説明

燃料電池用セパレータおよび燃料電池

【課題】耐食性に優れ、貴金属層の密着性が高く、かつ接触抵抗が低く、さらに生産性に優れたTiまたはTi合金製の燃料電池用セパレータおよび燃料電池を提供する。
【解決手段】燃料電池用セパレータは、TiまたはTi合金製の基板の表面に、Ru,Rh,Pd,Os,Ir,PtおよびAuから選択される少なくとも1種以上の貴金属を含んでなる2nm以上の厚さの貴金属層が形成され、かつ前記貴金属層と前記基板の間、および前記基板が表面に露出した部分、の少なくとも一方に、ルチル型結晶およびブルッカイト型結晶の少なくとも一方を含有する酸化チタン層が形成されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、携帯電話やパソコンなどの携帯機器、家庭用燃料電池、燃料電池自動車などに用いられる固体高分子型燃料電池用のTiまたはTi合金製の燃料電池用セパレータおよび燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、燃料電池は、地球環境問題やエネルギ問題を解決するエネルギ源として期待されている。
特に、固体高分子型燃料電池は、低い温度で動作可能であることや小型化・軽量化が可能であることから、家庭用コジェネレーションシステムや携帯機器用の電源、燃料電池自動車への適用が検討されている。
【0003】
ここで、一般的な固体高分子型燃料電池は、電解質である固体高分子膜の両側にアノードおよびカソードの役割を果たす触媒層、その外側にガス拡散層があり、さらにその外側に燃料ガス流路が形成されたセパレータが設けられた構造となっている。
【0004】
このセパレータは、ガスの流路の役割だけでなく、電流を取り出す役割も果たすため、導電性が高いことが要求される。従来は、カーボン製のセパレータが用いられていたが、強度の関係から、厚さ寸法を大きくしなければならないため、小型・軽量化を図る観点から好ましいとは言いがたい状況であった。
【0005】
セパレータは、小型・軽量化を図るため、薄肉化が可能な金属で形成されることが検討されている。しかし、燃料電池(固体高分子型燃料電池)の内部は酸性雰囲気であるため、金属にとっては腐食されやすい環境下であるといえる。そのため、燃料電池に用いられる金属製のセパレータには、耐食性と導電性が良好である必要がある。
【0006】
また、ステンレス鋼やTiなどの金属は、表面に不動態皮膜を形成することによって良好な耐食性を得ているが、この不動態皮膜がガス拡散層との接触抵抗を高くするため、導電性を阻害し、燃料電池の発電効率を劣化させることが知られている。
【0007】
一方、鉄などの不動態皮膜を形成しない金属は、導電性が良好であるものの、腐食して溶出しやすく、溶出したイオンが触媒特性を劣化させたり、固体高分子膜のイオン伝導性を低下させたりするため、結果的に燃料電池の発電特性を劣化させることが知られている。
【0008】
このため、金属製のセパレータの表面に金をめっきしたもの(例えば、特許文献1参照)や、ステンレス鋼やTiのセパレータの表面に貴金属または貴金属の合金をイオン蒸着やめっきにより付着させたもの(例えば、特許文献2参照)、耐食性金属材料のセパレータの表面に貴金属層を形成したもの(例えば、特許文献3参照)が提案されている。
これらの発明は、表面に不動態皮膜を形成せず、かつ耐食性が高い貴金属を金属表面に形成することにより、高耐食性と低い接触抵抗を維持しようとするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10−228914号公報
【特許文献2】特開2001−6713号公報
【特許文献3】特開2004−158437号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1に記載された発明は、表面の不動態皮膜を除去しないと金の密着性が悪くなるだけでなく、この不動態皮膜によって接触抵抗が高くなってしまう(すなわち、導電性が低くなる)。そのため、表面活性化工程を行うことで不動態皮膜を除去しているが、めっき工程の前に行う洗浄工程で不動態皮膜が形成されるため、十分な密着性を得ることができないという欠点や接触抵抗を低くすることができないという欠点がある。
【0011】
また、特許文献2に記載された発明は、ステンレス鋼やTiの表面を機械的に研磨しながら貴金属であるPtを腐食反応により析出させる処理を行っている。かかる処理を行うと、不動態皮膜が除去された部分にPtが析出するため接触抵抗は低下する(すなわち、導電性が高くなる)ものの、ピンホール(基板が部分的に表面に表れた箇所をいう)が形成されるなど、緻密な貴金属層が形成されないために、燃料電池のような酸性雰囲気での使用によって当該ピンホールからステンレス鋼やTiが溶出し、燃料電池の発電特性が劣化するという欠点がある。また、貴金属をめっきしたガラスビーズでブラスト処理する方法も提示されているが、セパレータは高い寸法精度が要求されるため、ブラスト処理によって発生し得る変形で使用することが困難になるという欠点がある。
【0012】
特許文献3に記載された発明も、貴金属層をめっきで形成しているので、不動態皮膜上に貴金属層が形成されていると考えられる。そのため、十分な密着性を得ることができないという欠点や接触抵抗を低くすることができないという欠点がある。
【0013】
本発明の課題は、耐食性に優れ、貴金属層の密着性が高く、かつ接触抵抗が低く、さらに生産性に優れたTiまたはTi合金製の燃料電池用セパレータ、および当該燃料電池用セパレータを用いた燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記した課題を解決するため、本発明に係る燃料電池用セパレータは、TiまたはTi合金製の基板の表面に、Ru,Rh,Pd,Os,Ir,PtおよびAuから選択される少なくとも1種以上の貴金属を含んでなる2nm以上の厚さの貴金属層が形成され、かつ前記貴金属層と前記基板の間、および前記基板が表面に露出した部分、の少なくとも一方に、ルチル型結晶およびブルッカイト型結晶の少なくとも一方を含有する酸化チタン層が形成されていることを特徴としている。また、燃料電池用セパレータは、基板の表面の少なくとも一部にガスを流通させるガス流路を形成するための凹部が形成されたもので、前記凹部を形成した前記基板の表面に前記貴金属層を形成したものでもよい。
【0015】
本発明に係る燃料電池用セパレータは、貴金属層と基板の間、および基板が表面に露出した部分、の少なくとも一方に、ルチル型結晶およびブルッカイト型結晶の少なくとも一方を含有する酸化チタン層を形成しているので、接触抵抗を低くすることができる。つまり、導電性を向上させることができる。そして、貴金属の結晶格子と結晶化した不動態皮膜(酸化チタン層)との整合性を高めることで貴金属層との密着性が得られる。また、本発明の燃料電池用セパレータは、基板の表面の少なくとも一部に凹部が形成されていることによって、燃料電池において、2枚の燃料電池用セパレータの間に配置された固体高分子膜へのガス供給を効率よく行うことができる。
【0016】
そして、本発明に係る燃料電池は、前記した燃料電池用セパレータを用いるのが好ましい。本発明の燃料電池は、前記した燃料電池用セパレータを用いているので、耐食性に優れ、貴金属層の密着性が高く、かつ接触抵抗が低く、さらに生産性に優れている。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る燃料電池用セパレータは、耐食性に優れ、貴金属層の密着性が高く、かつ接触抵抗が低く、さらに生産性に優れる。
そして、本発明に係る燃料電池は、耐食性に優れ、貴金属層の密着性が高く、かつ接触抵抗が低く、さらに生産性に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】燃料電池用セパレータの製造方法の工程を説明するフローチャートである。
【図2】本発明に係る燃料電池用セパレータの断面図である。
【図3】接触抵抗の測定方法を説明する説明図である。
【図4】基板の表面に形成したガス流路の形状の一例を示す図である。
【図5】本発明の燃料電池用セパレータを用いた燃料電池の一部を展開した様子を示す図である。
【図6】熱処理時間(t)と熱処理温度(T)の関係を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係る燃料電池用セパレータおよび燃料電池を実施するための形態について適宜図面を参照して説明する。
【0020】
本発明に係る燃料電池用セパレータ1について図2を参照して詳細に説明する。
図2に示すように、本発明に係る燃料電池用セパレータ1は、表面の少なくとも一部にガスを流通させるガス流路11(図4参照)を形成するための凹部が形成されたTiまたはTi合金製の基板2の表面に、Ru,Rh,Pd,Os,Ir,PtおよびAuから選択される少なくとも1種以上の貴金属を含んでなる貴金属層3を形成した構成となっている。なお、燃料電池用セパレータ1は、燃料電池20において2枚の燃料電池用セパレータ1、1の間に配置された固体高分子膜13にガス拡散層12、12を介してガスが供給できれば(図5参照)、基板2の表面に凹部を形成しなくてもよい。
【0021】
より具体的には、本発明に係る燃料電池用セパレータ1は、基板2の表面に、Ru,Rh,Pd,Os,Ir,PtおよびAuから選択される少なくとも1種以上の貴金属を含んでなる2nm以上の厚さの貴金属層3をPVD法によって形成し、当該貴金属層3を、所定の熱処理温度および所定の酸素分圧下で熱処理を行い、貴金属層3を形成するとともに、貴金属層3と基板2の間、および基板2が表面に露出した部分、の少なくとも一方に、ルチル型結晶およびブルッカイト型結晶の少なくとも一方を含有する酸化チタン層5を形成した構成となっている。
なお、貴金属層3の厚さを前記の範囲とすること、PVD法を用いること、熱処理の熱処理温度および酸素分圧を規定することの意義については後記する。
【0022】
基板2上に形成される貴金属層3の厚さは、1.5nm以上であるのが好ましい。
貴金属層3の厚さが1.5nm未満であると、貴金属層3のバリア効果が不十分となり、貴金属層3と基板2の酸化チタン層5直下の部分で不動態皮膜が形成されて接触抵抗が大きくなるおそれがある。
なお、貴金属層3の厚さの上限はないが、コストの観点から500nm以下であることが好ましい。
【0023】
また、本発明に係る燃料電池用セパレータ1が酸化チタン層5を含む場合は、例えば、図2に示すように、Ru,Rh,Pd,Os,Ir,PtおよびAuから選択される少なくとも1種以上の貴金属を含んでなる貴金属層3と基板2(つまり、母材)の間に当該酸化チタン層5が形成される。なお、貴金属層3にピンホールPなどが形成され、基板2が表面に露出した部分が存在する場合には、当該ピンホールPの直下にも酸化チタン層5が形成され得る。本発明においては、この酸化チタン層5を貴金属層3と基板2の間、および基板2が表面に露出した部分(ピンホールP)の少なくとも一方に形成すれば好適であるが、両方に形成するとより好適である。
【0024】
かかる酸化チタン層5は、0.5〜10nm程度の厚さであれば、水素吸収阻止効果と導電性とを兼備させることができる。なお、かかる酸化チタン層5は、貴金属層3で被覆されている、または低酸素分圧下で形成されるため、通常の不動態皮膜よりもルチル型結晶およびブルッカイト型結晶の少なくとも一方を多く含有し得る。
【0025】
次に、燃料電池用セパレータの製造方法について説明する。
図1に示すように、本発明の燃料電池用セパレータ1の製造方法は、貴金属層形成工程S2と、熱処理工程S3と、を含んでなる。また、本発明の燃料電池用セパレータの製造方法は、貴金属層形成工程S2の前に凹部形成工程S1を含んでもよい。
【0026】
凹部形成工程S1は、TiまたはTi合金製の燃料電池用セパレータとしての基板2の表面の少なくとも一部に、水素ガスや空気などのガスを流通させるガス流路11(図4、図5参照)を形成するための凹部を形成する。ここで、基板2の表面とは、基板2の外側をなす面をいい、いわゆる表面、裏面、側面が含まれる。
ここで、基板2の表面の少なくとも一部にガス流路を形成するための装置は、特に限定されるものではなく、所定の目的を果たすことのできる従来公知の装置を適宜に用いることができる。
なお、この形成工程S1に先立って、基板2の縦幅、横幅、厚さなどをあらかじめ設定した寸法や形状に形成しておくのが好ましい。
【0027】
貴金属層形成工程S2は、TiまたはTi合金製の基板2の表面(基板2の表面全体または表面の一部)に、Ru,Rh,Pd,Os,Ir,PtおよびAuから選択される少なくとも1種以上の貴金属を含んでなる2nm以上の厚さの貴金属層3をPVD(物理気相堆積;Physical Vapor Deposition)法によって形成する。本発明で用いることのできるPVD法としては、例えば、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法などがあるが、中でもスパッタリング法によれば貴金属層3の厚さを制御しやすく好適である。また、貴金属層形成工程S2は、凹部を形成したTiまたはTi合金製の基板の表面に貴金属層3を形成してもよい。
【0028】
基板2としては、JIS H 4600に規定される1種〜4種の純Tiの基板や、Ti−Al、Ti−Ta、Ti−6Al−4V、Ti−PdなどのTi合金の基板を挙げることができる。しかし、本発明において用いることのできる基板2としては、これらに限定されることはなく、他の金属元素等を含有してなるTi合金であっても好適に用いることができる。
【0029】
Ru,Rh,Pd,Os,Ir,PtおよびAuといった貴金属(Noble metal)は、不動態皮膜を形成しないにも拘らず耐食性に優れていること、遷移金属であるので導電性に優れていること、および、これらの貴金属元素は互いに似通った性質を有していることなどが知られている。したがって、これらの中から適宜に選択された貴金属を含んでなる貴金属層3を形成することによって、良好な耐食性と導電性を具備することができる。
【0030】
かかる貴金属層形成工程S2で形成する貴金属層3の厚さは2nm以上であることを要する。貴金属層3の厚さが2nm未満であるとピンホールが過度に多く形成されるために、後記する熱処理を行った際にTiやTi合金の酸化が貴金属層3の下側にまで回りこむため、接触抵抗を低くすることができない。なお、貴金属層形成工程S2で形成する貴金属層3の厚さは、3nm以上とするのがより好ましく、5nm以上とするのが最も好ましい。
なお、貴金属層3の厚さの上限値は特に限定されるものではないが、貴金属層3の形成に要する時間とコストを低く抑える観点から500nm以下とするのが好ましい。
【0031】
また、貴金属層形成工程S2は、PVD法によって前記した貴金属の貴金属層3を形成する。PVD法は、常温でも基板2上に貴金属層3を形成できるため基板2に与えるダメージ(例えば、反りや強度の低下など)を少なくすることができるだけでなく、比較的広い面積に貴金属層3を形成することができるため生産性が向上する。
【0032】
この貴金属層形成工程S2は、基板2を300〜800℃に加熱して貴金属層3を形成してもよい。後記する熱処理工程S3に速やかに移行できるため、燃料電池用セパレータ1の製造を容易化することができる。
また、この貴金属層形成工程S2を行うに当たって、あらかじめ基板2をアセトンなどの有機溶剤を用いて超音波洗浄等の洗浄を行うこともできる。このような洗浄を行うと、基板2表面の汚れに起因するピンホールの形成や密着性不良を低減化することができるので好適である。
【0033】
次に、熱処理工程S3は、貴金属層形成工程S2で貴金属層3が形成された基板2を、所定の熱処理温度および所定の酸素分圧下で熱処理を行って貴金属層3を形成するとともに、貴金属層3と基板2の間、および基板2が表面に露出した部分、の少なくとも一方に、導電性の高い結晶化した不動態皮膜(酸化チタン層5(図2参照))のうちの少なくとも一方を形成させ、燃料電池用セパレータ1を製造する。
【0034】
つまり、この熱処理工程S3は、所定の条件で熱処理することで、一部または全部を結晶化した不動態皮膜(酸化チタン)を形成することができる。
ここで、熱処理前の基板2の表面に形成されている不動態皮膜は、熱処理によって一部または全部が結晶化する。この結晶化の際に、貴金属層3直下の不動態皮膜は、酸素の供給が貴金属層3によって遮断されるため、酸素がTi母材中に拡散して薄くなり、かつ酸素が欠乏した酸化チタン(酸素欠乏傾斜構造を有する酸化チタン)に変化する。この結晶化した酸化チタンは、化学量論比よりも酸素が欠乏すると導電性が高くなるn型半導体となる。つまり、熱処理によって基板2の表面に形成されている不動態皮膜の導電性を向上させることができる。このような酸化チタンの結晶構造としては、ルチル型結晶若しくはブルッカイト型結晶を挙げることができる。なお、ルチル型結晶とは、ルチル結晶と同じ結晶構造を有する結晶をいい、ブルッカイト型結晶とは、ブルッカイト結晶と同じ結晶構造を有する結晶をいう。なお、このような酸素欠乏型のルチル型結晶およびブルッカイト型結晶を有する酸化皮膜4は、酸素分圧をより低くして熱処理を行うほど得られやすく、貴金属層3で被覆された箇所などの、より酸素の少ない条件で熱処理を行うとさらに得やすい。
【0035】
そして、このような熱処理を行うと、不動態皮膜が残存する場合であっても、不動態皮膜上に存在していたハイドロカーボンなどの汚れが熱で分解して貴金属層3内に拡散して清浄な表面となるとともに、貴金属層3が当該清浄な不動態皮膜の表面および/または結晶化した不動態皮膜(すなわち、酸素欠乏型の酸化チタン)と接触することになると考えられ、これにより結晶化した不動態皮膜と貴金属の結晶格子との整合性が良くなり、密着性が向上すると考えられる。
【0036】
したがって、本発明の燃料電池用セパレータの製造方法は、複雑な工程を行うことなくPVD法による貴金属層形成工程S2後に熱処理工程S3を行うだけで、不動態皮膜が残存している場合は不動態皮膜の一部または全部を、酸素欠乏型の導電性を有する結晶化した不動態皮膜(酸化チタン層5)とすることができので、貴金属との密着性が高く、かつ接触抵抗の低い燃料電池セパレータ1を容易に生産性良く製造することができる。
【0037】
熱処理工程S3における熱処理温度は、300〜800℃とするのが好ましい。貴金属層3の密着性を高く、かつ接触抵抗を低くするために不動態皮膜を結晶化させたり、不動態皮膜を除去したり、セパレータの耐食性を確保するためにピンホールに露出したTiを酸化させたりするためである。
熱処理温度が300℃未満であると不動態皮膜の結晶化や不動態皮膜の除去に時間がかかり実用的でない。また、貴金属元素と基板2のTiとが相互に十分に拡散しない場合もある。
また、熱処理温度が800℃を超えると拡散が速すぎるために貴金属元素と基板2のTiとが相互に拡散しすぎてしまい、貴金属層3の最表面にチタンが拡散してきて熱処理雰囲気中の酸素と結びついて、ルチル型結晶およびブルッカイト型結晶を含有する酸化チタン層(酸化皮膜)を形成するおそれがある。しかし、このような酸化皮膜は酸素を含む雰囲気と接触して形成されるため、酸素の欠乏が不十分な酸化皮膜となり、不動態皮膜(酸化チタン層5)よりも耐食性が高いものの、接触抵抗が高くなるため好ましくない。熱処理温度は、より好ましくは350〜750℃であり、最も好ましくは380〜730℃である。また、このような温度範囲であっても長時間熱処理をすると表面にチタンが拡散してきて酸化皮膜を形成することがあるため、熱処理時間を熱処理温度に対して適宜調整するのが好ましい。
【0038】
熱処理工程S3における熱処理時間は、貴金属層3と基板2の間に存在する不動態皮膜を結晶化して接触抵抗を低減(つまり、導電性を向上)させたり、不動態皮膜を除去または十分に薄くさせたりするため、熱処理時間をt(分)、熱処理温度をT(℃)とすると、300≦T<800において、(420−T)/40≦t≦EXP〔(806.4−T)/109.2〕かつt≧0.5であることが好ましい。
【0039】
すなわち、300≦T≦400において(420−T)/40≦t≦EXP〔(806.4−T)/109.2〕であり、400≦T<800において0.5≦t≦EXP〔(806.4−T)/109.2〕であることが好ましい。
また、図6は、熱処理時間(t)と熱処理温度(T)の関係を示すグラフ図である。そして、図6に示すように、本発明は、直線ab(t=0.5)、直線bc(t=(420−T)/40)、直線cd(T=300)、曲線de(t=EXP〔(806.4−T)/109.2〕)および直線ea(T=800)によって囲まれた領域A(但し、T=800は含まない)の熱処理条件(熱処理時間(t)および熱処理温度(T))で熱処理を行うことが好ましい。
【0040】
熱処理時間(t)が(420−T)/40分間未満(熱処理温度が300≦T≦400(℃))または0.5分間未満(熱処理温度が400≦T<800(℃))であると、不動態皮膜の結晶化(導電性の向上)や不動態皮膜の除去が十分に行えないおそれがある。そのため、貴金属層3の密着性を高くすることができないばかりか、接触抵抗を低くすることができない。
【0041】
一方、熱処理時間が〔EXP(806.4−T)/109.2〕分間を超えると(熱処理温度が300≦T<800(℃))、貴金属層3の厚さにもよるが、貴金属元素と基板2のTiとが相互に拡散しすぎることがあり、最表面に酸化皮膜が形成されやすくなる。前記したように、酸化皮膜が形成されると接触抵抗が高くなる傾向がある。また、熱処理温度にもよるが、貴金属元素と基板2のTiとが相互に拡散しすぎてしまう場合もある。
【0042】
熱処理工程S3における酸素分圧は、用いる貴金属の種類によって適宜設定するのが好ましい。先に挙げた貴金属のうち、Pd、Ru、Rh、Os、Irは酸素分圧が高いと酸化して接触抵抗が高くなる。
なお、本発明において酸素分圧とは、熱処理工程S3を行う熱処理炉内における酸素の占める圧力(なお、本発明において大気の組成は、窒素:酸素がおおよそ4:1で構成されていることとする。)をいう。
【0043】
具体的には、貴金属がRu,Rh,Pd,Os,およびIrから選択される少なくとも1種以上である場合は、酸素分圧を1.33Pa(1×10-2Torr)以下とするのが好ましい。
熱処理工程S3における酸素分圧が1.33Pa(1×10-2Torr)を超えると、熱処理を行う雰囲気中の酸素が多すぎるので、これらの貴金属が酸化しやすくなり、接触抵抗が高くなりやすい。なお、酸素分圧は低いほど好ましく、より好ましくは0.665Pa(5×10-3Torr以下)、さらに好ましくは0.133Pa(1×10-3Torr以下)である。
【0044】
なお、低い酸素分圧条件下であっても、雰囲気中に酸素が存在する限りピンホールなどに露出したTiは酸化される。しかし、低い酸素分圧条件下であればTiの酸化が進みすぎることはないので、仮に基板2上に貴金属層3が形成されない箇所があったとしても、当該箇所には適度な酸化皮膜が形成されることになる。
つまり、酸性雰囲気下で使用されるような場合であっても、貴金属層3が形成された箇所は良好な導電性を有しつつ、当該貴金属層3によって良好な耐食性を具備し、ピンホールなどで貴金属層3が形成されなかった箇所は酸化チタン層5(図2参照)が形成されることになるので、耐食性が悪くなることはない。
PVD法で貴金属層3を形成した基板2の熱処理は、炉内を減圧できる電気炉やガス炉などの従来公知の熱処理炉を用いることにより行うことができる。
【0045】
これに対し、AuやPtは酸化しないため、大気雰囲気で熱処理することができる。したがって、貴金属がPtおよびAuから選択される少なくとも1種以上である場合は、酸素分圧を大気圧における酸素分圧以下とすることができる。
なお、前記したように、貴金属層形成工程S2を300〜800℃で行うと、PVD法を終えた後に、放置するだけで低酸素雰囲気のチャンバー内で当該熱処理工程S3を行うことができるので、燃料電池用セパレータ1の製造を容易化することができる。
【0046】
ここで、Tiを母材とする通常の製品は、その表面に非晶質の不動態皮膜が形成されていること、および、かかる不動態皮膜によって、母材中のTiが水素と結合して脆化するのを防止していることが知られている。そのため、例えば、25℃、0.1MPa(1気圧)程度の使用条件であれば、前記した不動態皮膜が水素の吸収を阻止することにより母材中のTiと水素とが結合するのを阻止することができ、これにより脆化しにくくなっている。
しかしながら、燃料電池用のセパレータのように、高温高圧(例えば、80〜120℃、0.2〜0.3MPa)の使用条件で水素に曝されると、前記した不動態皮膜は非晶質であるので、水素の吸収を十分に阻止することが困難であり、母材中のTiが、吸収した水素と結合して脆化するおそれがある。また、PVD法(スパッタリング法)により基板2上に貴金属層3を形成した場合でも、ピンホール等の基板2が表面に露出してしまう部分が存在するため、当該ピンホールから水素が吸収され、基板2の母材中のTiと結合して基板2を脆化するおそれがある。
【0047】
これに対し、本発明では、熱処理工程S3で300〜800℃の熱処理を行うことで、貴金属層3と基板2の間の不働態皮膜を結晶化したり、ピンホールに露出している基板2のTiを酸化し、ルチル型結晶およびブルッカイト型結晶のうち少なくとも一方を含む酸化チタン層5(図2参照)を形成する。かかる酸化チタン層5は、水素の吸収を阻止する効果(単に「水素吸収阻止効果」という。)が、非晶質の不動態皮膜よりも高いので、前記したような高温高圧下で水素に曝された場合であっても、基板2のTiが水素と結合せず、基板2の脆化が起こりにくい。なお、前記した水素吸収阻止効果は、大気圧条件のような高酸素分圧下での熱処理でも得ることができるが、前記した貴金属のうち、Pd、Ru、Rh、Os、Irは、酸素分圧が高いと酸化皮膜を形成してしまうため、前記した水素吸収阻止効果と導電性とを兼備させるためには、本発明の熱処理工程S3の酸素分圧を1.33Pa(1×10-2Torr)以下にするのが好ましい。なお、AuやPtのように酸化しない貴金属の場合は、熱処理工程S3を大気圧条件化で行っても、水素吸収阻止効果と導電性とを兼備させることが可能である。
【0048】
このように、貴金属元素と基板2の間に不働態皮膜があっても、適度な熱処理を行って、不働態皮膜を酸化チタン層(結晶を含む)に変えることによって、導電性、密着性、耐食性、水素吸収阻止効果を兼備させることができるので、基板2と貴金属元素の間に導電性があり、耐食性が高く、水素吸収を阻止する層があれば、同様の効果が得られる。そのような層としては、Zr、Hf、Nb、Ta、Tiから選ばれる1種以上の元素を含む酸化物、窒化物、炭化物、酸窒化物、酸炭化物、炭窒化物、酸炭窒化物、酸化物と窒化物と炭化物から選ばれる2種類以上の混合物、これらの化合物とZr,Hf,Nb,Ta,Tiから選ばれる1種以上の元素を含む金属との混合物、これらの化合物や混合物の積層体などが挙げられる。すなわち、これらの化合物、混合物、積層体をスパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法などのPVD法により成膜した後に、貴金属層を引き続きPVD法で成膜して熱処理を行うことによっても、同様の効果が得られる。
【0049】
また、TiまたはTi合金基板の表面を酸洗して不働態皮膜を形成する方法、陽極酸化によって陽極酸化皮膜を形成する方法、大気中や酸素が存在する雰囲気で熱処理する方法によって、TiまたはTi合金表面にTiの酸化皮膜を形成した後に、貴金属層を引き続きPVD法で成膜して熱処理を行うことによっても同様の効果が得られる。
【0050】
以上、本発明に係る燃料電池用セパレータの製造方法の一実施形態を説明したが、以下に説明するような実施形態であっても好適に実施することが可能である。
例えば、TiまたはTi合金製の基板2の表面に、Ru,Rh,Pd,Os,Ir,PtおよびAuから選択される少なくとも1種以上の貴金属を含んでなる2nm以上の厚さの貴金属層3をPVD法によって形成する貴金属層形成工程と、貴金属層3を形成した基板2の表面の少なくとも一部に、例えば、プレス加工等によって、ガスを流通させるガス流路を形成するための凹部を形成する凹部形成工程と、凹部を形成した基板2を、前記した所定の熱処理温度および所定の酸素分圧下で熱処理する熱処理工程と、を含む燃料電池用セパレータの製造方法とすることができる。
【0051】
また、例えば、TiまたはTi合金製の基板2の表面に、Ru,Rh,Pd,Os,Ir,PtおよびAuから選択される少なくとも1種以上の貴金属を含んでなる2nm以上の厚さの貴金属層3をPVD法によって形成する貴金属層形成工程と、貴金属層3を形成した基板2を、前記した所定の熱処理温度および所定の酸素分圧下で熱処理する熱処理工程と、熱処理した基板2の表面の少なくとも一部に、例えば、プレス加工等によって、ガスを流通させるガス流路を形成するための凹部を形成する凹部形成工程と、を含む燃料電池用セパレータの製造方法とすることもできる。
【0052】
次に、前記した本発明に係る燃料電池について適宜図面を参照して説明する。
図5に示すように、本発明に係る燃料電池20は、前記した本発明に係る燃料電池用セパレータ1を用いて作製したものであり、以下のようにして作製することができる。
例えば、TiまたはTi合金製の基板2を所定数用意し、この所定数用意した基板2を縦幅95.2mm×横幅95.2mm×厚さ19mmといった所定の寸法とするとともに、その基板2の表面の中央部に機械加工やエッチング等によって、例えば、溝幅0.6mm、溝深さ0.5mmの凹部を形成して、図4に示すような形状のガス流路11を形成する。
【0053】
そして、凹部を形成した基板2をアセトン等の有機溶剤で超音波洗浄した後に、当該基板2を、例えば、スパッタリング装置などのPVD法を実施するための装置のチャンバー内にセットする。そして、当該チャンバー内を真空に引き、アルゴンガスを導入後、貴金属のターゲット(例えば、Au)に電圧を印加してアルゴンガスを励起させてプラズマを発生させ、基板2上にAuの貴金属層3を形成する。このようにして貴金属層3を形成した基板2を熱処理炉に入れ、所定の真空度まで引いた後、500℃で5分間加熱する熱処理を行い、燃料電池用セパレータ1を所定数製造する。
【0054】
なお、このように予め多数の基板2を用意しておき、これらをまとめて貴金属層3の形成および熱処理を行えば、生産性を向上させることができる。また、本発明によれば、従来公知の方法のように、貴金属層3を形成する前に不動態皮膜をアルゴンイオンビーム等で物理的に取り去る必要がないので、従来と比較して生産性が向上する。特に、AuやPtの場合は、真空に引く必要が無く、大気圧における酸素分圧で熱処理を行うことが可能なため、さらに生産性を向上させることができる。
【0055】
次いで、図5に示すように、所定数製造した燃料電池用セパレータ1を、例えば、2枚用いてガス流路11が形成された面を対面させて配置し、ガス流路11が形成されたそれぞれの面に、ガスを膜上に均一に拡散させるためのカーボンクロスCなどのガス拡散層12を配置し、一方のガス拡散層12と他方のガス拡散層12の間に白金触媒を表面に塗布した固体高分子膜13を挟んで単セル10を作製する。同様にして複数作成した単セル10を複数積層してセルスタック(不図示)とし、これに燃料電池に必要なその他の部品の取付け、および接続等を行うことにより、良好な耐食性および導電性を有する本発明に係る燃料電池(固体高分子型燃料電池)20を作製することができる。また、前記したように、燃料電池20は、燃料電池用セパレータ1からガス拡散層12を介して固体高分子膜13にガスを供給できれば、基板2(燃料電池用セパレータ1)の表面にガス流路11を形成するための凹部の形成を行わなくてもよい。
【0056】
なお、燃料電池20に用いられる固体高分子膜13は、カソード極で生成したプロトンをアノード極へと移動する働きを有する膜であれば特に限定されることなく使用することができ、例えば、スルホン基をもったフッ素系の高分子膜を好適に用いることができる。
【0057】
このようにして作製された燃料電池20は、アノード極として配置された燃料電池用セパレータ1に、ガス流路11を介して燃料ガス(例えば、純度99.999%の水素ガス)を導入し、カソード極として配置された燃料電池用セパレータ1に、ガス流路11を介して空気を導入する。このとき燃料電池20は、全体を80℃程度に加熱保温して、前記した水素ガスおよび空気を加温された水中を通すことにより露点温度を80℃に調整するのが好ましい。また、燃料ガス(水素ガス)および空気は、例えば、2026hPa(2気圧)の圧力で導入するとよい。
【0058】
燃料電池20は、このようにしてアノード極に水素ガスを導入することによって、ガス拡散層12により固体高分子膜13に対して均一に供給され、当該固体高分子膜13で下記式(1)の反応が生じる。
2→2H++2e-・・・(1)
一方、燃料電池20は、カソード極に空気を導入することによって、ガス拡散層12により固体高分子膜13に対して均一に供給され、当該固体高分子膜13で下記式(2)の反応が生じる。
4H++O2+4e-→H2O・・・(2)
このように、固体高分子膜13で前記式(1)、(2)の反応が起こることにより、理論的には約1.2Vの電圧が得られる。
【0059】
ここで、本発明に係る燃料電池20は、前記したように、少なくとも貴金属層3が形成された本発明に係る燃料電池用セパレータ1を用いているので、従来の金属製のセパレータを使用した燃料電池と比較して良好な耐食性および導電性を有せしめることが可能となる。
【実施例】
【0060】
次に、本発明の燃料電池用セパレータの製造方法、燃料電池用セパレータおよび燃料電池について、本発明の要件を満たす実施例と本発明の要件を満たさない比較例とを対比して具体的に説明する。
<実施例A>
Ti−6Al−4V合金製の2枚の基板(幅2cm×5cm、厚さ1mm)をアセトンで超音波洗浄した後、PVD法を実施する装置であるマグネトロンスパッタリング装置のチャンバー内の基板台に取り付けた。そして、貴金属のターゲットとしてAuおよびPtをチャンバー内の電極に取り付けた後、当該チャンバー内を0.00133Pa(1×10-5Torr)以下の真空に排気した。
アルゴンガスをチャンバー内に導入し、圧力が0.266Pa(2×10-3Torr)となるように調整した。その後、貴金属のターゲットであるAuおよびPtを取り付けた電極にRF(高周波)を印加してアルゴンガスを励起し、アルゴンプラズマを発生させることによりAuおよびPtのスパッタリングを行い、基板の表面にAuおよびPtの貴金属層(以下、「貴金属層(AuおよびPt)」という。)を、それぞれ厚さ10nm、30nmで形成した。さらに、Ti合金製基板を裏返しにして、同様の方法で基板の他の表面にも同様の厚さの貴金属層(AuおよびPt)を形成した。
その後、貴金属層を形成したTi−6Al−4V合金板を大気圧下で500℃に加熱した熱処理炉内に入れて1分間の熱処理を行い、炉内を冷却して、100℃になったところで、貴金属層(AuおよびPt)を形成した試験板(燃料電池用セパレータに相当する)を取り出し、貴金属層(Au)を形成したものを試験板1,3、貴金属層(Pt)を形成したものを試験板2,4とした。
【0061】
(1)これらの試験板1〜4について、図3に示す接触抵抗測定装置30を用いて荷重98N(10kgf)で熱処理前後の接触抵抗を測定した。つまり、試験板1〜4のそれぞれについて、その両面をAu箔(図3ではカーボンクロスC,Cに相当する。)ではさみ、さらにその外側を接触面積1cm2の銅電極31,31を用いて98Nで加圧し、直流電流電源32を用いて7.4mAの電気を通電し、当該Au箔間に印加される電圧を電圧計33で測定し、接触抵抗を算出した。
(2)さらに、試験板1〜4のそれぞれを80℃の硫酸水溶液(pH2)に1000時間浸漬した後に、前記と同様にして再び接触抵抗を測定した。なお、(1)の熱処理後および(2)の接触抵抗は、0.5mΩ・cm2以下を合格とした。
(3)また、熱処理前後の貴金属層(AuおよびPt)の密着性試験を碁盤目テープ剥離試験により評価した。なお、碁盤目テープ剥離試験は、JIS H8504に規定されるめっき密着性試験方法に記載されている方法に準拠して行った。
(1)熱処理前後の接触抵抗、(2)80℃の硫酸水溶液(pH2)に1000時間浸漬した後の接触抵抗、および(3)碁盤目テープ剥離試験の結果を表1に示す。
【0062】
また、貴金属薄膜とTi−6Al−4V基板との界面構造を調べるため、試験板1の断面を透過電子顕微鏡(TEM)により観察した。なお、TEMの観察条件は、試料厚さ約100nm、加速電圧200kV、倍率150万倍とした。
【0063】
さらに、基板としてJIS H 4600に規定される1種の純TiでなるTi製基板、貴金属のターゲットとしてPdを用いて、前記と同様のPVD法により、貴金属層(Pd)の厚さを1nmで形成した基板を作製した。次いで、貴金属層を形成した基板を熱処理炉に入れて、炉内を0.133Pa(1×10−3Torr)まで真空排気し、500℃で15分間加熱する熱処理を行った後、炉内を冷却して、100℃になったところで、貴金属層(Pd)を形成した試験板5を取り出した。そして、試験板5についても、試験板1〜4と同様にして、接触抵抗測定および碁盤目テープ剥離試験を行い、その結果を表1に示す。
【0064】
【表1】

【0065】
表1に示す結果から、試験板1〜4は、大気圧による酸素分圧条件下での熱処理により接触抵抗が低下し、密着性も向上することがわかった。さらに、80℃の硫酸水溶液(pH2)に1000時間浸漬した後であっても接触抵抗の上昇が認められないことから、耐食性にも優れていることがわかった。また、TEMによる観察の結果から、貴金属層(Au)と基板の間に厚さ約5nmの酸化チタン層があることを確認することができた。さらに、ビーム径を約1nmに絞って行った電子線回折(ナノディフラクション)により酸化チタン層の結晶構造を調べたところ、ルチル型結晶が含まれていることがわかった。
【0066】
一方、貴金属層(Pd)の厚さが1nmの試験板5は、熱処理後に行った碁盤目テープ剥離試験の結果は、熱処理後の剥離が無く、貴金属層と基板との密着性が高いものの、熱処理による接触抵抗の低下が少なく、導電性に劣ることがわかった。また、80℃の硫酸水溶液(pH2)に1000時間浸漬した後の接触抵抗が大きく上昇し、耐食性に劣ることがわかった(比較例)。
【0067】
<実施例B>
表2に示す各種貴金属を真空蒸着法により、Ti−5Ta製の基板上に、5nmの厚さで貴金属層を形成した。
真空蒸着法を実施する真空蒸着装置のチャンバーのるつぼ(カーボンるつぼ)内に貴金属を入れて、その上方にTi−5Ta製の基板をセットし、チャンバー内を0.000133Pa(1×10-6Torr)まで真空排気した後に、電子ビームを加速電圧5kV、エミッション電流50mAの条件で、るつぼ内の貴金属に照射することにより貴金属を溶解蒸発させてTi−5Ta製の基板上に貴金属層を形成した。貴金属層の厚さは、水晶振動子膜厚計の周波数の変化によって測定し、その厚さが5nmとなった時点で貴金属層の形成を終了した。その後、同様にして裏面にも貴金属層を形成することで両面に貴金属層を形成した。
その後、熱処理炉に貴金属層を形成したTi−5Ta製の基板を入れて、0.00133Pa(1×10-5Torr)になるまで真空排気し、表2に示す所定の温度に加熱した後、表2に示す所定の酸素分圧になるように炉内を排気しながら酸素を導入して熱処理を行い、試験板6〜14を製造した。
【0068】
これら試験板6〜14を用いて、(1)熱処理前後の接触抵抗を測定した。接触抵抗は、<実施例A>に準じて行った。なお、<実施例B>では、カーボンクロスを用いて測定した。
(2)さらに、試験板6〜14のそれぞれを80℃の硫酸水溶液(pH2)に1000時間浸漬した後に、前記と同様にして再び接触抵抗を測定した。なお、(1)の熱処理後および(2)の接触抵抗は、12mΩ・cm2以下を合格とした。
(1)熱処理前後の接触抵抗、および(2)80℃の硫酸水溶液(pH2)に1000時間浸漬した後の接触抵抗の結果を表2に示す。
【0069】
【表2】

【0070】
表2に示す結果から、酸素分圧が1.33Pa(1×10-2Torr)以下、かつ300℃から800℃の熱処理を行った試験板6〜11のうち、試験板6〜10は、低い接触抵抗が得られることがわかった。
【0071】
これに対し、試験板11は、処理時間が長すぎたため、PdとTiの拡散層が成長しすぎてしまい、Tiが最表面まで拡散してチタン酸化物を最表面に形成したために接触抵抗が低下しなかった。
試験板12は、酸素分圧が高いためにPdが酸化して接触抵抗が下がらなかった。
試験板13は、熱処理温度が高いために、AuとTiの拡散層が成長しすぎてしまい、Tiが最表面まで拡散してチタン酸化物を最表面に形成したために接触抵抗が低下しなかった。
試験板14は、熱処理温度が低いために、不動態皮膜の結晶化が図れず、また厚みも殆ど変化しなかったので接触抵抗の低下が殆ど認められず、硫酸浸漬後の接触抵抗は低いものの、直径1mm程度の円形の剥離が認められた。
【0072】
<実施例C>
まず、JIS H 4600に規定される1種の純TiでなるTi基板(幅2cm×5cm、厚さ0.2mm)を8枚用意した。これらのTi基板の表面上に、<実施例A>に記載した条件と同じ条件でPVD法(スパッタリング法)を行うことによって、それぞれのTi基板にAuおよびPtの貴金属層を厚さ10nmで形成した(試験板15〜22)。
その後、貴金属層を形成した試験板16、20を大気圧条件下(酸素分圧2.13×104Pa)にて500℃、1分間の条件で熱処理を行った。
【0073】
また、貴金属層を形成した試験板17、18、21、22を真空熱処理炉に入れ、炉内の圧力を0.00133Pa(1×10-5Torr)まで真空排気した後、500℃まで加熱し、乾燥空気を導入して炉内の酸素分圧を下記表4に示すように、0.133Pa(1×10-3Torr)または0.00133Pa(1×10-5Torr)、となるように調整し、かかる酸素分圧下、500℃で5分間の熱処理を行った。
なお、試験板16〜18、20〜22と比較するため、試験板15、19の2枚のTi基板については、AuおよびPtの貴金属層を厚さ10nmで形成した後、表3に示す熱処理条件で熱処理を行わなかった。
【0074】
前記した試験板15〜22の接触抵抗を<実施例A>に記載した条件と同じ条件で測定して算出した。
また、これら試験板15〜22を、水と、0.3MPa(3atm)の水素と、が入った密閉容器の気相部に入れ、これを120℃で加熱することにより、湿度約100%に加湿した純水素(純度99.99%)雰囲気中(以下、単に「加湿した純水素雰囲気中」という。)で500時間暴露した後、不活性ガス(Ar)気流中で、黒鉛るつぼ中に入れた試料をすずと共に黒鉛抵抗加熱方式によって加熱融解することで水素を他のガスと共に抽出し、抽出したガスを分離カラムに通して水素を他のガスと分離し、分離した水素を熱伝導度検出器に搬送して水素による熱伝導度の変化を測定する(不活性ガス溶融−ガスクロマトグラフ法)ことにより、試験板15〜22中の水素濃度(ppm)を測定した。
接触抵抗および試験板15〜22中の水素濃度(表4において「試験板中の水素濃度」と示す。)を前記した熱処理条件等とともに下記表3に示す。なお、接触抵抗は0.5mΩ・cm2以下を合格とし、Ti基板中の水素濃度は70ppm以下を合格とした。
【0075】
【表3】

【0076】
ここで、JIS H 4600に規定される1種の純Ti材に含まれている水素の濃度は、通常およそ20〜40ppmである。
表3に示すように、表3に示す熱処理条件で熱処理を行わなかった試験板15、19は、接触抵抗がやや高い値となり、また、試験板中の水素濃度も高い値となった。つまり、良好な結果を得ることができなかった。なお、試験板中の水素濃度が高い値であったことから、加湿した純水素雰囲気中に500時間暴露したことによってTi基板の母材中に水素が吸収されたことがわかった。
また、表3に示すように、表3に示す熱処理条件で熱処理を行った試験板16〜18、20〜22は、接触抵抗が低い値となり、また、試験板中の水素濃度も低い値となった。つまり、良好な結果を得ることができた。
【0077】
<実施例C>の結果から、試験板16〜18、20〜22は、熱処理によって接触抵抗を低くすることができたこと、および、加湿した純水素雰囲気中に500時間暴露した場合であっても、水素を吸収しないことが確認された。
【0078】
<実施例D>
JIS H 4600に規定される1種の純TiでなるTi製の基板(幅2cm×5cm、厚さ1mm)をアセトンで超音波洗浄した後、PVD法を実施する装置であるマグネトロンスパッタリング装置のチャンバー内の基板台に取り付けた。そして、貴金属のターゲットとしてAuをチャンバー内の電極に取り付けた後、当該チャンバー内を0.00133Pa(1×10−5Torr)以下の真空に排気した。
【0079】
アルゴンガスをチャンバー内に導入し、圧力が0.266Pa(2×10−3Torr)となるように調整した。その後、貴金属のターゲットであるAuを取り付けた電極にDC(直流)電圧を印加してアルゴンガスを励起し、アルゴンプラズマを発生させることによりAuのスパッタリングを行い、基板の表面にAuの貴金属層(以下、「貴金属層(Au)」という。)を20nmの厚さ形成した。さらに、チタン基板を裏返しにして、同様の方法で基板の他の表面にも20nmの厚さの貴金属層(Au)を形成した。
【0080】
その後、熱処理炉に貴金属層(Au)を形成したTi製の基板を入れて、0.00133Pa(1×10−5Torr)になるまで真空排気し、表5に示す所定の温度に加熱した後、酸素分圧が0.00665Pa(5×10-5Torr)になるように炉内を排気しながら酸素を導入して熱処理を行い、試験板23〜35を製造した。
【0081】
これら試験板23〜35を用いて、(1)熱処理前後の接触抵抗を測定した。接触抵抗は、<実施例A>に準じて行った。
(2)さらに、試験板23〜35のそれぞれを80℃の硫酸水溶液(pH2)に1000時間浸漬した後に、前記と同様にして再び接触抵抗を測定した。なお、(1)の熱処理後および(2)の接触抵抗は、0.5mΩ・cm以下を合格とした。
(1)熱処理前後の接触抵抗、および(2)80℃の硫酸水溶液(pH2)に1000時間浸漬した後の接触抵抗の結果を表4に示す。
【0082】
【表4】

【0083】
表4に示す結果から、試験板23〜29は、熱処理時間をt(分)、熱処理温度をT(℃)とすると、(420−T)/40≦t≦EXP〔(806.4−T)/109.2〕かつt≧0.5(300≦T<800)で示される範囲で熱処理を行ったため、低い接触抵抗が得られることがわかった。
【0084】
これに対し、試験板30、31は、(420−T)/40≦tを満足せず、処理時間が短すぎた。試験板32は、t≧0.5を満足せず、処理時間が短すぎた。そのため、試験板30〜32は、Auと基板の間に存在する不動態皮膜を結晶化して導電性を向上させることが不十分で、接触抵抗が低下しなかった。
試験板33〜35は、処理時間が長すぎたため、AuとTiの拡散層が成長しすぎてしまい、Tiが最表面まで拡散してチタン酸化物を最表面に形成し、接触抵抗が低下しなかった。
【0085】
<実施例E>
次に、<実施例E>では、前記した試験板1のTi合金基板を用いて作製したセパレータを使用した場合における発電試験を行った。
まず、縦幅95.2mm×横幅95.2mm×厚さ19mmのサイズのTi合金基板を2枚用意し、その表面の中央部に機械加工によって溝幅0.6mm、溝深さ0.5mmのガス流路を図4に示す形状に作製した。そして、ガス流路を形成したTi合金基板の面上に、<実施例A>と同様の方法・条件でAuの成膜と、熱処理とを行ってセパレータを作製した。
【0086】
そして、作製した2枚のセパレータを固体高分子型の燃料電池(Electrochem社製、燃料電池セルEFC−05−01SP)に、以下のようにして組み込んで発電試験を行った。
まず、図5に示すように、作製した2枚のセパレータを、ガス流路が形成された面を対面させて配置し、ガス流路が形成されたそれぞれの面にカーボンクロスを配置し、これらのカーボンクロスの間に固体高分子膜を挟んで発電試験用の燃料電池を作製した。
【0087】
前記のようにして作製した燃料電池のアノード極側に導入する燃料ガスとして純度99.999%の水素ガスを用い、カソード極側に導入するガスとして空気を用いた。
燃料電池は全体を80℃に加熱保温して、水素ガスおよび空気を、加温された水中を通すことにより露点温度を80℃に調整して、2026hPa(2気圧)の圧力で前記の燃料電池に導入した。
【0088】
そして、セル性能測定用システム(スクリブナ社製890CL)を用いて、セパレータに流れる電流を300mA/cm2とし100時間発電させて電圧の変化を測定した。
その結果、試験板7のTi基板のセパレータの発電初期の電圧および100時間発電させた後の電圧は、ともに0.61Vであり、電圧の変化は認められなかった。
【0089】
また、比較対象として、試験板1のTi合金基板のセパレータに換えて、従来から用いられているグラファイトセパレータ(Electrochem社製、FC−05MP)を配置して燃料電池を作製し、前記と同じ条件で発電試験を行った。
その結果、発電初期の電圧および100時間発電させた後の電圧は、ともに0.61Vであり、試験板1のTi合金基板のセパレータと全く同様の結果となった。
【0090】
以上の結果から、本発明の燃料電池用セパレータの製造方法によって製造された燃料電池用セパレータは、金属製のセパレータであるにも関わらず、グラファイトセパレータと同等の性能を示すことが分かった。
【0091】
以上、本発明に係る燃料電池用セパレータの製造方法、燃料電池用セパレータおよび燃料電池について最良の実施の形態および実施例を示して詳細に説明したが、本発明の趣旨は前記した内容に限定されることなく、その権利範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて広く解釈しなければならない。なお、本発明の内容は、前記した記載に基づいて広く改変・変更等することができることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0092】
S1 凹部形成工程
S2 貴金属層形成工程
S3 熱処理工程
1 燃料電池用セパレータ
2 基板
3 貴金属層
5 酸化チタン層
10 単セル
11 ガス流路
12 ガス拡散層
13 固体高分子膜
20 燃料電池

【特許請求の範囲】
【請求項1】
TiまたはTi合金製の基板の表面に、Ru,Rh,Pd,Os,Ir,PtおよびAuから選択される少なくとも1種以上の貴金属を含んでなる2nm以上の厚さの貴金属層が形成され、かつ前記貴金属層と前記基板の間、および前記基板が表面に露出した部分、の少なくとも一方に、ルチル型結晶およびブルッカイト型結晶の少なくとも一方を含有する酸化チタン層が形成されていることを特徴とする燃料電池用セパレータ。
【請求項2】
前記基板が、その表面の少なくとも一部にガスを流通させるガス流路を形成するための凹部が形成されたもので、前記凹部を形成した前記基板の表面に前記貴金属層を形成したことを特徴とする請求項1に記載の燃料電池用セパレータ。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の燃料電池用セパレータを用いたことを特徴とする燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−45038(P2010−45038A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−212562(P2009−212562)
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【分割の表示】特願2007−201240(P2007−201240)の分割
【原出願日】平成19年8月1日(2007.8.1)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】