説明

超伝導材料及びその製造方法

【課題】バルクレベルで超伝導状態となる新規な材料系を提供する。
【解決手段】超伝導薄膜101は、アモルファス状態の炭素よりなる基質111と、基質111の中に局所的に形成されたsp2混成軌道による結合(sp2結合)の部分からなる微細な複数のナノグラファイト(超伝導領域)112と、基質111の中に局所的に形成されたsp3混成軌道による結合(sp3結合)の部分からなる微細な複数のナノダイアモンド113とを備える。隣り合うナノグラファイト112は、超伝導近接効果を示す距離離間して形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノテクノロジーを基盤技術とする超伝導材料に関し、新規な超伝導ナノ複合材料を製造・利用するための超伝導材料及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超伝導を発現する材料の探索は、1911年に超伝導現象が発見されて以来、非常に多くの材料系について検討されてきた。ニオブ系の超伝導材料が、超伝導磁石、SQUIDデバイスなどの実用に供されている現在においても未だに盛んに探索がなされてており、新規な超伝導材料への期待は高い(特許文献1,2,3,4,非特許文献1,2,4,5,6,7,8参照)。
【0003】
【特許文献1】特開平10−053494号公報
【特許文献2】特開平8−306973号公報
【特許文献3】特許第2701732号公報
【特許文献4】特許第3248210号公報
【特許文献5】特開2003−096555号公報
【特許文献6】特開2002−162374号公報
【非特許文献1】J.Mannhart, et al.,"Influence of Effect Fields on Pinning in YBa2Cu3O7-σ Films", Phys. Rev. Lett., Vol.67,No.15, pp.2099-2101,1991.
【非特許文献2】H.Takayanagi, et al.,"Superconductivity Proximity Effect in the Native Inversion Layer on InAs",Phys. Rev. Lett., Vol.54,No.22, pp.2449-2452,1985.
【非特許文献3】S.Hirono, et al.," Superhard conductive carbon nanocrystallite films", Appl. Phys. Lett., Vol.80,No.3, pp.425-427,2002.
【非特許文献4】Y.Takano, et al.,"Superconductivity in diamond thin films well above liquid helium temperature",Appl. Phys. Lett., Vol.85,No.4, pp.2851-2853,2004.
【非特許文献5】M.Kocial, et al.,"Superconductivity in Ropes of Single-Walled Carbon Nanotubes",Phys. Rev. Lett., Vol.86,No.11, pp.2416-2419,2001.
【非特許文献6】I.Takesue, et al.,"Superconductivity in Entirely End-Bonded Multiwalled Carbon Nanotubes",Phys. Rev. Lett., PRL 96, pp.057001-1-057001-4,2006.
【非特許文献7】T.E.Weller, et al.,"Superconductivity in the intercalatedgraphite compounds C6Yb and C6Ca", Nature Physics, Vol.1, pp.39-41,2004.
【非特許文献8】K.Tanigaki, et al.,"Superconductivity in sodium- and lithium-containing alkai-metal fullerides",Vol.356,.pp.419-421,1992.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、1980年代に発見された銅酸化物高温超伝導体や2000年代に発見された二硼化マグネシウムの例を見ても判るように、発見以前は超伝導性が期待されていない材料系での偶発的な発見が超伝導新材料系開発のキーポイントである。このような状況は、超伝導現象発現に強い制約条件があることによる。一般には、高い電子濃度と大きな電子−格子間相互作用が必要とされ、超伝導状態が発現する材料系には限りがある。
【0005】
超伝導の研究開発は、ほとんどの場合、まず超伝導性を示す材料があり、この材料の精密な組成制御、及び、構造制御により所望の性能を得る。バルクレベルで超伝導状態とならない材料は一般に検討対象とならない。しかし、これまで既に多くの材料系での検討が行われており、バルクレベルで超伝導状態となる新規な材料系を見出すことが困難な状況にある。
【0006】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、バルクレベルで超伝導状態となる新規な材料系を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る超伝導材料は、基質と、この基質内に配置され、基質と同じ元素からなる所定条件で超伝導特性を示す複数の超伝導領域とを備え、隣り合う超伝導領域は、超伝導近接効果を示す距離離間しているようにしたものである。
【0008】
また、発明に係る超伝導材料は、基質と、基質を部分的に改質することで形成され、基質内に配置された所定条件で超伝導特性を示す複数の超伝導領域とを備え、隣り合う超伝導領域は、超伝導近接効果を示す距離離間しているようにしたものである。
【0009】
上記超伝導材料において、例えば、基質は、超伝導領域に比較してキャリア濃度が低くされている。
【0010】
上記超伝導材料において、基質は、炭素から構成されたものであればよい。この場合、基質は、アモルファス状態の炭素から構成され、超伝導領域は、sp2混成軌道による結合の炭素から構成されたものであればよい。また、基質内に配置され、sp3混成軌道による結合の炭素から構成された複数の領域を備えるようにするとよい。
【0011】
また、本発明に係る超伝導材料の製造方法は、基板の上に基質が形成された状態とする
工程と、基質に粒子線を照射することでと同じ元素からなる所定条件で超伝導特性を示す複数の超伝導領域が、隣り合う超伝導領域が超伝導近接効果を示す距離離間して基質内に形成された状態とする工程とを少なくとも備えるようにしたものである。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように、本発明によれば、基質内に配置され、基質と同じ元素からなる所定条件で超伝導特性を示す複数の超伝導領域とを備え、隣り合う超伝導領域は、超伝導近接効果を示す距離離間しているようにしたので、バルクレベルで超伝導状態となる新規な材料系が提供できるという優れた効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
【0014】
始めに、本発明の実施の形態について説明する。図1は、本発明の実施の形態における超伝導材料よりなる超伝導薄膜101の構成例を模式的に示す断面図である。超伝導薄膜101は、アモルファス状態の炭素よりなる基質111と、基質111の中に局所的に形成されたsp2混成軌道による結合(sp2結合)の部分からなる微細な複数のナノグラファイト(超伝導領域)112と、基質111の中に局所的に形成されたsp3混成軌道による結合(sp3結合)の部分からなる微細な複数のナノダイアモンド113とを備えるようにしたものである。隣り合うナノグラファイト112は、超伝導近接効果を示す距離離間して形成されている。
【0015】
sp2結合の炭素は、バルク状態では超伝導性を示すようにはならないが、機械的強度に優れるsp3結合に富むダイアモンド状態の部分(ナノダイアモンド113)を同時に備えることで、ナノグラファイト112には、大きな歪みが加わる状態となる。本実施例における超伝導材料では、ナノダイアモンド113の高い機械的強度に由来する内部応力により、ナノグラファイト112に歪みを誘起させて超伝導性を示すようにしている。
【0016】
この超伝導材料は、従来では超伝導性が確認されていない材料系の1つである炭素に対して局所的な構造変調がなされている部分を形成し、局所的に超伝導状態となる部分が形成されているようにしたものである。よく知られているように、2つの超伝導状態の領域が接近している状態では、2つの超伝導状態の領域間の非超伝導状態の領域を超伝導電流が流れる(超伝導近接効果;特許文献1,2,4,非特許文献2参照)。従って、本実施の形態における超伝導材料によれば、隣り合うナノグラファイト112が、各々超伝導近接効果により接続されており、全体として超伝導体となっている。このように、本実施の形態によれば、バルクレベルで超伝導状態となる新規な材料が得られている。
【0017】
次に、超伝導薄膜101の製造方法について図2を用いて簡単に説明する。まず図2(a)に示すように、単結晶シリコンよりなる基板102を用意し、次に、図2(b)に示すように、よく知られた熱酸化法により基板102の表面に酸化シリコンからなる絶縁層103が形成された状態とする。次に、よく知られたECR(Electron Cyclotron Resonance)スパッタ装置を用い、高純度グラファイトをターゲットとしてアルゴンのECRプラズマによりスパッタリングし、絶縁層103の上に炭素を堆積する。このことにより、図2(c)に示すように、絶縁層103の上に超伝導薄膜101が形成された状態が得られる。
【0018】
上述した超伝導薄膜101の形成におけるスパッタでは、ECRイオン源を用いてイオン化したアルゴンガスのECRイオン流が、絶縁層103(基板102)の上に照射されており、絶縁層103の上に堆積している炭素の膜に、低エネルギーで高密度のイオンが照射されていることになる。このイオン照射により、絶縁層103の上に堆積している炭素膜が部分的に改質され、基質111の中に、ナノグラファイト112とナノダイアモンド113とが形成されるようになる。これらの状態は、透過型電子顕微鏡の観察により確認されている。また、基板102にRF(バイアス)を印加してイオンの照射エネルギーを正確に制御して調整することで、形成される炭素の膜の局所的(部分的)な改質の状態を調整することも可能である。このような成膜の制御により、より高性能な超伝導材料の製造可能となり、例えば、超電導状態(電気抵抗が0)となる温度をより高くすることが可能になるものと考えられる。
【0019】
以上のようにすることで形成した超伝導薄膜101を、公知のフォトリソグラフィ技術とエッチング技術とによりパターニングして所定のパターンに成形し、得られたパターンを用いて4端子測定により電流電圧特性を調査したところ、温度4Kで電気抵抗が0になることが確認された。また、測定された電流電圧特性より、超伝導転移温度(Tc)は25Kであることが計算された。
【0020】
ところで、上記では、ナノダイアモンドの高機械強度に由来する内部応力によりナノグラファイトに歪みを誘起して超伝導材料とする例を示したが、ナノグラファイトのみでもそのサイズ、及び、エッジの状態を精密に制御すれば超伝導状態を実現することが可能である。例えば、図3に示すように、アモルファス状態の炭素よりなる基質301と、基質301の中に局所的に形成されたsp2混成軌道による結合(sp2結合)の部分からなる微細な複数のナノグラファイト302とを備える構成とすればよい。隣り合うナノグラファイト302は、超伝導近接効果を示す距離離間して形成されている。
【0021】
ナノグラファイト302の寸法(粒径)及び縁(角,エッジ)の部分の状態を精密に制御して形成することで、ナノグラファイト302大きな歪みが加わった状態とすることが可能である。このようにナノグラファイト302に大きな歪みを加えることで超伝導特性を与えれば、前述同様に、超伝導特性を示す複数の微細な領域を備えた超伝導材料が得られる。
【0022】
ところで、不純物原子を導入したグラファイトやフラーレンなどの炭素材料において、超伝導現象が観測されることが報告されている。これらのことより、上述した実施の形態における超伝導材料においても、同様の不純物を導入することで超伝導特性の向上が見込める。例えば、10%未満のカリウム及びカルシウムなどのアルカリ金属及びアルカリ土類金属の導入により、超伝導特性の向上が見込める。
【0023】
また、上述した実施の形態において、ナノグラファイト112は、不純物が導入されていなくても十分なキャリア濃度を有するため、超伝導領域となり得るが、ナノダイアモンド113の部分には、キャリアを誘起することはできず、超伝導領域とはならない。しかしながら、ボロンなどの不純物を導入することで、ナノダイアモンド113の部分においても、十分なキャリアの誘起が可能となり、この領域も超伝導領域として機能させることができる。この場合、ナノグラファイト112に加え、ナノダイアモンド113の部分も、各々超伝導近接効果を示す距離離間して形成された状態とすればよい。
【0024】
なお、炭素膜を作製する方法としては、スパッタ法が好適でありターゲットとしては高純度のグラファイト、スパッタガスとしては高純度の不活性ガスを使用すると良好な結果得られることが判明しているが、これ以外のターゲット、スパッタガスを用いても同様な効果が得られれば問題は無い。
【0025】
カーボンターゲットを用いたスパッタ法以外で作製したカーボン系薄膜、例えばsp3結合を主体とするアダマンタン(C1016)薄膜、あるいは、これに類似した化合物、又は、sp2結合を主体とするフェナントレン(C1410)、ペンタセン(C2214)などの多環芳香族を、昇華法あるいはスピンコートなどにより基板に被着させても構わない。ただし、カーボン膜に水素が含まれていると電気特性が良好な膜は得られないため、これを超伝導体とするには少なくとも超伝導領域とする部分の水素を完全に除去するような改質を行う必要がある。
【0026】
また、水素を含まないカーボン系材料としてHOPG(Highly Oriented Pyrolytic Graphite:高配向熱分解黒鉛)を用い、これにイオン照射などの粒子線の照射を施して部分的に改質された微小な領域を確率的に形成することで、前述同様の超伝導材料としても良い。ただし、通常の改質手段では材料の表層のみしか改質されないためこれを考慮して使用するする必要がある。
【0027】
以上に説明したように、本発明では、従来、超伝導性が確認されていない材料系に対し、局所的な構造変調を行い部分的に超伝導特性を備えさせることで、全体として超伝導特性が得られるようにしている。従来、組成及び構造の均質な材料の超伝導特性が最も良好であると考えられているため、多くの超伝導材料探索においては均質な材料系がその対象となってきた。この材料探索の過程で、通常の比較的簡便な手法で均質な試料が得られる材料系であって、特に見るべき超伝導特性が得られない材料系に於いては、その後、ほとんど探索がなされていない。
【0028】
しかし、発明者らはナノ構造制御技術を適用すれば、従来、超伝導特性を示さない材料系においても超伝導特性が発現するのではないかと推測し、各種の検討を行った結果、その実現が可能であることを発見し、本発明の想起に至つた。局所的な構造制御により、従来超伝導性が報告されていない材料であるバルク状態の炭素で超伝導状態が発現することを発明者らは発見した。
【0029】
炭素は、上述した局所的に実現できる超伝導領域をある一定以上の割合で増大させた場合に、超伝導性能が著しく劣化する材料である。従って、炭素と同様に、局所的に実現できる超伝導領域をある一定以上の割合で増大させると、超伝導性能が著しく劣化する系、すなわち、均質な系では特に見るべき超伝導特性が得られない材料であれば、炭素以外の材料においても本発明が適用可能であると考えられる。従って、本発明の第1の本質的な要件は、均質な材料中に超伝導を発現する一定以上の領域を発現せしめることにある。これは、例えばナノ構造制御技術を用いることで実現できる。
【0030】
また、本発明における超伝導材料では、局所的に発現した超伝導領域を接続して、全体として超伝導体として動作することを可能とするために、超伝導的性質が、超伝導状態となった領域から、ある一定の距離だけ外へ漏れ出す性質が関与しているものと考えられる。これが、本発明の第2の本質的な要件である。この性質は、超伝導近接効果と呼ばれ超伝導状態に付随する普遍的な現象である。例えば、超伝導状態の2つの領域が接近してなる構造においては、2つの超伝導状態の領域間の非超伝導状態の領域を超伝導電流が流れることが知られている。
【0031】
2つの超伝導領域が非常に接近した状態で絶縁膜に隔てられている状態で、超伝導電流がトンネル効果を利用して流れることを利用する電子デバイスはジョセフソン素子と呼ばれ、超伝導デバイスとしては一般的なデバイスである。また、材料系によつてはリソグラフィ技術で作製されるギャップを隔てても超伝導電流が流れる場合があり、このような場合には、ギャップ領域の電子物性を制御することにより、超伝導電流を制御して、あたかも電界効果素子として動作されることも可能である。
【0032】
超伝導状態とならない材料系においても、局所的に超伝導状態が実現される領域があり、かつ、その領域が超伝導近接効果により接続されていれば全体として超伝導体として活用できるものと考えられる。この実現には特殊なナノ構造制御技術が重要となる。
【0033】
比較的均質な材料が容易に得られる手法、例えばスパッタリング法により均質な材料の膜を作製する。この状態では、この材料は超伝導特性を有さなくてもかまわない。この膜を、堆積中、或いは、堆積後に膜の構造を改質する処理を行い、部分的に超伝導特性を有するように改質する。超伝導領域を近接効果が有効に働く程度に接近するように改質を行うことにより、材料全体が超伝導材料として動作することになる。この時、超伝導領域の周囲の非超伝導領域の特性は特に問わない。
【0034】
ただし、上述した超伝導領域の改質の度合いが進み、ある一定以上の割合を占めた場合、超伝導特性が著しく劣化するか消失するため、改質条件には十分注意を払う必要がある。この状態を図4に示す。改質の度合いが進行し、基質401に分散している超伝導特性を示す部分402が、互いに接触した状態となると、これは一般的な物質の構成と同様である。
【0035】
この時、あまり複雑な材料系を用いると局所的な改質の効果が十分では無くなる可能性があるため、なるべく単純な系、望ましくは主成分が単一元素で構成されているとよい。ただし、複雑な化合物系でも局所的な改質により全体として超伝導特性が発現させられれば良い。
【0036】
また、堆積の手法は特に限定しないが、ナノオーダーの改質を行うには、熱平衡状態で作製された膜は好ましくないため、熱CVDやMBEといつた手法よりも、プラズマCVDやスパッタリング法、蒸着法などの熱的に非平衡なプロセスで膜形成を行う方が良い。
【0037】
膜改質手法については、局所的な構造変調を行うことが可能な、比較的エネルギーの低いイオンの均一的な照射により行えばよい。また、高エネルギー粒子線(イオン又は電子)の照射であれば、不均一な分布での部分的な照射により、上述した部分的に超伝導状態とする膜改質を行えばよい。ただし、他の手法でも局所的な改質が行えれば問題は無い。また、改質を堆積中に行うか、堆積後に行うかはどちらでも構わないが、堆積中に行うことができれば工程を簡略化できる。
【0038】
次に、構造変調を行った局所的な部分(超伝導領域)の間の距離について考える。近接効果が及ぶ距離については材料系により大きく異なることが知られている。いわゆる高温超伝導材料に於いては、1nm以下であることが知られている。この状態を得るためには、非常に困難な制御を行う必要がある。残念ながら現状ではこのような局所構造制御技術は存在しない。従つて、隣り合う超伝導領域の距離としては現実的には10nm以上1μm以下とすることが実際上は有利である。改質して超伝導状態となった材料の近接効果が及ぶ距離がこの程度であれば、前述した改質方法により全体として超伝導特性を示すような材料系を構成することが可能である。
【0039】
局所的な構造制御により発現した超伝導の近接効果距離は、既知の超伝導材料に比較して大きくすることも可能であるので、このような改質系は従来の超伝導材料に比較して高性能な特性を有する。もちろん、将来的に技術の進歩により局所改質技術が向上して、1nm程度まで接近した局所領域を改質する技術の出現を否定するものではない。
だたし、もし1μm以上の距離が有っても十分な近接効果特性を示す材料系が発見された場合は、このような系は、既知のリソグラフィ技術を援用してより高精度に局所改質を行つた方がより高性能な材料を得られるものと思われる。
【0040】
ところで、上述したような局所改質による超伝導の近接効果結合を基盤とする材料が実現できても、微細な超伝導領域の周囲の基質の部分が良導体である場合、従来の超伝導材料と区別するには、高度な顕微鏡法を用いる必要がある。これに対し、基質の部分が絶縁体である、もしくは超伝導発現温度域でキャリアが少ない半導体である場合、特性の温度依存性から従来よりある超伝導材料を区別することが可能である。
【0041】
良導体の基質の中に部分的に超伝導領域を形成した超伝導材料では、電気抵抗の温度依存性は図5に示すようになり、従来の超伝導材料の特性と区別が付かない。この状態では、局所的な超伝導状態を確認するには、MFMやローレンツ顕微鏡などの高分解能の観察手段で特定をする必要がある。
【0042】
一方、絶縁体の基質の中に部分的に超伝導領域を形成した超伝導材料では、電気抵抗の温度依存性が、図6に示すようになる。また、半導体の基質の中に部分的に超伝導領域を形成した超伝導材料では、電気抵抗の温度依存性が、図7に示すようになる。改質した超伝導領域の周囲の領域が絶縁体の場合、超伝導転移温度より高い状態では、全体として絶縁体となっており、図6に示すように、超伝導温度以上ではほとんど電流が流れない。この材料は、改質した領域が超伝導状態となり近接効果により近接した超伝導領域が接続することにより初めて導電性を示すことになる。
【0043】
また、基質が超伝導発現温度域でキャリアが少ない半導体である場合は、高温状態では全体として半導体的な性質を示し、温度の低下と共にキャリアが減少するため抵抗が大幅に上昇する。さらに温度が低下して、改質した領域が超伝導状態となると、近接効果により全体として超伝導状態となる。前述した実施の形態における超伝導薄膜101この場合に当たり、このような特性を有する材料は発見されておらず、本発明により初めて見出されたものである。sp2結合の部分とsp3結合の部分とが混在している炭素膜は、機械的強度が高く、また、化学的に安定であるため、保護被膜や電気化学分析の電極などに応用されている(特許文献5,6,非特許文献3参照)。しかしながら、sp2結合の部分とsp3結合の部分とが混在している炭素膜が、上述したように超伝導特性を示すことは、発明者らが初めて見出したものである。
【0044】
従来の超伝導体は、材料全域が超伝導状態になる場合が多く、この場合、キャリア濃度が高いため電界により伝導特性を制御することができなかった。本発明による超伝導材料においては、既に報告がある超伝導近接効果デバイスの例から推測すると、良好な電界効果を示すことは容易に推測される。これは、超伝導材料としてはこれまで実現されていなかった特性であり、ナノ構造制御技術により初めて実現される効果である。
【0045】
ところで、前述したように、イオン照射などの改質手段により局所的に非平衡状態を発現させ、限定された領域を超伝導材料とするのが本発明の本質であるが、この手法により得られる改質領域を例えば1μm程度まで大きくすることは困難である。非平衡状態である改質領域が大きくなると平衡状態への緩和が起こり易くなり、これが超伝導特性を劣化させることになる。これは望ましい状況では無い。このような緩和を防ぐためには、改質領域の寸法が非平衡状態を保持できる程度に微細であることが必要である。
【0046】
この寸法は材料系により異なるが、概ね100nm以下である。例えば、熱平衡状態での成長法である熱CVDにより得られる最小の結晶粒寸法が参考になろう。例えば多くの金属材料においては最小の結晶粒寸法は概ね100nm程度である。またシリコンなどの半導体でも多くの場合、数十nmである。また、特殊な例としてカーボン系ではフラーレン、CNTが1nm級の結晶寸法を有する。
【0047】
本発明の本質は、上記のような寸法を目安とする非平衡状態にある改質領域を均一な組成の材料中に発現させることであるものと考えられる。多元素で構成される材料でも原理的には可能であると思われるが、一般には局所改質により相分離が起こりむしろ緩和された平衡状態に近い組織が形成される。この状況は望ましく無い。構成元素数が少なければ制御はより容易になる。この観点からは主要構成元素が例えば1種類であれば、不純物レベルで多数の種類の元素が導入されていても問題はない。
【0048】
既知の手段による改質を行う場合、一般的な化合物の場合、局所的な組成の変調が起こり易い。組成の変調は、原子オーダーのスケールで起こる場合が多く、欠陥、原子欠損の様な形態で発現し、超伝導特性の向上には不利である。一方、単体材料、特に遷移金属系の場合、改質により局所的な構造変調を発現させるのは困難である。これらに対し、ボロン、カーボン、シリコンなどの比較的軽い元素の場合、局所的な構造変調を発現させ易い。
【0049】
特に、カーボンの場合は、単体元素の状態で、その主な原子間の結合様式には、sp2混成軌道による結合(sp2結合)とsp3混成軌道による結合(sp3結合)があり、各々を一定の領域で安定に存在させることが可能である。このように単体元素において2種類の結合様式が個別に安定に存在するのはカーボンのみであり、これは局所改質を行う上では有効な特性である。前述した実施の形態における超伝導材料は、この特性を生かしたものである。
【0050】
sp2結合を持つグラファイトは、バルク状態では超伝導にはならないが、大きな歪みを加えれば超伝導特性を示す。一方、sp3結合を有するダイアモンドは機械的な強度に優れる。これらの特性を組み合わせて、機械的強度に優れてsp3結合に富むナノダイアモンドを含むカーボンマトリクス中に超伝導特性を有するカーボン構造として歪みの大きなナノグラファイトを埋め込み、ナノグラファイト同士を超伝導近接効果により結合される程度の距離に配置することにより高性能な超伝導材料を創製することが可能となる。
【0051】
ところで、カーボンナノチューブを金属酸化物マトリクスに埋め込むことで、超伝導特性が発現することが報告されている(非特許文献6参照)。このカーボンナノチューブの超伝導特性に比べ、前述した本実施の形態の超伝導材料では、磁気ピン留め効果が大きく、臨界磁場を大きくできる点がある。これも炭素のマトリクスの効果であり、主要構成元素を炭素とする超伝導材料の有効な点である。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明の実施の形態における超伝導材料よりなる超伝導薄膜101の構成例を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明の実施の形態における超伝導薄膜101の形成方法の一例を示す工程図である。
【図3】本発明の実施の形態における他の超伝導材料の構成例を模式的に示す断面図である。
【図4】超伝導領域の改質の度合いが進んである一定以上の割合を占め、超伝導特性が著しく劣化しまた消失する状態を説明するための構成図である。
【図5】良導体の基質の中に部分的に超伝導領域を形成した超伝導材料における電気抵抗の温度依存性を示す特性図である。
【図6】絶縁体の基質の中に部分的に超伝導領域を形成した超伝導材料における電気抵抗の温度依存性を示す特性図である。
【図7】半導体の基質の中に部分的に超伝導領域を形成した超伝導材料における電気抵抗の温度依存性を示す特性図である。
【符号の説明】
【0053】
101…超伝導薄膜、102…基板、103…絶縁層、111…基質、112…ナノグラファイト、113…ナノダイアモンド。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基質と、
前記基質内に配置され、前記基質と同じ元素からなる所定条件で超伝導特性を示す複数の超伝導領域と
を備え、
隣り合う前記超伝導領域は、超伝導近接効果を示す距離離間している
ことを特徴とする超伝導材料。
【請求項2】
基質と、
前記基質を部分的に改質することで形成され、前記基質内に配置された所定条件で超伝導特性を示す複数の超伝導領域と
を備え、
隣り合う前記超伝導領域は、超伝導近接効果を示す距離離間している
ことを特徴とする超伝導材料。
【請求項3】
請求項1又は2記載の超伝導材料において、
前記基質は、前記超伝導領域に比較してキャリア濃度が低くされている
ことを特徴とする超伝導材料。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の超伝導材料において、
前記基質は、炭素から構成されたものである
ことを特徴とする超伝導材料。
【請求項5】
請求項4記載の超伝導材料において、
前記基質は、アモルファス状態の炭素から構成され、
前記超伝導領域は、sp2混成軌道による結合の炭素から構成されたものである
ことを特徴とする超伝導材料。
【請求項6】
請求項5記載の超伝導材料において、
前記基質内に配置され、sp3混成軌道による結合の炭素から構成された複数の領域を備える
ことを特徴とする超伝導材料。
【請求項7】
基板の上に基質が形成された状態とする工程と、
前記基質に粒子線を照射することで前記と同じ元素からなる所定条件で超伝導特性を示す複数の超伝導領域が、隣り合う前記超伝導領域が超伝導近接効果を示す距離離間して前記基質内に形成された状態とする工程と
を少なくとも備えることを特徴とする超伝導材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−7216(P2009−7216A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−171802(P2007−171802)
【出願日】平成19年6月29日(2007.6.29)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】