説明

摺動部材

【課題】従来のものよりもさらに耐磨耗性および低摩擦係数となるような表面加工を施した摺動部材を提供すること。
【解決手段】本発明により、基材上に形成されたSi含有ダイヤモンドライクカーボン層と、前記Si含有ダイヤモンドライクカーボン層上に共有結合で固定されたポリマーブラシ層とを摺動面に有する摺動部材が提供される。好ましくは、ポリマーブラシ層を構成するポリマーは、親油性を有する基を含むモノマーと、架橋構造を形成しうる基を含むモノマーとをランダム共重合させることにより製造されたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摺動部材に関し、特にオイル潤滑下で低い摩擦係数を発現する摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車において、エンジン、トランスミッションなど様々な機器に摺動部材が用いられており、そのような摺動部材の摺動特性を向上させるために様々な開発がされている。摺動部材の摩擦係数を低減させることは自動車の燃費の向上にも繋がるので、特に重要視されている。近年、摩擦係数の低減化、耐摩耗性の向上を図るべく、摺動部材の表面のコーティング技術として、ダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜、非晶質炭素膜とも称される)を被覆する技術が注目されている。そして、優れた摺動特性を得るべく、ダイヤモンドライクカーボン膜の形成方法に様々な改良が試みられている。
【0003】
例えば特許文献1には、膜密度の低いダイヤモンドライクカーボンで形成された低密度炭素層と、膜密度の高いダイヤモンドライクカーボンで形成された高密度炭素層が交互に積層されたダイヤモンドライクカーボン多層膜を形成することが記載されている。特許文献2には、非晶質炭素皮膜にIVa、Va、VIa族およびSi(ケイ素)から選ばれる添加金属を加えることが記載されている。中でも、Siを含有するダイヤモンドライクカーボン膜(DLC−Si膜とも称される)は、耐摩耗性および低摩擦係数であり、摺動特性に優れていることが知られている(特許文献3および4を参照)。
【0004】
一方、高分子化合物を利用することにより材料表面の改質を行う技術も近年注目されている。例えば、特許文献5には、薄膜型磁器記録媒体の製造において、アルキルアミンを静電相互作用によりカーボン酸化膜表面に固定化し、潤滑性を改善することが記載されている。また、材料表面から重合反応を開始して高分子鎖を材料表面から垂直方向に成長させることにより、高分子の絨毯のような「ポリマーブラシ」と称される分子組織が形成できることが知られており、新たな表面改質法として期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−322555号公報
【特許文献2】特開2003−247060号公報
【特許文献3】特開2003−343597号公報
【特許文献4】特開2006−283134号公報
【特許文献5】特開平10−326408号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来のものよりもさらに耐磨耗性および低摩擦係数となるような表面加工を施した摺動部材を提供することを目的とする。また本発明は、従来よりも低摩擦係数である摺動部材の組み合わせを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上述したような問題を検討した結果、従来のSiを含有するダイヤモンドライクカーボンからなる層の上に、さらにポリマーブラシ層を形成することにより、より低摩擦係数である摺動部材が得られることを見出した。本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)基材上に形成されたSi含有ダイヤモンドライクカーボン層と、前記Si含有ダイヤモンドライクカーボン層上に共有結合で固定されたポリマーブラシ層とを摺動面に有する摺動部材。
(2)ポリマーブラシ層を構成するポリマーが、親油性を有する基を含むモノマーと、架橋構造を形成しうる基を含むモノマーとをランダム共重合させることにより製造されたものである、(1)に記載の摺動部材。
(3)親油性を有する基が炭素数1〜18の炭化水素基である、(2)に記載の摺動部材。
(4)架橋構造を形成しうる基がエポキシ基、オキセタニル基、1,3−ジオキソラニル基、環状アミン、ラクトン環、ラクタム環、αアミノ酸−N−カルボン酸無水物環、シンナモイル基、アミノ基、ジメチルアミノ基、スルホン酸基、カルボン酸基および四級アンモニウム基から選択される官能基を少なくとも1個有する炭化水素基である、(2)または(3)に記載の摺動部材。
(5)親油性を有する基を含むモノマーが式I:
【化1】

[式中、Rは水素またはメチルであり、Rは炭素数1〜18の炭化水素基である]
で表され、架橋構造を形成しうる基を含むモノマーが式II:
【化2】

[式中、Rは水素またはメチルであり、Rはエポキシ基、オキセタニル基、1,3−ジオキソラニル基、環状アミン、ラクトン環、ラクタム環、αアミノ酸−N−カルボン酸無水物環、シンナモイル基、アミノ基、ジメチルアミノ基、スルホン酸基、カルボン酸基および四級アンモニウム基から選択される官能基を少なくとも1個有する炭化水素基である]
で表される、(2)に記載の摺動部材。
(6)第一摺動部材と第二摺動部材からなる組み合わせ摺動部材であって、
第一摺動部材が(1)〜(5)のいずれかに記載の摺動部材であり、
第二摺動部材が(1)〜(5)のいずれかに記載の摺動部材であるか、またはSi含有ダイヤモンドライクカーボン層を摺動面に有する摺動部材である、前記組み合わせ摺動部材。
【発明の効果】
【0008】
Si含有ダイヤモンドライクカーボン層上に形成されたポリマーブラシ層を摺動面に有する本発明の摺動部材は、特にオイル潤滑下において非常に低い摩擦係数を実現することができる。また、本発明によれば、従来実現することが難しかったオイル潤滑下で摩擦係数が0.05未満の摺動部材の組み合わせを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の摺動部材の表面構造の概略図である。
【図2】本発明の実施例における、テストピースに表面開始剤を固定する手順を説明する図である。
【図3】本発明の実施例における、ポリマーブラシを形成する手順を説明する図である。
【図4】本発明の実施例における、ポリマーブラシを架橋させる手順を説明する図である。
【図5】本発明の実施例における、ブロックオンリング摩擦試験の方法の概略を示す図である。
【図6】本発明の実施例における、ブロックオンリング摩擦試験の結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の摺動部材は、基材上に形成されたSi含有ダイヤモンドライクカーボン層(以下、DLC−Si層と称する)と、該DLC−Si層上に共有結合で固定されたポリマーブラシ層とを摺動面に有することを特徴とする。
【0011】
本発明の摺動部材の基材は、摺動時においてDLC−Si膜の密着強度が確保できるものであれば特に限定されるものではない。基材の具体例としては、ステンレス鋼などの汎用性の高い鉄系金属、その他の金属(アルミニウム、銅、チタンなど)、樹脂、ゴム、セラミックス、シリコンが挙げられる。
【0012】
DLC−Si層は、例えばプラズマCVD法、イオンプレーティング法、スパッタリング法など公知のCVD法(化学気相成長法)又はPVD法(物理気相成長法)により形成することができる。本発明において、DLC−Si層はプラズマCVD法により形成するのが好ましい。プラズマCVD法は、反応ガスにより成膜するため、複雑な形状の基材に対しても容易に成膜することができる。また、成膜装置の構造も単純で安価である。このプラズマCVD法としては、高周波放電を利用する高周波プラズマCVD法や、直流放電を利用する直流プラズマCVD法、マイクロ波放電を利用するマイクロ波プラズマCVD法などが挙げられる。プラズマCVD法によりDLC−Si層を形成する場合、反応ガスは、炭素原料としてメタン、アセチレン、ベンゼンなどの炭化水素ガス等を用いることができる。また、ケイ素原料としては、Si(CH(TMS)、SiH、SiCl、SiHなどのケイ素化合物ガスを用いることができる。また、キャリアガスとしては、アルゴンガス、水素ガスなどを用いることができる。本発明において、DLC−Si層中のSi濃度は5〜40wt%、特に25〜35wt%とするのが好ましい。
【0013】
本発明において、ポリマーブラシとは基材表面に対して垂直方向に延びたポリマー鎖の集合体を意味する。本発明のポリマーブラシ層は親油性を有する。ポリマーブラシ層は、表面開始剤を介してDLC−Si層上に共有結合で固定されている。本明細書において表面開始剤とは、ケイ素や鉄、アルミニウムなどの金属あるいはそれらの酸化物と結合する官能基と、モノマーの重合反応を開始させる能力を有する官能基とを併せ持つ化合物である。それぞれの官能基は1分子中に複数存在してもよい。本発明において表面開始剤として用いることができる化合物としては、例えばDLC−Si層に存在するケイ素と結合を形成する活性シリル基と、ビニルモノマー類のラジカル重合を開始できるハロゲン化アルキル基とを併せ持つ、下記の式(III)で表される化合物が挙げられる:
【化3】

[式中、R〜Rはそれぞれ独立してメトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロポキシおよびハロゲン(特に塩素および臭素)などから選択され、R〜Rはそれぞれ独立してメチル、エチル、フェニルなどから選択され、Xはハロゲン(特に塩素、臭素およびヨウ素)、ジチオカルバメート、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシなどから選択され、nは3〜11の整数であり、(CHで表されるメチレン基連鎖にはエーテル結合が1個以上含まれていてもよい]。本発明において好ましい表面開始剤は、R〜Rがエトキシ、RとRがメチル、Xが臭素、nが6である化合物、すなわち6−{(2’−ブロモ−2’−メチル)プロピロイルオキシ}ヘキシルトリエトキシシランである。表面開始剤は、化学気相吸着法(Chemical Vapor Adsorption;CVA法)によりDLC−Si層表面のSiと共有結合させることができる。化学気相吸着法とは、基板表面に反応性化合物の蒸気を吸着させることにより結合を形成させ、その化合物からなる薄膜を基板表面に固定化する方法である。例えば、表面を親水化したシリコン基板やDLC−Si基板と活性シリル化合物とを入れた試験管を、乾燥窒素下、容器に入れて密封し加熱すると、化合物の蒸気が基板表面に吸着してシランカップリング反応を伴いながらシリル化合物が表面に固定化され、単分子膜が形成される。化学気相吸着法は、従来の液相法と比較して、平滑かつ欠損の少ない単分子膜が大面積で得られる点、および立体形状を問わずに単分子膜を形成可能である点において優れている。
【0014】
本発明においてポリマーブラシ層を構成するポリマーは、好ましくは、親油性を有する基を含むモノマーと、架橋構造を形成しうる基を含むモノマーとをランダム共重合させることにより製造されたものである。
【0015】
「親油性を有する基」としては、炭素数1〜18の炭化水素基が好ましい。炭素数1〜18の炭化水素基としては、例えばメチル、エチル、プロピル、イソプロピル、n−ブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、n−ペンチル、イソペンチル、ヘキシル、2−エチルヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デシル、ウンデシル、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ペンタデシル、ヘキサデシル、ヘプタデシル、オクタデシル等の直鎖または分岐状のC1−18−アルキル基;シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル等のC3−7−シクロアルキル基;フェニル、トリチル、ナフチル等の芳香族炭化水素基;ベンジル、フェネチル等のアラルキル基が挙げられる。炭素数1〜18の炭化水素基としては、直鎖または分岐状のC4−10−アルキル基、特にC6−10−アルキル基が好ましい。
【0016】
「架橋構造を形成しうる基」としては、例えば、開環重合により重合可能である官能基、光異性化反応による結合形成や高分子化が可能である官能基、またはイオン結合を生じる官能基を少なくとも1個有する炭化水素基が挙げられる。ただし、これらの官能基は表面開始剤との重合開始時には反応しない性質である必要がある。上記条件を満たす開環重合可能な官能基としては、エポキシ基、オキセタニル基、1,3−ジオキソラニル基、アジリジンやアゼチジンなどの環状アミン、ラクトン環、ラクタム環、αアミノ酸−N−カルボン酸無水物環などが挙げられる。上記条件を満たす光異性化反応を生じる官能基としてはシンナモイル基が挙げられ、これは光異性化により二量化して架橋構造を形成する。また、アミノ基、ジメチルアミノ基はα,ω−ジハロゲン化アルキルを作用させることで四級アンモニウム塩を生じ架橋点となる。上記条件を満たすイオン結合を生じる官能基としては、スルホン酸基、カルボン酸基、四級アンモニウム基が挙げられる。これらは、酸塩基の組み合わせにより架橋点を形成する。
【0017】
好ましくは、架橋構造を形成しうる基は、エポキシ基、オキセタニル基、1,3−ジオキソラニル基、環状アミン、ラクトン環、ラクタム環、αアミノ酸−N−カルボン酸無水物環、シンナモイル基、アミノ基、ジメチルアミノ基、スルホン酸基、カルボン酸基および四級アンモニウム基から選択される官能基を少なくとも1個有する炭化水素基である。より好ましくは、架橋構造を形成しうる基は下記の式IVで表される基である:
【化4】

[式中、Aは
【化5】

であり、pは1〜3の整数であり、qは1〜6の整数である]。式IVにおいて、好ましくはpとqの合計は3以下である。より好ましくは、Aは式Aで表される基であり、pおよびqはそれぞれ独立して1〜3の整数である。最も好ましくは、Aは式Aで表される基であり、pは1でありqは2である。
【0018】
親油性を有する基を含むモノマーと、架橋構造を形成しうる基を含むモノマーの共重合は、モノマーの種類に従って公知の方法、例えばラジカル重合、カチオン重合、アニオン重合などにより行うことができ、必要に応じて重合開始剤を加えたり、紫外線照射などを行ったりしてもよい。
【0019】
このようにして合成されたポリマーは親油性を有するため、本発明のポリマーブラシ層は個々のポリマー鎖の間に潤滑油を保持することができると考えられる。また、ポリマーは架橋構造を形成しうる基を含むモノマーを含んでいるため、個々のポリマー鎖の間を架橋させることができる。さらにランダム共重合されていることにより、架橋構造がポリマーブラシ構造中にランダムに存在するため、本発明のポリマーブラシ層は特に耐磨耗性に優れる。その結果、そのようなポリマーブラシ層がDLC−Si層上に共有結合で固定されている本発明の摺動部材は、オイル潤滑下において低摩擦係数であり、且つ耐摩耗性にも優れている。
【0020】
図1は、本発明の摺動部材の表面構造の概略図である。基材上に設けられたDLC−Si層の表面のSiに表面開始剤が共有結合で結合している。また、表面開始剤のそれぞれも、DLC−Si層表面に沿った横方向で互いにSi−O結合により共有結合している。この横方向の表面開始剤同士のSi−O結合は、上述した化学気相吸着法により表面開始剤をDLC−Si層と結合させるのと同時に形成されると考えられる。
【0021】
表面開始剤部分の長さは数nm程度である。表面開始剤の先に、親油性を有する基を含むモノマーと、架橋構造を形成しうる基を含むモノマーとをランダム共重合させることにより合成されたポリマー、すなわちポリマーブラシが共有結合している。図1中、黒丸で表した部分が、架橋構造を形成しうる基を含むモノマーに対応する部分である。ポリマー中、該架橋構造を形成しうる基を含むモノマーに対応する部分は、互いに架橋している。ポリマーブラシ部分の長さは、通常20〜200nm、好ましくは50〜200nmの範囲である。ポリマーブラシ部分の長さ、すなわちポリマーブラシ層の厚さがこの程度であれば、十分な耐磨耗性が得られる。
【0022】
本発明において、親油性を有する基を含むモノマーと、架橋構造を形成しうる基を含むモノマーとの比は、95:5〜50:50の範囲とするのが好ましく、95:5〜75:25の範囲、とりわけ90:10とするのがより好ましい。
【0023】
本発明において、親油性を有する基を含むモノマーは、好ましくは下記の式Iで表される化合物である:
【化6】

[式中、Rは水素またはメチルであり、Rは炭素数1〜18の炭化水素基である]。 また、本発明において、架橋構造を形成しうる基を含むモノマーは、好ましくは下記の式IIで表される化合物である:
【化7】

[式中、Rは水素またはメチルであり、Rはエポキシ基、オキセタニル基、1,3−ジオキソラニル基、環状アミン、ラクトン環、ラクタム環、αアミノ酸−N−カルボン酸無水物環、シンナモイル基、アミノ基、ジメチルアミノ基、スルホン酸基、カルボン酸基および四級アンモニウム基から選択される官能基を少なくとも1個有する炭化水素基である]。
【0024】
式Iにおいて、Rで表される炭素数1〜18の炭化水素基に関しては上述したとおりである。本発明において最も好ましい親油性を有する基を含むモノマーは、アクリル酸ヘキシル(式IにおいてRが水素、Rがn−ヘキシル)およびメタクリル酸ヘキシル(式IにおいてRがメチル、Rがn−ヘキシル)である。
【0025】
式IIおいてRで表されるエポキシ基、オキセタニル基、1,3−ジオキソラニル基、環状アミン、ラクトン環、ラクタム環、αアミノ酸−N−カルボン酸無水物環、シンナモイル基、アミノ基、ジメチルアミノ基、スルホン酸基、カルボン酸基および四級アンモニウム基から選択される官能基を少なくとも1個有する炭化水素基に関しては上述したとおりである。本発明において最も好ましい架橋構造を形成しうる基を含むモノマーは、アクリル酸3−エチル−3−オキセタニルメチル(式IIにおいてRが水素、Rが式IVで表される基[AがA、pが1およびqが2])およびメタクリル酸3−エチル−3−オキセタニルメチル(式IIにおいてRがメチル、Rが式IVで表される基[AがA、pが1およびqが2])である。
【0026】
また、本発明は組み合わせ摺動部材にも関する。本発明の組み合わせ摺動部材は、第一摺動部材と第二摺動部材からなる組み合わせ摺動部材であって、第一摺動部材が上述したDLC−Si層上に共有結合で固定されたポリマーブラシ層を摺動面に有する摺動部材であり、第二摺動部材が第一摺動部材と同様のDLC−Si層上のポリマーブラシ層を摺動面に有する摺動部材であるか、あるいはDLC−Si層を摺動面に有する摺動部材である。
【0027】
従来の組み合わせ摺動部材においては、境界潤滑領域では摺動部材の微小な表面突起同士の接触が生じるため、いかに低摩擦係数といえども、オイル潤滑下で0.05〜0.1程度の値しか実現できていなかった。それに対し、本発明の組み合わせ摺動部材は、DLC−Si層とDLC−Si層上に形成されたポリマーブラシ層との組み合わせ、あるいはDLC−Si層上に形成されたポリマーブラシ層同士の組み合わせにより、オイル潤滑下において通常0.045以下、好ましくは0.04以下、特に0.03以下の摩擦係数を有することを特徴とする。
【実施例】
【0028】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0029】
1.テストピースの作製
摩擦試験を行うためのブロックとリング(以下、テストピースとも称する)を製作した。ブロックの材質はSCM420浸炭焼入れ鋼とし、ブロックの形状は縦6.3mm×横15.7mm×高さ10mmとした。リングの材質はS50焼入れ鋼とし、リングの形状は外径35mmおよび幅8.7mmとした。下記の表1に示した表面処理を施したブロックとリングの組み合わせを用意した。
【0030】
【表1】

【0031】
ブロックの表面無処理時(*1)の表面粗さ、およびリングの表面無処理時(*2)の表面粗さは、いずれも0.1μmRzとした。
【0032】
「DLC−Si」とは、テストピースの表面にDLC−Si膜をプラズマCVD法により約2μmの膜厚で製膜したことを意味する。DLC中のSi含有量は15wt%であった。
【0033】
「DLC−Si+ポリマーブラシ」とは、テストピースの表面に上記と同様に製膜した、膜厚が約2μmかつSi含有量15wt%であるDLC−Si膜の上に、ポリマーブラシによるコーティング処理を行ったことを意味する。ポリマーブラシによるコーティング処理は次のように行った(図2〜図4参照)。
【0034】
(1)20〜50Pa条件下で真空紫外光(波長172nm)を5分間テストピースに照射した(紫外光ランプとテストピース表面との距離は15mm以下が望ましい)。照射後のテストピース表面の対水接触角は5度以下を示し、テストピース表面の親水化を確認した。
(2)6−{(2’−ブロモ−2’−メチル)プロピロイルオキシ}ヘキシルトリエトキシシラン(表面開始剤)の1%脱水トルエン溶液を入れた1mL試験管と親水化テストピースを、互いが接触しないようにセパラブルフラスコ内に入れ、窒素置換した後、密封した。これを155℃で4時間加熱した後に開封し、テストピースをエタノールで洗浄し、室温で風乾した。X線分光分析により、テストピース表面に6−{(2’−ブロモ−2’−メチル)プロピロイルオキシ}ヘキシルトリエトキシシランが吸着、固定化されたことを確認した。
(3)内径100mmのセパラブルフラスコに、表面開始剤を固定したテストピース、メタクリル酸ヘキシル300mmol、メタクリル酸3−エチル−3−オキセタニルメチル30mmolを入れ、液体窒素による凍結−真空ポンプによる脱気−常温融解を3回繰り返し、アルゴン置換した。
(4)三方コック付き試験管に、精製した臭化銅(I)(0.1mmol)を入れ、脱気とアルゴン置換を5回繰り返した。ここに(−)スパルテイン(0.2mmol)、アニソール0.5mL、2−ブロモイソブチル酸エチル0.1mmolを加え、凍結脱気した後アルゴンで置換した。
(5)試験管に用意した(4)の臭化銅溶液を、ガスタイトシリンジでセパラブルフラスコの溶液に注入し、反応溶液を凍結−脱気−融解プロセスにより脱気した。フラスコをアルゴン置換して密封し、130℃で40時間反応させて、テストピース表面に膜厚144nmのポリマーブラシ薄膜を形成させた。
(6)反応終了後テストピースを取り出し、トルエンを溶媒としてソックスレー抽出器で一夜洗浄した後、デシケータに入れて真空乾燥させた。
(7)反応溶液を500mLのメタノールに注ぎ込み、生成ポリマーを沈殿させた。このポリマーのGPC測定により数平均分子量および分子量分布を、NMR測定から共重合組成比をそれぞれ算出した。
(8)ポリマーブラシ薄膜が形成されたテストピースを、トリフルオロボラン・エーテル錯体の1%塩化メチレン溶液中に1時間室温で浸漬させることにより、オキセタン環を開環重合させてポリマーブラシ間の化学架橋を行った。テストピースを取り出し、塩化メチレン、アセトン、ヘキサンで洗浄した後、デシケータに入れて真空乾燥させた。
【0035】
2.摩擦試験
それぞれのテストピースを用いてブロックオンリング摩擦試験を行った。試験方法の概略を図5に示す。この試験では、下側にテストリングを配置し、そのテストリングの上側にテストリングと当接するようにテストブロックを配置する。そして、潤滑油にテストリングを油浴した状態で、テストブロックをテストリングに所定の荷重で押し付けつつテストリングを回転させて、生じた摩耗から摩擦係数を測定する。表1に示した各組み合わせのテストピースをFALEX社製LFW−1型ブロックオンリング試験機にセットし、下記の試験条件下で摩擦係数を測定した。
【0036】
<摩擦試験条件>
荷 重 : 5kgf(面圧:130MPa)
回転数 : 160rpm(0.29m/s)
潤滑油 : 5W30基油
油 温 : 80℃
時 間 : 30分
【0037】
試験の結果得られた摩擦係数をグラフに表したものを図6に示した。いずれも無処理のブロックとリングを用いた試験例1では摩擦係数が0.12と高くなった。ブロックとリングの両方にDLC−Si膜を形成した試験例2(従来技術)では摩擦係数が無処理同士の組み合わせである試験例1の半分以下となったものの、その摩擦係数は0.05程度に留まった。
【0038】
無処理のブロックとDLC−Si膜上にポリマーブラシ膜を形成したリングとを用いた試験例3では、無処理のブロックとリングを用いた試験例1と比較して摩擦係数が1/4程度低下した。これは、DLC−Si膜上に形成されたポリマーブラシ膜が摩擦低減効果を有することを意味する。
【0039】
DLC−Si膜を形成したブロックとDLC−Si膜上にポリマーブラシ膜を形成したリングとを用いた試験例4、いずれもDLC−Si膜上のポリマーブラシ膜を有するブロックとリングを用いた試験例5では、摩擦係数が顕著に低下し、0.05を下回る摩擦係数が達成された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に形成されたSi含有ダイヤモンドライクカーボン層と、前記Si含有ダイヤモンドライクカーボン層上に共有結合で固定されたポリマーブラシ層とを摺動面に有する摺動部材。
【請求項2】
ポリマーブラシ層を構成するポリマーが、親油性を有する基を含むモノマーと、架橋構造を形成しうる基を含むモノマーとをランダム共重合させることにより製造されたものである、請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
親油性を有する基が炭素数1〜18の炭化水素基である、請求項2に記載の摺動部材。
【請求項4】
架橋構造を形成しうる基が、エポキシ基、オキセタニル基、1,3−ジオキソラニル基、環状アミン、ラクトン環、ラクタム環、αアミノ酸−N−カルボン酸無水物環、シンナモイル基、アミノ基、ジメチルアミノ基、スルホン酸基、カルボン酸基および四級アンモニウム基から選択される官能基を少なくとも1個有する炭化水素基である、請求項2または3に記載の摺動部材。
【請求項5】
親油性を有する基を含むモノマーが式I:
【化1】

[式中、Rは水素またはメチルであり、Rは炭素数1〜18の炭化水素基である]
で表され、架橋構造を形成しうる基を含むモノマーが式II:
【化2】

[式中、Rは水素またはメチルであり、Rはエポキシ基、オキセタニル基、1,3−ジオキソラニル基、環状アミン、ラクトン環、ラクタム環、αアミノ酸−N−カルボン酸無水物環、シンナモイル基、アミノ基、ジメチルアミノ基、スルホン酸基、カルボン酸基および四級アンモニウム基から選択される官能基を少なくとも1個有する炭化水素基である]
で表される、請求項2に記載の摺動部材。
【請求項6】
第一摺動部材と第二摺動部材からなる組み合わせ摺動部材であって、
第一摺動部材が請求項1〜5のいずれか1項に記載の摺動部材であり、
第二摺動部材が請求項1〜5のいずれか1項に記載の摺動部材であるか、またはSi含有ダイヤモンドライクカーボン層を摺動面に有する摺動部材である、前記組み合わせ摺動部材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−56165(P2012−56165A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−200725(P2010−200725)
【出願日】平成22年9月8日(2010.9.8)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】