説明

セロビオースリピッドを含有する低分子オルガノゲル

【課題】セロビオースリピドの有用な物性を見いだし、セロビオースリピドの新らたな用途を開発し、様々な分野におけるセロビオースリピドの有効利用を図る。
【解決手段】新たに見いだしたセロビオースリピドの低分子オルガノゲル形成能に基づき、及びセロビオースリピドを、化粧品、食品、医薬、農業、接着剤、塗料あるいは樹脂等の分野において,オルガノゲル化剤あるいは増粘剤乃至粘度調整剤として使用する。また、水不溶の医薬成分等の配合成分を溶解した有機溶媒を内包させたセロビオースリピドの低分子オルガノゲル自体は、医薬品等の徐放法基剤として使用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セロビオースリピッド(以下、単にCLと称する場合もある)が形成する低分子オルガノゲルに関し、より詳細には微生物が生産する糖脂質の一種であるCLを含有する、抗真菌効果を有する新規な低分子オルガノゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
糖脂質は、糖の性質に由来する親水性と脂質の性質に由来する親油性の二つの性質を合わせ持つ両親媒性物質であり、このような性質を有する物質は界面活性物質と呼ばれている。石油化学工業が隆盛となるまでは、レシチン、サポニン等の生体成分由来の界面活性剤(バイオサーファクタント)が利用されてきたが、石油化学工業の発展により合成界面活性剤が開発され、界面活性剤の生産量は飛躍的に増加し、日常生活には無くてはならない物質となった。しかしながら、合成界面活性剤の使用量の拡大につれて環境汚染が広がってきた。そこで、安全性が高く、環境に対する負荷を低減するために、再度生分解性の高い界面活性物質であるバイオサーファクタントが見直されており、それに伴い様々な種類のバイオサーファクタントの開発が望まれている。
【0003】
バイオサーファクタントとしては、微生物が生産する界面活性物質が代表的なものとして挙げられる。現在、上述した微生物が生産する界面活性物質としては、糖脂質系、アシルペプタイド系、リン脂質系、脂肪酸系及び高分子化合物系の5つに大別されている。これらのうち、リン脂質系バイオサーファクタントは、古くから乳化剤として用いられているばかりでなく、水に懸濁させると、このリン脂質が会合して二分子膜を形成し、水相を閉じこめたベシクルを形成することが知られている。このベシクルは、リポソームとも呼ばれ、生体膜のモデルや、化粧品や薬物の担体としても極めて利用価値が高い。
一方、糖脂質系の界面活性剤は、細菌及び酵母により生産された、多くの種類の物質が報告されている。糖脂質系のバイオサーファクタントは、生分解性が高く、低毒性で環境に優しいばかりでなく、優れた生理機能を有している。
【0004】
代表的な糖脂質系バイオサーファクタントの一つにマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)がある。MELは、Ustilago nuda(ウスチラゴ ヌーダ)とShizonella melanogramma(シゾネラ メラノグラマ)から発見された物質である(非特許文献1及び2参照)。その後、イタコン酸生産の変異株であるCandida属酵母(特許文献1参照)、Candida antarctica(キャンデダ アンタークチカ)(現在はPseudozyma antarctica(シュードザイマ アンタークチカ))(非特許文献1及び2参照)、Kurtzmanomyces(クルツマノマイセス)属(非特許文献3参照)等の酵母らによっても生産されることが報告されている。現在では、長時間の連続培養・生産を行うことで300g/L以上の生産が可能となっている。MELは、抗菌性、抗腫瘍性、糖タンパク結合能をはじめ、様々な生理活性を有することが報告されている(非特許文献4)。また、MELは極めて特異な自己集合特性を示し、分子構造の僅かな違いが自己集合体の形成に多大な影響を与えるばかりでなく、それを活用したベシクル形成について、希薄溶液(6.3×10-2 wt%以下)においてのみ報告されている(非特許文献5)。さらに、従来のMELの両連続スポンジ構造を用いた液晶乳化技術(特許文献2)や油中に水が分散したW/Oマイクロエマルション等の乳化組成物(特許文献3)についても報告されている。このような物性および機能を示すことから、MELは化粧品分野への応用が期待されている。
【0005】
また、最近、糖脂質系バイオサーファクタントの一種であるセロビオースリピッド(CL)が、抗真菌活性を示すことが報告されて注目されている(非特許文献6)。CLは、Ustilago maydis(ウスチラゴ メイディス)やCryptococcus humicola(クリプトコッカス フミコーラ)が生産することが知られている(非特許文献7)。また、Pseudozyma flocculosa(シュードザイマ フロキュローサ)もフロキュロシンというCLの一種を生産することが知られている(非特許文献8)。さらに、Ustilago esculenta(ウスチラゴ エスキュレンタ)はCLを大量に生産できることが分かっている(特許文献4)。これらの微生物が生産するCLは、すべて優れた抗真菌活性を示すため、抗真菌薬としての実用化が期待されている。また、CLは、生分解性が高く、低毒性で環境に優しいため、特に、化粧品や医薬品の素材としての実用化が期待されている。そのため、現在、抗真菌活性を有するCLの機能性バイオ素材としての実用化を促すために、その利用技術の開発が非常に強く求められているが、このためには、CLが有する未知の物性、機能に対する新たな知見が欠かせない。
【0006】
ところでゲルとは、ゲル形成能力を有する物質(ゲル化剤)により形成された三次元網目構造中に有機溶媒や水等の流体が含まれている構造体をいい、流体が有機溶媒である場合をオルガノゲル、水である場合をハイドロゲルという。オルガノゲルは、化粧品、医薬品、農薬、食品、接着剤、塗料、樹脂等の分野において、化粧品や塗料の流動性の調整に利用されており、今後も利用分野の拡大が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公昭57−145896号公報
【特許文献2】特開2007−181789号公報
【特許文献3】特開2008−062179号公報
【特許文献4】特許公開2004−254595
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「Agric. Biol. Chem.」Vol.54, No.1, p37-40(1990)
【非特許文献2】[Appl. Microbiol. Biotechnol.」Vol.52, No.5, p713-721(1999)
【非特許文献3】[Biosci. Biotechnol. Biochem.」Vol.66, No1, p188-191(2002)
【非特許文献4】「オレオサイエンス」第3巻、第12号、663-672頁(2003)
【非特許文献5】「Chem. Eur. J.」Vol.12, No.9, p2434-2440(2006)
【非特許文献6】「J. Oleo Sci.」Vol.58, No.3, p133-140(2009)
【非特許文献7】「Biochim. Biophys. Acta」Vol.1558, No.2, p161-170(2002)
【非特許文献8】「Appl. Environ. Microbiol.」Vol.69, No.5, p2595-2602(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
セロビオースリピド(CL)については、上記したMELとは異なり、その界面化学的性質や自己集合体形成能等の物性研究については、あまり研究が進んでおらず、その有効利用は図られていないのが現状である。本発明の課題は、このような問題点を解消する点にあり、種々の分野においけるCLの利用促進に寄与する新たな物性を見い出し、例えば、CLの有する抗真菌活性を有効に活用しようする点にある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記仮題を解決するため鋭意研究の結果、セロビオースリピド(CL)が実用上重要な低分子オルガノゲルを形成することを新たに見出したことに基づく。
一方、ゲルとは、ゲル形成能力を有する物質(ゲル化剤)により形成された三次元網目構造中に有機溶媒や水等の流体が含まれている構造体をいい、流体が有機溶媒である場合をオルガノゲル、水である場合をハイドロゲルという。オルガノゲルは、化粧品、医薬品、農薬、食品、接着剤、塗料、樹脂等の種々の分野において、現に利用され、今後も利用分野の拡大が期待されており、上記CLが低分子オルガノゲルを形成可能であることは、抗真菌活性というユニークな性質と相俟って、上記様々な分野でその利用促進に大いに寄与するものであると確信し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0011】
(1)セロビオースリピッドの3次元網目構造からなる、低分子オルガノゲル。
(2)セロビオースリピドが、下記構造式I又はIIで表されるセロビオースリピッドである上記(1)に記載の低分子オルガノゲル。
【化1】

(式I中、R及びR は、それぞれ水素又はヒドロキシル基を表す。)
【化2】

(式II中、R、R及びR は、それぞれ水素又はヒドロキシル基を表す。また、R及びRは、それぞれ水素又はアセチル基を表す。mは炭素数2あるいは4のアルキレン基を表す。)
(3)セロビオースリピドが、構造式I中、Rがヒドロキシル基であり、Rが水素であるセロビオースリピッドであることを特徴とする上記(2)に記載の低分子オルガノゲル。
(4)上記(1)〜(3)のいずれかに記載の低分子オルガノゲルからなるか、あるいは上記低分子オルガノゲルを含有することを特徴とする、抗真菌剤。
(5)上記(1)〜(3)のいずれかに記載のセロビオースリピドからなることを特徴とする低分子オルガノゲル化剤。
(6)化粧品、医薬品、食品又は塗料用の配合剤として用いることを特徴とする、上記(5)に記載の低分子オルガノゲル化剤
(7)上記(1)〜(3)のいずれかに記載のセロビオースリピドからなることを特徴とする増粘剤。
(8)化粧品、医薬品、食品、接着剤又は塗料用の配合剤として用いることを特徴とする、上記(7)に記載の増粘剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明で使用するセロビオースリピド(CL)は低分子でありながら、オルガノゲルを形成する(すなわち低分子オルガノゲル)。オルガノゲル自体の調製は、それ自体あまり例がなく、まして、低分子化合物によるオルガノゲル形成は極めて希少であり、本願発明の効果は,全く予測できず、画期的である。
さらに、上記セロビオースリピド(CL)は、生分解性があり、低毒性で高い安全性を有する他、抗真菌効果も有し、また、幅広い濃度・温度範囲で、様々な有機溶媒を取り込んでオルガノゲルを形成することができるため、ゲル化剤、あるいは増粘剤乃至粘度調整剤として、例えば化粧品、医薬品、食品、接着剤又は塗料等の種々の幅広い分野に利用することができる。また、本発明においては有機溶媒としてエタノール等の安全性の高い溶媒も利用できるため、このような溶媒に水に不溶の香料、色素、ビタミン類あるいは医薬成分等の配合成分を溶解してオルガノゲルを形成させることにより、例えば配合成分を徐々に放出するような、化粧品、健康食品、医薬品等を製造することができ、しかも、この場合、セロビオースリピド(CL)自体が抗真菌効果を有するため、これら製品の保存性、安全性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】CLと有機溶媒および水を混合した後の混合液の状態を目視観察した結果を示す図である。
【図2】本発明の低分子オルガノゲルについて示差走査熱量測定(DSC)を行った結果を示す図である。
【図3】本発明の低分子オルガノゲルの抗真菌活性を試験した結果を示す図である。
【図4】本発明の構造式IIのCLが低分子オルガノケルを形成したことを示す図である。
【図5】本発明の低分子オルガノゲルが3次元ネットワークを形成していることを示すプローブ顕微鏡による観察結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について詳述する。
セロビオースリピッド(CL)は、上記背景技術において記載したように、それ自体従来知られた化合物である。CLは、構造式Iの分子構造を有するものと構造式IIの構造を有するものに分けられ、これらの分子構造の違いは生産微生物の相異に基づくが、ともにバイオサーファクタントとして知られている。構造式Iで表されるCLは、置換基RとRがそれぞれ水素又はヒドロキシル基である各化合物の混合物の形態で得られる。また、上記構造式IIで表されるCLも混合物の形態で得られることは同様であり、置換基R〜Rが、それぞれ水素又はヒドロキシル基で、mが2〜4の範囲内でそれぞれ異なる各化合物の混合物の形で得られる。本発明においてはこのような混合物形態のCLをそのまま使用することができるが、更に精製分離した単独のCL化合物を使用することもできる。
【0015】
このようなセロビオースリピッドは、一般的な方法にしたがって、セロビオースリピッド生産菌を培地で培養することにより得られる。このようなセロビオース生産菌としては、例えば、クリプトコッカス(Cryptococcus属)やウスチラゴ(Ustilago)属に属し、かつセロビオースリピッドを生産する能力を有する微生物が挙げられる。クリプトコッカス (Cryptococcus)属微生物は主に上記構造式IのCLを生産し、Ustilago(ウスチラゴ)属の微生物は主に構造式IIのCLを生産する。
本発明の構造式IあるいはIIで表されるCLは、有機溶媒単独、あるいは有機溶媒と水が存在する系において自己集合化し有機溶媒を取り込んで、オルガノゲル化する。
本発明で用いるCLは、有機溶媒の種類により有機溶媒単独では、オルガノゲル形成が出来ない場合であっても、有機溶媒と水との混合系において、オルガノゲル形成する場合がある。水の添加時期は、CLを有機溶媒に混合した後に添加してもよいし、CLを、予め所定割合で混合した有機溶媒と水との混合液中に溶解させてもよい。
【0016】
このようなゲル化の条件は広く、幅広いCL濃度・温度範囲においてオルガノゲルを容易に形成可能である。
使用する有機溶媒としては、トルエン等の非極性溶媒、メタノール、エタノール等の各種アルコール類、酢酸エチル、ジメチルスルホ基、N,N−ジメチルホルムアミド等の極性溶媒等が使用できる。
本発明においてオルガノゲルは、本発明のCLを有機溶媒と混合後、水を添加することにより、あるいは有機溶媒と水の混合液中で溶解させることにより、より形成されやすくなる。
例えば、構造式IのCLの場合、CLの有機溶媒に対する配合量は、使用する有機溶媒によって異なるが、1〜10g/Lとするのが好ましく、3g/L以上がより好ましく、6g/Lがより好ましく、10g/Lがより好ましい。CLが3g/L以上で完全なゲルを形成することが可能である。また、水の添加量は、有機溶媒:水の割合が6:4〜1:9の割合になるよう添加する。
【0017】
CLと有機溶媒との混合の際、加温することが好ましいが、このときの加温温度は、60〜80である。また、本発明におけるオルガノオルガノゲル形成温度は42℃以下であり、室温でも、オルガノゲルを形成することができ、冷却等の特段の操作は必要なく、室温で放置するのみでオルガノゲルを得ることができる。
オルガノゲル形成条件については、構造式IIのCLの場合も同様である。
CLの場合、オルガノゲル形成は、使用する有機溶剤の種類、有機溶剤に対するCL濃度及び水の添加量及び有機溶剤の種類に影響され、有機溶剤の種類によっては、オルガノゲルが形成されにくいものもあるが、この場合には、CLの配合量を多くして有機溶剤に対するCL濃度を挙げるか、有機溶剤に対する水の添加量を多くするか、あるいはこの両方の手段を講じることによって、オルガノゲルを形成させることができる。
このように形成されたCLのオルガノゲルは、CLが抗真菌活性を有するため、真菌剤として使用できる。
【0018】
一方、上記したように、オルガノゲルは、化粧品、医薬品、農薬、食品、接着剤、塗料、樹脂等の種々の分野において利用されており、また、これらの分野においては、製品形態としてエマルジョンの形態がよく用いられているため、本発明のCLは、これらの分野において、ゲル化剤あるいは増粘剤乃至粘度調整剤として用いることができる。特に、本発明によれば、エタノールあるいは酢酸エチル等の溶剤を用いてオルガノゲルを形成でき、これら溶剤は、安全性の点で、化粧品、食品あるいは医薬品等の分野で汎用されているものであり、しかも、本発明のCL自体、低毒性で高い安全性を有する。したがって、例えば、これらの溶剤に、水不溶の香料、色素、ビタミン類あるいは医薬成分等の配合成分を溶解させて、本発明のCLからなるオルガノゲルを形成させることにより、配合成分を徐々に放出する徐放性基剤として、化粧品、食品あるいは医薬品等の分野において使用できる。また、上記したように、本発明において用いるCLは、抗真菌活性を有し、これら製品の保存性あるいは安全性の向上も図れる。
【0019】
さらに、このような抗真菌活性という点から、例えば、上記塗料における増粘剤乃至粘度調整剤として使用は、病院その他の真菌に対する防除を必要とする建物等において好適な塗料を与える。さらに、本発明において使用するCLは生分解性があり、低毒性で高い安全性を有するので、本発明のCLを使用した製品を廃棄する場合にも、環境に脅威を与えることがない。
【0020】
以下に、参考として本発明において使用するCLの製造法について説明する。

参考例
1)使用微生物
本発明に係るCLの製造に使用可能な微生物としては、上記クリプトコッカス(Cryptococcus(クリプトコッカス)属やウスチラゴ(Ustilago)属、シュードザイマ(Pseudozyma)属に属し、CLを生産する能力を有するもののであれば特に限定されない。
具体的に、上記構造式IのCLを生産する微生物の例としては、例えばクリプトコッカス フミコーラ(Cryptococcus humicola)等に属する微生物が挙げられ、構造式IIのCLを生産する微生物の例としては、ウスチラゴ・メイディス(Ustilago maydis)、シュードザイマ フロキュローサ(Pseudozyma flocculosa)、シュードザイマ・グラミニコーラ(Pseudozyma graminicola)等に属する微生物が挙げられる。
【0021】
2)使用培地及び培養方法
培地は、例えば、一般的な微生物又は酵母に対して一般に用いられる培地を使用でき、特に酵母に用いられる培地が好ましい。このような培地としては、例えば、YPD培地(イーストイクストラクト10g、ポリペプトン20g、及びグルコース100g)を挙げることができる。
さらに、本発明に係るCL製造に利用可能な微生物、特に前記クリプトコッカス フミコーラNBRC1640株を用いてCLを生産する場合の好適な培地組成は、以下のとおりである。
【0022】
・ペプトン;0.1〜9g/Lが好ましく、1g/Lが特に好ましい
・酵母エキス;0.1〜9g/Lが好ましく、3g/Lが特に好ましい。
・麦芽エキス;0.1〜9g/Lが好ましく、1g/Lが特に好ましい。
・グルコース;10〜200g/Lが好ましく、100g/Lが特に好ましい。
【0023】
本発明に係るCLの製造方法の具体的な工程については、目的に応じて適宜選定することができるが、例えば、種培養、本培養及びCL生産培養の順にスケールアップしていくことが好ましい。これらの培養における、培地並びに培養条件を例示すると以下のとおりである。
a)種培養;グルコース10g/Lと、酵母エキス3g/L、麦芽エキス3g/L及びペプトン5g/Lの組成の液体培地5mLが入った試験管に1白金耳接種し、25℃で1日間振とう培養を行う。
b)本培養;グルコース10g/Lと、酵母エキス3g/L、麦芽エキス3g/L及びペプトン5g/Lの組成の液体培地100mLの入った坂口フラスコにa)の培養液を接種して、25℃で2日間培養を行う。
c)セロビオースリピッド生産培養;グルコース100g/Lと、酵母エキス3g/L、麦芽エキス3g/L及びペプトン5g/Lの組成の液体培地1.4Lが入ったジャーファメンターに接種して、25℃で600rpmの撹拌速度で培養を行う。
【0024】
3)CLの回収方法
CLの回収についても従来公知の脂質の精製方法を用いることができ、例えば、培養終了後、当容積〜4容積倍の酢酸エチルで脂質成分を抽出し、酢酸エチルを、エバポレーターを用いて留去して脂質及び糖脂質成分を回収する工程を挙げることができる。
その後、この脂質成分を等量の酢酸エチルに溶解し、これをシリカゲルクロマトグラフィーにかけ、クロロホルム、クロロホルム:アセトン(70:30)、同(50:50)、同(30:70)、アセトンの順で溶出させる。各溶液を薄層クロマトグラフィー(TLC)プレートにチャージし、クロロホルム:メタノール:水=75:25:2(容積比)で展開する。展開終了後、アンスロン硫酸試薬で糖脂質の存在を確認する。糖脂質の含まれる溶出液を集め、溶媒を留去してCL成分を得ることができる。本発明においては、このようにして得られたCLを、シリカゲルクロマトグラフィー等によりさらに精製し、単独のCL化合物を分離し、この分離したCL化合物を用いることもできるが、混合物の形態で用いても全く支障がない。例えばクリプトコッカス フミコーラを培養して得られるCLは、通常構造式Iで示される各CL化合物の混合物であるが、その主成分は、構造式Iにおいて、Rがヒドロキシル基であり、Rが水素であるCLであり、この主成分の化合物を精製分離して用いてもよい。

【実施例】
【0025】
以下に実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、これらは単なる例示であって、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0026】
実施例1
クリプトコッカス フミコーラNBRC1640を培養して得られた、構造式Iで示されるCL(混合物)を用いて以下のオルガノゲル形成実験を行った。
有機溶剤に対し50g/Lの濃度で、上記CLを混合し(目視観察1)、60℃で3分程度加温し(目視観察2)、室温で30分間静置し(目視観察3)、さらに室温で12時間以上静置(目視観察4)して、CL混合物の状態を目視観察した。その結果を、表1に示す。その結果、CLを50g/L濃度で、各種有機溶剤と混合することで、透明あるいは不透明なゲルを形成することが分かった。
【0027】
【表1】

上記表1中に示されるCLが形成するゲルの様子は図1に示す通りである。なお、本実施例2、3における表中の記載において、Sは図1中の溶液、OGは同不透明ゲル、TGは同透明ゲル、PGは同不完全ゲルのそれぞれ状態を示す。また、insと不溶を表す(表2)。
【0028】
実施例2
実施例1でゲルを形成した溶媒に対して、CLの最小ゲル化濃度を測定した。なお、用いたCL実施例1で使用したCLと同様である。
試験管に、CLを秤量し、その量が段階的に異なるように投入した後、各種有機溶媒を添加し、CL濃度が段階的に異なる各種溶媒溶液を調製した。その後、60℃で10分程度加温して、CLを完全に溶解させ、室温に3〜4時間静置した後、試験管を倒置(逆さまにする)して、ゲルを形成しているかどうか判定した。最小ゲル化濃度は、ゲルを形成できるCLの最小量とした。表2に、CLの最小ゲル化濃度を求めた結果を記載する。
【0029】
【表2】

【0030】
実施例3
実施例1で用いたCLと以下の各種有機溶媒の混合液に水を加え、ゲルを形成するかどうかを目視観察した。
まず、試験管(直径10mm)に、CLを秤量し、その量が1〜10g/Lの間で段階的に異なるように投入した後、各種有機溶媒を添加した。次いで、80℃で10分程度加温してCLを完全に溶解させた。この後、使用した有機溶媒に対する使用割合を段階的に変えて水を添加し、CL濃度が段階的に異なる各種溶媒と水の混合溶液を得た。この後、室温に3〜4時間静置した後、試験管を倒置(逆さまにする)して、ゲルを形成しているかどうか判定した。その結果を表3に示す。表3の結果から明らかなように、CLは、有機溶媒(DMSO、1,3−BG、メタノール、エタノール)および水の存在下で、透明あるいは不透明なゲルを形成した。また、この時のゲル形成の様子は、CLの濃度と有機溶媒と水の比に依存して変化することも明らかである。
また、表3から、各種有機溶媒と水の混合液に対する、CLの最小ゲル化濃度が分かる。例えば、DMSO:水が6:4のとき、最小ゲル化濃度は5g/Lであり、DMSO:水が5:5のとき、最小ゲル化濃度は4g/Lとなる。
さらに、最小ゲル化濃度から、CLの形成するゲルの溶媒保持率は、1:333以下であることが分かる。
【0031】
【表3】

【0032】
実施例4
オルガノゲルの熱力学的特性
試験管(直径10mm)に、実施例1で用いたCLを500mg/L秤量した後、1,3-BGと水の混合液(5:5)を添加し、80℃で10分程度加温して、CLを完全に溶解させ、室温に3〜4時間静置して調オルガノゲルを製した。調製したゲルを、10mg分取して、測定用の容器に充填した。その後、熱分析装置(DSC7020, SII社製)で、示差走査熱量測定(DSC)を行った。コントロールとして、1,3-BGと水の混合液(5:5)を用いた。その結果を、図2に示す。その結果、80℃から5℃までの冷却過程(5℃/min)で、42℃付近にピークが得られた。このピークから、CLゲルは、42℃以下で形成することが分かる。
【0033】
実施例5
オルガノゲルの抗真菌活性
ガラス瓶(直径50mm)に、実施例1で用いたCLを1000mg秤量した後、1,3-BGと水の混合液(5:5)を10ml添加し、80℃で10分程度加温して、CLを完全に溶解させ、室温に3〜4時間静置してオルガノゲルを調製した。真菌としては、日和見感染菌として知られているCandida albicans と Candida glabrata を使用した。各菌体は、2mlのYM培地で2日間培養した後、YM寒天培地に塗り広げた。その後、寒天培地上に、CLゲルをスポットした。この時、50%の1,3-BGとYM液体培地をコントロールとしてスポットした。3日間25℃で静置した後の様子を図3に示す。図3の結果から、CLゲルの周辺にハロが形成されており、抗真菌活性を有することが分かる。
【0034】
実施例6
本実施例においてはウスチラゴ・メイディス(Ustilago maydis)を培養して得た構造式IIで示されるCL(混合物)を用いて、オルガノゲル形成実験を行った。
酢酸エチルに対し50g/Lの濃度で上記CLを混合し、80℃で3分程度加温し、さらに室温で12時間以上静置して、CL混合物の状態を目視観察した。その結果を、図4に示す。その結果、50g/L濃度で、CLが不透明なオルガノゲルを形成することが分かった。
【0035】
実施例7
CLゲルの三次元ネットワークの観察
実施例1で用いたCL70mgを、試験管(直径10mm)に秤量した後、10mlのエタノールと水の混合液(3:7)を添加し、80℃で10分程度加温して、CLを完全に溶解させ、室温に1〜2時間静置して調製した。調製したゲルを、分取して、測定用の基板(高配向グラファイト(HOPG))に塗布した。その後、プローブ顕微鏡でゲルを観察した。その結果を、図5に示す。プローブ顕微鏡観察の結果から、CLゲルが三次元ネットワークを形成していることが確認できた。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
セロビオースリピッドの3次元網目構造からなる、低分子オルガノゲル。
【請求項2】
セロビオースリピドが、下記構造式I又はIIで表されるセロビオースリピッドである請求項1に記載の低分子オルガノゲル。
【化1】


(式I中、R及びR は、それぞれ水素又はヒドロキシル基を表す。)

【化2】

(式 II中、R、R及びR は、それぞれ水素又はヒドロキシル基を表す。また、R及びRは、それぞれ水素又はアセチル基を表す。mは炭素数2あるいは4のアルキレン基を表す。)
【請求項3】
セロビオースリピドが、構造式I中、Rがヒドロキシル基であり、Rが水素であるセロビオースリピッドであることを特徴とする請求項2に記載の低分子オルガノゲル。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の低分子オルガノゲルからなるか、あるいは上記低分子オルガノゲルを含有することを特徴とする、抗真菌剤。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載のセロビオースリピドからなることを特徴とする低分子オルガノゲル化剤。
【請求項6】
化粧品、医薬品、食品又は塗料用の配合剤として用いることを特徴とする、請求項5に記載の低分子オルガノゲル化剤。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれかに記載のセロビオースリピドからなることを特徴とする増粘剤。
【請求項8】
化粧品、医薬品、食品、接着剤又は塗料用の配合剤として用いることを特徴とする、請求項7に記載の増粘剤。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−176904(P2012−176904A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−40119(P2011−40119)
【出願日】平成23年2月25日(2011.2.25)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】