説明

耐摩耗性皮膜及びこれを備えた工具、並びに耐摩耗性皮膜の製造装置

【課題】高温であっても耐摩耗性を発揮することができる耐摩耗性皮膜およびこれを備えた工具、並びに、高温での耐摩耗性に優れた皮膜を製造するための装置を提供する。
【解決手段】基材上に形成され、金属窒化物とされた表層を備えた耐摩耗性皮膜であって、前記表層上に該表層を皮膜する最表層が設けられ、該最表層が、炭素が固溶された少なくともLiとAlとを含む複合酸化物であることを特徴とする耐摩耗性皮膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性皮膜及びこれを備えた工具、並びに耐摩耗性皮膜を製造するための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、歯車を機械加工する歯切加工では、大量生産に適し、環境面で優れていることから、切削油を用いずに加工を行うドライカット加工が多用されている。このようなドライカット加工では、工具が加工熱により高温となっても耐摩耗性を発揮するように、高速度工具鋼の基材表面にTiAlNコーティングやAlCrSiNコーティングを施したものが知られている。しかし、上記のコーティングを施した工具でも更なる加工の高速要求に対して十分対応できず、高速加工では加工熱によってコーティングが酸化されて微細脱落が発生するので、寿命が短いという問題があった。
【0003】
切削工具の耐摩耗性を更に向上させるために、TiAlNコーティングなどの最表部に、より高温での耐摩耗性に優れる酸化物セラミックコーティングを形成して、TiAlNコーティングなどの酸化を防止することにより、耐摩耗性を向上させている。例えば特許文献1には、Tiを主成分とする金属窒化膜の最表面に、イットリウムを含有するアルミナ膜をCVD法により形成した工具が開示されている。
【特許文献1】特開2004−1154号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1のようにアルミナ膜を最表層に形成した工具でも、高速加工に用いるにはアルミナ膜の硬度や耐摩耗性が不十分であった。また、アルミナは潤滑性が悪いので高速加工により加工熱が発生しやすく、加工により工具が高温となって表層が酸化され工具寿命が短くなるという問題があった。
【0005】
本発明は上記問題を鑑みなされたものであり、高温であっても耐摩耗性を発揮することができる耐摩耗性皮膜及びこれを備えた工具、並びに、高温での耐摩耗性に優れた皮膜を製造するための装置を提供することを目的とする。
【0006】
上記課題を解決するために、本発明にかかる耐摩耗性皮膜は、基材上に形成され、金属窒化物とされた表層を備えた耐摩耗性皮膜であって、前記表層上に該表層を皮膜する最表層が設けられ、該最表層が、炭素が固溶された少なくともLiとAlとを含む複合酸化物であることを特徴とする。
【0007】
LiとAlとを含む複合酸化物は高い硬度と耐酸化性を有し、これを最表層に形成することで皮膜の耐磨耗性を向上させ、最表層の剥離または割れを防止する。また、複合酸化物内に炭素を固溶させることで最表層に潤滑性を付与し、加工時に発生する摩擦熱を低減する。その結果、表層の酸化を防止して耐磨耗性皮膜の欠落を防止することができる。
【0008】
本発明の耐摩耗性皮膜は、前記最表層に固溶された炭素が、0.1〜10at%であることを特徴とする。
【0009】
最表層に固溶される炭素が0.1at%未満であると、十分な潤滑性が発揮されない。最表層に固溶される炭素が10at%を超えると、最表層内に内部応力が発生し、最表層の割れが発生する。
【0010】
更に、本発明の耐摩耗性皮膜は、最表層の厚さが、0.5〜2μmであることを特徴とする。最表層の厚さが0.5μm以上あれば、表層の酸化を防止するのに十分な厚さとなり、また、加工に耐え得る十分な皮膜強度が得られるので最表層に割れが発生しにくくなる。一方、厚さが2μmを超えると最表層の内部応力が大きくなり、最表層に微細な割れが発生する。
【0011】
本発明の耐摩耗性皮膜では、前記金属窒化物が、TiAlN、AlCrSiN、AlZrSiN、AlCrN、及びTiNから選択されるいずれか一つであることが好ましい。
【0012】
さらに、本発明の耐摩耗性皮膜では、前記基材と前記表層との間に、CrN又はTiN層の中間層を設けたことが好ましい。これにより、基材と表層との接着強度を向上させることができる。
【0013】
更に、本発明の耐摩耗性皮膜は、有機金属錯体を用いたCVD法によって形成されることが好ましい。有機金属錯体は炭素を含むため、複合酸化物内に炭素を容易に固溶させることが可能となる。
【0014】
また、本発明の工具は、上記のいずれかに記載された耐磨耗性皮膜が、加工面に形成されていることを特徴とする。これにより、耐摩耗性に優れた工具を提供することができる。
【0015】
更に、本発明の工具は、切削油を用いずに切削を行うドライカット加工に用いることが好ましい。
【0016】
また、本発明の工具を用いて、ドリルや金属用鋸刃などの切削部が構成されている切削装置は、切削部の耐摩耗性に優れ、切削油を使用しないドライカット加工に好適である。
【0017】
本発明の耐摩耗性皮膜を形成するための装置は、少なくとも、前記有機金属錯体を気化させるための複数の気化器と、該複数の気化器で気化された前記有機金属錯体と添加ガスとを混合するための混合槽と、該混合槽で混合された前記気化された有機金属錯体と前記添加ガスを成膜炉内へと噴射するためのノズルと、該ノズルから噴射された前記気化された有機金属錯体と前記添加ガスとを大気圧で反応させて、前記基材上に形成された前記表層上に前記最表層を設けるための成膜炉とを備えることを特徴とする。
【0018】
本発明の装置は、複数の気化器を備えるので、複合酸化膜原料の蒸発温度が異なっていても各原料の蒸発量を確実に制御することができ、複合酸化膜の組成制御が容易となる。また、混合槽で気化原料と添加ガスとを混合した後にノズルから成膜炉へと噴射するので、複合酸化物の組成制御が容易になるとともに、気化原料と添加ガスとを均一に混合でき、均一な組成の複合酸化物を得ることができる。また、本発明の装置は、大気圧で成膜を行うので真空容器や真空ポンプなど真空での成膜に必要な装置を省略することができ、装置コストが大幅に低減される。
【0019】
本発明により、上記の装置を用い、前記有機金属錯体を前記複数の気化器で気化し、該気化した有機金属錯体と添加ガスとを前記混合槽内で混合し、前記気化された有機金属錯体と前記添加ガスをノズルから成膜炉内へと噴射し、前記気化された有機金属錯体と前記添加ガスとを大気圧で反応させて、炭素が固溶された少なくともLiとAlとを含む複合酸化物からなる前記最表層を、前記基材上に形成された前記表層上に設けることを特徴とする耐摩耗性皮膜の製造方法が提供される。
【0020】
これにより、所定の組成の複合酸化膜を精度良く成膜することが可能となる。また、好適な量の炭素を複合酸化物中に確実に添加することができる。さらに、大気圧で成膜を行うため、成膜時に成膜炉を真空に維持する必要がない。従って、真空成膜に比べて成膜に要する時間を大幅に削減することができるので、成膜コストが減少する。
【0021】
また、本発明の耐摩耗性皮膜を形成するための装置は、少なくとも、前記有機金属錯体を気化させるための複数の気化器と、該複数の気化器で前記気化された有機金属錯体と添加ガスとを成膜炉内へと噴射するためのノズルと、該ノズルから噴射された前記気化された有機金属錯体と前記添加ガスとを大気圧で反応させて、前記基材上に形成された前記表層上に前記最表層を設けるための成膜炉とを備えることを特徴とする。
【0022】
本発明の装置は、複数の気化器を備えるので、複合酸化膜の各原料の蒸発温度が異なる場合でも、目的の組成に応じて原料の蒸発量を制御することで、複合酸化膜の組成を容易に制御できる。原料毎に添加ガスと混合しノズルから成膜炉へと噴射するので、組成制御を高精度で行うことができ、また、混合層を別途設ける必要がないので装置が簡素となる。また、大気圧で成膜を行うので真空容器や真空ポンプなど真空での成膜に必要な装置を省略することができ、装置コストが大幅に低減される。
【0023】
本発明により、上記の装置を用い、前記有機金属錯体を前記複数の気化器で気化し、該気化された有機金属錯体と添加ガスとをノズルから成膜炉内へと噴射し、前記気化された有機金属錯体と添加ガスとを大気圧で反応させて、炭素が固溶された少なくともLiとAlとを含む複合酸化物からなる前記最表層を、前記基材上に形成された前記表層上に設けることを特徴とする耐摩耗性皮膜の製造方法が提供される。
【0024】
これにより、所定の組成の複合酸化膜を高精度で成膜することが可能となる。また、大気圧で成膜を行うため、成膜時に成膜炉を真空に維持する必要がなく、真空成膜に比べて成膜に要する時間を大幅に削減することができるので、成膜コストを減少させることができる。
【発明の効果】
【0025】
以上のように、本発明の耐摩耗性皮膜は、高い硬度と優れた耐酸化性を有する少なくともLiとAlとを含む複合酸化物を最表層とするので、最表層の割れや剥離を防止することができる。また、複合酸化物中に炭素を固溶させるので、潤滑性に優れた皮膜となり、加工時に発生する摩擦熱を低減することができる。そのため、表層の酸化による欠落を防止した耐摩耗性に優れた皮膜となり、加工の高速要求を十分に満たすものとなる。
また、上記皮膜を形成するための装置は、組成制御性や組成均一性に優れ、製造コストの低い装置となる。本発明の製造装置を用いれば、高精度で組成を制御した複合酸化物を有する耐摩耗性皮膜を低コストで製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下に、本発明にかかる実施形態について、図面を参照して説明する。
図1は、基材上に本発明の耐摩耗性皮膜を施した場合の一実施形態の断面図を示す。基材10上に、中間層11、表層12、最表層13の順に積層されている。
【0027】
基材10は、高速度工具鋼(SKH)や超硬工具鋼などとすることができる。
【0028】
表層12としては、金属窒化物が用いられる。具体的には、TiAlN、AlCrSiN、AlZrSiN、AlCrN、及びTiNから選択されるいずれか一つとされる。表層5の厚さは、3〜5μmが好適である。この表層により耐摩耗性が発揮され、ドライカット加工に適した工具が提供される。
【0029】
中間層11は、下地層と、この下地層上に成膜された組成傾斜層とを備えている。
下地層としては、表層12との密着性を考慮して、TiN又はCrNが用いられる。例えば、表層12にTiAlNが用いられる場合は下地層としてTiNを用い、表層12にAlCrSiNが用いられる場合にはCrNを用いると好適である。
組成傾斜層は、下方の下地層および上方の表層の組成に応じた組成を有する。例えば、表層12にAlCrSiNが用いられ、下地層にCrNが用いられる場合には、AlCrSiNとCrNとが一様に混ざり合った層となる。組成傾斜層の組成比は、表層12の組成成分に対する下地層の組成成分の量比で、1:5〜5:1の範囲で調整される。
【0030】
最表層13は、炭素が固溶された少なくともLiとAlとを含む複合酸化物で形成される。例えば、LiとAlとを含む酸化物、LiとAlとMgとを含む酸化物などが挙げられる。このような複合酸化物は、硬度が高く、酸化開始温度が1300度前後と優れた耐酸化性を示し、高い耐磨耗性を有する。
【0031】
上記のように、炭素が固溶された少なくともLiとAlとを含む複合酸化物は、高い硬度と優れた耐酸化性及び耐磨耗性を有し、良好な潤滑性を示す。そのため、最表層13に割れや剥離が生じるのを防止するとともに、工具と加工物との間の摩擦を小さくして加工時に発生する摩擦熱を低減させて表層12の酸化を防止し、耐摩耗性に優れた皮膜となる。
【0032】
最表層12に固溶される炭素は、0.1〜10at%であることが好ましい。0.1at%未満であると、十分な潤滑性が発揮されず、加工時に最表層13の剥離が発生する。一方、10at%を超えると、最表層13内に内部応力が発生し、最表層13の割れが発生する。より好ましくは0.1〜3at%とされる。
【0033】
また、最表層13の厚さは、0.5〜2μmの範囲であることが好ましい。0.5μm未満だと、表層12の酸化を防止するのに十分な厚さを得ることができず、また加工時や大きな外力が加わったときに最表層13に割れが発生するなど、十分な皮膜強度を得ることができない。また厚さが2μmを超えると、最表層13の内部応力が大きくなり、微細な割れが発生しやすくなる。
【0034】
最表層に発生した割れや剥離から酸素が表層12に到達し、表層12の酸化を進行させてしまうので、上記のように最表層に固溶される炭素の比率や最表層の厚さを調整することが好ましい。
【0035】
上記の複合酸化物は、有機金属錯体を用いたCVD法により形成されることが好ましい。原料である有機金属錯体は構造中に炭素を含むため、有機金属錯体を酸化させて酸化物を基材上に成膜する際に原料由来の炭素が膜中に残留する。従って、有機金属錯体を用いたCVD法は、複合酸化物中に炭素を容易に固溶させることできるという利点がある。
【0036】
次に、本発明の耐摩耗性皮膜を製造するためのCVD装置を説明する。
図2のCVD装置20は、複数の気化器21a,21b,21cと、複数の気化器それぞれに接続するキャリアガス供給装置22a,22b,22cと、混合層23と、噴射ノズル24と、成膜炉25とを備える。
【0037】
気化器21a,21b,21cは、最表層の原料となる有機金属錯体を蒸発させて気化させるものである。なお、図2の装置20は気化器を3つ備えているが、使用する蒸発原料の数に対応させて気化器を備えることができる.
【0038】
各気化器21a,21b,21cの上流には、それぞれキャリアガス供給装置22a,22b,22cが接続されている。キャリアガス供給装置22a,22b,22cから供給されたキャリアガスによって、蒸発した原料が混合槽23に送られる。
【0039】
混合槽23で、各気化原料と、添加ガス供給装置(図示せず)から供給された添加ガスとを混合する。
【0040】
ノズル24から、気化原料と添加ガスの混合ガスを成膜炉25内に噴射する。成膜炉25内には、工具などの被成膜物26を配置する固定台31が設置される。固定台31はモータ32によって回転可能になっている。モータ32下部に設置された油圧リフタなどの固定台昇降機構(図示せず)によって、固定台31の出し入れを行う。キャリアガス、余剰の気化原料及び添加ガスなどは、排気口33より成膜炉外に排出される。
【0041】
図2のCVD装置を用いた耐摩耗性皮膜の製造方法は以下の通りである。
中間層11及び表層12は、基材10に対して、アーク式イオンプレーティングや高周波スパッタリングなどを施して成膜される。
例えば、アーク式イオンプレーティングによって成膜する場合、真空容器内に、基材10を保持するホルダと、このホルダに対向する位置に設けたターゲットとを配置し、ホルダとターゲットとの間に直流電圧を印可してプラズマを発生させた上で、窒素ガスを供給することによってアーク放電を生じさせ、これにより基材10上に成膜を行う。中間層11及び表層12の組成に応じて、ターゲットの種類および数を変更する。例えば、中間層11の下地層としてCrNを成膜する場合には、ターゲットに純クロム(Cr:100%)を用い、表層12としてAlCrSiNを成膜する場合には、Al,Cr,Siからなる合金を用いる。
【0042】
上記の方法で成膜した表層12上に、図2に示す大気圧CVD装置20によって、最表層13を成膜する。以下では、最表層13としてLiMgAlO系複合酸化物を形成する場合を例に挙げて説明する。
【0043】
被成膜物26を固定台31に設置し成膜炉25内に導入する。成膜炉25の周囲に配置されたヒータ30により成膜炉内を加熱する。
【0044】
気化器21a,21b,21cを、有機金属錯体の気化温度付近までヒータ(図示せず)によって加熱する。気化器の温度が設定値まで到達した後、気化器21a,21b,21cに、複合酸化膜の原料である有機金属錯体を入れる。例えば、気化器21aには、リチウムジピバロイルメタネート、t−ブトキシリチウム、リチウムアセチルアセトナートなどのLiを含む有機金属錯体を入れる。気化器21bには、アルミニウムアセチルアセトナート、アルミニウムイソプロポキシド、アルミニウムトリジピバロイルメタネートなどのAlを含む有機金属錯体を入れる。気化器21cには、マグネシウムビスアセチルアセトナート、マグネシウムビスジピバロイルメタネートなどのMgを含む有機金属錯体を入れる。
【0045】
気化された各原料は、キャリアガス供給装置22a,22b,22cから供給されるキャリアガスとしてのNガスまたはArガスによって、混合槽23へ搬送される。気化器の温度及びキャリアガス流量を調整することにより、LiとAlとMgが所定のモル比となる複合酸化物を得ることができる。キャリアガス流量は、流量計28a,28b,28cで制御する。ここで、配管27a、27b、27cを、各気化器の設定温度より10℃程度高く加熱しておくと、搬送途中に原料が配管内側に凝縮するのを防止することができる。
【0046】
混合槽23内で、搬送された気化原料と、添加ガス供給装置(図示せず)から供給された添加ガスとを混合する。添加ガスには、Oガス、水蒸気または空気が用いられる。所定の酸素モル比となり、所定量の炭素が複合酸化物中に含有されるように、流量計29で添加ガス流量を調整する。
【0047】
混合された気化原料と添加ガスは、ノズル24に搬送され、ノズル24から成膜炉25内へと噴射される。成膜炉25内で原料ガスが添加ガスと反応し、被成膜物26表面にLiMgAlO系複合酸化物が成膜される。このとき、有機金属錯体の官能基全てが分解し酸素と反応しないので、複合酸化物中に原料由来の炭素が残留する。
【0048】
所定の膜厚まで成膜した後、原料ガスの供給を停止して成膜を終了する。Nガス雰囲気で炉内を冷却後、成膜炉25から被成膜物26を取り出す。
【0049】
次に、本発明の耐摩耗性皮膜を製造するための別のCVD装置を説明する。
図3のCVD装置40は、複数の気化器41a,41b,41cと、複数の気化器それぞれに接続するキャリアガス供給装置42a,42b,42cと、ノズル44と、成膜炉45とを備える。図2のCVD装置と比較すると、図3のCVD装置は混合槽が無く、ノズルと気化器との間で、蒸発させた原料をそれぞれ添加ガスと混合する構成になっている。
【0050】
図3のCVD装置を用いた耐摩耗性皮膜の製造方法は以下の通りである。
中間層11及び表層12は、上記の製造方法と同様に、アーク式イオンプレーティングによって基材10上に成膜される。
【0051】
上記の方法で成膜した表層12上に、図3に示す大気圧CVD装置40によって、最表層13を成膜する。以下では、最表層13をLiMgAlO系複合酸化物とした場合を例に挙げて説明する。
【0052】
気化器41a,41b,41cを、ヒータ(図示せず)によって各有機金属錯体の気化温度付近まで加熱する。その後、上記に列挙した有機金属錯体を気化器41a,41b,41cに入れ、有機金属錯体を気化させる。
【0053】
気化された各原料は、キャリアガス供給装置42a,42b,42cから供給されるキャリアガスとしてのNガスまたはArガスによって、ノズル44へ搬送される。気化器の温度、及び流量計48a,48b,48cによりキャリアガス流量を調整し、LiとMgとAlが所定のモル比となる複合酸化物を得ることができる。ここで、気化器41a,41b,41cからノズル44まで原料が搬送される配管47a、47b、47cを、各気化器の設定温度より10℃程度高く加熱し、原料が配管内側に凝縮するのを防止する。
【0054】
気化器41a,41b,41cとノズル44との間で、添加ガス供給装置(図示せず)から供給された添加ガスと気化器41a,41b,41cで気化された原料とをそれぞれ混合する。所定の酸素モル比となり、所定量の炭素が複合酸化物に含まれるように、流量計49a,49b,49cにより添加ガス流量を調整する。
【0055】
混合した気化原料と添加ガスを、ノズル44から成膜炉45内へと噴射する。成膜炉内で気化原料が添加ガスと反応し、被成膜物46表面にLiMgAlO系複合酸化物が成膜される。このとき、複合酸化物中に原料由来の炭素が残留する。
【0056】
所定の膜厚まで成膜した後、原料ガスの供給を停止して成膜を終了する。Nガス雰囲気で炉内を冷却後、成膜炉45から被成膜物46を取り出す。
【実施例】
【0057】
(実施例1)
高速度工具鋼(SKH51)上に、アーク式イオンプレーティング装置によりTiNを1μm、次いで同装置で連続してTiAlNを4μm成膜した。成膜は、Nガス圧力2.7Pa、基板温度400℃、バイアス電圧−40Vで実施した。
【0058】
次いで、図2のCVD装置を用いてLiとAlを含む複合酸化物からなる最表層を成膜した。
〔成膜条件〕
基材:高速度工具鋼の表面にTiAlNを成膜したもの
大きさ:20mm×20mm×3mm
基材温度:450℃
成膜圧力:大気圧
膜原料:リチウムジピバロイルメタネート(気化器21a)、アルミニウムアセチルアセトナート(気化器21b)
気化器温度:350℃(気化器21a)、230℃(気化器21b)
キャリアガス:窒素ガス(N
キャリアガス流量:2〜50L/min
添加ガス:酸素ガス(O
添加ガス流量:0〜10L/min
【0059】
〔成膜手順〕
(1)Nガス雰囲気の成膜炉25内で、中間層11及び表層12を形成した基材10をヒータ30により450℃まで加熱した。
(2)気化器21aを350℃まで、気化器21bを230℃まで加熱した。
(3)ガスが供給される配管27a,27bを、それぞれ気化器21a及び21bの設定温度+10℃まで加熱した。
(4)基材の温度、気化器21a及び21bの温度、及び成膜炉25内の温度がそれぞれの目標温度に到達したら、リチウムジピバロイルメタネートを気化器21a内に、アルミニウムアセチルアセトナートを気化器21b内に入れ、複合酸化物が所定の組成比となるように、キャリアガス供給装置22a,22bから各気化器に所定の流量のNガスを流入させた。
(5)混合槽23にOガスを、所定の組成比となる流量で供給した。
(6)ノズル24から原料ガスとOガスの混合ガスを成膜炉内に噴射し、炭素1at%固溶LiAlOを基材上に成膜した。
(7)LiAlOを1μmまで成膜した後、原料ガスの供給を停止した。Nガス雰囲気で200℃まで炉冷後、成膜容器から取り出し、耐摩耗性皮膜が形成された基材を得た。
【0060】
(実施例2)
実施例1と同様にして、炭素1at%固溶LiAl2.33を成膜した。
【0061】
(実施例3)
実施例1と同様にして、高速度工具鋼上にTiN及びTiAlNを成膜した。
次いで、図2のCVD装置を用いてLiとMgとAlとを含む複合酸化物からなる最表層を成膜した。成膜条件及び成膜手順は、実施例1及び2の場合に加えて、気化器21cの温度を140℃とし、膜原料としてマグネシウムビスアセチルアセトナートを気化器21cに入れて気化させて、炭素1at%固溶LiMg0.25Al1.5を1μmまで成膜した。
【0062】
(実施例4)
実施例3と同様にして、炭素1at%固溶LiMg0.25Alを成膜した。
【0063】
実施例1から4の耐摩耗性皮膜の硬度を、マイクロビッカース硬度計を用い、10g、10秒にて測定した。
酸化開始温度は、大きさが12×5×0.05mmの白金板上にTiAlNと実施例1から実施例4に記載の複合酸化膜を成膜し、示差熱天秤(TG−DTA)を用い、酸化による重量増加と発熱が開始する温度を分析し、決定した。測定条件は、最高加熱温度1400℃、昇温温度10℃/minとした。
【0064】
実施例1から4に記載の複合酸化膜を最表層に形成した耐摩耗性皮膜の硬度、酸化開始温度、計算により算出された摩擦係数を表1に示す。
【表1】

実施例1から4の複合酸化膜を最表層に形成した耐摩耗性皮膜は、3000〜3600Hvと非常に高い硬度を有するので割れが発生しにくい。また、酸化開始温度が1300℃前後と高温である。そのため、耐摩耗性に優れ、高速加工時に切削温度が上昇しても表層が酸化されて剥離が生じにくい皮膜となる。さらに、摩擦係数が0.20〜0.23と小さく、加工時に発生する摩擦熱が小さいので、高速加工を行っても皮膜の温度上昇を抑えることができ、表層の酸化を防止することができる。
【0065】
従って、本発明の耐摩耗性皮膜を加工面に備えたドライカット工具、及びこのドライカット工具を用いた切削装置は、高速加工に使用しても耐摩耗性皮膜に割れや剥離が発生しにくいので、工具寿命を長くなる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の一実施形態にかかる耐摩耗性皮膜を基材上に施した場合の断面図である。
【図2】本発明の耐摩耗性皮膜を製造するための装置である。
【図3】本発明の耐摩耗性皮膜を製造するための別の装置である。
【符号の説明】
【0067】
10 基材 11 中間層 12 表層 13 最表層
20,40 CVD装置 21,41 気化器 22,42 キャリアガス供給装置
23 混合槽 24,44 噴射ノズル 25,45 成膜炉
26,46 被成膜物 27,47 配管 28,29,48,49 流量計
30,50 ヒータ 31,51 固定台 32,52 モータ
33,53 排気口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に形成され、金属窒化物とされた表層を備えた耐摩耗性皮膜であって、前記表層上に該表層を皮膜する最表層が設けられ、該最表層が、炭素が固溶された少なくともLiとAlとを含む複合酸化物であることを特徴とする耐摩耗性皮膜。
【請求項2】
前記最表層に固溶された炭素が、0.1〜10at%であることを特徴とする請求項1記載の耐摩耗性皮膜。
【請求項3】
前記最表層の厚さが、0.5〜2μmであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の耐摩耗性皮膜。
【請求項4】
前記金属窒化物が、TiAlN、AlCrSiN、AlZrSiN、AlCrN、及びTiNから選択されるいずれか一つであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の耐摩耗性皮膜。
【請求項5】
前記基材と前記表層との間に、更にCrN又はTiN層の中間層を設けたことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の耐摩耗性皮膜。
【請求項6】
前記最表層が、有機金属錯体を用いたCVD法によって形成されることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の耐摩耗性皮膜。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載された耐摩耗性皮膜が、加工面に形成されていることを特徴とする工具。
【請求項8】
切削油を用いずに切削を行うドライカット加工に用いられることを特徴とする請求項7記載の工具。
【請求項9】
請求項7又は請求項8に記載の切削工具を用いて切削部が構成されていることを特徴とする切削装置。
【請求項10】
前記請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載の耐摩耗性皮膜を形成するための装置であって、少なくとも、前記有機金属錯体を気化させるための複数の気化器と、該複数の気化器で気化された前記有機金属錯体と添加ガスとを混合するための混合槽と、該混合槽で混合された前記気化された有機金属錯体と前記添加ガスを成膜炉内へと噴射するためのノズルと、該ノズルから噴射された前記気化された有機金属錯体と前記添加ガスとを大気圧で反応させて、前記基材上に形成された前記表層上に前記最表層を設けるための成膜炉とを備えることを特徴とする装置。
【請求項11】
請求項10に記載の装置を用い、前記有機金属錯体を前記複数の気化器で気化し、該気化した有機金属錯体と添加ガスとを前記混合槽内で混合し、前記気化された有機金属錯体と前記添加ガスをノズルから成膜炉内へと噴射し、前記気化された有機金属錯体と前記添加ガスとを大気圧で反応させて、炭素が固溶された少なくともLiとAlとを含む複合酸化物からなる前記最表層を、前記基材上に形成された前記表層上に設けることを特徴とする耐摩耗性皮膜の製造方法。
【請求項12】
前記請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載の耐摩耗性皮膜を形成するための装置であって、少なくとも、前記有機金属錯体を気化させるための複数の気化器と、該複数の気化器で前記気化された有機金属錯体と添加ガスとを成膜炉内へと噴射するためのノズルと、該ノズルから噴射された前記気化された有機金属錯体と前記添加ガスとを大気圧で反応させて、前記基材上に形成された前記表層上に前記最表層を設けるための成膜炉とを備えることを特徴とする装置。
【請求項13】
請求項12に記載の装置を用い、前記有機金属錯体を前記複数の気化器で気化し、該気化された有機金属錯体と添加ガスとをノズルから成膜炉内へと噴射し、前記気化された有機金属錯体と添加ガスとを大気圧で反応させて、炭素が固溶された少なくともLiとAlとを含む複合酸化物からなる前記最表層を、前記基材上に形成された前記表層上に設けることを特徴とする耐摩耗性皮膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−84654(P2009−84654A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−257811(P2007−257811)
【出願日】平成19年10月1日(2007.10.1)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】