説明

気動車両の駆動方法およびその装置

【課題】上り勾配から下り勾配への切り換えや逆の切り換え時に一定の低速度走行を安定保持できる気動車両の駆動方法およびその装置を提供する。
【解決手段】動力源からの動力がトルクコンバータ4を介して歯車変速機構17に伝達される動力伝達装置を備えた気動車両の駆動方法であって、トルクコンバータ4の入力側にはスリッピングクラッチ3を、出力側には湿式多板ブレーキ18をそれぞれ設けると共に、歯車変速機構17の出力軸40の回転速度に基づいて前記スリッピングクラッチ3と湿式多板ブレーキ18の作動手段を制御する制御手段を設け、気動車両の上り勾配走行時には、湿式多板ブレーキ18により微少な所定値の制動トルクが作用している状態でスリッピングクラッチ3の作動手段を制御し、下り勾配走行時には、スリッピングクラッチ3により微少な所定値の駆動トルクが伝達されている状態で湿式多板ブレーキ18の作動手段を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力源例えばエンジンからの動力がトルクコンバータを介して歯車変速機構に伝達される動力伝達装置を備えた気動車両、例えば、ディーゼル動車や軌道モータカー(鉄道保全作業車)等のための駆動方法およびその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、軌道モータカー(鉄道保全作業車)、例えば、架線作業や電気検査作業を行う車両等では、作業現場へ移動するために高速度で走行する通常走行運転と、保全作業を行うために低速度で走行する作業走行運転とが行われている。この低速度で走行する作業走行運転においては、その速度を一定に保持する必要があり、低速度でかつ一定速度で走行させるための駆動手段として、エンジンと車軸との間に配置される動力伝達装置にPTO軸を設け、油圧ポンプと油圧モータとを取り付け、この油圧ポンプにより発生する油圧で油圧モータを駆動し、一定の低速度を得る静油圧駆動方式(特許文献1参照)や、動力伝達装置の出力軸に専用の湿式多板ブレーキを設け、その湿式多板プレートのスリップ結合により制動トルクを制御し、必要とする一定の低速度を保持する方式(特許文献2参照)等が採用されている。
【0003】
【特許文献1】特開平9−132136号公報
【特許文献2】特開2003−300456号公報
【0004】
すなわち、特許文献2には、出力軸に湿式多板ブレーキを備えた正、逆転2速段の鉄道保全作業車用動力伝達装置において、歯車変速機構の各歯車が常時かみ合い、トルクコンバータのタービン軸と出力軸の回転速度比の変更および車両の進行方向の切り換えをそれぞれの油圧クラッチによって選択的に行う構成が示されている。
【0005】
図4に示されるように、図示されないエンジンからの動力は、トルクコンバータ82の入力継手81に伝達され、この入力継手81と一体に形成されたインペラホイールカバーを経てインペラホイール83に伝達される。このインペラホイール83の回転によるポンプ作用によってタービンホイール84が回転され、タービンホール84と一体のタービン軸85に動力が伝達される。このタービン軸85に伝達された動力は、車両の進行方向に応じて結合された正転クラッチ86又は逆転クラッチ87、あるいは、必要な車速に応じて結合される1速クラッチ88又は2速クラッチ89及びそれらのクラッチ88、89の結合により選択された各歯車を経由し、エンジンからの回転速度が減速されて出力軸91に伝達される。そして、この出力軸91の軸端部には、装置のケーシングに固定する形で湿式多板ブレーキ90が取付けられ、この湿式多板ブレーキ90の作動手段であるチャージングポンプからの圧油によってこの湿式多板ブレーキの各プレートがスリップ結合されるものである。
【0006】
作業走行運転時には、この湿式多板ブレーキ90にチャージングポンプから供給される作動油圧を制御し、このブレーキ90の各プレートをスリップ結合させることによって出力軸91に作用する制動トルクを調整し、出力軸91を一定の回転速度に保持し、車速を必要とされる一定の低速度に保持するものである。すなわち、エンジンの回転数を所定の回転数に固定し、この状態で正転クラッチ86又は逆転クラッチ87を結合した後、1速クラッチ88を結合して走行するが、大きな駆動トルクを必要とする上り勾配の走行においては、勾配の程度に応じて前記ブレーキ90の作動油圧を制御し、エンジンからの駆動トルクをブレーキ90の制動トルクで減少させてトランスミッションの出力軸の回転速度を一定に保持している。また、駆動トルクを必要としない下り勾配の走行においては、結合中の正転クラッチ86又は逆転クラッチ87を切ることによってエンジンからの動力を遮断し、車両重量によるころがり力(車両の運動エネルギ及び位置エネルギによる駆動力)に対して前記湿式多板ブレーキ90の作動油圧を制御し、制動トルクにより前記ころがり力を減少させて出力軸91の回転速度を一定に保持している。
【0007】
図5は、上記従来の動力伝達装置を有する鉄道保全車両の上り勾配、平坦路及び下り勾配の走行における、エンジンからの駆動トルクと湿式多板ブレーキ90の制動トルクの変化を説明するグラフである。図5において、曲線kはエンジン回転数を一定に保持した時のトルクコンバータを介した装置の出力性能、1は最大上り勾配走行時における車両の走行抵抗、mは平坦路走行時における車両の走行抵抗、nは最大下り勾配(上り勾配と同じ大きさ)走行時における車両の走行抵抗、Aは最大上り勾配走行時において車速を10km/hに保持した場合の湿式多板ブレーキ90の制動トルク、A5は同じく車速を5km/hに保持した場合のブレーキ90の制動トルク、Bは平坦路走行時において車速を10km/hに保持した場合のブレーキ90の制動トルク、Cは最大下り勾配走行時において車速を10km/hに保持した場合のブレーキ90の制動トルクの大きさをそれぞれ表したものである。
【0008】
すなわち、最大上り勾配において車速10km/hを保持して走行するには、駆動トルクを走行抵抗とバランスするP点まで減少させる必要があり、エンジンからの駆動トルクに制動トルクAが付与される。同様に、平坦路の走行においては駆動トルクをQ点まで減少させる必要があり、制動トルクBが付与される。また、設定車速によっては、下り勾配であっても勾配の小さい所では車速維持に駆動トルクが必要で、設定車速10km/hの例では、正転クラッチ86又は逆転クラッチ87を結合した状態で、駆動トルクより僅かに大きい制動トルクDが付与される。しかしながら、制動トルクが駆動トルクを上回ると前記正転クラッチ86又は逆転クラッチ87が遮断されて駆動トルクが0になり、僅かな制動トルクEが付与されて、設定車速10km/hが保持される。この制動トルクEは下り勾配の大きさに応じて変化し、最大下り勾配走行時ではCとなる。
【0009】
一方、最大上り勾配走行時において車速を上記より遅い5km/hに保持する場合には、駆動トルクをP5の点まで減少させる必要があり、制動トルクA5が付与される。(図示してないが、平坦路走行の場合も同様に必要な制動トルクは大きくなる。)このように、従来の装置では設定車速を保持するために最大Dの制動トルクが必要で、これは最大下り勾配走行時における制動トルクCより大きく、ブレーキ90の必要最大制動トルクを上り勾配の大きさによって設定する必要があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
すなわち、従来の静油圧駆動方式による低速度走行では、作業走行運転にのみ使用する専用の油圧ポンプと油圧モータ、それらを結合するための高圧ゴムホース、静油圧回路の作動油フィルタおよびチャージングポンプ等を通常の動力伝達装置の油圧回路と別系統に設置する必要があり、油圧系統が複雑となる欠点がある。また、一般的にトルクコンバータは、インペラホイールとタービンホイールの回転方向が同じ場合、タービンホイールの回転速度が減少するにつれてタービントルクが大きくなるという出力性能をもっているので、従来の装置の出力軸に湿式多板ブレーキを設けた駆動方式においては、上り勾配および下り勾配において、一定に保持するべき速度設定値が0に近づけば、近づくほど大きな制動トルクが必要になると共に、特に上り勾配走行時には、大きな制動トルクが必要で、大容量の湿式多板ブレーキが必要になるという欠点がある。さらに、上り勾配から下り勾配への切り換え時や逆の切り換え時には、正、逆転クラッチを嵌脱して制動トルクを調整する必要があり、クラッチ切り換え時におけるショックの発生や設定速度に変動を生ずる等の問題がある。
【0011】
本発明は、このような問題を解決するために成されたもので、動力源からの動力がトルクコンバータを介して伝達される歯車変速機構を備えた気動車両の駆動方法において、作業走行運転時に、上り勾配から下り勾配への切り換えや逆の切り換えに敏感に反応し、ショックの発生の無い円滑な切り換えを行うことができると共に、安定した一定の低速度走行を保持できる気動車両の駆動方法およびその装置を提供することを目的とするものである。なお、その際、湿式多板ブレーキを小型化でき、ブレーキ発熱量も小さい気動車両の駆動装置を提供することをも目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明は、動力源と、この動力源からの動力がトルクコンバータを介して歯車変速機構に伝達される動力伝達装置を備えた気動車両の駆動方法であって、前記トルクコンバータの入力側にはスリッピングクラッチを出力側には湿式多板ブレーキをそれぞれ設けると共に、この歯車変速機構の出力軸の回転速度を検出する検出手段と前記スリッピングクラッチや湿式多板ブレーキの作動手段を制御する制御手段を設け、出力軸の回転速度を一定に保持するために、気動車両の上り勾配走行時には、前記湿式多板ブレーキにより微少な所定値の制動トルクが作用している状態でスリッピングクラッチの作動手段を制御し、下り勾配走行時には、前記スリッピングクラッチにより微少な所定値の駆動トルクが伝達されている状態で湿式多板ブレーキの作動手段を制御するものである。
【0013】
なお、本発明の方法を実施する装置としては、動力源と、この動力源からの動力がトルクコンバータを介して歯車変速機構に伝達される動力伝達装置を備えた気動車両の駆動装置であって、前記トルクコンバータの入力側に設けられたスリッピングクラッチおよび出力側に設けられた湿式多板ブレーキと、前記歯車変速機構の出力軸の回転速度を検出する検出手段と前記スリッピングクラッチや湿式多板ブレーキの作動手段を制御する制御手段とからなり、気動車両の上り勾配走行時には、前記湿式多板ブレーキにより微少な所定値の制動トルクが作用している状態でスリッピングクラッチの作動手段を制御し、下り勾配走行時には、前記スリッピングクラッチにより微少な所定値の駆動トルクが伝達されている状態で湿式多板ブレーキの作動手段を制御するものである。また、この装置において、湿式多板ブレーキをトルクコンバータのタービン軸上に設けるのが良い。
【発明の効果】
【0014】
本発明の気動車両の駆動方法によれば、動力伝達装置を備えた気動車両の駆動方法であって、トルクコンバータの入力側にはスリッピングクラッチを出力側には湿式多板ブレーキをそれぞれ設けると共に、この歯車変速機構の出力軸の回転速度を検出する検出手段とスリッピングクラッチや湿式多板クラッチの作動手段を制御する制御手段を設け、出力軸の回転速度を一定に保持するために、気動車両の上り勾配走行時には、湿式多板ブレーキにより微少な所定値の制動トルクが作用している状態でスリッピングクラッチの作動手段を制御し、下り勾配走行時には、スリッピングクラッチにより微少な所定値の駆動トルクが伝達されている状態で湿式多板ブレーキの作動手段を制御するので、上り勾配、下り勾配のいずれの走行においてもスリッピングクラッチと湿式多板ブレーキの両方に作動油が供給され、それらのピストン室には常時油が充満しているので、上り勾配から下り勾配又は下り勾配から上り勾配への切り換え時にもトルクの遮断がなく、走行中のショックや速度変動がない安定した一定速度による走行が得られる。なお、上り勾配および平坦路の走行における制動トルクは、設定回転速度の大小にかかわらず僅かであり、湿式多板ブレーキの制動トルク容量を下り勾配走行時の容量で決定することができるので、湿式多板ブレーキを小型化でき、湿式多板ブレーキにおけるエネルギロスを少なくすることができる。
【0015】
なお、動力源と、この動力源からの動力がトルクコンバータを介して歯車変速機構に伝達される動力伝達装置を備えた気動車両の駆動装置であって、前記トルクコンバータの入力側に設けられたスリッピングクラッチおよび出力側に設けられた湿式多板ブレーキと、前記歯車変速機構の出力軸の回転速度を検出する検出手段と前記各作動手段を制御する制御手段とからなり、気動車両の上り勾配走行時には、前記湿式多板ブレーキの微少な所定値の制動トルクが作用している状態でスリッピングクラッチの作動手段を制御し、下り勾配走行時には、前記スリッピングクラッチにより微少な所定値の駆動トルクが伝達さている状態で湿式多板ブレーキの作動手段を制御して出力軸の回転速度を一定に保持する気動車両の駆動装置であれば、本発明の方法を好適に実施することができる。また、湿式多板ブレーキを回転速度の高いタービン軸上に設置する場合には、回転速度の低い動力伝達装置の出力軸上に設置する場合よりブレーキのトルク容量を小さくすることができ、かつ、出力軸より回転速度の高いタービン軸回転速度を制御して設定速度を保持することとなるので、出力軸の回転速度を直接制御するものに比べて速度誤差が小さくなり、設定速度を保持する精度が向上すると同時に制御手段の応答性も良くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
図1は、本発明の方法の実施に適した気動車両の駆動装置に備えられる動力伝達装置の概略図である。図1において、動力源であるエンジンからの動力は、動力伝達装置1の入力軸2に伝達され、スリッピングクラッチ3、トルクコンバータ4、タービン軸5、および正逆2速段の歯車変速機構17を経て出力軸から車両の車輪に伝達される。
【0017】
トルクコンバータ4は、入力軸2と一体に形成されたホイールカバー6、その内部に収容されたインペラホイール7、タービンホイール8及びステータホイール9から構成され、ステータホイール9はケーシング10に固定されている。スリッピングクラッチ3は、エンジンに連結された入力軸2とインペラホイール7との結合度合いを後述の作動手段の圧油の制御により変えられるように構成されており、ホイールカバー6と一体に固着された円板状のバックプレート11と、ホイールカバー6の内周のスプライン部に係合するアウタープレート12およびインペラホイール7と一体の外周スプラインに係合するインナープレート13がそれぞれ軸方向摺動自在に配置されている。
【0018】
このスリッピングクラッチ3の作動手段からの作動油は、ケーシング10に形成された作動油供給路16を経てクラッチピストン14のピストン室15に供給され、このクラッチピストン14を軸方向に移動してスリッピングクラッチ3のインナープレート13とアウタープレート12を摩擦接合させて、入力軸2の回転をインペラホイール7に伝達する。この作動油の圧力は制御手段である比例電磁弁52(図3)によって制御されるように構成され、この作動油の圧力を制御することによってスリッピングクラッチ3は任意のスリップ率で結合され、インペラホイール7の回転速度は入力軸2の回転速度(エンジンの回転速度)より小さい所定の回転速度に保持される。また、作動油の圧力を定格油圧まで増加させるとクラッチ3は完全に結合されて直結状態となり、エンジンの回転速度とインペラホイール7の回転速度比は1:1となる。なお、インペラホイール7が回転することによって、トルクコンバータ4内の作動油のポンプ作用によってタービンホイール8が回転され、タービンホイール8と一体のタービン軸5にエンジンからの動力が伝達される。
【0019】
一方、トルクコンバータ4と歯車変速機構17の間のタービン軸5には、湿式多板ブレーキ18が設置され、タービン軸5の回転速度を必要な回転速度に低下させている。この湿式多板ブレーキ18は、タービン軸5と一体に形成されて内周にスプラインを備えたアウターリング19、ケーシング10に固定されて外周にスプラインを備えたブレーキハブ20、アウターリング19のスプラインに係合するアウタープレート21、ブレーキハブのスプライン係合するインナープレート22、ケーシング10に固定されているバックプレート23及び各プレート21、22を圧接するブレーキピストン24から構成されている。
【0020】
この湿式多板ブレーキ18の後述する作動手段から、ケーシング10に形成された供給孔25を介してピストン室24aに作動油が供給されると、ブレーキピストン24が軸方向に移動して各プレート21,22を圧接、接合させるので、アウターリング19を介してタービン軸5に制動トルクが作用する。この制動トルクの大きさは、スリッピングクラッチ3と同様に、ブレーキピストン24に供給される作動油の圧力に依存するので、作動油の圧力を制御手段である電磁比例弁53(図3)によって変化させることにより所定の大きさに制御することができる。
【0021】
本発明に従う気動車両の駆動方法では、ブレーキピストン24を常時バックプレート23方向に移動して湿式多板ブレーキ18の各プレート21,22を軽く押圧した状態に保持しておくために、ブレーキピストン24のピストン室24a内には低圧の作動油を供給し、僅少な制動力をタービン軸5に作用させておくものである。すなわち、常時、微少な所定値の制動トルクを作用させておくものである。
【0022】
トルクコンバータ4の出力軸であるタービン軸5は歯車変速機構17の駆動軸26に結合しているので、タービン軸5に伝達された動力は以下のような伝達経路を経て車輪に伝達される。この例では、1速時におけるタービン軸5と出力軸40の回転速度比が4:1、2速時におけるタービン軸5と出力軸40の回転速度比が1:1になるように各歯車の歯数が設定されている。(図1に示される歯車変速機構17は、正転2段、逆転2段で構成されており、図4に示された従来の動力伝達装置の歯車変速機構と基本的に同じ軸配置および歯車配列になっている。)
【0023】
(1)正転時の1速運転
駆動歯車31→正転クラッチ27→正転小歯車33→中間歯車35→1速クラッチ29→1速歯車36→大歯車39→出力軸40→車輪
(2)正転時の2速運転
駆動歯車31→正転クラッチ27→正転小歯車33→中間歯車35→2速クラッチ30→2速歯車37→小歯車38→出力軸40→車輪
(3)逆転時の1速運転
駆動歯車31→被動歯車32→逆転クラッチ28→逆転小歯車34→中間歯車35→1速クラッチ29→1速歯車36→大歯車39→出力軸40→車輪
(4)逆転時の2速運転
駆動歯車31→被動歯車32→逆転クラッチ28→逆転小歯車34→中間歯車35→2速クラッチ30→2速歯車37→小歯車38→出力軸40→車輪
【0024】
なお、この実施例では歯車変速機構を正転2段、逆転2段で構成したが、この変速段数は作業の種類、作業現場までの走行距離等、必要に応じて設定されるものであり、この構成に限定されるものではない。
【0025】
次に、この動力伝達装置を備えた駆動装置を搭載した気動車両が1速クラッチを結合して作業走行運転に入り、上り勾配や下り勾配を伴う走行路を一定の低速度で走行するときの駆動方法における動力伝達について説明する。図2には、エンジン回転速度をアイドル回転より高い一定回転速度(例えば1400min−1)に固定した状態で、タービン軸5の駆動トルクおよび制動トルクを制御し、動力伝達装置1の出力軸40の回転速度を設定された一定速度Nに保持する場合について説明するグラフが示されている。
【0026】
図2において、dは最大上り勾配(この例では35/1000)走行時の車両の走行抵抗、eは平坦路(勾配0)走行時の車両の走行抵抗、fは最大下り勾配(この例では−35/1000)走行時の車両の走行抵抗を表し、aは走行抵抗dの車両を一定速度Nで駆動するときのトルクコンバータ4の出力曲線、bは走行抵抗eの車両を一定速度Nで駆動するときのトルクコンバータ4の出力曲線、b”は走行抵抗e”の車両を一定速度Nで駆動するときのトルクコンバータ4の出力曲線、cは走行抵抗e”がより小さい下り勾配走行時に車両を一定速度Nで駆動するときのトルクコンバータ4の出力曲線をそれぞれ表している。また、G及びHは、それぞれの勾配走行時においてタービン軸5に付与される湿式多板ブレーキ18の制動トルクの大きさを表わしている。
【0027】
また、図3は本発明の駆動方法の動力伝達におけるスリッピングクラッチ3と湿式多板ブレーキ18の作動手段の制御の概略説明図である。図に示されるように、動力伝達装置1には、制御手段を構成する、入力軸2の回転数を検出する入力軸速度検出器54及び出力軸40の回転数を検出する出力軸速度検出器55が設けられていて、それらの速度検出器54,55からの検出信号、走行速度を設定する速度設定信号S、湿式多板ブレーキ18に供給されるブレーキ作動油の圧力を検出する圧力検出器58及びスリッピングクラッチ3に供給されるクラッチ作動油の圧力を検出する圧力検出器57からの検出信号がそれぞれ制御手段であるコントローラ56に入力される。
【0028】
(1)上り勾配及び平坦路走行における一定速度制御
コントローラ56に速度設定信号Sが入力されると、湿式多板ブレーキ18のブレーキ作動油の圧力を変化させる比例電磁弁53には、勾配の大きさに拘わらず、図2に示す微少な制動トルクH(ブレーキのプレートサイズや伝達容量により設定され、最大制動トルクの5〜15%程度)を付与するための制御信号が出力され、タービン軸5には制動トルクHが作用する。従って、走行時には車両の走行抵抗に制動トルクHを加えた駆動トルクが必要になり、出力軸40の回転数を設定された一定速度Nに保持する場合、トルクコンバータ4の出力トルク(タービン軸トルク)が、設定された一定速度NにおいてR点を通る出力曲線aとなるように、スリッピングクラッチ3に供給されるクラッチ作動油の圧力が制御される。すなわち、コントローラ56において速度設定信号Sと出力軸速度検出器55からの検出信号とを比較し、この差を0に近づけるための制御信号がスリッピングクラッチ3の比例電磁弁52出力され、このスリッピングクラッチ3の作動油圧が変化してインペラホイール7の回転速度が制御され、出力曲線aのトルクコンバータ出力特性が得られ、出力軸40の回転速度が一定速度Nに保持される。
【0029】
上り勾配が小さくなって例えば平坦路になると、車両の走行抵抗はdからeに低下するので、上記aのトルクコンバータ出力特性が維持された場合、駆動トルクが負荷トルクを上回り、車両は加速されて出力軸の回転数が増加することになるが、上記のように、出力軸速度検出器55からの検出信号と速度設定信号Sとを常時比較し、その差を0に近づけるようにスリッピングクラッチ3の作動油圧が制御されるので、トルクコンバータ4の出力特性がS点を通る出力曲線bに変化し、出力軸の回転速度が一定速度Nに保持される。このように、スリッピングクラッチ3に供給する作動油の圧力を制御することによってインペラホイール7の回転速度が制御され、勾配の大きさに応じたトルクコンバータ4の出力特性が得られ、勾配の度合いに関係なく微少な制動トルクを作用させるだけで一定の速度すなわち車速が保持される。
【0030】
また、設定速度をより低速にするため、出力軸の回転数を一定速度Nに保持する場合には、上記と同様にスリッピングクラッチ3に供給される作動油圧が制御されることによって、トルクコンバータ4の出力特性が、一定速度N時においてR点を通る出力曲線aに変化し、出力軸の回転速度が一定速度Nに保持される。
【0031】
(2)下り勾配走行における一定速度制御
下り勾配にかかると、その勾配の度合いにより車両の走行抵抗はeからfの間で変化するが、走行抵抗が減少してe”より小さくなると一定速度Nを保持するための駆動トルクは出力曲線b”より低下し、一定速度Nにおける駆動トルクは制動トルクHより小さくなる。このために、一定速度Nを保持できず一定速度Nを下回る動作となるが、コントローラ56は許容偏差値内でこれを認識して下り勾配に移行したと判断し、湿式多板ブレーキ18の作動油圧を最低圧力まで下げて制動トルクを0に近づけると共に、スリッピングクラッチ3の作動油圧を制御してトルクコンバータ4の出力特性を出力曲線cに移行させる。
【0032】
走行抵抗がe”より小さい下り勾配の走行においては、トルクコンバータ4の出力特性を出力曲線cに保持するため、スリッピングクラッチ3の作動油圧を微少の一定値(回転速度Nにおいて駆動トルクが0になる圧力)に保持した状態で、湿式多板ブレーキ18のブレーキ作動油圧力を勾配の度合いに応じて制御することによって回転速度Nが保持される。すなわち、コントローラ56において速度設定信号と出力軸速度検出器55からの検出信号とを比較し、この差を0に近づけるための制御信号が湿式多板ブレーキ18の比例電磁弁53に出力され、湿式多板ブレーキ18の作動油圧が制御され、勾配が大きくなるにつれて制動トルクがGまで増加し、最大下り勾配時の走行抵抗fとバランスして出力軸40の回転速度Nが保持される。
【0033】
図3において、作動手段である油圧ポンプ50によりサンプタンクから吸い上げられた油圧は、油圧調整弁51で調圧されたのち、制御手段であるコントローラ56からの制御信号に比例した制御油圧を出力する比例電磁弁52及び比例電磁弁53に導かれ、スリッピングクラッチ3及び湿式多板ブレーキ18に供給される。一方、前記油圧調整弁51から排出された圧油はスリッピングクラッチ3及び湿式多板ブレーキ18の潤滑油としても供給され、スリップ運転により発生する発熱を冷却する。また、スリッピングクラッチ3及び湿式多板ブレーキ18の作動油供給ラインには、それぞれ圧力検出器57,58が設けられ、それらの検出信号がコントローラ56に入力されて、常時これらの作動油圧がフィードバックされている。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の方法は、上り勾配から下り勾配又は下り勾配から上り勾配への切り換え時にもトルクの遮断がなく、走行中のショックや速度変動のない設定した一定速度による走行が得られ、かつ、湿式多板ブレーキを小型化でき、湿式多板ブレーキにおけるエネルギロスを少なくすることができるので、上り勾配や下り勾配の多い場所を一定の低速度で円滑に走行する必要のある気動車両での利用に適している。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】図1は本発明の方法を実施するために適した、気動車両の駆動装置に備えられた動力伝達装置の概略図である。
【図2】図2は、動力源の回転速度を一定に固定した状態で出力軸の回転速度を一定値に保持する場合の駆動トルクおよび制動トルクの制御についての説明図である。
【図3】図3は図1の動力伝達装置においてスリッピングクラッチと湿式多板ブレーキの作動手段を制御する制御手段の概略説明図である。
【図4】図4は出力軸の回転速度を一定に保持するための湿式多板ブレーキを有する従来の動力伝達装置の概略図である。
【図5】図5は、従来の動力伝達装置の出力軸の回転速度を一定に保持する場合における、上り勾配、平坦路および下り勾配の走行時における駆動トルクと制動トルクの変化の説明図である。
【符号の説明】
【0036】
1 動力伝達装置
2 入力軸
3 スリッピングクラッチ
4、82 トルクコンバータ
5、85 タービン軸
6 ホイールカバー
7 インペラホイール
8 タービンホイール
9 ステータホイール
10 ケーシング
14 クラッチピストン
15 ピストン室
17 歯車変速機構
18、90 湿式多板ブレーキ
23 バックプレート
24 ブレーキピストン
24a ピストン室
26 駆動軸
40、91 出力軸
50 油圧ポンプ
51 油圧調整弁
52,53 比例電磁弁
54 入力軸速度検出器
55 出力軸速度検出器
56 コントローラ
81 入力継手

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力源と、この動力源からの動力がトルクコンバータを介して歯車変速機構に伝達される動力伝達装置を備えた気動車両の駆動方法であって、前記トルクコンバータの入力側にはスリッピングクラッチを出力側には湿式多板ブレーキをそれぞれ設けると共に、この歯車変速機構の出力軸の回転速度を検出する検出手段と前記スリッピングクラッチや湿式多板ブレーキの作動手段を制御する制御手段を設け、出力軸の回転速度を一定に保持するために、気動車両の上り勾配走行時には、前記湿式多板ブレーキにより微少な所定値の制動トルクが作用している状態でスリッピングクラッチの作動手段を制御し、下り勾配走行時には、前記スリッピングクラッチにより微少な所定値の駆動トルクが伝達されている状態で湿式多板ブレーキの作動手段を制御することを特徴とする気動車両の駆動方法。
【請求項2】
動力源と、この動力源からの動力がトルクコンバータを介して歯車変速機構に伝達される動力伝達装置を備えた気動車両の駆動装置であって、前記トルクコンバータの入力側に設けられたスリッピングクラッチおよび出力側に設けられた湿式多板ブレーキと、前記歯車変速機構の出力軸の回転速度を検出する検出手段と前記スリッピングクラッチや湿式多板ブレーキの作動手段を制御する制御手段とからなり、気動車両の上り勾配走行時には、前記湿式多板ブレーキにより微少な所定値の制動トルクが作用している状態でスリッピングクラッチの作動手段を制御し、下り勾配走行時には、前記スリッピングクラッチにより微少な所定値の駆動トルクが伝達されている状態で湿式多板ブレーキの作動手段を制御して出力軸の回転速度を一定に保持することを特徴とする気動車両の駆動装置。
【請求項3】
上記湿式多板ブレーキをトルクコンバータのタービン軸上に設けたことを特徴とする請求項2記載の気動車両の駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−321377(P2006−321377A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−146761(P2005−146761)
【出願日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【出願人】(303025663)株式会社日立ニコトランスミッション (25)
【Fターム(参考)】