説明

記憶素子、記憶装置

【課題】短パルス幅領域での反転電流の増加を防ぎ、熱安定性を確保して高速動作が可能な記憶素子を提供する。
【解決手段】記憶素子は、情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、上記記憶層に記憶された情報の基準となる膜面に垂直な磁化を有する磁化固定層と、上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による中間層とを有する層構造を備える。
そして、上記記憶層は、グラニュラー構造の酸化物の領域を含み、上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化の向きが変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、スピントルク磁化反転を利用して記録を行う記憶素子及び記憶装置に関する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0002】
【特許文献1】特開2003−17782号公報
【特許文献2】米国特許第6256223号明細書
【特許文献3】特開2008−227388号公報
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Physical Review B, 54, 9353(1996)
【非特許文献2】Journal of Magnetism and Magnetic Materials, 159, L1(1996)
【非特許文献3】Nature Materials., 5, 210(2006)
【背景技術】
【0004】
モバイル端末から大容量サーバに至るまで、各種情報機器の飛躍的な発展に伴い、これを構成するメモリやロジックなどの素子においても高集積化、高速化、低消費電力化など、さらなる高性能化が追求されている。特に半導体不揮発性メモリの進歩は著しく、大容量ファイルメモリとしてのフラッシュメモリは、ハードディスクドライブを駆逐する勢いで普及が進んでいる。一方、コードストレージ用さらにはワーキングメモリへの展開を睨み、現在一般に用いられているNORフラッシュメモリ、DRAMなどを置き換えるべくFeRAM(Ferroelectric Random Access Memory)、MRAM(Magnetic Random Access Memory)、PCRAM(Phase-Change Random Access Memory)などの開発が進められている。これらのうち一部はすでに実用化されている。
【0005】
なかでもMRAMは、磁性体の磁化方向によりデータ記憶を行うために高速かつほぼ無限(1015回以上)の書換えが可能であり、すでに産業オートメーションや航空機などの分野で使用されている。MRAMはその高速動作と信頼性から、今後コードストレージやワーキングメモリへの展開が期待されているものの、現実には低消費電力化、大容量化に課題を有している。これはMRAMの記録原理、すなわち配線から発生する電流磁界により磁化を反転させるという方式に起因する本質的な問題である。
【0006】
この問題を解決するための一つの方法として、電流磁界によらない記録、すなわち磁化反転方式が検討されている。なかでもスピントルク磁化反転に関する研究は活発である(例えば、特許文献1、2、3、非特許文献1、2参照)。
【0007】
スピントルク磁化反転の記憶素子は、MRAMと同じくMTJ(Magnetic Tunnel Junction)およびTMR(Tunneling Magnetoresistive)素子により構成されている場合が多い。
この構成は、ある方向に固定された磁性層を通過するスピン偏極電子が、他の自由な(方向を固定されない)磁性層に進入する際にその磁性層にトルクを与えること(これをスピントランスファトルクとも呼ぶ)を利用したもので、あるしきい値以上の電流を流せば自由磁性層が反転する。0/1の書換えは電流の極性を変えることにより行う。
この反転のための電流の絶対値は0.1μm程度のスケールの素子で1mA以下である。しかもこの電流値が素子体積に比例して減少するため、スケーリングが可能である。さらに、MRAMで必要であった記録用電流磁界発生用のワード線が不要であるため、セル構造が単純になるという利点もある。
以下、スピントルク磁化反転を利用したMRAMを、ST−MRAM(Spin Torque-Magnetic Random Access Memory)と呼ぶ。スピントルク磁化反転は、またスピン注入磁化反転と呼ばれることもある。高速かつ書換え回数がほぼ無限大であるというMRAMの利点を保ったまま、低消費電力化、大容量化を可能とする不揮発メモリとして、ST−MRAMに大きな期待が寄せられている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ST−MRAMの記憶素子に用いる強磁性体として、さまざまな材料が検討されているが、一般に面内磁気異方性を有するものよりも垂直磁気異方性を有するものの方が低電力化、大容量化に適しているとされている。これは垂直磁化の方がスピントルク磁化反転の際に超えるべき閾値(反転電流)が低く、また垂直磁化膜の有する高い磁気異方性が大容量化により微細化した記憶素子の熱安定性を保持するのに有利なためである。
ところで、ST−MRAMの書き込み電力の低減および高速動作の観点から、MTJ素子の短パルス幅での動作特性が重要である。
この場合、電流パルス幅数ナノ秒の短パルスの領域では書き込みに寄与する熱の影響が無くなるため、反転電流が増大し、省電力および高速動作に不利となる。
【0009】
そこで本開示では、短パルス幅領域での反転電流の増加を防ぎ、高速動作が可能なST−MRAM素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示の記憶素子は、情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、上記記憶層に記憶された情報の基準となる膜面に垂直な磁化を有する磁化固定層と、上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による中間層とを有する層構造を備える。そして、上記記憶層はグラニュラー構造の酸化物の領域を含み、上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化の向きが変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われる。
【0011】
また、本開示の記憶装置は、情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶素子と、互いに交差する2種類の配線とを備え、上記記憶素子は、情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、上記記憶層に記憶された情報の基準となる膜面に垂直な磁化を有する磁化固定層と、上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による中間層と、を有する層構造を備え、上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化の向きが変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われるとともに、上記記憶層は、グラニュラー構造の酸化物の領域を含む。そして、上記2種類の配線の間に上記記憶素子が配置され、上記2種類の配線を通じて、上記記憶素子に上記積層方向の電流が流れる。
【0012】
本開示の記憶素子によれば、情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶層を有し、この記憶層に対して、中間層を介して磁化固定層が設けられており、積層方向に流れる電流に伴って発生するスピントルク磁化反転を利用して記憶層の磁化を反転させることにより情報の記録が行われるので、積層方向に電流を流すことで情報の記録を行うことができる。このとき、記憶層は、酸化物からなるグラニュラー構造の領域を含んでいることから、記憶層の磁化の向きを反転させるために必要となる書き込み電流値を低減することができる。
一方で、垂直磁化膜の有する強い磁気異方性エネルギのために記憶層の熱安定性を十分に保つことができる。
【0013】
反転電流の低減と熱安定性の確保を両立させる観点で注目されているのが、垂直磁化膜を記憶層に用いた構造である。例えば非特許文献3によれば、Co/Ni多層膜などの垂直磁化膜を記憶層に用いることにより、反転電流の低減と熱安定性の確保を両立できる可能性が示唆されている。
垂直磁気異方性を有する磁性材料には希土類−遷移金属合金(TbCoFeなど)、金属多層膜(Co/Pd多層膜など)、規則合金(FePtなど)、酸化物と磁性金属の間の界面異方性の利用(Co/MgOなど)等いくつかの種類がある。
本開示の記憶素子は、記憶層の強磁性材料はCo−Fe−B層としている。
また、ST−MRAMにおいて大きな読み出し信号を与える高磁気抵抗変化率を実現するためにトンネル接合構造を採用することを考え、さらに耐熱性や製造上の容易さを考慮すると、界面磁気異方性を利用した材料、すなわちトンネルバリアであるMgO上にCoもしくはFeを含む磁性材料を積層させたものが有望である。
【0014】
また、本開示の記憶装置の構成によれば、2種類の配線を通じて、記憶素子に積層方向の電流が流れ、スピントランスファが起こることにより、2種類の配線を通じて記憶素子の積層方向に電流を流してスピントルク磁化反転による情報の記録を行うことができる。
また、上記記憶層の熱安定性は十分に保つことができるため、記憶素子に記録された情報を安定に保持し、かつ記憶装置の微細化、信頼性の向上、低消費電力化を実現することが可能になる。
【発明の効果】
【0015】
本開示によれば、短パルス幅領域での反転電流の増加を防ぎことができる。これにより、所定の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことが可能になる。 したがって、書き込みエラーを低減することができ、より短い時間で書き込み動作を行うことができる。すなわち、信頼性の高い高速動作が可能となる。
また、反転電流の増加を防ぐことから、消費電力を低減できる。
これにより、動作エラーをなくして、記憶素子の動作マージンを充分に得ることができる。従って、安定して動作する、信頼性の高い記憶装置を実現することができる。
また、書き込み電流を低減して、記憶素子に書き込みを行う際の消費電力を低減することが可能なので、記憶装置全体の消費電力を低減することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本開示の実施の形態の記憶装置の斜視図である。
【図2】実施の形態の記憶装置の断面図である。
【図3】実施の形態の記憶素子の層構造を示す図である。
【図4】実施の形態の記憶素子の実験用試料の構造図である。
【図5】励起エネルギと反転時間の関係をプロットした図である。
【図6】実施の形態の磁気ヘッド適用例の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本開示の実施の形態を次の順序で説明する。
<1.実施の形態の記憶装置の構成>
<2.実施の形態の記憶素子の概要>
<3.実施の形態の具体的構成>
<4.実験およびシミュレーション>
<5.変形例>
【0018】
<1.実施の形態の記憶装置の構成>

まず、本開示の実施の形態となる記憶装置の構成について説明する。
実施の形態の記憶装置の模式図を、図1及び図2に示す。図1は斜視図、図2は断面図である。
【0019】
図1に示すように、実施の形態の記憶装置は、互いに直交する2種類のアドレス配線(例えばワード線とビット線)の交点付近に、磁化状態で情報を保持することができるST−MRAMによる、例えば記憶素子3が配置されて成る。
即ち、シリコン基板等の半導体基体10の素子分離層2により分離された部分に、各記憶装置を選択するための選択用トランジスタを構成する、ドレイン領域8、ソース領域7、並びにゲート電極1が、それぞれ形成されている。このうち、ゲート電極1は、図中前後方向に延びる一方のアドレス配線(ワード線)を兼ねている。
【0020】
ドレイン領域8は、図1中左右の選択用トランジスタに共通して形成されており、このドレイン領域8には、配線9が接続されている。
そして、ソース領域7と、上方に配置された、図1中左右方向に延びるビット線6との間に、スピントルク磁化反転により磁化の向きが反転する記憶層を有する、例えば記憶素子3が配置されている。この記憶素子3は、例えば磁気トンネル接合素子(MTJ素子)により構成される。
【0021】
図2に示すように、記憶素子3は2つの磁性層15、17を有する。この2層の磁性層15、17のうち、一方の磁性層を磁化M15の向きが固定された磁化固定層15として、他方の磁性層を磁化M17の向きが変化する磁化自由層即ち記憶層17とする。
また、記憶素子3は、ビット線6と、ソース領域7とに、それぞれ上下のコンタクト層4を介して接続されている。
これにより、2種類のアドレス配線1、6を通じて、記憶素子3に上下方向の電流を流して、スピントルク磁化反転により記憶層17の磁化M17の向きを反転させることができる。
【0022】
このような記憶装置では、選択トランジスタの飽和電流以下の電流で書き込みを行う必要があり、トランジスタの飽和電流は微細化に伴って低下することが知られているため、記憶装置の微細化のためには、スピントランスファの効率を改善して、記憶素子3に流す電流を低減させることが好適である。
【0023】
また、読み出し信号を大きくするためには、大きな磁気抵抗変化率を確保する必要があり、そのためには上述のようなMTJ構造を採用すること、すなわち2層の磁性層15、17の間に中間層をトンネル絶縁層(トンネルバリア層)とした記憶素子3の構成にすることが効果的である。
このように中間層としてトンネル絶縁層を用いた場合には、トンネル絶縁層が絶縁破壊することを防ぐために、記憶素子3に流す電流量に制限が生じる。すなわち記憶素子3の繰り返し書き込みに対する信頼性の確保の観点からも、スピントルク磁化反転に必要な電流を抑制することが好ましい。なお、スピントルク磁化反転に必要な電流は、反転電流、記憶電流などと呼ばれることがある。
【0024】
また記憶装置は不揮発メモリ装置であるから、電流によって書き込まれた情報を安定に記憶する必要がある。つまり、記憶層の磁化の熱揺らぎに対する安定性(熱安定性)を確保する必要がある。
記憶層の熱安定性が確保されていないと、反転した磁化の向きが、熱(動作環境における温度)により再反転する場合があり、書き込みエラーとなってしまう。
本記憶装置における記憶素子3(ST−MRAM)は、従来のMRAMと比較して、スケーリングにおいて有利、すなわち体積を小さくすることは可能であるが、体積が小さくなることは、他の特性が同一であるならば、熱安定性を低下させる方向にある。
ST−MRAMの大容量化を進めた場合、記憶素子3の体積は一層小さくなるので、熱安定性の確保は重要な課題となる。
そのため、ST−MRAMにおける記憶素子3において、熱安定性は非常に重要な特性であり、体積を減少させてもこの熱安定性が確保されるように設計する必要がある。
【0025】
<2.実施の形態の記憶素子の概要>

つぎに本開示の実施の形態となる記憶素子の概要について説明する。
本開示の実施の形態は、前述したスピントルク磁化反転により、記憶素子の記憶層の磁化の向きを反転させて、情報の記録を行うものである。
記憶層は、強磁性層を含む磁性体により構成され、情報を磁性体の磁化状態(磁化の向き)により保持するものである。
図3は記憶素子の層構造の例を示すものである。
記憶素子3は、例えば図3Aに一例を示す層構造とされ、少なくとも2つの強磁性体層としての記憶層17、磁化固定層15を備え、またその2つの磁性層の間の中間層16を備える。
【0026】
記憶層17は、膜面に垂直な磁化を有し、情報に対応して磁化の向きが変化される。
磁化固定層15は、記憶層17に記憶された情報の基準となる膜面に垂直な磁化を有する。
中間層16は、非磁性体であって、記憶層17と磁化固定層15の間に設けられる。
そして記憶層17、中間層16、磁化固定層15を有する層構造の積層方向にスピン偏極した電子を注入することにより、記憶層17の磁化の向きが変化して、記憶層17に対して情報の記録が行われる。
【0027】
ここでスピントルク磁化反転について簡単に説明する。
電子は2種類のスピン角運動量をもつ。仮にこれを上向き、下向きと定義する。非磁性体内部では両者が同数であり、強磁性体内部では両者の数に差がある。ST−MRAMを構成する2層の強磁性体である磁化固定層15及び記憶層17において、互いの磁気モーメントの向きが反方向状態のときに、電子を磁化固定層15から記憶層17への移動させた場合について考える。
【0028】
磁化固定層15は、高い保磁力のために磁気モーメントの向きが固定された固定磁性層である。
磁化固定層15を通過した電子はスピン偏極、すなわち上向きと下向きの数に差が生じる。非磁性層である中間層16の厚さが充分に薄く構成されていると、磁化固定層15の通過によるスピン偏極が緩和して通常の非磁性体における非偏極(上向きと下向きが同数)状態になる前に他方の磁性体、すなわち記憶層17に電子が達する。
【0029】
記憶層17では、スピン偏極度の符号が逆になっていることにより、系のエネルギを下げるために一部の電子は反転、すなわちスピン角運動量の向きをかえさせられる。このとき、系の全角運動量は保存されなくてはならないため、向きを変えた電子による角運動量変化の合計と等価な反作用が記憶層17の磁気モーメントにも与えられる。
電流すなわち単位時間に通過する電子の数が少ない場合には、向きを変える電子の総数も少ないために記憶層17の磁気モーメントに発生する角運動量変化も小さいが、電流が増えると多くの角運動量変化を単位時間内に与えることができる。
【0030】
角運動量の時間変化はトルクであり、トルクがあるしきい値を超えると記憶層17の磁気モーメントは歳差運動を開始し、その一軸異方性により180度回転したところで安定となる。すなわち反方向状態から同方向状態への反転が起こる。
磁化が同方向状態にあるとき、電流を逆に記憶層17から磁化固定層15へ電子を送る向きに流すと、今度は磁化固定層15で反射される際にスピン反転した電子が記憶層17に進入する際にトルクを与え、反方向状態へと磁気モーメントを反転させることができる。ただしこの際、反転を起こすのに必要な電流量は、反方向状態から同方向状態へと反転させる場合よりも多くなる。
【0031】
磁気モーメントの同方向状態から反方向状態への反転は直感的な理解が困難であるが、磁化固定層15が固定されているために磁気モーメントが反転できず、系全体の角運動量を保存するために記憶層17が反転する、と考えてもよい。このように、0/1の記録は、磁化固定層15から記憶層17の方向またはその逆向きに、それぞれの極性に対応する、あるしきい値以上の電流を流すことによって行われる。
【0032】
情報の読み出しは、従来型のMRAMと同様、磁気抵抗効果を用いて行われる。すなわち上述の記録の場合と同様に膜面垂直方向に電流を流す。そして、記憶層17の磁気モーメントが、磁化固定層15の磁気モーメントに対して同方向であるか反方向であるかに従い、素子の示す電気抵抗が変化する現象を利用する。
【0033】
磁化固定層15と記憶層17の間の中間層16として用いる材料は金属でも絶縁体でも構わないが、より高い読み出し信号(抵抗の変化率)が得られ、かつより低い電流によって記録が可能とされるのは、中間層として絶縁体を用いた場合である。このときの素子を強磁性トンネル接合(Magnetic Tunnel Junction:MTJ)と呼ぶ。
【0034】
スピントルク磁化反転によって、磁性層の磁化の向きを反転させるときに、必要となる電流の閾値Icは、磁性層の磁化容易軸が面内方向であるか、垂直方向であるかによって異なる。
本実施の形態の記憶素子は垂直磁化型であるが、従前の面内磁化型の記憶素子の場合における磁性層の磁化の向きを反転させる反転電流をIc_paraとする。
同方向から逆方向に反転させる場合、
Ic_para=(A・α・Ms・V/g(0)/P)(Hk+2πMs)
となり、逆方向から同方向に反転させる場合、
Ic_para=−(A・α・Ms・V/g(π)/P)(Hk+2πMs)
となる。
なお、同方向、逆方向とは、磁化固定層の磁化方向を基準としてみた記憶層の磁化方向である。平行、反平行とも呼ばれる。
【0035】
一方、本例のような垂直磁化型の記憶素子の反転電流をIc_perpとすると、同方向から逆方向に反転させる場合、
Ic_perp=(A・α・Ms・V/g(0)/P)(Hk−4πMs)
となり、逆方向から同方向に反転させる場合、
Ic_perp=−(A・α・Ms・V/g(π)/P)(Hk−4πMs)
となる。
【0036】
ただし、Aは定数、αはダンピング定数、Msは飽和磁化、Vは素子体積、Pはスピン分極率、g(0)、g(π)はそれぞれ同方向時、逆方向時にスピントルクが相手の磁性層に伝達される効率に対応する係数、Hkは磁気異方性である。
【0037】
上記各式において、垂直磁化型の場合の(Hk−4πMs)と面内磁化型の場合の(Hk+2πMs)とを比較すると、垂直磁化型が低記憶電流化により適していることが理解できる。
【0038】
ここで、反転電流Ic0は熱安定性の指標Δとの関係で表すと次の(数1)により表される。
【数1】


但しeは電子の電荷、ηはスピン注入効率、バー付きのhは換算プランク定数、αはダンピング定数、kBはボルツマン定数、Tは温度である。
【0039】
本実施の形態では、磁化状態により情報を保持することができる磁性層(記憶層17)と、磁化の向きが固定された磁化固定層15とを有する記憶素子を構成する。
メモリとして存在し得るためには、書き込まれた情報を保持することができなければならない。情報を保持する能力の指標として、熱安定性の指標Δ(=KV/kBT)の値で判断される。このΔは(数2)により表される。
【数2】


ここで、Hkは実効的な異方性磁界、kBはボルツマン定数、Tは温度、Msは飽和磁化量、Vは記憶層の体積、Kは異方性エネルギである。
【0040】
実効的な異方性磁界Hkには、形状磁気異方性、誘導磁気異方性、結晶磁気異方性等の影響が取り込まれており、単磁区の一斉回転モデルを仮定した場合、これは保磁力と同等となる。
【0041】
熱安定性の指標Δと電流の閾値Icとは、トレードオフの関係になることが多い。そのため、メモリ特性を維持するには、これらの両立が課題となることが多い。
記憶層の磁化状態を変化させる電流の閾値は、実際には、例えば記憶層17の厚さが2nmであり、平面パターンが直径100nm円形のTMR素子において、百〜数百μA程度である。
これに対して、電流磁場により磁化反転を行う通常のMRAMでは、書き込み電流が数mA以上必要となる。
従って、ST−MRAMの場合には、上述のように書き込み電流の閾値が充分に小さくなるため、集積回路の消費電力を低減させるために有効であることが分かる。
また、通常のMRAMで必要とされる、電流磁界発生用の配線が不要となるため、集積度においても通常のMRAMに比較して有利である。
【0042】
そして、スピントルク磁化反転を行う場合には、記憶素子に直接電流を流して情報の書き込み(記録)を行うことから、書き込みを行うメモリセルを選択するために、記憶素子を選択トランジスタと接続してメモリセルを構成する。
この場合、記憶素子に流れる電流は、選択トランジスタで流すことが可能な電流(選択トランジスタの飽和電流)の大きさによって制限される。
【0043】
記録電流を低減させるためには、上述のように垂直磁化型を採用することが望ましい。また垂直磁化膜は一般に面内磁化膜よりも高い磁気異方性を持たせることが可能であるため、上述のΔを大きく保つ点でも好ましい。
【0044】
垂直異方性を有する磁性材料には希土類−遷移金属合金(TbCoFeなど)、金属多層膜(Co/Pd多層膜など)、規則合金(FePtなど)、酸化物と磁性金属の間の界面異方性の利用(Co/MgOなど)等いくつかの種類があるが、希土類−遷移金属合金は加熱により拡散、結晶化すると垂直磁気異方性を失うため、ST−MRAM用材料としては好ましくない。
また金属多層膜も加熱により拡散し、垂直磁気異方性が劣化することが知られており、さらに垂直磁気異方性が発現するのは面心立方の(111)配向となっている場合であるため、MgOやそれに隣接して配置するFe、CoFe、CoFeBなどの高分極率層に要求される(001)配向を実現させることが困難となる。L10規則合金は高温でも安定であり、かつ(001)配向時に垂直磁気異方性を示すことから、上述のような問題は起こらないものの、製造時に500℃以上の十分に高い温度で加熱する、あるいは製造後に500℃以上の高温で熱処理を行うことで原子を規則配列させる必要があり、トンネルバリア等積層膜の他の部分における好ましくない拡散や界面粗さの増大を引き起こす可能性がある。
【0045】
これに対し、界面磁気異方性を利用し、垂直異方性を有する磁性材料にとしてCo−Fe−B合金があり、ST−MRAMおいて大きな読み出し信号を与える高磁気抵抗変化率を実現するためにトンネル障壁としてMgOと組み合わせが可能な点で有望視されている。
しかしながら、他の材料と同様、短パルス領域での書き込み動作においては書き込み電流の増大が懸念される。
【0046】
これの解答として、本開示において筆者らは、図3Bに示すように記憶層17にグラニュラー構造22の酸化物21を形成する構造を考案した。グラニュラー構造とは、材料中にナノスケールの微少な粒子が分散した状態とされる。
例えば、記憶層17は磁性材料としてCo−Fe−Bを使用するが、このCo−Fe−Bの結晶中に酸化物21(例えば酸化ケイ素)の微少な粒子がCo−Fe−Bの結晶中の一定の領域に分散している状態とされる。ここでいう分散状態とは酸化物粒子21が均一な連続膜を形成していない状態をいう。これにより、反転電流が低下し、熱安定性を確保する記憶素子20を実現することができる。
【0047】
さらに、選択トランジスタの飽和電流値を考慮して、記憶層17と磁化固定層15との間の非磁性の中間層16として、絶縁体から成るトンネル絶縁層を用いて磁気トンネル接合(MTJ)素子を構成する。
トンネル絶縁層を用いて磁気トンネル接合(MTJ)素子を構成することにより、非磁性導電層を用いて巨大磁気抵抗効果(GMR)素子を構成した場合と比較して、磁気抵抗変化率(MR比)を大きくすることができ、読み出し信号強度を大きくすることができるためである。
【0048】
そして特に、このトンネル絶縁層としての中間層16の材料として、酸化マグネシウム(MgO)を用いることにより、磁気抵抗変化率(MR比)を大きくすることができる。
また、一般に、スピントランスファの効率はMR比に依存し、MR比が大きいほど、スピントランスファの効率が向上し、磁化反転電流密度を低減することができる。
従って、トンネル絶縁層の材料として酸化マグネシウムを用い、同時に上記の記憶層17を用いることにより、スピントルク磁化反転による書き込み閾値電流を低減することができ、少ない電流で情報の書き込み(記録)を行うことができる。また、読み出し信号強度を大きくすることができる。
これにより、MR比(TMR比)を確保して、スピントルク磁化反転による書き込み閾値電流を低減することができ、少ない電流で情報の書き込み(記録)を行うことができる。また、読み出し信号強度を大きくすることができる。
【0049】
このようにトンネル絶縁層を酸化マグネシウム(MgO)膜により形成する場合には、MgO膜が結晶化していて、001方向に結晶配向性を維持していることがより望ましい。
なお、本実施の形態において、記憶層17と磁化固定層15との間の中間層16(トンネル絶縁層)は、酸化マグネシウムから成る構成とする他にも、例えば酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、SiO2、Bi23、MgF2、CaF、SrTiO2、AlLaO3、Al−N−O等の各種の絶縁体、誘電体、半導体を用いて構成することもできる。
【0050】
トンネル絶縁層の面積抵抗値は、スピントルク磁化反転により記憶層17の磁化の向きを反転させるために必要な電流密度を得る観点から、数十Ωμm2程度以下に制御する必要がある。
そして、MgO膜から成るトンネル絶縁層では、面積抵抗値を上述の範囲とするために、MgO膜の膜厚を1.5nm以下に設定する必要がある。
【0051】
また、本開示の実施の形態において、記憶層17に隣接してキャップ層18が配置され、このキャップ層は酸化物層を有する。
キャップ層18の酸化物としては、たとえばMgO、酸化アルミニウム、TiO2、SiO2、Bi23、SrTiO2、AlLaO3、Al−N−O等を用いる。
【0052】
また、記憶層17の磁化の向きを、小さい電流で容易に反転できるように、記憶素子を小さくすることが望ましい。
従って、好ましくは、記憶素子の面積を0.01μm2以下とする。
【0053】
磁化固定層15及び記憶層17のそれぞれの膜厚は、0.5nm〜30nmであることが好ましい。
記憶素子のその他の構成は、スピントルク磁化反転により情報を記録する記憶素子の従来公知の構成と同様とすることができる。
【0054】
磁化固定層15は、強磁性層のみにより、或いは反強磁性層と強磁性層の反強磁性結合を利用することにより、その磁化の向きが固定された構成とすることが出来る。
また、磁化固定層15は、単層の強磁性層から成る構成、或いは複数層の強磁性層を非磁性層を介して積層した積層フェリピン構造とすることが出来る。
【0055】
積層フェリピン構造の磁化固定層15を構成する強磁性層の材料としては、Co,CoFe,CoFeB等を用いることができる。また、非磁性層の材料としては、Ru,Re,Ir,Os等を用いることができる。
反強磁性層の材料としては、FeMn合金、PtMn合金、PtCrMn合金、NiMn合金、IrMn合金、NiO、Fe23等の磁性体を挙げることができる。
また、これらの磁性体に、Ag,Cu,Au,Al,Si,Bi,Ta,B,C,O,N,Pd,Pt,Zr,Hf,Ir,W,Mo,Nb等の非磁性元素を添加して、磁気特性を調整したり、その他の結晶構造や結晶性や物質の安定性等の各種物性を調整したりすることができる。
【0056】
また、記憶素子の膜構成は、記憶層17が磁化固定層15の下側に配置される構成でも問題ない。この場合は、上記導電性酸化物キャップ層が果たす役割は、導電性酸化物下地層により担われることになる。
【0057】
<3.実施の形態の具体的構成>

続いて、実施の形態の具体的構成について説明する。
記憶装置の構成は先に図1、図2で述べたとおり、直交する2種類のアドレス配線1、6(例えばワード線とビット線)の交点付近に、磁化状態で情報を保持することができる記憶素子3が配置されるものである。
そして2種類のアドレス配線1、6を通じて、記憶素子3に上下方向の電流を流して、スピントルク磁化反転により記憶層17の磁化の向きを反転させることができる。
【0058】
図3は実施の形態の記憶素子(ST−MRAM)の層構造の例を表している。
【0059】
既に説明した通り、図3Aに示すように、記憶素子3は下層側から順に、下地層14、磁化固定層15、中間層16、記憶層17、キャップ層18が積層されている。
この場合、スピン注入により磁化M17の向きが反転する記憶層17に対して、下層に磁化固定層15を設けている。
スピン注入型メモリにおいては、記憶層17の磁化M17と磁化固定層15の磁化M15の相対的な角度によって情報の「0」「1」を規定している。
【0060】
記憶層17と磁化固定層15との間には、トンネルバリア層(トンネル絶縁層)となる中間層16が設けられ、記憶層17と磁化固定層15とにより、MTJ素子が構成されている。また、磁化固定層15の下には下地層14が設けられる。
記憶層17と磁化固定層15は、例えばCo−Fe−B層とされる。
【0061】
記憶層17は、磁化M17の方向が層面垂直方向に自由に変化する磁気モーメントを有する強磁性体から構成されている。磁化固定層15は、磁化M15が膜面垂直方向に固定された磁気モーメントを有する強磁性体から構成されている。
情報の記憶は一軸異方性を有する記憶層15の磁化の向きにより行う。書込みは、膜面垂直方向に電流を印加し、スピントルク磁化反転を起こすことにより行う。このように、スピン注入により磁化の向きが反転する記憶層15に対して、下層に磁化固定層15が設けられ、記憶層17の記憶情報(磁化方向)の基準とされる。
【0062】
磁化固定層15は情報の基準であるので、記録や読み出しによって磁化の方向が変化してはいけないが、必ずしも特定の方向に固定されている必要はなく、記憶層17よりも保磁力を大きくするか、膜厚を厚くするか、あるいは磁気ダンピング定数を大きくして記憶層17よりも動きにくくすればよい。
【0063】
中間層16は、例えば酸化マグネシウム(MgO)層とされる。この場合には、磁気抵抗変化率(MR比)を高くすることができる。
このようにMR比を高くすることによって、スピン注入の効率を向上して、記憶層17の磁化M17の向きを反転させるために必要な電流密度を低減することができる。
なお中間層16は、酸化マグネシウムから成る構成とする他にも、例えば酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、SiO2、Bi23、MgF2、CaF、SrTiO2、AlLaO3、Al−N−O等の各種の絶縁体、誘電体、半導体を用いて構成することもできる。
【0064】
下地層14およびキャップ層18としては、Ta、Ti、W、Ru等各種金属およびTiN等の導電性窒化物を用いることができる。また、下地層14およびキャップ層18は単層で用いても良いし、異なる材料を複数積層しても良い。
【0065】
図3Bに示す記憶素子20の構造は、記憶素子3の構造とは記憶層17の構造が相違するものである。記憶素子20の記憶層17は、酸化物21がグラニュラー構造22で形成された構造となっている。
グラニュラー構造とは上述の通り、材料中にナノスケールの微少な粒子が分散した状態とされる。
記憶層17は磁性材料としてCo−Fe−Bを使用するが、このCo−Fe−Bの結晶中に酸化物(例えば酸化ケイ素)21の微少な粒子がCo−Fe−Bの結晶中の一定の領域に図3Bのように分散している状態とされる。ここでいう分散状態とは酸化物粒子21が均一な連続膜を形成していない状態をいう。
【0066】
このような酸化物21によるグラニュラー構造22は、図3Bのように1つに限定されるものでなく2つ以上形成されていてもよい。
酸化物21として、酸化ケイ素、酸化マグネシウム、酸化タンタル、酸化アルミニウム、酸化コバルト、酸化ジリコニウム、酸化チタンおよび酸化クロムのうち、すくなくとも1つから選定できる。
【0067】
図3A、図3Bの実施の形態においては、特に記憶層17が受ける実効的な反磁界の大きさが記憶層17の飽和磁化量Msよりも小さくなるように、記憶素子3の記憶層17の組成が調整されている。
即ち、記憶層17は、強磁性材料Co−Fe−B組成を選定するが、記憶層17が受ける実効的な反磁界の大きさを低くして、記憶層17の飽和磁化量Msよりも小さくなるようにする。
【0068】
これらの実施の形態の記憶素子3、20は、下地層14からキャップ層18までを真空装置内で連続的に形成して、その後エッチング等の加工により記憶素子3のパターンを形成することにより、製造することができる。
【0069】
以上の本実施の形態によれば、反転電流が低下し、熱安定性を確保する記憶素子を実現することができる。
すなわち、記憶層17の磁化M17の向きを反転させるために必要となる、書き込み電流量を低減することができる。
また、情報保持能力である熱安定性を充分に確保することができるため、特性バランスに優れた記憶素子3、20を構成することができる。
これにより、動作エラーをなくして、動作マージンを充分に得ることができ、安定して動作させることができる。
【0070】
従って、安定して動作する、信頼性の高い記憶装置を実現することができる。
また、書き込み電流を低減して、書き込みを行う際の消費電力を低減することが可能になる。
さらに、本実施の形態の記憶素子により記憶装置を構成した、記憶装置全体の消費電力を低減することが可能になる。
また、図3で説明した記憶素子3、20を備え、図1に示した構成の記憶装置は、記憶装置を製造する際に、一般の半導体MOS形成プロセスを適用できるという利点を有している。従って、本実施の形態の記憶装置を、汎用メモリとして適用することが可能になる。
【0071】
<4.実施の形態に関する実験およびシミュレーション>

ここで、図3A、図3Bに示した本実施の形態の記憶素子3、20の構成において、図4に示す試料を作製し、その特性を調べる実験および励起エネルギとの関係についてシミュレーションを実施した。
実験は反転電流値と熱安定性の指標を求めるものである。記憶素子3、20に10nsから100msのパルス幅の電流を流して、その後の記憶素子の抵抗値を測定した。
さらに、記憶素子3、20に流す電流量を変化させて、この記憶素子3、20の記憶層17の磁化の向きが反転する電流値を求めた。
また、記憶素子3、20の磁気抵抗曲線を複数回測定することによって得られる保磁力の分散が記憶素子の前述した保持特性(熱安定性)の指標(Δ)に対応する。測定される保磁力の分散が少ないほど高いΔ値を持つ。そして、記憶素子間のばらつきを考慮するために、同一構成の記憶素子を各々20個程度作製して、上述の測定を行い、反転電流値及び熱安定性の指標Δの平均値を求めた。
【0072】
実際の記憶装置には、図1に示したように、記憶素子3、20以外にもスイッチング用の半導体回路等が存在するが、ここでは、キャップ層18に隣接する記憶層17の磁化反転特性を調べる目的で、記憶素子のみを形成したウェハにより検討を行った。
【0073】
実験用の記憶素子試料として、図4に示すように、
・下地層14:膜厚10nmのTa膜と膜厚10nmのRu膜の積層膜。
・磁化固定層15:CoPt:2nm/Ru:0.7nm/[Co20Fe80]70B30:2nmの積層膜。
・中間層(トンネル絶縁層)16:膜厚1.0nmのMgO膜。
・キャップ層18:/Ta:5nm膜/
以上の各層を共通として上で、記憶層17に以下のグラニュラー構造22を形成し、5種類の試料を用意した。
図4A〜Eに示すように、
・試料1(図4A)記憶層17:グラニュラー構造22なし
・試料2(図4B)記憶層17:Ta:0.05nmのグラニュラー構造22を形成
・試料3(図4C)記憶層17:MgO:0.1nmのグラニュラー構造22を形成
・試料4(図4D)記憶層17:MgO:0.2nmのグラニュラー構造22を形成
・試料5(図4E)記憶層17:AlOx:0.1nmのグラニュラー構造22を形成
【0074】
各試料は、厚さ0.725mmのシリコン基板上に、厚さ300nmの熱酸化膜を形成し、その上に上記の構成の記憶素子を形成した。また下地層とシリコン基板との間に図示しない膜厚100nmのCu膜(ワード線となるもの)を設けた。
絶縁層以外の各層は、DCマグネトロンスパッタ法を用いて成膜した。酸化物を用いた絶縁層は、RFマグネトロンスパッタ法もしくは、DCマグネトロンスパッタ法を用いて金属層を成膜した後酸化チャンバーで酸化した。記憶素子の各層を成膜した後に、磁場中熱処理炉で、300℃・1時間の熱処理を行った。
【0075】
次に、ワード線部分をフォトリソグラフィによってマスクした後に、ワード線以外の部分の積層膜に対してArプラズマにより選択エッチングを行うことにより、ワード線(下部電極)を形成した。この際に、ワード線部分以外は、基板の深さ5nmまでエッチングした。
その後、電子ビーム描画装置により記憶素子のパターンのマスクを形成し、積層膜に対して選択エッチングを行い、記憶素子を形成した。記憶素子部分以外は、ワード線のCu層直上までエッチングした。
【0076】
なお、特性評価用の記憶素子には、磁化反転に必要なスピントルクを発生させるために、記憶素子に充分な電流を流す必要があるため、トンネル絶縁層の抵抗値を抑える必要がある。そこで、記憶素子のパターンを、短軸0.09μm×長軸0.09μmの円形状として、記憶素子の面積抵抗値(Ωμm2)が20Ωμm2となるようにした。
次に、記憶素子部分以外を、厚さ100nm程度のAl23のスパッタリングによって絶縁した。その後、フォトリソグラフィを用いて、上部電極となるビット線及び測定用のパッドを形成した。このようにして、記憶素子の試料を作製した。
【0077】
以上、作製した記憶素子の各試料に対して、特性の評価を行った。測定に先立ち、反転電流のプラス方向とマイナス方向の値を対称になるように制御することを可能にするため、記憶素子に対して、外部から磁界を与えることができるように構成した。また、記憶素子に印加される電圧が、絶縁層が破壊しない範囲内の1Vまでとなるように設定した。
【0078】
[実験]
本実験は反転電流値と熱安定性の指標を求めるものである。記憶素子3、20に10nsから100msのパルス幅の電流を流して、その後の記憶素子の抵抗値を測定した。
さらに、記憶素子3、20に流す電流量を変化させて、この記憶素子3、20の記憶層17の磁化の向きが反転する電流値を求めた。
また、記憶素子3、20の磁気抵抗曲線を複数回測定することによって得られる保磁力の分散が記憶素子の前述した保持特性(熱安定性)の指標(Δ)に対応する。測定される保磁力の分散が少ないほど高いΔ値を持つ。そして、記憶素子間のばらつきを考慮するために、同一構成の記憶素子を各々20個程度作製して、上述の測定を行い、反転電流値及び熱安定性の指標Δの平均値を求めた。
【0079】
【表1】

【0080】
表1には試料1〜5の電流による書き込みでの磁化反転特性について、パルス幅100nsでの反転電流値とパルス幅10nsでの反転電流値の比率をまとめた。パルス幅100nsは磁化反転に熱の影響が残る領域である。反対に、パルス幅10nsは断熱領域になり、熱の影響をほぼ受けない。
したがって、100nsパルス幅および10nsパルス幅での反転電流を比べることで、短パルス領域での電流増大の程度を評価することが可能である。
反転電流は短パルス領域になるに従い増大し、数十ns以下の領域では急激に増大することが知られている。
【0081】
記憶層17に酸化物21によるグラニュラー構造22を形成した試料3〜5に対し、グラニュラー構造22のない試料1および非磁性体による構造の試料2ではパルス幅10nsにおける反転電流値の上昇が大きい。
さらには、試料3、4のように同じ酸化物21によるグラニュラー構造22においても差が生じ、実験ではグラニュラー構造22の性質が強い試料3にて短パルス領域での反転電流の抑制が強くなった。
また、試料5のように、本開示では酸化物21であれば、その材料によらずに効果を得ることができる。
【0082】
上述の効果が得られた理由は次のように考えることができる。
記憶層17の磁性体において、均一な連続膜ではなく粒状に分散しているグラニュラー構造22が導入されると、記憶層17内部の酸化物21と磁性体の界面異方性が変調される。これは特にCo−Fe−B合金と酸化物21による材料系に強く影響し、粒状化した酸化物21と磁性体が面内方向の接合を行うことで膜面内方向の界面異方性が発生する。
【0083】
つまり、膜面内方向の磁気異方性が生じる。結果、記憶層17全体でみた場合、膜面垂直方向を向く磁化に対して膜面内方向の磁化成分が混入することになり、垂直磁気異方性と面内磁気異方性を同時に有する斜め磁化の状態(磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している状態)になる。今回の実験では、酸化物21のグラニュラー構造22に対して効果が発現した、これは酸化物21がグラニュラー構造22を形成しやすいこともあるが、上記の界面異方性の起源が酸化物21であることからより強力な面内方向の磁気異方性が得られたものと考えられる。
【0084】
このモデルは、試料3、4においても反映され、グラニュラー性の強い構造(試料3)で、特に強い面内方向の磁気異方性が生じる。
【0085】
[シミュレーション]
斜め磁化が形成されることによる短パルス領域での反転電流の抑制、つまり磁化の高速反転特性の向上について、シミュレーションを行った。図5はその結果である。
図5はある電流における励起エネルギEと反転時間tsとの関係を示したものである。横軸の励起エネルギEは対数スケールでプロットしている。ここで、励起エネルギEは電流を印加した時点における磁化方向から計算される値を用いる。磁化方向は熱揺らぎによって平衡状態からずれるが、励起エネルギEが大きいほど(図5で言えば右側に行くほど)平衡状態からのずれが大きいことを意味する。
【0086】
励起エネルギEと反転時間tsの関係はつぎの(数3)であらわされる。
【数3】


斜め磁化がなく、完全に磁化が平衡状態であれば、無限の反転時間が必要であるが、実際には熱揺らぎによって励起エネルギは0以上の値となるために、有限の時間で反転が可能である。
その傾向が図5中の破線で示されている。横軸の励起エネルギEを対数スケールにした場合、破線はほぼ直線となる。そして、励起エネルギEが大きいほど、短い時間で反転することが分かる。
【0087】
一方、斜め磁化を用いた場合の励起エネルギEと反転時間tsの関係が図5中の実線で示されている。斜め磁化のない場合と異なり、励起エネルギEが減少したときの反転時間tsの増加が見られない。これは、励起エネルギEが0(図5で示した対数スケールの場合には負の無限大)のときでも、一部の磁化の向きが垂直軸から傾いているために、有限のスピントルクが働くためである。
よって、例えば、図5において20nsになるように特定の電流パルス幅を設定すると、斜め磁化状態では反転時間の飽和域に到達しているために100%の確率で反転が起きるが、斜め磁化ではない状態ではさらに印加電流値を増やし反転確率を上昇させなければならない。このため、斜め磁化を用いた実施例は短パルス領域において反転電流を低減することに好適である。
【0088】
種々の検討の結果、グラニュラー構造22を形成する材料が酸化物21であれば、斜め磁化の効果を付与する本開示の効果を受けることができ、この場合の酸化物21は酸化ケイ素、酸化マグネシウム、酸化タンタル、酸化アルミニウム、酸化コバルト、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化クロムの少なくとも一つから選択することができる。また、実験ではCo−Fe−B合金のB組成を30%としたが、TMR値や耐熱性の観点からB組成を20〜40%程度と変化させても良い。
【0089】
また、下地層14やキャップ層18は、単一材料でも複数材料の積層構造でも良い。
また磁化固定層15は、単層でも、2層の強磁性層と非磁性層から成る積層フェリピン構造を用いても良い。また積層フェリピン構造膜に反強磁性膜を付与した構造でもよい。
【0090】
<5.変形例>

本開示の記憶素子3もしくは記憶素子20の構造は、TMR素子等の磁気抵抗効果素子の構成となるが、このTMR素子としての磁気抵抗効果素子は、上述の記憶装置のみならず、磁気ヘッド及びこの磁気ヘッドを搭載したハードディスクドライブ、集積回路チップ、さらにはパーソナルコンピュータ、携帯端末、携帯電話、磁気センサ機器をはじめとする各種電子機器、電気機器等に適用することが可能である。
【0091】
一例として図6A、図6Bに、上記記憶素子3、20の構造の磁気抵抗効果素子101を複合型磁気ヘッド100に適用した例を示す。なお、図6Aは、複合型磁気ヘッド100について、その内部構造が分かるように一部を切り欠いて示した斜視図であり、図6Bは複合型磁気ヘッド100の断面図である。
複合型磁気ヘッド100は、ハードディスク装置等に用いられる磁気ヘッドであり、基板122上に、本開示の技術を適用した磁気抵抗効果型磁気ヘッドが形成されてなるとともに、当該磁気抵抗効果型磁気ヘッド上にインダクティブ型磁気ヘッドが積層形成されてなる。ここで、磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、再生用ヘッドとして動作するものであり、インダクティブ型磁気ヘッドは、記録用ヘッドとして動作する。すなわち、この複合型磁気ヘッド100は、再生用ヘッドと記録用ヘッドを複合して構成されている。
【0092】
複合型磁気ヘッド100に搭載されている磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、いわゆるシールド型MRヘッドであり、基板122上に絶縁層123を介して形成された第1の磁気シールド125と、第1の磁気シールド125上に絶縁層123を介して形成された磁気抵抗効果素子101と、磁気抵抗効果素子101上に絶縁層123を介して形成された第2の磁気シールド127とを備えている。絶縁層123は、Al23やSiO2等のような絶縁材料からなる。
第1の磁気シールド125は、磁気抵抗効果素子101の下層側を磁気的にシールドするためのものであり、Ni−Fe等のような軟磁性材からなる。この第1の磁気シールド125上に、絶縁層123を介して磁気抵抗効果素子101が形成されている。
【0093】
磁気抵抗効果素子101は、この磁気抵抗効果型磁気ヘッドにおいて、磁気記録媒体からの磁気信号を検出する感磁素子として機能する。そして、この磁気抵抗効果素子101は、上述した記憶素子3もしくは記憶素子20と同様な膜構成とされる。
この磁気抵抗効果素子101は、略矩形状に形成されてなり、その一側面が磁気記録媒体対向面に露呈するようになされている。そして、この磁気抵抗効果素子101の両端にはバイアス層128,129が配されている。またバイアス層128,129と接続されている接続端子130,131が形成されている。接続端子130,131を介して磁気抵抗効果素子101にセンス電流が供給される。
さらにバイアス層128,129の上部には、絶縁層123を介して第2の磁気シールド層127が設けられている。
【0094】
以上のような磁気抵抗効果型磁気ヘッドの上に積層形成されたインダクティブ型磁気ヘッドは、第2の磁気シールド127及び上層コア132によって構成される磁気コアと、当該磁気コアを巻回するように形成された薄膜コイル133とを備えている。
上層コア132は、第2の磁気シールド122と共に閉磁路を形成して、このインダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアとなるものであり、Ni−Fe等のような軟磁性材からなる。ここで、第2の磁気シールド127及び上層コア132は、それらの前端部が磁気記録媒体対向面に露呈し、且つ、それらの後端部において第2の磁気シールド127及び上層コア132が互いに接するように形成されている。ここで、第2の磁気シールド127及び上層コア132の前端部は、磁気記録媒体対向面において、第2の磁気シールド127及び上層コア132が所定の間隙gをもって離間するように形成されている。
すなわち、この複合型磁気ヘッド100において、第2の磁気シールド127は、磁気抵抗効果素子126の上層側を磁気的にシールドするだけでなく、インダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアも兼ねており、第2の磁気シールド127と上層コア132によってインダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアが構成されている。そして間隙gが、インダクティブ型磁気ヘッドの記録用磁気ギャップとなる。
【0095】
また、第2の磁気シールド127上には、絶縁層123に埋設された薄膜コイル133が形成されている。ここで、薄膜コイル133は、第2の磁気シールド127及び上層コア132からなる磁気コアを巻回するように形成されている。図示していないが、この薄膜コイル133の両端部は、外部に露呈するようになされ、薄膜コイル133の両端に形成された端子が、このインダクティブ型磁気ヘッドの外部接続用端子となる。すなわち、磁気記録媒体への磁気信号の記録時には、これらの外部接続用端子から薄膜コイル132に記録電流が供給されることとなる。
【0096】
以上のような複合型磁気ヘッド121は、再生用ヘッドとして磁気抵抗効果型磁気ヘッドを搭載しているが、当該磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、磁気記録媒体からの磁気信号を検出する感磁素子として、本開示の技術を適用した磁気抵抗効果素子101を備えている。そして、本開示の技術を適用した磁気抵抗効果素子101は、上述したように非常に優れた特性を示すので、この磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、磁気記録の更なる高記録密度化に対応することができる。
【0097】
なお本技術は以下のような構成も採ることができる。
(1)情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
上記記憶層に記憶された情報の基準となる膜面に垂直な磁化を有する磁化固定層と、
上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による中間層と、
を有する層構造を備え、
上記記憶層は、グラニュラー構造の酸化物の領域を含み、
上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化の向きが変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われる記憶素子。
(2)上記酸化物が酸化ケイ素、酸化マグネシウム、酸化タンタル、酸化アルミニウム、酸化コバルト、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化クロムの少なくとも一つからなる上記(1)に記載の記憶素子。
(3)上記記憶層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している上記(1)又は(2)に記載の記憶素子。
(4)上記グラニュラー構造の酸化物の存在する領域が上記記憶層に2つ以上形成されている上記(1)乃至(3)いずれかに記載の記憶素子。
(5)上記記憶層を構成する強磁性材料はCo−Fe−Bである上記(1)乃至(3)いずれかに記載の記憶素子。
【符号の説明】
【0098】
1 ゲート電極、2 素子分離層、3 20 記憶素子、4 コンタクト層、6 ビット線、7 ソース領域、8 ドレイン領域、9 配線、10 半導体基体、14 下地層、15 磁化固定層、16 中間層、17 記憶層、18 キャップ層、21 酸化物、22 グラニュラー構造、100 複合型磁気ヘッド、122 基板、123 絶縁層、125 第1の磁気シールド、127 第2の磁気シールド 、128 129 バイアス層、130 131 接続端子、132 上層コア、133 薄膜コイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
上記記憶層に記憶された情報の基準となる膜面に垂直な磁化を有する磁化固定層と、
上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による中間層と、
を有する層構造を備え、
上記記憶層は、グラニュラー構造の酸化物の領域を含み、
上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化の向きが変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われる記憶素子。
【請求項2】
上記酸化物が酸化ケイ素、酸化マグネシウム、酸化タンタル、酸化アルミニウム、酸化コバルト、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化クロムの少なくとも一つからなる請求項1に記載の記憶素子。
【請求項3】
上記記憶層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している請求項2に記載の記憶素子。
【請求項4】
上記グラニュラー構造の酸化物の存在する領域が上記記憶層に2つ以上形成されている請求項1に記載の記憶素子。
【請求項5】
上記記憶層を構成する強磁性材料はCo−Fe−Bである請求項1に記載の記憶素子。
【請求項6】
情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶素子と、
互いに交差する2種類の配線とを備え、
上記記憶素子は、
情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
上記記憶層に記憶された情報の基準となる膜面に垂直な磁化を有する磁化固定層と、
上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による中間層と、
を有する層構造を備え、
上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化の向きが変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われるとともに、
上記記憶層は、グラニュラー構造の酸化物の領域を含み、
上記2種類の配線の間に上記記憶素子が配置され、
上記2種類の配線を通じて、上記記憶素子に上記積層方向の電流が流れる記憶装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−115320(P2013−115320A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−261855(P2011−261855)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】