説明

車両用走行制御装置

【課題】車両のヨー挙動をコントロールすると共に、車両のロール挙動を抑制することが可能な車両用走行制御装置を提供すること。
【解決手段】各車輪に制駆動力を出力する制駆動力出力手段(11〜14)と、車両のヨー挙動をコントロールすると共に、該車両のヨー挙動をコントロールする結果として車両のサスペンション特性に応じて生じる車両のロール挙動を抑制するように、前記制駆動力出力手段の出力を制御する制御手段(40)と、を備える車両用走行制御装置(1)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジン、モータ、ブレーキ等の制駆動力出力手段の出力制御を行なって、車両のヨー挙動をコントロールする車両用走行制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両姿勢や運転者の運転操作に基づいて各車輪に出力される制動力や駆動力を制御することにより、車両のヨー挙動をコントロールする技術について研究が進められ、また実用化が図られている。
【0003】
例えば、VSC(Vehicle Stability Control)と称される車載制御システムでは、オーバースピードでハンドルを切っても曲がらない場合には(アンダーステア)、エンジン出力を低下させるとともに内側後輪にブレーキをかけて車をコーナー内側に向け、急激なハンドル操作で車がスピン(オーバーステア)し始めると、外側前輪にブレーキをかけてスピンを抑制する制御を行なっている。
【0004】
また、近年、各車輪を個別に駆動するモータを備え、これによって車両の走行制御を行なう技術について研究がなされている。係る技術を用いることにより、各車輪に出力される制動力や駆動力をより能動的に制御し、車両のヨー挙動をコントロールすることが可能となる。なお、駆動用のモータを各車輪の内部に備える場合、係るモータはインホイールモータ等と称されている。
【0005】
各車輪を個別に駆動するモータにより車両の走行制御を行なう装置の一例として、車速と操舵角とに応じた目標操舵反力に基づいて左右前輪に駆動力差を発生させ、ドライバの操舵トルクを制御する操舵トルク制御手段を備える4輪独立駆動車の駆動力制御装置についての発明が開示されている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2006−187047号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記従来の特許文献1に記載の装置では、各車輪に対する制駆動力の出力の結果として生じうる車両のロール挙動についての考慮がなされていない。従って、乗員が予期せぬロール挙動によって不快感を覚える場合がある。特にロール制御が行なわれる車両において、左右の車輪に対して出力された制駆動力は、サスペンションリンクを介して、上下成分をもった力として車体に伝達されるからである。以下、これについて説明する。
【0007】
係る車両では、図10に示す如く、各車輪A、B、C、Dを車体に支持するサスペンションにおける瞬間回転中心C、C、C、Cは、前輪A、Bと後輪C、Dの間に位置するように設定されている。
【0008】
図10(A)に示す如く、前輪Bに制動トルクが付与されると、前輪Bの接地点Bgに車両の進行方向に関して後向きの力Fが作用し、これにより瞬間回転中心Cには鉛直上向き方向の分力FSVを有するFSが作用する。すなわち、前輪Bを制動することによる車体の沈み込みを打ち消す方向の力が車体に作用する。また、例えば後輪Dに駆動トルクが付与されると、前輪Dの接地点Dgに車両の進行方向に関して前向きの力Fが作用し、これにより瞬間回転中心Cには鉛直上向き方向の分力FSVを有するFSが作用する。すなわち、前輪Dを駆動することによる車体の沈み込みを打ち消す方向の力が車体に作用する。
【0009】
図10(B)に示す如く、前輪Aに駆動トルクが付与されると、前輪Aの接地点Agに車両の進行方向に関して前向きの力Fが作用し、これにより瞬間回転中心Cには鉛直下向き方向の分力FSVを有するFSが作用する。すなわち、前輪Aを駆動することによる車体の浮き上がりを打ち消す方向の力が車体に作用する。また、例えば後輪Cに制動トルクが付与されると、後輪Cの接地点Cgに車両の進行方向に関して後向きの力Fが作用し、これにより瞬間回転中心Cには鉛直下向き方向の分力FSVを有するFSが作用する。すなわち、前輪Cを駆動することによる車体の浮き上がりを打ち消す方向の力が車体に作用する。
【0010】
特に、インホイールモータにより各車輪を駆動する場合、ドライブシャフトを経由せずに各車輪に駆動力が伝達されるため、発生するロール挙動が更に大きくなってしまう。
【0011】
本発明はこのような課題を解決するためのものであり、車両のヨー挙動をコントロールすると共に、車両のロール挙動を抑制することが可能な車両用走行制御装置を提供することを、主たる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するための本発明の一態様は、
各車輪に制駆動力を出力する制駆動力出力手段と、
車両のヨー挙動をコントロールすると共に、該車両のヨー挙動をコントロールする結果として車両のサスペンション特性に応じて生じる車両のロール挙動を抑制するように、前記制駆動力出力手段の出力を制御する制御手段と、
を備える車両用走行制御装置ある。
【0013】
この本発明の一態様によれば、車両のヨー挙動をコントロールすると共に、車両のヨー挙動をコントロールする結果として車両のサスペンション特性に応じて生じる車両のロール挙動を抑制するように制駆動力出力手段の出力を制御するため、車両のヨー挙動をコントロールすると共に車両のロール挙動を抑制することができる。
【0014】
本発明の一態様において、
前記制駆動力出力手段は、例えば、各輪を個別に駆動するモータを含む。
【0015】
また、本発明の一態様において、
前記制御手段は、車両のヨー挙動をコントロールすると共に、該車両のヨー挙動をコントロールする結果として車両のサスペンション特性に応じて生じる車両のロール挙動をゼロにするように、前記制駆動力出力手段の出力を制御する手段であるものとしてもよい。
【0016】
また、本発明の一態様において、
前記制御手段は、
前記制駆動力出力手段の出力限界を超える場合には、
前記制駆動力出力手段の出力のうち、前記車両のロール挙動を抑制するための出力の優先順位を下げて前記制駆動力出力手段の出力を決定する手段であるものとしてもよい。
【0017】
また、本発明の一態様において、
車速を検出する車速検出手段を備え、
前記制御手段は、前記車速検出手段により検出された車速が高くなるに従って、前記車両のロール挙動の抑制程度が大きくなるように、前記制駆動力出力手段を制御する手段であるものとしてもよい。
【0018】
また、本発明の一態様において、
車両のヨーレートを検出するヨーレート検出手段と、
車両の操舵角を検出する操舵角検出手段と、
車速を検出する車速検出手段と、
車両の加速度を検出する加速度検出手段と、を備え、
前記制御手段は、前記検出される車両の操舵角、車速、及び車両の横方向加速度に基づいて算出される目標ヨーレートと、前記ヨー角速度検出手段により検出される車両のヨーレートと、の偏差に基づき目標ヨーモーメントを算出し、該算出した目標ヨーモーメントが実現されるように前記制駆動力出力手段の出力を制御して、車両のヨー挙動をコントロールする手段であるものとしてもよい。
【0019】
また、本発明の一態様において、
車両のヨーレートを検出するヨーレート検出手段と、
車両の操舵角を検出する操舵角検出手段と、
車速を検出する車速検出手段と、
前記制御手段は、前記検出される車両の操舵角、及び車速に基づいて算出される目標ヨーレートと、前記ヨー角速度検出手段により検出される車両のヨーレートと、の偏差に基づき目標ヨーモーメントを算出し、該算出した目標ヨーモーメントが実現されるように前記制駆動力出力手段の出力を制御して、車両のヨー挙動をコントロールする手段であるものとしてもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、車両のヨー挙動をコントロールすると共に、車両のロール挙動を抑制することが可能な車両用走行制御装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、添付図面を参照しながら実施例を挙げて説明する。
【実施例】
【0022】
以下、本発明の一実施例に係る車両用走行制御装置1について説明する。車両用走行制御装置1は、例えば4輪をインホイールモータによって駆動する電気自動車である。また、これに限らず、主たる動力をエンジン(内燃機関)から出力し、ヨー挙動コントロールのための補助動力を4輪ないし2輪に配設されたインホイールモータから出力する構成であってもよい。また、エンジンと4輪に独立して制動力を出力可能な電子制御式ブレーキ装置と、を備える構成であってもよいし、エンジンと駆動力配分デフを備える構成であってもよいし、4輪をインホイールモータによって駆動すると共に必要に応じて電子制御式ブレーキ装置から4輪に独立して制動力を出力する構成であってもよい。
【0023】
すなわち、各車輪に個別に制駆動力を出力することが可能であれば、如何なる構成であっても構わない。以下の実施例では、4輪をインホイールモータによって各車輪を駆動する構成として説明する。
【0024】
[構成]
図1は、車両用走行制御装置1の全体構成の一例を示す図である。車両用走行制御装置1は、主要な構成として、バッテリー10と、各車輪に配設されたインホイールモータ11、12、13、14と、インバータ20と、車速センサー30と、ヨーレートセンサー31と、ステアリング操舵角センサー32と、Gセンサー33と、アクセル開度センサー35と、ECU(Electronic Control Unit)40と、を備える。図中矢印は、例えば多重通信線を介し、CAN(Controller Area Network)やBEAN、AVC−LAN、FlexRay等の適切な通信プロトコルを用いて行なわれる車両内の主要な情報通信の流れを示す。
【0025】
バッテリー10は、例えば水素等の燃料と酸素等の酸化剤を供給し続けることで継続的に電力を供給可能な燃料電池である。また、これに限らず、充放電可能な二次電池であってもよい。後者の場合、バッテリー10の充電は、別個備えるエンジンが出力する動力を利用してもよいし、太陽光発電により充電を行なってもよい。また、インホイールモータ11、12、13、14の回生制御によって充電されてもよいのは勿論である。
【0026】
各インホイールモータは、例えば永久磁石をロータに埋め込んだ三相式の同期発電電動機であり、インバータ20によって個別に出力トルクが制御される。各インホイールモータは、ロータが車輪側(回転側)に、ステータが車体側(非回転側)に、それぞれ連結されている。各インイールモータの車体側連結部は、サスペンション構造を介して車体に連結される。ここで、本装置が搭載される車両のサスペンション構造は、所定のキャスタ角やキャンバ角をもって車輪を車体に連結させる周知の構造(ジオメトリ)となっている。なお、インホイールモータ11、12が前輪を駆動し、インホイールモータ13、14が後輪を駆動するものとする。
【0027】
インバータ20は、バッテリー10から供給される直流電力を、三相交流に変換して各インホイールモータに供給する。
【0028】
車速センサー30は、例えば、各輪に取り付けられた車輪速センサーとスキッドコントロールコンピューターからなり、車輪速センサーが出力する車輪速パルス信号をスキッドコントロールコンピューターが車速矩形波パルス信号(車速信号)に変換してECU40に出力する。
【0029】
ヨーレートセンサー31は、例えば、車両のセンターコンソール部の下方に取り付けられ、圧電セラミックスの歪み量と方向により、車両の鉛直軸まわりの回転角速度(=ヨーレート)を検出してECU40に出力する。
【0030】
ステアリング操舵角センサー32は、例えば、ステアリングコラム内部に配設され、ステアリングホイールの切れ角を検出してステアリング操舵角信号としてECU40に出力する。
【0031】
Gセンサー33は、例えば、車両のセンターコンソール部の下方に取り付けられ、車両の加速度に応じて発生するセンサー内のビームの歪みを計測して、電気信号に置き換えて出力する2軸式のGセンサーである。Gセンサー33は、車両の前後方向に対して異なる角度をもって取り付けられた2個のGセンサーの組み合わせからなり、これら検出値の組み合わせにより、水平方向の全ての方向における加速度を検出することが可能である。Gセンサー33の出力値は、ECU40に入力される。
【0032】
アクセル開度センサー35は、例えば、アクセルペダルに取り付けられ、アクセル開度(操作量)に応じた磁界の傾きを、ホール素子を用いて直線的に出力電圧として取り出している。アクセル開度センサー35は、こうして検出したアクセル開度(操作量)を、ECU40に送信する。
【0033】
ECU40は、CPUを中心としてROMやRAM等がバスを介して相互に接続されたコンピューターユニットであり、その他、HDD(Hard Disc Drive)やDVD(Digital Versatile Disk)等の記憶媒体やI/Oポート、タイマー、カウンター等を備える。ROMには、CPUが実行するプログラムやデータが格納されている。ECU40は、インバータ20が各インホイールモータに電力供給する際の電流の印可タイミング、電圧値、電流値、及びデューティー比等を表す信号波(キャリア)を生成し、インバータ20に出力する。
【0034】
[基本制御]
ECU40は、基本的な制御として、アクセル開度センサー35により検出されたアクセル開度と車速センサー30により検出された車速と、に基づいて車両全体として出力すべき目標トルクを算出し、これを各インホイールモータに所定の配分比をもって配分する。そして、配分されたトルクが出力されるように、各インホイールモータについて個別にキャリアを生成する。なお、前述した如く、このような主たる動力の出力については、エンジンが出力するものとしてもよい。
【0035】
また、ECU40は、車両のヨー挙動をコントロールするための制御として、上記アクセル開度に基づく各インホイールモータの制御に加えて、いわゆるダイレクトヨーモーメントコントロール制御(DYC)を行なう。係る制御は、例えば車両のスリップ等によって好ましくないヨー挙動が発生した際に、これを抑制するためのダイレクトヨーモーメント(目標ヨーモーメント)DYMを算出し、ダイレクトヨーモーメントDYMが出力されるように各インホイールモータの出力を増減するものである。
【0036】
ダイレクトヨーモーメントDYMは、例えば、車速や操舵角により生じる理想的なヨーレートである目標ヨーレートYr*と、ヨーレートセンサー31により検出されるヨーレート(実ヨーレート)Yrとの差分Δγに、所定の係数を乗じて算出する(次式(1)参照)。式(1)中、mは車両重量であり、gは重力加速度であり、YGはヨーゲインであり、Cpfは前コーナリングパワーであり、Cprは後コーナリングパワーであり、lfは前軸と重心との間の距離であり、lrは後軸と重心との間の距離であり、Vは車速であり、Khはスタビリティファクタである。
【0037】
【数1】

【0038】
また、目標ヨーレートYr*は、例えば、次式(2)により算出される。式(2)中、Strはステアリング操舵角であり、nはステアリングギヤ比であり、WBはホイールベースであり、Gyは車両の横方向の加速度である。なお、式(2)における、“−Kh・Gy”の部分は省略してもよい。
【0039】
Yr*=V・(Str/(n・WB)−Kh・Gy) …(2)
【0040】
そして、ダイレクトヨーモーメントDYMを生じさせるのに必要な、各インホイールモータが出力すべき制駆動力を算出し、前述したアクセル開度に基づく各インホイールモータの出力と合計して、各インホイールモータの出力を決定する。
【0041】
また、上記の目標ヨーレートYr*と実ヨーレートYrとの乖離に基づく制御に限らず、車両のアンダーステアが大きいときに内側の車輪に配設されたインホイールモータから制動力を出力する(或いは駆動力を減ずる)等の制御を行なってもよい。
【0042】
係る制御によって、車両のヨー挙動を適切にコントロールすることができる。従って、よりスムーズなコーナリングが実現されることとなる。
【0043】
[3_1.特徴的な制御内容(1)]
しかしながら、車両のヨー挙動をコントロールするための制御によって、車両に予期せぬロール挙動が生じる場合がある。特にロール制御が行なわれる車両において、左右の車輪に対して出力された制駆動力は、サスペンションリンクを介して、上下成分をもった力として車体に伝達されるからである。以下、これについて説明する。
【0044】
係る車両では、図10に示す如く、各車輪A、B、C、Dを車体に支持するサスペンションにおける瞬間回転中心C、C、C、Cは、前輪A、Bと後輪C、Dの間に位置するように設定されている。
【0045】
図10(A)に示す如く、前輪Bに制動トルクが付与されると、前輪Bの接地点Bgに車両の進行方向に関して後向きの力Fが作用し、これにより瞬間回転中心Cには鉛直上向き方向の分力FSVを有するFSが作用する。すなわち、前輪Bを制動することによる車体の沈み込みを打ち消す方向の力が車体に作用する。また、例えば後輪Dに駆動トルクが付与されると、前輪Dの接地点Dgに車両の進行方向に関して前向きの力Fが作用し、これにより瞬間回転中心Cには鉛直上向き方向の分力FSVを有するFSが作用する。すなわち、前輪Dを駆動することによる車体の沈み込みを打ち消す方向の力が車体に作用する。
【0046】
図10(B)に示す如く、前輪Aに駆動トルクが付与されると、前輪Aの接地点Agに車両の進行方向に関して前向きの力Fが作用し、これにより瞬間回転中心Cには鉛直下向き方向の分力FSVを有するFSが作用する。すなわち、前輪Aを駆動することによる車体の浮き上がりを打ち消す方向の力が車体に作用する。また、例えば後輪Cに制動トルクが付与されると、後輪Cの接地点Cgに車両の進行方向に関して後向きの力Fが作用し、これにより瞬間回転中心Cには鉛直下向き方向の分力FSVを有するFSが作用する。すなわち、前輪Cを駆動することによる車体の浮き上がりを打ち消す方向の力が車体に作用する。
【0047】
特に、インホイールモータにより各車輪を駆動する場合、ドライブシャフトを経由せずに各車輪に駆動力が伝達されるため、発生するロール挙動が更に大きくなってしまう。
【0048】
そこで、本実施例の車両用走行制御装置1では、車両のヨー挙動をコントロールすると共に、車両のヨー挙動をコントロールする結果として車両のサスペンション特性に応じて生じる車両のロール挙動を抑制するように、各インホイールモータの出力を決定することとした。ここで、車両のサスペンション特性とは、具体的には、前輪アンチダイブ係数Anf及び後輪アンチリフト係数Anrをいう。なお、図10における、前輪Aの接地点Ag及び瞬間回転中心Cを結ぶ向きと地面のなす角(=前輪Bの接地点Bg及び瞬間回転中心Cを結ぶ向きと地面のなす角)をアンチダイブ角θf、後輪Cの接地点Cg及び瞬間回転中心Cを結ぶ向きと地面のなす角(=前輪Dの接地点Dg及び瞬間回転中心Cを結ぶ向きと地面のなす角)をアンチリフト角θrとすると、前輪アンチダイブ係数Anfはtan(θf)であり、後輪アンチリフト係数Anrはtan(θr)である。
【0049】
なお、「予期せぬ」ロール挙動とは、通常のコーナリングフォースによって生じる自然なロール挙動ではなく、前述した車両のヨー挙動をコントロールするための制御によってサスペンション特性に応じて生じるロール挙動を意味する。
【0050】
次式(3)に、車両において発生する一般的なロールモーメントRmの発生に関する車両モデルを示す。式中、Hcgは重心高であり、ltはトレッド幅であり、Fx1〜4はインホイールモータ11〜14が出力する制駆動力(トルク又は接地面に作用する力;以下、トルクを決定するものとして説明する)である。
【0051】
【数2】

【0052】
上式(3)のうち、右辺第三項が、車両のヨー挙動をコントロールするための制御によってサスペンション特性に応じて生じるロールモーメントを示す。従って、Anf(−Fx1+Fx2)+Anr(−Fx3+Fx4)を小さくすることにより、車両の予期せぬロール挙動を抑制することができる。なお、DYMをFx1〜4を用いて表現すると、次式(4)の如くなる。
【0053】
【数3】

【0054】
係る制御を実現するために、本実施例の車両用走行制御装置1では、ECU40のROM等に予めFx1〜4の組み合わせを規定する出力決定用マップを記憶させておき、これに基づいてFx1〜4を決定することとした。図2は、各インホイールモータの出力トルク(以下、説明を簡略化するため、アクセル開度に基づく各インホイールモータの出力トルクを除く)Fx1〜4と、目標ヨーモーメントYr*との関係を規定する出力決定用マップの一例である。図示する如く、Fx1とFx2、Fx3とFx4が符号を逆にした対照値となるように設定され、且つ、Fx1及びFx2と、Fx3及びFx4との比率が一定となっている。そして、この比率は、上記前輪アンチダイブ係数Anf及び後輪アンチリフト係数Anrに応じて決定されている。従って、出力決定用マップに従ってFx1〜4を決定することにより、車両のヨー挙動をコントロールする結果としてサスペンション特性に応じて生じる車両のロール挙動をゼロにすることができる。
【0055】
なお、図2に例示したマップは、Fx1〜4が完全に出力決定用マップの条件を満たすものとしてもよいが、有る程度の誤差ないし許容範囲をもってマップを反映させるものとしてもよい。係る許容範囲を設定することにより、車両のヨー挙動をコントロールするための各インホイールモータの出力を、より柔軟に設定することが可能となるからである。
【0056】
本実施例の車両用走行制御装置1によれば、車両のヨー挙動をコントロールするための制御によってサスペンション特性に応じて生じるロールモーメントが小さくなるように、各インホイールモータの出力トルクを決定する。従って、車両のヨー挙動をコントロールすると共に、車両の予期せぬロール挙動を抑制することができ、ドライバーフィーリングの良いヨーコントロールが実現される。
【0057】
図3は、上記の制御を実現するためにECU40により実行される処理の流れを示すフローチャートの一例である。まず、車速センサー30、ステアリング操舵角センサー32、及びGセンサー33から、車速V、ステアリング操舵角Str、横方向加速度Gyをそれぞれ入力し(S100)、前述の如く、目標ヨーレートYr*を算出する(S102)。
【0058】
続いて、ヨーレートセンサー31から実ヨーレートYrを入力する(S104)。
【0059】
そして、目標ヨーレートYr*と実ヨーレートYrの差分に基づきダイレクトヨーモーメントDYMを算出する(S106)。
【0060】
ダイレクトヨーモーメントDYMを算出すると、ROM等に予め記憶された出力決定用マップを参照して、適切な各インホイールモータの出力トルクFx1〜4を導出し(S108)、これらをアクセル開度に基づく各インホイールモータの出力トルクに合算して、各インホイールモータの最終的な出力トルクを決定する(S110)。
【0061】
[3_2.特徴的な制御内容(2)]
また、車両のヨー挙動をコントロールするための制御によってサスペンション特性に応じて生じるロールモーメントのみならず、ダイレクトヨーモーメントDYMの影響により直接的に生じるロールモーメントをも抑制するように、各インホイールモータの出力を決定するものとしてもよい。すなわち、上式(3)における第二項及び第三項が共に小さくなるように各インホイールモータの出力Fx1〜4を決定する。こうすれば、車両に発生するロール挙動自体を小さくすることができる。
【0062】
この場合、各インホイールモータの出力Fx1〜4は、図2に例示した出力決定用マップを遵守するのではなく、例えば、図4に示す如き出力決定用マップの範囲内で決定する。従って、Fx1〜4の自由度がより高くなり、総エネルギーとのトレードオフによりこれらを決定することができる。
【0063】
係る制御によれば、目標ヨーレートYr*を実現しつつ、発生するロール挙動を抑制することができる。従って、ドライバーフィーリングの良いヨーコントロールが実現される。
【0064】
[3_3.特徴的な制御内容(3)]
また、いずれかのインホイールモータの出力トルク(又は出力パワー)が出力限界を超える場合には、車両のロール挙動を抑制するための出力の優先順位を下げて、各インホイールモータの出力Fx1〜4を決定するものとしてもよい。
【0065】
この場合、例えば、図5に示す如き出力決定用マップを用いて各インホイールモータの出力Fx1〜4を決定する。図示する如く、インホイールモータ11及び12の出力が限界に達した場合(図中、Yr*=Y1の制御ポイントよりも右側)、更に目標ヨーモーメントYr*が大きくなった場合には、インホイールモータ13及び14の出力を増加させて目標ヨーモーメントYr*の実現を優先する(基本的には、前輪側のインホイールモータから後輪側に比して大きいトルクを出力するのが通常である)。
【0066】
図6は、いずれかのインホイールモータの出力トルク(又は出力パワー)が出力限界を超えた場合でも、ロールモーメントを小さくする優先順位を変えない場合の出力決定用マップの一例である。係る場合、Yr*=Y1の制御ポイントよりも右側において、目標ヨーモーメントYr*を満たすことができなくなる。安全面を考慮すると、ドライバーフィーリングよりもヨーコントロールの方を優先すべきであると考えられるため、図5に示す如きマップを用いるのが、より適切である。
【0067】
なお、通常、モータの出力限界は、トルク及びパワーの双方に存在するため、出力限界を示すY1は一定値とならないことが想定される。この場合、図2に例示した出力決定用マップを基本的に用い、いずれかのインホイールモータが出力限界に達したときに、使用するマップを動的に切替える(又はその時点で生成する)ものとすればよい。
【0068】
係る制御によれば、車両のヨー挙動をコントロールすると共に、車両の予期せぬロール挙動を抑制することができ、更に、より安全な運転を実現することができる。
【0069】
[3_4.特徴的な制御内容(4)]
また、車速センサー30により検出された車速に応じて、図2又は図5に例示したマップの遵守程度を変更するものとしてもよい。車速が高いときには運転者のロール感度が高いと考えられ、また車速が低いときには運転者のロール感度が低く、且つヨーコントロールの必要性が高いと考えられるからである。
【0070】
ここで、遵守程度を変更するには、出力決定用マップに対して許容範囲を設定するものとしてもよいが、出力決定用マップで規定する目標トルクに対する制御ゲインKを変更するものとしてもよい。後者の場合、例えば、図7に示す如き制御ゲイン変更用マップに基づいて、制御ゲインKを決定する。なお、制御ゲインKは、各インホイールモータについて個別に変更されてもよい(インホイールモータ別の制御ゲイン変更用マップによってゲインK1〜K4を設定する)。
【0071】
係る制御によって、車速に応じて変化する必要特性に基づいて、より柔軟な制御を行なうことができる。
【0072】
図8は、[特徴的な制御内容(3)]、及び[特徴的な制御内容(4)]の双方を実現するために、ECU40により実行される処理の流れを示すフローチャートである。
【0073】
まず、車速センサー30、ステアリング操舵角センサー32、及びGセンサー33から、車速V、ステアリング操舵角Str、横方向加速度Gyをそれぞれ入力し(S200)、前述の如く、目標ヨーレートYr*を算出する(S202)。
【0074】
続いて、ヨーレートセンサー31から実ヨーレートYrを入力し(S204)、目標ヨーレートYr*と実ヨーレートYrの差分に基づきダイレクトヨーモーメントDYMを算出する(S206)。
【0075】
ダイレクトヨーモーメントDYMを算出すると、車速Vを用いて制御ゲイン変更用マップを参照し、目標トルクに対する制御ゲインを導出する(S208)。続いて、導出した制御ゲインを用いて、図5に例示した如き出力決定用マップを修正する(S210)。図9は、車速に応じて修正された出力決定用マップを例示する図である。
【0076】
そして、修正した出力決定用マップを用いて各インホイールモータの出力Fx1〜4を決定し(S212)、これらをアクセル開度に基づく各インホイールモータの出力トルクに合算して、各インホイールモータの最終的な出力トルクを決定する(S214)。
【0077】
本実施例の車両用走行制御装置1によれば、車両のヨー挙動をコントロールすると共に、車両のロール挙動を抑制することができる。
【0078】
以上、本発明を実施するための最良の形態について実施例を用いて説明したが、本発明はこうした実施例に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々の変形及び置換を加えることができる。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明は、自動車製造業や自動車部品製造業等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明の一実施例に係る車両用走行制御装置1の全体構成の一例を示す図である。
【図2】各インホイールモータの出力トルクFx1〜4と、目標ヨーモーメントYr*との関係を規定する出力決定用マップの一例である。
【図3】ECU40により実行される処理の流れを示すフローチャートの一例である。
【図4】出力決定用マップの他の例である。
【図5】出力決定用マップの他の例である。
【図6】出力決定用マップの他の例である。
【図7】車速と、目標トルクに対する制御ゲインとの関係を規定する制御ゲイン変更用マップの一例を示す図である。
【図8】ECU40により実行される処理の流れを示すフローチャートの他の例である。
【図9】車速に応じて修正された出力決定用マップを例示する図である。
【図10】ロール制御が行なわれる車両において上下力が発生するメカニズムを説明するための説明図である。
【符号の説明】
【0081】
1 車両用走行制御装置
10 バッテリー
11、12、13、14 インホイールモータ
20 インバータ
30 車速センサー
31 ヨーレートセンサー
32 ステアリング操舵角センサー
33 Gセンサー
35 アクセル開度センサー
40 ECU

【特許請求の範囲】
【請求項1】
各車輪に制駆動力を出力する制駆動力出力手段と、
車両のヨー挙動をコントロールすると共に、該車両のヨー挙動をコントロールする結果として車両のサスペンション特性に応じて生じる車両のロール挙動を抑制するように、前記制駆動力出力手段の出力を制御する制御手段と、
を備える車両用走行制御装置。
【請求項2】
前記制駆動力出力手段は、各輪を個別に駆動するモータを含む、
請求項1に記載の車両用走行制御装置。
【請求項3】
前記制御手段は、車両のヨー挙動をコントロールすると共に、該車両のヨー挙動をコントロールする結果として車両のサスペンション特性に応じて生じる車両のロール挙動をゼロにするように、前記制駆動力出力手段の出力を制御する手段である、
請求項1又は2に記載の車両用走行制御装置。
【請求項4】
前記制御手段は、
前記制駆動力出力手段の出力限界を超える場合には、
前記制駆動力出力手段の出力のうち、前記車両のロール挙動を抑制するための出力の優先順位を下げて前記制駆動力出力手段の出力を決定する手段である、
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の車両用走行制御装置。
【請求項5】
車速を検出する車速検出手段を備え、
前記制御手段は、前記車速検出手段により検出された車速が高くなるに従って、前記車両のロール挙動の抑制程度が大きくなるように、前記制駆動力出力手段を制御する手段である、
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の車両用走行制御装置。
【請求項6】
車両のヨーレートを検出するヨーレート検出手段と、
車両の操舵角を検出する操舵角検出手段と、
車速を検出する車速検出手段と、
車両の加速度を検出する加速度検出手段と、を備え、
前記制御手段は、前記検出される車両の操舵角、車速、及び車両の横方向加速度に基づいて算出される目標ヨーレートと、前記ヨー角速度検出手段により検出される車両のヨーレートと、の偏差に基づき目標ヨーモーメントを算出し、該算出した目標ヨーモーメントが実現されるように前記制駆動力出力手段の出力を制御して、車両のヨー挙動をコントロールする手段である、
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の車両用走行制御装置。
【請求項7】
車両のヨーレートを検出するヨーレート検出手段と、
車両の操舵角を検出する操舵角検出手段と、
車速を検出する車速検出手段と、
前記制御手段は、前記検出される車両の操舵角、及び車速に基づいて算出される目標ヨーレートと、前記ヨー角速度検出手段により検出される車両のヨーレートと、の偏差に基づき目標ヨーモーメントを算出し、該算出した目標ヨーモーメントが実現されるように前記制駆動力出力手段の出力を制御して、車両のヨー挙動をコントロールする手段である、
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の車両用走行制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−143310(P2009−143310A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−320994(P2007−320994)
【出願日】平成19年12月12日(2007.12.12)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】