説明

エンジンの制御装置

【課題】エンジンの制御装置に関し、シリンダに吸入される空気量を正確に予測してエンジンの制御性を向上させる。
【解決手段】エンジン10に要求される空気量を目標空気量として演算する目標空気量演算手段2bを備える。また、エンジン10のシリンダ19に吸入された実空気量を演算する実空気量演算手段2aを備える。さらに、目標空気量の演算時点から実空気量が目標空気量に達するまでの遅れに基づき、将来の実空気量の予測値を予測空気量として演算する予測手段3を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダに吸入される空気量を予測してエンジンを制御する制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的なエンジン制御では、エンジンに対する出力要求に応じて正確に燃料噴射量や吸入空気量,点火時期等を制御することが要求されている。燃料噴射量及び吸入空気量は空燃比に影響を与え、点火時期はシリンダ内での燃焼効率や安定性に影響を与える。したがって、これらの制御要素の演算精度は、エンジンの出力や排気性能を大きく左右する。
従来、この種のエンジン制御で用いられる演算手法として微分予測補正法が知られている。この微分予測補正法とは、シリンダに実際に吸入された空気量の過去の変化勾配を外挿して将来の吸気量を予測する演算手法である。
【0003】
例えば、特許文献1には、吸気行程が終了する以前に燃料を噴射するエンジンの制御装置に関して、シリンダに吸入される空気量の予測値を演算し、その予測値に基づいて燃料噴射量を演算するものが記載されている。
この技術では、エンジンの一回転あたりの吸気量を周期的に検出するエアフローセンサーの検出値に基づいて最新の吸気量と前回の吸気量との差を演算し、この偏差に所定の予測ゲインを乗じたものを最新の吸気量に加算することによって将来の吸気量を予測している。このような手法を用いることで正確な吸気量の予測が可能となり、予測された吸気量で燃料噴射量を制御することで空燃比の変動やトルク変動を予防することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−259621号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記のような予測手法では、吸気量の変化勾配が変動している状態のときに演算される予測値の精度が低下する場合がある。例えば、図4(a),(b)に実際の吸気量(実空気量)及び予測値の変動例をグラフ化して示す。ここでは、四ストローク四気筒エンジンで一行程毎に実空気量が演算され、実空気量が演算される行程よりも二行程前にその予測値が演算される例を示す。実空気量の予測値は、最新の実空気量と前回の実空気量との差を二倍した(予測ゲインが2である)ものとし、この予測値に基づいて燃料噴射量が設定されるものとする。
【0006】
図4(a)は実空気量の変化勾配が一定の場合に対応し、図4(b)は実空気量の変化勾配が変化する場合に対応する。グラフの横軸は時間に対応し、ここではクランクシャフトの半回転(180[°CA])毎に縦線を引いて行程の区切りを示している。また、グラフの縦軸は空気量(実空気量やその予測値)を示す。なお、図中の太実線は実空気量を示し、破線はその予測値を示し、細実線は二行程後の実空気量を示す参照線である。
【0007】
図中の時刻S0〜S2間では、実空気量が変動しないため、予測値は実空気量と同一値となる。時刻S2以降に実空気量が変化すると、その変化量に応じて予測値が演算される。このとき、実空気量の単位時間あたりの変化量が一定であれば、時刻S2〜S3間の増分が時刻S3〜S4間の増分と同一になり、これ以降も一定の割合で実空気量が増加する。したがって、時刻S2では、一行程あたりの実空気量の変化量を二倍した値が二行程先の実空気量にほぼ一致することになり、将来の実空気量を二行程前に予測することが可能となる。つまり、図4(a)に示すように、時刻S2以降では、破線グラフが細実線グラフに追従するように変化する。
【0008】
一方、実空気量の単位時間あたりの変化量が一定でない場合には、図4(b)に示すように、予測値と二行程後の実空気量との間にずれが生じ、実空気量の予測精度が予測後の実空気量の変化勾配に左右される。例えば、実空気量の変化勾配が増大傾向にある時刻S2〜S3間では、吸気量がその後も増加するにも関わらず、時刻S2〜S3間の変化量を二倍した値が予測値として演算されるため、破線グラフが細実線グラフを下回り、予測値が二行程先の実空気量よりも小さくなる。時刻S0〜S3間の斜線部分は、空気量の予測値としての不足分に相当する。逆に、実空気量の変化勾配が減少傾向にある時刻S3以降では、破線グラフが細実線グラフを上回り、斜線部分で示される余剰分の空気量が予測値に含まれることとなる。
【0009】
このように、シリンダに実際に吸入された空気量の過去の変化勾配に基づいて将来の吸気量を予測する従来の演算手法は予測エラーが大きく、吸気量の変化率が増加,減少しているような過渡状態では正確な予測が難しいという課題がある。このような予測精度の低下によって空燃比の変動やトルク変動が発生すると、エンジンの制御性が低下するおそれがある。
【0010】
本件の目的の一つは、上記のような課題に鑑みて創案されたものであり、シリンダに吸入される空気量を正確に予測してエンジンの制御性を向上させることである。
なお、この目的に限らず、後述する発明を実施するための形態に示す各構成により導かれる作用効果であって、従来の技術によっては得られない作用効果を奏することも本件の他の目的として位置づけることができる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1)ここで開示するエンジンの制御装置は、エンジンに要求される空気量を目標空気量として演算する目標空気量演算手段と、前記エンジンのシリンダに吸入された実空気量を演算する実空気量演算手段とを備える。また、前記目標空気量の演算時点から前記実空気量が該目標空気量に達するまでの遅れに基づき、将来の前記実空気量の予測値を予測空気量として演算する予測手段を備える。
【0012】
ここでいう「目標空気量の演算時点から実空気量が目標空気量に達するまで」とは、必ずしも目標空気量と実空気量とが一致するまでのことを意味するものではなく、実空気量の値が目標空気量の近傍に到達するまでといった意味合いを含む。また、ここでいう「遅れ」とは、目標空気量の演算時を基準時刻として、その目標空気量が実空気量に反映されるまでにかかる時間(例えば駆動遅れ時間)である。
【0013】
(2)また、前記目標空気量の履歴を記憶する記憶手段を備え、前記予測手段が、前記目標空気量の履歴と前記実空気量とに基づいて前記予測空気量を演算することが好ましい。
(3)また、前記目標空気量に基づき、前記エンジンのスロットルバルブを制御する吸気制御手段を備え、前記記憶手段が、前記目標空気量の履歴として、少なくとも前記スロットルバルブの駆動遅れ時間に対応する所定時間分の過去の履歴を記憶することが好ましい。
【0014】
(4)また、前記予測手段が、予測時間幅演算手段,変化量演算手段及び予測空気量演算手段を有することが好ましい。前記予測時間幅演算手段は、前記予測値の演算時点から、前記実空気量が前記予測値になると推定される将来の時刻までの時間幅を演算するものである。また、前記変化量演算手段は、前記記憶手段に記憶された前記履歴のうち、前記予測値の演算時点よりも前記所定時間だけ過去の時点から前記時間幅が経過するまでの前記目標空気量の変化量を演算するものである。さらに、前記予測空気量演算手段は、前記実空気量と前記変化量とに基づいて、前記予測空気量を演算するものである。
【0015】
(5)また、前記目標空気量演算手段での前記目標空気量の演算周期を検出する演算周期検出手段を備え、前記記憶手段が、前記演算周期を用いて換算された定周期相当の前記目標空気量の変化率の値を前記履歴として記憶することが好ましい。
【0016】
(6)また、前記予測空気量に基づき、前記エンジンの燃料噴射量を制御する燃料制御手段を備えることが好ましい。
(7)また、前記予測空気量に基づき、前記エンジンの点火時期を制御する点火制御手段を備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
開示のエンジンの制御装置によれば、実空気量と目標空気量とを用いることで、実空気量の目標空気量に対する遅れの影響を考慮して予測空気量を正確に演算することができ、エンジンの制御性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】一実施形態に係るエンジンの制御装置の全体構成を示す図である。
【図2】本制御装置での演算の概要を説明するためのグラフであり、(a)は目標充填効率及び実充填効率の経時変動を概念的に示し、(b)は目標充填効率の演算周期毎の増減量を示すものである。
【図3】本制御装置で実施される予測制御を説明するためのグラフであり、(a)は目標充填効率,実充填効率及び予測充填効率の経時変動を示し、(b)は目標充填効率の演算周期毎の増減量を示す。
【図4】(a),(b)ともに従来の制御装置で実施される予測制御を説明するためのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図面を参照してエンジンの制御装置について説明する。なお、以下に示す実施形態はあくまでも例示に過ぎず、以下の実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。また、以下の実施形態の各構成は、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせてもよく、実施形態の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。
【0020】
[1.装置構成]
[1−1.エンジン]
本実施形態のエンジンの制御装置は、車両に搭載された四気筒エンジン10に適用される。図1ではエンジン10に設けられた四つのシリンダ19(気筒)のうちの一つを示す。シリンダ19内を往復摺動するピストン16は、コネクティングロッドを介してクランクシャフト17に接続される。シリンダ19の燃焼室の頂部には、吸気ポート11及び排気ポート12が設けられるとともに、点火プラグ13がその先端を燃焼室側に突出させた状態で設けられる。
【0021】
本エンジン10は、ピストン16がシリンダ19内を二往復する間に燃焼サイクルが一巡する四ストロークエンジンである。燃焼サイクルは、その進行順に、吸気行程,圧縮行程,燃焼行程,排気行程の四行程から構成される。一回の燃焼サイクルはクランクシャフト17の二回転(720[°CA])に相当し、各行程はクランクシャフト17の半回転(180[°CA])に相当する。
【0022】
エンジン10の四つの気筒の燃焼サイクルは、クランクシャフト17の回転角について、互いに位相差を持つように設定されている。例えば、四つの気筒のそれぞれを#1気筒〜#4気筒とすると、#1気筒で吸気行程が開始されるときに、#2気筒で圧縮行程が開始されるとともに#4気筒で燃焼行程が開始され、同時に#3気筒で排気行程が開始されるように、180[°CA]毎の位相差が設定される。この場合、燃焼行程が実施される順序は、#1気筒,#3気筒,#4気筒,#2気筒の順となる。
【0023】
燃焼室のシリンダヘッド側の頂面には、吸気ポート11の入口を開閉する吸気弁14と、排気ポート12の入口を開閉する排気弁15とが設けられる。また、吸気ポート11内には、燃料を噴射するインジェクター18が設けられる。吸気弁14の開閉駆動により吸気ポート11と燃焼室とが連通又は閉鎖され、排気弁15の開閉駆動により排気ポート12と燃焼室とが連通又は遮断される。
【0024】
吸気弁14及び排気弁15の上端部はそれぞれ、ロッカシャフトの一端に接続される。ロッカシャフトはロッカアームに軸支された揺動部材である。また、ロッカシャフトの他端には、カムシャフトに軸支されたカムが設けられる。これにより、ロッカシャフトの揺動パターンはカムの形状(カムプロファイル)に応じたものとなる。
【0025】
[1−2.動弁系]
本エンジン10には、ロッカアーム31,33又はカム32,34の動作を制御する可変動弁機構9が設けられる。可変動弁機構9は、吸気弁14及び排気弁15のそれぞれについて、最大バルブリフト量及びバルブタイミングを個別に、又は、連動させつつ変更する機構である。可変動弁機構9は、ロッカアーム31,33の揺動量及び揺動のタイミングを変更するための機構として、バルブリフト量制御部9aとバルブタイミング制御部9bとを備える。
【0026】
バルブリフト量制御部9aは、吸気弁14や排気弁15の最大バルブリフト量を連続的に変更する機構である。このバルブリフト量制御部9aは、カム32,34からロッカアーム31,33に伝達される揺動の大きさを変更する機能を有する。ロッカアーム31,33の揺動の大きさを変更するための具体的な構造は任意である。
【0027】
吸気弁14側を例に挙げると、カムシャフトに固定されたカム32とロッカアーム31との間に揺動部材を別途介装させ、この揺動部材を介してカムシャフトの回転運動をロッカアーム31の揺動運動に変換する構造とすることが考えられる。この場合、揺動部材の位置を移動させてカム32との接触位置を変更することで、揺動部材の揺動量が変化し、ロッカアーム31の揺動量も変化する。これにより、吸気弁14のバルブリフト量を連続的に変化させることが可能となる。なお、排気弁15側についても同様であり、カム34とロッカアーム33との間に揺動部材を介装する構造とすることで、排気弁15のバルブリフト量を調整可能となる。
【0028】
以下、ロッカシャフトに対する揺動部材の基準位置からの角度変化量のことを、制御角θVVLと呼ぶ。制御角θVVLはバルブリフト量に対応するパラメーターであり、制御角θVVLが大きいほどバルブリフト量が増大するように、揺動部材の基準位置が設定されている。バルブリフト量制御部9aは、この制御角θVVLを調節することによって、バルブリフト量を任意の値に制御する。
【0029】
バルブタイミング制御部9bは、吸気弁14や排気弁15の開閉のタイミング(バルブタイミング)を変更する機構である。このバルブタイミング制御部9bは、ロッカアーム31,33に揺動を生じさせるカム32,34又はカムシャフトの回転位相を変更する機能を有する。カム32,34又はカムシャフトの回転位相を変更することで、クランクシャフト17の回転位相に対するロッカアーム31,33の揺動のタイミングを連続的にずらすことが可能となる。
【0030】
以下、基準となるカムシャフトの位相角から実際のカムシャフトの位相角がどの程度進角又は遅角しているかを示す位相角の変化量のことを、位相角θVVTと呼ぶ。位相角θVVTは、バルブタイミングに対応するパラメーターである。バルブタイミング制御部9bは、この位相角θVVTを調整することによって、バルブタイミングを任意に制御する。
【0031】
[1−3.吸気系]
吸気ポート11内には、燃料を噴射するインジェクター18が設けられる。インジェクター18から噴射される燃料量は、後述するエンジン制御装置1によって電気的に制御される。また、インジェクター18よりも吸気流の上流側には、インテークマニホールド20(以下、インマニと呼ぶ)が設けられる。このインマニ20には、吸気ポート11側へと流れる空気を一時的に溜めるためのサージタンク21が設けられる。サージタンク21よりも下流側のインマニ20は、複数のシリンダ19に向かって分岐するように形成され、その分岐点にサージタンク21が位置する。サージタンク21は、各々のシリンダ19で発生する吸気脈動や吸気干渉を緩和するように機能する。
【0032】
インマニ20の上流端には、スロットルボディ23が接続される。スロットルボディ23の内部には電子制御式のスロットルバルブ24が内蔵され、インマニ20側へと流通する空気量がスロットルバルブ24の開度(スロットル開度θTH)に応じて調節される。このスロットル開度θTHは、エンジン制御装置1によって電子制御される。
【0033】
スロットルボディ23の上流側には、吸気通路25が接続される。また、吸気通路25のさらに上流側にはエアフィルタ28が介装される。これにより、エアフィルタ28で濾過された新気が吸気通路25及びインマニ20を介してエンジン10のシリンダ19に供給される。
【0034】
[1−4.検出系]
クランクシャフト17の一端には、その中心軸がクランクシャフト17の回転軸と一致するように設けられた円盤状のクランク板17aと、その回転角θCRを検出するクランク角センサー29が設けられる。回転角θCRの単位時間あたりの変化量は、エンジン10の実回転数Neに比例する。したがって、クランク角センサー29はエンジン10の実回転数Neを検出する機能を持つものといえる。ここで検出(または演算)された実回転数Neの情報は、エンジン制御装置1に伝達される。なお、クランク角センサー29で検出された回転角θCRに基づき、エンジン制御装置1で実回転数Neを演算する構成としてもよい。以下、エンジン10の実回転数Neのことを単にエンジン回転数Neとも呼ぶ。
【0035】
クランク板17a及びクランク角センサー29の具体的な形状や配置構成は任意である。クランクシャフト17の回転角θCRを把握するための典型的な手法としては、クランク板17aに形成された欠け歯を利用するものが挙げられる。例えば、図1に示すように、クランク板17aの外周面から放射方向に複数の歯部17bを形成し、それらの歯部17bの先端がクランク角センサー29の検出範囲内を通過するように配置する。
【0036】
ここで、複数の歯部17bの周方向の間隔を等間隔としたうえで、部分的に歯部17bを円周上の二箇所で欠落させて欠落部を設ける。これらの二箇所の欠落部の間隔はおよそ180[°CA]に設定する。また、クランク角センサー29は、歯部17bの先端を検知したときにオン信号を出力し、歯部17b間の隙間や欠落部が近接したときには信号出力を停止する(オフ信号を出力する)ポジションセンサとする。
このような構成の場合、クランクシャフト17が半回転する度にクランク角センサー29からオン信号が周期的に出力されることになる。周期的に出力されるオン信号は一般にSGT信号と呼ばれ、クランクシャフト17の回転数に対応する周波数のクロック信号として利用可能である。
【0037】
スロットルバルブ24の上流側及び下流側には、それぞれの位置での圧力を検出する大気圧センサー27及びインマニ圧センサー22が設けられる。大気圧センサー27はスロットルバルブ24の上流圧PB(大気圧)を検出するものであり、インマニ圧センサー22はスロットルバルブ24の下流圧PA(インマニ圧,サージタンク21内の圧力)を検出するものである。これらのインマニ圧センサー22及び大気圧センサー27で検出された下流圧PA及び上流圧PBの情報は、エンジン制御装置1に伝達される。
【0038】
車両の任意の位置には、アクセルペダルの踏み込み量に対応する操作量θACを検出するアクセルペダルセンサー30が設けられる。アクセルペダルの踏み込み操作量θACは、運転者の加速要求に対応するパラメーターであり、すなわちエンジン10への出力要求に対応する。ここで検出された操作量θACの情報は、エンジン制御装置1に伝達される。
【0039】
[1−5.制御系]
この車両には電子制御装置として、エンジン制御装置1(Engine Electronic Control Unit)が設けられる。エンジン制御装置1は、例えばマイクロプロセッサやROM,RAM等を集積したLSIデバイスや組み込み電子デバイスとして構成され、車両に設けられたCAN,FlexRay等の通信ラインを介して他の電子制御装置や可変動弁機構9,各種センサー類と接続される。他の電子制御装置の具体例としては、図示しないCVT装置(変速装置)を制御するCVT-ECU35や空調装置を制御するエアコンECU36,電装品の動作を制御する電装品ECU37などが挙げられる。
【0040】
このエンジン制御装置1は、エンジン10に関する点火系,燃料系,吸排気系及び動弁系といった広汎なシステムを制御する電子制御装置である。ここでは、エンジン10に要求されるトルクの大きさを基準としたトルクベース制御が実施される。
エンジン制御装置1の具体的な制御対象としては、インジェクター18から噴射される燃料量や噴射時期,点火プラグ13での点火時期,吸気弁14及び排気弁15のバルブリフト量及びバルブタイミング,スロットルバルブ24の開度などが挙げられる。本実施形態では、エンジン10の目標空気量及び実空気量に基づいて数行程後の(将来の)実空気量を予測する予測制御に着目してその機能を説明する。
【0041】
[2.制御構成]
エンジン制御装置1の入力側にはエアフローセンサー26,インマニ圧センサー22,大気圧センサー27,クランク角センサー29及びアクセルペダルセンサー30が接続される。エンジン制御装置1は、これらのセンサーからの情報に基づき、エンジン10に要求されるトルクのうち、吸入空気量の調整によって達成されるトルク分の目標値を目標トルクとして算出する。また、エンジン制御装置1は、その目標トルクを発生させるのに必要な量の空気がシリンダ19に導入されるように、スロットルバルブ24のスロットル開度θTHを制御するとともに、予測される将来の実空気量に基づいてインジェクター18及び点火プラグ13を制御する。
【0042】
図1に示すように、エンジン制御装置1には、演算部2,予測部3及び制御部4が設けられる。これらの演算部2,予測部3及び制御部4の各機能は、電子回路(ハードウェア)で実現してもよく、ソフトウェアとしてプログラミングされたものとしてよいし、あるいはこれらの機能のうちの一部をハードウェアとして設け、他部をソフトウェアとしたものであってもよい。
【0043】
[2−1.演算部]
演算部2は、予測制御に使用される各種パラメーターの演算を行うものである。ここには、実空気量演算部2a,目標空気量演算部2b,行程周期検出部2c,演算周期検出部2d,記憶部2eが設けられる。
【0044】
実空気量演算部2a(実空気量演算手段)は、エンジン10のシリンダ19に実際に吸入された空気量に対応する実充填効率Ecを演算するものである。ここでは、エアフローセンサー26で検出された吸気流量Qに基づいて実充填効率Ecが演算される。実充填効率Ecとは、一回の吸気行程(例えば、ピストン16が上死点から下死点に移動するまでの一行程)の間にシリンダ19内に充填される空気の体積を標準状態での気体体積に正規化したのちシリンダ容積で除算したものであり、その行程でシリンダ19内に新たに導入された空気量に対応するパラメーターである。
【0045】
実空気量演算部2aは、各シリンダ19での吸気行程が完了するタイミングで、周期的に実充填効率Ecを演算する。例えば、クランク角センサー29から伝達されるSGT信号の周期と同期するように、クランクシャフト17が半回転する毎に実充填効率Ecを演算する。ここで演算された実充填効率Ecの値は、予測部3に伝達される。
【0046】
目標空気量演算部2b(目標空気量演算手段)は、エンジン10に要求される空気量に対応する充填効率を目標充填効率EcTGTとして演算するものである。ここでは、エンジン10が出力すべき目標トルクの大きさが演算され、そのトルクを生じさせるのに必要な空気量が演算され、その空気量に対応する充填効率が目標充填効率EcTGTとして演算される。目標トルクは、エンジン回転数Ne,アクセルペダルの踏み込み操作量θACに応じて設定されるドライバ要求トルクのほか、CVT-ECU35,エアコンECU36,電装品ECU37などの動作に必要とされる外部要求トルク等に基づいて設定される。また、空気量及び目標充填効率EcTGTは、予め設定された目標トルクと目標充填効率EcTGTとの対応マップ,数式等に基づいて演算される。
【0047】
目標充填効率EcTGTは、予め設定された演算周期TMAINで演算される。つまり、目標充填効率EcTGTは、エンジン10の燃焼サイクルに応じて演算される実充填効率Ecとは異なる間隔で演算される。なお、目標充填効率EcTGTの演算頻度は、エンジン10の運転状態に関わらず実充填効率Ecよりも高く設定されることが好ましい。例えば、目標充填効率EcTGTの演算周期TMAINを10[ms]〜12[ms]程度とすることが好ましい。ここで演算された目標充填効率EcTGTの値は、記憶部2e及び制御部4に伝達される。なお、制御部4では、目標充填効率EcTGTがスロットルバルブ24の開度制御や点火プラグ13の点火制御等に用いられる。
【0048】
行程周期検出部2cは、クランク角センサー29から出力されるSGT信号に基づいてエンジン10の行程周期T180を演算するものである。この行程周期T180は、SGT信号がオンになる間隔に対応する時間である。ここで演算された行程周期T180の値は、予測部3に伝達される。
【0049】
演算周期検出部2d(演算周期検出手段)は、目標空気量演算部2bでの目標充填効率EcTGTの演算周期TMAINを検出するものである。この演算周期TMAINは、上記の通り、基本的には予め設定された一定値(例えば10[ms])であるが、車両の運転状態やエンジン制御装置1の演算負荷などによって周期がやや延びる場合がある。そこで、演算周期検出部2dは、目標空気量演算部2bで目標充填効率EcTGTが演算されたときに、前回の目標充填効率EcTGTの演算時からの経過時間を計測し、これを演算周期TMAINとして記憶部2eに伝達する。
【0050】
記憶部2e(記憶手段)は、目標空気量演算部2bで演算された目標充填効率EcTGTの履歴を記憶するものである。ここには、スロットルバルブ24の駆動遅れ時間に対応する所定時間分の過去の履歴が記憶される。駆動遅れ時間には、スロットルバルブ24がエンジン制御装置1からの制御信号を受けた時点から、実際にスロットルバルブ24の開度が制御信号の指示通りの状態に変化し終わるまでにかかる時間が含まれる。より正確には、目標空気量演算部2bで目標充填効率EcTGTが演算された時点を基準とし、その目標充填効率EcTGTがスロットルバルブ24の開度制御を経て実空気量演算部2aで演算される実充填効率Ecに反映されるまでにかかる時間に対応するパラメーターである。
【0051】
本実施形態では、スロットルバルブ24の駆動遅れ時間が60[ms]前後である場合を想定して、記憶部2eに過去60[ms]分の目標充填効率EcTGTの履歴を記憶させるものとする。例えば、図2(a)に示すように現在の時刻をt0として、前回の演算周期の時刻t10に演算されたものをEcTGT(n-1)とし、さらにその前回の時刻t20に演算されたものをEcTGT(n-2)として、六回前の演算周期の時刻t60に演算されたEcTGT(n-6)までの合計六個の過去のデータを記憶部2eに記憶させる。また、次回の演算周期に新たな目標充填効率EcTGTが演算されたときには、古いデータから順に破棄して常に直近の過去のデータを記憶部2eに記憶させる。
【0052】
あるいは、図2(b)に示すように、目標空気量演算部2bから新たな目標充填効率EcTGT(n)が入力される毎に、それまで記憶していた前回の目標充填効率EcTGT(n-1)との差dEcTGT10を演算して、記憶部2eに記憶させてもよい。この場合も、前回の演算周期で演算された値dEcTGT10をdEcTGT20に代入し、前回の演算周期で演算された値dEcTGT20をdEcTGT30に代入するといったように、過去60[ms]分の目標充填効率EcTGTの差dEcTGT10〜dEcTGT60の情報を随時更新しながら記憶させることが考えられる。
【0053】
なお、演算周期検出部2dで検出された演算周期TMAINを用いて、記憶部2eに記憶させる履歴情報を補正することとしてもよい。すなわち、目標空気量演算部2bから新たな目標充填効率EcTGTが入力されたときに、以下の式1に基づいて差dEcTGT10を演算することが考えられる。式1中のmax関数は、演算周期TMAIN [ms]又は10[ms]の何れか大きい一方の値を選択するものである。このような演算により、目標充填効率EcTGTの演算周期TMAINが10[ms]を超えた場合であっても、その目標充填効率EcTGTの変化量が10[ms]間の変化量(言い換えれば変化率)に換算されて記憶部2eに記憶される。
dEcTGT10={ EcTGT(n)− EcTGT(n-1)}×10 [ms]/max{TMAIN,10} [ms] …(式1)
【0054】
[2−2.予測部]
予測部3(予測手段)は、演算部2で演算された各種パラメーターを用いて、将来の実空気量の予測に係る各種演算を行うものである。ここには、予測時間幅演算部3a,変化量演算部3b及び予測空気量演算部3cが設けられる。
【0055】
予測時間幅演算部3a(予測時間幅演算手段)は、現在の時刻から予測したい時刻までの時間幅Aを演算するものである。エンジン10の燃焼サイクルの各行程にかかる時間は、エンジン回転数Neに応じて変化する。そこで、予測時間幅演算部3aでは、行程周期検出部2cで検出された行程周期T180又はエンジン回転数Neに基づいて、時間幅Aを演算する。ここで演算された時間幅Aの値は、変化量演算部3bに伝達される。
【0056】
例えば、インジェクター18の燃料噴射量を制御する場合には、現時点から二行程先の予測したい将来の時刻までの時間幅Aが演算される。二行程分の時間は、クランクシャフト17が一回転するのに要する時間に等しく、以下の式2で与えられる。
A [ms]=2×T180 [ms](=60000 [rpm・ms]/ Ne [rpm]) …(式2)
【0057】
なお、上記の式2中の行程周期T180に乗じられる係数は、予測したい時刻までの行程数に一致する。つまり、予測したい時刻までの行程数が二行程でない場合(例えば、燃料噴射のタイミングが実充填効率Ecの演算時を基準として2.5行程前である場合や、1.5行程前である場合など)には、その行程数に応じて式2中の係数を適宜変更してもよい。
【0058】
変化量演算部3b(変化量演算手段)は、記憶部2eに記憶された過去の目標充填効率EcTGTに基づき、スロットルバルブ24の駆動遅れ時間に対応する60[ms]前の時点の目標充填効率EcTGTが、その時点から時間幅Aが経過するまでの間に変化した変化量ΔEcETMを演算するものである。例えば、予測時間幅演算部3aで演算された時間幅Aが40[ms]である場合には、60[ms]前を基点として40[ms]が経過する時点(20[ms]前の時点)までの目標充填効率EcTGTの変化量ΔEcETMを演算する。ここで演算された変化量ΔEcETMの値は、予測空気量演算部3cに伝達される。
【0059】
図2(a)に示すように、過去六回分の演算周期で得られた目標充填効率EcTGT(n-1)〜EcTGT(N-6)を記憶している場合には、例えば以下の表1のような関係を用いて変化量ΔEcETMを演算することが考えられる。
【0060】
【表1】

【0061】
また、図2(b)に示すように、過去六回分の目標充填効率EcTGTの差dEcTGT10〜dEcTGT60を記憶している場合には、以下の表2のような関係を用いて変化量ΔEcETMを演算してもよい。
【0062】
【表2】

【0063】
予測空気量演算部3c(予測空気量演算手段)は、実空気量演算部2aで演算された実充填効率Ecと、変化量演算部3bで演算された変化量ΔEcETMとに基づいて、実充填効率Ecの予測値を予測充填効率Ectbとして演算するものである。ここでは、実充填効率Ecが予め設定された所定の上限値EcMAX未満である場合に、以下の式3に従って予測充填効率Ectbが演算される。
Ectb=Ec+ΔEcETM …(式3)
【0064】
また、実充填効率Ecが上限値EcMAX以上である場合には、実充填効率EcにΔEcETMを加算することで予測充填効率Ectbが過度に大きくなる場合があるため、実充填効率Ecの値をそのまま予測充填効率Ectb(=Ec)に代入する演算を実施する。ここで演算された予測充填効率Ectbの値は制御部4に伝達される。
【0065】
[2−3.制御部]
制御部4は、スロットルバルブ24やインジェクター18等の制御対象に伝達される具体的な制御信号を生成するものである。制御部4には、吸気制御部4a,燃料制御部4b及び点火制御部4cが設けられる。
【0066】
吸気制御部4a(吸気制御手段)は、目標空気量演算部2bで演算された目標充填効率EcTGTに基づいて吸入空気量を制御するものである。ここでは、シリンダ19内に実際に導入される空気量に対応する充填効率が目標充填効率EcTGTとなるように、スロットルバルブ24のスロットル開度θTHが制御される。スロットルバルブ24を通過する吸気量は、スロットル開度θTHと吸気の流速に応じたものとなる。また、吸気の流速は、スロットルバルブ24の上流圧PB及び下流圧PAやエンジン回転数Neなどに応じて演算される。そこで、吸気制御部4aは、目標充填効率EcTGTから算出される目標流量と吸気の流速、および吸気応答遅れ(吸気管容積による吸気遅れ)に応じて、スロットル開度θTHを制御する。
【0067】
なお、吸気制御部4aでのスロットル開度θTHの制御時には、例えばエンジン10の運転状態や可変動弁機構9の制御角θVVL,位相角θVVT等が考慮され、これらが変化したとしても駆動遅れ時間がほぼ一定となる状態を維持するようにスロットルバルブ24が制御される。また、上記の予測部3での予測演算の前提となっている60[ms]前後の駆動遅れ時間には、この吸気制御部4aから制御信号が出力されてから実際にスロットルバルブ24の開度がスロットル開度θTHになるまでにかかる時間が含まれる。
【0068】
燃料制御部4b(燃料制御手段)は、予測空気量演算部3cで演算された予測充填効率Ectbに基づいてシリンダ19毎の燃料噴射量を制御するものである。ここでは、インジェクター18から噴射される燃料量が予測充填効率Ectbに応じた量となるようにパルス幅の励磁信号が設定され、その励磁信号がインジェクター18に出力される。励磁信号のパルス幅は、例えば所望の空燃比と予測充填効率Ectbとに基づいて算出可能である。
【0069】
この励磁信号の出力対象は、二行程後に吸気行程が終了するシリンダ19に設けられたインジェクター18である。また、インジェクター18に励磁信号が出力されるタイミングは、そのインジェクター18が設けられたシリンダ19の実充填効率Ecが演算される時点からおよそ二行程前である。このように、二行程後にシリンダ19内に吸入されるだろうと推定される空気量の予測値を踏まえて、燃料の噴射量が制御される。
【0070】
点火制御部4c(点火制御手段)は、実空気量演算部2aで演算された実充填効率Ecと、予測空気量演算部3cで演算された予測充填効率Ectbとに基づいて気筒毎の点火時期を制御するものである。ここでは、例えば実充填効率Ec又は予測充填効率Ectbで最大のトルクが発生する最適点火時期(MBT,Minimum spark advance for Best Torque)を基準としたリタード量がエンジン回転数Neに応じて設定され、設定されたリタード量となるタイミングで点火プラグ13に制御信号が出力される。
【0071】
点火のタイミングは、そのシリンダ19への吸気が完了した時点よりも後である。つまり、点火制御が実施されるときには、すでに実充填効率Ecが演算されているため、必ずしも予測充填効率Ectbが要求されるわけではないが、実充填効率Ecが演算されるよりも前に演算された予測充填効率Ectbを用いることも可能である。
【0072】
[4.作用]
本制御装置による制御作用を説明する。図3(a)中の太実線グラフは実空気量演算部2aで演算される実充填効率Ecの変動を示し、一点鎖線グラフは目標空気量演算部2bで演算される目標充填効率EcTGTの変動を示し、細実線は二行程後の実充填効率を示す参照線である。また、グラフの横軸は時間に対応し、クランクシャフト17の半回転(180[°CA])毎に縦線を引いて行程の区切りを示している。グラフの縦軸は充填効率(実充填効率,目標充填効率,予測充填効率)を示す。
【0073】
実充填効率Ecは行程周期T180毎に演算され、目標充填効率EcTGTは演算周期TMAIN毎に演算されて、それぞれの値が随時更新される。図3(a)に示すように、エンジン回転数Neが1000[rpm]のときの行程周期T180は30[ms]であり、演算周期TMAINが10[ms]の場合には一行程の間に目標充填効率EcTGTの値が三回更新される。また、目標充填効率EcTGTが更新されると、その履歴がエンジン制御装置1の記憶部2eに記憶される。
【0074】
時刻t0以前はエンジン10が定常運転の状態であり、実充填効率Ecが所定値Ec1で一定である。例えば時刻t0に加速要求が入力されると、その加速要求に応じて目標充填効率EcTGT(n)が目標空気量演算部2bで演算され、記憶部2e及び制御部4に伝達される。
【0075】
記憶部2eでは、新たな目標充填効率EcTGT(n)が入力される度に前回の値との差dEcTGTが演算され、順に記憶される。目標充填効率EcTGTが増大し始めた時刻B0以降の差dEcTGTの値は、図3(b)に示すように変動する。以下、時刻B0以降に記憶部2eに記憶される個々の差dEcTGTの大きさを古いものから順にZ1〜Z16と表記して説明する。
【0076】
時刻B0の直後の時刻B1では、目標充填効率EcTGTの変動に対して実充填効率Ecの変動が追いついておらず、これより二行程先の時刻B3以降に実充填効率Ecが増大し始める。一方、時刻B1の時点で時刻B3に吸入されると予測される実充填効率の値が予測され、そのシリンダ19に関わる燃料噴射量,点火時期が制御される。
【0077】
時刻B1の時点で予測充填効率Ectbの値を予測したい時刻はB3であり、予測時間幅演算部3aで演算される時間幅Aは60[ms]となる。したがって、変化量演算部3bでは過去六回分の目標充填効率EcTGTの差dEcTGTを加算した値が変化量ΔEcETMとして演算される。時刻B0よりも以前の差dEcTGTの値が0であるから、時刻B1の時点に変化量演算部3bで演算される変化量ΔEcETMの値はZ1となる。したがって、時刻B1に予測空気量演算部3cで演算される予測充填効率Ectbの値は所定値Ec1+Z1となる。
【0078】
目標充填効率EcTGTは吸気制御部4aに伝達され、この値に基づいてスロットルバルブ24の開度が制御される。また、予測充填効率Ectbは燃料制御部4bに伝達され、この値に基づいてインジェクター18から噴射される燃料量が制御される。なお、ここで燃料が噴射されたシリンダ19は、二行程後の時刻B3前後に吸気行程が終了するシリンダ19である。
【0079】
時刻B1から一行程分の時間(ここでは30[ms])が経過した時刻B2には、二行程先の時刻B4の実充填効率Ecが予測される。変化量演算部3bでは、時刻B2までの間に目標充填効率EcTGTの差dEcTGTが四回演算され、それぞれの値Z1〜Z4が記憶部2eに記憶されている。したがって、時刻B2に変化量演算部3bで演算される変化量ΔEcETMは、これらの値Z1〜Z4を加算した値となる。また、時刻B2の時点でもまだ実充填効率Ecの変化はないが、予測空気量演算部3cで演算される予測充填効率Ectbの値は所定値Ec1にZ1〜Z4を加算した値となる。
【0080】
時刻B2からさらに一行程分の時間が経過した時刻B3には、時刻B5の実充填効率Ecが予測される。このとき記憶部2eに記憶されている目標充填効率EcTGTの差dEcTGTの値は、過去六回分のZ2〜Z7となる。したがって、時刻B3に変化量演算部3bで演算される変化量ΔEcETMは、Z2〜Z7を加算した値となる。
【0081】
また、時刻B3では、時刻B1における目標充填効率EcTGTの変動に対して実充填効率Ecの変動が追いつき、その値が所定値Ec2となる。したがって、予測空気量演算部3cで演算される予測充填効率Ectbの値は、所定値Ec2にZ2〜Z7を全て加算した値となる。
【0082】
時刻B3以降も、一行程分の時間が経過する毎に実充填効率Ec及び予測充填効率Ectbが演算され、これらの値に基づいて吸気量及び燃料噴射量が制御される。このように、目標充填効率EcTGTに基づいて制御されるスロットルバルブ24の駆動遅れを利用して、目標充填効率EcTGTの変化量ΔEcETMをその時点の実充填効率Ecに加算することにより、予測充填効率Ectbの値と二行程後の実充填効率Ecの値とが一致する。
【0083】
図3(a)に示すように、時刻B1,B2,…,B6の各々の時点で演算される予測充填効率Ectbの値は、細実線で示す二行程先の実充填効率Ecの挙動とほぼ一致したものとなり、すなわち60[ms]先の実充填効率Ecが正確に予測される。
【0084】
[5.効果]
上記の通り、本実施形態のエンジン制御装置1では、実充填効率Ecのみに基づく予測手法が用いられるのではなく、実充填効率Ecと目標充填効率EcTGTとを併用した予測手法が用いられる。これにより、実充填効率Ecの目標充填効率EcTGTに対する遅れの影響を考慮して予測充填効率Ectbを演算することができる。例えば、シリンダ19への吸気が完了するよりも以前に、そのシリンダ19に供給すべき燃料噴射量や点火時期を算出するための予測充填効率Ectbを正確に求めることが可能となり、エンジン10の制御性を向上させることができる。
【0085】
例えば、エンジン制御装置1の燃料制御部4bでは、予測空気量演算部3cで予測された予測充填効率Ectbに基づいて燃料噴射量が制御されるため、吸気行程が完了する時点よりも以前に燃料噴射量を演算,制御することが可能となり、空燃比を正確に制御することが可能となる。特に、過渡時(実充填効率Ecの時間変化勾配が変動している時)の空燃比変動を抑制することができ、エンジントルクを正確に制御することができる。
【0086】
また、エンジン10の点火制御に関しても同様であり、予測充填効率Ectbに基づいて点火制御部4cで点火時期が制御されるため、吸気行程が完了する時点よりも以前にリタード量の目標値を演算することが可能となる。したがって、エンジン10の制御性をさらに高めることができる。なお、点火制御は吸気行程が完了した後に実施されるため、予測充填効率Ectb及び実充填効率Ecを併用してリタード量を演算することも可能である。このような演算手法を用いることで、エンジン10の制御性をさらに向上させることができる。
【0087】
また、上記のエンジン制御装置1では、目標充填効率EcTGTの履歴を用いて予測充填効率Ectbを演算している。これにより、目標充填効率EcTGTの過去の推移を踏まえて実充填効率Ecの今後の推移を予測することが可能となり、予測充填効率Ectbの予測精度を向上させることができる。したがって、エンジン10の制御性をより向上させることができる。
【0088】
また、上記のエンジン制御装置1の記憶部2eには、スロットルバルブ24の駆動遅れ時間に対応する所定時間分(例えば過去60[ms]分)の目標充填効率EcTGTの履歴が記憶されている。これにより、少なくとも所定時間が経過するまでの実充填効率Ecの推移を正確に把握することができ、エンジン10の制御性を向上させることができる。また、所定時間が経過する時点よりもさらに将来の予測充填効率Ectbに関しても予測が可能である。例えば、所定時間が経過する時点までの予測充填効率Ectbの変化傾向を外挿すればよい。
【0089】
また、上記のエンジン制御装置1では、予測したい将来の時刻までの時間幅で目標充填効率EcTGTの変化量ΔEcETMを求め、この変化量ΔEcETMと実充填効率Ecとを用いて将来の予測充填効率Ectbを演算している。これにより、目標充填効率EcTGTの値と駆動時間遅れ分だけ将来の実充填効率Ecの値とが一致していない場合であっても、実充填効率Ecの推移を正確に予測することができる。
【0090】
なお、上記の式1に記載のように、演算周期検出部2dで検出された演算周期TMAINを用いて目標充填効率EcTGTの差dEcTGTを補正する構成とした場合には、目標充填効率EcTGTの演算周期TMAINが予め設定された10[ms]の周期よりも延びたとしても、補正された差dEcTGTの値は10[ms]間の変化率に換算されたものとなる。したがって、演算周期TMAINの増減の有無に関わらず、実充填効率Ecの予測のための変化量ΔEcETMの演算精度を維持することが可能となり、正確な予測充填効率Ectbの値を求めることができる。
【0091】
[6.変形例]
上述の実施形態では、四気筒のエンジン10を制御するエンジン制御装置1を例示したが、上記の制御の適用対象はこれに限定されず、例えばストローク数や気筒数等は任意である。また、可変動弁機構9やCVT-ECU35等を持たないエンジン10であってもよい。
【0092】
また、上記のエンジン制御装置1では、目標充填効率EcTGTや実充填効率Ecをパラメーターとした予測演算を実施するものを示したが、少なくとも目標空気量に相当するパラメーターと実空気量に相当するパラメーターとが演算されるシステムであれば、上記のエンジン制御装置1を用いて予測充填効率Ectbを演算することが可能である。例えば、充填効率の代わりに、吸気通路25を通過する吸気流量や体積効率等を用いて同様の予測演算を実施してもよい。
【0093】
また、上述の実施形態では、目標充填効率EcTGTの過去の推移を今後の実充填効率Ecの推移に対応させることで、実充填効率Ecの将来の予測値を求めるものを説明したが、目標充填効率EcTGTの推移と実充填効率Ecの推移との対応関係は必ずしも一定の関係に固定されているとは限らない。したがって、エンジン10の運転状態や環境条件に応じて変化量ΔEcETMを補正し、さらに正確な予測充填効率Ectbを演算することとしてもよい。
【0094】
スロットルバルブ24の駆動応答性能が車両の走行条件に応じて変化し、これにより駆動応答遅れ時間が変化するような場合には、車両の走行条件に基づいて記憶部2eに記憶させる目標充填効率EcTGTの履歴データ数を増減させることが考えられる。
【0095】
例えば、駆動応答遅れ時間が70[ms]前後である状態では、過去70[ms]分の目標充填効率EcTGTの履歴を記憶部2eに記憶させる。この場合、70[ms]前の時点から時間幅Aが経過するまでの間に変化した目標充填効率EcTGTの量を変化量ΔEcETMとすれば、上述の実施形態と同様に「現在の時刻における実充填効率Ec」に「駆動応答遅れ時間分の過去の時点から時間幅Aが経過するまでの間に変化した目標充填効率EcTGTの量(変化量ΔEcETM)」を加算することで予測充填効率Ectbを演算することが可能である。
【符号の説明】
【0096】
1 エンジン制御装置
2 演算部
2a 実空気量演算部(実空気量演算手段)
2b 目標空気量演算部(目標空気量演算手段)
2c 行程周期検出部
2d 演算周期検出部(演算周期検出手段)
2e 記憶部(記憶手段)
3 予測部(予測手段)
3a 予測時間幅演算部(予測時間幅演算手段)
3b 変化量演算部(変化量演算手段)
3c 予測空気量演算部(予測空気量演算手段)
4 制御部
4a 吸気制御部(吸気制御手段)
4b 燃料制御部(燃料制御手段)
4c 点火制御部(点火制御手段)
10 エンジン
Ec 実充填効率
EcTGT 目標充填効率
Ectb 予測充填効率
ΔEcETM 変化量

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンに要求される空気量を目標空気量として演算する目標空気量演算手段と、
前記エンジンのシリンダに吸入された実空気量を演算する実空気量演算手段と、
前記目標空気量の演算時点から前記実空気量が該目標空気量に達するまでの遅れに基づき、将来の前記実空気量の予測値を予測空気量として演算する予測手段と、を備えた
ことを特徴とする、エンジンの制御装置。
【請求項2】
前記目標空気量の履歴を記憶する記憶手段を備え、
前記予測手段が、前記目標空気量の履歴と前記実空気量とに基づいて前記予測空気量を演算する
ことを特徴とする、請求項1記載のエンジンの制御装置。
【請求項3】
前記目標空気量に基づき、前記エンジンのスロットルバルブを制御する吸気制御手段を備え、
前記記憶手段が、前記目標空気量の履歴として、少なくとも前記スロットルバルブの駆動遅れ時間に対応する所定時間分の過去の履歴を記憶する
ことを特徴とする、請求項2記載のエンジンの制御装置。
【請求項4】
前記予測手段が、
前記予測値の演算時点から、前記実空気量が前記予測値になると推定される将来の時刻までの時間幅を演算する予測時間幅演算手段と、
前記記憶手段に記憶された前記履歴のうち、前記予測値の演算時点よりも前記所定時間だけ過去の時点から前記時間幅が経過するまでの前記目標空気量の変化量を演算する変化量演算手段と、
前記実空気量と前記変化量とに基づいて、前記予測空気量を演算する予測空気量演算手段と、を有する
ことを特徴とする、請求項2又は3記載のエンジンの制御装置。
【請求項5】
前記目標空気量演算手段での前記目標空気量の演算周期を検出する演算周期検出手段を備え、
前記記憶手段が、前記演算周期を用いて換算された定周期相当の前記目標空気量の変化率の値を前記履歴として記憶する
ことを特徴とする、請求項2〜4の何れか1項に記載のエンジンの制御装置。
【請求項6】
前記予測空気量に基づき、前記エンジンの燃料噴射量を制御する燃料制御手段を備えた
ことを特徴とする、請求項1〜5の何れか1項に記載のエンジンの制御装置。
【請求項7】
前記予測空気量に基づき、前記エンジンの点火時期を制御する点火制御手段を備えた
ことを特徴とする、請求項1〜6の何れか1項に記載のエンジンの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−255342(P2012−255342A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−127272(P2011−127272)
【出願日】平成23年6月7日(2011.6.7)
【出願人】(000006286)三菱自動車工業株式会社 (2,892)
【Fターム(参考)】