説明

金型及びその製造法

【課題】耐熱性及び耐摩耗性に優れた金型を実現できるようにする。
【解決手段】金型は、金型本体と、金型本体を覆い且つ硅素を含むダイヤモンド様薄膜とを備えている。耐熱性のダイヤモンド様薄膜は、基材の表面に形成され、硅素を含み、基材との界面における硅素濃度が、表面における硅素濃度よりも高く、基材との界面と表面との間における硅素濃度の変化が連続的である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱性のダイヤモンド様薄膜を備えた金型及びその製造法に関し、特に、少なくとも断続的に300℃以上の温度に曝される条件において使用される金型及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドライクカーボンと呼ばれるダイヤモンド様薄膜(DLC膜)は硬い薄膜材料であり、非晶質構造を有することから面粗度に優れている。
【0003】
このため、摺動を伴う機械部品の耐久性向上に近年盛んに用いられている。特に、高度機械部品の集合体である自動車用内燃機関に応用されている(例えば、特許文献1及び2を参照。)。
【0004】
また、光学ガラス等の高精度のガラス成型においては、形状精度及び面粗度が優れた高精度ガラス成型用金型が必要とされる。成型用金型においては、加熱により金型表面が酸化されるため、面精度の維持が困難である。面精度を維持するために、金型表面を白金等の貴金属を基本組成とした薄膜により被覆することが試みられている。しかし、貴金属材料は硬度が低いために、継続的使用において摩耗による面精度の劣化が生じる。
【0005】
摩耗による面精度の劣化を防止する方法として、貴金属中に酸化ジルコン(ZrO2)、酸化チタン(TiO2)及び酸化タンタル(Ta23)等の酸化物を分散させた薄膜を用いることにより、貴金属材料の硬度を補う方法が提案されている(例えば、特許文献3を参照。)。また、貴金属中にホウ化チタン(TiB2)及びホウ化ジルコン(ZrB2)等のホウ素化合物を分散させた薄膜を用いたガラス成型用金型も提案されている(例えば、特許文献4を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−36666号公報
【特許文献2】特開2006−22666号公報
【特許文献3】特公平2−49256号公報
【特許文献4】特公平4−21607号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、DLC膜により被覆した機械備品は、耐熱性が不十分であるという問題がある。DLC膜は温度を上げていくと非晶質構造がグラファイト的構造に移行していくため、高温における使用には問題がある。一般にDLC薄膜の耐熱温度は300℃〜400℃前後であり,エンジン内部等の400℃を超える場所にDLC膜を適用するためには熱によるDLC膜の劣化を防止しなければならない。
【0008】
一方、金型の面精度維持のために用いる薄膜には、平滑性と耐摩耗性と耐熱性を兼ね備えた材料が望まれている。DLC膜は、平滑性と耐摩耗性を備えているため、金型の面精度維持のために用いる薄膜として期待されるが、先に述べたように耐熱性が不足するという問題がある。
【0009】
本発明は、前記従来の問題を解決し、耐熱性及び耐摩耗性に優れたDLC膜を備えた金型を実現できるようにすることを特徴とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の目的を達成するため、本発明はダイヤモンド様薄膜を、基材との界面における硅素濃度が表面における硅素濃度よりも高く且つ硅素濃度が連続的に変化する構成とする。
【0011】
具体的に、本発明に係る耐熱性のダイヤモンド様薄膜は、基材の表面を覆うように形成され、硅素を含み、基材との界面における硅素濃度が、表面における硅素濃度よりも高く、基材との界面と表面との間における硅素濃度の変化が連続的であることを特徴とする。
【0012】
本発明の耐熱性のダイヤモンド様薄膜によれば、基材との界面における硅素濃度が、表面における硅素濃度よりも高いため、ダイヤモンド様薄膜の熱伝導性が低くなり表面の熱が基材との界面側に伝わりにくくなる。従って、ヒートクラックの発生及び基材からの剥離が生じにくくなるので、ダイヤモンド様薄膜の耐熱性が向上する。また、表面における硬度も十分できるため、耐摩耗性と耐熱性とを両立させることができる。さらに、基材との界面と表面との間における硅素濃度の変化が連続的であるため、不連続界面における剥離が生じることがない。
【0013】
本発明に係る金型は、金型本体と、金型本体を覆い且つ硅素を含むダイヤモンド様薄膜とを備え、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、金型本体との界面と比べて低く且つ硅素の濃度が連続的に変化していることを特徴とする。
【0014】
本発明の金型によれば、硅素を含むダイヤモンド様薄膜を備え、硅素の濃度が、ダイヤモンド様薄膜の表面において、基材との界面と比べて低く且つ連続的に変化しているため、金型の表面を覆おうダイヤモンド様薄膜にヒートクラック等が生じにくく且つ表面の耐摩耗性も確保できる。従って、長期に亘り面精度を確保することが可能な金型を容易に実現することができる。
【0015】
本発明の金型において、ダイヤモンド様薄膜は、硅素濃度が最も高い部分における硅素の原子百分率濃度が50%以下であることが好ましい。このような構成とすることにより、耐熱性と耐摩耗性とを確実に両立させることができる。
【0016】
この場合において、ダイヤモンド様薄膜は、金型本体との界面において硅素の濃度が最も高いことが好ましい。
【0017】
また、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、硅素濃度が最も高い部分における硅素の濃度の90%以下であることが好ましい。
【0018】
本発明の金型において、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における弾性係数が、金型本体との界面における弾性係数よりも大きいことが好ましい。この場合において、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における弾性係数が50GP以上且つ400GPa以下であることが好ましい。
【0019】
本発明の金型において、ダイヤモンド様薄膜は、グラファイト結合及びダイヤモンド結合を有し且つダイヤモンド様薄膜の表面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比が、金型本体との界面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比よりも小さいことが好ましい。
【0020】
本発明の金型において、金型本体は、その表面における算術平均表面粗度が0.1nm以上且つ300nm以下であることが好ましい。
【0021】
本発明に係る金型の製造方法は、金型本体を準備する工程(a)と、金型本体の表面に硅素を含むダイヤモンド様薄膜を形成する工程(b)とを備え、工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、金型本体との界面と比べて低く且つ硅素の濃度が連続的に変化するように形成することを特徴とする。
【0022】
本発明の金型の製造方法によれば、ダイヤモンド様薄膜は、硅素の濃度が、ダイヤモンド様薄膜の表面において、基材との界面と比べて低くなるように連続的に変化するように形成するため、ヒートクラック等が生じにくく且つ表面の耐摩耗性を有するダイヤモンド様薄膜に覆われた金型を容易に実現することができる。
【0023】
本発明の金型の製造方法において、工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜は、硅素濃度が最も高い部分における硅素の原子百分率濃度が50%以下となるように形成することが好ましい。
【0024】
この場合に、工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜は、金型本体との界面において硅素の濃度が最も高くなるように形成することが好ましい。
【0025】
また、工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、硅素濃度が最も高い部分における硅素の濃度の90%以下となるように形成することが好ましい。
【0026】
本発明の金型の製造方法では、工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における弾性係数が、金型本体との界面における弾性係数よりも大きくなるように形成することが好ましい。
【0027】
本発明の金型の製造方法では、工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜は、グラファイト結合及びダイヤモンド結合を有し且つダイヤモンド様薄膜の表面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比が、金型本体との界面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比よりも小さくなるように形成することが好ましい。
【発明の効果】
【0028】
本発明に係る耐熱性のダイヤモンド様薄膜を備えた金型は、耐熱性及び耐摩耗性に優れた金型を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の一実施例に係るダイヤモンド様薄膜の製造に用いたイオン化蒸着装置を示す概略図である。
【図2】本発明の一実施例に係るダイヤモンド様薄膜の深さ方向における成分の変化を示すオージェ電子分光分析の結果である。
【図3】本発明の一実施例の変形例に係るダイヤモンド様薄膜の深さ方向における成分の変化を示すオージェ電子分光分析の結果である。
【図4】(a)及び(b)は本発明の一実施例に係るダイヤモンド様薄膜のDLC膜におけるSP2結合のSP3結合に対する存在比の測定結果を示し、(a)は表面におけるラマンスペクトルであり、(b)はテストピースとの界面におけるラマンスペクトルである。
【図5】本発明の一実施例に係るダイヤモンド様薄膜の耐熱性試験の結果を示すレーザ顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明に係る耐熱性のDLC膜は、機械部品及び金型等の基材表面を覆う硅素(Si)含むダイヤモンド様薄膜(DLC膜)である。また、DLC膜の基材との界面におけるSi濃度が、表面におけるSi濃度よりも高くなっている。さらに、基材との界面と表面との間においてSi濃度は、連続的に変化している。
【0031】
本願発明者らは、DLC膜中にSiを添加することによりDLC膜の耐熱性が向上することを見いだした。Siの添加によりDLC膜の耐熱性が向上する原理は、現在のところ明確ではないが、Siを添加することによりDLC膜の熱伝導性が低下し、これによりDLC膜が外部からの熱を吸収しにくくなるためではないかと考えられる。また、Siを添加することによりDLC膜の硬度が低下するため、DLC膜に加わる応力が緩和され、ヒートクラックが発生しにくくなるという効果も得られると考えられる。
【0032】
DLC膜の耐熱性はSiの添加量が多いほど向上するという知見が得られている。しかし、Siの添加量が増えると耐摩耗性が低下するため、DLC膜全体にSiを添加する場合には、Siの添加量が限られてしまう。また、Si添加量が異なるDLC膜を複数層積層したような場合には、熱伝導率が異なる不連続面が発生するため、剥離が生じやすくなってしまう。
【0033】
しかし、本発明のDLC膜は、基材との界面側におけるSi濃度が表面におけるSi濃度よりも高く且つSi濃度は連続的に変化している。このため、DLC膜表面における耐摩耗性を確保しつつ耐熱性を向上させることができ、さらに不連続面による剥離のおそれもない。なお、Siの濃度は連続的に変化していればよく、基材との界面から一旦濃度が上昇した後、表面に向かって濃度が減少するようなパターンであっても問題ない。
【0034】
本発明における基材の材質は特に限定されない。例えば、金属、セラミックス及び耐熱性プラスチック等を用いることができる。
【0035】
また、本発明のDLC膜を機械部品の表面に形成することにより、表面が平滑で潤滑性に優れると共に、耐摩耗性及び耐熱性に優れた機械部品が実現できる。この場合の機械部品は、特に限定されないが、ピストン、ピストンリング及びエンジンバルブ等のエンジン関係の機械部品、溶接ノズル、撚線用ガイドローラ、タービン軸受け並びに軸受け等の断続的又は連続的に300℃以上の温度に曝される部分に用いられ且つ平滑性、耐摩耗性及び耐熱性が要求される部品である場合に優れた効果が得られる。
【0036】
また、金型の表面に本発明のDLC膜を形成することにより、面精度に優れ且つ長期に亘り面精度を維持することができる金型が実現できる。この場合の金型は、特に限定はされないが、成型温度が300℃以上であるガラス等の成型用金型、過酷なしごき等により局所的に金型表面温度が300度以上に加熱される冷間プレス金型及び冷間鍛造金型並びに成型温度が500℃以上である温間鍛造金型等の耐熱性を要求される金型の場合に優れた効果が得られる。
【0037】
基材とDLC膜との密着力は、基材表面の表面粗さを一定範囲以内にすることにより密着力をより向上させることができるという知見が得られている。基材表面における表面粗度が小さすぎる場合には、薄膜の基材表面へのアンカー効果が小さくなり、基材とDLC膜との密着力が低下する。また、表面粗度を小さくするためには、長時間の電解研磨を必要とするためコスト高になってしまう。一方、表面粗度を大きくすることにより、電解研磨時間を短縮してコストを低減することができるが、基材表面の表面粗度がDLC膜の膜厚よりも大きい場合には、均一に成膜できないおそれがある。従って、基材表面における算術平均表面粗度(Ra)は0.1nm以上且つ300nm以下とすればよく、好ましくは1nm以上且つ200nm以下とすればよい。
【0038】
DLC膜は、スパッタ法、DCマグネトロンスパッタ法、RFマグネトロンスパッタ法、化学気相堆積法(CVD法)、プラズマCVD法、プラズマイオン注入法、重畳型RFプラズマイオン注入法、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、イオンビーム蒸着法又はレーザーアブレーション法等の公知の方法により基材の表面に形成することができる。
【0039】
DLC膜を成膜する際に、テトラメチルシラン(TMS)等の硅素源となるガスを添加し、添加量を連続的に変化することにより、Siを含み且つ基材との界面側から表面側に向けてSi濃度が連続的に減少するDLC膜を得ることができる。ただし、Si濃度が高すぎるとSP3結合の割合が低下し、DLC膜として機能しなくなる。このため、最も硅素濃度が高い部分におけるSiの原子百分率濃度は50%以下とすることが好ましい。また、基材との界面においてSi濃度を最も高くした方が、耐熱性が向上するため好ましい。さらに、表面における耐摩耗性を確保するため、表面におけるSi濃度は基材との界面におけるSi濃度よりも低くする。また、表面におけるSi濃度は最も濃度が高い部分の濃度よりも10%以上低くして濃度勾配を形成することが好ましい。
【0040】
DLC膜中のSi濃度を変化させることにより、DLC膜中の炭素原子同士の結合に占めるグラファイト結合(SP2結合)とダイヤモンド結合(SP3結合)との割合が変化する。従って、DLC膜におけるSP2結合のSP3結合に対する割合は、基材との界面においては表面と比べて大きくなる。
【0041】
また、SP2結合とSP3結合との割合が変化することによりDLC膜の弾性係数(ヤング率)も変化する。DLC膜の表面においてはSP3結合の割合が高いため、基材との界面と比べてヤング率が高くなる。DLC膜の表面におけるヤング率は50GPa以上且つ400GPa以下とすればよく、好ましくは80GPa以上且つ300GPa以下である。
【0042】
DLC膜の膜厚は、表面粗度等の精度を重視する場合には薄いことが望ましいが、Si濃度に濃度勾配を形成するためには少なくとも20nmの膜厚が必用であり、100nm程度の膜厚がより好ましい。また耐熱性を重視する場合には膜厚が厚いほうが望ましいが、膜の内部に蓄積される応力の影響を抑えるためには10μm以下とすることが好ましく、3μm以下とすることがより好ましい。
【0043】
また、DLC膜は基材の表面に直接形成することができるが、基材とDLC膜とをより強固に密着させるために、基材とDLC膜との間に中間層を設けてもよい。中間層を設ける場合には、基材の材質に応じて種々のものを用いることができるが、Siと炭素(C)、チタン(Ti)と炭素(C)又はクロム(Cr)と炭素(C)からなるアモルファス膜等の公知のものを用いることができる。
【0044】
また、中間層は、基材の表面に均一に形成する必要があるため、ある程度の膜厚が必要である。しかし、膜厚があまりに厚くなると成膜時間が長くなり生産性が低下する。従って、中間層の膜厚は5nm以上且つ3μm以下とすればよく、好ましくは10nm以上且つ1μm以下とする。
【0045】
また、中間層は、公知の方法を用いて形成することができ、例えば、スパッタ法、CVD法、プラズマCVD法、溶射法、イオンプレーティング法又はアークイオンプレーティング法等を用いればよい。
【0046】
以下に、本発明に係る耐熱性のDLC膜、機械部品及び金型について実施例によりさらに詳細に説明する。
【0047】
(一実施例)
機械部品又は金型のモデルとして12mm角で厚さが6mmの超硬合金(K−10相当)製のテストピースの表面にDLC膜を形成した。
【0048】
図1は、本実施例において用いたイオン化蒸着装置を模式的に示したものであり、真空チャンバーの内部に設けられた直流アーク放電プラズマ発生器21に、イオン源であるAr並びにベンゼン(C66)ガスを導入することにより発生させたプラズマを、負電圧にバイアスしたターゲット22に衝突させることによりターゲット22の上にDLC膜を固体化して成膜する通常のイオン化蒸着装置である。
【0049】
テストピースをイオン化蒸着装置のチャンバ内にセットし、チャンバーにアルゴンガス(Ar)を圧力が10-1Pa〜10-3Pa(10-3Torr〜10-5Torr)となるように導入した後、放電を行うことによりArイオン発生させ、発生したArイオンをテストピースの表面に衝突させるボンバードクリーニングを約30分間行った。
【0050】
続いて、チャンバにテトラメチルシラン(Si(CH34)を3分間導入し、硅素(Si)及び炭素(C)を主成分とするアモルファス状で膜厚が10nmの中間層を形成した。なお、中間層はテストピースとDLC膜との密着性を向上させるために設けており、テストピースとDLC膜12との密着性を十分に確保できる場合には省略してもよい。
【0051】
中間層を形成した後、テトラメチルシランとC66ガスとの混合ガスをチャンバ内に導入しながら放電を行うことによりSiを含むDLC膜を形成した。テトラメチルシランとC66ガスとの混合比は、表1に示すように成膜時間の経過とともに変化させた。
【0052】
【表1】

【0053】
この際に、チャンバ内の圧力は10-1Paとなるように調整した。また、基板電圧は1.5kV、基板電流は50mA、フィラメント電圧は14V、フィラメント電流は30A、アノード電圧は50V、アノード電流は0.6A、リフレクタ電圧は50V、リフレクタ電流は6mAとした。また、形成時におけるテストピースの温度は約160℃であった。なお、DLC膜を形成する際にCF4等のフッ素を含むガスを添加することにより、Siとフッ素とを含むDLC膜を形成することも可能である。
【0054】
以下に、得られたSiを含むDLC膜を備えたテストピースについて種々の分析を行った結果を示す。なお、比較例としては、テトラメチルシランを供給せずにDLC膜を形成したテストピースを用いた。
【0055】
図2は得られたDLC膜の構成成分を分析した結果を示している。測定には、PHISICAL ELECTRONICS社製のPHI−660型走査型オージェ電子分光装置を用いた。電子銃の加速電圧が10kVで、試料電流が500nAの条件で測定を行った。また、Arイオン銃の加速電圧は2kVとして、スパッタリングレートは8.2nm/minに設定した。
【0056】
図2に示すようにSiの原子百分率(at%)の値は、DLC膜の表面からテストピース側に向かって従い次第に上昇し、逆に炭素(C)の原子百分率の値は、DLC膜の表面からテストピース側に向かって次第に減少している。これは、DLC膜に含まれるSiの濃度がテストピースとの界面では高く、表面では低くなるように連続的に変化していることを示している。
【0057】
また、図3は異なった条件でC66ガス及びテトラメチルシランを供給して形成したDLC膜について測定した結果を示している。このように、DLC膜の表面近くにおけるSi濃度の変化を大きくしてもよい。
【0058】
図4は得られたDLC膜について炭素原子の結晶構造を測定した結果を示している。測定には、日本分光株式会社製のNRS―3200型顕微レーザーラマン分光光度計を用い、励起波長は532nm、レーザパワーは10mW、回折格子は600本/mm、対物レンズは20倍、スリットは0.1×6mm、露光時間は60秒、積算は2回とした。
【0059】
図4(a)に示すようにDLC膜の表面においては、ダイヤモンド結合(SP3結合)を示すピークの面積がグラファイト結合(SP2結合)を示すピーク面積よりも大きくなっている。一方、図4(b)に示すようにテストピースとの界面においては、SP2結合を示すピークの面積がSP3結合を示すピークよりも大きくなっている。
【0060】
各ピークの面積をカーブフィッティング処理(バンド分解)により求め、得られたピーク面積の比を求めることによりSP2結合とSP3結合の存在比率を求めたところ、テストピースとの界面においてはSP3結合のSP2結合に対する存在比は0.46となり、表面においてはSP3結合のSP2結合に対する存在比は1.17となった。つまり、Si濃度が高いテストピースとの界面においては、表面と比べてダイヤモンド結合が少なくグラファイト結合が多くなっている。このことは、テストピースとの界面においては表面と比べてDLC膜の硬度が低くなっていることを示唆している。
【0061】
実際に、DLC膜の硬度及び弾性係数(ヤング率)を測定したところ、Si濃度が高いテストピースとの界面においては、硬度が26GPaであり、ヤング率が113GPaであったのに対し、Si濃度が低い表面においては、硬度が29GPaでありヤング率が210GPaであった。
【0062】
なお、硬度及びヤング率の測定にはHysitron社製の高感度(0.0004nm、3nN)センサーを搭載した90度三角錐のダイヤモンド圧子を用いたナノインデンテーション法により行った。圧痕状態の測定には試料表面を微小な探針で走査することによって三次元形状を高倍率で観察できる顕微鏡である株式会社島津製作所製の走査型プローブ顕微鏡(SPM:Scanning Probe Microscope)を用いた。ナノインデンテーションによる測定条件は100μNの精度でダイヤモンド圧子を制御しながら試料に押し込み、荷重-変位曲線の解析から硬度や弾性率等の力学的性質を定量した。圧子の押し込み時間は5秒間とし、また引き抜き時間も5秒間に設定して測定を行った。
【0063】
図5は得られたSiを含むDLC膜が形成されたテストピースと、比較例であるSiを含まないDLC膜が形成されたテストピースについて耐熱性を測定した結果を示している。電気炉中においてテストピースを500℃又は600℃に昇温し、3時間保持した後、室温に冷却して表面の状態をキーエンス社製のVK−9500ピンホール共焦点(コンフォーカル)顕微鏡により観察した。
【0064】
図5に示すように本実施例のSiを含むDLC膜を形成したテストピースは、500℃及び600℃のいずれにおいてもクラックは発生していない。一方、比較例のSiを含まないDLC膜を形成したテストピースは、500℃及び600℃のいずれにおいてもクラックが発生した。以上の結果から、本実施例のSiを含むDLC膜は高い耐熱性を有し、Siを含むDLC膜を備えた金型及び機械部品は、優れた平滑性、耐摩耗性及び耐熱性を有していることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明に係る耐熱性のダイヤモンド様薄膜を備えた金型及びその製造方法は、耐熱性及び耐摩耗性に優れた金型を実現でき、特に、少なくとも断続的に300℃以上の温度に曝される条件において使用される金型及びその製造方法等として有用である。
【符号の説明】
【0066】
21 プラズマ発生器
22 ターゲット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金型本体と、
前記金型本体を覆い且つ硅素を含むダイヤモンド様薄膜とを備え、
前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、前記金型本体との界面と比べて低く且つ硅素の濃度が連続的に変化し、その表面における硬度が前記金型本体との界面と比べて高く、膜厚が100nm以上且つ10μm以下であることを特徴とする金型。
【請求項2】
前記ダイヤモンド様薄膜は、硅素濃度が最も高い部分における硅素の原子百分率濃度が50%以下であることを特徴とする請求項1に記載の金型。
【請求項3】
前記ダイヤモンド様薄膜は、前記金型本体との界面において硅素の濃度が最も高いことを特徴とする請求項2に記載の金型。
【請求項4】
前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、前記硅素濃度が最も高い部分における硅素の濃度の90%以下であることを特徴とする請求項2又は3に記載の金型。
【請求項5】
前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における弾性係数が、前記金型本体との界面における弾性係数よりも大きいことを特徴とする請求項1に記載の金型。
【請求項6】
前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における弾性係数が50GPa以上且つ400GPa以下であることを特徴とする請求項5に記載の金型。
【請求項7】
前記ダイヤモンド様薄膜は、グラファイト結合及びダイヤモンド結合を有し且つ前記ダイヤモンド様薄膜の表面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比が、前記金型本体との界面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比よりも小さいことを特徴とする請求項1に記載の金型。
【請求項8】
前記金型本体は、その表面における算術平均表面粗度が0.1nm以上且つ300nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の金型。
【請求項9】
金型本体を準備する工程(a)と、
前記金型本体の表面に硅素を含むダイヤモンド様薄膜を形成する工程(b)とを備え、
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、前記金型本体との界面と比べて低く且つ硅素の濃度が連続的に変化し、その表面における硬度が前記金型本体との界面と比べて高くなり、膜厚が100nm以上且つ10μm以下となるように形成することを特徴とする金型の製造方法。
【請求項10】
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜は、硅素濃度が最も高い部分における硅素の原子百分率濃度が50%以下となるように形成することを特徴とする請求項9に記載の金型の製造方法。
【請求項11】
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜は、前記金型本体との界面において硅素の濃度が最も高くなるように形成することを特徴とする請求項10に記載の金型の製造方法。
【請求項12】
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、前記硅素濃度が最も高い部分における硅素の濃度の90%以下となるように形成することを特徴とする請求項10又は11に記載の金型の製造方法。
【請求項13】
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における弾性係数が、前記金型本体との界面における弾性係数よりも大きくなるように形成することを特徴とする請求項9に記載の金型の製造方法。
【請求項14】
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜は、グラファイト結合及びダイヤモンド結合を有し且つ前記ダイヤモンド様薄膜の表面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比が、前記金型本体との界面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比よりも小さくなるように形成することを特徴とする請求項9に記載の金型の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−98571(P2011−98571A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−16547(P2011−16547)
【出願日】平成23年1月28日(2011.1.28)
【分割の表示】特願2006−138294(P2006−138294)の分割
【原出願日】平成18年5月17日(2006.5.17)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【Fターム(参考)】