説明

成膜装置および成膜方法、並びに、液体吐出装置

【課題】装置を拡大することなく、かつ、アノードの簡便なクリーニングのみで、安定したプラズマ放電を実現し、安定した膜質お薄膜を成膜することのできる成膜装置および成膜方法、並びに、これらによって成膜した圧電膜を用いる液体吐出装置を提供する。
【解決手段】真空容器と、ターゲットホルダと、基板ホルダと、前記ターゲットホルダと前記基板ホルダとの間に、前記基板ホルダの前記ターゲットホルダ側の外周を取り囲むように設けられたアノードとを有し、前記アノードは、複数の貫通孔を持つ板状部材を1枚または複数枚重ねたものであり、前記真空容器内に前記ガスを導入し、前記ターゲットホルダと基板ホルダとの間に、電圧をかけてプラズマを生成し、前記成膜用基板上に前記成膜材料の薄膜を形成することにより、前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成膜装置および成膜方法、並びに、液体吐出装置に関するものであり、特に、プラズマを用いる気相成長法により成膜を行う成膜装置および成膜方法、ならびに、この成膜方法により形成された圧電膜を用いる液体吐出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
圧電膜等の薄膜の成膜方法として、スパッタリング法等の気相成長法が知られている。スパッタリング法は、高真空中でプラズマ放電により生成される高エネルギーのArイオン等のプラズマイオンをターゲットに衝突させて、ターゲットの構成元素を放出させ、放出されたターゲットの構成元素を基板の表面に蒸着させる方法である。
【0003】
このようなスパッタリング法で、絶縁体の薄膜を形成すると、放電開始直後は、放電が持続するものの、成膜時間の経過と共に、電極であるアノードに基板に蒸着されるはずの絶縁膜が付着し、電子(イオン)の行き場がなくなり、プラズマ中の電子を補足するという役割を果たす実効的なアノードの面積が減少し、プラズマの放電が不安定になり、形成する薄膜の膜質が変化してしまうという問題があった。すなわち、スパッタリング法で、絶縁体等の薄膜を成膜した場合には、数回の成膜で、膜質が非常に劣化してしまうという問題があった。
【0004】
上記のような問題が生じることにより、スパッタリングにより絶縁膜等の薄膜を成膜する場合には、数回の成膜毎に、すなわち、成膜する薄膜の膜質が劣化する前に、成膜を行うチャンバ(成膜容器)を大気開放し、アノード表面の付着物を除去しなければならないため、生産性が非常に低下する。
【0005】
これに対して、特許文献1には、表面に多数の孔(凹凸)を設け、表面積を増加させたアノード(対向電極)を用いることにより、スパッタリングされた誘電体材料を孔中に堆積させて、アノードの表面に分布する電荷密度を従来に比して小さくして、アノードの電位をほぼ接地電位に保ち、放電を安定させるスパッタリング装置が開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、第1の防着シールドの外側にアノード(安定放電用アノード)を設けることにより、防着シールドに誘電体膜が付着しても安定して放電を維持することができるスパッタリング装置が開示されている。
【0007】
また、特許文献3には、アノードとして、回転自在に構成された少なくとも1本以上の柱状体を、カソードの外周方向に沿って軸支して配置することにより、アノードへの絶縁膜の堆積速度を低下させて、異常放電を生じる頻度を減少させ、安定した膜厚・膜質の薄膜製品の供給をすることができる成膜装置が開示されている。
【0008】
また、特許文献4には、アノードの周囲に、チャンバと同電位の外側防着部材が設けられることにより、スパッタリングにより飛散した粒子がチャンバ(成膜容器)の内壁に付着することを防止し、チャンバ内での不要なプラズマ放電を防止することができるスパッタリング装置が開示されている。
【0009】
さらに、特許文献5には、間隙を有する複数枚の導電性の板を重ねた構造を有し、かつ、ターゲットから放出される電子を入射させるアノードを設けることにより、基板に絶縁膜を形成することができる反応性マグネトロンスパッタ装置が開示されている。
【0010】
【特許文献1】特開2002−38263号公報
【特許文献2】特開2007−321226号公報
【特許文献3】特開2006−199989号公報
【特許文献4】特開2000−144407号公報
【特許文献5】特開平8−232064号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1に開示されるスパッタリング装置は、アノードの表面に多数の孔を設けることによって、アノードの表面積が誘電体膜の堆積により減少することを抑制して、放電を安定させることができるものの、孔内部に付着(着膜)した膜を除去(クリーニング)することが非常に難しい。
【0012】
また、特許文献1に開示されるスパッタリング装置は、アノード表面に形成された孔が、ターゲットに俯瞰されるような位置にあるため、ターゲットがスパッタリングされることにより生じる粒子が、孔内部に着膜(付着)するスピードが比較的早いという問題があった。
さらに、特許文献1に開示されるスパッタリング装置は、誘電体膜を付着させるために、孔の深さを深くしようとすると、必然的にアノードの厚みが増加してしまい、装置の拡大が必要になったり、アノードに付着した膜を除去するクリーニングを行う際に、ハンドリングが著しく困難になったりするという問題がある。また、粒子が付着しにくいSUS等でアノードを形成した場合も、アノードの重量が大きくなってしまい、アノードに付着した膜を除去するクリーニングを行う際に、ハンドリングが著しく困難になるという問題がある。
【0013】
また、特許文献2〜4に開示されるスパッタリング装置または成膜装置も、安定した放電を実現できるものの、薄膜(誘電体膜または絶縁膜)が付着するアノードまたは外側防着部材の形状が、筒状またはそれ以上に複雑な形状であるため、クリーニングにより付着した膜を除去することが非常に難しい。
【0014】
さらに、特許文献5に開示される反応性マグネトロンスパッタ装置も、安定した放電を実現できるものの、ターゲットの周りにアノードを配置する構成であるため、基板側にアノードを配置する場合には、成膜ガスの流れが変わってしまう虞がある。また、アノードを構成する板の形状や大きさによっては、アノードの体積が大きくなる可能性が高く、付着した薄膜を除去するクリーニング時等のハンドリングが困難になることや、装置自体が大きくなり、装置コストの増加を招いたりする問題がある。
【0015】
そこで、本発明の目的は、前記従来技術に基づく問題点を解消し、装置を拡大することなく、クリーニングの簡便なアノードを設置することによって、安定したプラズマ放電を実現し、安定した膜質を持つ薄膜を成膜することのできる成膜装置および成膜方法、並びに、これらによって成膜した圧電膜を用いる液体吐出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するために、本発明は、ガスの導入と排気が可能な真空容器と、前記真空容器内に配置され、かつ、成膜材料となるターゲットを保持するターゲットホルダと、前記真空容器内に前記ターゲットホルダに対向して配置され、かつ、前記成膜材料の薄膜が形成される成膜用基板を保持する基板ホルダと、前記ターゲットホルダと前記基板ホルダとの間に、前記基板ホルダの前記ターゲットホルダ側の外周を取り囲むように設けられたアノードとを有し、前記アノードは、複数の貫通孔を持つ板状部材を1枚または複数枚重ねたものであり、前記真空容器内に前記ガスを導入し、前記ターゲットホルダと基板ホルダとの間に、電圧をかけてプラズマを生成し、前記成膜用基板上に前記成膜材料の薄膜を形成することを特徴とする成膜装置を提供するものにある。
【0017】
本発明においては、前記板状部材は、環状であることが好ましい。
【0018】
また、本発明においては、前記環状は、円環状であることが好ましい。
【0019】
また、本発明においては、前記アノードは、複数枚の前記板状部材を前記基板ホルダと直交する方向に互いに離間させて重ねたものであり、隣接する前記板状部材の前記複数の貫通孔は、前記基板ホルダと直交する方向では互いに一致しないように配置されていることが好ましい。
【0020】
また、本発明においては、前記アノードは、複数枚の前記板状部材を前記基板ホルダと直交する方向に互いに離間させて重ねたものであり、隣接する前記板状部材は、互いに、1.0mm〜15.0mm離間させて配置されていることが好ましい。
【0021】
また、本発明においては、前記アノードは、接地されていることが好ましい。
【0022】
また、本発明においては、前記アノードは、前記成膜用基板とは電気的に絶縁され、かつ、所定の電圧が印加できるようになっていてもよい。
【0023】
また、上記課題を達成するために、本発明は、ターゲットと成膜用基板との間にプラズマを生成し、前記プラズマのイオンを前記ターゲットに衝突させて、前記成膜用基板上に前記ターゲットを成膜材料とする薄膜を形成する成膜方法であって、前記ターゲットと前記成膜用基板との間に、前記成膜用基板の前記ターゲット側の外周を取り囲むように、複数の貫通孔を有する板状部材を1枚または複数枚重ねたアノードを設け、前記アノードにより、前記薄膜の形成時に、前記プラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差Vs−Vf(V)を制御することを特徴とする成膜方法を提供するものである。
【0024】
本発明においては、前記ターゲットは、誘電体、圧電体、絶縁体、または強誘電体であることが好ましい。
【0025】
また、本発明においては、前記板状部材は、環状であることが好ましい。
【0026】
また、本発明においては、前記環状は、円環状であることが好ましい。
【0027】
また、本発明においては、前記アノードは、複数枚の前記板状部材を前記基板ホルダと直交する方向に互いに離間させて重ねたものであり、隣接する前記板状部材の前記複数の貫通孔は、前記成膜用基板と直交する方向では互いに一致しないように配置されていることが好ましい。
【0028】
また、本発明においては、前記アノードは、複数枚の前記板状部材を前記基板ホルダと直交する方向に互いに離間させて重ねたものであり、隣接する前記板状部材は、互いに、1.0mm〜15.0mm離間させて配置されていることが好ましい。
【0029】
また、本発明においては、前記アノードは、接地されていることが好ましい。
【0030】
また、本発明においては、前記アノードは、前記成膜用基板とは電気的に絶縁され、かつ、所定の電圧が印加できるようになっていてもよい。
【0031】
また、上記課題を達成するために、本発明は、上記いずれかに記載の成膜装置を用いて成膜された圧電膜、または上記いずれかに記載の成膜方法により成膜された圧電膜、およびこの圧電膜に電圧を印加するために、前記圧電膜の両面に形成された電極を備える圧電素子と、液体が貯留される液体貯留室と、前記圧電素子に電圧を印加することにより、前記液体貯留室から外部に前記液体を吐出させる液体吐出口とを有することを特徴とする液体吐出装置を提供するものである。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、複数の貫通孔を持つ板状部材を1枚または複数枚重ねたアノードを設けることにより、アノードへ膜が付着する(着膜する)ことにより生じるチャンバ内のプラズマ状態の変化を減少させて、安定させることができる。これにより、成膜される膜の膜質も安定し、さらに、安定した膜質を長期的に成膜することができる。
また、本発明によれば、アノードが板状部材で構成されているので、アノードに膜が付着した場合も、取り扱いが容易であり、さらに、付着物を容易にクリーニング(除去)することができる。
さらに、本発明において、貫通孔が成膜用基板と直交する方向では互いに一致しないように隣接する板状部材を配置することにより、チャンバの下側に位置する板状部材への膜の付着の確率を減少させることができ、チャンバへの膜の付着を低減させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下に、本発明の成膜装置、および、成膜方法、これらの成膜装置や成膜方法を用いて成膜された圧電膜を用いた圧電素子を備えた液体吐出装置について、添付の図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
図1は、本発明の成膜方法を実施する成膜装置の一実施形態を概念的に示す概略構成図であり、図2は、図1に示す成膜装置のアノードを構成する板状部材を模式的に示す模式図であり、(a)は、アノードの板状部材を真空装置の天井側から見た上面図であり、(b)は、アノードの板状部材の断面斜視図である。
以下では、薄膜として圧電膜を成膜し、この薄膜を用いた薄膜デバイスとして圧電素子を製造する成膜装置を代表例として説明するが、本発明は、これに限定されないのはいうまでもない。
【0034】
本発明の成膜装置は、絶縁膜、誘電体膜、強誘電体膜等の薄膜、特に、圧電膜を、プラズマを用いた気相成長法(スパッタリング)により、基板上に成膜し、圧電素子などの薄膜デバイスを製造する成膜装置である。
図1に示すように、本発明の成膜装置10は、ガス導入管12aおよびガス排出管12bを備える真空容器12と、この真空容器12の天井に配置され、かつ、スパッタリング用のターゲット材TGを保持し、カソードの役割を果たし、プラズマを発生させるターゲットホルダ14と、このターゲットホルダ14に接続され、ターゲットホルダ14に高周波を印加する高周波電源16と、真空容器12内の、ターゲットホルダ14と対向する位置に配置され、ターゲット材TGの成分による薄膜が成膜される基板SBを載置する載置台(基板ホルダ)18と、ターゲットホルダ14と載置台18との間に、載置台18のターゲットホルダ14側の外周を取り囲むように設けられた、複数の貫通孔を有する板状部材22aおよびbを2枚重ねたアノード20とを有する。
【0035】
真空容器12は、スパッタリングを行うために所定の真空度を維持する、鉄、ステンレス、アルミニウム等で形成される気密性の高い容器であって、図示例においては、接地され、その内部に成膜に必要なガスを導入するガス導入管12aおよび真空容器12内のガスの排気を行うガス排出管12bが取り付けられている。
真空容器12としては、スパッタ装置で利用される真空チャンバ、ベルジャー、真空槽などの種々の真空容器を用いることができる。
【0036】
真空容器12において、ガス導入管12aから真空容器12内に導入されるガスとしては、アルゴン(Ar)、または、アルゴン(Ar)と酸素(O)の混合ガス等を用いることができる。
ガス導入管12aは、これらのガスの供給源(図示せず)に接続されている。
一方、ガス排出管12bは、真空容器12内を所定の真空度にすると共に、成膜中にこの所定の真空度に維持するために、真空容器12内のガスを排気するため、真空ポンプ等の排気手段に接続されている。
【0037】
ターゲットホルダ14は、カソード電極であり、真空容器12のその他の部分とは絶縁された状態で、真空容器12内部の上方に配置され、その表面上に成膜する圧電膜などの薄膜の組成に応じた組成のターゲット材TGを装着し、保持するようになっており、高周波電源16に接続されている。
【0038】
高周波電源16は、真空容器12内に導入されたArなどのガスをプラズマ化させるための高周波電力(負の高周波)をターゲットホルダ14に供給するためのものであり、その一方の端部がターゲットホルダ14に接続され、他方の端部が図示していないが接地されている。
なお、高周波電源16がターゲットホルダ14に印加する高周波電力は、特に制限的ではなく、例えば13.65MHz、最大5kW、あるいは、最大1kWの高周波電力などを挙げることができるが、例えば50kHz〜2MHz、27.12MHz、40.68MHz、60MHz、1kW〜10kWの高周波電力を用いるのが好ましい。
【0039】
ターゲットホルダ14は、高周波電源16からの高周波電力(負の高周波)の印加により放電して、真空容器12内に導入されたArなどのガスをプラズマ化し、Arイオン等のプラスイオンを生成させる。したがって、ターゲットホルダ14は、カソード電極またはプラズマ電極と呼ぶこともできる。
こうして生成されたプラスイオンは、ターゲットホルダ14に保持されたターゲット材TGをスパッタする。このようにして、プラスイオンにスパッタされたターゲット材TGの構成元素は、ターゲット材TGから放出され、中性あるいはイオン化された状態で、対向離間配置された載置台18に保持された基板SB上に蒸着される。
こうして、真空容器12の内部のターゲットホルダ14と載置台18との間に、Arイオン等のプラスイオンやターゲット材TGの構成元素やそのイオンなどを含むプラズマ空間Pが形成される。
【0040】
載置台18は、真空容器12の内部の下方に、ターゲットホルダ14と対向する位置に離間して配置され、ターゲットホルダ14に保持されたターゲット材TGの構成元素(成分)が蒸着され、圧電膜などの薄膜が成膜される基板SBを保持、すなわち図中下面から支持するためのものである。
なお、載置台18は、図示しないが、基板SBの成膜中に、基板SBを所定温度に、加熱しかつ維持するためのヒータ(図示せず)を備えている。
また、載置台18に装着される基板SBのサイズは、特に制限的ではなく、通常の6インチサイズの基板であっても、5インチや、8インチのサイズの基板であってもよいし、5cm角のサイズの基板であってもよい。
なお、本実施形態においては、基板SBは電気的に絶縁され、かつ、所定の電圧が印加される。
【0041】
アノード22は、図1および図2に示すように、2本の棒状体24と2枚の板状部材22aおよびbで構成され、さらに、板状部材22aおよび22bが、載置台18表面と直交する方向に離間させつつ重ねた状態に構成させるように、2枚の板状部材22aおよびbを、2本の棒状体24で真空容器12の下面から支持するように構成され、ターゲットホルダ14と載置台18との間に、載置台18のターゲットホルダ14側の外周を取り囲むように設けられたものである。
【0042】
棒状体24は、板状部材22aおよびbを、載置台18表面と直交する方向に離間させつつ重ねた状態に支持することができれば、特に限定はない。図示例においては、2本の棒状体24が用いられているが、本発明においては、特に限定はなく、板状部材22aおよび22bを上記状態に支持することができるのであれば、何本用いてもよい。
他方、板状部材22aおよびbは、図2の(a)および(b)に示すように、表面に複数の貫通孔26を有する円環状の部材である。
なお、本発明において、アノード20を構成する板状部材22aおよび22bが、貫通孔26を有している理由については、後に詳述する。
また、アノード22は、本実施形態においては、図1に示すように、接地されている。
【0043】
アノード22は、本実施形態においては、図1および図2に示すように、載置台18側に位置する板状部材22bの方が、他方の板状部材22aより内径が小さい。
アノード22において、板状部材22aおよび22bの内径を上記のように構成することにより、基板SBに、ガスが流れやすくなり、基板SB上に、良質の薄膜を形成することができる。
【0044】
また、アノード22の板状部材22aおよび22bの離間距離は、電子が入り込み、アノードとしての役割を十分に果たすことができるように、1.0mm以上とするのが好ましく、さらに、スパッタ粒子が容易に入り込みアノードを汚染することがないように、15.0mm以下とするのが好ましい。
本発明において、アノード22の板状部材22の離間距離(間隙距離)とは、載置台18表面と直交する方向に重なるように配置された複数の板状部材22のうち、互いに載置台18表面と直交する方向で隣接する(上下関係にある)板状部材22において、上側(ターゲット側)に位置する板状部材の下面と、下側(基板側)に位置する板状部材の上面との距離であり、すなわち、本実施形態であれば、板状部材22aの図中下面と板状部材22bの図中上面との距離である。
【0045】
ここで、本発明において、アノード20を構成する板状部材22aおよび22bが、複数の貫通孔26を有している理由について、さらに、図3を用いて説明する。
図3は、アノードおよびカソード(ターゲットホルダ)のシース(図示せず)を、それぞれ、コンデンサとみなし、イオン(電子)の電流密度が一様であるとした場合の、プラズマ発生時のアノードおよびカソード間の電位分布を示すグラフである。
なお、図3に示すグラフの縦軸は、電位を表している。
【0046】
本発明者は、図3に示すプラズマ発生時におけるアノードおよびカソード間の電位分布を求め、さらに、ここから、イオン(電子)の衝突により、ターゲットTGからスパッタ粒子を発生させることのできるイオンのエネルギーを表すVと、イオンの衝突により基板にダメージを与えるイオンのエネルギーを表すVとを求めた。
【0047】
上記VおよびVと、カソードの表面積Aとアノードの表面積Aとの間には、下記数式1のような関係が成り立つ。
【0048】
[数1]
(V/V)=(A/A
【0049】
すなわち、本発明者は、上記数式1によって、アノードの面積が減少すると、Vに対するVの割合が大きくなり、すなわち、逆スパッタリングが進行しやすくなり、真空容器12内のプラズマの状態が、正常な状態から変化してしまうことを知見した。
【0050】
ただし、上述の通り、アノードの表面積を増大させた複雑な形状のアノードを用いると、付着した膜を除去するためのクリーニングが非常に困難になる場合が多く、また、アノードの表面積を増大させるために、従来と比較して体積の大きいアノードを用いると、成膜装置自体を拡大させなければならないという問題を解消することができないという問題もあった。
【0051】
そこで、本発明者は、アノードの表面積を増大させつつ、付着した膜を除去するクリーニングが実施しやすいように、板状部材でアノードを構成することを見出し、さらに、単なる板状部材を用いる場合よりもさらに表面積を増大させるために、複数の貫通孔を設けた板状部材でアノードを構成することを見出した。
【0052】
上記のようにして、本発明の成膜装置10は、複数の貫通孔26を有する板状部材22を重ねた構成を有するアノード20を用いることにより、貫通孔26を通して、電子がより下部のアノードへ到達することができるので、有効アノード面積が増大し、それによって基板上の逆スパッタリングを抑えることができ、その結果、良質の薄膜を形成することができる。
さらに、下部のアノードには膜が付着しにくいため、成膜によって有効アノード面積が減少することなく、長期間、真空容器12内のプラズマの状態を安定させることができる。
【0053】
また、上記構成を有するアノード20は、上述の通り、板状部材22で構成されているため、付着した膜を除去するクリーニングを実施する際にも、非常に簡便に実施することができ、繰返しの使用も非常に簡便に行うことができる。
【0054】
また、本実施形態においては、板状部材22は、図2(a)および(b)に示すように、アノード22をターゲットTGから見た場合に、アノード22を構成する板状部材22のうち、ターゲットTG側に位置する板状部材22aの貫通孔26の位置と、基板SB側に位置する板状部材22bの貫通孔26(図3(a)中では一点鎖線で示す)の位置が、すなわち、図中上下で隣接する板状部材22の複数の貫通孔26の位置が、載置台18表面と直交する方向では互いに一致しないように、配置されている。
アノード22をこのように構成することにより、貫通孔26は、ターゲットTGに対して角度をつけて並ぶ形となるので、スパッタリングされたターゲットTGの粒子が、真空容器12内の下側に位置する板状部材22や真空容器12の下面に付着するのを効果的に防ぐことができる。
【0055】
なお、上記実施形態においては、アノード22は、棒状体24と2枚の板状部材22とで構成され、さらに、載置台18側に位置する板状部材ほど、板状部材22の内径が小さくなるように、すなわち、板状部材22の中心から板状部材の内側面までの最短距離が小さくなるように構成されているが、本発明においては、これに限定されず、板状部材22を1枚または複数枚、載置台18の表面に対して直交する方向に重ねたものであればよい。
【0056】
例えば、上記実施形態においては、成膜する膜の均一性を向上させるために、円環状の板状部材22を用いたが、本発明においては、これに限定されず、載置台18のターゲットホルダ14側の外周を取り囲むことができる形状の板状部材であれば、特に限定はなく、四角形、楕円、その他の形状を有する環状の板状部材であってもよいし、あるいは、前記環状の一部または複数部分が途切れている形状の板状部材を用いてもよい。
【0057】
また、上記実施形態においては、基板SB側に位置する板状部材22ほど内径が小さい、すなわち、基板SB側に位置する板状部材22ほど、板状部材22の中心から板状部材の22内側面までの最短距離が短い板状部材22を用いていたが、本発明においては、これに限定されず、外径および内径、共に、同一の板状部材22を用いてもよい。
なお、上記板状部材22の中心から板状部材の22内側面までの最短距離とは、板状部材22が、例えば、円環状であれば、上述のように内径であり、長方形の環状であれば、長方形の中心から長方形の長辺の中心までの距離である。
【0058】
本発明の成膜装置は、基本的に以上のように構成されるものであり、以下に、その作用および本発明の成膜方法について説明する。
【0059】
まず、図1に示す成膜装置10において、真空容器12内に設けられたターゲットホルダ14に、スパッタリング用のターゲット材TGを装着して保持されるとともに、真空容器内において、ターゲットホルダ14と対向する位置に離間して配置された載置台18に圧電膜などの薄膜を成膜する基板SBを装着して保持させる。
なお、本発明においては、ターゲットは、誘電体、圧電体、絶縁体、または強誘電体であるのが好ましい。
【0060】
次いで、真空容器12内が所定に真空度になるまでガス排出管12bから排気し、所定の真空度を維持するように排気し続けながら、ガス導入管12aからアルゴンガス(Ar)などのプラズマ用ガスを所定量づつ供給し続ける。これと同時に、高周波電源16からターゲットホルダ14に高周波(負の高周波電力)を印加して、ターゲットホルダ14を放電させて、真空容器12内に導入されたArなどのガスをプラズマ化し、Arイオン等のプラズマイオンを生成させ、プラズマ空間が形成される。
【0061】
この後、形成されたプラズマ空間内のプラスイオンは、ターゲットホルダ14に保持されたターゲット材TGをスパッタし、スパッタされたターゲット材TGの構成元素は、ターゲット材TGから放出され、中性あるいはイオン化された状態で、対向離間配置された載置台18に保持された基板SB上に蒸着され、成膜が開始される。
【0062】
このとき、本発明の成膜方法においては、上記構成を有するアノード20により、プラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差Vs−Vf(V)を制御する。
以下に、その理由を説明する。
【0063】
図4は、図1に示すような成膜装置における成膜中の様子を模式的に示す図である。
図4に模式的に示すように、ターゲットホルダ14の放電により真空容器12内に導入されたガスがプラズマ化され、Arイオン等のプラスイオンIpが生成し、ターゲットホルダ14と載置台18との間、すなわち、ターゲットホルダ14に保持されたターゲット材TGと載置台18に保持された基板SBとの間にプラズマ空間Pが生成される。生成したプラスイオンIpはターゲット材TGをスパッタする。プラスイオンIpにスパッタされたターゲット材TGの構成元素Tpは、ターゲット材TGから放出され中性あるいはイオン化された状態で基板SBに蒸着される。
【0064】
プラズマ空間Pの電位は、プラズマ電位Vs(V)となる。本発明では、通常、基板SBは、絶縁体であり、かつ、電気的にアースから絶縁されている。したがって、基板SBはフローティング状態にあり、その電位はフローティング電位Vf(V)となる。ターゲット材TGと基板SBとの間にあるターゲット材TGの構成元素Tpは、プラズマ空間Pの電位と基板SBの電位との電位差Vs−Vfの加速電圧分の運動エネルギーを持ったイオンの衝突を受けるため、成膜中の基板SBに高いエネルギーで衝突すると考えられる。また、基板上では、電位差Vs−Vfの加速電圧分の運動エネルギーを持ったイオンによって、逆スパッタリングも起こる。
【0065】
プラズマ電位Vsおよびフローティング電位Vfは、ラングミュアプローブを用いて測定することができる。プラズマP中にラングミュアプローブの先端を挿入し、プローブに印加する電圧を変化させると、例えば、図5に示すような電流電圧特性が得られる(小沼光晴著、「プラズマと成膜の基礎」p.90、日刊工業新聞社発行)。この図5では、電流が0となるプローブ電位がフローティング電位Vfである。この状態は、プローブ表面へのイオン電流と電子電流の流入量が等しくなる点である。絶縁状態にある金属の表面や基板表面はこの電位になっている。プローブ電圧をフローティング電位Vfより高くしていくと、イオン電流は次第に減少し、プローブに到達するのは電子電流だけとなる。この境界の電圧がプラズマ電位Vsである。
【0066】
電位差Vs−Vfが基板SBに衝突するターゲット材TGの構成元素Tpの運動エネルギーに影響を与えることを述べた。下記式に示すように、一般に運動エネルギーEは温度Tの関数で表されるので、基板SBに対して、電位差Vs−Vfは温度と同様の効果を持つと考えられる。
E=1/2mv=3/2kT
(式中、mは質量、vは速度、kは定数、Tは絶対温度である。)
電位差Vs−Vfは、温度と同様の効果以外にも、表面マイグレーションの促進効果、弱結合部分のエッチング効果などの効果を持つと考えられる。
【0067】
また、本発明においては、基板SBに成膜するために、ターゲットホルダ14に高周波電源16の電圧を印加すると、プラズマが基板SBの上方に生成されるとともに、アノード20と基板SBとの間にも放電が生じ、このときに、この放電によって、プラズマが、アノード20内に閉じ込められると、プラズマ電位Vsが低下し、プラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs−Vf(V)が低下すると考えられる。このようにして、Vs−Vf(V)が低下すると、ターゲットTGから放出されたターゲットTGの構成元素Tpが基板SBに衝突するエネルギーが減少すると同時に、基板上の逆スパッタリングが抑制される。
【0068】
そこで、本発明の成膜方法においては、アノード20により、上記構成を有するアノード20により、プラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差Vs−Vf(V)を調整および好適化(制御)する。
【0069】
上記のような本発明の成膜方法で得られた圧電膜は、膜質のばらつきや組成ズレのない高品質な絶縁膜、誘電体膜、または、強誘電体膜、特に、PZT等のPb含有ペロブスカイト型酸化物からなり、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶が安定的に成長し、しかもPb抜けが安定的に抑制された圧電膜であり、インクジェットヘッドなどに用いるのに適した圧電素子として利用することができる。
【0070】
次に、本発明の液体吐出装置(以下、インクジェットヘッドともいう)の構造について説明する。
図6は、本発明に係る圧電素子の一実施形態を用いたインクジェットヘッドの一実施形態の要部断面図(圧電素子の厚み方向の断面図)である。なお、視認しやすくするために、構成要素の縮尺は、実際のものとは適宜異ならせてある。
【0071】
図6に示すように、本発明のインクジェットヘッド50は、本発明に係る圧電素子52と、インク貯留吐出部材54と、圧電素子52とインク貯留吐出部材54との間に設けられる振動板56と、ノズル(液体吐出口)70とを有する。
【0072】
本発明に係る圧電素子52は、基板58と、基板58上に順次積層された下部電極60、圧電膜62および上部電極64とからなる素子であり、圧電膜62に対して、下部電極60と上部電極64とにより厚み方向に電界が印加されるようになっている。
【0073】
基板58としては、特に制限的ではなく、シリコン、ガラス、ステンレス(SUS)、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、アルミナ、サファイヤ、シリコンカーバイド等の基板を挙げることができる。なお、基板58として、シリコン基板の表面にSiO酸化膜が形成されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
また、下部電極60は、基板58の略全面に形成されており、この上に図中手前側から奥側に延びるライン状の凸部62aがストライプ状に配列したパターンの圧電膜62が形成され、各凸部62aの上に上部電極64が形成されている。
圧電膜62のパターンは、図示するものに限定されず、適宜設計される。なお、圧電膜62は、連続膜でも構わないが、圧電膜62を、連続膜ではなく、互いに分離した複数の凸部62aからなるパターンで形成することで、個々の凸部62aの伸縮がスムーズに起こるので、より大きな変位量が得られ、好ましい。
【0074】
下部電極60の主成分としては、特に制限的ではなく、Au,Pt,Ir,IrO,RuO,LaNiO,およびSrRuO等の金属または金属酸化物、およびこれらの組合せが挙げられる。
上部電極64の主成分としては、特に制限的ではなく、下部電極60で例示した材料、Al,Ta,Cr,およびCu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、およびこれらの組合せが挙げられる。
圧電膜62は、上述の本発明のスパッタ方法を適用する成膜方法により成膜された膜である。圧電膜62は、好ましくは、ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜である。
下部電極60と上部電極64の厚みは、例えば200nm程度である。圧電膜62の膜厚は特に制限なく、通常1μm以上であり、例えば1〜5μmである。
【0075】
図6に示すインクジェットヘッド50は、概略、上記構成の圧電素子52の基板58の下面に、振動板56を介して、インクが貯留されるインク室(インク貯留室)68およびインク室68から外部にインクが吐出されるインク吐出口(ノズル)70を有するインク貯留吐出部材54が取り付けられたものである。インク室68は、圧電膜62の凸部62aの数およびパターンに対応して、複数設けられている。すなわち、インクジェットヘッド50は、複数の吐出部を有し、圧電膜62、上部電極64、インク室68およびインクノズル70は、各吐出部毎に設けられている。一方、下部電極60、基板58および振動板56は、複数の吐出部に共通に設けられているが、これに制限されず、個々に、または幾かずつまとめて設けられていても良い。
インクジェットヘッド50では、従来公知の駆動方法により、圧電素子52の凸部62aに印加する電界強度を凸部62a毎に増減させてこれを伸縮させ、これによってインク室68からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
本発明のインクジェットヘッドは、基本的に以上のように構成されている。
【0076】
以上、本発明に係る成膜方法および成膜装置、ならびにこれらによって成膜された圧電膜を有する圧電素子を具備するインクジェットヘッド(液体吐出装置)について種々の実施形態および実施例を挙げて詳細に説明したが、本発明は、上記実施形態および実施例には限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、各種の改良や設計の変更を行ってもよいのは、勿論である。
【実施例】
【0077】
以下、本発明の具体的実施例を挙げ、さらに、添付の図を用いて、本発明をより詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施例に限定されないのは言うまでもない。
【0078】
(実施例1)
図1に示す成膜装置10として、市販の成膜装置(Oerlikon社製CLN2000型)を用いた。
ターゲット材TGには、300mmφのPb1.3(Zr0.52Ti0.48)O組成の焼結体を用いた。
ターゲット材TGと基板SBとの間の距離は、60mmとした。
また、基板SBのターゲット材TG側の外周を取り囲むように、外径300mmφ、内径220mmφのステンレス鋼(SUS)製の板状部材22aをターゲット材TG側に、他方、外径300mmφ、内径160mmφのステンレス鋼(SUS)製の板状部材22abを基板側に設置して、アノード20を設けた。
【0079】
上記のような真空装置12内に、Ar+O(2.5%)のガスを導入し、0.5Paにて、高周波電源16に700Wを印加して、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)膜の成膜を7時間連続で行った。
このとき、上記市販の装置(Oerlikon社製CLN2000型)に搭載されているソフトウウェアで、成膜時間の経過毎にカソードセルフバイアスVdcと基板電位Vfとを測定した。
【0080】
このときの成膜時間に伴うカソードセルフバイアスVdcの変化を図7に白丸(○)で示し、他方、このときの成膜時間に伴う基板電位Vfの変化を図8に白丸(○)で示す。
また、1時間毎に、PANalytica社製のX’pert PRO X線回折装置を用いて、成膜した膜のXRD(X線回折)を行い、XRDのピーク比によって、パイロクロア構造に対するペロブスカイト構造の割合、すなわち、ペロブスカイト構造/パイロクロア構造を求め、この結果を、図9に白丸(○)で示した。
【0081】
なお、図7は、縦軸にカソードバイアスの電位を表し、横軸に成膜時間を表したグラフであり、図8は、縦軸に基板の電位を表し、横軸に成膜時間を表したグラフである。
他方、図9は、縦軸に、パイロクロア構造に対するペロブスカイト構造の割合、すなわち、ペロブスカイト/パイロクロアを表し、横軸に、成膜時間を表したグラフである。
【0082】
(比較例1)
アノードを構成する板状部材が貫通孔を有していないこと以外は実施例と同様の装置を用いて、実施例と同様の方法で、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)膜の成膜を7時間連続で行った。
【0083】
このときの成膜時間に伴うカソードセルフバイアスVdcの変化を図7に黒丸(●)で示し、他方、このときの成膜時間に伴う基板電位Vfの変化を図8に黒丸(●)で示す。
また、1時間毎に、PANalytica社製のX’pert PRO X線回折装置を用いて、成膜した膜のXRD(X線回折)を行い、ペロブスカイト/パイロクロアのXRDのピーク比によって、パイロクロア構造に対するペロブスカイト構造の割合、すなわち、ペロブスカイト構造/パイロクロア構造を求め、この結果を、図9に黒丸(●)で示した。
【0084】
(比較例2)
板状部材を有していないこと以外は実施例と同様の装置を用いて、実施例と同様の方法で、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)膜の成膜を7時間連続で行った。
このときの成膜時間に伴うカソードセルフバイアスVdcの変化を図7に三角(▲)で示し、他方、このときの成膜時間に伴う基板電位Vfの変化を図8に三角(▲)で示す。
また、1時間毎に、PANalytica社製のX’pert PRO X線回折装置を用いて、成膜した膜のXRD(X線回折)を行い、ペロブスカイト/パイロクロアのXRDのピーク比によって、パイロクロア構造に対するペロブスカイト構造の割合、すなわち、ペロブスカイト構造/パイロクロア構造を求め、この結果を、図9に三角(▲)で示した。
【0085】
図7および図8に示す結果より、実施例1は、成膜開始直後、Vdcは、−180V、他方、Vfは、+70Vであり、成膜を7時間行った後も、Vdcは、−170V、Vfは、+75Vと、殆ど変化がないことがわかった。
すなわち、実施例のようにしてPZT膜の成膜を実施すると、真空容器12内の電極間の電位が安定することがわかった。
【0086】
他方、比較例1は、成膜開始直後のVdcは、−170Vで、Vfは、+60Vであったが、成膜時間が経過するにつれて、Vdcは上昇し、Vfは減少することがわかった。
これは、複数の孔を設けた板状部材で構成されたアノードを用いたかったことにより、板状部材を具備するアノードにPZT膜が付着し、実効的なアノードの面積が減少することによって、ターゲットホルダ周辺のシース電位の降下が小さくなり、アノード周辺のシース電位の降下が大きくなったからだと考えられる。
【0087】
また、比較例2は、成膜開始直後のVdcは、−85Vで、Vfは、ほぼ0Vであったが、成膜時間が経過するにつれて、Vdcは上昇し、Vfはほぼ変化がないことがわかった。
これは、実施例のようにしてPZTを成膜した場合よりもVdcが高く、Vfが低いことから、アノードを設けなかったことにより、スパッタリングの駆動力となるターゲットホルダ(カソード)周辺のシース電位の降下が小さく、逆スパッタの駆動力となるアノード周辺のシース電位の降下が大きくなっていることが明白である。
【0088】
また、図9に示す結果より、実施例は、成膜を7時間行っても、成膜したPZT膜にパイロクロア層が殆ど存在しないことがわかる。
また、このとき、30Vの電圧で駆動させたときの変位量から、実施例のようにして成膜したPZT膜の圧電特性を測定したが、この圧電特性も良好であった。
すなわち、実施例のようにしてPZT膜の成膜を実施することにより、長時間成膜を実施しても良質なPZT膜を成膜できることがわかった。
【0089】
また、図9に示す結果より、比較例1は、成膜開始直後から1時間後に成膜した膜は、ほぼ100%ペロブスカイト構造を有する膜であったのに対し、成膜開始6時間後に成膜された膜は、ほぼ100%パイロクロア構造を有する膜であることがわかった。
さらに、このときも実施例と同様にして、PZT膜の圧電特性を測定したが、圧電性能を示さなかった。
すなわち、比較例1のようにして、孔を設けていない板状部材で構成されたアノードを用いることにより、成膜時間の経過と共に、良質なPZT膜を成膜できないことがわかった。
【0090】
また、図9に示す結果より、比較例2は、成膜開始直後から1時間後に成膜した膜が、ほぼ100%パイロクロア構造を有する膜であることがわかった。
これは、成膜開始後、早い時間でアノードの実効面積が劇的に減少し、成長途中で実施例1のような良好な膜を形成できる条件から外れてしまったことに起因する。
すなわち、比較例2のようにして、アノードを用いないことにより、成膜開始後の早い段階で、良質なPZT膜を成膜できないことがわかった。
【0091】
以上より、貫通孔26を有する板状部材22を有するアノード20を用いることによって、特に、貫通孔26部分に膜が付着して、アノード20の実効面積の減少を抑制でき、これにより、真空容器12内におプラズマの状態の変化を抑制し、プラズマ状態の変化による成膜膜質の変化を大幅に低減させることができることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明の成膜装置および成膜方法は、スパッタリングなどのプラズマを用いる気相成長法により、圧電膜、絶縁膜、誘電体膜などの薄膜を成膜する場合に適用することができ、インクジェット式記録ヘッド、強誘電体メモリ(FRAM)、および圧力センサ等に用いられる圧電膜等の成膜に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】本発明の成膜方法を実施する成膜装置の一実施形態を概念的に示す概略構成図である。
【図2】図1に示す成膜装置のアノードを構成する板状部材を模式的に示す模式図である。
【図3】プラズマ発生時のアノードおよびカソード間の電位分布を示すグラフである。
【図4】図1に示す成膜装置における成膜中の様子を模式的に示す模式図である。
【図5】スパッタ装置におけるプラズマ電位Vsおよびフローティング電位Vfの測定方法を示す説明図である。
【図6】本発明のインクジェットヘッドの一実施形態の構造を示す断面図である。
【図7】成膜時間に伴うカソードセルフバイアスVdcの変化を示すグラフである。
【図8】成膜時間に伴う基板電位Vfの変化を示すグラフである。
【図9】成膜時間に伴うPZT膜の膜質の変化を示したグラフである。
【符号の説明】
【0094】
10 成膜装置
12 真空容器
12a ガス導入管
12b ガス排出管
14 ターゲットホルダ
16 高周波電源
18 載置台
20 アノード
22 板状部材
24 棒状体
50 インクジェットヘッド
52 圧電素子
54 インク貯留吐出部材
56 振動板
58 基板(支持基板)
60、64 電極
62 圧電膜
68 インク室
70 インク吐出口
IP プラスイオン
P プラズマ空間
SB 基板(成膜基板)
TG ターゲット材
Tp ターゲット材の構成元素

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスの導入と排気が可能な真空容器と、
前記真空容器内に配置され、かつ、成膜材料となるターゲットを保持するターゲットホルダと、
前記真空容器内に前記ターゲットホルダに対向して配置され、かつ、前記成膜材料の薄膜が形成される成膜用基板を保持する基板ホルダと、
前記ターゲットホルダと前記基板ホルダとの間に、前記基板ホルダの前記ターゲットホルダ側の外周を取り囲むように設けられたアノードとを有し、
前記アノードは、複数の貫通孔を持つ板状部材を1枚または複数枚重ねたものであり、
前記真空容器内に前記ガスを導入し、前記ターゲットホルダと基板ホルダとの間に、電圧をかけてプラズマを生成し、前記成膜用基板上に前記成膜材料の薄膜を形成することを特徴とする成膜装置。
【請求項2】
前記板状部材は、環状であることを特徴とする請求項1に記載の成膜装置。
【請求項3】
前記環状は、円環状であることを特徴とする請求項2に記載の成膜装置。
【請求項4】
前記アノードは、複数枚の前記板状部材を前記基板ホルダと直交する方向に互いに離間させて重ねたものであり、
隣接する前記板状部材の前記複数の貫通孔は、前記基板ホルダと直交する方向では互いに一致しないように配置されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の成膜装置。
【請求項5】
前記アノードは、複数枚の前記板状部材を前記基板ホルダと直交する方向に互いに離間させて重ねたものであり、
隣接する前記板状部材は、互いに、1.0mm〜15.0mm離間させて配置されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の成膜装置。
【請求項6】
前記アノードは、接地されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の成膜装置。
【請求項7】
前記アノードは、前記成膜用基板とは電気的に絶縁され、かつ、所定の電圧が印加されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の成膜装置。
【請求項8】
ターゲットと成膜用基板との間にプラズマを生成し、前記プラズマのイオンを前記ターゲットに衝突させて、前記成膜用基板上に前記ターゲットを成膜材料とする薄膜を形成する成膜方法であって、
前記ターゲットと前記成膜用基板との間に、前記成膜用基板の前記ターゲット側の外周を取り囲むように、複数の貫通孔を有する板状部材を1枚または複数枚重ねたアノードを設け、前記アノードにより、前記薄膜の形成時に、前記プラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差Vs−Vf(V)を制御することを特徴とする成膜方法。
【請求項9】
前記ターゲットは、誘電体、圧電体、絶縁体、または強誘電体であることを特徴とする請求項8に記載の成膜方法。
【請求項10】
前記板状部材は、環状であることを特徴とする請求項8または9に記載の成膜方法。
【請求項11】
前記環状は、円環状であることを特徴とする請求項10に記載の成膜方法。
【請求項12】
前記アノードは、複数枚の前記板状部材を前記基板ホルダと直交する方向に互いに離間させて重ねたものであり、
隣接する前記板状部材の前記複数の貫通孔は、前記成膜用基板と直交する方向では互いに一致しないように配置されていることを特徴とする請求項8〜11のいずれかに記載の成膜方法。
【請求項13】
前記アノードは、複数枚の前記板状部材を前記基板ホルダと直交する方向に互いに離間させて重ねたものであり、
隣接する前記板状部材は、互いに、1.0mm〜15.0mm離間させて配置されていることを特徴とする請求項8〜12のいずれかに記載の成膜方法。
【請求項14】
前記アノードは、接地されていることを特徴とする請求項8〜13のいずれかに記載の成膜方法。
【請求項15】
前記アノードは、前記成膜用基板とは電気的に絶縁され、かつ、所定の電圧が印加されていることを特徴とする請求項8〜14のいずれかに記載の成膜方法。
【請求項16】
請求項1〜7のいずれかに記載の成膜装置を用いて成膜された圧電膜、または請求項8〜15のいずれかに記載の成膜方法により成膜された圧電膜、およびこの圧電膜に電圧を印加するために、前記圧電膜の両面に形成された電極を備える圧電素子と、
液体が貯留される液体貯留室と、
前記圧電素子に電圧を印加することにより、前記液体貯留室から外部に前記液体を吐出させる液体吐出口とを有することを特徴とする液体吐出装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2010−31343(P2010−31343A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−197464(P2008−197464)
【出願日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.FRAM
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】