説明

車両挙動安定化装置

【課題】車両のオーバーステア状態とともに、アンダーステア状態を検出することができる車両挙動安定化装置を提供する。
【解決手段】実舵角検出手段35と、車速検出手段16と、横方向加速度センサ17と、目標ヨーレート演算手段20と、ヨーレートセンサ18と、車両制御手段29とを備え、目標ヨーレート演算手段20は、第1目標ヨーレートYhdlを演算する第1目標ヨーレート演算手段21と、第2目標ヨーレートYGyを演算する第2目標ヨーレート演算手段22と、目標ヨーレート偏差ΔYを演算する目標ヨーレート偏差演算手段23と、目標ヨーレート偏差ΔYのヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段24と、第3目標ヨーレートYtgtを演算する第3目標ヨーレート演算手段25とを含み、第1目標ヨーレートYhdlと第3目標ヨーレートYtgtとから車両目標ヨーレートYobjを演算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、車両目標ヨーレートと実ヨーレートとが一致するように車両の挙動を制御する車両挙動安定化装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の車両用操舵装置は、検出した操作部材の操作量と車速とに応じた第1舵角設定値を演算する手段と、その第1舵角設定値と検出した車速とに応じた第1目標ヨーレートを演算する手段と、検出した横加速度(横方向加速度)と車速とに応じた第2目標ヨーレートを演算する手段と、第1目標ヨーレートの絶対値と第2目標ヨーレートの絶対値とを比較する手段とを備えている。
また、第1目標ヨーレートと第2目標ヨーレートとのうち、絶対値が小さい方の目標ヨーレート(車両目標ヨーレート)と検出したヨーレート(実ヨーレート)との偏差に応じた第2舵角設定値を演算する手段と、舵角が第1舵角設定値と第2舵角設定値との和である目標舵角に対応するように、操舵用アクチュエータを制御する手段と、その偏差を打ち消すように、車輪の制動力および車輪の駆動力の中の少なくとも一方を制御する手段とをさらに備えている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
上記従来装置では、第1目標ヨーレートは、舵角に応じて演算される。そのため、車両が一定速度で走行している場合、第1目標ヨーレートは、舵角の増加に応じて増加し、舵角がステアリング機構の最大角に達した際に飽和する。
一方、第2目標ヨーレートは、車両の横方向加速度に応じて演算される。そのため、例えば摩擦係数の低い路面における旋回走行等により、前輪(もしくは、4輪)の横力が限界に達して飽和した際に、第2目標ヨーレートは飽和する。このとき、車両は、実ヨーレートが飽和したアンダーステア状態を示している。
なお、前輪の横力が線形特性を示す場合には、実ヨーレートは、舵角にほぼ比例する。また、車両目標ヨーレートよりも実ヨーレートが大きくなる場合に、車両は、オーバーステア状態を示し、スピンする。
【0004】
前輪の横力が飽和した状態で第1目標ヨーレートを車両目標ヨーレートとして採用すると、舵角の増加に応じて車両目標ヨーレートが増加することとなる。しかしながら、実ヨーレートを車両目標ヨーレートに一致させるために舵角を増加させても、前輪の横力が飽和しているので、実ヨーレートは増加しない。そのため、最終的に舵角が最大角に達し、車両挙動を乱すおそれがある。
そこで、前輪の横力が飽和した状態では、第1目標ヨーレートよりも絶対値が小さく、車両の挙動を反映した第2目標ヨーレートを車両目標ヨーレートとして採用し、舵角が不必要に増加しないようにしている。
【0005】
以下、図9および図10の説明図を参照しながら、上記従来装置による動作について説明する。
図9は、上記従来装置において、車両がアンダーステア状態を示す場合の第1目標ヨーレート、第2目標ヨーレート、および実ヨーレートと、時間との関係を示す説明図である。また、図10は、上記従来装置において、車両がオーバーステア状態を示す場合の車両目標ヨーレートおよび実ヨーレートと、時間との関係を示す説明図である。
【0006】
図9において、車両がアンダーステア状態を示す場合には、横方向加速度が発生しにくい(ステアリングホイールを操舵しても旋回しない)ので、舵角に応じて演算される第1目標ヨーレートよりも、横方向加速度に応じて演算される第2目標ヨーレートの方が小さくなる。
ここで、上記従来装置では、第2目標ヨーレートを車両目標ヨーレートとして採用するので、車両がアンダーステア状態を示す場合の実ヨーレートと、車両目標ヨーレートとが一致する。このとき、実ヨーレートと車両目標ヨーレートとの差がないので、車両は、車両目標ヨーレートを発生していると判断する。
そのため、上記従来装置では、実ヨーレートが車両目標ヨーレートよりも小さくなるアンダーステア状態を検出することができず、アンダーステア抑制制御を実施することができない。
【0007】
図10において、車両がオーバーステア状態を示す場合には、車両目標ヨーレートよりも実ヨーレートの方が大きくなる。
ここで、上記従来装置では、第1目標ヨーレートよりも第2目標ヨーレートの方が大きい場合に、第1目標ヨーレートを車両目標ヨーレートとして採用する。また、第2目標ヨーレートよりも第1目標ヨーレートの方が大きい場合に、第2目標ヨーレートを車両目標ヨーレートとして採用する。
また、上記従来装置では、車両目標ヨーレートと実ヨーレートとの差に基づいて、車両のオーバーステア状態を検出し、オーバーステア抑制制御を実施することも可能である。
なお、車両がオーバーステア状態を示す場合には、車両は、自身の重心を回転中心として自転するので、横方向加速度は発生しない。しかしながら、回転中心は、前輪の車軸中央になることが多いので、横方向加速度が発生することもある。したがって、車両がオーバーステア状態を示す場合に、横方向加速度が発生しているか否かは不明である。
【0008】
【特許文献1】特許第3650714号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の車両用操舵装置では、前輪の横力が飽和した場合に、第2目標ヨーレートを車両目標ヨーレートとして採用する。
そのため、従来の車両用操舵装置では、上記のように、車両目標ヨーレートよりも実ヨーレートが大きくなるオーバーステア状態を検出することはできるものの、車両目標ヨーレートよりも実ヨーレートが小さくなるアンダーステア状態を検出することができないという問題点があった。
【0010】
この発明は、上記のような問題点を解決することを課題とするものであって、その目的は、車両のオーバーステア状態とともに、アンダーステア状態を検出することができる車両挙動安定化装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明に係る車両挙動安定化装置は、車両のステアリング機構におけるタイヤ切れ角を実舵角として検出する実舵角検出手段と、車両の車速を検出する車速検出手段と、車両の横方向への加速度である横方向加速度を検出する横方向加速度検出手段と、実舵角、車速、および横方向加速度に基づいて、車両の車両目標ヨーレートを演算する目標ヨーレート演算手段と、車両の実ヨーレートを検出する実ヨーレート検出手段と、車両目標ヨーレートと実ヨーレートとが一致するように車両の挙動を制御する車両制御手段とを備え、目標ヨーレート演算手段は、実舵角および車速に基づいて、第1目標ヨーレートを演算する第1目標ヨーレート演算手段と、横方向加速度および車速に基づいて、第2目標ヨーレートを演算する第2目標ヨーレート演算手段と、第1目標ヨーレートと第2目標ヨーレートとの偏差を目標ヨーレート偏差として演算する目標ヨーレート偏差演算手段と、目標ヨーレート偏差をローパスフィルタ処理するヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段と、第1目標ヨーレートとヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段を介した目標ヨーレート偏差との偏差を、第3目標ヨーレートとして演算する第3目標ヨーレート演算手段とを含み、第1目標ヨーレートおよび第3目標ヨーレートに基づいて、車両目標ヨーレートを演算するものである。
【発明の効果】
【0012】
この発明の車両挙動安定化装置によれば、目標ヨーレート演算手段は、第1目標ヨーレートおよび第3目標ヨーレートに基づいて、車両目標ヨーレートを演算する。ここで、第1目標ヨーレートは、実舵角および車速に基づいて、第1目標ヨーレート演算手段で演算される。また、第3目標ヨーレートは、第1目標ヨーレートと、ヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段を介した目標ヨーレート偏差(第1目標ヨーレートと第2目標ヨーレートとの偏差)とに基づいて、第3目標ヨーレート演算手段で演算される。
そのため、実ヨーレートが飽和した直後は、車両目標ヨーレートが第1目標ヨーレートに追従し、実ヨーレートの飽和から一定時間が経過した後は、車両目標ヨーレートが第2目標ヨーレートに追従するので、車両のオーバーステア状態とともに、アンダーステア状態を検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、この発明の各実施の形態について図に基づいて説明するが、各図において同一、または相当する部材、部位については、同一符号を付して説明する。
【0014】
実施の形態1.
図1は、この発明の実施の形態1に係る車両挙動安定化装置を含む車両1を示す構成図である。
図1において、車両1は、ステアリングホイール2と、入力側ステアリング軸3と、操舵角検出手段4と、操舵角変更ギア5と、出力側ステアリング軸6と、操舵アシスト手段7と、ステアリングギア8と、実舵角制御手段9(車両制御手段)と、操舵力制御手段10と、エンジン11と、駆動力分配手段12と、駆動力制御手段13(車両制御手段)と、制動力分配手段14と、制動力制御手段15(車両制御手段)と、車速検出手段16と、横方向加速度センサ17(横方向加速度検出手段)と、ヨーレートセンサ18(実ヨーレート検出手段)と、車輪19とを備えている。
また、制動力制御手段15には、目標ヨーレート演算手段20(後述する)が設けられている。
【0015】
車両1のドライバが操舵するステアリングホイール2は、入力側ステアリング軸3の一端に連結されている。入力側ステアリング軸3には、ステアリングホイール2の操舵角θhdlを検出して出力する操舵角検出手段4が取り付けられている。
入力側ステアリング軸3の他端には、車両1の実舵角δ(後述する)を制御する実舵角制御手段9からの指令によって動作する操舵角変更ギア5を介して、出力側ステアリング軸6の一端が連結されている。操舵角変更ギア5は、操舵角θhdlに所定の操舵角を付加し、出力側ステアリング軸6の操舵角として出力する。
【0016】
出力側ステアリング軸6には、車両1の操舵力を制御する操舵力制御手段10からの指令によって、ドライバによる操舵トルクをアシストする操舵アシスト手段7が取り付けられている。
出力側ステアリング軸6の他端には、回転方向の運動を直線方向の運動に変換するステアリングギア8を介して、車輪19が連結されている。
【0017】
ここで、実舵角制御手段9の内部には、車両1のステアリング機構におけるタイヤ切れ角を実舵角δとして検出する実舵角検出手段(図示せず)が設けられている。
実舵角検出手段は、操舵角θhdlと操舵角変更ギア5によって付加される操舵角とを加算した出力側ステアリング軸6の操舵角に、ステアリングギア8のギア比を乗算した値を、実舵角δとして検出する。
【0018】
また、エンジン11には、車両1の駆動力を制御する駆動力制御手段13からの指令によって、各車輪19に駆動力を分配する駆動力分配手段12が接続されている。
また、車両1の各車輪19には、車両1の制動力を制御する制動力制御手段15からの指令によって、各車輪19に制動力を分配する制動力分配手段14が接続されている。
【0019】
車速検出手段16は、車両1の車速Vを検出して目標ヨーレート演算手段20に出力する。横方向加速度センサ17は、車両1の横方向への加速度である横方向加速度Gyを検出して目標ヨーレート演算手段20に出力する。ヨーレートセンサ18は、車両1の実ヨーレートγを検出して目標ヨーレート演算手段20に出力する。
【0020】
図2は、この発明の実施の形態1に係る車両挙動安定化装置を詳細に示すブロック図である。
図2において、目標ヨーレート演算手段20には、それぞれ実舵角検出手段35、車速検出手段16、および横方向加速度センサ17から出力される実舵角δ、車速V、および横方向加速度Gyが入力される。また、目標ヨーレート演算手段20は、上記の入力に基づいて、車両目標ヨーレートYobjを演算し、車両目標ヨーレートYobjを車両制御手段29(実舵角制御手段9、駆動力制御手段13、制動力制御手段15)に出力する。車両制御手段29は、車両目標ヨーレートYobjと、ヨーレートセンサ18から出力される実ヨーレートγとが一致するように車両1の挙動を制御する。
【0021】
目標ヨーレート演算手段20は、第1目標ヨーレート演算手段21と、第2目標ヨーレート演算手段22と、目標ヨーレート偏差演算手段23と、ヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段24と、第3目標ヨーレート演算手段25と、目標ヨーレート選択手段26とを含んでいる。
また、目標ヨーレート演算手段20は、CPUとプログラムを格納したメモリとを有するマイクロプロセッサ(図示せず)で構成されている。目標ヨーレート演算手段20を構成する各ブロックは、メモリ内にソフトウェアとして記憶されている。
【0022】
第1目標ヨーレート演算手段21は、実舵角δおよび車速Vに基づいて、第1目標ヨーレートYhdlを演算する。また、第1目標ヨーレート演算手段21には、車両1の安定度を示すスタビリティファクタAと、車両1のホイールベースlwとが与えられている。ここで、スタビリティファクタAは、車両毎に固有の値であり、予め求めておく必要がある。
また、第2目標ヨーレート演算手段22は、横方向加速度Gyおよび車速Vに基づいて、第2目標ヨーレートYGyを演算する。
【0023】
目標ヨーレート偏差演算手段23は、第1目標ヨーレートYhdlと第2目標ヨーレートYGyとの偏差を、目標ヨーレート偏差ΔYとして演算する。
ヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段24は、目標ヨーレート偏差ΔYをローパスフィルタ処理する。
第3目標ヨーレート演算手段25は、第1目標ヨーレートYhdlと、ヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段24を介した目標ヨーレート偏差ΔYとの偏差を、第3目標ヨーレートYtgtとして演算する。
【0024】
目標ヨーレート選択手段26は、入力された値の絶対値を出力する絶対値処理手段27と、絶対値処理手段27から出力された値のうち、絶対値の小さい値を出力する最小値検出手段28とを有している。
目標ヨーレート選択手段26は、第1目標ヨーレートYhdlおよび第3目標ヨーレートYtgtのうち、絶対値の小さい方を車両目標ヨーレートYobjとして選択し、車両目標ヨーレートYobjを車両制御手段29に出力する。
【0025】
以下、図1および図2とともに、上記構成の車両挙動安定化装置の動作について説明する。
まず、実舵角δ、車速V、および横方向加速度Gyは、それぞれ実舵角検出手段35、車速検出手段16、および横方向加速度センサ17で検出され、目標ヨーレート演算手段20に入力される。
【0026】
続いて、第1目標ヨーレート演算手段21は、実舵角δおよび車速Vに基づいて、次式(1)を用いて第1目標ヨーレートYhdlを演算する。
【0027】
【数1】

【0028】
次に、第2目標ヨーレート演算手段22は、横方向加速度Gyおよび車速Vに基づいて、次式(2)を用いて第2目標ヨーレートYGyを演算する。
【0029】
【数2】

【0030】
続いて、目標ヨーレート偏差演算手段23は、次式(3)を用いて目標ヨーレート偏差ΔYを演算する。
このとき、目標ヨーレート偏差演算手段23は、式(1)を用いて第1目標ヨーレート演算手段21で演算された第1目標ヨーレートYhdlと、式(2)を用いて第2目標ヨーレート演算手段22で演算された第2目標ヨーレートYGyとを用いる。
【0031】
【数3】

【0032】
次に、ヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段24は、次式(4)を用いて目標ヨーレート偏差ΔYをローパスフィルタ処理する。
ここで、ヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段24は、式(3)を用いて目標ヨーレート偏差演算手段23で演算された目標ヨーレート偏差ΔYに、式(4)に示したローパスフィルタの伝達関数を乗算する。
【0033】
【数4】

【0034】
式(4)において、T2は、ヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段24の時定数であり、sは、ラプラス演算子である。
【0035】
続いて、第3目標ヨーレート演算手段25は、次式(5)を用いて第3目標ヨーレートYtgtを演算する。
このとき、第3目標ヨーレート演算手段25は、式(1)を用いて第1目標ヨーレート演算手段21で演算された第1目標ヨーレートYhdlと、ヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段24において、目標ヨーレート偏差ΔYを式(4)でローパスフィルタ処理した値(1/(T2s+1))ΔYとを用いる。
【0036】
【数5】

【0037】
次に、目標ヨーレート選択手段26は、式(1)を用いて第1目標ヨーレート演算手段21で演算された第1目標ヨーレートYhdlと、式(5)を用いて第3目標ヨーレート演算手段25で演算された第3目標ヨーレートYtgtとを比較し、絶対値の小さい方を車両目標ヨーレートYobjとして選択する。また、目標ヨーレート選択手段26は、選択した車両目標ヨーレートYobjを車両制御手段29に出力する。
【0038】
実舵角制御手段9は、車両目標ヨーレートYobjと実ヨーレートγとが一致するように車両1の実舵角δを制御する。駆動力制御手段13は、車両目標ヨーレートYobjと実ヨーレートγとが一致するように車両1の駆動力を制御する。制動力制御手段15は、車両目標ヨーレートYobjと実ヨーレートγとが一致するように車両1の制動力を制御する。
【0039】
図3は、この発明の実施の形態1に係る第1目標ヨーレートYhdl、第2目標ヨーレートYGy、および第3目標ヨーレートYtgtと、時間tとの関係を示す説明図である。なお、図3において、車両1は、一定の速度で走行しており、車両1のドライバは、ステアリングホイール2の操舵量を切り増し続けているとする。
【0040】
図3において、第1目標ヨーレートYhdlは、実舵角δの増加に応じて増加し、実舵角δがステアリング機構の最大角に達して飽和した際に、第1目標ヨーレートYhdlも飽和する。
一方、第2目標ヨーレートYGyは、横方向加速度Gyの増加に応じて増加し、前輪(もしくは、4輪)の横力が飽和した際に、第2目標ヨーレートYGyも飽和する。このとき、車両1は、実ヨーレートγが飽和したアンダーステア状態を示している。
【0041】
また、第3目標ヨーレートYtgtは、第1目標ヨーレートYhdlと第2目標ヨーレートYGyとの間の値をとる。ここで、式(4)に示したヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段24の時定数T2を調整することにより、第3目標ヨーレートYtgtの、第2目標ヨーレートYGyからのオーバーシュート量を調整することができる。
【0042】
また、図3において、第3目標ヨーレートYtgtと第2目標ヨーレートYGyとの差の面積は、車両1の進行方向と車両1の向きとの差である横滑り角を示している。
車両1がニュートラルステア(車両目標ヨーレートYobjと実ヨーレートγとが一致する)状態を示す場合には、車両1は、所定の横滑り角をもって旋回する。
一方、車両1がアンダーステア状態を示す場合には、車両1が旋回しにくくなる。そのため、ニュートラルステア状態に比べて、車両1の進行方向と車両1の向きとが一致する方向に近づく。すなわち、車両1がアンダーステア状態を示す場合には、前輪の横力が飽和しているにもかかわらず、横滑り角がニュートラルステア状態よりも小さくなる。
【0043】
したがって、車両1がアンダーステア状態であることを検出するためには、一定の横滑り角を設定する必要がある。ここで、第3目標ヨーレートYtgtと第2目標ヨーレートYGyとを一致させると、横滑り角が「0」となり、アンダーステア状態を示すヨーレートが車両目標ヨーレートYobjとなるので、車両1がアンダーステア状態であることを検出することができない。
【0044】
これに対して、上記ヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段24の時定数T2を、第3目標ヨーレートYtgtと第2目標ヨーレートYGyとの差の面積が適切になるように設定することにより、一定の横滑り角を設定することができる。このとき、第3目標ヨーレートYtgtは、例えば図3に示すように変化し、車両1のアンダーステア状態を検出することができる。
【0045】
すなわち、図3に示した第3目標ヨーレートYtgtが車両目標ヨーレートYobjに選択された場合、実ヨーレートγが飽和した直後は、車両目標ヨーレートYobjが第1目標ヨーレートYhdlに追従するので、車両1のアンダーステア状態が検出される。また、実ヨーレートγの飽和から一定時間が経過した後は、車両目標ヨーレートYobjが第2目標ヨーレートYGyに追従するので、車両1のオーバーステア状態が検出される。
【0046】
ここで、車両1のアンダーステア状態が検出されると、車両制御手段29は、車両目標ヨーレートYobjと、ヨーレートセンサ18から出力される実ヨーレートγとが一致するようにアンダーステア抑制制御を実施し、回転内向きのモーメントを発生させ、旋回半径を小さくする。また、車両1のオーバーステア状態が検出されると、車両制御手段29は、同様にしてオーバーステア抑制制御を実施する。
【0047】
この発明の実施の形態1に係る車両挙動安定化装置によれば、目標ヨーレート演算手段20は、実ヨーレートγが飽和した直後は、車両目標ヨーレートYobjが第1目標ヨーレートYhdlに追従し、実ヨーレートγの飽和から一定時間が経過した後は、車両目標ヨーレートYobjが第2目標ヨーレートYGyに追従するように車両目標ヨーレートYobjを演算する。
そのため、車両1のオーバーステア状態とともに、アンダーステア状態を検出することができる。また、車両1のアンダーステア状態、あるいはオーバーステア状態を検出することにより、車両制御手段29は、アンダーステア抑制制御、あるいはオーバーステア抑制制御を実施し、車両1の挙動を安定化させることができる。
【0048】
実施の形態2.
図4は、この発明の実施の形態2に係る車両挙動安定化装置を詳細に示すブロック図である。
図4において、目標ヨーレート演算手段20Aは、第1目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段30をさらに含んでいる。
第1目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段30は、次式(6)を用いて第1目標ヨーレートYhdlをローパスフィルタ処理する。
ここで、第1目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段30は、式(1)を用いて第1目標ヨーレート演算手段21で演算された第1目標ヨーレートYhdlに、式(6)に示したローパスフィルタの伝達関数を乗算する。
その他の構成および動作については、前述の実施の形態1と同様であり、その説明は省略する。
【0049】
【数6】

【0050】
式(6)において、T1は、第1目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段30の時定数である。時定数T1は、車両1のヨーレート応答の折れ点周波数に相当する時定数である。
【0051】
この発明の実施の形態2に係る車両挙動安定化装置によれば、上記時定数T1を含む伝達関数を用いて第1目標ヨーレートYhdlをローパスフィルタ処理することにより、上記実施の形態1で用いた第1目標ヨーレートYhdlよりも、実際の車両1で発生するヨーレートに近い値を用いて車両目標ヨーレートYobjを演算することができる。
なお、第1目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段30によるローパスフィルタ処理を実施しない場合には、実際の車両1で発生するヨーレートよりも、位相の進んだ第1目標ヨーレートYhdlが得られる。そのため、例えば実舵角制御手段9のような、操舵系のアクチュエータを用いて車両1の挙動を制御する場合には、リードステアのような効果を得ることができる。
【0052】
実施の形態3.
図5は、この発明の実施の形態3に係る車両挙動安定化装置を詳細に示すブロック図である。
図5において、車両挙動安定化装置は、切り替え平滑化手段31をさらに備えている。
切り替え平滑化手段31は、例えばローパスフィルタである。切り替え平滑化手段31は、目標ヨーレート選択手段26おいて、車両目標ヨーレートYobjが第1目標ヨーレートYhdlから第3目標ヨーレートYtgtに(第3目標ヨーレートYtgtから第1目標ヨーレートYhdlに)切り替わる際に、急峻な車両目標ヨーレートYobjの変化を平滑化する。
その他の構成および動作については、前述の実施の形態2と同様であり、その説明は省略する。
【0053】
この発明の実施の形態3に係る車両挙動安定化装置によれば、切り替え平滑化手段31が、急峻な車両目標ヨーレートYobjの変化を平滑化するので、車両1の挙動をさらに安定化させることができる。
【0054】
実施の形態4.
図6は、この発明の実施の形態4に係る車両挙動安定化装置を詳細に示すブロック図である。
図6において、目標ヨーレート演算手段20Bは、第1目標ヨーレート演算手段21と、第2目標ヨーレート演算手段22と、第1目標ヨーレートハイパスフィルタ処理手段32と、第2目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段33と、第3目標ヨーレート演算手段34と、目標ヨーレート選択手段26とを含んでいる。
【0055】
第1目標ヨーレートハイパスフィルタ処理手段32は、第1目標ヨーレートYhdlをハイパスフィルタ処理する。第2目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段33は、第2目標ヨーレートYGyをローパスフィルタ処理する。
第3目標ヨーレート演算手段34は、第1目標ヨーレートハイパスフィルタ処理手段32を介した第1目標ヨーレートYhdlと、第2目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段33を介した第2目標ヨーレートYGyとの加算値を、第3目標ヨーレートYtgtとして演算する。
【0056】
上記実施の形態1では、第1目標ヨーレート演算手段21と、第2目標ヨーレート演算手段22と、目標ヨーレート偏差演算手段23と、ヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段24と、第3目標ヨーレート演算手段25とを用いて、式(5)に示した第3目標ヨーレートYtgtを演算している。
ここで、式(5)を次式(7)に示すように変形することにより、目標ヨーレート演算手段20Bの構成を図6に示すように変更することができる。
【0057】
【数7】

【0058】
式(7)において、(T2s/(T2s+1))の部分は、ハイパスフィルタの伝達関数を示しており、(1/(T2s+1))の部分は、ローパスフィルタの伝達関数を示している。
すなわち、式(7)の(T2s/(T2s+1))の部分は、第1目標ヨーレートハイパスフィルタ処理手段32に相当する。また、式(7)の(1/(T2s+1))の部分は、第2目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段33に相当する。
その他の構成および動作については、前述の実施の形態1と同様であり、その説明は省略する。
【0059】
この発明の実施の形態4に係る車両挙動安定化装置によれば、上記実施の形態1と同様の効果を奏することができる。
【0060】
実施の形態5.
図7は、この発明の実施の形態5に係る車両挙動安定化装置を詳細に示すブロック図である。
図7において、目標ヨーレート演算手段20Cは、第1目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段30をさらに含んでいる。
第1目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段30は、前述の式(6)を用いて第1目標ヨーレートYhdlをローパスフィルタ処理する。
ここで、第1目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段30は、式(1)を用いて第1目標ヨーレート演算手段21で演算された第1目標ヨーレートYhdlに、式(6)に示したローパスフィルタの伝達関数を乗算する。
その他の構成および動作については、前述の実施の形態4と同様であり、その説明は省略する。
【0061】
この発明の実施の形態5に係る車両挙動安定化装置によれば、上記実施の形態2と同様の効果を奏することができる。
【0062】
実施の形態6.
図8は、この発明の実施の形態6に係る車両挙動安定化装置を詳細に示すブロック図である。
図8において、車両挙動安定化装置は、切り替え平滑化手段31をさらに備えている。
切り替え平滑化手段31は、例えばローパスフィルタである。切り替え平滑化手段31は、目標ヨーレート選択手段26おいて、車両目標ヨーレートYobjが第1目標ヨーレートYhdlから第3目標ヨーレートYtgtに(第3目標ヨーレートYtgtから第1目標ヨーレートYhdlに)切り替わる際に、急峻な車両目標ヨーレートYobjの変化を平滑化する。
その他の構成および動作については、前述の実施の形態2と同様であり、その説明は省略する。
【0063】
この発明の実施の形態6に係る車両挙動安定化装置によれば、上記実施の形態3と同様の効果を奏することができる。
【0064】
なお、上記実施の形態1〜6による車両挙動安定化装置では、実舵角制御手段9の内部に実舵角検出手段35が設けられている。しかしながら、これに限定されず、実舵角検出手段35は、実舵角制御手段9から独立して設けられてもよい。
この場合も、上記実施の形態1〜6と同様の効果を奏することができる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】この発明の実施の形態1に係る車両挙動安定化装置を含む車両を示す構成図である。
【図2】この発明の実施の形態1に係る車両挙動安定化装置を詳細に示すブロック図である。
【図3】この発明の実施の形態1に係る第1目標ヨーレート、第2目標ヨーレート、および第3目標ヨーレートと、時間との関係を示す説明図である。
【図4】この発明の実施の形態2に係る車両挙動安定化装置を詳細に示すブロック図である。
【図5】この発明の実施の形態3に係る車両挙動安定化装置を詳細に示すブロック図である。
【図6】この発明の実施の形態4に係る車両挙動安定化装置を詳細に示すブロック図である。
【図7】この発明の実施の形態5に係る車両挙動安定化装置を詳細に示すブロック図である。
【図8】この発明の実施の形態6に係る車両挙動安定化装置を詳細に示すブロック図である。
【図9】従来装置において、車両がアンダーステア状態を示す場合の第1目標ヨーレート、第2目標ヨーレート、および実ヨーレートと、時間との関係を示す説明図である。
【図10】従来装置において、車両がオーバーステア状態を示す場合の車両目標ヨーレートおよび実ヨーレートと、時間との関係を示す説明図である。
【符号の説明】
【0066】
1 車両、2 ステアリングホイール、4 操舵角検出手段、9 実舵角制御手段(車両制御手段)、13 駆動力制御手段(車両制御手段)、15 制動力制御手段(車両制御手段)、16 車速検出手段、17 横方向加速度センサ(横方向加速度検出手段)、18 ヨーレートセンサ(実ヨーレート検出手段)、20、20A〜20C 目標ヨーレート演算手段、21 第1目標ヨーレート演算手段、22 第2目標ヨーレート演算手段、23 目標ヨーレート偏差演算手段、24 ヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段、25、34 第3目標ヨーレート演算手段、26 目標ヨーレート選択手段、29 車両制御手段、30 第1目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段、31 切り替え平滑化手段、32 第1目標ヨーレートハイパスフィルタ処理手段、33 第2目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段、35 実舵角検出手段、Gy 横方向加速度、V 車速、Yhdl 第1目標ヨーレート、YGy 第2目標ヨーレート、Ytgt 第3目標ヨーレート、Yobj 車両目標ヨーレート、γ 実ヨーレート、ΔY 目標ヨーレート偏差、δ 実舵角。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のステアリング機構におけるタイヤ切れ角を実舵角として検出する実舵角検出手段と、
前記車両の車速を検出する車速検出手段と、
前記車両の横方向への加速度である横方向加速度を検出する横方向加速度検出手段と、
前記実舵角、前記車速、および前記横方向加速度に基づいて、前記車両の車両目標ヨーレートを演算する目標ヨーレート演算手段と、
前記車両の実ヨーレートを検出する実ヨーレート検出手段と、
前記車両目標ヨーレートと前記実ヨーレートとが一致するように前記車両の挙動を制御する車両制御手段とを備え、
前記目標ヨーレート演算手段は、
前記実舵角および前記車速に基づいて、第1目標ヨーレートを演算する第1目標ヨーレート演算手段と、
前記横方向加速度および前記車速に基づいて、第2目標ヨーレートを演算する第2目標ヨーレート演算手段と、
前記第1目標ヨーレートと前記第2目標ヨーレートとの偏差を目標ヨーレート偏差として演算する目標ヨーレート偏差演算手段と、
前記目標ヨーレート偏差をローパスフィルタ処理するヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段と、
前記第1目標ヨーレートと前記ヨーレート偏差ローパスフィルタ処理手段を介した目標ヨーレート偏差との偏差を、第3目標ヨーレートとして演算する第3目標ヨーレート演算手段とを含み、
前記第1目標ヨーレートおよび前記第3目標ヨーレートに基づいて、前記車両目標ヨーレートを演算することを特徴とする車両挙動安定化装置。
【請求項2】
車両のステアリング機構におけるタイヤ切れ角を実舵角として検出する実舵角検出手段と、
前記車両の車速を検出する車速検出手段と、
前記車両の横方向への加速度である横方向加速度を検出する横方向加速度検出手段と、
前記実舵角、前記車速、および前記横方向加速度に基づいて、前記車両の車両目標ヨーレートを演算する目標ヨーレート演算手段と、
前記車両の実ヨーレートを検出する実ヨーレート検出手段と、
前記車両目標ヨーレートと前記実ヨーレートとが一致するように前記車両の挙動を制御する車両制御手段とを備え、
前記目標ヨーレート演算手段は、
前記実舵角および前記車速に基づいて、第1目標ヨーレートを演算する第1目標ヨーレート演算手段と、
前記横方向加速度および前記車速に基づいて、第2目標ヨーレートを演算する第2目標ヨーレート演算手段と、
前記第1目標ヨーレートをハイパスフィルタ処理する第1目標ヨーレートハイパスフィルタ処理手段と、
前記第2目標ヨーレートをローパスフィルタ処理する第2目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段と、
前記第1目標ヨーレートハイパスフィルタ処理手段を介した第1目標ヨーレートと前記第2目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段を介した第2目標ヨーレートとの加算値を、第3目標ヨーレートとして演算する第3目標ヨーレート演算手段とを含み、
前記第1目標ヨーレートおよび前記第3目標ヨーレートに基づいて、前記車両目標ヨーレートを演算することを特徴とする車両挙動安定化装置。
【請求項3】
前記目標ヨーレート演算手段は、前記第1目標ヨーレートおよび前記第3目標ヨーレートのうち、絶対値の小さい方を前記車両目標ヨーレートとして選択する目標ヨーレート選択手段をさらに含むことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の車両挙動安定化装置。
【請求項4】
前記目標ヨーレート演算手段は、前記第1目標ヨーレートをローパスフィルタ処理する第1目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段をさらに含み、
前記目標ヨーレート偏差演算手段または前記第1目標ヨーレートハイパスフィルタ処理手段は、前記第1目標ヨーレートローパスフィルタ処理手段を介した第1目標ヨーレートを用いることを特徴とする請求項1から請求項3までの何れか1項に記載の車両挙動安定化装置。
【請求項5】
前記車両目標ヨーレートの変化を平滑化するための切り替え平滑化手段をさらに備えたことを特徴とする請求項1から請求項4までの何れか1項に記載の車両挙動安定化装置。
【請求項6】
前記車両制御手段は、前記車両の実舵角、制動力および駆動力の少なくとも一つを制御することを特徴とする請求項1から請求項5までの何れか1項に記載の車両挙動安定化装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−320525(P2007−320525A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−156044(P2006−156044)
【出願日】平成18年6月5日(2006.6.5)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】