説明

車両の走行制御装置

【課題】旋回補助制御及び制御対象車輪の全てについてのトラクション制御の両者が同時に行われる場合に、駆動要求が満たされない不満を運転者が感じる虞れを低減する。
【解決手段】旋回外輪に比して旋回内輪の前後力が小さくなるよう車輪の前後力を制御する旋回補助制御と、車輪の駆動スリップが過大であるときには当該車輪の前後力を低減することにより駆動スリップを低減するトラクション制御とを行う車両の走行制御装置。旋回補助制御の実行中にトラクション制御によって全ての制御対象車輪の前後力が低減される状況に於いては、旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減量を小さくし、或いは旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減を中止する。これにより旋回内輪の前後力の低減量が減少する量にて車両全体の駆動力が増大される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の走行制御装置に係り、更に詳細には旋回外輪に比して旋回内輪の前後力が小さくなるよう車輪の前後力を制御する旋回補助制御と、車輪の駆動スリップが過大であるときには当該車輪の前後力を低減することにより駆動スリップを低減するトラクション制御とを行う走行制御装置に係る。
【背景技術】
【0002】
旋回補助制御、例えば旋回内側後輪に制動力を付与することにより車両の旋回性能を向上させる制御は既に知られており、例えば下記の特許文献1に記載されている。またトラクション制御、例えば駆動スリップが過大な車輪に制動力を付与して駆動スリップを低減する制御も既によく知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−49020号公報
【発明の概要】
【0004】
〔発明が解決しようとする課題〕
旋回補助制御及びトラクション制御の内容は互いに異なるが、制御対象車輪が互いに異なる場合には二つの制御は互いに干渉しない。よって旋回補助制御及びトラクション制御の両者が同時に実行される場合がある。
【0005】
しかし旋回補助制御及びトラクション制御の両者が同時に実行される場合には、車両全体の駆動力が制限されることに起因して、運転者の駆動要求が満たされないことに起因して運転者が不満を感じることがある。
【0006】
即ち旋回補助制御により旋回内輪に制動力が付与されている状況に於いて、トラクション制御の制御対象車輪の全てにトラクション制御による制動力が付与されるようになると、車両の全体の駆動力を実質的にそれ以上増大させることができない。よって運転者は駆動操作量を増大させても車両の全体の駆動力を増大させることができず、そのため駆動要求が満たされないことの不満を感じる。
【0007】
以上の場合と同様の問題は、旋回補助制御による制動力の付与がトラクション制御による制動力の付与よりも先に行われている場合に限られるものではなく、制動力の付与の順序が逆の場合にも生じる。即ち旋回補助制御が実行されるときにトラクション制御の制御対象車輪となる全ての車輪にトラクション制御による制動力が付与されている状況に於いて、旋回補助制御により旋回内輪に制動力を付与する必要が生じても、以上の場合と同様の問題が発生する。
【0008】
本発明は、旋回補助制御及び制御対象車輪の全てについてのトラクション制御の両者が同時に行われる場合に於ける上述の問題に着目してなされたものである。そして本発明の主要な課題は、旋回補助制御及びトラクション制御の両者が同時に行われる場合には状況に応じて旋回補助制御を制限することにより、駆動要求が満たされないことの不満を運転者が感じる虞れを低減することである。
【0009】
〔課題を解決するための手段及び発明の効果〕
上述の主要な課題は、本発明によれば、旋回内輪の前後力を低減することにより旋回外輪に比して旋回内輪の前後力が小さくなるよう車輪の前後力を制御する旋回補助制御と、車輪の駆動スリップが過大であるときには当該車輪の前後力を低減することにより駆動スリップを低減するトラクション制御とを行う車両の走行制御装置に於いて、前記旋回補助制御の実行中に前記トラクション制御によって全ての制御対象車輪の前後力が低減される状況に於いては、前記旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減量を小さくすることを特徴とする車両の走行制御装置(請求項1の構成)、又は旋回内輪の前後力を低減することにより旋回外輪に比して旋回内輪の前後力が小さくなるよう車輪の前後力を制御する旋回補助制御と、車輪の駆動スリップが過大であるときには当該車輪の前後力を低減することにより駆動スリップを低減するトラクション制御とを行う車両の走行制御装置に於いて、前記旋回補助制御が実行されるときに前記トラクション制御の制御対象車輪となる全ての車輪の前後力が低減されている状況に於いて、前記旋回補助制御により旋回内輪の前後力の低減する必要が生じても、前記旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減を行わないことを特徴とする車両の走行制御装置(請求項7の構成)によって達成される。
【0010】
上記前者の構成によれば、旋回補助制御の実行中にトラクション制御によって全ての制御対象車輪の前後力が低減される状況に於いては、旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減量が小さくされる。よって旋回内輪の前後力の低減量が小さくされる量に相当する量にて車両全体の駆動力が増大されるので、駆動要求が満たされないことの不満を運転者が感じる虞れを低減することができる。
【0011】
また上記後者の構成によれば、旋回補助制御が実行されるときにトラクション制御の制御対象車輪となる全ての車輪の前後力が低減されている状況に於いて、旋回補助制御により旋回内輪の前後力を低減する必要が生じても、旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減は行われない。よって旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減が行われることに起因して車両全体の駆動力が低下することが回避されるので、駆動要求が満たされないことの不満を運転者が感じる虞れを低減することができる。
【0012】
また本発明によれば、上述の主要な課題を効果的に達成すべく、上記請求項1の構成に於いて、車両は前記旋回補助制御によって旋回内側後輪の前後力が低減される四輪駆動車であり、前記旋回補助制御の実行中に前記トラクション制御によって全ての制御対象車輪の前後力が低減されるときに、前記旋回補助制御による旋回内側後輪の前後力の低減量を小さくするよう構成される(請求項2の構成)。
【0013】
上記の構成によれば、旋回補助制御によって旋回内側後輪の前後力が低減される四輪駆動車に於いて、駆動要求が満たされないことの不満を運転者が感じる虞れを低減することができる。
【0014】
また本発明によれば、上述の主要な課題を効果的に達成すべく、上記請求項1の構成に於いて、車両は前記旋回補助制御によって旋回内側後輪の前後力が低減される前輪駆動車であり、前記旋回補助制御の実行中に前記トラクション制御によって左右前輪の前後力が低減されるときに、前記旋回補助制御による旋回内側後輪の前後力の低減量を小さくするよう構成される(請求項3の構成)。
【0015】
上記の構成によれば、旋回補助制御によって旋回内側後輪の前後力が低減される前輪駆動車に於いて、駆動要求が満たされないことの不満を運転者が感じる虞れを低減することができる。
【0016】
また本発明によれば、上述の主要な課題を効果的に達成すべく、上記請求項1の構成に於いて、車両は前記旋回補助制御によって旋回内側後輪の前後力が低減される後輪駆動車であり、前記旋回補助制御の実行中に前記トラクション制御によって旋回外側後輪の前後力が低減されるときに、前記旋回補助制御による旋回内側後輪の前後力の低減量を小さくするよう構成される(請求項4の構成)。
【0017】
上記の構成によれば、旋回補助制御によって旋回内側後輪の前後力が低減される後輪駆動車に於いて、駆動要求が満たされないことの不満を運転者が感じる虞れを低減することができる。
【0018】
また本発明によれば、上述の主要な課題を効果的に達成すべく、上記請求項1乃至4の構成に於いて、前記旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減を中止するよう構成される(請求項5の構成)。
【0019】
上記の構成によれば、旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減が中止されるので、旋回内輪の前後力の低減量が小さくされる場合に比して、駆動要求が満たされないことの不満を運転者が感じる虞れを効果的に低減することができる。
【0020】
また本発明によれば、上記請求項1乃至4の構成に於いて、前後力が低減される旋回内輪の制動スリップ率が基準値以上であるときには当該旋回内輪の前後力の低減量を小さくし、前後力が低減される旋回内輪の制動スリップ率が前記基準値未満であるときには当該旋回内輪の前後力の低減を中止するよう構成される(請求項6の構成)。
【0021】
上記の構成によれば、前後力が低減される旋回内輪の制動スリップ率に関係なく旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減が中止される場合に比して、車両全体の駆動力が急激に増大変化する虞れを低減することができる。
【0022】
尚本願に於いて、車輪の「前後力」は車両の進行方向を正とする制駆動力である。そして前後力の低減は車両の進行方向の前後力の大きさを小さくすることのみならず、車両の進行方向の前後力を発生している車輪に車両の進行方向とは逆方向の前後力を付加することを含むものである。
【0023】
また本願に於いて、「旋回内側後輪」は車両の進行方向に対し後ろ側にある旋回内輪を意味する。よって「旋回内側後輪」の「後輪」は車両が前進するときには車両の後輪であるが、車両が後進するときには車両の前輪である。
【0024】
〔課題解決手段の好ましい態様〕
本発明の一つの好ましい態様によれば、上記請求項1乃至7の構成に於いて、旋回補助制御は旋回内輪に制動力を付与することにより車両に旋回補助方向のヨーモーメントを付与する制御であるよう構成される。
【0025】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記の構成に於いて、旋回内輪は旋回内側後輪であるよう構成される。
【0026】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項1乃至7の構成に於いて、トラクション制御は制御対象車輪に制動力を付与することにより当該車輪の駆動スリップを低減する制御であるよう構成される。
【0027】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項1乃至7の構成に於いて、車両はオフロード車であるよう構成される。
【0028】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記の構成に於いて、旋回補助制御は旋回内側後輪がロック状態になるまで旋回内側後輪に制動力を付与するよう構成される。
【0029】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項2の構成に於いて、旋回補助制御により前後力が制御される旋回内輪を除く三輪の車輪速度うち最も低い車輪速度がトラクション制御の基準車輪速度に設定されるよう構成される。
【0030】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記の構成に於いて、旋回補助制御の実行中にトラクション制御によって二つの制御対象車輪の前後力が低減されるときに、旋回補助制御による旋回内側後輪の前後力の低減量を小さくするよう構成される。
【0031】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項2の構成に於いて、旋回補助制御により前後力が制御される旋回内輪を除く三輪の車輪速度うち最も低い車輪速度と旋回補助制御により前後力が制御される旋回内輪の車輪速度とに基づいてトラクション制御の基準車輪速度が設定されるよう構成される。
【0032】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記の構成に於いて、旋回補助制御の実行中にトラクション制御によって三つの制御対象車輪の前後力が低減されるときに、旋回補助制御による旋回内側後輪の前後力の低減量を小さくするよう構成される。
【0033】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項6の構成に於いて、前後力が低減される旋回内輪の車輪速度が0であるときには当該旋回内輪の前後力の低減量を小さくし、前後力が低減される旋回内輪の車輪速度が正の値であるときには当該旋回内輪の前後力の低減を中止するよう構成される。
【0034】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項7の構成に於いて、車両は旋回補助制御によって旋回内輪の前後力が低減される四輪駆動車であり、旋回補助制御により前後力が制御される旋回内輪を除く三輪の車輪速度うち最も低い車輪速度と旋回補助制御により前後力が制御される旋回内輪の車輪速度とに基づいてトラクション制御の基準車輪速度が設定され、トラクション制御により三つの制御対象車輪の前後力が低減されている状況に於いて、旋回補助制御により旋回内輪の前後力を低減する必要が生じても、旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減を行わないよう構成される。
【0035】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項7の構成に於いて、車両は旋回補助制御によって旋回内側後輪の前後力が低減される四輪駆動車であり、旋回補助制御により前後力が制御される旋回内側後輪を除く三輪の車輪速度うち最も低い車輪速度と旋回補助制御により前後力が制御される旋回内側後輪の車輪速度とに基づいてトラクション制御の基準車輪速度が設定され、トラクション制御により三つの制御対象車輪の前後力が低減されている状況に於いて、旋回補助制御により旋回内側後輪の前後力を低減する必要が生じても、旋回補助制御による旋回内側後輪の前後力の低減を行わないよう構成される。
【0036】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項7の構成に於いて、車両は旋回補助制御によって旋回内側後輪の前後力が低減される前輪駆動車であり、トラクション制御によって左右前輪の前後力が低減されている状況に於いて、前記旋回補助制御により旋回内側後輪の前後力を低減する必要が生じても、旋回補助制御による旋回内側後輪の前後力の低減を行わないよう構成される。
【0037】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項7の構成に於いて、車両は旋回補助制御によって旋回内側後輪の前後力が低減される後輪駆動車であり、トラクション制御によって旋回外側後輪の前後力が低減されている状況に於いて、前記旋回補助制御により旋回内輪の前後力を低減する必要が生じても、旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減を行わないよう構成される。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】四輪駆動車に適用された本発明による車両の走行制御装置の第一の実施形態を示す概略構成図である。
【図2】第一の実施形態に於ける旋回補助制御のルーチンを示すフローチャートである。
【図3】第一の実施形態に於けるトラクション制御のルーチンを示すフローチャートである。
【図4】前輪駆動車に適用された本発明による車両の走行制御装置の第二の実施形態を示す概略構成図である。
【図5】第二の実施形態に於ける旋回補助制御のルーチンを示すフローチャートである。
【図6】後輪駆動車に適用された本発明による車両の走行制御装置の第三の実施形態を示す概略構成図である。
【図7】第三の実施形態に於ける旋回補助制御のルーチンを示すフローチャートである。
【図8】第一の実施形態に対応する本発明による車両の走行制御装置の第一の修正例に於ける旋回補助制御のルーチンを示すフローチャートである。
【図9】第二の実施形態に対応する本発明による車両の走行制御装置の第二の修正例に於ける旋回補助制御のルーチンを示すフローチャートである。
【図10】第三の実施形態に対応する本発明による車両の走行制御装置の第三の修正例に於ける旋回補助制御のルーチンを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を好ましい幾つかの実施形態について詳細に説明する。
【0040】
第一の実施形態
図1は四輪駆動車に適用された本発明による車両の走行制御装置の第一の実施形態を示す概略構成図である。
【0041】
図1に於いて、100は車両102に搭載された走行制御装置を全体的に示している。また10はエンジンを示しており、エンジン10の駆動力はトルクコンバータ12及びトランスミッション14を介して出力軸16へ伝達される。出力軸16の駆動力は駆動状態を切替えるトランスファー18により前輪用駆動軸20若しくは後輪用駆動軸22へ伝達される。エンジン10の出力は運転者により操作されるアクセルペダル23の踏み込み量等に応じてエンジン制御装置24により制御される。
【0042】
またトランスファー18は駆動状態を4WD状態と2WD状態とに切替えるアクチュエータを含み、該アクチュエータは運転者により操作される選択スイッチ(SW)26に応答して4WD制御装置28により制御される。選択スイッチ26はH4位置、H2位置、N位置、L4位置に切替えられるようになっている。
【0043】
選択スイッチ26がH4位置にあるときには、トランスファー18は出力軸16の駆動力を前輪用駆動軸20及び後輪用駆動軸22へ伝達する4WD位置に設定される。これに対し選択スイッチ26がH2位置にあるときには、トランスファー18は出力軸16の駆動力を後輪用駆動軸22のみへ伝達する2WD位置に設定される。選択スイッチ26がN位置にあるときには、トランスファー18は出力軸16の駆動力を前輪用駆動軸20及び後輪用駆動軸22の何れにも伝達しない位置に設定される。更に選択スイッチ26がL4位置にあるときには、トランスファー18はH4位置の場合よりも低車速高トルク用の駆動力として出力軸16の駆動力を前輪用駆動軸20及び後輪用駆動軸22へ伝達する4WD位置に設定される。
【0044】
図1に示されている如く、4WD制御装置28は選択スイッチ26より入力される指令信号に基づきトランスファー18に対する4WD制御装置28の指令位置が2WD位置及び4WD位置の何れであるかを示す信号をエンジン制御装置24へ出力する。エンジン制御装置24は4WD制御装置28の指令位置に応じてエンジン10の出力を制御する。
【0045】
前輪用駆動軸20の駆動力は前輪ディファレンシャル30により左前輪車軸32L及び右前輪車軸32Rへ伝達され、これにより左右の前輪34FL及び34FRが回転駆動される。同様に後輪用駆動軸22の駆動力は後輪ディファレンシャル36により左後輪車軸38L及び右後輪車軸38Rへ伝達され、これにより左右の後輪40RL及び40RRが回転駆動される。
【0046】
左右の前輪34FL、34FR及び左右の後輪40RL、40RRの制動力は制動装置42の油圧回路44により対応するホイールシリンダ46FL、46FR、46RL、46RRの制動圧が制御されることによって制御される。図には示されていないが、油圧回路44はリザーバ、オイルポンプ、種々の弁装置等を含んでいる。各ホイールシリンダの制動圧は通常時には運転者によるブレーキペダル47の踏み込み操作に応じて駆動されるマスタシリンダ48により制御され、また必要に応じて後に詳細に説明する如く走行制御用電子制御装置50により制御される。
【0047】
電子制御装置50には車輪速度センサ52FL、52FR、52RL、52RRより左右前輪及び左右後輪の車輪速度Vi(i=fl、fr、rl、rr)を示す信号が入力される。また電子制御装置50には車速センサ54より車速Vを示す信号が入力され、操舵角センサ56より操舵角θを示す信号が入力される。尚操舵角センサ56は車両の左旋回方向を正として操舵角を検出する。
【0048】
また電子制御装置50には選択スイッチ26よりトランスファー18が何れの位置にあるかを示す信号が入力され、また車両の乗員により操作される旋回補助スイッチ58より旋回補助スイッチがオンか否かを示す信号が入力される。
【0049】
またエンジン制御装置24にはアクセルペダル23に設けられた図1には示されていないアクセル開度センサよりアクセル開度Accを示す信号が入力される。尚エンジン制御装置24、4WD制御装置28、電子制御装置50は実際には例えばCPU、ROM、RAM、入出力装置を含む一つのマイクロコンピュータ及び駆動回路にて構成されていてよい。
【0050】
後に詳細に説明する如く、電子制御装置50は旋回補助スイッチ58がオンであるときには、旋回補助制御による制御力の付与を実行すべきか否かを判定する。そして電子制御装置50は実行すべきと判定したときには、旋回内側後輪に制動力を付与して車両に旋回を補助するヨーモーメントを付与する。
【0051】
また電子制御装置50は車両が駆動状態にあるときには、トラクション制御の対象車輪について駆動スリップ率Sdri(i=fl、fr、rl、rr)を演算する。そして電子制御装置50は駆動スリップ率が過大な車輪があるときには、当該車輪に駆動スリップ率に応じた制動力を付与し、これにより過大な駆動スリップを低減するトラクション制御を行う。
【0052】
尚トラクション制御の制御対象車輪は、旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与されていないときには、車輪速度が最も低い車輪を除く三つの車輪である。またトラクション制御の制御対象車輪は、旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与されているときには、車輪速度が最も高い車輪及び車輪速度が二番目に高い車輪である。
【0053】
上述の如く旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与されているか否かによってトラクション制御の制御対象車輪が異なるのは以下の理由による。
【0054】
旋回補助制御は旋回内側後輪に強制的に制動力を付与し他の車輪との間に駆動力差を生じさせ、より小さい旋回半径にて車両を旋回させるものであり、制動力が付与される旋回内側後輪の車輪速度は0に近い非常に小さい値になる。一方トラクション制御に於いては、制御対象車輪と基準車輪速度との差が基準車輪速度にて除算されることにより、制御対象車輪の駆動スリップ率が演算される。
【0055】
そのため旋回補助制御により制動力が付与されている状況に於いても、トラクション制御の基準車輪速度が最も低い車輪速度に設定されると、基準車輪速度は強制的に制動力が付与されることにより低下している旋回内側後輪の車輪速度に設定されてしまう。よって他の車輪に過大な駆動スリップが生じていなくても過大な駆動スリップが生じていると誤判定され、不必要な制動力の付与が行われる。このような問題が生じないよう、旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与されているときには、基準車輪速度は二番目に低い車輪速度に設定され、制御対象車輪は車輪速度が最も高い車輪及び車輪速度が二番目に高い車輪に設定される。
【0056】
また電子制御装置50は旋回内側後輪に旋回補助制御による制動力を付与している状況に於いて、二輪以上の車輪についてトラクション制御による制動力の付与が行われるときには、旋回補助制御により付与される制動力を低減し、又は制動力の付与を中止する。よって制動力の減少により車両全体の駆動力が増大される。
【0057】
特に旋回補助制御による制動力の付与が実行されているときには、トラクション制御の基準車輪速度は二番目に低い車輪速度に設定され、制御対象車輪は車輪速度が最も高い車輪及び二番目に高い車輪である。これに対し旋回補助制御による制動力の付与が中止されると、トラクション制御の基準車輪速度は最も低い車輪速度に設定され、制御対象車輪は車輪速度が最も低い車輪以外の三つの車輪となる。その結果トラクション制御によって駆動スリップが低減されることにより駆動力が増大する車輪が1輪増加し、旋回補助制御による制動力の付与の中止と相まって車両全体の駆動力が増大する。
【0058】
尚、電子制御装置50は二輪以上の車輪についてトラクション制御による制動力の付与が行われている状況に於いて、旋回内側後輪に旋回補助制御による制動力の付与が必要になっても、旋回補助制御による制動力の付与を開始しない。よって旋回補助制御による制動力の付与の開始に起因して車両全体の駆動力が低下することが回避される。
【0059】
更に電子制御装置50は図には示されていないヨーレートセンサ等により検出される車両の状態量に基づいて車両が過剰なオーバーステア状態又はアンダーステア状態にあるか否か、即ち車両運動制御による制動力の付与が必要であるか否かを判定する。そして電子制御装置50は制動力の付与が必要であると判定したときには、車両運動制御の制御対象車輪に制動力を付与して車両の旋回運動を安定化させるオーバーステア抑制制御又はアンダーステア抑制制御を行う。
【0060】
特にオーバーステア抑制制御に於いては、少なくとも旋回外側前輪に制動力が付与されることにより、車両に旋回抑制方向のヨーモーメントが付与されると共に車両が減速される。またアンダーステア抑制制御に於いては、少なくとも左右後輪に制動力が付与され、旋回内側後輪の制動力が旋回外側後輪の制動力よりも高くされることにより、車両が減速されると共に車両に旋回促進方向のヨーモーメントが付与される。
【0061】
次に図2に示されたフローチャートを参照して第一の実施形態に於ける旋回補助制御のルーチンについて説明する。尚図2に示されたフローチャートによる制御は図には示されていないイグニッションスイッチの閉成により開始され、所定の時間毎に繰返し実行される。
【0062】
まずステップ50に於いては旋回補助制御による制動力の付与、即ち旋回内側後輪に対する制動力の付与が行われているか否かの判別が行われる。そして肯定判別が行われたときには制御はステップ400へ進み、否定判別が行われたときには制御はステップ100へ進む。
【0063】
ステップ100に於いては旋回補助制御による制動力の付与の許可条件が成立しているか否かの判別が行われる。そして否定判別が行われたときには制御は一旦終了され、肯定判別が行われたときには制御はステップ150へ進む。
【0064】
この場合以下の全ての条件が成立しているときに旋回補助制御による制動力の付与の許可条件が成立していると判定されてよい。
(a1)各センサや制動装置42が正常で、車両運動制御を正常に実行可能である。
(a2)選択スイッチ26がL4位置に設定されている。
(a3)旋回補助スイッチ58がオン位置に設定されている。
(a4)トラクション制御により二つの車輪に制動力が付与されている状況ではない。
(a5)車両運動制御による制動力の付与が実行されていない。
【0065】
ステップ150に於いては旋回補助制御の開始可条件が成立しているか否かの判別が行われる。そして否定判別が行われたときには制御が一旦終了され、肯定判別が行われたときには制御はステップ200へ進む。
【0066】
この場合(b1)操舵角θの絶対値が基準値θtas以上である、及び(b2)アクセルペダル23が踏み込まれている、の二つの条件が成立しているときに旋回補助制御による制動力の付与の開始条件が成立していると判定されてよい。尚基準値θtasは正の定数であってもよいが、車速Vが低いときには車速Vが高いときに比して大きい値になるよう、車速Vに応じて可変設定されてもよい。
【0067】
ステップ200に於いては操舵角θの絶対値が大きいときには操舵角θの絶対値が小さいときに比して大きい値になるよう、操舵角θの絶対値に基づいて旋回内側後輪の目標増圧勾配ΔPbrintが演算される。尚目標増圧勾配がΔPbrintは車速Vが低いときには車速Vが高いときに比して大きい値になるよう、車速Vにも応じて可変設定されてもよい。
【0068】
ステップ250に於いては旋回内側後輪の増圧勾配が目標増圧勾配ΔPbrintになるよう、旋回内側後輪の制動圧が制御され、これにより旋回内側後輪に対する制動力の付与が開始される。
【0069】
ステップ300に於いては旋回補助制御による制動力の付与の終了条件が成立しているか否かの判別が行われる。そして否定判別が行われたときには制御はステップ500へ進み、肯定判別が行われたときには制御はステップ400へ進む。
【0070】
この場合下記の何れかの条件が成立しているときに旋回補助制御による制動力の付与の終了条件が成立していると判定されてよい。
(c1)操舵角θの絶対値が制御終了の基準値θtae(正の定数)以下になった。
(c2)旋回補助スイッチ62がオフ位置に切替えられた。
(c3)車速Vが旋回補助制御の許可判定の基準値Vtaを越えた。
(c4)車両運動制御による制動力の付与が必要になった。
(c5)車両運動制御を正常に実行できなくなった。
【0071】
ステップ400に於いては旋回内側後輪の制動スリップ率Sbrinが演算され、制動スリップ率Sbrinに基づいて旋回内側後輪がロック状態にあるか否かの判別が行われる。そして肯定判別が行われたときには制御はステップ550へ進み、否定判別が行われたときには制御はステップ450へ進む。
【0072】
ステップ450に於いては二つの車輪についてトラクション制御による制動力の付与が行われているか否かの判別が行われる。そして否定判別が行われたときには制御は一旦終了され、肯定判別が行われたときには制御はステップ500へ進む。
【0073】
ステップ500に於いては旋回内側後輪の制動圧が低減され、これにより旋回内側後輪に対する制動力の付与が終了される。
【0074】
ステップ550に於いてはステップ450の場合と同様に二つの車輪についてトラクション制御による制動力の付与が行われているか否かの判別が行われる。そして肯定判別が行われたときには制御はステップ650へ進み、否定判別が行われたときには制御はステップ600へ進む。
【0075】
ステップ600に於いては旋回内側後輪の制動圧の増大が停止され、これにより旋回内側後輪の制動力の増大が停止される。
【0076】
ステップ650に於いては旋回内側後輪の制動圧が低減され、これにより旋回内側後輪の制動力が低下される。
【0077】
次に図3に示されたフローチャートを参照して第一の実施形態に於けるトラクション制御のルーチンについて説明する。尚図3に示されたフローチャートによる制御は図には示されていないイグニッションスイッチの閉成により開始され、所定の時間毎に繰返し実行される。
【0078】
まずステップ1050に於いてはトラクション制御による制動力の付与が行われているか否かの判別が行われる。そして肯定判別が行われたときには制御はステップ1150へ進み、否定判別が行われたときには制御はステップ1100へ進む。
【0079】
ステップ1100に於いてはトラクション制御による制動力付与の許可条件が成立しているか否かの判別が行われる。そして否定判別が行われたときには制御は一旦終了され、肯定判別が行われたときには制御はステップ1250へ進む。
【0080】
この場合下記の両方の条件が成立しているときに挙動制御の許可条件が成立していると判定されてよい。
(d1)各センサや制動装置42が正常で、トラクション制御を正常に実行可能である。
(d2)アクセル開度Accが許可判定の基準値(正の定数)以上である。
【0081】
ステップ1150に於いてはトラクション制御の終了条件が成立しているか否かの判別が行われる。そして否定判別が行われたときには制御はステップ1250へ進み、肯定判別が行われたときには制御はステップ1200へ進む。
【0082】
この場合下記の何れかの条件が成立しているときにトラクション制御の終了条件が成立していると判定されてよい。
(e1)駆動スリップ率Sdriが制御終了基準値Sdre(正の定数)以下になった。
(e2)センサ又は制動装置42が異常で、トラクション制御を正常に実行できなくなった。
(e3))アクセル開度Accが許可判定の基準値未満になった。
【0083】
ステップ1200に於いてはトラクション制御により制動力が付与される制御対象車輪の制動圧が0に低減され、これにより当該制御対象車輪に対する制動力の付与が終了される。
【0084】
ステップ1250に於いては駆動スリップ率Sdriを演算するための基準車輪速度Vwbが旋回補助制御による制動力の付与中であるか否かに応じて可変設定される。即ち旋回補助制御による制動力の付与中でないときには、基準車輪速度Vwbは四輪の車輪速度Viのうち最も低い車輪速度に設定される。これに対し旋回補助制御による制動力の付与中であるときには、基準車輪速度Vwbは旋回内側後輪を除く三輪の車輪速度Viのうち最も低い車輪速度に設定される。
【0085】
ステップ1300に於いては下記の式1に従って制御対象車輪の駆動スリップ率Sdriが演算される。
Sdri=(Vi−Vwb)/Vwb ……(1)
【0086】
ステップ1350に於いては駆動スリップ率Sdriが基準値Sdrs以上であるか否かの判別により、当該車輪の制動圧を増大させて駆動スリップを低減する必要があるか否かの判別が行われる。そして否定判別が行われたときには制御は一旦終了され、肯定判別が行われたときには制御はステップ1400へ進む。
【0087】
ステップ1400に於いては当該車輪の制動圧が増大され、これにより当該車輪の車輪速度が低下されることにより駆動スリップが低減される。
【0088】
かくして第一の実施形態によれば、旋回補助制御を開始すべき状況になると、ステップ50、100、150に於いてそれぞれ否定判別、肯定判別、肯定判別が行われる。そしてステップ200及び250に於いて旋回内側後輪に対する制動力の付与が開始され、ステップ300又は400に於いて肯定判別が行われるまで旋回内側後輪の制動力が増大される。
【0089】
よって左右後輪の制動力差による旋回補助方向のヨーモーメントが車両に付与され、これにより車両の旋回が補助される。従って旋回補助制御による制動力の付与が行われない場合に比して車両の旋回性が向上される。
【0090】
またトラクション制御の何れかの制御対象車輪の駆動スリップが過大な状況になると、ステップ1050、1100、1350に於いてそれぞれ否定判別、肯定判別、肯定判別が行われる。そしてステップ1400に於いて当該車輪に対しトラクション制御による制動力の付与が開始され、ステップ1150に於いて肯定判別が行われるまで制動力の付与が継続され、これにより当該車輪の駆動スリップが低減される。
【0091】
駆動スリップが過大な状況は複数の制御対象車輪について発生することがあり、複数の制御対象車輪について駆動スリップが過大な状況になると、それらの車輪についてそれぞれトラクション制御による制動力が付与される。
【0092】
旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与されているときには、ステップ50及び300に於いてそれぞれ肯定判別及び否定判別が行われる。かくして旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与されている状況に於いて、旋回外側後輪以外の二つの車輪について駆動スリップが過大な状況になる場合がある。
【0093】
二つの車輪について駆動スリップが過大になり、それらの車輪にトラクション制御による制動力が付与される状況に於いては、それらの車輪の駆動力はそれぞれ車輪が発生可能な駆動力の最大値である。また車輪速度が基準車輪速度に設定される車輪、即ち旋回内側後輪でもなくトラクション制御による制動力が付与される車輪でもない車輪は、駆動力が増大される余地がある可能性がある。しかし当該車輪はトラクション制御による制動力付与の対象車輪ではないので、当該車輪の駆動力が増大されてもトラクション制御による制動力は付与されず、すぐに駆動スリップが過大になり、そのため当該車輪の駆動力を増大させることができなくなる。
【0094】
よって旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与され且つトラクション制御により二つの車輪に制動力が付与される状況は、実質的に車両の駆動力が全ての車輪によって発生可能な駆動力の最大値に等しい状況である。そのため運転者の駆動要求が満たされない虞れがある。
【0095】
これに対し第一の実施形態によれば、旋回内側後輪がロック状態になっていない状況に於いて、二つの車輪の駆動スリップが過大な状況になると、ステップ400及び450に於いてそれぞれ否定判別及び肯定判別が行われる。そしてステップ500が実行されることにより、旋回内側後輪の制動圧が0に低減され、これにより旋回内側後輪に対する制動力の付与が中止される。
【0096】
また旋回内側後輪がロック状態になっている状況に於いて、二つの車輪の駆動スリップが過大な状況になると、ステップ400及び550に於いてそれぞれ肯定判別が行われる。そしてステップ650が実行されることにより、旋回内側後輪の制動圧が低減され、これにより旋回内側後輪に付与される制動力が低下される。
【0097】
よって二つの車輪の駆動スリップが過大になり、それらの車輪にトラクション制御による制動力が付与される状況になると、旋回内側後輪の制動力を低減し、これにより車両全体の駆動力を旋回内側後輪の制動力の低下量に対応する量増大させることができる。従って車両全体の駆動力が運転者の要求する駆動力より低いことに起因して運転者の駆動要求が満たされなくなる虞れを低減することができる。
【0098】
また第一の実施形態によれば、ステップ100に於ける許可条件の一つとしてa4の条件が設定されている。よってトラクション制御による制動力の付与が二つの車輪について実行されている状況に於いて旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与される要求が生じても、旋回補助制御の許可条件は成立していないと判定される。
【0099】
従ってトラクション制御により二つの車輪に制動力が付与されている状況に於いて旋回内側後輪に旋回補助制御による制動力の付与が開始されることを防止することができる。よって旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与され且つトラクション制御により二つの車輪に制動力が付与される事態の発生を未然に防止し、これにより運転者の駆動要求が満たされなくなる虞れを低減することができる。
【0100】
第二の実施形態
図4は前輪駆動車に適用された本発明による車両の走行制御装置の第二の実施形態を示す概略構成図、図5は第二の実施形態に於ける旋回補助制御のルーチンを示すフローチャートである。
【0101】
尚図4に於いて、図1に示された部材に対応する部材には図1に於いて付された符号と同一の符号が付されている。また図5に於いて、図2に示されたステップに対応するステップには図2に於いて付されたステップ番号と同一のステップ番号が付されている。これらのことは後述の第三の実施形態及び第一乃至第三の修正例についても同様である。
【0102】
この第二の実施形態に於いては、図4に示されている如く、出力軸16の駆動力は前輪ディファレンシャル30へ直接伝達され、これにより左右の前輪34FL及び34FRのみが駆動輪として駆動される。
【0103】
尚この第二の実施形態に於いては、トラクション制御は第一の実施形態と同様に図3に示されたフローチャートに従って実行される。しかしステップ100に於ける許可条件の一つであるa4は「トラクション制御による制動力が左右前輪の両方に付与されている状況ではない。」に変更される。またステップ1250に於いては、従動輪である左右後輪のうち低い方の車輪速度が基準車輪速度Vwbに設定される。これらのことは後述の第二の修正例に於いても同様である。
【0104】
図5に示されている如く、第二の実施形態に於ける旋回補助制御は基本的には第一の実施形態の場合と同様に実行される。しかしステップ450及び550に於いては、駆動輪である左右前輪の両方にトラクション制御による制動力が付与されているか否かの判別が行われる。
【0105】
車両が前輪駆動車である場合にも駆動輪である左右前輪の両方の駆動スリップが過大になることがあり、その場合にはそれらの駆動輪にそれぞれトラクション制御による制動力が付与される。駆動輪である左右前輪の両方にトラクション制御による制動力が付与される状況に於いては、それらの車輪の駆動力はそれぞれ車輪が発生可能な駆動力の最大値である。
【0106】
よって旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与され且つトラクション制御により左右前輪に制動力が付与される状況は、車両の駆動力が駆動輪である左右前輪によって発生可能な駆動力の最大値に等しい状況である。そのため運転者の駆動要求が満たされない虞れがある。
【0107】
これに対し第二の実施形態によれば、旋回内側後輪がロック状態になっていない状況に於いて、左右前輪の駆動スリップが過大な状況になると、ステップ400及び450に於いてそれぞれ否定判別及び肯定判別が行われる。そしてステップ500が実行されることにより、旋回内側後輪の制動圧が0に低減され、これにより旋回内側後輪に対する制動力の付与が中止される。
【0108】
また旋回内側後輪がロック状態になっている状況に於いて、左右前輪の駆動スリップが過大な状況になると、ステップ400及び550に於いてそれぞれ肯定判別が行われる。そしてステップ650が実行されることにより、旋回内側後輪の制動圧が低減され、これにより旋回内側後輪に付与される制動力が低下される。
【0109】
よって左右前輪の駆動スリップが過大になり、それらの車輪にトラクション制御による制動力が付与される状況になると、旋回内側後輪の制動力を低減し、これにより車両全体の駆動力を旋回内側後輪の制動力の低下量に対応する量増大させることができる。従って車両全体の駆動力が運転者の要求する駆動力より低いことに起因して運転者の駆動要求が満たされなくなる虞れを低減することができる。
【0110】
また第二の実施形態によれば、ステップ100に於ける許可条件の一つとして上述の如く変更されたa4の条件が設定されている。よってトラクション制御による制動力の付与が左右前輪について実行されている状況に於いて旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与される要求が生じても、旋回補助制御の許可条件は成立していないと判定される。
【0111】
従ってトラクション制御により左右前輪に制動力が付与されている状況に於いて旋回内側後輪に旋回補助制御による制動力の付与が開始されることを防止することができる。よって旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与され且つトラクション制御により左右前輪に制動力が付与される事態の発生を未然に防止し、これにより運転者の駆動要求が満たされなくなる虞れを低減することができる。
【0112】
第三の実施形態
図6は後輪駆動車に適用された本発明による車両の走行制御装置の第三の実施形態を示す概略構成図、図7は第三の実施形態に於ける旋回補助制御のルーチンを示すフローチャートである。
【0113】
この第三の実施形態に於いては、図6に示されている如く、出力軸16の駆動力は後輪ディファレンシャル36へ直接伝達され、これにより左右の後輪34RL及び34RRのみが駆動輪として駆動される。
【0114】
尚この第三の実施形態に於いても、トラクション制御は第一の実施形態と同様に図3に示されたフローチャートに従って実行される。しかしステップ100に於ける許可条件の一つであるa4は「トラクション制御による制動力が左右後輪の両方に付与されている状況ではない。」に変更される。またステップ1250に於いては、従動輪である左右前輪のうち低い方の車輪速度が基準車輪速度Vwbに設定される。これらのことは後述の第三の修正例に於いても同様である。
【0115】
図7に示されている如く、第三の実施形態に於ける旋回補助制御は基本的には第一の実施形態の場合と同様に実行される。しかしステップ450及び550に於いては、駆動輪である左右後輪の両方にトラクション制御による制動力が付与されているか否かの判別が行われる。
【0116】
車両が後輪駆動車である場合にも駆動輪である左右後輪の両方の駆動スリップが過大になることがあり、その場合にはそれらの駆動輪にそれぞれトラクション制御による制動力が付与される。駆動輪である左右後輪の両方にトラクション制御による制動力が付与される状況に於いては、それらの車輪の駆動力はそれぞれ車輪が発生可能な駆動力の最大値である。
【0117】
よって旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与され且つトラクション制御により左右後輪に制動力が付与される状況は、車両の駆動力が駆動輪である左右後輪によって発生可能な駆動力の最大値に等しい状況である。そのため運転者の駆動要求が満たされない虞れがある。
【0118】
これに対し第三の実施形態によれば、旋回内側後輪がロック状態になっていない状況に於いて、左右後輪の駆動スリップが過大な状況になると、ステップ400及び450に於いてそれぞれ否定判別及び肯定判別が行われる。そしてステップ500が実行されることにより、旋回内側後輪の制動圧が0に低減され、これにより旋回内側後輪に対する制動力の付与が中止される。
【0119】
また旋回内側後輪がロック状態になっている状況に於いて、左右後輪の駆動スリップが過大な状況になると、ステップ400及び550に於いてそれぞれ肯定判別が行われる。そしてステップ650が実行されることにより、旋回内側後輪の制動圧が低減され、これにより旋回内側後輪に付与される制動力が低下される。
【0120】
よって左右後輪の駆動スリップが過大になり、それらの車輪にトラクション制御による制動力が付与される状況になると、旋回内側後輪の制動力を低減し、これにより車両全体の駆動力を旋回内側後輪の制動力の低下量に対応する量増大させることができる。従って車両全体の駆動力が運転者の要求する駆動力より低いことに起因して運転者の駆動要求が満たされなくなる虞れを低減することができる。
【0121】
また第三の実施形態によれば、ステップ100に於ける許可条件の一つとして上述の如く変更されたa4の条件が設定されている。よってトラクション制御による制動力の付与が左右後輪について実行されている状況に於いて旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与される要求が生じても、旋回補助制御の許可条件は成立していないと判定される。
【0122】
従ってトラクション制御により左右後輪に制動力が付与されている状況に於いて旋回内側後輪に旋回補助制御による制動力の付与が開始されることを防止することができる。よって旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与され且つトラクション制御により左右後輪に制動力が付与される事態の発生を未然に防止し、これにより運転者の駆動要求が満たされなくなる虞れを低減することができる。
第一乃至第三の修正例
図8乃至図10はそれぞれ第一乃至第三の実施形態に対応する本発明による車両の走行制御装置の第一乃至第三の修正例に於ける旋回補助制御のルーチンを示すフローチャートである。
【0123】
これらの修正例に於いては、第一の実施形態に於けるステップ450及び550と同様のステップ350がステップ400の前に実行され、ステップ450及び550に対応するステップは実行されない。そしてステップ350に於いて否定判別が行われたときには制御はステップ400へ進み、肯定判別が行われたときには制御はステップ500へ進む。
【0124】
よって第一乃至第三の修正例によれば、ステップ350に於いて肯定判別が行われると、ステップ500に於いて旋回内側後輪の制動圧が0に低減され、旋回内側後輪に対する制動力の付与が中止される。従って旋回内側後輪がロック状態になっているか否かに関係なく旋回内側後輪の制動力を0に低減し、これにより車両全体の駆動力が運転者の要求する駆動力より低いことに起因して運転者の駆動要求が満たされなくなる虞れを効果的に低減することができる。
【0125】
以上に於いては本発明を特定の実施形態について詳細に説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内にて他の種々の実施形態が可能であることは当業者にとって明らかであろう。
【0126】
例えば上述の各実施形態に於いては、旋回補助制御は旋回内側後輪がロック状態になるまで旋回内側後輪に制動力を付与するようになっているが、旋回内輪の制動スリップ量又は制動スリップ率が基準値になるまで制動力が付与されるよう修正されてもよい。また旋回内輪の制動圧が基準値になるまで旋回内輪の制動圧が増大されるよう修正されてもよい。
【0127】
また上述の各実施形態に於いては、操舵角θの絶対値に基づいて旋回内側後輪の目標増圧勾配ΔPbrintが演算されることにより、目標増圧勾配が操舵角θの絶対値に応じて可変設定されるようになっているが、目標増圧勾配は一定であってもよい。
【0128】
また上述の各実施形態に於いては、所定の車輪の車輪速度がトラクション制御の基準車輪速度に設定されるようになっているが、所定の車輪の車輪速度に基づいて車両の重心に於ける車体速度が演算され、車体速度が基準車輪速度に設定されてもよい。また車両の重心に於ける車体速度に基づいて制御対象車輪の位置に於ける車体速度が演算され、それらの車体速度がそれぞれ対応する制御対象車輪の基準車輪速度に設定されてもよい。
【0129】
また上述の第一の実施形態に於いては、旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力が付与されているときのトラクション制御の基準車輪速度は、旋回内側後輪以外の三つの車輪の車輪速度のうち最も低い車輪速度に設定されるようになっている。しかしトラクション制御の基準車輪速度は、旋回内側後輪の車輪速度及び上記最も低い車輪速度に基づいて設定されてもよい。そしてその場合には旋回内側後輪以外の三つの車輪にトラクション制御による制動力の付与が行われている状況に於いて、旋回補助制御により旋回内側後輪に制動力を付与する必要が生じても、旋回補助制御による旋回内側後輪に対する制動力の付与は行われないよう構成される。
【0130】
また上述の如くトラクション制御の基準車輪速度が設定される場合に於いて、旋回補助制御により旋回内側後輪に対し制動力が付与されている状況に於いて、旋回内側後輪以外の三つの車輪にトラクション制御による制動力の付与が行われる場合には、旋回内側後輪に対し付与される制動力が低減される。
【0131】
また上述の各実施形態に於いては、車輪の前後力の低減は車輪に制動力を付与することによって行われるようになっているが、車輪が駆動輪である場合には、駆動力を低減したり、駆動力を低減すると共に制動力を付与することによって行われてもよい。
【0132】
また上述の各実施形態に於いては、旋回補助制御は旋回内側後輪に制動力を付与するようになっているが、旋回内側前輪に制動力を付与したり、旋回内側前輪及び旋回内側後輪に制動力を付与するようになっていてもよい。また旋回内輪に制動力を付与すると共に旋回外輪に駆動力を付与するようになっていてもよい。
【0133】
また上述の各実施形態に於いては、車両運動制御としてオーバーステア抑制制御及びアンダーステア抑制制御が行われるようになっているが、これらの制御が行われなくてもよい。
【符号の説明】
【0134】
10…エンジン、18…トランスファー、24…エンジン制御装置、26…選択スイッチ、28…4WD制御装置、30…前輪ディファレンシャル、36…後輪ディファレンシャル、42…制動装置、50…走行制御用電子制御装置、52FL〜52RR…車輪速度センサ、54…車速センサ、56…操舵角センサ、58…旋回補助スイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
旋回内輪の前後力を低減することにより旋回外輪に比して旋回内輪の前後力が小さくなるよう車輪の前後力を制御する旋回補助制御と、車輪の駆動スリップが過大であるときには当該車輪の前後力を低減することにより駆動スリップを低減するトラクション制御とを行う車両の走行制御装置に於いて、前記旋回補助制御の実行中に前記トラクション制御によって全ての制御対象車輪の前後力が低減される状況に於いては、前記旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減量を小さくすることを特徴とする車両の走行制御装置。
【請求項2】
車両は前記旋回補助制御によって旋回内側後輪の前後力が低減される四輪駆動車であり、前記旋回補助制御の実行中に前記トラクション制御によって全ての制御対象車輪の前後力が低減されるときに、前記旋回補助制御による旋回内側後輪の前後力の低減量を小さくすることを特徴とする請求項1に記載の車両の走行制御装置。
【請求項3】
車両は前記旋回補助制御によって旋回内側後輪の前後力が低減される前輪駆動車であり、前記旋回補助制御の実行中に前記トラクション制御によって左右前輪の前後力が低減されるときに、前記旋回補助制御による旋回内側後輪の前後力の低減量を小さくすることを特徴とする請求項1に記載の車両の走行制御装置。
【請求項4】
車両は前記旋回補助制御によって旋回内側後輪の前後力が低減される後輪駆動車であり、前記旋回補助制御の実行中に前記トラクション制御によって旋回外側後輪の前後力が低減されるときに、前記旋回補助制御による旋回内側後輪の前後力の低減量を小さくすることを特徴とする請求項1に記載の車両の走行制御装置。
【請求項5】
前記旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減を中止することを特徴とする請求項1乃至4に記載の車両の走行制御装置。
【請求項6】
前後力が低減される旋回内輪の制動スリップ率が基準値以上であるときには当該旋回内輪の前後力の低減量を小さくし、前後力が低減される旋回内輪の制動スリップ率が前記基準値未満であるときには当該旋回内輪の前後力の低減を中止することを特徴とする請求項1乃至4に記載の車両の走行制御装置。
【請求項7】
旋回内輪の前後力を低減することにより旋回外輪に比して旋回内輪の前後力が小さくなるよう車輪の前後力を制御する旋回補助制御と、車輪の駆動スリップが過大であるときには当該車輪の前後力を低減することにより駆動スリップを低減するトラクション制御とを行う車両の走行制御装置に於いて、前記旋回補助制御が実行されるときに前記トラクション制御の制御対象車輪となる全ての車輪の前後力が低減されている状況に於いて、前記旋回補助制御により旋回内輪の前後力を低減する必要が生じても、前記旋回補助制御による旋回内輪の前後力の低減を行わないことを特徴とする車両の走行制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−76527(P2012−76527A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−221679(P2010−221679)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】