説明

光伝導素子

【課題】光励起によりテラヘルツ波を発生、検出する素子において低温成長半導体の歪みや欠陥がテラヘルツ波発生効率などを制限していた点を解決した光伝導素子等を提供する。
【解決手段】光伝導素子は、半導体低温成長層14を有し、半導体低温成長層14と半導体基板10との間に位置し且つ半導体低温成長層14よりも薄い半導体層11、12、13を有する。半導体低温成長層14は、半導体層11、12、13と格子整合し半導体基板10と格子整合しない半導体を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミリ波帯からテラヘルツ波帯(30GHz〜30THz)までの周波数領域の電磁波の発生・検出素子(発生と検出の少なくとも一方を行うことが可能な素子を意味する)などの光伝導素子に関する。さらに詳細には、光パルス照射により前記周波数帯のフーリエ成分を含む電磁波パルスの発生、検出を行う光半導体素子及びそれらを用いたテラヘルツ時間領域分光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ミリ波からテラヘルツ(THz)波にかけた電磁波(30GHz〜30THz;以後単にテラヘルツ波ともいう)を用いた非破壊なセンシング技術が開発されている。この周波数帯の電磁波の応用分野として、X線に代わる安全な透視検査装置としてイメージングを行う技術が開発されている。また、物質内部の吸収スペクトルや複素誘電率を求めて分子の結合状態などの物性を調べる分光技術、キヤリア濃度や移動度、導電率などの物性を調べる計測技術、生体分子の解析技術などが開発されている。
【0003】
テラヘルツ波の発生、検出方法として光伝導素子を用いる方法が広く用いられている。光伝導素子は、移動度が比較的大きくて、キャリア寿命がピコ秒以下という特殊な半導体と、その上に設けられた二つの電極とで構成されている。電極間に電圧を印加した状態で電極間のギャップに超短パルスレーザ光の照射を行うと、励起された光キャリアにより電流が瞬間的に電極間を流れることでテラヘルツ波を放射するしくみとなっている。このような光伝導素子をテラヘルツ波の検出器としても用いてテラヘルツ時間領域分光装置(THz−TDS)を構成することで、上記のような計測、イメージング技術が研究されている。
【0004】
励起用の超短パルスレーザとして一般にチタンサファイアレーザが用いられているが、小型、低コスト化のために通信波長帯のファイバーレーザを用いることが望まれている。この場合、波長が1μm以上となりこれまで光伝導素子として用いられていた低温成長(LT-)GaAsが透明体となるために使用できない。そこでLT-InGaAsがその代わりの光伝導材料として研究が行われている(特許文献1および2参照)。
【0005】
しかしながら、InGaAs系の場合にはバンドギャップがGaAsに比べて小さくなるために真性半導体のキャリア濃度が高くなり、さらに三元系のため結晶欠陥が増加しやすく残留キャリア濃度の増大が重なって、高抵抗化することが難しい。そのため、GaAsに比べて印加電圧を高くすることができず、かつ光キャリアの微分変化量を大きくすることが難しいため、テラヘルツ波の発生効率を制限していた。検出器として用いる場合には暗電流の増加でノイズが増大し、S/N比劣化の原因となっていた。そのため、発生したキャリアをトラップするように、半導体ヘテロ構造を光伝導層に用いてキャリアをトラップすることで高抵抗化する技術も検討されている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−86227号公報
【特許文献2】米国特許出願公開第2006/0134892号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Optics Express vol.16,p.9565(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、非特許文献1に記載された半導体ヘテロ構造素子では、低温成長膜を高温にさらしたときにヘテロ界面がだれて、キャリアトラップを設計通りに大きくすることが難しい。また、特許文献1ではIn組成を格子整合系よりも小さく(0.45)することも述べられており、そのようにすればバンドギャップが広がり高抵抗化が期待できる。しかし、基板との格子不整合が大きくなり、格子欠陥を低減するために膜厚を薄くすると、励起光の吸収量が減少してかえってテラヘルツ波振幅が減少してしまう。そこで本発明は、低温成長層でテラヘルツ波発生効率、S/N比を向上させるための構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明は、半導体低温成長層を有する光伝導素子であって、前記半導体低温成長層と半導体基板との間に位置し、かつ前記半導体低温成長層よりも薄い半導体層を有し、前記半導体低温成長層は、前記半導体層と格子整合し前記半導体基板と格子整合しない半導体を含む光伝導素子を提供する。また、本発明は、半導体低温成長層を有する光伝導素子であって、前記半導体低温成長層と半導体基板との間に位置し、かつ前記半導体低温成長層よりも薄い半導体層を備え、前記半導体層は、少なくとも第1半導体領域と第2半導体領域を有し、前記第1半導体領域は、前記半導体低温成長層と格子整合する半導体を含み、前記第2半導体領域は、前記半導体基板と格子整合する半導体を含む光伝導素子を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、半導体低温成長層の特性を向上させて、光励起により効率よくテラヘルツ波パルスを発生することができる。また、S/N比を向上させることができる。特に、必要に応じて、1μm以上の通信波長帯の励起レーザ光に対して有効なテラヘルツ波発生・検出素子、及びそれを用いた計測装置、イメージング装置を提供することができる。また、ファイバを用いた励起レーザ光源を用いることも可能とするので、装置の小型、低コスト化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明による実施形態1の光伝導素子の断面構造図。
【図2】本発明による実施形態2の光伝導素子の断面構造図。
【図3】本発明による実施形態3の光伝導素子の鳥瞰図及び断面構造図。
【図4】本発明による実施形態3の光伝導素子の他の断面構造図。
【図5】本発明による実施形態4の光伝導素子の断面構造図。
【図6】本発明によるテラヘルツ波発生装置及びそれを用いた分光装置の構成図。
【図7】本発明による実施形態1の光伝導素子の他の断面構造図。
【図8】本発明による実施形態1の分光装置で得られたテラヘルツ波の時間波形。
【図9】本発明による実施形態1の光伝導素子の他の断面構造図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明による実施形態及び実施例について図を参照して説明する。
(実施形態1)
本発明による実施形態1について図1を参照して説明する。本実施形態では、半絶縁性InP基板10に、通常の成長温度でInGaAs層11、InAlAs層12、InGaAs層13が形成され、その上に半導体低温成長層として低温成長によるLT-InGaAs層14が形成されている。光伝導素子として機能させるため、アンテナを兼ねた一対の電極15a、15bが表面に形成されている。
【0013】
レーザ光16の照射によりテラヘルツ波17を発生するのは、半導体低温成長層14である。半導体低温成長層14は、例えば1.55μm帯の光で動作し、かつ抵抗が高くなるように、Beを1018cm-3ドープした200℃成長温度の層とし、結晶性を上げるために600℃程度でアニールをしている。半導体低温成長層の成長温度は200℃以上400℃未満であり、好ましくは200℃以上300℃以下である。また、通常の成長温度とは400℃以上700℃以下を指し、好ましくは550℃以上650℃以下である。典型的には600℃程度で行う。結晶成長はMBE成長、もしくはMOCVD成長を用いることができる。成長にあたっては、層11〜13は通常の成長温度で比較的結晶性の良い層が形成され、同一チャンバー内で一旦成長中断し、基板温度を下げたのち低温成長を行う。
【0014】
前述した様に、低温成長の温度は一般的には同様の成長装置で200℃から400℃程度を指す。一般にこのような低温成長によりキャリア寿命を短くできることが知られている。半導体低温成長層はテラヘルツ波の発生素子・検出素子として広く使われているが、その理由は次のような効果による。短キャリア寿命の半導体低温成長層をテラヘルツ波の発生素子に利用すると、半導体低温成長層中の残留キャリアを減らしてテラヘルツ波の発生効率を向上させる効果がある。また、テラヘルツ波の検出素子に利用すると、高速応答や暗電流低減といった効果がある。キャリア寿命の程度は一般にサブns(ナノセカンド)であることが望ましく、この値を成長温度400℃未満程度で実現できるような測定例がある(APL vol.65, p1790)。低温成長は結晶性が落ち不安定なプロセスになりやすいので、より望ましくは成長温度を300℃以下に設定するとよい。前述したように、半導体低温成長層は高抵抗化と結晶性向上のために成長後にアニールされる。上記数値例はLT-InGaAsの場合であるが、例えばLT-GaAsの場合も同様の事情がある。低温成長したときの特徴は他にもあり、例えばAsの量が化学量論組成より1%程度多くなることが知られている(IEEE Journal of quantum
electronics vol.28,p.2464)。また、これらのAsはアニールによってクラスタ状(数nm以上)になる。TEMで観察した例が一般に知られている(JJAP vol.46, 6514)。本文献に記載のX線測定のデータによると、低温成長GaAs層はGaAs基板と比べて低ピーク強度、広ピーク線幅、ピーク角度ズレといった性質がある。低ピーク強度、広ピーク線幅は半導体低温成長層の結晶性の低さを表し、ピーク角度ズレは格子定数の変化を表している。上記のような低温成長層の特徴により、半導体低温成長層を通常成長温度の層(結晶性良好、低欠陥量(EPD:Etch Pit Density)、低過剰As量、Asクラスタなし)と見分けることが可能である。
【0015】
アニールは、同一チャンバー内で成長終了後に行ってもよいし、チャンバーから取り出したのちに別の加熱炉で行ってもよいし、それらの併用でもよい。いずれの場合でも加熱時にAsが飛散しないように、As分子を照射するなどAs分圧を上げる工夫をすることが望ましい。
【0016】
それぞれの層の厚さや機能について説明する。InGaAs層11は、アンドープで100nm〜1000nm程度の厚さを持つ層であり、比較的強度の弱い半導体低温成長層を保持する役割を持つ。その上のアンドープInAlAs層12は、数10nm程度の厚さで、InGaAs層11とのヘテロ界面を形成することでキャリアブロック層として機能し、低抵抗となることを防ぐ。さらにアンドープInGaAs層13は、数nmの厚さで、基板温度を下げるための成長中断でInAlAs層12が酸化されることを防ぐためのカバー層である。LT-InGaAs層14は、すでに述べたように欠陥を補償するためにBeドープされており、照射されるレーザ光16の吸収長程度の厚さが望ましく、典型的には1.6μm程度の厚さである。ここで述べた様に、通常の成長温度で成長させた半導体成長層11〜13には、半導体低温成長層14のバンドギャップよりも広いバンドギャップを持つ半導体層12を含んでいる。
【0017】
従来、通常の成長温度の成長層がない場合には、InP基板との界面に欠陥の多い層が集中して、抵抗率を増大させることが難しかった。本実施形態により、界面付近の欠陥密度を低減させることができ、抵抗率の向上が可能となる。その結果、励起レーザ光16の照射による透過配置でテラヘルツ波17が発生するタイプで、電極15a、15bに印加する電圧を高くすることができる。よって、低温成長層で励起されたホトキャリアの移動速度を増大させ、発生するテラヘルツ波の振幅を大きくすることが可能となる。このような光伝導素子がテラヘルツ波の検出器として用いられることは、通常の光伝導素子の場合と同様である。
【0018】
本実施形態ではInGaAs/InAlAs/InP系を例にとって説明したが、次の様な形態も可能である。すなわち、GaAs/AlGaAs/GaAs、InGaAs/AlGaAs/GaAs、InGaAsP/InP、GaAsSb/InP、GaAsSb/GaAs、InGaSb/GaSb、InGaAlP/ GaAsなどを含む化合物半導体に適用することができる。混晶比や成長基板などは、使用する励起レーザ光によって選択することができる。例えば、通信波長帯の励起レーザ光に対して有効なものとして、半導体低温成長層にはInxGa1-xAs(0≦x≦1)層またはGaAsySb1-y(0≦y≦1)層を用い、基板にはGaAsまたはInPを用いた素子が挙げられる。さらに、Si基板を用いてバッファ層を介した化合物半導体成長を行なってもよい。
【0019】
(実施例1)
次に、実施形態1による実施例1を説明する。本実施例はInP基板(格子定数はおよそ0.587nm)に格子整合する層を用いたものである。本発明では素子の実用上、概ね数100nm以上の厚さを成長しても臨界膜厚を越えない0.1%以下の格子不整合量のものを格子整合とし(たとえば、結晶成長ハンドブック(小松啓編、共立出版、p.699、1995)参照)、それより大きい値の格子不整合量のものを格子整合しないとする。そこで、InGaAs層11のIn組成は0.53、InAlAs層12のIn組成は0.52、InGaAs層13のIn組成は0.53とし、厚さはそれぞれ270nm、20nm、5nmとした。半導体低温成長層14はIn組成0.53とし、厚さを1.6μmとした。
【0020】
本実施例の素子をテラヘルツ波パルス発生素子として時間領域分光装置を構築した例を説明する。図6は、本実施例に係るテラヘルツ時間領域分光システム(THz−TDS)を示している。このような分光システム自体は、従来から知られているものと基本的に同様なので、概要のみを説明する。この分光システムは、短パルスレーザ830と、ハーフミラー910と、光遅延系920と、電磁波発生素子800と、電磁波検出素子940とを主要な要素として備えている。ポンプ光931(超短パルス光831)、プローブ光932は、それぞれ光学手段であるレンズ990、980を介して電磁波発生素子800と電磁波検出素子940を照射する。本実施例においては、励起レーザ光源830として1.5μm帯ファイバ型フェムト秒レーザを用いた。ここで、素子800は本発明によるテラヘルツ波発生素子であり、レンズを介したポンプ光が電極ギャップの光照射面に照射されるようなテラヘルツ波発生装置を構成している。発生したテラヘルツ波は、テラヘルツ波ガイド933、935によって検体950に導かれ、検体950の吸収スペクトルなどの情報を含むテラヘルツ波は、テラヘルツ波ガイド934、936によって電磁波検出素子940によって検出される。このとき、電磁波検出素子940は従来型のLT-GaAsによる光伝導素子を用いており、電流計960の検出電流の値は、テラヘルツ波の振幅に比例する。検出側でGaAsを用いるため、プローブ光932側に第二次高調波発生器(SHG結晶)970を挿入した。時間分解を行うには、プローブ光932側の光路長を変化させる光遅延系920を動かすなど、ポンプ光とプローブ光との照射タイミングを制御すればよい。なお、検出側にも本発明による光伝導素子を用いてSHG結晶を必要としない系を構築してもよい。この様に、ここでのテラヘルツ時間領域分光装置は、電磁波発生素子を含むテラヘルツ波発生装置と、電磁波検出素子を含むテラヘルツ波検出装置を備える。そして、電磁波発生素子のテラヘルツ波発生タイミングと電磁波検出素子のテラヘルツ波検出タイミングとの時間差を制御することで、発生しているテラヘルツ波パルスの時間波形をサンプリングの原理により測定する。本構成において、テラヘルツ波発生装置とテラヘルツ波検出装置の少なくとも一方を、本発明によるテラヘルツ波発生・検出装置を用いて構成することができる。
【0021】
次にこの駆動条件について述べる。本発明による発生素子800には、電圧源820により20Vの電圧を印加し、ポンプ光931として30fsec、平均パワー20mWの超短パルス光を照射する。検出側には、5mWのプローブ光932を照射して検出した電流を、107程度の増幅率で帯域10kHzを持つトランスインピーダンスアンプで電圧信号に変換し、必要に応じてフィルターを挿入する。典型的には100mV前後のピークを持つテラヘルツ波パルスが観測される。プローブ側の光路長を遅延ステージ920で変調することで、発生しているテラヘルツ波パルスの時間波形をサンプリングの原理により測定できる。得られた時間波形をフーリエ変換することで5THzを越える帯域が得られることがわかる。これらの駆動条件は一例であり、電圧、照射光パワーは上記の値に限るものではない。また、発生素子の印加電圧を10kHzで変調、或いは光チョッパーを用いて光強度を変調させ、ロックインアンプにより信号検出してもよい。この様に、本発明によるテラヘルツ波発生・検出装置を少なくとも1つ用いてテラヘルツ時間領域分光システムを構成することが可能である。
【0022】
(実施例2)
実施形態1による実施例2を説明する。本実施例は、さらに抵抗率を向上させるために、半導体低温成長層14のIn組成を0.45とした。バンドギャップ波長は1.49μmとなるが、発生素子として動作させる場合は電界印加をするため、実際には1.55μm近傍のレーザ光も吸収することができる。
【0023】
この場合、InGaAs層11は、In組成0.53の格子整合層を250nmとし、In組成をその0.53から0.45まで下げる傾斜層を20nmとして合計270nmの厚さとした。また、InAlAs層12はIn組成0.45(格子定数0.584nm)で20nm厚、InGaAs層13はIn組成0.45(格子定数0.584nm)で5nm厚とした。なお、格子定数はベガードの法則より求めた値である。この場合、InP基板に対して格子不整合量が0.5%を越えるため、半導体層であるInAlAs層12とInGaAs層13は基板とは格子整合していない層ということになる。一方で、半導体層であるInAlAs層12とInGaAs層13は、半導体低温成長層14とは格子整合している。つまり、実施例2で用いる半導体低温成長層14は、半導体層と格子整合するが、半導体基板であるInP基板とは格子整合しない半導体を含むことになる。また、半導体層の一つであるInGaAs層11は、第1半導体領域と第2半導体領域を有している。第2半導体領域はIn組成0.53の格子整合層であるため、半導体基板と格子整合する半導体を含み、第1半導体領域はIn組成をその0.53から0.45まで下げる傾斜層であり0.45の部分において、半導体低温成長層と格子整合する半導体を含む。このようにIn組成を少なくするなどしてエネルギーバンドギャップを広げることで高抵抗化すれば、印加電圧を増大させることでテラヘルツ波発生効率を向上させることができる。また、検出器の場合には暗電流を低減してノイズを低減することができる。この様に、本実施例では、半導体低温成長層には、成長に用いた半導体基板と格子整合しない半導体を含み、通常温度で成長させた半導体成長層には、成長に用いた半導体基板と格子整合する半導体を含む。
【0024】
(実施例3)
実施形態1による実施例3を図7を参照して説明する。本実施例では、さらに抵抗率を向上させるために、半導体低温成長層71にLT-GaAsを用いている。GaAsのバンドギャップ波長は0.87μm程度であるが、バンドギャップ内の中間準位を用いた2段階の吸収過程や2光子吸収過程によって1.55μm帯のレーザ光72も吸収できることが知られている(非特許文献 Applied Physics Letters vol.77,p.1396(2000))。非線形過程を主に利用するためにレーザ光72が高いピークパワーである場合に実用的な手法となる。したがって、レーザ光72のパルス幅を狭くしてピークパワーを増大することが有効である。さらに、レーザ光72の半導体低温成長層71上での集光ビーム直径(1/e2)を小さくすることでピークパワーを増大するようにしてもよい。パルス幅30fs、繰り返し周波数50MHzのレーザ光72を用い、ビーム直径を10μmとしたとき、典型的にはレーザ光72の平均パワーは1mW以上とし、望ましくは10mW以上とするとよい。これらの値に限るものではもちろんなく、パルス幅100fsのレーザ光72を用いた時などは、ビーム直径をより小さくしたり、平均パワーをより増大したりすればよい。バンドギャップ内の中間準位は主にAs欠陥に因るとされており、励起キャリア数向上のために、As欠陥の多い半導体低温成長のGaAsの使用が望ましい。ここでは、250℃でMBE成長したLT-GaAsを用いる。
【0025】
基板73には500μm厚のSI-GaAsを用いている。半導体低温成長層71と基板73の間には通常成長温度(400〜700℃)のAlGaAs層77(厚さ50nm、Al組成12%)/AlGaAsグレーデッド層76(厚さ20nm、Al組成100%→12%)/AlAs層75(厚さ100nm)/AlGaAsグレーデッド層74(厚さ20nm、Al組成12%→100%)の各半導体層が形成されている。これらにより、半導体低温成長層71と基板73が接触して形成される場合に生じる界面欠陥に起因する抵抗率の減少を防いでいる。さらに、高抵抗なAlAs層75を挟むことで基板73への電流の漏れを低減している。各材料の格子定数は、GaAsが0.5653nm、AlGaAs(Al組成12%)が0.5654nm、AlAsが0.5661nmである(Semiconductors Basic Data 2nd
revised Edition (Otfried Madelung編、Springer))。格子不整合度は各層間で概ね0.1%以下である。
【0026】
半導体低温成長層71の上部には、アンテナ兼電極78a、78bが形成されている。本実施例の素子をテラヘルツ波パルス発生素子として使う場合には、アンテナ兼電極78a、78b間に電圧を印加する。レーザ光72をアンテナ兼電極78のギャップ部に照射することでテラヘルツ波79を発生できる。テラヘルツ波パルス検出素子として使う場合には、アンテナ兼電極78のギャップ部にレーザ光72とテラヘルツ波79を同時に照射してアンテナ兼電極78a、78b間に流れる電流を検出する。
【0027】
本実施例の素子をテラヘルツ波パルス発生素子、テラヘルツ波パルス検出素子として時間領域分光装置を構築した例を説明する。実施例1と異なる部分について以下説明する。本実施例の概要図は、実施例1の図6において第二次高調波発生器(SHG結晶)970を除いたものに相当する。
【0028】
テラヘルツ波パルス発生素子800、テラヘルツ波パルス検出素子940は、本実施例で説明したLT-GaAsを半導体低温成長層71として用いた素子である。LT-GaAsでも、前述した2段階の吸収過程や2光子吸収過程によって1.55μm帯のレーザ光910によりキャリアを発生させることができる。したがって実施例1(図6)において用いたような第二次高調波発生器(SHG結晶)970を用いずにTHz−TDSを構成できる。
【0029】
アンテナ兼電極78a、78bのギャップ間隔は6μm、ギャップの横幅は10μmである。ここではギャップ上でのレーザ光910の直径(1/e2)を10μmとしたが、レーザ光910のパワー密度を高めるために、より小さい直径としてもよい。キャリア発生に非線形過程を用いているため、ギャップでのレーザ光910のパワー密度を高めるとレーザ光910がテラヘルツ波へ変換する効率を向上することができる。一方で、パワー密度を上げすぎると通常の光伝導素子で知られているように変換効率の飽和が起こる。飽和現象が起こると一般にテラヘルツ波の周波数が低周波数側に移動するので、ユーザーが必要とする変換効率や周波数などに応じてレーザ直径を選択すればよい。
【0030】
次にこの駆動条件について述べる。本実施例による発生素子800には、電圧源820によりサイン波形状の100V(peak to peak)の電圧を周波数50kHzで印加し、ポンプ光931としてパルス幅30fsec、平均パワー30mWの超短パルス光を照射する。検出側には、平均パワー36mWのプローブ光932を照射して検出電流を生じさせている。
【0031】
このようなTHz−TDSによって得られたテラヘルツ波の時間波形を図8に示す。パルス幅(電界強度の半値全幅)300fs程度のパルスが得られていることがわかる。これらの駆動条件は一例であり、電圧、照射光パワーは上記の値に限るものではない。また、発生素子800と検出素子940のいずれかに本実施例で説明した素子を使用する構成でもよい。この様に、本発明によるテラヘルツ波発生・検出装置を少なくとも1つ用いてテラヘルツ時間領域分光システムを構成することが可能である。
【0032】
(実施例4)
実施形態1による実施例4を図9を参照して説明する。本実施例では、半導体低温成長層91にLT-GaAsを、基板93にSiを用いている。Si基板93はいわゆる高抵抗Siを用いており、抵抗率1kohm.cm以上のものが望ましい。GaAs層の成長にはGaAs基板が通常使用されるが、本実施例のようにSi基板を使うことでテラヘルツ波の吸収損失を低減できる。
【0033】
本実施例では厚さ675μm、抵抗率3kohm.cmのSi基板93を使用する。Si基板93の面方位は(100)面、オフアングルは6°toward<100>とする。Si基板93上にはバッファ層94として半導体層のGe層を挿入している。また、バッファ層94の上にはキャリアブロック層95としてAlAs層の半導体層を挿入している。バッファ層94とキャリアブロック層95は前述した通常の成長温度で成長されている。成長には、CVDやMBEなど種々の手法を使用してよい。バッファ層94とキャリアブロック層95などの層間で成長中断があっても、またはそれぞれの層の成長を別の装置で実施しても構わない。各材料の格子定数は、GaAsが0.5653nm、Siが0.5431nm、Geが0.5658nm、AlAsが0.5661nmである(Semiconductors
Basic Data 2nd revised Edition (Otfried Madelung編、Springer))。格子不整合度は、SiとGaAsで4.09%(格子不整合)、SiとGeで4.18%(格子不整合)、GeとGaAsで0.08%(格子整合)である。Si基板93とLT-GaAs半導体低温成長層91は格子定数が大きく異なるが、バッファ層94によって格子定数差を吸収して、LT-GaAs半導体低温成長層91を結晶性良く成長させることができる。バッファ層94はテラヘルツ波96の吸収を低減するために、半導体低温成長層91の結晶性を悪化させない範囲内でできるだけ薄くすることが望ましい。望ましくは、1μm以下とする。キャリアブロック層95は、抵抗率の低いバッファ層94に電流パスが通じないようにするためのもので、バッファ層94より高抵抗の材料が用いられる。望ましくは、抵抗率108ohm.cm以上とする。ここではキャリアブロック層95の厚さは1μmとする。キャリアブロック層95は図7のように多層構造にしたりグレーデッド層などを入れたりしてもよい。
【0034】
LT-GaAs半導体低温成長層91の厚さは1.5μmとしている。厚さを増すとレーザ光92の吸収量を増加できるが、臨界膜厚に近づき結晶性が悪化するリスクも大きくなる。LT-GaAs半導体低温成長層91の成長温度は250℃としている。97a、97bはアンテナ兼電極であり、半導体低温成長層91に接して設けられる。電圧を印加したアンテナ兼電極97a、97bのギャップにレーザ光92を照射することでテラヘルツ波96を発生する。発生したテラヘルツ波96は基板93等を介して空間に放射されるが、本実施例のように高抵抗Siを基板93に用いることでテラヘルツ波96の吸収損失を低減できる。
【0035】
上記説明した各層の厚さや材料、抵抗率等の物性値は一例であり、これに限るものではない。例えば、レーザ光92の波長に応じて半導体低温成長層91にInxGa1-xAs(0≦x≦1)またはGaAsySb1-y(0≦y≦1)などを用いたりしてもよい。本実施例で説明した素子により、基板によるテラヘルツ波の吸収損失を低減した発生素子または検出素子を提供できる。
【0036】
なお、実施例1、2、3及び4で示した厚さや組成や材料は一例であり、実施形態1で説明した機能を発現する通常温度の成長層と半導体低温成長層を組み合わせれば本発明の効果(半導体低温成長層の特性の向上)を奏することができる。
【0037】
(実施形態2)
本発明による実施形態2は図2に示すように保持基板30の一部に穴33を開けている。これは、励起レーザ光35を半導体層31上のアンテナ兼電極32のギャップ部に照射することで発生したテラヘルツ波が34のように基板30を透過せずに直接出射できるようにするためである。ここでは、実施形態1で示した多層の半導体層を31として表現している。このとき、これまでの半導体低温成長層のみの場合には、穴を開けた薄膜部が破壊されやすかったが、本発明にように通常温度による成長層を入れることで強度を向上させることができる。ここでは、半導体層31をエピタキシャル成長したときの基板30をそのまま用いているが、後述の実施形態3で述べるように半導体層31を別基板へ転写する形態において穴開けを適用してもよい。
【0038】
穴加工をする場合には、半導体基板と半導体層の間にエッチングストップ層を設ければ、制御性を向上させることができる。例えば、InP系場合には実施形態1で述べたInGaAs(図1の層11)などがエッチングストップ層として用いられる。本実施例では、励起光も、発生するテラヘルツ波も真空中または空気中を伝搬し、物質中を殆ど透過しない構造のため、材料の波長分散の影響を殆ど受けずに、広帯域なテラヘルツ波発生が可能となる。
【0039】
(実施形態3)
本発明による実施形態3は、実施形態1や2と異なり、半導体層をエピタキシャル成長するときに用いた基板とは異なる保持基板或いは構造体の上に転写して光伝導素子を形成したものである。一般に、InPやGaAsのような化合物半導体基板は7THz近傍にフォノンによる吸収帯があり、発生したテラヘルツ波が吸収されて帯域制限の原因になったりする。実施形態2のように基板に穴を開けてこれを回避する方法もあるが、ここでは、Si基板などに転写するものである。つまり、本実施形態は、通常温度で成長させた半導体成長層、半導体低温成長層及び電極を含む構成が、成長に用いた半導体基板とは異なる基板に接着されていることを特徴とする。基板の吸収を低減する方法としては実施形態1の実施例4に示したようなSi基板上に低温成長層をエピ成長させる方法があるが、本実施形態の方法はその他の実現方法である。
【0040】
図3(a)はこの様子を示す鳥瞰図、(b)はそのA-A’断面図である。例えば実施形態1のようにLT-InGaAsによる光伝導素子の場合には、InP基板上に通常の成長温度によりInGaAs層42、InAlAs層43、InGaAs層44を成長する。そして、半導体低温成長層として低温成長によるInGaAs層45を形成して、一対の電極46までを形成する。その後、基板とは反対側をガラス基板などに貼り付けてInP基板を除去し、接着層41を介して高抵抗Si基板40にエピタキシャル層49の接着を行う。このとき、接着層41はエポキシ樹脂などを用いることができ、典型的には10μm程度、望ましくは損失や多重反射を避けるために5μm以下の厚さがよい。また、Si基板40としては抵抗率10kohm.cm以上のものが好適に用いられる。その後、図示しないガラス基板を除去すれば図3のような形態となる。
【0041】
このとき、レーザ光47を一対の電極46のギャップ部50に照射して電極46に電圧を印加すれば、テラヘルツ波48が基板のフォノンの吸収の影響なく発生する。電圧を印加しないで、48とは逆方向にテラヘルツ波を入射させて検出器として用いることもできる。基板としては、Si基板40以外に石英基板、樹脂基板など、テラヘルツ波の損失が少ないものであれば用いることができる。また、平板以外に、図4に示したように、テラヘルツ波の取り出し効率を向上させるための半球Siレンズ51に直接エピタキシャル層49をボンディングした形態でもよい。
【0042】
本実施形態では、転写するときに、通常温度の層があるために、基板除去した際のエピタキシャル層49の歪や欠陥による破壊を避けることができる。特にバンドギャップを大きくするために格子不整合が大きくなった場合に有効である。なお、ヘテロ接合層InAlAs層43に強度を持たせて、InP基板除去に引き続きInGaAs層42を除去してもよい。
【0043】
(実施形態4)
本発明による実施形態4を説明する。ここでは、図5に示すように、電極兼アンテナ22側を保持基板20に接着して、半導体層21はエピタキシャル成長時に使用した半導体基板を除去して保持基板20に転写されている。バイアスするための電極配線25は基板20の表面に形成しておき、半導体層21表面の電極22を電気的にコンタクトするように接着すればよい。本構造では、保持基板20として、テラヘルツ波透過性の良い高抵抗シリコンや石英、オレフィン・テフロン(登録商標)・ポリエチレンなどの樹脂が好適に用いられる。
【0044】
励起レーザ光23は半導体層21の電極22のない側から入射され、実施形態1と同様の原理でテラヘルツ波パルスが発生し24のように放射される。保持基板20としては、テラヘルツ波放射の指向性を向上させるためにレンズ形状にする、或いはレンズを別途備えてもよい。本実施形態では、励起光が半導体層21の電極のない側に照射されるため、ビーム径のサイズによらず電極によって遮られることがなく、励起光の照射効率を向上させることができる。
【符号の説明】
【0045】
10‥基板、11、12、13‥半導体層(通常の成長温度で成長させた半導体成長層)、14‥半導体層(半導体低温成長層)、15a、15b‥電極兼アンテナ(電極)、16‥励起光、17‥テラヘルツ波

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体低温成長層を有する光伝導素子であって、
前記半導体低温成長層と半導体基板との間に位置し、かつ前記半導体低温成長層よりも薄い半導体層を有し、
前記半導体低温成長層は、前記半導体層と格子整合し前記半導体基板と格子整合しない半導体を含むことを特徴とする光伝導素子。
【請求項2】
半導体低温成長層を有する光伝導素子であって、
前記半導体低温成長層と半導体基板との間に位置し、かつ前記半導体低温成長層よりも薄い半導体層を備え、
前記半導体層は、少なくとも第1半導体領域と第2半導体領域を有し、
前記第1半導体領域は、前記半導体低温成長層と格子整合する半導体を含み、
前記第2半導体領域は、前記半導体基板と格子整合する半導体を含むことを特徴とする光伝導素子。
【請求項3】
前記半導体層は、前記半導体低温成長層のバンドギャップよりも広いバンドギャップを持つことを特徴とする請求項1または2に記載の光伝導素子。
【請求項4】
前記半導体層、前記半導体低温成長層および電極を含む構成が、前記半導体基板と異なる基板上に配置され、前記半導体基板が除去されていることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の光伝導素子。
【請求項5】
前記半導体基板の一部に穴を有することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の光伝導素子。
【請求項6】
前記半導体基板と異なる基板の一部に穴を有することを特徴とする請求項4に記載の光伝導素子。
【請求項7】
前記半導体低温成長層はInxGa1-xAs(0≦x≦1)層またはGaAsySb1-y(0≦y≦1)層であることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の光伝導素子。
【請求項8】
前記半導体層がGe層を含むことを特徴とする請求項1から7のいずれか1項に記載の光伝導素子。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか1項に記載の光伝導素子と、
前記光伝導素子を励起するための光を発する光源と、
前記光伝導素子の光照射面に前記光源の光を照射するための光学手段と、を有することを特徴とするテラヘルツ波発生・検出装置。
【請求項10】
電磁波発生素子を含むテラヘルツ波発生装置と、電磁波検出素子を含むテラヘルツ波検出装置を備え、前記電磁波発生素子のテラヘルツ波発生タイミングと前記電磁波検出素子のテラヘルツ波検出タイミングとの時間差を制御することで、発生しているテラヘルツ波パルスの時間波形をサンプリングの原理により測定するテラヘルツ時間領域分光装置であって、
前記テラヘルツ波発生装置と前記テラヘルツ波検出装置の少なくとも一方を、請求項9に記載のテラヘルツ波発生・検出装置を用いて構成したことを特徴とするテラヘルツ時間領域分光装置。
【請求項11】
半導体低温成長層を有する光伝導素子の製造方法であって、
半導体基板上に半導体層を400℃以上700℃以下で形成する工程と、
前記半導体層上に、前記半導体層と格子整合しつつ前記半導体基板と格子整合しない半導体を含む半導体低温成長層を200℃以上400℃未満で形成する工程と、を有することを特徴とする光伝導素子の製造方法。
【請求項12】
半導体低温成長層を有する光伝導素子の製造方法であって、
半導体基板上に、前記半導体基板と格子整合する半導体を含む第2半導体領域を400℃以上700℃以下で形成し、前記第2半導体領域上に第1半導体領域を形成する工程と、
前記第1半導体領域上に、前記第1半導体領域と格子整合をする半導体を含む半導体低温成長層を200℃以上400℃未満で形成する工程と、を有することを特徴とする光伝導素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−212868(P2012−212868A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−47443(P2012−47443)
【出願日】平成24年3月3日(2012.3.3)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】