隔が微細で、焼入れを進行させる炭素の拡散距離が短くなるため、焼入れに要する保持時間を短くすることができる。
次に、AC1変態点未満の温度(例えば、100〜300℃、より好ましくは160〜300℃)に加熱して所定時間(例えば、30〜300分)保持した後徐冷することにより、焼戻しを行う。
【0016】
本発明はまた、互いに対向配置される軌道面を備えた第一部品および第二部品と、前記第一部品および第二部品の間に転動自在に配設された複数個の転動体と、を備え、前記転動体が転動することにより前記第一部品および前記第二部品の一方が他方に対して相対運動する転がり支持装置の前記第一部品、前記第二部品、および前記転動体を製造する方法において、C含有率が0.5質量%以上の鋼、または、表層部のC含有率が0.5質量%以上の鋼からなる素材を、オーステナイト単相となる温度域にて加熱保持した後に急冷する工程と、前記素材を、AC1変態点以上に加熱保持した後に急冷する工程と、前記素材を、AC1変態点未満に加熱保持した後に冷却し、所定形状に加工する工程と、前記素材を、再度AC1変態点以上に加熱して、焼入れおよび焼戻しを行う工程と、をこの順で備えたことを特徴とする転がり支持装置の構成部品の製造方法を提供する。
【0017】
ここで、鋼中に存在する炭化物は、加熱温度の上昇に伴って、オストワルド成長しつつ基地組織中に溶解するので、焼入れ温度が低くなればなる程、炭化物の体積率は大きく、且つ、その平均粒径も小さくなる。このため、表層部に存在する炭化物の粒径および表面の旧オーステナイト粒径を微細化し過ぎると、オーステナイト粒中の炭素の固溶量が少なくなり、焼入れ硬さが低下し、寿命延長効果が得られなくなる。
したがって、転がり支持装置の寿命をより長くするためには、前記焼入れを、前記第一部品、前記第二部品、および前記転動体の転がり面をなす表層部に存在する炭化物の平均粒径が0.30μm以上0.50μm以下となり、前記転がり面の旧オーステナイト粒径が3.0μm以上8.0μm以下となる条件で行うことが好ましい。
【0018】
本発明はさらに、互いに対向配置される軌道面を備えた第一部品および第二部品と、前記第一部品および第二部品の間に転動自在に配設された複数個の転動体と、を備え、前記転動体が転動することにより前記第一部品および前記第二部品の一方が他方に対して相対運動する転がり支持装置において、前記第一部品、前記第二部品、および前記転動体のうち少なくとも一つは、C含有率が0.5質量%以上の鋼、または、表層部のC含有率が0.5質量%以上の鋼からなり、その転がり面をなす表層部に存在する炭化物の平均粒径は0.30μm以上0.50μm以下で、前記転がり面の旧オーステナイト粒径は3.0μm以上8.0μm以下となっていることを特徴とする転がり支持装置を提供する。
【0019】
なお、本発明における「C含有率が0.5質量%以上の鋼」としては、金属組織がマルテンサイト、セメンタイト、残留オーステナイトを含む鋼であれば特に限定されない。このような鋼としては、例えば、素材をなす鋼のC含有率が0.95質量%以上1.10質量%以下の高炭素クロム軸受鋼(SUJ1〜5)や、素材をなす鋼のC含有率が0.5質量%のS53C鋼が挙げられる。
【0020】
ここで、素材をなす鋼のC含有率が0.5質量%未満となると、焼入れ工程において転がり面に十分な硬度を付与できずに短寿命となる。一方、素材をなす鋼のC含有率が多過ぎると、寿命延長効果が飽和し、製鋼時に巨大炭化物が発生し易くなるため、素材をなす鋼のC含有率は1.3質量%以下とすることが好ましい。
また、本発明における「表層部のC含有率が0.5質量%以上の鋼」としては、少なくとも表層部の金属組織がマルテンサイト、セメンタイト、残留オーステナイトを含む鋼であれば特に限定されない。このような鋼としては、例えば、素材をなす鋼のC含有率が0.2質量%のSCM420鋼に浸炭処理を施すことにより、表層部のC含有率を0.8質量%にしたものが挙げられる。
【0021】
ここで、表層部のC含有率が0.5質量%未満となると、上述と同様に、焼入れ工程において転がり面に十分な硬度を付与できずに短寿命となる。一方、表層部のC含有率が多過ぎると、靱性を劣化させる板状の炭化物が生成するため、表層部のC含有率は1.3質量%以下とすることが好ましい。
さらに、本発明において「転がり支持装置」とは、転がり軸受、ボールねじ、およびリニアガイド等を指す。ここで、転がり支持装置が転がり軸受の場合には、第一部品および第二部品は内輪および外輪を指し、転がり支持装置がボールねじの場合には、第一部品および第二部品はねじ軸およびナットを指し、転がり支持装置がリニアガイドの場合には、第一部品および第二部品は案内レールおよびスライダを指す。
【0022】
さらに、本発明において「転がり面」とは、他の部品と転がり接触する面を指し、第一部品および第二部品の軌道面や、転動体の転動面を指す。
さらに、本発明における「表層部」とは、表面から所定深さ(例えば、3μm)までの部分を指す。
さらに、本発明における「炭化物の平均粒径」とは、焼入れ後のマルテンサイト組織に分散した炭化物の平均粒径を指す。
さらに、本発明における「旧オーステナイト粒径」とは、焼入れ前のオーステナイト結晶粒の平均粒径を指し、焼入れおよび焼戻し後にマルテンサイト組織を腐食させることで現出できる。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る鋼の熱処理方法によれば、球状化焼鈍処理を含む鋼の熱処理方法と比べて、より耐久性に優れた鋼を低コストで得ることができる。
本発明に係る転がり支持装置の構成部品の製造方法によれば、本発明に係る鋼の熱処理方法を用いて構成部品を製造したことにより、球状化焼鈍処理を含む鋼の熱処理方法を用いて構成部品を製造する場合と比べて、より寿命の長い転がり支持装置を低コストで得ることができる。
本発明に係る転がり支持装置によれば、その構成部品のうち少なくとも一つについて、特定の鋼で形成し、且つ、その転がり面をなす表層部に存在する炭化物の平均粒径と転がり面の旧オーステナイト粒径とを特定したことにより、転がり疲れ寿命を長くできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態について説明する。
まず、高炭素クロム軸受鋼二種(SUJ2)からなる素材に、図1に示す方法で熱処理を施すことにより、本発明例であるNo.1〜No.4の平板状試験片(縦20mm,横20mm,厚さ6mm)を作製した。同様に、SUJ2からなる素材に、図2に示す方法で熱処理を施すことにより、比較例であるNo.5〜No.8の平板状試験片(縦20mm,横20mm,厚さ6mm)を作製した。
【0025】
このようにして得られた試験片において、表層部(表面から3μmの深さまでの部分)に存在する炭化物の平均粒径(炭化物粒径)および分散間隔と、表面(転がり面)の旧オーステナイト粒径(Dγ)と、を以下のようにして測定した。
まず、ピクリン酸溶液(ピクラール:ラウリルベンゼンスルフォン酸=1:1)を用いて表面を腐食させることで、試験片の表面のオーステナイト組織を現出させた。そして、この面を走査型電子顕微鏡により5000倍に拡大して写真を撮影した。この写真を用いて、旧オーステナイト粒径を測定し、その平均値を算出した。この結果は、表1に併せて示した。
【0026】
また、前記面を走査型電子顕微鏡により5000倍に拡大して撮影した写真を用いて、1視野中に存在する炭化物の平均粒径dを算出した。そして、この平均粒径dと、電解法により抽出した炭化物の体積率fとを下記式(2)に代入して、炭化物の分散間隔λを算出した。これらの結果は、表1に併せて示した。
【0027】
【数1】

【0028】
また、得られた試験片の表層部の焼入れ硬さを、ビッカース硬度計を用いて測定した。この結果は、表1に併せて示した。
図3は、試験片No.1の金属組織を5000倍で撮影した電子顕微鏡写真である。図4は、試験片No.5の金属組織を5000倍で撮影した電子顕微鏡写真である。
図3および図4に示すように、本発明に係る鋼の熱処理方法で形成した試験片No.1では、従来の球状化焼鈍処理を含む鋼の熱処理方法で形成した試験片No.5と比べて、マルテンサイト組織中に炭化物が微細に分散していることが分かる。
【0029】
次に、これらの試験片を転がり軸受の構成部品として使用する場合を想定し、図5に示すスラスト型寿命試験機を用いて、以下に示す条件で寿命試験を行った。このスラスト型寿命試験機は、図5に示すように、潤滑油1が入った潤滑油槽2と、保持器3で保持された複数個の鋼球4と、回転軸5が一体に取り付けられた回転板6と、から構成されている。そして、各試験片を固定板7として潤滑油槽2内に取り付けて、その上面に鋼球4を介して回転板6を配置した後、スラスト荷重を負荷しつつ回転軸5を回転させることで、寿命試験を行った。
【0030】
なお、この試験は、試験片に剥離が発生するまで行い、この剥離が発生するまでの総回転時間を寿命として測定した。この結果は、各試験片について、ワイブル分布関数に基づくL10寿命を算出し、試験片No.5の寿命を1.0とした比で表1に併せて示した。〔寿命試験条件〕
面圧:4900MPa
回転数:1000min-1
潤滑油:♯68タービン油(油浴)
【0031】
【表1】

【0032】
表1に示すように、本発明に係る鋼の熱処理方法を用いて、表層部に存在する炭化物の平均粒径と、表面の旧オーステナイト粒径とを本発明の範囲内とした試験片No.1〜No.4では、従来の球状化焼鈍処理を含む鋼の熱処理方法を用いて形成した試験片No.5〜No.8と比べて、長寿命であった。
また、本発明例であるNo.1,2では、焼入れ・焼戻し工程での焼入れ温度を同じにした比較例であるNo.5,6と比べて、表層部に存在する炭化物の平均粒径および表面の旧オーステナイト粒径が小さくなっていることが分かる。
表1に示すデータに基づいて、旧オーステナイト粒径と寿命との関係を示す図6のグラフを作成した。
【0033】
図6に示すように、表面の旧オーステナイト粒径が3.0μm以上8.0μm以下である場合に、No.5の1.1倍以上の寿命が得られていることが分かる。
また、表1に示すデータに基づいて、表層部に存在する炭化物の平均粒径と、表面の旧オーステナイト粒径との関係を示す図7のグラフを作成した。
図7に示すように、表層部に存在する炭化物の平均粒径が大きくなるにつれて、表面の旧オーステナイト粒径が大きくなっていることが分かる。この結果から、焼入れ後の旧オーステナイト粒径が、マルテンサイト組織に分散している炭化物の粒径に依存していることが分かる。
【0034】
さらに、表1に示すデータに基づいて、表層部に存在する炭化物の平均粒径と、表層部の焼入れ硬さとの関係を示す図8のグラフを作成した。
図8に示すように、表層部に存在する炭化物の平均粒径が0.30μm以上となると、表層部の焼入れ硬さがHv820以上となっていることが分かる。
図6〜図8の結果から、寿命延長効果を得るためには、表面の旧オーステナイト粒径を3.0μm以上8.0μm以下とし、表層部に存在する炭化物の平均粒径を0.30μm以上0.50μm以下とすればよいことが分かる。
【0035】
次に、各前処理工程を経た試験片No.1と試験片No.5とを複数個ずつ用意して、焼入れ・焼戻し工程における焼入れ保持時間をそれぞれ変えて、得られる表層部の焼入れ硬さを調べた。この実験は、試験片No.1と試験片No.5を、815℃に加熱して、200〜2000秒の間で選択された各所定時間保持した後、油冷した。そして、油冷後の試験片No.1,5の表層部の焼入れ硬さを上述と同様に、ビッカース硬度計を用いて測定した。この結果は、図9に示した。
【0036】
図9に示すように、例えば表層部の硬さをHv800とするための焼入れ保持時間は、本発明に係る熱処理方法を施した試験片No.1では約300秒であり、比較例である従来の球状化焼鈍処理を含む熱処理方法を施した試験片No.5では約1000秒であった。
これは、本発明例である試験片No.1では、表層部に存在する炭化物の分散間隔が比較例である試験片No.5に比べて約半分であり、焼入れを進行させる炭素の拡散距離が約半分になっていることにより、焼入れに要する熱処理時間を短縮できたためであると考えられる。
【0037】
なお、本実施形態では、比較的小さな寸法の試験片を用いて実験を行ったが、試験片が大きくなればなるほど、本発明に係る熱処理方法と従来の熱処理方法とで同じ焼入れ硬さを得るために要する焼入れ保持時間との差が顕著になると考えられる。
以上の結果より、転がり支持装置の第一部品、第二部品、および転動体のうち少なくとも一つを、上述したNo.1〜No.4のいずれかの試験片と同じ構成で作製し、これらを用いて転がり支持装置を組み立てることにより、寿命の長い転がり支持装置を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明に係る鋼の熱処理方法の一例を示す図である。
【図2】従来の球状化焼鈍処理を含む熱処理方法の一例を示す図である。
【図3】実施形態で得られた試験片No.1の金属組織を5000倍で撮影した電子顕微鏡写真である。
【図4】実施形態で得られた試験片No.5の金属組織を5000倍で撮影した電子顕微鏡写真である。
【図5】スラスト型寿命試験機を示す概略構成図である。
【図6】表面の旧オーステナイト粒径と寿命との関係を示す図である。
【図7】表層部に存在する炭化物の平均粒径と、表面の旧オーステナイト粒径との関係を示す図である。
【図8】表層部に存在する炭化物の平均粒径と、表層部の焼入れ硬さとの関係を示す図である。
【図9】焼入れ保持時間と、表層部の焼入れ硬さとの関係を示す図である。
【符号の説明】
【0039】
1 潤滑油
2 潤滑油槽
3 固定板(試験片)
4 保持器
5 鋼球
6 回転板
7 回転軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C含有率が0.5質量%以上の鋼、または、表層部のC含有率が0.5質量%以上の鋼からなる素材を、オーステナイト単相となる温度域にて加熱保持した後に急冷する工程と、
前記素材を、AC1変態点以上に加熱保持した後に急冷する工程と、
前記素材を、AC1変態点未満に加熱保持した後に冷却し、所定形状に加工する工程と、 前記素材を、再度AC1変態点以上に加熱して、焼入れおよび焼戻しを行う工程と、
をこの順で備えたことを特徴とする鋼の熱処理方法。
【請求項2】
互いに対向配置される軌道面を備えた第一部品および第二部品と、前記第一部品および第二部品の間に転動自在に配設された複数個の転動体と、を備え、前記転動体が転動することにより前記第一部品および前記第二部品の一方が他方に対して相対運動する転がり支持装置の前記第一部品、前記第二部品、および前記転動体を製造する方法において、
C含有率が0.5質量%以上の鋼、または、表層部のC含有率が0.5質量%以上の鋼からなる素材を、オーステナイト単相となる温度域にて加熱保持した後に急冷する工程と、
前記素材を、AC1変態点以上に加熱保持した後に急冷する工程と、
前記素材を、AC1変態点未満に加熱保持した後に冷却し、所定形状に加工する工程と、 前記素材を、再度AC1変態点以上に加熱して、焼入れおよび焼戻しを行う工程と、
をこの順で備えたことを特徴とする転がり支持装置の構成部品の製造方法。
【請求項3】
前記焼入れは、前記第一部品、前記第二部品、および前記転動体の転がり面をなす表層部に存在する炭化物の平均粒径が0.30μm以上0.50μm以下となり、前記転がり面の旧オーステナイト粒径が3.0μm以上8.0μm以下となる条件で行うことを特徴とする請求項2に記載の転がり支持装置の構成部品の製造方法。
【請求項4】
互いに対向配置される軌道面を備えた第一部品および第二部品と、前記第一部品および第二部品の間に転動自在に配設された複数個の転動体と、を備え、前記転動体が転動することにより前記第一部品および前記第二部品の一方が他方に対して相対運動する転がり支持装置において、
前記第一部品、前記第二部品、および前記転動体のうち少なくとも一つは、
C含有率が0.5質量%以上の鋼、または、表層部のC含有率が0.5質量%以上の鋼からなり、
その転がり面をなす表層部に存在する炭化物の平均粒径は0.30μm以上0.50μm以下で、前記転がり面の旧オーステナイト粒径は3.0μm以上8.0μm以下となっていることを特徴とする転がり支持装置。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−144055(P2006−144055A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−333585(P2004−333585)
【出願日】平成16年11月17日(2004.11.17)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】