説明

減速機構、及び潤滑方法

【課題】歯面から垂れ落ちた潤滑剤を簡易な構造で歯面へと戻し、良好な潤滑状態を維持する。
【解決手段】回転範囲が1回転未満となる扇型のウォームホイール17を有する減速機構2において、歯面から垂れ落ちたグリースを丸孔21に貯留し、ウォームホイール17に形成したカム17aによってピストン20を前進させて、丸孔21に貯留されたグリースを循環路23へ押し出し、ウォームシャフト12の歯面へと戻す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、減速機構、及び潤滑方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電動モータの回転をウォームギアで減速し、その回転運動をタイロッドの直線運動に変換し、後輪を転舵するものがあった(特許文献1参照)。
【特許文献1】実開平5−65748号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記特許文献1に記載された従来例にあっては、水平方向の回転軸を有するウォームの下側にウォームホイールを配置しているので、ウォームギアのグリースは下方に垂れてしまう。しかも、ウォームホールは略扇形に形成されており、1回転しない構造なので、下方に垂れてしまったグリースは再びウォームギアに戻ることがない。したがって、グリースを頻繁に補充していないと、異音、磨耗、効率低下などの問題を招くことがある。
本発明の課題は、歯面から垂れ落ちた潤滑剤を簡易な構造で歯面へと戻し、良好な潤滑状態を維持することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記の課題を解決するために、本発明に係る減速機構は、噛合する一対の歯車のうち、少なくとも一方の回転範囲が1回転未満であり、少なくとも一方の歯面に潤滑剤が供給されたものであって、歯面から垂れ落ちた潤滑剤を貯留する貯留筒と、一端が貯留筒に連通され他端が歯面の上方に配置された循環路と、歯車の回転によって貯留筒の潤滑剤を循環路の他端側へ移送する圧力源と、を備えることを特徴とする。
すなわち、歯面から垂れ落ちた潤滑剤を歯面へ移送可能な循環路を形成し、この循環路で、垂れ落ちた潤滑剤を、歯車の回転によって歯面へと移送することを特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
本発明に係る減速機構によれば、ポンプを設けることなく、歯車の回転によって駆動される圧力源を備えた簡易な構造で、歯面から垂れ落ちた潤滑剤を再び歯面へ戻すことができ、良好な潤滑状態を維持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
《一実施形態》
《構成》
図1は、4WSの後輪転舵アクチュエータの概略構成である。電動モータ1の回転を減速機構2で減速してからラック&ピニオン3で直線運動に変換し、この直線運動によってサスペンションのリンクピボット4を押したり引いたりすることで、サスペンションリンク5を車幅方向に進退させ、後輪5を転舵できる。なお、ラック&ピニオン3によって回転運動を直線運動に変換しているが、これに限定されるものではなく、例えばオフセットシャフトとスフェリカルベアリングを組み合わせて採用するなどしてもよい。
【0007】
図2は、減速機構2の概略構成である。電動モータ1は、ギアボックス10に固定され、ギアボックス10の内部で、モータ回転軸1aがスプライン11によってウォームシャフト12と連結している。ウォームシャフト12は、ギアボックス内に嵌め込まれた一対のベアリング13、14によって軸支され、一方のベアリング14は、外周面がギアボックス10の内壁面と螺合する抜け止め用のプラグ15によって固定される。ウォームシャフト12は、軸上の大径部12aとスナップリング16とによってベアリング14に対する軸方向の移動が抑制される。
【0008】
ウォームシャフト12は、下側でウォームホイール17と噛合しており、このウォームホイール17の回転軸18がラック&ピニオン3のピニオンシャフトに連結されている。ウォームホイール17の歯数は、後輪の舵角範囲(ロック・トゥ・ロック)に応じて決定し、一般的な乗用車であれば、後輪を大きく転舵する必要はないので、必要な歯数だけ形成した略扇型にしている。つまり、このウォームホイール17が1回転することはない。ウォームシャフト12及びウォームホイール17の歯面には(特に噛合部分には)、潤滑剤として十分な量のグリースが供給されている。
【0009】
ウォームホイール17には、回転軸18の周りにカム17aを形成し、このカム17aには、ウォームホイール17の回転に応じて上下方向に進退可能なピストン20が摺接されている。図3に示すように、ウォームホイール17の回転角が後輪舵角の中立位置にあるときに、ピストン20が当接する位置にカム17aの基準円があるとすると、この状態からウォームホイール17が回転するほど、つまり後輪舵角が増加するほど、基準円よりも中心からの距離が長くなるように、カム17aの輪郭が形成されている。ピストン20は、ギアボックス内の底部に形成された丸孔21に対して摺動可能に嵌合され、且つスプリング22によって上方に付勢されている。
【0010】
ギアボックス10には、垂れ落ちたグリースを歯面に移送可能な循環路23が形成されている。その一端は丸孔21の側面に連通され、他端はウォームシャフト12の上方で開放されており、丸孔21に近い位置に、一端側から他端側への流通だけを許容する逆止弁24を備えている。
ギアボックス内の床面には、丸孔21に向かう下り傾斜面25が形成されている。またピストン20円筒面には、図4(a)に示すように、下端側に、軸方向に沿った複数の切欠20aが周方向に均等に形成されている。後輪舵角が中立位置にあるとすると、ピストン20は丸孔21にガイドされながらスプリング22の弾発力によって基準円と接触する上死点まで押し上げられるが、この状態で、切欠20aが丸孔21の縁よりも上まで延在するように配置されている。
【0011】
《作用》
ウォームシャフト12及びウォームホイール17の歯面には(特に噛合部分には)、潤滑剤として十分な量のグリースが供給されているが、そのグリースは重力で次第に垂れ落ちてしまう。
図5(a)に示すように、後輪舵角が中立位置にあるとすると、ピストン20は丸孔21にガイドされながらスプリング22の弾発力によって基準円と接触する上死点まで押し上げられている。したがって、垂れ落ちたグリースは、下り傾斜面25を伝って流れ、ピストン20に形成した切欠20aから丸孔21へと流入し、そこに貯留される。なお、一般に後輪転舵アクチュエータは、エキゾーストパイプの近くにレイアウトされることが多く、周辺温度が高温になるので(120度を超えることもある)、グリースの粘度も下がり、丸孔21へとスムーズに流入する。
【0012】
図5(b)に示すように、後輪舵角が増加すると、ピストン20はスプリング22の弾発力に抗しながらカム17aによって押し下げられる。但し、切欠20aが丸孔21に完全に没入するまでは、この切欠20aが逃げ道となり、丸孔21に圧力は発生しない。
図5(c)に示すように、更に後輪舵角が増加し、切欠20aが丸孔21に完全に没入すると、その時点からピストン20の前進量に応じて丸孔21に圧力が発生する。したがって、グリースが循環路23を通ってウォームシャフト12の上方で吐出され、再びウォームシャフト12及びウォームホイール17の歯面へとグリースが供給される。
【0013】
図5(a)〜(c)のサイクルにより、歯面から垂れ落ちたグリースを再び歯面へと戻し、良好な潤滑状態を維持することができる。従来、1回転しない歯車では、垂れ落ちてしまったグリースは再びその歯車に戻ることがないので、グリースを頻繁に補充していないと、異音、磨耗、効率低下などの問題を招くこともあったが、本実施形態のように、良好な潤滑状態を維持できれば、保全が容易になる。
【0014】
なお、後輪舵角が減少するとき、ピストン20は後退する(押し上げられる)が、循環路23に逆止弁24を設けているので、循環路23に残っているグリースのうち、既に逆止弁24を通過して押し出されている分は、逆流することなく、次に後輪舵角が増加するときまで循環路23にストックされる。
カム17aは、後輪舵角が増加するほど、ピストン20の前進量が増加するように輪郭が形成されているが、これは後輪舵角が増加する旋回走行中に多くのグリースを歯面へと送り返すためである。つまり、旋回走行中は、直進走行時よりも減速機構2に作用する外力が大きく、歯面の接触圧力が高くなるので、より多くのグリースを供給し、良好な潤滑塗膜を形成することが望まれるからである。
【0015】
切欠20aは、その幅・深さ・数によって、丸孔21へのグリースの取り込み量が決定され、また長さによって、グリースを循環路23へと押し出し始める後輪舵角が決定される。先ず幅・深さ・数は、ピストン20が必要な剛性を維持できる程度に設定する。また長さは、後輪舵角が微小舵角(例えば0.2〜0.3deg程度)に達してからグリースを押し出し始めるように設定する。これは、旋回走行時よりも歯面の接触圧力が低くなる略直進走行中は、グリースの押し出しを行わず、電動モータ1の負担を軽減し、電力消費を抑制するためである。
グリースの押し出し量は、ピストン20の直径やストローク量によって決まる。押し出し量を増加させたい場合、ピストン径を大きくすると、それだけ大きな推力が必要となり電動モータ1の消費電力が増加するので、なるべくピストン径は小さくし、ストローク量を増加させることが望ましい。ストローク量はカム形状で調整する。
【0016】
《応用例》
上記の実施形態では、円柱状のピストン20を採用しているが、必要な剛性を維持できれば、図4(b)に示すように、前進方向の末端側を閉塞した略円筒状のピストン20を採用してもよい。
また、循環路23の他端がウォームシャフト12の上方に配置されているが、図6に示すように、循環路23の他端をウォームシャフト12及びウォームホイール17の噛合部の近傍に配置してもよい。要は、ウォームシャフト12及びウォームホイール17の少なくとも一方の歯面に対して、潤滑剤を浴びせ掛ける、又は注ぎ出すことができれば、循環路23の吐出口は、どこに配置してもよい。
また、ウォームギアを採用した減速機構について説明したが、これに限定されるものではない。すなわち、噛合する一対の歯車のうち、少なくとも一方の回転範囲が1回転未満となる減速機構であれば、歯面から垂れ落ちた潤滑剤は再び歯面に戻ることはないので、他の如何なる歯車であっても、本発明を適用することができる。
【0017】
《効果》
以上より、ウォームシャフト12、及びウォームホイール17が「一対の歯車」に対応し、丸孔21が「貯留筒」に対応し、循環路23が「循環路」に対応し、カム17a、ピストン20、及びスプリング22が「圧力源」に対応している。
(1)噛合する一対の歯車のうち、少なくとも一方の回転範囲が1回転未満であり、少なくとも一方の歯面に潤滑剤が供給された減速機構において、歯面から垂れ落ちた潤滑剤を貯留する貯留筒と、一端が貯留筒に連通され他端が歯面の上方に配置された循環路と、歯車の回転によって貯留筒の潤滑剤を循環路の他端側へ移送する圧力源とを備える。
これにより、ポンプを設けることなく、歯車の回転によって駆動される圧力源を備えた簡易な構造で、歯面から垂れ落ちた潤滑剤を再び歯面へ戻すことができ、良好な潤滑状態を維持することができる。
【0018】
(2)圧力源は、歯車と共に回転するカムと、カムの回転に応じて進退可能な状態で貯留筒に嵌合され、前進するときに貯留筒に貯留された潤滑剤を循環路の他端側へ押し出すピストンとを備える。
これにより、ポンプを設けることなく、歯車の回転によって駆動されるカムとピストンを備えた簡易な構造で、歯面から垂れ落ちた循環剤を再び歯面へ戻すことができる。
(3)車輪を転舵する転舵装置に搭載された減速機構において、カムは、車輪の舵角が増加するほど、ピストンの前進量が増加するように輪郭が形成される。
これにより、直進走行時よりも歯面の接触圧力が高くなる旋回走行中に、より多くの潤滑剤を供給し、良好な潤滑塗膜を形成することができる。
【0019】
(4)ピストンは、前進方向の先端に、軸方向に沿った切欠が形成される。
これにより、ピストンのストロークに対して、潤滑剤を循環路へと押し出し始めるタイミングを遅らせることができる。したがって、旋回走行時よりも歯面の接触圧力が低くなる略直進走行中に、潤滑剤の押し出しを行わず、歯車の回転負担を軽減し、駆動ロスを抑制することができる。
【0020】
(5)循環路は、一端側から他端側への流通だけを許容する逆止弁を備える。
これにより、循環路に残っている潤滑剤のうち、既に逆止弁を通過して押し出されている分は、逆流することなく、次に押し出されるときまで循環路にストックしておくことができる。
(6)歯面から潤滑剤が垂れ落ちる領域に、貯留筒に向かう下り傾斜面を備える。
これにより、垂れ落ちた潤滑剤を、スムーズに貯留筒に導入することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】後輪転舵アクチュエータである。
【図2】減速機構である。
【図3】ウォームホイールである。
【図4】ピストンである。
【図5】グリースの循環を示す。
【図6】後輪転舵アクチュエータの他の実施例である。
【符号の説明】
【0022】
12 ウォームシャフト
17 ウォームホイール
17a カム
20 ピストン
21 丸孔
22 スプリング
23 循環路
24 逆止弁
25 傾斜面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
噛合する一対の歯車のうち、少なくとも一方の回転範囲が1回転未満であり、少なくとも一方の歯面に潤滑剤が供給された減速機構において、
前記歯面から垂れ落ちた前記潤滑剤を貯留する貯留筒と、一端が前記貯留筒に連通され他端が前記歯面の上方に配置された循環路と、前記歯車の回転によって前記貯留筒の前記潤滑剤を前記循環路の他端側へ移送する圧力源と、を備えることを特徴とする減速機構。
【請求項2】
前記圧力源は、前記歯車と共に回転するカムと、該カムの回転に応じて進退可能な状態で前記貯留筒に嵌合され、前進するときに当該貯留筒に貯留された潤滑剤を前記循環路の他端側へ押し出すピストンと、を備えることを特徴とする請求項1に記載の減速機構。
【請求項3】
車輪を転舵する転舵装置に搭載された減速機構において、
前記カムは、前記車輪の舵角が増加するほど、前記ピストンの前進量が増加するように輪郭が形成されることを特徴とする請求項2に記載の減速機構。
【請求項4】
前記ピストンは、前進方向の先端に、軸方向に沿った切欠が形成されることを特徴とする請求項2又は3に記載の減速機構。
【請求項5】
前記循環路は、一端側から他端側への流通だけを許容する逆止弁を備えることを特徴とする請求項1〜4の何れか一項に記載の減速機構。
【請求項6】
前記歯面から前記潤滑剤が垂れ落ちる領域に、前記貯留筒に向かう下り傾斜面を備えることを特徴とする請求項1〜5の何れか一項に記載の減速機構。
【請求項7】
噛合する一対の歯車のうち、少なくとも一方の回転範囲が1回転未満であり、少なくとも一方の歯面に潤滑剤が供給された減速機構を備え、
前記歯面から垂れ落ちた前記潤滑剤を当該歯面へ移送可能な循環路を形成し、該循環路で、前記歯面から垂れ落ちた前記潤滑剤を、前記歯車の回転によって前記歯面へと移送することを特徴とする潤滑方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−36238(P2009−36238A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−199035(P2007−199035)
【出願日】平成19年7月31日(2007.7.31)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】