説明

湿式摩擦伝動装置及び湿式摩擦伝動装置の被摩擦板成形方法

【課題】加工コストを抑制すと共に、良好なμ−V特性が得られる湿式摩擦伝動装置及び被摩擦板成形方法を提供することにある。
【解決手段】芯材36の側面に摩擦材37が貼り付けたクラッチディスク35と鉄系金属製のクラッチディスク31とを対向して回転し、クラッチディスク31と35の間に潤滑油を介在すると共に押圧することで回転力を伝達する湿式摩擦伝動装置であって、クラッチディスク31の摺接面32に、研削または切削加工により油溝33となる溝32aを形成し、バニッシング加工により溝32a間に平坦なプラトー面32bを形成し、このプラトー面32bにショットピーニング加工により多数の油溜め34となる凹部32cを形成する。潤滑油が多数の油溜まり34に保持されて摺接面32の全面に油膜が形成される一方、油溝33に保持された潤滑油が各油溜まり34に補給されて良好なμ−V特性が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式摩擦伝動装置及び湿式摩擦伝動装置の被摩擦板成形方法に関し、特に芯材の側面に摩擦材を貼り付けた円板状の摩擦板と鉄系金属製円板状の被摩擦板の間に潤滑油を介在して押圧することで摩擦板と被摩擦板の間で回転力を伝達する湿式摩擦伝動装置及び被摩擦板成形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
湿式摩擦伝動装置は、一般にパルプ材等の有機繊維、不織布材等の樹脂繊維等をバインダとなる熱硬化樹脂等にて成型した摩擦材を金属製の芯板に貼り付けた摩擦板と、鉄系金属製の被摩擦板とを相対回転し、摩擦板と被摩擦板との間に潤滑油を介在すると共に両者を押圧して摩擦板と被摩擦板との間で回転力を伝達する。
【0003】
この種の湿式摩擦伝動装置は、例えば湿式多板クラッチ、湿式多板ブレーキ、湿式単板クラッチ等種々あり、湿式多板クラッチや湿式多板ブレーキは、自動変速機等のクラッチ、ブレーキ、トランスファクラッチ等に用いられる一方、湿式単板クラッチはトルクコンバータのロックアップクラッチ等に用いられる。
【0004】
この湿式摩擦伝動装置において、摩擦材及び被摩擦板の表面形状により湿式摩擦伝動装置の摩擦特性を改善する技術が種々提案されている。特に被摩擦板の表面に微細な凹凸を設けることによってジャダー等の発生を低減するトルク特性、いわゆるμ−V特性の改善技術の提案がされている。
【0005】
例えば、特許文献1は、摩擦板の摩擦材と摺接する被摩擦板の摺接面に旋盤等による切削加工により多数の溝を形成して凹凸面に加工し、被摩擦板の摺接面と摩擦材との間に供給される適量の潤滑油によって接触領域に適度の油膜を形成してジャダーの発生を低減する。
【0006】
また、特許文献2は、被摩擦板の摺接面にショットピーニングを施し、摺接面の表面付近の組織を微細化した高硬度の金属組織に変化させ、かつ摺接面の表面に微細な略ディンプルの凹部からなる油溜まりを多く形成することにより、摩擦板の摩擦材と被摩擦板の摺接面との間に油膜を形成する。
【0007】
【特許文献1】特開平7−63247号公報
【特許文献2】特開平7−188738号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記特許文献1によると、被摩擦板の摺接面に旋盤等による切削加工により多数の溝を形成して凹凸面に加工することにより、摩擦板の摩擦材と被摩擦板の摺接面との間に油膜が形成されジャダー等の発生が抑制できる。
【0009】
しかし、油膜を確保する溝形状及び溝間隔、即ちピッチ間隔等の制限が多く、複雑な形状からなる多数の溝を均一に被摩擦板の摺接面に形成する切削加工は大幅な加工コストの増大を招く要因となる。一方、加工コストに対する有効な作用効果が期待できないことが懸念される。
【0010】
上記特許文献2にあっては、被摩擦板の摺接面にショットピーニングを施して摺接面の表面に微細なディンプル状の凹部からなる多くの油溜まりを形成するが、凹部のピッチ間隔が過小であると十分な量の潤滑油が保持されずにジャダーが発生しやすくなる一方、ピッチ間隔が過大になると摺接面と摩擦材との間の油膜が過剰となり摩擦板と被摩擦板とのなじみの進行が遅れジャダーが発生しやすくなることから、その作業管理が極めて困難であり加工コストの増大を招く要因となる。
【0011】
従って、かかる点に鑑みなされた本発明の目的は、加工コストを抑制すると共に、簡単な加工で良好なμ−V特性が得られる被摩擦板を備えた摩擦伝動装置及び被摩擦板成形方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成する請求項1に記載の湿式摩擦伝動装置は、芯材の側面に摩擦材を貼り付けた円板状の摩擦板と鉄系金属製円板状の被摩擦板とが同軸芯上で対向して回転し、上記摩擦板と被摩擦板の間に潤滑油を介在すると共に両者を押圧することで摩擦板と被摩擦板の間で回転力を伝達する湿式摩擦伝動装置において、上記被摩擦板の上記摩擦板との摺接面に、研削または切削加工により円周状に多数形成した油溝と、該油溝の間の平面部にショットピーニング加工により形成した多数のディンプル状の油溜め、とを備えたこと特徴とする。
【0013】
この発明によると、被摩擦板の摺接面の表面に研削または切削加工により形成した円周状の油溝及び油溝間の平面部にショットピーニングにより形成した多数のディンプル状の油溜めを備えることから、該部に供給された潤滑油が多数の油溜まりに保持されかつ隣接する油溜まりの潤滑油が互いに連結して摺接面の全面に油膜が形成される一方、油溜めに隣接した油溝に保持された潤滑油が逐次各油溜まりに補給され、摺動面に摩擦板の摩擦材が摺動して押圧力が付与されても各油溜まりの潤滑油が失われることなく保持され、これにより安定した油膜が保持できて良好なμ−V特性が得られ、ジャダーの発生が防止できる。
【0014】
また、ショットピーニング加工によって摺接面の表面層が高硬度で靱性に富む組織となり、耐摩耗性に優れ、油溜めの形状変化が抑制されて長期間に亘り安定した油膜が保持できる。これら油溝及び油溜めの形状及び加工精度等の加工条件が比較的緩やかで加工コストが抑制できる。
【0015】
上記目的を達成する請求項2に記載の湿式摩擦伝動装置の被摩擦板成形方法の発明は、芯材の側面に摩擦材を貼り付けた円板状の摩擦板と鉄系金属製円板状の被摩擦板とが同軸芯上で対向して回転し、上記摩擦板と被摩擦板の間に潤滑油を介在すると共に両者を押圧することで摩擦板と被摩擦板の間で回転力を伝達する湿式摩擦伝動装置の被摩擦板成形方法において、上記被摩擦板の上記摩擦板との摺接面に、研削または切削加工により円周状の溝を多数形成し、該溝が形成された摺接面にバニッシング加工により溝間に平坦なプラトー面を形成し、該プラトー面にショットピーニング加工により多数のディンプル状の油溜めを形成する、ことを特徴とする。
【0016】
この発明によると、研削または切削加工により円周状の油溝となる溝を多数形成し、この溝が形成された摺接面に簡単に平らな面が効率的に得られるバニッシング加工により溝間にプラトー面を形成して、しかる後、プラトー面に簡単に効率的に多数の凹部が形成できるショットピーニング加工により多数のディンプル状の油溜めを形成することにより、効率的に請求項1の被摩擦板が得られる。
【0017】
上記目的を達成する請求項3に記載の湿式摩擦伝動装置の被摩擦板成形方法の発明は、芯材の側面に摩擦材を貼り付けた円板状の摩擦板と鉄系金属製円板状の被摩擦板とが同軸芯上で対向して回転し、上記摩擦板と被摩擦板の間に潤滑油を介在すると共に両者を押圧することで摩擦板と被摩擦板の間で回転力を伝達する湿式摩擦伝動装置の被摩擦板成形方法において、上記被摩擦板の上記摩擦板との摺接面に、研削または切削加工により切り込み深さが5μm〜10μmで表面粗さRaが4μm〜6μmとなる円周状の溝を多数形成し、該摺接面にバニッシング加工により上記溝間に間隔が5μm〜10μmの平坦なプラトー面を形成し、該プラトー面に略球状で20μm〜200μmのショットを50m/sec以上の噴射速度で噴射するショットピーニング加工でディンプル状の油溜めを多数形成する、ことを特徴とする。
【0018】
この発明は、請求項2の具体的な方法であって、研削または切削による溝の加工、バニッシング加工によるプラトー面の形成及びショットピーニング加工による油ための形成が良好に実現できる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によると、被摩擦板の摺接面の表面に研削または切削加工により形成した円周状の油溝、油溝間の平面部にショットピーニングにより形成した多数のディンプル状の油溜めを備え、該部に供給された潤滑油が油溜まりに保持されて摺接面の全面に油膜が形成される一方、油溝に保持された潤滑油が逐次各油溜まりに補給されて摺動面に安定した油膜が保持できて良好なμ−V特性が得られる。また、これら油溝及び油溜めの形状及び加工精度等の加工条件が比較的緩やかで加工コストが抑制できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明に係る湿式摩擦伝動装置及び被摩擦板の成形方法の一実施の形態を変速機に配設される多板クラッチを例に説明する。
【0021】
図1は多板クラッチを備えた変速機の要部断面図であり、図2は図1のA部拡大図である。
【0022】
図1及び図2において符号1は中空状の変速機ケース本体2とこの変速機ケース本体2に固定される板状の固定部材3を備えた変速機ケースであり、変速機ケース1内に変速機構が収容される。変速機ケース1内に軸芯Lに沿って中空状の外側軸となる入力軸6と、内側軸となる出力軸7とを備えた回転軸5を有し、入力軸6が変速機ケース1に設けられた図示しない固定軸によって回転自在に支持され、この入力軸6と同軸芯上に図示しないベアリング等を介して出力軸7が回転自在に支持されている。
【0023】
入力軸6の先端部は、多板クラッチ11を介して出力軸7にニードルベアリング等により回転自在に支持された従動歯車10と連結され、多板クラッチ11の締結によって入力軸6から従動歯車10に動力伝達され、従動歯車10から図示しないプラネタリギヤや他の歯車機構等を介して変速制御されて出力軸7に伝達される。
【0024】
入力軸6の先端部にはスプライン6aが形成され、先端に沿って環状のクリップ溝6bが形成されると共に、後述するクラッチドラム12の筒状の基部13に形成された潤滑油孔13cに対応して潤滑油孔6cが放射状に複数穿孔されている。また、スプライン6aの基端近傍の軸部16の内周面16aに対向して潤滑油射出孔6dが半径方向に穿孔されている。
【0025】
出力軸7は、軸芯Lに沿って穿孔された潤滑油供給孔7aを有し、外周面に入力軸6に形成された潤滑油孔6c及び潤滑油射出孔6dにそれぞれ対応して潤滑油孔7c、7dを形成している。
【0026】
多板クラッチ11は、クラッチドラム12が入力軸6の先端部に結合されると共に変速機ケース1に回転自在に支持される一方、クラッチハブ25が従動歯車10と一体に形成される。
【0027】
クラッチドラム12は、入力軸6の先端に形成されたスプライン6aに嵌合するためのスプライン孔13aが内周に形成された筒状の基部13と、基部13の基端側から径方向外方に延設された円板状の油圧室形成部14と、基部13と同軸芯Lを有して油圧室形成部14の外周から基部13の外周面と対向する内周に軸芯L方向に延在するスプライン溝15aが形成された円筒状の大径部15と、基部13と同軸芯Lを有して油圧室形成部14の外面から円筒状に突出する軸部16とが一体形成されている。更に、軸部16の内周面16aに沿って等間隔で軸芯L方向に延在する複数のリブ16cが突出形成され、各リブ16cの頂端16dが入力軸6の外周面に当接可能に形成されている。
【0028】
このクラッチドラム12の基部13の内周に形成されたスプライン孔13aが入力軸6の先端部に形成されたスプライン6aに嵌合すると共に、軸部16の内周面16aが入力軸6の外周面と間隔を有して対向し、かつ各リブ16cの頂端16dが入力軸6の外周面に嵌合して入力軸とクラッチドラム12とが高精度で位置決めされた状態で、入力軸6にクリップ溝16dに係止されたクリップ17によって固定されている。
【0029】
基部13の外周面と大径部15の内周面に摺動自在な環状で、かつ外周19aが大径部15に沿って円筒状に折曲されたピストン19が嵌挿され、油圧室形成部14の内面とピストン19との間に油圧室20が形成される。油圧室20とピストン19を隔てた反対側に基部13の外周面に内周がクリップによって係止され外周がピストン19の外周19aに摺動自在なリテーナ21が、基部13の外周面とピストン19の外周19aとの間に掛け渡されている。このピストン19とリテーナ21と間に配置されたリターンスプリング22によって常時ピストン19に押圧力が付与される。
【0030】
クラッチドラム12の軸部16は、油圧室形成部14から円筒状で軸芯Lに沿って油圧室20から離れる方向に突出し、外周面が変速機ケース1のケース本体2に結合された固定部材3に開口する軸受部の内周面にカラー8を介して回転自在に支持されている。
【0031】
一方、クラッチハブ25は、基部26が被駆動歯車10と一体に形成されて被駆動歯車10と共にニードルベアリングを介して出力軸7に回転自在に支持され、基部26と一体に形成されてクラッチドラム12の大径部15と対向する円筒状の大径部27を有し、大径部27の外周に軸芯L方向に延在するスプライン溝27aが形成されている。
【0032】
クラッチドラム12の大径部15の内周に形成されたスプライン15aに外周が嵌合する複数の被摩擦板となるクラッチディスク31と、クラッチハブ25の大径部27の外周に形成されたスプライン溝27aに内周が嵌合する複数の摩擦板となるクラッチディスク35が同軸芯上で交互に対向配置され、かつクラッチドラム12の大径部15に固定されたスナップリング39aに当接してリテーニングプレート39bが配置されている。
【0033】
油圧室20に供給されて作動油の制御油圧でピストン19を介して各クラッチディスク31、35をクラッチドラム12に固定したスナップリング39aに当接するリテーニングプレート39bに押圧して、互いに摩擦係合する各クラッチディスク31と35によってクラッチドラム12とクラッチハブ25との間で回転力を動力伝達するように構成されている。クラッチドラム12の大径部15にはスプライン孔15aや各クラッチディスク31、35等に潤滑油を供給するための潤滑孔15cが穿設されている。なお、入力軸6の先端とクラッチハブ25の基部26との間にスラストベアリング40が介在してクラッチハブ25とクラッチドラム12の軸芯L方向の相対位置を規制している。
【0034】
油圧室20へ作動油を供給及びドレンする作動油供給系路41は、固定部材3に穿設された供給側が外部において制御弁を介して油圧供給源に連通する油圧供給孔42と、油圧供給孔42の出口と対向して摺動カラー8に穿設された油圧供給孔43と、油圧供給孔43の出口と対向して軸部16の外周面と油圧室20に連通する油圧供給孔44とによって形成される。
【0035】
次に作動を説明する。例えば入力軸6が回転駆動されている状態で、作動油供給系路41から油圧室20内の作動油がドレンされた多板クラッチ11の締結が解除されている状態では、リターンスプリング22の押圧力でピストン19が押しやられて交互に配置されたクラッチディスク31と35は圧接することはない。これにより入力軸6に基部13がスプライン嵌合しているクラッチドラム12は回転駆動されるものの、クラッチドラム12とクラッチハブ25との動力伝達は行われない。
【0036】
この締結が解除された状態で、油圧供給源から油圧制御された作動油を、固定部材3の油圧供給孔42、摺動カラー8の油圧供給孔43、クラッチドラム12の軸部16に形成された油圧供給孔44を介して油圧室20に供給すると、その制御油圧に応じてリターンスプリング22の押圧力に抗してピストン19が応動して各クラッチディスク31、35をスナップリング39aに当接するリテーニングプレート39bに押圧し、互いに押圧するクラッチディスク31、35の摩擦係合によってクラッチドラム12からクラッチハブ25に回転力を動力伝達可能な締結状態になり、従動歯車10が回転駆動される。
【0037】
ここで、クラッチドラム12の大径部15の内周面に形成されたスプライン孔15aに外周が嵌合する各クラッチディスク31は、SPCC(JIS3141、冷間圧延鋼板)等の鉄系金属製で外周にスプライン孔15aに嵌合するスプライン溝31aが形成され、かつクラッチハブ25の大径部が間隙を有して嵌入する内径を有する環状板材であって、クラッチディスク35の摩擦材37と摺接する接触領域となる摺接面32に粗面処理が施されている。
【0038】
この摺接面32の粗面処理について図3(a)乃至(d)を参照して説明する。
【0039】
図3(a)は粗面処理を施す前の状態を示す断面図である。粗面処理前の摺接面32は平坦に形成される。この平坦な摺接面32に図3(b)に示すように旋盤等による研削或いは切削加工により、切り込み深さaは5μm〜10μm程度で表面粗さRa=4μm〜6μm程度となる円周状の細かな溝32aを多数形成する。
【0040】
この溝32aが形成された摺接面32に簡単に平らな面が効率的に得られるバニッシング加工により、図3(c)に示すような溝32aの間隔bが5μm〜10μmの平面部となるプラトー面32bを形成する。
【0041】
しかる後、摺接面32にクラッチディスク31の表面硬度と同等或いは表面硬度より高い硬度を有し、かつ略球状で20μm〜200μmのショットを噴射速度50m/sec以上の噴射速度で噴射するショットピーニング加工を施す。このショットピーニング加工による略球状のショットの衝撃によりプラトー面32bに図3(d)に示すように無数の微小な断面円弧状、いわゆるディンプル状の凹部32cが形成される。更に、摺接面32の表面層の組織は内部応力が高くなり高硬度で靱性に富む組織となる。
【0042】
従って、摺接面32の表面は研削或いは切削加工によって多数の溝32aが形成され、溝32aを除いて簡単に効率的に多数の凹部が形成できるショットピーニング加工による微小なディンプル状の凹部32cが形成される。
【0043】
一方、クラッチハブ25の大径部27の外周面に形成されたスプライン溝27aに内周が嵌合する各クラッチディスク35は、金属製で内周にスプライン溝27aに嵌合するスプライン孔36aが形成され、かつクラッチドラム12の大径部15に間隙を有して嵌入する芯板36と、摩擦材37によって構成される。
【0044】
摩擦材37は、例えば、パルプ材等の有機繊維、不織布材等の樹脂繊維等をバインダとなる熱硬化樹脂等にて環状でかつ板状に成型され、芯板36の両側に接着剤等によってクラッチディスク31の摺接面32と対向して貼り付けられる。
【0045】
このクラッチディスク31の摺接面32に図3(d)に示すように溝32a及び溝32aを除いてディンプル状の凹部32cを多数形成することによって、図4に示すように32aによって潤滑油を保持する油溝33が形成され、多数のディンプル状の凹部32cによって油溜まり34が形成される。
【0046】
従って、このクラッチディスク31の摺接面32の表面に潤滑油を供給すると、潤滑油はその表面張力によりディンプル状の油溜まり34において球状となり、しかも摺接面32の表面に微小なディンプル状の油溜まり34が無数に形成されているで、各油溜まり34の大きさに応じて潤滑油の溜まりができ、かつ隣接する油溜まり34の潤滑油が互いに連結し摺接面32の全面に安定した油膜が形成される。
【0047】
一方、これら油溜まり34に隣接して潤滑油を保持する油溝33が形成され、これら油溝33に保持された潤滑油が逐次各油溜まり34に補給される。
【0048】
そして、このクラッチディスク31の摺接面32にクラッチディスク35の摩擦材37が摺動して押圧力が付与されても各油溜まり34の潤滑油が失われることなく保持され、長時間の摩擦材37との摺動に対しても油膜切れが生じにくくなる。
【0049】
更に、油溝33及び油溜まり34によって形成される摺接面32は、ショットピーニング加工によって表面層の内部応力が高い高硬度で靱性に富む組織となり、耐摩耗性に優れ、摩擦部材37との摺動時間が長時間に及んでも、各凹部32cによって形成された油溜め34の形状変化が抑制されて、油膜切れが生じにくく、安定した油膜が保持できて良好なμ−V特性が得られ、ジャダーの発生が防止できる。
【0050】
なお、実験によると、図5に比較参考例を示すように、溝32aを形成した摺接面32にバニッシング加工を施して溝32aの間隔bが5μm〜10μmの平坦なプラトー面32bを形成した、即ち、ショットピーニング加工による油溜め34を有しないクラッチディスク50における回転数5rpm時に対す30rpm時の摩擦係数μの比が0.88である一方、本実施の形態、即ち、参考例のクラッチディスク50のプラトー面32bにショットピーニング加工により多数の油溜め34を形成した図4に示すクラッチディスク31においては同様に回転数5rpm時に対する30rpm時の摩擦係数μの比が0.77であった。これにより本実施の形態におけるクラッチディスク31は、回転数による摩擦係数の変化量が小さく、μ−V特性が改善されることが確認できる。
【0051】
従って、本実施の形態によると、クラッチディスク31の摺接面32に研削或いは切削加工により円周状に油溝33となる溝32aを形成し、簡単に平らな面が得られるバニッシング加工によりプラトー面32bを形成した後に、効率的多数のディンプル状の凹部が得られるショットピーニング加工を施して油溜め34を形成する簡単な粗面処理によってμ−V特性の改善がなされ、これら油溝33となる溝32aの形成、バニッシング加工によるプラトー面32bの形成及びショットピーニング加工による油溜め34の形成は、油溝33及び油溜め34の形状及び加工精度等の加工条件が比較的緩やかで加工コストが抑制できる。
【0052】
なお、本発明は上記実施の形態に限定されることなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。例えば、上記実施の形態では変速機に使用される多板クラッチ11を例に説明したが、他の湿式多板クラッチ、湿式多板ブレーキ、トルクコンバータのロックアップクラッチ等の湿式単板クラッチ等他の湿式摩擦伝動装置に広く適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本実施の形態における多板クラッチを備えた変速機の要部断面図である。
【図2】図1のA部拡大図である。
【図3】クラッチディスクの摩擦面に施す粗面加工処理の説明図であり、(a)は粗面加工処理前の状態を示す要部断面図、(b)は溝を加工した状態を示す要部断面図、(c)はバニッシング加工によるプラトー面を形成した状態を示す要部断面図、(d)はショットピーニング加工により凹部を形成した状態を示す要部断面図である。
【図4】クラッチディスクの摩擦面の作用を説明する図である。
【図5】比較参考例のクラッチディスクの摩擦面の説明図である。
【符号の説明】
【0054】
5 回転軸
6 入力軸
7 出力軸
11 多板クラッチ(湿式摩擦伝動装置)
12 クラッチドラム
13 基部
15 大径部
19 ピストン
20 油圧室
25 クラッチハブ
31 クラッチディスク(被摩擦板)
32 摺接面
32a 溝
32b プラトー面(平面部)
32c 凹部
33 油溝
34 油溜め
35 クラッチディスク(摩擦板)
36 芯板
37 摩擦材
L 軸芯

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芯材の側面に摩擦材を貼り付けた円板状の摩擦板と鉄系金属製円板状の被摩擦板とが同軸芯上で対向して回転し、上記摩擦板と被摩擦板の間に潤滑油を介在すると共に両者を押圧することで摩擦板と被摩擦板の間で回転力を伝達する湿式摩擦伝動装置において、
上記被摩擦板の上記摩擦板との摺接面に、
研削または切削加工により円周状に多数形成した油溝と、
該油溝の間の平面部にショットピーニング加工により形成した多数のディンプル状の油溜め、とを備えたこと特徴とする湿式摩擦伝動装置。
【請求項2】
芯材の側面に摩擦材を貼り付けた円板状の摩擦板と鉄系金属製円板状の被摩擦板とが同軸芯上で対向して回転し、上記摩擦板と被摩擦板の間に潤滑油を介在すると共に両者を押圧することで摩擦板と被摩擦板の間で回転力を伝達する湿式摩擦伝動装置の被摩擦板成形方法において、
上記被摩擦板の上記摩擦板との摺接面に、
研削または切削加工により円周状の溝を多数形成し、
該溝が形成された摺接面にバニッシング加工により溝間に平坦なプラトー面を形成し、
該プラトー面にショットピーニング加工により多数のディンプル状の油溜めを形成する、ことを特徴とする湿式摩擦伝動装置の被摩擦板成形方法。
【請求項3】
芯材の側面に摩擦材を貼り付けた円板状の摩擦板と鉄系金属製円板状の被摩擦板とが同軸芯上で対向して回転し、上記摩擦板と被摩擦板の間に潤滑油を介在すると共に両者を押圧することで摩擦板と被摩擦板の間で回転力を伝達する湿式摩擦伝動装置の被摩擦板成形方法において、
上記被摩擦板の上記摩擦板との摺接面に、
研削または切削加工により切り込み深さが5μm〜10μmで表面粗さRaが4μm〜6μmとなる円周状の溝を多数形成し、
該摺接面にバニッシング加工により上記溝間に間隔が5μm〜10μmの平坦なプラトー面を形成し、
該プラトー面に略球状で20μm〜200μmのショットを50m/sec以上の噴射速度で噴射するショットピーニング加工でディンプル状の油溜めを多数形成する、ことを特徴とする湿式摩擦伝動装置の被摩擦板成形方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−78040(P2010−78040A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−246405(P2008−246405)
【出願日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【出願人】(000005348)富士重工業株式会社 (3,010)
【Fターム(参考)】