説明

誘導加熱を用いた熱処理方法および熱処理装置

【課題】透光性を有する被処理部材を急速昇降温させる場合であっても、加熱・冷却効率が高く、被処理部材の温度分布に生ずるバラツキを抑えることができる熱処理方法を提供する。
【解決手段】誘導加熱を利用してウェハ24を加熱し、誘導加熱コイル16の配置経路に沿って流す冷媒によりウェハ24を冷却する熱処理方法において、前記誘導加熱コイル16により誘導加熱されるグラファイト20とウェハ24とを近接させると共にこれらの間に気体層26を介在させて、誘導加熱により加熱されたグラファイト20から放射される輻射熱と気体層26を介した熱伝達によりウェハ24を加熱し、前記冷媒により冷却されたグラファイト20による輻射熱の吸収と気体層26を介した熱伝達によりウェハ24を冷却することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱処理方法、および熱処理装置に係り、特に被処理部材の加熱に誘導加熱を用いる熱処理方法、および熱処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体ウェハ等の被処理部材を急速昇温させる技術として、誘導加熱を用いることは知られている。誘導加熱を用いて半導体ウェハ等を加熱する場合の技術としては、グラファイト等の高抵抗部材で構成したサセプタの上に半導体ウェハを載置し、前記サセプタを誘導加熱するというものである。このような技術によれば、グラファイトは、誘導加熱により急速昇温したサセプタからの輻射熱を受けて短時間で昇温されることとなる。このような技術を基幹として、本願出願人は特許文献1に開示するような誘導加熱を用いた熱処理技術を提案している。
【0003】
特許文献1に開示されている技術は、複数の誘導加熱コイルを近接させて配置して加熱制御を行おうとする際に生ずる問題点である相互誘導による加熱制御の不具合を解決するための技術である。この技術を用いることによれば、近接配置した複数の誘導加熱コイルに対する投入電力の制御を確実に行うことが可能となる。そして、近接配置された各誘導加熱コイルに対する投入電力の制御を確実に行うことが可能となることにより、被誘導加熱部材であるグラファイトの温度分布を均一に、あるいは任意の温度勾配を持たせた状態で、急速昇温させることが可能となるのである。
【特許文献1】特表2005−529475号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記特許文献1に開示した技術を用いることによれば、誘導加熱コイルを用いて直接的に加熱制御を行うグラファイトの温度分布は高精度に制御することができるようになる。しかし、近年要求されてきている高精度な温度分布を維持した状態での急速昇降温制御を実現するためには、熱源となるグラファイトの温度分布を制御するだけでは不十分であるということが解った。
【0005】
なぜならば、被処理部材が接するグラファイトの表面をミクロ的に見た場合には、必ずしも平坦であるとはいえず、被処理部材とグラファイトとの間には、接触部と非接触部とが不規則に存在することとなるからである。つまり、接触部と非接触部との間には熱伝導率に違いが生ずるため、グラファイトと被処理部材との間で熱交換される熱量に違いが生じ、被処理部材の温度分布が崩れることとなるのである。
【0006】
また、熱処理温度が比較的低い(例えば500℃以下)半導体ウェハは、透光性を有するため、熱線の透過率が高く、放射率が低いといった特性を有する。このような特性を有する被処理部材では、輻射熱による加熱効率が悪く、上記のような温度分布の崩れが顕著に現れることとなる。
【0007】
そこで本発明では、誘導加熱を用いた熱処理において、透光性を有する被処理部材であっても、加熱・冷却効率を高めて急速昇温、あるいは急速降温させることができ、被処理部材の温度分布に生ずるバラツキも抑えることができる熱処理方法、および熱処理装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するためには、輻射熱による加熱・冷却に加え、伝熱による加熱・冷却作用を得る必要があると考えられる。しかし、固体間で伝熱を行う場合には必然的にそのバラツキが生じてしまうこととなる。そこで本発明では、上記目的を達成するために、誘導加熱を利用して被処理部材を加熱し、誘導加熱コイルの配置経路に沿って流す冷媒により被処理部材を冷却する熱処理方法において、前記誘導加熱コイルにより誘導加熱される被誘導加熱部材と前記被処理部材を近接させると共にこれらの間に気体層を介在させて、誘導加熱により加熱された前記被誘導加熱部材から放射される輻射熱と前記気体層を介した熱伝達とにより前記被処理部材の加熱を行い、前記冷媒により冷却された前記被誘導加熱部材による輻射熱の吸収と前記気体層を介した熱伝達とにより前記被処理部材の冷却を行うことを特徴とした。
【0009】
また、上記のような特徴を有する誘導加熱を用いた熱処理方法では、前記被誘導加熱部材と前記誘導加熱コイル配設部材との間に熱線遮蔽及び熱伝達低減部材を配置し、前記誘導加熱コイル配置部材に対する輻射熱の到達の防止及び熱伝達の低減を図ることが望ましい。
【0010】
また、上記のような特徴を有する誘導加熱を用いた熱処理方法では、前記被処理部材の加熱工程と冷却工程ではそれぞれ、誘導加熱コイルに投入する電力の調整を行うことで冷媒による冷却と加熱とのバランスを採り、被処理部材の昇温勾配、降温勾配の傾きの制御を行うようにすることができる。
【0011】
さらに、上記のような特徴を有する誘導加熱を用いた熱処理方法では、前記誘導加熱コイルは複数、近接させて配置し、それぞれの誘導加熱コイルに投入する電力を調整することで、前記被誘導加熱部材ならびに被処理部材の表面温度の温度分布の均一化を図るようにすると良い。さらにまた、前記被処理部材の加熱・冷却は、当該被処理部材の両主面に対して成されることが望ましい。
【0012】
また、上記目的を達成するための本発明に係る誘導加熱を用いた熱処理装置は、導電性の管状部材により構成することで、被処理部材の加熱用電力の投入と前記被処理部材を冷却するための冷媒の流し込みとを可能とした誘導加熱コイルと、前記誘導加熱コイルを一方の主面に密着させて前記誘導加熱コイル内を流れる熱媒体との間で熱交換を行うステージ部材と、前記ステージ部材の他方の主面に密着されて前記ステージ部材との間で熱交換を行うと共に、前記誘導加熱コイルに投入された電力に基づいて誘導加熱され、前記被処理部材の加熱時並びに冷却時の熱媒体、および加熱時の輻射熱源並びに冷却時の熱吸収源として作用する被誘導加熱部材とを有し、前記被誘導加熱部材と前記被処理部材との間に熱媒体として作用する気体層を介在させる構成としたことを特徴とする。
【0013】
また、上記のような構成の誘導加熱を用いた熱処理装置では、前記ステージ部材と前記被誘導加熱部材との間に、前記被誘導加熱部材からの輻射熱の遮蔽及び熱伝達の低減を図る遮蔽部材を配置することが望ましい。
【0014】
さらに、上記のような構成の誘導加熱を用いた熱処理装置では、前記誘導加熱コイルは、近接させて複数配置し、各誘導加熱コイルに対して、投入電力の調整を可能とした電力制御ユニットを備えることが望ましい。
【発明の効果】
【0015】
上記のような熱処理方法、および熱処理装置によれば、透光性を有する被処理部材であっても、加熱・冷却効率を高めて急速昇温、あるいは急速降温させることができ、被処理部材の温度分布に生ずるバラツキも抑えることができる。また、コイル配置部材(ステージ部材)と被誘導加熱部材との間に熱線遮蔽および熱伝達の低減を図る部材を介在させることによれば、輻射熱および急激な熱伝達によりコイル配置部材がサーマルショックを受けることを防止することができる。また、誘導加熱コイルに対する投入電力の調整により冷却と加熱とのバランスを採るようにすることで、このバランスの変調により被処理部材の温度勾配を急激に変化させることが可能となる。さらに、誘導加熱コイルを複数、近接させて配置し、各誘導加熱コイルに投入する電力を調整して被誘導加熱部材ならびに被処理部材の温度分布の均一化を図るようにすることで、被処理部材表面の温度分布制御を高精度に行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の誘導加熱を用いた熱処理方法、および熱処理装置に係る実施の形態について、図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、以下に示す実施の形態は、本発明に係る一部の実施形態であって、本発明の技術的範囲は以下の実施形態のみに拘束されるものでは無い。
【0017】
まず、図1を参照して、本発明の誘導加熱を用いた熱処理装置に係る第1の実施形態について説明する。なお、図1(A)は熱処理装置の概略断面を示す構成図であり、図1(B)は同図(A)における誘導加熱コイルの配置形態を示す平面図である。
【0018】
図1に示す熱処理装置10は、コールドウォール式の加熱炉としての構成を示している。当該熱処理装置10は、ケーシング22と、加熱・冷却ユニット12、およびグラファイト20を基本構成とする。
前記ケーシング22は、加熱炉を覆う外郭である。前記加熱・冷却ユニット12は、熱処理の対象とする半導体ウェハ等の被処理部材(以下、ウェハと称す)24を加熱または冷却するためユニットである。具体的構成としては、セラミックや石英等の非導電性耐熱部材により形成されてユニットの外殻を構成するステージ14と、当該ステージ14の内側に密着された誘導加熱コイル16(16a〜16h)、および誘導加熱コイル16を封止する樹脂部材18より構成される。ここで、誘導加熱コイル16は、管(筒)部材により構成され、内部に冷却水や冷却ガス等の冷媒を挿通させることを可能な構成としている。誘導加熱コイル16をこのような構成とすることにより、誘導加熱により発熱したグラファイト20の熱によりコイル自体が過熱されることを防止することができると共に、コイルに投入(提供)する電力をカットまたは調整することで、冷却管としての役割を担うことが可能となるのである。そして、このような構成の誘導加熱コイル16には、当該誘導加熱コイル16に電力を提供し、グラファイト20ならびにウェハ24の加熱状態を制御するための、電力制御ユニット30が接続されている。
【0019】
本実施形態における誘導加熱コイル16の全体構成は、図1(B)に示すように、半径の異なる複数(図1では8つ)の円形コイルを同心円上に近接配置する形態を採ったものである。このような構成の誘導加熱コイル16に対して電力の供給を行う電力制御ユニット30は、近接配置した誘導加熱コイル16間における相互誘導の影響を回避するために、例えば次のような構成のものとすると良い。すなわち、図示しない位相検出器と、共振型インバータ32、並びにチョッパ部34、並びに順変換部36、および電源部38とを基本とするユニットである。ここで、前記位相検出器とは、各誘導加熱コイル16に供給されている各電流間の位相差を求める手段である。また、前記共振型インバータ32とは、各誘導加熱コイル16に対応させてそれぞれ設けられ、チョッパ部34を介して供給される直流電流を交流電流へと変換する逆変換部である。また、当該共振型インバータ32は、位相検出器により検出された各電流間の位相差が、零または予め設定した位相差となるように各誘導加熱コイル16に供給する電流の位相を調整する位相調整手段としての役割も担う。また、前記チョッパ部34は、各誘導加熱コイル16に供給する電力(投入電力)を制御するための手段である。また、前記順変換部36は、電源部38より供給される交流電流(例えば三相交流電流)を直流電流に変換する役割を担う。そして、前記電源部38は、各誘導加熱コイル16と接続された順変換部36へ交流電流を供給する役割を担う。
【0020】
このような電力制御ユニット30を備えることによれば、円形を成す各誘導加熱コイル16には所望する電力を投入することが可能となる。これにより、誘導加熱コイル16に対する投入電力の多寡を調整することができ、被誘導加熱部材であるグラファイト20の加熱割合、すなわち温度分布の制御を自在に行うことが可能となる。
【0021】
前記グラファイト20は、ウェハ24を加熱する際、および冷却する際の熱媒体としての役割を担う。例えば、ウェハ24を加熱する際には、誘導加熱コイル16に供給される電力の作用により被誘導加熱部材として誘導加熱されて発熱する。一方、ウェハ24を冷却する際には、誘導加熱コイル16の内部に流し込まれた冷媒との間で熱交換を行うことで冷却される。なお、グラファイト20と誘導加熱コイル16の内部に流し込まれる冷媒との間の熱交換は、誘導加熱コイル16の構成部材(例えば銅)およびステージ14との間の熱伝達を利用して成される。
【0022】
そして、本実施形態に係る熱処理装置10では、ウェハ24を載置する際に、グラファイト20とウェハ24とを近接させると共に両者の間に気体層26を介在させるような構成が採られている。
【0023】
具体的な構成としては、次のようなものを挙げることができる。まず、図2(A)、(B)に示すような構成、すなわちサセプタ50を用いてウェハ24とグラファイト20との直接的な接点を無くすようにする構成を挙げることができる。詳細を説明すると、前記サセプタ50は、ウェハ24の外形よりも大きなリング状のフレーム52とこのフレームの内側に備えられた複数の爪54を有する。前記爪54は、ウェハ24とサセプタ50との実質的な接点を減らすために備えられており、ウェハ24は爪54の先端により支持されることとなる。このような構成によれば、サセプタ50による支持部がウェハ24における熱処理面の中に占める割合を非常に小さくすることができる。このため、当該接触点(支持部)における熱伝導率の違いは殆ど無視することができるようになるのである。なお、サセプタ50を配置する際には、サセプタ50とグラファイト20との接触も避けるようにすることが望ましい。
【0024】
次に、図3(A)、(B)、(C)に示すような構成、すなわちグラファイト20の表面に規則的な凹凸を形成し、この凸部の先端を鋭角に形成することにより構成される複数の点(図3(C)参照)、あるいは線(図3(B)参照)をもってウェハ24を支持するという構成を挙げることができる。一見平坦に見えるグラファイト20の表面であっても、ミクロ的に見た場合には、不規則な凹凸が存在したり、加熱・冷却により生ずる歪みがあったりする。これに対して積極的にグラファイト20の表面に凹凸を設け、凸部の先端を鋭角とすることでその実質的な接触面積を減らすことができる。これにより、ウェハ24とグラファイト20とが不規則に接触することを抑制することができ、熱伝達のばらつきを緩和することができる。よって、ウェハ24に生ずる温度分布のばらつきを解消することが可能となる。
【0025】
ここで、気体層は一般的に、液体や固体により構成される層に比べて伝熱効率が低い。このため、ウェハの加熱に熱伝達を利用する場合には、発熱源とウェハとを密着させることが一般的である。本発明では、発熱源であるグラファイト20とウェハ24との間に介在させる気体層26の占有面積を、ウェハ24の支持部が占有する面積よりも増やすようにすることで、熱伝導率のバラツキを抑え、ウェハ24の温度分布の均一化を図るようにしたのである。なお、本実施形態でいう気体層26とは、真空引きにより希薄になった大気の他、窒素やヘリウム、アルゴン等のプロセスガスを含むこととする。
【0026】
グラファイト20とウェハ24との間に介在させる気体層26の厚みtの適正値は、当該気体層26を構成する気体の濃度、物性等にも影響されるが、前記ウェハ24の加熱時または冷却時に、当該気体層26を熱媒体としてグラファイト20とウェハ24との間で熱交換を行うことが可能な距離とすれば良い。もっとも、急速昇降温制御を行う上では、この気体層26の厚みtの値は可能な限り小さなものとすることが望ましい。気体層26の厚みtを小さくすることにより、ウェハ24とグラファイト20との間の熱交換の即応性を高めることが可能となるからである。
【0027】
上記のような構成の熱処理装置10におけるウェハ24の加熱処理、冷却処理は、気体層26を熱媒体とした熱伝達と、輻射線の吸収または放射との双方によって成される。このため、加熱効率が悪いとされる透光性を有するウェハ(例えば加熱温度500℃以下の半導体ウェハ)に対しても、数十℃/S以上の昇降温速度を与えることができる。また、気体層26による温度分布の均熱化を図ったことより、ウェハ24の温度分布が良好となり、温度制御におけるオーバーシュートを10℃以下に制御することができる。
【0028】
また、上記のような構成の熱処理装置10では、ウェハ24は、加熱時においても、誘導加熱コイル16の内部に流し込まれた冷媒による冷却作用の影響を受ける。このため、ウェハ24に所望の温度勾配を与えて目標温度に到達させるためには、環境温度を考慮したゲインを与えた制御を実施する必要がある。本実施形態では、制御系に比例ゲインKpと積分ゲインKiを含めたPI制御を行うことで、常温のウェハ24に所望する温度勾配を与え、目標温度に到達させることとした。具体的には、ウェハ24を加熱する目標値までの温度勾配を指令値として与える。そして、ある時点における指令値とウェハ24の温度との偏差を埋めるための入力値であるグラファイト20の設定温度を比例ゲインKpを用いて算出する。この時、環境温度や冷媒等による冷却作用、すなわち環境温度が変化した場合には、比例ゲインKpによって算出された設定温度では指令値に到達することができないことがある。つまり、設定温度で加熱されたウェハ24の温度勾配が指令値として与えられた温度勾配から乖離してしまうのである。こうした乖離によって生ずる偏差(残留偏差)が、積分ゲインKiを用いて算出される設定温度の補正値により補われることで、指令値とウェハ24の温度勾配が一致することとなる。このようなウェハ24の温度の検出、グラファイト20の設定温度の算出、およびグラファイト20を設定温度に昇温させるための電力制御を繰返しフィードバックして制御することで、本実施形態の加熱制御が成される。
【0029】
ところで、ウェハ24が目標温度に到達した際には、温度勾配を0℃/sとした上で目標温度を維持させる必要がある。このような制御を実現するためには、ウェハ24の温度がオーバーシュートすることを防ぐために、加熱源であるグラファイト20の温度を目標温度以下にまで冷却する必要が生ずる。しかし、グラファイト20の温度制御は誘導加熱コイル16に対する電力投入量の調整による昇温制御のみである。このため、誘導加熱コイル16に対する投入電力をカットしたとしても、その温度低下は環境温度に依存することとなり、急激な温度低下を望むことはできないことが一般的である。これに対して本実施形態では、グラファイト20を冷媒の冷却作用により冷却することができるため、急激にその温度を低下させて、ウェハ24の温度がオーバーシュートすることを防止するという温度制御を実現することが可能となった。また、このような制御は気体層26を介して成されることとなるため、加熱・冷却制御に際してウェハ24の温度分布の均一化を図ることもできる。
【0030】
ここで、上記のような構成の熱処理装置10によりウェハ24を昇温させる際の工程(昇温工程)についてのシミュレート結果を図4に示す。図4に示すシミュレートにおけるウェハ24の目標到達温度は500℃、目標とする昇温速度(指令値)は30℃/s、気体層の厚みtは0.2mm、炉内圧力は約399Pa(3Torr)、比例ゲインKp=5、積分ゲインKi=1として設定している。また、図4において実線はウェハ24の温度(℃)、一点鎖線はグラファイト20の温度(℃)、破線は誘導加熱コイル16に投入される電力(kW)をそれぞれ示している。
【0031】
加熱開始直後は、指令値とウェハ24の温度との偏差を無くすために、入力値、すなわちグラファイト20の温度を急激に上昇させる必要がある。図4から読み取れるように、グラファイト20の温度を急激に上昇させるために、誘導加熱コイル16に対する電力投入量も急激な上昇を示している。このような急峻なPI制御を行う場合には、積分ゲインKiを小さく設定することが有利である。一方、積分ゲインKiの値が小さい場合には、ウェハ24の温度が指令値に対してオーバーシュートやハンチングといった現象が生ずる可能性が高まるため、これを防止する制御が必要となる。図4に示すシミュレーションでは、加熱開始後約3秒を境に冷媒による冷却作用でグラファイト20を冷却し、ウェハ24の温度がオーバーシュートすることを防止している。この時、誘導加熱コイル16に対する電力の投入を零としていないにも関わらずグラファイト20の温度が急激に低下していることからも、冷媒による冷却作用の大きさを読み取ることができる。
【0032】
上記のようにしてウェハ24の温度勾配を指令値に合わせ込むフィードバック制御およびグラファイト20の温度が設定値を満足するための電力制御を、ウェハ24が目標値に到達するまで行う。
【0033】
ウェハ24の目標値を500℃、指令値を30℃/sとした場合、ウェハ24の温度が常温から目標値に到達するまでには約16秒かかることとなる。そして、目標値到達以降の指令値は500℃を維持するための値であるから0℃/sということとなる。このため、図4に示すシミュレーションでは、目標温度到達後のオーバーシュートを防止するための制御が成されている。具体的には、加熱源であるグラファイト20の設定温度を急激に降温させているのである。この時、加熱対象であるウェハ24の温度制御を確実に行うために、加熱源であるグラファイト20の温度は、目標値に対してハンチングすることとなるが、この時に生ずるグラファイト20とウェハ24の温度の偏差により、昇温勾配をもって加熱されたウェハ24の温度のオーバーシュートを抑えつつ目標値に安定制御することが可能となるのである。
【0034】
また、上記熱処理装置10を用いてウェハ24の冷却を行う場合には、冷媒による冷却作用を利用して急速冷却を行うこととなるが、過冷却が生じた場合には、誘導加熱により冷却率を調整するようにすることができる。このような降温工程においても、上記のようなフィードバック制御を実行することで、ウェハ24に対して、所望する温度勾配を与えることが可能となる。
【0035】
なお実際の昇降温工程では、誘導加熱コイル16の形状や大きさ、および放射熱の影響等を受けて、グラファイト20に局所的な高温部や低温部が生ずることがある。このため、上記構成の熱処理装置10では、各誘導加熱コイル16に対する電力の投入量を微調整し、グラファイト20の主面における温度分布の均熱化を図りながらグラファイト20全体の昇降温制御を行うこととなる。
【0036】
上記実施形態では、ウェハ24は、点または線による軟接触により支持する旨記載した。しかしながらウェハ24は、ガスの噴出等によりグラファイト20から浮上させるような構成(非接触)としても良い。つまり、本実施形態の熱処理装置10は、ウェハ24を、グラファイト20に対して点接触または線接触、あるいは浮上させることにより、グラファイト20とウェハ24との間に介在される気体層26の占有面積を増加させる構成を採るものであれば良いということになる。また、上記実施形態において冷媒は、誘導加熱コイル16の内部に流し込む旨記載した。しかしながら冷媒の流し込み経路は、誘導加熱コイル16の配置形態に沿ったものであれば良く。誘導加熱コイル16とは別に設けた配管としても良い。この際、熱媒体を通す配管は、セラミックス等の耐熱性非導電性物質により構成することで、誘導加熱コイル16との間での短絡等を防止することができる。なお、上記実施例では、気体層の厚みtを0.2mmとしているが、tは0.2mmから0.5mm程度としても、本発明の効果を奏することができる。
【0037】
次に、図5を参照して、本発明の熱処理装置に係る第2の実施形態について説明する。なお、図5において図5(A)は熱処理装置の概略構成を示す側断面図であり、図5(B)は、同図(A)におけるA−A矢視における炉心部の形状を示す図である。
【0038】
本実施形態に係る熱処理装置と、第1の実施形態に係る熱処理装置との相違点は、熱処理炉の形態、およびそれに伴う誘導加熱コイル、グラファイト等の配置形態の違いであり、電力制御ユニットの構成に関しては同一とすることができる。よって、その機能を同一とする箇所には図面に100を足した符号を付して、その詳細な説明は省略することとする。
【0039】
本実施形態に係る熱処理装置110は、いわゆるホットウォール式の加熱炉の形態を示したものである。このため、本実施形態に係る熱処理装置110では、コイルの配置パターンをソレノイド型としている。詳細には、断面形状をいわゆるトラック型に形成された誘導加熱コイル116を複数、並列に配置する形態を採っている。このため、ステージ114およびグラファイト120は、誘導加熱コイル116の描くトラック型の内側に、当該形状に合わせて配置形成されている。
【0040】
このような形態の熱処理装置110であっても、上記第1の実施形態に係る熱処理装置10と同様な効果を得ることができる。また、このような形態の熱処理装置110は、ウェハ124両主面から加熱・冷却を行うことができ、より急速な昇降温を実現することができると共に、ウェハ124両主面の温度を等しくすることができる。また、ウェハ124の両主面の温度を等しくすることができることにより、両主面間に生ずる温度差に起因するウェハ124のそりを低減することができる。
【0041】
なお、図5に示す形態では、ウェハ124の両主面とグラファイト120との間の距離を相互に異なるようにしている。しかし、ウェハ124の両主面とグラファイト120との距離は、図6に示すように、互いに近接し、かつ等しい距離としても良い。本実施形態に係る熱処理装置110を、図6に示すような形態とした場合、ウェハ124を両主面側から積極的に加熱・冷却することが可能となり、図5に示す形態よりもさらに急速な昇降温制御を実現することができる。また、ウェハ124における表裏双方の主面からグラファイト120までの距離を等しくすることにより、両主面間における温度差をより小さなものとすることができ、反りの低減効果等も向上させることができる。
【0042】
次に、図7を参照して、本発明の熱処理装置に係る第3の実施形態について説明する。なお、本実施形態に係る熱処理装置は、上記第1の実施形態に係る熱処理装置の構成と近似している。よって、その構成を同一とする箇所には図面に200を足した符号を付して詳細な説明は省略することとする。
【0043】
本実施形態に係る熱処理装置210と、第1の実施形態に係る熱処理装置10との相違点は、グラファイト220とステージ214との間に不透明石英225の平板を介在させたことにある。不透明石英225とは、その材料内に微細な気泡を包含し、輻射線(赤外線)等の熱線を反射する性質を有する熱線遮蔽及び熱伝達の低減を図る部材である。なお、不透明石英225は、高純度シリカと発泡剤を用いた溶融法により製造することができる。
【0044】
不透明石英225には、上述した熱線遮蔽という性質の他、次のような性質がある。まず第1に、サーマルショック(熱衝撃)に対する耐性が高いということを挙げることができる。第2に、線膨張率が低いということを挙げることができる。第3に熱伝導率が低いということを挙げることができる。このような性質を有する不透明石英225は、急速な加熱冷却に晒される環境下であっても割れ難く、表裏面での温度差が高い場合であっても反りが生じ難いということが言える。
【0045】
ステージ214の構成材料は、第1の実施形態で述べたように、セラミック等である。セラミックのサーマルショックに対する耐性は、必ずしも高いとは言い難い。このため、激しい昇降温が繰り返されることにより割れが生ずることがある。また、誘導加熱コイル216は、ステージ214に対してロウ材を用いて固着されている。よって、線膨張率の違いにより前記部材間に生ずる引張りや圧縮の応力を受けて、ステージ214に対するロウ材の剥離、すなわち誘導加熱コイル216の脱落が生ずる可能性がある。
【0046】
このようなステージ214とグラファイト220との間に不透明石英225を介在させることにより、輻射熱によるステージ214の加熱を防ぐことができる。また、不透明石英225は熱伝導率が低いため、グラファイト220からステージ214へと伝播される熱量も抑えることができる。さらに、反りが生じ難いことから、グラファイト220の温度分布に対する悪影響も無い。
【0047】
つまり、上記のような熱処理装置210によれば、熱処理性能を維持したまま、装置の耐久性を向上させることが可能となるのである。なお、その他の構成、作用、効果については、上述した第1の実施形態に係る熱処理装置10と同様である。また、本実施形態では、熱線遮蔽、および熱伝達低減部材として、不透明石英225に替えて熱分解性窒化硼素(PBN)により構成した基板を配置することもできる。PBNは、科学的に安定で、高い耐熱性および熱衝撃性を備え、熱線遮蔽も担うことより、不透明石英225の代替品として使用することができる。
【0048】
また、本実施形態に係る熱処理装置210には、グラファイト220と不透明石英225、グラファイト220とPBNをそれぞれ別基板として重ね合わせて配置する形態のみならず、次のような形態も含むものとする。すなわち、不透明石英225またはPBNの基板の表面に、CVDやスパッタ等により、グラファイトの薄膜を形成し、不透明石英とグラファイト、またはPBNとグラファイトを一体物の基板として取り扱うという形態である。このようにして形成した基板によれば、両者の表面形状の違いによって生ずる伝熱性の偏り等を無くすことができ、熱処理精度を向上させることが可能となる。
【0049】
上記実施形態では、ウェハの両主面を同時に加熱・冷却処理する場合には、ホットウォール式の加熱炉を用いるように記載した。しかし、図8に示すような形態にすれば、コールドウォール式の加熱炉であってもウェハの両主面を同時に熱処理することが可能となる。なお、図8において図8(A)は熱処理装置の概略構成を示す側断面図であり、図8(B)は、同図(A)におけるA−A矢視を示す図である。
【0050】
図8に示す形態の熱処理装置は、上述した第1の実施形態に係る熱処理装置を、ウェハを基準として上下に線対称に配置した形態である。このため、その機能を同一とする箇所には、第1の実施形態と同一の符号を図面に付して詳細な説明は省略することとする。このような形態であれば、コールドウォール式の加熱炉であっても、ウェハの両主面を同時に熱処理することができ、上記第2の実施形態と同様な効果を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】第1の実施形態に係る熱処理装置の概略構成を示す図である。
【図2】グラファイトとウェハとの間に気体層を介在させる際の具体的手段の例を示す図である。
【図3】本発明の技術的範囲に含まれる気体層の介在に係る具体例の1つを示す図である。
【図4】本発明の熱処理装置を用いた昇温工程のシミュレート結果を示すグラフである。
【図5】第2の実施形態に係る熱処理装置の概略構成を示す図である。
【図6】第2の実施形態に係る熱処理装置における変形例の概略構成を示す図である。
【図7】第3の実施形態に係る熱処理装置の概略構成を示す図である。
【図8】コールドウォール式の加熱炉によりウェハの両主面を同時に熱処理するための形態を示す図である。
【符号の説明】
【0052】
10………熱処理装置、12………加熱・冷却ユニット、14………ステージ、16(16a〜16h)………誘導加熱コイル、18………樹脂部材、20………グラファイト、22………ケーシング、24………ウェハ(被処理部材)、26………気体層、30………電力制御ユニット、32………共振型インバータ、34………チョッパ部、36………順変換部、38………電源部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導加熱を利用して被処理部材を加熱し、誘導加熱コイルの配置経路に沿って流す冷媒により被処理部材を冷却する熱処理方法において、
前記誘導加熱コイルにより誘導加熱される被誘導加熱部材と前記被処理部材を近接させると共にこれらの間に気体層を介在させて、
誘導加熱により加熱された前記被誘導加熱部材から放射される輻射熱と前記気体層を介した熱伝達とにより前記被処理部材の加熱を行い、
前記冷媒により冷却された前記被誘導加熱部材による輻射熱の吸収と前記気体層を介した熱伝達とにより前記被処理部材の冷却を行うことを特徴とする誘導加熱を用いた熱処理方法。
【請求項2】
前記被誘導加熱部材と前記誘導加熱コイル配設部材との間に熱線遮蔽及び熱伝達低減部材を配置し、前記誘導加熱コイル配置部材に対する輻射熱の到達の防止及び熱伝達の低減を図ったことを特徴とする請求項1に記載の誘導加熱を用いた熱処理方法。
【請求項3】
前記被処理部材の加熱工程と冷却工程ではそれぞれ、誘導加熱コイルに投入する電力の調整を行うことで冷媒による冷却と加熱とのバランスを採り、被処理部材の昇温勾配、降温勾配の傾きを制御することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の誘導加熱を用いた熱処理方法。
【請求項4】
前記誘導加熱コイルは複数、近接させて配置し、それぞれの誘導加熱コイルに投入する電力を調整することで、前記被誘導加熱部材ならびに被処理部材の表面温度の温度分布の均一化を図ることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1に記載の誘導加熱を用いた熱処理方法。
【請求項5】
前記被処理部材の加熱・冷却は、当該被処理部材の両主面に対して成されることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1に記載の誘導加熱を用いた熱処理方法。
【請求項6】
導電性の管状部材により構成することで、被処理部材の加熱用電力の投入と前記被処理部材を冷却するための冷媒の流し込みとを可能とした誘導加熱コイルと、
前記誘導加熱コイルを一方の主面に密着させて前記誘導加熱コイル内を流れる熱媒体との間で熱交換を行うステージ部材と、
前記ステージ部材の他方の主面に密着されて前記ステージ部材との間で熱交換を行うと共に、前記誘導加熱コイルに投入された電力に基づいて誘導加熱され、前記被処理部材の加熱時並びに冷却時の熱媒体、および加熱時の熱源並びに冷却時の熱吸収源として作用する被誘導加熱部材とを有し、
前記被誘導加熱部材と前記被処理部材との間に熱媒体として作用する気体層を介在させる構成としたことを特徴とする誘導加熱を用いた熱処理装置。
【請求項7】
前記ステージ部材と前記被誘導加熱部材との間に、前記被誘導加熱部材からの輻射熱の遮蔽及び熱伝達の低減を図る遮蔽部材を配置したことを特徴とする請求項6に記載の誘導加熱を用いた熱処理装置。
【請求項8】
前記誘導加熱コイルは、近接させて複数配置し、各誘導加熱コイルに対して、投入電力の調整を可能とした電力制御ユニットを備えたことを特徴とする請求項6または7に記載の誘導加熱を用いた熱処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−159759(P2008−159759A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−345722(P2006−345722)
【出願日】平成18年12月22日(2006.12.22)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【Fターム(参考)】