説明

自動二輪車用クラッチ装置

【課題】バックトルクリミッタ機構を備えた自動二輪車用クラッチ装置において、バックトルクの規制値を、容易にかつ安価な構成で変更できるようにする。
【解決手段】このクラッチ装置は、エンジンからのトルクが入力されるクラッチハウジング1と、トランスミッション側の入力軸に連結される出力側回転体2と、クラッチハウジング1と出力側回転体2との間でトルクの伝達及び遮断を行うための1枚以上のプレート部材を有するクラッチ部3と、クラッチ部3のプレート部材を押圧するための第1プレッシャプレート4と、第1プレッシャプレート4を所定の押圧力で押圧するスプリング5と、バックトルクリミッタ機構6と、を備えている。バックトルクリミッタ機構6は、出力側回転体2に着脱自在に支持され、バックトルクが生じた際にクラッチ部3の伝達トルク値を所定値以下に規制するための機構である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動二輪車用クラッチ装置、特に、エンジンからのトルクを出力側部材に伝達するとともにレリーズ機構の作動によってトルク伝達を遮断する自動二輪車用クラッチ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、自動二輪車においては、エンジンからの動力をトランスミッションに伝達あるいは遮断するために多板クラッチ装置が用いられている。この多板クラッチ装置は、エンジンのクランク軸側に連結されるクラッチハウジングと、トランスミッション側に連結される出力側回転体と、それらの間で動力の伝達、遮断を行うためのクラッチ部と、クラッチ部を押圧するためのプレッシャプレートとを有している。クラッチ部は、クラッチハウジングに係合する第1クラッチプレートと出力側回転体に係合する第2クラッチプレートとが交互に配置されている。
【0003】
そして、これらのクラッチプレートを、プレッシャプレートを介してスプリング等の押圧部材で圧接させることにより、クランク軸のトルクがトランスミッション側に伝達されるようになっている。また、クラッチをオフ(トルクの伝達を遮断)する場合は、操作者がクラッチレバーを握ることによってレリーズ機構が作動し、このレリーズ機構によってプレッシャプレートのクラッチプレートに対する押圧が解除され、第1及び第2クラッチプレート間のトルク伝達が遮断される。
【0004】
このような自動二輪車用クラッチ装置においては、出力側の回転が入力側の回転を上回っていわゆるバックトルクが生じた際に、両クラッチプレートを離間させることによって、伝達されるバックトルクを規制するバックトルクリミッタ機構が設けられている場合がある(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−205387号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に示されたバックトルクリミッタ機構は、出力側の回転体であるクラッチ部材に、カム面が形成された別部材を固定し、バックトルクが作用したときに、このカム面を利用してクラッチプレートを離間させるようにしている。
【0007】
ここで、特にレース用として用いられるクラッチ装置においても、バックトルクによる過大なエンジンブレーキを抑えるために、バックトルクリミッタ機構を設けることは有効である。この場合、サーキットの状況に応じて、バックトルクの規制値を種々変更できるようにすることが望ましい。
【0008】
このような要望に対して、特許文献1に示されたような従来のバックトルクリミッタ機構を備えたクラッチ装置では、出力側の回転体ごと交換して、バックトルクの規制値を変更しなければならない。このため、コストが高価になり、またバックトルクの規制を変更するための作業が煩雑である。さらに、従来のバックトルクリミッタ機構では、スペースの関係で多くのカム面を形成することができない。このため、カム面の面圧が高くなり、カム面が摩耗しやすいという問題がある。
【0009】
本発明の課題は、バックトルクリミッタ機構を備えた自動二輪車用クラッチ装置において、バックトルクの規制値を、容易にかつ安価な構成で変更できるようにすることにある。
【0010】
また、本発明の別の課題は、バックトルクリミッタ機構を長寿命化することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に係る自動二輪車用クラッチ装置は、エンジンからのトルクを出力側部材に伝達するとともにレリーズ機構の作動によってトルク伝達を遮断するクラッチ装置であって、エンジンからのトルクが入力されるクラッチハウジングと、出力側部材に連結される出力側回転体と、クラッチハウジングと出力側回転体との間でトルクの伝達及び遮断を行うための1枚以上のプレート部材を有するクラッチ部と、クラッチ部のプレート部材を押圧するためのプレッシャプレートと、プレッシャプレートを所定の押圧力で押圧する押圧部材と、バックトルクリミッタ機構と、を備えている。バックトルクリミッタ機構は、出力側回転体に着脱自在に支持され、バックトルクが生じた際にクラッチ部の伝達トルク値を所定値以下に規制するための機構である。
【0012】
このクラッチ装置では、押圧部材による押圧力がプレッシャプレートを介してクラッチ部に作用し、クラッチはオン(トルク伝達状態)になっている。この状態では、入力側部材からの動力は、クラッチハウジングに入力され、さらにクラッチ部を介して出力側回転体に伝達されて、トランスミッションの入力軸等の出力側部材に出力される。クラッチをオフ(トルク伝達の遮断状態)にする場合は、レリーズ部材によって押圧部材を作動させると、押圧部材によるプレッシャプレートへの押圧力が解除される。
【0013】
このようなクラッチ装置において、出力側からバックトルクが作用すると、バックトルクリミッタ機構によって、伝達されるトルク値が規制される。このため、エンジンブレーキによってタイヤに急激な制動が作用するのが抑えられる。
【0014】
ここでは、バックトルクリミッタ機構は出力側回転体に着脱自在に支持されているので、他の部材を共通に使用しながら、状況に応じてバックトルクリミッタ機構のみを交換してバックトルクの規制値を変更することができる。しかも、バックトルクリミッタ機構を、出力側回転体とは別に設けているため、摩耗対策が容易になる。
【0015】
請求項2に係る自動二輪車用クラッチ装置は、請求項1のクラッチ装置において、バックトルクリミッタ機構は、プレッシャプレートをクラッチ部から離れる側に移動させる。
【0016】
ここでは、プレッシャプレートをクラッチ部から離れる側に移動させることによって、クラッチ部におけるプレート部材の押圧力が小さくなり、伝達されるトルクの値が小さくなる。
【0017】
請求項3に係る自動二輪車用クラッチ装置は、請求項2のクラッチ装置において、出力側回転体は、クラッチ部に連結された第1回転体と、出力側部材に連結される第2回転体と、を有している。また、バックトルクリミッタ機構は、第1回転体と第2回転体との間に両回転体に対して着脱自在に設けられ、両回転体の間でトルクを伝達する。
【0018】
請求項4に係る自動二輪車用クラッチ装置は、請求項3のクラッチ装置において、バックトルクリミッタ機構は、第1回転体に着脱自在に連結された第1リングと、第2回転体に着脱自在に連結された第2リングと、を有している。また、第1リングと第2リングとは互いの対向する面に軸方向に突出する複数のトルク伝達用突起を有し、複数のトルク伝達用突起は、第1リングから第2リングにトルクが伝達される際は両リングが相対回転しないように係合し合う正トルク伝達用係合面を有し、第2リングから第1リングにトルクが伝達される際は両リングが所定の角度範囲で相対回転して両リングを軸方向に所定距離離すための逆トルク伝達用カム面を有している。そして、両リングの軸方向の相対移動によってプレッシャプレートがクラッチ部から離れる側に移動する。
【0019】
ここでは、2つのリングによってバックトルクリミッタ機構を構成しているので、各リングに多数の正トルク伝達用係合面及び逆トルク伝達用カム面を形成することができる。このため、係合面及びカム面の面圧を低くして、摩耗を抑えることができる。
【0020】
請求項5に係る自動二輪車用クラッチ装置は、請求項4のクラッチ装置において、第1回転体は、プレッシャプレートのクラッチ部側の面を押圧するための押圧用端面を有している。そして、第1及び第2リングは、逆トルクが入力された際には第1リングが第2リングに対して離れる方向に移動し、第1リングの移動によって第1回転体が同方向に移動して押圧用端面を介してプレッシャプレートをクラッチ部から離れる側に移動させる。
【0021】
請求項6に係る自動二輪車用クラッチ装置は、請求項5のクラッチ装置において、第1及び第2回転体は、それぞれ軸方向に沿って形成された複数の固定用凹部を有し、第1及び第2リングは、複数のトルク伝達用突起が設けられた側面と逆側の面に、軸方向に突出しかつ複数の固定用凹部のそれぞれに嵌合する複数の固定用突起を有している。そして、複数のトルク伝達用突起と複数の固定用突起とは、円周方向にずれて配置されている。
【0022】
ここで、装置の軸方向寸法を短く抑えるためには、各リングの軸方向寸法(厚み)は薄い方が好ましい。すなわち、複数のトルク伝達用突起が形成されていない部分は、薄い方が好ましい。しかし、各リングの厚みを薄くすると、強度が低くなり、リングの損傷を招くことになる。
【0023】
そこでこの請求項6に係る発明では、複数のトルク伝達用突起が形成されていない部分には、逆側に突出する複数の固定用突起を形成している。すなわち、固定のための突起を、リングの強度アップのための構成としても用いている。
【発明の効果】
【0024】
以上のような本発明では、バックトルクリミッタ機構を備えた自動二輪車用クラッチ装置において、バックトルクの規制値を、容易にかつ安価な構成で変更することができ、特にレース用として有効である。また、バックトルクリミッタ機構の長寿命化を図ることが容易になる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の一実施形態による自動二輪車用クラッチ装置の断面図。
【図2】前記クラッチ装置の外観斜視部分図。
【図3】前記クラッチ装置の出力側回転体の外観斜視部分図。
【図4】前記クラッチ装置のバックトルクリミッタ機構を構成するリングの外観斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
[全体構成]
この自動二輪車用クラッチ装置は、エンジンのクランク軸からのトルクをトランスミッションに伝達するとともに、レリーズ機構の操作により、トルクを遮断するためのものである。このクラッチ装置は図1及びその外観斜視部分図である図2に示すように、クラッチハウジング1と、出力側回転体2と、クラッチハウジング1と出力側回転体2との間で動力の伝達、遮断を行うためのクラッチ部3と、第1プレッシャプレート4と、複数のスプリング5と、バックトルクリミッタ機構6と、を備えている。なお、ここでは、レリーズ機構は省略している。
【0027】
[クラッチハウジング]
クラッチハウジング1は、円板状の部分10と、この円板部10の外周側から軸方向外側(図1の右方)に延びる筒状の部分11とを有している。円板部10には図示しない入力ギアが装着されている。入力ギアはエンジン側のクランク軸に固定された駆動ギア(図示せず)に噛み合っており、これらのギアを介してエンジンからのトルクがクラッチハウジング1に入力される。また、筒状部11には、軸方向に沿って延びる複数の係合溝11aが形成されている。この係合溝11aは径方向に貫通していても良いし、外周側が閉じた有底の溝であってもよい。
【0028】
[出力側回転体]
出力側回転体2はクラッチハウジング1の内周部に配置されている。この出力側回転体2は、図3に出力回転体2のみ(一部)を取り出して示すように、第1回転体としてのクラッチセンター14と、第2回転体としての第2プレッシャプレート15と、を有している。
【0029】
<クラッチセンター>
クラッチセンター14は、円板部16と、円板部16の外周部において軸方向に延びる円筒部17と、を有している。円板部16には軸方向に貫通する複数の貫通孔16aが形成されている。円板部16の一方側(第2プレッシャ15側)の側面において、外周端部には環状の溝16bが形成されるとともに、この環状溝16bの一部にさらに軸方向に深く凹む複数の固定用凹部16cが形成されている。また、円筒部17の外周部には、図3では省略しているが、スプライン軸17aが形成されている。なお、円筒部17の第1プレッシャプレート4側の端面は、通常の状態(バックトルクが作用していない状態)においては第1プレッシャプレート4と離れているが、バックトルクが作用した場合は、第1プレッシャプレート4の側面に当接可能である。
【0030】
<第2プレッシャプレート>
第2プレッシャプレート15は、中央にボス20を有し、このボス20から半径方向外側に向かって延びるプレッシャフランジ21が形成されている。ボス20の内周部にはスプライン孔20aが形成されている。そして、このスプライン孔20aに、トランスミッションの入力軸22が係合している。
【0031】
なお、トランスミッションの入力軸22の先端には、雄ネジ(図示せず)が形成されており、この雄ネジにナット23が螺合している。ナット23とボス20との間には、板ばね24が挟み込まれている。板ばね24は半径方向外方に延びる3つの押し部24aを有しており(図1では1つの押し部のみが表れている)、この押し部24aの外周端がクラッチセンター14を第2プレッシャプレート15のプレッシャフランジ21側に押圧している。これにより、クラッチセンター14が軸方向に移動するのを抑えている。
【0032】
また、プレッシャフランジ21は、クラッチセンター14の外周面を越えてさらに半径方向外方に延びており、クラッチ部3の最外周部の径とほぼ同じ外径である。このプレッシャフランジ21において、クラッチセンター14の環状溝16bと対向する位置に、環状の溝21aが形成されている。そして、この環状溝21aの一部に、さらに軸方向に貫通する複数の固定用凹部21bが形成されている。また、プレッシャフランジ21の環状溝21aの内周側には、軸方向に貫通するネジ孔21cが形成されている。
【0033】
なお、第2プレッシャプレート15のボス20の外周面に、クラッチセンター14の円板部16の内周面が接触しており、これにより、クラッチセンター14の芯出し(径方向の位置決め)が行われている。
【0034】
[クラッチ部]
クラッチ部3は、それぞれ複数の第1クラッチプレート26と第2クラッチプレート27とを有している。これらの両クラッチプレート26,27はともに環状に形成されており、軸方向に交互に配置されている。また、第1クラッチプレート26の外周部には外方に突出する複数の係合突起が形成されており、この係合突起がクラッチハウジング1の筒状部11の内周部に形成された係合溝11aに軸方向に移動自在に噛み合っている。また、第1クラッチプレート26は両面に摩擦フェーシングが貼付されている。第2クラッチプレート27は内周部にスプラインが形成されており、この内周部のスプラインがクラッチ14の外周面に形成されたスプライン軸17aに軸方向に移動自在に噛み合っている。
【0035】
[第1プレッシャプレート]
第1プレッシャプレート4は、中央に形成された筒状のボス30と、外周部に形成されたプレッシャフランジ31と、ボブ30とプレッシャフランジ31とを連結する連結部32と、を有している。
【0036】
ボス30は図示しないレリーズ軸受を含むレリーズ機構が連結される部分であり、このボス30を図1の右側に移動させることにより、クラッチをオフ(トルク伝達の遮断)することが可能である。
【0037】
プレッシャフランジ31は、最も外側に配置された第1クラッチプレート26のさらに軸方向外側に配置されている。すなわち、プレッシャフランジ31は、クラッチ部3を挟んで第2プレッシャプレート15のプレッシャフランジ21と対向する位置に配置されており、このプレッシャフランジ31の外径は第2プレッシャプレート15のプレッシャフランジ21の外径とほぼ同じである。そして、前述のように、バックトルクが作用した場合は、このプレッシャフランジ31の内周部に、クラッチセンター14の軸方向端面が当接可能となっている。
【0038】
連結部32には、第2プレッシャプレート15側に凹む複数の円形の凹部32aが形成されている。円形凹部32aの底面には貫通孔が形成されており、この貫通孔をスプリング支持部材34が貫通している。スプリング支持部材34の一端には雄ネジ34aが形成されており、この雄ネジ34aが第2プレッシャプレート15に形成されたネジ孔21cに螺合されている。また、スプリング支持部材34は他端から一端にかけてネジ孔34bが形成されている。
【0039】
[スプリング]
複数のスプリング5は、それぞれ第1プレッシャプレート4の円形凹部32aに挿入され、スプリング支持部材34によって支持されている。そして、支持ワッシャ36がセットボルト37によってスプリング支持部材34の端面に固定されている。これにより、円形凹部32aの底面と支持ワッシャ36との間にスプリング5がセットされ、この付勢力によって第1プレッシャプレート4は第2プレッシャプレート15側に押圧されている。このようにして、クラッチ部3の第1及び第2クラッチプレート26,27は、第1プレッシャプレート4と第2プレッシャプレート15との間で複数のスプリング5によって挟持されている。
【0040】
[バックトルクリミッタ機構]
バックトルクリミッタ機構6は、第1プレッシャプレート4をクラッチ部3から離れる側に移動させるための機構である。このバックトルクリミッタ機構6は、クラッチセンター14と第2プレッシャプレート15との間、より具体的には、クラッチセンター14の環状溝16bと第2プレッシャプレート15の環状溝21aとに配置されている。
【0041】
バックトルクリミッタ機構6は、クラッチセンター14の環状溝16bに着脱自在に配置された第1リング40と、第2プレッシャプレート15の環状溝21aに着脱自在に配置された第2リング41と、を有している。
【0042】
図4に、第1リング40と第2リング41とを分離して示している。この図に示すように、第1リング40は、第2リング41と対向する側面に複数のトルク伝達用突起42を有し、逆側の側面に複数の固定用突起43を有している。複数のトルク伝達用突起42のそれぞれは、円周方向の一端に回転軸に平行な正トルク伝達用係合面42aを有し、他端に傾斜する逆トルク伝達用カム面42bを有している。カム面42bは、先端から根元側に向けて拡がるように傾斜している。また、複数の固定用突起43のそれぞれは、円周方向の両端に、回転軸に平行な面を有している。この固定用突起43は、環状溝16bに形成された固定用凹部16cに嵌り込んでいる。
【0043】
なお、複数のトルク伝達用突起42と複数の固定用突起43とは、円周方向にずれて配置されている。より詳細には、図4に示すように、トルク伝達用突起42の形成されている部分A(面42aの根元部と面42bの根元部との間)の範囲内に、固定用突起43が形成されていない部分Bが含まれるように形成されている。このような配置により、第1リング40においては軸方向において薄い部分がなく、高い強度が維持されている。
【0044】
第2リング41は、第1リング40と対称に形成されており、基本的な構成は第1リング40と全く同様である。すなわち、第1リング40と対向する側面に複数のトルク伝達用突起52を有し、逆側の側面に複数の固定用突起53を有している。複数のトルク伝達用突起52のそれぞれは、円周方向の一端に回転軸に平行な正トルク伝達用係合面52aを有し、他端に逆トルク伝達用カム面52bを有している。また、複数の固定用突起53のそれぞれは、円周方向の両端に、回転軸に平行な面を有し、この固定用突起53は、環状溝21aに形成された固定用凹部21bに嵌り込んでいる。また、複数のトルク伝達用突起52と複数の固定用突起53とが、円周方向にずれて配置されている点も同様である。
【0045】
[動作]
図1に示す状態では、複数のスプリング5の付勢力によって、第1プレッシャプレート4が第2プレッシャプレート15側に押圧され、クラッチ部3の第1及び第2クラッチプレート26,27はこれらのプレッシャプレート4,15間に挟持されている。この場合は、クラッチオン状態であり、エンジンからクラッチハウジング1に入力されたトルクは、クラッチ部3を介してクラッチセンター14に伝達され、さらにバックトルクリミッタ機構6を介して第2プレッシャプレート15に伝達されて、トランスミッションの入力軸22に伝達される。
【0046】
ここで、バックトルクリミッタ機構6においては、エンジンからトランスミッション側にトルクが伝達される場合は、第1リング40のトルク伝達用突起42の正トルク伝達用係合面42aと第2リング41のトルク伝達用突起52の正トルク伝達用係合面52aが当接する。したがって、両リング40,41は互いに密着したまま両者の間でトルクが伝達される。
【0047】
一方、出力側の回転が入力側の回転数を越えてバックトルクが作用した場合は、このバックトルクによって、第1リング40のトルク伝達用突起42の逆トルク伝達用カム面42bと第2リング41のトルク伝達用突起52の逆トルク伝達用カム面52bとが互いに圧接する。このように両リング40,41のカム面42b,52b同士が圧接すると、両リング40,41にスラスト力が発生する。これにより、第1リング40がスプリング5及び板ばね24の付勢力に抗してクラッチセンター14を第1プレッシャプレート4側に押し、これによりクラッチセンター14及び第1プレッシャプレート4が第2プレッシャプレート15から離れる側に移動する。これにより、第1プレッシャプレート4のクラッチ部3に対する押圧力は、バックトルクが作用していない場合に比較して小さくなる。このため、クラッチ部3における伝達トルクは、バックトルクが作用していない場合に比較して小さい所定の値に規制される。すなわち、クラッチ部3は、通常の運転状態においてエンジンからトランスミッション側にトルクを伝達する場合に比較して、小さいトルクしか伝達できないことになる。
【0048】
以上のようにしてバックトルクが作用した場合は、クラッチ部3における伝達トルクが所定の値以下に規制される。そして、バックトルクが作用しなくなると、板ばね24の付勢力によってクラッチセンター14が先とは逆に移動する。これにより、両リング40,41は初期状態にリセットされる。
【0049】
ここで、サーキットのコース状況によっては、バックトルクの規制値を変更したい場合がある。この場合は、第1及び第2リング40,41をそれぞれクラッチセンター14及び第2プレッシャプレート15から取り外し、別の傾斜角度のカム面を有するリングセットと交換すればよい。他の部材は交換の必要はなく、共用することができる。
【0050】
なお、クラッチをオフする場合は、従来周知の操作と全く同様である。すなわち、運転者がクラッチレバーを握ると、その操作力はクラッチワイヤ等を介してレリーズ軸受に伝達され、レリーズ軸受が移動して第1プレッシャプレート4がクラッチ部3から離れる方向に移動させられる。これにより第1プレッシャプレート4のクラッチ部3に対する押圧力が解除され、クラッチ部3はオフ状態になる。このクラッチオフ状態では、クラッチハウジング1からのトルクはクラッチセンター14側には伝達されない。
【0051】
[特徴]
(1)バックトルクリミッタ機構6が、クラッチセンター14及び第2プレッシャプレート15に対して着脱自在な2つのリング40,41によって構成されているので、バックトルクの規制値を変更したい場合は、2つのリング40,41だけを交換すればよく、安価かつ容易にバックトルクの規制値を変更できる。しかも、2つのリング40,41は、それぞれの固定用突起43,53がクラッチセンター14及び第2プレッシャプレート15の固定用凹部に嵌め込まれているだけであるので、交換に際して特殊な工具等が不要であり、容易に着脱が可能である。
【0052】
(2)バックトルクリミッタ機構6を2つのリング40,41で構成しているので、多数のトルク伝達用の突起42,52を設けることができる。このため、トルク伝達面の面圧を小さくでき、トルク伝達面の摩耗を抑えることができる。
【0053】
(3)トルク伝達用突起42,52が形成されていない部分には、逆側に突出する複数の固定用突起43,53を形成している。すなわち、固定のための突起を、リングの強度アップのための構成としても用いているので、小さいスペースで強度を高く維持することができる。
【0054】
[他の実施形態]
本発明は以上のような実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲を逸脱することなく種々の変形又は修正が可能である。
【0055】
(a)前記実施形態では、各リング40,41において、固定用突起43,53を軸方向に突出して形成したが、半径方向の突出する複数の突起を設けて、この突起をクラッチセンター及び第2プレッシャプレートの凹部に挿入するようにしてもよい。
【0056】
(b)前記実施形態では、押圧部材としてコイルスプリングを用いたが、ダイヤフラムスプリング等の他の部材を用いても良い。
【符号の説明】
【0057】
1 クラッチハウジング
2 出力側回転体
3 クラッチ部
4 第1プレッシャプレート
5 スプリング
6 バックトルクリミッタ機構
14 クラッチセンター(第1回転体)
15 第2プレッシャプレート(第2回転体)
16b,21a 環状溝
16c,21b 固定用凹部
26,27 クラッチプレート
40 第1リング
41 第2リング
42,52 トルク伝達用突起
42a,52a 正トルク伝達用係合面
42b,52b 逆トルク伝達用カム面
43,53 固定用突起

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンからのトルクを出力側部材に伝達するとともにレリーズ機構の作動によってトルク伝達を遮断する自動二輪車用クラッチ装置であって、
エンジンからのトルクが入力されるクラッチハウジングと、
出力側部材に連結される出力側回転体と、
前記クラッチハウジングと前記出力側回転体との間でトルクの伝達及び遮断を行うための1枚以上のプレート部材を有するクラッチ部と、
前記クラッチ部のプレート部材を押圧するためのプレッシャプレートと、
前記プレッシャプレートを所定の押圧力で押圧する押圧部材と、
前記出力側回転体に着脱自在に支持され、バックトルクが生じた際に前記クラッチ部の伝達トルク値を所定値以下に規制するためのバックトルクリミッタ機構と、
を備えた自動二輪車用クラッチ装置。
【請求項2】
前記バックトルクリミッタ機構は、前記プレッシャプレートを前記クラッチ部から離れる側に移動させる、請求項1に記載の自動二輪車用クラッチ装置。
【請求項3】
前記出力側回転体は、前記クラッチ部に連結された第1回転体と、前記出力側部材に連結される第2回転体と、を有し、
前記バックトルクリミッタ機構は、前記第1回転体と前記第2回転体との間に前記両回転体に対して着脱自在に設けられ、前記両回転体の間でトルクを伝達する、
請求項2に記載の自動二輪車用クラッチ装置。
【請求項4】
前記バックトルクリミッタ機構は、前記第1回転体に着脱自在に連結された第1リングと、前記第2回転体に着脱自在に連結された第2リングと、を有し、
前記第1リングと前記第2リングとは互いの対向する面に軸方向に突出する複数のトルク伝達用突起を有し、前記複数のトルク伝達用突起は、前記第1リングから前記第2リングにトルクが伝達される際は前記両リングが相対回転しないように係合し合う正トルク伝達用係合面を有し、前記第2リングから前記第1リングにトルクが伝達される際は前記両リングが所定の角度範囲で相対回転して前記両リングを軸方向に所定距離離すための逆トルク伝達用カム面を有し、
前記両リングの軸方向の相対移動によって前記プレッシャプレートが前記クラッチ部から離れる側に移動する、
請求項3に記載の自動二輪車用クラッチ装置。
【請求項5】
前記第1回転体は、前記プレッシャプレートの前記クラッチ部側の面を押圧するための押圧用端面を有し、
前記第1及び第2リングは、逆トルクが入力された際には前記第1リングが前記第2リングに対して離れる方向に移動し、前記第1リングの移動によって前記第1回転体が同方向に移動して前記押圧用端面を介して前記プレッシャプレートを前記クラッチ部から離れる側に移動させる、
請求項4に記載の自動二輪車用クラッチ装置。
【請求項6】
前記第1及び第2回転体は、それぞれ軸方向に沿って形成された複数の固定用凹部を有し、
前記第1及び第2リングは、前記複数のトルク伝達用突起が設けられた側面と逆側の面に、軸方向に突出しかつ前記複数の固定用凹部のそれぞれに嵌合する複数の固定用突起を有し、
前記複数のトルク伝達用突起と前記複数の固定用突起とは、円周方向にずれて配置されている、
請求項5に記載の自動二輪車用クラッチ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−21719(P2011−21719A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−169167(P2009−169167)
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【出願人】(000149033)株式会社エクセディ (270)
【Fターム(参考)】