説明

転がり軸受及びブラシレスモータ

【課題】電食の発生を抑えることができ、かつシール部材の導電性の劣化を防いで、導電性を長期間保持することができる転がり軸受及びブラシレスモータを提供すること。
【解決手段】外輪1と内輪2の間に、転動体3が介装され、内外輪のうち固定側軌道輪に設けたシール部材5が回転側軌道輪に設けたシール溝2bに接触する形式の転がり軸受において、このシール部材5は、導電性素材から成り、当該シール部材5のリップとシール溝2bの溝面との接触部又はシール溝の溝面とシールリップにより形成される環状空間にはイオン性流体グリースが塗布または充填されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、エアコンファンモータ等の一般電化製品に組み込まれるモータ、或いは自動車部品用小型モータ等の回転支持部分を構成する転がり軸受に関し、特に、インバータ制御モータ用の軸受において発生する電食を防止可能な転がり軸受及びブラシレスモータに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、電流が軸受を通って流れるために、軸受の軌道面が損傷するいわゆる電食と呼ばれる現象が問題となっている。
【0003】
この電食の発生を防止する転がり軸受として、転動体に絶縁体のセラミックボールを用いたものが使用されている。この転がり軸受は、外輪→転動体→内輪の経路で電気が通らないため、軌道面の電食の発生を防止することはできるが、コストが高くなるといった不具合がある。
【0004】
この対策として、シール部材に導電性を持たせる方式が、特許文献1等に開示されている。同文献1の通電軸受では、通電シールを、導電性金属板で形成された2枚のシール板からなり、内・外輪の内いずれか一方の軌道輪に固定支持される主体部と、導電性ゴムで形成され、他方の軌道輪に摺接される摺接部とで構成し、上記主体部の2枚のシール板間に上記摺接部を挟持固定している。
【0005】
また、特許文献2では、外輪と、内輪と、該内外輪の間に配されてその軌道面上を転動し、非導電性を有する複数の転動体とを備えており、軌道面から軸方向に離れた位置に配され、内外輪に接触する少なくとも一つの部材が良導電性を有していて、軸受外での処理のための電流の伝達、そして軸受を経る電気信号の伝達を可能とするころがり軸受が開示されている。
【特許文献1】実開平6−73457号公報
【特許文献2】特開平9−310721号公報
【特許文献3】特開2005−154755号公報
【特許文献4】特開2006−250323号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の上記転がり軸受の内、特許文献1の導電性シールにおいては、時間の経過と共にシールが摩耗したり、軸受内部の非導電性グリースが漏れ出ることにより、導電性が低下することがあった。また、トルクが大きくなることや、シール摺動音が発生する等の問題点があった。
【0007】
電食対策として、カーボンを添加した導電性グリースをシール接触部に塗布することも考えられるが、騒音の増大につながることや、軌道面に電流が流れるため、損傷が起こってしまう等の問題点がある。又、非導電性の基油が分離し、その基油によって導電性が阻害されるという問題点もあった。
【0008】
そこで、本発明は、上述した従来の不具合を解消して、電食の発生を抑えることができると共に、シール部材の導電性の低下を防いで、導電性を長期間保持することができる転がり軸受及びブラシレスモータを提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明では、外輪と内輪の間に、複数の転動体が転動自在に介装され、前記内外輪のうち固定側に設けたシール部材が回転側に設けたシール溝の溝面に、全周又は部分的に接触する形式の転がり軸受において、
前記シール部材として、導電性のある素材が用いられ、当該シール部材と前記シール溝の溝面との接触部、又は前記シール部材と前記シール溝の溝面との間に形成される環状空間にはイオン性流体グリースが塗布または充填されていることを特徴とする。
【0010】
また、前記イオン性流体グリースには、基油として、体積抵抗率が1010Ωcm以下のイオン性液体を用いることが好適である。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、上記のように構成されているので、軸受に電気が流れた際に、電流が転動体を流れずに導電性のシール部材を通って流れるため、電食の発生を極力抑えることができる。
【0012】
また、シール部材と回転輪のシール溝面の接触部またはシール部材と回転輪のシール溝面との間に形成された環状空間にイオン性流体グリースが塗布または充填されているので、導電性の劣化が防止され、シール部材の導電性を長期間維持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0014】
(第1実施の形態)
図1は、本発明の一実施形態を示す転がり軸受の断面図である。
【0015】
本発明の一実施形態の転がり軸受は、図1に示すように、本実施形態においては、固定側軌道輪となる外輪1の軌道面1aと、回転側軌道輪となる内輪2の軌道面2aとの間に、転動体として複数の玉3が転動自在に介装され、玉3は、保持器4により各々所定間隔に保持されるようになっている。外輪1および内輪2の両側部には、それぞれシール溝1bと2bが形成してある。シール溝1b、2bの形状、およびこれらシール溝1b、2bに装着されるシール部材5の形状および構造は、図1において上下対称であるので、以下図1において上側のシール構造についてのみ説明する。
【0016】
シール部材5は、ゴム素材のシール要素7と、このシール要素7に埋設された金属製の芯金部材6とから成っている。シール要素7の一端側基部が、外輪1のシール溝1bに嵌合固着されている。シール部材5のシール要素7を成すゴム素材には、導電性素材を用いている。これにより、外輪1に電気が流れた場合は、シール部材5を通して、内輪2に電気が流れる構造になっている。
【0017】
内輪2のシール溝2bは断面が概ねU字形状をしている。シール要素7の内輪側端部は分岐して、径方向内方に延びU字形状シール溝2bの軸受軸方向外方の内側面に接触する面を有する第1リップ7aと軸受軸方向内方に向かって延びU字形状シール溝2bの軸受軸方向内側の面と内輪内周面との交差部に近接する第2リップ7bとを形成しており、U字形状シール溝2bとこれら第1および第2のリップ7a,7bとで環状空間Sを形成している。
【0018】
シール要素7の第1リップ7aの接触面、又はこうして形成された環状空間S(図1中○で囲んだ部分)に導電性グリースを塗布または充填することにより、空間Sに導電性グリースが保持されるようになっている。
【0019】
この導電性グリースとして、本実施形態では、後述するイオン性液体を基油としたイオン性流体グリースを用いている。
【0020】
上記構成において、軸受に電気が流れる際に、電流が玉3を通らずに、導電性のシール部材5を通って流れるため、内外輪1,2の軌道面1a,2aに損傷が発生しにくく、電食の発生を極力抑えることができる。
【0021】
また、単なる導電性シールでは、時間の経過と共に導電性が低下していく傾向があるが、シール部材5の第1リップ7aの内輪2との接触面または環状空間Sに、イオン性流体グリースを塗布または充填しているので、導電性の低下が防止され、シール部材5の導電性を長期間維持することができる。
【0022】
シール要素7の第1リップ7aの接触面には、金型にディンプル状の凹部を多数放電加工等で設ける事により、図2に示すように、0.01mm〜0.10mmの微細な凸部30が形成しておくと好適である。なお、シール溝2b側に、このような微細な凸部が形成してあってもよい。また、凸部30に代えて、凹部が形成してあってもよい。
【0023】
次に、上記転がり軸受を用いた電食再現試験について図3を参照して説明する。図3は、軸受の電食に伴う振動と時間との関係を示す特性線図である。
【0024】
本願発明者は、電食再現試験機で試験を実施した。用いた転がり軸受(出願人の呼び番号6201)のシール部材5の、内外輪1,2との接触部(上記構成参照)には、種々のグリースを添加したリチウム系グリースを塗布した。
【0025】
試験条件は、軸の回転数1500rpm、荷重Fa=4kgf、入力電流を実効値で13mA、P−P400mA、16KHzとして、100時間実施した。
【0026】
その結果を図3に示している。同図において、●は、導電性のないシール部材にリチウム系グリースを塗布した場合、▲は、導電性シール部材にカーボンブラック(CB)を添加したリチウム系グリースを塗布した場合、■は、導電性シール部材にイオン性流体を添加したリチウム系グリースを塗布した場合の、それぞれの特性線を示している。
【0027】
同図から明らかなように、導電性シールの接触面にイオン性流体を添加したグリースを塗布した軸受が、100時間後の電食による振動の上昇量が最も小さかった。
【0028】
(第2実施の形態)
図4は、本発明の第2実施の形態に係る転がり軸受の断面図である。
【0029】
本実施の形態は、シール要素7の第1および第2のリップ7a、7bの形状が第1実施の形態のものと異なる。すなわち、シール要素7の径方向内方に延びる第1リップ7aはU字形状シール溝2bの軸受軸方向外方の内側面に近接しており、他方軸受軸方向内方に向かって延びる第2リップ7bはU字形状シール溝2bの軸受の内方の側面に接触している。本実施の形態においても、シール溝2bと第1および第2のリップ7a,7bとで環状空間を形成している。
【0030】
シール要素7の第2リップ7bとシール溝2bの溝面との接触部、又はこうして形成された環状空間に導電性グリースであるイオン性液体を基油としたイオン性流体グリースが塗布または充填されている。
【0031】
その他の構成、作用、及び効果は、上述した第1実施の形態と同様である。
【0032】
(第3実施の形態)
図5は、本発明の第3実施の形態に係る転がり軸受の断面図である。
【0033】
本実施の形態は、シール要素7の第1および第2のリップ7a、7bの形状が第1実施の形態のものと異なる。すなわち、シール要素7の径方向内方に延びる第1リップ7aは第2実施の形態同様、U字形状シール溝2bの軸受軸方向外方の内側面に近接しているが、他方軸受軸方向内方に向かって延びる第2リップ7bはU字形状シール溝2bの溝面に溝中間部の溝底部において接触している。本実施形態においても、シール溝2bと第1および第2のリップ7a,7bとで環状空間を形成している。
【0034】
このシール要素7の第2リップ7bの接触面、又はこうして形成された環状空間に導電性グリースであるイオン性液体を基油としたイオン性流体グリースが塗布または充填されている。
【0035】
その他の構成、作用、及び効果は、上述した第1および第2の実施の形態と同様である。
【0036】
(第4実施の形態)
図6は、本発明の第4実施の形態に係り、(a)は、シール部材5の断面図であり、(b)は、シール要素7のリップ部7cが全周に亘りシール溝2bの溝面に接触している例を示し、(c)は、シールリップ部7cが4箇所でシール溝2bの溝面に接触している例を示す。
【0037】
図6(a)において、シール要素7のリップ7cは分岐しておらず、その幅がdである接触面7dを有している。
【0038】
図6(b)に示すように、シール要素7のリップ部7cの接触面7dは、全周接触に構成してあってもよく、また、図6(c)に示すように、リップ部7cの接触面7dは数箇所(図示例のように、4箇所)でシール溝2bに接触に構成してあってもよい。
【0039】
その他の構成、作用、及び効果は、上述した実施の形態と同様である。
【0040】
上述した各実施の形態で使用されるイオン性流体グリースには、上記の如く、基油として、イオン性液体を用いる。イオン性液体とは、特許文献3に示されるように、常温溶融塩とも呼ばれる室温(25℃)で液体となる塩であって、アニオン及びカチオンとの2種類の有機イオン群の組み合わせから成っており、最近は、この組み合わせが種々工夫されている。
【0041】
このイオン性液体は、低温から高温まで液体であり、熱安定性に優れ、それ自身の酸化還元反応が起こりにくく、電気分解しにくい。また、イオン伝導性が高く、比熱が大きい、等の特長を有している。
【0042】
特許文献4に示されるように、上記カチオンとしては、脂肪族アミン系、脂環式アミン系、イミダゾリウム系、ビリジン系等を用いることができる。上記アニオンとしては、BF、PF、[(CFSON]、Cl、Br等を挙げることができる。イオン性液体は、アルキル基の炭酸数が多く分子量が大きい程、動粘度が大きくなる。
【0043】
このようなイオン性液体を用いることにより、体積抵抗率が1010Ωcm以下の導電性の良好なイオン性流体グリースを作成することができる。
【0044】
ここで、体積抵抗率とは、試料に加えた直流電界(V/cm)と、そのときに試料に流れる単位断面積当たりの電流(A/cm)との比のことで、これは、試料が1辺1cmの立方体である時、その相対する面間の抵抗に等しい。
【0045】
一般に、体積抵抗率が、1010Ωcm以上であると導電性が低く、1010Ωcm以下であると導電性が良好であると評価されている。
【0046】
また、基油にイオン性液体を用いたイオン性流体グリースには、増ちょう剤としてカーボンブラックや金属石鹸、ウレア化合物を用いることにより、グリースの体積抵抗率をさらに低くすることができる。
【0047】
前記金属石鹸には、ステアリン酸リチウムや12−ヒドロキシステアリン酸リチウム等が挙げられる。前記ウレア化合物としては、イソシアネートの末端基として芳香族系炭化水素、脂環族系炭化水素、脂肪族系炭化水素主体のジウレア化合物が好適である。
【0048】
このように、導電性のシール部材5(シール要素7)のリップ部と回転側軌道輪のシール溝との接触部またはシール部材5(シール要素7)のリップ部と回転側軌道輪のシール溝の溝面との間に形成された環状空間に塗布または充填するイオン性流体グリースは、その基油にイオン性液体を用い、且つ増ちょう剤としてカーボンブラック等を用いることにより、体積抵抗率が低くなって、電食による振動の上昇をさらに抑えることができ、グリースの導電性を、より長期間保持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の一実施形態を示す転がり軸受の断面図である。
【図2】シール部材のシールリップの接触面の拡大図である。
【図3】軸受の電食による振動と時間との関係を示す特性線図である。
【図4】本発明の第2実施の形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図5】本発明の第3実施の形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図6】本発明の第4実施の形態に係り、(a)は、シール部材の断面図であり、(b)は、シールリップ部の全周接触の例を示し、(c)は、シールリップ部の4点接触の例を示す。
【符号の説明】
【0050】
1 外輪
1a 軌道面
1b シール溝
2 内輪
2a 軌道面
2b シール溝
3 玉(転動体)
4 保持器
5 シール部材
6 芯金部材
7 シール要素
7a 第1リップ
7b 第2リップ
7c リップ部
7d 接触面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪と内輪の間に、複数の転動体が転動自在に介装され、前記内外輪のうち固定側に設けたシール部材が回転側に設けたシール溝の溝面に、全周又は部分的に接触する形式の転がり軸受において、
前記シール部材として、導電性のある素材が用いられ、当該シール部材と前記シール溝の溝面との接触部、又は前記シール部材と前記シール溝の溝面との間に形成される環状空間にはイオン性流体グリースが塗布または充填されていることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記イオン性流体グリースには、基油として、体積抵抗率が1010Ωcm以下のイオン性液体を用いることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の転がり軸受が組み込まれていることを特徴とするブラシレスモータ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2009−162272(P2009−162272A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−340797(P2007−340797)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】