説明

針状ころ軸受

【課題】 各部材間の不十分な油膜形成により発生するスミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等を効果的に抑制して、長寿命化を図ることができる針状ころ軸受を提供する。
【解決手段】 内周面に軌道面52を有する外方部材51と、外周面に軌道面54を有する内方部材53と、前記外方部材51の軌道面52と前記内方部材53の軌道面54との間に転動自在に介挿された複数の針状ころ11と、を備え、前記軌道面52,54と前記針状ころ11との間に形成された隙間空間に潤滑油を充填した針状ころ軸受であって、前記内方部材53又は前記針状ころ11の少なくとも一方に、0.05〜8.0μmの深さを有する凹部を形成させ、さらに固体潤滑剤を被覆させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温や高速環境下で使用される針状ころ軸受に関し、特に自動車や建設機械あるいは農業機械などのエンジンやトランスミッション等に好適なように高機能化を図った針状ころ軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、針状ころ軸受は、内径に対する外径の比が小さく、すなわち肉厚が薄い軸受である割に比較的に大きな負荷容量をもっているという特性を有することから、自動車のトランスミッションやエンジン等の高負荷部分に広く使用されている。
【0003】
このような針状ころ軸受の中で、トランスミッション等に幅広く使用されている遊星歯車を軸支する遊星歯車用の針状ころ軸受では、外方部材にあたる遊星歯車からの力の伝達が滑らかに行われるように、一般的に、はすば歯車が使用されるために、力関係から、内方部材にあたる遊星歯車軸の走行跡がねじれた形となる。このため、遊星歯車と遊星歯車軸との間に配置される針状ころに対して不均一な力が作用してエッジロードやスキュー等が発生し、寿命が低下したり、スミアリングや焼付きが発生したりし易い。
【0004】
そのため、従来では、針状ころにクラウニングを施してエッジロードを軽減したり、また、スキュー防止のために、円周方向の間隙及びラジアル方向の間隙を精密に管理してスキューの発生を未然に抑える工夫を施したりしている。
【0005】
また他の問題点として、CO排出規制に伴う燃費向上の観点から、高速回転時の回転効率を高めるための潤滑油の低粘度化にあいまって、高速回転時の耐焼付性、あるいは希薄潤滑下における耐久性の向上が益々求められるようになってきている。
【0006】
ここで、従来のこのような用途における針状ころ軸受の潤滑性を確保するためには、例えば、針状ころを複列化すると共に、内方部材にあたる遊星歯車軸の針状ころ間位置まで軸端から油穴を設け、その軸穴を通じて給油を行う軸穴給油方式を採用することが考えられているが、油量が不十分な場合は、転送表面にピーリング損傷が発生する。
【0007】
このピーリング損傷を防止する針状ころ軸受の一例として、軸方向面粗さRMS(L)と円周方向面粗さRMS(C)との比、RMS(L)/RMS(C)が1.0以下、かつ表面粗さの分布曲線の歪み度を指すパラメータSK値がマイナスとなすようにし、さらに、くぼみの占める表面積比率が10〜40%となるようにした針状ころ軸受が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0008】
また、従来の針状ころ軸受の他の一例として、平均粒子径約1μm〜約20μmの二硫化モリブデンを約95重量%以上含有した二硫化モリブデン投射用材料をショットピーニング装置を用い、投射速度100m/S以上で投射する表面改質技術を用いた針状ころ軸受が知られている(例えば、特許文献2参照)。
【特許文献1】特許第2634495号公報(第2−4頁、図1)
【特許文献2】特開2002−339083号公報(第3頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1に記載された従来の針状ころ軸受では、軸方向面粗さRMS(L)と円周方向面粗さRMS(C)との比、RMS(L)/RMS(C)が1.0以下、かつ、表面粗さの分布曲線の歪み度を指すパラメータSK値がマイナスとなるようにし、さらに、くぼみの占める表面積比率が10〜40%とすることにより、表面損傷であるピーリングに対して長寿命を図るようにしようとしているが、微小な凹部のみによる油だまりだけでは、今後さらなる潤滑剤の低粘度化が進んだ場合において、スミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等が起こる可能性がある。
【0010】
また、上記特許文献2に記載された針状ころ軸受では、平均粒子径約1μm〜約20μmの二硫化モリブデンを約95重量%以上含有した二硫化モリブデン投射用材料によるショットピーニング装置を用いて、投射速度100m/S以上で投射するようにしているが、軟質の固体潤滑剤をただ単に投射しただけでは、母相が硬質の場合、科学的な結合ならびに、アンカー効果をはじめとした機械的なかみ合いが弱いため、固体潤滑剤が容易に脱落し、十分な効果が得られない。
【0011】
このように、針状ころ軸受において、潤滑剤が供給されにくい構造であることに加え、近年、トランスミッションの小型化あるいはCVT化等により、遊星歯車の最高回転数についてさらなる高速化の要求があり、それに伴い使用温度の上昇が考えられる。また、小型化にともない、今まで以上にスミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等の不具合が顕著になってきている。
【0012】
そこで、本願発明者らは、転がり寿命を確保しつつ、希薄な潤滑下におけるスミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等を抑制できる長寿命化技術に関して鋭意検討を行った。その結果、遊星歯車よりも、遊星歯車軸及び針状ころの少なくとも一方に凹部を形成させ、さらに固体潤滑剤で被覆することにより、油膜形成が不十分な場合において、スミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等を抑制できる効果のあることを突き止めた。
【0013】
そして、油膜形成が不十分な場合において、スミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等が起こるメカニズムをラジアル針状ころ軸受の針状ころに適応した場合、バレル加工、ショットピーニング等の機械加工のみでは、初期なじみが急激に起こり、それにより、スミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等の不具合が発生することを見出した。そこで、この対策としては、摩擦係数を低下させるとともに、固体潤滑剤を被覆することが唯一の手段であることを見出した。
【0014】
本発明はこのような問題を改善するためになされたものであり、その目的は、各部材間の不十分な油膜形成により発生するスミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等を効果的に抑制して、長寿命化を図ることができる針状ころ軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
(1) 内周面に軌道面を有する外方部材と、外周面に軌道面を有する内方部材と、前記外方部材の軌道面と前記内方部材の軌道面との間に転動自在に介挿された複数の針状ころと、を備え、
前記軌道面と前記針状ころとの間に形成された隙間空間に潤滑油を充填した針状ころ軸受であって、
前記内方部材又は前記針状ころの少なくとも一方に、0.05〜8.0μmの深さを有する凹部を形成させ、さらに固体潤滑剤を被覆させることを特徴とする針状ころ軸受。
(2) 前記固体潤滑剤を被覆させる前記凹部は、軌道面中心線平均粗さが、R=0.10〜0.50μmRaであることを特徴とする(1)に記載の針状ころ軸受。
(3) 前記固体潤滑剤を被覆させる前記凹部は、軌道表面の硬さが、HRC58以上であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の針状ころ軸受。
(4) 前記外方部材が、遊星歯車機構に有する遊星歯車であり、前記内方部材が、遊星歯車軸であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の針状ころ軸受。
【発明の効果】
【0016】
本発明の針状ころ軸受によれば、内方部材及び針状ころの少なくとも一方に、0.05〜8.0μmの深さを有する凹部を形成させ、さらに固体潤滑剤を被覆させるので、各部材間の不十分な油膜形成により発生するスミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等を効果的に抑制して、軸受の長寿命化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の針状ころ軸受に係る実施形態について、図面を参照して説明する。
【0018】
図1は本発明に係る一実施形態である針状ころ軸受の断面図、図2は図1に示す針状ころ軸受を用いたオートマチックトランスミッションの一部切欠側面図、図3は針状ころ軸受が組み込まれた遊星歯車機構の分解斜視図、図4は図3に示す遊星歯車機構における遊星歯車の断面図、図5〜図8は図3に示す遊星歯車機構の動作説明図、図9は凹部の深さと寿命比との関係を示した分布図、図10は軌道面中心線における平均粗さと寿命比との関係を示した分布図である。
【0019】
図1に示すように、本発明の一実施形態である針状ころ軸受10は、軌道面を転動する複数の針状ころ11と、針状ころ11を転動自在に保持する保持器12と、から構成するケージ&ローラタイプの針状ころ軸受である。
【0020】
針状ころ軸受10は、針状ころ11が、遊星歯車機構(図3に示す)50の遊星歯車(外方部材)51の内周面に有する軌道面52と、遊星歯車機構50の遊星歯車軸(内方部材)53の外周面に有する軌道面54と、の間に転動自在に介挿される。また、保持器12は、円周方向に複数設けられたポケット13内に針状ころ11を転動自在に保持する。
【0021】
遊星歯車軸53は、表面に0.05〜8.0μmの深さの凹部を有する凹部形成面55が形成され、この凹部形成面55は、軌道面中心線平均粗さがR=0.10〜0.50μmRaで、軌道表面の硬さがHRC58以上に設定される。そして、遊星歯車軸53の軌道面54と針状ころ11との間に形成される隙間空間における凹部形成面55に固体潤滑剤が被覆される。
【0022】
ここで、凹部形成面55の凹部の深さが0.05〜8.0μmであることの臨界的意義は、固体潤滑剤を表面に被膜する際に、凹部があれば固体潤滑剤を充填することができる。これにより、表面に被覆されるのみの場合と比較して格段に長寿命傾向を示す。この効果を得るためには、最低でも凹部の深さが0.05μm以上でないと得られない。一方、凹部の深さが8.0μmを超えると、この効果が飽和するため10μm以下とした。また、上記作用をさらに確実なものにするために、さらに好ましい範囲は、0.1〜4.0μmである。
【0023】
また、遊星歯車軸53の凹部形成面55の軌道面中心線平均粗さがR=0.10〜0.50μmRaであることの臨界的意義は、一般的な転がり軸受においては、十分な油膜を確保するため、軌道面中心線粗さをできるだけ低い値になるように加工することが周知である。そのため、凹部を形成させ、凹部に固体潤滑剤を充填させる目的で、通常の転がり軸受の軌道面中心線粗さよりも粗い、0.10μm以上とした。一方、軌道面中心線平均粗さが粗すぎると、この作用が飽和するだけでなく、振動が増大するため、上限を0.50μmとした。また、上記作用をさらに確実なものにするため、さらに好ましい範囲は、0.15〜0.35μmRaである
【0024】
また、遊星歯車軸53は、JIS鋼種SUJ2から作製した。そして、浸炭または浸炭窒化処理した後、焼入れ、焼戻しを施し、完成品表面の炭素濃度と窒素濃度の総含有量が1.0%以上2.5以下であって、かつ硬さがHRC60以上、残留オーステナイト量が15%以上45%以下である。
【0025】
凹部形成面55は、遊星歯車軸53にバレル加工を行い、さらに、ショットピーニングによる鋼球の投射を行い作製する。なお、このショットピーニングの噴射条件は、噴射圧力5.0kg/cm、噴射速度150m/sec、噴射時間15分とする。本条件のメディアにはJIS6001による平均粒径45μmの鋼球を用いたが、同様の凹部が形成できるなら、鋼球に限定されるものではなく、SiC、SiO、AI、ガラスビース等のショット剤を用いてもよい。
【0026】
固体潤滑剤には、ポリエチレン、フッ素樹脂、ナイロン、ポリアセタール、ポリオレフイン、ポリエステル、PTFE、金属石鹸、二硫化モリブデン、WS2、BN、黒鉛、フッ化カルシウム、フッ化バリウム、すず、すず合金等の工業材料を使用する。なお、これら工業材料の中から地球環境に優しい材料を選択する方がより好ましい。
【0027】
また、固体潤滑剤の被膜は、ショットピーニングにより形成され、このショットピーニングの噴射条件は、噴射圧力5.0kg/cm、噴射速度150m/sec、噴射時間20分とする。なお、固体潤滑剤の被膜を形成する方法として、本実施形態ではショットピーニングを使用したが、これに限定されるものではなく、他の方法としては、固体潤滑剤とパラフィンワックス等の熱可塑性の樹脂を高熱で混錬し、半溶融状の液体を得て、塗布し、焼成する方法や、前加工としてバレル加工を行い、その後、固体潤滑剤を塑性変形させて充填する方法がある。
【0028】
そして、本発明の針状ころ軸受10は、図2に示すように、遊星歯車機構50に組み込まれてオートマチックトランスミッション70に搭載される。オートマチックトランスミッション70は、不図示のエンジンから出力されるトルクが、コンバータ(不図示)を介して伝達され、更に複数列組み合わせられた遊星歯車機構50を介して複数段に減速され、出力軸(不図示)に連結されたドライブトレーン(不図示)に出力される。
【0029】
次に、図3〜図8を参照して、本発明の針状ころ軸受10が組み込まれた遊星歯車機構50について説明する。
【0030】
図3に示すように、遊星歯車機構50は、回転軸(不図示)が挿通される太陽歯車56と、太陽歯車56に同心に配置された内歯歯車57と、この太陽歯車56及び内歯歯車57にかみ合う3個の遊星歯車51と、この遊星歯車51を回動自在に支持すると共に、太陽歯車56及び内歯歯車57に同心線上に配置されるキャリア58と、を備えている。
【0031】
図4に示すように、遊星歯車51は、キャリア58に固定された遊星歯車軸53を介してキャリア58に支持されており、遊星歯車軸53の外周面と各遊星歯車51の内周面との間に配設された各針状ころ軸受10によって、遊星歯車軸53を軸として回動自在にされている。また、遊星歯車軸53には、中央部に径方向に潤滑油の給油孔59が設けられており、端面の開口部60に注入された潤滑油が円筒面に開口する給油孔59から転走面に給油される。
【0032】
図5に示すように、太陽歯車56の周囲に等配された3個の遊星歯車51は、それらの周囲に配置された内歯歯車57に噛合している。ここで、オートマチックトランスミッション70が1速を選択されると、太陽歯車56がドライブ側とされるとともに、遊星歯車51及びキャリア58がドリブン側とされ、内歯歯車57を固定することにより、遊星歯車51及びキャリア58から大きな減速比を得ることができる。
【0033】
図6に示すように、オートマチックトランスミッション70が2速を選択されると、太陽歯車56が固定され、遊星歯車51及びキャリア58がドリブン側とされて公転され、内歯歯車57がドライブ側とされることにより、中程度の減速比を得ることができる。
【0034】
図7に示すように、オートマチックトランスミッション70が3速を選択されると、太陽歯車56が固定され、遊星歯車51及びキャリア58がドライブ側とされるとともに、内歯歯車57がドリブン側とされることにより、小さな減速比を得ることができる。
【0035】
図8に示すように、オートマチックトランスミッション70が後退を選択されると、太陽歯車56がドリブン側とされるとともに、遊星歯車51及びキャリア58が固定され、内歯歯車57がドライブ側とされることにより、入力に対して逆転した出力を得ることができる。
【0036】
従って、針状ころ軸受10によれば、遊星歯車軸53に形成された0.05〜8.0μmの深さの凹部を有する凹部形成面55が固体潤滑剤で被覆されているので、潤滑経路が十分確保されない場合や、低粘度の潤滑油を使用した場合、さらに、高速回転化、小型化が要求される場合において、各部材間の不十分な油膜形成により生じ易いスミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等を効果的に抑制して、軸受の長寿命化を図ることができる。
【0037】
また、針状ころ軸受10によれば、固体潤滑剤を被覆させる凹部形成面55の軌道面中心線平均粗さをR=0.10〜0.50μmRaと設定しているので、各部材間に十分な油膜を形成させることができる。これにより、スミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等を効果的に抑制して、軸受の長寿命化を図ることができる。
【0038】
また、針状ころ軸受10によれば、固体潤滑剤を被覆させる凹部形成面55の軌道表面の硬さをHRC58以上と設定しているので、潤滑経路が十分確保されない場合や、低粘度の潤滑油を使用した場合、さらに、高速回転化、小型化が要求される場合において、各部材間の不十分な油膜形成により生じ易いスミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等を効果的に抑制して、軸受の長寿命化を図ることができる。
【0039】
さらに、針状ころ軸受10によれば、遊星歯車軸53に形成された0.05〜8.0μmの深さの凹部を有する凹部形成面55が固体潤滑剤で被覆されているので、遊星歯車機構50を内蔵したオートマチックトランスミッション70内において、油膜形成が不十分となることにより発生する、スミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等を効果的に抑制し、長寿命化を達成してオートマチックトランスミッション70の品質を向上することができる。
【実施例】
【0040】
以下に、本発明の針状ころ軸受10の作用効果を確認するために行った、針状ころ軸受10を組み込んだ遊星歯車機構50の耐久試験について説明する。
この耐久試験には、外径12.2mm、長さ28.2mmの遊星歯車軸を用意し、実施例として、凹部の深さ、軌道面中心線平均粗さ、硬さ、がそれぞれ異なる9種類の遊星歯車軸と、比較例として、凹部の深さ、軌道面中心線平均粗さ、硬さ、がそれぞれ異なる2種類の遊星歯車軸とを用いた。また、これらの遊星歯車軸は、鋼材を所定の寸法に旋削加工した後、浸炭処理においては、Rxガス+エンリッチガスの雰囲気で、約3〜5時間、820〜850℃で行い、浸炭窒化においては、Rxガス+エンリッチガス+アンモニアガス5%の雰囲気で、約3〜5時間、820〜850℃で行った後、所定の温度で焼入れ焼戻しを行った。さらに仕上げ研削を行うことにより製造した。
【0041】
耐久試験の方法は、遊星歯車の軌道面と、遊星歯車軸の軌道面と、間に、外径2mm、長さ15mmの針状ころを転動自在に介装させた。そして、ラジアル荷重4200N、回転速度10000rpm、潤滑油の温度150℃の条件で遊星歯車軸を回転させ、剥離、焼付きが生じるまでの時間を寿命として評価した。なお、遊星歯車に代えて外輪を用いても良い。ラジアル荷重は、図示しないサポート軸受を介して遊星歯車に負荷した。また、寿命比の数値は、比較例1の試験結果を1とした場合の相対値で示してある。供給している潤滑油の温度は150℃であるが、試験中の遊星歯車軸の温度は発熱によってさらに10℃程度高いと推測される。評価は、上記条件で運転を続け、振動が初期振動の2倍になった場合、軸受温度が急激に上昇して185℃に到達した場合を寿命とした。
【0042】
【表1】

【0043】
表1から明らかなように、耐久試験の結果、凹部の深さが0.05μm、軌道面中心線平均粗さが0.08Ra、硬さが61HRCである実施例1は寿命比が3.8になり、凹部の深さが0.05μm、軌道面中心線平均粗さが0.1Ra、硬さが61HRCである実施例2は寿命比が5になり、凹部の深さが0.07μm、軌道面中心線平均粗さが0.2Ra、硬さが59HRCである実施例3は寿命比が7になり、凹部の深さが0.1μm、軌道面中心線平均粗さが0.15Ra、硬さが61HRCである実施例4は寿命比が8.7になり、凹部の深さが0.5μm、軌道面中心線平均粗さが0.2Ra、硬さが61HRCである実施例5は寿命比が10になった。
【0044】
また、凹部の深さが2μm、軌道面中心線平均粗さが0.25Ra、硬さが62HRCである実施例6は寿命比が10になり、凹部の深さが4μm、軌道面中心線平均粗さが0.35Ra、硬さが58HRCである実施例7は寿命比が7.5になり、凹部の深さが5μm、軌道面中心線平均粗さが0.36Ra、硬さが61HRCである実施例8は寿命比が6になり、凹部の深さが8μm、軌道面中心線平均粗さが0.5Ra、硬さが62HRCである実施例9は寿命比が4になった。これに対して、凹部の深さが10μm、軌道面中心線平均粗さが0.6Ra、硬さが62HRCである比較例2は寿命比が1.2になった。このように、実施例1〜9の本発明に係る遊星歯車軸における凹部の深さが0.05μm〜8.0μmの範囲であるため、比較例1,2と比較して格段の長寿命傾向を示した。また、実施例1〜9の本発明に係る遊星歯車軸は、軌道面中心線平均粗さが0.1〜0.5Raの範囲であるため、さらに長寿命傾向を示すことが実施例1と実施例2〜9との比較によって明白である。
【0045】
次に、図9に示すように、凹部深さと寿命比関係を調べた結果、凹部形成面55の凹部の深さが0.05μm〜8.0μmの範囲である部分が格段と長寿命傾向を示し、より好ましくは、凹部形成面55の凹部の深さが0.1μm〜4.0μmの範囲が良好であることがわかる。
【0046】
続いて、図10に示すように、軌道面中心線平均粗さと寿命比の関係を調べた結果、軌道面中心線平均粗さが0.1〜0.5Raである部分がさらなる長寿命傾向を示している。より好ましくは、軌道面中心線粗さが0.15〜0.35の範囲が良好であることがわかる。
【0047】
従って、本発明の針状ころ軸受10によれば、遊星歯車軸53に形成された0.05〜8.0μmの深さの凹部を有する凹部形成面55が固体潤滑剤で被覆されると共に、この凹部形成面55の軌道面中心線平均粗さをR=0.10〜0.50μmRaに、また、軌道表面の硬さをHRC58以上に設定しているので、潤滑経路が十分確保されない場合や、低粘度の潤滑油を使用した場合、さらに、高速回転化、小型化が要求される場合において、各部材間の不十分な油膜形成により生じ易いスミアリング、焼付き、摩耗及びピーリング等を効果的に抑制して、軸受の長寿命化を達成できることがわかる。
【0048】
なお、本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良等が可能である。
例えば、針状ころ軸受として、図示したような針状ころと保持器とから構成されるケージ&ローラタイプに代えて、シェル型、ソリッド型等の針状ころ軸受に本発明を適用しても良い。
また、凹部形成面55は、バレル加工及びショットピーニングにより形成したが、レーザー加工機を用いた加工方法で形成してもよい。
【0049】
また、本実施形態では、凹部を形成させ、さらに、固体潤滑剤を被覆させる部材として、内方部材である遊星歯車軸に例示したが、遊星歯車軸に代えて針状ころに適用しても、遊星歯車軸及び針状ころの両方に適用しても良い。これにより、さらなる長寿命化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明に係る一実施形態である針状ころ軸受のである。
【図2】図1に示す針状ころ軸受を用いたオートマチックトランスミッションの一部切欠側面図である。
【図3】針状ころ軸受が組み込まれた遊星歯車機構の分解斜視図である。
【図4】図3に示す遊星歯車機構における遊星歯車の断面図である。
【図5】図3に示す遊星歯車機構の動作説明図である。
【図6】図3に示す遊星歯車機構の動作説明図である。
【図7】図3に示す遊星歯車機構の動作説明図である。
【図8】図3に示す遊星歯車機構の動作説明図である。
【図9】凹部の深さと寿命比との関係を示した分布図である。
【図10】軌道面中心線における平均粗さと寿命比との関係を示した分布図である。
【符号の説明】
【0051】
10 針状ころ軸受
11 針状ころ
12 保持器
13 ポケット
50 遊星歯車機構
51 遊星歯車(外方部材)
52 軌道面
53 遊星歯車軸(内方部材)
54 軌道面
56 太陽歯車
57 内歯歯車
58 キャリア
59 給油孔
60 開口部
70 オートマチックトランスミッション

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周面に軌道面を有する外方部材と、外周面に軌道面を有する内方部材と、前記外方部材の軌道面と前記内方部材の軌道面との間に転動自在に介挿された複数の針状ころと、を備え、
前記軌道面と前記針状ころとの間に形成された隙間空間に潤滑油を充填した針状ころ軸受であって、
前記内方部材又は前記針状ころの少なくとも一方に、0.05〜8.0μmの深さを有する凹部を形成させ、さらに固体潤滑剤を被覆させることを特徴とする針状ころ軸受。
【請求項2】
前記固体潤滑剤を被覆させる前記凹部は、軌道面中心線平均粗さが、R=0.10〜0.50μmRaであることを特徴とする請求項1に記載の針状ころ軸受。
【請求項3】
前記固体潤滑剤を被覆させる前記凹部は、軌道表面の硬さが、HRC58以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の針状ころ軸受。
【請求項4】
前記外方部材が、遊星歯車機構に有する遊星歯車であり、前記内方部材が、遊星歯車軸であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の針状ころ軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−161887(P2006−161887A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−351465(P2004−351465)
【出願日】平成16年12月3日(2004.12.3)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】