説明

圧電体膜の成膜方法、圧電素子、液体吐出装置、及び圧電型超音波振動子

【課題】圧電特性及び駆動耐久性の良好な鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜を簡易な方法により成膜する。
【解決手段】本発明の鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜の成膜方法は、スパッタリング法による成膜において、成膜途中で、前記基板の電位を第1の基板電位Vsub1から、前記圧電体膜の鉛組成を所望の組成とするように第2の基板電位Vsub2に変更する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリング法により鉛含有ペロブスカイト型酸化物を含む圧電体膜を成膜する方法、及び該成膜方法により成膜された圧電体膜を用いた圧電素子、液体吐出装置、及び圧電型超音波振動子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電界印加強度の増減に伴って伸縮する圧電性を有する圧電体と、圧電体に対して電界を印加する電極とを備えた圧電素子が、インクジェット式記録ヘッドや圧電型超音波振動子に搭載される圧電アクチュエータ等の用途に使用されている。インクジェット式記録ヘッドにおいて、高精細且つ高速な印刷を実現するためには圧電素子の高密度化が必要である。そのため、圧電素子の薄型化が検討されており、それに使用される圧電体の形態としては、加工精度の関係から、薄膜が好ましい。
【0003】
また、高精細な印刷には、更にインクとして高粘度なインクを使用する必要がある。高粘度のインクを吐出可能とするためには、圧電素子にはより高い圧電性能が要求される。圧電体薄膜(以下、圧電体膜とする。)において高い圧電性能を有する材料としては、ジルコンチタン酸鉛(PZT)等の鉛含有ペロブスカイト型酸化物が広く用いられている。
【0004】
この鉛含有ペロブスカイト型酸化物を圧電体膜の材料とした場合、圧電性能が高いものの、その駆動耐久性が鉛の組成によって大きく左右されることが知られている。鉛は、駆動時に繰り返し電圧が印加されることによりイオンマイグレーションを生じやすい元素であるため、圧電体膜中に過剰な鉛が含まれると、鉛のイオンマイグレーションが起こりやすく、異常放電等の圧電素子の耐久性を低下させる現象を生じやすくなる。
【0005】
鉛含有ペロブスカイト型酸化物を、成膜プロセスが容易なスパッタリング法により成膜する場合、結晶性の良好なペロブスカイト型酸化物を成膜するためには、ターゲットの鉛量を過剰にする必要があることが知られており、供給される鉛量を減らすと、ペロブスカイト型の結晶成長に優先して圧電性を持たないパイロクロア相が成長しやすくなってしまう。従って、鉛量が少なく、且つ、良好なペロブスカイト型の結晶性を有する圧電体膜を成膜する方法が求められている。
【0006】
特許文献1には、鉛のBサイト元素に対するモル比が0.8〜1.0であり、良好な圧電特性を有する鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜が開示されている。また、特許文献2には、鉛組成を電極近傍と中央部とで変化させることにより、PZT系圧電体膜を備えた強誘電体キャパシタの耐久性を向上させた誘電体素子が開示されている。特許文献2では、スパッタリング法において鉛量を制御する方法として、組成の異なる複数のターゲットを導入する方法、及び成膜中のガス圧や高周波パワーを変化させる方法を用いることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−150491号公報
【特許文献2】特開平6−21337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1には、鉛とBサイト元素とのモル比が0.8〜1.0である鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜をスパッタリング法により成膜することが好ましいことが記載されているが、スパッタリング法の成膜条件は一切記載されておらず、どのようにして得られるのかが不明である。
【0009】
また、特許文献2には、組成の異なる複数のターゲットを導入する方法、及び成膜中のガス圧力を変化させる方法により、鉛のBサイト元素に対するモル比を1.2から1.0まで変化させられることが記載されているが、いずれの方法によっても鉛のBサイト元素に対するモル比を1.0より小さい組成で結晶性の良好なペロブスカイト型酸化物膜が得られるかどうかは不明である。特に、組成の異なる複数のターゲットを導入する方法は、スパッタチャンバーが複数必要となるため装置構成も複雑である。
【0010】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、スパッタリング法により、圧電特性に優れ、且つ、耐久性の優れた鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜を簡易に成膜する方法を提供することを目的とするものである。
【0011】
本発明はまた、耐久性の優れた圧電素子及びそれを備えた液体吐出装置、及び圧電型超音波振動子を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、スパッタリング法により鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでもよい)圧電体膜を成膜する際に、基板電位が高いほど成膜される膜中の鉛組成が多くなること、そして、成膜初期においてペロブスカイト型の結晶成長をするに充分な鉛量を供給可能な基板電位で成膜し、その後、その膜を下地として、鉛組成が少なくなるような基板電位にて成膜することで、鉛組成が少ないにもかかわらず、パイロクロア相の少ないペロブスカイト型の結晶構造を有する圧電膜を成膜できることを見いだした。
【0013】
すなわち、本発明の成膜方法は、スパッタリング法により1種又は複数種の鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜(不可避不純物を含んでいてもよい。)を基板上に成膜する方法であって、成膜途中で、前記基板の電位を第1の基板電位Vsub1から、前記圧電体膜の鉛組成を所望の組成とするように第2の基板電位Vsub2に変更することを特徴とするものである。
【0014】
本発明の成膜方法は、前記圧電体膜が、チタン酸ジルコン酸鉛を含む1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでいてもよい。)場合(PZT系圧電体膜)に好ましく適用することができる。
【0015】
また、前記圧電体膜が、下記一般式(P)で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでいてもよい。)ものである場合は、前記第1の基板電位Vsub1にて前記ペロブスカイト型酸化物よりPb組成aが多いペロブスカイト型酸化物の結晶核を形成する工程(A)と、前記圧電体膜の組成が下記一般式(P)のPb組成となるように前記第2の基板電位(Vsub2)を設定して前記圧電体膜を成膜する工程(B)とを順次実施して成膜することが好ましい。工程(A)において、Vsub1は、下記式(1)を満足することがより好ましく、下記式(2)を満足することが更に好ましい。また更に、下記式(3)及び(4)を満足することが好ましい。
一般式Pb・・・(P)
(式中、BはBサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、Oは酸素。aはペロブスカイト型構造を取り得る範囲内で1.0より小さい値である。bは1.0が標準であるがペロブスカイト型構造を取り得る範囲内でずれてもよい。)
−10≦Vsub1(V) ・・・(1)、
−10≦Vsub1(V)≦25・・・(2)
(式中、Vsub1は第1の基板電位)
−20<Vsub2(V)<5 ・・・(3)、
450℃<T(℃)<600℃ ・・・(4)
(式中、Vsub2は第2の基板電位、Tは前記工程(A)及び(B)における前記基板温度である)
【0016】
本発明の圧電素子は、上記本発明の成膜方法により成膜された圧電体膜と、該圧電体膜に対して電界を印加する電極とを備えたものである。
【0017】
また、本発明の液体吐出装置は、上記本発明の圧電素子と、該圧電素子に一体的にまたは隣接して設けられた液体吐出部材とを備え、該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有するものである。
【0018】
また、本発明の圧電型超音波振動子は、上記本発明の圧電素子と、前記電極に交流電流を印加する交流電源と、前記圧電体の伸縮により振動する振動板とを備えたものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明では、鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでもよい)圧電体膜を基板上に成膜する際に、スパッタリング法において成膜途中で、基板の電位を第1の基板電位Vsub1から、前記圧電体膜の鉛組成を所望の組成とするように第2の基板電位Vsub2に変更して成膜する。かかる成膜方法によれば、成膜初期においてペロブスカイト型の結晶成長をするに充分な鉛量を供給可能な基板電位で成膜し、その後、その膜を下地として鉛組成が少なくなるような基板電位に変更して成膜するため、鉛組成が少ないにもかかわらず、パイロクロア相の少ないペロブスカイト型の結晶構造を有する圧電膜を成膜できる。
【0020】
本発明によれば、スパッタリング法において、基板電位を成膜途中で変更するだけで、鉛組成が少ないペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜を成膜することができるので、異常放電等の駆動耐久性を低下させる要因となる鉛のイオンマイグレーションを抑制し、圧電特性に優れ、且つ、駆動耐久性に優れた鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜を簡易に成膜することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1A】RFスパッタリング装置の概略断面図
【図1B】図1AのRFスパッタリング装置において成膜中の様子を模式的に示す図
【図2】本発明に係る実施形態の圧電素子及びインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造を示す断面図
【図3】図2のインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)を備えたインクジェット式記録装置の構成例を示す図
【図4】図3のインクジェット式記録装置の部分上面図
【図5】本発明に係る一実施形態の圧電型超音波振動子の構造を示す断面図
【図6A】実施例1の成膜時の基板電位の経時変化を示す図
【図6B】実施例1で得られたPZT膜のXRDパターンを示す図
【図7A】実施例2の成膜時の基板電位の経時変化を示す図
【図7B】実施例2で得られたPZT膜のXRDパターンを示す図
【図8A】実施例3で得られたPZT膜の膜質と基板電位との関係を示す図(基板温度475℃)
【図8B】実施例3で得られたPZT膜の膜質と基板電位との関係を示す図(基板温度500℃)
【図9】比較例1で得られたPZT膜のXRDパターンを示す図
【図10】比較例2で得られたPZT膜のXRDパターンを示す図
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
「圧電体膜の成膜方法」
本発明の成膜方法は、スパッタリング法により1種又は複数種の鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜(不可避不純物を含んでいてもよい。)を基板上に成膜する方法であって、成膜途中で、基板の電位を第1の基板電位Vsub1から、圧電体膜の鉛組成を所望の組成とするように第2の基板電位Vsub2に変更することを特徴とするものである。
【0023】
「背景技術」の項において述べたように、鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜は、圧電性能が高いものの、駆動時に繰り返し電圧が印加されることにより鉛のイオンマイグレーションを生じて、異常放電等の圧電素子の耐久性を低下させる現象を生じやすくなる(後記比較例1,2)。従って、圧電体膜中の鉛量は少ない方が好ましいが、一方で、成膜時に供給される鉛量を減らすと、ペロブスカイト型の結晶成長に優先して圧電性を持たないパイロクロア相が成長しやすくなってしまう(後記比較例3,4を参照)。
【0024】
本発明の成膜方法は、スパッタリング法による鉛含有ペロブスカイト型酸化物の成膜では、基板電位が高いほど鉛組成が多くなることを見出し、基板電位を成膜途中で変更するだけの簡易な方法により、鉛組成が少ないにも拘わらず、パイロクロア相の少ないペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜を成膜可能であることを見出したものである。
【0025】
従って、本発明の成膜方法はスパッタリング法であれば特に制限されず適用可能である。スパッタリング法としては、成膜する膜の組成に応じた組成のターゲットを基板と対向配置させて成膜する通常のスパッタリング法や、反応性スパッタリング法等が挙げられるが、装置構成の簡易性を考慮すると、本発明の成膜方法は、通常のスパッタリング法に適用することが好ましい。
【0026】
ここで、成膜する膜の組成に応じた組成のターゲット組成とは、成膜中の逆スパッタ等により膜表面から蒸気圧の高い元素が抜けやすい性質等を考慮した組成を意味する。
【0027】
本発明は鉛含有ペロブスカイト型酸化物を成膜するものであり、鉛は蒸気圧が高く成膜された膜表面から抜けやすいことが一般に知られている。例えば、「真空ハンドブック」((株)アルバック編、オーム社発行)の表8.1.7には、Arイオン300evの条件において、PZTのスパッタ率は、Pb=0.75、Zr=0.48,Ti=0.65であることが記載されている。逆スパッタは、スパッタされやすい元素ほど生じやすい。
【0028】
逆スパッタを考慮すると、鉛含有ペロブスカイト型酸化物の成膜において、ターゲットの鉛組成は、成膜する膜組成よりも多くすることが好ましい。
【0029】
図1に示す通常のスパッタリング装置の構成例について説明する。図1AはRFスパッタリング装置の概略断面図であり、図1Bは成膜中の様子を模式的に示す図である。
【0030】
RFスパッタリング装置200は、内部に、基板Bが装着されると共に、装着された基板Bを所定温度に加熱することが可能なヒータ211と、プラズマを発生させるプラズマ電極(カソード電極)212とが備えられた真空容器210から概略構成されている。ヒータ211とプラズマ電極212とは互いに対向するように離間配置され、プラズマ電極212上に成膜する膜の組成に応じた組成のターゲットTが装着されるようになっている。プラズマ電極212は高周波電源213に接続されている。
【0031】
真空容器210には、真空容器210内に成膜に必要なガスGを導入するガス導入管214と、真空容器210内のガスの排気Vを行うガス排出管215とが取り付けられている。ガスGとしては、Ar、又はAr/O混合ガス等が使用される。図1(b)に模式的に示すように、プラズマ電極212の放電により真空容器210内に導入されたガスGがプラズマ化され、Arイオン等のプラスイオンIpが生成する。生成したプラスイオンIpはターゲットTをスパッタする。プラスイオンIpにスパッタされたターゲットTの構成元素Tpは、ターゲットから放出され中性あるいはイオン化された状態で基板Bに蒸着される。図中、符号Pがプラズマ空間を示している。
【0032】
プラズマ空間において、通常、基板Bは絶縁体であり、かつ、電気的にアースから絶縁されている。したがって、基板Bはフローティング状態にあり、その電位(Vsub)はフローティング電位となる。ターゲットTと基板Bとの間にあるターゲットの構成元素Tpは、プラズマ空間Pの電位と基板Bの電位(Vsub)との電位差の加速電圧分の運動エネルギーを持って、成膜中の基板Bに衝突すると考えられる。
【0033】
つまり、基板Bの電位Vsubが低いほど、ターゲットの構成元素Tpの運動エネルギーが大きくなることから、基板電位Vsubを低くすることにより、逆スパッタも生じやすくなると考えられる。すなわち、基板電位Vsubを下げることにより、成膜された膜表面からの鉛が抜けやすくなり、成膜される膜中の鉛組成を少なくすることができる。
【0034】
従って、本発明では、劣化の原因となる膜中過剰Pbを減らすために基板電位Vsubを成膜途中において適切な範囲にする。Vsubの変更方法としては特に制限されないが、基板Bにバイアス印加して変更してもよいし、基板とターゲットとの間にアースを設置するなどしても変更することができる。また、基板やチャンバ壁のインピーダンスを変更することによっても、基板電位を効果的に変化させることができる。
【0035】
スパッタリング法において、成膜される膜の特性を左右するファクターとしては、成膜温度、基板の種類、基板に先に成膜された膜があれば下地の種類、基板の表面エネルギー、成膜圧力、雰囲気ガス中の酸素量、投入電極、基板/ターゲット間距離、プラズマ中の電子温度及び電子密度、プラズマ中の活性種密度及び活性種の寿命等が考えられる。
【0036】
本発明者は多々ある成膜ファクターの中で、ペロブスカイト型の結晶成長に重要なファクターとして下地の結晶構造の重要性に着目し、同一元素からなるペロブスカイト型酸化物層、少なくともペロブスカイト型酸化物の結晶核が形成されていれば、その上に成膜される膜組成が必ずしもペロブスカイト型酸化物の結晶を成長しうる膜組成でなくてもペロブスカイト型の結晶成長が可能であることを見出した。更に、鉛組成は基板電位Vsubを変化させることにより制御できることを組み合わせることにより、成膜途中で基板電位を変化させるという簡易な方法で通常ペロブスカイト構造を取り得ない、鉛組成が少ない鉛含有ペロブスカイト型酸化物を成膜可能とする本発明に至った。
【0037】
後記実施例に示されるように、成膜初期の第1の基板電位Vsub1と、その後の第2の基板電位Vsub2とを好適化することにより、鉛組成が少ない良質なペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜を成膜できる。
【0038】
第1の基板電位Vsub1は、ペロブスカイト型の結晶成長をするに充分な鉛量を供給可能な基板電位である。成膜初期の島状成長期においては、成膜されたペロブスカイト型酸化物の表面積が大きいために、より鉛が抜けやすい。従って、Vsub1は、その抜けやすさを考慮して鉛供給量が多くなるように設定されることが好ましい。
【0039】
Vsub1からVsub2に変更するタイミングは、Vsub1における成膜により、少なくともペロブスカイト型酸化物の結晶核が形成されていれば特に制限されないが、膜組成の均質化を考慮すると、できるだけVsub1による成膜時間は短い方が好ましい。Vsub2での成膜において良好な結晶性のペロブスカイト型酸化物を成膜可能とするためには、Vsub1において圧電体膜が1層形成されていればよく、圧電体膜の膜厚は、150nm程度が好ましい。
【0040】
本発明の成膜方法は、1種又は複数種の鉛含有ペロブスカイト型酸化物の成膜に好ましく適用でき、チタン酸ジルコン酸鉛を含む1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物(PZT系ペロブスカイト型酸化物)の成膜により好ましく適用することができる。
【0041】
本発明者は、下記一般式(P)で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでいてもよい。)圧電体膜を成膜する場合は、第1の基板電位Vsub1にてペロブスカイト型酸化物の結晶核を形成する工程(A)と、圧電体膜の組成が下記一般式(P)のPb組成となるように第2の基板電位(Vsub2)を設定して圧電体膜を成膜する工程(B)とを順次実施して成膜することが好ましいことを見出している。
一般式Pb・・・(P)
(式中、BはBサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、Oは酸素。aはペロブスカイト型構造を取り得る範囲内で1.0より小さい値である。bは1.0が標準であるがペロブスカイト型構造を取り得る範囲内でずれてもよい。)
【0042】
工程(A)において、Vsub1は、下記式(1)を満足することがより好ましく、下記式(2)を満足することが更に好ましい。
−10≦Vsub1(V) ・・・(1)、
−10≦Vsub1(V)≦25・・・(2)
(式中、Vsub1は第1の基板電位)
【0043】
上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物としては、チタン酸鉛、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、ジルコニウム酸鉛、ニオブ酸ジルコニウムチタン酸鉛等が挙げられる。圧電体膜は、これら上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物の混晶系であってもよい。
【0044】
本発明は、特に、下記一般式(P−1)で表されるPZT又はそのBサイト置換系、及びこれらの混晶系に好ましく適用できる。
Pb(Zrb1Tib2b3)O・・・(P−1)
(式(P−1)中、XはV族及びVI族の元素群より選ばれた少なくとも1種の金属元素である。a>0、b1>0、b2>0、b3≧0。aはペロブスカイト型構造を取り得る範囲内で1.0より小さい値である。b1+b3+b3は1.0が標準であるがペロブスカイト型構造を取り得る範囲内でずれてもよい。)
【0045】
上記一般式(P−1)で表されるペロブスカイト型酸化物は、b3=0のときチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)であり、b3>0のとき、PZTのBサイトの一部をV族及びVI族の元素群より選ばれた少なくとも1種の金属元素であるXで置換した酸化物である。
Xは、VA族、VB族、VIA族、及びVIB族のいずれの金属元素でもよく、V,Nb,Ta,Cr,Mo,及びWからなる群より選ばれた少なくとも1種であることが好ましい。
【0046】
上記一般式(P)及び(P−1)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでもよい)を成膜する場合、まず、上記式(1)を満足する第1の基板電位にてペロブスカイト型酸化物の結晶核を形成する(工程(A))。
【0047】
工程(A)において、ターゲット組成は逆スパッタによる鉛抜けを考慮したターゲット組成とし、上記式(1)を満足する基板電位Vsub1にて成膜する。上記式(1)は、その下地層がペロブスカイト型の結晶性を有していてもいなくても、良好な結晶性を有する鉛含有ペロブスカイト型酸化物の結晶核を提供可能な基板電位条件である。
【0048】
後工程(B)では、鉛組成が1.0より少なくなる条件でペロブスカイト型酸化物を成膜する。工程(B)においてペロブスカイト型結晶が得られるかどうかは、工程(A)で結晶核が形成されているかどうかで決まる。従って、工程(A)においては、ペロブスカイト型結晶核を形成するに十分な鉛を提供することが重要である。
【0049】
基板電位以外のその他の成膜条件は、良好なペロブスカイト型の結晶成長が可能となるように、当業者の技術常識範囲で設定することができる(後記実施例を参照)。例えば、基板―ターゲット間距離は30〜80mm、基板温度は400℃〜800℃の範囲内であることが好ましい。
【0050】
工程(A)の実施時間は、工程(B)において、鉛組成が少なくなる条件でペロブスカイト型の結晶成長を行うために充分な結晶核を形成することができていれば特に制限されないが、既に述べたように、膜組成の均質化の点で、その実施時間は短い方が好ましい。後記実施例1及び2では、約5分程度工程(A)を実施することにより、膜厚150nm程度の圧電体膜が成膜され、工程(B)において良好な結晶性を有するペロブスカイト型酸化物の成膜を可能にしている。
【0051】
工程(A)の終了後、上記式(2)を満足する第2の基板電位にて圧電体膜を成膜する(工程(B))。工程(B)では、上記一般式(P)における鉛組成aを1.0よりも少なくすることができればよいが、上記したように、圧電体膜の駆動時における鉛のイオンマイグレーションをできるだけ抑制して圧電体膜の耐久性をより高くしつつも、良好な圧電性能を有する組成とすることが好ましい。
【0052】
これに対し、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜を成膜する場合、途中で基板電位を下げずに良好な結晶性を有する鉛含有ペロブスカイト型酸化物を成膜するには、鉛量を化学量論組成であるa=1.0より少し過剰となる条件で成膜することが一般的である。しかしながら比較例1,2に示されるように、鉛量が過剰な圧電体膜は、圧電特性は良好であるものの、駆動耐久性は低いものとなる。
【0053】
上記一般式(P−1)で表されるPZT又はそのBサイト置換系、及びこれらの混晶系であるペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでもよい)圧電体膜においては、P−Eヒステリシスの抗電界がプラス方向に偏った強誘電性を示し、マイナス電圧印加時に高い圧電定数が得られる一方、プラス電圧駆動においては圧電定数が低く、連続駆動による変位低下を生じやすいとされている(後記比較例2)。現在の汎用の駆動ドライバのICがプラス駆動用であることを考慮すると、圧電体膜はプラス電圧駆動により高い圧電性能を有することが好ましい。
【0054】
一方、後記実施例1及び2の圧電体膜では、プラス電圧印加及びマイナス電圧印加時の圧電定数がほぼ同じであり、且つd31(pm/V)=200という高い圧電性能を有していることが確認されている。
【0055】
従って、本発明の成膜方法によれば、高い駆動耐久性に加え、プラス電圧駆動において高い圧電性能を備えたPZT系ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜を成膜することができる。
【0056】
本発明では、鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでもよい)圧電体膜を基板上に成膜する際に、スパッタリング法において成膜途中で、基板の電位を第1の基板電位Vsub1から、前記圧電体膜の鉛組成を所望の組成とするように第2の基板電位Vsub2に変更して成膜する。かかる成膜方法によれば、成膜初期においてペロブスカイト型の結晶成長をするに充分な鉛量を供給可能な基板電位で成膜し、その後、その膜を下地として鉛組成が少なくなるような基板電位に変更して成膜するため、鉛組成が少ないにもかかわらず、パイロクロア相の少ないペロブスカイト型の結晶構造を有する圧電体膜を成膜できる。
【0057】
本発明によれば、スパッタリング法において、基板電位を成膜途中で変更するだけで、鉛組成が少ないペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜を成膜することができるので、異常放電等の駆動耐久性を低下させる要因となる鉛のイオンマイグレーションを抑制し、圧電特性に優れ、且つ、駆動耐久性の優れた鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜を簡易に成膜することができる。
【0058】
「圧電素子及びインクジェット式記録ヘッド」
図2を参照して、本発明に係る一実施形態の圧電素子及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造について説明する。図2はインクジェット式記録ヘッドの要部断面図(圧電素子の膜厚方向の断面図)である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0059】
本実施形態の圧電素子1は、基板10上に、下部電極20と圧電体膜30と上部電極40とが順次積層された素子であり、圧電体膜30に対して下部電極20と上部電極40とにより膜厚方向に電界が印加されるようになっている。
【0060】
圧電体膜30としては、上記本発明の圧電体膜の成膜方法により成膜された鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでもよい)圧電体膜であれば特に制限されないが、下記式(1)を満足する条件で成膜された、下記一般式(P)又は(P−1)で表される鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでもよい)圧電体膜であることが好ましい。
一般式Pb・・・(P)、
(式中、BはBサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、Oは酸素。aはペロブスカイト型構造を取り得る範囲内で1.0より小さい値である。bは1.0が標準であるがペロブスカイト型構造を取り得る範囲内でずれてもよい。)、
Pb(Zrb1Tib2b3)O・・・(P−1)
(式(P−1)中、XはV族及びVI族の元素群より選ばれた少なくとも1種の金属元素である。a>0、b1>0、b2>0、b3≧0。aはペロブスカイト型構造を取り得る範囲内で1.0より小さい値である。b1+b3+b3は1.0が標準であるがペロブスカイト型構造を取り得る範囲内でずれてもよい。)
−10≦Vsub1(V) ・・・(1)
(式中、Vsub1は第1の基板電位である。)
【0061】
下部電極20は基板10の略全面に形成されており、この上にライン状の凸部31がストライプ状に配列したパターンの圧電体膜30が形成され、各凸部31の上に上部電極40が形成されている。
【0062】
圧電体膜30のパターンは図示するものに限定されず、適宜設計される。また、圧電体膜30は連続膜でも構わない。但し、圧電体膜30は、連続膜ではなく、互いに分離した複数の凸部31からなるパターンで形成することで、個々の凸部31の伸縮がスムーズに起こるので、より大きな変位量が得られ、好ましい。
【0063】
基板10としては特に制限なく、シリコン,酸化シリコン,ステンレス(SUS),イットリウム安定化ジルコニア(YSZ),アルミナ,サファイヤ,SiC,及びSrTiO等の基板が挙げられる。基材10としては、シリコン基板上にSiO膜とSi活性層とが順次積層されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
【0064】
下部電極20の組成は特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO,RuO,LaNiO,及びSrRuO等の金属又は金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。上部電極40の組成は特に制限なく、下部電極20で例示した材料,Al,Ta,Cr,Cu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。下部電極20と上部電極40の厚みは特に制限なく、50〜500nmであることが好ましい。
【0065】
圧電アクチュエータ2は、圧電素子1の基板10の裏面に、圧電体膜30の伸縮により振動する振動板50が取り付けられたものである。圧電アクチュエータ2には、圧電素子1の駆動を制御する駆動回路等の制御手段(図示略)も備えられている。
【0066】
インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)3は、概略、圧電アクチュエータ2の裏面に、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)61及びインク室61から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)62を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)60が取り付けられたものである。インク室61は、圧電体膜30の凸部31の数及びパターンに対応して、複数設けられている。インクジェット式記録ヘッド3では、圧電素子1に印加する電界強度を増減させて圧電素子1を伸縮させ、これによってインク室61からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0067】
基板10とは独立した部材の振動板50及びインクノズル60を取り付ける代わりに、基板10の一部を振動板50及びインクノズル60に加工してもよい。例えば、基板10がSOI基板等の積層基板からなる場合には、基板10を裏面側からエッチングしてインク室61を形成し、基板自体の加工により振動板50とインクノズル60とを形成することができる。
【0068】
本実施形態の圧電素子1及びインクジェット式記録ヘッド3は、以上のように構成されている。本実施形態おいて、圧電体膜30として上記本発明の成膜方法により成膜された鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでもよい)圧電体膜を用いている。従って、本実施形態によれば、圧電特性が良好で、且つ、駆動耐久性に優れた圧電素子1及びインクジェット式記録ヘッド3を提供することができる。
【0069】
更に、上記式(1)及び(2)を満足する条件で成膜された、上記一般式(P)又は(P−1)で表される鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでもよい)圧電体膜30を用いた場合は、プラス電圧駆動により高い圧電性能を有し、且つ、駆動耐久性に優れた圧電素子1及びインクジェット式記録ヘッド3を提供することができる。
【0070】
「インクジェット式記録装置」
図3及び図4を参照して、上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3を備えたインクジェット式記録装置の構成例について説明する。図3は装置全体図であり、図4は部分上面図である。
【0071】
図示するインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という)3K,3C,3M,3Yを有する印字部102と、各ヘッド3K,3C,3M,3Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
印字部102をなすヘッド3K,3C,3M,3Yが、各々上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3である。
【0072】
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
ロール紙を使用する装置では、図3のように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、該固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0073】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
【0074】
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0075】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示略)の動力が伝達されることにより、ベルト133は図3上の時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は図3の左から右へと搬送される。
【0076】
縁無しプリント等を印字するとベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0077】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図4を参照)。各印字ヘッド3K,3C,3M,3Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
【0078】
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド3K,3C,3M,3Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ各ヘッド3K,3C,3M,3Yからそれぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
【0079】
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0080】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
インクジェット記記録装置100は、以上のように構成されている。
【0081】
「圧電型超音波振動子(超音波トランスデューサ)」
図5を参照して、本発明に係る一実施形態の圧電型超音波振動子の構造について説明する。図5は圧電型超音波振動子の要部断面図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0082】
本実施形態の圧電型超音波振動子5は、裏面側からリアクティブイオンエッチング(RIE)加工されて、空洞部81と振動板82と振動板82を支える支持部83とが一体形成されたオープンプール構造のSOI基板80と、この基板上に形成された圧電素子4と、圧電素子4の電極71、73に高周波交流電流を印加するRf電源(高周波交流電源)90とから概略構成されている。圧電素子4は、基板80側から下部電極71と圧電体膜72と上部電極73との積層構造を有している。
【0083】
下部電極71及び上部電極73の組成や厚みは、図1の圧電素子1の下部電極20及び上部電極40と同様である。圧電体膜72は、本発明の柱状構造膜により構成されている。
【0084】
圧電素子4の電極71、73に超音波領域の電気交流信号が印加されると、印加された電気交流信号と同じ周波数で圧電素子4に撓み振動が生じ、振動板82は圧電素子4と一体となって撓み振動する。このとき、振動板82は支持部83により周縁部が支持された状態で振動することにより、振動板82の圧電素子4と反対側から、印加された電気交流信号と同じ周波数の超音波が放射される。
【0085】
本実施形態の圧電型超音波振動子5は、以上のように構成されている。本実施形態によれば、耐電圧に優れ駆動耐久性に優れた圧電型超音波振動子5を提供することができる。
本実施形態の圧電型超音波振動子5は、超音波モータ等に使用できる。
本実施形態の圧電型超音波振動子5はまた、特定周波数の超音波を発生し、対象物より反響して戻ってきた超音波を検知するセンサ等として使用でき、超音波探触子等に使用できる。対象物より反響して戻ってきた超音波を受けて振動板82が振動すれば、その応力に応じて圧電体膜72が変位し、圧電素子4にはその変位量に応じた電圧が生じる。これを検出することで、対象物の形状等を検出することができる。
【0086】
(設計変更)
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、適宜設計変更可能である。
【実施例】
【0087】
本発明に係る実施例及び比較例について説明する。
(実施例1)
図1に示したスパッタリング装置を用い、真空度0.5Pa、Ar/O混合雰囲気(O体積分率2.5%)の条件下で、直径120mmのPb1.3Zr0.52Ti0.48焼結体のターゲットを用いて、PZTからなる圧電膜の成膜を行った。基板温度は475℃とした。
【0088】
成膜基板として、Siウエハ上に20nm厚のTi密着層と150nm厚のIr下部電極とが順次積層された電極付き基板を用意した。基板―ターゲット間距離は60mmとした。
【0089】
本装置においては、基板を電気的に浮遊状態とし、そこに複数の可変キャパシタを含むLCR回路を接続してある。このLCR回路を用いて基板を含む系のインピーダンスを変化させ、基板電位Vsub(V)を制御した。図6Aに示されるように、成膜開始時から5分間の基板電位Vsub1を25Vとし、5分経過後の基板電位Vsub2を−15Vとなるように設定した。
【0090】
得られた膜のX線回折(XRD)パターンを図6Bに示す。図6Bに示されるように、得られた膜は(100)優先配向のペロブスカイト型の結晶性を有することが確認された。
【0091】
また、得られた膜をXRF(蛍光X線分析)による組成分析を実施した結果、Pb0.88Zr0.52Ti0.48であることが確認された。
【0092】
更に、圧電体膜上に30nm厚のTi密着層及び150nm厚のPt上部電極をスパッタリング法にて形成した。圧電体膜の30kHz,20Vのピークトゥピーク矩形波を用いた駆動耐久性試験を実施した。駆動耐久性の評価は、駆動部(圧電体膜部分)のキャパシタンスCpを測定することにより行い、Cp値が急激に落ち込んだ時を絶縁破壊と判断した。その結果、3100億サイクルにおいて駆動部のキャパシタンスが急激に落ち込み、絶縁破壊した。
【0093】
次に、SOI基板上に、同様の構成及び成膜条件により上下電極及びPZT膜を成膜し、更に基板を加工してダイアフラム構造の圧電素子を作製した。次いで、得られた圧電素子に正および負の電圧を加え、その変位を、レーザードップラー振動計(小野測器製)を用いて測定した。この変位をもとにANSYSによってd31を算出した。プラス電圧駆動における圧電定数をd31(+)、マイナス電圧駆動における圧電定数をd31(−)とする。圧電定数d31(+)は、Voff=10V,Vpp=20V・1kHzとなるsin波を、d31(−)はVoff=−10Vとして測定した。その結果、d31(+)、d31(−)共に200pm/Vと高い圧電特性を示した。
【0094】
(実施例2)
図7Aに示されるように、第2の基板電位Vsub2を−5Vとした以外は実施例1と同様にしてPZT膜の成膜を行った。得られた膜のXRDパターンを図7Bに示す。
【0095】
図7Bに示されるように、得られた膜は(100)優先配向のペロブスカイト型の結晶性を有することが確認された。
【0096】
また、得られた膜をXRF(蛍光X線分析)による組成分析を実施した結果、Pb0.97Zr0.52Ti0.48であることが確認された。
【0097】
更に、実施例1と同様にして駆動耐久性試験を実施したところ、6000億サイクル駆動しても絶縁破壊はみられなかった。
【0098】
また,実施例1と同様にしてダイアフラム構造とした場合の圧電特性の評価を行った。その結果、実施例1と同様、d31(+)、d31(−)共に200pm/Vと高い圧電特性を示した。
【0099】
(実施例3)
Vsub1及びVsub2を変化させ、基板温度を475℃、及び500℃それぞれの場合において、実施例1と同様にしてPZTからなる圧電膜の成膜を行った。得られた複数の膜について、Vsub1とVsub2に対するPZT膜の膜質を評価した結果を図8A及び図8Bに示す。図8A,Bにおいて、図中の記号の意味は以下のとおりである。
×…パイロクロア構造が50%以上混入、
*…ペロブスカイト構造が主であり、耐久性が300億dot以下、
○…ペロブスカイト構造が主であり、かつ耐久性が1000億dot以上。
【0100】
図8A,Bにおける*及び○の膜のXRFによる組成分析を行ったところ、*膜は、上記一般式(P−1)においてPb組成aはすべてa>1.05であり、また、○膜は、すべてPb<1.0であった。
【0101】
Vsub1は初期のペロブスカイト核を作る役割なので、温度(ペロブスカイトができる範囲内)・Vsub2によらず−10V以上でないとペロブスカイト構造が成長しない。これを満たした上でVsub2を制御することで、膜中Pb量を1.0以下に抑え、高い耐久性を実現できていることが分かる。
【0102】
また、Pb量は成膜温度とも相関があることが知られている。図8AとBとを比較することにより、成膜温度が変化すると適切なVsub2の範囲も変化することが確認できる。ターゲットのPb組成と膜中Pb量とも密接な関係がある。従って、たとえばターゲットPb組成が多いものを用いた場合、膜中Pb量も増加するので、適切なVsub2の値は低下する。逆にターゲット中Pb組成が少ないものを用いた場合は、Vsub2の値を大きくしなければならない。
【0103】
(比較例1)
基板電位を15Vとし、成膜途中で変更せずに一定とした以外は実施例1と同様にしてPZT膜の成膜を行った。得られた膜のXRDパターンを図8に示す。図8に示されるように、得られた膜は(100)優先配向のペロブスカイト型の結晶性を有することが確認された。
【0104】
また、得られた膜をXRF(蛍光X線分析)による組成分析を実施した結果、Pb1.04Zr0.52Ti0.48であることが確認された。
【0105】
更に、実施例1と同様にして駆動耐久性試験を実施したところ、400億サイクル駆動したところで絶縁破壊が起こり、圧電特性が劣化した。
【0106】
また,実施例1と同様にしてダイアフラム構造とした場合の圧電特性の評価を行った。その結果、マイナス電圧印加時の圧電定数d31(−)は250pm/Vと高い圧電特性を示したが、d31(+)は60pm/Vと、d31(−)の4分の1にも満たない値であった。
【0107】
(比較例2)
基板電位を25Vとし、成膜途中で変更せずに一定とした以外は実施例1と同様にしてPZT膜の成膜を行った。得られた膜のXRDを測定した結果、(100)優先配向のペロブスカイト型の結晶性を有することが確認された(図示略)。
【0108】
また、得られた膜をXRF(蛍光X線分析)による組成分析を実施した結果、Pb1.06Zr0.52Ti0.48であることが確認された。
【0109】
更に、実施例1と同様にして駆動耐久性試験を実施したところ、100億サイクル駆動したところで絶縁破壊が起こり、圧電特性が劣化した。
【0110】
(比較例3)
基板電位を−15Vとし、成膜途中で変更せずに一定とした以外は実施例1と同様にしてPZT膜の成膜を行った。得られた膜のXRDパターンを図9に示す。図9に示されるように、得られた膜において、ペロブスカイト構造のピークは検出することはできず、パイロクロア構造をしていることが確認された。
【0111】
(比較例4)
基板電位を−5Vとした以外は比較例3と同様にしてPZT膜の成膜を行った。得られた膜のXRDを測定した結果、比較例3と同様、ペロブスカイト構造のピークは検出することはできず、パイロクロア構造をしていることが確認された(図示略)。
【0112】
(評価)
表1は、上記実施例及び比較例で得られた結果を纏めたものである。本特許内実施例の基板電位制御方法においては、25V以上の基板電位は実現できなかったが、基板電位が高くなればなるほどPbが取り込まれやすくなり、初期層においてペロブスカイト構造が得られやすくなるので、Vsub1は25V以上でもよい。
【0113】
表1に示されるように、実施例1及び2では、酸素元素のモル量を3とした時の鉛のモル量が1より小さい組成を有するペロブスカイト型PZT膜が得られており、かかる膜において、200pm/Vという高い圧電特性及び比較例1,2の鉛リッチなPZT膜の駆動耐久性より1桁以上高い駆動耐久性を達成している。
【0114】
また、比較例1と2を比較すると、鉛リッチな組成においては、鉛組成が少なくなるにつれて駆動耐久性が高くなり、更に、実施例2の酸素3モルに対するモル量が1.0より小さくなると上記したように、格段に(1桁以上)耐久性が高くなることが認められる。一方、実施例1では更に鉛組成が少なくなっているものの、耐久性及び圧電性能が低下していることも確認される。これは鉛組成が少なくなりすぎることによりパイロクロア相が増加して結晶性が低下したために、圧電特性及び駆動耐久性ともに低下したものと考えられる。
【0115】
更に、比較例のPZT膜ではプラス電圧駆動においては圧電d31定数が低いのに対し、実施例1及び2のPZT膜では、プラス電圧駆動においてもマイナス電圧駆動と同等の高い圧電d31定数が得られている。従って、実施例1及び2のPZT膜は、現在の汎用の駆動ドライバにより駆動可能な高圧電性能かつ高駆動耐久性を有する圧電体膜であることが確認された。
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0116】
本発明の圧電体膜の成膜方法は、インクジェット式記録ヘッド、磁気記録再生ヘッド、MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス、マイクロポンプ、超音波探触子、及び超音波モータ等に搭載される圧電素子/圧電型超音波振動子/圧電型発電素子等、あるいは強誘電体メモリ等の強誘電体素子に用いられる圧電体膜の成膜に好ましく適用することができる。
【符号の説明】
【0117】
1 圧電素子
3、3K,3C,3M,3Y インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)
10 基板
20、40 電極
30 圧電体膜(柱状構造膜)
60 インクノズル(液体貯留吐出部材)
61 インク室(液体貯留室)
62 インク吐出口(液体吐出口)
100 インクジェット式記録装置
4 圧電素子
5 圧電型超音波振動子(超音波トランスデューサ)
71、73 電極
72 圧電体膜(柱状構造膜)
82 振動板
90 Rf電源(高周波交流電源)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スパッタリング法により、鉛含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜(不可避不純物を含んでいてもよい。)を基板上に成膜する方法であって、
成膜途中で、前記基板の電位を第1の基板電位Vsub1から、前記圧電体膜の鉛組成を所望の組成とするように第2の基板電位Vsub2に変更することを特徴とする成膜方法。
【請求項2】
前記圧電体膜が、チタン酸ジルコン酸鉛を含む1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでいてもよい。)ことを特徴とする請求項1に記載の成膜方法。
【請求項3】
前記圧電体膜が、下記一般式(P)で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでいてもよい。)ものであり、
前記第1の基板電位Vsub1にて前記ペロブスカイト型酸化物よりPb組成aが多いペロブスカイト型酸化物の結晶核を形成する工程(A)と、前記圧電体膜のPb組成aが下記一般式(P)のPb組成となるように前記第2の基板電位(Vsub2)を設定して前記圧電体膜を成膜する工程(B)とを順次実施することを特徴とする請求項1又は2に記載の成膜方法。
一般式Pb・・・(P)
(式中、BはBサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、Oは酸素。aはペロブスカイト型構造を取り得る範囲内で1.0より小さい値である。bは1.0が標準であるがペロブスカイト型構造を取り得る範囲内でずれてもよい。)、
【請求項4】
前記工程(A)において、前記第1の基板電位Vsub1が下記式(1)を満足することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の成膜方法。
−10≦Vsub1(V) ・・・(1)
(式中、Vsub1は第1の基板電位である。)
【請求項5】
前記工程(A)において、前記第1の基板電位Vsub1が下記式(2)を満足することを特徴とする請求項4に記載の成膜方法。
−10≦Vsub1(V)≦25・・・(2)
【請求項6】
更に下記式(3)及び(4)を満足することを特徴とする請求項5に記載の成膜方法。
−20<Vsub2(V)<5 ・・・(3)、
450℃<T(℃)<600℃ ・・・(4)
(式中、Vsub2は第2の基板電位、Tは前記工程(A)及び(B)における前記基板温度である)
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の成膜方法により成膜された圧電体膜と、該圧電体膜に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする圧電素子。
【請求項8】
請求項7に記載の圧電素子と、該圧電素子に一体的にまたは隣接して設けられた液体吐出部材とを備え、
該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有するものであることを特徴とする液体吐出装置。
【請求項9】
請求項7に記載の圧電素子と、
前記電極に交流電流を印加する交流電源と、
前記圧電体の伸縮により振動する振動板とを備えたことを特徴とする圧電型超音波振動子。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7A】
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【図7B】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−80132(P2011−80132A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−235257(P2009−235257)
【出願日】平成21年10月9日(2009.10.9)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】