説明

自動変速機の保護制御装置

【課題】 自動変速機の変速に伴ってトルク制限値を持ち替える際に、変速応答性を確保するとともに変速ショックの発生を抑制する。
【解決手段】 自動変速機のシフトダウン時に次変速段のクラッチの係合開始を判定すると(時刻t2参照)、タイマが第1所定時間の計時を開始し、タイマが第1所定時間の計時を終了して自動変速機のイナーシャフェーズが終了した直後に前変速段のトルク制限値から次変速段のトルク制限値へと持ち替えられる(時刻t4参照)。その結果、イナーシャフェーズ中にトルク制限値の持ち替えによるトルクの低減または増加が行われなくなり、変速の進行が停滞して自動変速機の変速応答性が低下することや、変速の進行が過敏になって自動変速機の変速制御性が低下することが防止される。またイナーシャフェーズが終了し、次変速段のクラッチの係合によるトルク伝達量が充分に大きくなる前にトルク制限値の持ち替えが完了するので、変速ショックの発生が効果的に防止される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前変速段のクラッチを係合解除して次変速段のクラッチを係合することで所望の変速段を確立する自動変速機と、駆動源から前記自動変速機に伝達されるトルクの制限値を設定するトルク制限値設定手段とを備える自動変速機の保護制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンから自動変速機に過大なトルクが伝達されると、自動変速機の構成部品が損傷する可能性があるため、各変速段毎にエンジンから自動変速機に伝達されるトルクの制限値を設定する必要がある。この場合、変速過程における何れのタイミングで前変速段のトルク制限値から次変速段のトルク制限値に持ち替えるかが問題となる。
【0003】
下記特許文献1には、変速過程におけるイナーシャフェーズの期間内にトルク制限値の持ち替えを行うものが記載されており、下記特許文献2には、変速過程において次変速段のクラッチの油圧が増加を開始し、続いて前変速段のクラッチの油圧が減少を開始したタイミングでトルク制限値の持ち替えを行うものが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3738677号公報
【特許文献2】特開2010−159722号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら上記特許文献1に記載されたものは、イナーシャフェーズ中に次変速段のトルク制限値に持ち替えるため、低速段のトルク制限量が大きい場合においてシフトダウンを行う場合には、エンジンから自動変速機に入力されるトルクが減少して変速の進行が停滞してしまい、自動変速機の変速応答性が低下する可能性があり、逆にシフトアップを行う場合には、自動変速機の変速応答性が過敏になる可能性がある。また高速段のトルク制限量が大きい場合においてシフトダウンを行う場合には、エンジンから自動変速機に入力されるトルクが増大して変速の進行が過敏になり、自動変速機の変速制御性が低下する可能性があり、逆にシフトアップを行う場合には、自動変速機の変速応答性が低下する可能性がある。
【0006】
また上記特許文献2に記載されたものは、次変速段のクラッチの油圧増加に続いて前変速段のクラッチの油圧減少が開始した時点で次変速段のトルク制限値に持ち替えるため、その時点で先に油圧増加された次変速段のクラッチが既にトルク伝達を開始しており、トルク制限値の持ち替えに伴って変速ショックが発生する可能性がある。
【0007】
本発明は前述の事情に鑑みてなされたもので、自動変速機の変速に伴ってトルク制限値を持ち替える際に、適切な変速応答性を確保するとともに変速ショックの発生を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、請求項1に記載された発明によれば、前変速段のクラッチを係合解除して次変速段のクラッチを係合することで所望の変速段を確立する自動変速機と、駆動源から前記自動変速機に伝達されるトルクの制限値を設定するトルク制限値設定手段とを備える自動変速機の保護制御装置において、前記自動変速機がシフトアップするかシフトダウンするかを判定する変速方向判定手段と、前記自動変速機の変速状態を監視する変速状態監視手段と、前記変速状態監視手段が次変速段のクラッチの係合開始を判定したときに第1所定時間の計時を開始する計時手段とを備え、前記変速方向判定手段が前記自動変速機のシフトダウンを判定したとき、前記トルク制限値設定手段は、前記計時手段が前記第1所定時間の計時を終了して前記自動変速機のイナーシャフェーズが終了した直後に次変速段のトルク制限値を出力することを特徴とする自動変速機の保護制御装置が提案される。
【0009】
また請求項2に記載された発明によれば、前変速段のクラッチを係合解除して次変速段のクラッチを係合することで所望の変速段を確立する自動変速機と、駆動源から前記自動変速機に伝達されるトルクの制限値を設定するトルク制限値設定手段とを備える自動変速機の保護制御装置において、前記自動変速機がシフトアップするかシフトダウンするかを判定する変速方向判定手段と、前記自動変速機の変速状態を監視する変速状態監視手段と、前記変速状態監視手段が次変速段のクラッチの係合開始を判定したときに第2所定時間の計時を開始する計時手段とを備え、前記変速方向判定手段が前記自動変速機のシフトアップを判定したとき、前記トルク制限値設定手段は、前記計時手段が前記第2所定時間の計時を終了して前記自動変速機のイナーシャフェーズが開始する直前に次変速段のトルク制限値を出力することを特徴とする自動変速機の保護制御装置が提案される。
【0010】
また請求項3に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記計時手段は、油温が高いときほど、前記第1所定時間を短く設定することを特徴とする自動変速機の保護制御装置が提案される。
【0011】
また請求項4に記載された発明によれば、請求項2の構成に加えて、前記計時手段は、車速が高いときほど、あるいは前記自動変速機の油温が低いときほど、前記第2所定時間を短く設定することを特徴とする自動変速機の保護制御装置が提案される。
【0012】
尚、1速クラッチC1、2速クラッチC2、3速クラッチC3、4速−リバースクラッチC4および5速クラッチC5は本発明のクラッチに対応し、実施の形態のエンジンEは本発明の駆動源に対応する。
【発明の効果】
【0013】
請求項1の構成によれば、変速方向判定手段が自動変速機のシフトダウンを判定し、変速状態監視手段が次変速段のクラッチの係合開始を判定すると、計時手段が第1所定時間の計時を開始し、トルク制限値設定手段は計時手段が第1所定時間の計時を終了して自動変速機のイナーシャフェーズが終了した直後に次変速段のトルク制限値を出力する。その結果、イナーシャフェーズ中にトルク制限値の持ち替えによるトルク制限が行われなくなり、低速段のトルク制限量が大きい場合において変速の進行が停滞して自動変速機の変速応答性が低下することが防止されるとともに、高速段のトルク制限量が大きい場合において変速の進行が過敏になって自動変速機の変速制御性が低下することが防止される。またイナーシャフェーズが終了し、次変速段のクラッチの係合によるトルク伝達量が充分に大きくなる前にトルク制限値の持ち替えが完了するので、変速ショックの発生が効果的に防止される。
【0014】
また請求項2の構成によれば、変速方向判定手段が自動変速機のシフトアップを判定し、変速状態監視手段が次変速段のクラッチの係合開始を判定すると、計時手段が第2所定時間の計時を開始し、トルク制限値設定手段は計時手段が第2所定時間の計時を終了して自動変速機のイナーシャフェーズが開始する直前に次変速段のトルク制限値を出力する。その結果、イナーシャフェーズ中にトルク制限値の持ち替えによるトルク制限が行われなくなり、低速段のトルク制限量が大きい場合において変速の進行が過敏になって自動変速機の変速制御性が低下することが防止されるとともに、高速段のトルク制限量が大きい場合において変速の進行が停滞して自動変速機の変速応答性が低下することが防止される。
【0015】
また請求項3の構成によれば、計時手段は油温が高いときほどシフトダウン時の第1所定時間を短く設定するので、シフトダウン時に油温の上昇によりオイルの粘性が低くなって変速応答性が高くなっても、第1所定時間を短く設定してトルク制限値を早めに持ち替えることで、自動変速機を確実に保護することができる。
【0016】
また請求項4の構成によれば、計時手段は車速が高いときほど、あるいは自動変速機の油温が低いときほどシフトアップ時の第2所定時間を短く設定するので、車速が高いために変速ショックの低減に必要な駆動源のトルク減少量が大きくなっても、またシフトアップ時に低温による影響で応答性の高い点火リタードによるトルク制限を行えず、スロットル開度によるトルク制限を行う必要が生じても、油温が低いときほど第2所定時間を短く設定してトルク制限値を早めに持ち替えることで、自動変速機を確実に保護することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】平行軸式の自動変速機のスケルトン図。
【図2】自動変速機の保護制御装置の制御系のブロック図。
【図3】メインルーチンのフローチャート。
【図4】図3のステップS11のサブルーチンのフローチャート。
【図5】シフトダウン時の作用を説明するタイムチャート。
【図6】シフトアップ時の作用を説明するタイムチャート。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図1〜図6に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
【0019】
図1には、前進5段、後進1段の平行軸式の自動変速機Tが示される。(A)には自動変速機Tの全体が示され、(B)には(A)の後方に隠れる一部だけが示される。
【0020】
エンジンEのクランクシャフト11にトルクコンバータ12を介して第1入力軸13が同軸に接続されており、この第1入力軸13に対して第2入力軸14、出力軸15、アイドル軸16およびリバースアイドル軸17が平行に配置される。第1入力軸13に固設したドライブギヤ18がアイドル軸16に固設した第1アイドルギヤ19に噛合し、アイドル軸16に固設した第2アイドルギヤ20が第2入力軸14に固設したドリブンギヤ21に噛合する。これにより、第1入力軸13および第2入力軸14は常時接続され、所定のレシオで同方向に回転する。
【0021】
第2入力軸14には1速ドライブギヤ22、2速ドライブギヤ23および3速ドライブギヤ24が相対回転自在に支持されており、1速ドライブギヤ22は1速クラッチC1を介して第2入力軸14に結合可能であり、2速ドライブギヤ23は2速クラッチC2を介して第2入力軸14に結合可能であり、3速ドライブギヤ24は3速クラッチC3を介して第2入力軸14に結合可能である。第1入力軸13には4速ドライブギヤ25、5速ドライブギヤ26およびリバースドライブギヤ27が相対回転自在に支持されており、4速ドライブギヤ25は4速−リバースクラッチC4を介して第1入力軸13に結合可能であり、5速ドライブギヤ26は5速クラッチC5を介して第1入力軸13に結合可能であり、4速ドライブギヤ25と一体に連結されたリバースドライブギヤ27は4速−リバースクラッチC4を介して第1入力軸13に結合可能である。
【0022】
出力軸15には1速ドリブンギヤ28、2速ドリブンギヤ29、3速ドリブンギヤ30および5速ドリブンギヤ32が固設されるとともに、4速ドリブンギヤ31およびリバースドリブンギヤ33が相対回転自在に支持される。1速ドリブンギヤ28、2速ドリブンギヤ29、3速ドリブンギヤ30、4速ドリブンギヤ31および5速ドリブンギヤ32は、それぞれ1速ドライブギヤ22、2速ドライブギヤ23、3速ドライブギヤ24、4速ドライブギヤ25および5速ドライブギヤ26に噛合し、リバースドリブンギヤ33はリバースアイドル軸17に相対回転自在に支持したリバースアイドルギヤ34を介してリバースドライブギヤ27に接続される。そして4速ドリブンギヤ31およびリバースドリブンギヤ33は、ドグクラッチよりなるセレクタSを介して出力軸15に選択的に結合可能である。
【0023】
出力軸15に固設したファイナルドライブギヤ35がディファレンシャルギヤDのケースに固設したファイナルドリブンギヤ36に噛合し、ディファレンシャルギヤDから左右に延びるドライブシャフト37,37が左右の駆動輪W,Wに接続される。
【0024】
上記構成を備えた自動変速機Tは、車速Vおよびアクセルペダル開度APをパラメータとする変速マップに基づいて1速クラッチC1、2速クラッチC2、3速クラッチC3、4速−リバースクラッチC4、5速クラッチC5およびセレクタSの作動を制御することで、所望の変速段を確立する。
【0025】
即ち、シフトレバーによって「D」ポジションが選択されているとき、1速クラッチC1が係合すると、エンジンEの駆動力が第1入力軸13→ドライブギヤ18→第1アイドルギヤ19→アイドル軸16→第2アイドルギヤ20→ドリブンギヤ21→第2入力軸14→1速クラッチC1→1速ドライブギヤ22→1速ドリブンギヤ28→出力軸15→ファイナルドライブギヤ35→ファイナルドリブンギヤ36→ディファレンシャルギヤD→ドライブシャフト37,37の経路で左右の駆動輪W,Wに伝達され、1速変速段が確立する。
【0026】
2速クラッチC2が係合すると、エンジンEの駆動力が第1入力軸13→ドライブギヤ18→第1アイドルギヤ19→アイドル軸16→第2アイドルギヤ20→ドリブンギヤ21→第2入力軸14→2速クラッチC2→2速ドライブギヤ23→2速ドリブンギヤ29→出力軸15→ファイナルドライブギヤ35→ファイナルドリブンギヤ36→ディファレンシャルギヤD→ドライブシャフト37,37の経路で左右の駆動輪W,Wに伝達され、2速変速段が確立する。
【0027】
3速クラッチC3が係合すると、エンジンEの駆動力が第1入力軸13→ドライブギヤ18→第1アイドルギヤ19→アイドル軸16→第2アイドルギヤ20→ドリブンギヤ21→第2入力軸14→3速クラッチC3→3速ドライブギヤ24→3速ドリブンギヤ30→出力軸15→ファイナルドライブギヤ35→ファイナルドリブンギヤ36→ディファレンシャルギヤD→ドライブシャフト37,37の経路で左右の駆動輪W,Wに伝達され、3速変速段が確立する。
【0028】
ドグクラッチよりなるセレクタSが右動して4速ドリブンギヤ31を出力軸15に結合した状態で4速−リバースクラッチC4が係合すると、エンジンEの駆動力が第1入力軸13→4速−リバースクラッチC4→4速ドライブギヤ25→4速ドリブンギヤ31→セレクタS→出力軸15→ファイナルドライブギヤ35→ファイナルドリブンギヤ36→ディファレンシャルギヤD→ドライブシャフト37,37の経路で左右の駆動輪W,Wに伝達され、4速変速段が確立する。
【0029】
5速クラッチC5が係合すると、エンジンEの駆動力が第1入力軸13→5速クラッチC5→5速ドライブギヤ26→5速ドリブンギヤ32→出力軸15→ファイナルドライブギヤ35→ファイナルドリブンギヤ36→ディファレンシャルギヤD→ドライブシャフト37,37の経路で左右の駆動輪W,Wに伝達され、5速変速段が確立する。
【0030】
シフトレバーで「R」ポジションを選択すると、先ずセレクタSを左動してリバースドリブンギヤ33を出力軸15に結合した後に4速−リバースクラッチC4が係合する。これにより、エンジンEの駆動力が第1入力軸13→4速−リバースクラッチC4→リバースドライブギヤ27→リバースアイドルギヤ34→リバースドリブンギヤ33→セレクタS→出力軸15→ファイナルドライブギヤ35→ファイナルドリブンギヤ36→ディファレンシャルギヤD→ドライブシャフト37,37の経路で左右の駆動輪W,Wに逆回転となって伝達され、後進変速段が確立する。
【0031】
図2に示すように、過剰なトルクの入力による自動変速機Tの損傷を防止するために、エンジンEから自動変速機Tに入力可能なトルクの上限値であるトルク制限値を出力する電子制御ユニットUは、変速方向判定手段M1と、変速状態監視手段M2と、計時手段M3と、トルク制限値設定手段M4とを備える。変速方向判定手段M1には、車速Vを検出する車速検出手段Saと、アクセルペダル開度APを検出するアクセルペダル開度検出手段Sbとが接続され、変速状態監視手段M2には、自動変速機Tの入力軸(例えば、第1入力軸13)の回転数Nmを検出する入力軸回転数検出手段Scと、自動変速機Tの出力軸15の回転数Ncを検出する出力軸回転数検出手段Sdとが接続され、計時手段M3には、前記車速検出手段Saと、自動変速機Tの油温Toを検出する油温検出手段Seとが接続され、トルク制限値設定手段M4には、エンジン回転数Neを検出するエンジン回転数検出手段Sfと、エンジンEの吸気温Taを検出する吸気温検出手段Sgとが接続される。
【0032】
変速方向判定手段M1は、車速検出手段Saで検出した車速Vと、アクセルペダル開度検出手段Sbで検出したアクセルペダル開度APとをパラメータとして変速マップに適用することで、自動変速機Tで実行される変速がシフトアップであるか、シフトダウンであるかを判定する。
【0033】
自動変速機Tがシフトアップあるいはシフトダウンするときには、係合中の前変速段のクラッチが係合解除し、未係合の次変速段のクラッチが係合する。例えば、2速変速段→3速変速段のシフトアップ時には、前段の2速クラッチC2が係合解除して次段の3速クラッチC3が係合し、3速変速段→2速変速段のシフトダウン時には、前段の3速クラッチC3が係合解除して次段の2速クラッチC2が係合する。
【0034】
変速状態監視手段M2は、自動変速機Tの変速状態、つまり入力軸回転数Nmおよび出力軸回転数Ncから算出される変速比に基づいて次変速段のクラッチが係合するタイミングを判定する。クラッチを係合させる油圧指令値は複数回に分けて階段状に増加させて完全係合するようになっており、本実施の形態では、複数段の油圧指令値の中でクラッチ係合を目的とした最初の油圧指令値を出力したときを次変速段のクラッチの係合開始時としている。
【0035】
計時手段M3は、次変速段のクラッチの係合開始時にカウントを開始するタイマで構成されるもので、そのカウント時間は変速段毎に異なっており、車速Vおよび自動変速機Tの油温Toをパラメータとするマップから検索される。タイマのカウント時間は、シフトダウン時には第1所定時間であり、シフトアップ時には第2所定時間である。
【0036】
自動変速機Tの変速過程は、シフトダウンにおいては前半のイナーシャフェーズと後半のトルクフェーズとに分かれ、シフトアップにおいては前半のトルクフェーズと後半のイナーシャフェーズとに分かれている。トルクフェーズは、前変速段のクラッチが係合状態から非係合状態に移行するとともに、次変速段のクラッチが非係合状態から係合状態に移行し、その間にエンジン回転数Neが変化しないフェーズである。イナーシャフェーズは、前変速段のクラッチがスリップしながら係合解除するとともに、次変速段のクラッチがスリップしながら係合し、その間にシフトアップの場合にはエンジン回転数Neが減少し、シフトダウンの場合にはエンジン回転数Neが増加するフェーズである。
【0037】
計時手段M3がマップから検索するタイマのカウント時間は、シフトアップの場合には次変速段のクラッチの係合開始からイナーシャフェーズの開始直前までの時間(第2所定時間)に対応し、シフトダウンの場合には次変速段のクラッチの係合開始からイナーシャフェーズの終了直後までの時間(第1所定時間)に対応する。
【0038】
エンジンEから自動変速機Tに過大なトルクが伝達されると、自動変速機Tのギヤやクラッチが損傷する可能性があるため、各変速段毎にエンジンEから自動変速機Tに伝達されるトルクの制限値(トルク制限値)が設定されている。自動変速機Tに入力されるトルクの制限は、エンジンEのトルクを電子制御スロットルバルブの閉弁や、点火リタードにより低減することで行われる。
【0039】
トルク制限値設定手段M4は、自動変速機Tの変速時に前変速段のトルク制限値を次変速段のトルク制限値に持ち替えてエンジンEの運転状態を制御するECUに出力する。このとき、トルク制限値を持ち替えるタイミングは計時手段M3のタイマがカウントアップしたときであり、シフトアップの場合にはイナーシャフェーズの開始直前であり、シフトダウンの場合にはイナーシャフェーズの終了直後である。
【0040】
図3は上記作用を説明するフローチャートであり、先ずステップS1でインギヤされた場合、つまりニュートラルから1速変速段に変速された場合には、前変速段のクラッチおよび次変速段のクラッチの掴み替えは行われずに単に1速クラッチC1が係合するだけなので、タイマによる制御を行うことなく、ステップS2で1速クラッチC1の係合と同時に1速変速段のトルク制限値が設定される。
【0041】
前記ステップS1の答えがNOであってニュートラルから1速変速段へのインギヤでない場合には、ステップS3で1速変速段〜5速変速段の間で変速されるか否かを判断し、変速がされない場合にはステップS4で前段のトルク制限値がそのまま出力される。前記ステップS3で変速がされる場合には、ステップS5でその変速がシフトダウンか否かを判断し、シフトダウンであれば、ステップS6で次変速段のクラッチの係合が開始されたか否かを判断する。この判断は図2の変速方向判定手段M1および変速状態監視手段M2により行われる。そして前記ステップS6で次変速段のクラッチの係合が開始されていなければ、その都度ステップS8でシフトダウン用の第1所定時間を計時するタイマをセットする。
【0042】
前記ステップS5でシフトダウンではなくシフトアップである場合には、ステップS7で次変速段のクラッチの係合が開始されたか否かを判断する。この判断は図2の変速方向判定手段M1および変速状態監視手段M2により行われる。そして前記ステップS7で次変速段のクラッチの係合が開始されていなければ、その都度前記ステップS8でシフトアップ用の第2所定時間を計時するタイマをセットする。
【0043】
前記ステップS6でシフトダウンにおいて次変速段のクラッチが係合を開始し、あるいは前記ステップS7でシフトアップにおいて次変速段のクラッチが係合を開始したとき、ステップS9でタイマがカウントアップするまではステップS10で前段のトルク制限値をそのまま設定し、前記ステップS9でタイマがカウントアップすれば.ステップS11で前段のトルク制限値に替えて次段のトルク制限値を設定する。
【0044】
これにより、シフトダウンの場合にはイナーシャフェーズの終了直後に前段のトルク制限値から次段のトルク制限値への持ち替えが行われ、シフトアップの場合にはイナーシャフェーズの終了直前に前段のトルク制限値から次段のトルク制限値への持ち替えが行われることになる。そしてステップS12で前記ステップS2、S4、S10、S11で設定されたトルク制限値がエンジンEの運転を制御するECUに出力される。
【0045】
図4は図3のフローチャートのステップS12のサブルーチンを示すもので、ステップS21で1速変速段のトルク制限値が設定された場合には、ステップS22で1速変速段用のマップからトルク制限値を検索して出力し、ステップS23で2速変速段のトルク制限値が設定された場合には、ステップS24で2速変速段用のマップからトルク制限値を検索して出力し、ステップS25で3速変速段のトルク制限値が設定された場合には、ステップS26で3速変速段用のマップからトルク制限値を検索して出力し、ステップS27で4速変速段のトルク制限値が設定された場合には、ステップS28で4速変速段用のマップからトルク制限値を検索して出力し、ステップS29で5速変速段のトルク制限値が設定された場合には、ステップS30で5速変速段用のマップからトルク制限値を検索して出力する。各変速段毎に設けられたトルク制限値のマップのパラメータは、エンジン回転数検出手段Sfで検出したエンジン回転数Neおよび吸気温検出手段Sgで検出した吸気温Taである。
【0046】
図5は、シフトダウン時の作用を説明するタイムチャートであって、時刻t1にイナーシャフェーズが開始し、時刻t3にイナーシャフェーズが終了する前の時刻t2に、次変速段のクラッチの油圧が立ち上がるタイミングでタイマがスタートする。時刻t3にイナーシャフェーズが終了した直後の時刻t4にタイマがカウントアップすると、そのタイミングでトルク制限値が前段のものから次段のものへと持ち替えられる。シフトダウンの場合は、次変速段において自動変速機Tのトルクが増加して損傷が起き易いため、実質的に次変速段においてトルク制限が実行される。
【0047】
仮に、前記特許文献1の発明の如く、イナーシャフェーズ中に次変速段のトルク制限値に持ち替えてしまうと、低速段においてトルク制限量が大きい場合、エンジンEのトルクが減少して自動変速機Tにおける変速の進行が停滞してしまい、変速応答性が低下する問題がある。また高速段においてトルク制限量が大きい場合、エンジンEのトルクが増加して自動変速機Tにおける変速の進行が過敏になり、変速制御性が低下する問題がある。しかしながら本実施の形態によれば、イナーシャフェーズの終了直後に次変速段のトルク制限値に持ち替えることで、変速応答性の低下および変速制御性の低下を回避することができる。
【0048】
またシフトダウン時には、次変速段のクラッチの油圧の増加を開始した後に前変速段のクラッチの油圧の減少を開始するため、仮に、前記特許文献2の発明の如く、前変速段のクラッチを係合解除するタイミングで次変速段のトルク制限値に持ち替えてしまうと、前変速段のクラッチの係合解除タイミングは変速ショックを軽減する目的で設定されていてイナーシャフェーズの終了タイミングとは無関係であることから、トルク制限値を持ち替える時点で既に次変速段の駆動力が発生してしまい、ドライブシャフトトルク(図5の破線参照)のように駆動力が急変して変速ショックが発生する可能性がある。
【0049】
しかしながら本実施の形態によれば、イナーシャフェーズの終了直後は変速ショックを緩和するために点火リタードによるエンジンEのトルク低減が行われており、その点火リタードによるトルクの低減制御中にトルク制限値の持ち替えを行うことで、ドライブシャフトトルク(図5の実線参照)のように変速ショックが発生することがない。そして、新たに設定された次変速段のトルク制限値を自動変速機Tの実トルクが上回ると、例えばスロットル開度を閉弁することで自動変速機Tの実トルクを低減することで(ドライブシャフトトルクの破線部分参照)、過剰なトルクによる自動変速機Tの損傷が未然に防止される。
【0050】
またシフトダウン時の第1所定時間は、自動変速機Tの油温Toが高いときほど短く設定される。その結果、シフトダウン時に油温Toの上昇によりオイルの粘性が低くなって変速応答性が高くなっても、第1所定時間を短く設定してトルク制限値を早めに持ち替えることで、自動変速機Tを確実に保護することができる。
【0051】
図6は、シフトアップ時の作用を説明するタイムチャートであって、時刻t7にトルクフェーズが終了してイナーシャフェーズが開始し、トルクフェーズ中の時刻t5に、次変速段のクラッチの油圧が立ち上がるタイミングでタイマがスタートする。時刻t7にイナーシャフェーズが開始する直前の時刻t6にタイマがカウントアップすると、そのタイミングでトルク制限値が前段のものから次段のものへと持ち替えられる。シフトアップの場合は、前変速段において自動変速機Tのトルクが増加して損傷が起き易いため、実質的に前速段においてトルク制限が実行される。
【0052】
このように、シフトアップ時には自動変速機Tのイナーシャフェーズが開始する直前に次変速段のトルク制限値に持ち替えることで、イナーシャフェーズ中にトルク制限値の持ち替えによるトルク制限が行われなくなり、変速の進行が促進されて自動変速機Tの変速応答性が過敏になることが防止される。
【0053】
シフトアップ時の第2所定時間は、車速Vが高いときほど、あるいは自動変速機Tの油温Toが低いときほど短く設定される。その結果、車速Vが高いために変速ショックの低減に必要なエンジンEのトルク減少量が大きくなっても、またシフトアップ時に低温下において油温Toが低い状態で応答性の高い点火リタードによるトルク制限を行えず、スロットル開度によるトルク制限を行う必要が生じても、第2所定時間を短く設定してトルク制限値を早めに持ち替えることで、自動変速機Tを確実に保護することができる。
【0054】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
【0055】
例えば、自動変速機Tの骨格は実施の形態に限定されず、任意の骨格のものを含むものとする。
【0056】
また本発明のクラッチは、ギヤを変速機軸に締結するものに限定されず、遊星歯車機構の所定の要素を変速機軸に締結するものや、ギヤあるいは遊星歯車機構の所定の要素を自動変速機のケーシングに締結するものを含むものとする。
【符号の説明】
【0057】
C1 1速クラッチ(クラッチ)
C2 2速クラッチ(クラッチ)
C3 3速クラッチ(クラッチ)
C4 4速−リバースクラッチ(クラッチ)
C5 5速クラッチ(クラッチ)
E エンジン(駆動源)
M1 変速方向判定手段
M2 変速状態監視手段
M3 計時手段
M4 トルク制限値設定手段
T 自動変速機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前変速段のクラッチ(C1〜C5)を係合解除して次変速段のクラッチ(C1〜C5)を係合することで所望の変速段を確立する自動変速機(T)と、駆動源(E)から前記自動変速機(T)に伝達されるトルクの制限値を設定するトルク制限値設定手段(M4)とを備える自動変速機の保護制御装置において、
前記自動変速機(T)がシフトアップするかシフトダウンするかを判定する変速方向判定手段(M1)と、前記自動変速機(T)の変速状態を監視する変速状態監視手段(M2)と、前記変速状態監視手段(M2)が次変速段のクラッチ(C1〜C5)の係合開始を判定したときに第1所定時間の計時を開始する計時手段(M3)とを備え、
前記変速方向判定手段(M1)が前記自動変速機(T)のシフトダウンを判定したとき、前記トルク制限値設定手段(M4)は、前記計時手段(M3)が前記第1所定時間の計時を終了して前記自動変速機(T)のイナーシャフェーズが終了した直後に次変速段のトルク制限値を出力することを特徴とする自動変速機の保護制御装置。
【請求項2】
前変速段のクラッチ(C1〜C5)を係合解除して次変速段のクラッチ(C1〜C5)を係合することで所望の変速段を確立する自動変速機(T)と、駆動源(E)から前記自動変速機(T)に伝達されるトルクの制限値を設定するトルク制限値設定手段(M4)とを備える自動変速機の保護制御装置において、
前記自動変速機(T)がシフトアップするかシフトダウンするかを判定する変速方向判定手段(M1)と、前記自動変速機(T)の変速状態を監視する変速状態監視手段(M2)と、前記変速状態監視手段(M2)が次変速段のクラッチ(C1〜C5)の係合開始を判定したときに第2所定時間の計時を開始する計時手段(M3)とを備え、
前記変速方向判定手段(M1)が前記自動変速機(T)のシフトアップを判定したとき、前記トルク制限値設定手段(M4)は、前記計時手段(M3)が前記第2所定時間の計時を終了して前記自動変速機(T)のイナーシャフェーズが開始する直前に次変速段のトルク制限値を出力することを特徴とする自動変速機の保護制御装置。
【請求項3】
前記計時手段(M3)は、油温が高いときほど、前記第1所定時間を短く設定することを特徴とする、請求項1に記載の自動変速機の保護制御装置。
【請求項4】
前記計時手段(M3)は、車速が高いときほど、あるいは前記自動変速機(T)の油温が低いときほど、前記第2所定時間を短く設定することを特徴とする、請求項2に記載の自動変速機の保護制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2013−100863(P2013−100863A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−244734(P2011−244734)
【出願日】平成23年11月8日(2011.11.8)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】