説明

空燃比センサの異常診断装置及び異常診断方法

【課題】空燃比センサに含まれる個々の特性の異常を好適に診断する。
【解決手段】燃料噴射弁から空燃比センサまでの系を一次遅れ要素によりモデル化し、空燃比センサに与えられる入力空燃比u(t)と空燃比センサから出力される出力空燃比y(t)とに基づき一次遅れ要素におけるパラメータを同定する。そして同定されたパラメータに基づき空燃比センサの所定の特性の異常を判定する。好ましくは、前記パラメータが時定数とゲインであり、前記空燃比センサの特性が応答性と出力である。空燃比センサの応答性異常cと出力異常a,bとを同時且つ個別に診断することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関の排気ガスの空燃比を検出する空燃比センサの異常を診断する装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
触媒を利用した排気ガス浄化システムを備える内燃機関では、触媒による排気ガスの有害成分の浄化を有効に行うため、内燃機関で燃焼される混合気の空気と燃料との混合割合、すなわち空燃比のコントロールが欠かせない。こうした空燃比の制御を行うため、内燃機関の排気通路に、排気ガスの特定成分の濃度に基づいて空燃比を検出する空燃比センサを設け、その検出された空燃比を所定の目標空燃比に近づけるようフィードバック制御を実施している。
【0003】
ところで、空燃比センサに劣化、故障等の異常を来すと、正確な空燃比フィードバック制御が実行できなくなり排ガスエミッションが悪化する。よって空燃比センサの異常を診断することが従来から行われている。特に、自動車に搭載されたエンジンの場合、排ガスが悪化した状態での走行を未然に防止するため、車載状態(オンボード)で空燃比センサの異常を検出することが各国法規等からも要請されている。
【0004】
特許文献1には、オープンループ制御により空燃比を周期的に増減し、これに伴って増減する空燃比センサ出力の軌跡長又は面積に基づいて空燃比センサの異常を検出する空燃比センサの異常検出装置が開示されている。また、特許文献2には、空燃比センサの検出遅れ特性を表したプラントモデルを逐次同定し、同定したプラントモデルのパラメータを用いて空燃比フィードバック制御における制御ゲインを設定する空燃比制御装置が開示されている。これにおいて、空燃比センサの応答劣化の診断をフィードバック制御中に行うときには逐次同定が停止される。
【0005】
【特許文献1】特開2005−30358号公報
【特許文献2】特開2004−68602号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、空燃比センサ自体が正常なのか異常なのかは判別できるものの、空燃比センサの特性のうち、いずれが正常なのか異常なのかは判別することができない。即ち、空燃比センサには複数の特性が含まれているが、特許文献1に記載の技術だと、これら特性のうちのいずれが異常なのかを判別することができない。
【0007】
また、特許文献2に記載の技術では、空燃比センサの特性のうち、応答性の劣化のみが診断される。しかし、空燃比センサには他の特性も含まれており、この他の特性の異常を判別することができない。そもそも、特許文献2に記載の技術は空燃比制御に関するものであり、空燃比センサの異常診断に特化したものではない。よって逐次同定したプラントモデルのパラメータは空燃比フィードバック制御の制御ゲインを設定するために用いられ、空燃比センサの応答遅れ診断の際には逐次同定が停止される。
【0008】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、空燃比センサに含まれる個々の特性の異常を好適に診断することができる空燃比センサの異常診断装置及び異常診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の形態によれば、
内燃機関の排気ガスの空燃比を検出する空燃比センサの異常診断装置であって、
燃料噴射弁から空燃比センサまでの系を一次遅れ要素によりモデル化し、空燃比センサに与えられる入力空燃比と空燃比センサから出力される出力空燃比とに基づき前記一次遅れ要素におけるパラメータを同定する同定手段と、
該同定手段により同定されたパラメータに基づき空燃比センサの所定の特性の異常を判定する異常判定手段と
を備えたことを特徴とする空燃比センサの異常診断装置が提供される。
【0010】
この第1の形態によれば、単に空燃比センサの異常が判定されるのではなく、空燃比センサの所定の特性の異常が判定される。よって空燃比センサの複数の特性のうち、いずれが異常なのかを判別することができ、空燃比センサの異常診断をより緻密且つ詳細に実行することができる。
【0011】
本発明の第2の形態は、前記第1の形態において、
前記異常判定手段は、前記同定手段により同定された少なくとも二つのパラメータに基づき、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つの異常を判定することを特徴とする。
【0012】
この第2の形態によれば、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つの異常が判定されるので、その少なくとも二つの特性の異常を同時且つ個別に判定でき、空燃比センサの異常診断として極めて好適なものとすることができる。
【0013】
本発明の第3の形態は、前記第2の形態において、
前記少なくとも二つのパラメータが少なくとも時定数とゲインであり、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つが少なくとも応答性と出力であることを特徴とする。
【0014】
空燃比センサの特性のうち、応答性と出力はセンサの性能を左右するような重要な特性である。この第3の形態によれば、少なくとも、これら重要な二つの特性の異常を診断できるので、空燃比センサの異常診断として極めて好適である。
【0015】
本発明の第4の形態は、前記第1乃至第3いずれかの形態において、
前記入力空燃比から前記出力空燃比までの間のむだ時間を算出し、該むだ時間分だけ前記入力空燃比と前記出力空燃比との少なくとも一方をシフト補正するむだ時間補正手段を備えることを特徴とする。
【0016】
これにより輸送遅れの影響を無くし、パラメータの同定精度を向上することが可能となる。
【0017】
本発明の第5の形態は、前記第4の形態において、
前記むだ時間補正手段は、前記内燃機関の運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づき、所定のマップ又は関数に従って、前記むだ時間を算出することを特徴とする。
【0018】
本発明の第6の形態は、前記第4の形態において、
前記むだ時間補正手段は、前記入力空燃比と前記出力空燃比との分散値を算出し、前記出力空燃比の分散値ピークが所定値より大きい場合、前記入力空燃比の分散値ピークと前記出力空燃比の分散値ピークとの時間差に基づき、前記むだ時間を算出することを特徴とする。
【0019】
本発明の第7の形態は、前記第6の形態において、
前記むだ時間補正手段は、前記出力空燃比の分散値ピークが前記所定値以下の場合、前記入力空燃比と前記出力空燃比との極値の時間差に基づき、前記むだ時間を算出することを特徴とする。
【0020】
本発明の第8の形態は、前記第4の形態において、
前記むだ時間補正手段は、前記内燃機関の運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づき、所定のマップに従って、第1のむだ時間を算出すると共に、前記入力空燃比と前記出力空燃比との分散値ピークの時間差又は前記入力空燃比と前記出力空燃比との極値の時間差に基づき、第2のむだ時間を算出し、前記第1のむだ時間に対する前記第2のむだ時間のズレ量が所定値より大きいとき、前記第2のむだ時間を最終的なむだ時間として決定すると共に、その第2のむだ時間により前記マップのデータを更新することを特徴とする。
【0021】
本発明の第9の形態は、前記第1乃至第8いずれかの形態において、
前記入力空燃比と前記出力空燃比との間のバイアスを除去するように前記入力空燃比と前記出力空燃比との少なくとも一方をシフト補正するバイアス補正手段を備えることを特徴とする。
【0022】
これにより負荷変動や学習ズレ等に対するロバスト性を向上することができる。
【0023】
本発明の第10の形態は、前記第1乃至第9いずれかの形態において、
燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき前記入力空燃比を補正する燃料補正手段を備えることを特徴とする。
【0024】
これによりパラメータの同定精度を向上することが可能となる。
【0025】
本発明の第11の形態は、前記第1乃至第10いずれかの形態において、
前記同定手段は、逐次最小自乗法により前記パラメータを逐次同定することを特徴とする。
【0026】
これにより同定に際しての演算負荷やメモリ容量が軽減され、実用性が向上する。
【0027】
本発明の第12の形態によれば、
内燃機関の排気ガスの空燃比を検出する空燃比センサの異常診断方法であって、
燃料噴射弁から空燃比センサまでの系を一次遅れ要素によりモデル化し、空燃比センサに与えられる入力空燃比と空燃比センサから出力される出力空燃比とに基づき前記一次遅れ要素におけるパラメータを同定するステップと、
同定されたパラメータに基づき空燃比センサの異常を判定するステップと
を備えたことを特徴とする空燃比センサの異常診断方法が提供される。
【0028】
本発明の第13の形態は、前記第12の形態において、
前記異常判定ステップは、前記同定された少なくとも二つのパラメータに基づき、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つの異常を判定することを特徴とする。
【0029】
本発明の第14の形態は、前記第13の形態において、
前記少なくとも二つのパラメータが少なくとも時定数とゲインであり、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つが少なくとも応答性と出力であることを特徴とする。
【0030】
本発明の第15の形態は、前記第12乃至第14いずれかの形態において、
前記入力空燃比から前記出力空燃比までの間のむだ時間を算出し、該むだ時間分だけ前記入力空燃比と前記出力空燃比との少なくとも一方をシフト補正するステップを備えることを特徴とする。
【0031】
本発明の第16の形態は、前記第15の形態において、
前記むだ時間補正ステップは、前記内燃機関の運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づき、所定のマップ又は関数に従って、前記むだ時間を算出することを含むことを特徴とする。
【0032】
本発明の第17の形態は、前記第15の形態において、
前記むだ時間補正ステップは、前記入力空燃比と前記出力空燃比との分散値を算出し、前記出力空燃比の分散値ピークが所定値より大きい場合、前記入力空燃比の分散値ピークと前記出力空燃比の分散値ピークとの時間差に基づき、前記むだ時間を算出することを含むことを特徴とする請求項15記載の空燃比センサの異常診断方法。
【0033】
本発明の第18の形態は、前記第17の形態において、
前記むだ時間補正ステップは、前記出力空燃比の分散値ピークが前記所定値以下の場合、前記入力空燃比と前記出力空燃比との極値の時間差に基づき、前記むだ時間を算出することを含むことを特徴とする。
【0034】
本発明の第19の形態は、前記第15の形態において、
前記むだ時間補正ステップは、前記内燃機関の運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づき、所定のマップに従って、第1のむだ時間を算出すると共に、前記入力空燃比と前記出力空燃比との分散値ピークの時間差又は前記入力空燃比と前記出力空燃比との極値の時間差に基づき、第2のむだ時間を算出し、前記第1のむだ時間に対する前記第2のむだ時間のズレ量が所定値より大きいとき、前記第2のむだ時間を最終的なむだ時間として決定すると共に、その第2のむだ時間により前記マップのデータを更新することを含むことを特徴とする。
【0035】
本発明の第20の形態は、前記第12乃至第19いずれかの形態において、
前記入力空燃比と前記出力空燃比との間のバイアスを除去するように前記入力空燃比と前記出力空燃比との少なくとも一方をシフト補正するステップを備えることを特徴とする。
【0036】
本発明の第21の形態は、前記第12乃至第20いずれかの形態において、
燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき前記入力空燃比を補正するステップを備えることを特徴とする。
【0037】
本発明の第22の形態は、前記第12乃至第21いずれかの形態において、
前記同定ステップは、逐次最小自乗法により前記パラメータを逐次同定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、空燃比センサに含まれる個々の特性の異常を好適に診断することができるという、優れた効果が発揮される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下、本発明を実施するための最良の形態を添付図面に基づき説明する。
【0040】
図1は、本実施形態に係る内燃機関の概略図である。図示されるように、内燃機関1は、シリンダブロック2に形成された燃焼室3の内部で燃料および空気の混合気を燃焼させ、燃焼室3内でピストン4を往復移動させることにより動力を発生する。本実施形態の内燃機関1は車両用多気筒エンジン(例えば4気筒エンジン、1気筒のみ図示)であり、火花点火式内燃機関、より具体的にはガソリンエンジンである。
【0041】
内燃機関1のシリンダヘッドには、吸気ポートを開閉する吸気弁Viと、排気ポートを開閉する排気弁Veとが気筒ごとに配設されている。各吸気弁Viおよび各排気弁Veは図示しないカムシャフトによって開閉させられる。また、シリンダヘッドの頂部には、燃焼室3内の混合気に点火するための点火プラグ7が気筒ごとに取り付けられている。
【0042】
各気筒の吸気ポートは気筒毎の枝管を介して吸気集合室であるサージタンク8に接続されている。サージタンク8の上流側には吸気集合通路をなす吸気管13が接続されており、吸気管13の上流端にはエアクリーナ9が設けられている。そして吸気管13には、上流側から順に、吸入空気量を検出するためのエアフローメータ5と、電子制御式スロットルバルブ10とが組み込まれている。吸気ポート、枝管、サージタンク8及び吸気管13により吸気通路が形成される。
【0043】
吸気通路、特に吸気ポート内に燃料を噴射するインジェクタ(燃料噴射弁)12が気筒ごとに配設される。インジェクタ12から噴射された燃料は吸入空気と混合されて混合気をなし、この混合気が吸気弁Viの開弁時に燃焼室3に吸入され、ピストン4で圧縮され、点火プラグ7で点火燃焼させられる。
【0044】
一方、各気筒の排気ポートは気筒毎の枝管を介して排気集合通路をなす排気管6に接続されている。排気ポート、枝管及び排気管6により排気通路が形成される。排気管6には、その上流側と下流側とに三元触媒からなる触媒11,19が取り付けられている。上流側触媒11の前後の位置にそれぞれ排気ガスの空燃比を検出するための空燃比センサ17,18、即ち触媒前センサ及び触媒後センサ17,18が設置されている。これら触媒前センサ及び触媒後センサ17,18は排気ガス中の酸素濃度に基づいて空燃比を検出する。触媒前センサ17は所謂広域空燃比センサからなり、比較的広範囲に亘る空燃比を連続的に検出可能で、その空燃比に比例した電流信号を出力する。他方、触媒後センサ18は所謂O2センサからなり、理論空燃比を境に出力電圧が急変する特性を持つ。
【0045】
上述の点火プラグ7、スロットルバルブ10及びインジェクタ12等は、制御手段としての電子制御ユニット(以下ECUと称す)20に電気的に接続されている。ECU20は、何れも図示されないCPU、ROM、RAM、入出力ポート、および記憶装置等を含むものである。またECU20には、図示されるように、前述のエアフローメータ5、触媒前センサ17、触媒後センサ18のほか、内燃機関1のクランク角を検出するクランク角センサ14、アクセル開度を検出するアクセル開度センサ15、その他の各種センサが図示されないA/D変換器等を介して電気的に接続されている。ECU20は、各種センサの検出値等に基づいて、所望の出力が得られるように、点火プラグ7、スロットルバルブ10、インジェクタ12等を制御し、点火時期、燃料噴射量、燃料噴射時期、スロットル開度等を制御する。なおスロットル開度は通常アクセル開度に応じた開度に制御される。
【0046】
触媒11,19は、これに流入する排気ガスの空燃比A/Fが理論空燃比(ストイキ、例えばA/F=14.6)のときにNOx ,HCおよびCOを同時に浄化する。そしてこれに対応して、ECU20は、内燃機関の通常運転時、触媒11,19に流入する排気ガスの空燃比A/Fが理論空燃比に等しくなるように、空燃比を制御する(所謂ストイキ制御)。具体的にはECU20は、理論空燃比に等しい目標空燃比A/Ftを設定すると共に、燃焼室3内に流入する混合気の空燃比を目標空燃比A/Ftに一致させるような基本噴射量を算出する。そして、触媒前センサ17によって検出される実際の空燃比A/Ffrと目標空燃比A/Ftとの差に応じて基本噴射量をフィードバック補正し、この補正後の噴射量に応じた通電時間だけインジェクタ12を通電(オン)する。この結果、触媒11,19に供給される排気ガスの空燃比は理論空燃比近傍に保たれ、触媒11,19において最大の浄化性能が発揮されるようになる。このようにECU20は、触媒前センサ17によって検出される実際の空燃比A/Ffrが目標空燃比A/Ftに近づくように空燃比(燃料噴射量)をフィードバック制御する。
【0047】
次に、本実施形態における空燃比センサの異常診断について説明する。本実施形態で診断対象となるのは上流側触媒11の上流側に設置された空燃比センサ、即ち触媒前センサ17である。
【0048】
当該異常診断においては、インジェクタ12から触媒前センサ17までの系が一次遅れ要素によりモデル化され、触媒前センサ17に与えられる入力空燃比と、触媒前センサ17から出力される出力空燃比とに基づき、前記一次遅れ要素におけるパラメータが同定(推定)される。そして、この同定されたパラメータに基づき、触媒前センサ17の所定の特性の異常が判定される。
【0049】
入力空燃比として、インジェクタ12の通電時間に基づいて計算された燃料噴射量Qと、エアフローメータ5の出力に基づいて計算された吸入空気量Gaとの比Ga/Qが用いられる。以下、入力空燃比をu(t)で表す(u(t)=Ga/Q)。他方、出力空燃比は、触媒前センサ17の出力に基づいて計算された触媒前空燃比A/Ffrそのものである。以下、出力空燃比をy(t)で表す(y(t)=A/Ffr)。このような入力空燃比u(t)を触媒前センサ17に与えたときの出力空燃比y(t)の出方から、一次遅れ要素におけるパラメータを同定し、この同定されたパラメータに基づき触媒前センサ17の所定の特性の異常が判定される。
【0050】
図2に示すように、本実施形態では、空燃比センサの異常診断の際に、空燃比を強制的に振動させるアクティブ制御が実行される。このアクティブ制御では、触媒前センサ17で検出される空燃比A/Ffr(即ち出力空燃比y(t))が、所定の中心空燃比A/Fcを境にリーン側及びリッチ側に同一振幅だけ振れるように、目標空燃比A/Ft(即ち入力空燃比u(t))が一定周期で振動させられる。振動の振幅は通常の空燃比制御のときより大きく、例えば空燃比で0.5などとされる。中心空燃比A/Fcは理論空燃比に等しくされる。
【0051】
このように異常診断時にアクティブ制御を実行する理由は、アクティブ制御がエンジンの定常運転時に実行されることから、各制御量及び各検出値が安定し、診断精度が向上するからである。しかしながら、通常の空燃比制御時に異常診断を実行するようにしてもよい。
【0052】
図示されるように、入力空燃比u(t)はステップ状の波形であり、これに対し出力空燃比y(t)は一次遅れを伴った波形となる。図中Lは、入力空燃比u(t)から出力空燃比y(t)までの輸送遅れに基づくむだ時間である。即ち、このむだ時間Lは、インジェクタ12における燃料噴射時から、その燃料噴射による排気ガスが触媒前センサ17に到達するまでの時間差に相当する。
【0053】
簡単化のためこのむだ時間Lをゼロと仮定すると、一次遅れ要素はG(s)=k/(1+Ts)で表される。ここで、kは触媒前センサ17のゲインであり、Tは触媒前センサ17の時定数を表す。ゲインkは、触媒前センサ17の特性のうち出力に関わる値であり、他方、時定数Tは、触媒前センサ17の特性のうち応答性に関わる値である。図2において、出力空燃比y(t)を表す実線は触媒前センサ17が正常な場合を示す。これに対し、触媒前センサ17の出力特性に異常が生じると、ゲインkが正常時より大きくなり、aで示す如くセンサ出力が増大(拡大)するか、またはゲインkが正常時より小さくなり、bで示す如くセンサ出力が減少(縮小)する。よって、同定されたゲインkを所定値と比較することでセンサ出力の増大異常又は減少異常を特定することができる。他方、触媒前センサ17の応答性に異常が生じると、殆どの場合、時定数Tが正常時より大きくなり、cで示す如くセンサ出力が遅れて出てくるようになる。よって、同定された時定数Tを所定値と比較することでセンサの応答性異常を特定することができる。
【0054】
次に、ECU20によって実行されるこれらゲインk及び時定数Tの同定方法を説明する。
【0055】
【数1】

【0056】
【数2】

【0057】
式(20)は、今回のサンプル時刻tと前回のサンプル時刻t−1とにおける値の関数であり、この式の意味するところは、今回値と前回値に基づいてb1とb2が、即ちTとkが毎回更新されていくことにほかならない。こうして、時定数Tとゲインkは逐次最小自乗法により逐次同定されることになる。この逐次同定を行うやり方だと、サンプルデータを多数取得して一時記憶し、その上で同定を行うやり方よりも演算負荷を軽減できると共に、データを一時的に溜めるバッファの容量も減少できて、ECU(特に自動車用ECU)への実装に好適である。
【0058】
ECU20により実行されるセンサ特性の異常判定方法は次の通りである。まず、同定された時定数Tが所定の時定数異常判定値Tsより大きい場合、応答遅れが生じており、触媒前センサ17は応答性異常であると判定される。他方、同定された時定数Tが時定数異常判定値Ts以下の場合、触媒前センサ17は応答性に関して正常と判定される。
【0059】
また、同定されたゲインkが所定のゲイン増大異常判定値ks1より大きい場合、触媒前センサ17は出力増大異常であると判定され、同定されたゲインkがゲイン縮小異常判定値ks2(<ks1)より小さい場合、触媒前センサ17は出力減少異常であると判定される。同定されたゲインkがゲイン縮小異常判定値ks2以上で且つゲイン増大異常判定値ks1以下の場合、触媒前センサ17は出力に関して正常であると判定される。
【0060】
このように本発明に係る異常診断によれば、単に空燃比センサ自体の異常が判定されるのではなく、空燃比センサの所定の特性の異常が判定される。そして、二つの同定パラメータT,kにより、応答性及び出力という二つのセンサ特性の異常が、とりわけ同時且つ個別に、判定される。よって空燃比センサの異常診断として極めて好適なものを実現することが可能となる。
【0061】
図3及び図4は、正常な触媒前センサ17の場合と異常な触媒前センサ17の場合とで時定数Tとゲインkとを逐次最小自乗法により逐次同定した結果を示す。図3が正常な触媒前センサ17の場合、図4が異常な触媒前センサ17の場合である。図3(A)及び図4(A)は入力空燃比(破線)と出力空燃比(実線)との振動の様子を示す。
【0062】
図3(B)及び図4(B)は、アクティブ制御開始時からの時定数T(破線)とゲインk(実線)との推移を示す。時定数Tとゲインkとはサンプル時刻毎に毎回更新されていき、次第に一定値に収束していく。アクティブ制御開始時(同定開始時)t0から、それらの値がほぼ収束するような所定時間(例えば5秒)経過後の時点(判定時期)t1で、時定数Tとゲインkとが取得され、これら取得された時定数Tとゲインkとが前記異常判定値Ts1,ks1,ks2と比較されて、応答性及び出力の異常判定がなされる。
【0063】
異常な触媒前センサ17として、正常な触媒前センサ17に比べ応答性がほぼ同じで出力が1/2であるセンサを用いて試験を行ったところ、判定時期t1での時定数Tについては、正常センサの場合0.18、異常センサの場合0.17とほぼ同等であった。他方、判定時期t1でのゲインkについては、正常センサの場合1、異常センサの場合0.5であった。これにより実際のセンサと同様の結果を得られることが確認された。
【0064】
ところで、実際のエンジンには負荷変動などの様々な外乱があり、これらを適切に考慮しないと同定精度やロバスト性を向上することができない。このため、本実施形態に係る異常診断では、以下のような入出力データに対する種々の補正を行うこととしている。
【0065】
図5は、モデルパラメータを同定するためのシステム全体のブロック図である。このようなシステムはECU20内に構築されている。同定部(同定手段)50において前述のようなパラメータT,kの同定を行うため、入力算出部52、バイアス補正部(バイアス補正手段)54及びむだ時間補正部(むだ時間補正手段)56が設けられる。なお、異常診断がアクティブ制御中に実施されることから、アクティブ制御フラグ出力部58も設けられている。
【0066】
入力算出部52では入力空燃比u(t)の算出が行われる。入力空燃比u(t)は前述の例ではインジェクタ12の通電時間に基づいて計算される燃料噴射量Qと、エアフローメータ5の出力に基づいて計算される吸入空気量Gaとの比Ga/Qであった。しかしながらここでは、インジェクタ通電時間に基づいて計算される燃料噴射量Qが燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき補正され、その補正後の燃料噴射量Q’を使用して入力空燃比u(t)が計算される。u(t)=Ga/Q’であり、結果的に入力空燃比u(t)が燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき補正される。
【0067】
インジェクタ12から燃料が噴射されると、そのうち大部分は筒内燃焼室3に吸入されるが、残りの部分は吸気ポートの内壁面に付着し燃焼室3に入らない。そこで、インジェクタ12から噴射された燃料量をfiとし、全気筒分の燃料付着率をR(<1)とすると、その噴射燃料量fiのうち、吸気ポート壁面に付着する分はR・fi、燃焼室3に入る分は(1−R)・fiで表される。
【0068】
他方、吸気ポート壁面に付着した燃料のうち、一部は蒸発して次の吸気行程で燃焼室3内に入るが、残りは残留してそのまま付着し続ける。そこで、吸気ポート壁面に付着した燃料量をfwとし、全気筒分の燃料残留率をP(<1)とすると、壁面付着燃料量fwのうち、そのまま壁面に付着し続ける分はP・fw、燃焼室3に入る分は(1−P)・fwで表される。
【0069】
4サイクルエンジンの吸気、圧縮、膨張、排気の各行程を1回ずつ終えて1サイクルとし(即ち、1サイクル=720°クランク角)、今回のサイクルをks、次回のサイクルをks+1とする。また、筒内燃焼室3に入る燃料量をfcとすると、次の関係が成り立つ。
fw(ks+1)=P・fw(ks)+R・fi(ks) ・・・(21)
fc(ks)=(1−P)・fw(ks)+(1−R)・fi(ks) ・・・(22)
【0070】
式(21)の意味するところは、次回サイクルの壁面付着燃料量fw(ks+1)が、今回サイクルの壁面付着燃料量fw(ks)の残留分P・fw(ks)と、今回サイクルの噴射燃料量fi(ks)の壁面付着分R・fi(ks)との和で表される、ということである。また、式(22)の意味するところは、今回サイクルで燃焼室3内に流入する流入燃料量fc(ks)が、今回サイクルの壁面付着燃料量fw(ks)のうちの蒸発分(1−P)・fw(ks)と、今回サイクルの噴射燃料量fi(ks)のうち壁面付着しないで直接燃焼室3内に流入する分(1−R)・fi(ks)との和で表される、ということである。
【0071】
こうして、入力空燃比u(t)の算出に際し、燃料噴射量Q’の値として流入燃料量fcの値が用いられる。この流入燃料量fcは、燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき、インジェクタ12の通電時間に基づいて計算された燃料噴射量を補正したものにほかならない。よって、入力空燃比u(t)の算出に流入燃料量fcの値を用いることにより、入力空燃比の値を実情に近いより正確な値とすることができ、パラメータの同定精度を向上することが可能になる。
【0072】
なお、エンジン温度及び吸気温が高いほど、燃料の気化が促進されることから、燃料付着量は減少し、燃料蒸発量は増大する。従って燃料残留率P及び燃料付着率Rはエンジン温度(若しくは水温)及び吸気温の少なくとも一方の関数とするのが好ましい。ここで説明したような燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づく補正を「燃料ダイナミクス補正」と称することとする。
【0073】
図6には、燃料ダイナミクス補正のない場合(破線)とある場合(実線)とでアクティブ制御中の入力空燃比u(t)の変化の違いを調べた試験結果である。図中円内に示されるように、燃料ダイナミクス補正のある場合はない場合に比べ、入力空燃比u(t)が反転された直後に入力空燃比u(t)の波形が若干なまされる傾向にある。
【0074】
次に、バイアス補正部54について説明する。このバイアス補正部54では、入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)との間のバイアスを除去するように入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)との両方がシフト補正される。
【0075】
入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)とは、負荷変動、学習ズレ及びセンサ値ズレ等の要因に伴い、一方に対し他方がリーン側又はリッチ側にバイアスしてしまう(ズレてしまう)場合がある。図7はこのバイアスの様子を示す試験結果である。図中、u(t)c及びy(t)cはそれぞれ入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)とをローパスフィルタを通した値、もしくはそれらの移動平均を示す。触媒前センサ17で検出される空燃比が理論空燃比(A/F=14.6)付近となるよう制御されていることから、触媒前センサ17の検出値である出力空燃比y(t)は理論空燃比を中心に変動し、そのローパスフィルタを通した値もしくは移動平均y(t)cも理論空燃比付近に保たれる。これに対し、入力空燃比u(t)は、前述の理由から、図示例ではリーン側にバイアスしている。
【0076】
かかるバイアス状態で同定を行うのは好ましくないことから、バイアスを除去するような補正が行われる。具体的には、図8に示すように、入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)とのデータがローパスフィルタを通過され、もしくは移動平均を算出し、バイアス値u(t)c、y(t)cが逐次的に算出される。そして、逐次的に、入力空燃比u(t)とそのバイアス値u(t)cとの差Δu(t)(=u(t)−u(t)c)及び出力空燃比y(t)とそのバイアス値y(t)cとの差Δy(t)(=y(t)−y(t)c)が算出され、これら差Δu(t)、Δy(t)がゼロ基準の値に置き換えられる。なお、これら差Δu(t)、Δy(t)をまとめてΔA/Fで表示する(図3(A)及び図4(A)においても同様)。
【0077】
こうしてバイアスは除去され、バイアス除去後の入出力空燃比の値Δu(t)、Δy(t)は図9に示される如くゼロ基準の値に変更される。即ち、両者の変動の中心がゼロに合わせられ、負荷変動や学習ズレ等の影響を無くすことができる。これにより負荷変動や学習ズレ等に対するロバスト性を高めることができる。
【0078】
なお、この例では入出力空燃比の両方を補正し、入出力空燃比の変動中心をゼロに合わせてバイアスを除去する方法を採用したが、これ以外の方法も採用できる。例えば、入力空燃比のみを補正し、その変動中心を出力空燃比の変動中心に合わせたり、その逆を行ったりすることができる。補正の対象は入出力空燃比の少なくともいずれか一方であればよい。
【0079】
次に、むだ時間補正部56について説明する。前述したように、入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)との間には輸送遅れによるむだ時間Lが存在する。しかしながら、正確なモデルパラメータの同定を行うためには、このむだ時間Lを除去するような補正を行うのが好ましい。そこでこのような補正をむだ時間補正部56で行うこととしている。具体的には、後述の方法でむだ時間Lが算出され、このむだ時間L分だけ入力空燃比u(t)が出力空燃比y(t)に近づくよう遅らせられる。
【0080】
図10には、むだ時間補正前の入力空燃比(破線)、むだ時間補正後の入力空燃比(実線)及び出力空燃比(一点鎖線)が示される。なお入力空燃比及び出力空燃比としてバイアス補正後の値が用いられる。むだ時間Lだけ入力空燃比が遅らせられると、入力空燃比の振動と出力空燃比の振動とが時間差無く同期するようになり、これによりモデルパラメータの同定精度を向上させることができる。
【0081】
むだ時間算出の第1の態様としては、エンジン運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づいて所定のマップ又は関数に従ってむだ時間を算出する方法がある。図11にはそのようなむだ時間算出マップの一例を示す。このマップでは、エンジン回転速度Neの検出値に基づきむだ時間Lを算出するようになっている。
【0082】
むだ時間算出の第2の態様として次のようなものもある。まず、アクティブ制御中の入力空燃比及び出力空燃比の分散値が次式により逐次的に求められる。
【0083】
【数3】

【0084】
ηは入力空燃比又は出力空燃比の値であり、ηavgはM回移動平均、即ち今回(t)から(M−1)回前(t−(M−1))までのデータの平均値である。Mは例えば5などとされる。入力空燃比又は出力空燃比の変化が大きいほどその分散値は大きくなる。
【0085】
図12はむだ時間補正に関する試験結果であり、正常センサの場合を示す。上段のグラフは、a:むだ時間補正前の入力空燃比、b:むだ時間補正後の入力空燃比、c:出力空燃比をそれぞれ示す。なおa及びbで示した入力空燃比は燃料ダイナミクス補正及びバイアス補正を実施した後の値であり、cで示した出力空燃比はバイアス補正を実施した後の値である。中段のグラフは、d:aで示したむだ時間補正前の入力空燃比の分散値、e:cで示した出力空燃比の分散値をそれぞれ示す。下段のグラフにおいて、鋸歯状の波形fはむだ時間カウンタの値、高い位置にある横線gは後述のようにして算出されるむだ時間、低い位置にある横線hはむだ時間gを1/4になました値をそれぞれ示す。
【0086】
図13には図12のa,c,d,eのみが簡略化して示してある。この図13から分かるように、入力空燃比の分散値d及び出力空燃比の分散値eは、入力空燃比及び出力空燃比cが反転するタイミングで分散値d,eのピークdp,epが生ずる。よって、これらピークの時間差(ep−dp)をむだ時間gとして算出する。図12に戻って、入力空燃比の分散値ピークdpが発生すると、その発生時からむだ時間カウンタfが時間のカウントを開始する。そして、出力空燃比の分散値ピークepが発生した時点で、カウントが停止され、そのカウント値がむだ時間gとして保持される。このむだ時間gは入力空燃比の反転毎に更新され、且つその反転毎に、なまし後のむだ時間hが計算されていく。なまし後のむだ時間hを計算する理由はノイズの影響を除去するためである。なまし後のむだ時間hの値はやがて一定値付近に収束するようになる。そこで、アクティブ制御の開始時から、なまし後のむだ時間hがほぼ一定値に収束するようになる所定時間経過後の時点で、なまし後のむだ時間hが取得され、その取得された値が最終的なむだ時間Lとして決定される。
【0087】
ところで、図12及び図13により説明した以上の算出方法は正常センサの場合であるが、これに対し、異常センサの場合だと、同様の方法を採用するのが必ずしも適切ではない。即ち、図14及び図15に示される如く、例えば応答遅れが生じている異常センサの場合だと、出力空燃比bの分散値eとして十分大きな値を得ることができず、そのピークepが現れるタイミングに関しても誤差が大きくなる。
【0088】
そこで、出力空燃比の分散値ピークepを所定のしきい値epsと比較し、図12及び図13に示すように、その分散値ピークepがしきい値epsより大きい場合は、前述のように、入出力空燃比の分散値ピークdp,ep同士の時間差(ep−dp)を以てむだ時間gとする。他方、図14及び図15に示すように、出力空燃比の分散値ピークepがしきい値eps以下の場合は、入出力空燃比a,c自体の極値ap,cp同士の時間差(cp−ap)を以てむだ時間gとする。これにより異常センサの場合でも正確にむだ時間を算出することができる。
【0089】
さて、これら第1の態様及び第2の態様のいずれか一方のみを用いてむだ時間を算出し、入力空燃比のむだ時間補正を行うことができるが、以下の第3の態様では、第1の態様及び第2の態様の両方を使用してむだ時間を算出する。第3の態様では、第1の態様に従ってマップから算出された第1のむだ時間と、第2の態様に従って分散値又は極値から算出された第2のむだ時間とを比較し、両者が接近していればマップから算出された第1のむだ時間を用いる。他方、両者が隔離していれば分散値又は極値から算出された第2のむだ時間を用いると共に、その第2のむだ時間を用いてマップデータを更新する。本来、最適なむだ時間の値はマップ値から大きくずれることはないが、何等かの原因でその最適なむだ時間の値がマップ値から大きくずれる可能性もある。一方、分散値又は極値から算出された第2のむだ時間は現状を反映した実際の値といえる。よって、このようなマップ更新を行うことで不測の事態に対処可能となると共に、マップデータを常に現状に即した最適値に維持することが可能になる。
【0090】
図16には第3の態様の手順を概略的に示す。まずステップS101では、第1の態様に従い、図11に示したようなマップから第1のむだ時間L1を算出する。次にステップS102では、第2の態様に従い、入出力空燃比の分散値又は極値から第2のむだ時間L2を算出する。この後、ステップS103では、これら第1及び第2のむだ時間L1,L2の差の絶対値であるむだ時間ズレ量L12を算出し、このむだ時間ズレ量L12を所定値L12sと比較する。むだ時間ズレ量L12が所定値L12s以下の場合、両者のズレが小さいとして、ステップS104において、マップから算出された第1のむだ時間L1を最終的なむだ時間Lとして決定する。
【0091】
他方、むだ時間ズレ量L12が所定値L12sより大きい場合、両者のズレが大きいとして、ステップS105において、入出力空燃比の分散値又は極値から算出された第2のむだ時間L2を最終的なむだ時間Lとして決定する。そして、ステップS106において、その第2のむだ時間L2に対応するマップ中の第1のむだ時間L1を第2のむだ時間L2で置き換え、マップデータを更新する。
【0092】
なお、前述のむだ時間補正では、入力空燃比をむだ時間分だけ遅らせて出力空燃比とタイミングを一致させる補正を行ったが、これ以外の方法も採用できる。例えば、逐次同定を行わないやり方、例えばサンプルデータを多数取得して一時記憶し、その上で同定を行うやり方だと、出力空燃比をむだ時間分だけ早めて入力空燃比とタイミングを一致させたり、入力空燃比を遅らせ且つ出力空燃比を早めて両者のタイミングを一致させたりすることができる。補正の対象は入出力空燃比の少なくともいずれか一方であればよい。
【0093】
次に、上述の全ての補正を含む空燃比センサ異常診断の手順を図17に基づいて説明する。まず、ステップS201では空燃比を強制的に振動させるアクティブ制御が実行され、ステップS202では、燃料ダイナミクス補正がなされた後の入力空燃比u(t)の値が算出され、ステップS203では、図7〜図9に示したように、入出力空燃比の間のバイアスが無くなるように入力空燃比u(t)及び出力空燃比y(t)の値がシフト補正される。
【0094】
続くステップS204ではむだ時間Lが算出され、ステップS205においてむだ時間Lが無くなるように、バイアス補正後の入力空燃比u(t)の値がむだ時間L分だけシフト補正される。次のステップS206では、ステップS205で得られたむだ時間補正後の入力空燃比u(t)と、ステップS203で得られたバイアス補正後の出力空燃比y(t)との関係から、モデルパラメータである時定数Tとゲインkとが同定される。そして、ステップS207において、同定されたパラメータT,kと各異常判定値(時定数異常判定値Ts、ゲイン増大異常判定値ks1及びゲイン縮小異常判定値ks2)とが比較され、空燃比センサ(触媒前センサ17)の応答性及び出力の正常・異常が判定される。
【0095】
以上、本発明の好適な実施形態を詳細に述べたが、本発明の実施形態は他にも様々なものが考えられる。例えば上述の内燃機関は吸気ポート(吸気通路)噴射式であったが、直噴式エンジンにも本発明は適用可能である。但し、この場合は吸気通路壁面への燃料付着を考慮する必要がないので、燃料ダイナミクス補正は省略されることとなる。前記実施形態では所謂広域空燃比センサへの適用例を示したが、本発明は、触媒後センサ18のような、所謂O2センサにも適用可能である。このようなO2センサも含めて、広く、排気ガスの空燃比を検出するためのセンサを本発明にいう空燃比センサとするものとする。前記実施形態では空燃比センサの特性のうち、応答性及び出力という二つの特性の異常が診断されたが、これに限らず、一若しくは三以上の特性について異常を診断するものであってもよい。同様に、一次遅れ要素におけるパラメータとして時定数T及びゲインkのいずれか一方のみ、或いは時定数T及びゲインkに加えてさらに他のパラメータを使用してもよい。前記実施形態では一次遅れ要素における二つのパラメータT,kを同時に同定し、空燃比センサの二つの特性の異常を同時に判定しているが、これに限らず、少なくとも二つのパラメータの同定を時間差を以て行ってもよいし、また、少なくとも二つの特性の異常判定を時間差を以て行ってもよい。
【0096】
なお、上述の実施形態においては、ECU20によって同定手段、異常判定手段、むだ時間補正手段、バイアス補正手段及び燃料補正手段が構成される。
【0097】
本発明の実施形態は前述の実施形態のみに限らず、特許請求の範囲によって規定される本発明の思想に包含されるあらゆる変形例や応用例、均等物が本発明に含まれる。従って本発明は、限定的に解釈されるべきではなく、本発明の思想の範囲内に帰属する他の任意の技術にも適用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】本実施形態に係る内燃機関の概略図である。
【図2】入力空燃比と出力空燃比との変化の様子を示すグラフである。
【図3】入力空燃比と出力空燃比との変化に対する時定数とゲインの変化を示す試験結果であり、正常センサの場合である。
【図4】入力空燃比と出力空燃比との変化に対する時定数とゲインの変化を示す試験結果であり、異常センサの場合である。
【図5】パラメータを同定するためのシステム全体のブロック図である。
【図6】燃料ダイナミクス補正のある場合とない場合とで入力空燃比を比較した試験結果である。
【図7】入力空燃比と出力空燃比との変化の様子を示す試験結果であり、バイアス補正前の状態である。
【図8】バイアス補正の方法を説明するための概略図である。
【図9】入力空燃比と出力空燃比との変化の様子を示す試験結果であり、バイアス補正後の状態である。
【図10】むだ時間補正前後の入力空燃比を示す試験結果である。
【図11】むだ時間算出マップである。
【図12】むだ時間算出の第2の態様を説明するための試験結果であり、正常センサの場合である。
【図13】むだ時間算出方法を説明するための図12に対応した概略図である。
【図14】むだ時間算出の第2の態様を説明するための試験結果であり、異常センサの場合である。
【図15】むだ時間算出方法を説明するための図14に対応した概略図である。
【図16】むだ時間算出の第3の態様に係るフローチャートである。
【図17】本実施形態の空燃比センサの異常診断の手順を概略的に示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0099】
1 内燃機関
3 燃焼室
5 エアフローメータ
6 排気管
7 点火プラグ
11 触媒
12 インジェクタ
14 クランク角センサ
15 アクセル開度センサ
17 触媒前センサ
18 触媒後センサ
19 触媒
20 電子制御ユニット(ECU)
A/F 空燃比
u(t) 入力空燃比
y(t) 出力空燃比
T 時定数
k ゲイン
L むだ時間
L1 第1のむだ時間
L2 第2のむだ時間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の排気ガスの空燃比を検出する空燃比センサの異常診断装置であって、
燃料噴射弁から空燃比センサまでの系を一次遅れ要素によりモデル化し、空燃比センサに与えられる入力空燃比と空燃比センサから出力される出力空燃比とに基づき前記一次遅れ要素におけるパラメータを同定する同定手段と、
該同定手段により同定されたパラメータに基づき空燃比センサの所定の特性の異常を判定する異常判定手段と
を備えたことを特徴とする空燃比センサの異常診断装置。
【請求項2】
前記異常判定手段は、前記同定手段により同定された少なくとも二つのパラメータに基づき、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つの異常を判定することを特徴とする請求項1記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項3】
前記少なくとも二つのパラメータが少なくとも時定数とゲインであり、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つが少なくとも応答性と出力であることを特徴とする請求項2記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項4】
前記入力空燃比から前記出力空燃比までの間のむだ時間を算出し、該むだ時間分だけ前記入力空燃比と前記出力空燃比との少なくとも一方をシフト補正するむだ時間補正手段を備えることを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項5】
前記むだ時間補正手段は、前記内燃機関の運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づき、所定のマップ又は関数に従って、前記むだ時間を算出することを特徴とする請求項4記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項6】
前記むだ時間補正手段は、前記入力空燃比と前記出力空燃比との分散値を算出し、前記出力空燃比の分散値ピークが所定値より大きい場合、前記入力空燃比の分散値ピークと前記出力空燃比の分散値ピークとの時間差に基づき、前記むだ時間を算出することを特徴とする請求項4記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項7】
前記むだ時間補正手段は、前記出力空燃比の分散値ピークが前記所定値以下の場合、前記入力空燃比と前記出力空燃比との極値の時間差に基づき、前記むだ時間を算出することを特徴とする請求項6記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項8】
前記むだ時間補正手段は、前記内燃機関の運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づき、所定のマップに従って、第1のむだ時間を算出すると共に、前記入力空燃比と前記出力空燃比との分散値ピークの時間差又は前記入力空燃比と前記出力空燃比との極値の時間差に基づき、第2のむだ時間を算出し、前記第1のむだ時間に対する前記第2のむだ時間のズレ量が所定値より大きいとき、前記第2のむだ時間を最終的なむだ時間として決定すると共に、その第2のむだ時間により前記マップのデータを更新することを特徴とする請求項4記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項9】
前記入力空燃比と前記出力空燃比との間のバイアスを除去するように前記入力空燃比と前記出力空燃比との少なくとも一方をシフト補正するバイアス補正手段を備えることを特徴とする請求項1乃至8いずれかに記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項10】
燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき前記入力空燃比を補正する燃料補正手段を備えることを特徴とする請求項1乃至9いずれかに記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項11】
前記同定手段は、逐次最小自乗法により前記パラメータを逐次同定することを特徴とする請求項1乃至10いずれかに記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項12】
内燃機関の排気ガスの空燃比を検出する空燃比センサの異常診断方法であって、
燃料噴射弁から空燃比センサまでの系を一次遅れ要素によりモデル化し、空燃比センサに与えられる入力空燃比と空燃比センサから出力される出力空燃比とに基づき前記一次遅れ要素におけるパラメータを同定するステップと、
同定されたパラメータに基づき空燃比センサの異常を判定するステップと
を備えたことを特徴とする空燃比センサの異常診断方法。
【請求項13】
前記異常判定ステップは、前記同定された少なくとも二つのパラメータに基づき、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つの異常を判定することを特徴とする請求項12記載の空燃比センサの異常診断方法。
【請求項14】
前記少なくとも二つのパラメータが少なくとも時定数とゲインであり、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つが少なくとも応答性と出力であることを特徴とする請求項13記載の空燃比センサの異常診断方法。
【請求項15】
前記入力空燃比から前記出力空燃比までの間のむだ時間を算出し、該むだ時間分だけ前記入力空燃比と前記出力空燃比との少なくとも一方をシフト補正するステップを備えることを特徴とする請求項12乃至14いずれかに記載の空燃比センサの異常診断方法。
【請求項16】
前記むだ時間補正ステップは、前記内燃機関の運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づき、所定のマップ又は関数に従って、前記むだ時間を算出することを含むことを特徴とする請求項15記載の空燃比センサの異常診断方法。
【請求項17】
前記むだ時間補正ステップは、前記入力空燃比と前記出力空燃比との分散値を算出し、前記出力空燃比の分散値ピークが所定値より大きい場合、前記入力空燃比の分散値ピークと前記出力空燃比の分散値ピークとの時間差に基づき、前記むだ時間を算出することを含むことを特徴とする請求項15記載の空燃比センサの異常診断方法。
【請求項18】
前記むだ時間補正ステップは、前記出力空燃比の分散値ピークが前記所定値以下の場合、前記入力空燃比と前記出力空燃比との極値の時間差に基づき、前記むだ時間を算出することを含むことを特徴とする請求項17記載の空燃比センサの異常診断方法。
【請求項19】
前記むだ時間補正ステップは、前記内燃機関の運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づき、所定のマップに従って、第1のむだ時間を算出すると共に、前記入力空燃比と前記出力空燃比との分散値ピークの時間差又は前記入力空燃比と前記出力空燃比との極値の時間差に基づき、第2のむだ時間を算出し、前記第1のむだ時間に対する前記第2のむだ時間のズレ量が所定値より大きいとき、前記第2のむだ時間を最終的なむだ時間として決定すると共に、その第2のむだ時間により前記マップのデータを更新することを含むことを特徴とする請求項15記載の空燃比センサの異常診断方法。
【請求項20】
前記入力空燃比と前記出力空燃比との間のバイアスを除去するように前記入力空燃比と前記出力空燃比との少なくとも一方をシフト補正するステップを備えることを特徴とする請求項12乃至19いずれかに記載の空燃比センサの異常診断方法。
【請求項21】
燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき前記入力空燃比を補正するステップを備えることを特徴とする請求項12乃至20いずれかに記載の空燃比センサの異常診断方法。
【請求項22】
前記同定ステップは、逐次最小自乗法により前記パラメータを逐次同定することを特徴とする請求項12乃至21いずれかに記載の空燃比センサの異常診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2008−175202(P2008−175202A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−309478(P2007−309478)
【出願日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】