説明

マルチフェロイックス素子

【課題】 既に市場で大量に生産されているM(マグネトプラムバイト)型フェライト磁石により、外部磁場で電流を誘起でき、外部磁場で電気分極の強度や方向を制御でき、また、外部電場で誘起した磁化の強度や方向を制御でき、且つ、室温の動作環境温度において動作可能なマルチフェロイックス素子を提供する。
【解決手段】 M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を合わせもつマルチフェロイックス固体材料で、室温の動作環境温度において外部磁場を作用させることにより電流を誘起する。例えば、マルチフェロイックス素子は、BaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶材料のSc濃度xが1.6から2であるマルチフェロイックス固体材料1とそれを挟むように形成される金属電極2とからなる構造を有し、金属電極2に平行に交流磁界5を印加するように配置され、金属電極2間に誘起される電流を利用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強誘電性と強磁性を合わせもつ新機能素子としてのマルチフェロイックス素子に係り、反復的な磁化反転により変位電流を発生させることが可能なことからナノメートルサイズのナノ発電装置を提供する。また、外部磁場により電気分極を生成し、その強度や方向を制御可能な素子を提供する。また、外部電場により磁化の強度や方向を制御可能な素子を提供する。さらに、磁化によって記憶された情報を読み出すのに必要な磁気センサーに利用される。さらに、この素子はメモリ素子に関する技術にも応用できる。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、強誘電性と強磁性とを合わせもつマルチフェロイックス固体材料からなり、Y型フェライト化合物が外部磁場により電気分極を発生することを用いたマルチフェロイックス素子を提案した(下記特許文献1,非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第07/135817号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】S.Ishiwata et al.,Science,Vol.319,No.5870,pp.1643−1647(2008)
【非特許文献2】Z.Somogyvari et al.,Journal of Magnetism and Magnetic Materials,Vol.304,pp.e775−e777(2006)
【非特許文献3】H.Katsura et al.,Phys.Rev.Lett.Vol.95,057205(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記に提案されたBa2 Mg2 Fe1222などのY型フェライト材料は、飽和磁気分極が小さいなどの問題があり、永久磁石としての応用に関しては実用には供していない。したがって、既に永久磁石として実用化されている永久磁石の固体材料と同じか同種の原料でマルチフェロイックスの機能が得られれば、主な出発原料が同じであり、その後の生産プロセスの焼成条件も同一条件にできるので、生産性の観点から大変望ましい。
【0006】
本発明は、上記状況に鑑みて、既に市場で大量に生産されているM(マグネトプラムバイト)型フェライト磁石により、外部磁場で電流を誘起でき、外部磁場で電気分極の強度や方向を制御でき、また、外部電場で誘起した磁化の強度や方向を制御でき、且つ、室温の動作環境温度において動作可能なマルチフェロイックス素子を提供することを目的とする。
【0007】
特に、AがBa,Srからなる元素であることを特徴とする、AFe1219もしくはAO・6(Fe2 3 )と表記されるM(マグネトプラムバイト)型フェライトは、現在世界で広く使われている永久磁石で最大の生産規模をもつ磁石である。実際、2004年の永久磁石の生産量は、M型フェライト焼結磁石、M型フェライトボンド磁石を合わせて実に年間69万トンであり、大きな磁化率をもつ希土類磁石の開発後においても、数段に原料が安価であり、コスト的に有利であることから、年々増加の一途をたどっている。その原料はバリウムや鉄からなり資源も格段に豊富であり、地球資源の有効活用の観点からも有用である。フェライト系永久磁石の応用は回転機器(OA用、FA用、家電用、車載用、発電機用)のモータ、制御機器(センサー、スイッチ)、複写機やレーザプリンタのマグネットロールなどの応用機器などの多岐に及ぶ。本発明は、このM型フェライト永久磁石に関わるマルチフェロイックス素子を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
〔1〕マルチフェロイックス素子において、M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を合わせもつマルチフェロイックス固体材料からなり、室温において外部磁場を作用させることにより電流を誘起することを特徴とする。
〔2〕マルチフェロイックス素子において、M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を合わせもつマルチフェロイックス固体材料からなり、室温において外部磁場を作用させることにより電気分極の強度及び方向を制御可能にしたことを特徴とする。
【0009】
〔3〕マルチフェロイックス素子において、M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を合わせもつマルチフェロイックス固体材料からなり、室温において外部電場を作用させることにより磁化の強度及び方向を制御可能にしたことを特徴とする。
〔4〕上記〔1〕から〔3〕の何れか一項記載のマルチフェロイックス素子において、前記マルチフェロイックス固体材料はAFe12-xx 19のM(マグネトプラムバイト)型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、Bは3価元素であるScであり、xの範囲は1.6<x≦2であることを特徴とする。
【0010】
〔5〕上記〔1〕から〔3〕の何れか一項記載のマルチフェロイックス素子において、前記マルチフェロイックス固体材料はAFe12-x-yx y 19のM(マグネトプラムバイト)型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、Bは3価元素であるScであり、Cは2価元素であるMg,Ca,Zn,Co,Ni,Cuもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、xの範囲は1.6<x≦2、yの範囲は0<y≦1であることを特徴とする。
【0011】
〔6〕上記〔1〕から〔5〕の何れか一項記載のマルチフェロイックス素子において、前記マルチフェロイックス固体材料は、酸素ガス雰囲気2気圧以上の高圧ガス雰囲気中で、光ランプによる浮遊溶融帯製造法により作製した単結晶であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、以下のような効果を奏することができる。
(1)反復的な交流磁場(磁場反転) によって配線に変位電流が流れ続けることから、ナノメートルサイズの発電機として機能する。例えば、人体の外から反復的な磁場を与えることによって、人体の血管中のミクロのモータに駆動電力を与えることができる。
(2)磁気センサー部と電気分極発生部が同一固体材料で構成できることから、特殊な形状を有することなく機能するデータ読み出し用磁気センサーとして利用することができる。その結果、磁気センサー素子の構造が単純となり、大幅なコストメリットが発生する。この磁気センサー素子はナノメートルサイズまで微細化することも可能であることから、情報の記憶を担う磁化領域の微細化に対応可能な磁気センサーとなる。
【0013】
(3)マルチフェロイックスメモリ素子は、電流誘起による磁界発生機構を用いた磁気メモリ素子(MRAM)と異なり電界誘起なので、流れる電流が小さく電力消費を大幅に抑えることが可能なメモリ素子となる。誘起された磁化はヒステリシスを有することから、メモリ効果を持ち、不揮発性メモリ素子となる。素子構造も簡単であることからナノメートルサイズの微細なメモリ構造を構成することができ、高密度メモリ素子が可能となる。少ない層構成はプロセスコストを飛躍的に低減する。低消費電力、高集積、低製造コストの新しいマルチフェロイックス不揮発性メモリ素子が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の第1実施例を示すマルチフェロイックス素子としてのマルチフェロイックスナノ発電機の模式図である。
【図2】本発明の第2実施例を示すマルチフェロイックス磁気センサー素子の模式図である。
【図3】本発明に係わるマルチフェロイックスメモリセルの配置図である。
【図4】本発明に係わるマルチフェロイックス素子の磁場誘起電流発生の確認実験を示す実験配置図である。
【図5】図4における実験配置にて用いるマルチフェロイックス固体材料BaFe10.2Sc1.75Mg0.0519の結晶方位と外部磁場との相関関係を示す図である。
【図6】本発明のマルチフェロイックス固体材料であるBaFe10.2Sc1.75Mg0.0519結晶材料に外部磁場を与えた場合に発生する電気分極の外部磁場依存性を示す図である。
【図7】図6で用いたマルチフェロイックス固体材料の六方晶構造の結晶方位と外部磁場と発生した分極の方向(二重丸は紙面に垂直で紙面表から裏に向かった方向を示す)の相関関係を示す図である。
【図8】本発明のマルチフェロイックス固体材料であるBaFe10.35Sc1.6 Mg0.0519において、交流外部磁場(c)を印加した場合に発生する電流(a)と電気分極(b)を示す図である。
【図9】M型フェライトBaFe1219の結晶構造と磁気構造を示す図である。
【図10】本発明に係わるマルチフェロイックス固体材料であるBaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶材料のTc以下における円錐型螺旋スピン構造図である。
【図11】本発明に係わるマルチフェロイックス固体材料であるBaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶材料におけるSc濃度xが1.6から2の時のc軸方向に垂直な〔100〕方向の磁化の温度依存性を示す図である。
【図12】本発明に係わるマルチフェロイックス固体材料であるBaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶材料において、円錐型螺旋スピン構造を示す転移温度(Tc)とSc濃度xとの関係を示す図である。
【図13】本発明に係わるマルチフェロイックス固体材料であるBaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶材料におけるSc濃度xが1.75の時の〔001〕方向(c軸)とこれに垂直な〔100〕方向の磁化の温度依存性を示す図である。
【図14】本発明に係わるマルチフェロイックス固体材料であるBaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶材料におけるSc濃度xが1.75の時の磁場誘起により発生した変位電流の温度依存性を示す図である。
【図15】本発明に係わるマルチフェロイックス固体材料であるBaFe10.2Sc1.75Mg0.0519の単結晶を示す図面代用の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
マルチフェロイックス素子としてのマルチフェロイックスナノ発電機は、金属電極に挟まれたマルチフェロイックス固体材料からなる構造を有し、電極に平行に交流磁場を印加するように配置され、電極間に流れる電流を利用する。
マルチフェロイックス磁気センサー素子は、金属電極に挟まれたマルチフェロイックス固体材料からなる構造を有し、情報に対応した磁化の漏れ磁場により発生した磁場により、その磁場にほぼ垂直な方向で発生した電気分極を電圧計にて検知する構造とすればよい。
【0016】
また、マルチフェロイックスメモリ素子は、二つの金属電極に挟まれたマルチフェロイックス固体材料からなり、特定の選択されたビット線とワード線との間に電圧を印加することにより、この選択された線に挟まれた単一メモリ素子に特定方向の磁化を発生させる。発生した磁化はメモリ機能を有する。メモリ素子間は非磁性体固体材料を埋め込まれた構造とする。データの読み出しについては、特定の選択されたビット線とワード線の間に発生した電気分極に起因する電圧強度によって0もしくは1を判定すればよい。
【実施例】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は本発明の第1実施例を示すマルチフェロイックス素子としてのマルチフェロイックスナノ発電機の模式図である。
この図において、1はマルチフェロイックス固体材料、2はそのマルチフェロイックス固体材料1の両側に形成される金属電極、3はその金属電極2に接続される配線、4はその配線3に接続される電気機器、5はマルチフェロイックス固体材料1に作用する交流磁場である。
【0018】
図1に示すように、マルチフェロイックスナノ発電機は、金属電極2に挟まれたマルチフェロイックス固体材料1からなる構造を有し、金属電極2に平行に交流磁場5を印加するように配置され、金属電極2間に流れる電流を電気機器4の稼働に用いればよい。この実施例によれば、配線3には反復的な交流磁場(磁場反転) 5によって変位電流6が流れ続けることから、ナノメートルサイズの発電コイルが組み込まれたナノサイズの発電機として機能する。これは例えば、人体の外から反復的な磁場を与えることによって、人体の血管中のミクロサイズの微小モータに駆動電力を与えることができる。
【0019】
図2は本発明の第2実施例を示すマルチフェロイックス磁気センサー素子の模式図である。
この図において、11はマルチフェロイックス固体材料、12はそのマルチフェロイックス固体材料11の両側に形成される金属電極、13はその金属電極12に接続される配線、14はその配線13に接続される電圧計、15はマルチフェロイックス固体材料11に作用するデータが記憶された垂直磁気記録材料である。
【0020】
図2に示すように、マルチフェロイックス磁気センサー素子は、金属電極12に挟まれたマルチフェロイックス固体材料11からなる構造を有し、垂直磁気記録材料15の情報に対応した磁化の漏れ磁場により発生した磁場により、その磁場にほぼ垂直な方向で発生した電気分極を電圧計14にて計測する構造とすればよい。
この実施例によれば、マルチフェロイックス磁気センサー素子は、データが記憶された垂直磁気記録材料15からの磁場により電気分極を発生することができることから、データ読み出し用磁気センサーとして働く。
【0021】
この場合、磁気センサー部と電気分極発生部が同一固体材料で構成できることから、特殊な形状を有することなく磁気センサーとして働く。その結果、磁気センサー素子の構造が単純となり、大幅なコストメリットが発生する。また、この磁気センサー素子はナノメートルサイズまで微細化が可能であることから、情報の記憶を担う磁化領域の微細化の進展に十分対応可能な磁気センサーとなる。
【0022】
図3は本発明に係わるマルチフェロイックスメモリセルの配置図である。
この図において、21はマルチフェロイックス固体材料、22はそのマルチフェロイックス固体材料21の上下に形成される金属電極、23はマルチフェロイックスメモリセル、24はビット線、25はワード線である。
図3に示すように、マルチフェロイックスメモリ素子は、二つの金属電極22に挟まれたマルチフェロイックス固体材料21からなる平面的に並べられたマルチフェロイックスメモリセル23で構成される。特定の選択されたビット線24とワード線25との間に直流電源又は交流電源から配線を介して電圧を印加することにより、この選択されたビット線24とワード線25に挟まれたマルチフェロイックスメモリセル23に特定方向の磁化を発生させる。発生した磁化はメモリ機能を有する。メモリ素子間は非磁性体固体材料が埋め込まれた構造とする。一方、データの読み出しについては、特定の選択されたビット線24とワード線25の間に発生した電気分極に起因する電圧強度によって0もしくは1を判定するようにしている。
【0023】
図4は本発明に係わるマルチフェロイックス素子の磁場誘起電流発生の確認実験を示す実験配置図である。
この図において、31はマルチフェロイックス固体材料、32はそのマルチフェロイックス固体材料31を挟むように上下に形成される金属電極、33は外部から印加した磁場の方向、34は発生した電気分極の方向である。また、35は誘起された電気分極により発生したマルチフェロイックス固体材料31の上下金属電極32間の電流を計測する電流計である。電極材料は銀ペーストを用いたが、その他、アルミニウム、金、白金などの金属であっても問題はない。
【0024】
図5は図4におけるマルチフェロイックス固体材料31としてBaFe10.2Sc1.75Mg0.0519を用いた場合の結晶方位と外部磁場、電極配置との相関関係を示す図である。この図から明らかなように、外部磁場の方向はBaFe10.2Sc1.75Mg0.0519の六方晶構造の結晶軸[100]から45°の方向であり、発生する電気分極は[120]方向である。
【0025】
図6は本発明のマルチフェロイックス固体材料であるBaFe10.2Sc1.75Mg0.0519結晶材料に外部磁場を与えた場合に発生する電気分極の外部磁場依存性を示す図である。
図7は図6で用いたマルチフェロイックス固体材料の六方晶構造の結晶方位と外部磁場と発生した分極の方向(二重丸は紙面に垂直で紙面表から裏に向かった方向を示す)の相関関係を示す図である。
【0026】
これらの図に示すように、あらかじめ、10Kエルステッドの磁場を[100]方向から[001]方向に45度の角度で与え、[120]方向に電場を数百ボルト/cm程度印加する(ポーリング)。その後、外部磁場をゼロからプラスに[100] 方向から[001] 方向に45度の角度で再び印加すると、[120]方向の電気分極(実線)がプラスの方向に変化する。ポーリング条件を上記と同じ磁場方向で、マイナス電場を[120]方向に印加した場合は、発生する電気分極は上記と逆になる(破線)。測定温度は−263℃である。
【0027】
図8は本発明のマルチフェロイックス固体材料であるBaFe10.35Sc1.6 Mg0.0519において、交流外部磁場(c)を印加した場合に発生する電流(a)と電気分極(b)を示す図であり、図8(a)は経過時間(sec)に対する変位電流(pA/mm2 )、図8(b)は経過時間(sec)に対する電気分極(μC/m2 )、図8(c)は経過時間(sec)に対する交流磁場(kOe)を示している。
【0028】
BaFe10.35Sc1.6 Mg0.0519結晶材料に正負に振動する交流磁場を与えた場合〔図8(c)〕、交流磁場に相応して正負の変位電流が流れ〔図8(a)〕、また電気分極も正負に交互に発生している〔図8(b)〕ことが分かる。この結果は、交流磁化により交流電流と交流電位が生成されることを示している。
図9はM型フェライトBaFe1219結晶構造と磁気構造を示す(スピンの方向を矢印で示す)図である。結晶構造は六方晶構造である。図に示したように、ABAB……の配列のhcp構造のRブロックとABCABC……のfcc構造のSブロックがc軸を共有して1分子をつくり、この軸に関して180度回転したR* * ブロックとあわせて2分子で1単位胞となる。SとRにまたがって上向きスピンが6個(a), Rブロックの下向きスピンが2個(b), Sブロックの上向きスピンが1個(c), Sブロックの下向きスピンが2個(d), Rブロックの上向きスピンが1個(e)で、1分子当りの磁気モーメントは(8−4)*5μB =20μB となる。その磁気構造は[001] 方向に磁化容易軸をもつフェリ型のスピン構造である。これらのM型フェライトが優れた永久磁石材料である大きな原因は、c軸方向を磁化容易方向とする大きな一軸結晶異方性エネルギーの存在にある。室温ではフェリ磁性(強磁性の一種)である。
【0029】
図10に示すように、ScをドープしたBaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶の磁気構造は、低温ではBaFe1219の磁気構造とは異なり、円錐型螺旋スピン構造になる。
図11は本発明に係わるマルチフェロイックス固体材料であるBaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶材料におけるSc濃度xが1.6から2の時のc軸方向に垂直な〔100〕方向の磁化の温度依存性を示す。〔100〕方向の磁化は最大値(Tc)を持つ。Sc濃度が0の場合の磁化はc軸方向に向き、〔100〕方向の磁化は値を持たない(小さい)。スピンを持たないScの3価イオンを鉄のサイトに導入すると、強いc軸方向のスピン異方性は弱められる。このことにより、スピンはab面内方向に成分を持つようになる。すなわち〔100〕方向の磁化が大きくなる。磁化が最大値を持つ温度(Tc)以下の温度で、傾いたスピンがc軸方向の隣の鉄サイトと相関をもって図12で示したようなスピンの螺旋回転構造が始まる。この磁化の最大値を示す温度(Tc)から低温が円錐型螺旋スピン構造を示す温度範囲である。このことはメスバウワーの実験から確かめられている(上記非特許文献2参照)。このような円錐型螺旋スピン構造を持つ場合、外部磁場を〔001〕方向から紙面内に向かってずれた方位で印加した場合、紙面に垂直に電気分極を発生することが予測される(上記非特許文献3参照)。すなわち、この温度範囲で、円錐型螺旋スピン構造により誘起された強誘電相と強磁性(円錐型螺旋スピン構造を持つフェリ)相が共存するマルチフェロイックスの状態となる。
【0030】
図12は本発明に係わるマルチフェロイックス固体材料であるBaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶材料において円錐型螺旋スピン構造を示す転移温度(Tc)とSc濃度xとの関係を示す図である。Tcが室温(300K)以上の範囲はSc濃度1.6以上2未満であることがわかる。
図13は本発明に係わるマルチフェロイックス固体材料であるBaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶材料におけるSc濃度xが1.75の時のc軸〔001〕方向とc軸に垂直な〔100〕方向の磁化の温度依存性を示す図である。〔100〕方向の磁化曲線の最大値Tcが室温以上の370K(97℃)の温度であることを示している。
【0031】
図14は本発明に係わるマルチフェロイックス固体材料であるBaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶材料におけるSc濃度xが1.75の時の磁場誘起により発生した変位電流を示す図である。370K(97℃)付近の温度から変位電流が立ち上がり、この温度(Tc)以下で磁化に誘起された電流が発生することを示す。すなわち、この温度領域でマルチフェロイックス特性を示している。Tcが室温以上の97℃程度の高温の温度を示すことは、BaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶材料が室温でマルチフェロイックス特性を安定的に実用に供することを示しており、実用上大変重要な特性を示している。また、この最新のマルチフェロイックス機能を実用温度で応用することができることを示した世界で初めての実施例である。
【0032】
ここで、Mgを0.05ドープしたのは、鉄の2価イオンが微量試料作製中に混入してしまうことによる電気抵抗の低抵抗化を防止するためである。2価のイオンであれば、同様な効果を期待することができ、Ca,Zn,Co,Ni,Cuの2価のイオンでもよい。
なお、請求項4に示すように、マルチフェロイックス固体材料はAFe12-xx 19のM(マグネトプラムバイト)型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、Bは3価元素であるScであり、xの範囲は1.6<x≦2である。
【0033】
また、請求項5に示すように、マルチフェロイックス固体材料はAFe12-x-yx y 19のM(マグネトプラムバイト)型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、Bは3価元素であるScであり、Cは2価元素であるMg,Ca,Zn,Co,Ni,Cuもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、xの範囲は1.6<x≦2、yの範囲は0<y≦1である。
【0034】
このように、マルチフェロイックス材料M型フェライト構造をもつBaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶の場合、外部磁場でその電流や電気分極を生成し、電気分極の強度を実用温度である室温で安定的に制御することが可能であることを初めて実証した。与える磁場強度はこの例では4000ガウス程度であった。さらに材料を選択すれば、弱磁場で誘起でき、さらに電流密度の向上を図ることができる。
【0035】
図15は本発明に係わるマルチフェロイックス固体材料であるBaFe10.2Sc1.75Mg0.0519の単結晶を示す図面代用の写真である。
BaFe10.2Sc1.75Mg0.0519は、高圧ガス下雰囲気でハロゲンランプなどの光源を用いた浮遊溶融帯製造法で作製した単結晶である。印加するガス種が酸素ガスの場合、2気圧以上の圧力であれば、単相の六方晶構造を得ることが可能である。
【0036】
以上に示したように、強誘電性と強磁性とを合わせもつマルチフェロイックス固体材料BaFe12-x-δScx Mgδ19(δ=0.05)結晶で、外部磁場により電流や電気分極を制御できることを実施例で示したことから、逆の過程である電場により電気分極を形成し、磁化を発生させることが可能であることがわかる。強誘電体においては電気分極の正負の方向は電場で制御できる。このとき電気分極の反転が起きれば、螺旋スピン構造をもつマルチフェロイックス材料において、同時に磁化の反転が起きることは自明である。
【0037】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明のマルチフェロイックス素子は、ナノサイズ発電装置、磁化により記憶された素子の情報を読み出す磁気センサー、また、低コストのメモリ素子を提供することができる。
【符号の説明】
【0039】
1,11,21,31 マルチフェロイックス固体材料
2,12,22,32 金属電極
3,13 配線
4 電気機器
5 交流磁場
6 変位電流
14 電圧計
15 垂直磁気記録材料
23 マルチフェロイックスメモリセル
24 ビット線
25 ワード線
33 外部から印加した磁場の方向
34 発生した電気分極の方向
35 電流計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を合わせもつマルチフェロイックス固体材料からなり、室温において外部磁場を作用させることにより電流を誘起することを特徴とするマルチフェロイックス素子。
【請求項2】
M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を合わせもつマルチフェロイックス固体材料からなり、室温において外部磁場を作用させることにより電気分極の強度及び方向を制御可能にしたことを特徴とするマルチフェロイックス素子。
【請求項3】
M(マグネトプラムバイト)型フェライトからなる強誘電性と強磁性を合わせもつマルチフェロイックス固体材料からなり、室温において外部電場を作用させることにより磁化の強度及び方向を制御可能にしたことを特徴とするマルチフェロイックス素子。
【請求項4】
請求項1から3の何れか一項記載のマルチフェロイックス素子において、前記マルチフェロイックス固体材料はAFe12-xx 19のM(マグネトプラムバイト)型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、Bは3価元素であるScであり、xの範囲は1.6<x≦2であることを特徴とするマルチフェロイックス素子。
【請求項5】
請求項1から3の何れか一項記載のマルチフェロイックス素子において、前記マルチフェロイックス固体材料はAFe12-x-yx y 19のM(マグネトプラムバイト)型フェライトであり、AはCa,Ba,Sr,Pbもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、Bは3価元素であるScであり、Cは2価元素であるMg,Ca,Zn,Co,Ni,Cuもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、xの範囲は1.6<x≦2、yの範囲は0<y≦1であることを特徴とするマルチフェロイックス素子。
【請求項6】
請求項1から5の何れか一項記載のマルチフェロイックス素子において、前記マルチフェロイックス固体材料は、酸素ガス雰囲気2気圧以上の高圧ガス雰囲気中で、光ランプによる浮遊溶融帯製造法により作製した単結晶であることを特徴とするマルチフェロイックス素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図8】
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【図15】
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【公開番号】特開2011−135018(P2011−135018A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−295587(P2009−295587)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】